君の声は僕の声  第六章 4 ─初代帝陵─

加賀谷樹里

君の声は僕の声  第六章 4 ─初代帝陵─

初代帝陵

杜雪(とゆき)が『癒しの手を持つ少女』だとわかると、彼女はその日から巫女にされた。巫女は清められ、他の子供たちとは離されて大切に育てられる。だが、彼女には好きな人がいたんだよ……君のお父さんの名は夜風(よかぜ)だね」

 玲がほとんど瞳を動かさずにうなずく。
 呼鷹(こたか)が優しい目で杏樹を見つめたが、玲はそれでも表情を崩さなかった。

「巫女は結婚することはできない。ふたりは隠れて会っては、大人たちに引き離されたんだ。夜風の友人たちは、何とか結婚を認めるようにお願いしたんだが、大人は聞き入れてくれなかった。それで──とうとう君のお父さんは杜雪を連れて村から逃げたんだよ」

「!」

 思いがけない話に聡は思わず玲に顔を向けた。玲は相変わらず涼しい顔をしている。

「やるう」と、櫂が杏樹に向かって口笛を吹いた。

「君のお父さんとお母さんは駆け落ちしてまで愛し合って君を生んだんだよ」

 呼鷹は杏樹に笑いかけたが、玲は冷たい表情のまま立ち上がり、呼鷹に「ありがとう」と言ってテントへ行ってしまった。
 杏樹の腑に落ちない行動に呼鷹は眉をひそめた。また何か怒らせるようなことを言ったのだろうか……。そんな配そうに杏樹の入って行ったテントを見つめる呼鷹を横目に、聡は、

「櫂がひやかす照れちゃったんだよ」

 櫂を軽く睨んだ。

『俺か?』櫂がキョトンとして自分を指す。

 ──トヨミシカの人たちがどれほど信心深いかは知らないが、巫女をさらうなんて、普通の駆け落ちじゃない。命がけだったはずだ……それほど必死に逃げてまで一緒になったのに、なぜ……。呼鷹の話を聞いて、玲は何を思ったのだろう。

「杏樹のお父さんとお母さんて、どんな人だったの?」

 聡は険しくなっていた表情を消し、自然な笑顔をつくった。

「杜雪は面倒見はいいし、綺麗だったし、村の男の子で憧れない奴はいなかったんじゃないか?」
「おっさんも?」
「まあ、そうだな。杜雪が巫女になったとき、村の男たちはみんながっかりしたものだよ」
「杏樹のお父さんは? どんな人?」

 聡が急かすように聞いた。

「大人しくて優しい男だったな。──村の男たちは競い合って獲物を捕っては力自慢をするものだったが、彼はそうしなかった。琴を弾くのが上手くて、よく琴を弾きながら歌を歌っていたね。杜雪を夜風にとられそうになると思った男たちによく嫌がらせをされて、それでも手を出すこともなく、いつも傷が絶えなかった。──その傷を杜雪が癒してやって……。結局それがふたりの距離を縮めることになったんだよな」

 呼鷹がその姿を思い出しているように目を細めた。聡の口が固く結ばれていく。秀蓮も焚き木が崩れるのをぼんやりと眺めながら、呼鷹の話にじっと耳を傾けていた。

「ふたりが駆け落ちしたのは、俺が村を出た後だったから、聞いた話だが……そんな男だったから、ふたりが村からいなくなった時、最初は誰もふたりが駆け落ちしたなんて思わなかったそうだよ。そんな大胆なこと仕出かす男だとは誰も思っていなかった。優しい男だったよ」

「本当に?」

 聡は呼鷹に迫るように体を乗り出していた。

「ああ……何か、変なこと言ったかな?」

 聡の勢いに押された呼鷹は、体をひきながら遠慮がちに言った。

「いえ。何でもない、何でもないよ」

 聡は体を戻して考え込んだ。

 納得がいかなかった。そんな優しい両親が駆け落ちするほど愛し合って杏樹を生んだのに、なぜ杏樹は自分を分裂させるほど辛い目に合わなければならなかったんだ? 心が震えながら怯えるほど杏樹を叩いていたのは誰なのか?

 隣で神妙な顔つきになって考えこんでいる聡を不思議そうに呼鷹が見つめていた。煙草を持つ櫂の手も止まっている。そんなふたりに気づいて秀蓮が立ち上がった。

「そろそろ休もうか」


※ ※ ※



「起きろ!」

 いきなり耳もとで怒鳴られ、聡がびっくりして目を開けると、間近で陽大が睨みつけていた。

「いつまでも寝てられるとテントが片づけられないんだよ。みんなもう起きて飯の支度してるんだ、早く起きろよ」

 そう言って聡の体から寝袋をはぎ取ると、陽大はブツブツ文句を言いながら寝袋をしまい始めた。聡はゆっくり頭を抱えながら起き上った。夕べはなかなか寝付けなかった。

「早く顔洗って来いよ!」

 陽大が睨みながら乱暴に言った。心やマリアと同じ顔でそんな風に怒鳴れると複雑だ。夕べ眠れなかったのは…………聡は、寝ぼけまなこで陽大を見つめながら、短く息を吐いた。だけど、陽大が元気で明るいのは救いだった。聡は陽大に聞こえるように、大きくあくびをしてから起き上がった。

 聡がテントから顔を出すと、朝食の準備をしていた秀蓮が「おはよう」と笑いかけた。

「陽大に起こされたのか? 夕べ眠れなかったみたいだから、もう少し寝かせといてやれって言ったんだけどな」

 聡の眠そうな顔に、秀蓮が同情するように笑った。

「みんなは?」

 聡の寝ていたテント以外はすっかり片づけられ、秀蓮以外は誰もいない。

「呼鷹がみんなを連れて食糧を確保しに行ったよ。今日は山を越えて一日歩くからね。しっかり食べておこうってさ」

「おい、聡! 早く顔を洗ってきて手伝えよ!!」

 ひとりで片づけようとして崩れてきたテントに埋もれながら、陽大が大声で怒鳴った。
 



 山道を歩きながら陽大はひとり喋り続けた。
 手前に見える墓から遥か小さく点にしか見えない墓を指さしながら、

「向こうに見えるのが第五十六代、庸武帝の墓、庸武帝は英雄とされているけど、それは忠臣たちのおかげだ。奴は何もしちゃいない。ただの自己顕示欲の強い男だ。──そしてあれが第七十四代、崇仁帝の墓。崇仁帝が今の都に新しい城を築き、水路を整備したんだ。それから……」

 といった具合に、帝の功績や、またはいかに愚帝であったかなどを語った。

 杏樹にこんな知識があったのかと少年たちは呆気にとられながら杏樹の話に耳を傾けた。歴代の帝なら地図を見ながら覚えていたが、帝の功績まで話せることに驚いた聡が陽大に訊ねると、

「僕の頭ン中で、玲が話しかけるんだよ。みんなに教えてやれってさ。──自分で話せばいいのに。面倒な奴だ」

 陽大は迷惑そうに鼻をならした。陽大の話に聡は内心驚いていた。頭の中で玲と陽大はそんな会話をしているのだろうか。会話といっても穏やかではなさそうだ。杏樹の頭の中は一体どうなっているのか……。

 前を歩く呼鷹と透馬がもの言いたげに振り返ったので「ねぇ、どうやって獲物捕ったの? コツを教えてよ」と、聡は話を振った。

 目的地へ着く頃には誰も口を利かなくなっていた。話す気力もなくなり、黙々と、ただひたすらに足を一歩一歩前に踏み出していた。さすがの陽大も歩くことで精一杯なのか、一言も口を利かずに歩いていた。聡は陽大をちらりと見た。おそらく陽大は引っ込んでしまい、歩いていたのは純だと思われた。

 聡の右足の親指が先ほどからピリピリと痛んだ。まめが潰れたのか。でも不思議と苦痛を感じることはなかった。足の痛みよりも、早く目的地に着きたい、という気持ちの方が強かった。
 キャンプの初日、陵墓の入り口までの道のりで倒れ込んでいた流芳と麻柊も、疲れた顔も見せずに歩いている。森の中の平坦な道よりも、山を越えている今日の方が遥かにきつい。だがその顔には、疲れではなく、期待の表情が浮かんでいた。


 陵墓は奥に行くにつれ、古い時代に遡っていく。ここまで来ると、陵墓があると言われなければ気づかないほど、木の根や葉がツタのように覆いかぶさり、その存在は山の風景に溶け込んでいた。

 だが、初代帝の陵墓は違った。

 後に造られたものであろうが、石畳の道が山の中から突然現れた。石畳は、正確に切り取られた石がすき間なく並べられている。道が真っ直ぐに北へ向かっている先には、周りの木々に埋もれるように石造りの門が見えた。風化しているものの、彫刻が掘られた立派な門であった。門の両脇には石像が陵墓を守るように立っている。

「誰かいる」

 秀蓮が立ち止まった。うつむき加減で歩いていた聡はふと顔を上げて目を細めてみたが、人がいるのかまではわからない。相変わらずな秀蓮の五感の鋭さに感心していたその時、

「やばい」

 呼鷹が小さく声を上げた。

 少年たちの顔に緊張が走る。

「何だよ、おっさん。KMCの奴らか」

 櫂が振り返った。

君の声は僕の声  第六章 4 ─初代帝陵─

君の声は僕の声  第六章 4 ─初代帝陵─

杜雪が『癒しの手を持つ少女』だとわかると、彼女はその日から巫女にされた。巫女は清められ、他の子供たちとは離されて大切に育てられる。だが、彼女には好きな人がいたんだよ……君のお父さんの名は夜風だね

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