熊さん、どうしたの
人里離れたとある山の奥。一頭の熊が固まったように動かずにいる。熊の鼻先にはうつ伏せで人間が横たわっていた。
静まり返った木々が生い茂る斜面に突然、山鳥が飛び立つ羽ばたきの音が響く。それを聞いた熊が顔を向けた。
「やっぱり熊さんじゃないか」
姿を現したのは大きな耳とふさふさの尻尾が目立つ一匹の狐だった。ゆっくりと熊に近寄る。
「きみが仕留めた獲物かい。ずいぶんと大物だね。肥えて腹が地面に支えているね」
狐もうつ伏せで横たわる人間に鼻先を近づけた。
「とんでもない、僕は人間さんを襲ったりなんかしないよ」
大きな頭をゆっさゆっさと揺らす熊だった。
「突然、藪から飛び出した人間さんが、突然倒れたから心配なんだよ。ピクリとも動かない」
今度はおろおろと大きな体を反復するように動かした。狐が熊の動きをなぞるように顔だけ左右に振りながら言った。
「もしかして、ひょっとすると・・・・・・」
狐が首をひねる姿は愛くるしい。そんな様子を見ていた熊がたまらず聞いた。
「賢い狐さん。人間さんは助かりそうかい」
コンコン、とうなずいた狐が答えた。
「ちょっと噛んでみなよ、この人間の頭を。ね、熊さん」
再び静まり返る山に、
「えーっ!」
熊の吠える声が響いた。
「な、な、何言ってるんだい、狐さん」
動揺する熊に狐はなだめるように語り始める。
「聞いたことはないかい?熊と鉢合わせした人間はなぜか死んだふりをするってね。熊さん、つまりこの人間は・・・・・・」
「死んだふりで実は生きているのかい」
熊はほっとしたような表情をした。それでもすぐに硬い表情に戻る。
「だめだめ。人間さんを噛むなんて僕にはできないよ」
コンコンコン、と狐が笑って言う。
「熊さん、そう言わず、がぶっと。ホントに人間が死んでいるなら痛がらないよ」
そしてまた、コンコン、と笑ったのだった。熊が首をひねりながらうなっている。
「さあ、思いきって」
狐は大きく口を開けてかぶりつくそぶりをしてみせた。ようやく、熊も大きな口をゆっくり開けると、困った表情で狐に聞いたのだった。
「美味しかったらどうしよう」
熊さん、どうしたの