ガスマスクのピアノ語り。
ガスマスクの男は、見覚えのある廃坑のあるところで記憶の渦の中から、一時の記憶を取り戻しつつあった。
「ああ、またか、また完全ではないんだ」
全身茶色のコーディネート。あしらうのはジャラジャラとした手首のアクセサリー、胸元で懐中時計や写真入りのロケットが光を帯びた。その瞬間、枯れ果てて、かつて人間に開拓されたはずの木々のはざまから木漏れ日が入っていたことにきがついた。
地下2F、廃坑の拠点。かつて情報屋たちが秘密結社を作り、自らの地位向上に役立てようと集っていた場所。最下層の司令部にはいまも紛争の名残、地図や武器の詳細な書類。計画や書物個などが残されている。しかし地下2Fは、彼がかつて所属していた組織では特別“自分たちの文化”にスポットをあてた特別な組織の職場だった。
「ああ、やはり、武器にならないものは置き去りにされたんだ」
世界は再び、輝きを取り戻しつつあった。それは最後の戦争が起きたその直後には封じられていたものだった。それは科学だった。科学はかつてほどの大規模な施設を必要とせず、そして文明も文化も、かなり小規模なものになっていた。それは単に人口が減ったためであった。
「皆、疲れ果てている、けれどここにくると、思い出せるよ、○○―—」
聞き取れない言葉をはいた。それは彼の記憶の中で繊細に、しかし明瞭に思い出せるある少女とのラヴストーリーだった。廃坑におかれたチューニングが破壊されたピアノは、彼の指と鼓動にあわせて、過去を彷彿とされる、彼の歴史観にそった音楽を奏でた。
ただひとつ、神秘的な新緑の中で、おかしなことは、彼のファッションの中でひときわいびつな、彼の顔を覆うガスマスク、ただひとつそれだけだった。
ガスマスクのピアノ語り。