マトルキャットとマジェスティの秘密

Shino Nishikawa

マトルキャットとマジェスティの秘密
ベトナムの水上マーケット。
レリカとワイト、ボッティ、オイドレン、ロドリアム、ドロシーは、ベトナムに来ている。
レリカとワイトは、笠を買ってもらった。
水の中に、ドラゴンが泳いでいるように見えたが、それは気のせいだった。
おばあさんは、紫色の模様が書かれた卵を水の中に落としてしまった。
卵はどんどん沈んでゆく。



高校を卒業したレリカとワイトは、スーパーマーケットで働くこととなった。
歩いて40分くらいかかるが、自転車なので、20分以内でつく。

「おお、もう出勤か?」
コーヒーを淹れながら、プーチが聞いた。
「うん。」

「気をつけて。」
プーチは、玄関まで顔を出した。

「はい、行ってきます。」
「行ってきます。」
2人は自転車をこぎ始めた。

2人はレジのサービスカウンター担当だ。
時々、品出しもするし、普通のレジも打つ。

「これ、贈答用に。」
厳しそうな女のお客が、ワイトに菓子を持ってきた。
「はい、かしこまりました。あの‥、お会計はお済みでしょうか?」
「もちろん、済んでいるわよ!!」
「失礼致しました。」

レリカは、宅配便のお客の接客をしている。

帰り、店長は2人に聞いた。
「2人は、同じシフトの方がいいのかな?」
「いえ、別でも大丈夫です。」
「そうか、分かった。じゃあ、お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
このスーパーの従業員の99パーセントが魔法族だが、会社の規定により、仕事に魔法を用いることは禁じられていた。


2人は自転車を押しながら、とぼとぼ歩いた。
警察官になりたい夢があるが、叶うか分からないからだ。

「スーパーで働くなんて、やだ!!」
働き始めた頃、レリカとワイトは、食卓でオイドレン、ロドリアム、プーチの前で泣いてしまった。
3人は顔を見合わせた。
「でも‥それ以外、出来ることがあるのか?」
「そんな言い方‥。」

「もしかして、夢があるのか?」
プーチが聞いた。
「はい。」
「それはなんじゃ。」
「警察官です。」

「そうか‥。でも、2人はまだ5才にもなっていない。だから、スーパーで働きながら目指すといい。実家暮らしなら、お金も貯められる。」
「はい。」

2人はとぼとぼ歩きながら、その時のことを思い出していた。

パラリラパラリラ
音楽をジャンジャン流した、不良の車がゆっくりと来た。
「よぉ、お前たち。仕事終わり?」
運転手の男がサングラスを取ると、ドロシー・ハッピーさんだった。
「アハハ!誰ぇ~?」
可愛い女の子達が、3人ほど乗っている。
「これからレディー達を、ディスコに連れて行くんだ。」
「そうなんですか。」
「僕の今の仕事はディスコの番人。じゃ、アデュー。」
「アデュ~ッ!」
女の子達も、言った。

双子はうつむきながら、家にたどり着いた。
「お帰り。今日は、プーチがいないから、俺が晩御飯を作ったんだ。」
オイドレンが言った。
「ありがとうございます。」
「構わない。プーチは、土地の件で、ポシアンヌ婦人の家に行っている。河原の土地は、ミシルマ島の物だが、彼女は自分の土地だと主張しているんだ。」

晩御飯はカレーだった。とても美味しい。

「明日は仕事がないのか?」
「はい、ハーミングハーミング町で、NBAチームの練習試合が行われるんです。」
「ボッティも来るので‥。」
「そうか。」

次の日、ハーミングハーミング体育館に双子とオイドレンとロドリアムが来た。
「先輩たち!!」
ボッティが駆け寄ってきた。
「お久しぶりです。」
「うん!!」

「どうも‥。」
オイドレンとロドリアムに気づいたボッティは、恐る恐る頭を下げた。
「いつも息子達が君の話をしている。」
「そうですか‥。」
ボッティは、双子をちらりと見た。

ボッティは試合に途中参加したが、動けなくなった。
休憩中、キャプテンはタオルで顔を拭きながら、ボッティにぼそぼそと話し、ボッティは立ったまま、真剣に耳を傾けた。

別チームの試合が始まり、ボッティが双子の所に来た。
「全然、ダメでした。」

「やっぱり、まだ難しいです。」
「大変だね。」
「でも、ボッティなら、すぐに先輩についていけるよ!」

オイドレンとロドリアムは、別チームの応援を真剣に見ている。

「不思議です‥。ほとんどの会社では、仕事に魔法を使うことを禁止されているのに、NBA選手の移動は、黒魔術師の瞬間移動が許されている。」
ボッティが言った。
「本当?」
「はい。NBAの本場は、アメリカですから。僕も普段、ボストンに住んでいるんですよ。」
「そうだったの?いつもメールだから、住所まで知らなかった。」
「寮なんで。」
「1人部屋?」
「はい、そうです。」

「ところで、ドーミーアクタティスの能力は、その後どうですか?」
「あ‥。」
双子は顔を見合わせた。
「そんなにないよ。」
「へー、なんか、つまんないですね。」

「プーミン!!」
プーミンが現れた。
「先生、お久しぶりです。」
ボッティが立ち上がった。

「みんな、元気かい?」
プーミンは女を連れている。

「彼女?」
「そうだよ。」
「ダカルよ、よろしく。」
金髪の女はニッコリと笑った。

ダカルはアラフォーの綺麗な人という感じだ。

「姉さん!」
コートから、茶髪の男が呼びかけた。
「弟が呼んでいるわ。行ってくるわね。」
ダカルは行ってしまった。

「ダカルは魔女?」
「かもしれないな。」
プーミンはニヤニヤと笑っている。

「卒業式の日、なんで泣いてたの?」
「そりゃぁ‥お前たちと別れるのが悲しかったからだよ。」
「それだけ?それだけであんなに泣くの?」
「あとは、世界情勢のことだな。」
プーミンは遠い目をした。
プーミンは人間であるが、実は、ブックトラベラーの能力があったのだ。
ブックトラベラーというのは、本を読むと、その本に書いていない事実までも知ることのできる能力である。
プーミンは、マトリアシルの歴史書を読み、マトリアシルの建国の秘密と双子の関係を知ってしまっていたのだ。

「ボスティ!」
「オラジャさん。」

「だれ?」
「ヤンダルム高校の先輩ですよ。オラジャさんのこと、知らないんですか?」
双子はうなずいた。

「久しぶり。」
「お久しぶりです。でも、たまにメールしてましたよね?」
「うん。今日のボスティ、超最高だった。」
「いや、そんなことないですよ。さっきもNBAの先輩から、素人って言われましたし…。」

オラジャは首を振った。
「ボスティが一番うまい。私、分かる。」
「そんなわけないじゃないですか。」
ボッティは、照れ笑いをしている。
双子は、キョトンとした感じで、ボッティとオラジャを見守った。



次の日、双子はスーパーで仕事だった。
近くの大学に通う学生が来る。工業科と医学科があり、工業科では、飛行機整備士の資格が取れるらしい。かなりのエリート大学だ。

「猫クーン。」
双子が卵の品出しをしていると、スーパーの常連客である、褐色の肌で黒髪のサ-ン・ジンアックという男が話しかけた。サ-ンは工業科の1年生だ。
「実は飛行機には興味ない。」
サーンは言った。
「はぁ?」
「学費がもったいない!」
「学力があったから、高校の先生が推薦状を書いてくれたんだ。もちろん奨学金さ。」
「マジ、もったいないじゃん。」

「僕の親父は、今は工事現場で働いているが、元々、魔法生物研究所の博士だったんだよ。」
「そうだったんだ。」
「君たちのことも調べたいと言っている。」
「俺たちのことなんて、いいから。」

「とにかく、親父が、今日は何かが起こると言っていた。」
サーンは言い、卵を手にとった。

サーンは目を緑に光らせ、卵を見つめている。
「サーンって、魔法族?」
ワイトが聞いた。
「そうだよ。」

ピリッ
パックに入った卵が割れ、蛇のような生き物が生まれてきた。
「わぁ~!!」
双子は大きな声を出したので、みんながジロジロ見た。

「この卵は俺が買う。」
サーンは言い、3人は他の人達にバレないようにレジに持って行き、双子がレジを打った。

「サンクス!後で、電話する。」
サーンは卵を持ち、上機嫌で帰った。

双子は、ぼんやりとした感じで、マジックアワーの外を眺めた。
「こういう事って、よくあるのかな?」
「分かんない。」



2016年8月ハワイ。
和やかに笑っている中年夫婦。
ガサガサッ

「なんだ?」
夫のテオは、リオ五輪のテレビを消した。
猟銃を持ち、外に出る。
「シールム。」
「こんばんは、父さん。」
「ユリアルは?」
「さっき、マイクと一緒にいたわよ。」

テオは猟銃を置き、外に出ると、庭先でマイクと次女のユリアルが一緒にいた。
花を見ている。
「どうした?」
「テオさん。」
「マイク。いつもありがとう。」

「花よ。この花、ハワイの花じゃないわ。」
「おお、なんて可愛い。‥みんな、この島に憧れているんだ。」

夕食は、ドライカレーである。
「ロコは牛肉を食べない。ひき肉しか。ステーキは食べないの。」
シールムが言った。
「当然でしょう。あんな高価なもの。大体、体に悪い。」
母親のマロナは、少しだけ不機嫌そうだ。

ザザッ
ユリアルは驚いて外を見た。
「この島には、何かがいるわ。人間ではない、何か。」
シールムが言った。

マロナは何か言いたそうに口を開けたが、言葉が出なかった。
「この世界には、魔法が存在する。」
テオが言った。

「本当?」
「本当さ。いいか、お前達。絶対に夜の海に行ってはいけない。海には、魔法族が住んでいる。」
テオが言い、シールムは顔をしかめた。
ユリアルはうつむいている。

「どうしたの、ユリアル。」
マロナが聞いた。
「海竜族を見たの。」

テオは息を飲んだ。

その頃、海の魔法族、海竜族達は、夜の海で泳いでいた。


「魔法族がいるなんて、本当だったのね。」
晴れた日、シールムが話しかけた。
ユリアルは絵を描いている。

「なんて綺麗な画。」

「その夕日の中に、魔法族を書いてみてよ。」
シールムが言うと、ユリアルはニッコリと笑った。

「お姉ちゃん、ご飯は?」
「私、これからバイトだから。」
シールムは19才、ユリアルは17才だ。
今は夏休み中で、シールムは、浪人生である。
浪人といっても、ハワイの浪人は気楽なものだ。

シールムは、海辺のハンバーガーショップでバイトをしている。
砂浜では、シールムの恋人のクーアンと男達が、占い師のお爺さん、アブリゴットの占いを見ていた。
「お爺さん、この島の運気はどうだい?」
「よくはない。もうすぐ、不吉なことが起こる。」

「ふん‥。」
クーアンはうつむき、走って、シールムのハンバーガーショップに来た。

「やぁ、シールム。調子はどうだい?」
「いいわよ。」
「君と2人きりで会いたい。」
「ええ‥。そうねぇ‥。」
「でも、君は忙しい。‥チーズハンバーガーとポテト、あと、コーラ1つ。」
「かしこまりました。」


夜10時。シールムは家に戻ってきたが、様子が変だ。
警察が来ている。
「どうしたの?」
「ユリアルが戻らないの。」
マロナが言い、テオは泣きながら警察と話している。
警官の中には、魔法族がいるようだ。
シールムは警官を見たが、よく分からなかった。

「私、探してくる。」
「シールム、気をつけて。」

海岸へ向かう道を走る。
姉のカンで、ユリアルがそこにいそうな気がしたのだ。

「ユリアル!!」
「お姉ちゃん!!」
ユリアルの声がしたので、シールムはさらに走った。

「ユリアル、よかった。」
シールムとユリアルは抱き合った。

「どうしたの?」
「人の死体があるの。」
「ええ‥。」

「ああっ。」
そこには、人の顔があった。
全身が縦に、土の中に埋められて、顔だけが出ている状態だ。

「誰がこんなことを。」
「海竜族よ。」
ユリアルは、青い鱗を持った。

ザッ
「誰?」
「お姉ちゃん、あの人、海竜族よ!!」
シーアは息を飲んだ。
「クーアン?」
「シールム。」

「あなたがやったのね!!」
ユリアルはナイフをクーアンに向けた。
「違う。僕は、君達を守りに来た。」

ヒャハハ‥
向こうから、犯人の男達の声だ。
クーアンは、牙を向いた。

「ああ!」
クーアンは戦うが、相手は多いし、魔法族だ。
クーアンは倒れてしまう。

ヒャハハ‥
男達は向かってくる。
シールムは、ユリアルのナイフを持ち、男達に向けた。

ウウー
サイレンの音だ。

警察が来て、3人を助けた。


次の日。
シールムは、朝9時に起きた。
「お母さん、ユリアルは?」
「まだ寝てるわよ。昨日、あんな事が起きたばかりだから、仕方ない。」
「ふーん。」
シールムはトーストを焼き、コーヒーをいれて、食べた。

人が縦に埋められていた現場では、警察による、発掘作業が行われていた。

シールムが、フィンの手入れをしていると、ユリアルが起きてきた。
「お姉ちゃん。」
シールムはうつむいた。

「海竜族を見たでしょ?」
「うん。」
「気をつけてね。いつもお姉ちゃんと一緒にいるあの男は、海竜族だから。」
「そう‥。でも‥、クーアンは、私達を守ってくれたでしょ?襲ってきたやつらは、海竜族じゃない感じだった。」
シールムは、ダイビング機材の奥に置いてある、魔法族の本をめくった。
今まで、魔法なんて、嘘だと思っていた。
「ただの魔法使い。奴らは‥、ノーマルってわけ。」
「ノーマルが一番怖い。何を隠しているのか、分からないから。」

「クーアンさんは、何をしている人なの?」
「かき氷店で働いているの。あと3年働けば、店長になれるって。」
シールムが言うと、ユリアルは顔をしかめた。


数日後、クーアンとシールムは、2人で会っていた。
2人は恋人同士なのだ。
2人は、ハワイのかき氷を食べている。
「ハワイの氷は最高だな。」
「かき氷がないハワイなんて、楽園じゃない。」
シールムが言うと、クーアンは優しそうに鼻で笑った。
「まさかあなたが、魔法族だったなんて。」
「言う機会がなかった。付き合ってまだ、5カ月だ。‥付き合うまでは、俺達は、友達でもなかった。」
「‥そうよね。」

「服に、ついちゃってるよ。」
シールムの服についた、赤いかき氷を、クーアンは指にとり、食べた。

「この部分、食べてごらん。」
2人のかき氷は、大体一緒だが、クーアンのかき氷には、ピンクがまざっている。
「変な色。」
シールムはスプーンですくい、食べた。

「あら、美味しいわね。」
ピンク色のかき氷の味は、ピーチ味だった。
「そうだろ。」

帰り道、クーアンは聞いた。
「明日、ボラに出るでしょ?」
「ああ、いいわよ。」
「いいわよ、じゃなくて。ボラに出るのは、ロコの決まりだよ。ロコである以上、ボラには必ず参加することだ。」
「ええ‥。でも、最近お金がないから、バイトをしたいの。」
「あー‥、じゃ、今度かき氷おごる。」
「ありがとう。」


夢を見ていたレリカとワイトは、顔を見合わせた。
双子はわけが分からないので、少し首をかしげた。


「今日のボラ行く?」
シールムが聞くと、ミサンガを作りながら、ユリアルは答えた。
「行くよ。お姉ちゃんは?」
「行く。」

「うわぁ‥。」
今日、ボラをする場所は、ぬかるんだ場所だ。
沼に近いほどだが、野生の植物がたくさん生えている。

「お姉ちゃーん!‥きゃ!!」
ユリアルは転びそうになり、マイクが支えた。
後輩達が2人を冷かしている。

「これは、酷いね。」
「ええ。」
シールムはやり切れない気持ちで、ゴミを集めた。

「みんな、よくやった。今日はこれで終わりだ。」
リーダーが言った。

「きゃ!!」
ついにユリアルは尻もちをついてしまった。

その頃、シールムとユリアルの父親テオは、ハワイの神棚のキャンドルに火をともし、祈っていた。
『偉大なるひいお爺様‥。カメカメハ大王。』
マロナも来て、祈りを捧げた。
「お兄様は大陸に渡ったきり、戻ってこないわ。」
「当然だ。彼はアジア大陸の王になった。」
『ユジア・アリアップ』
英語で名前が書かれた、兄の写真を見た。
「ユジアには、特別な力がある。催眠術の力だ。」

「この島の次のマジェスティがいるとしたら、シールムしかいない。シールムは、ユジアとチエイの娘だ。」


夕方に、シールム、クーアン、ユリアル、マイクの4人で、バーベキューをやることになっていた。
クーアンが肉を焼き、マイクとユリアルは、レイで遊んだりしている。

その様子を、前の殺人者グループが、影から見ていた。

「真っ暗になる前に帰ろう。」
「そうね。」
この辺りは、観光地で、観光客が散歩しているので、安全に思われた。

「ひゃははは‥。」
帰ろうとした時、観光客にまざって、殺人者グループが現れた。
殺人者グループの一人が言った。
「俺達のリーダーが捕まったよ。」
「ひゃははは‥。」

殺人者グループの一人が、青い結界を出し、観光客の目から、4人と自分達の姿を見えなくした。

「仕返しをさせてくれ。」

「ああっ。」
ユリアルは魔法をかけられ、目を開けたまま止まり、宙に浮きだした。
「ユリアル!!」
「止めろ!!」
「言っただろう、仕返しをしたいんだ。」
「仕返しなら、僕にしてくれ。」
「いやだ‥。」

マイクはそっといなくなった。
マイクは、黒魔術師だったのだ。
ユリアルに魔法について教えていたのは、マイクだった。


クーアンは海竜族に変身し、殺人者達に牙を向き、戦いが始まった。

マイクは、庭の手入れをしていた、テオとマロナの前に降り立った。


殺人者グループの一人、ネスが、目を細め、シールムに向け、指で軽く宙を切ると、シールムの首から胸の上の辺りに、タトゥーが浮かび上がった。

ネスは言った。
「噂は本当だったな。お嬢さん。あなたはやはり、ハワイの新しいマジェスティのようだ。」

クーアンは振り返った。
「シールムには、指一本ふれさせない。」

「クーアン、すごい恋人を持ったね。」
ネスは変身を解き始めた。なんとネスは、アブリゴット爺さんだったのだ。

「爺さん、どうしてこんな事を。」
クーアンが聞いた時、隙を見た殺人者の一人が、クーアンを襲おうとしたが、
「止めろ。」
アブリゴットが止めた。

「どうしてって‥ワシが犯罪者になった理由かい?」
「ああ、そうだ。」
「侵入者が気にくわなかった。」

「俺の祖先は、代々、ハワイのマジェスティに仕えてきた。」
アブリゴットが言うと、シールムも目を見開き、体を硬直させ、宙に浮かび上がった。

「そうか、アブリゴット。でもシールムは違う。シールムにかけた魔法を解いてくれ。」

「そうはさせるか。」
別の魔法使いが、爪が伸びた指を動かした。

「ああ!!」「ユリアル!!」
ユリアルが落下を始めた。


「ユリアル、ストップ!!」
そこに現れたのは、杖を持ったテオである。

テオは眩しい光に、ユリアルとシールムをのせ、芝生に寝かせた。

「俺が相手だ。」
「テオ。お前は、娘がマジェスティと知っていて、黙っていたのかい?」
アブリゴットが聞いた。
「ああ、そうだ。シールムは、我が兄、ユジアの娘だ。」

「あー、そうだったか。パウアヒ王女が即位を拒否してからも、マジェスティはどこかにいると信じていた。」

「俺はもう一度、輝いていた頃のハワイが見たい‥。ハワイ王国を取り戻すのだ。」

「そんなことはさせない。今まで充分、平和だったじゃないか。」

「平和ではない。侵入者がこの島を汚して、今では、どこで祈っても、風の声が聞こえない。つまり、神の声が聞こえないのだよ。」

クーアンが出て来て、他の魔法使いと戦いを始めた。

『聞こえない声』
マイクはつぶやいた。
『聞こえない声』は、周りから分からないように会話する魔法で、腕の良い魔法使いでないと、使うことが出来ない。


『テオさん、あなたは、100年先の歴史までを知っているHistory foretellerだ。ユリアルとシールムを、タイムトラベルさせましょう。』
『Others travelを?魔法力を失うことになるかもしれないが、いいか?』
『構いません、やりましょう。タイムトラベルは、清い心でないと、成功しない。だから、アブリゴット達は、もうついてきません。』

「答えは見つかったか?‥俺にその娘をくれ。その娘の力があれば、ハワイ王国を建国することができる。」

「貴様に、我が娘を渡すはずがない。」
テオは、手の平を水平に動かし、絵巻を出した。
絵巻は動いていく。

テオは、一か所を見て、止まった。

「娘たちよ‥。」

「Others travel.」
マイクが言い、シールムとユリアルはタイムトンネルに吸い込まれた。
「待って。」
クーアンも、同じく、吸い込まれた。

マイクはやけくそのように、爆発を起こし、今の喧嘩を片付けた。


西暦8004年の世界では、パソコン画面を見つめるロドリアムに、オイドレンが話しかけていた。
「もう、あきらめろ。クリスティアヌは詐欺師だ。君を、有料サイトに誘導し、君から15万もだまし取った。」
「ちがう!!誘導じゃない。クリスティアヌはスマホを変えるから、こちらのサイトで連絡をとろうと言ってきたんだ。」
「ロドリアム。それはよくある手口だ。」

オイドレンが言うと、ロドリアムは首を振った。
「クリスティアヌは、僕と結婚したいと言っていた。」
「おいおい。一度も会った事のない相手のプロポーズを受けるのか?」

オイドレンが言うと、ロドリアムはため息をつき、背を向け、プーチの寝室に向かった。
「ロドリアム、何をしている?まさか、金がないからって、プーチのへそくりを探しているんじゃないだろうな。」

「違う。ここにあるはずなんだ‥。」
そう言って、ロドリアムがプーチの部屋のタンスの引き出しから取り出したのは、ヘイリエンツミラーだった。
「やめろ!!」

「マリー‥。」

「もう見るな!!」
オイドレンが、ヘイリエンツミラーをひったくった。
「あいかわらず、気味が悪いな‥。」
「マリーに向かって、そんな口をきくなんて。君は本当に人間か?」

ロドリアムはまたリビングに向かった。

「ロドリアム。お前はどうかしている。‥そうだ。今度、精神科で診断を受けろ。俺も昔、精神科にかかったことがある。そのおかげで、今はいい。心も体も健康そのものだ。」

「僕だって、精神科なら、何度も行っているさ。催眠療法だって、受けたことがある。」
「変な者に金を使って。だからおかしくなる。」

ロドリアムは無視して、パソコンに向かった。
オイドレンが言った。
「だけど、この事は念のため、警察に相談しろよ。」

「ただいま。」
プーチが帰ってきた。

「玄関に、双子の靴があった。今日は仕事、休みなのかな?」

「さああ。物音ひとつしなかったぞ。本当に家にいるのか?」

プーチは双子の部屋のドアを開けた。
「よく寝ている。このままにしておこう。」


プーチはコーヒーを淹れた。
「プーチ、ロドリアムが、見知らぬ女から、15万もだまし取られたんだ。」
「ロドリアム、気をつけろ。よからぬ事を考えるヤツは、どの時代にもいる。」

「今日、歴史の勉強会に行ってきたんじゃよ。そこでもらった資料じゃ。」
プーチはファイルから、資料を出して、置いた。

「西暦2025年まで、人間には魔法族の存在を隠していたんじゃ。それを、この方が、掟を破り、人間に魔法族の存在を明かしたんじゃよ。‥ロドリアム。この方は君にそっくりじゃ。」
「本当だ、この男はロドリアムと瓜二つだぞ。」

「マトリアシルの建国時の秘密を教えてもらったんじゃ。マトリアシルの建国は2095年の出来事じゃ。この年に、この方が亡くなってな。世界の秩序が失われるのを恐れて、マトリアシルが建国されたようじゃ。元々、中国には、魔法族が多く暮らしていたらしい。」

「そうだったのか‥。マトリアシルでずっと暮らしていたくせに、全然、知らなかった。バカだな、俺ってやつは。」
オイドレンは悔しそうにした。

「仕方ない。約5900年前の出来事じゃ。」


バン
ロドリアムは、部屋を出た。
「ロドリアム、どこに行く?」

「双子の所だ。」

ロドリアムが、双子にさわると、双子は5歳の可愛い子供に戻った。

「何をしている?」
ロドリアムは、手の平に、景色を置き、それを見せた。

建国時の映像だ。
「双子は夢を見ている。」

「そんな感じがしたんだ。」
ロドリアムは言った。
そこには、膝まづく大軍。その上に立つ、双子、ロドリアム達の姿があった。



キッチンに入りながら、プーチが言った。
「ダメだ、行かせない。」
「どうしてだ。せっかく歴史を知ったというのに。」

「なぁ、プーチ。なぜダメなんだ。」

「ダメなものはダメだ!これを見ろ。」
プーチは声を荒げ、紙を出した。

「なんだ‥。」

「グリンデルバルトの写真じゃ。お前にそっくりなんじゃよ!!」
「俺‥?」

「その写真は?」
ヘイリエンツミラーを持ったロドリアムが入ってきた。

「昔の悪党だ。」
プーチは言い、ロドリアムとヘイリエントのマリーは、その写真をしげしげと眺めた。

「あー、もう関係ないだろう。こいつは、俺じゃない。こんな物が、双子にバレたら、嫌われてしまう。」
オイドレンは、悪党の写真を取り上げた。

「オイドレン、その写真はとっておく。返してくれ。」
「いいけど、子供達には‥。」
「分かった。見せないでおこう。」
プーチは、写真をしまった。

「ロドリアムも、そのミラーを返してくれ。」
ロドリアムはしぶしぶ鏡を返し、マリーは消えてしまった。

「はああ。」
プーチは椅子に座り、テーブルに肘をついて、頭をかかえた。

「プーチ‥。」
「双子がマトリアシルの建国に関わっていたとしても、そんな危険な時代に行かせたくないんだ。」


オイドレンとロドリアムは、外に出た。
「どうするつもり?」
「さぁ。プーチがダメだと言っているしなぁ。」
「でも行かないと。歴史が変わってしまうかもしれない。」
「う~ん‥。」

プルルル
オイドレンのスマホが鳴った。
「はい。」

「おお~モアサか。‥え?子供が産まれただとぉ?!」
オイドレンは言い、ロドリアムはオイドレンを見た。

「ナロウとモアサの子供が産まれたらしい。」
「二人は愛し合ったのか?」
ロドリアムが聞き、オイドレンはニヤリと笑った。
「どうやらそうらしい。」

「病院に行こう。近くに図書館もある。」


「これは‥。」
病院の近くの石碑の前で、ロドリアムが立ち止まった。
「ああ~。昔の、役所の跡だ。ミシルマ島は、台湾だった。」

「ああ‥。」
「今でも変わらないさ。行こう。」

2人は病院に来た。
「こんにちは、オイドレン。」
魅力的なナースのベロニカが声をかけた。
「おや、ナースだったのかい。」
「ええ。病人はお断りだけどね。」
ベロニカは行ってしまった。

「今の、誰?」
「パブで働いていた女性だ。まさか、ナースと掛け持ちをしていたなんてな。」
「ふん‥。綺麗な看護師は苦手だ。」
「確かに、心拍数が上がるから、病人には悪いだろうな。」

2人は、ナロウの病室の前に来た。
「こんにちは‥。」
おそるおそる、オイドレンがドアを開けると、そこには、赤ちゃんを抱いたナロウと、横に立つモアサがいた。

「おお~、なんて可愛いんだ。」
オイドレンは満面の笑みで、赤ちゃんを抱っこした。
「なんて名前だい?」
ロドリアムは聞いた。すっかりナロウのことは忘れ、祝福しているようだ。
「リアラル・モアサだ。」
「リアラル。強い男の子になりそうだ。」

「いい名前だね。」
「2人で考えたんだ。」

「でもモアサ。君の魔力はどうだい?」
「もちろん落ちたさ。でも、幸せと引き換えなら、仕方ない。」

「なんて可愛い子だ。」
オイドレンは嬉しそうに、リアラルを抱いた。

「僕、ちょっとトイレ。」
ロドリアムは、昔の事を思い出したようだが、3人とも気づかない。
ロドリアムは少し思い悩んだ感じで、トイレに向かった。
「ん?」
ロドリアムは光を感じ、病室をのぞいた。
すると、毛糸の帽子をかぶった女の子が寝ていた。

「かわいそうに。」
ロドリアムは、女の子の手を握り、目を細めた。
するとその瞬間、ロドリアムの握った手から、金色の光がこぼれ始めた。

「ロドリアム?」
オイドレンが病室をのぞいた。

次の瞬間、女の子の頭からは、栗色の豊かな髪の毛が生え、女の子は頬を赤くし、眠っていた。

「君は‥。」
「え‥。」
女の子は目を覚ました。

「君の名前は?」
「コレットよ。」
「そう。」

黒人のナースが入ってきた。
「あなたは、healerね?」
「僕が?」
「ええ、そうよ。ありがとう。コレットは助からないと言われていたの。」


「まさか、君がhealerとはな。」
図書館に向かいながら、オイドレンが言った。

「自分でも、今まで知らなかったんだ。僕に、治癒の力があるなんてこと。」
「その力はすごいぞ。運命的な病気でない限り、治すことが出来るんだ。
ただし、ケガは治せない。Healerの力で、ケガを治すには、数十年の修行が必要だと言われている。」

2人は図書館の中に入った。
高校生達と大学生が勉強をしている。
「まさか、さっきの子のこと、好きになったんじゃないだろうな?」
オイドレンが振り返って聞くと、若者達は、顔をあげた。

「もう好きになっちゃったのか。」
「まさか。」
ロドリアムは言い、一瞬、間を置いた後に、振り返って、かけだそうとした。

「待て、ロドリアム。」
「あ‥。」
「ダメだ。」

ロドリアムはうつむき、オイドレンの後に続いて、本棚の間を歩いた。
「ヘイリエントミラーなんて、でたらめだ。マリーのことは忘れろ。」
オイドレンは、本を手にとり、言った。

「でたらめじゃないさ‥。」
ロドリアムは、ぼやくように言った。
「あ?何か言ったか?」
オイドレンは、上の方にある本に手を伸ばしながら、聞き返した。
その様子を、1人の男が見ていた。
プーミン・マイケルだ。

「ヘイリエントミラーは、でたらめじゃない。マリーはちゃんといたんだ。」
「ああ‥。まぁ、そうだな。」
オイドレンは仕方なく言い、一冊の本を手にとった。
「マトリアシルの建国記録。これを読めば、きっと、いろいろ分かるだろう。」

オイドレンは、本をめくり、咳をした。
「すごいホコリだ。一体全体、何年間、めくられていなかったのか。」

ロドリアムも横に来て、本をのぞきこんだ。

プーミンは、オイドレンとロドリアムを見ていた。

「ああ!」
オイドレンとロドリアムは、図書館でない空間に入った。
いろいろな場面が見える。
2000年代初期の魔法使いHの活躍、2094年に魔法使いHが亡くなった時の映像、
それから、1人の勇ましい魔法使い。
ベトナムや中国の映像。

「ベトナムだ‥。ずっと行ってみたかった場所なんだ。」
「そうか‥、俺は一度、行ったことがある。」
オイドレンとロドリアムは、映像の中に引き込まれた。

「見えましたか?」
ハッ
オイドレンとロドリアムが後ろを見ると、プーミンがハンドパワーを向けていた。
「もともと、魔法国は、ベトナムに建国される予定だったんだ。」


「こんにちは。」
「あなたは‥?」
「前に会ってます。双子の教師でした。」
「ああ、そうだ。マイケル先生ですね。」
「はい。お久しぶりです。」
「今のは、先生が‥?」
「ええ、最近、芽生えたばかりの能力なんですが、僕には、ブックトラベラーの能力があるんです。」

「すごい。本に書いていないことまでも、読めてしまう能力ですね。」
「はい。」


「ただいま。」
オイドレンは、軽く言って、家をのぞいた。
少し深刻な顔をしたロドリアムが後ろにいる。

家の中は、真っ暗だ。
パッ
灯りがつき、プーチが来た。

「息はしておるが、双子が全く起きないのじゃよ。」
「ええ?」
オイドレンとロドリアムは、急いで家にあがった。

「レリカ、ワイト、起きろ!」
2人がゆすると、双子は身動きをした。

「ん‥?」
「よかった。」


2089年、ベトナム。
そこには、ライン・エルという男がいた。
屋台が並ぶ道にあるカフェで、飲み物を飲みながら、新聞を読んでいる。
ポン
男がラインの背中に触れたので、ラインは振り向いて、
「なんだ!」
と言った。
『ごめん。』
手でゴメンのポーズをして、男は人ごみに消えた。

『自殺者数 過去最大』
新聞の大きな見出しだ。

『自殺する者はみな、心の中に正義を抱えている。人を傷つける悪魔の犯罪者にだって、本当は、心に正義があるから、罪を犯すんだ。』

「ああ、そうだね。」
カフェの親父が、皿を拭きながら、言った。
「なんだい、君は?」
「読めるのさ、他人の心の中がね。」
「それは良い能力だ。あー‥、なんと言ったか。」
ラインは頭を抱えた。

「ノインハーツさ。」
親父は欠けた歯でにっこりと笑った。
「そうだ。君がうらやましいな。‥なぜ、カフェの主人をやっている?」
「難しい仕事なんて、やりたくないのさ。楽しく暮らせれば、それで十分だ。」
親父は言い、ラインは顔をしかめた。

「あんた、その星はなんだい?」

ラインは胸ポケットを抑えた。
「ああ、これかい?これは、秘密警察の証だ。」

「そりゃいい。‥ここらで、女の子が誘拐される事件が4件も起こっている。一体なんだろう?調べてくれよ。」

オホン、ラインは咳をした。
「その事件の捜査なら、始まっています。でも‥、ノインハーツのあなたなら、すぐに犯人の心が読めるんじゃないですか?」
「分からないね。女の子を誘拐するヤツの心なんて、分かりたくない。それに、凶悪犯罪者は、頭が良いんだ。奴らには、計算能力と足りすぎる理性がある。あんた、警察だろう?知らないかい?」

「いや‥。」
ラインは下を向き、少し鼻をかいた。
ラインは立ち上がり、言った。
「とにかく、捜査してみます。」

「まいど。」
親父は、ラインから金を受け取り、言った。

親父は、ラインの後ろ姿を眺めた。
「事件の話を聞いたのに、捜査ではなく、二件目のカフェに行く秘密警察があるかい?」

親父は、細長いやかんで、お茶をいれた。
「お茶なら、俺のカフェでも飲めるのにな。」


ホテルのカフェでは、綺麗な女性が、同じやかんでお茶を淹れていた。

紳士が女性に話しかけた。
「どうだい、今晩は‥。」
「ごめんなさい、ホテルのお客様とは、会っていけない決まりなんです。」
「そうなんだ、残念だ。」
紳士はニッコリ笑って、女性にチップを渡した。

「あら、やだ。困るわ。」
「いいんだ、受け取ってくれ。」
紳士は立ち去った。

「ふん‥。」
女性は、ヤカンでお茶を淹れている。
紫色のお茶だ。
若いボーイが来て、ホテルのお客にお茶を持って行った。

「トゥアン。」
ブルーのスーツのラインは、カフェのカウンターに座った。

「あら、ライン。‥お茶をどうぞ。」
トゥアンは、紫色のお茶を、ラインの前に置いた。

「ありがとう。」
ラインは、お茶を口に運んだ。

「ライン、今晩、私とどうかしら?」
トゥアンが聞くと、ラインは笑った。
「だって、さっきの客には、断っていたじゃないか。」
「ええ。でも、あなたは、特別なの。」

ラインは軽く笑って言った。
「ふん、僕の君の特別か。」
「ええ、そうよ。」
「そう言ってもらえる自信がないな。」
ラインは特別な目で、トゥアンを見た。

「でも、会うのはまたにしよう。今日は捜査があるんだ。」

「そう‥、わかった。‥あなたのメールは待っていないわ。だって‥。」
「必ず連絡する。じゃあね。」
ラインは、ホテルを後にした。



次の日の、捜査会議。
こそこそと話していた警察のボス達は、ラインが来ると、しゃべるのを止め、ジロジロと見た。
太った上司、ワスマンが、写真を渡した。
「ライン。君を、この事件の一等捜査官に任命する。」

「この男が、犯人ですか?」
「まだ確定ではない。捜査線上に浮かんだ男だ。この男の顔を見たことは?」
「ありません。」
「そうか。ならいい。調べてくれ。」
「アリアップ家の夜の護衛をしている男だ。海竜族でね。特に彼は、世にも珍しい能力を持っている。高速移動ができ、ドラゴンに変身できる。」


ダン
黒魔術士のラインは、ドラゴンの男の昼の家まで来た。

近くの公園で、男は1人でバスケをしていた。
ラインは冷めた目で、バスケをする男の姿を眺めた。


ジリリリ
ガチャン。
キダンが腕を伸ばし、目覚まし時計を止めた瞬間に、電気式の日替わり時計が動いた。
カシャン
8004.08.29 Time travel to 2089.

あらかじめセットされている予定も一緒に出てくる仕組みだ。

キダンは、袋からロールパンを出し、食べながら、コーヒーを淹れた。
コーヒーには、牛乳を入れる。
グレーのTシャツと下着姿のキダンは、シャツとジーンズに着替えた。


ダン
あいかわらず、ドラゴンの男は、1人でバスケをしている。
ついにラインは、コートの中に入り、腕組みをして、ドラゴンを見つめた。
今日のラインは、全身黒の中東系の服を着ている。

ガシャン
キダンも2089に到着した。金網に手をかけ、コートの中をうかがう。

「なぜ、バスケをする?」
ラインは、ドラゴンに聞いた。
「ゴールする力を身に着けるためだ。」
ドラゴンは答え、額の位置からシュートを決めた。

「足は大事なんでね。」
ドラゴンは言い、杖で足をなぞると、青い血管のような、特殊な海竜族の模様が浮かび上がった。

キダンは、黒いマントを頭まですっぽりかぶり、2人をうかがう。

「失礼だが、君の名前を教えてくれないか?」
ラインは聞いた。
「俺の名前は、ゼット・リアン。」
「リアン?」
ラインは顔をしかめ、つぶやいた。
「トゥアンと同じ名前だ。」

ゼットは、愛しそうな瞳で少し笑った。
「姉さんの知り合いか?」

「姉さん?」
「トゥアンは俺の姉さんだ。ただ、姉さんは人間だけどね。マプランダーの能力者に、能力を奪われたから。」
「そうか。」

キダンは、黒マントの中で目を見開いた。
後ろに歩いてきた老人の頭上の光を確認し、ひらりと消えた。

黒マントだけがひらりと地面に落ちたが、すぐにキダンの腕が現れて、つかんで消えた。

ついた場所は、2069年だ。
公園で遊ぶ8才の女の子。
男の子が砂場で遊んでいる。

女の子は自由に、山の上で揺れている。
キダンは山に登り、不思議そうにキダンを見る女の子に手の平を向けた。
「お姉ちゃん。」
砂場の男の子が、キダンと姉を見上げた。
キダンは、トゥアンの魔法力を奪ったのだ。


「あああ!」
また西暦8004年に戻ったキダンは、ベッドに倒れこんだ。

「ん‥。」


クーアンが起きると、木の根元で座っていた。
「え‥?」
薄黄色の太いラインの入ったグレーのTシャツと、ジーンズ、サンダル姿だ。

「ここは?」
クーアンは歩き出した。
看板を確認すると、ベトナム語だ。
「ベトナム‥?」

曇り空だが、360度、不思議な空気を、風が運んでいた。

ポケットには、金が入っている。
とりあえずバスに乗る事にした。
この場所には、何もない。
『2095』
クーアンは、車内の広告で確認した。


「2人とも、いつまで寝ている気?」
シールムとユリアルが起きると、黒髪の24才くらいの女の子がドアから顔を出していた。

「ここは?」
「ええ?」
女の子は心配そうに、部屋に入ってきた。

「おかしいわねぇ。」
女の子は、シールムとユリアルの額に手を当て、体温を確認した。

「ちょっと、お母様を呼んでくるわね。」

女の子がいなくなると、シールムがユリアルに尋ねた。
「どういうこと?」
「分からない。」
「私達、ハワイにいたわよねぇ‥。それで‥暴漢に襲われて‥。気づいたら、ここに来ちゃったってわけ?」
シールムが言い、ユリアルは目を落とした。


「お兄様、早く!!」
女の子がかけ、後ろから太った兄貴がかけてきた。
コンコン
「いい?入るわよ!」

シールムとユリアルは、驚いて、兄貴を見た。

「お前達‥。」
「すみません、分からなくて。」
「いい。」

「シールム、記憶喪失ってこと?
ねぇ、私は、あなた達の姉の、ガジェル・アリアップよ。分からない?」

「分かりません、ごめんなさい。」
「え‥。」


キッチンで料理を作りながら、ガジェルが言った。
「今日は、あなた達が好きなミートローフよ。これを食べれば、思い出すかもしれない。」

広いリビングでは、母親のレアナが、シールムとユリアルに、ハーブティーを淹れていた。
兄のルイは、前のソファーに座って、難しい顔で、シールムとユリアルを見ている。
レアナが聞いた。
「体の調子は悪くない?」
「はい。」

「私は魔女なの。」
「え‥。」

「腕を見せて。」
レアナが杖で、ユリアルの肘の下の裏をさわると、タトゥーが浮かび上がった。

「わっ。」
「シールム、あなたも。」
レアナが杖で、シールムの腕をさわると、シールムの体中にタトゥーが浮かんだ。ルイは目を見開いた。
ユリアルは言った。
「お姉ちゃん。」

「あなたの方が、強い魔力を持っているわ。さすがお姉ちゃんね。」

ガジェルが振り向くと、そこには誰もいなかった。
ガジェルは少し顔をしかめ、また見ると、シールム達の姿が現れた。

シールムとユリアルのタトゥーはもう消えていた。
レアナが言った。
「あの子は人間なの。でも、とても勘がいいから困るわ。」
「どうして‥。」
「催眠術よ。父親のオルタが催眠術をかけているの。催眠術を使うことのできる魔法使いは珍しいのよ。1万人に1人と言われているわ。」


夕食を食べながら、ガジェルが聞いた。
「シールムとユリアルの好きな事は何?」
「えっと‥。ダイビングです。」

「えっ。」
ガジェルはナイフとフォークを落とした。

「あなた達がダイビングを?だって‥ダイビングは、姉の私がやるまで、やらない約束でしょう‥?」

シールムとユリアルは、目配せをして、視線を落とした。

「いつも、好きな事は、お姉ちゃんの料理を食べる事って言ってくれるでしょう?」
「まぁまぁ。2人だって、いつまでも子供じゃないんだから。」
ルイが止めた。
「だけど、お兄様。どうしてこんなに突然‥。」

リリーン

「ああ、父さんだわ。ちょっと出てくるわね。」
レアナが席を立った。

「お父様が帰ってきたわ。あなた達、お父様と少し話しなさい。」

ガチャ
「おかえりなさい、お父様。」
「ただいま、ガジェル。」
「お父様、シールムとユリアルが記憶喪失だと言っているのよ。」
「そうかい。よく来たね、2人とも。」

「なんですって?2人は前からずっといたのに‥。」
ガジェルは言ったが、オルタが手をはらうと、少しくらくらとした後、黙ってミートローフを食べ始めた。

「気分はどうだい?」
「良好です。」
「しばらくの間は、ハワイには帰れないかもしれない。」
オルタは言い、シールムとユリアルは悲しそうにした。

屋敷の窓からは、海が見える。
海は赤く燃えていた。
「ガジェル、なぜあの男を選んだ?」
ルイは聞いた。
「選んだってほどのことじゃないわ。強かったから、仲良くしただけよ。でも、もう別れたの。ゼットのことは言わないでちょうだい。」

「だけど‥お前のせいで、あの男を雇うことになったのに‥。」
オルタも言った。

「確かに浅はかだったわ。でも、ゼットには、別に好きな人がいる感じだったの。だからもう、本当に言わないでくれる?」

「父さんにそんな言い方‥。」
レアナは言った。

「ごめんなさい、お父様。」

窓の外では、海でドラゴンに変身したゼットが、火を噴いていた。


ベトナムの市場の人の中を、歩くクーアン。
「兄ちゃん、生春巻きどうだい?」
「いや、結構だ。ありがとう。」

ガシッ
「はっ。」
突然、腕をつかまれ、クーアンが振り向くと、太った女性警官がクーアンの腕をつかんでいた。
「見ない顔ね、あなた観光客?」

「いや、違うんだ。あー‥。」
クーアンは困った顔で考え、答えた。
「実は記憶がない。」


「記憶がないだと?」
クーアンは、ホーチミン警察署に連れてこられた。
ハゲの警官の前に座らされた。太った女性警官は、ハゲの警官の隣で、腕組みをしている。

「いや、記憶はあります。」
「じゃあ、なぜ嘘をついた。」
「実は、タイムトラベルをしてきたんです。63年前のハワイから。」
「ああ‥。タイムトラベルを‥。」
ハゲの警官はメモをとりだした。

「一体、どんな経緯で、2089年のベトナムに来たの?」
太った女性警官が聞いた。

「恋人とその妹が暴漢に狙われて‥。逃げるために、お義父さんがアダーズトラベルの魔法をかけたんです。それで、恋人達と一緒にタイムトラベルしてきたんですが、気づいたらはぐれてしまっていて。」

「そうだったのか。」
「はい。」
「大変だったわね。」


クーアンが警察署のベンチに座って待っていると、太った女性警官が戻ってきた。金髪の男を連れている。
「こちら、ヴァン・エルよ。今日から、あなたの世話をしてくれるわ。」

クーアンは立ち上がった。
「よろしくお願いします。」
「クーアン、こちらこそよろしく。」


ヴァンの家につくと、ヴァンは言った。
「そこに荷物を置いていいよ。」

「って、荷物ないか。」
「すみません。」
「俺の服、着ていいよ。新しい下着もあるし。」
「ありがとうございます。」

クーアンは椅子に座り、テレビを観た。
テレビの中の人達は、楽しそうに笑っている。

ヴァンはパスタを持ってきた。
「一応、兄貴と2人暮らしだから、もう少ししたら、帰ってくると思う。
兄貴も警察官なんだけどね。」

パスタを食べながら、ヴァンは聞いた。
「恋人とはぐれてしまったんだろう?」
「はい。」
「君の恋人の名前は?」
「シールムです。妹のユリアルも一緒だと思います。」
「そっか。きっともうすぐ会えるよ。」
「そうですか?」
「うん。世の中は魔法仕掛けさ。見えない電流で、運命の人達とつながっているんだ。その縁はなかなか切れない。」

「ただいま。」
「兄貴が帰ってきた。」

「おかえり。お客さんがいるよ。」
「客が?」

「おお、こんばんは。」
「こんばんは‥。」
「こちらは、クーアン。2016年から、タイムトラベルをしてきたんだ。途中で、恋人とはぐれてしまったみたいで、今日から僕たちが世話をすることになった。」

「そうか。俺の名前は、ラインだ。クーアン、きっとすぐに恋人に会える。世の中は、魔法仕掛けだ。」
「兄さん、それはもう、クーアンにさっき言ったんだ。」

ラインは座り、お茶を飲んだ。
「君は一体、どういう経緯で、タイムトラベルをしてきたんだい?」
「恋人のシールムと、妹のユリアルが、暴漢に狙われてしまって。2人を守るために、お義父さんがアダーズトラベルをさせたんです。それで僕も一緒に。」
「そうだったか。アダーズトラベルを使うと、魔法力を失う危険があると聞いたが‥。俺達2人は、魔術師なんだ。」
「クーアンには、どんな魔法力があるんだい?」
ヴァンが聞いた。
「僕は、海竜族です。両親も海竜族だったんですが、メゼラウスに頼んで、地上で、生活が出来るようにしてもらったんです。」
「ああ、そうか。今、メゼラウスに会うには、予約待ちだろう?海の中は綺麗だが、ポセイドンの子孫であるメゼラウスの魔法がないと、地上で生活が出来ないなんて、海竜族は大変だな。」
「はい。」

「兄さんが追っている犯人も、海竜族だろう?」

「ああ、そうだ。でもなぜそれを?」
「勘だよ。兄弟の血でね、なんとなく分かるんだ。」

「実は、その犯人というのが、僕の恋人の弟だったんだよ。」



「ライン!」
綺麗なデパートの前で、トゥアンは呼んだ。
「ごめん、待った?」
「大丈夫。あの店に行きましょう。」

2人が来たのは、ベトナムの食堂だ。
トゥアンは、普段のデートで、高級とかは、あまり好きではない。

「生春巻きとフォーをひとつ。」
「僕にはバインミーを頼む。」

「お待ちどおさま~。」
店員のおばちゃんが、料理を持ってきた。
「ありがとう。」
「ごゆっくり。」

ラインは聞いた。
「聞いてもいい?トゥアンに、兄弟はいるの?」
「弟がいるわよ。うちはね、海竜族なのよ。でも私にだけ、魔法力がないの。」
「そうだったのかい。今、弟は何を?」
「弟のゼット?ゼットは、アリアップ家の夜の護衛よ。ゼットはね、ドラゴンに変身できるの。」
トゥアンは言い、ラインは落ち込んでしまった。

ラインは落ち込んだまま、家に戻った。
次の日、ラインが起きると、ヴァンはもう出かけていた。
クーアンはニュースを見ている。
ラインは、昨日の夜の疲れがぬけていなかった。

『速報です。たった今、魔法使いH様が、亡くなったという情報が入ってきました。』

「そんな。」
ラインは洗面台から顔を出した。
クーアンは、真剣にテレビを見ている。

『H様の遺言により、魔法国が建国されます。第一候補地はベトナムですが、
魔法国はぜひ、中国にと、オルタ・アリアップが名乗りをあげています。』

また2089年にタイムトラベルをしていたキダンは、街のスクリーンを見ながら、言った。
「マトリアシルは中国だ。」


西暦8004年
ガチャ
「ロドリアム、いい加減にしろよ。ヘイリエンツミラーは、もう見るなと言ったはずだろう。」
オイドレンはプーチの部屋に入り、ヘイリエンツミラーでマリーに会うロドリアムに向かって言った。

「どうしても、会いたいんだ。」
「いいか、ロドリアム。その鏡は、処分するからな。」
オイドレンは言い、ムッとした顔でロドリアムは、オイドレンを見た。

「どうやって?」
「考えてある。キダンのマプランダーの力で、その鏡の魔力を奪ってもらうんだ。」

2人はリビングに来た。
キッチンでは、プーチがクッキーを作っている。

「頼む!!その鏡を返してくれ!!マリーに会いたいんだ!!」
「絶対にダメだ。ロドリアム。君が前に進めなくなる。」

「どうしたんじゃ、一体。」

「プーチ。ロドリアムが、ヘイリエンツミラーに依存しているんだ。だから、これを壊そうと思う。」
「賛成じゃ。ロドリアム。俺から見ても、お前はおかしい。まるで、精神病患者みたいだ。」
「それじゃ、精神病患者に失礼じゃないか!」
「それを自分で分かっているなら、直せ。」

「な、これで分かっただろう。お前がおかしいという事が、双子にバレる前に、キダンにこの鏡の事を頼もう。」


その頃‥。
双子は店長から呼び出しをくらっていた。
「あのさぁ、お客様から、こういうクレームをきてるんだよねぇ。」

『ピピンという双子の店員が、いつも一緒に仕事をしていて、気味が悪いです!
それに、その2人は、私が通っても、いらっしゃいませもなし。
とにかく態度が悪い。ピピンの双子、ムカつく!』

「え‥。」

「前さぁ、シフト2人一緒じゃなくてもいいって言ったよねぇ?なんでいつも一緒なの?」
「だってそれはシフトが‥。」
「だってとか、いらないんだよね!」
「すみません。」
「すみませんじゃないよぉ!なんて言うの?」
「は?」
「は?じゃねーよ!俺は店長だぞ!」
「すみません以外に謝る言葉ないのかって、聞いてんの!」
「あ、ごめんなさい。」
「申し訳ございません。」

2人は落ち込み、帰り道のマックで辞表を書いた。

「猫クーン。」
話しかけてきたのは、サーンだ。
「久しぶりじゃん。」
「うん‥。」
「元気ないね。」
「あの‥俺達、今、辞表書いてて。」
「え‥。スーパー辞めるの?」
「うん‥。俺達、店長が苦手だから。お客さん達の事は好きだったんだけどね。」
「そっかぁ、残念だなー。俺さ、スーパーで猫クン達に会うの好きだったんだよね。」
「ごめん‥。」

「まぁ、仕方ないよな。‥この前、卵からかえった蛇みたいなヤツ、親父に聞いたら、シードラプロゲニーだって。」
「シードラプロゲニー?」
「そう。海竜族が愛し合って子供を作ると、全く別の地上に生まれてくるんだ。」

双子はサーンの家に来た。
「ほら、可愛いだろぉ。」
シードラプロゲニーは、水槽の中を泳ぎまわっている。
まだ蛇の姿だ。

「仲間が欲しいんだよ。きっと、どこかに姉妹がいるはずだ。」
「この子達の親は?」
「いないさ。シードラプロゲニーを作ってしまうと、両親はどちらとも死んでしまう。海竜族はとても切ない種族だよ。愛し合ったら死ぬなんて。」
「そんな‥。」


双子は、夜の仕事をする事にした。
お弁当工場の夜勤だ。
ディスコの番人を退職したドロシーさんが、誘ってくれたのだ。

「流れ作業の後は、殺菌の仕事だ。卵を殺菌する。」
「卵を?」
「そう。牛丼の上に黄身がのせてあるだろう?その卵さ。」

「Aの冷蔵庫にある。15箱持ってきてくれ。」
「分かりました。」

双子が気をつけて卵を持ってくると、ドロシーさんは、お風呂のようなものに水をためていた。
「これは、塩素水。番重に卵をそっといれて、10分間殺菌するから。」
「はい。」

双子は水の中の番重に、卵を優しく入れていった。
ドロシーさんは言った。
「割れている卵はよけて。」
「分かりました。」

「あっ。」

「レリカ、段ボールの中に、卵が一つ残っていたよ。」
「ありがとう、ワイト。」

「それさぁ、初めてじゃないか?」
「え?」
「2人が名前で呼び合うの。」
「すみません、いつも一緒にいて、相手の名前を呼ぶ機会がなかったんです。」

「あのさ、2人はどちらが兄なの?」
「僕達、お金から生まれたので、どちらがはっきりしていませんが、ワイトが兄という事になっています。」

「そっかぁ。曖昧だね。」

「はい。」
ワイトは卵を一つ、下に沈んでいる番重に落とした。

卵は割れ、水の泡が出ていく。
シードラプロゲニーが顔を出し、卵から抜け、ぐんぐん上がって行く。

ドロシーさんは仕事の事をあれこれ、説明している。
耳を傾けていた双子だったが、レリカがシードラプロゲニーに気づいた。
「ヤバい!!」
「え?」
「うわ!!」

「ちょ、何これ?工場長に連絡してくる!!」

「ソシエト工場長~~~!!」
ドロシーは走って行ってしまった。

「シードラプロゲニーだ。」
レリカは言った。
シードラプロゲニーは、蛇の可愛い顔で、水面から顔を出している。

「早く!!」
ドロシーさんとソシエト工場長が来た。

「なんなんだ、これは‥。」
「突然、卵から生まれてきたんですよぉ~。」

「何か、知ってるか?」
ソシエト工場長は、驚いてたたずむ双子に聞いた。

「こいつは、シードラプロゲニーです。」
ワイトが言った。
「シードラプロゲニー?」
「はい。僕の友達に、シードラプロゲニーを飼っている人がいるので、渡してもいいですか?」


「これで仲間ができたな、チェルシー。」
サーンは言いながら、工場で生まれたシードラプロゲニーを水槽にいれた。

「共食いはしないの?」

「大丈夫だ。きっとその子達は姉妹だし、シードラプロゲニーは成長すると、小さな人間の姿になる。」
サーンのお父さんのルークが来た。

「あと一週間ほどで、小さな人間の姿になるだろう。見た目は妖精だがな、妖精族とは違った物だ。まず大きさが違う。」


ロッテリアでハンバーガーを食べる双子に、サーンが話しかけた。
「猫クーン。どうやら今日あたり、シードラプロゲニーが妖精の姿になるみたいなんだ。」

「マジ?」
「サーンの家に行ってもいい?」
「いいよ。当然だ。」


「ただいま。父さん、プロゲニーの様子はどうだい?」
「たった今、二匹とも、妖精になったよ。」

「ええ!?」

「うわあああ!」

蛇だったシードラプロゲニーは、ベトナム人風の女の姿の妖精になっていた。
大きさは大体、20センチくらいだ。

「可愛い!」
「なんて名前だっけ?」

ルークが答えた。
「黒髪の方が、チェルシー。茶髪の方が、クレアだ。」
「なんて可愛い名前。」

「うわああ。」
双子は、眠っているチェルシーとクレアを手の平に載せた。

「本当に可愛い!」
双子が見ていると、妖精が目を覚ました。

「目を覚ました。」
「お。」
ルークが、2匹の妖精を椅子に座らせ、問診をした。
どうやらルークは、海竜族語を話せるらしい。

2匹の妖精は話さず、首を振ったり、うなずいたり、ジェスチャーで答えている。

ルークが問診をしている間、サーンのお母さんが、貰い物のプディングとお茶を持ってきてくれた。
サーンと双子は、神妙な顔でプディングを食べる。
双子は、初恋に似た感覚だった。

「問診が終わったぞ。」
ルークが言い、サーンが聞いた。
「うん。なんだって?」
「2匹は、話すことは出来ないみたいだ。もちろん、両親の記憶もない。」
「そっか‥。」

双子もうつむいた。

「だけど、2匹は、ここで暮らすより、双子の家で暮らしたいそうだ。」
「ええ?!」

「一応、2匹も魔法族だからな。戸籍が与えられるだろう。」


ルークは、プーチの家に来た。
「だから、しばらくの間、預かっていただけませんか?2人の保護施設が見つかれば、手放していただいて、構いませんので。」
「まぁ、俺はかまわんが‥。もう定年退職をしたので、俺は大体、家にいるんですよ。」
「そうでしたか。」

「では、よろしくお願いします。」
ルークとサーンは、プーチ、オイドレン、ロドリアム、双子に頭を下げた。


2匹の妖精は、プーチが作ったカレーを、おもちゃの皿にのせてもらい、美味しそうに食べた。

「ああ‥。可愛い子達だねぇ。」
プーチはため息をつき、
「お前達、絶対に、いたずらをするんじゃないぞ。ロドリアムもだ。いいな。」
オイドレンは言った。
「分かりました。」

「あの子達、きっと性格が酷いよ。」
ロドリアムが、オイドレンにささやいた。

「なんでだ。2人と話した事もないのに。」
「決まってるさ。美人は性格が悪いんだ。」
「どうしたんだ?だって、今まで君は、美人が好きだったじゃないか。」
「‥クリスティアヌが警察に捕まった。常習だったんだ。」
「クリスティアヌって‥、あの詐欺師か?当然だ。一度も会ったことない君から、15万も盗んだのだから。」

プーチが言った。
「オイドレン、ロドリアムの事なんて、どうだっていいだろう。
2人の妖精に、専用の部屋を作ってくれ。」


オイドレンはたき火の灯りで、木を切った。
オイドレンの職業は、冒険家兼木こりだ。

釘とトンカチで、木を組み立て、魔法の呪文を唱えると、部屋が出来た。
トイレもついている。

「ほら、どうだい?」
2人の妖精は、喜んで、専用の部屋でくつろいだ。


ガタッ
夕方4時。
ついさっき起きて、出かける仕度をするラインに、ヴァンが話しかけた。
「魔法国は、ベトナムになるかな?」
「さぁ、分からない。ただ、世界中の魔法族が集まる国なんて、ベトナムじゃ狭すぎるんじゃないか?」
「そうだね。」

「どう思う?」
ラインは、クーアンに聞いた。
「えっと‥。」

「アハハ、分からないよな。」
ヴァンは笑った。

「毎日暇じゃないか?テレビばかり観て。」
「え‥。」
「君は海竜族だろう?僕が追っている男も海竜族なんだ。よければ、一緒に来ないか?」


「じゃあ、行ってくるよ。」
ラインは、言った。
クーアンは、ラインと一緒に行く事にしたのだ。

「気をつけてね。」
ヴァンはドアを閉めた。

「遅くなって、ごめん!」
ヴァンは振り向いて、言った。
そこには、ヴァンの恋人が来ていた。
魔法で隠れていたのだ。
ヴァンと恋人は、抱き合って、キスをした。


「今日は、中国に行くからな。俺が追っている男が、アリアップ家の夜の護衛をしているんだ。」
「アリアップ家?」
「アリアップ家は、中国の大権力者の家だ。俺が追っている男は、俺の恋人の弟なんだ。少女の誘拐と殺人の疑いがある。」
「そうなんですか。」
「辛い事だよ。」

クーアンは驚き、ホーチミンを歩く人々を呆然と眺めた。

「何か食べるか?まだ時間がある。」
「はい。」

2人は市場で早めの夕食をとり、お金を払うと、瞬間移動で消えた。


「じゃあね。」
「うん。」
友達と別れた14才の女の子。

口笛が呼び止めた。
リアは振り向く。
「何?」
「君カワイイね。何か特別な事をしているの?」
「いいえ、何も‥。」
「でも、女優のジョアンナに少し似てるから。」
「よく言われるわ。」

「こっちに来て。」
ゼットはリアの手をひいて、走り出した。
走りながら、ゼットは聞いた。
「君の名前は?」
「リアよ。」
「ふーん、女優向きの名前だ。」
ゼットに言われ、リアは少しだけ、嬉しそうにした。

「これは、テストか何か?」
リアは走りながら、聞いた。
ゼットはニヤリと笑ったまま、答えない。

「ん?」
カフェでお茶を飲んでいた、停職中の警官ハンナは、リアとゼットに気づき、大声を出した。
「そこの男、止めなさい!!」
「え‥。」
リアはびっくりして、ハンナを見た。

ハンナはつかつかと歩いて、ゼットに近づいた。
「あなた、何やってるの?」
「何って‥。」

「あの‥女優の試験です。」
リアが言った。
「ダメよ。知らない人には、絶対について行かないで。」
「はい‥。」
リアは手を離した。

「すみません、お会計!!」
白人のウェイターが、ハンナを追いかけてきた。
「あら、ごめんなさい。」

「少女が、男と走っていたものですから‥。」
ハンナがお会計をして、振り向くと、もうリアとゼットはいなかった。

「ううう!!」
ゼットは車の中で、リアを絞め殺した。
車といっても、魔法で出しているだけだ。

ゼットはリアを袋につめて抱え、高速移動をした。
ゼットの高速移動は、速すぎて、見ることが出来ない。

ゼットは、高速移動し、崖から飛び出た。
リアの亡骸を抱え、足から落ちてゆく。

ゼットは、海に沈んでゆく。
目を閉じたまま、まるで、気絶したように‥。
その顔は、正直言って、美しかった。
ゼットに向かって、太陽の光がさしている。

本当に美しい光景だった。


古い記憶が蘇る。前世の記憶だ。

母親のマリアは、若くしてゼットを産んだ。
友達は、男女で遊びに行く。
旦那は年上で、しかも40代だ。

マリアは、しゃべれるようになったばかりのゼットの首をしめて遊んだ。

「このお花なあに?」
「また絵を描いてくれる?」
「あのおやつ、おいしかった。」
「お風呂に、入る必要ある?」

ゼットはもっと、ママと遊びたかった。

でも、ゼットは殺された。


ゼットは目を開け、口から息を吐いた。
そしてさらに、深く潜っていく。
袋からリアの上半身は、出てしまっていた。


「世界一の偏屈の称号を、日本に盗られた‥。
世界一の嫌われ者は北朝鮮。世界一、涙が似合う国は、韓国だと‥。
中国は、何の称号ももらっていない。」

「ですが、中国には広大な土地があります。
中国は、世界一強い国です。」

「ああ、そうだな。だけど、それは事実だ。事実を称号と呼べるのか?」

「それは‥。」

「魔法国は、ぜひ中国に。」
「だけどそうなったら、それも事実に‥。」
側近のチェウが言うと、オルタはにらんだ。


「ああ、もう!敵を逃してしまったわ。」
ハンナは丸ベンチで言った。
「でも、警察に行く事は出来ない。停職中だし‥。
あー、一日中カフェにいるなんて、カフェの店員に迷惑になるわ。
分かっているのに、私‥。」

「何をぶつぶつ言っている?」
近くに座っていたラインが聞いた。
隣には、クーアンがいる。

「ここはカフェじゃない。ただのベンチだ。君にはカフェに見えるのか?」

「あ‥、ごめんなさい。ひとり言よ。‥あなた達、見ない顔ね?この街の人間?」

「いや、違う。僕はベトナムの警察官で、犯人を追っているんだ。」
「あら、そうだったの。私も警察官よ。停職中の身だけどね。」
「停職中?」
「ええ、そうよ。」
「何をしたんだい?」

「とんでもないこと。自分が逮捕した男と寝たのよ。」

「ああ、なんてことだ。」
ラインとクーアンは立ち上がった。
「もう、君とは関わらない方がいいな。では。」
ラインとクーアンは消えてしまった。

キダンはまた、2089年にタイムトラベルをしていた。
ベトナム大統領の部屋に、フクロウがいる。
キダンは動物に宿る魔法で、フクロウのキートに乗り移った。

ベトナム大統領のワシール・ワトソン♂は、書き物をしている。
どうやら、演説のためのものだ。
大統領とはいえ、国は自分の物ではなく、みんなの物だ。
ベトナムが魔法国になってほしかったが、反対の声が強いので、
反対を表明しようと思っていた。


コンコン
ガチャ
執事がドアを開けた。
「メゼラウス様がお見えになりました。」

キダンが乗り移っているふくろうのキートは、目を見開いた。
バタバタ
「どうしたんだ、キート。ああ、そうだな。君は魔法族に慣れていない。
主人の私が人間だから‥。」

キィィ‥
メゼラウスが入ってきた。
褐色の肌に、金に近い髪色。
筋肉があって、とてもいい男だ。

「ああ、どうも。これは‥。」
ワシールが立ち上がったが、メゼラウスを上から下まで見てしまった。
メゼラウスは、腰巻をしているだけで、服を着ていなかったのだ。

「おっとこれは失礼。」
メゼラウスは、ドアから出て行った。

「はぁ‥。」
ワシールは、窓から外を眺めた。
遠い場所で観光客が、官邸をバックに写真を撮っている。

「すまん、着替えてきた。」
メゼラウスが戻ってきて、ワシールは笑ってしまった。
メゼラウスはタキシードを着て戻ってきたのだ。

「手持ちの服が、これしかなくてね。」
「構わない。そこにかけてくれ。」

「魔法国の件だ‥。もしも、ベトナムが地上の魔法国になるなら、僕達はどうすればいい?ベトナムの海域は狭い。住めるはずがないんだ。」
「そうだな。国土だって、中国ほどあるわけではない。やはり、中国がいいか‥。」
「しかし、中国だって、海域が広いわけではない。中国からしてみれば、日本はかなり邪魔な国なんだ。」
「ああ‥。」
「それなのに、日本は何も気づかないように、まるで学者のような態度を‥。」

「君は、中国好きか?」
ワシールは聞いた。
「ああ‥好きと言えば、好きだな。でも一番好きなのは、アドリア海だ。
ルウォーイーもいい。」
「ルウォーイー?聞いたことがないな。」
「ルウォーイーは、僕が勝手に名付けた名前だ。イタリアの方にあってね。
どこかの富豪のプライベートビーチなんだが、僕はよく、勝手にお邪魔してるよ。」
「そうか。」
「なんたって、海だ。誰かが手入れしている庭だとか、家じゃない。元々、海は僕の祖先、ポセイドンのものなんだ。」
「ああ、そうでしたよね。」

ワシールは聞いた。
「あなたは、何歳です?」
「僕は‥まだ206歳だ。」
「もうそんなに?」
「いやいやまだ若い方だよ。父のトリアスなんて、800歳で死んだ。
その前のトリトン爺さんは900歳だったと聞いている。
晩年、アリー王女を地上にやってから、長い間、辛い想いをしていたらしい。」


「本題に戻ろう。」
メゼラウスが言った。

「魔法国は、本当はインドがいい。」
「そうですか‥。でもH様の遺言では、ベトナムだと‥。」
「Hとは、何回かお茶を飲んだ事がある。
素晴らしい人物だが、変わった男だった。
大体、例のあの人の事件は、Hが無理に動かなければ、あんなに若い生徒が亡くなる事もなかっただろう。まぁ‥ついに言い出せなかったがな。」

「では、ベトナムではダメだと?」
「ああ。ベトナム大統領の君に言うのも、心が痛む。」

「インドはカオスです。現代的な場所もあるが、カオスを求める者が集まる場所だ。人間と魔法族の区別もつきません。」
「簡単だ、調べられる。」
「いや、彼らのプライドが傷つきます。」

「やはり、平和的にこの問題を解決するには、魔法国を中国にするのがいいと思いませんか?」

キートもメゼラウスを見た。

「ふん。」
メゼラウスは立ち上がった。
「え?」

キートの方に向かって、歩いてくる。

「貴様。」

「ハッ。」
ワシールは息を飲んだ。
「キート。」

メゼラウスは、キートをつかみ、手の平から、緑色の念力を出した。

するとキートはぐったりし、キダンが飛び出した。
「やはり、魔法使いが乗り移っていたか。」
キダンは息を切らしている。

「キート。しっかりしろ。」
ワシールは、メゼラウスからキートを受け取った。

「なぜ、こんなことを。」
メゼラウスはキダンを起こし、抱きかかえ、ソファーに座らせた。

「魔法国の行方が気になったんだ。僕は、西暦8004年から来た。」
「西暦8004年?ずいぶん遠い所から、よくも来たな。
君の名は。」
「キダンだ。」
「キダン。なぜ今来た?」
「モースフロウさ。」

「モースフロウ?」
ワシールが聞いた。

「そう。モースフロウは、黒フクロウで、マトリアシルのマジュル・クロナタラズの森に住んでいるんだ。満月の夜にしか、姿を見せない。普段は透明なんだよ。」

「不思議な動物がいるですね。でも、あなたがここに来て、キートに乗り移ることと、何の関係が?」

「モースフロウは、時空の抜け穴を知っているんだ。」
「時空の抜け穴?」

メゼラウスは口を開いた。
「‥100年ごとに次元が存在していると言われている。
宇宙には何次元もの世界があるんだ。
我々がいる世界が何次元目の世界かは分からないが、
大体7000年ごとに分かれている。
だから、タイムトラベルが出来るのは、最大7000年分なんだよ。
それ以前や、それ以後の次元にタイムトラベルすることは、かなり難しい。」

「次元が違えば、住んでいる星が違うような物ですか?」

「ああ、そうだ。
同じ次元には、未来と過去が、同時に存在しているんだよ。
歴史は決まっているが、時空の抜け穴のタイミングで、
歴史を変えることができるんだ。
‥それを、その‥モースフロウが知っているんだな?」

「ああ。今がちょうどその時です。」

「是非、会ってみたいものだが、時間がない。
時空の抜け穴の大きさは、それほど大きくはないだろう。

‥もしも、魔法国がインドになったら?」

ワシールは黙って首をふった。

「中国はいやだ。だって、広すぎる‥。
だったら、ベトナムの方が。」
「でも、中国は面白い。
マトリアシルは最高の国だ。」
キダンは言った。

ドン
メゼラウスは大きな音を立て、立ち上がり、窓の外を見た。
目覚めたキートは、目を見開いて、メゼラウスを見た。

「ダメだ。この機会に、歴史を変えたい。」
「そんな。」


「着いたぞ。」
ラインとクーアンは、アリアップ家の裏庭に着いた。
仕事の契約更新のことで、オルタと話さなければならなかったゼットは、
屋敷の中に来ていた。

ガチャ
上階のドアが開き、テラスにオルタが出てきた。
ヒュッ
紙が舞ってきて、オルタがつかんだ。
『中国を魔法国に。』
「ふん。」
オルタが紙をまた宙に放つと、紙は鳥のようになって、
海の方向に漂っていき、何千もの数になった。

ガチャ
「はっ。」
ゼットは、シールムとユリアルの部屋を覗いてしまった。
魔法族の本を読むシールムの姿は、幻想的で、ゼットは初めて女性を美しく思った。

「うわああ。」
ラインとクーアンは息を飲んだ。

「これは、国民の声だ。『中国を魔法国に。』みんながそう言っている。」
オルタはチェウに言った。
ガチャ
チェウは後ろを向いた。入ってきたのは、ゼットだ。
「すみません、更新のための契約書を持ってきました。」

「ゼットか。いつまでいる気だ?」
オルタは聞き、チェウは神妙な顔でゼットを覗き込んだ。
2人とも、ゼットが少女誘拐殺人の犯人だと見抜いていた。
「あー、ガジェルが心配なので。」
「ガジェルのことはもういい。それより‥、君には、別に好きな人がいそうだ。」
「いえ、僕は。」
「とにかく、いつまでも居座られても困る‥。」
「ああ。」

チェウは出て行くように、手をかざしたが、ゼットはオルタに聞いた。
「あの‥外に飛んでいる紙はなんですか?」
「国民の声だ。中国を魔法国にと。」
ゼットは目を見開いた。
ゼットには強い魔力があり、霊視の能力があった。


ガチャ
シールムとユリアルが、大きなリビングに入ってきた。
「シールム?」
「おい。」
ラインが止めたが、クーアンが茂みから出た。

「シールム!」
「お姉ちゃん、クーアンさんよ。」

「ええ!」

「クーアン。どうしてここが分かったの?」
シールムが聞いた。
「ああ、連れてきてもらったんだ。」

ラインが茂みから出てきた。
「ラインさん、僕の恋人とその妹です。」
「ああ、なんという偶然だ。会えてよかったな、クーアン。」
「はい。」

「やっぱり、世の中は魔法仕掛けだ。
僕の名は、ライン。ベトナムで警察をしている。」
ラインは、シールムとユリアルと握手をした。


オルタとチェウ、ゼットは魔法国について話していた。
ゼットは言った。
「中国が魔法国なんて、絶対にダメだ。」
「なぜだ。大体、お前にそういう権限はない。」

ゼットは泣きそうになって言った。
「中国は国土が広いから、普通の人間だって、たくさん住んでいる。
魔法族が住む国になったら、普通の人間はどうなりますか?」

「ゼット、言っておくが、中国の65パーセントが魔法族だぞ。
それに含まれない者のうち、75パーセントが移民願望を持っているんだ。」

「はぁ、つまり約2,6億人の人間が、移民願望を持っていると?」
「そうだ。」

窓が開き、大きな風が入ってきた。
ゼットはつかつか歩いて、テラスに出た。

オルタがゼットに言った。
「おいゼット。勝手な事をすると、あの契約書を燃やしてしまうぞ。」

ゼットは無視し、目を閉じて、想像した。

ドラゴンに変身したゼットは、シールムを乗せて飛び、
中国の大広場に降り立つ。
そこには何万の兵が待っている。

ゼットは目を開けて、オルタを見た。
『いつかはこの男を殺し、俺が王になる。』 

その声は聞こえない声だ。
でも、オルタは全てを見て、全てを聞いていた。

「仕事に行けるか。」
「はい。」
ゼットはドラゴンに変身し、海に向かって飛んだ。
街の若者や家族は、ゼットの姿に歓声をあげた。
1時間後、チェウはゼットの様子を見に行った。
巨大なドラゴンに変身したゼットは、火を噴き、護衛の仕事をしていた。



その頃、ロドリアムは、プーチの部屋でうずくまっていた。
「ロドリアム。マリーとはもうお別れだよ。キダンが来てくれたんだ。」
オイドレンが言ったが、ロドリアムはヘイリエントミラーを抱いて泣いている。
「嫌だ‥。」
「ロドリアム、これ以上、君がおかしくなったら、こっちだって悲しくなるんだ。」

「ロドリアム、大丈夫か?」
プーチが顔を出した。キダンも双子もいる。
「ロドリアムさん、マプランダーの魔法は、すぐ済みますよ。」
キダンは言った。

「ロド兄ちゃん。もうヘイリエントミラーを手放しなよ!」
「マリーさんに会う前の、ロド兄ちゃんに戻ってよ!」

「そんな昔の僕を、君達は知らないじゃないか。バカを言うのは、よしてくれ!」

「うわあああ!!」
「お父さん、お父さん!」
双子は、井伊直弼の遺影の前に行き、キャンドルに火をともし、
手を合わせて、祈り始めた。

「そんな言い方するなんて。相手はまだ5歳の子供だぞ!」

「いいか、ロドリアム。モアサさんも過去を克服し、幸せになったんじゃよ。
お前もいつか、美しい伴侶をもらう日がくる。」

「な、ロドリアム。そのミラーをよこせ。」

「キダン、頼む。」

「キダンズマプランダー!ヘイリエントミラー!!」
「うわあああ!!」
ロドリアムが押したため、マプランダーの魔法は、キダンの腕にもかかってしまい、キダンは腕をおさえ、苦しみ始めた。

「マリー!!」
「お母さん!!」
今までヘイリエントミラーに移ってきた人物達が現れ始めた。
「キアラン。」

「私の可愛い息子達よ‥。」
「え‥。」
双子は、声を聞き、部屋に戻ってきた。

「お父さん‥。」
そこには、井伊直弼のヘイリエントが現れていた。

「直弼殿‥。」
「プーチさん、オイドレンさん、ロドリアムさん‥。
息子達を立派に育てていただいて、ありがとうございます。」

「お父さん!!」
「はは、可愛い。」
双子は直弼に抱きついた。

そこにはドアが現れた。
「おや‥もう行かないといけない。」
「待って!!」

プーチのお母さんが言った。
「プーチ。」
「お母さん‥。」
「寝る時は暖かくしてね。風邪をひいちゃダメよ。」
「分かったよ、お母さん。」
プーチは涙をぬぐった。

オイドレンが写真を持って、言った。
「キアランさん。ナロウが、男の子を産みました。これがあなたのお孫さんです。」
「ああ、なんて可愛い男の子だ。全部、君達のおかげだよ。ありがとう。」
「キアランさん。すみません、僕のせいで。」
弱ったキダンも、キアランに向かって言った。
「いいんだ。これで全て終わる。」


「さよなら、ロドリアム。」
「マリー。頼む、行かないでくれ!」
「もうお別れよ。」
「もう一度、君をハグしたい。」

「ロドリアム、もういいだろう。」
キダンがロドリアムの手をとった。
「これでお別れなんて嫌なんだ‥。」
「もうあきらめよう。」
オイドレンもロドリアムの肩にさわった。

「お父さん‥!」
双子は直弼に抱きついていた。
「よく大きくなって。もうお別れだよ。」
「嫌だ、行かないで!!」

「さようなら、ロドリアム。」
マリーは言い、キダンとオイドレンに抑えられたロドリアムは、蒼白な表情でマリーを見つめた。

「お父さん、まだ行かないで。」
「可愛い息子達よ。」

プーチは言った。
「母さん、もう行った方がいい。」
「ああ、おやすみ、プーチ。」
プーチのお母さんは、ドアから出て、マリーもそれに続いた。
「マリー。」
力なくロドリアムは言ったが、マリーは切なげに見ただけだった。

「お父さんと一緒に遊びたいよ!」
「そうだな。私の可愛い息子達。」

キダンは神経を集中させ、杖を直弼に向けた。

「キダンさん。」
「やめて!!」

「ゴートゥーヘブン!!ヘイリエンツ!!」
キダンが言うと、直弼は切なげなまま、ドアに吸い込まれた。

「なんてことを!!」
双子は泣き叫び、家を飛び出した。

そのまま全力で走って、近くの河原の柔らかな草の上に転んだ。
「わあああ。」

「はぁはぁ。」
キダンは杖を持ち立ち尽くしていた。
「キダン、よくやってくれた。ありがとう。」
オイドレンは言った。


プーチはお茶をいれ、手作りクッキーと貰い物のフィナンシェを出した。

「ありがとう。」
キダンは言った。
マプランダーの魔法がかかってしまった左腕に、杖で水色の光をあて、
包帯を巻いた。

「ロドリアム、プーチの手作りクッキーだぞ。食べて元気を出してくれ。」
ロドリアムは下を向いている。

「それにしても双子は大丈夫かのぉ‥。」
プーチは心配そうに窓の外を眺めた。

双子は泣きやんだが、何も言わず、河原で風に当たっていた。


「悪い事をしたと思う。」
「いや、仕方なかった。」
キダンとオイドレンが言った。
「双子は多分、その事だけじゃない。また夢を見ているんだ。
マトリアシルの建国と双子が関係しているらしい。」

「ああ、やはりそうか。僕も最近、マトリアシが建国された年にタイムトラベルをしてきたんだよ。」
「そうなのか?」
「ああ。今ちょうど、時空の抜け穴の時期でね。歴史が変わる可能性がある。
海竜族の族長メゼラウスが、中国が魔法国になるのは、嫌だと言っている。」
「そんな。」
ロドリアムとプーチも、心配そうにキダンを見た。

トントン
「ああ、この子達のことをすっかり忘れていたよ。」
プーチがミニハウスの扉を開けると、可愛い2人の妖精が怒ったように出てきた。
「ごめんごめん。お客さんが来ていたんだ。」

「この子達は?」
「シードラプロゲニーの‥、チェルシーとクレアだよ。」
ロドリアムが答えた。
「シードラプロゲニーか。僕は初めて見たよ。‥あれだろう?海竜族同士が愛し合って作った子供。海竜族は、愛し合えば死んでしまう。だから、かなり珍しい。」

「本当に可哀想な種族だ。」
オイドレンは言った。
妖精2人は、4人の男のまわりをふわふわと漂っている。
「ちょうどいいから、この子達も連れて、過去にタイムトラベルしないか?」
キダンは提案した。
「いいか?プーチ。」
オイドレンが聞いた。
「仕方ない。行かせよう。」
はぁ‥プーチはため息をついた。


「レリカ、ワイト!」
オイドレン、キダン、ロドリアムが、河原にいる双子の下にかけよった。
「いい。」
「なぜ?過去にタイムトラベルするぞ。」
「え?お父さんの所に?」
「いや‥そうじゃなくて、2095年にだ。」

「いいや。そんな場所より、お父さんに会いたいもん。」
「早くしないと、もう二度と、会えなくなる。」

「時空の話を知っているのか?」
キダンが聞くと、双子はうなずいた。
「僕達が住む次元の中には、8千年分の時代が存在しているけど、魂は1つだけだから、今の時代にお父さんに似た人に会えたとしても、本物のお父さんじゃない。」

「今、次元のどの辺りにいるか分からないけど、もうすぐ、僕達が新しい次元にいっちゃう気がするんだ。」

「そんな難しい事を、お前達は分かっていたんだな。」
「オイドレンおじさん、僕達はもう、子供じゃないよ!」

そう言われ、オイドレンとロドリアムは涙ぐんだ。

キダンは言った。
「それでも、君達は、ドーミーアクタティスで、マトリアシル建国の夢を見た。
とにかくその時代に行こう。」


次の日から、双子は、旅行の準備を始めた。
ナップザックに必要な物をつめる。
ピロロロロ
「ボッティからだ!」
「ええ!」
レリカがスマホをつかみ、ワイトがのぞきこんだ。

「え‥。」
双子は息を飲んだ。
そこには、ボスティとオラジャさんのツーショットがあった。

「ええ‥?」
双子は顔を見合わせ、ツーショットのセルフィ―を撮った。

『2人は付き合ってるの?』
写メールはボスティに届き、ボスティはクスクスと笑った。
まだ、友達以上恋人未満の関係である。

夜はまた、工場でのバイトだった。
ドロシーさんは、お弁当の菌チェックの仕事を任命された。
1人でやっているので、退屈そうだ。
ドロシーさんは、おしゃべりだから‥。

深夜の休憩には、プーチ特製の手作り弁当を食べる。
ドロシーさんは、不良品の弁当を食べている。

「ねむ‥。」
ドロシーさんは、大あくびをして、テーブルに突っ伏した。
「はぁ~‥。」

ガタン
「わぁ、なんだ、もう時間か?」
ドロシーさんが驚いて飛び起きると、目の前に双子が座っていた。

「やぁ、君達か。こうして向き合うのは、なんだか久しぶりだ。
最近元気だった?」
ドロシーさんが聞き、双子はうなずいた。

「まぁ、元気だったと聞く必要はない。僕は、ハンドミラーだからね。」
ドロシーさんは、双子の額に向かって、手の平のかざし、紫のもやもやを出した。
「うん、分かった。君たちはまた、タイムトラベルするんだ。」
「はい。」

「そんなに重要なこと?この工場の仕事を休んでまですることなのかい?」
「えっと‥、多分。」
「多分?多分じゃダメだ。何か決定的な、わけがないと。」
ドロシーさんは、肘をついて、双子をジロジロと見た。
ドロシーさんは、この会社で偉くなるつもりらしい。

「でも‥僕たちが2095年にタイムトラベルしないと、マトリアシルが出来なくなるかもしれないので‥。」
「僕たちは、会社を休んで2095年に行きます。」

「ほぉ、そうか。‥なら、僕も行くよ。」
「ええっ。」


次の日。
ドロシーさんは、本当に来た。
「ドロシー君、また君も来るのか。」
「はい。」
「でもな、今回の旅は長くなるぞ。」
「構いません。というか、前の旅行だって、2日で終わったんだし、きっと今回のもそんなもんでしょう。」

「双子や、お弁当だよ。」

「分からんぞ、甘えた考えは持つな。」
オイドレンが厳しく言い、お弁当を持ったプーチは止まった。

「そんな言い方ないじゃろ。」
「いや、プーチ、お前は知らないだけだ。双子とこいつはな、ニグラムバードの時からの知り合いなんだよ。」
「ああ‥。ポラルド先生殺害の容疑を双子がかけられた時からの‥。」
プーチが言い、ドロシーさんはうなずいた。


「それに、一緒に働いている人なんです!!」
「そうなのか。ああ‥ドロシーさん、いつも息子達のお世話をありがとうございます。」
「いえ、お世話だなんて。」
ドロシーさんはかすれた声で答えた。

「そろそろ時間だ。」
キダンが言った。
「このお弁当箱は、燃えるゴミでいいからね。」
プーチが優しく言った。
「よかったね。」
ロドリアムは双子に言った。
「行ってきます。」

「タイムトラベル。」
キダンが言い、6人はタイムトラベルをした。



2095年。
チェウはホテルにいた。
女性と一緒にだ。
チェウは、バスローブのまま、タバコを吸う。
女性は誰だか分からない。布団を頭までかぶっている。

ホテルの朝食は、軽めのバイキングだ。
上質な服を着たチェウは、バイキングで朝食を選んだ。

ホテルを出た所の通りで、ようやくチェウと一緒にいる女性が誰か分かった。
停職中の警察官、ハンナである。
チェウの腕を持ったハンナが言った。
「スタバに寄りましょうよ。」
「朝食を食べたばかりじゃないか。」
「さっきのホテル、コーヒーが薄かったわ。」

2人はスタバに入った。
ソファーの席が空いていたので、そこに座った。
ハンナは言った。
「昨日のことは、よく覚えてないわ。」
チェウは、少し赤くなった。
「お酒を飲んだせいね。10年ぶりにあなたと会ったのに、残念だわ。」
「展開が早すぎた。昨晩は思い出話ばかりで、君が今、何の仕事をしているのかも、まだ聞いていない。」
「警察官よ、停職中だけどね。」
「停職中?」
「ええ。でも、気にしないで。もうすぐ警察官に戻るわ。」
「ホント?」
「ええ。誘拐犯を見たの。その時は逃したけど、必ず捕まえるわ。
男の名は、ゼット・リアンよ。」


ゼットの女児殺害容疑は、いよいよ真実味をおびてきた。
ラインとクーアンは、またアリアップ家に来た。

ラインは、屋敷の門番に警察手帳を見せ、チェウが出てきた。
その頃、ゼットは、辞職のことでオルタと話し、屋敷の階段を降りた所で、
水の入った花瓶を持ったシールムとぶつかった。
「きゃ!」
「あ‥、ごめん。大丈夫かい?」
「ええ。」
「はじめまして。僕はアリアップの夜の護衛です。ドラゴンのゼット。」
「ドラゴン?」
「ああ。僕はドラゴンに変身出来る。」
「そう。私の名前は、シールムよ。」

リリーン
ガチャ
ラインが顔を出した。後ろにはクーアンがいる。
「どうも。あ‥。」
「ああ、刑事さん。」
「クーアン。」
「シールム、元気かい?」

「知り合いかい?」
ゼットがシールムに聞いた。
「ええ、恋人よ。」
「そう‥。」

「刑事殿。」
「オルタ様。」
ラインは、ゼットの罪状を述べた。

「やったのか?」
オルタはゼットに聞いた。
ゼットの頭の中は蒼白だった。
ゼットは、姉のトゥアンが警察と付き合っていることを知っていた。
自分なら、どんな罪でも許されると思っていた。
それでも、ゼットは答えた。
「やっていません。なんのことだか、分かりません。」
「でも、目撃者がいるんだ。リアと君が一緒にいる所を、停職中の警察官が目撃していた。」
「別人でしょう。僕はそんな子、知らない。」

オルタが声をあらげた。
「本当にやっていないなら、どうして私の目をまっすぐ見ない。」
ゼットは、オルタの目をまっすぐと見つめた。
脳をつきぬけ、後ろの壁の中の様子を見る程、まっすぐな目線だった。
その目は、ゼットが無罪であるということを、確信させるような物だった。

「とにかく、やっていません。‥人前で、よしてくださいよ!」
「人前とは?ここには、君も含めて、5人しかいないが。」
ラインは言った。

「とにかく、仕事に行きます。」
ゼットは、クーアンの隣にいるシールムを恨めしそうに見て、屋敷を出た。



「トゥアン。」
ラインとトゥアンは、ベトナムのファミレスにいた。
トゥアンは、下を向いている。
「弟のことは、大丈夫だ。」
「いいえ、大丈夫じゃないわ。昨日の夜、警察官が、家に来たの。
いろいろ聞かれたわ。ゼットの好きな物とか、子供の頃の話を。」
トゥアンは言い、ラインは軽く息を飲んだ。
ラインはトゥアンの手を握って言った。
「大丈夫だ。僕がゼットの一等捜査官を務めている。」
「え‥?」
「ゼットは必ず助ける。」


コンコン
シールムとユリアルの寝室の窓を、何者かが叩いた。
シールムがドアを開けると、そこにはゼットが立っていた。
「シールム。夜の散歩はどうだい?」
「え‥。」

「お姉ちゃん、行っていいよ。」
「あ‥、うん。」
ユリアルが言ったので、シールムはうなずいた。

「乗って。」
立ったゼットが言うと、ゼットの姿は風と共に薄れ、ドラゴンに変身した。
シールムはドラゴンの背中に乗り、ゼットは飛び立った。
隣の寝室では、夜のロイヤルミルクティーを飲もうと、窓際の机に座っていたガジェルが、ロイヤルミルクティーをこぼしてしまった。


ドン
双子、オイドレン、ロドリアム、キダン、ドロシーは、ベトナムに到着した。
クーアンがたどり着いた場所と同じ場所だ。

「ついたのか?」
「ああ。ここがベトナムだ。」
キダンはタイムトラベラーズウォッチを見た。
かなりの精密時計だ。
「それいくらだ?」
「これは、15万。」
「高いな。買う必要ない。」
キダンとオイドレンが話している間、
「わあああ。」
ドロシーと双子は、ベトナムの風に当たり、
ロドリアムは不安そうに立ち尽くしていた。

「どうした、ロドリアム。」
オイドレンは聞いた。
「いや、なんでも。」
「何かあるなら言ってみろ。」
「仕方ない。つい最近、H様が亡くなったばかりだ。
H様とロドリアムはよく似ていた。」
キダンは言った。

「同じ次元には、魂は1つしか存在しない。
僕は、この時代と今の時代を行き来してきたような気がするんだ。」

双子とドロシーは、タコをあげて楽しんでいる。
ドロシーが持ってきたのだ。

オイドレン、キダン、ロドリアムは一瞬沈黙したが、オイドレンが口を開いた。
「そろそろ、お開きにしようか?」
「何を言う?今、たどり着いたばかりじゃないか。」
「いや‥腹が空いてきたんだ。」

「じゃあ、食べに行こう。」
ロドリアムが言った。

6人は市場に来た。
「旨そうだな。ベトナムには、美人もいるし、暮らしやすそうだ。」
オイドレンは言った。

オイドレン、ロドリアム、キダンはベトナム料理を買い、イートスペースのテーブルで食べている。
双子はプーチのお弁当を食べながら、3人を恨めしそうに見た。

「これ、美味しいね。」
双子のお弁当をつまみ食いしたドロシーさんが言った。
「うん。」
双子はまた目を落とした。

「おい、こっちに来て、一緒に食べるか?」
オイドレンが声をかけた。
「いいの?」
「うん。」

オイドレン、ロドリアム、キダンも双子のお弁当を食べ、
双子とドロシーは、生春巻きなどのベトナム料理を食べた。

もぞもぞ
「なんだ?」
ロドリアムのバッグが動き出した。
「どうした?」
「この子達のことを、すっかり忘れていた。」

ロドリアムがバッグを開けると、チェルシーとクレアが出てきた。
「大丈夫かい?」
2匹の妖精は、ニッコリとうなずいた。

「可愛い!」
ドロシーさんは言い、双子は赤くなった。

「どうした?」
オイドレンが聞いた。
「なんでもない。」
「ダメだぞ。大体、どうやって愛し合う?」
オイドレンが言い、ロドリアムが小突いた。
「別にそういうわけじゃないよ。」

2匹の妖精は、キダンの肩に止まり、うっとりと見ている。

「ダメだ。恋愛なんて、5歳児には早すぎるよ。」
オイドレンが言った。
いつのまにか、夜になった。
ベトナムの美しい夜空には、妖精族達が、夜の雲の中で、夜の遊びをしていた。
それは愛し合うとは言えない、ふかふかの暗い雲の上で一緒にカクテルを飲むようなものだった。


ガジェルは、ドーナツ屋での仕事を終えたところだった。
オルタは厳しかった。ガジェルには、労働をさせたのだ。
でも、ガジェルは、働くことが好きだった。
なんといっても、ハンサムな黒髪ジジがいる。
男でジジという名は珍しい。でもとてもかっこいい。
ジジの他にも、イケメンが働いている。
それは、ガジェルのためか、それとも、可愛いお客さんのためか。
ガジェルの美しさは、完璧ではない。
ガジェルの得意な事は、刺繡をすることと料理しかない。
でも、刺繡はかなり上手い。

ハンサムな男達が、ガジェルがいるドーナツ屋で働くことを、
ガジェルは、ガジェルのためでないと思う事にしていた。
嫌われているのは辛いが、別の誰かを愛している人と働く方が楽な気もする。
でも、自分を好いている人と働くことは、わくわくする。
というか、こんなに楽しいことはない。
「ふん。」
ガジェルは少し笑って、下を向いた。
「どした?」
赤毛のベスが聞いてきた。
「別に。」
「今、笑っていただろう?」
「ええ。でも、別になんでもないですから。」
ガジェルは答えた。
少しうっとおしい時もある。
だから、自分は嫌われていると思うことにしていた。
実際、嫌われていないからこそ、そう思うことができる。
嫌われていたら、ただ自分も嫌いなだけだ。

若くて可愛い新人が失敗をして、ベスがお客様に謝りに行った。
可愛い新人は、どんどん仕事が出来るようになって、ガジェルは内心嫌だったが、やっぱり失敗をした。
始めのうちは、ある程度出来ないように、ふるまうものだ。
出来なければ、教えてくれる。
出来るから、教えないだけだ。
出来なければ、教えた。

ガジェルはすまして、下を向いた。
もしかしたら、イケメンたちは、ガジェルでなく、可愛い新人のことが好きかもしれない。
「まぁ、いいわ。」
ガジェルなら、すぐに好きな人を見つけられる。

茶髪で前髪が可愛い女性は、旦那さんをたまに連れてくる。
とても幸せそうで、ガジェルはうっとりする。
社会に出ている時、女性にとって、夫は、キープかもしれない。
いや、きっとそうだ。
多分‥。

体の遊びをすると、厄介なことになる。
恋は心でするものだ。
ガジェルはよく分かっている。

ジジが言った。
「アリアップさん、もう上がりだね。」
「ええ、そうね。」
「お疲れ様。」
「はい、お疲れ様です。」

ガジェルは着替え、レジでドーナツを買った。
ベスはすまし顔で、会計をする。
「お疲れ様。」
「ええ、お疲れ様です。」

ドーナツを食べた後に、自殺をしたいと思わない。
それが、ガジェルがドーナツ屋で働く理由だ。
体に悪いことは分かっている。
でも、死にたいと思ったことがないから‥。
ガジェルは歩きながら、ドーナツを食べた。


家に帰ったガジェルは、電話をとった。
どうやら、この物語には関係ない。兄の出身大学からだった。

カタン
ガジェルは優しく電話を置いた。
「はぁ。」
なんとなくは気づいてきていた。
ガジェルは、兄と2人兄妹だ。

「きゃああ。」
シールムとユリアルは、仲良く料理をしている。
どうやら、オーブンがまだかなり暑かったらしい。

「ガジェル?」
「ただいま。」
「今、アップルパイを作っているの。」
「そうね、良いにおいだわ。」

「それで‥、何か、作ってくれる?」
「いいわよ。」
ガジェルは、シーザーサラダを作り、小さめなチキンを焼いた。
温めたパンをお皿に盛る。

「出来たわ。」
シールムがアップルパイを取り出した。
「美味しそう。」

両親と兄のルイは、まだ帰っていない。
3人でいただくことにした。

ガジェルは、スパークリングワインを飲んだ。
テーブルにはガジェルの料理と、アップルパイがある。
シールムとユリアルは、アップルパイを食べながら、温かい紅茶を飲んだ。

「明日は、休みよ。ベトナムに行かない?」
「ベトナムに?」
「前に言っていたでしょう?シールムの恋人がベトナムにいるって。」
「ええ。でも、どうやって行くの?」
「黒魔術師の知り合いがいるの。」


「ジジ。」
次の日、ガジェルとシールムとユリアルは、ベトナムに行くことにした。
「ごめんね、この子達も一緒にいい?」
「いいさ。女子3人と一緒にベトナムに行くなんて、嬉しいよ。
ベスは今頃、ドーナツ屋で働いてる。」
「ええ、あなたと2人でもよかったけどね。」
「そうなのかい?」
ジジは、ガジェルの手を握った。
「あら、やだ。」

シールムとユリアルは、ニヤニヤとして2人を見ている。
ガジェルは言った。
「そういう仲じゃないわ。」

ジジは優しく笑い、言った。
「このサークルに入って。瞬間移動は初めて?」
「初めてよ。」
シールムは答えたが、ユリアルは少し目をそらしてから、言った。
「そうね、初めてだわ。」
「はは、そうかい。」

「瞬間移動。」
ジジは軽く言った。

ドン
「あなたって、凄腕ね。」
ガジェルは言った。
「簡単さ、親父と特訓したから。」

「いったぁ‥。」
シールムとユリアルは、尻もちをついたようだ。
「大丈夫かい?」
ジジは、2人のそばでしゃがみこんだ。

「ええ。」
「ここ、どこかしら?」
「どこって、ベトナムだよ。」
「ホーチミンに行かなくちゃいけないのよ。お姉ちゃんの恋人は、その街に住んでいるの。」


4人は、ホーチミンを歩いた。
「美味しそうね。」
屋台を見て、ガジェルが言った。

「ドーナツを食べるかい?」
ジジはドーナツ屋を指した。
「ホーチミンでドーナツはいいわ。」
「本当の地元民しか、食べないな、きっと。」
「ええ、私達の街でだって、そうでしょう。」

シールムとユリアルは、わくわくして、先を歩いた。
「おーい、食べようぜ。」
ジジが呼び止めた。
よさそうなベトナムカフェがあったのだ。
「うん!」

男が影に隠れた。
ラインだ。
ラインは瞬間移動した。

「なぜか、ベスのことを考えてしまう。」
ベトナム料理を食べながら、ジジがガジェルに言った。
シールムとユリアルは、自撮りをして遊んでいる。
「今頃、ベスは大変だろうなぁ‥。」
ジジは目を落とした。
「そうね、今は忙しい時間帯だわ。」
「もしかして、ガジェルは、ベスが好き?」
「いえ、そんなことないわよ。」
ガジェルは少しだけ動揺してしまったが、隠した。
「そうか、よかった。じゃなくて、仕事場では迷惑になるからさ。」
ジジは安心したようだ。
ガジェルにとっての一番はジジだ。心の中では分かっていたが、ベスには全てをゆだねられる感じがした。


その頃、メゼラウスもホーチミンの市場でフォーを食べていた。
恋人のクオラも一緒である。
クオラの髪の毛は長く、とても美しい。
「君の店とは違うが、味がとてもいい。」
「ええ、そうね。私の店の美味しい物といったら、ウインナーくらいから。」
「いや、君の店の料理の味はどれもいいよ。なんといっても、酒がうまい。」

メゼラウスは、クオラの働く姿を思い出した。
クオラは、高級ホテルのバーで、バーテンダー兼マジシャンをしている。
「君は美しい。」
「そんなことないわ。もちろん、この仕事をすることを、両親にも反対されているの。あなたと付き合うことも‥。」
「君のご両親と話すよ。」
「でも、人間よ。」


オイドレン、ロドリアム、キダン、ドロシー、双子も、2人の近くまで来ていた。
「ところで、今日、どこに泊まる?」
オイドレンは聞いた。

「とりあえず、今晩、ワシールに会いに行こう。そこで、泊まる場所も、手配してもらえるはずだ。」
「ワシールって誰だ?」
「この国の首相だよ。」
「ああ‥それで‥、魔法国を中国にするよう、頼むわけだな。」
「いや、彼はもう、その考えさ。」
「じゃあ、なぜ話すんだ。」
「一応、僕達が未来で見てきたことを伝えて、考えをまとめよう。作戦をねるんだ。」

ロドリアムは、一番後ろを歩いていた。
もぞもぞ
「ごめん、苦しかったかい?」
ロドリアムは、カバンを開いた。
クレアとチェルシーは首をふった。
「そうか。じゃあ、もう少し隠れて。」
ロドリアムは、前方にいる大男をとらえていた。メゼラウスだ。
『よくない、うんち。』
2人の妖精は言った。話せないが、ジェスチャーと口の形で伝えてくれる。

ドロシーと双子はベトナムについて話していたが、ロドリアムが割り込んだ。
「ちょっとごめん。」
前にいるキダンとオイドレンの下に向かった。
「妖精たちがトイレだって。」
「ああ‥何かあるかな。」
オイドレンが鞄の中を探し、キダンが言った。
「ちょっと待て、ここは市場の中だし、いったん外に出よう。」


ガジェル達は市場に来た。
ジジはガジェルの隣にいるが、ベスの事を思うと、ガジェルはどちらにしようか迷ってしまった。

「シールム。」
ガジェル達に、追いついたクーアンが話しかけた。
「クーアン。」
「あら?お二人は知り合い?」
「この人は、お姉ちゃんの恋人よ。」
「なんて偶然なの。」

「魔法仕掛けだからね、この世界は。」
ラインだ。
「あの‥。」
ジジが口を開いた。
「ラインだ。よろしく。」
「はい。」

「もしかして、君はガジェルかい?」
「はい。」
「何度か、お父様とお会いしたよ。」
「そうでしたか。」


『間に合わない。』
2匹の妖精たちは泣いていた。
「ちょっと、通してくれ!!」
ロドリアムは急いで、出口に向かう。
談笑していたライン達は、振り向いた。

「H様?」
ガジェルは言った。
「君は‥?」
ロドリアムは、立ち止まった。

「ガジェル・アリアップです。いつも、テレビであなたのことを、見ていました。」
「H様だと?それは本当ですか?」
ジジが言った。
「いや、僕はちがう。」
「違う?でもそっくりだ。まさか、タイムトラベルを?」
ラインも聞き、クーアン達もロドリアムを見た。

「どうした、ロドリアム。」
オイドレン達も、追いついた。
『うえーん』
2匹の妖精たちは泣きだしてしまい、双子は急いで妖精を両手に乗せ、外に運んだ。
ドン
双子がぶつかったのは、メゼラウスだ。
「どうした?」
「妖精たちが、トイレに行きたくて。」
「そうか。この子達は、シードラプロゲニーだな。めずらしい。
シードラプロゲニーには、幻を見せる力がある。」
メゼラウスは、妖精たちを抱いた。
クオラは、メゼラウスの後ろで見守っている。
「両親は誰だい?」
妖精は首をふった。
「そうだな。海竜族は、愛し合えば死んでしまう。
海の中は美しいが、人間は空気がなければ死ぬ。
海の中でも空気がすえる我々には、ガイアから、その試練が与えられた。」
「助かる方法はないの?」
「ない。悲しいことだ。でも、愛の美しさは、愛し合わずとも、知ることができる。それだけで満足するしかない。」
「愛の調べね。」
クオラが言った。
「ああ、そうだ。」

オイドレン達も来て、メゼラウスと2匹の妖精を見た。
ガジェル達もこちらに来た。

2匹の妖精は顔を上げた。
「もう大丈夫かい?」
『うん』
どうやら、トイレは消えたようだ。

市場の人間たちは、こちらに気づかない。
魔法がかかっているようだ。

「メゼラウス。」
キダンが言った。
「メゼラウス様?」
クーアンは、恐れたように、膝まずいた。
「クーアン?」
「あの方は、海の王だ。」
クーアンが言い、シールム達も膝まずいた。

メゼラウスが言った。
「H.魔法国はベトナムにする。君は最初から最後まで、世界を狂わす男だ。」

「H様は、世界を狂わしてなんかいないわ。世界を救ってくれた人よ。」
「君はアリアップ家の娘だな。このままでは、父上と戦うことになる。
父上に、話してくれないか?魔法国はベトナムだと。」

「いや、違うぞ。俺はな、魔法国マトリアシルのミシルマという島で、50年間生きてきた。マトリアシルは、昔は中国だった。
ここで歴史が変わってしまったら、俺の人生まで変わってしまう。
だからやめてくれ、メゼラウス。」
「君のことも、どこかで見たことがある。君は確か‥。」

「メゼラウス。魔法国は中国だ。もうあきらめてくれ。」
キダンが言った。
「あきらめるだと?俺は海の王だぞ。よくもそんな口を。」

クーアンは、海竜族になった手を伸ばし、キダンに魔法をかけようとしたが、
ラインが止めた。
シールムもそれを見て、目をそらした。

「今なら、歴史を変えられる。」
メゼラウスは、手の平で、魔法を解いた後、
クオラの腰を持ち、消えた。

市場のベトナム人達は、何事もなかったかのように、働いている。

ラインの手を、クーアンは怒ったように払い、ラインは言った。
「クーアン、戦争というのは、先に攻撃した方が負けるんだよ。」

みんな、ラインを見た。
「俺達にとっては、魔法国がどちらになってもいい。
だけど、君達は困るんだろう?」
「ああ。それにきっと、君たちの子孫も困るはずだ。」


夜、ワシールはベトナムの大統領官邸の書斎で歩き回っていた。
金色のガウンを着ている。
「戦争になるだろうな?」

そこには、オイドレン達が来ていた。
キダンが言った。
「海竜族は海の種族です。そう簡単に、襲ってはきません。」
「そうか。じゃ、そうなると‥。」


「ドラゴン。」
オルタは言い、窓から外をうかがっていたチェウが振り向いた。
「え?」
「海竜族が襲ってきた場合、勝てるのは、ドラゴンしかいない。」


チェウは海に向かって歩いた。
「チェウ!」
影から現れたのは、ハンナだ。
「ハンナ。どうしてここに?」
「私、あなたの子を妊娠したみたいなの。」
「それは本当かい?」
チェウは顔をしかめた。
「ええ、本当よ。」

海辺では、地元の娘たちが、チェウを見て、こそこそ話している。
「間違いなく、この子はあなたの子だわ。」
ハンナが言い、チェウはハンナの口を抑えた。
「これ以上、何も言うな。」


「どうする?ロドリアム。」
オイドレンは聞いた。
6人は、木の家に宿泊することになった。
「戦うしかない。誰が死んだとしても、魔法国を中国にすることの方が大切だ。」
ロドリアムは言い、みんな顔をしかめた。

2匹の妖精が、双子の服を引っ張った。
『帰りたい。』
「怖いけど、大丈夫だよ。僕達が守るから。」

ドロシーは優しい目で、その光景を見た。

「ジジ、帰っていたのかい?」
ジジの母親マイジーが聞いた。

「ああ、ただいま、母さん。」
お父さんは居間のちゃぶ台でテレビを見ている。
ジジは、古マンション暮らしだ。
でも、ジジは、清潔でハンサムだった。

「父さん、もしも、戦争が起こったらどうする?」
父さんは何も言わない。

「父さん。戦うか、戦わずに死ぬかだよ。」

「お父さんに、バカなこと聞かないでちょうだい。
戦争なんてねぇ、起きるはずないの。みんなが大袈裟に騒いでいるだけよ。」
お茶を持ってきたお母さんがジジに言った。

「そうかな‥。」
ジジは窓の外を眺めた。
ドラゴンの炎が明るかった。


アリアップ家には、軍の隊長や学者、背広を着た役人たちが、続々と訪れていた。ガジェルはひるみ、シールムとユリアルの部屋に入った。
パチ
ガジェルは部屋の灯りをつけた。
「あ。」
2人は星空の本を見ていたようだ。

「あなた達、よく平気ね。」
「私達、過去から来ているから。」

「そうね。過去が変わることはない。どんなに未来が変わっても、起きた出来事はなくならないもの。見方が変わるだけだわ。」

シールムとユリアルは、穏やかな表情で、ガジェルを見た。

「ちょっと出かけてくるわね。」

ガジェルが向かった先は、ドーナツ屋だ。
ベスはそろそろ上がりの時間だった。
ベスはガジェルを見なかったが、新人たちに少し大きな声で注意をした。
ガジェルがドーナツを選び始めたが、ちらりと見て、またレジのお金を数え始めた。
はぁ‥
ベスは、大好きなガジェルの前で、嫌いな思い出を思い出した。
『18歳の頃、バイト先のレジから、お金をとったっけ。』
バレて、叱られて、最悪だった。
まだ仲間と一緒だったから、良かった。
それが1人だったら、ちょっとヤバい。

「こえ‥。」

「ベス。」
「ガジェル。どうしたんだい?」
「ドーナツが食べたくなって、買いにきたのよ。」
「そうかい。」
ベスはいつものように会計をした。
客は少ない。
「夕飯はいつもドーナツかい?」
「いいえ、ドーナツはおやつよ。
そうね‥、時々、食べ過ぎるけど。」
ベスはガジェルのドーナツを袋に入れた。

「この後、少し話さないか?」
「私とあなたが?」
「ああ。」

「ずっと、君と話したかった。」
ドーナツ屋のテーブルで、向き合ったガジェルに向かって、ベスは言った。
「そう?いつも話していたように、思うけど。」

「ガジェルには彼氏いる?」
「いないわ。」

「君は天使みたいだ。」
ベスは言った。ガジェルは気づかない。
ドーナツ屋の前には、黒い自転車に乗ったジジが来ていた。


「クーアン、君はどちらの味方だ?」
ラインは聞いた。
ヴァンは作った料理をテーブルに置き、クーアンを見た。
「いや‥。つい。」
「確かに、メゼラウスは、海竜族の神だから、気持ちは分かるが‥。
シールムは、アリアップ家と血がつながっている。」

「分かるよな?」
ヴァンも言い、
「はい。」
クーアンはうなずいた。

その頃、ドラゴンのゼットは火を噴いていた。
様子を見に来たオルタに、チェウは、ゼットがサインした契約書を見せた。
ゼットは1億円で、海竜族が襲ってきた場合、戦うことを約束したのだ。

「すまないね、君だって、海竜族だというのに。」
オルタは、火を噴いているゼットに言い、チェウは怪訝な顔でオルタを見た。

次の日は、晴れの曇りだった。
影からハンナが見ている。
チェウが、ゼットと一緒に海岸に来た。

ゼットはチェウに何か言い、ドラゴンに変身したので、ハンナは息を飲んだ。
ゼットは海の上を飛び、思わず影から出たハンナを、ドラゴンの目でまっすぐと見た。
その目は優しい目だった。ゼットだって、捕まりたくはない。

チェウがハンナの下に来た。
「ハンナ。」

ガアアア
ゼットの目は、街の人間に移り、ゼットは人間達を威嚇した。

ゼットは、海の上に火を噴き、街の人間達は歓声を上げた。

チェウの背後には、黒い煙と火の粉が飛んできている。
歓声やドラゴンの声で騒がしい中、チェウが言った。
「ハンナ、俺と結婚しないか?」
「はい。」
「君となら、新しい冒険に出られそうだ。」



「はあ‥。」
木の家で、双子はあやとりをしていた。
妖精たちは、あやとりの上で飛び跳ねて、楽しそうだ。

大人達の部屋で、オイドレンが言った。
「それにしても、メゼラウスは歪んでいるな。」
「ああ‥。彼は海の王だから、厄介だよ。」
キダンは言った。
「なぜ、そんなに。」
ロドリアムはぼそりと言い、双子の部屋で、ドロシーさんが手を上に上げた。


「なぜだ?」


メゼラウスとヒトラーの出会いは、中学生の頃だ。
メゼラウスは、自分が次の海の王だと、分かっていた頃だった。
まだ経験はしていないが、いろいろなことを分かっていた。

11月。窓のない教室での授業だ。
みんな、コートを着ていた。
「とても、寒いのに、なぜだい?」
メゼラウスは、同じ長椅子に座っているヒトラーに聞いた。
ヒトラーは、コートを着ていない。
薄手のセーターとワイシャツだけだ。

「寒いから、ネクタイだけでも、つけた方がいいよ。」
メゼラウスは、長椅子に置かれたヒトラーのネクタイを持った。

「いい。」
ヒトラーは言い、メゼラウスは、怪訝な顔でヒトラーの表情を伺った。
ヒトラーは、とても肌がキレイだ。
海の潮で、少しだけ荒れた自分とは違う。

「ある晴れた日を思い出すから。」
ヒトラーの一言で、メゼラウスは大体読めた。

「君、海水浴したことある?」
「あるよ。」

両親と海に来たヒトラー少年。
少し黄色っぽいが、透明で、綺麗な肌。
薄いグレーの海水パンツをはいた少年は、海へ走る。

一度立ち止まった。
一人っ子なので、本当は心細かった。
年上のハンサムな男達が、浮き輪を持って、少しだけ険しい表情で、
海を見つめていた。
その中で、一番目と二番目にハンサムな男が、自分の本当の兄だと分かっていた。
お腹がでっぷりと出て、青い海水パンツをはいたお父さんは、目をそらした。
いろいろな事情があって、ハンサムな少年2人は、養子に出すしかなかった。
お母さんは、年甲斐もなく、ピンク色の水着を着ている。

ヒトラー少年は、海に入った。
「おーい!」
ハンサムな兄貴が呼んだ。

「おーい!」
それでも、ヒトラー少年は、海に入って、泳いだ。

「はぁはぁ‥。」
ヒトラー少年は、海で仰向けに浮いた。
目を閉じる。この状態が一番好きだ。
肩幅以上に足を広げていれば、ヒトラー少年は、沈むことはなかった。
生きることが、認められている証拠だ。
きっと‥

「あの子、大丈夫?」
茶髪のロングヘアの女性は、赤いビキニを着て、浮き輪に乗っている。
強そうな男が、浮き輪につかまっていた。

ヒトラー少年は、海の中で立った。
たったの5秒ほどだが、ヒトラー少年は、初めて、雑誌の中の人を見たと思った。

ヒトラー少年は沈み、
「大丈夫か?」
兄貴たちが助けた。
茶髪の女性のそばにいた男までもが自分を助けたので、ヒトラー少年は、顔をしかめた。


ある晴れた春の日の出来事は、その女性との出来事ではない。
なぜ、そのような経緯に至ったのかは不明である。
それは、ヒトラー少年が、知られたくない、いくつかの出来事のうちの一つの秘密だ。
秘密の花園の中に、隠れているようなものである。
暗い戦争の中で、ヒトラー少年は、幾度となく、その場所に行き、涙を流した。

「アドルフと呼んでいいよ。」
授業中にも関わらず、ヒトラー少年は、メゼラウスに言った。
「え?」
「だから、僕の事、アドルフと呼んで。」
ヒトラー少年は、メゼラウスに耳うちをし、メガネの太った先生は、アドルフを見た。
先生は、アドルフを心配していた。
これから、戦争が始まれば、真っ先に撃たれてしまうような男の子である。


しばらくの間は、普通の学生生活を楽しんでいたが、メゼラウスは、海底に住む父親に呼ばれた。
しばらくして学校に戻ると、アドルフは、他の生徒達と楽しそうにしていた。
「あ。メゼラウス。」
「やあ。」
「こっち来なよ。」
「うん。」
アドルフ達は、先ほどの楽しい話の続きをし始めた。

高校になると、メゼラウスとアドルフは、別のクラスになってしまった。
メゼラウスはラグビーをしたが、アドルフはインテリだ。
アドルフには、魔法力ではなく、
神から与えられた才能があることは、間違いなかった。

金髪のディオンは、スポーツが得意そうだ。ただ、数学が苦手だった。
ディオンは、数学の問題を解きながら、頭をかいた。
その様子を、アドルフは、友人との会話を中断して、見てしまった。
アドルフは、勉強が得意だった。
自分はユダヤの血をひいている。
ディオンはきっと、ドイツ人とアメリカ人の血だ。
血は関係ないとは思うが、ユダヤ人は宇宙人のように、とても賢い生き物だった。

ディオン達は、教室をにらみつけて、去った。
校庭でサッカーをしている。
ボールの扱いは、見事なものだ。
血は関係ないが、ドイツやアメリカは、体育が得意なように見える。

中国人はどうだ?日本や台湾も、同じ顔をしているらしい。
ユダヤ人もドイツ人もアメリカ人も、見た目は変わりない。
しかし、ユダヤ人だけは、明らかに、何かが違うように思えた。

『アジア人は、強いのかな。または、何かできる?』
「あいつらは、猿だ。」
金髪のハリスが言った。
「猿?」
「強いことには、間違いないが、賢くはない。」
「そうなの?」
「ああ。てんで、ダメだ。英語が分かっていない。」
アドルフは黙った。
アドルフは、英語はなかなか得意だが、ハリスは、英語が得意ではない。

2人は体育館に来て、ハリスは聞いた。
「女は美しいかな?」
「さあ‥。僕、そういう話はちょっと。」
アドルフは手すりにつかまり言った。

「ふん、そうか。つまらないヤツだな、お前は。
ロマンスがなければ、凍え死ぬだろう。」

体育館では、バスケをしている。

「あの‥。君は、詩人になれば、いいと思う。」
「俺がかい?無理だよ。愛がない。」

「へええ、じゃあ、ロマンスとはなんだい?」
「好きな女のことさ、分からないか?」

アドルフは言葉につまり、少しだけ幸せな気分になった。


「僕は、どこに行くべきだろう?」
進路に悩み、年上の兄貴に聞いた。
兄貴の名前は、ロスだ。
「それは、自分がやりたい事を、選べばいい。」
「分からない。自分が、誰なのかも。」
アドルフは泣き、手で涙をぬぐった。

「ニューヨークに行くのはどうだ?
アメリカはいい。スポーツが、盛んだからな。」

「僕はスポーツなんて、好きじゃない。」

外には、曇り空が広がっていた。
戦闘機が飛んできそうな空気だ。

「じゃ、パイロットは?」
「僕は、撃たれて死にたくない。
兄さんは、何になるんだい?」

「役人さ。もう試験を受けてある。結果待ちだ。」
ロスはそう言ったが、嘘だった。
軍隊に入ることにしてある。


「ユダヤ、ユダヤって、なんでユダヤ人ばかりが、そんなに勉強が出来るんだよ。」
廊下で、ディオンは大声を出し、泣いた。
「え‥?」
女子達もディオンを見た。
本当に、ユダヤ人は勉強ができ、ユダヤ人クラスまで出来ていた。

「大丈夫?」
長い髪が可愛らしい女生徒が来て、ディオンを支えた。

「いい男に、みっともない真似をさせるなんて、あんた、最低ね。」
オカマじみた後輩が、女生徒に向かって言ったが、
女生徒は無視した。
いい男に、みっともない真似をさせるなんて、うんざりだ。
その女生徒は、幻である。彼女は別の男を選び、ディオンは狂ってしまった。


兄貴2人と友人2人とアドルフは、海岸で話した。
「なぜ、ユダヤ人は、優秀なんだ?」

「知らない。きっと、彼らは宇宙人だろう。
僕は思う。
将来は、ユダヤ人は迫害に会う。」
アドルフは、言った。

「そうか。では、つまり、君もだ。
僕達には、ユダヤの血が流れている。」
兄貴のハーゲンが言った。


その頃、海底では、メゼラウスが、父のトリアスと話していた。
トリアスが言った。
「もうすぐ、戦争になる。
そうなれば、お前は、魔力を失うだろう。」

「そんな。では、海底に住む者達に、会えなくなる。」

「ああ、そうだ。だから、私の顔を忘れないように。」


メゼラウスは泳いで、陸に向かった。
トリアスの魔法で、途中までは、海の中で息が出来る。
途中からは、苦しくなる。
やっとのことで、海から顔を出した。


「アハハ!」
兄貴達は、宙返りやら、ハンドスプリングをして、遊んでいた。
アドルフは、腰をついて笑っている。
「こういう事は苦手なんだ。」
「嘘だろ?やってみろって。」

「出来るぜ、絶対。」

アドルフは立ち上がり、集中した。

「は‥。」
アドルフは後ろを見た。鋭い視線を感じたのだ。

「やってみろ、アドルフ。」
アドルフは、思い切り、飛び上った。

「ああ‥。」
メゼラウスは、息をのんだ。
絶対に、自分がやらない事だ。だって、出来ない。

アドルフは、神だ。
「すげー。」
兄貴達は微笑み、拍手をした。

「やるじゃん。」
兄の友人のフィヨルドが、アドルフを起こそうとした時、銃声が鳴った。

「やめろー!!」
兄貴達が、銃声が鳴った方向に走った。

「やめろ、やめろ!」
兄貴達が、その男を起こすと、もう死んでいた。
額から、血を流し、白目を向いた、ディオンだ。

「ああ‥あああ!」
兄のハーゲンがディオンを抱きしめ、涙を流した。

アドルフは泣けなかった。
少し、笑ってしまった。
アドルフは、メゼラウスを見た。


月曜日、体育館で、ディオンへの黙とうを捧げた時、
アドルフはようやく、涙が込み上げた。

メゼラウスも泣いていた。

しかし、死なんて、一瞬の物だ。
アドルフは死ぬ事は怖くはなかったが、仲間にお別れをする事が怖いと思った。

「メゼラウス、なぜ海の中にいたの?」
アドルフは、放課後、玄関で、メゼラウスに聞いた。

「それは‥その‥。」

「もしかして、これかい?」
アドルフが出したのは、魔法の杖だ。
「使えるのか?!」
「僕は使えないさ、使えるわけない。」
ベージュの木の杖を、ローブに隠し、アドルフはニヤニヤと笑った。

「魔法があるのかい?」
「ないさ。あるわけない。」
メゼラウスもニヤニヤと笑った。

2人はしばらく、空想の魔法都市の話をした。

「これで、楽園都市の完成だ。」
「ああ。」

「でもね、一つ教えてあげるよ。」
「何?」
「みんな、全て、忘れてしまう‥。」
そう言って、アドルフは泣き始めた。
「ああ。」
メゼラウスは、アドルフを抱き、なぐさめた。


高校卒業後は、アドルフは軍隊に入ることになり、メゼラウスはメキシコに行くと嘘をついた。
「君なら、大丈夫かな‥。」
卒業式の日、兵士の服でお別れを言いに来たアドルフは、木で作った楕円形のキーホルダーのような物をくれた。
「これを、いつも、左胸にいれておいてほしいんだ。」
アドルフは、メゼラウスの左胸にそれを入れた。

「ありがとう。」
「いいよ。もしも銃で心臓を撃たれても、この木が守ってくれる。
覚えているかい?僕達、木の下で、魔法の話をしただろう?」

「ああ、覚えているとも。」
「その木だよ。」
アドルフは、一瞬、言葉を選んだように見えた。

「刀で、どこを切られても、君なら大丈夫だろうな。」
「ああ、俺は鉄の男さ。」
「でも、銃で撃たれたら、いくら君でも、きっと死ぬだろう。」
アドルフは、涙目になった。
「大丈夫。」
メゼラウスは、アドルフの頭の両サイドを軽くさわった。

「ふふ‥、君の髪の毛なら、銃弾をおさえるかな。」
アドルフもメゼラウスの髪をさわった。


「なんだ、またか?」
同じ軍にいる、兄のハーゲンが言った。
軍の作業の休憩中、アドルフは絵を描いた。
学生の時とは違い、軍の中では、アドルフは1人だった。
位の高い兄がいることと、軍の誰も描かない絵を描くことで、
アドルフは優越感に浸ることができた。
みんながアドルフをちらちらと見て、アドルフはニヤニヤと笑った。

「そんなに好きならさ、絵を仕事にしてみたら?」
兄のロスが提案をした。
「そんなによくないよ。」
「いや、君の絵は、本物さ。」

アドルフは軍の合間をぬって、本格的な画を描くようになってしまう。
同僚たちも見にきた。
「綺麗な絵だな。」
「すごいじゃん、俺、これ、欲しいよ。」
出来の良い男に言われ、アドルフは笑った。

「人物画は?」
自分より小柄なメガネの男が聞いた。
「描いてない。」
「どうして?きっとうまく描けるのに。」
「知らないんだ。」

「知らない?」

「うん。いつも君達を見ているから、君達のことは描けない。
実物より、かっこよく描けるわけがないからね。
女性を見たことがない。」
「へぇぇ。」
メガネの男はニヤニヤと笑った。

「近くではね。心と心がまるで、一つになるくらいの‥。」

「おっと、何をしている?絵はもうしまえ。」
教官が来て、おしゃべりは中断した。



「あ‥。」
数日後、メガネの男、マルクは息を飲んだ。
ウィーンの美術アカデミーの募集ポスターが貼ってあったのだ。
マルクは持っていた紙をくしゃっと握りつぶした。アドルフに伝えようと思い、駆け出した。
マルクは紙を落とした。
そこには、アニメキャラクターのようなメガネの少年が描かれていた。
マルクは走った。
絵を描くのは楽しいが、ウィーンの美術アカデミーは、自分には似合わない。

どん
夕食のため、並んでいたアドルフは振り向いた。
「やぁ、マルクス。どうしたんだい?そんなに息を切らして。
まさか、教官が殺されていたとか?」

「ちがうんだ。ウィーンの美術アカデミーの募集があるみたいだから、君に伝えたくて。」
「そうなのかい?」
アドルフは目を輝かせた。
「うん。」

「でも、マルクスこそ、受けてみたらどうだい?」
「僕はいいよ。それに、僕のことはマルクでいい。」
マルクが言うと、アドルフはくすくすと笑った。

「マルクスの方がかっこいいじゃないか。政治家みたいでさ。」
そう言って、アドルフは遠い目をした。

「芸術家がなんの役に立つ?」
「え?」

「芸術家なんて、役立たずだよ。俺はもう、こんなものいらない。」
「え、ちょっと‥。」
アドルフは持っていたおぼんを、マルクに渡した。

アドルフは行ってしまった。

「アドルフ。」
マルクは追いかけていくと、アドルフは募集のポスターを見ていた。

「ご飯、食べないの?」
「いらない。」
アドルフは熱心にポスターを見ている。

「これは、来週まで貼ってあるから。ご飯、食べよう。なくなっちゃうよ。」
マルクはアドルフの手を引いた。
すると、アドルフは素直についてきた。

「やりたい事なら、やった方がいいよ。」
「うん。」


そのすぐ後だ。
同じ年の兵士が、亡くなった。
教官は、兵士達にその事を、こう伝えた。

「諸君、聞いているか。
今朝、ジョズアス・フィリップス君が、亡くなっているのが発見された。
何者かの手によって、窓からつるされていたそうだ。」

「誰だ!!」
教官は、耳がつんざくような声で叫んだ。

それは自殺だったが、ショックを受けたお調子者の兵士が手を挙げた。

「やっぱり、お前かぁ!!」
教官は、その兵士を連れて行った。

パン パン
みんな凍り付いた。銃の音だ。
何人かは、膝に顔をおしつけ、何人かは、耳に手を当てた。
さすがのアドルフもこれには、トイレを漏らしそうになってしまった。

しばらくすると、青ざめた兵士と教官が戻ってきた。
アドルフは教官の額から血が流れているように見えたが、
それは幻覚だった。
教官は爆竹を踏んだだけだった。

兵士達は隠れてヒワイな漫画を読んだりして、ニヤニヤと笑ったりしたが、
教官は違った。
教官は本物の女を知っている。
ヒワイな写真や漫画では、楽しくなかった。

教官は厳格だった。


アドルフは、美術アカデミーへの進学をあきらめることにした。
毎日のように、爆発音や爆撃の音の幻聴がある。
こんな状況で、芸術の道に進むなんて、無理だ。

「僕、行くのやめたから。」
あの事件以来、少しだけ無口になり、大人になったアドルフは、マルクに告げた。
「え、なんで?」
「こんな、状況だしさ。」
「ダメだよ、行かないと!」
マルクは、アドルフの肩をつかんだが、アドルフはニッコリと笑って、マルクの手を両手で持った。
「ありがとう、僕はその気持ちだけで嬉しいから。」

「え?」
マルクは、行ってしまったアドルフの後ろ姿を見た。
アドルフは少しだけ涙が出た。
芸術の道でなら、世界のトップステージに立てると思っていたからだ。

軍の訓練は滑稽なものだった。
マルクは、計算が得意なので、訓練を免除され、別の作業をしていた。

『厳しい環境に身をおかないといけない。』
『みんながやっているのだから、きつい労働をしなければいけない。』

良い人間ほど、持っている感情だ。
マルクは良い人間だが、そういうのは、持っていなかった。
だから、マルクは、人々の間をすりぬけ、賢く生きられる。
楽をしているから、病気にもならない。
苦しい仕事を選ぶ必要など、どこにもないのだ。

「滑稽。」
マルクは上階から、軍の訓練を見ながら言った。
軍の訓練は、かっこいいものではない。
滑稽そのものだ。
「苦しむ必要ある?生きているのにさ!」

「苦しみ生きているから、犯罪者になってしまう。」
マルクは、自分の作業に取りかかった。


アドルフは、いつも泣いた後のような感じだった。
悲しみに打ちのめされているのではなく、まるで、本気で恋をして、魔法にかかった高校生のようだった。

とにかく、ぼーっとしていた。
「アドルフ、何かあった?」
マルクは聞いた。
「え?」
「なんかさ、最近、様子が変だから。」
「何も、ないよ。」
「ふーん。」

「実は、教官が、僕の絵を、勝手にアカデミーに送ったんだよ。
それで、僕は、見事合格。」

「そんなことってある?アドルフおめでとう。」

「でも、断った。こっちは、戦争に本気になったからね。」
「アドルフ?」
「ああ。前も言っただろう?ユダヤは迫害される。」
「でも、君だって、半分はユダヤ人だろう?軍の中にも、ユダヤはたくさんいるよ。」
「でも、純血じゃない。ユダヤの純血は、強いよ。」
「強いって何が?」
「例えば‥、勉強。頭が良いんだ。」

2人は上階から、芝生を見渡した。
「僕はドイツを強くしたい。」
アドルフは言った。

「アドルフ、それはどういう意味だい?」
マルクは聞いた。
「僕は、ドイツの政治家になる。」

数年後。
美しいヒトラーは、強い男を率いて、ドイツのトップに立った。



その頃、メゼラウスは、本当にメキシコのビーチで働いていた。
前は魔女として、夜は箒に乗っていた女の子も、普通の人間に戻ってしまった。
魔法があったのかも、忘れてしまっている。


夜のビーチでメゼラウスが立っていると、サメが、こちらに泳いできた。
メゼラウスの手から、金色の光が出ている。
魔法力が消えていくのだ。

「メゼラウス‥。」
父のトリアスが、海から顔を出した。
「父さん。」

「いいか。例え、魔法力を失っても、親の顔を忘れてはならぬぞ。」
「分かりました。僕は、どんなことがあっても、父さんと母さんの顔を忘れません。」

トリアスは手で、夜空に星を増やした。


「ばかたれ!!そんなこともわかっとらんのか!!」
会議中、よく、こんな風に、机をたたき、アドルフは怒鳴り散らした。
この時代だからこそ、許されたことだ。
殺し合いになるよりは、マシなことである。

アドルフは何度か毒殺を計画されたが、不死身だった。

「いいか、切り合いはダメだ。撃ち合いもな。」
「はい。」
「血を流す殺し方はダメだ。」
アドルフは言った。
アドルフと共に働いていたマルクは下を向いた。
マルクは、アドルフがユダヤ人を殺したいわけではないと分かっていた。
全部、一部のドイツ人のためだった。

そいつらにまかせておけば、血の戦争になる。
アドルフが、ガスでの安楽死を決定した時、声は震えていた。

アドルフは、そのやり方で、自分は死なないと分かっていた。

夜、政治家も兵士も、布団の中でぶるぶると震えた。
もちろん、アドルフもだ。

アドルフは、反対した方がよかったが、出来なかった。
アドルフがドイツの中で一番強かったのに、強さを持って反対できなかった。
後悔をして、よく、トイレや布団の中で、額をかいたが、
すぐに片付けることができた。
もしも自分が反対しても、すぐに心臓を撃ち抜かれ、自分は瀕死の傷をおい、
ドイツで血の戦争が始まるだけだ。

「はぁ‥。」
それを想うと、アドルフは、一瞬だが、安堵した。

アドルフは元々、芸術家であり、反抗の精神を持っていた。
世界中が、世界平和に反抗している時代の中で、アドルフは、ドイツ人を守ることを選んだ。

「僕は母さんの方が好きだよ。母さんは純血のドイツ人だ。」
時々、偉くなったアドルフは、マルクの前で、青年だったころのアドルフに戻った。
「そうか。」
「ああ。君と話していると、今が戦争中だということを忘れてしまう。」
「いつか戦争が終わって、平和な時代がくるのかな。
それまで、僕達は生きていると思う?」
「さぁな。歴史は繰り返すから。
もしも平和な時代がきたとしても、僕はユダヤの素敵なお嬢ちゃんまでも殺してしまったのだから、憎まれるにきまっている。」
「アドルフが殺したわけじゃないさ。
それに、ドイツ人にだって、可愛い子はたくさんいるよ。」

「ジャスト3時だ。ユダヤ50人、安楽死。プシュー‥。
恨まないでくれ。仏教の教えでは、生まれ変わりがあるという。
キリストはそんな事を言っていないが、どちらかな?」
「僕は、あると思う。」
「じゃあ、僕は恨まれる。
ああ、ユダヤの可愛いお嬢ちゃんまで、殺したくなかったよ。」
アドルフは窓から外を見て、マルクはうつむいた。

コンコン
「なんだ?」
「総督。総督にお手紙が届いております。」
兵士は敬礼をした。
「ご苦労。」
アドルフもきりりと敬礼を返した。

マルクは手紙をのぞきこんだ。
「ビスマルク?」

「ちがう、メゼラウスだ。なぜ、これをビスマルクと読む。
久しぶりだな。」
「食べたかったから。」
アドルフが手紙を読むと、中身は普通の内容だったので、2人は笑ってしまった。

中には、メゼラウスが勤めているサーフショップのスタンプがおされ、電話番号も記載されている。
「さっそく、かけてみよう。」
アドルフは電話をかけた。

「もしもし。」
「ああ、もしもし。こちら、ナチスドイツ総督アドルフ・ヒトラーであるが、
メゼラウス・キングシー君につないでくれるかな?」
「あ‥、俺だよ。」
「おお、メゼラウス。手紙をどうも、ありがとう。」
「ううん。戦争が激化しているが、大丈夫か?」
メゼラウスは弱った声で聞いた。
「ああ、こっちは、官邸にいるだけだよ。
君こそ、サーフショップというのは、なんだい?」
「サーフィンに使う道具を売っているんだよ。
僕がいる街は平和だから、ありがたい。」
「サーフィンだと?ふざけるな!ナチスドイツ総督の親友だと、それで言えるのか?
次回の町長選に立候補したまえ。」
「僕達はまだ、親友だったんだね。」
メゼラウスはにっこりと笑った。

「ドイツ軍が、ユダヤ人の虐殺をしていると新聞で読んだよ。
君は関わってないよね?」
「まぁ、直接的には、僕は手を下していない。
でも、そのドイツ軍のキャプテンは僕だ。」
「そんな‥。」
「心配しないでくれ。僕の方は、ずっと官邸にいるだけだ。
今もちょうど、友人のマルク君と会話をしていた。」

「どうも、マルクです。」
マルクは電話をとった。
「こちらは、メゼラウスだ。」
「魔法族ですか?」
「ちがうよ。君はそうなのかい?」
「ちがいます。」
「ヒトラーをよろしく、ビスマルク。」
「わかりました。」
マルクは電話をおいた。

「なんだって?」
「ヒトラーをよろしくだって。」
「ああ、アドルフと呼ぶように言ったのに。」

戦争も終盤にさしかかった。
ナチスドイツの政治家のトップも、死の恐怖に恐れ、鼻水をたらしたりした。
「みっともない。これでふきたまえ。」
アドルフはチリ紙を渡した。

【ハーゲン・ヒトラー】
兄の名札をつけた役員がせまってきた。
ハーゲンに実によく似ているが、別人だ。
「ユダヤ人を殺すのは正しいことだよな?」
「殺すわけじゃない。ドイツ人を守るためだ。」

重要な会議で、ヒトラーが尊敬までしていた年上の政治家が自殺したと聞かされた時は、さすがのヒトラーも鼻水が出てしまい、泣いた。
その政治家が自殺したことが悲しかったのではなく、自分のふがいなさに泣けてきた。

ヒトラーの夢の中。
『ハーゲン。』
兄のハーゲンは鉄工所で働いている。
銃を持った係長が、美しいハーゲンが働く姿を見張っていた。
『ロス。』
ロスは農場に働きに出ていた。
「ヒトラー。」
ババババ
ロスは自分の体に巻いた爆弾で自爆をした。

「ううう、ううう。」
総督が泣いているとバレたら、ドイツの新聞に書かれてしまう。
だから、泣く時は、吐くような声を出すようにしていた。
「おえええ!おえええ!」

「ケホッ、ケホッ。」

「ああ‥。」
ヒトラーは芸術家なので、想像することは得意だった。
酷い時には、崖の底の水たまりに、自分が浮いているという空想をした。

そして、秘密の花園に入って行く。
その時の自分はまだ高校生だった。
「あら、ヒトラー。」
大人になった自分が寝て、綺麗なお嬢さんたちに囲まれている。
「何しているの?」
「見ているだけよ。素敵な人だから。」

アドルフは海底に沈んでいく。
暗闇からメゼラウスが泳いできて、アドルフの腕をつかんだ。
メゼラウスはアドルフを抱きかかえ、海上を目指した。

「アドルフ、大丈夫か?」
たき火の横に、毛布にくるまれて座ったアドルフに、メゼラウスは聞いた。
「ああ、大丈夫だ。君が、助けてくれたの?」
「そうだよ。君と僕は、親友なんだろう?」
メゼラウスはニヤリと笑った。

「約束してくれ。絶対に死ぬな。」
「死なないのは無理だ。人間は必ず死ぬ。」


ついに、アドルフが死ぬ日がきた。
1945430
これは、未来への伝言だ。
ユダヤ人に、何の手も下していない、自分が、一番の犯罪者となる。
これこそが、神と世界に捧げる、最高の芸術だ。

自分はドイツ人を守り、罪をかぶった。
そのことは、最愛の妻のみが気付くだろう。
ユダヤの女神たちをたくさん殺したが、いつか愛される日がくる。

アドルフ・ヒトラーは敬礼をした。
自分も年をとった。

「総督。」
アドルフが振り向くと、美しい女兵士がサインをもらいに来た。

「はい。」
「ありがとうございます。」

「君。もしも、僕が死んだら、妻と一緒に死んだということにしてくれるか?」
「え?なんですって?」
「いやいや、僕に妻はいない。でも、妻がいて、一緒に毒を飲んで死んだと、
君が、周りに伝えてほしいんだ。
実は、僕は、死の病に侵されている。」
「そんな!!」
女兵士は口を両手で覆った。
「頼むよ。‥君の名前を教えてくれ。」
「リリー・シュテイロンです。」
「分かった。いいか。これは、君だけに伝える任務だからな。
リリー・シュテイロン大佐。」
アドルフは敬礼をした。
「はい。」
リリーも敬礼をした。リリーは走って戻って行った。
「頼んだぞ。」

「君も、聞いていたか?」
「え?」
「一応、君にも言っておこうか?」
「いや、全部、聞いていました。」
「そうか。」
アドルフは、名簿に、リリーをユダヤ人ということにした。
「君が、あの子を守ってあげてくれ。」
「分かりました。」

官邸に戻って行くアドルフに、若い兵士が声をかけた。
「総督。今日の午後3時に、ミッソーニ侯爵がおこしになるそうです。」
「ああ、ミッソーニ君には、ぜひお会いしたい。
昼にしてほしいと、伝えてもらえんか?」
「はい、承知しました。」

メキシコのサーフショップで、アドルフに電話をかけようと、手をおいたが、
メゼラウスはやめた。
そうすれば、歴史が止まってしまう。
メゼラウスは早く、歴史をすすめたかった。

アドルフは、ミッソーニ達と最後の昼食をとった。
ミッソーニは裕福そうに笑い、服につけたナプキンで口を拭いた。

『愛してる。』

「なんだい?君は、いつも変わっている。」
裕福なミッソーニは満面の笑みを浮かべた。

アドルフは、名簿に、ミッソーニを純血のユダヤということにした。
名簿を持った若い兵士の顔をのぞきこみ、その兵士たちも、全員ユダヤということにした。

「君が、責任をもって、みんなを守ってくれ。」
アドルフは、その中でも一番上の兵士に、みんなのことを頼んだ。

アドルフは、夕方5時からの会議のため、みんなと一緒に移動をしたが、
立ち止まった。
「すまんが、先に行ってくれるか?」
「え?」
「今日は友人のバースデーだ。しまった、忘れていた。
電話をしないといかん。」
「分かりました。」

アドルフは地下壕に向かった。
銃はいつも、コートのポケットに入れてあった。
使う事はなかったが、何度か使うことに憧れたものだ。
アドルフは生涯、一度も戦場に出ず、誰も殺さなかった。

「ヒトラーさん?」
階段を降りている最中に声をかけられ、アドルフは息を飲んだ。
恐る恐る戻ると、そこにはマルクが隠れていた。

「マルクス。」
「僕のことは、マルクでいいよ。」
「マルク。なぜ、ここにいる?」
「君と一緒に、最後を迎えるため。」

アドルフは毒の瓶を飲み干し、マルクに言った。
「僕は、妻と一緒に死ぬことにしてある。」
「それで、世界中の人の心に、ロマンス作品を描けるとでも思ったのかい?」
「ああ、そうとも。」

マルクは毒を飲み、青ざめていた。
「君の友達は、メゼラウスといったっけ?」
「ああ。そうだ。」
「彼も一緒じゃなくて、よかったのかい?」
「大丈夫。君が一番の僕の友人だ。」
そういうと、マルクは倒れ、意識を失った。
「マルク。死んだことにするのか?」
「もう死ぬよ。」

「一緒に‥。」
マルクはアドルフの手をとったが、アドルフはまだ元気だった。

「まだ生きている。死ぬのは無理だ。」
アドルフは少し体操をして、トレーニングをした。
ピラティスのような動きもだ。
ピラティスをしながら、ちらりとマルクを見ると、マルクはびくとも動かない。

アドルフはもう自分も死ぬ事にした。
アドルフは迷わず、アゴに銃を当て、引き金を引いた。
アドルフは死んだ。
自分の亡骸の上で立ち上がった。
「酷い姿だ。」

首に大きな穴が開いていた。
「マルク。すまなかったな。」

「アドルフ。」
マルクも立ち上がった。

2人の亡骸を見て、マルクが言った。
「僕達、死んじゃったね。」
「な、簡単だった。
終われせることは、いつも簡単だ。」
「そうだね。」

2人の亡骸は、病院に運ばれ、兵士たちが取り囲んで悲しんだ。

アドルフとマルクは、その光景を冷めた目で見守った
廊下でマルクは聞いた。
「僕達、これから、どこに行くのかな?」
「さぁ、とりあえず進もう。」
アドルフは言い、マルクは黙った。

「今までは生きていたから、とりあえず生きていこうと言っていたが、
今は死んでいる。不思議だな。」
アドルフは言った。


アドルフが気付くと、アドルフは湖に来ていた。
1人でボートを漕いでいる。
「マルク。」
アドルフは振り向いたが、マルクはいなかった。

「なんだ、1人か。」

『アドルフー!!』
岸で、可愛い女性がアドルフを呼んでいる。

「誰?」
「ジョジュアー!」
「あれ、ジョジュアって、誰?」

アドルフは岸についた。
「ジョジュア。少しは釣れた?」
「いや‥。」
「今日もなの?残念だわ。」

「君は、誰だ?」
「私?私は、あなたの妻、アンナよ。」
「アンナ‥?」

「ここは?」
「ここは、フランスよ。そこに私たちの家が見える。」

「ええ?」

数日間、アドルフは、はっきりとアドルフ・ヒトラーだった頃の記憶を持っていた。
仕事は木こりみたいだ。
1人で木を切っていると、不思議な風に包まれた。
『なんとかして、ドイツに帰らないと。』と、考えたが、遠くで戦闘機の音がした気がして、気を変えた。

「パパ、願い事を教えて。」
娘のメアリが聞いた。
「僕の願い事は、世界中の人々が、幸せになること。」
アドルフは、ケーキの火を吹き消した。
アンナとの間には、娘と息子が2人おり、こんな幸せなことはなかった。

「マルク。」
一瞬、背後にマルクの気配を感じて、アドルフはふりむいた。

「どうしたの?あなた、最近、少し変よ。」
「ああ、僕はおかしいんだ。」
「大丈夫?仕事は、休んだ方がいいわ。
私も、働きに出るから。」
「いや、いい。君は、無理をしないでくれ。
子供を産んだのだから。」


アドルフは、1人で湖に来た。
その様子を、魔力を取り戻したメゼラウスが見ていた。

アドルフは何かを探すようにしたが、メゼラウスのことが分からないようだ。
アドルフは岸に戻って行く。

「友よ。」
メゼラウスは湖に沈んだ。
湖の中で、学生時代の記憶がよみがえる。

「僕はね、戦争なんか大嫌いだ。」
そう言って、学生のアドルフは紙飛行機を飛ばした。
メゼラウスもにっこりと笑った。

「僕は、ダンサーになって、世界を楽しませたい。」
アドルフは、軽快なステップをふんだ。

「でも、絶対に無理だ。」
「無理じゃない。君なら、大丈夫だよ。」

「気分が上がったり、下がったりするんだ。
戦争が、始まるからだよね?」
「うん。」
「でも、ちょっとだけ、わくわくしちゃう。
君だけに言うけど、僕は世界で一番、有名になりたい。」



西暦2095年のメゼラウスは、王座で目を開けた。
自分だけに秘密を教えてくれた親友は、世界で一番の悪人となった。
心のどこかで、昔の親友と同じことをしないといけないという思いが残っていた。
「とにかく、やるしかない。」

「海底に住む竜族には、いかせません。
地上に住む下等な者たちに全てやらせます。」
嫌な感じの家来が、メゼラウスに言った。

「地上住んでいても、下等ではない。
同じ海竜族だ。」


アリアップ家では、娘のガジェルのみが、ベスの家に避難していた。
ベスは人間のため、狙われることがないからだ。

オルタとチェウと、他の側近たちは、作戦どおり動いてきた。
オルタは、何か言い、大きな窓に向かって歩く。

パン
オルタは撃たれ、胸から血を流し、口から血を吐いた。
チェウや側近がオルタを支え、撃った海竜族は逃げた。

「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。」
オルタは起き上がった。
それは全て偽の血だったのだ。作戦通りだ。

オイドレン、ロドリアム、キダン、双子、ドロシーは、ベトナム大統領官邸に来ていた。妖精2人は、ふわふわと優雅に飛んでいる。
キダンが言った。
「オルタが撃たれましたが、無事です。」
「そうか、よかった。」
「でも、メゼラウスとの戦いが、ついに始まります。」

「ああ‥。」
ワシールは下を向いた。
「あの、僕は‥。」

「大統領、君は、来なくてもいい。
俺達で、なんとかする。」
オイドレンが言った。

「そうですか、ありがとう。」


ようやく、メゼラウスとの戦いが始まった。
中国の大軍は、銃をメゼラウス達に向けた。


「あいつは、裏切るな。」
オルタは、ゼットを見て言った。
「そうですか?」
「当然だろう。」

海竜族たちが走ってきて、
大軍の前にいた、ドラゴンのゼットは、海竜族たちに向かった。
シャアアア
海竜族の兵を吹き飛ばし、
中国の大軍は、メゼラウスが魔法で出している、魚巨人兵にむかって、
銃を撃った。


「俺達、どうすればいい?」
オイドレンがキダンに聞いた。
双子とドロシーは不安な顔をしていた。
メゼラウスの過去全てを、能力で知ってしまったのだ。

「とりあえず、最悪の時は、僕が、メゼラウスの能力を奪うつもりだ。」
キダンが答えた。
「そんな事していいのか?えらい事になるぞ。」

「きっと、大丈夫だ。」
キダンの目は本気だった。

ゼットはまだ同じように戦っていた。
ふきとばすだけでは、海竜族達は死なない。

ロドリアムはそっと駆け出した。
「おい、ロドリアム!」
オイドレンがロドリアムを呼んだが、意味はなかった。
「ロドリアムは行ってしまった。」

キダンは数珠を出し、念仏を唱えている。

「あ!メゼラウスが!!」
ドロシーが叫んだ。
メゼラウスが巨大化したのだ。

すると、ゼットは人間の姿に戻り、メゼラウスの肩の辺りに浮かび上がった。

「あいつ、裏切ったな!!」
チェウが言った。
「やはり、思った通りだ。」
オルタは屋敷に戻った。

「ラインさん。」
部屋には、ラインが来ていた。
ラインは言った。
「手段は1つしかありません。」

メゼラウスの指示で、ゼットはドラゴンの姿に変身し、
曇り空に、激しく飛び上った。

こちらを見ている。

ゼットには強い力がある。
中国のような大国の王になるのが、当然と思っていた。
伴侶には、シールムを選び‥。

「シールム。」
クーアンは、ユリアルと共に、屋敷のテラスから戦いを見ていたシールムの腕をつかんだ。

「ごめん。」
クーアンは、シールムの二の腕辺りをつかみ、浮かび上がった。
そして、オルタが何かをつぶやき、クーアンを枯れ葉で作った雲のようなものに乗せた。

クーアンは、海竜族に変身し、鋭い爪をのばし、シールムの喉に当てた。
シールムは目を見開いた。
「お姉ちゃん!!」
ユリアルは叫んだ。
ゼットは一瞬おびえたが、威嚇してきた。

メゼラウスの方は、屋敷の中に、クオラの姿が見え、本当におびえていた。

『大丈夫よ、あなたは、アドルフとは別の人間だわ。』 

「ちがう。僕達は親友だった。」
ひるんだメゼラウスを、中国の兵士たちが襲ってきた。

「これは、大変な事になったな。」
オイドレンはキダンに囁いた。

双子は、妖精2人をそれぞれに抱いていた。

ロドリアムは海の中を泳ぎ、ドラゴンのゼットの背によじ登っていた。

クーアンに威嚇をしていたゼットは、ロドリアムに気づき、体を揺らして嫌がった。

ロドリアムは叫んだ。
「アシスト!マプランダー、ゼット!!」

キダンは杖を伸ばし、金色の光を出した。
金色の光は、ゼットに当たり、ゼットの動きは止まり、
ドラゴンの衣がパラパラとはがれだした。
キダンが倒れこんだ。
「大丈夫か、キダン。」

ロドリアムは箒を呼び寄せて、乗った。
ゼットは倒れこんだ。

ロドリアムは杖をキダンに向けた。
「アシスト!マギブ、ロドリアム。」

「あああー!!」
キダンは叫んだ。
「キダン、しっかりしろ!!」

クオラはメゼラウスにテレパシーを送り、メゼラウスの動きは止まっていた。
メゼラウスを襲おうとする大軍たちを、魚巨人兵が倒していた。
ロドリアムはメゼラウスに杖を向けた。

「待ってください、ロドリアムさん!!」
ドロシーは叫んだ。

オルタは全てを悟っていた。
オルタは双子に聞いた。
「行けるな?」
「はい。」
「シードラプロゲニーには、幻を魅せる力がある。」

オイドレンは聞いた。
「お前たち、どこに行く?」
「戦いを止めるために。」
「僕たち、行ってきます。」

「行ってこい。君たちが、希望の光だ。」
オルタは言い、手から魔力を出した。

「おい!!」

双子と妖精2人はテラスから飛んで行った。

双子は空を自在にゆっくりと飛び、交差し、
その姿は、アドルフとメゼラウスの姿になった。
ロドリアムもそれを見て、キダンがしていることに気づき、叫んだ。
「やめろー!!キダン!!」

キダンは止めなかった。キダンは弱った体で手を伸ばし、つぶやいた。
「マプランダー‥、メゼラウス。」

一瞬、時が止まったかと思うと、崩れだした。

「あああ!」
双子は落ちたが、オイドレンとドロシーがキャッチした。

大地震のように、全てが崩れだしたが、
海の中から、大サメに乗った男が現れた。

メゼラウスの父、トリアスの亡霊である。

「息子が迷惑をかけて、すまない。」

「海の神、トリアス様。」
オルタはトリアスを見た。

シールムと地上に降りていたクーアンは、膝をついた。

トリアスは言った。
「アシスト、マギブ、メゼラウス。」

メゼラウスの前には、アドルフが手を伸ばしていた。
「アドルフ。」
「僕の親友。君が、海の王だったなんて、知らなかった。」
アドルフは、メゼラウスを抱きしめた。

トリアスは言った。
「魔法国は中国でいい。海の王を連れ、我々は帰るぞ。」

すると、海竜族たちは、イルカに変身して、海に戻った。


「わあああ!!」
大軍たちは歓声をあげた。

オルタは魔法で、双子と弱ったキダンとドロシーを呼び寄せた。
チェウは拍手しながら、一歩下がった。
大軍たちは、さらに大きな歓声をあげた。

「あれ?俺はいいのか?」
オイドレンは呼ばれなかった。

箒に乗ったロドリアムが、オルタたちがいるテラスに来た。
「H.」
「ロドリアムです。」
「そうか。ありがとう。」


クーアンは、シールムに言った。
「シールム、ごめん。」
「ううん。」

「お姉ちゃん、大丈夫?ガジェルも戻ってきたよ。」
「シールム、心配したわ。無事でよかった。」
ガジェルはシールムをハグした。


「ゼット。」
戦いの一部始終を見ていたトゥアンが、海の中に倒れたゼットの下に来た。

「大丈夫かしら。」
トゥアンは、ラインを見た。
「ゼット。」
ラインは、ゼットを起こした。

「ゼット、大丈夫?」
「ああ、ライン。」
ゼットはニヤリと笑った。
「君を逃がす。いいか、別の時代にだ。」

「ゼットとは、もう会えないわね。」
「うん。姉さん、今までありがとう。」
「いいのよ。楽しかったわ。」

「アダーズトラベル。」
ラインは言った。

時代の動画が早送りされたり、巻き戻されたりするタイムトンネルの中で、
ゼットは、強い力で、少し前の時に飛び降りた。

屋台でお茶を飲むラインの肩をポンと叩く。
「なんだ!!」
まだゼットに会ったことのないラインは叫んだ。

ゼットはタイムトラベルをした。


「シールムとユリアル、また会いに来てね。」
「わかった。」
「ガジェル、元気でね。」
「ええ。」

ゼットは2016年のハワイに来た。

ゼットは、シールムとユリアルを狙うアブリゴット達に、少し攻撃をすると、
アブリゴット達は、ゼットに向けて、殺しの魔法をかけた。
それこそが、ゼットの狙いだった。

ゼットは、世界に1人しかいない魔法力を持っていた。
尊い魔力を持ったものを殺すと、自分たちにもかかるのだ。
ゼットは死に、アブリゴットたちも死んだ。

「ゼットさん?」
警察に運ばれるゼットを、シールムが覗き込んだ。
「もうダメだ。」
警官がシールムを下がらせようとしたが、シールムは言った。
「ゼットさん、ありがとう。」
「ほら、いけ。」

「愛してたわ。」


弱ったキダンを、オルタが治した。
「本当によくやってくれたな。」
「いえ。」
「帰れそうか。」
「はい。」

「ありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとう。」
ドロシーと双子がお礼を言うと、オルタはニッコリとした。

「タイムトラベル。」
6人と妖精2人は、チェウの光で、タイムトラベルをした。

「はぁぁ。」
ため息をつき、オルタは屋敷の中に入り、ルイを見つけ、言った。

「お前は何をしていたんだ!!」

チェウは、スマホを見た。
お腹がふっくらとしたハンナが写メールを送ってきていた。


プーチは家の前で帰りを待っていた。
ドン
「ああ!」
「お父さん!」
双子はプーチにとびついた。
「よく無事で帰ってきてくれたな。ドロシーさん、ありがとう。」

「それで、どうだったんじゃ?」
プーチはオイドレンに聞いた。

「よかったよ。魔法国は中国になったしね。」
ロドリアムは言った。
「おお、そうか。よかった。」

「とにかく入れ。夕食を準備してある。」
プーチは言った。

オイドレンは聞いた。
「ロドリアム。どさくさにまぎれて、マギブの力を手に入れたんじゃないか。」
「ああ、そうだよ。キダン、すまなかった。」

「マプランダー‥。」
「やめておけ。傷にさわるぞ。」
キダンはマプランダーの魔法をかけようとしたが、オイドレンが止めた。

ピンポーン
7人と妖精2人が夕食を食べていると、チャイムの音がした。
「はい。」
「突然、ごめんなさい。」
そこには、サーンとお父さんが立っていた。
「シードラプロゲニーの里親が見つかったんです。」
「ああ、そうか。よかった。」
プーチは言った。
双子は少しだけ悔しい気持ちを抑えたが、兄妹にならない方が、
結婚できる確率が上がる。
サーンはニヤリと笑った。

数日後、双子とオイドレンとロドリアムは、ボスティーのバスケの試合を見に行った。
「ボスティー!!」
ボスティーは手を振らないが、真剣な目で一瞬こちらを見た。
「きゃー!!」

「次は、時空の旅だな。」
「タイムトラベルと何が違うの?」
「今までのタイムトラベルは、同じ次元の中での、旅だった。
でも、次は、次元の同士の旅になる。つまり、宇宙旅行みたいなもんだ。」
「それは、大変そうだね。」
「ああ、でもきっと楽しいだろう。」

モースフロウは、ちょうど、体育館の上に来ていた。
モースフロウは優雅に飛び、美しいミシルマを映した。

私の話はこれで終わり。

【Matriacil】
【MICILUMA】
【jingle bell hops】
【あなたは笑う】
【恋】
By Shino Nishikawa

マトルキャットとマジェスティの秘密

マトルキャットとマジェスティの秘密

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