わたしのロボット
わたしのロボット
「ただいま」
「オカエリナサイ、ライラ」
げんかんをあけると、ロボットがいて、わたしをむかえてくれる。
カバンをドアのわきにほっぽって、わたしはうきうきしながらテーブルにむかう。きょうのおやつはなんだろう。
「ア、コラ、チャントテヲアラッテクダサイ」
ロボットがとめるのもきかず、わたしはテーブルのうえにあるクッキーにてをのばす。さくさくしてて、ほんのりあまくて、あっというまにぜんぶたべてしまった。
「ヤレヤレ、ショウガナイデスネ」
ロボットはあるいてきて、ハンカチでわたしのくちのまわりのたべかすをふいてくれた。ほっぽってあったカバンもひろってきてくれた。ロボットはやさしい。
うちのロボットはとくべつなんだ。めいれいしなくても、じぶんからうごいて、わたしをたすけてくれる。ピナちゃんちにも、カイトくんちにも、みんなのうちにロボットはあるけど、じぶんからうごくロボットなんて、めったにないんだって。ほかのうちのロボットよりちょっとボロいけれど、わたしのじまんのロボットだ。
わたしはひとりぐらしで、おかあさんはわたしが3さいのときにしんじゃって、おとうさんももうずっとかえってこない。でも、ロボットがいるから、だいじょうぶ。
ロボットはわたしとおなじくらいのせのたかさで、くらいブルーのひとがたの、かくかくしたからだで、おおきなあたまをすっぽりかくす、ヘルメットみたいなのをかぶっている。ロボットはまいにちごはんをつくって、せんたくきをまわして、そうじきでそうじもしてくれる。きかいのこえでえほんをよんで、こもりうたもうたってくれる。
よるになって、ふかふかのベッドにもぐりこんで、ロボットのこもりうたをきくのがわたしのたのしみだ。わたしのためだけにうたってくれる、わたしのロボット。
あさ、めがさめて、ベッドのわきにロボットがいて、
「オハヨウノ、キスハ?」
なんてきいてくる。いつものことだ。わたしはくすっとわらって、
「しないよ、あなたはロボットでしょ」
「ソウデシタ、ソウデシタ」
まいあさ、こんなおはなしをする。それから、めだまやきとウインナー、こんがりトーストをたべて、がっこうのしたくをする。じぶんでできるのに、ロボットはなんでもてつだおうとするから、ひとりでできるってば! っていっつもいってる。それでもロボットはいえじゅうついてきて、きがえいがいはぜんぶてつだう。
「いってきます」
「イッテラッシャイ、ライラ」
ロボットにみおくられて、わたしはがっこうにむかう。
3じかんめはグレンダせんせいのじゅぎょう。わたしがいちばんきらいなじゅぎょうだ。きょうのはなしはロボットのれきしとかいうやつだった。
「100年前の人間達は知恵を凝らして、人間を手助けするロボットを作り出しました……」
ちえ? こらして? どういういみ?
「……偉大な先人達に感謝し、益々の発展を……」
もっとかんたんなことばでいってくれないと、わからないよ。
「……しかし、技術は悪用される事もあり、10年前の戦争で、軍は人体を改造……」
わかんないし、つまんない。わたしはプリントをおってカミヒコーキをつくりはじめた。
「……ですが、今や我が国に軍はなく、危険な改造人間もいません。我々は首相に感謝しなければ……」
わたしはカミヒコーキをとばした。カミヒコーキはきょうしつをくるくるとまわって、せんせいのきょうたくにちゃくちした。みんなはおおよろこびだったけど、グレンダせんせいはかんかんにおこって、
「ライラ、後で職員室に来なさい」
こわいかおでそういって、チャイムがなったのできょうしつからでていった。
あーあ、どうやっていいわけしよう。
そのひはせんせいにこっぴどくしかられて、うちにかえった。でもいつものようにロボットがおかえりなさいをいってくれて、あまいマドレーヌをだしてくれたから、おちこんでいたきもちもすっかりなおった。
あるひのこと。
わたしはなきべそをかきながらうちにかえった。
でんしキーをあけるちからもなくて、ドアのまえですわってないていると、こうじょうにはたらきにでていたロボットがかえってきた。
「ライラ! ドウシタノデスカ!」
ロボットはあわててわたしをうちにいれて、あたたかいココアをいれてくれた。そしてわたしのまえにすわって、わたしがココアをのんでおちつくのをまっていてくれた。
「あのね、ロボット。わたし、リコちゃんとけんかしちゃったの」
「ソウデスカ……。ドウシテデス?」
わたしはせつめいした。わたしがしゃべってたらね、いきなりリコちゃんがわたしに、ばか、っていったの。だからわたしもばかっていったら、リコちゃん、もうしらないっていってはしっていっちゃった。
そういうと、ロボットはわたしのそばにきて、あたまをそっとなでながら、
「イマ、ドンナキモチデスカ」
そうきいてきた。
「あのね、むねがいたくて、こころがすごく、くるしいの」
そういうと、かなしくなって、わたしのめからなみだがあふれてきた。もうリコちゃんとあそべないかもしれない。そうなったら、とてもつらい。
「ソウデスカ」
ロボットはわたしのほうにむきなおって、みつめてきた。ヘルメットで顔は見えないけれど、こっちをまっすぐみているのがわかった。
「ライラ、ヨクキイテクダサイ」
きかいのこえなのに、すきとおったきれいなこえで、そういった。
「ココロハ、ノウニアルノデス」
「のう? のうみそのこと?」
「ソウデス。アナタノノウハ、イマ、イタイデスカ」
「いたくないよ」
「ナラ、ダイジョウブデス。ライラノココロハ、イタクナイ」
「ほんとに?」
「ホントデス」
そういわれると、もうこころはくるしくないきがした。むねも、ふしぎといたくない。
「ヨクオモイダシテミテクダサイ。ライラニモ、ワルイトコロハナカッタデスカ」
わたしはゆっくりとおもいだしてみる。そういえば、わたし、しゃべりすぎたかも。リコちゃんのいいたいこと、きいてあげられなかったかも。そうロボットにつたえると、
「ソウデスネ。キットライラニモ、リコチャンニモ、ワルイトコロガアッタノデショウ」
アシタ、リコチャンに、ゴメンナサイ、デキマスカ。そうきかれて、すこしまよって、うん、とかえす。あやまるのはきらいだけど、わたしにもわるいところ、あったんだし。
「ヨシヨシ。エライデスネ」
ロボットアームにやさしくあたまをなでられて、いいきぶんだった。
「ソレジャア、オヤツニニシマショウ。レイゾウコニプリンガアリマス」
「プリン! やったぁ!」
ロボットがはこんできてくれた、てづくりプリンをくちいっぱいにほおばる。あまくて、ほっぺたがとろけるようで、しあわせだった。
まどのそとには、ゆきがふっている。きょうはおやすみのひで、あたたかいへやのなか、ロボットにいわれて、わたしはサンタさんへのてがみをかいた。ロボットが、そのてがみをサンタさんにとどけてくれるんだって。ことしはなにをプレゼントしてもらおう。
ぬいぐるみはきょねんもらったし、おいしいおかしなら、いつもロボットがつくってくれる。いろいろかんがえてみたけれど、ほしいものはなかった。ロボットがいてくれるだけで、じゅうぶんだった。
だけど、わたしはロボットのことで、まえからきになっていることがあった。ロボットがいつもかぶっているヘルメット。そのヘルメットのしたは、どんなかおをしているんだろう。いままでいちども、みせてくれたことはなかった。きになってしょうがない。だから、サンタさんへのてがみに、こうかいた。
『ロボットのヘルメットのなかみをみせてください』
かいたとたん、
「ライラ、ソレハデキマセン」
ロボットにそういわれたから、わたしはすこしむっとして、いった。
「ロボットにはおねがいしてないもん。サンタさんにいってるんだもん」
「サンタサンデモムリデス」
「なんで?」
「ワタシノヘルメットハ、ネジデガンジョウニクッツイテイマス」
「ならそのネジとってよ、ロボット」
「ソレハデキマセン」
「なんでよ!」
「トテモアブナイカラデス」
「どうしてあぶないの?」
「ソレハ……トニカク、アブナイノデス。ライラニダッテ、キケンガオヨビマス」
「あぶなくないもん! わたしだいじょうぶだもん!」
「トニカク、ダメナノデス」
「なんでってば!」
「ライラ、イウコトヲキイテクダサイ」
「やだ! みせてよ!」
そうさけんだとき、きゅうにロボットのこえがひくく、こわくなった。
「ライラ、イウコトヲキキナサイ」
まるでグレンダせんせいのガミガミごえみたいだ。そうおもったとたん、じぶんでもきづかないうちに、いってしまった。
「なによ! あなたなんて、ただのロボットじゃない!」
はっとした。いいすぎてしまった。
ロボットはなにもいわなかった。だまって、よるごはんのじゅんびをはじめた。
そのひは、わたしもロボットも、ひとこともはなさなかった。
つぎのあさ。
わたしがめをさますと、ベッドのわきに、いつものように、ロボットがいた。そしていつものように、こういった。
「オハヨウノ、キスハ?」
わたしはあんしんして、
「しないよ、だってあなたは……」
ロボットよ。そういおうとした。でも。
ロボットは、ただのロボットなんかじゃない。わたしのために、たくさんのことをしてくれる。りょうりもせんたくも、そうじも、えほんも、こもりうただって。たったひとつの、だいじなわたしのロボットだ。
だから、わたしはそっとロボットのあたまにふれると、ヘルメットのうえ、たぶんおでこがあるところに、キスをした。
ロボットはいっしゅんフリーズして、それからうでをばたばたふって、
「ワ、ワ、ワ!」
とか、いみのわからないことばをまきちらした。こわれちゃった? でもすこしたって、おちついたロボットは、
「ライラ、アリガトウ」
あのすきとおったきれいなこえで、そういった。
それからも、わたしとロボットのまいにちはすぎていった。へいわなまいにちだった。がっこうにいって、おやつをたべて。ロボットのこもりうたをききながらねむる。
それでも、ロボットのヘルメットのなかみのことは、どうしてもきになっていた。ロボットはだめっていうけど、こっそりみれば、きっとだいじょうぶだよね。
そして、クリスマスイブのよる、わたしはついに、それをじっこうにうつすことにした。
わたしは、ロボットのこもりうたをききながら、なんとかねむらないようにふんばって、ねたふりをしていた。やがてこもりうたがやんで、ロボットがへやのそとにあるいていくかんじがしたので、100びょうかん、こころのなかでかぞえてからめをあけて、じぶんのへやのそとにでた。
ロボットはキッチンにあるじゅうでんきにつながって、スリープモードになっていた。モーターの音がやんで、とてもしずかだ。わたしは、おうちが「えんじにあ」のともだちから、とくべつなドライバーをかりてきていた。10ぽんもあるドライバーからさがして、やっとヘルメットのネジにぴったりなのをみつけた。
ネジにドライバーをあてて、そーっと、ロボットをおこさないように、くるくるとまわした。きゅ、きゅとネジがまわるおと。ぬけたネジがことんとゆかにおちるおと。どうかおきませんように。
ながいじかんをかけて、やっとネジをぜんぶはずしおわった。わたしはわくわくしながらヘルメットをりょうてでもち、そっともちあげてはずした。
けれど、そのなかみをみたとたん、わたしはきをうしなってしまった。
それが、あまりにも、おそろしかったから。
はっときがつくと、わたしはベッドのうえにいた。
しばらくぼーっとしていたけれど、あのヘルメットのなかみをおもいだしてしまった。わたしがみたのは、ボールのかたちのすいそうにうかんでいる、くだのいっぱいつながった、のうみそ。それをおもいだして、わたしはもうふのうえに、はいた。
そうだ、ロボットは。よろよろとキッチンにむかう。
ロボットはいなかった。あけっぱなしのげんかんのドアからそらがみえて、まだよなかだってことがわかった。つめたいかぜがふきこんでくる。
ごはんをたべるつくえのうえに、てがみがおいてあった。びんせんのうらには、『あなたのロボットより』とかいてある。いそいでひらき、なかをよんだ。
『しんあいなるライラへ
ながいあいだ、だまっていて、すまなかった。だがぼくにはこうするしかなかったんだ。
できればずっとかくしておきたかった。でも、さいごだから、いっておきたいことがある。
ぼくは、きみのおとうさんだ。
どういうことだかわからないとおもう。だからちゃんとせつめいする。むずかしいはなしになるけど、ライラなら、きっとわかってくれることとおもう。
ぼくがあのせんそうにいったのは、きみがまだあかちゃんのころだった。きっとおぼえていないよね。ぼくがたびだつとき、さしだしたゆびを、きみがにぎりかえしてくれた。あのちいさなぬくもりを、ぼくはわすれたことがない。
ぼくはせんじょうのまっただなかにほうりだされて、でもいっしょうけんめいたたかった。ぼくらがまけたら、くににいるぼくらのかぞくが、どうなるかわからないから、とにかくしにものぐるいでじゅうをうった。
でもぼくはてきにうたれて、なかまがきちにはこんでくれたときには、もうておくれだった。いきるためのゆいいつのみちは、ぐんのじっけんだいになって、のうをきかいにいしょくすることだった。いしょく、ってどういうことかわかるかい。のうみそを、ひとがたロボットのからだにうつしかえたんだ。そうしてぼくは、からだはきかい、のうだけがにんげんの、かいぞうにんげんになった。
かいぞうにんげんになったほかのなかまたちはせんじょうにいってたたかっていたから、ぼくもそうなるんだとおもってた。でも、そのしゅじゅつがおわってすぐに、せんそうはおわった。ぼくたちのくにがかったんだ。
ぼくらはかった。でも、せんそうがなくなって、ぼくらのくにでは、ぐんも、かいぞうにんげんも、いらないものだってほうりつできまったんだ。かいぞうにんげんはきけんなぎじゅつでつくられたから、このよにそんざいしてはいけないんだって、くにのだいひょうがきめたんだよ。かいぞうにんげんのなかまたちは、つぎつぎとばらばらにされて、しょうきゃくろにいれられて、もやされた。ぼくはひっしでにげた。ばらばらにされてしまったら、きみにも、きみのおかあさんにもあえなくなってしまうから。
そうしてなんとかうちにかえったんだ。こんなすがたでは、きっとぼくだってわかってもらえないだろうから、いえのしごとをする、かていようロボットとしてきみのうちにいった。そうしたら、きみのおかあさんはもうなくなっていて、きみはひとりでうちにいたね。へやはあれほうだい、きみはひどくやせていた。ぼくはたまらなくかなしかった。それでも、けっしんしたよ。これからは、ぼくが、きみをまもる。ぼくはのうだけしかなくなってしまったけれど、こころをこめて、そだててみせる。
ときにはたいへんなこともあったけど、きみとのまいにちはほんとうにたのしいものだった。まいにちきみのげんきなすがたや、かわいいえがおをみていられるんだから。きかいのからだじゃ、きみのぬくもりをかんじられないのがざんねんだったけれど、それでも、ぼくはみちたりていたよ。
だから、きみをおいていくのはとてもつらい。でも、こんなすがたをみられてしまった。もう、きみのそばにはいられない。もうぼくはりょうりやせんたくをしてあげられないけれど、ライラはもうりっぱなおねえさんだ。ちゃんとできるね。いえのしごとのしかたをまとめたほんがほんだなにはいっているから、しっかりよむんだ。いいね。
それじゃあ、ライラ、いままで、たくさんのしあわせを、ありがとう。あいしているよ』
わたしはしばらく、たましいがぬけたみたいに、てがみをにぎりしめて、そこにたっていた。それからはっときづいて、げんかんからそとにとびだした。
さがさないと。つめたいかぜがふく、まよなかのとおりをはしっていく。いやだ、おわかれなんて。いかないでよ。ねえ。またクッキーをつくってよ。こもりうたをうたってよ。ねえ。わたしの、おとうさん。
がっこうにも、こうじょうにもいなくて、はしりつかれて、わたしはついにどうろにたおれた。すりむいたひざがいたい。とおくでだれかがさわいでいるのがきこえる。さいごのちからをふりしぼって、はうようにしてそのひとだかりにちかづいていった。
ひとがいっぱいいて、なにかをとりかこんでいるみたいだった。「変なロボット」「警官をおそった」そんなこえがききとれた。まさか。たくさんのひとのしたをくぐりぬけて、わたしはそのひとだかりのまんなかにでた。
そしてわたしはみてしまった。がいとうにてらされたブルーのからだ。うでもあしもはずれて、めちゃめちゃにこわされていた。ヘルメットはわれて、そのあいだからえきたいがすこしずつもれている。
むねがはりさけそうだった。くるしい、くるしい。こころが。
こころ?
ああ、そうだ。
こころは、むねにあるんじゃない、のうに、あるんだったね。
あたまは、ぜんぜんいたくない。むしろすーっとしずかだ。なら、わたしは、つらくないね。
そうでしょ? わたしはそのざんがいにゆっくりとあゆみよった。つめたいじめんにひざをついて、ヘルメットをかかえるようにだいた。あたまがうごかされたことで、ヘルメットのすきまからえきたいがながれでて、やがてなかみがずるりとでてきた。
わたしはそれにキスをする。おとうさんのこころに、キスをする。
わたしのロボット