嫁はんを待ちながら

N村Kタロウ 作

大阪弁のおっさんがしゃべりつづける、一人芝居的みたいな掌編です。

いままで「門の掌編集」としてひとまとめにして掲載していましたが、分かりにくいので別々の作品として掲載し直すことにしました。

 嫁はん、遅いなあ。なにしとんねやろ。
 純子もおらんちゅうことは、また何ちゃらいうリサイタル行っとんねやろか……言うて、へへへ、リサイタル言うたらまた笑われるねんな、これが。ライブちゅうねん最近は。ライブちゅうねん最近はなあ。
 しかしライブ言うたらなあ、わしらの業界では昔から、中堅どころの、ライブの、あの四条畷の……なんや、何ちゅうねやったかなあ、新聞広告出しとったよなあ。あれびっくりしたわ。せやけどあれはバルブの時分か。あー寒。灯油無いがな。灯油入れとかんかいな。寒いがな。
 なんや、晩飯もあれへん。なんもあれへんのかいな。土曜日やろが今日は。土曜日くらいゆっくり……ゆっくり……なんや、なんや言うて、俺、俺いつも言うとるやないか。まったく。
 淳子もなあ、あれはもうちょっとマシになる思うとったわ。今の若い子いうたらなあ、みな綺麗やで。テレビに出よる何やらエリーやらエリカやら、あこまで綺麗にならんでもええけど……あっこまで綺麗なったら、そらそれでまた心配でかなんやろなあ。しかし、会社の若い子でもなあ、もっとちゃんと化粧して……。それがなあ。あれやもんなあ。もうじき嫁に行かんならん歳やで、あれ。誰がもろてくれるねん。あれ誰がもろうてくれるねん。嫁はんの若い時分そっくりやがな。えーネクタイネクタイ、ネクタイどこへ掛けといたらええねん。分からんわ、嫁はんおらんさかい……はは、ここへこないして掛けたら、松の木に首吊りしとるみたいやなあ。ちょうどそない見えるなあ。カッターシャツとネクタイがなあ。おもろいもんや。しかし嫁はん遅いなあ。
 また順子連れてリサイクル……ちゃうわ。リザイブ……なんや、カタカナばっかりで最近分からん。リサイクルちゅうたらパソコンの何かやったかいな。もう忘れた。先週の会議でその話が出とったのに。ようテレビで言うとるがな。リサイクル。リザイブルちゅうたらまた別口やな。わしらの業界の……なあ。
 しかし、嫁はん遅いなあ。
 なんぞ食べんならんもんなあ。腹減って来たわ。嫁はんの飯もなあ、塩辛いねん。なんぼ言うても直らん。血圧……いや、しかしなんぼなんでも遅いんと違うかぁ? 潤子もいてへんし。あいつはまだ高校生やぞ。こんな時間までどこ連れまわしとんねん。あしたも学校……いや、夏休みか。夏休みでもなあ。高校生やぞ。学生の本分は何や。勉強や。言うて、赤坂先生に言われたなあ。あの先生にだけはよう言い返さんかった。経済学部の金マル派学連がゲバルトかけた時は、わしら文学部の学生で先生の研究室守ったもんや。なつかしなあ、赤崎先生。退官前やったもんなあ、もう亡くならはったんやろなあ。インターネットでいっぺん調べてもろうたろ。いや、イントラネットいうたか。違いがよう分からん。インテルネットちゅうのもあるんやったか。よう似たある。違いがよう分からん。腹減ったがな。冷蔵庫になんぞ……なんやこれ。パスタか。パスタいうたらスパゲッティか。こんなんしか無いのんかいな。こんなんしかあれへん。嫁はん遅いなあ。スパゲッティか。こんなんしかあれへん。これどないすんねんチンするんかいな。おーい準子、これどないすんねん? え? わし、分からんで。なんや、どこや。準子は。おらんのかいな。洵子いてへんがな。なんや。若い奴は、狙いすましたみたいに肝心なときにおらんようになる。会社の若手でも、みなそうや。
 あれはなあ、大卒なんぞ採るさかいに、あかんねん。理屈ばっかり言うてけつかる。わしら、みな、高卒で叩き上げて来たんやないか。大卒は要らん知恵が付いとるし、遊び癖がついとるし、使えん。大学で勉強なんぞしてもなあ、物の役には立たんねん。あれはバルブのはじけたころからやろ。あの前は高卒しか採らんかった。あのバルブからや。雰囲気が悪い。雰囲気が。責任ちゅうもんが無い。謝ったら済むと思うとる。あほんだら。信頼ちゅうもんがあるんや、わしらが築いて来た信頼ちゅうもんが。なあ。嫁はんおれへんやないか、嫁はん。信頼ちゅうもんが、なあ。夫婦の間もそうやで。
 ほんで巡子はどこにおんねん。中学生がこない遅うにどこをほっつき歩いとんねん。明日も学校やろが。またあのアメリカ村行っとるんかい。あない風紀の乱れた……。だいたいあの格好はなんや。下着やないか。アメさんが見たらパン助やと思いよるわ。あれどう見ても下着や。嫁はんは何しとんねん。あ、これ袋あけたらあかんのかいな。ほな書いとかんかいな。何で書かへんねん。あ、書いたあるわ。字ぃが小さいねん、そやけど、嫁はん遅いがな。よう見ぇへん。よう読めへんでこれ。字ぃ小さいねん。ほなどないしたろ。サランラップかけてチンせんならんな。サランラップどこや。サランラップどこにあるかも分からん。わし、嫁はん死んだらどないすんねん。
 旬子もうじき嫁にいくのにお母ちゃんおらなんだら不憫やなあ。衣装やら段取りやら、弘通(ぐつ)悪いなあ。わし分からんで。サランラップもよう見つけへんねやさかい。嫁はん遅いなあ。おおこれやこれや。サランラップ。いや違うわこれクレラップて書いたあるがな。クレラップて何や聞いたことあるけどどない使うねん。サランラップと一緒やろか。別のことに使うもんやろか。一緒に使うてええねやろか。わし分からんでぇ。嫁はんどこ行ったんや嫁はん。かなんなあ。もう九時や。もう九時かいな。嫁はんどこ行きよったんや。洵子の入学祝いとかでまた高い店行っとるんちゃうやろな。けったくそわるい。いや、違うで。わし羨ましいのと違うで、スパゲッティやらグラタンやら好かんしな。おおかた天満の大川端に夜桜見物でも行っとるんやろ。あの川向かいに戦中は砲兵工廠があって、大阪大空襲の時は、ごうごう燃えて、へへへ、あら綺麗やったなあ。へへへ。そやけど勤労奉仕へ行っとった子はようけ死んだなあ。よけ焼け死んだなあ。かわいそやったなあ。かわいい子がおったんや。なんちゅう名前やったか。丸っこい体つきでなあ、それにしても、あの食べ物の無い時分になあ。いまの子は、みな体格がええわ。うちの循子でも、見てみ、あれ。ボインやし、太もももむっちりしとるし、あれで高校生やねんからなあ、何や、親のわしでもムラムラっとケッタイな気分に、えへへへ、そんなことあるかいな。無いがな。そんなアホなことあるかいな。無い無い。えー、そやけどこれ動かんなあ。どないなっとんねやろ。飯食われへんがな。どこぞ押さんならんのやろか。説明書があるはずやなあ。みなまとめてタンスに……。
 わあ。わあっ。わ、なんやこれ。なんやこれ。わあーっ。こ、こ、これ何や。なんや。なんやねん。あれか。あれかいな。わしのカッターシャツとネクタイかいな。びっくりしたなあ。びっくりしたわあ。はあはあ、なるほど。ここへこないして、鴨居のところへこないして吊ったら、ちょうど松の木に首を吊ったような格好に。ははあ、こらおもろい。よう出来たある。こらおもろいなあ。しかしびっくりしたなあ。誰ぞに見せたいなあ。嫁はん腰抜かっしよんで。嫁はんまだ帰って来ぇへんねやろか。エリカもまだ帰ってへんのんかい。エリカもまだ帰ってへんのんかいな。何をしとんねん、ほんまに。うちのエリカは別嬪やさかいなあ。誰に似たんやら分からんけど。えへへ。このわしとあの嫁はんからなあ。嫁のあほんだらが、こないな夜中にエリカ連れまわしてどないするんや。なんぞあったらどないすんねん。なんぞあったら洒落ならんで。このごろはケッタイな奴多いさかいなあ。嫁はんはもうどないされてもかめへんけど、エリカがケッタイな男にケッタイなことされたら、わし犯人ぶち殺しに行くで、そらもう。殺すで。どないして殺したろ。包丁で突くぐらいやったら足らんで。まず最初は足の親指ライターであぶったる。それから目蓋にずらっと釣り針刺して銀色のまつ毛にしたる。そんなんまだまだ序の口……。おっ、これやこれや。ここ押したらええねん。ちゃあんと「あたため」て書いたあるがな。それにしてもひらがなで「あたため」てなあ。かえって読みにくいがな。今日日の若い子はこんな漢字もよう読まんのかいな。輸出用なんかいな。
 せやけどスパゲッティかあ。なんや気ぃ進まんなあ。嫁はんが死んでから、わしろくなもん食うてへんなあ。エリコは料理よう作りよらんしなあ。我がの娘のことをこない言うのもなんやけど、あれは器量ももう一つやし、性分も陰気やし、身体もガリガリで女らしいところが無いさかいなあ。せめて料理ぐらい出来な、話にならんで。死んだ時の嫁はんよりまだ陰気で貧相やもんなあ、へへへ、こんなん言うたら嫁はん怒りよるわ。仏壇(ぶったん)で歯噛みしよるやろ。そやけど寒いなあ。こないな時間にユリカはどこ行きよったんや。また男とじゃらじゃら遊んどんのとちゃうやろなあ。スパゲッティ、これでもうええのんかいな。もう食べれるんかいな。なんや不味そうやなあ。若いもんはこんなん好っきゃねんなあ。食べとないなあ。醇子もリエコももう寝とるんやろか。明日は運動会や言うて楽しみにしとるもんなあ。生意気盛りでも可愛いもんや、まだ小学生やもんなあ。しかし嫁はん遅いなあ。まだ帰って来ぇへんのかいな。まだ帰って来よらんのかいな。嫁はんまだ帰って来よらんのかいな。わし待っとんねんで。さいぜんからずっと待っとんのにから。

嫁はんを待ちながら

何年も前に書いたものですが、改めて読み返してみると、気持ち悪いなあ。
ご意見ご感想などは、「星の門」( http://hashidateamano.bbs.fc2.com/ )
あるいは https://twitter.com/KetaroNakamura1 へどうぞ。

嫁はんを待ちながら

大阪弁のおっさんがしゃべりつづける、一人芝居的みたいな掌編です。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-02-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted