同調率99%の少女(25) - 鎮守府Aの物語

lumis

同調率99%の少女(25) - 鎮守府Aの物語
  1. 登場人物
  2. 二学期デビュー
  3. 艦娘熱、再び
  4. 鎮守府にもたらされたニュース
  5. とあるシステムエンジニアと艦娘
  6. 見学会に至るまで
  7. 鎮守府Aの演習艦隊
  8. 見学会
  9. 見学会(2)
  10. 演習試合前

=== 25 残暑の艦娘たち ===
 夏休みも終わり二学期を迎え、それぞれのプライベートが動き始めた艦娘たち。鎮守府Aを取り巻く環境や状況も少しずつ変わる。

登場人物

<鎮守府Aのメンツ>
軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。二学期開始とともに生徒会長・艦娘部部長として大忙し。

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)
 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。二学期開始は病院の病室にて。すぐに退院しいつもの彼女に。

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。駆逐艦村雨と親友たる毛内和子の策略により、普段でも艦娘時の髪型にさせられてしまった。印象がガラリと変わった彼女には学内で密かにファンが増えたとか。

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)・軽巡洋艦長良(本名:黒田良) ・軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)
 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘たち。五十鈴は相変わらず真面目に友二人の艦娘教育に勤しむ。そして演習試合ではまとめ役。
 長良と名取は五十鈴のスパルタな指導にやや引き気味。しかしそれでも彼女についていく。

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)
 鎮守府Aの最初の艦娘。二学期が始まって普段どおりの中学生・・・とはいかず、相変わらず秘書艦業務といろんな立会いで若干あたふた。

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)・駆逐艦村雨(本名:村木真純)・駆逐艦夕立(本名:立川夕音)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。

駆逐艦不知火(本名:知田智子)
 鎮守府Aに在籍する陽炎型の艦娘。

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子)
 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。二学期を迎え学校が始まった五月雨の代わりに秘書艦となる回数が上がった。主婦業もあるが器用な彼女はそつなくこなす。

工作艦明石(本名:明石奈緒)
 鎮守府Aに在籍する艦娘。工廠の若き長。雄山ミチルに艦娘試験をそそのかす。

提督(本名:西脇栄馬)
 鎮守府Aを管理する代表。勤務先の会社と艦娘制度の仕事の割合は今の所5:5が認められている。少女たちの学校が始まって、自然と彼女たちの学校との折衝ごとも増えて(余計な)仕事も増えるのであった。


<鎮守府Aにかかわる一般人>
中村三千花・三戸基助・毛内和子
那珂の通う高校の生徒会メンバー。親友であり副会長でもある三千花は那珂が目の届かない学内業務をこなし、那珂の艦娘活動をサポートする。三戸は川内とはほとんど唯一しっかりした交流のある男子となる。彼女には主にゲームや漫画を通じて知識のサポートを行う。和子は神通の親友として様々なケアを行う。


雄山ミチル(将来の重巡洋艦高雄)
 西脇提督と同じ会社に勤務する女性。鎮守府Aから依頼されたシステム開発をきっかけとして艦娘を取り巻く世界に足を踏み入れる。

石坂
 西脇提督と同じ会社に勤務する男性。営業部門2課。

那珂の高校の生徒達・先生達
 那珂ら艦娘部の部活動発表を見聞きして再び艦娘熱を湧き上がらせる。

ネットTV局のスタッフ達
 縁あって鎮守府Aとつながりを持った。ちょっとしたイベントごとには鎮守府Aの宣伝広告の力となる。

<神奈川第一鎮守府>
村瀬提督(本名:村瀬貫三)
 神奈川第一鎮守府の提督。鎮守府Aと演習試合を正式に開催することを決めた。ただし村瀬提督自身は別の出撃任務の管理で忙しいため、鎮守府Aへは代理を派遣する。


天龍(本名:村瀬立江)
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合に参加する。

重巡洋艦鳥海
 演習試合に参加する神奈川第一鎮守府側の独立旗艦。いわゆる現場の最高指揮官を任された。

戦艦霧島
 演習試合に参加する艦娘。那珂らとはすでに面識がある。

練習巡洋艦鹿島
 村瀬提督から提督代理を任された艦娘。霧島ら一部曰く、天然の魔性の女とのこと。もちろん彼女本人はそんな噂など知る由もない。

神奈川第一の艦娘たち
演習試合に参加する艦娘たち。

二学期デビュー

 カラリとした暑さが依然として続く9月のある日の朝、那珂こと那美恵たちの高校では二学期開始の日だった。具体的には始業式が終わった次の日である。
 登校中の生徒達の目は、校門をくぐろうとする一人の女子生徒に釘付けになっていた。
 その少女の隣にはショートヘアの別の少女もいたが彼女に視線は一切集まっていない。が、それを気にする彼女ではない。むしろ彼女的には隣の少女に視線が集まることこそ願い、その視線の意味が羨望のものであることを期待しているのだ。

「う、うぅ……恥ずかしいよ……和子ちゃぁん。」
「せっかくそこまでイメチェンしたんだからしっかりして。さっちゃんが魅力的だから皆見てるんですから。」

 その日一緒に登校してきた幸と和子の様子は、一学期のものとは明らかに異なる点があった。
 それは、幸の髪型である。
 夏休み中、プライベートで和子と何度か会っていた幸は自身に施された新しい髪型をお披露目していた。友人の変身っぷりを見た和子は、さも自分のことのように喜び、友人としてフォローしてあげねばと決意する。練習して幸の髪型を完璧にマスターした和子は始業式の日の朝、幸と合流した後に駅のトイレでヘアセットをしてあげた。
 おかげで幸としては登校途中から顔から火が出そうになるくらい恥ずかしくてたまらなかった。艦娘としてなら、あるいは誰も知り合いがいない場所でなら大分慣れたが、学校という多少なりとも顔見知りがいる環境ではこの日が初めてなのだ。

「おーい、毛内さ~ん! おはよう!」
 二人に駆け寄ってきたのは和子と同じく生徒会書記の三戸だ。軽快に駆け寄ってきて軽く声を掛けた三戸は、和子の隣を見て一瞬驚いた。
「おぉ!? 誰かと思ったら神先さんじゃん。髪型変えたんだ。へぇ~いいじゃんいいじゃんすげーじゃん!」
 三戸の順応の高さに逆に驚かされた和子は返す。
「おはようございます、三戸君。ていうかよくさっちゃんだって気づきましたね。」
「アハハ。そりゃ~なんつうのかな。オーラ? 俺だってもう他人じゃないんだし、ねぇ?」
「ハァ……あまりさっちゃんに馴れ馴れしくしないでくださいね。三戸君の軽さが伝染っちゃいます。」
「うわぁ~朝から毒舌だなぁ毛内さんは。俺馴れ馴れしくないよねぇ、神先さん?」
「へっ?」
 二人の掛け合いを視線は別方向に、意識は明後日の方向に向けてボゥっと感じ取っていた幸は急に意識を戻されて間抜けな一声しか出せなかった。

 三戸が加わったことで幸のニューヘアスタイルの視線の注目はひとまず途切れた。それを見計らって三戸が尋ねる。
「神先さんのその髪型マジでいいね。一学期とは全然違って見えるよ。それもあれ? 艦娘になったからイメチェンしたの?」
「村雨さんたちが考えてセットしてくれたんですって。さっちゃん、順調に世界が広がってるようで何よりです。」
「でも随分思い切ったね。二学期デビューって場合によっては悪目立ちするかもしれないのに。」
 三戸がそう指摘すると、幸は左右の横髪にそっと触れつつ彼の軽さとは真逆に不安を漏らす。
「う……やっぱり、そうですよ……ね。やっぱり髪型戻したい。」
「ダメ!艦娘になってせっかく色々変わってきたんですし、普段も変えて新しい自分を出していかないと。」
「……和子ちゃん怖い~。」
 妙にエンジンがかかった和子は、幸の不安不満なぞどこ吹く風で引き続き講釈を述べる。
 和子の強い勧めと三戸のノリノリの甘い囁きで結局幸は髪型を戻すタイミングを逃し、神通プライベートスタイルとして一日中過ごす羽目になった。


--

 和子と幸が教室に入り席につくと、幸の変化はすでに伝わっていたのか和子と仲が良い女子生徒が近づいて囲んできた。幸は今まで目立たずにいたため、自身にとって友人とは言い難い女子たちだ。そのためやりとりは完全に和子に任せるつもりだ。

「ねぇねぇ神先さん!何その髪型!すっごく可愛いよ!どーしたのどーしたの!?イメチェン? 一学期の根暗さとは違いすぎぃ~!」
「キャハハ!根暗って本人の目の前で失礼~! でもホント似合ってるよ。そうやって顔出したほうがいいじゃん。てか神先さん、そうやって普通にしてたらちょーイケてる。」
「誰に教わってやったの? え?仲間の艦娘に? なんかわからないけどセンスいい友達いたんだ。あ~でもここはなんか中学生っぽいセンスねぇ。この雑誌に載ってるこういうふうにしたほうがいいかも。あたし達もアドバイスしてあげるよ?」
「和子っちは知ってたの?」
「うん。前々からさっちゃんには艦娘になったらイメチェンしたらって提案してたんですよ。友人としてはさっちゃんがやる気になってくれて嬉しいのなんのって。」
 幸をネタに和子と女子生徒数人がぺちゃくちゃと喋り続ける。幸としては正直鬱陶しくて仕方がなかった。

 早く静かにさせてくれ。
 始業のチャイムまでに読みたい本あるのに……。

 そうした思いは虚しく叶わず、女子生徒たちと仲が良い男子まで集まってきた。
いつのまにか、クラスの半分近くが幸と和子の席に群がっていた。完全に幸が望まない空間と雰囲気で占められていた。
「やべぇ。神先ってちょー可愛い。全然気づかなかった。」
「あんだけ可愛いと絶対モテるよな。今のうちに唾つけとく?」
「しかも大人しいしな。やっべ。ムラムラしてきた。」
「馬鹿かお前~。学校で興奮してんじゃねーよw」
 男子のくだらない評価と言い合いも耳に入ってきたが、幸は努めて無視を決め込んだ。

 二学期デビューを果たした生徒には反感を持ったり揶揄する者が出てくるケースも少なくないが、幸いにも幸はクラスでは全員に好印象を持たれる形となった。
 お洒落とは程遠い風貌をしていたがためにあまりに変わりすぎ、そして実は相当な美少女だったという事実。なにより見た目が変わったことで今まで通りの大人しく控えめすぎる性格が引き立て材料になり、(多くの男子の)ツボにハマったからにほかならない。それに対する女子たちの評価は、存在感がなさすぎてよくわからぬクラスメートという評価のスタート地点がほぼゼロなのが幸いし、パッとしなかった娘が(明らかに他人の手によるものとバレバレだが)頑張ってここまで己を変えたのだという、オシャレを気にする年頃の自分達ならばウンウンと頷いて理解してしまう涙ぐましい努力と想像し、ある種同情を集めたのも比重を占めていた。
 稀な境遇だった。

 あるクラスに今まで見たことない可愛い子がいるという噂は他クラスや別学年にも伝わったが、これもまた幸にとっては幸運にも、悪目立ちすることなく済んだ。同じクラスの女子が幸を適切にガードしたことと、幸が生徒会長である那美恵と同じ艦娘部の部員で艦娘だという事実がまことしやかに広まった影響がひとえに大きい。
 そんな我らの権威の庇護下なぞ気にするものかとひと目見ようという者達が少なからず居て、勝手にファンクラブが作られたのは影の周知の事実だった。
 とはいえ、幸にとってはどうでもいい、直接関わらぬ話である。


--

 その日、二学期デビューを果たしたのは幸だけではなかった。同高校の艦娘部にとっても、ある意味二学期デビューだった。

その日の放課後、生徒会室を部室として間借りさせてもらっていた那美恵と幸、艦娘部二人は、生徒会顧問の教師と一緒に入ってきた艦娘部顧問の阿賀奈からある報告を聞いた。

「みんなほんっとーにご苦労様でした!先生もホントは行きたかったんだけどなぁ~~~! 館山に行って何か色々楽しいことしたかったな~~!」
「楽しいって……けっこー大変だったんですよぉ。流留ちゃん入院しちゃったし。」
 そう言って那美恵が手振りで示した空間に流留の姿がないことに阿賀奈は気づいて尋ねる。
「そ、そういえばそうね。内田さんの容態は大丈夫なの? 先生とっても不安よ。」

 阿賀奈の不安をしっかり感じ取った那美恵は、若干雰囲気暗くして8月末の状況を報告し始めた。


--

 館山での任務と祭りのイベントが終わり、検見川浜にある鎮守府に戻ってきた那珂たちを待っていたのは、たった数日離れただけなのに懐かしい空気だった。
 ただ一人、川内だけは鎮守府に戻って即、取り巻く雰囲気が違った。
 鎮守府に戻ってきた時はすでに19時を過ぎており、帰りたい面々もいたが那珂の提案でほぼ全員が入渠(風呂)をすることになった。そして待機室に戻ってきた一行の前には、提督と話をするため入渠しなかった五月雨が現れ、川内に向かって話しだした。
「川内さん。提督がですね、入渠が終わったらすぐ来てくれって。」
 川内はまだ乾ききっていない髪をタオルで拭きつつ返事をする。
「え~なんだろ? お風呂入った直後に行くのはさすがのあたしも恥ずかしいんだけどな。」
「よかったらあたしもついていこっか?」
「……私も、行きます。」
「おぉ、那珂さんと神通が来てくれるなら安心。一緒にいこ!」

 なかば川内に手を引っ張られる形でついていった那珂と神通。執務室に入ると、二人がついてくることはおおよそ想像がついていたのか、いる前提の口調で提督は説明をしてきた。
「お、三人共来たな。大事な事伝えるからよく聞いてくれ。」
「ん、なになに?川内ちゃんに何かあったの?」
「いやさ、川内は今回の任務中の出撃で、大怪我したっていうじゃないか。」
 提督の不安が混じった台詞を聞いた瞬間、那珂たち三人も途端に影を落とした。
「もうわかってると思うけど川内、さっさと病院行って来い。」
「うーやっぱそうだよね。行かないとダメ……だよね?」
 川内が面倒くさそうに言うと、提督が口をつぐんでコクンと頷いた。

「館山基地の医療班からもらってる診断書はそのまま正式な紹介状になってるから、うちの近くの海浜病院に行ってそれ見せれば特殊外来扱いですぐに見てもらえる。今日診てもらうなら今電話して話しておく。明日でもいいが、それ以降はダメだぞ。」
「なんで?」と川内。
「うおーい川内ちゃん。それくらいわかろうよ。だって来週の火曜日から、うちの学校二学期だよ?」
 那珂のツッコミに川内は本気のリアクションでギョッとする。
「うわ!そうでしたっけ!?あ~やっば。今行きます!今すぐ!さっさと直してあとちょっとの夏休み楽しまなくちゃ!」
 川内の台詞に彼女以外は苦笑する。
「それじゃあ決まりだな。親御さんにも連絡するからその心づもりで。あとそちらの高校には明日俺の方から伝えておく。」
「うん、わかった。」
「後で待機室行くから、準備だけしておいてくれ。」

 提督の台詞の後、那珂は川内を見、提督に視線を戻してそうっと言った。
「ねね、よかったらあたし付き添うよ?同じ学校の人間がいたほうが何かといいでしょ?」
「あぁそうだな。五月雨は……もうちょっと残って雑務を片付けてもらいたいし、妙高さんは……ご自宅の家事があるからこれ以上引き止められないからな。うん、ついてきてくれるか、那珂?」
「おっけぃ。」
「あ~よかった! 那珂さん来てくれるなら安心だわ。」
「あの……あの! わ、私も。」
 仲間はずれになったような寂しさを覚えた神通が細々とした声で喋ると、言わんとすることがわかっていたのか、皆まで言わせずに提督が補完した。
「わかってるよ神通。君も現場にいた当事者だもんな。ついてきてくれ。」

 提督の配慮に心温まった神通は頬を赤らめてコクンと力強く頷いた。

 そして川内を取り囲んだ那珂・提督・神通と4人メンバーは海浜病院に行った。その後診察を受けた川内に待っていたのは、外科以外の科でも検査を要する本格的な診察で、その日だけでは終わらず翌日も診察と検査を受けることになった。
 その日には川内の両親が鎮守府に姿を見せ、提督が事情を説明し川内本人と揃って再び海浜病院に向かった。

 結果、川内こと内田流留は4日ほどの検査入院が確定した。つまるところ本人が望んでいた残りの夏休み・始業式・二学期一日目はすべてパーとなってしまった。


--

「ふーん、ふーん。そうだったのね。化物と戦うだけでも怖そうなのに、パンチとかキックとかでやり込められて内田さんかわいそう。」
「先生先生、キックは喰らわなかったそうですってば。」
 一通り説明し終えた那珂は阿賀奈の感想を苦笑しながら聞いてそしてツッコミをせわしなく入れた。

 個々人からおおよその話を聞いていた三千花たちは、那珂からさらにプラスの情報を聞かされ、阿賀奈と大して変わらない驚きと感心を示していた。
「うわぁ……内田さんそんな目にあってたんだ。他人事みたいで悪いけど、可哀想ね。」
 三千花に続いて三戸が感想を口にする。
「でも怪我してもさ、じんつ……神先さんのために戦おうとしたなんて、まさにヒーローだよ。話聞いただけでもかっこいいって思うもん。できれば映像でみたいなぁ~三人の活躍とか。」

 三戸が希望を混ぜて言うと、那美恵が申し訳なさそうに反応する。
「三戸くんの気持ちわかるけど、ゴメンね。あの時はまさに緊急だったから多分神奈川第一の人たちであっても撮影とかしてなかったと思う。」
「あぁいや! 別に本気で見たかったとかそういうつもりじゃないっすから!会長からの話だけでも十分すぎるくらいですよ。」

「あ、映像っていえば……提督さんから、観艦式の動画もらっていたんだったわ。」
 阿賀奈が思い出したように言った。
「えぇ~!?ホントですか先生!?」と那美恵。
「えぇ。昨日の放課後に提督さんからメールで共有されててね、そのときに残ってた他の先生方と校長先生と一緒に先に見させてもらったのよ!」
「アハハ……。見るなら見るって事前に言ってくださればよかったのにぃ~。」
 那美恵は驚きと照れがないまぜになって複雑な表情を浮かべて苦々しく微笑みながら言う。その理由は、生徒である自分らには観艦式の動画配布の話なぞ知らされていなかった事というある種ドッキリにも近い境遇のためであった。


--

 那美恵が二人の教師のやり取りを傍から見ていた幸は、二三歩引いた立場でただ眺めていた。どうせ自分に関係ない事だからという心境だったが、その心持ちは直後に打ち砕かれた。

「そうそう。神先さんの活躍もしっかり見ましたからね~。」
「……えっ!?」
 阿賀奈の突然の言葉の矛先転換に、幸にしては珍しいくらいの声量で驚きの一声をあげた。
「あれ?さっちゃんもその観艦式というのに参加したんですか?」
 和子の問いかけに幸は全力で頭を横に振って否定する。その証言を追認したのは那美恵だ。
「うぅん。観艦式に出たのはあたしと五月雨ちゃんだけ。他は神奈川第一の人たちだけだし。先生なにを見たんですか?どーいうこと?」
 阿賀奈は頬に手を当てて虚空を見上げ、思い出すような仕草で言った。
「観艦式というよりかは、何か別の海の上ね~神先さん写ってたのは。アクアラインが見えたシーンもあったわ。どこかの港でボーっと呆けてる姿とかだったかしら。」

 あまりに的確なシーンの指摘に幸は青ざめながら思い出した。視線をすぐに那美恵に向け、フォローを求める弱々しい表情を作った。那美恵はそれに気づいてそうっと確認する。
「あ~、もしかして五十鈴ちゃんと二人でいたときのこと?」
 コクコクと連続で幸は頷いた。

「先生。さっちゃんのは観艦式じゃないですよ。」
 那美恵は省いていた経緯を話す。すると、阿賀奈達は合点がいったというリアクションを取り、感想を改めて言い合った。
「そうだったのね。やっと色々繋がったわ。それにしてもほんっと~に良い経験したのね。やっぱ先生も一緒に行きたかったよぅ……。黒崎先生が羨ましいわ~。」
「あ、アハハ。今度機会があったときは先生一緒に来てくださいよ。」
「そうね!今度お話があったらまず先生に伝えてよ!そ~して、黒崎先生と石井先生と揃ってあなた達についていくの。わ~~今から楽しみぃ~!」
 阿賀奈が妄想モードに突入していると、生徒会顧問の先生が言った。
「四ツ原先生、想像張り巡らすのも構いませんが、部活の顧問ならこの後生徒に言い渡すことがあるでしょう。」
「え? な、なんでしたっけ……?」
 急に現実に引き戻された阿賀奈はおそるおそる尋ねる。
「ハァ……。部活なら、レポートなりで結果報告を学校に提出させないといけないでしょう。」
「ふぇ? あ……そ、そーですね! そうそう光主さん、神先さん! 夏休み中の艦娘部の活動として、ちゃーんとレポートにまとめなさい! そうでないと先生も立場上困っちゃうわ。」

 生徒会顧問の教師に暗に提案され、阿賀奈は慌てて取り繕い那美恵達に指示を出した。那美恵たちは素で忘れていたため、素直に顧問たる阿賀奈に従うことにした。
「は~い。わかりました。」
「承知、しました。」
 那美恵と幸は顔を見合わせ、話し合い始める。
「それじゃあさっちゃん、分担して取り掛かろ。」
「はい。あの、でも……内田さんは?」
「ながるちゃんは入院中だし考えなくていいや。とりあえず二人でやりはじめよう。どのくらいで出来そ?必要なら村雨ちゃんたちにも手伝ってもらうけど。」
 那美恵がレポート作成にかかる工数を尋ねると、幸はしばらくうつむいた後答えた。

 そんな生徒たちのその様子を見ていた阿賀奈と生徒会顧問の教師の二人も何かを話し始める。そして那美恵たちに告げた。
「それじゃあレポートが出来てからにしましょっか!」
「へ?何をですかぁ?」
 阿賀奈の言葉に奈美恵が呆けた口調で尋ねると、衝撃の内容が発せられた。

「全校生徒に動画を見てもらうんですよ~。せっかくのお国のために活躍してる艦娘部の映像なんですもの。これで先生も鼻高々よ~!」
「ち、ちょっと待ってください。さすがにそこまでするのはどうかとぉ~~……。」
「あら? 光主さんにしては珍しく弱気ね。大丈夫よ。校長先生も教頭先生も動画の公開に乗り気でしたよ。そもそも校長先生が最初に提案なさったんですけどね。」
 追い打ちをかけるように生徒会顧問の先生も言う。

 心構えも準備もできていないのに自分らの行動が晒される。
 那美恵と幸は館山当時よりも急激に緊張感を覚えた。生徒会長で人前に晒されるのに慣れている那美恵でさえそうなのだ。まったく慣れていない幸の緊張感は、那美恵の数倍以上だった。
 幸は、こんなときいない流留が羨ましい、と心のなかで愚痴るのだった。


 かくして那美恵率いる艦娘部は、動画と完成したレポートを翌週早々に全校に公開することになった。

艦娘熱、再び

艦娘熱、再び

 那珂達が経験した館山での任務とその他夏休み中の活動のレポートが完成したのは、日曜日のことだった。今回の土日で那珂と神通は鎮守府本館の待機室で作業をしていた。傍らには、ようやく復帰したので事情を伝えたが呆けたままの川内がいる。
 事情を聞いた五十鈴と長良・名取、そして駆逐艦勢も揃っている。
 元気よくやる気に満ちて作業をする一同だが、それぞれの学校ですでに二学期が始まっていたため、その場にいる艦娘の顔には久しぶりの登校による気だるさと、やっと訪れた土日の開放感がごちゃまぜになった色が浮かんでいた。

「神通、こっちのレポートのこの章は終わったわ。見てちょうだい。」
「はい、ありがとうございます五十鈴さん。」
 五十鈴が神通にレポートの文章の作成が終わったことを告げる。神通と五十鈴は一緒に行動していたため、二人で担当分を作っていた。

「ねぇ那珂さぁん。あの時の私達との合流位置なんですけど、GPSの正確な位置書いたほうがよくないですかぁ?」
「僕もそう思ってた。そのほうがリアリティが増すかも。そうするとこっちも書き直したほうが。いかがですか那珂さん。」
 村雨と時雨の提案に那美恵はコクンと頷き、彼女らに校正を任せることにした。

「ホラホラみんな、あと少しだから頑張れ~。」
 そう軽々しく叫んだのは川内だ。その発言は全員(主に那珂と五十鈴)のイライラスイッチをONに切り替えるに十分すぎた。
「ちょっと川内。あなたも十分当事者なんだから一緒にやりなさい。」
「う……わかってますって。だから最初にやったこと全部話したじゃないですk
「それで終わりじゃないんだぞ~川内ちゃん。他の人が書いたのを見てチェックしてあげるとか、仕事はいくらでもあるんだからね~!」
 先輩二人の圧にたじろぐ川内であった。

 その日那珂たちは艦娘の仕事をすることなく、ただひたすらに全員一丸となってレポート作成に終始した。そのレポートは那珂の高校だけでなく、村雨たちの中学校でも使われる想定の資料として出来上がった。その場にいた殆どのメンツが結果的に参加することになったイベントなのだ。それぞれの学校で活用せねばもったいないというのが艦娘たちの一致した意見だった。

「あたし達はぜーんぜん話題に混ざれないね~。」
「う、うん。でもまだ訓練中だし、仕方ないよ。」
 長良と名取の愚痴にも満たないつぶやきは一同の表情に一瞬だけ影を落とすことになった。が、二人もそれ以外の面々も、本気の愚痴等でないことはわかっているので意に介さない。
「まぁまぁ~。長良ちゃんも名取ちゃんはこれからだもん。早く訓練終わらせて一緒に任務出よ?」
「那珂ちゃ~ん!」「那珂ちゃん……!」
 那珂の言葉に長良と名取は沸き立つ。二人のやや潤んだ笑みに、那珂はカラッとした軽快な笑みを返した。
 長良が手伝いを名乗り出るも、それは五十鈴と名取が頑として断った。その焦りっぷりに那珂達は彼女には何か地雷があるのだろうなと察し、彼女らの任せるところとした。代わりに加わった名取は成績優秀、表現能力にも長けているのか、那珂はすぐに名取を気に入る。新人名取への仕事として、最終的な校正を任せることにした。むろん訓練の監督である五十鈴とセットだ。

 結局その日仕事がなくボーッとしていたのは川内と長良の二人だけだったが、二人の人となりがわかっていたので、誰も気にしないでいた。


--

 週が開け、完成したレポートは印刷された紙媒体と電子データでもってそれぞれの学校に艦娘部と鎮守府の共同の名義で提出された。
 五月雨たち、不知火の中学校で発表会が開催されたのと同じく、那珂たちの高校でも全校生徒・教師に向けて艦娘部の活動として発表が行われた。


 全校集会の場で生徒会や教師陣からの連絡事項、各部活動からの校外活動等の報告が終わった後、那美恵は顧問の阿賀奈、それから教頭とともに再び壇上に立った。
 つまり、艦娘部が最後の報告だ。
「最後となりますが、艦娘部からの報告があります。艦娘部部長、光主那美恵さんどうぞ。」
 生徒会副会長の三千花が促す。その口調には親しみは篭っていない、あくまで事務的なものだ。

 顧問の阿賀奈から那美恵へと挨拶が連続する。那美恵は軽く深呼吸し口を開いた。視線はまっすぐ、生徒たちの集まりの中央に向かっている。
「艦娘部からの発表は、こちらです。」
 那珂は背後のスクリーンに映像を映してもらい、それを指し示しながら続けた。
「我々艦娘部は、この夏季休暇の間に千葉県館山の海上自衛隊、それから神奈川にある艦娘制度の艦娘の基地の一つ、通称神奈川第一鎮守府と一緒に、地域の祭りや哨戒任務つまり周辺海域の警備を行ってきました。あたし達が所属している千葉第二鎮守府は検見川浜にあり、そこで普段は待機し警備等の任務を行いに行きます。今回あたし達が行ったのは……」

 那美恵はおおよその説明を手短に済ませ、学校が受け取っていた動画のうち、関係各所向けに編集済みのダイジェスト動画を流した。その映像は特に艦娘としての那美恵達がメインというわけではない。未だ艦娘部の素性や活動について理解が及んでいない一部の生徒や教師に現実のものとして知らしめる目的のためには適していると踏んで第一弾の公開に選んだものだ。

 5分程度の動画が終わり、那美恵は再び壇上から話し出す。
「今回お見せした映像は海上自衛隊とテレビ局が編集したものです。これ以外に、生の映像を動画として受領していますので、後ほど学校のホームページに掲載しておきます。よろしければご覧ください。あたし達艦娘の活動を理解していただければ幸いです。ご静聴ありがとうございました。」

 直前までは校内、範囲広くても他校との学校間程度の規模の話が続いたため、急に飛び出してきた海上自衛隊や館山という検討のつかぬ組織名・地名の連続に、生徒たちはもちろんまだ動画やレポートを見ていなかった教師陣も驚きすさまじい感心を素直に表していた。
 那美恵は壇上から去る前、一通り見渡して期待通りの反応だと捉えて密かに安堵した。

 動画公開後、各生徒は休み時間中あるいは教師の指示で授業の余り時間など、様々なタイミングで那美恵たち艦娘の活動を目に焼き付けた。
 那美恵のクラス、幸のクラスでは動画視聴直後に、本人らにクラスメートが殺到した。そのあまりの興奮っぷりに幸は当然だが、さすがの那美恵もたじろぐほどだ。
 国の組織の一部や地方局やネット局とはいえ、テレビに出たという事実は効果がありすぎた。
 二人ともクラスメート、隣のクラスの生徒からその場でインタビューまがいのおしゃべりと注目で晒しとなっていた。


--

 一方で二人とは待遇が違ったのは流留だった。
 男子からはおおよそ那美恵や幸と似た盛り上がりと注目だったが、女子生徒からは冷ややかな目で見られていた。
 気まずさの度合い自体は以前のいじめのときより和らいでいたが、それでも流留にとって一学期と大して変わらぬ空気に感じられた。

「ねぇねぇながるん。艦娘になってたんだって? 俺全然知らなかったよ。どうなの?面白いの?」
「え、あぁ……うん。まあやりがいはあるから、楽しいかな。学校よりも。」
「ながるんはどこに映ってたんだ?」
「あ~、あたしの映ってたところは動画だとほんの少しだよ。あたしは主役じゃなくて周りを哨戒してたいわば裏方だから……ね。」

 さすがに以前ほど気兼ねなく男子と会話をする気になれず、歯切れ悪く受け答えする流留。ただ本人の対応具合なぞ、遠巻きに睨み妬んでいる女子生徒にとって関係ない。
 表立った(SNS等でも)いじめは鳴りを潜めたというだけで、わずかな事でも炎上する要素は流留の意思に関係なく、捉え方一つで生み出される状況になっていた。

 男子は一学期のことなど忘れているのかあまりにも気兼ねなく話しかけてくる。女子は遠くから睨みをきかせるだけ。
 正直何もかも鬱陶しく、学校から早く離れて鎮守府に篭りたい気持ちでいっぱいだった。


--

 その日、部室代わりの生徒会室へ集まる那美恵たちは生徒会室直前まで、ぞろぞろと取り巻きがついてくる有様だった。
「ねぇねぇ神先さん。なんで生徒会室に行くの?会長に何か用事なの? あ、そういや会長も艦娘だったっけ。だからなの?」
「そういえば和子ちゃんも生徒会だけど和子ちゃんは違うよね?もしかして和子ちゃんも艦娘だったりするの?」
「う……えと。ぁぅあ……と。」
 人生でこれまで他人にちやほやされたことがない幸は、応対のスキルがないためにオーバーフロー気味だった。

 そのとき、突然幸と幸を取り巻く生徒たちに隙間が出来た。集団が掻き分けられて何人かがよろける。
「さっちゃん。ホラホラさっさといこ!」
「キャッ!」
「うわっとと!」

「う、内田さん……。」
 幸は強引に腕を掴まれ引っ張られるために歩行速度が上がり、その他生徒達との距離が空いた。
「まったくさっちゃんってば。あんな奴らいつまでも構ってる必要ないんだからね。適当にあしらっちゃえばいいのよ。」
「で、でも……。」

 背後に聞こえる文句を無視し、幸のおどおどした態度を気にせず流留は幸の腕を引っ張り続け、やがて二人は生徒会室の前にたどり着いた。周囲には幸運にも人はいない。


 ガララと扉を開けると、そこには二人の期待通り那美恵がいた。プラス、生徒会メンバーも勢揃いだ。
「こんちはー、艦娘部部員、川内来ました~!」
「あ、あの。お疲れ様です。私も来ました。」

「おー、二人とも来たね~。待ってたよ~。」
「お疲れ様、二人とも。」
「よ、内田さん!」
「さっちゃん、ここまで大丈夫でしたか? 生徒会の仕事があったから先に行っちゃってゴメンね。」
 那美恵に続いて三千花、三戸、和子が声を掛けてきた。
 そこにある雰囲気は教室とは違う、心地よさ。流留は自然とニンマリした。傍にいた幸は流留の笑顔を見て、その真意までは知らずにただ同調してはにかんでみせた。


--

「さて、二人には報告しなきゃいけないことがあります。」
 艦娘部メンバーが全員集まったことで、那美恵はやや真面目口調で改まって話し出す。流留と幸はただ黙って那美恵のこれからの発言を待つ。

「実はですねぇ~~、メディア部があたしたちに取材を申し込みたいってさぁ~!」
「へぇ~~、いいじゃないですか! もっと有名になるんじゃないですか?」
 流留が真っ先に沸き立って反応すると、幸は無言ながらコクコクと勢い良く頷いて同意を示す。
「ウフフ。それからね、先生方から鎮守府の見学会でも開いたらどうかって提案されちゃった。あたしが聞いた声だけでも、鎮守府を見学したいっていう人結構多かったからやってみようかなって思ってるの。二人はどう?」
「いいと思います。きっと、すごく効果的かと。」
「そうだね。あたしたちが海の上で砲雷撃して戦ってるところ見せたら、ぐうの音も出ないほど黙らせることできるし。」
「「え?」」
「あぁいや。あたし個人の話。気にしないでスルーして。」
 流留の台詞に一抹の不安を感じたが、ここで掘り下げて話題がブレるのを避けたい那美恵は彼女の言葉どおりスルーして自身の話を続けた。

「それでね、インタビューは鎮守府で受けようかなって思ってるの。見学会もそのときにできればなぁって。だってあたしたち艦娘部は学校に部室ないし、むしろ鎮守府が巨大な部室って感じだし。ねね、どうかな?」
「はい。良いと思います。」
「うん。あたしもその方がいいです。学校でやられたらクラスのやつらに何言われるかたまったもんじゃないし。」
 幸に続いて流留も即時賛同する。またしても流留の言い方に違和感を覚えた那美恵だったが、やはり気にせず話を継続した。

「それじゃあメディア部には伝えておくね。それから二人には、見学会の内容とスケジュールを考えてもらいたいの。」
「「内容?」」
「そ。いつ、どういうふうにやるか。」
「それは……私は構いませんけれど。」
 そう言いながら語尾を濁して幸は流留に視線をそうっと向けた。流留はその意味がわからず幸を見つめ返す。
「え、ん? 何?」
「あ、いえ。」
 キョロキョロと色んな方向を向く流留。気まずそうに流留から視線を外した幸の心境に想像がついた那美恵は代わりに指摘した。
「流留ちゃんはイベント事を計画したりそういうのできる? あたしとしては二人の可能性を信じて任せたいんだけどさ。」
 流留はいつぞや那美恵と話した内容を思い出し、ハッとした表情のあと顔にやる気をたぎらせた。
「あぁ! そういうこと! じ、じゃあ任せてくださいよ。あたしだってやればできるんですから。さっちゃんや時雨ちゃんに任せたままだなんて嫌ですもん。」
「ん。おっけぃ。その言葉が聞きたかったの。」

 流留がやっと明るく応対し出したので那美恵は安堵の息を密かに出し、軽いステップで颯爽と生徒会室を後にした。那美恵が出ていった後の生徒会室では、生徒会の仕事をする三千花たちと、手持ち無沙汰にボーっとする流留と幸の姿があった。
 この日、艦娘部の活動は那美恵と放送部の交渉で終いとなった。

鎮守府にもたらされたニュース

 那美恵たちの学校が艦娘熱で盛り上がり、見学会が計画され始めた頃、鎮守府Aでは提督がある知らせを受け取っていた。
 と同時に、夕方に中学校から出勤してきた五月雨も出勤早々異なる知らせを受け取った。

「……はい。えぇ、那珂たちからそれとなく伺っておりました。あ、そちらも? はい、はい。あ~、それじゃあ本当にやりますか。」

 提督が電話に出ている最中、五月雨も別の電話で応対していた。
「はい。こちら深海棲艦対策局千葉第二支局です。え? え~っと……」
(チラリ)
「う……えっとですね、ていと、西脇から伺っております。え、代わって……すみません。別件で電話の最中なんです。あ、はい。了解です。それじゃメールでお願いします。え、私ですか? 五月雨って言います。よろしくお願いします!」

 数分後、執務室では二つ同時にため息が吐かれた。


--

 翌日、那美恵達は学校帰り三人揃って鎮守府に出勤した。着替えて艦娘になり、挨拶のため執務室に顔を出した。
 するとそこには提督と五月雨の他に妙高、そして不知火と見知らぬ少女がいた。

「こんにちは。ていと……あ。」
「お、那珂に川内、神通か。ご苦労様。今日はどうした?」

 那珂は意外に人が多いことに驚いたが、状況が割りと静かそうだと判断すると、すぐに知らせを口にした。
「うん。うちの学校からのお知らせと言うか、提案があるんだけど、今時間いい?」
「あ~、ちょっと待っててくれないか。今不知火の同級生の娘たちの話が大詰めでね、すぐに済むから、待っててくれ。」
「あ、はーい。」

 那珂は素直に返事をし、川内たちに手招きをして促し一旦部屋の外に出た。それからほどなくして、妙高が扉を開けそして不知火と二人の少女が出てきた。
 不知火たちが会釈をしてきたので那珂たちも彼女らに会釈をし返す。三人の背中を少しだけ見送っていると、妙高に促されたので執務室に入って改めて話を始めた。

「お待たせ。俺からも実は伝えたい事があるんだが、お先にどうぞ。」
「うん。実はね、うちの学校で鎮守府の見学会をしようって話が上がってるの。」
「うん、なるほど。」
「それとうちのメディア部がね、あたしたち艦娘部にインタビューをしたいっていうの。どうせやるなら見学会とインタビューを同時にやれないかなって思って、日程が決まったらその日、鎮守府の各場所を使わせてほしいの。許可してもらえる?」
「全然かまわないよ。いつにするんだい?」
「えーっとね。鎮守府を自由に使わせてくれる日ならいつでもいいよ。うちの生徒は、まず告知してもどれだけ来るかわからないし。」
「そうか。だったら今週の金と来週の土曜は外してほしいかな。それ以外だったらいいぞ。」

 提督は何気なく予定をほのめかして那珂に言った。すると気になった那珂はすぐに尋ねる。
「金曜と土曜に何かあるの?」
「ん? それじゃあここからは俺が伝えたいこと。これは以前言ったかと思うけど、評価シートのシステム開発の打ち合わせで金曜日にうちの会社の人間が来るんだ。その時は那珂にも参加してもらいたい。というわけでそれら以外の日だったらOKだよ。」
「あ、そーなんだ。あれ?でもじゃあ来週土曜日は? 何か他にあるの?」

 那珂のその確認に提督はわずかに溜めを持ち、若干のドヤ顔でもって言い放った。
「フッフッフ。聞いて驚け。実はな、来週土曜日に神奈川第一鎮守府の艦娘達と演習試合が決まったぞ。しかもうちに来てくれるそうだ!」
「「えぇ~~!!」」
「……!!」
 那珂と川内は声を出してのけぞって驚きを示し、神通は声には出なかったがリアクションは二人並に身をビクッとさせてその知らせに仰天した。


「す、すごいすごい! この前天龍ちゃんたちとやりたいねって話してて間もないのに、もう決まったの!?」
「うわぁ~! あたしも暁たちと話しててそれっきりだったのに、どうしてどうして!?」
「まぁ、提督同士、色々話は入ってくるのさ。」
 那珂と川内の反応は歓喜の混じった驚きをするのとは対照的に、幸は憂鬱そうに暗い表情だ。
「普段の勉強に艦娘部の見学会、それから演習試合となるともしかして……ふぅ……。」
「ん?どーしたの神通ちゃん。」
「いえ。あの……正直言って、手一杯になりそうかなと。」
 そう言って神通は目下自分たちがやるべきことを恐恐と挙げた。それは自身の学校のためだけでなく、全体的な意味での指摘だった。
 那珂は楽観的に考えていたが、神通が真面目に心配を口にして訴えかけてきたので、しばらく目をつむり思案した。
「ふむふむ……ふむ。あれがこーしてこれがああなって……。」

 少々の身振り手振りと独り言とともに那珂は何かをシミュレートし始める。隣で薄気味悪く蠢く先輩を見て不安がもたげてきた川内は那珂の肩を突っついて正気に戻した。
「ち、ちょっとちょっと那珂さんどうしたの!? 急に怖いですよ~!」
「(コクコク)」
 川内のセリフに神通は口をつぐんだまま頷いて同意を示す。
「あ、ゴメンゴメン。ちょっと思いついたことがあるの。」
 那珂の一言に両隣の川内と神通はもちろん、提督たちも?を顔に浮かべて待った。

「見学会と神奈川第一との演習試合を一緒にやっちゃえばいいんだよ! そーすればあたしたちは演習試合に参加してよその艦娘のこと知ることができるし、学校の皆に艦娘のことたっくさん見せてあげられるよ。そしてインタビューにも格好の材料が揃う、と。どうどう?」
「……やっぱり。那珂さんなら、そう言うと思ってました。」
「おぅ! さすが神通ちゃん。あたしの考えだんだん見通せるようになってきたのね。那珂ちゃん恥ずかしい~けど頼もしくなって嬉しい~!」
 神通は提督が知らせを告げた時、那珂ならこう考えるだろうと予測がついていた。
 そんな神通の言葉を受けておどける那珂に川内は目に見えて反発する。
「えぇ~~!!余計忙しくなるじゃん! 一石二鳥けどさぁ……。」
「ちょっと忙しくなるのは覚悟がひつよーだけど、盛り上がった熱を冷めさせないうちに良い物を見てもらって、話題を継続させるのは大事なのですよ、川内ちゃん。」
「川内さん。予想の範疇でしたし、多分私たちに拒否権はないかと。」
 神通の言葉に川内は引きつった笑顔を浮かべるのみ。さり気なくツッコミを入れられたと捉えた那珂がすかさず言い返した。
「アハハ。神通ちゃんにはもうなんか色々お見通しって感じぃ? それから拒否権とか言い過ぎ~。別に二人がこうしたいっていうなら別の案出してもらっていいんだよ。」

 那珂が二人の眼前で指を振る。もちろん茶化していることはさすがの川内も察しがついていたので、苦笑を浮かべて反応する。
「いや、アハハ。まぁ、那珂さんの考えたことやったほうが面白そうですし、あたしは那珂さんに賛成です。大変っていうのは、う~ん……皆に手伝ってもらえばいいのかなぁって。」
「私も、那珂さんと川内さんに、従います。」

「うー、二人ともあたしに遠慮してない?」
 自分の意見への反発が触り程度ですぐになくなってしまったことに張り合いがないと感じた那珂は、二人の態度に釈然としないものがあった。
「いやいや。素直に面白そうって思ったから賛成したまでですよ。ね、神通?」
「……私は、冷静に機会が良いという点で同意することにしました。ですから、遠慮というわけではありません。」
 二人の反応は渋々とも取れたが、余計な追求でかかる時間と目的達成を天秤にかけ、ひとまず良しと判断して話を進めることにした。

 那珂たちの様子を眺めていた提督が問いかける。
「考えはまとまったかな?」
「うん。あたしたちの学校にとっては、神奈川第一との演習はまさにうってつけなんだよね。だからね、……というわけで。」
 那珂は提督に三人の考え(実際には那珂発案のアイデアだが)をプレゼンし続けた。提督はおおよそ理解を示し那珂の意見を受け入れた。

「そうか。うん、わかった。君たちの学校からどれだけ来るのか教えてくれ。それによってうちとしても準備があるからさ。」
「あぅ~ゴメン。まだ全然わかんない。前日までに伝えればいい?」
 提督はやや顔を渋めて頭をひねらせて思案した後答えた。
「大体でもいいからわかると嬉しいんだけど、なるべく早めに頼むよ。他との都合もつけないといけないからさ。」
「おっけぃ。わかってるって。」

 提督ないし鎮守府との話を付けた那珂は川内と神通に、明日からやることを簡単にまとめて改めて伝えた。
 神奈川第一鎮守府との演習まで後一週間と数日。那珂たちは、普段の訓練と合わせ、自身の高校艦娘部として、学校と鎮守府の交渉役を務めることになった。

 翌日以降、那美恵は流留と幸に役割と言い渡し、自分としては二人がまず苦手そうな教師などへの交渉役を率先して担当した。那美恵の作業はすぐにかたが付き、校外施設への生徒の誘導および集会の許可を得ることができた。
 一方の流留と幸は、鎮守府見学会の設計に数日は四苦八苦することになる。


--

 ある日の休み時間、和子は後ろの席から極々小さな声でウンウン発せられる唸り声を耳にした。後ろは幸の席だ。和子が気になって振り返り見てみると、幸は授業のものではないノートに書き物をしていた。
「さっちゃん、何書いてるんですか?」
「……こ、今度の見学会の、計画。那美恵さんから、内田さんと私の二人でって任されたの。」
「そういえばそんなこと話してましたね。結構大変?」
「考えるのはいいんだけど……、私の考えた内容が他の人に影響するとなると、責任重大すぎて気落ちしちゃいそう。」
「でも学校の皆に対してだから、気楽になんじゃないですか?」
 和子のこの問いかけに、幸からの返事は数秒遅れる。ポロリと出た一言は間違いない本音だった。
「なんだか、うちの鎮守府の皆との方が気楽になってるかも。あとは……戦ったり訓練してるときのほうがマシかな。」
「うわぁ~。さっちゃんからそんなセリフ聞くなんてすごく意外。」
「え? え? え?」
「ウフフ。やっぱりさっちゃんは見違えるように成長しましたね。艦娘になって正解なんじゃないですか?」
 和子から笑われたことを幸は冷笑と捉えてしまいうろたえるも、友人のその見立て自体は嬉しかったため、やや頬に熱を持ちながらも静かにゆっくりと頷いて肯定するのだった。
 その後、休み時間の度に蚊の鳴くような唸り声を上げて計画を練っている幸の姿と、その悩める友人の姿を間近で温かく見守る和子の姿+時々和子の友人の絡みが繰り返されていた。


--

 一方で流留は何もできずにいた。否、自分の教室では何もやるつもりがなかった。それは、校内では生徒会メンバーと艦娘部メンバーとしか会話するつもりがないことと、普段自分がやらぬことをやれば同性の女子からまた誤解の目で見られるかもという強迫観念があるためだった。
 同性で同学年の、すっかり気を許して付き合える仲になった幸に会いに行くというのは普通の女子であれば他愛もないことであろうが、流留にとっては極大に大きく重い一歩だった。そんなことをすれば今まで同性と付き合いのない流留がどうして?と思われてしまうのは明白だ。

 自身は艦娘部に入って神先幸と仲良くしてるなぞ、誰にも明かしたことはないのだから。

 せっかく友達になれた幸に迷惑が及ぶのは心苦しいので、流留はそういう思いの面でも動けずにいた。

 ただ、放課後になってしまえば別である。やる気に満ちているときの素早さには自信がある流留は、帰りのホームルームの終わりのチャイムがなってすぐ飛び出し、幸のクラスへと向かう。帰りがけの混乱の中、幸の教室にスタスタ入って紛れ込んだ流留は、幸とその前方の和子に話しかけた。
 校内での部室代わりの生徒会室へ早く行こうとせがむと、それは幸に止められた。
「え、なんでよ?那美恵さんもいるんだよ?」
「そもそも、生徒会室は私達の部室ではありません。那美恵さんが生徒会長であることのご厚意でいさせてもらっているだけなんですよ。」
「え~、別にいいじゃん。ねぇ、毛内さん?」
「え? あ、はぁ。仕事がないときは別に構いませんが。」
 和子の言葉を裏切りと捉えた幸はわずかに泣きそうな表情を浮かべて反論する。
「和子ちゃんそんなぁ……。いくら和子ちゃんたちが良くても、私たちは……そろそろけじめをつけるべきです。内田さん。作業なら鎮守府へ行ってやるべきかと。」
 幸の言葉は流留に確かに響く。正論と捉えたので流留はぐうの音も出なかった。が、せめて言い返そうと付け足した。
「ん。まぁ……そうかもしんないけど、面倒くさいじゃん。あそこ行くまでに30分くらいかかるもん」
「……それは、私達○○高校の宿命です。」
「うわぁ~さっちゃんなんか中二っぽいこと言ってる。すげー意外だ。」
「さっちゃん、ホント随分変わりましたね。」
 何気なく言った一言に、流留と和子が驚きを隠せないでいる。まさか親友からも呆気にとられるとは思わなかった幸は再びうろたえて泣きそうになってしまった。

 明らかにしょげた幸を流留と和子は背中や肩をさするなどして慰めた。優しくしたところで改めて生徒会室へ行こうと持ちかけたが幸に頑なに断れ、今度は流留が悄気げるハメになる。
 結局幸に根負けをして、流留と幸は一旦生徒会室に寄って那美恵に一言伝え、学校を後にした。

とあるシステムエンジニアと艦娘

とあるシステムエンジニアと艦娘

「初めまして。私は株式会社○○ソフトクリエイティブ、第4開発部の雄山ミチルと申します。よろしくお願いします。」
「初めまして。同じく株式会社○○ソフトクリエイティブ、営業部門2課の石坂と申します。今回の担当営業です。よろしくお願いします。」
 二人が自己紹介を終えると、ふと気になった那珂はそうっと問うた。
「ねぇ、提督の会社での役職とかは?」
「お、そうだねぇ。西脇、せっかくだから君も自己紹介しなさい。」
 営業の石坂が肘でつつくように促すと、提督は後頭部に手を当ててやや恥ずかしそうにしながら従って自己紹介し始めた。

「え~、俺もですか? んん! 株式会社○○ソフトクリエイティブ、第4開発部のサブリーダーの西脇栄馬といいます。それから国の艤装装着者制度の選抜によって、深海棲艦対策局および艤装装着者管理署千葉第二支局の支局長を勤めています。よろしくお願いします。」
 最後の方で提督は恥ずかしさに耐えきれず笑いを漏らす。すると釣られるようにその場の一同はクスクスと笑いだした。
 これから打ち合わせに臨むにあたり、最初の雰囲気としては出だし上々だった。

「それでは本題に移ります。艦娘制度のことは説明すると長くなるので、一般的な紹介サイトとかでざっと見ておいてください。今回御社に……なんか違和感あるなぁ。」
「ハハ。責任ある立場は大変だろう? 同じ会社の人間だけとはいえ、艦娘の皆さんがいらっしゃるんだし、あくまでそちらの責任者の立場で臨めよ?」
「あ、はい。気をつけます……。」
 提督が言いづらそうにすると、石坂は提督に気楽なやり方をせぬよう忠告した。それを受けて提督もミチルも軽く息を吐いて改めて雰囲気を正した。


--


 その後、主に提督の語りで要件が伝えられ、ミチルと石坂がその要件を掘り下げる質問をするという応酬が続いた。完全に分野外のことのため、那珂たち艦娘は黙ってその話し合いを見守り続ける。一通り要件を伝え終わると、提督は五月雨に評価チェックシートの紹介をさせた。中学生ながら五月雨は、大人の会議の場でそつのない説明をしてミチルらを感心させた。
 そして1時間程経ち、打ち合わせも終いの時間となった。
「……わかりました。それではその評価チェックシートと、国から配布されてる評価シートを提供していただけますか? 見積もりを出して後ほど連絡いたします。えぇと、先輩。会社のメール?それとも鎮守府のメール?どちらでいいんですか?」
「それじゃあ両方に送っておいて。細かい話や確認は俺が会社戻ったときにしてもらってもいいし。」
「あ、はい。了解しました。」

「それでは、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
 提督とミチルの応対が一区切りした。これで打ち合わせのメインの内容は終わったことになる。提督は改めて依頼することを挨拶とともに伝え、打ち合わせは硬い雰囲気が解かれた。

「ふぅ~とりあえず問題なく伝えられたようで安心したよ。」
「ウフフ。まさか顧客の立場になった先輩と話すなんて、不思議ですわねぇ。」
「ほんっと大変なんだぞ。今まで一介のSEでしかなかったのに、急に会社の社長させられてる気分だよ。」
「これもいい経験じゃないか。うちの会社の代表として選ばれた期待の星なんだから、気張れよ西脇。」
「う……恐縮です。が、頑張ります。」

 那珂たちは、今までしっかりした大人に見えていた提督が、同じ会社の人間と接する姿を初めて目の当たりにして驚きと不思議さが共存した気分だった。なによりも、垣間見える提督、西脇栄馬の素顔が新鮮でたまらなかった。
 那珂たちが若干奇異の目で提督を視界に収めているなかで、当の提督は帰り支度を始めた二人に尋ねた。

「二人は帰りどうします? 駅まで送っていきますよ。」
「ありがとうございます。あの……もしよかったら、鎮守府っていうところを見させてもらってもよろしいですか?」
「おぉ、俺も見てみたいと思ってたんだよ。」
 ミチルの何気ない頼みごとに石坂も乗り気になる。
「あ~、そうですね。そういやうちの会社の人来たの初めてだしちょうどいいか。それじゃ案内しますよ。君たちも少し付き合ってもらっていいかな?」
 提督はやや眉を下げて申し訳なさそうに五月雨たち三人に懇願した。
「別にいいんじゃないの。ね、妙高さん。」
「そうですね。せっかく来ていただいてるんですし。五月雨ちゃんもいい?」
「あ、はい! 私もいいと思います!」
 那珂と妙高が快諾すると、年上二人の返しを窺っていた五月雨も笑顔で快く返した。

 二人の帰社時間、それから学校から許可を得ているとはいえ、戻らねばならない那珂と五月雨の帰校時間もあるため、細かい説明は歩きながら、そして最低限の場所だけとなった。
 つまるところ、工廠と湾だ。
 提督は明石や技師たちにもミチルたちを紹介し、艦娘制度に関わる人間の生の声を聞かせた。

「西脇提督の会社の方ですか~。提督も本当に会社勤めだったんですね~。」
「俺をなんだと思ってるんだよ!? ニートとかじゃないぞ……。」
 提督の強いツッコミとその直後の弱々しいつぶやきに、明石やミチルはもちろん、那珂たちもクスクスと失笑するのだった。


--

「そうだ! 雄山さん。せっかくだから艤装の同調試験受けてみません?」
 明石が叫ぶように突然口にしたその意外な提案に、当のミチルはもちろんのこと、提督ら一同は声を揃えて仰天した。

「「えっ!!?」」

「な、何言ってるんですか!? 今回はそういう目的じゃないんだぞ?」
「いいじゃないですか。意外なつながりで艦娘になれる人を見つけられるかもしれないじゃないですか。それにちょうど一つ艤装空きがありますし。」
 慌てる提督とニコニコして楽しそうだがその実、艤装の実験対象が増えるという技術者の性でウズウズしている明石。那珂は他のメンツと同様に呆然としていたが、明石の意見には一理あるとして賛同を示した。
「そうだよ。あたしの学校だって、流留ちゃんとさっちゃんを見つけられたんだし、ダメもとで受けてもらえばいいじゃん。提督の会社で艦娘になれる人が一人でもいれば、きっと安心できると思うよ?」

 提督にとって那珂が乗ってきたことは予想の範疇の現実でしかない。乗り気になるのはいっこうにかまなわいが、自社の人間を艦娘界隈に迎え入れることに抵抗があった。
 この時点では提督の真意が明石や那珂ら艦娘に伝わることなく、また提督としても何の脈絡もない状況で思いを伝える気はなかった。

 艦娘からすれば、提督がただただ妙に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて態度をハッキリさせないでいるようにしか見えなかった。歯切れ悪くモゴモゴ言う提督に、妙高がそっと近づき何かを聞いた。妙高に耳打ちする提督は、若干表情を和らげた。妙高に何かを諭されて、ようやく顔を明石ら周辺に向けた提督は決断を下して述べた。

「わかった。けどあくまでも雄山さん自身の気持ちが当たり前だけど優先だぞ。どうかな、雄山さん?」
 提督と同じくあまり気乗りしなそうな表情を浮かべていたミチルが反応した。
「そ、そうですね……。私としては少し興味あります。けど今すぐやりましょうと言われると困ってしまいます。そのチェックには時間かかりますか?」
「いえいえ。同調自体はすぐ終わりますよ。ちょっとだけ、いかがです?」
 明石の食い下がるその気迫に押されたのか、ミチルは苦笑を浮かべて頷いた。

 本人と提督の承諾を得た明石は軽くガッツポーズをして喜びを露わにする。
「それでは那珂ちゃんと五月雨ちゃん、それから雄山さんついてきていただけますか? 妙高さんはちょっとあのフォローをお願いします。」
「はーい!一名様ごあんな~い!」
「アハハ……二人ともなんかノリノリですね~。」
 明石に合わせてノッて振る舞う那珂と年上二人に苦笑する五月雨、そんな三人の艦娘はミチルを連れて工廠の奥へと入っていった。

 その場に残された提督ら。
「西脇はいかんでいいのかい?」
「え? あ~はい。俺は同調試験の立会許されてないんですよ。」
「へぇ~提督ってそういう制限もあるのかい。」
「いえいえ。規則としては制限ないはずなんですけど、故意にいようとすると、工廠長の明石さんはじめ女性陣がめちゃ怒るんで。以前那珂の学校の娘が同調したときにたまたま立ち会うことありましたけど、具合悪そうにしゃがんじゃったんでなんか気まずくて。なんでなの、妙高さん?」
 提督が石坂からの質問に言葉と雰囲気不明瞭に返す。続く流れで妙高に尋ねると、妙高は目が笑ってない笑顔で提督に静かに返した。
「知る必要のないことなんですよ。」
 あまりにも不自然で恐怖を抱く笑顔と優しい口調のセリフに、提督だけでなく石坂も思わず「はい」と改まって返事をした。


--

 明石と一緒に艤装の格納庫に来た那珂は、初めて見る光景に圧倒されていた。
「うわぁ~~ひっろーい! ここが艤装をしまっておくところなんですか?」
「えぇ。格納してある棚にはそれぞれ番号がついていまして、ここのパネルで操作すれば、高い位置にある棚でも自動的に床ごと押し出されて、地面に降りてくるんです。あらかじめフォークリフトを設置しておけばすぐに持ち運べますよ。」
「ほうほう。あたしたちって頼んで艤装を出してもらうことしかしなかったから、裏っかわこうなってるんですね~。五月雨ちゃん知ってた?」
「い、いえ。私も初めて入りました。普通に中学校だけ行ってたらこういう工場見学もしなかったからなんかもう感想が追いつきませんよぅ。」
「アハハ。あたしも~。ところで明らかに何も入ってないスペースが多いですけど?」
 五月雨と掛け合いをしつつ、那珂は観察して思いついた感想をすぐに口にして尋ねる。
「そりゃまあ、うちにある艤装は空いてる高雄と黒潮をはじめ、那珂ちゃんたちの艤装、あとは汎用の簡易艤装が数点です。どこの鎮守府の工廠も少なくとも100以上の艤装の格納するスペースを確保しておくことって決められてるんです。ですから全体を見るとまだどうしても空きが目立ちますね。」

 前方後方、左右の棚を両手で指し示す明石。その説明に反応したのはミチルだ。
「艦娘って、私あまりよくわからないんですけれど、意外と一般的な工業品を扱う仕事感覚と変わらないのかしら?」
「まぁ私どもは工業製品方面のエンジニアなもので、こうした工廠はよその工場と大して変わりませんよ。」
「そうすると私達のようなソフトウェア業界が艦娘制度に絡むことはあり得るのですか?」
「そうですねぇ。そこは提督のほうが詳しいかと。現に提督は艤装の基本ソフトウェアに改修を加えたことあるので、普通に関わりはあると思います。」
「なるほど。自分たちの分野に絡めると、だんだん興味が強くなってきましたわ。あとはその同調をする前に、もしよろしければ、艦娘の実際の動きを見せてもらえると助かります。」
「あ、そうですね! 那珂ちゃん、五月雨ちゃん。一般船舶用ドックからでいいので、ちょっと水上での動きを雄山さんに披露してもらえますか?」
「はいはーい。お安い御用です。ね、五月雨ちゃん!」
「はい。私、頑張っちゃいますから!」

 那珂と五月雨は明石に艤装を運び出してもらい、格納庫の隣のブースにあるドックに行った。今このときはドックは排水しておらず、途中から海水が入っていて機械仕掛けの浜辺と表現するにふさわしい状態になっていた。
 二人は海水に迫るギリギリまで坂を駆け下り、明石とミチルに手招きして合図した。
「それじゃー行きますよー!」
「行きまーす!」五月雨も叫ぶ。
「はい、お願いします。」
 明石が両手で輪っかを作り受け入れる。ミチルが無言で見守る中、那珂と五月雨は同調開始し、海水に一歩また一歩と足を付けた。

「よっし五月雨ちゃん。ドックの入り口まで行って戻ってこよ。」
「はい!」
 那珂たちは速力を極力落として進み、Uターンして戻るというごくごく単純な水上航行をしてみせた。艦娘の仔細を知らぬ一般市民にはこれだけでも多大な効果がある。それはミチルも例外ではない。
「す、すごい……。なんとかの法則でしたっけ。それを無視するかのように自然にそのまま浮かんで動かれましたね! 明石さんもできるんですか?」
「アルキメデスの原理ですね。艤装は人工的に浮力を調整しているんで原理の在り方を大幅に補正して浮くことができるんですよ。仕様上は私の工作艦明石の艤装もできますけど非戦闘要員なので、艦娘としては最低限の訓練しか受けてないし、海の上にいることはほとんどまったくないし、実は海の上に出たことないんですよ。」
 那珂と五月雨が、明石の説明に感心しっぱなしのミチルの側まで戻ってきた。

「どーでした、雄山さん!?」
 那珂が尋ねると五月雨は那珂の隣で目をキラキラさせながら暗に問いかけている。ミチルは少女二人の期待に満ちた表情に微笑ましさを感じてクスリと笑みをこぼしながら感想を口にした。
「えぇ。とてもすごいです。人が水面に浮いてしかも動けるなんて、ますます興味湧きました。」
「それでは雄山さん。受けていただけます?」
「はい。ダメもとで受けさせていただきますわ。」
 明石が再三の確認をすると、ミチルは遠慮がち・しとやかに返事をした。


--

 その後格納庫に戻った那珂たちは、その一角に集まってミチルと艤装の同調を見守ることにした。
「それでは、今空きがある重巡洋艦高雄の艤装と同調していただきます。」
「あれ? 駆逐艦黒潮のはいいんですか?」
 那珂が尋ねると、その返事は明石ではなく五月雨が言った。
「あ、はい。黒潮はもういいんです。」
「へ!?なんで五月雨ちゃんが……あ、もしかして前の館山の時最初鎮守府に残った時になにかあった?」
「エヘヘ、はい。」
 那珂が鋭く洞察の結果を述べると、五月雨はコクリと頷いた。しかし深く語ろうと言葉の続きを発しない。五月雨のその口ぶりの様子を察して那珂はそれ以上問わないことにした。
 二人が納得した様子を見せたのを見計らい、明石が続ける。
「それでは雄山さんに艤装を着せるので、二人も手伝って下さい。」

 高雄の艤装のコアユニットは、腰に取り付ける湾曲した外装の尻の上に位置する区画に含まれている。那珂や五月雨の場合は軽いパーツのため同調する前からでも装備して問題ないが、高雄の場合はそうはいかない。
 那珂はあらかじめ同調し、パワーアップした筋力でもって高雄の艤装コアユニット格納部を支え持つ。その間に明石と五月雨はミチルにベルトを装着させ、装備心地を確かめる。

「け、結構大掛かりなんですね……?」
「担当艦によりけりです。高雄の艤装は一人では装備できないので、装着台と呼ばれる台に艤装を一時的にセットしてそこで装備していただくか、こうして他の艦娘に手伝ってもらったりします。」
「あたしたち川内型は軽いパーツだからいいけど、今のところ重くて大変そうなのは、五十鈴ちゃんたち長良型の艤装ですよね。」
 不安げなミチルに明石が説明をすると那珂が補足し五月雨が頷く。三人を順繰りに見渡すミチルの表情からは不安の色がいっこうに取り除かれない。

「さて、これから同調していただくんですけど、先程ご説明したように頭の中で思い描いてみてください。あと、これは男性がいないからお伝えできることですが、もし仮に同調できたら、ちょっとその……性的な気持ちよさを感じてしまうかもしれませんので、その点強く注意しておいてください。」
「へ!?」
 明石の思わぬ発言にミチルは呆気にとられる。その意味するところは、すでにイったことのある那珂と五月雨は十分すぎるほどわかっている。二人とも初同調時を思い出し、頬に熱を持ってしまった。
 ウブな反応を見せる少女二人を無視し、明石はミチルと最終確認を進める。

 そして……。

 提督と石坂は工廠内の事務室に移り、雑談をしていた。
「すまん西脇。ちょっと外でタバコ吸ってくるわ。」
「あ、はい。どうぞ。」
 そう言って石坂は事務室を出て、工廠の外で一服済ませた。

「きゅははは~~ん!!」
 石坂が事務室に戻ろうと歩いているとその時、工廠内にやや艶やかさを伴った悲鳴が響き渡った。石坂は頭をかしげるも、特に気にする様子もなく扉を開けて入室した。

「おい西脇。今さっき雄山の悲鳴が聞こえたぞ。なんだあれ?」
 事務室に入ってきた石坂から、提督は一言を耳にしてすぐに妙高を見る。しかし妙高はニッコリと微笑んだまま
「問題ないのでお気になさらずに。」
とピシャリと告げてそれ以上の詮索を許さなかった。やはり知ってはいけないことなのかと提督は察し、明石たちが戻るまで黙りこむに徹した。


--

 那珂と五月雨は、目の前に新たな重巡洋艦艦娘の誕生を目にした。ただ資格があるというだけで目の前には恥ずかしさで崩れ落ちるミチルがいるだけだが、すでに艦娘である自分たちにとってはその光景だけで十分嬉しい可能性なのだ。

「あわわ! 雄山さん大丈夫ですかぁ!?」
 明石がタブレットを床に置いて駆け寄る。那珂たちはポカーンとしていたがハッと我に返りミチルの体を支えるべく近寄った。
「はぁ……はぁ……なんだか、体の奥からこう……力というか燃えるような何かが溢れて、何かが私の中で開放されたような、そんな感じですわ。」
 明石たちはひとまず同調を切らせて艤装を解除し、ミチルを落ち着かせた後話を再開した。

「これは確かに……恥ずかしいですね。男の人が側にいなくてホントよかったですよ。」
「ですよね~~。あたしも最初そうでしたよ。」
「私もです。」
 那珂に続いて五月雨が三度思い出したように頬を染めてミチルに体験を語る。
「でもこれっきりですから。一度同調できれば、次からは感覚的にもスムーズに艦娘になれるはずですよ。ともあれ、重巡洋艦高雄に合格おめでとうございます、雄山ミチルさん。」
「やったぁ!これで二人目の重巡艦娘!高雄さん!」
「アハハ。なんだか山の名前みたいですね~。早く提督に教えてあげましょ~!」
 那珂の早速ミチルへの呼び方に五月雨はクスクス笑いながら反応する。
「まぁ待ってください。ほら二人とも、お片付け最後まで手伝って下さい。」
 はやる五月雨と那珂に明石は軽い口調で注意を促す。そして心の落ち着きを取り戻したミチルに何点か確認し、了承を得たので戻ることを促した。
「それでは戻りましょうか。」
「「はい!」」

 元の場所に戻るとそこに提督らの姿はなかった。事務室かもと想像し、明石は那珂たちを引き連れて移動した。
「ただいまです。あ、やっぱりこっちにいらっしゃったんですね。」
「おぉ明石さん。どうだった?」
 提督は開口一番早速尋ねる。明石はその答えを言葉ではなく表情で示した。提督はすぐに気づき、釣られて思わずニンマリしてしまうのを抑えて次はミチル自身に尋ねる。
「じゃあ雄山さん、報告してもらおうか。」

 ミチルは提督を上目遣いでチラチラと見、そしてゆっくり口を開いた。
「あの~……私、重巡洋艦高雄っていう艦娘になれるそうです。同調というのにごうかk……コホン。合格しました。」
 途中恥ずかしい感覚を思い出したのかミチルはてれ混じりに咳払いをして仕切り直して言葉を続けた。
「あ……うん。えぇと、おめでとう。」
 さながら、冷静に懐妊報告をしあう夫婦のような硬い雰囲気で提督とミチルは言葉をかわし合う。その緊張に耐えられない那珂はいつものノリでその場の空気を動かすべくピシャリと言う。
「あーもう二人とも何戸惑ってるのさ! 新しい艦娘の誕生だよ? もっと提督も喜びなって。自分の会社から艦娘生まれるなんてすっごいじゃん!」
「同じ会社の人間だから恥ずかしい気もするんだがなぁ~。」
「そ、そうかもしれませんね。ウフフ……。」
 提督の恥ずかしがる理由とミチルの恥ずかしがる理由には差があったが、誰もそれには気づかなかった。
 提督は気分を切り替え、ミチルに言った。
「どうだろう。しばらくはこちらに関わるんだし、艦娘になってみない? 本格的に艦娘として関わるのは大変だろうから、あくまで資格という形で。会社と話して勤務体制が整えばこちらにも勤務してくれればいいし。」
「えぇと。えーと……どうしたらいいでしょうか。」
 提督の提案と誘いに気持ち半々で悩むミチルは、石坂に視線を向けて助けを求めた。その視線と意味に気づいた石坂はこめかみをポリポリと掻きながら口を開いた。
「そうだな~。西脇のときもそうだったけど、何分うちの会社としては艦娘制度に関わるってのが勝手がわからなくて体制整えるの大変なんだよ。それでも西脇のときは、防衛省の方から正式に通達が来たもんで社長も役員も人事部も大慌てで話し合ってなんとかなったらしいけどな。」
「俺は社長たちの慌てた事の顛末は知らなかったです……。」
 提督は石坂の言葉に申し訳なさそうに頭を下げて相槌を打つ。石坂は失笑しながら続けた。


--

 提督と石坂・ミチルが話し合うその様子を、那珂は五月雨とともに呆けた表情でもって眺めていた。会社勤めの者しかわからぬ内容は那珂の脳を右から左へと通り抜けていく。ただわかったのは、提督も本来の会社員西脇栄馬としての付き合いの中だと、質の違う気さくさや恐縮っぷりを見せるということだ。
 その姿は、艦娘としての那珂、普通の高校生としての光主那美恵だけでは見ることができなかった提督の一面だ。
 それがわかったとしても、近い将来あの人の傍にいるべきなのは自分ではないのだろう。

 未練たらしく考えるのはやめよう。那珂は軽く一息吐いて目の前の話し合いが終わるのを見続けた。


--

「……としか俺は言えんから、後は人事と経理にでも相談してみなさい。」
「そう、ですね。はい。わかりました。雄山さんも、それで納得してもらえるなら艦娘になってみるかな?」
「そうですね……考えさせてください。とりあえず今回お話をいただいた開発を優先させてください。その後でもよいのであれば。」
「あぁ。この件については急がないから、雄山さんに任せるよ。」

 提督と石坂・ミチルたちの話し合いが一段落したのを見計らって那珂は尋ねた。
「お話はついたの?」
「あぁ。返事は保留ってことで。俺としても今回の開発案件を優先して考えてるから、那珂たちもその心づもりで頼むよ。」
「あ~うん。あたしは別にいいよ。元々明石さんが勝手に言い出したことだもんね~~?」
 那珂は嘲笑が混じったジト目表情で明石に視線を送る。
「うっ!? 那珂ちゃんもノリノリだったじゃないですか~。余計な提案だとは反省してますけど、艦娘になれる方が傍にいることがわかっただけでもよしとしましょうよ、提督?」
「まぁな。ちょっと嬉しかったのは否定しないよ。同じ会社や学校から仲間が加わるっていうのは相当心持ちが違うな。やっと実感が湧いたよ。」
 提督は肩をすくめて明石の言葉を素直に受け入れた。提督のその一歩引いた姿を
「そーでしょ!?だから早くあたしたちの学校や五月雨ちゃんたち、不知火ちゃんの学校からもっと艦娘迎え入れられるようにしてよね、提督ぅ~!」
「そうですね~。私も早く貴子ちゃんに艦娘になってもらいたいですし。」
 那珂と五月雨の勝手な意見にたじろぐ提督であった。


--

 鎮守府内の案内を終えて本館に戻った一行は、一階のロビーで石坂とミチルの二人と別れた。提督は二人を最寄り駅まで送っていくため一緒に出て行ったためいない。そのため那珂と五月雨は妙高とともに提督が帰ってくるまで留守番していることにした。
 が、二人共それぞれ学校に戻らなければいけないことに同時に気づいた。
「あ、あの~那珂さん、妙高さん。私、学校に戻らないといけないですけどぉ。」
 那珂は後頭部をポリポリと掻きながら五月雨の言葉を流用しながら返した。
「うおぅ何たる偶然!あたしも学校に戻らないといけないんですけどぉ。」
 どちらからともなしにクスクス笑いが漏れる。二人の学生を見ていた妙高は軽くため息を吐いて二人に言った。
「二人とも学校に戻っていいですよ。後は私がやっておきますから。」
「えぇと、ホントにいいんですか?」と五月雨。

 そんな五月雨の肩に手を置き、妙高はさらに言葉をかけて安心させる。というよりも急かす。五月雨を押しながら妙高は那珂にも言う。
「もう4時半ですよ。那珂さんも帰る準備してくださいね。」
「はいはい。わかってますよ~。」

 那珂たちは更衣室に行き着替えを急いで済ませ那美恵と皐月に戻った。そして妙高に見送られながら鎮守府を後にした。
 近くのバス停まで軽く駆けながら那美恵は言った。
「どうせだったらさっきの提督の車に一緒に乗せてもらえばよかったね~。」
「アハハ……もう遅いですけどね。」
 皐月の意外にも冷静なツッコミに那美恵は苦笑いを浮かべる。

 それぞれの学校に戻った二人は、すでに放課後で遅めの時間ではあったが学校への報告を済ませ、それぞれの仲間とともにようやく帰路につくのだった。

見学会に至るまで

 週が変わって演習試合が週末土曜に迫るある日の夕方、川内と神通は鎮守府本館会議室で那珂・提督そして妙高・明石に向かって、ホワイトボードを二人で挟んでプレゼンをしていた。なお、他の艦娘達は出勤してはいるが本館内にはおらず、それぞれ演習試合に向けた訓練に取り組んでいた。

「え~、お手元の資料を見てください。あたしと神通が考えた見学会のプランです。それじゃあ神通説明どうぞ。」
「……えっ!? こ、コホン。それでは、川内さんに代わって説明させていただきます。」

 普段ケロッと明るく適当な雰囲気のある川内は表情が強張っていた。と同時に一挙一動も固い。神通はというと、川内ほど緊張はしていなかったが、それでも先輩や大人勢を目の前に何か言い知れぬ、将来どこかで体験しそうな圧迫した緊張感を得ていた。
 腹に若干鈍い痛みを感じていたが、原因はなんとなく想像できていたので努めて我慢することにして説明に注力した。

「……という流れで当日は見学してもらおうと思います。案内役を一人立てて、ここの時点で他の人と合流し、演習試合に臨みます。ここまでは…大丈夫でしょうか?」
 神通がややうつむきがちに那珂達に視線を向ける。那珂と提督は何かヒソヒソと囁くように話し合い、そして提督が言った。
「うん。流れは問題ないと思う。ただ時間配分が気になるな。神奈川第一との演習試合は15時からの予定だから、準備も含めて、それに間に合うように案内を立ち回れるかい? 君たちの学校の下校時間は12時らしいけど。」
 提督の指摘に神通は視線を足元に下げて考え込む。彼女をフォローするために川内が数分ぶりに口を開いた。
「それは……多分なんとかなります。案内役の人の仕切りっぷりによりますね。だから案内役には、喋りとか色々上手い人にやってもらいたいんですよ。ね、那珂さん。」
「えぇ!? あたしぃ!?」
 那珂はのけぞりながら自分を指差して驚きを示す。川内は言葉なくウンウンと頷いて肯定した。
「もしかしてあたしに案内役しろと?」
「はい。だって艦娘部の部長でしょ?」
「うわぁ~。川内ちゃんってば意外と抜け目ないというかなんというか。」
 那珂の言い方に川内はケラケラ笑う。そんな同僚をジト目でチラリと見た神通は代わりに謝意を述べる。
「も、申し訳ございません。」
「アハハ。いいよいいよ別に。あたしを使うってのは神通ちゃんも同じアイデア?」
「はい。」「はーい!」

 揃って肯定されてはもはや反論しようも拒否する気も失せてしまったので、那珂はわざとらしく大きなため息を吐いて二人に言った。
「はいはい。それじゃあ二人のアイデアに従いますよ。なんたって部長ですもんね。協力してやりましょ。んで、二人はその間何をするつもり?」
 おどけた返事の後に那珂は鋭く二人に尋ねた。川内と神通は前半後半で温度差のある那珂の言葉を受けて、唾を飲み込んで答えた。
「あ、あたしは学校の皆と歩くの嫌だから、夕立ちゃんたちとギリギリまで訓練しようかと。」
「私は……後学のためにも那珂さんと一緒に皆を案内しようと思います。」
 二者二様の考えに、那珂は小さく唸り声をあげながら頭をグルグル回す。その妙な仕草なぞすでに慣れている提督たちはもちろん、川内たちも気にせず黙って見守る。

「まぁ川内ちゃんは……ちょっと事情があるから仕方ないか。それから後で話すけど、演習試合の準備に専念してくれるのは願ったり叶ったりだね。神通ちゃんはねぇ、あたしについて来るんじゃなくて、先回りしておいてくれないかな?」
「先……まわり?」
 那珂のセリフの意味するところがわからず聞き返した。那珂はコクンと頷いて口を開く。
「うん。あたしが案内して説明するところで、何か不意の出来事があったらあたしも困っちゃうの。だから、神通ちゃんはあたしが案内するところを逐一先回りして、その場所で準備をしておいてほしいの。他に人がいたらそこで話をあらかじめすりあわせておくとかね。」
「なるほど……。なんとなく分かる気がします。」
 神通はコクコクと連続で頷いて同意を示した。
 内心では誰か大勢といるよりもそういう役回りのほうが救いがあると思った。自分で提案しておいてなんだが、人見知りしてうまく喋れず反応も返せない自分が、果たして那珂と一緒に案内役を担当して印象悪くしないでいられるか。
 那珂から対案が出てよかった。密かに安堵する神通だった。

「ねぇねぇ、あたしは? なんで願ったり叶ったりなの?」
 黙って神通と那珂のやりとりを聞いていた川内が聞き返した。
「川内ちゃんはねぇ~。」
 そこまで言いかけて那珂はやめた。那珂の言葉の続きは提督が発した。
「演習試合の打ち合わせのときに改めて伝えるよ。」
 川内は頬をわざと膨らませて不服そうな表情になる。
「ゴメンな、川内。次の議題に移ったらちゃんと話すよ。」
「なーんか二人して示し合わせてるようでヤだなぁ。あたしも……まぁいいや。」
 提督の謝意の言葉に川内はウウンと頭を横に振り、気にしてない素振りを見せた。

 そして見学会を議題とする打ち合わせは最終局面に入った。その後那珂たちは意外な事実を知る。それはなんと同日、五月雨たちの中学校、不知火の中学校、五十鈴の高校、そして提督の会社から見学希望者が参加するとのこと。
 那珂たちの高校から話の始まった見学会だが、意外な広まり方をしていた。


--

 しばらくしてコンコンとノック音が響いた。全員が会議室の扉に注目する。
「失礼します。」
 会議室に姿を現したのは五十鈴だった。扉を開けて会議室をどんどん奥にゆく五十鈴は、那珂とホワイトボードの側、神通の近くで止まった。その位置はつまるところ那珂たち全員から注目される位置だ。
 神通はほのかに五十鈴から石鹸の香りを感じた。それまで訓練をしていたはずだが汗だくではなく全く臭わないところを察するに、入浴を済ませてきたのだろう。それ以上気にするところもないので神通は話の展開の進展を待った。

「五十鈴も来てくれたところで次の議題に移ろうか。次は神奈川第一との演習試合についての作戦会議だ。」
 提督はそう言い、話題が変わったということで立っている三人を席に座らせ、代わりに自身がホワイトボードの前に立った。

「さて、ここからは来たる演習試合に向けて戦術を考えて行こうと思う。」
「おー。作戦会議。○○っていうゲームでいうと、軍師がドアップで出てきてプレイヤーにあれこれ教えてくれる場面かな~?」
「ンンン! まずは相手の編成を説明しよう。」
 川内の趣味全開のたとえに提督は話に乗りたかったが、努めて我慢して話を進めた。

「あれ?そういうのって明かしていいの?」
 と那珂が尋ねる。
「あぁ。そのあたりのルールは自由だからね。ただあっちからは、こちらの編成を教える必要はないって言われた。」
「それもまた自由なルールの一つってことだね。」
 那珂の再びの問いかけに提督は言葉なくコクンと頷いた。

「なにせあっちは戦艦や空母やら多種多様な艦種の艦娘がいるからね。そのくらいのハンデはありがたくもらっておきたい。」
「うわ~提督ってば結構したたかだね~。」
 という那珂の言葉に提督はやや頬を引きつらせるが、説明を続けた。


--

 提督はノートを開き、そこに書いてある内容を読み上げた。それは、神奈川第一鎮守府から来る演習用の艦隊の構成だった。

 独立旗艦:重巡洋艦鳥海

 旗艦:軽巡洋艦天龍
 軽巡洋艦龍田
 駆逐艦暁
 駆逐艦響
 駆逐艦雷
 駆逐艦電

 支援艦隊
 旗艦:戦艦霧島
 軽空母隼鷹
 軽空母飛鷹
 駆逐艦秋月
 駆逐艦涼月

 提督が読み上げ終えると、即座に反応したのは川内だった。
「何なんのよ……その地味に史実に沿った感じのある微妙なチーム構成は。」
「そーなの?」と那珂。
「はい。鳥海っていう重巡と天龍と龍田が同じ艦隊にいるのって、第8艦隊の初期編成にあるんですよ。でもそうすると暁たちがいるのはなんか違うなぁ。史実だと附属扱いで第30駆逐隊、駆逐艦睦月っていう艦がいたはずです。」
「ほーへー。さっすが川内ちゃん。それもゲームで覚えたの?」
「もち。」
「さ、さすが川内だわ。ゲームや漫画からの知識だけどそういう補足的な知識は役に立ちそうね。」
 那珂と五十鈴の二人から褒められ、エヘヘと照れ笑う川内。

「それにしても空母がいるってどういうこと? しかも支援艦隊って?」
 五十鈴はその戦力差に若干苛立ちを交えて尋ねる。
「これから説明するよ。あちらの本体は旗艦天龍がまとめる6人。独立旗艦というのは、総司令官みたいなもので、本隊と支援艦隊を指揮する立場とのことだ。そして支援艦隊は、独立旗艦の指示を受けて追加で攻撃をする部隊だ。」
「えぇ……なんかガチであたしたちを潰しに来てなぁい?訓練だよねこれ?」
 那珂の言葉に神通が頷く。川内はというと異なる反応を見せて言った。
「戦艦は支援艦隊に一人だけならマシだと思いますけどね。なんていうのかなぁ~。様子見しながら相手の戦力を少しずつ削りとろうとする、一番小賢しい敵ですよ。○○っていうゲームにも中盤あたりにこういう編成の敵ポコポコ出てきますもん。ね、提督?」
「俺そのゲームやったことないから知らねぇよ。……ともかく、相手はこういう編成だ。俺たちが人数少ないのをわかっていてのこの人数だと思う。村瀬提督は戦闘に関してはかなり厳しい方だから、本気でかかってくるだろうからボコボコにされる可能性がある。」

「ボコボコって……。少しは私達に気を使ってくれるとかしてください。」と五十鈴。
「すまない。けど練度的には君たちじゃ勝つのは厳しいかなと思ってしまったんだ。国に提出した評価シートをベースに、国認定の練度を与えられるのは君たちもすでにわかっているね。彼女らは平均30だ。」
「えぇ!? そんなに高いの? あたしは今15だし五十鈴ちゃんは~」と那珂。
「私は16ね。五月雨でさえまだ22だっていうのに。」
 那珂の言葉を引き受けて五十鈴が自身の練度を明かす。
「あたしと神通は……。」
「二人はまだ新しい練度の認定を受けていないんだ。館山任務まで評価はまとめて提出済みだから、もうそろそろもらえるはずだ。」

「練度的にはあたしたちより少し上なのね。ふーん。あと人数も多いし、たしかに勝とうとするのは容易じゃないね。」
「そうね。うまく作戦を練らないといけないわ。」
 那珂の真面目風味の喋り。五十鈴は那珂の意を汲んで賛同する。その視線は那珂から提督に向かった。
「演習の形式はノーマルな試合形式。こちらと相手の本隊同士がぶつかり、全員轟沈判定に追い込むか、旗艦を倒せば勝利だ。独立旗艦と支援艦隊は本体からは離れたところに陣取り、任意のタイミングで攻撃をしてくると思う。」
「支援艦隊や独立旗艦っていうのに攻撃するのはアリなの?」と川内。
「村瀬提督からは禁止とは言われてないからOKだと思う。ただ、素直に攻撃をさせてくれるとは思わないほうがいいぞ。」

「ですよね~~。艦隊しろーとのあたしから見たって、その編成じゃ本体と戦うのにかかりっきりになりそうってわかるもん。」
「どういう布陣になるのかわからないけど、独立旗艦を倒してはい終わりというわけにはいかないのね。」
 那珂が茶化すように吐露する。そして五十鈴の確認の問いかけに提督は頷く。

「当面の敵は多分天龍ちゃんと龍田ちゃんだろーね。あの二人の練度がどのくらいか知らないけど、前の合同任務で見た時、武器使ってたから厄介かも。」
「あぁ、天龍と龍田の艤装は、専用の刀剣や槍が付属するんだ。うちには配備されてないから俺もそれ以上はわからない。」
「いいわよ。どうせ距離を置けば問題ないでしょうし。そうでしょ、那珂?」
「……そうだね。うーん、だといいけど。」
 那珂の歯切れ悪い返しに五十鈴は疑問を抱き再度同意を求める。すると那珂は腕組みをし、やはり歯切れ悪く言葉を続けた。
「いやさ、普通のどこぞのお侍さんとか薙刀習う教室とかならまだしもさ、艦娘の艤装についてくる剣や槍だよ? 何かありそうじゃん。そのあたりは川内ちゃん詳しそう。」
 那珂は言い終わった後、頼むよという意味を込めた視線を川内に投げかけた。その視線に気づいた川内は軽やかに答える。
「おぉ。よくありますよ、ゲームや漫画でも。まぁ現実でどこまで特殊効果が実現できてるのかわかりませんけどね。」


--

 相手の本隊の対策を話し合う那珂と五十鈴そして川内。話し合いに加わらない神通は、提督が開いたノートの相手の編成とにらめっこしていた。

 いくら本来の目的が本隊の撃退だからといって、支援艦隊は捨て置けないのではないか?

 神通は実際の艦船に関わる書籍を読み、艦種とその役割を勉強し続けていた。戦艦は長距離を狙える艦種。(軽)空母は直接的な砲撃力などはないが、搭載する艦載機次第でいくらでも脅威の存在になり得る。そんな強力な存在の灯台下暗し的な危険性の防御を固めるのが護衛を務める駆逐艦。
 それらが艦娘のその種類にどの程度当てはまるのかは想像だにしないが、まったく違う存在の名を騙ることなどはありえない。近しい能力と装備で圧倒してくるはず。
 だとすると、以前行った対空が重要になるのは想像に難くない。

 神通は話し合い熱中する三人の輪に遠慮していたが、意を決して話に割り込んだ。
「あ、あの! 対空のょぅぃもした……方が……!」
「おぅ? 何なに神通ちゃん? 何かいいアイデア?」
 那珂がすぐに気づいて輪の中に神通を入れるべく促す。五十鈴と川内は神通に視線を向けて聞く体勢に入る。
 素直な注目のされっぷりに怖気づきかけたが、せっかく那珂が話を譲ってくれたので喋ることにした。
「支援艦隊の、空母に気をつけるべきかと。実際にどう仕掛けてくるかわかりません。各自せめて1基ずつ対空用の武器を付けておいたほうが……。」
「なるほどね。神通の提案には一理あるわ。本隊の攻撃にばかりかまけるのは良くないわ。どうかしら那珂。神通の意見も踏まえて、一度こちらも編成を考えてみない?そのほうがより考えやすくなるハズよ。」
 五十鈴が神通の意見を回しながら提案を追加する。その合計二人の意見を得て、那珂は言った。
「そーだね。ねぇ提督。こっちの編成は? あたしたちで決めていいの?」
「あぁ。最終的には俺が承認するから、それまでに自由に考えてみてくれ。」

 提督の許可を得た那珂は早速編成についての話し合いに臨んだ。


--

 第一案として、演習に応じるのは次の構成が考え出された。

 旗艦:五十鈴
 川内
 時雨
 夕立
 不知火

 支援艦隊
 旗艦:妙高
 那珂
 神通
 五月雨
 村雨

 第一の案として聞き受けた提督は難色を示した。
「5、5で本隊と支援艦隊? 無理に同人数の2部隊に分けなくてもいいんじゃないか? それに唯一の重巡で高火力の妙高さんを支援艦隊にしてしまうのはもったいないよ。」
 そんな指摘をする提督に対し、神通の言葉で後ろ盾を得た那珂が言い返した。
「妙高さんは中距離を確実に狙える主砲を装備できるでしょ。だからむしろ支援として、離れたところから狙ってほしいの。あっちの霧島さんっていう戦艦に対する重巡洋艦かな。あたしと神通ちゃんは、偵察機飛ばして相手を撹乱する目的。あっちの軽空母隼鷹・飛鷹っていうのに対するあたしたち、みたいな? で最後に護衛として五月雨ちゃんと村雨ちゃん。偵察機飛ばすと操作に集中してあたしたち無防備になっちゃうからね。」
「私と川内それから時雨たちで堅実に相手の各個撃破を狙うわ。」

「あたしらにも戦艦とか空母の艦娘いたらまた違った作戦立てられるんでしょうけど。あーあ、ガチャやったら艦娘現れないかなぁ~?」
「おぉい川内ちゃん。ゲームじゃないんだから。」
「あんたちょっとゲーム脳すぎやしない?」
「うえぇ!? 二人してひっどいー!」
 川内の愚痴りと例えに那珂と五十鈴は同時にツッコミを入れるのだった。


--

 会議室にいるメンバーの話題は、しばらくは試合に挑む鎮守府Aの編成の具体案にスポットが集中した。アイデアがぶつかり合い、反発しては結合を繰り返し、最終形が見え隠れするようになってきた。
 が、艦娘たちの思惑と提督の考えは一部相容れなかった。

 提督の思惑では那珂を本隊に加える。それにより経験的にも実力的にも上位2人+那珂と似て爆発力の可能性を秘める(と評価した)川内の3人体制で戦闘の事運びを優位に持っていくことだった。
 那珂の考えでは本隊は五十鈴の堅実さで指揮・行動させることだった。川内はそのゲーム・アニメ由来の突飛な知識からの奇策で五十鈴を近くでサポートさせる。自身はというとあくまで支援に徹する。

 提督の編成案を耳にした時、何かしら期待をかけてくれているのだけはわかったが、裏で見え隠れする意図にまで賛同する気はなかった。提督が目論んでいるのは、同調率が一番高い自分主導の勝率アップなのだろう。
 しかし演習試合はあくまで皆のためであり、自身が独断していいはずがない。

 相手の編成を見た時、那珂は単独でも勝てる自信が不思議とあった。館山の観艦式のデモの練習中、空母艦娘からの攻撃を食らいそうになったが、苦もなく回避して反攻できた。
 あの時参加した赤城と加賀は、神奈川第一でもトップクラスの練度といっていた。その二人を相手にできたのだからという自信はある。もちろん状況次第ではあろうが。

 だが自身に自信があっても、他のメンツはそうはいかない。本隊として加わって相手の本隊の攻撃と支援艦隊の攻撃を仲間を守りながらしのいで反撃するのと、支援艦隊にいて相手の支援能力を潰すことに専念し本隊の仲間を守ることを天秤にかけ、那珂はあえて自身を支援艦隊にと案を出した。
 那珂と提督の口論がヒートアップしかけた時、神通が新たな案を口にした。

鎮守府Aの演習艦隊

「何も、ずっと本隊・支援艦隊にいる必要はないのでは? 例えば、ある程度戦局を見て本隊と支援艦隊のメンバーを交代するのはどうでしょう?」
 神通以外のメンツにとってそれは目からウロコだった。その感想を五十鈴が口にして全員に認識させた。
「そう……よね。よくよく考えたらそうしてもいいのよね。完全に盲点だったわ。ねぇ提督、そのあたりの決まりは?」
「いや、ない。特に決められていない。うん。確かにいいアイデアだ。」

「そうだよね! さっすが神通ちゃん! だーいすき!」
「……。」
 那珂の言葉に照れて俯く神通。
 那珂は凝り固まっていた自身の思考に活を入れた。後輩に教えられてどうする。いや頼もしくて好ましいが。

「さっすが神通だわ。そのアイデア、差し詰め○○っていう戦略シミュレーションゲームのシステムに似てるわ。あたしはゲームに置き換えると考えやすい。那珂さん。そーすっと各自の攻撃範囲も考えたほうがいいよ。」
 同僚のアイデアを自身の得意分野のフィルターにかけて理解した川内は、そのアイデアを発展させるべく追加のアイデアとなる要素を示した。
「攻撃範囲?射程のこと?」那珂が言い換えて尋ねる。
「そうです。さっき那珂さんも言ってた、妙高さんだと中距離狙えるとかそういうやつです。それをもっとハッキリさせるんです。」
 川内はホワイトボードに例として実際の艦隊ゲームの絵を描いて説明をした。そして次に明石に確認を求めた。

「ねぇ明石さん。艦娘の主砲や機銃とかの射程のこともっと教えて。」
「えぇいいですよ。基本的なことは皆さん、訓練時にお勉強したということで省きますけどよろしいですね?」
 那珂と五十鈴そして神通も深く頷く。三人から遅れて川内は慌てたようにコクコクと素早く頷いた。

 明石はいくつかの主砲パーツの名前とともに射程、そして装備可能な艦種をパラパラと口にした。今まで単装砲だとか連装砲、一撃の威力、対空や弾幕を張れる使い勝手という程度の認識で各々のフィーリングに沿った扱い方でしか選んでこなかったため、那珂たちは二回目の目からウロコ状態になって明石の解説を熱心に聞いた。
 最後に明石は口に人差し指を当て、いわゆる内緒の仕草で言った。
「あとこれは別の鎮守府に勤務してる弊社の社員から聞いたんですけど、外国の艦娘の元データになってる艦船の、主砲や機銃パーツの日本国内で開発許可が間もなく降りるそうです。今テスト的に一部の鎮守府の工廠に設計データが配布されてるらしくて、実際に外国の艦船のパーツが開発されてるそうなんです。」
「ほーへー。そうするとどうなるんですか?」と那珂。
「バッカ!那珂さん!そうするとすごく有利になるんですよ! 艦隊ゲームで日本の艦船にアメリカやソ連の超優秀な主砲を取り付けてプレイとか、そういったことと同じなんですよ。ね、明石さん!?提督!?」
「え、えぇ。そうかもしれませんね。うちもテストで何かもらえるよう会社にお願いしてますので続報があったらお知らせしますよ。」
 興奮を抑えきれなくなった川内がスピード感溢れる口調で語る。その勢いにドン引きする明石と那珂たちだが、明石は話を持ち出した手前川内を無下にするわけにも行かず、適度に相槌を打つしかなかった。


--

 川内のことは放っておいて、那珂たちは次々に判明した装備品の正しい射程に、感心しそして反省もしていた。
「そっかぁ。教科書も隅から隅まで読まないとダメだね~。あたし知らないこと結構あったよぉ。」
「あんたはてっきり全部知ってるのかと思ったわ。コッソリ全部知って裏で私達のことあざ笑ってそう。」
 五十鈴からの良し悪しよくわからぬ評価を受けて那珂は普段の調子で軽くツッコんだ。
「なにお~う!? あたしの怠けるときは徹底して怠ける癖を舐めるなよーう!?」
「威張ることじゃないでしょ。」
「あたしは興味ないことは徹底して無視するだけですもーん。それよりも見るからに勤勉な五十鈴ちゃんのほうがそうじゃないの~?」
「(イラッ)ムッカつくわね。そりゃ今の説明で知ってたこと大半だけど、私はそんな性格悪くないわよ。」
「五十鈴ちゃんが最初に言ったんじゃないのさ。五十鈴ちゃんからの言われなき悪言であたしけっこーショック受けてるよ。ねー提督。後でご飯食べに連れてってぇ~。あたしのブロークンハートを癒やして~。」
「……俺を巻き込むな、俺を。」
 猫なで声で甘え出す那珂の茶化しエンジンは回転数を上げ、提督を巻き込もうとしていた。が、当の相手はあくまで真面目を貫き通すつもりなのか強制的にブレーキをかけた。那珂はエヘヘと困り笑いをしてごまかし、話の方向を修正したのだった。
 提督はコホンと咳払いをし、艦娘たちの議論の方向性を改めて問い正した。


--

 自身の性格や各々の艤装の特性も踏まえ、那珂たちは次なる案を生み出した。
 複縦陣で、先頭を那珂と長良が務める。その後ろに機動力と気迫ある駆逐艦の夕立と不知火が、最後列には五十鈴と川内が位置取る。

本隊(旗艦:五十鈴) 前→後ろ
那珂  不知火 五十鈴
長良  夕立  川内


 敵が攻撃のため近寄ってきたら、那珂と長良は少しずつ前に出て、後ろの四人から離れる。
「……つまり、あたしと長良ちゃんは囮なわけだ。」
「ここでは破天荒に振る舞えるあんたが大事なのよ。」と五十鈴。
 五十鈴が提案に混じえたのは、ナンバーワンの実力でトリッキーな那珂を囮に据え、寄ってきた敵に本隊の残り全員で集中砲火を加えるというものだった。那珂一人でも囮は十分と踏んでいた五十鈴だったが、人手を確保するのと経験値を積ませる目的で、まだ基本訓練中の長良を加えることにしたのだ。

 支援艦隊は、妙高、神通、時雨、村雨、五月雨、そして名取とした。
「ねぇ五十鈴ちゃん。ホントーに長良ちゃんと名取ちゃんを加えるの?雷撃や防御のイロハも覚えてないし、第一まだ基本訓練終わってないでしょ。」
 那珂が心配を口にすると、五十鈴は至って冷静に明かした。
「こういうときに良い経験をさせておきたいのよ。前のあなたと一緒。あのときは緊急任務だったけど、今回は演習試合っていう最高の機会なんだから、二人を参加させない手はないわ。」
 五十鈴の言葉に那珂は一瞬ドキリとして詰まるも、言ってることの整合性はあると踏んだため、納得の意を見せて相槌を打った。
「とはいえ、二人とも多分あっという間にやられて轟沈判定出るかもしれないけどね。」
 肩をすくめてそう言う五十鈴に、神通は決意を強めて言い切った。
「だ、大丈夫です。名取さんは、私が守ります。」
「何言ってんの。あんたの役目はそうじゃないでしょ。」
せっかくの神通の決意とやる気に水を差した五十鈴は、那珂に目配せをして支援艦隊の役割も発表しあうことにした。

 支援艦隊は2班に分かつ。偵察機を放って相手を撹乱しつつ戦況を把握するのは神通。操作中は無防備になる彼女を守るのは時雨と村雨とする。

支援艦隊(旗艦:妙高) 前 後ろ
五月雨 妙高
名取

時雨
  神通
村雨

 妙高には五月雨と名取が付く。練度が一番高く、性格的なドジさえ発揮されなければまずまず動ける五月雨が他の二人を護衛する。妙高は実は五十鈴と同じ程度の練度なので、単騎でも生き残れると踏む。そして名取は完全に捨て駒である。
 五十鈴と那珂が発表した後、神通は名取の心配を口にした。それに川内もさすがに同意する。対して五十鈴はややあけすけに言いのけた。
「大して動けない名取は妙高さんの壁になってもらうわ。あの娘には悪いけれど、捨て駒ね。」
「うっわ~五十鈴さんひでぇ。ゲーム的には死なない演習だから単にレベルアップのためとかなんとか言えばいいのに。」
 五十鈴のあまりにも悪意に満ちた言い方に、ゲームに例えつつも呆けた意を込めた言葉しか発しない川内とは違って、神通はクッキリと怒りを言葉に表した。
「五十鈴さん。その言い方は、止めてください。自分が言われたら……どう思いますか? なんでご友人にいちいちそういう事を言えるんですか?」
 神通の思わぬ気迫による叱責を受け、五十鈴は若干戸惑うも平静を取り戻して強く言い返す。
「……わ、悪かったわ。けど事実でしょ。当人の評価をごまかしたって仕方ないのよ。少しでも勝率を高めるために作戦を練ってるんだから、経験のために参加させるにしても、壁でもなんでも役に立ってもらわないと。」
「それはそうですが……でも、言い方g
「はーいはい。二人ともそこまで。今のは五十鈴ちゃんが悪いよ。いくら気の置けない間柄っていっても、あたしたち他人にはわからないんだからもうちょっとオブラートに包んでよね。それから神通ちゃんはどーしたの?普段ならこんな噛み付き方しないのに。」
 那珂の問いかけに神通は数秒黙っていたものの、怒りを噛み殺して押さえつけるように言った。

「な、那珂さんは知らないかもしれませんけど、五十鈴さんは本当はとm
「神通! 今はそんなこといいでしょ!? はいはい私が悪かったわ。もう名取を悪く言いません。これでいいでしょ……。」
 五十鈴の投げやりな謝り方と応対に神通はイラッとし、那珂は怪訝な表情を浮かべる。二人の意味ありげな視線を受けるも、五十鈴は平然と続きの言葉を発する。

「とにかく! 長良と名取は基本訓練中だから実際の戦力にはならないことだけは前提として受け入れて。その上で、私は二人の元々の性格やこれまでの成果と将来性から、今の案のように組み込みたいの。長良はムラがあるけど十分に動けるし、前線で艦娘の活動というものを肌で感じ取って欲しい。それから名取は、せめて味方の役に立てるという実感を味わって、自信をつけて欲しい。私たち長良型の艤装はあんたら川内型より外装が多くてスピードを出しにくいけど丈夫。だからこそ、盾を任せてみようって思ったのよ。だから、捨て駒なんて言い方は悪いと思ってる。」
 五十鈴から飛び出した本音を受けて、負の感情が渦巻いていた神通と那珂はスゥっと冷めていった。

「……だったら、最初から言ってください。五十鈴さんはツンツンしすぎです。」
「もう~五十鈴ちゃんったら、しっかり考えて発言してたんじゃん。そういうのは確かにハッキリ言ってくれないとわからないよ。安心した~。」
「五十鈴さんって、やっぱツンデレですよ。」
「(ムカッ)川内あんたねぇ~~そんな死語の一言で片付けないでよね!!」
 神通と那珂のツッコミに続くように川内が言い放つ。さすがにその言い草を看過できなかった五十鈴は逆にツッコミ返し、ギスギスし始めていた場の空気にヒビを入れるのだった。


--

 少女たちのやり取りを黙って見ていた提督が口を開いた。
「それで、まずはその編成だとして、交代するっていうのはどうするんだ?」

「そうだね~。最初の編成で本隊の相手をある程度撃退できたことが前提条件だけど、その後は中距離射程組と短距離射程組でわけよっか。」
「というよりも本隊を史実の水雷戦隊ばりにするというところかしらね。つまり軽巡一人に残りの5枠に駆逐艦。そして支援艦隊はそれ以外の軽巡・重巡ね。」
 那珂の発表に五十鈴が補足を加えて作戦を色付けする。

「おぉ、水雷戦隊! なんか本物の海軍っぽいわ!」
 単語にいちいち興奮を示す川内を無視し、那珂と五十鈴そして神通は話を進める。

「本隊に残る軽巡は、駆逐艦の娘たちを一斉に指揮して戦況を操る技術を有する必要があるわ。そのあたりは練習次第かしら。あとは支援艦隊だけれど……。」と五十鈴。
「支援艦隊にはさ、神通ちゃんに残ってもらいたいな。」
「私……ですか?」
 那珂の提案に神通は戸惑いながら聞き返す。
「うん。神通ちゃんにはね、離れたところから狙い撃ちに集中してもらうんだ。そうすれば本隊を最後まで確実に支援できると思うの。つまり、神通ちゃんのすんげぇ狙撃能力を活かしたいの。」
「といっても敵が少なくなってきてからが本番ね。さすがの神通でも、おそらくなるであろう混戦状態の戦場で敵を確実に狙撃できるとは思えないし、それまでは偵察機で撹乱、本隊同士の戦いに落ち着きが見えてきたら、狙撃する体勢に移ってもらいたいわね。」
 那珂の提案の説明に再び補足する五十鈴。自身の評価の適切さに神通は感心しつつ納得し、無言でコクコクと頷いた。

「それじゃああたしは?あたしは何をすれば?」
「川内は……どうする?」
「うーん。残る軽巡はあたしと五十鈴ちゃん、それから川内ちゃんだね。この中の誰かに本隊の旗艦を担ってもらうから、残りは支援艦隊で、神通ちゃんと一緒に離れた敵を狙い撃ち。というよりも、狙い撃ちする神通ちゃんをサポートする役目ってところかな。」
「そうね。」
 那珂も五十鈴も、長良と名取を役割分担の頭数に入れなかった。二人は支援艦隊で中距離砲撃のサポートという認識で当たり前のこととして、あえて触れずに話を進めた。
 そもそも二人の考慮など頭になかった川内は、那珂の説明の口ぶりのみ気にして話に混ざるべく鋭く発言した。

「じゃああたしに水雷戦隊の旗艦やらせてくださいよ。夕立ちゃんたちを華麗に指揮して演習の最終決戦を攻略してみせますよ。」
 鼻息荒く机に乗り出してアピールする川内。那珂と五十鈴は目をキラキラさせたこの少女を目の当たりにし、同時に額を抑え溜息をついた。
「じゃあ任せるけど、ホントにダイジョブ~?」
「仕方ないわね。まぁでも今のところ那珂に次いで自由に動けるし、一応期待してみるけど。」
 表面上は異なる反応ながらもその実、同じ心配をする那珂と五十鈴。川内は二人が曲がりなりにも承諾してくれたという事実だけでもはや十分だった。
 川内のやる気と可能性にかけることにし、那珂と五十鈴は渋々ながらも正式に承諾した。
 部屋に反響せんばかりの川内の「やったぁ!」の掛け声に、耳を塞ぐ仕草をしながら那珂と五十鈴はホワイトボードへ案の続きを書き記した。


--

<初期編成>
本隊(旗艦:五十鈴) 前→後ろ
那珂  不知火 五十鈴
長良  夕立  川内

支援艦隊(旗艦:妙高) 前 後ろ
五月雨 妙高
名取

時雨
  神通
村雨

<二次編成>
本隊(旗艦:川内)
   不知火
   時雨
川内 夕立
   村雨
   五月雨

支援艦隊(旗艦:妙高)
   長良
那珂 妙高 神通  名取
   五十鈴


「二段階の編成、これでうまく対応できるといいね。」と那珂。
 那珂と五十鈴が書き終えるまで、会議室にいた一同は口を挟まずひたすら編成案を眺め続けた。
 那珂が口火を切って説明を終えると、ようやく次々に口を開いて感想を言い出した。

「なるほどね。よく考えたね。史実の艦隊の要素も取り入れつつ自由に……ね。うん。いいと思うよ。」
 そう提督が評価を口にすると、那珂がすぐさま返した。
「ねぇねぇ提督。少しくらいは提督の案を混ぜてあげてもいいよ?」
「俺が口挟む余地ないかもしれないわ。ま~あえて言わせてもらうとすると、本隊の旗艦は那珂がいいな~と思うんだよ。」
「えぇ~~!? 提督あたしの味方じゃないのおぉ!!?」
 耳をつんざかんばかりの金切り声で叫ぶ川内。提督は耳を塞ぎつつ言葉を返した。
「いやいや。別に川内がダメだって言ってるわけじゃないんだよ。俺は直接見られなかったけど、館山でのフリーパートの演習試合。あぁいう感じで那珂が無双するところをこの目できっちり見ておきたいんだよ。」

 提督の思わぬ期待。川内が騒ぐ傍らで那珂は瞬間的に心拍数が上がった。顔がほてりかけるも、わずかに息を吐いては吸いを細かく繰り返し、素の気持ちを落ち着けてから反応した。
「なーんか勝手に期待されちゃってるけどぉ、それは今回のあたしの方針とは違うんだよね~。」
「なんでだよ?君が一番目立てる戦い方だぞ? 君の本気を見ればあちらの艦娘たちはきっと目を見張って驚いて上手くいきゃ戦意を削げるかもしれない。そうすれば結果的にうちの娘たちの支援にもなる。鎮守府のトップの意見として、どうだろうか?少しは俺の顔を立てると思ってさ。」
「うー。あたしに変わったところで提督の箔とかの売り込みにならないしどーにもならないと思うけどなぁ。ぶっちゃけ無駄? あたし、無駄なことと意味ないことはしたくない。自分のほーしんを変えるつもりはないよ。だから提督の考えは却下ー。」

「うーむ……ダメかぁ。」
 スパッと言ってのける那珂。提督はあっけにとられてアッサリとした一言しか出せなかった。
「今のは……ちょっとあんたもうちょっと言い方ってものを。提督に失礼よ。」
 提督がうまく感情を表せないと察し、五十鈴が提督を庇ってツッコんだ。そして川内と神通は口を挟まずコクコクと頷いてあえて話題に乗ろうとしない。

 ふと気がつくと、那珂は周りの視線が痛いことを感じ、咄嗟に焦りを沸き立たせる。
「え? え? あたしマズイこと言ったぁ?」
「まずいっていうか……。西脇さんは艦娘としての私達の上司よ。提督が私たちをまとめてくれて、私達が行動したその最終的な結果が鎮守府として、何より管理者である提督の采配の評価に繋がるんでしょうし。拒否するにも対案出すにしてももうちょっと言い方ってものを……。」
「う、う……と。え~と。」
 五十鈴の指摘に那珂は言葉詰まり黙ってしまう。
 後輩である川内と神通は那珂の悄気方が本気のものだと察し、那珂に助け舟を出すことにした。
「まぁまぁ。あたし別にいいですよ。提督が那珂さんをっていうなら、あたしはいいです。なんつうんだろ。司令官の命令って感じでなんか本格的な戦略ゲームっぽいですし。その代わりあたしを別の編成に入れてバリバリ活躍させてもらえるならおっけぃです。」
「提督のお考えは一理あるかと。勝率を上げるためには、やはり那珂さんが旗艦となって最後の戦いを締めてくださったほうが……。」
 面倒くさくなくて気が楽、とまでは口に出して言わない神通だった。

 こういう時に限って何で妙に物分りが良いの二人とも!揃って提督の味方!?
 と那珂は心の中で狼狽える。せめて実際の喋りだけはうろたえを感じさせぬよう心に決めて反論した。
「うー、うー。確かに提督の考え入れてあげてもいいよとは言ったけどさぁ。無駄なこととか言っちゃったのはゴメンって謝るよ。あたしに頼ってもらえるのは嬉しいけど、今回はそうじゃないの。本当のところは、川内ちゃん的に言えばレベルアップ。参加する全員にレベルアップしてほしいの。あえていえば本隊で一番動くことになる旗艦に川内ちゃん、支援艦隊では神通ちゃんのペアで戦いを締めて二人に特にレベルアップして欲しいの。あたしのレベルアップや活躍は後回しでもいいし。」
「はぁ……教育熱心なあんたの考えはわかったわ。ねぇ提督。お考えは正直私もいいと思ったけど、那珂の考えにも賛同できるのよ。どちらを取ればいいかは……私には判断しきれません。今後の私達のためにも、提督が決断していただけませんか? 練習の時間も考えると、最初の案としてはここで締めてそろそろ行動に移しておきたいし。もし試してみて都合が悪かったらその時改めて提督のお考えを伺いたいわ。」
 那珂の考えを改めて聞いた五十鈴の、自身へのフォローが混じった懇願に提督は上半身をややのけぞらせこめかみをポリポリと掻きながら言った。
「まぁいいや。俺もなんとなく言ってみただけだからさ。無理にとは言わないよ。君たちが自分たちで考案した作戦だからそっちを尊重する。ただ提督である俺としては、一番期待をもっているのは那珂だってことをわかっておいて欲しいなって、ハハ。」

 その言葉。その言葉があたしを狂わせる。ムズムズ、イガイガする。心がポワンとして変になる。
「……はぁ。ちょっとその言い方は誤解されちゃうかもだから、やめてね。第三者がいたら女子高生を口説く中年男性の事案とか指さされちゃうよ。」
 言い出しはイライラを交えていたが、ごまかすために腰をくねらせ両手で指差しするポーズで茶化しながら台詞を締める。
「お、おいおい。やめてくれよ。俺は普通に君をだな……。」
「はいはい。わかったから。ともかく提督の案は引き出しにでも仕舞っておくよ。まずは皆に編成を伝えて、作戦会議だよ。」
 那珂の調子が戻ってきたことが読み取れるその台詞に、五十鈴も川内たちも頷く。提督や完全に聴者側に徹していた妙高・明石も了解の意を示したことで、演習に向けた最初の打ち合わせはひとまず幕を閉じた。


--

 その日の個別の訓練終わり、本館に戻ってきた艦娘を那珂達は呼び集め、待機室において演習艦隊と作戦の説明をした。
「……というわけなの。」

「うっわ~なんだかすごい演習になりそー。楽しみっぽい!」
「そこまで本格的な動きを伴うとすると、かなりの練習が必要と思うんですが。」
「そうよねぇ~。それぞれの装備や能力をちゃんとわかっていて旗艦さんには指揮してもらわないと。いざ試合が始まったらアタフタしそう。」
 夕立の反応はもはやわかったものだが、時雨そして村雨の感想に不安しかないことも、おおよそ想像がつくところであった。那珂や五十鈴はウンウンと相槌を打って返す。
「長良さんと名取さんも試合に出てもらうんですか? 私達はいいですけど、それはさすがに厳しいんじゃないんですか……?」
「えぇ。あなたの心配はもっともよ、五月雨。けどね、私としては二人には艦娘になるという実感を早く得て欲しいから、実際の戦いに近い雰囲気を味わえる今回の演習試合は好機だと思ってるの。二人には無理を承知で出てもらうわ。いいわね、二人共。」

 五月雨への返答の最後に五十鈴は視線を長良と名取に向ける。名取は普段の3割増でオドオドし、長良は普段の無邪気さ3割減で珍しく不安を口にする。
「ん~~砲撃はいちおー出来るようになったけどさ、あたしとみゃーちゃんはほんっとに戦えないと思うよ。それでほんとーにいいの?スポーツでいやぁ、ルール半分もわかんないで試合に出るようなもんでしょ?さすがのあたしもそれは引くなぁ~。」
「あんたが不安を口にするなんて珍しいわね。戦えないことは十分わかってるから、それを差し引いても問題ない役どころを担ってもらうわ。だから役割以外は気にしないで私達に任せておきなさい。」
「ほへ~~。まぁいいけど。ねぇねぇ那珂ちゃん。艦娘の弾が当たったら痛いの?」
「演習試合はペイント弾使うから怪我するほどの痛みはないよ。ただ衝撃とかは結構あるから最初はびっくりするかもね。」
 那珂がサラリと説明すると、長良より先に反応したのは名取だ。
「ぺ、ペイント弾かぁ……それでも怖いなぁ。」
「みゃーちゃんは避けられないかもね。あたしも不安だぁ。ねぇねぇりんちゃん。演習試合までに避け方とか身の守り方とか教えてよ~。」
「わかってるって。二人には作戦行動よりもまずは残りの基本訓練で目下必要なところを重点的に教えてあげるわ。あまり期間がないから、次の土曜までは毎日鎮守府に来るわよ。」
「はーい。」
「うん。わかったぁ。お手柔らかに……ね。」
 五十鈴から長良・名取の了承を得られたのを確認すると、那珂は作戦の説明を再開した。


--

 最後まで話を聞いた一同はとても不安を解消できたとは言えないまま、この日は帰路につくことになった。
 週末土曜日までは僅かな日にちしかない。
 その後、鎮守府Aでは土曜に至る数日、夕方に全員揃っての訓練が2回、後はバラバラな編成で訓練が続いた。
 訓練に専念できる五十鈴たちや時雨たちとは違い、一方で那珂たち川内型三人は、見学会に向けて具体案を詰める必要があった。自校に計画書として提出し、生徒および教師を校外に連れていく正式な許可を得、土曜日に向けた最終調整を顧問の阿賀奈、そして教師たちと行った。

 そして日はあっという間に過ぎ土曜日となった。

見学会

見学会

「お疲れ様でした。ここが、あたしや神先さんそれから今日は先に鎮守府に来ております内田さんが勤務している、千葉第二鎮守府こと、深海棲艦対策局千葉第二支局です。ここにはあたしたちの他、他校の学生や一般公募で採用された人も艦娘として在籍しております。また、今回は神奈川第一鎮守府から、演習試合のために大勢の艦娘が来られます。ぜひ濃密な交流をして、艦娘についての理解を深めて今回の見学会を堪能していただければと思います。」
「そうですよ~。それからですねぇ。皆さん、うちの学校の生徒として恥ずかしくない振る舞いをしてくださいね~! 先生、艦娘部の顧問として恥ずかしいですよぉ~~。」
(はいはい。わかったからあんたは黙ってて)
誰もがそう思ったが、やはり実際には口に出さずに、ただ阿賀奈が気取って語るに任せるにしておいた。微妙な顔をして黙って見ていた生徒たちの気持ちを汲み取った那美恵が最後に付け加えた。

「はい。四ツ原先生ありがとうございます。先生に面倒かけないよう、あたしがちゃーんとみんなを注意しておきます。さっちゃんも協力してね。」
「は、はい……!」
「うんうん。二人が頼もしくて先生安心だわ~。」
 そんなのらりくらりとしたやり取りが終わり、那美恵は20人を率いて門をまたぎ、まずは本館へと案内した。


--

 那美恵はロビーにて生徒達を一旦待たせ、到着したことを提督に知らせに行くことにした。その場は阿賀奈と幸に任せ、階段を駆け上がって執務室へと足を運んだ。

 コンコン

「はい。」
「失礼します。」

 扉を開けると、そこには提督と妙高がいた。プラス、近所の主婦の大鳥婦人と娘の高子もだ。なぜなのか那美恵が一瞬戸惑って語尾を消してしまうと、提督は至って平然に那美恵に話しかけてきた。
「あ……。」
「お~かまわないぞ。どうした那珂?」
 提督の許可を得たので那美恵は話し始める。
「うちの高校の見学者を連れてきたよ。この前伝えた人数と変わらずだよ。このあとはどうすればいいの?」
「あぁ。そのあたりのことをこちらも今話し合ってたんだ。」

 そう返した提督が続けて喋った。
「いつもの会議室を休憩スペースにしたから、もし休みたかったらそこを使ってくれ。人が多くなるから、妙高さんの紹介で大鳥さんに手伝ってもらうことになっている。だから休憩用のスペースやその他細かい準備は問題ない。」
 最後にそう言って手の平で紹介を促したのは、大鳥婦人と高子だ。
「ご無沙汰しています那珂さん。よろしくお願いしますね。」
「あの、あの。先輩! 私も手伝います。よろしくお願いします!」
 婦人に続き、高子は那美恵が愛すべき愛くるしい少女のように、若干慌てた感のある早い口調で挨拶をしてきた。那美恵は笑顔と会釈で応対する。

 そして提督の説明が続く。
「今の状況だが、すでに神奈川第一の艦娘たちはいらっしゃっている。今は工廠前の湾と工廠内の出撃用水路付近を待機場所として使ってもらってる。村瀬提督は緊急の会議で来られないらしく、練習巡洋艦の鹿島さんが提督代理とのこと。それから五月雨と不知火の中学校からも見学者が来ることになっている。」
「あ~、それじゃああの会議室だと狭くならない?」
「大丈夫。もう一部屋の会議室を使うから。それからうちまでの案内はそれぞれの学校の艦娘部の顧問の先生にお願いしてある。」
「ふーん。それじゃあ五月雨ちゃんたちはもう?」
「あぁ。演習用プールで川内達と一緒に訓練中だ。それから演習開始まであと1時間ちょっとしかないから、そちらの見学会はある程度時間が来たら四ツ原先生にでも任せるといい。さすがの君も本番直前には練習必要だろ?」
「アハハ。まーね。でも四ツ原先生だけでダイジョーブかなぁ~?」
「ま、そのあたりは任せるよ。」
「って言ってもまずはあたしとさっちゃんで鎮守府の案内しなきゃいけないんだけどね。」
 自身の役割を再認識してその意を提督に伝える那珂。提督は納得した表情で相槌を打った。

「そうそう。それから那珂と妙高さんが以前館山で会ったっていう、○○TVの人たちも来てるから。」
「えっ!? なにそれ!! 取材?どーいうこと?」
 那珂はテレビ局の名前を耳にするや目を爛々と輝かせ、勢い付けて提督に詰め寄る。提督はそんな目の前の少女をどぉどぉと落ち着かせつつ説明した。
「以前取材をしたいって連絡をもらってね、ちょうど良いタイミングだから演習試合の日にどうですかって言っておいたんだ。そうしたらあちらさんも都合が良いとのことで、今日はもう鎮守府内を自由に取材してもらってるよ。」
 自身が知らぬ提督、そして鎮守府の運用を知った気がして、那珂は冗談交じりだが深い溜め息を吐き、提督に言った。
「はぁ~~~そうですかぁ~! あたしが知らないところで鎮守府もまわってるんだねぇ~。」
「何言ってんだ? そりゃそうだろ。ともかく今日のあらゆる出来事は○○TVに取り上げられると思って気を引き締めて行動してくれよ。」
「はいはーい。わかってます。あたしはいいけど、川内ちゃんたちのほうが心配でしょ?」
 那珂は提督の脇腹を軽く肘打ちしながら言う。提督はのけぞって反応しつつその言に相槌を打った。
「まぁ、君はなんだかんだでしっかり取り繕ってくれるから心配どころか期待してるよ。あいつらには一応伝えてあるけど、君の口からも釘を差しておいてくれよな。」
 提督の正直な思いの混じった言葉を受け、那珂はトクンと心を弾ませつつも、至って平然と返した。
「おっけぃ。」

 執務室を退出する間際、那珂は自身の高校のメディア部が同校用に取材をしたいと言っていたのを思い出したのでそれを提督らに伝えた。
「あ、そうそう。うちの高校のね。メディア部っていうまぁようは新聞部みたいな部の人が、あたしたちのインタビューや諸々取材したいって言ってるの。○○TVの人たちも自由にさせてるんだから、うちらもいいよね~?」
「ん? おお。別にいいぞ。なんだったら○○TVの人たちに話をつけておくから、協力するといい。我が鎮守府としても外部の宣伝力はなんだって欲しいからな。」
「ふふっ。わかった。伝えておくね~。」

 お互い伝えるべきことを全て伝えたので、満足して互いの作業に戻った。


--

 執務室を出た那美恵はロビーに戻り、阿賀奈たちにこの後のスケジュールを伝えることにした。会議室への案内を阿賀奈に任せ、幸と一緒に着替えに行った。
 会議室で待っていた見学者の生徒たちがしばらくして目の当たりにしたのは、学校の制服ではない姿の那美恵と幸だった。
「おまたせしました~。」
「(ペコリ)」

 艦娘那珂、神通となった二人を見て生徒たちは一気に湧き上がる。
「あ~~会長!それが艦娘の制服なんですね!」
「おおぉー!会長すげー!」
「コスプレ感があんましないんですね~ちゃんとした服だから?」
「那美恵ちゃんかわいぃ~!」

 一方で神通の方も評価で賑わっていた。
「うん。さっちゃん、やっぱり似合ってますよ。」
「へぇ~神先さんもいいじゃん。新しい髪型とあいまってすっごく可愛いし。」
「神先さん全然印象違うよね~。」
「神先も結構イケるだな……。」
「やべ、ちょっとムラってきた。」
「落ち着けよテメぇら」

 生徒たちに自由な感想を言うがままにさせ一通り艦娘制服の生お披露目をした後、那珂は改めて音頭を取った。
「それでは皆さん、これからこの鎮守府内を案内させていただきます。このあと演習試合があるのでちょっと駆け足になっちゃうかもしれませんが、きちんと案内させていただきます。それでですね……」
「あの~会長。そういえばさっちゃん出ていっちゃいましたよ?」
 那珂が案内の説明をしていると、和子の友人で神通とは最近仲良くなった女子生徒がふと質問を挟んできた。
「あ、気づいちゃった?さっちゃんはね、これから案内する場所に先回りして準備してもらってるんです。なので後でまた会えるよ~。」
 神通の学校での影の薄さや交友関係を把握しきれているわけではないため、那珂は和子以外の生徒が神通に触れてきたことに大して驚くことなく返した。那珂のそのアッサリとした回答に和子はなんとなく察したものを感じ気にせず安堵の息を吐き、その女子生徒に安心するよう耳打ちして納得させた。

 実のところ神通は、那珂が案内を始める前に指示通りに会議室を抜け出し、これから案内する場所へと向かっていたのだ。あくまで前々から決めていた手はずどおりである。
 出発する前配っておいた見学会のパンフレットをピラピラと宙にそよがせて注目させた。
「それじゃーみなさん。これからこのパンフレットに書かれた場所をご案内しまーす。暑いからサクッといきますよ~。」
 那珂の言葉に続いて阿賀奈がなぜか口を挟んだ。
「そうですよ~。9月とはいえまだ暑いのでぇ~、熱中症には気をつけてくださいね~。具合悪くなったら先生たちに言うんですよ~。」
 阿賀奈の教師としての保護者アピールに、生徒たちは苦笑したり無視したり素直に返事をしたりと十人十色の反応を返した。すると阿賀奈は一人でものすごい達成感を得たようなドヤ顔を浮かべて満足げにウンウンと頷いている。
 一応艦娘(部)に関わる人物のため無下にする気はなく、那珂は彼女が望み振る舞うままにさせておいた。


--

 那珂は見学会のコースを、以前生徒会の三千花たちや自身が見学時に案内されたコースを再現して見学者たる生徒や教師達に案内してみせた。

 一方で先に行った神通は最初は食堂で大鳥夫人と娘の高子と待っていた。その間に那珂は本館内のフロアを案内している。
 神通は、大鳥親子の会話をボーっと聞きながら那珂たちの到着を待っていた。
「ここが使えると、この鎮守府ももっと過ごしやすくなるでしょうね。」
「新しい設備って楽しいよね~。ね、ママ。私もここに来たいなぁ~。」
「そうねぇ。だったら私も高子も艦娘にならないとダメよ。」
 大鳥夫人と高子が感想を言い合ってる中、神通は愛想笑いをして頷いて空気を合わせていた。
 つらい空気。
 そろそろ耐えられそうにない、そう感じ始めてソワソワしていると、本館と新館をつなぐ短通路からガヤガヤと声が聞こえてきた。神通はすぐさまそれまでの身体と気持ちのせわしなさを解消し小さくコホンと咳払いをして、これから入ってくるであろう見学者を待った。


--

 那珂も神通も自身らが見学・案内された以前とは違う設備がある。それが今神通たちがいる西の新館の食堂、それから本館の入浴設備だ。
 食堂はようやく火やガスなどが通り厨房設備が整ってきており、今までできなかった水準の炊事も可能になる。そんな説明を期待混じりに付け加えた。

「そういや会長、今いる艦娘は10人程度って言ってましたよね。」
「うん。」
「さっきのお風呂もそうですけど、こんなに広い食堂って、なんかもったいないっていうか言い方悪いけど、税金の無駄って感じしませんか?」
 とある生徒の鋭い切込んだ質問。
 那珂はドキリとしたが内心確かにと同意もできた。
「うーんアハハ。○○さんなかなかに厳しい質問だね~。ぶっちゃけあたし、鎮守府の実際の運用とかそのあたりは知らないんだ。その質問というか感想は、西脇さんにしてあげるといいかもね。」
 質問した生徒やその友人たちが相槌を打つ。那珂はその仕草を見て続けた。以前聞いた提督の言葉を適当に切り貼りして流用して答えた。
「一応フォローしておくとね、各鎮守府はある程度の人数の艦娘が勤務するのを想定して施設を作らなきゃいけないんだってさ。担当海域の安全を守るために艦娘は増やさなきゃいけないんだし、保養周りもしっかりやらないといけない。国の制度に関わる団体の設備だからきっと税金でまかなわれているんだろーけど、労働環境悪くなって訴えられたら色んな団体から文句言われちゃうかもしれないから、予測を立ててあらかじめ作らないといけないと思うの。だから多分無駄じゃないと思うなぁ。」
 那珂の説明に全員ひとまず納得の意を示す。そんな中、感想付きで意を示してきたのは阿賀奈以外の教師たちだ。
「そうだね、働く場所が快適になるのは大事だよ。従業員のモチベーションが上がるということは普通の企業だったら業績にも繋がる。我々教師だったら、君たち生徒により適切なカリキュラムで授業を進めてあげられるようになります。それがこの鎮守府では、艦娘の皆の戦闘意欲につながり、ひいては国民の安全に繋がるんでしょう。」
「そーそー! そうなんです○○先生! それが言いたかったんです。」
 那珂は調子よく同意を示して教師の感想の勢いに乗った。

 那珂は大鳥夫人や神通のいる位置から数歩分離れていたため、近づきながら説明を追加する。
「あたしたちが深海棲艦との戦いに安心して従事できるのは、国で決められた優待制度や勤務する鎮守府の設備が揃っているからなんです。やっぱり自分のところの鎮守府で食事したりや休みたいですもんね。欲を言えば美容理容を受けられるといいなぁ~とか思いますけど。ま、それはそれとして、この食堂は出来たばっかりなのでまだなーんにも使い道や担当が決まっていません。なのでいずれこの食堂を管理してくれる人を雇うと思います。そしたらこの鎮守府に務める艦娘はきっと美味しいご飯を食べることができて、きっと出撃も今以上にやる気湧いてくると思います。ね、神通ちゃん?」
「ふぇっ!? は、はい!」
 那珂は隣に位置することになっていた神通に話を振り、説明の立場に引き戻す。神通は実のところボーっとしてたため、那珂が同意を求めてきて慌てて返事をすることしかできなかった。
 その反応に和子とその友人は密かにクスリと失笑していたが、那珂も神通も気づくことはなかった。


--

 その後、那珂による鎮守府案内はグラウンド、倉庫群、浜辺と続いた。
 グラウンドや倉庫に関しては特に追加説明等の準備が必要ないとして那珂は神通を浜辺に先に行かせた。

 そんな神通が先回りして浜辺前の歩道で那珂たちを待っていると、突堤の先に数人の艦娘が何かをしているのが目に飛び込んできた。何をしているのか考えてもわからないのでジーっと見ていると、数人の艦娘達は沖に向かって砲撃したり、その砲撃を別の艦娘に向けて撃ち、回避をしている。さらに別の艦娘に至っては何かを宙に放ち、操作して飛び回らせている。おそらく空母の艦娘なのだろうと推測し、神通は参考にするためにその艦娘をメインに観察することにした。
 参加する空母は隼鷹と飛鷹の二名と聞いていたから、おそらくそのどちらかなのだろう。
 神通は空母の艦娘を初めて見る。那珂が言っていたのを思い出した。加賀と赤城という空母の艦娘は、弓矢状のドローンを使って艦載機・艦上機としていた。自身らは形状はまさにそのまま飛行機の艦載機を使っていたことを加味すると、艦娘の使う艦載機は形状は自由なのだろう。
 そう理解して目の前の光景を目を細めて集中して見ていた。

 今回の空母の艦娘は、バッグのようなものから何かを取り出す仕草をし、振りかぶって艦載機を飛ばしている。距離があるのと、今神通は同調していないために視力が神先幸そのものになっているためそれが何かまでは判別できなかった。
 あわよくば演習前に情報を仕入れてやろうと目論んだが、それは叶いそうにない。
 諦めてただの観察のために沖をボーっと眺めていると、倉庫側の歩道からガヤガヤと声が聞こえてきた。那珂が見学者を連れてきたのだ。神通は小走りで駆け寄り合流した。
 神通を見て手を振る那珂。と同時に視線の端の別の存在にも気がついた。
「およ? 沖で誰か訓練してるの?」
「はい。多分、神奈川第一の方々かと。」
 神通が答えると、那珂はウンウンと頷いた後、見学者の方に身体の向きを戻して説明に加えた。

「はーい、皆さん。ここは検見川の浜です。昔から海浜公園の一角だったんですけど、あたしたちがさっき見てきた倉庫群のあたりから、あっちの川の手前までは、うちの鎮守府が管轄する土地というか区域になっています。とは言っても浜辺は県や市と共有ですので、普通に使われますし市民の憩いの場でもあります。ところで皆さん、この辺の海のことわかりますか?」
 那珂は沖を指差し示した。そこには先刻から神通が見ていた光景が続いていたが、あえて海の上の彼女らに触れずに続けた。
「この浜辺と海は元々から海水浴向けにはなっておらず、主にマリンスポーツ向けに開放されていた海域ですが、今は深海棲艦の危険もあり、それも制限されていて使えません。そのため現在ではほとんど艦娘、海保や海自、あるいは地方自治体で特別に許可された人や団体しか使いません。このあたりの決め事は他の地方自治体でもそのはずです。」
 見学者たる生徒たちからは高低様々な声とともに相槌が打たれる。
「ねぇ那美恵ちゃん! あそこにいるのも艦娘なの?」
 那珂とは同学年で友人の一人である女子生徒が手を上げながら問いかけてきた。那珂は想定通りに質問してきたことに心のなかでドヤ顔をし、口調は普段の軽調子で答えた。
「うん。あそこにいるのはこれから演習試合を行う相手の、神奈川第一鎮守府の人たちだと思うよ。」
「この目の前の海も鎮守府の敷地の範囲なの?」
「え~っとね。うちの鎮守府の管轄は堤防から○m先までらしいよ。そこから先は市や県の領海なんだってさ。けどまあ、勝手にいて何か言われるわけでもないし、そのへんはフリーダムです。だから別の鎮守府の人が使ってても問題なーし。」
「へ~~。なんかおもしろーい。」


--

「艦娘って結構地方のいろんな運用と関係してるんだな~。」
「それじゃあ艦娘って公務員?」
「まっさかぁ~。それじゃあ会長は今すでに公務員なのかね?」
 別の生徒も感想を口にし合う。その内容にピクンと反応した阿賀奈はその話を口にしていた男子生徒たちにソソっと近づき、話に割り込んだ。
「ウフフ~、○○君達そこが気になるのぉ~~?」
「うわぁ!四ツ原先生!」
「うおっ、あがっちゃん!!」
「!!」

 背後にめちゃくちゃ近かった阿賀奈に色んな意味で驚いた男子生徒は瞬時にバックステップをして距離を取った。阿賀奈はその反応を特に気にせずニコニコとしている。
「ね~先生が君たちのその疑問に答えてあげよっか~~?」
「え、アハハ。別に大丈夫ですよ。」
「そ、そうそう。なんとなく思っただけっすから。」
「後で会長に聞いてみますよ。」
「えぇ~~そんなこと言わずに先生に頼ってもいいのよぉう~~?」
 その反応には気になったのか阿賀奈は脇を締め自身の大きな胸部装甲を両腕で圧縮して、口をやや尖らせて身体を左右に振って駄々っ子ばりに抵抗した。その強調された胸と阿賀奈の童顔だがスタイルの良い全身から振りまかれる無意識のテンプテーションに男子生徒たちは困り笑いを浮かべて返事を180度ひっくり返した。
「「そ、それじゃあ先生に聞きたいなぁ~~」」
「ウンウン。素直に先生に頼っていいんだからね。」
 機嫌を良くした阿賀奈は胸の前で腕を組み答えた。なお、男子生徒たちの鼻の下は誰が見ても伸びていた。

見学会(2)

 那珂と神通が見学会で案内をしている頃、川内は五十鈴とともに鎮守府Aの艦娘たちの先頭に立って訓練を指揮していた。
 否、指揮している五十鈴をサポートしていた。

 鎮守府Aのメンバーの訓練で使える場所はいつもの演習用プール。そこに那珂と神通それから妙高以外の9人がいるプールは、50m+αプールとはいえど、狭く感じられた。
 ただの女子高生・女子中学生の何らかの運動競技の練習であれば、まったく問題ない広さだ。しかしそこにいるのは、ちょっとした動きでも移動力や距離感が物を言う艦娘である。実際に動いて訓練し始めれば誰もがほどなくして気づくことだった。

 五月雨ら駆逐艦勢は砲撃を打ち合ってそれを回避する練習をしていた。その十数m背後では五十鈴と川内が長良と名取に向かって実弾を撃ち、新人である彼女らに艦娘のバリアの効果を教えている最中だ。
 その前の訓練では、五月雨ら駆逐艦の訓練にスピードとバランスを調整しきれない長良と名取が突っ込み、あわや衝突事故の大惨事になるところだった。
 今この時はとくにどちらも干渉し合うことはなかったが、駆逐艦の中で時雨だけは、バリアで弾かれたと思われる流れ弾がときおりピュンと飛んでくるのが気になって仕方がなかった。時雨以外は気にする様子をせず、また割りと高空を飛び去っていくため問題ないだろうと踏み、時雨も気にせぬよう努めて目の前の訓練に集中することにした。
 とはいえ訓練内容が変わるとまた干渉の可能性も変わる。那珂たちがやってくるまで9人は、表立って気にはしなかったが内心恐恐としながら不足に感じるスペースを互いに配慮しながら訓練を続けていた。


--

 那珂たちは浜辺・堤防から工廠へとやってきた。堤防に近い方の出入り口から入ることもできたが、そうすると出撃用区画と水路を貸しているために待機していると思われる神奈川第一の艦娘らと鉢合わせすることになる。説明のタイミング的にもそれは調子良くないので素直に工廠の正規の入り口を目指すことにした。

 工廠と本館の敷地の間の細い道路を通り、工廠の敷地の門をくぐって入った。神通の姿が見えるやいなや、那珂は手を振って叫んで合図をする。入り口にたどり着くと、先に向かっていた神通は明石それから技師の一人である老齢の男性と共に待っていた。
 那珂は全員が工廠の入り口付近に来ていることを確認してから口を開いた。

「さぁお待ちかねです。ここは工廠と言って、鎮守府の一番大事な部分です。ここでは艦娘の艤装の整備やその他諸々が行われます。ここから先の説明は本職の方に任せたほうが良いと思うので、こちらのお二人にお願いしたいと思います。明石さん、権じぃ、お願いしま~す!」
 那珂から促されて二人は一歩前に、那珂は一歩下がって立ち位置を逆転させた。

「ただいま紹介に預かりました。○○株式会社から派遣されて工廠長を勤めています明石奈緒といいます。艦娘名は工作艦明石といって、本名の名字と同じです。どうぞよろしくお願いします。」
 明石に続いて男性技師も挨拶をする。

 この男性は権田といい、提督以外での数少ない男性陣の一人だ。鎮守府Aに勤める者の中で最高齢の彼の呼び名は、夕立こと立川夕音がひと目見て「権じぃ」とあだ名を付けたことに端を発する。
 権田は60代前半でも気持ち的にはまだまだ油の乗り切った50代。じじいであることを認めたくなかったが、下手をすると孫にも近しい年の少女から親しげにそう呼ばれては拒否できるはずもなく、一度破顔してそのノリに乗ってからは以後現在に至るまで、艦娘のほとんど全員それから同社の若手技師の何人かからそう呼ばれ続けている。
 なお、鎮守府Aに常駐で勤務している男性は5人。残るは権田と同じく技師で、40代前半つまり権田と提督の年齢の間に位置する中年男性である。非常に寡黙な人物で仕事熱心であるが無駄に無口というわけではなく、明石を始め同社の技師たちとはそれなりに話す、比較的目立たないタイプだ。
 ちなみにその男性技師は、その寡黙さとオーラから、不知火に懐かれている。あとは守衛と清掃会社からの派遣チームに一人いる。


--

 明石と権じぃに案内されて工廠へと入った一行は工廠の一般的な役割や艦娘制度上の機能の解説から始まり、工廠内の奥へと進んでいく。ここでの説明はもっぱら明石と権じぃの二人がメインだ。
 工廠内に入った直後、明石は那珂と神通に説明引き継ぎの意を示し、二人に次の行動を促した。それはつまり、演習試合に向けた最終訓練だ。
「二人とも、そろそろ訓練に戻っていいですよ。工廠内の説明なら私たちにお任せあれですから。」
「ホントにいいんですか?」と那珂。
「あぁ。俺もいるしよ。」
 権じぃの自身を指す仕草に那珂も明石もはにかむ。
「だったら……神通ちゃんは先に戻っていいよ。」
「え? あの……那珂さんは?」
「私はもうちょっと明石さんたちに付いていくよ。」
 那珂の発言に、神通はまたこの先輩は何か密かに仕込むのかと考えを張り巡らせる。自然と眉がシワを作り、しかめ顔を作っていた。その顔に那珂はすかさずツッコミを入れた。
「あ、まーた何か探ってるでしょぉ~? 見学会の案内役として責任を持つだけだって。適当なところで四ツ原先生に後を任せて、すぐに皆のとこ行くからさ。」
「そ、そうですか。わかりました。」
 神通は自身の気持ちが表情に出ていた事を恥じて慌てて取り繕って謝る。ペコリと腰を曲げて謝意を示した神通を見て那珂はニコリと笑みを示し、再び神通を先に行くよう促した。
「ホラ、皆待ってるから。先行ってて、ね?」

 表情を平常に戻した神通は軽く頭を下げ那珂から数歩離れた後、和子のところへと歩み寄る。
「和子ちゃん。○○さん、私……そろそろ練習しに戻ります。」
「あ、そうなんですか。うん。頑張ってね、さっちゃん。」
「神先さんの戦う姿楽しみにしてるからね。ガンバ!」
 友人二人に鼓舞され神通は頬に若干の熱を持ち赤らめる。それを隠すため那珂のときよりも深くお辞儀をし、頭を上げるのと同時に駆け出してプールへと向かって行った。

--

 神通が去った後の見学会の一行は、事務所・艤装格納庫・一般船舶用ドックと見学していき、ついに艦娘用の出撃用水路とスペースにたどり着いた。そこは、現在神奈川第一鎮守府の艦娘らが準備等をするために待機している場所でもあった。
「次は艦娘が出撃する際に使う水路です。普段出撃する際はこの水路前で艤装を装着し、同調してから水路に降り立ってもらいます。それ以外では各種機材が揃っているので、艤装の整備に使ったりちょっとした屋内訓練場代わりに使えます。今はこの後演習試合の相手をしていただく神奈川第一鎮守府の艦娘の皆さんに待機場所として使ってもらってます。」

 明石の説明と合図で全員の視線が水路付近にいる艦娘達に向く。そこでは、指示を受けて水路に向けて砲撃する数人の艦娘、作業台に向かって話し込む艦娘たちがいた。
 加えて外からは轟音が響いて聞こえてくる。

 那珂は見学会目的の他、神奈川第一の天龍に一声挨拶するのが目的だったが、とても声をかけられる雰囲気ではないことを察した。
「これから試合していただくのですし、お邪魔にならないよう戻りましょうか。」
「そ~ですね。あたしは個人的に挨拶したかったんですけど、なんか思った以上にピリピリ感があってさすがのあたしも近づけないや。アハハ。」
 明石の配慮の言葉に那珂は相槌を打ちつつ思いを吐露する。それが割りと聞こえる声だったのか、水路に向かって砲撃することを指示していると思われる艦娘が那珂たちの方を向いた。そして、周りの艦娘に「ちょっとわりぃ。離れるぜ」と言い終わるが早いか那珂たちに向けて駆けてきた。
 那珂はその駆けて近づいてくる存在に最初から気づいていた。しかし挨拶したいと軽く考えていた自分を恥じたいほどのピリついた雰囲気を醸し出していたのでそっと静かに見守る程度にしていた。そんな那珂の配慮など知るかと言わんばかりにその艦娘は大声で喋りながらスピードを上げ、那珂の側で急停止した。

「お~~! 那珂さんじゃねぇか!!」
「あ、天龍ちゃん。訓練中ゴメンね。」
「いやいやいいっての。それよりあんた今来たの?あたしらが最初ここに来た時いなかったじゃん。」
 天龍は那珂の周囲にいる見学者を見渡して言った。
「うん。実はうちの学校から、鎮守府を見学したいって人を募って案内してたの。」
「へ~そうだったんだ。あ、し、失礼。」
「?」
 那珂が一瞬呆けると、天龍は艦娘制服のネクタイを締め直し、見学者一同に向けて挨拶をし始めた。
「あたしは神奈川第一鎮守府所属、軽巡洋艦艦娘の天龍だ……です。このたびは~、千葉第二鎮守府と演習試合するために来ました。うちの旗艦はあそこにいる眼鏡かけた鳥海って人。あと提督の代わりに来てるのがあそこにいる鹿島って人です。二人呼んでくるよ。」
「え、あ……!」
 那珂と明石が返事をする前に天龍は再び駆けて行き、作業台で話し込んでいた鳥海と鹿島を呼び、手を引っ張り半ば強引に連れてきた。

--

 那珂と明石始め見学者の前に姿を見せた二人の艦娘は天龍に促され戸惑いつつも挨拶をした。
「初めまして。私は神奈川第一で重巡洋艦鳥海を担当している○○と申します。この度は演習試合の艦隊の旗艦つまりリーダーを任されています。よろしくお願いします。」
 鳥海が深くお辞儀をし、姿勢を戻したのを確認してから次に鹿島が自己紹介をした。
「初めまして。私は神奈川第一鎮守府の練習巡洋艦鹿島と申します。この度は弊局の村瀬が緊急の用事ができてしまいましたので、提督代理として参りました。どうかよろしくお願いしますね。」
 いかにも硬そうな雰囲気だがタイトな制服のためか無理やり強調されたナイスバディを無意識に見せつける鳥海という女性と、物腰もボディも柔らか素敵なバディな鹿島という女性に、見学者の男子生徒と男性教師は元気いっぱいに挨拶し返す。
 それまでの説明でも少なからず興奮しはしゃぐ者もいたが、今まで以上に声を張って興奮を示す男性陣の様子に、那珂や明石・和子ら始め女性陣は一瞬にしてシラけた目で冷ややかな視線を向ける。
 男性陣の勢いに軽く圧倒された鳥海と鹿島は苦笑しながら返した。
「「よ、よろしくお願いします。」」
 一人その雰囲気の理由がわからない天龍は鹿島らと見学者の間に視線を行ったり来たりさせて呆けるのみだった。
 自身らの鎮守府の事に触れて説明した鹿島らに、見学者だけでなく那珂もまた感心を深く示す。他所の鎮守府のことなど部分部分でしか知らないため、こうして何気なく語られる内容であっても、那珂にとっては最高に重要な情報の一つだった。

 やがて説明が終わると鹿島らは戻っていった。数歩遅れて天龍が踵を返して戻ろうとする。その際、何か思いついたのか天龍は小走りで那珂に近寄り、小声で話しかけてきた。
「なぁ、那珂さん。試合じゃ期待してるぜ。絶対あたしと戦ってくれよな。他の奴らは他の奴らにまかせてよ。」
「アハハ。そっちも作戦と編成があるでしょ~?うちも色々考えてるんだから。勝手な行動はねぇ~~。」
「いいじゃんよ。あたしと那珂さんの仲だろ? あんたの本気の実力、一度でいいからこの目この身体で受けてみたいんだ。それはきっとあんたの噂を聞いてるうちの人たちもそうだぜ。」

 やはり天龍は真っ向からの勝負を望んでいる。

 天龍のこの言葉と誘いは作戦などではなく、素の思いから来るものだろう。過去少ない絡みであっても、この目の前の少女が自身の思いに嘘がつけそうにない性格をしているのは理解しているつもりだった。一方で那珂は天龍ほど素直になれそうにないと自己分析していた。
 しかし思いの片隅では天龍の気持ちに答えたい。それは、西脇提督の期待に通ずるものでもある。
 自身が本気を出せば、少なくとも二人を満足させることができる。しかしそれでは自身だけが目立ってしまう。さすがに一人で勝利を実現できると思うほど傲慢にはなれないが、戦局を変えることができるとは踏んでいる。
 自分のさらなる可能性を確かめるため思い切り振る舞いたい気持ちも確かにある。と同時にこの場この機会においては皆の練度促進を優先させたい。
 2人の思いと11人への思いを天秤にかけた結果、その思いの絡まりが那珂の言葉を鈍らせる。
 だから態度で示した。

 那珂は天龍の左肩に手を置き、軽く舌なめずりした笑顔を見せた。余った右手は親指を立てて示す。それは那珂にとって単にお互い頑張ろうねという意志を示すためのものだったが天龍はそれを違う意味に取る。
 結果として言葉には出さず曖昧なまま那珂は天龍を満足させることができた。
「おっしゃ。それじゃあまたな。」
「うん。後でね。」

 そう言葉を交わした後天龍は去っていった。那珂は説明の主導権を明石に戻すべく見つめる。視線を向けられた明石は軽快な雰囲気で口を開いた。
「これ以上邪魔してもいけませんので、戻りましょうか。那珂ちゃん次の予定は?」
「ええとですね。あたしたち千葉第二の艦娘を見てもらおっかなって思っています。そろそろあたしも練習に行きたいので後は四ツ原先生に引率をお任せしつつついでに練習にシレッと混ざろうかなぁと。」
 名前を言及された阿賀奈は那珂から手招きで催促されて歩み寄ってきた。
「後は……ということなので時間までは先生にお任せしてもよろしいですか?」
「えぇ。大丈夫よ。先生だって艦娘なんだから! 鎮守府の案内は任せて!」
「まだ資格だけの軽巡阿賀野ですけどね~。」
「あぁん光主さぁん! 話の腰を折らないでぇ~~。」
 那珂から茶化された阿賀奈はぶりっ子よろしく上半身をブンブンと振って嫌がるのだった。

 阿賀奈をなだめつつ工廠の入り口まで戻って来て、那珂は一行に言った。
「それでは次はいよいよ、うちの艦娘の訓練の様子を見ていただきます。ここであたしは訓練に戻りますので後の案内は四ツ原先生に引き継ぎたいと思います。それでは皆さん、また後で会いましょう~!」
「えー、会長行っちゃうんですか!?」
「なみえちゃん頑張ってね~!」
「我らの生徒会長、軽巡那珂に栄光あれー!」
「わ~~!」
 一部男子のノリのよい反応に那珂は手を振って答えたり冗談めかして敬礼して反応を満足させた後、駆け出した。那珂がいなくなった見学者一行は、工廠の奥に戻っていく那珂の姿を旅の無事を祈る家族のような気持ちで見送っていた。


--

 演習用プールでの練習は、個々の訓練から今回の編成と陣形の最終チェックのため合同練習に移っていた。なお、妙高もすでに訓練に合流していた。
 遅れて参加した神通は、ちょうど合同練習が始まるという段階で合流したため、皆からスムーズに受け入れられた。
 神通が合流してからしばらく経ってから、那珂が演習用水路を伝って姿を現した。

「おっまたせ~。ゴメンゴメン。見学会の案内に結構長く付き合っちゃったよ~。」
「おっそい!あんた一応初期の陣形の旗艦なんだから、しっかり都合付けて早く来なさいっての。」
 那珂が水路を抜けてようやくプールの範囲に足をつけて入るやいなや、遠く離れているにもかかわらず、五十鈴の怒鳴り声が那珂の耳に向かって飛んできた。
「だってさぁ~、見学会の案内してたんだもん仕方ないじゃん。」
「……微妙に真面目に返さないでちょうだい。まぁいいわ。残りの時間は実際の動きを全員で練習するわよ。あんたは個人の動きは大丈夫なんでしょ?」
 五十鈴の確認に那珂はコクンと頷く。
 全員揃ったということで、五十鈴は改めて全員に号令をかける。
「それじゃあ演習最初からを想定して、最初からやります。最初は第一艦隊の行動からよ。相手は第二艦隊がしてちょうだい。」
 その説明と指示にそれぞれ動き始めた。
 第一艦隊の作戦行動が終わった後は第二艦隊の、そして初期の陣形と作戦行動が終わったら、後半の陣形と作戦行動に移った。

演習試合前

演習試合前

 那珂たちが初期陣形の練習を進めていると、プールの外、金網の向こうからガヤガヤと声が聞こえて大人数が姿を見せた。
「光主さぁ~~ん!内田さぁん!神先さぁん!訓練頑張ってるぅ~!?」
 真っ先に声を上げたのは那珂たちではなく顧問の阿賀奈だ。なんの恥ずかしげもなく、率先して手を振ってアピールするその姿に、那珂はちょうど激しい動作中ということもあり、無視せざるを得なかった。同艦隊にいて一緒に動いていた川内、そして相手担当のため那珂たちから砲撃で追い立てられていた神通も反応しない。
 そんな見学対象となった那珂たちとは違い、艦娘となった知り合いの目の前で繰り広げられる激しい戦いの姿に見学者たる生徒や教師たちは目を見張る。

 さっきまで普段通りの軽快な雰囲気で自身らを案内してくれた生徒会長が、プールとはいえ水上を波しぶきを巻き上げながら激しく駆け巡り、時にはジャンプして上空から砲撃をして別の艦娘を圧倒しているその姿。
 集団イジメ発覚以来、全員がなんとなしに避けていた内田流留が、イジメ以前に見たことがあるような笑顔を伴った活発さで那珂を始め同じチームにいると思われる艦娘をサポートしている姿。
 地味で今まで存在すら知らなかったほど存在感の薄かった神先幸という少女が、普段の雑な髪の結びではなくオシャレなヘアスタイルで素顔をまったく恥ずかしがらずに全面に晒し、敵対する那珂や川内を始めとする別チームの艦娘からの攻撃をかわしつつ応戦するために機敏に動き細かい砲撃をする姿。

 知り合いの別の一面を見て、見学者は彼女らの見方を一変させた。
 生徒会の和子でさえ、那珂となった光主那美恵はもちろん神通となった幸が艦娘として戦う姿に、激しい動きのために言葉を失うほど呆然とした。事前の情報がある和子でさえそうなったのだ。他の生徒たちは和子以上に圧倒されているのは当然だった。
 そんな中、メディア部の副部長は呆然としながらも本来の役割を全うするため、フェンス越しではあるが目の前で展開される那珂たち艦娘の訓練する姿を写真や動画に収め始める。

「す、すげ……会長。なんだ、これ?」
「あれが艦娘なんだ。なんかもう……」
「う、内田さんも神先さんもすごい。なんであんなことができるの……?」

「ねぇ和子ちゃん。神先さんのあの姿は見たことは?」
 友人から尋ねられた和子は質問に頭を横に振り、2~3秒してから口を開いて答えた。
「ううん。会長の戦う様子は見たことあるけど、さっちゃんのは初めて。あれが……あのさっちゃんなんて、すごい。かっこいい!」
 和子の言葉に友人はコクコクと素早く連続で頷き視線をプールの方へと戻す。

 そして顧問の阿賀奈は那珂たちの姿を特に驚きもせず、ニコニコと見届けていた。
「うんうん。光主さんと内田さんは問題なしね~。神先さんは前から見違えるように動けるようになったわね~。成長が見えてて先生嬉しい!」
 阿賀奈の隣に移動していた別の教師が阿賀奈に話しかけた。
「四ツ原先生は彼女たちの姿を見て驚かないんですか?」
「そういや先生全然ビックリしてないですよね。なんで?」
 近くにいた生徒も尋ねる。

 阿賀奈は周囲の彼らの視線を受け、鼻をフフンと鳴らして自慢げに答えた。
「そりゃ~ね~。私艦娘部の顧問ですもの。光主さんたちの訓練は夏休み中に何度か見たことあるんですよ~だ。まだあの娘たちが荒削りで未熟な動きの頃から、知ってるんですから!」
「へぇ~~~先生すげぇ! ちゃんと顧問してたんだ~~。」
「あがっちゃ……四ツ原先生ただ胸でかいだけじゃないんですね~。」
「ちょっと○○君、それセクハラよ。」
 阿賀奈の説明に生徒たちは色々感想を交えて湧き立つ。
 半端に誇張を混じえていたが、阿賀奈本人以外はその場にいるものは誰もわからないので、周りの生徒や教師は阿賀奈の言葉を信じ、彼女に感心を示した。
 阿賀奈の心境としては周りの生徒や教師に対する優越感で満足し、また那珂たち三人が自分が見たことある以上に激しい動きをして艦娘らしさを示していたことにも満足し、自身が艦娘の世界に関わっていることを再認識して、自身の立ち位置にも満足していた。
 様々な要素から来る満足感で阿賀奈は有頂天状態だった。自然と饒舌さも高まる。
「エヘヘ~先生のこと尊敬してる?」
「してるしてる、マジしてる。」
「さすがあがっちゃん!俺達一年生はあがっちゃんを応援してるぜ!」
 男子生徒は調子よく阿賀奈をもり立てる。女子生徒はそんな男子生徒を冷ややかな目で見ていたが、内心は素直に阿賀奈の事を見直していた。変に言葉を投げかけると面倒な態度を取り始めるのがわかっていたから、あえて口には出さずにいた。

 プールのフェンス越し、外からはそんな見学者の声援や雑談の声がワイワイと響き合っていた。


--

 激しい動きが落ち着き、やがて攻守交代となって初めて那珂たちは外野の声を気にして反応する余裕を取り戻した。
「あ~、なんか騒がしいと思ったら、あそこにいるのうちの学校のみんな?」
「うん。あたしと神通ちゃんが案内してきたんだよ。」
 川内は汗を拭いながら、傍にいた那珂に確認した。那珂が軽快に返すと、少し離れたところにいた神通もコクコクと頷いてその話に加わった。
 川内としては話せる知り合いは生徒会メンバーくらい(特に三戸)のため、フェンスの先にいた生徒・教師たちに特に反応を返さなかった。
 代わりに那珂が手を振って返した。

「お~い、みんなぁ~! どーお!?」
 那珂が声をかけると、フェンスの先からの声援は声量が増した。
「わ~~~会長~! かっこいいですよーー!」
「なみえちゃん素敵~!」
「艦娘かっけぇぞーー!」
 大勢の声援にかき消されつつも、和子とその友人も声をかける。
「さ、さっちゃーん! 私、ちゃんと見てますからねー!」
「神先さん、がんばーーー!!」

 那珂は期待通りの反応に満面の笑みで両腕を振って見学者に答え、神通もまた和子と友人の二人に対してややうつむいて照れを浮かべつつも、手を小さく振って反応を示した。
 那珂と神通は自校の生徒からの声援に、俄然やる気を回復させた。
 ひとしきり反応してみせた二人は五十鈴らの方に向き直して練習の次の指示を仰いだ。
「ゴメンゴメン。うちの学校の皆だったからさ、ついはしゃいじゃったよ。」
「(コクコク)」

「まぁいいわ。……ところで川内はえらくおとなしめだけど、声掛けなくていいの?」
 五十鈴は軽い溜息を吐きつつ、川内の反応が気になったので言及した。それに対して川内は慌てて両手を振って答える。
「ああぁ!あたしはいいのいいの。知ってる人いないし。さー、ぎりぎりまで練習続き続き!」
 それを見て心中察した那珂と神通は
「そーだね。時間そろそろなくなってきたし、よそ見はこれくらいにして続きやろー!」
「そう、ですね。川内さんもおっしゃってることですし、続き、しましょう。」
と、川内と同様の勢いで発破をかけて五十鈴はじめ皆を促した。
 あからさまに取り繕ったような態度を取る川内に五十鈴は訝しげな表情を送るも、さして気に留めるほどでもないと感じ取り、那珂の言葉に沿うことにした。


--

 満足できる出来とは必ずしも言えないが、やれるだけのことはやった。那珂たちはそう強く心に刻み込んで演習用プールを後にした。見学者たちはすでに本館に戻り、演習試合見学の準備を進めているためプール施設の外にはすでに誰もいない。
 那珂たちはひとまず艤装を工廠に預け、待機室へと戻ることにした。といっても自分たちが普段使っている部屋ではない。まだ人数が少ないために予定としている第二の待機室だ。そこには神奈川第一鎮守府の艦娘も揃っている。そこで、西脇提督および村瀬提督代理の鹿島から、今回の演習試合についての最終説明を聞くことになっている。

 本館に戻り、階段を上がろうとすると、ロビーで回りの見学をしていた同級生に出くわした。
「あ、なみえちゃーん。今戻ってきたの?」
「うん。○○ちゃんたちは何してるの?他の人は?」
「そこの会議室で待ってるように言われたけど、退屈だからちょっと見させてもらってるよ。あ、そうそう。メディア部の井上さんがね、なんか提督さんに会いたいとか言って上がって行っちゃったけど、あの娘ほうっておいて大丈夫だった?」
 多少の勝手な行動は許容と思っていたため、那珂は特段気にせず返した。
「うん。取材したいんでしょ。好きにさせてあげてるの。一応その辺は提督にも伝えてあるからさ。彼女にはぁ~、うちの鎮守府の宣伝のため駆け回ってガシガシ働いてもらわないとね~。」
「あ、アハハ……。さすがなみえちゃん。そういうところは抜け目ないね~。やっぱ生徒会長さまさまだわ~。」
 那珂の言い分にたじろぐ同級生。那珂は彼女の反応を純度100%の褒め言葉として受け取るのだった。
 同級生の女子生徒らはもうしばらくロビーにいるというので、那珂は皆と一緒に待機室へすぐさま向かうことにした。
 この後の見学者の段取り・まとめ役は、明石や工廠の技師の数人、それからボランティアとして加わってる大鳥夫人と娘の高子が執り行うことになっている。なお、この時点ですでに五月雨らの中学校から、そして西脇提督の会社からも数人が見学者として加わっていた。


--

 那珂達が待機室へ入ると、長机に沿って並べられたパイプ椅子に、神奈川第一の艦娘たちがすでに何人か座って待っていた。まだ来ていないものもいたが、那珂が話したかった天龍はすでに同室にいて、入ってきた那珂にすぐに気づいた。
 那珂の姿を見るやいなや天龍は小走りで近寄ってきた。

「おぅ那珂さん! いよいよだなぁ~。そっちはもう訓練バッチリか?」
 顔を思いきり近づいててきた彼女のため、那珂はのけぞりながら返す。
「アハハ。いちおーやれるところまでやったよ~。でもうちの皆はそっちほど練度高くないから多分勝てないよ~~。」
「はっ。言っとけ。どーせあんたが何かしら秘策考えてるんだろ?」

 那珂は指を下瞼の下に当ててわざとらしく泣く仕草をする。すると天龍は那珂の背中をパシパシと叩いてツッコんだ。そのツッコミに那珂はやはりわざとらしく咳をして返すのだった。
 那珂が天龍に絡まれているため、他のメンツはお先にとばかりに自分たちが座るべき空いている席へと向かっていく。そんな中唯一那珂と残ったのは五十鈴だった。というよりも天龍が素早く五十鈴も絡んで離そうとしなかったからだ。
「なぁ五十鈴さん。那珂さんほどじゃねーけど、あんたと戦えるのも楽しみなんだぜ。」
「お生憎様。私はメンバーの方が気がかりでそれどころじゃないわ。対決したいなら、うまく私達の作戦を崩してそうなるよう持ち込んでよね。」
「言ったな~うっし。御膳だてしてもらえるよううちの鳥海さんに言っておくぜ。」

 冷静にあしらう五十鈴に対しても期待していた反応をもらえたのか、天龍は見るからに発するウキウキした高揚感を隠そうともせず、那珂たちから離れて行った。

「さて、あっちがどう動いてくるやら。不安は正直あるんだよねぇ。」
「そうね。編成を見るからに、機動力と後方からの支援体制は相当なものと踏んでるけど、私達だってそれなりに作戦は立てたし、後は私達があちらの動きにきちんと対処できるかにかかってるわ。」
 那珂と五十鈴は歩きながら続ける。
「あんた、天龍さんとの対決……一騎打ちとか本当にするつもりないわよね?」
「さすがにする気はないよぉ。あたしだって皆と戦う方がいいし。ま~あちらさんの作戦でどーしてもそういう展開になったら仕方ないとは思うけどね。」
 那珂の言い方に怪訝な表情を浮かべる五十鈴。
「あ、五十鈴ちゃんその目はあたしのこと信用してないなぁ~?」
「ま、いいわ。先にあんた自身が言ったこと反故にしないでよね。」
「もち。でも最初の展開ではあたしと長良ちゃんは自由していいんだし、そこでなんとか天龍ちゃんの欲求を満たして、残りはあたしたちの望みどおりの展開させてもらうけどね。」
「はいはい。あんたはいいけど、長良にはあくまで撹乱目的ってこと念入りに叩き込んでおいてよね。」

 天龍の出方を気に留めつつ、那珂と五十鈴はこれから説明される演習試合の内容を聞くため、用意された席に座って提督と鹿島を待つことにした。


--

 ほどなくして提督と鹿島が部屋に入ってきた。二人に手招きされて促されるように後から入ってきたのは、ネットTV局のスタッフ数人と、那珂の高校のメディア部副部長の井上だった。彼女はタブレットを手に、ぴょこんと棒を生やしたバンドを頭に取り付けて姿を現した。
 彼女が何をしているのかわからなかった那珂だが、よく見ると棒の先にクリップがあり、そこにカメラのようなものが挟まれている。カメラを頭に取り付け両手を自由にし、タブレットでメモ書き。どうやらあのスタイルが彼女の取材スタイルなのだと理解できた。変な人だなと、他人からの自分の評価を棚に上げて那珂は彼女を評価した。しかし広報周りの大事な協力者なので、彼女の好きにやらせてあげようという意識は変わらない。
 那珂は視線を離し、静かにこれからの演習試合の説明を待った。


--

「えー、それではこのあとの演習試合について、改めて説明をいたします。」
 提督の大きめに張った声が部屋に響き渡る。那珂たち艦娘は咳をしたり座り方を整えたりして気を張りつめた。

「演習試合はうちの敷地外、河口付近の堤防沿いの海域で行うこととします。ただ、うちの皆は知っての通り、川の反対側には稲毛民間航空記念館や水門の設備がある。誤射があるとマズイので、なるべく突堤含めた浜寄りで戦ってくれ。」
「うちの皆さんもよろしいですか?民間施設に影響があるといけませんので……」
「わかってるよ鹿島さん。」
「そうですよ~。」
 鹿島が恐る恐る注意すると、神奈川第一の艦娘たちは口々に喋り理解を示した。

 提督は神奈川第一の反応を確認してから続ける。
「見学者が大勢いらっしゃるので、時間短縮と試合の充実と緊張感を保つために時間制限を設けたいと思います。前半30分の後半30分。合計1時間。途中休憩は10分程度。これは神奈川第一の鹿島さんないし村瀬提督に相談して了承済みです。被弾判定は基本的には前後半通じて共通。前半で轟沈した者は後半参加不可。それから……」
 言い終わると西脇提督はチラリと鹿島に視線を送った。鹿島は柔らかく微笑んで返す。その鹿島の返しに提督はドギマギした様子を一瞬見せる。
 那珂は提督が一瞬顔を赤らめたように見えたので、なんぞあのおっさん(怒)と心の中で愚痴りツッコんだ。そしてふと神奈川第一の方に視線を送ると、霧島と目が合った。
 霧島は視線だけで、あれは仕方がないと言い、何故か那珂は霧島の心のセリフがわかった気がした。那珂は軽く溜息を吐いて提督の反応は気にしないことにし、説明への集中を再開した。
 提督の動揺を過敏に察知したのは、鎮守府Aからは那珂、神奈川第一からは霧島の二人だけであった。


--

 説明が一通り終わり、艦娘たちはそれぞれ互いに話し合う雑談タイムを迎えた。
 那珂が提督をふと見ると、神奈川第一の鹿島と話していた。そして普段自分らに見せぬ、えらい照れ具合を隠そうともせず接する姿を周囲に知らしめている。
 那珂はイライラして歯ぎしりする真似をしていると、自分らの集団から離れた霧島が那珂に話しかけてきた。
「お久しぶり、那珂さん。」
「……あ、霧島さ~ん!」
 那珂は久しぶりの人物に、イライラの雰囲気を瞬時に解いて年上への甘えモードに切り替えた。
「今回は敵同士、頑張りましょう。」
「はい。練度じゃそちらに全然敵わないですけど、一矢報いてみせます。」
「フフッ。楽しみにしてるわよ。」
「は~い!」
 そうやり取りした後霧島は踵を返して戻ろうとするが、すぐに方向転換して那珂に接近してボソッと耳打ちした。
「そちらの提督のあの反応、どうか許してあげて。」
「えっ!? な、何がデスカ?」
「うちの鹿島って娘、あれで中々天然でね。自分が無意識に異性を惑わしてるっていう自覚が全く無いみたいなの。言ってしまえば、魔性の女ね、あの娘。」
「ま、魔性の女って……。」
 那珂は霧島の表現に苦笑を浮かべて若干引いてみせた。
 鹿島という艦娘とは、ほとんど交流らしい交流はしたことがない。以前の館山イベントでも、チラリと会って全員で話を聞いた程度。もっとも長くて、ステージショー出演の際、神奈川第一の保護者として同じ場にいて軽く雑談したくらいだ。
 それでも言われてみて気づいたが、雰囲気から感じ取れるものは一筋縄ではいかなそう。
 いまだ照れまくって鹿島と話している提督に睨みを効かせながら那珂はそう思った。
 霧島は那珂のいちいち見せる反応にクスリと微笑し、背中をポンと叩いて離れていった。


--

 那珂は五十鈴に呼ばれ、わずかに離れていた集団に戻った。那珂が集団の輪の中に戻ってきたのを確認すると、五十鈴が音頭を取り始めた。
「皆、最終確認をするわよ。この後15時から堤防沿いで試合よ。見学者の皆さんは堤防に沿って並んで見学するとのことで、そこがいわば観客席となるわ。私達は堤防の海側約50mポイントに陣形を作って並ぶことになるわ。神奈川第一は私達から150m離れた位置に並ぶそう。提督の合図で演習試合開始。30分ごとの時間制限があるから、少し作戦を調整する必要があると思うのだけど、どうかしら?」
 五十鈴の言葉に那珂は頷く。続いて一同も相槌を打った。
「そーだね。提督ってばいきなり時間制限のこと言うんだもん。ずるいよね~。でもま、うちらとしては編成が活かしやすくなったと思うな。」
「といいますと?」
 五月雨がまず一言で質問を投げかける。それには神通が答えつつ確認した。
「那珂さんのおっしゃりたいこと、なんとなくわかります。前半戦は最初の編成で行く。そういうことだと思います。そうですよね?」
 那珂は言葉なくコクンと強く頷いた。
「あ、そっか。そうすると二次編成は後半戦にとっておくとそういうことなんですね?」
「決めた編成の切り替えがちょうど良いということなんですよね。」
 五月雨に続き時雨が納得の意を見せる。それに駆逐艦勢が相槌を打って続いた。

「そうすると旗艦あたしの二次編成は後半戦の楽しみってことかぁ。思いっきり活躍できるタイミングがなぁ~~。なんか悔しいわ。」
 駆逐艦たちの反応とは違って川内は本来感じて表すべき喜びやノって意気込む。それに長良が続いた。
「あたしもなんとか活躍したいなぁ~!ねぇりんちゃん!あたしは前半思いっきり動いていいんだよね?」
「ある程度はかまわないけど、あんたは生き残ることを念頭におきなさい。やられてしまったら、後半戦の陣形で護衛役が減ってしまうでしょう。」
「うーん。那珂ちゃんとせっかく一緒なんだから、倣って動きたいんだけどなぁ。」
 長良の言い分に五十鈴は額を抑える。代わりに長良に言ったのは那珂だ。ただしそれはツッコミではなくフォローだ。
「アハハ。長良ちゃんは結構動けそうだし、あたしと一緒に戦いの前線を体験してみよっか。だから五十鈴ちゃん、長良ちゃんのことはあたしに任せてくださいな。」
「那珂ちゃ~ん……ありがと!一緒にがんばろーね!!」
 長良は那珂の手を握りブンブン振って喜びを示す。那珂もフィーリングが合うのか、同じようなにこやかオーラを振りまいている。

 長良の様子を見ていた名取はうらやましげにしていたが、この場で愚痴をこぼしてしまうことはできなかった。名取のモジモジとした様子を見た神通はその意図するところがなんとなくわかっていた。自身も引っ込み思案なだけに、そして周囲に対して気を使ってしまって言えないことを自覚していたのでなおさらだ。
 だからこそ、神通は彼女を代弁して言ってしまうほどのお節介を焼く気はサラサラない。黙って見守ることにした。

 その雰囲気に乗じてお喋りをし始める艦娘達を諌めるため五十鈴は一度咳払いをし、皆に編成を再確認させることにした。ただ待機室には神奈川第一の面々がいるため、五十鈴たちは会話の自然な流れを利用して退室しひとまず自分たちの本来の待機室に入り、身近な机を囲んで話を再開した。

○神奈川第一鎮守府
 独立旗艦:重巡洋艦鳥海

前衛艦隊
 旗艦:軽巡洋艦天龍
 軽巡洋艦龍田
 駆逐艦暁
 駆逐艦響
 駆逐艦雷
 駆逐艦電

 支援艦隊
 旗艦:戦艦霧島
 軽空母隼鷹
 軽空母飛鷹
 駆逐艦秋月
 駆逐艦涼月

○鎮守府A(千葉第二鎮守府)
<初期編成>
本隊(旗艦:五十鈴) 前→後ろ
那珂  不知火 五十鈴
長良  夕立  川内

支援艦隊(旗艦:妙高) 前 後ろ
五月雨
  妙高
名取

時雨
  神通
村雨

<二次編成> 前→後ろ
本隊(旗艦:川内)
    不知火
   時雨
川内 夕立
   村雨
    五月雨

支援艦隊(旗艦:妙高)
   長良
那珂 妙高 神通  名取
   五十鈴


「時間制限が加わったのはあたしたちにとってラッキーだね。あたしたち有利に持ち込むことも十分可能でっす。みんながんばろー!」
 硬い表情になり始めている皆を鼓舞するため、普段どおりの素っ頓狂な明るさを伴わせながら那珂は手を振り上げて声を上げる。
「作戦と陣形はあるけど臨機応変に頼むわ、皆。それから妙高さん。支援艦隊の旗艦、どうかよろしくお願いします。」
「かしこまりました。後方の指揮はお任せ下さい。」
 那珂の言葉に五十鈴の言葉。妙高も決意を口にし、他の艦娘もそれに続いて返事をする。

「よっし神通。チーム違うけど、あたしたちも頑張ろうね。」
「(コクリ)」
 川内の意気込みに神通が言葉なく頷く。

「僕達も役割頑張るから、ゆうもしっかりやるんだよ? 不知火さん、どうかゆうのことよろしくね。」と時雨。
「あたしは全然問題ないっぽ~い!川内さんも那珂さんもいるしぃ~~。」
「了解致しました。手綱をにg……サポート万全にいたします。」

「今、手綱を握るって言おうとしたんじゃ……」
「しっ、さみ。言わぬがなんとやらよ。」
 時雨の言葉にいつも通り心の中のまま返す夕立。そんな夕立の僚艦として不知火が返事をする。わざとなのか素なのかわからぬ不知火の言い間違いに対しては五月雨と村雨が反応したが、決意の掛け合いの雰囲気を守るためにそっとしておくことにした。


 試合前最終確認を終えた那珂たちは、待機室を出て工廠へと向かった。本格的な他鎮守府との演習試合、那珂たちはいざ臨む間近になって一気に緊張を増し、固い面持ちで歩みを進める。その足取りは己の感情に従った結果、軽くなる者・重くなる者とバラバラだった。

同調率99%の少女(25) - 鎮守府Aの物語

ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=71159534
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1mEHkfOEoc-vYJPU0SAW-u-OmBx8bcvHr60HK0X6PFRo/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

同調率99%の少女(25) - 鎮守府Aの物語

夏休みも終わり二学期を迎え、それぞれのプライベートが動き始めた艦娘たち。鎮守府Aを取り巻く環境や状況も少しずつ変わる。 2019/05/15 - 全話公開しました。 --- 艦これ・艦隊これくしょんの二次創作です。なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work