異世界にて、我、最強を目指す。世界選手権-世界選手権新人戦編
世界選手権-世界選手権新人戦 第1章
12月のGPFが終わり、学校は冬休みを迎えた。
冬休みに入るとクリスマス休暇や正月休みが続いて、寮住まいの生徒たちはほとんどが帰省したようで寮の中は静かだった。
サトルも実家に帰ったらしく、顔を合わせていない。逍遥は特訓だとかで魔法部隊に行ってしまった。
聖人さんは実家があって無いようなものなので、世話になった親戚のところに挨拶に行っただけで宿泊することなく寮に戻ってきたが、前のように俺と親しく行動を共にすることは無い。
俺もその辺は頭の中ではわかってるんだが、心の中に隙間風が吹くようで、何か寂しい。
そういう俺もどこかに行くあてすらないし、いつも寮の中でホームズと一緒にヒーターの前で暖を取っていた。
新人戦が目標だといっておきながら、数馬が俺のところに顔を出さないのをいいことに、新人戦のことなど頭の隅に追いやって、昼間からゴロゴロと遊んでいた。
こっちに戻った頃に嫌な噂も聞き付けたし、何よりソフトを生徒会に返していたので具体的な練習はできないのが実情だった。
噂?
あとで教えてあげるよ・・・。
それより。
亜里沙が口にしていたホームズの特殊能力。それっていったい、何なんだ?
新人戦よりも、俺の興味はそちらに移ってしまっている。
ニャーンと鳴くホームズを前に、俺はねこじゃらしで遊びながら問いかけた。
「ホームズ、お前の特殊能力って何なの?」
途端にホームズは遊ぶのを止め、オッドアイになる。
俺は突然のホームズの変化に、いつも魂を抜かれそうになるのだが、そろそろ慣れなくては。
ホームズは後ろ足で耳を掻きながら反対に俺に向かって聞き返す。
「誰から聞いた」
「あ、いや、なんかそこかしこで聞くんだけど」
「そっか。いずれお前にもバレるしな」
ホームズは淡々としたものだ。
もう一息といわんばかりに、俺はホームズの目をじっと見た。
「で、何なのさ」
ホームズの目がくるくると動く。まるでビー玉みたいに。
しばらく躊躇っていたようだが、ついにホームズは口を開いた。
・・・落ちた・・・。
人間のように前足を使って器用に鼻をほじるホームズは、目線を俺から外して窓の外を眺めた。
「未来予知」
え?予知?俺の聞き間違いか?
そんなんできんの?
ノストラダムスの大予言?あれも当たんなかっただろうが。
でもそういえば、前に数馬が来た時も「客が来る」って言ったし、サトルからもらったヒーターのことも「不用品が手に入る」って言った。
もしかして、それのこと?
「あれは予知じゃない。透視にすぎない」
「そうなのか?じゃあ、どんなの予知できんの」
「例えばだな、敵襲だとか自然災害だとか、そういう系統」
「敵襲わかるんなら、軍隊に居たら重宝されるじゃないか」
「昔は軍隊にもいたことある」
ホームズは高くもない鼻を前足でこすっている。
俺はホームズの姿など見ていないかのように次々に質問を飛ばす。
「ホームズが数馬に会ったのはどこで?」
「長崎だ。あいつ、お前に本当の事言ってないようだな」
「本当の事?」
「親父が事故で、お袋が病気って言っただろ、お前に。これいうとあいつがまた俺のこと拉致るから嫌なんだけど」
「じゃあ、俺たちに隠匿魔法かければいいじゃん」
「お前、隠匿魔法の使い方わかんの」
「知らない」
「くーっ。これだからひよっこはよお」
「ンなこと言ったって、教えられてないし誰かが魔法をかけるとこ、見たこともないんだから」
「あのな、海斗。逍遥が俺のこと良く思ってないのは、俺がお前に魔法授けるのもあるからなんだぞ」
「だってホームズ、逍遥が俺に還元してくれないからだ」
「そんでも、還元したいという気持ちが強いから、邪魔する奴に良い感情は持てないだろ。それは俺様としてもよくわかる」
「そりゃまあ、近頃逍遥のこと蔑ろにしてるかもしれないけどさ。時間が惜しいんだよ、俺としては」
「海斗、お前、あらゆる魔法を早く手に入れたいんだろ」
さすがホームズ。
俺の心の中をしっかり読んでる。
「でもな、海斗。これも巡り合わせがあるんだよ。お前と聖人の間に縁がないように」
「もうそれは終わったことだよ、俺には今、数馬というサポーターがいる」
俺は本心をホームズに伝えたわけではない。ホームズがどう出てくるか。
「数馬はお前の良きパートナーであっても、人知れぬ闇を持った男だ。近づくほどに火傷するぞ」
強ち、それは嘘でもないのかもしれない。
ダダッ。
のんびりとしたひとときだったはずなのに、ホームズはひげをピーンと伸ばし、急に立ち上がって尻尾を丸めた。
「奴がくる。俺は聖人の部屋に行く」
そういうと、ホームズはオッドアイのまま、
「読心術を作動させないためにお前の心に壁を作る!」
と高らかに宣言し、忽然と目の前から姿を消した。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ホームズのいう「奴」とは、数馬だと思った。ホームズやサトルの言う闇が深い人間とは、たぶん数馬のことを指しているのではないかと、俺は前々から当たりを付けていた。
聖人さんも闇に生きてる時期はあったし、今でも太陽の下、何も考えずに生きてるわけじゃないだろうけど、闇深いとは思えない。
数馬は謎を背負いながら生きてるような気がする。
それが何かと問われれば、詳しく答えられるわけではないが、俺の第六感というやつが数馬の目の奥に憂いを感じているのは確かだ。
俺一人の部屋の中で、一瞬部屋の灯りが暗くなったかと思うと、次の瞬間には数馬が姿を現した。
「やあ、ハッピーニューイヤー、海斗」
「数馬。今年もよろしくな」
急に現れた数馬。ホームズはまた透視をしたのか、それともこれも予知なのか、などと考えながら数馬を見ている俺。
きょろきょろと部屋の中を目で追う数馬。ホームズを探しているに違いないと踏んだ。
「ホームズはお出かけしたよ」
「どこに」
「そこまでは。あいつ気紛れだから外に出ることもあるし」
数馬はすぐさま透視したようだが、ホームズの隠匿魔法と防御魔法が壁となって見つからなかったのだろう。舌打ちしながら俺の目を見る。
「あの猫、君に何か言ってた?」
「何かって?」
「僕のことだよ」
俺は、知らないというように首を捻って手を静かに振った。
数馬は深く溜息を洩らして、手足から力を抜きだらりとさせたままベッド脇の床に胡坐をかいた。
「何か俺が知らないことでもあるわけ?近頃、君ちょっと変だよ」
「変、か。見透かされてるというわけか」
「それが何なのかはわかんないけどね」
「ホームズは知ってただろ?話さなかったのか、君に」
「俺が知らないことがあるなら、数馬に聞け、って。そう言ってた」
胡坐をかいてしばらく目を瞑ったまま、微動だにしない数馬。こんな数馬も珍しい。
イケメン顔の眉間に、段々皺が寄ってきた。
「どこまで話すべきか、悩んでるんだよ。嘘吐いたのは本当」
「いや、特に全部話さなくても」
「話し出したら、全てがクロスするようなものだから。君に嫌な思いをさせることも含んで」
「数馬がセーフと思うことだけ話したらいいんじゃないの」
数馬はその後もしばらく無口になり時に目を瞑り時に目を開け一点を睨んでみたり。
話す内容を取捨選択しているといった状況にあるのだと思われた。
俺は特に何も根掘り葉掘り聞くつもりはない。
ただ、父親が事故で、母親が病気で亡くなったというのは、たぶん嘘なんだろう。
それくらいしか俺は数馬の過去を聞いていないから。
数馬は胡坐の体勢から立ち上がると、もう一度腰を下ろし、床に正座した。
「君が今考えた通り、両親の死因は嘘を吐いた。僕の父親は殺された、正確に言えば、殺されたと僕は考えている。母はその後精神を病んで自殺した」
こりゃ、だいぶヘビーな内容だ。
そこから、言葉を選びながら話し始め、数馬の過去や現在が徐々に明らかになってきた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
大前数馬。
今から18年前にロサンゼルスで3,600kgほどの健康優良赤ん坊として産声をあげた。父母は米国の軍隊で魔法師として働いていた。数馬は一人っ子で、15年間を米国で過ごした。
6年前に父が日本の魔法部隊にヘッドハンティングされた関係で、父は単身日本に帰国し横浜支部にて勤務を始め、母と数馬は、数馬が大学を卒業してから日本に帰国する予定だった。
全てが順調に運び、大前の家族は幸せに暮らしていた。
そんな折、突然知らされた父の訃報。
3年前のことだった。
演習中、魔法が角逐を起こして大爆発を引き起こし、巻き込まれた父ら数名が亡くなったという。
驚き母と二人日本に帰国したが、父の遺体は既に荼毘に付され、骨すら残っていないと言われ、母と二人、遺影だけという哀しみの対面を果たした。
事故による死亡だとしても、日本軍魔法部隊に対しやるせない感情が噴出した。殺したようなもんじゃないか、と。
その後母はうつ状態に陥り、父の元に行きたいと自殺未遂を繰り返すようになり、ある時、ビルの屋上から投身自殺を図り命を落とした。
数馬の父母は外国暮らしが長く、日本にいた親戚筋とは全く連絡を取り合っておらず、日本には数馬に対し誰も救いの手を伸ばしてくれる人はいなかった。
米国軍隊の魔法師は年金制度が整っておらず、天涯孤独の身となった数馬は住むところや食物にさえも困るようになった。
アメリカに墓を求めたが、葬儀費用や日本とアメリカを行き来する飛行機代、そしてアメリカの家の立ち退きを迫られたため立て続けに金を使い、父母の遺してくれたわずかばかりの貯金を食いつぶすのはあっという間だった。
アルバイトをしてどちらかの国で食べていきながら、高校、そして大学で魔法を勉強するにも、本当にやっていけるのか数馬自身不安になる日が続いた。
そんなとき、米国で通っていた中学校の恩師から米国でのアルバイトや住む家などの紹介を受け1人で生活する手はずが整い、数馬はアメリカへ出立するばかりとなった。
そんな数馬の元に、ある日1通の手紙が届いた。
差出人は、沢渡剛。
知らない名だった。
手紙の内容を極端に要約すると、横浜の紅薔薇高校への入学を勧誘するものだった。
パソコンで打った字はどこか機械的で薄ら寒いものを感じたが、周囲に紅薔薇高校の評判を聞くと日本一の魔法科を持ち自由な校風の高校といわれ、自分は日本人なのだというアイデンティティーもあり、親しみを持った。
返済不要の奨学金を貸与されるとも手紙に記されており、米国の恩師と相談した結果、高校生活は日本で過ごし、大学入学時に米国か日本かを選択してはどうかと勧められた。
正直、外国での暮らしが長く英語漬けの生活をしていたので日本語が不得手で、その上一人暮らしの経験さえも無かったため日本での生活に不安はあったものの、沢渡が助けてくれると信じた数馬は、日本に残り紅薔薇に入学することにした。
ところが、手紙差出人のはずの沢渡剛という名の生徒を探し、礼を伝えようとしたところすげなく無視された。違和感が残った数馬は、元々魔法工学に興味を持っていたこともあり、魔法科ではなく魔法技術科に入学した。
入学後の紅薔薇は、魔法科至上主義を掲げる一派による上意下達を重んじる校風へと変貌を遂げた。
自由闊達な意見を言える場など、どこにもなかった。
紅薔薇への入学を後悔したが、もう遅かった。
すぐに退学し米国に帰ろうとも思ったが、運悪く世話をしてくれた恩師が急死してしまい米国での生活の術が断たれた格好になった数馬。
どこからみても、日本人の15歳の少年が海を渡り米国で己の力だけで生きるということは、想像を遥かに超える苦しさを伴う。
真剣に悩んでいたところ、紅薔薇を休学し世界を旅しながら魔法工学を学んではどうかという提案を書き綴った差出人不明の手紙が届いた。旅する間の費用は全部、差出人である人物が負担するという。
相手は名乗らなかった。あしながおじさんよろしく姿を現すことはなかったが、手紙に寄れば、父の昔の知り合いだという。
紅薔薇から離れたかったことも大きく作用し、深く考えずに数馬はその提案を受け入れた。
旅をしながら2年半を外国で暮らしていたが、また、沢渡から手紙が届いた。
魔法大会に出場している選手のサポーターを依頼したい、というものだった。無視するつもりでいたが、沢渡に会って一言嫌味を言いたいのと、今の自分の手腕を試してみたいという気持ちもあり、日本に戻って海斗のサポーターになった。
そして、広瀬同化事件に巻き込まれたのだった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
数馬の話を聞き終えた俺の素直な感想。
なんだ、お母さんが病気で亡くなったのはホントのことだよね。精神に異常をきたしたのだから、死因は大きく括れば病死だよな。
お父さんは・・・この場合、事故ということになるのだろうが、その真相は数馬だって解ってないに違いない。殺されたっていってもねえ。事故で家族を失った人々は、大概が「会社に殺された」とクレームつけるっていうじゃない。
どこに嘘が隠れてるっていうんだ?
沢渡元会長との確執みたいなものはわかったが、あの沢渡元会長が、手紙出しといて無視するとは、ちょっと考えられない。
その辺は何か行き違いがあったんじゃないのかな。
俺の頭の中に隣の聖人さんの部屋の様子が浮かんだ。
聖人さんが禁断のマタタビを与えてしまいホームズはトリップ状態。よって、ホームズがこちらに戻る気配はない。
数馬はホームズと会いたがっていて、痺れを切らしたように足をがくがくとさせている。俺が出したペットボトルのお茶をぐびっと飲み干すと、また来る、といって瞬間移動魔法であっという間に姿を消した。
数馬が居なくなると、また隣の部屋の状況が頭の中に浮かぶ。
ホームズはすぐに起き上がり、聖人さんに前足を振って礼を言うと、俺の部屋目掛けて壁に入り込むような動きを見せた。
何やる気なんだよ、ホームズ。
すると隣と隔てた壁から顔が浮き上がり、次に身体が、最後に尻尾が出てきた。
こ、怖い。あまりにも不気味だ。
これなら瞬間移動の方がわかりやすいし、不気味さもない。
そんなことを気にしていないホームズは、聖人さんに遊んでもらって超絶気分が良かったらしい。
その割に、いうことはシビアだが。
「あいつ、またお前に嘘吐いた。いつになったらホントのこというのかなあ」
「そうか?大体は筋が通ってたんじゃない?」
「通ってない。だいたいさ、魔法事故ったって、普通、骨も残らない魔法があると思うか?普通ないだろ、そんなもん」
そこで、数馬の告白などを基にホームズと話し合い、その真偽を確かめようということになった。
ホームズ曰く・・・。
・数馬の出生地など→本当
・父親が長崎にいたことがある→嘘
・父の事故死→嘘。
・母親の病死(自殺)→本当
・沢渡からの学校推薦の手紙→嘘。
・恩師の急死など米国に戻れない事情→本当
・紅薔薇入学後の不満→本当
・あしながおじさんからの手紙→嘘。
・魔法工学を勉強するため海外へ→嘘。
・海斗のサポーター就任を勧める沢渡からの手紙→本当
・広瀬同化事件→嘘。一部のみ本当
何だよ何だよ、11項目中、6項目が嘘?約半分は嘘じゃねーか。それでも全くの嘘ではなく「一部分が嘘」などもホームズとしては嘘に分類しているらしい。
おいおいホームズ。広瀬同化事件が嘘って、そりゃないだろ。皆が広瀬に同化魔法をかけられた数馬を見ている。
ホームズ、お前、もうろくしたんじゃね?
するとホームズは本来の爪とぎ場ではなく、俺のベッドに近づいて爪を研ぐ仕草を見せて俺の方を振り返る。
ごめんなさい、ホームズ様。あなたはまだまだお若いです。
ホームズを迎えにベッド際まで行き、抱っこして電気ヒーターの前に座らせる。ここはホームズのお気に入りの場所だ。
オッドアイを変えることなく俺を見るホームズ。
「奴が闇を抱えてるのには原因がある。父親のことだ。俺は長崎でたまたま奴に会って、過去透視掛けられた。あいつは親父の秘密を知ってしまったのさ」
「ちょっと待って。ホームズはどうやってその原因を知ったんだ?」
「言ったろ、俺様軍隊にいた時があるって。あの事件があって、俺様軍隊を脱走したんだ」
「あの事件って、数馬のお父さんが亡くなったことを指してるのか?角逐起こした魔法で何人か死んだっていう」
「それこそ犯人が考えた大嘘だ。海斗、もう少し頭捻れよ」
「いや、俺の単細胞じゃ無理だ。犯人はどこのどいつなんだよ」
ホームズは猫のくせに深く息を吸うと、ゆっくりと時間をかけて息をはきだした。
俺にも深呼吸を強要する。
「いいか、海斗。まず、お前が真実を他にばらさないようにお前の心に壁を設ける。俺の正面に座れ」
何事かと思いつつ、言われるままに、ホームズの正面に正座して言葉を待った。
いでっ!!
ホームズの野郎、俺を引っ掻きやがった。それも、ジャージを着ていて目立たない左胸を。
「いでーよ、ホームズ」
「人間は過去透視するとき、左胸に手を当てるだろう?俺様が今、お前に魔法をかけたからお前の左胸には心の壁ができあがった」
「で、何考えても相手には伝わらないと?」
「とどのつまり、そういうことだ」
そう言えば、ジャージを引っ掻いたくらいで俺の胸に傷ができる訳もない。この痛みは魔法の為せる技なのか。
ホームズは仁王立ちして俺の左胸を前足で指さした。
「でも何にも伝わらないとこれまた怪しまれるからな。さっき奴が話した内容を、すべてお前の心の壁の前面にインプットしてある」
「心の壁か、便利だな」
「普段は使うな。今は緊急事態だから」
「そうだった、犯人がいるんだろう、この事件には」
「知りたいか」
「そりゃ知りたいさ」
ホームズの目はオッドアイから虹色に輝き、俺をどこか別の世界へと誘った。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
目の前で、軍人と思われる2名が言い争いをしていた。何事か理由は分りかねたが、2人とも激しい剣幕で激高している。
もう止めとけよ、と思った時だった。
1人が独特なポーズを採った。
独特な・・・あ、あれは消去魔法の!!
明が妖魔を撃退し、聖人さんが広瀬を葬ったときに採ったあのポーズ!
俺は声を上げようとしたが無駄だった。別のパラレルワールドからその場面を見ているような、俺の周囲には重苦しい空気が漂い、誰からも俺の姿は見えていないと思われた。
それでも俺は必死に足掻く。
あの魔法は普段に使っちゃいけない。喧嘩如きで使ってはいけない魔法のはずだ。
しかし、俺の足掻きは誰にもどこにも伝わらず、俺はその瞬間を目の当たりにしてしまった。
喧嘩をしていたはずの一人は、いつの間にかサラサラとした砂のように崩れ落ち、もう1人は周囲をキョロキョロと見渡して、誰も見ていないのがわかるとその場を去ろうとしていた。
・・・この顔、どっかで見覚えがある・・・。
どこで見たんだ、なぜ俺はこの顔を知っている。
その時、キーンという激しい耳鳴りが俺を襲い、またメニエール症候群に見舞われたのかと思った俺の目の前に、いや、喧嘩していた当人たちがいた場所に、と言った方が正しいか。
なんと、そこに現れたのは聖人さんだった。サラサラと吹き飛んでいく砂に気付いたようだったが、立ちすくんだように見えた聖人さんは、何も語らなかった。
そうだ!
宮城海音をしょっ引くときに大騒ぎした、聖人さんの父親だ!
あの時も透視で見たから、今とすっかり同じ状況で顔を見ることができたんだ!
聖人さんの父親は、何も語らない息子に一瞥をくれると、そこから走って逃げだしていった。
すると聖人さんは、あろうことか、砂をあらかた消し去って魔法の痕跡をひとつ残らず処理し、これまたどこかに消えた。
なんてことだ・・・。
数馬の父親は、聖人さんの父親に殺されたって言うのか。
たぶん軍の施設内で起こった事件のはずなのに、なぜこのことが公にならなかったのか。
これは俺の想像の域を出なかったが、聖人さんの父親は軍隊の中でもそれなりの権限を持つ立場にいた。一方、数馬の父親は魔法の能力を買われヘッドハンティングされたわけだが、立場的にまだライン上に乗るほどではなかった。軍隊は上意下達の激しい場所。それでも数馬の父親は、何かしら上官の不正などに気付き聖人さんの父親を責めていたのだろう。
そして、使ってはいけない魔法を使われ、殺された。
聖人さんは、それが数馬の父親とは知らずに自分の父親が使ったと思われる魔法の痕跡を消して遺体遺棄(この場合消去だけど)みたいな感じで犯罪に加担した形になったわけだ。
この出来事があり、聖人さんの父親は自分の息子を段々遠ざけていったに違いない。いつ軍の上層部に知られるか、そればかり気にしていたのだろう。
結果、宮城海音を溺愛するようになり、聖人さんを奴隷化するような言動をするまでに至った。
どうして聖人さんが周囲にこのことをバラさなかったのか、それは当人に聞かないと分らないが、とにかくこれ以降、宮城家は増々バラバラになっていったと見ていい。
「海斗、海斗!!」
また左胸に痛みが走るとともに、今度は猫パンチを食らって俺の左手は血が赤く滲んでいた。
目がオッドアイに戻ったホームズが瞬きもせず俺を睨んでいる。
「お前、口軽そうだからなあ」
「そんなこと無いと思うけど」
「もう一発、心の壁作っといた。絶対周囲にばらすなよ。ってか、数馬はこの場面知ってるけどな」
「自分の父親が上官に殺されたこと知ってるの?」
「俺様が軍隊脱走して長崎にいることがバレて、数馬は長崎まで来たんだ。そこで俺様捕まって過去透視食らって、あの場面が再現されちまったわけよ」
俺はなんだかとても恐ろしくなって、手が震えだし身体全体にその震えは広がった。
「となると、数馬は全部知ってて今ここにいるのか」
ホームズは声に出すことなく、俺の心に語りかける。
数馬を紅薔薇に誘った沢渡の手紙や、旅に出た際に資金を援助したあしながおじさんも、全部聖人の父が関与していた可能性が高い。
放浪の際の資金援助は、最初は罪滅ぼしのつもりだったかもしれないが、裏を返せば数馬を日本から遠ざけたくなってきた心理の表れということもできる。
だとしたら、数馬の同化事件も納得がいく。
数馬はただ巻き込まれたのではなく、最初から広瀬のターゲットになっていたのだ。
宮城の親父の犬だった広瀬は、数馬を亡き者にしたかった。
大前父死亡に関する秘密がばれたら困るから。
一方で聖人を監視する役目もあって、数馬が日本に戻るまで待つよりほかなかった。
そこに、本物の沢渡が数馬にサポーターとして手伝ってほしいと手紙を送り、数馬が帰ってきた。広瀬はこれで目的が果たせると喜んだはずだ。
しかし、広瀬より数馬のほうが魔法力は格段に上だった。数馬が黙って同化されたわけがない。
そこまで聞くと、俺は思わず声に出して叫んでいた。
「広瀬を殺すために、わざと同化させたと?」
ホームズの目がキラーンと光る。
「大きい声出すな。一石二鳥だろ、その方が。広瀬という犬は宮城家に出入りしてたわけだから、宮城家の懐に入れるかもしれない。その上で広瀬を消し、次は宮城家を破滅させればいい」
「数馬は全く同化されてなかったのか?」
「たぶんな。自我を失うことはこれっぽちも無かったと見て間違いない」
俺が一番に心配してることをホームズに確かめてみる。
「聖人さんも標的に入ってるのか?」
「そこまではわからん、ただ、最初に消すべきは宮城の親父。そして親父が溺愛してる海音だろうな」
「でも聖人さんだってあの事件で父親の行為を揉み消したじゃないか。そしたら聖人さんも復讐対象にはいってるかもしれない」
「その辺を数馬がどう考えているかは、全くもってわからん。俺様、今度奴に捕まったら何させられるか。だから俺様は奴が嫌い、というより近寄りたくない」
「なら、長崎にいた方が良かったのに」
「ここにいてお前が守ってくれるからいいんだ。奴は俺が外に出たら、どういう手を使ってでも俺様を捕まえようとするだろうから」
「ホームズ捕まえてどうすんだよ。数馬が復讐するとでもいうのか」
「奴が生き延びてるのは、親の復讐のためだけだ。ああ、疲れた。もう寝る」
言いたいことだけ言って、ホームズはまたオッドアイを解除してニャーと鳴くと、スタスタと自分のベッドに歩いて行き、ベッドの縁に頭を乗せて丸くなった。
その夜、俺はもう何が何だかわからなくなって寝るどころじゃなかった。
でも、ホームズを守らなくちゃいけないことはわかった。
いくら理由があるとしても、数馬を簡単に殺人者にしないためにも。
数馬の立場になったら父親の復讐を考えると思う。だけど、それは洗いざらい罪を告白させなければ意味がない。
誰にも知らせることなく殺してしまったら、今度は自分が殺人者として汚名を着せられるだけだ。
俺だって宮城家とは因縁がある。
宮城海音のせいで死にそうにもなった。未だに宮城海音は俺を恨んでると思うし、隙あらば俺に対して何らかのアクションを起こしかねない。
宮城家なんぞ崩壊してしまえ、と俺は腹の底で思ってる。人前で言わないだけで。
数馬に加勢すること自体、俺は別に構わない。
真実は明らかになるべきなのだ。
何とかして、数馬の心に入り込み暴走を食い止めつつ、聖人さんを無事に守った上で宮城家の崩壊に手を貸すことができないものか。
俺は震える指を握りしめベッドに横たわったが、一晩中寝ることができなかった。
世界選手権-世界選手権新人戦 第2章
その後、数馬が寮に来ることは無かった。
もしかしたら、本当の過去を俺に知られたくなかったのかもしれない。若しくは、ホームズ無しでも計画を実行する手はずを整えつつあるのかもしれない。
緊張しながら毎日を過ごしていた俺だったが、息の詰まる生活を余儀なくされた冬休みも終わり、やっと学校が始まったというのが本音だった。
いや、学校が始まったからといって昼間俺の部屋に誰かが入り込まないとも限らないのだが、ホームズを狙うとすれば数馬くらいのもんだから。
ホームズは誰にも見つからないよう隠匿魔法を念入りにかけている。
数馬ごときに敗れる隠匿魔法ではないとホームズはいうんだが・・・。
大丈夫か?俺がいない間に連れて行かれないでくれよ。
そうそう、数馬の秘密を知ったあの日から聖人さんとも顔を合わせていない。
ホームズの過去透視魔法で真実を知った俺だったが、聖人さんが悪いとは思えなかった。出来のいい息子だったら、父親のしでかしたことは無かったことにして隠すと思う。
生憎、俺は出来が悪いんで父親を許すことが未だにできていない。
ゆえに、父親が何かしでかしたら自首して罪を償いなさいと背中を押すことしかできないけど。
いやいや、俺がしたいのは俺と父親の関係性の話じゃない。
数馬や聖人さんの行動だよ、俺が心配してんのは。
とはいえ、黙って動向を見ているだけでは埒が明かない。
俺は譲司に離話して、数馬が授業を休んだら知らせて欲しいと頼んだ。新人戦に向けてトレーニングを始めたいからと嘘を吐いたが、譲司には嘘とバレていただろう。
ただし、俺には心の壁がある。
本当のことは、誰にも明かせないし、明かさない。
聖人さんや逍遥の動きならサトルに任せれば裏の裏まで調べてくれる。
2人とも、GPFあたりから仲違いしてるし。
なんだってまあ。
ビッグタイトルが3月にあるんだから、もう少し真面目に取り組んでほしいもんだ。
ビッグタイトルといえば、やはり世界選手権と新人戦は、1月末に予選会を行い日本代表を決めることが生徒会から発表された。
なぜ生徒会が発表したかといえば、予選会に出る為には各校の生徒会からの推薦が必要だからだ。
我こそは、と思う人がエントリーすればいいのだろうが、それでは人数が膨大になり日本枠として与えられた3人を選ぶための大会運営に支障が出ることは、火を見るより明らかだ。
そのため、地域ごとに一定の人数を推薦し予選会を行う。予選会で上位を取った3人が世界選手権や新人戦に出られることになるという。
新人戦の場合、国内を見回しても、俺の目から見て逍遥を超せる1年は、まずいない。
次に実力があるのはサトルで、国分くんがサトルを一歩後ろから追いかける立ち位置にあると思う。他に力のある1年は、全日本や薔薇6の段階では1人もいなかった。
その後実力をつけた者ならエントリー争いに食い込んでくるかもしれないが、今の時点では逍遥、サトル、国分くんで決まりだと思う。
で、なんで俺がGPF終了時に目標とした、世界選手権新人戦に向けて頑張ろうとしないかといえば、俺の聞きつけた嫌な噂通り『デュークアーチェリー』の飛距離が50mから100mに、そして競技時間も30分から15分に変更されるという話で持ちきりだからだ。
飛ぶわけないでしょ、100mなんて。ましてや時間まで半分に減ってる。絶対無理。 50mですら100%いかなかったのに、時間が半分になって尚且つ的が100mまで伸びて、そんなもん当たるかっつーの。
おまけに、『バルトガンショット』までもがGPFまでは上限100個30分が最低ラインだったが、予選会以降の最低ラインは上限100個で15分以内。
ふざけんなよと言いたい。
学内ではみんな燥いで100mの練習してる。当たる人?いないさ、もちろん。
GPFで3位になった俺でさえ当たんないんだ、平凡なタイムしか出せない一般人が当たるわけない。
やってみたのかって?
いや、やってない。
最初からあきらめムード。
GPFが終わったときは本気で新人戦目指そうと意気込んだが、無理だよ、『デュークアーチェリー』はその通りだし、『バルトガンショット』はタイミング掴めないままここまで来ちまったし。
でも、燥いでる人たちを見るのは楽しい。みんなキラキラした目をして、汗を流してる。
俺も何にも考えてなければこういうふうに楽しめるのかな。
楽しんで競技に参加できるならこんなにいいことは無いよね。
あの、試合前の苦しいまでの緊張感を考えなければ。
誰も俺に話しかけてこないのをいいことに、2,3日の間、俺は練習もせず授業が終わると寒い中を走って寮に帰り、ホームズと遊んでいた。
そんなある日のこと・・・。
魔法科に、また数馬が顔を見せた。
女子が騒ぎだし群がるからすぐに数馬が来たと当たりが付く。
何の用かなと、俺は廊下までそろりと歩きだした。
・・・数馬・・・なんか怒ってない?
「怒ってるよ、充分に」
「なんで」
「なんでか知りたかったら、ここ何日かの自分の行動思い出してみるんだね」
「え・・・」
まさか、数馬。俺に出ろと。
「その通りです」
「できないよ、100mだよ?」
「まだ1回も試射してないだろ」
「そりゃそうだけど」
「僕が君に内緒で何をしてたと思う?GPFまで」
「知らない」
ぽかっと俺の頭に拳骨が飛んだ。
「『バルトガンショット』のタイミングを直す方法を探してたんだよ。なのに君ときたら、毎日寮に飛んで帰って」
「ごめん、でも数馬・・・」
「でも、だって、どうせ。この言葉は使わせない。今日から特訓。1月末まで間に合わせるから」
げっ。あと3週間しかない。
「あと3週間もあると考えて欲しいね」
結局俺は、その日の放課後から数馬に引きずられ市立アリーナで練習することになった。
「飛距離を2倍にするには、当然魔法のパワーが必要になる。君は50mでもパワーダウンしたことがないから、100m先まで飛ばせる。わかった?」
「でも・・・」
「でも、は使わない。ほら、やってみて」
「わかったよ・・・」
1発目で飛ばないと分れば、数馬も諦めてくれるだろう。とはいえ、テキトーにやっても数馬にはバレてしまう。
ここは本気を出さなければ。
俺はGPFまでやっていたように、円陣の中に入ると足を肩幅まで広げて立ち、デバイスである右手を頭の上に持ってくると静かに降ろし、直角というよりも脇の下を60度くらいまで広げて、人さし指を的に合わせると力一杯、発射した。
ドン!!
あ、真ん中に当たっちゃった。
たぶん腕の角度60度と、力一杯やったのがよかったんだろう。
だが、このまま力を使い続ければ、魔法力も体力も途中で息切れしてしまうことは目に見えている。
「今日ここ終わってから2キロ走ろう、明日から徐々に走る距離を長くして」
またランニングか・・・。
「全日本の時とか薔薇6の時はランニングしてたよね?その時は体力ついたでしょ」
「確かに」
「君は決して運動神経は良い方じゃないんだから、少しは努力しないと」
「数馬、そうはっきりと言わないでほしい」
「こうでも言わないと、君は走らないから」
さすが俺のサポーターだけはある。俺の性格は見抜かれている。
「了解。走るよ、少しでも体力つけて、あとは今のような射撃で大丈夫?」
「射撃に関しては問題ない。あとは体力次第」
ここは数馬の言うことが正しい。GPSが始まってろくに外を走ってない俺は明らかに体力が落ちて身体が鈍ってきている。しょうがないな、走るか。
あ。
さっき『バルトガンショット』のタイミングを直す方法を探してた、って聞いたような気がする。
数馬はそれでGPF開始まで俺のところに姿を見せなかったのか。
「数馬、『バルトガンショット』のタイミング直す方法、見つかったの?」
「まあね、今日は『デュークアーチェリー』の距離感掴むことに集中して、明日から『バルトガンショット』の方も練習を開始しよう」
俺は数馬の言葉を遮るように言葉を重ねて畳みかけた。
「すごいな、俺と聖人さんが何やっても見つけられなかったのに」
すると数馬は大真面目な顔つきで逆に俺を遮るような素振りを見せた。
「聖人さんは見つけられなかったわけじゃない。時間がないから後回しにしただけだ」
「後回し?」
「GPSで君は最初『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』の2つエントリーしてたよね?でも練習したところ『バルトガンショット』の成功率があがらなくて結局は『デュークアーチェリー』一つに絞った」
「そうだっけ」
「海斗、若年性アルツハイマーじゃないんだから。たった2,3か月前のことじゃないか」
当時の記憶を必死に辿ったが、俺の十八番であるはずの3D画像の1画面すら浮かんでこなかった。
たぶん、聖人さんとの良き思い出を自分の中で封印したので、あの愉しかった時間も忘れてるというか、記憶に蓋をしているんだと思う。
「やっぱり思い出せない」
数馬もその辺は俺の心理的なモノを汲み取ってくれたのだろう。
「とにかく、『バルトガンショット』は明日から」
当時の記憶を思い出せない以上、俺の『バルトガンショット』は一からのやり直しになる。果たして魔法が上手く使えるかな。
目標記録を設定することができるのか?
記録が伸びなければ、予選会に出るのも難しくなる。
数馬はどうやって弱点補強を思いついたのだろう。
数馬はクスッと口元をあげて目を細めた。
「発想の転換だよ」
「発想の転換?」
「君は動体視力がよく視野も広い。だからクレーが出てきた瞬間を捉えるのは他の人より早いはずだ。でも、クレーを見てしまう癖があるから発射までに誤差が出る」
「そうかも」
「で、出てくるクレーを瞬間的に3D画像として構築してから、クレーを見ることなくそこに向けて発射するんだ。真ん中でクレーに当てるんじゃなく、出てきたところで当てれば問題ない。あとは誤差を魔法で一瞬一瞬過去に戻していけば精度も高くなる」
「何言ってるかわかんない」
「やってみればわかる」
数馬から提案された攻略方法の意味。3D画像まではなんとなく理解できたが、魔法で過去に戻す、とはいったいなんぞやということで、俺のなぜなぜタイムが始まった。
GPS以降、世界各地を転々としてバタバタと時間が過ぎたからか、ほとんどなかったなぜなぜタイム。
日本に帰って安心したのか、それともクレーを撃ち落とす自信がないのかはわからない。
ただ、数馬が「本当にしたいこと=復讐」を後回しにしてまでも俺のために考えてくれていたとするならば、俺はそれを無下にはできないし、少しでも、なんとか形にして見せなければいけないと思う。
現在、俺はショット系の練習を全くしていない。ゆえに成果が落ちつつあると見ていい。
だから、10分以内で上限100個を撃ち落とすことを現行目標にしよう。
でも、俺が思うに、聖人さんと日本で練習していた間は確かに『バルトガンショット』の精度が思ったように上がらなかったかもしれないが、聖人さんならすぐにでも解決策を見出していたと思うし、練習を中途半端に終わらせただろうか。
そこが腑に落ちない。
聖人さんは最初から俺に『バルトガンショット』を教えるつもりはなかったのではないか。
何のためかは知らないけど、もしかしたら逍遥がエントリーされ、俺は外れると思っていたのかもしれない。
数馬は数馬で、聖人さんが俺に示さなかった『バルトガンショット』の攻略方法を自分が見つけ教授することで、俺をエントリーさせることにより、サポーターとしての格の違いを見せつけたかったのだろうか。
誰に?
聖人さんに。
なぜ?
父親の復讐の一環として。
有り得なくもないか。
しかし、だ。
聖人さんは、来年度はプレーヤーとして競技を行うか、あるいは魔法部隊に帰還することになるかもしれない。
このまま逍遥と馬鹿な喧嘩をしていると数馬にサポーターとしての貢献度1等賞を明け渡すことになるんだから。
予選会は公式記録に残らないとはいえ、予選会を含めたとしても、サポーターとして活動できるのは2回しかない。わかってんのかな、2人とも。
仲違いしてる暇なんてないはずなのに。
いや、まさかね・・・。
数馬の過去を追ってるわけじゃないだろうな、逍遥も聖人さんも。
喧嘩したふりしてバラバラに行動し、事件事故両面から3年前のあの事件のことを調べているとしたら・・・。
仮想問答としては一理あるが、実際問題として逍遥は新人戦予選会というイベントを控えてる。他人事に首突っこむ暇などないはずだ。
とはいえ、逍遥は特段練習などしなくても確実に新人戦にエントリーされるだろう。
生徒会の推薦や予選会など逍遥にとってはチョロいもんだ。
周囲の目を欺き時間をかけてゆっくりと数馬の身辺調査をする。
うーん、アリかも。
生徒会の推薦もらえるかどうかの瀬戸際なのは、俺だけだ。
それにしても、宮城海音が釈放されていたなんて。自殺教唆は明確だったというのに。
あいつは変わらず俺を憎んでるようだし、今後も何かしらちょっかい出してくるんだろうな。今度の予選会なんて絶好の機会じゃないか、あいつにとっては。
あいつがもしエントリー可能な魔法を身に着けてるとしたら、だけど。
予選会で何か邪魔してくる可能性は大きい。ただ、あいつもあいつの友人も現段階では俺よりも魔法力が低いはずだから、プレーヤーとして俺の前に立ちはだかってはこないだろう。
俺は、宮城海音を甘く見すぎていた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日から、朝夕のジョギングと大掛りなストレッチ運動、そして放課後は市立アリーナでの『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』の練習。寮の部屋に帰ってからはバランスボールで体幹を鍛える基礎訓練が俺を待っていた。
数馬が寮に来ると相変わらずホームズはどこかに消え失せていたが、何となく波動を感じるのでこの寮の何処かに潜んでいるに違いない。
この波動を数馬が感じ取っているのかは分からなかった。
数馬は基礎訓練に重きを置き、俺がサボらないようずっと訓練を見ていて、ホームズのことは口にしなかったから。
走りを復活させた頃は、1キロ付近で足が攣ったり散々な目に遭っていた俺だが、1週間もすると3~5キロほど走れるようになっていて、そこは俺自身が一番驚いていたし、数馬は俺の体力の回復ぶりに目を細めていた。
あとは、バランスボールでの腕立て伏せだが、俺の場合はボールの中心に足を乗せて、上半身はボールから離して腕立てする方法を勧められた。結構、これがキツイ。最初は5回程度がやっとで、飽きてボールに座るだけにしていたものだが、これまた段々とコツを掴んできた俺は、1週間後には10~20回程度の腕立て伏せはできるようになっていた。
数馬は、俺にバランスボールを使った腹筋も半ば強要してくる。
できない、と何度言っても向こうは聞いちゃいねえ。
仰向けにボールに乗って、腹に力を入れて腹筋をする。ゴロンと転ぶときもあれば、腹に力が入らない時もある。何度数馬に手本を見せてもらってもこればかりは俺の運動神経では難しいらしい。
しかし、それで諦める数馬ではない。
ボールに乗る位置や足を付く位置、背中がどれだけボールに接面しているかを見ながら成功に向けて分析しているようで、俺はそれこそ1mmずつ座る場所を移動し、やっとのことで腹筋運動に挑戦して5回ほど成功。
実は俺、リアル世界に居る頃から腹筋運動がとても苦手で床の上で行ったとしても成功は10回前後にとどまる。
その事実に比べれば、5回の成功だけでも俺自身は満足していた。
俺は数馬と出会って2か月ほどだが、数馬がどんなことを考えているのか、指先を見ればある程度はわかるようになった。
満足している時は両方の手のひらでグーを作りプチガッツポーズするが、逆に心に不満が渦巻いてると両手を組み合わせ交差させた指を高速で動かす。
俺の腹筋運動を見て、どうやら数馬は満足していないらしい。
両手組んでるし、手指の高速動作が半端ない。
あのー、数馬―。
こればっかりは許してほしいよ。
俺は元々、運動神経マイナスの男なんだから。
魔法という紛い物に気を取られて、俺が運動神経のない男だと気付いてない人が多すぎやしないか?
たぶん、俺の本来の運動神経を知っているのは、亜里沙と明しかいないような気がする。うん、あいつらだけは知ってるはずだ。
俺は、不満を口にすることこそしないけれど態度にすっかり表れている数馬に恐縮しながらも、腹筋運動しようと試みるもバランスボールからゴロゴロと落ちていた。
手指の高速運動を一旦止めて、俺の目の前に数馬が移動して、どすんと腰を下ろして俺の目線に自分の目線を合わせる。
「君、ふざけてる?」
「いや、ふざけてない。亜里沙か明に聞いてくれ。俺、腹筋運動は地上でも10回ほどしかできないんだから」
数馬は信じられないといった表情でまた眉間に皺を寄せたが、亜里沙か明と名前が出た時点でこれが真実かと憮然とした口元に変わった。への字型の口になったアイドル顔の数馬も、それはそれで怖い。
腹筋運動については1日10回を目安に出来るよう心掛けること、と冷たい一言が発せられた後、数馬は瞬間移動魔法で一気に姿を消した。
どこに行くのか聞いてはいなかったが、ホームズを誘拐しに消えたわけではないだろう。
それにしても、ホームズも見事な恩行で自分の居場所を隠し通している。
もしかしたら、一番安全なのは生徒会かもしれないな、そんなことを考えながらバランスボールに座っていると、ホームズが帰ってきた。
俺は魔法の関係で常々ホームズに確認したいことや教えて欲しいことがたくさんあった。
「お帰り、ホームズ。今日は生徒会にいたのか?」
「御名答。読心術か?」
「ヤマ掛けただけ」
「つまんねー」
「な、ホームズ。こないだ教わった読心術と心の壁なんだけど。心の壁はお前が俺の胸引っ掻いて作られたよな。でもみんなはどうやって心の壁作ってんだ?左胸は過去透視に使うだろ?」
オッドアイに目の色を変えたホームズは、ヒーターの真ん前でぬくぬくしている。
「一概にはわからん。過去透視の前に壁作ることで過去を隠す状態になるだけで。俺様猫だからな、人間用の魔法は知らんわ。そんなに知りたいなら誰かに聞けばいいのに」
「瞬間移動魔法のように、解り易い説明してくれよー。読心術なんて、気が付いたらホームズの考え読んでましたくらいの勢いだっただろ」
「知らねーよ。誰かに聞け」
「誰に聞いたら教えてくれると思う?」
「逍遥が一番だろ。聖人はお前に有利になる魔法は教えないと思うぞ」
「数馬は?」
「その前に練習しろ!って言われてケツ叩かれて終わりじゃね?」
数馬の、あのへの字顔が目に浮かぶ。
「そりゃそうだ。やっぱり逍遥かなあ」
ホームズはニッと笑う。これがまた、不気味すぎる。
気を悪くしたようにホームズはそっぽを向いてヒーターに当たっていた。
「悪かったな、不気味で」
こういう会話も、みな読心術を用いて声には出さずに行っているのだが、相手がホームズだからできるのか、他の人全員に通用するのかがわからない。
「ホームズのいうとおり、逍遥か、逍遥がダメならサトルに聞いてみるわ」
「それでいんじゃねーの」
ホームズが自分のベッドに行ったのを確かめヒーターを消し、まず逍遥の部屋のドアを叩いた。
「誰~」
あまりにもやる気の感じられない声だ。まだ喧嘩してんのか。
「俺、海斗」
「どしたの」
「魔法教えて」
数秒、逍遥の部屋からは物音一つしなかったが、口より早くドアが開いた。
目を合わせた途端、いいよ、教えてあげる。そんな風に逍遥の心の声が俺の頭の中に響く。
ホームズに習ったことは内緒にして、もう一度人間用の魔法を習いたい。
「え、ホームズに習ったの」
逍遥が驚いて地声を上げた。俺も反応して声に出す。
「いや、あっちは猫用の魔法らしいから」
また俺が黙ると、逍遥の心の声が聞こえる。最初は離話かなとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。離話は自分や相手に都合の悪いことは発しないし聞こえないから。
「猫用魔法って何だよ。人間用もあるってか」
俺も負けじと心に文字を浮かべて話し合えるようにしてみる。
「そうらしい」
「何だ君。読心術できてんじゃん。いつ覚えたの」
「ホームズといたときかも。あっちは猫だから話通じないだろ、それで」
「なるほどね。で、あとは何を習いたいって?」
少し悩んで、俺が思い浮かべたのは心の壁と防御魔法、あとは・・・隠匿魔法。出来れば破壊魔法と消去魔法。
逍遥の顔つきが渋くなった。眉間に皺を寄せている。数馬よりその皺の数は多い。
「破壊魔法と消去魔法はまだ教えられない。心の壁って、自分の考えを人に悟らせない、いわば魔法の重ね掛けを言ってるの?」
ホームズが言ってたのは、そういうことだと思う。
俺が何も考えず頷くと、逍遥は言葉に出して返事をしてくれた。
「了解。防御魔法と隠匿魔法は教えてあげる。魔法の重ね掛けもいいかな」
そして突然、左右の手で拳を作るとクロスして胸部分に当てた。
「これが防御魔法」
なるほど。
俺も一応逍遥の真似をして左右の手で拳を作りクロスして胸部分に当ててみる。
・・・何も起こらない・・・。
ホントに魔法掛かってんのか?
逍遥は俺の心の声にすぐ反応した。
「今はそういう局面にないから自分では意識できないと思う」
「そっか」
「じゃ、次」
次に、右手をひらいて「パス」と心の中で念じながら逍遥は部屋の中にあった靴に右手を翳す。
靴は急に俺の視界から見えなくなった。
声に出さないで念じているのは読心術で直ぐにわかった。
「これが隠匿魔法。呪文唱えて対象物に右手を当てる。対象が自分自身なら、右手を開いたまま心臓部分に当てる」
「声に出してもいいのか」
「どちらでも。ただ、周囲に人が居たりすると声に出せない場面だってあるだろ?そういうときは心で念じるだけにする」
「なるほどね」
納得したような俺の表情を見つつ、逍遥は次の魔法に進んだ。
「最後に心の壁。これは過去透視と同じように右手こぶしを左胸に当てる。ただし、コンコンと2回当てるんだ」
ン?
だからホームズは俺の左胸を引っ掻いたのか。
「なんだ、引っ掛かれた時に気付かなかったの?」
「痛くて気付かなかった」
「相変わらず間抜けだねえ、海斗は」
逍遥、君も相変わらず口が悪いよ。
「僕は正直に言っただけだ」
ま、読心術やりながら喧嘩しても何もいいことは無い。俺はすぐに、右手で拳を作り左胸に当ててコンコンと2回叩いた。これで俺は読心術に対する防御ができたことになる。
「そうそう、そうやって使えば相手は君の心を読めない」
「もう読めてない?」
「ああ。考えてる事はわかんない。魔法に関係なく洞察力を働かせれば、ある程度分るときもあるけどね」
俺は人に気付かれてはいけない秘密をホームズとシェアしているのだから、心の壁は必要不可欠。
それゆえに、壁の前に別な意識をインプットする必要がある。
「もしもだよ、逍遥。他人に知られてはいけない秘密があったとして、心の壁だけでは心が真っ白になってしまうから相手に疑われるよな」
「そうだね」
「壁の上に他の意識を押し込めることなんてできんのかな」
「魔法を重ね掛けしていけばいいんじゃない」
「元の魔法は解けないのか?」
「重ね掛けは確か10回くらいでパンクするはずだけど」
「パンクしたらまた重ね掛けすればいいのか?」
「君、なんでそこまで重ね掛けに拘るの?それこそ疑われるよ」
「あ、いや、何でもない。ほら、俺って嘘つけない体質だからさ」
「嘘なんてつくもんじゃない。身を滅ぼすだけじゃないか」
逍遥の心に嘘は無い。逍遥が心の壁を作っていない限りは。
魔法の重ね掛けは10回程度でパンクか。
でも一つの秘密に10回の重ね掛けだろうから、こないだホームズに掛けてもらった心の壁はパンクすることはないだろう。
安心しろ、俺。
破壊魔法と消去魔法は教えられないと却下されたが、破壊魔法は同化事件の際、ショットガンで胸や背中を撃たれたのを覚えてる。
亜里沙の言葉どおりにショットガンで人一人殺せるなら、もうこの世は殺人だらけになると思うし、あと1歩、足りない何かがあるのだろう。
消去魔法は、全日本だったかな、明が使用したのと、同化事件の際聖人さんが使用したから何となく覚えてる。もう一場面あるが、ここで思い出してはいけない。逍遥に気付かれたらおしまいだ。
しばし逍遥の態度や目つきを見ていた俺だったが、たぶん、気付かれていない。大丈夫だと思う。逍遥はいい意味で正直だ。もしバレていたら、何かしら返事が返ってくるはずだから。
今回何種類か魔法を還元したことで、逍遥も機嫌を良くしていることは間違いなさそうで、最後にはニコニコと目が三日月に近づいている。
そうだな、軍隊用魔法については今の俺にはまだ関係ないし、必要な時は誰かが教えてくれると信じてその日を待つことにしよう。
すぐに必要になる、そんなシチュエーションには陥りたくはないものだが・・・。
魔法の還元を受けた俺自身も、気を良くして逍遥の部屋を出ると自室に戻った。ヒーターの電源を入れ部屋に暖かさを取り戻す。
ホームズは完全に寝ているようだった。
起こすのも忍びないし、俺は音をなるべく立てないように風呂に入ると、パジャマ用ジャージに着替えてベッドに入った。
今夜は気分もいいし、深く眠れそうだ。
世界選手権-世界選手権新人戦 第3章
朝5時。
またホームズがニャーニャー言って俺の頬に少々爪を立てた猫パンチを食らわす。
毎度のことなんで無視しようかなとも思うのだが、無視し続けているとホームズは何をしでかすかわからない。
部屋の中をダッシュ10回ほど暴れまわり、ふて腐れて寝るという日もあれば、目をオッドアイにして魔法使用をちらつかせるときもある。
今朝はオッドアイで怒られた。
お前は猫なんだからいとも簡単に魔法を使うな、といってあるにも関わらず、食の恨みは深いらしく、俺が知らない魔法を知ってるホームズには全く敵わない。
仕方なく、眠い目をこすりながらベッドから起き上がり猫ご飯と新しい水を準備して、また温かい布団に潜り込む俺。
「寝坊すっぞ」
俺はホームズの呼びかけにも答えることなく、スマホをベッドの枕元に置いてるから大丈夫と変な自信を持ってまた眠りに就く。
で、結局は寝坊し、起きたのは6時半。ホーリーと唱え右手を上から下におろす自己修復魔法をかけて髪の毛のハネを直すとともにホームズのご飯だけは準備してジョギングのために寮を飛び出した。
なんで目覚まし鳴んないんだろ。
朝の6時には鳴るようにしてあるのに。
自分で消してるのかなあ。
まさか、ホームズに目覚まし消せるわけがないし。
「俺様を疑うのは止めろ。正真正銘、お前が消してるんだ」
突然、ホームズの声が聞こえる。ああ、離話できるんだ、ホームズ。
「待ち合わせ場所で数馬がイライラしながら待ってるぞ、走れ」
あ、そっちか。
朝なんだから、5時に起きたらそのまま起きてりゃいいものを・・・というホームズの呟きさえも掻き消すような速さで俺は数馬との待ち合わせ場所へと走った。
数馬が見えた瞬間少し走るペースが落ちてしまったが、息も絶え絶えになって待ち合わせ場所に着いた。
「ここにくるだけでジョギングできてるじゃない」
つ、冷たい物言い。
そういや、数馬は時間にうるさかった。
冬休みでぼやけすぎて忘れてた。
学校の周囲を8時まで走って、一旦寮に戻り二人でシャワーを浴びて8時20分に再び寮を出る生活だ。相変わらず、ホームズはどこかに消えている。たぶん、生徒会にでも逃げ込んでいるんだろう。
数馬と廊下で別れ魔法科の教室に入ると、サトルが後から入ってきた。
珍しく息が上がっている。
「おはようサトル、もしかして寝坊か?寮から走ってきたのか?」
「おはよう海斗。違うよ、予選会に合わせて僕もジョギング始めたんだ」
「サトルなら朝走らなくても十分体力あるだろ」
「競技に出てないと結構体力削がれるんだよ。君を見習ってよかった」
へえ、そんなもんなのか。
俺もサトルも逍遥のような体力馬鹿じゃないということだな。
「誰が体力馬鹿だって?」
挨拶も無しに会話に交じってくる逍遥。
「誰さ、そんなこと言ったの」
俺もいけしゃあしゃあと言ってのける。
この頃、慣れてきたというか、逍遥との会話が対等になってきたような気がする。
薔薇6の頃までは結構遠慮して喋ってたんだよなー。
世界を転々として数馬に出会ってホームズを迎え入れて。その頃から俺の中で何かが変わりつつあるような気がした。
いや、決して逍遥をバカにしてるわけでもないし、どちらかといえば尊敬してる。亜里沙にあんなことされても怒んないで俺に接してくれたし、亜里沙から一方的に課された約束をあんな風に叶えてみせるなんて、神に近い。
「君のためじゃない。僕が一番であることは軍が望んでることだから。山桜さんは必要に駆られて僕を叱っただけに過ぎない」
あの成績をしてこう言わしめる亜里沙もスゲーんだろうけど、それを守り抜く逍遥もスゲーよ。立派だと思うわ。
でもさ、『エリミネイトオーラ』は世界選手権の種目だけど新人戦では種目に入ってないんだよね。なんでそんな種目GPSからGPFにかけて選んだのさ。
「決められてたんだ、薔薇6が始まる前から」
「え、そうだったの?」
もう、離話なのか読心術なのか全くその違いが分からなくなってる俺。
とにかく、心に思い浮かべればナントカなる。
「自分で決められるなら新人戦の種目である『デュークアーチェリー』か『バルトガンショット』にしてたよ。でも君がエントリーされることが決定したから」
「俺、逍遥に迷惑かけてたんだな、ごめん」
「結局光流先輩がエントリーされたけどね、『バルトガンショット』は」
「1年がエントリーされた方が良かったんじゃないのかな」
「生徒会で決定したことだから。僕らには謎も多いけどさ。ねえ、サトル」
急に話を振られたサトルは、げほげほと咳き込んだ。
「うーん、その辺は僕もよくわからない」
俺もエントリーに不思議感覚があったのは確かで、俺よりもサトルの方があの時点で魔法力が高かったことは記憶に新しい。
「新人戦の種目なら、GPSではサトルがエントリーされたら良かったのにな」
「でもあの時、僕はまだ世界で戦う心の準備ができてなかったと思う」
「俺でも3位だぞ。サトルなら優勝してた」
「海斗はメンタル強いからだよ。僕は元々のみの心臓だもん」
なんで皆、俺のメンタルが強いというか謎なのはまた別として、サトルのメンタルの話は誰かがしてたな。サトルはメンタル的に弱くて、俺の方がまだマシだと。
でもさ、サトルも生徒会の一員として海外に出て大会をサポートしてきたから、もう世界に出ても大丈夫だと思うんだよねー、俺としては。
予選会で実力が出せれば、きっと世界に通じると信じてる。
よし。
一緒に頑張ろう。サトル、逍遥。
俺が練習を開始してから1週間が経った。
予選会まであと2週間ということで、授業においても公欠が認められ、出場希望者は優先的に体育館やグラウンド、終日解放している市内各施設で朝から晩まで汗を流す光景が多々見受けられた。
かくいう俺も、市立アリーナで毎日1時間汗を流す。
朝夕と寮に帰ってからの基礎練習はもちろんなんだが、『デュークアーチェリー』及び『バルトガンショット』の練習が始まり、どちらかといえば『バルトガンショット』の練習に時間を割いた。『デュークアーチェリー』はコツがつかめて、100m離れた的にもほとんど対応できるまでに成長していた。
問題は『バルトガンショット』。
数馬の戦略、「魔法で過去に戻す」という意味が頭から手に伝わらず、上限100個11分台の穴から抜け出せないでいた。
まず、クレーの出てくる位置を3D記憶で構築する、これはできた。元々得意分野だし、クレーがどこから出てくるのかも見えている。そこに向けて撃ってるつもりなんだが、どうしても目がクレーを追ってしまうようで記録が伸びない。
それから2,3日してからだった。
俺がアリーナに着いて数馬を待っていると、亜里沙と明が市立アリーナの入り口付近に姿を現した。
「紅薔薇とか寮では渡せないから」
亜里沙は小声でそういうと、持ってた紙袋の中からショットガンを取り出し俺に見せた。
「明がプログラミングした海斗専用のショットガンよ」
「薔薇6でもらったショットガン、まだ使ってないけど」
「あれは全日本と薔薇6用。世界には通用しないわ」
「いいのか?俺だけ贔屓されてるような気がするけど」
亜里沙は豪快に笑った。
その内面、いわゆるところの心で思ってることが俺に伝わってくる。
「あんたは贔屓という以前に魔法力ないでしょ。岩泉は自分の父親から贈られてるはずだし、四月一日は以前から魔法部隊用のショットガンを携帯してるわ。ま、四月一日の場合、どんなしみったれたショットガンでも世界獲れるけど。あいつは格が違うからね」
俺は試しに心に思うだけにして亜里沙に話しかけてみた。
「俺に魔法力がないのはわかるとして、しみったれたは余計なお世話だろ」
「あら、いつの間に読心術覚えたの?」
「猫との会話に読心術は不可欠なんだよ」
おーっほっほとまた亜里沙が大きな声を上げる。
「あの子をあんたに預けたのはどうやら大正解だったようね」
「なあ、亜里沙。みんなこうして世界用のショットガン準備するものなのか?」
「いいえ、人それぞれ。魔法部隊に属してる者はもう世界基準のショットガン持ってるし。だからそれに合わせたショットガンが必要になってくるの。これで1分くらいは速くなるはずよ」
俺の顔色がぱっと明るくなったらしい。
明も嬉しそうに心の中の会話に交じってきた。
「海斗が喜ぶなら何よりだ。何も考えなくてもショットガンで1分速くなるし、今後の練習次第では2~3分記録短縮可能だ」
「ほんと?ありがとう、明、亜里沙。やっぱり持つべきは幼馴染だな」
俺はあまりに嬉しくて、2人の顔に影が生じたことに気が付かなかった。
亜里沙が明の背を押すように、ドアの方へ向かっていく。
「さ、これであたしたちがあんたにやってあげられることはお終い。海斗、自分の底に眠る力を引き出しなさい」
「?」
「やってみればわかるわ、じゃ、あたしたちはこれで」
2人は入口から廊下に出ていった。見送ろうと俺も後に続いたが、もうそこに2人の姿は見えなくなっていた。瞬間移動魔法を使ったか。
数馬が来るまでの間、たぶん5分ほどだと思うんだが、俺は新しいショットガンを持て余していた。今までのショットガンとどう違うのか、1人だけで試すには勇気が要って、中々試射することができない。
その時後ろからゴン!と俺の背中を叩く奴がいた。
数馬だと思って振り返ると、そこにいたのは宮城海音だった。
なんで宮城海音がここに?俺は自分で顔が引き攣ったように感じた。たぶん引き攣っていたと思う。
宮城海音、お前まさか・・・予選会に出場しようというのか。
それにしては何の準備もしていないようだが。ああ、こいつは退学以降どこの高校にも属していないから私服なのか。
紅薔薇1年の取り巻き連中数名と一緒にアリーナに来ていたらしく、口々に俺を詰って暴言の吐き放題。
やれ贔屓されて各大会に出場したくせに結果を出してないとか、元々魔法力がないくせに生徒会に阿りやがってとか。
運動神経もないくせによく皆の前に顔出せたもんだと、俺の痛い部分を罵る奴までいる。
ただし、暴行事件にならないよう、手出しをしてくる気配はない。
めんどくさい奴らに捕まった。
これじゃ今日の練習はできないじゃないか。
スタッフさんが心配そうな顔でこちらを見ているが、俺は大丈夫というように手を振った。スタッフさんが出てきたら、アリーナ側にクレームが付くことは容易に想像できる。
それなら、俺がここを出た方が早い。
アリーナから出るために荷物を纏めようかと後ろを振り返った時だった。
数馬が入口から中に入ってきて、悠々と俺たちの方に近づいてくる。
「君たちはどこの所属だ?」
紅薔薇の制服を着てるやつらは直ぐに判明した。
「紅薔薇か。ところでその中心にいるチビは誰だ?」
宮城海音のことだった。ぷっ、チビだって。数馬、ナイス。
数馬が1年魔法技術科にいることはほとんどのやつらが知らなかったらしく、タッパと雰囲気で上級生だと思ったのだろう。
「くそ、覚えてやがれ」
宮城海音がそう吐き捨てアリーナ入口に向けて歩き出すと、取り巻き連中も同じように唾を吐きかけてアリーナを後にした。
すぐにスタッフさん2名が床掃除のために俺たちの元に来てくれた。
「すみません、魔法を使った喧嘩にしか介入できないものですから」
数馬が微笑みながら謝る。
「いえ、いいんです。ただ、これからも来る可能性は大きいですね、何か対処法がありましたらご教示ください」
「先程こちらでブラックリストに載せましたのでアリーナやグラウンドに入ろうとするとバーが締まり電流が流れることになっています」
「それはありがたい」
俺も何回も頭を下げ、周囲に嫌な思いをさせたことを謝罪した。
「すみませんでした。俺のために嫌な思いをさせてしまって」
中にはGPFの時から応援してくれている人々も混じっていた。
「八朔くん、負けるなよ、あんなやつらに」
「そうよ、世界選手権に出るの?応援するからね」
「あのー、新人戦です・・・」
どっと笑いが起こり、新人戦は観に行くからな、との声がそこかしこから聴こえてきた。
本当に、ここで練習している人たちは、心が温かい。読心術を使っても、皆が同じことを思っているようだった。
感謝します。皆さん。
数馬が俺の顔をじっと横から見ている。俺は視野が広いから相手が何してるのかも見える時がある。今の数馬は笑うでなく怒るでなく、心に入られないよう壁を作っているようだった。
「海斗、なんだか今日はそわそわしてるね」
俺は新しいショットガンのことを思い出した。
「さっき亜里沙からもらったんだ。これで試射してみたいんだけど」
「どれ、貸して」
さすが魔法工学を勉強している数馬。
ショットガンを弄繰り回してる。
分解させてと言われたので、それは丁重にお断りした。
「世界用か。粋な計らいじゃないか。早速試射してみようか」
俺たちはグラウンドに出て、『バルトガンショット』用の練習場前まで歩いた。数馬はじっとショットガンに触れたままだ。
定位置に立ち、数馬からショットガンを受け取る。左右から発射されるクレーを撃ち落としていく。3D画像を組み合わせ、出てきた付近を明確にして真ん中で試射するのではなく出た直後のクレーを狙うのだ。
順調に試射は進み、隣にいた数馬が驚いた顔をしている。
最後まで撃ち終えると、数馬の拍手が聴こえた。
「すごいね、まさかショットガンの違いでここまで記録短縮するなんて」
「何分だった?」
「9分」
「やった!」
俺は両手を突き上げて、ガッツポーズ。
ギャラリーの人達も、滅多に出ない記録を前にして驚いたらしく、次々とお祝いの言葉をかけてくれた。
今しがた出たタイムがあまりに嬉しくて、もう一度だけ試射に挑戦することにした。
今度も上限100個を撃ち落とすのに費やした時間は8分55秒弱。少しだけ最初の記録を更新した。
だが、各国からエントリーされる人々の記録はこんなもんじゃないだろう。
明日からまた『バルトガンショット』の練習に取り組むつもりだ。
翌日、公欠扱いで朝から市立アリーナへと出かけた俺。サトルも一緒に着いて来た。
ところで、サトルのサポーターは誰がやるんだ?
「譲司にお願いする。生徒会は絢人に任せているし、各サポーターも仕事を手伝っているから」
サトルは、自分が口にする前に俺が心を読み切ってしまったので驚いていた、いや、驚くなんてもんじゃない反応を見せた。
「何、今の。もう読心術覚えたの、海斗!」
「そういうことらしい」
「今の1年で出来る人なんて限られてるんだよ」
「そうなのか」
「着々と魔法覚えてるね、これなら予選会も気楽に臨める」
『デュークアーチェリー』は飛距離が伸びただけだから、俺にとってはラッキーであり練習法もすぐに見つかった。姿勢に気を付けて腕の位置を調整するだけでいい。体幹を鍛えているのも巧い具合に影響しているようで、ほとんど心配はない。
今となっては、どーせできないからとサボってたことが悔やまれるほどだ。
だが、『バルトガンショット』については心配の種がまだ残っていた。
新しいデバイスで撃ったところ何分かの時間短縮につながったものの、あの悪い癖を直さないことには、それ以上の記録を出すことは難しい。
薔薇6のとき、逍遥は3分台で『マジックガンショット』を撃って見せた。魔法陣とクレーの違いはあるものの、あそこまで撃てるものなのだという認識をはっきりと持ち、俺も記録を狙って行かなければ予選会から新人戦にかけて勝機は無い。
あれ、今気が付いた。
サトルが譲司にサポーターを頼むということは、南園さんは誰にサポートしてもらうんだ?
サトルは「1年魔法技術科の鷹司舞」と心で思い出していた。
「1年か。どんな人なの?」
「元華族の鷹司家の跡取り娘だよ。魔法技術はまだまだだけど、南園さんのご両親は元華族の出身だからね、話が合うんだと思う」
俺は思わず口から言葉が出てしまった。
「ヒュー、元華族か。世が世ならお姫様じゃん」
サトルもアハハと笑ったんだが、途中からいやに顔が引き攣っている。
「どしたのさ」
俺も言い終わる前に、何か足のつま先から始まりかかとまで、次に足首まで、段々と冷たくなるように感触に襲われた。
ヤバっ、あの魔法だ。
聖人さんがアメリカで発動した魔法。サトルも南園さんも出来るはず。
上半身は身動きが取れたので、やっとの思いで後ろを振り向くと、やはり、そこにいたのは南園さんだった。傍らにいる背が小さくてバービー人形みたいな子が鷹司舞か。
素知らぬふりして話しかける俺。
「やあ、南園さん。隣の方は?」
「大昔のことをいうのは止めてください。私は一般人ですから」
南園さん、完全に怒ってる。
「お姫様と言われるのが一番嫌いなんです。舞だってそうです」
「わかったわかった。謝るよ、ごめんなさい」
俺とサトルに掛けられた魔法は漸く解けた。
南園さんの気分を害したことは本当に済まなかったと思うんだが、お姫様がそんなに嫌だなんて、なんでだ?って、名前呼びするってことは、鷹司舞とはそんなに仲がいいんだな。
「すみません、つい感情的になってしまいました。こちら鷹司さんは、私の親戚で幼馴染です」
「鷹司舞といいます。遥のお父さんが私の父のお兄さんにあたるので、私たちは従姉妹になります」
サトルが首を傾げる。
「今まで生徒会への出入りとかしてないよね。南園さん、彼女に声かけなかったの」
「舞は帰国子女で。先月日本に戻ったばかりなんです」
「そう。で、今回サポーターとして付いてもらうってことは、生徒会の仕事も手伝ってもらえるということでいいのかな?」
鷹司舞は、大きな瞳でサトルを見つめた。そういうシチュエーションに慣れてないサトルは恥ずかしがって俺の背中に隠れてしまった。
生徒会に関係ない俺は、どう受け答えしていいのかわからない。
「で、いいんだよね、鷹司さん」
「はい、遥がいるので教えてもらえるし、ぜひ手伝わせてください」
世界選手権-世界選手権新人戦 第4章
アリーナに到着した俺たちは、てんでんに分れ俺は数馬を探し、サトルは離話で譲司と連絡を取り合っていた。南園さんたちはすぐに『デュークアーチェリー』の練習に入っていた。『スモールバドル』は、もう練習しなくても身体が覚えているらしい。
『デュークアーチェリー』の100mバージョンは、俺ですら100発撃って決まる時で成功率は9割。女性ではどのくらいいくんだろう。GPSで知り合った米国のサラも『デュークアーチェリー』に出場していたと思うが、上位には食い込まなかったはずだ。
南園さんが胴衣に着替えアリーナ内に出てくると、空気が変わった。
ギャラリー席にいる皆もシーンと静まりかえり、誰も一言も話そうとはしない。
そんな中で、南園さんは円陣の中に入って的に人さし指を合わせ、シュッと矢を放つ。ど真ん中に決まり、息を飲んで見守ってた周囲は、皆ふーっと息をはきだした。
続けて100発に挑戦した南園さん。最後こそ力負けしたようだが、男性でも追いつかないような7割の成功率で演武を終えた。
いやあ、7割決まれば予選会はもちろんのこと、世界にも通用しそうだ。仲良しのサポーターがいれば、緊張も和らぐことだろう。
今度はサトルが演武を行う番だ。
サトルは姿勢がとても綺麗で、そこから繰り出される矢は真っ直ぐに的に向かって飛ぶ。何度繰り返しても姿勢が崩れることもなく、魔法力が落ちることもなく、わずか10分少々で100発の矢を的に当て、成功率は100発100中。元々サトルは魔法力に優れているのだから、俺を超して当たり前だ。
そしてサトルの所作というか、発射するまでの姿勢、全て発射し終えてからの振舞いはまるで疲れを感じさせない美しさであり、上流階級のそれとわかるようなものだった。
「ナイス、サトル」
「いやー、緊張した。ギャラリーが詰め掛けてるなんて知らなかったから」
「でも100枚だぞ、スゲー魔法力だな」
「試合になるともっと緊張するでしょ。この枚数よりその分差し引かないと」
「大丈夫大丈夫」
「次は『バルトガンショット』か。海斗の出来はどうなの?」
「ショットガン新しくしてなんとか8分台」
「すごいじゃない!僕はショットガン系は苦手なんだ」
「でも世界大会用のショットガン手に入ったろ?」
サトルは驚いたようにどんぐり眼で俺を見た。
「どうして知ってるの」
「読心術とか魔法じゃないよ、亜里沙から聞いたのさ」
「そうか、軍にいるとそういう情報まで流れるんだ」
「あいつのことだから、どっから聞いたのかは知らないけど。俺も2,3分短縮できたから、サトルも出来ると思うよ」
「そうかなあ」
「とにかくやってみよう、俺から始めてもいい?」
俺とサトルはグラウンドに出た。南園さんたちはグラウンドで行う競技が無いのでずっとアリーナの中で練習していた。
グラウンドの『バルトガンショット』用のコートに入り、最初に俺が試射する。
3D画像に置き換えたクレーを撃っていく。だが、真ん中まで目で追ってしまったクレーは撃てなかった。
まてよ、ここで過去に戻ったと仮定するなら、クレーが出てきたところで撃てるようになるんじゃないか?
数馬が言ってたのは、これか?
でもやり方がわからないし変な癖がつくと嫌なので過去に戻ることを考えるのは止めた。
それよりも、俺が心に思い浮かべたものがあった。
両手撃ちだ。
俺は早速練習に取り入れて、両手撃ちに挑戦して左手でもショットガンを操れるようにしたいと思ったが、両手撃ちは一日にして為るものではない。
しかし、練習しないことには前に進めない。
サトルも新しいショットガンで頑張っていたようだが、やはりショットガン系が苦手というのは嘘ではないようで、上限100個のクレーを撃ち落とすのに13分ほどかかっていた。俺の両手撃ち挑戦を聞いたサトルは、自分にも応用できそうだと話して、すぐに寮へと戻っていった。
俺も、早く亜里沙に告げた方がいいだろうか。
いつ会えるかもわからない亜里沙に期待するよりも、薔薇6までに持ってた俺専用のショットガンを使おうか。あれ、でも。ショットガンは利き手専用に作られてんだっけ、そしたら使えない。
まず、数馬に連絡をとって策戦を聞かなければ。
俺はアリーナを出ると、離話で数馬を呼んだ。
場所は分からないが、数馬がヒョイ、と出てきた。俺の離話は時として透視も一緒にできる時がある。
「数馬、今から寮に来ない?策戦練ろうよ」
「時間がないんだ。何か不都合でも?」
「『バルトガンショット』で過去に戻るって言ったよね、あれ、詳しく聞きたいのと、両手撃ちが可能かどうか。可能とした場合、ショットガンて利き手専用かどうか聞きたくて」
「まず、両手撃ちは君のショットガンでは無理だ。欲しいなら、どこかから融通してくるよ」
「過去に戻る話は?」
「3D画像に軌跡を残して、あとは過去に少しずつ戻って撃つ。両手撃ちも過去射撃も、時間内に撃てば反則にはならない」
「どれが過去射撃するクレーかわかるの?」
「真ん中に着てしまったクレーだよ。100個全部の軌跡を辿ることは難しいけど、それが全部できれば真ん中に着たやつを少しずつ過去に戻して撃つことは可能じゃないかと僕は考えてる」
「100個全部3D画像に残す?俺、できるかなあ」
「やるんだよ。そのためにソフトを開発したんだ。あとは練習場を確保できれば何の問題もない」
数馬は本気だ。
なぜそう思うかって?
通常、ソフトは魔法技術をもった薔薇大学で研究用に開発されることが多い。個人で開発するのは異例中の異例と言われる。
今の話からすると、数馬はどこかの研究施設なりでそれを完成させた、ということになる。意気込みが凄いというか、何かに憑りつかれたように作業していたに違いない。イタリア大会が終わってGPFまでには2週間ほどしかなかったのだから。
俺は毎日、市立アリーナで試合形式で午後に1時間練習するのだが、数馬は中学校のグラウンドを確保することに成功したらしく、夕方の6時から9時まで3D化ソフトを使用して練習することができた。
逍遥やサトルには申し訳なかったが、数馬曰く、この練習は秘密特訓のようなものなので心の壁を作ってその上にアリーナでの練習風景を重ね掛けするという。
100個のクレー3D化ソフトは、大雑把に言えば、スマホで連続写真を撮るようなイメージだ。次々に飛び出すクレーを撮影する感じといえば聞こえはいいが、実際に100個を頭の中で撮影し3D化するのは容易ではない。
だから最初は射撃にも影響を及ぼして、8分台だった結果が12分台まで後退してしまった。
俺としては非常に焦り、本当に数馬のいうとおり練習を続けてもいいのかどうか悩んだ。そりゃそうだよ、せっかく8分台までいったのに、それが4分余りも後退して尚且つ頭の中はぐちゃぐちゃで、どれがどの軌跡を辿ればいいのかわからないんだから。
だが、徐々に飛び出すクレーをいち早く目視した後に3D画像に変換していく作業は俺の頭の中で整理されてきて、100個のうち4分の1、3分の1、2分の1と、出てきたクレーを3D化する作業のテンポがリズミカルになり、3日ほどでほぼ全てのクレーを画像変換することができるようになった。
俺の動体視力がモノを言ってると数馬は分析していた。それが無かったらこの策戦は現実のモノにはならなかったと。
そうして3D画像化したクレーを撃ち損じた場合、一瞬一瞬と過去に戻ってショットガンを向ける。コンマ1秒単位の過去なので、どこに照準を合わせるか俺は悩みに悩み、数馬に相談した。
第一に、前提として俺は過去に戻る魔法なんか知らない。どうやって過去に戻るっていうんだよ。過去に戻って撃ったら過去への介入にならないのか?
俺の頭の中にクエスチョンマークが躍る。数馬が笑って答えてくれた。
「その辺は大丈夫。過去になんて戻れるわけないでしょ。過去に戻るというよりは、この場合過去透視になるんだ。撃ち損じたクレーが出てくるところを過去透視して、そこに撃ちこむといった方が正しいかな」
「ああ、そういうことね。過去に介入するわけじゃないんだ」
「過去に介入できるなら、僕だって介入したいよ」
あちゃ、もしかしてこれは・・・考えない考えない考えちゃいけない。
俺は知らん顔を決め込んで数馬から離れて練習に入った。
いくら俺に心の壁があるとはいえ、ホームズと俺、そして数馬しか知らない過去の話。その話に巻き込まれたら何が起こるかわからない。
俺はなるべく数馬のほうを見ないで練習していたんだが、手元が狂って散々な出来だった。
「君にはまだ難しかったかな」
数馬はそう言ったあとは、俺の判断に任せるとだけ言って肩を叩いた。
さてはて、どうしたものか。
心臓ドキドキで手元が狂ってるだけなんだが。ここで練習止めても何かしら余計な詮索されそうだし、やっても記録を伸ばせそうにない。
大きく何度も深呼吸してドキドキを軽くし、もう一度挑戦する。
でもこれって過去への介入じゃないのかあ。
やっぱり俺の頭からはクエスチョンマークが離れない。
撃ち損じたクレーの3D画像をクレー発射時まで過去透視するとなるとそれだけ時間がかかる。かといって、少し軌跡をずらしただけでは目がクレーを追ってしまう。
考えに考え抜いて、俺はクレー発射時まで時間を戻す、いわゆる過去透視することを選択した。
発射まで時間がかかるのは百も承知だ。
一瞬でクレー発射時まで過去透視するのはやったことがないから半信半疑ではあったが、いざその場面を過去透視すると、俺が3D画像に取り込んだ射程位置にクレーが止っているので撃ちやすく、クレーを目で追う必要が無くなった。
ほぼ全てを3D化できるようになってからは、記録は飛躍的に上昇し、上限100個のクレーを全て撃ち落とすのに必要な時間は5~6分台に短縮され、これなら世界で戦えるだろうと数馬も断言してくれた。
数馬を信じて練習してきてよかった・・・。
ここまでくると、逍遥が一体どれまでの記録を出すのか、自分がどこまで逍遥にくらいついていけるのか、予選会が楽しみになってきた。
でも、予選会では本気を出すわけがないか、あの逍遥が。
本戦への切符として生徒会の推薦を受け予選会に出場するに過ぎないんだろうな。
まったく。羨ましいよ。
その晩、俺はまた不眠気味になった。
数馬が言った「過去への介入はできない」。
もしかしたら数馬は、過去透視した状況から過去に戻り過去へ介入する研究をしているのではないだろうか。
その副産物として、今回の『バルトガンショット』の対策ができあがった。そう、3D画像取り込みと過去透視魔法のコラボ。
この策戦を一から考えソフトを開発するなど、寝ないで24時間フルに活動したとしても、2週間でできあがるわけがない。
あらかじめ何らかのプランがあってこそ、間に合った策戦のはずだ。
俺が悶々と考えていると、ホームズが水を飲むために猫ベッドから起き上がってきた。また心の中でホームズに語りかける。
「なあ、ホームズ。俺の思ってる通りだとしたら、過去に戻って父親助けるよな」
「だろうな」
「介入できないから、復讐に立ち上がった」
「だろうな」
「なんだかなあ。こう、心が痛むって言うか」
「感情に出すなよ、海斗。バレたらどうなるかわかんねーぞ」
「出すつもりもないけどさ。考えちゃうよなー」
「お前は危なっかしい。だから山桜と長谷部が付いたんだな」
「なんだよ、それ」
「なんでもない。寝る」
ホームズはそそくさとベッドに戻り、身体を丸くしてしまった。
また、俺にとっては眠れない夜が続いた。
早く朝になれ。
そう思っていたら、いつの間にか俺は微睡の中に落ちていた・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
予選会まで、あと3日。
今日は予選会に出る生徒が、生徒会からの推薦という形で発表される。
俺としては予選会出場者発表も気にかかるところではある、もちろん。
だけどそれ以外にも、両手撃ちにも挑戦したくて数馬に左手用のショットガンをお願いしていたのだが、数馬は予選会にあたっては両手撃ちを使用せず、予選会後から本戦までに練習すればいいという。
そっか。
まず予選会をクリアしないことには、両手撃ちも何もあったもんではない。
俺は数馬のサポートを信じて予選会に臨むことにした。
生徒会の推薦を受けられるという前提があってのことだが、GPF3位の肩書は伊達じゃない。
俺、朝夕のジョギング、市立アリーナと中学校グラウンドでの種目練習、寮に戻って体幹の鍛練。学校は公欠なので行く必要が無く、俺は朝から晩まで予選会に向けた生活が続いている。
アリーナではサトルと譲司、南園さんと鷹司さんにしょっちゅう会うが、逍遥と聖人さんはアリーナにも姿を見せていない。冬休み以降、俺が予選会の練習を始めるようになってから会っていないかもしれない。
最初は喧嘩しているモノだとばかり思っていたが、段々、そうではなく2人は別の何かに時間を費やしてるのではないかと思うようになった。
予選会などあの2人にとって出なくてもいいようなものだが、そこは生徒会の顔を立てるために必要だろうと思っていたのだが。
もしかしたら予選会を棄権しても全日本チームは逍遥の選出にGOサインを出すかもしれないと考えてしまう。
みんな言ってるけど、それだけの人材だしね。
紅薔薇生徒会の方針として世界選手権及び新人戦に男女それぞれ3名までが予選会に出場できるとサトルが言ってた。MAX3名であり、3名以下のこともあり得るという。
でもって、俺は仮に予選会に出られても新人戦にエントリーできる3人目に残るかどうかだ。
俺は競技練習後、『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』どちらも穴が無くなってきていると自分で感じている。
『バルトガンショット』は4~5分台でクレーを撃ち終えることが可能になったし、『デュークアーチェリー』は9割方成功する。
サトルが『バルトガンショット』を苦手としている今、もしかしたら俺は紅薔薇2番手で予選会に出場できるかもしれない。
あとは国内組で俺やサトルと並ぶ魔法の使い手を倒していけば、2人ともエントリーされるだろう。一番の強敵は白薔薇高校の国分くんだと俺は思っているが。
やっぱり逍遥は別格なんだよなあ。
軍にいるからという理由だけではない。もう、全てが違う。
だから予選会あるいは新人戦で逍遥がどんな戦い方をするのか、俺だけではなく皆が注目しているところだと思う。
本人は出る気あるんだかないんだかわかんないくらい練習に顔出してないけどさ。
秘密の特訓なんて逍遥には似合わないし、あの2人がそんなことしてるとは考えにくい。
さ、学校に行くか。
ホームズに聞けば予選会への出場者やエントリーされるかなど一発で予知できるんだろうけど、それを聞いてしまったらただでさえつまらない学校生活が更につまらなくなる。
聞きたいのは山々な悪魔の俺もいたけど、そこは理性で打ち勝った。
「ホームズ、俺行ってくるわ」
キラーンと目の色が変わるホームズ。
「おう、行ってこい」
何か言うのかなと期待したけど、ホームズは何も言わなかった。
俺は静かにドアを閉めると、学校へ向けてどんよりと曇った中を制服だけ着てサトルにもらったマフラーを首にぐるぐる巻きにしながら走り抜けた。
学校に着き魔法科に入ると、皆がウキウキしてるのがわかる。
そうだよな、今日名前を呼ばれた者は3月に開催される世界選手権新人戦にトライできる「かもしれない」予選会に出場できるんだから。
サトルはとうの昔に学校に来てたはずだが、生徒会の方が忙しいのだろう。姿は見えなかった。
おや。逍遥と聖人さんを久しぶりに見た。
2人とも隣り合い壁際で大人しくしている。
やっと仲直りしたか。
でなきゃ、これもまた数馬の目を欺く策戦か。
試しに読心術を掛けてみたら、2人とも心は真っ白で、壁を厳重に張り巡らしているのがわかった。それとわかるように壁を強調してるくらいだから、自分たちに自信がある表れだろう。
一体、何を考えているのやら・・・。
逍遥よりも聖人さんが「近づくな」オーラを発していたので、俺は2人の元へ駆け寄ることは遠慮した。
教室内では宮城海音の取り巻きたちが俺を遠目に見てまた文句を言っている。どうせ贔屓されてまた選ばれるとか、魔法力もないくせに、とか。
いちいち反応するのも面倒だから完全シャットアウト。眼中に入れないことにしている。
午前9時。
校内放送で、魔法科と魔法技術科の生徒は全員講堂に呼び出された。
こんな時でも普通科は蚊帳の外か。
なんだかモヤモヤするが、しかたのないことなのだろうと自分に言い聞かせる。
もう、紅薔薇における上意下達の時代は終わりを告げたのだと思いたいが、まだ浸透していないのが実情か。
数馬が1人で学校生活を送るうちに紅薔薇にいたくなくなったのがよく解る。
俺だって、逍遥がいなかったらつまらない学校生活を送る羽目になっていた。亜里沙や明と会う機会もこちらに来てからは減っていたから。
サトルとは端から仲が良かった訳じゃないし、逍遥が面倒を見てくれたから人見知りの俺でも何とかやってこれた。
あるいは逍遥が亜里沙や軍からの命令で俺の世話を焼いてくれたのだとしても、俺は学校に馴染むとっかかりを与えてもらったんだ。逍遥には本当に感謝している。
でも、今日だけはフラットな関係性でありたい。
俺は生徒会からの推薦を取り付けて予選会に出たい。
そして、2か月後の新人戦に出場したい。
俺は魔法科の中でも逍遥や聖人さん、サトルが主な友人で他の生徒とは然程親しくしていなかったので、今日は1人でとぼとぼと講堂まで移動していた。
途中、魔法技術科の生徒たちが合流し、八雲の姿が久しぶりに俺の目に飛び込んできた。見たくもないものを見てしまった俺は、ちょっと顔を顰めた。
「イラつく」
そう言って、舌打ちする俺。
すると、意外なことに後ろから声をかけられ、瞬間的に俺は後ろを振り向いた。
「八朔~。何怖い顔してんのさ」
九十九先輩だった。
やべやべ。
表情を作り直さないと。
眉間に寄ったシワを手で伸ばし、ヒクつきながらも口元をあげ笑顔を作る。
九十九先輩は、いまだ上意下達の先駆者であり、その考えを変える気はないようだ。心を読んだら、やっぱり変わっていなかった。
「ご無沙汰しています、九十九先輩」
「おう。GPF3位おめでとう」
「ありがとうございます」
「新人戦に出る予定組んでるのか」
「はい、できれば出場したいとは思いますが、生徒会の推薦を取り付けられるかどうか」
「お前なら大丈夫だろう。時に八朔」
「はい、何でしょう、九十九先輩」
「お前が原因で紅薔薇を辞めたやつが報復に出るという噂が飛び交っている。気を付けろ」
「報復?」
「入間川や六月一日、あとは宮城聖人の弟が急先鋒らしい」
「入間川先輩や六月一日先輩は退学されたのですか?」
「2人とも生徒会を追われたことをお前のせいだと吹聴したあげくに退学したと聞く」
あれ、俺のせいだっけ?
入間川先輩は覚えに無いでもないが、六月一日先輩が生徒会を追われた直接の原因は逍遥だったような気がするけど・・・。あの頃俺、まだ第3Gだったから、色んなこと言われてたんだろうな。
宮城海音は拘置所を出た今、俺のことを追っているのは確かだろう。先日の市立アリーナがいい例だ。あの後はブラックリスト入りして市立アリーナには出禁になったようだが。
まったく・・・どうしてこの世界ではそういう面倒事ばかり俺の周りに起きるんだ。
俺はなるべく目立ちたくはないのに。
・・・。
目立ちたくない?
GPF3位を自慢したいのに?
予選会や新人戦に出たいのに?
言動が矛盾してないか?
俺の中の俺が、俺に問う。
そうだよ、俺はいつの頃からか変わった。目立つことを懼れなくなった。
自分の力で得たものを自慢したくなっていた。
それがいいことかはわからない。
実際に自慢することは無かったし、サトルという大人しい生徒と一緒にいるから目立った行動には走らなかったし。
「3年の間では俺たちもいるし何より沢渡もいるからそういった噂は立ちにくいが、2年や1年の間では広まっているらしい。十分に心していけ」
「九十九先輩、教えて頂きありがとうございます。そういった誤解を与えないよう、これから誠意を尽くしていきたいと思います」
俺、先輩に対する応対はきちんとできるようになったと思う。
モヤモヤはあれど、ここ、紅薔薇では自分を貫くことが正義だとは限らない。
そうだよな、自分を貫くことだけが正義じゃない。
父さんや母さんに対しても、突っぱねることだけが正義じゃない。
俺という個を理解してもらうべきなんだ。
もう会うこともないだろうけど、別の世界から詫びを入れるよ。
ゴメン、父さん、母さん。
世界選手権-世界選手権新人戦 第5章
魔法科と魔法技術科の生徒全員が講堂に集った。
サトルが司会進行役を務め、現生徒会長である光里会長から挨拶があった後、直ぐに予選会出場者の氏名が読み上げられることになった。
まず、世界選手権の予選会出場者から。
世界選手権は3年と2年の混合だが、よほどのことがない限り、3年は引退している。沢渡元会長は薔薇大学に推薦入学が決まっているので競技出場ができるらしい。
沢渡剛3年。
光里陽太2年。
光流弦慈2年。
羽生翔真2年。
三枝美優2年。
MAXは6名のはずだが、5名の推薦に留まった。
3年は受験があるから薔薇大学進学が決まっている沢渡元会長だけが指名されるのもわかる。
2年では光里会長は鉄板。三枝美優先輩は生徒会を辞めたとはいえ2年女子のホープだから出場も納得できる。光流先輩や羽生先輩も調子が良さそうにみえる。
次に、世界選手権新人戦の予選会出場者が読み上げられた。
四月一日逍遥1年。
岩泉聡1年。
八朔海斗1年。
瀬戸綾乃1年。
南園遥1年。
こちらもMAX6名だが、5名が選出された。
総勢9名が壇上に並び、皆からの拍手を受けていた。今日はサポーターの紹介はなかった。
なんか、前もそうだったけど、俺の番になると極端に拍手の数が減って、その代り悪態つく奴が出てくる。今回もそれは同じで、ブーイングする生徒や、カスとかボケとか聞こえる。
そういえば、このような場面でいつだったか、沢渡元会長がブチキレてそいつらを留年させたことがあった。
そういう場面に出くわすからこそ、俺に対する反発や退学したやつらの報復行動などという噂が立つのだろう。噂の件、あとで数馬に教えておかないと。
壇上から降りて所定の位置に立つよう促される俺たち予選会出場者。俺は1年の一番後ろに並んで数馬と離話を始めた。早速数馬がさっきの有り得ない出来事を俺に聞いてくる。
「あれって一体何?」
「ブーイングのこと?」
「そう。あんなことされる謂れはないんだけど」
「落ち着いて、数馬。俺第3Gとして全日本とか薔薇6とかメインの大会に全て選ばれててさ。それが気に入らない人はたくさんいるんだよ。魔法力の問題じゃないんだ」
「でも試合観れば君の魔法力は認めざるを得ないだろ」
「GPSやGPFではそれなりだったけど、前期の全日本や薔薇6では大した仕事してなかったからね。俺としては精一杯やったつもりだけど」
「それにしてもあれは酷い」
「気にしたらお終いだから」
数馬はしばらく黙っていたが、数馬のほうを振り返ると了解したというように、こちらを見て一回だけ頷いた。
その後、麻田先輩から予選会の日程と当日の競技に係るレクチャーが始まった。
予選会は日本各地で推薦を受けた選手が会場に集って魔法力を競う。
だが、日本各地で推薦される人数は多い。そこで、東日本と西日本に分れ予選会東日本大会と西日本大会を実施し候補者を男女別に10名に絞り、予選会の本戦で激突させるという。
実施時期は1月末。
世界選手権予選会は2,3年が出場。
実施種目は『プレースリジット』と『エリミネイトオーラ』。
新人戦予選会は1年だけが出場。
実施種目は『デュークアーチェリー』と『バルトガンショット』。
え?と声にならない声で驚いていたのが1年女子だった。
噂では『スモールバドル』が女子の実施種目に入っていて、『バルトガンショット』は男子のみだろうと言われていたからだ。
『バルトガンショット』の練習をしていなかったとなると、残る3日で成績を上げることは困難を極めるだろう。
ただ、南園さんと鷹司さんペアは『マジックガンショット』で射撃に慣れているので問題なしと判断したようだが、瀬戸さんの驚いた顔を見ると、これまで全く射撃系の練習はしていなかったらしい。
急ぎ瀬戸さんのサポーターとなった猪原さんが競技内容の説明と、実機でデモをするため瀬戸さんとともにグラウンドに向かう。
瀬戸さんにとっては厳しい予選会になると思われた。
『デュークアーチェリー』と『バルトガンショット』については、競技時間が短縮され15分になったことも併せて発表された。
『デュークアーチェリー』も『バルトガンショット』も、上級者になると15分以内に100発的を射抜くし、100個のクレーを撃つことができるので、こちらは問題がないとされていた。
『プレースリジット』と『エリミネイトオーラ』は追いかけっこのような競技なので、時間は短縮されない。
だがその分、魔法を行使し続ける体力と精神力が必要になるため、この2つの種目を同時に練習し予選会に臨み、2か月後に本戦があるというのは体力的にかなり難しく、熟せる人間はごく一部に限られる。
いずれにせよ、こちらも魔法力の低い人間には無縁の競技ということだ。
集合が解かれ、生徒たちはバラバラに講堂を出始めた。
生徒会の推薦を得られず項垂れている者もいれば、予選会出場者に声をかけ応援する者もいる。
逍遥や南園さんは皆から頑張れと声を掛けられていた。南園さんは生徒会の仕事もあるのでそのまま講堂に残っていた。
ところが、俺に対する悪口ならまだしも、サトルに対しあからさまな言葉を浴びせかける生徒が少なからず今もいた。
全日本時の、あの出来事を蒸し返す人間が残っていたのだ。
サトルは聞こえていないかのように振舞っていたけれど、その表情はいつもに比べやや硬直し肩で息をしているようにさえ見えた。
どうにかしなければ。
でも、俺に何ができる?ただでさえ「覚えはめでたい」と言われる俺が助け船を出したところで、2人とも荒波の中放り出されてしまうような事態に陥りはしないか?
俺はジレンマに悩みその場に立ち尽くしてしまった。
だが、そこに助け舟が現れた。
「そんなにいうなら、君たちが出ればいい。そして自分の魔法力の無さを思い知るがいい」
いつもならこの手の揉め事には口を出さない逍遥だが、今日は腹に据えかねたのだろう、皆の前に躍り出てサトルを擁護したのだった。
「生徒会が決めたことに異論があるなら、紅薔薇を退学してから言え!!」
そ、そこまでいうか、逍遥。
講堂を出ようとしていた九十九先輩たち3年も、逍遥の叫びに気付いたようで、続々と逍遥とサトルの前に集まり始めた。
九十九先輩は、相変わらず手厳しい。
「そこの1年。生徒会に刃向かうつもりで発言しているんだろうな」
上意下達を未だ地で行ってる勅使河原先輩も加勢する。
「聞き捨てならない発言だな。これは生徒会が決定したことだ。お前らに何か言われる筋合いなどこれっぽちもない」
その他にも3年の先輩方は5~6人いて、サトルに悪口を言い放った1年男子たちを取り囲み輪になって動こうとはしない。当然、奴らは輪の外に出ることもできず身動きが取れなくなった。
そこに、マイクを使った沢渡元会長の、地を這うようなドスの効いた声が聞こえてきた。
「お前たちは1年か。以前もこういった騒ぎがあったのを覚えているだろう。その時どうなったか忘れたのか?」
男子生徒たちは、どうやら、当時のことを思い出したらしい。
項垂れる者はまだいい。泣いて許しを求めるものがほとんどだった。
「お前たちのしたことは、生徒会の決定に対する謂れのないプロテストだ。反抗と言っても差し支えあるまい。生徒会としては、前回同様の措置を取らざるを得ない」
あら、それってもしかして・・・。
あーあ、また留年組が出た。
で、退学するんだよね、この場合。
馬鹿だよなあ、ホントに以前のこと忘れてたんだろうな。
馬鹿だよなあ。
逍遥に守られたまではいいが、逆に出た留年組をサトルは心配していたのだろう、オロオロとしてその場を行ったり来たりしていた。
その代わりに譲司がサトルたちに近づいてきて、魔法科留年組の氏名を確認しメモすると沢渡元会長に届けた。沢渡元会長は一度だけ頷くと、そのメモを見ることもせず光里会長に渡し、何か謝っているように見えた。
そりゃ、今の生徒会長は光里先輩だから沢渡元会長のしたことは越権行為かもしれないけど、光里会長が沢渡元会長に頼んだものかもしれないし、そこんとこは俺にはわからない。
どちらにせよ、紅薔薇高校における生徒会の力は今も強大で、一介の生徒如きがその弾幕を打ち破れるものではないということが、あらためて示された出来事だった。
一連のゴタゴタが収まり講堂から皆がいなくなったときだった。
講堂の端に数馬の姿が見えた。
数馬、まだ出てなかったんだ。
しかし数馬は俺が見たことのないような顔で、沢渡元会長を下目遣いで睨んでいた。まるで、そう、蛇のようだと思った。
何か今までの数馬と違う。
俺の前であんな表情を見せたことなどない。
俺は恐る恐る数馬に近づき、声を掛けた。
「数馬」
数馬は俺に気が付くことなくまだ蛇のような目つきで、異様な雰囲気を漂わせている。
「数馬!」
さっきよりも大きい声で数馬の名を呼ぶと、ふっと数馬の周囲の空気感が変化した。俺に気が付き、柔らかな眼差しに変わった数馬。
「どうしたの、海斗」
「なんだよ、その顔」
「え?どんな顔?」
「スゲー顔して沢渡元会長のこと睨んでた」
数馬は目尻を下げて小首を傾げながらその口元は上がり、先程とはまるで別人のようになった。
「ああ、こないだ昔話したらつい思い出しちゃってね、沢渡にガン無視されたこと。辛い時期に手を振り払うような真似されたから、今でも良く思ってないのが本音さ」
「そうかー。前に留年退学した奴等だって入間川先輩だって六月一日先輩だって沢渡元会長のこと恨んでるだろうしなあ。沢渡元会長は何だかんだ言って敵も多いのかもな」
「しっ、3年の先輩方に聞かれたら吊し上げられるぞ」
途端に硬直する俺。
ヤバいヤバい。
周りをすーっと見回して3年の先輩方が近くにいないことを確認し、俺はほっと一息ついた。
ホームズのいうとおり、俺は少々口が軽いのかもしれない。というよりは、周囲を見ないで発言することが多く自ら身の破滅を招くタイプらしい。
逍遥とサトルを応援したいところだが、こんなところで迂闊な一言を吐き、留年騒ぎに巻き込まれるのはまっぴら御免だ。
心の中でゴメン、と2人に謝りながら俺は数馬と一緒に講堂をそっと抜け出した。
「さて、今後は連絡入れなくても学校側が一切公欠で取り計らってくれるということで」
数馬がニヤッと笑う。でも、目が笑ってない。怖い。
「何を怖がる、海斗。予選会だって今の出来なら楽々通過できる。そうすれば3月下旬まで思いっきり練習できるということ。午前中は紅薔薇のグラウンド、午後は市立アリーナ、夕方は中学校のグラウンド。朝夕のジョギングと体幹の鍛練。練習メニューはほとんど変わらないけど、質を少しずつ上げていくつもりだ」
「質?」
「そう。『デュークアーチェリー』は100発100中を目指す。岩泉のようにね。『バルトガンショット』は、まず精度を上げる。3D画像取り込みと過去透視のコラボを完成させるんだ。もう少し記録は伸びると思う。で、あとは両手撃ちの練習も取り入れよう」
「予選会終わったら両手撃ちする約束だったもんな!楽しみだー」
「ただし、浮かれてると意外なことが起こらないとも限らない。その辺はここ3日で集中的に鍛えていくつもりだ」
「これからジョギングやるの?」
「もちろん。贔屓だとは絶対に言わせない」
数馬は数馬なりに俺のことを心配しているのかな。
俺は今日も言われ放題だったから。たまたま逍遥がサトルを擁護したから先輩方は誰もこっちにこなかっただけで。
俺に暴言を吐いてたのは、言わずと知れた宮城海音の取り巻き、親衛隊。
なぜあいつにそこまで服従するのかわからないが。
面倒見が良さそうでもないし、魔法力が高いわけでもない。聖人さんのように人格者でもなければ、数馬のようにアイドル系でもない。
何かネタ拾われてがっちり掴まれたのかな。誰だって1つや2つ、墓場、いや、地獄まで持っていきたいネタはあるもんだ。
いや、マウンティングの最たるもの、なのかも。
子どもたち当人が、または親同士が。
リアル世界には両親がマウントされてるから子供までマウントの憂き目に遭ってるという子はたくさんいた。
それはとても馬鹿馬鹿しい話で、子ども自身の出身学校はおろか父親の学歴だったり、現在の職業だったり年収だったりする。
主従関係にあるのでは?と思うほどの、まるでカースト制度。
たまたまリアル世界での俺の周囲はそういうマウント体質の家庭では無かったし、中学まではマウントなんぞ気にする生徒たちもいなかった。特に俺は亜里沙や明に守護されていたのでマウントの対象にならなかったのかもしれない。
しかし、俺が入学した泉沢学院高校はマウントの匂いを感じさせる学校だった。
父は医者とか会社社長とかザラだったし、裕福な家庭の子がたくさんいた。
そんでもって中学からの進学組はそういった裕福な家庭に生まれ育ち中学から私立に通ってた男子がほとんどだったのだ。
マウンティングされてんじゃないか?という男子を目にしたこともある。俗にいう「パシリ」みたいなことして、カバン持ちさせられたり、何か買い物に行かされたり。
あああ、また思い出してしまった。
あの学校のことを。
もう縁を切ったはずなのに。
数馬はキョトンとしながらも俺のもがきを見逃さなかったようだが、俺の心だけは読めたらしい。
もがいてる俺の心中については何も言わず、ポン、と肩を叩いただけ。
「さ、走ろう」
俺ももう、もがくことはしたくない。
「了解」
そういって、2人でジャージに着替え階段を走って降りて校門を後にした。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ついに予選会東日本大会の日がきた。
各高校や、高校に通学していないために地域として枠組みを作り選出された者が予選会に出場する。
競技は市立アリーナと県立体育館やそのグラウンドで種目ごとに行われ、『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』は市立アリーナが会場になった。俺としては、市立アリーナはずっと練習してきた施設なのでラッキー、幸運だ。
『エリミネイトオーラ』は県立体育館のグラウンド、『プレースリジット』は県立体育館周辺を試合場として開催される。
関東、東北北海道を始め、国内すべての選出選手が一堂に集まるのは難しいため、まず東日本と西日本に分けた試合が行われ、全国のタイムで上位10名が予選会本戦に進出できる。
本戦に行く道はまだ半ば。そこに行きつく今回の予選会はかなり倍率が高そうだ。
アリーナ内で最初に行われるのは、『デュークアーチェリー』。
さすがの俺も、ちょっと身震いというか口の中が乾き心臓はドンドンと変な鼓動を打っている。
選手たちが集合する前に、数馬が後ろからハグしてくる。
笑いのツボを押された俺は、腹の皮が捩れるほど笑ってしまった。
「これで大丈夫。海斗、行ってこーい」
「よし、やるか!」
隣の演武場では、サトルが練習を始めるところに出くわした。
かなり緊張した顔をしている。
「サトル、焦んないで。君ならできるから」
そういうと、俺は自分の演武場に向かい練習を始めようとしていた。
そのとき宮城海音の試合着が目に入った。へえ、あいつどんな裏技で予選会に出られるようになったんだ?退学者では練習量やサポーターを見つけるのが難しいだろうに。
うーん、やっぱりマウントしてるからか?
その他にも、薔薇6で対戦した学校の生徒や全日本で顔を合わせた生徒もいる。ただ、俺は不覚にもその人たちの名前も顔も覚えていなかった。
向こうから話しかけられる分には名前を上手に聞き出す手があるが、話しかけられないと顔と名前が一致しない。どこの誰だか全くもってわからない。
あの時は覚えたつもりでいたのに・・・。完全に脳内ミスだ。
数馬は笑っている。
「東日本だけでも、100人をゆうに超える出場者だ。覚えてないなら会釈だけでいい」
数馬の言うとおり会釈だけにして、演武場に入り、ルーチンとして肩幅と同じくらいに足を広げる。
デバイスである右手人さし指。数馬は俺に求めているのは、100発で成功率10割。もちろん15分以内で、全てを的に射抜かせるつもりで勝負しろと言われている。
ドン!ドン!ドン!
壁際の的に向かって次々に矢を撃ちこんでいく。
体力がついてきたからか、GPSの50mのときより成功率が高い。あの時は全く走らなかったから体力的にも厳しい状態で試合に臨んでいたのだということがわかった。
でも、外国では外を走りたくない。
散歩ですら捕まりそうになったんだから。
色々考え過ぎても考えなくてもいけない。
ただ、集中あるのみ。
結果は、100枚中98枚。2枚の誤差を数馬はどう見るか。
「数馬、この結果どう思う?」
「今はこれで構わない。予選会を通過した後で質を上げていく」
現状で予選会に突入することで話はまとまった。
あとは、如何に集中を切らさず演武できるか、だ。
本番前の練習時間が終わり、予選会東日本大会が始まった。
ほとんどの男子選手は、成功率6~7割台で推移した。時間切れで100枚撃てなかった生徒も多い。
その中には宮城海音も入っていて、時間切れで70枚ほどしか撃てなかった上に、成功率も5割ほどだった。
申し訳ないが、俺の敵というべき人間でもなんでもない。
考えを巡らせてる間に、サトルの演武が始まった。
今日も腕が冴えているサトル。
10分ほどで100枚、それも全部ど真ん中に当て成功するという快挙。
周囲からは感嘆の溜息が漏れ、サトルは恥ずかしそうに四方に頭を下げながら演武を終えた。
ひとりを中に挟み、今度は逍遥の演武が開始された。
逍遥の『デュークアーチェリー』は初めて見る。
一体どんなタイムを出すのか楽しみな俺がいた。
サトルも、自分が思ってた以上の結果を出せたらしく上機嫌のようだった。そしてサトルは、はにかみながら裏方さんたちと一緒になり逍遥の演武を見ていた。
逍遥の演武はサトルと違いパワフルなモノで、ちょっと姿勢が崩れようが腕が下がろうが、手首の返しを有効に使って矢を的のど真ん中に当てていく。
結果、これまた100枚貫通。所要時間は9分。
逍遥、また本気出してないな。サトルが10分だったからそれより少し上を目指しただけに違いない。
いや、他の人々から見れば一生懸命、本気に見えていただろうが、俺には分る。その証拠に、サポーター席にいた聖人さんが苦笑いしてた。
逍遥の才能はどこまで深いのか、いつそれを引き出すのか、俺としても楽しみなところではある。
そんなこんなを頭で夢想している間に、俺の名前がコールされた。
慌てて息を整える。
数馬が背中を2度、3度と思い切り叩いた。
いでーよ。
でもそのお蔭で、人の演武ばかり見て集中力の切れていた俺は、程よい緊張感と集中力を手に入れることができた。
最後に大きく深呼吸した俺は、円陣の中に足を踏み入れる。
肩幅まで足を開く。
「On your mark.」
「Get it – Set」
姿勢を整えた瞬間、号令の合図が頭の中をかすめた。
ドン!
一枚目の的はど真ん中に。
次々と出てくる的。俺は腕を伸ばしたまま、デバイスである右手の人さし指を的に向けて発射する。
途中、一回だけ姿勢の悪さを実感した。
気持ち右肩が下がっていたのだ。
マズイ。
もう一度姿勢を立て直し、デバイスを的へ向ける。
ああ、時間のロスが生じた。
だが的から外れた矢はまだ一本もない。
よし、このペースのまま最後まで突っ切るぞ。
俺はそこからは姿勢を崩すことなく集中できた。
枚数は、11分で95枚。
逍遥やサトルよりもだいぶ落ちる結果となってしまったが、予選会の本戦出場は間違いなく叶うだろう。
東日本大会としては、3位の成績で通過した。
ああー、よかったー。
問題は、3日後に行われる全国統一の予選会本戦だ。
それまでに集中力を切らさぬような練習をしなくては。
予選会本戦には、まず間違いなく白薔薇高校の国分くんが出場するはずだ。
彼はサトルに次ぐ実力者。甘く見ていると火傷しかねない。
火傷か。ホームズが言ってたっけ。数馬に近づけば近づくほど火傷するぞと。
今のところ炎上してないから大丈夫だと思うけど。
あれはホームズの予知かもしれないし、今後どういった事件や事故が起きるのか、俺には全く見当もつかない。
気が付くと、サポーター席で数馬が俺を呼んでる。
あ、そろそろ帰るのか。
俺はスタスタと速足で数馬に近寄った。
ゴン!!ゴン!!
拳骨2発が俺の頭頂部に立て続けに炸裂する。
「いでっ、いでーっ」
「海斗のその方言聞くとこっちまで萎えるよ・・・」
「なんで?そんなに成績悪くなかったと思うんだけど。ダメだった?」
「海斗、君明らかに何か考えてて集中してなかっただろ」
「いやー、サトルと逍遥の演武見て、スゲーなと思ってはいたけど」
「人の演武気にしてる場合じゃないの。君に出来得る最高の演武するためには、自分自身に集中しないと」
「そっか」
「3日後はその辺気を付けてくれよ。白薔薇の彼だってサトル並の魔法力持ってんだろ?」
「うん、紅薔薇にいた頃は逍遥やサトルに次いで3番手だったと思う」
「そこを撃破するために何が必要か、考えてごらん」
数馬の言うことは至極尤もで、俺は今日の演武を反省せざるを得なかった。
そうだよな、人の演武見て非凡な才能に驚嘆してる場合じゃない。
俺は俺の出来得る限りをギャラリーにも選手たちにも見せつけるべきだった。
数馬に言われるまでそのことに気付かなかったとは・・・いやはや、面目ない。
反省しきりの俺は、数馬の後をついて会場である市立アリーナを後にすると、早速ジョギング体勢に入った。
予選会の本戦まであと3日。
やれることは全部やったつもりだけど、どこに落とし穴があるかわからない。
気を引き締めてかからなければ、予選会を通過することすらできずに今季最後の魔法大会を棒に振ってしまう。
でもね、走りながら考えてしまうの。
逍遥と聖人さんのこととか、サトルの昨日の事件とか。
少しだけ、宮城海音め、ざまあみろ、とか。
と、俺の頭に数馬が手にしたメガホンが飛んでくる。
「競技以外のことは考えない」
嘘を吐いても直ぐに見破られるし、数馬には心の中を奥まで探られたくない俺としては、正直に謝った方が早い。
「ごめん」
数馬はいつも自転車に乗って伴走してくれるのだが、今日は一緒に走ってくれた。
なんでかって?
市立アリーナまで自転車でいかなかったからだよ。数馬は合理的だから、俺が落ち込んでるから一緒に走るとか、そういうことはしない。
ただ単に、今日や3日後の市立アリーナ周辺には車や自転車、バイクが集まるので置くところがない&盗難の被害に遭いやすいというリスクを回避しただけなんだ。
学校から市立アリーナまでは3キロほどで、さらっと走るにはちょうど良い距離だった。数馬にメガホンぶつけられて以降は、余所のことに気を取られること無く走ることに神経を集中させることができた。
俺は、心の中に雑念があるときは、走るペースが乱れてしまう。
それを考えれば今日は格別な走りだったと思う。
3日後までこのペースを乱すことなく試合に臨み、エントリーへの切符を手にしたい。
学校に戻った俺は制服に着替えて校門へと急いだ。数馬も一緒に帰るというから。
俺としてはホームズのことがあるし、急に寮の部屋に寄られると嫌なのだが、それを察したのかは知らない、数馬は寮の玄関の前で「今晩はゆっくり休むように」と言い残すと、さらっと別れて魔法技術科の寮へと戻っていった。
今はホームズを追いかけるよりも、別にやらなければならないことがあるということか。
色々考えるのはよそうと思いながらも、ちょっとだけ安心した。
部屋に戻って、猫ベッドで寝ていたホームズにただいま、と声を掛けた。
ホームズは身じろぎもしない。
・・・死んだか?
俺はホームズを飼っているというより、皆から託されていると思っていたので心臓がドキッとして、ホームズを覗き込んだ。
隠れてはいるものの腹の辺りが少し動いていて、息をしてるのがわかった。
あー、よかった。
今の今、ここでホームズがこと切れましたなんてシャレにもならない。
ヒーターの電源を入れ、部屋の中が温まりだした途端にホームズは猫ベッドから起きてきて、目をオッドアイに変えた。
おいおい、いきなりかよ。
「よう、今日は出来が良くなかったようだな。このままじゃ国分に持ってかれるぞ。新人戦の切符」
「見てたのか」
「見終えてから一寝したわ」
「集中できなかったんだよ」
「なんでまた」
「逍遥とかサトルとかの演武見てて綺麗だな、って思ってさ。あとは、宮城海音ざまあみろ、って」
「他の連中は他の連中、お前はお前だろ。綺麗とか当てた本数とか気にならないったら嘘だろうがよー、ここで見ないで集中するのも策戦のひとつよ」
「まーなー」
「それと、宮城海音は「ざまあみろ」では終わんねえぞ、気を付けろ」
「なんだよ、それ」
「忠告」
「何?また俺何かに巻き込まれんの?」
「しまった。予選会終わってから言えばよかったな」
直球で聞いてもホームズが返事をするわけはないので、発想を転換して考える。
「予選会終えてから、ということは、予選会本戦の前は何も起こらない、ってことでいいんだよな?」
「そうとは限らない」
「ホームズが俺の集中力切らしてんのもあんじゃねーの?」
「んなことあるか。お前は集中することの意味がわかってねーだけだ」
「まーねー」
生半可な返事をして、俺は両掌をヒーターに当てた。すると手のひらを当てた部分が、ジジジ、と焦げ臭くなってヒーターの反射板が焦げた。
ホームズが瞬間的に飛び退く。
「おいおい、まだ心ここにねーのか、お前は」
「あ、ごめん」
「そういうぼーっとしたところがお前の弱点なんだよ、解ってんのか?」
「性格だしなあ」
「勝って新人戦行くんじゃねーの。GPF終わった時そう叫んでたぞ、寝言で」
「行きたい・・・って、俺、寝言いわないし」
「言ってたよー」
「言わない」
「言った」
「言わない」
「言った」
バチバチと睨みあい、一歩も引かぬ俺とホームズ。何が楽しくて猫と睨みあいしてんのか、よくわからない。
「そうだよな、勝たないと新人戦行けないもんな・・・。国分くんの出来はどうだったのかな、ホームズは遠隔透視とかできないの」
「出来る」
「スゲーな。今日の西日本大会も見てたのか」
「海斗は国分の結果知りたいのか?」
「知りたい」
「今日は100枚中99枚。10分台。姿勢は崩れることなく最後の1枚は気を抜いて外しただけ。最後まで気合が持てばサトルと同じ出来だった」
「そうか・・・それだと、100発100中目指さないとエントリーはキツイな」
「国分もサトルもだけど、集中してたのは間違いないぞ。お前くらいのもんだ、コールされるまでぼーっと考え事してんのなんて」
「見てたの?俺のこと」
「あったりめーよ。西日本大会の大阪まで見えんのに、地元の横浜見逃すバカがどこにいるってんだ」
「へー、ホームズ、もしかしてここから長崎まで遠隔透視できたりして」
「出来る」
「まじっ?」
「だから、ほれっ。集中しろ」
「いやいや、恐れ入ります、だな」
「そういう問題じゃなくて、集中しろっての」
「わかったわかった。新人戦終わったら遠隔透視教えて」
「・・・ああ・・・」
急にホームズは元気が無くなったが、俺は遠隔透視魔法という新しい魔法の話を聞いて、予選会のこともホームズのことも何もかも忘れていた。
そう、ホームズが「魔法を使える」猫だということも・・・。
世界選手権-世界選手権新人戦 第6章
予選会東日本大会が終わった翌日。
俺は朝6時に起きてヒーターで室内を暖めた。
ホームズが猫ベッドに後ろ足を残したままニャーンと鳴きながら起きた。
「ホームズ、おはよう」
ニャーンと鳴いたまま、俺の顔をじっと見つめるホームズ。
ふーん、今日は魔法使わないのか?
頭を撫で回してもニャーンとしか言わない。
数馬との待ち合わせ、というか、数馬が朝7時にこっちの寮に自転車で来ることになっている。
俺は部屋の中でストレッチ運動でじんわり身体を温めながら、ホームズのご飯と水、トイレを掃除し終えて数馬が到着するのを待っていた。
7時5分前。
俺はホームズに「いってくる」と声を掛けヒーターを消した。
ホームズは見送りのニャーだけで、直接言葉を話さない。変だな、部屋を出るときはいつもオッドアイに変わっていたのに。
「行ってこーい」
いつもならそう言ってから猫ベッドに帰って丸くなっていたのに。
はて。
昨日伸びていたことといい、もしかしたら具合が悪いのだろうか。
そしたらホームズが離話で話しかけてくる。
「別に」
「大丈夫?調子悪いなら病院に行くから、言ってくれ」
「わかった」
言葉少ないホームズを心配はしたものの、もし具合が悪くなれば連絡をくれるだろう、そう思って俺は部屋のドアを閉め寮を出た。
外に出ると、まだ数馬は待ち合わせ場所の寮の前に着いていなかった。
ふぅ。よかった。
数馬はホント、時間にうるさいから。
1分遅れただけで嫌味が飛んでくるし、万が一30分も遅れようものなら心にぐさりとくるような言葉のオンパレードが俺を待ち受けている。
それなら、10分待とうが寒かろうが、数馬の来る前に、待ち合わせ時間の前に待ち合わせ場所へ着くほうが遥かに楽だし、俺が気分を害することもない。
延々と小言いわれたら、誰だって面倒に思うだろ?
その日、数馬は7時ちょい過ぎに寮の前まで自転車で走ってきて、急ブレーキをかける。
「ごめんごめん、遅くなって」
「いや、俺も今着たばかりだから」
明らかに分かる嘘。
寒さの中待っていたので、鼻の頭がトナカイさんのように赤くなってる。今どきこんな社交辞令必要なのかなと思いながら、走り出した数馬の後を追って俺も走り出した。
息が白い。
いつものことなのに、初めて見たかのような錯覚に捉われている。周囲はなんだか空気が澄んでいるようで、息がキラキラして見える。
吐き出す息が白いのが妙に嬉しくて、走りながら息を吸ったり吐いたりして遊んでいる俺を数馬が見つけてしまった。
ゴン!!
またメガホン?
数馬はすっかりおかんむりだ。
「真面目に集中して走ってくれ」
「へーい」
でも走っているときは、本当のことを言えば結構いろいろ考える。
リアル世界のことや、もちろん、この世界でしたいこと、この世界の疑惑の解明、嬉しいこと、悔しいこと。周りの人々に対する感謝の念・・・。
俺が今ここにこうして走っているのは全て誰かの助けを得ているモノであり、俺はとても感謝している。亜里沙や明の助けだけではとてもじゃないがこの世界で生きていくことはできなかったと思う。
俺の魔法力が低い時からずっと見守ってくれている沢渡元会長、数馬はだいぶ嫌ってるようだけど・・・沢渡元会長に目を掛けられなければ俺はすぐつまはじきにされ、リアル世界に帰りたいと毎晩泣いて過ごしたことだろう。
そうなんだよ、リアル世界は不自由だけど人のせいに出来る世界だったから。
泉沢学院に行かないのはマウンティングが激しい生徒のせい。他の高校を再受験できないのは両親のせい。
って、毎回思い出す際に同じことを繰り返したり全く違った意見を持っていたりと、これという核がないんだけどさ。
でも、予選会本戦は2日後。
今はリアル世界のこととか、こちらに来たばかりの頃の思い出なんて必要ない。
2日後には、国分くんやサトルと『デュークアーチェリー』で激突するんだから。
俺は珍しく、走りながらイメージで的に矢が当たるところを想像していた。たまに蛇行することがあったものの、数馬は俺の心理を読んでいたので怒られることもなく目を瞑るなと指示があっただけで、ジョギングはそのまま進んだ。
ジョギングの後、俺と数馬は一旦紅薔薇に寄り、数馬が自転車に乗っけてた俺と数馬の分の制服を各々の教室に置き、俺の胴衣だけを持って中庭で待ち合わせた。
中庭で落ち合った俺たちは、そのまま市立アリーナまで歩いていく。数馬は自転車をアリーナに停めるのは余程敬遠してると見ていい。
昨日は凄い数の車や自転車、バイクまであったからだけど、数馬の場合、どうやら盗まれるのが嫌なんだな。
早めのウォーキングで約20分。アリーナに着き、早速俺は胴衣に着替えて中に入った。するともう幾人かの人たちが試合場に来ていて、俺は30分の予約待ちとなった。
予約待ちの間にストレッチを済ませようと数馬が近寄ってきた。予約を待つ間は何もすることがないし、このまま身体が冷えるのも危ない。風邪ひいてしまう。
そこで俺は数馬に頼んで久しぶりに肩甲骨界隈やどちらかと言えば骨盤?辺りのコリを解してもらうことにした。
あー、広瀬が俺に同化魔法掛けたときと寸分違わぬ、この気持ちの良さ。それとも、久しぶりにマッサージしてもらうからかな。今日は数馬が毛布を持参していたので、その上でマッサージは格別の味だった。
そうなんだよ、近頃の数馬はマッサージもしないし勝負事に勝てるパートナーを作りだしているように思う。俺ではその辺、上手くマッチングしないんじゃないか?
少なくとも、逍遥や、来シーズンプレーヤーとして試合に出れるかもしれない聖人さんなら上手くマッチングできるような気がするんだけど。
俺って、究極のボンボン(金持ちじゃない)で我儘だし、かといって直ぐ諦めるし。
数馬は生徒会に言われてるから俺の面倒いやいや見てるんじゃないのかな。
それでも、数馬がいなかったら俺はこの胴衣を着ることは無かったと思うし。
人間、がむしゃらに生きていけばきっと神様が見てて助けてくれるんだよ。日本の神か外国の神かは知らんけど。
「いや海斗。そういう気持ちで君に付いてるわけじゃない。逍遥みたいな魔法師は僕にはサポートできないし、聖人は元々がサポーターではなくプレーヤーだから100%サポーターの気持ちになってるわけじゃない。あいつは器用だからどっちも熟してるだけ。サトルくらい素直ならようやく僕でもサポートできると思わないでもないかな。光里はハチャメチャな魔法で、それでいてサポーターと上手くやってるから大したもんだよ」
「そんなもんなの?」
「そう。マッチするパートナーなんてすぐに見つかるわけじゃない。魔法を使用する側から見ても、それをサポートする側から見ても」
「難しいんだな」
「そ。難しいの、この世界は。神様関係ないから」
「あ、聞こえてた?」
「神様に拝んで結果が出るなら、今混みあうのはここじゃなくて神社になる」
俺は思わず吹き出した。数馬は本気で言ってるんだろうけど俺には冗談に聞えてしまう。
「でもさ、あんまりにも結果が出ないと神様仏様の世界に身を投じたくなるよ」
「残念ながら、僕の辞書に努力以外の文字はない。さ、もうすぐ予約時間がくる。起きて」
数馬の手を借りて立ち上がった俺の前に、白薔薇高校の校章をつけた制服姿の男子生徒と女子生徒が連れだってやってきた。
誰?白薔薇に知り合いなんて国分くんくらいしかいない。
国分くんは?
「国分から聞いています、八朔海斗さんですよね」
「あ、はい」
「国分から伝言です。“僕の分まで頑張ってくれ”と」
ん?どういうことだ?
昨日ホームズが見た時はかなりいい成績で演武終えたって言うじゃないか。なんでこういう台詞が出てくる。
「あの・・・失礼ですが、国分くんに何かあったんですか?」
2人は最初もごもごと口が動かず話そうとはしなかったが、男子生徒の方が、意を決したように口を開いた。
「昨日の夜、何者かに襲われたんです。実家付近で」
「え?」
俺は言われてる意味が分からずに訊き返した。
「襲われた?」
「はい、大阪での試合の後ひとりでこちらに向かったんですが、実家に行く途中事件に巻き込まれて右手を負傷してしまって」
「えっ!」
ついつい俺は声が大きくなってしまった。周囲がこっちを振り向くのも一向に構わずに。
「大丈夫なんですか?」
「明後日の予選会には出られそうにありません。全治3週間の怪我を負ってしまったものですから。もし仮にエントリーされたとしても、リハビリが間に合うかどうか」
「どうして国分くんが・・・」
「その辺を調べることも踏まえて、我々白薔薇生徒会は動いています。予選会後にお時間頂戴できますか」
数馬が答えようとする俺を制止した。
「あなた方が聞きたいのは、事件の時間の海斗のアリバイですか?」
「え?俺?」
余りに直球すぎて、俺はちょっと目が点になってしまい数馬を見上げた。でも白薔薇高校の2人には大当たりだったようで、2人は反対に下を向いてしまった。
数馬が少しムキになったような態度で相手を半ば攻撃している。
「過去透視が使える魔法師がいれば、海斗のアリバイはすぐわかるでしょう。問題となさるなら、国分選手の動きを事細かに再現されてはいかがかと」
相手もこれまた数馬の挑発に乗って最初こそ落ち着いた声で話していたが、段々とその声が大きくなってきた。
「西日本組が狙った形跡はありませんでした。そして、東日本組の成績を見たところ、国分より若干低い成績だったのが八朔さんです。八朔さんは何度か国分の実家にも顔を出していたようですから、ここ横浜の地理にも詳しい」
数馬も負けていない。
「だから何だっていうんです。こいつは元々横浜の人間じゃないからここの地理には疎い。国分選手の家に行ったのだって、何名かで連れられていったことしかありません。事実、国分選手は何と言ってるんです?」
「それは・・・」
それは、と言ったまま、白薔薇生徒会の2人は言葉を濁してしまった。
そんなこと、どうだっていい。
俺のアリバイなんぞ、どうだっていい。
なんで国分くんがまたターゲットにならなきゃいけない。彼はアンフェタミン事件の時も、何もしてないのに結局退学しなくちゃいけなくなって、白薔薇に拾われた。
やっと心の傷が癒えたところだと思ったのに。
「国分くんに伝えてください。俺は絶対に負けないから、君も負けないで、と」
「あくまでご自分は関係ないと仰るのですね」
「俺は昨日の試合後は紅薔薇の寮に帰って、そこからはどこにも出かけていません。夕飯も寮の食堂で食べましたから、俺の顔を見た生徒も多いでしょう」
だが、相手の反応は冷淡なものだった。
「それはアリバイにはなっていませんよね」
数馬が理性のやかんを沸騰させている。あ、もう少しで数馬がキレる。
まずい、キレさせたくはない。
これから『デュークアーチェリー』の練習だってのに、何なんだよ、この展開。
数馬はまた俺と白薔薇生徒会の間に入ってきて、キレ気味になっている。
「僕らは明後日に向けて練習するためにここにいます。お分かりでしょう?お話は試合が終わってからにしてください。これで失礼します」
練習って・・・いや、こういう状態でも集中する練習だっていうんならわかるけど、普通あれ言われて通常ベースで練習できねーだろ。
ただでさえ集中できない方なのに、無理だよ、数馬。
「海斗、君何もしてないだろ」
「してない」
「なら、胸張って練習しよう。ここでヘンに動いたらまた疑われる」
「うへえ・・・了解」
「それと」
「何?」
「防御魔法は知ってるか」
「知ってる」
「朝晩掛けろ」
白薔薇生徒会の2人は、俺の『デュークアーチェリー』をまじまじと見ていた。見られているのがわかるので、余計集中できない。
ああ、宮城海音の親衛隊がギャーギャー騒いでる時でも、俺、集中できたっけ。ああいう風に一心不乱に的だけを見ればいいんだな。
周りに誰がいようが、そんなことは考えずに姿勢を整え的だけを見続ける俺。成功率は決して芳しくなかったが、集中の仕方がなんとなく理解できたような気がする。明後日も、一心不乱に的を見よう。そして、矢を放とう。
30分の練習時間が過ぎ、(白薔薇さんのちょっかいのせいで10分程使えなかったけど)俺は演武を終えて廊下に出た。廊下では、まだ白薔薇生徒会の2人が俺を待っていた。
「もし、うちの国分が怪我をして得をするのは誰ですか」
「あなた方からすれば、一番得をするのは俺なんでしょうね。でも、俺は何もしてませんよ。ホームズと遊んでただけですから」
「ホームズ?あの猫があなたの部屋に?」
「ええ、国分くんから預かり託されました」
2人は途端に後ろを向いて何やら秘密の相談を始めたようだった。ホームズ、使ってと話しているところをみると、ホームズ頼みで寮にくる気かもしれない。
ホームズは長崎界隈では有名な猫だったようだし魔法力もあるから、ホームズさえ協力してくれれば、紛れもない真実が浮かび上がることだろう。
待てよ、もしかして、ホームズが昨日の夜から元気なかったのって、このことだったのか?
ホームズは魔法使いの猫として自分を見る人間をとても嫌う。ただの猫として見る人間を好む傾向にある。
ホームズ、嫌なことはしなくていいよ。
お前は猫のように生きればいい。
そこに、ニャーンと声が聞こえた。
白黒のハチワレ、ホームズだった。数馬の前に出るのも、白薔薇生徒会の人間たちの前に出るのも嫌だったろうに、俺のために出て来てくれたのか。
ホームズは目を黄色にしたまま、俺たちの心に話しかける。
「昨日の夕方から夜にかけて、俺様は本当にこの八朔海斗と一緒にいた。しかし俺様の過去透視より、大会事務局日本支部から過去透視魔法の使い手に願い出るのが本筋だろう。俺様が嘘を吐かないとも限らないからな、公平な手段で事件の真相を追うべきだ」
俺はホームズを庇う。
「ホームズ、もういいから好きなところに帰ってろ」
ホームズはまたニャーンと一声鳴くと、スッとどこかに姿を消した。数馬の目がギラついている。まずい、拉致るつもりだ。今何処にいるか過去透視してやがる。
俺は右手を拳にして何の気なく左胸に置いた。
ビシバシと断片的な過去に遡る。
すると黒っぽい壁と紅薔薇の制服みたいな色味の洋服をきた人間たちが悠々と歩いているのを見ただけ。人物の顔は見えず、証拠にも何もなりゃしない。
なんだよ、これ。
これが過去透視かよ。
俺の想像する過去透視は、今回の場合なら、国分くんが襲われる前まで過去を遡り国分くんがどういった謂れなき行為を受けたのか、犯人像も含めてはっきりさせるような、もう行ったものだと思ってた。
俺の魔法が下手くそなのか、過去透視が一般的に断片的な物しか映さないか、どっちなのかは分からない。
白薔薇生徒会の2人は、ホームズの言葉を聞いて考えを改めたようにも見えた。
だが、どう考えているのかはわからない。
またホームズを長崎に連れて帰ってしまうかも。
でも、ホームズは元々は横浜で軍にいた猫だから、長崎市民にあーだこーだと言われる筋合いはこれっぽちもないし。
何を言われても、ホームズだけは手放さないと俺は決めていた。
「ホームズの言うとおり、大会事務局日本支部に行って過去透視魔法を使い犯人を取り押さえたいと思います。では、また明後日」
そう告げると、白薔薇高校生徒会の2人はすぐに姿を消した。
なんだ、瞬間移動魔法できるんじゃん。過去透視しろよ。あの2人には過去透視は無理なのかな。
数馬は数馬で、明後日が本戦だということを忘れて、ホームズの行方を捜している。
「君、ホームズがどこにいったか心当たりないの」
「あいつ色んなとこに出没するからね、わかんない」
「残念だな」
「数馬、試合までに集中途切れないようにするんじゃなかったの」
俺の言葉を聞いてもなお諦めきれない様子だったが、さすがにホームズが見つからないとなると、数馬は諦めざるをえないといった表情になり、最後には、試合のことに頭が向いたようだった。
「まったく、人騒がせな。ねえ、海斗。僕たちは何もしてないし、国分くんが怪我をして一番得をするのが君とは限らないじゃないか」
「というと?」
「例えば君に罪をなすり付けたい者たち。あるいは長崎でいつも国分選手の近くにいる者が長崎を離れた土地で襲う。色んなことが考えられるだろ?君に直に接触してくるなんて、ある意味嫌がらせだよ」
「俺に罪をなすり付けたいのなら、宮城海音の親衛隊じゃないの」
「有り得なくもない。あとは、やっぱり白薔薇で国分選手の魔法力を快く思っていない者たちという線も捨てきれない」
過去透視かければすぐわかりそうなもんなのに、なんで横浜の実家付近で襲ったりしたんだろう。やはり俺が横浜の人間で地理に詳しいと思わせる為か。
はたまた、それすら計画上の想定内として過去透視をマヒさせる、というか、テレビの砂嵐のように映らなくなったりしないのだろうか。
そうなれば、アリバイがなく東日本大会の成績的に国分くんに肉薄しつつも負けている俺に捜査の目が向くのは間違いのないところだ。
やってないから余裕で突っぱねられるけど、試合前に俺のところに事情を聞きにきたというのがいただけない。
俺、明後日マジに試合、それもエントリーされるかどうかの大事な試合なんすけど。
でも、国分くんもそれは同じだったはずで、どうして自分ばかりこんな目に遭うんだと意気消沈していることだろう。
試合が終わったら、逍遥と一緒にお見舞いにでも行こうか。
実のところ、俺は国分くんの家がどこにあるか覚えていない。逍遥の後をついて行っただけだから。
数馬の言った「海斗が地理に疎い」というのは本当のことなんだよ。
でも、俺がここら辺の地理に疎いように、長崎や西日本の人間が横浜の地理に詳しいとは思えない。
単独犯なのか複数犯なのか白薔薇生徒会の連中は何もいってなかったけど、複数犯なら地理に詳しい者が手引きして、襲う場所もあらかじめ人通りの少ない場所に決めておくことも可能とは思うが、どこで、何人くらいの暴漢に襲われたんだろう。
あれ?右手を怪我したといったが、魔法で治すことできなかったっけ?自己修復魔法とか他者修復魔法とか。
そういう魔法が使えないくらいの大怪我をしたということか。
んー、なんか俺の中では長崎方面、あるいは西日本方面複数犯人説は次第に現実味のない空虚なものとなっていった。
そんな都合よく、国分くんに恨みを持つ横浜在住の者が手引きして、国分くんに何らかの悪しき感情を持つ長崎や西日本の者が襲うなんて、統計学的数字から見ても有り得ないでしょ。
そもそも、どうやって知り合う。
国分くんは9月に白薔薇高校に入ったばかりで今期の全日本や薔薇6など国内の試合には出ていないから、選手としてはまだ名が知れておらず、恨まれることはどちらかといえば考えにくい。
リアル世界なら、SNSを通じていくらでも遠くの人と知り合うことができるし、俺がちょっとだけ考えた長崎方面や西日本方面複数犯人説も大いにあり得るけど、こっちはそういった電波を使った便利生活がなされていない。
魔法を使えば遜色ない生活を送れるからだが、知らない人と繋がるような魔法は今のところないのではないか。
誰もそういった魔法を行使しているのを見たことがないし聞いたこともない。
魔法の行使か・・・。
仮に、俺に恨みを持つ人間が行った犯行だとして、恨みの原因は、何だ?
魔法力もないのに依怙贔屓されてるのが超おもしろくなーい。とかそんなところか?
なぜ俺を狙わずに国分くんを狙った?
ここが弱い部分だな。俺と国分くん2人を一気に潰すためとか。特に俺には責任を擦り付けて魔法界から追放したかった、といえば理由にもなるか。
犯人は単独でも複数でも、俺に恨みを持つのは横浜在住者がほとんどだろう。そいつらは紅薔薇に登校しているとみてまず間違いないのだろうが、その矛先が国分くんに行くのがちょっと解せないんだよなあ、これが。
これが数馬とかなら解る。俺は痛手を受けるわけだから。
なのに、国分くん?ああ、そうか。少し上の魔法力をもつ同級生に怪我をさせた酷い奴、のレッテルを張るつもりか。
なーんかまだ証拠的に弱いんだよなあ。
夜も寝ないで悶々と悩み続ける俺。ホームズは夜中に夢を見たらしく、「ニャッ、ニャニャッ」と寝言を言ってる。ああ、良かった。人間の言葉で寝言言われたら、俺、しばらく立ち直れそうにない、怖すぎて。
一晩目の夜は、寝不足に陥った。
明日が本戦だというのに、俺は脳と身体がバラバラで、アドレナリンさえも出てくる気配なく、練習でも散々だった。『デュークアーチェリー』は肩が落ちまくりで12分80枚と外す矢が多く、『バルトガンショット』も過去透視が上手くできず14分100個という為体で、今までのワーストを更新してしまい、メガホンを片手に持った数馬に追い掛け回された。
数馬は白薔薇生徒会の役員たちが俺を犯人扱いしたからだと憤慨し、大会事務局に訴える、と言って素早く姿を消してしまった。
アリーナのグラウンドに残された俺はと言えば、焦りとも何ともつかない心情が心を支配し、前に進む1歩を見つけ兼ねていた。
そこに、譲司とサトル、逍遥がグラウンドに顔を出した。
相変わらず喧嘩してんのか隠密で動いてんのか知らないけど、聖人さんの姿はない。
逍遥に理由を聞いても答えるわけがないので、聖人さんのことは一旦考えるのを止めた。
すると、逍遥とサトルが同時に俺の前に立った。サトルが声を小さくして俺の耳元で話をした。
「国分くんの噂、聞いた?」
「あ、ああ」
自分が犯人扱いされているとは言えず、まごついた俺。
「なんか、本戦に出て海斗に負けるのに恐れをなして怪我したんじゃないか、って」
「え?」
「自作自演の怪我じゃないかって噂が立ってるんだよ」
「それは無い!!」
夢中で俺は国分くんを庇いだてしている。
「どうしたの、すごい剣幕」
「実は・・・」
俺は東日本大会の翌日、白薔薇生徒会の役員らしき人物が俺のアリバイを聞きに来たと2人に告げた。
サトルが髪を振り乱して怒る。
「何それ。まるで海斗が怪我させたかのような言いぶりじゃない」
逍遥も眉間に皺を寄せる。
「聖人が飛び出していったのはそれか」
?聖人さんが飛び出した?
「逍遥、何それ」
「東日本大会の当日だったかな、夕方は別行動だったんだよ」
「なんで?」
「知らない」
俺は肩を落とした。
「情報は入ってこないしさ、色々考え過ぎて散々だよ」
逍遥は相変わらずドライなもので、自分には関係ないんだから考えるのよしたら、と平気で言う。
「そうできればいいんだけど」
サトルも俺の考え過ぎを嗜める。
「海斗は昔から考え過ぎのところがあるよね、一度フラットにならないと。見えるモノも見えてこないよ」
「そんなもんかなあ」
逍遥は俺の背中を2度、バンバン叩いてグラウンドから出て帰っていった。
「サトル、逍遥来たばかりじゃないの?」
「忘れ物でもしたんじゃない?海斗はもう終わり?」
「終わり。数馬が大会事務局にクレーム入れに行ってる」
「犯人扱いは酷いよ、ましてやまだ本戦終わってないのにそういうこというなんて」
「国分くん、可哀想だよな、アンフェタミンで全日本逃してさ、今度は新人戦だろ」
「運が良くないのは確かだけど」
「確かだけど・・・?」
「今回に限って言えば、防御魔法を自分に掛けてさえいれば、そんな大した怪我にはならないはずなんだ。かけていなかったのかもしれないし、自己管理の問題も指摘されてくるのは致し方ないと思う。海斗、防御魔法習った?」
「習った。って、サトル。そんなに冷たい世界なのか?ここは」
「君からみれば冷たい世界なのかもしれないね」
そんなやり取りを続けている間に数馬が帰って来たようで、譲司と何やら話をしていた。
数馬は俺とサトルに向かって手を振り、近づいてくる。
「海斗、前にも言ったが、防御魔法は朝夕掛けとけよ。サトルもだ」
「はい、数馬さん」
素直に頷くサトルを尻目に、俺はまだ事件に拘っていた。
「数馬。国分くんの事件、動く気配あるの」
「今事務局に怒鳴り込んだんだが、防御魔法かけてたおかげで精密検査受けたら全治1週間の打撲だそうだ。ただ右腕狙われたからリハビリもあるし、今回の予選会には出られない」
「予選会無理なら新人戦にも出られないよな?」
「いや、それは総合的に判断するそうだ。新人戦前にもう一度エントリー者と一緒にタイム計るとかで、それで3位以内に入れば予選会の順位をひっくり返すことも検討してるらしい」
「あー、よかったー」
「お前が脱落するか否かの総合的判断だよ、海斗」
「でもさ、ガチでぶつかれるでしょーよ」
「そりゃそうだな、さ、またジョギングして、一旦学校に戻ろう」
俺は数馬とジョギングするため、サトルたちと別れた。
総合的判断という言葉を聞いて、テンションが上がった(ホントは張る、というらしいが俺的には上がってるから)俺は、夕方の中学校で行う『バルトガンショット』の練習も5分で100個撃破と、良いタイムを取り戻していた。
心情が如実にタイムに反映されるとは。
やっぱ俺って、メンタル強くなんかないよ。
すると数馬が寄ってきた。
「いや、君くらいメンタルが強いのも珍しいよ」
「でもこんな事件でメタメタじゃん」
「こんなのに巻き込まれたら、普通はもう浮き上がれない。君だからこそこうして標準タイムに戻せてる」
「そうかなあ」
ヘンに持ち上げられてる気もするが、まあいい。
国分くんも思ったより重症では無かったし、あとは犯人を捜すだけ。でもそれは俺の仕事じゃなくて、俺の仕事はベストタイムを出すだけ。
俺の仕事はあくまでタイムを稼ぎ出すことであり、新人戦ではいいところに付けたい。優勝なんて簡単には言えないけど、逍遥よりいいタイムが出たら、この世も良きかな、満足できる。
トレーニングを終えた俺と数馬は各々の寮に帰り、俺はホームズの具合を見るためヒーターも点けずに猫ベッドへ行く。
頭を触ると、ホームズは「ニャーン」と力なく鳴いた。
やっぱり、どこか調子が悪いんだ。今までこんなことはなかった。
どこに動物病院があるのかも知らないし、だいたい、魔法猫を診る病院なんてあるのか?
少しばかりパニックになりかけた俺は、学校に併設された動物病院があることを忘れていた。
何度も深呼吸しながら廊下に出てサトルの部屋を目指した俺。
サトルなら病院とか知っていそうだし、あまり大きな声では言えないが、診察代を借りることもできそうだったから。逍遥はケチっぽいし。
サトルの部屋の前に立つ。
中がおぼろげに見えてくる。別に透視してるわけじゃないんだけど。机に座って勉強しているサトル。
よし。
コンコンコン。
声がするまでドアの前で大人しく待つ俺。逍遥はこの段階からうるさい。
「はい」
中からサトルの声がした。3秒後、ドアが開く。
「海斗、どうしたの」
「猫病院知らないか。ホームズが調子悪そうなんだ。ぐったりして魔法も使えない」
「学校の病院はドクターがいなくて閉めてるんだよね、待って、今知り合いに聞いてみる」
どっかに離話してるサトル。
一刻も早く連れて行きたいのだが、今の時間では無理だろうか。
「ここから自転車で10分のとこに動物病院があるそうだ。もう診察時間過ぎてるけど診てくれるって。そこは魔法動物たちも診てくれるみたいだから、ホームズでも大丈夫」
「ありがとう、サトル」
「で・・・ほら。診察代の足しにして」
茶封筒にお札を何枚か入れて俺の胸に押し付けたサトル。
すると、どこで聞き付けたのか、逍遥や聖人さん、他の寮生も出てきてカンパをくれた。
ありがたい。
俺、これからは自分のことは少し節約するよ、みんな、ホントにありがとう。
ホームズと一緒にいるって、こういうことなんだよね、猫は必ず俺たちよりも早く年を取る。
おまけに、ホームズは今何歳なのか聞いたこともなかった。4歳くらいかなとは判断してたけど、それは素人の判断なのかもしれない。それくらいホームズはとても元気で俺に悪態ばかり吐いてたから。
部屋に戻って、何も話さないホームズを毛布にくるんだ。誰かが小さな猫入れバッグを貸してくれた。それは昔、猫を飼っていたという先輩だった。
猫バッグのファスナーを締め、小窓のついた場所からホームズの様子を見る。
いつもなら閉所恐怖症気味に狭いところは嫌だ嫌だと猫らしからぬことを言って騒ぐホームズだったが、今日は何も言わない。
大丈夫なんだろうか。
俺は瞬間移動で病院まで行くつもりだったが、サトルに止められた。
瞬間移動魔法は人間でも身体にかかる負担が大きいという。
歩いて30分。
仕方ない、俺は自転車を持っていない。歩くしかない。
すると、寮の先輩が自転車を貸してくれるという。
有難い申し出に、俺はボロボロと涙が目から溢れてしまい、泣くのはまだ早いと皆から笑われた。
自転車の前カゴに毛布にくるんで猫バッグにいれたホームズを載せると、俺は一気にペダルを踏み込んだ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
時々赤信号を無視しながら自転車を飛ばして10分。
サトルに教えてもらった動物病院に着いた。
俺は慌てて自転車の前かごからバッグを取り出す。
薄暗くなった病院のドアに手をかけると、ゆっくりとドアを押すことができた。
サトルの話どおり、動物看護師さんが出てきて受付を済ませる。
すぐにホームズは処置室に連れて行かれた。
5分ほど経った頃、いや、俺には10分20分と長く感じられたのだが、実際は5分しか経ってなかったらしい。
俺は処置室に呼ばれた。
先生はすごくがっしりした人だったが優しそうな目をしていて、ホームズを一緒に心配してくれた。
先生の話は、結論から言えば、もうホームズは永くない、というショッキングな事実の告知だった。
ある程度腎臓などの病気はあるようだが、それよりも老衰に近いという。
魔法を使用する動物たちは自分の命を削り取って魔法使役しているのだそうで、ホームズはまだ5歳程度だが、外猫として長く暮したこととパワーのある魔法を使い過ぎたこと、それが命を削り取った理由でしょうと・・・。
このまま猫として暮せばもう少し寿命は延びるでしょうが、魔法を使い続けた場合、早ければ3ケ月くらいしか持たないかもしれません、そう言われたのだった。
パワーのある魔法とは、きっと、過去透視と未来予知。
数馬はそれを知っていたはずだ。過去透視だけを知っていたわけではあるまい。これまでの言動を見る限り、ホームズの命など数馬は気にしていないはず。きっとホームズにパワーのある魔法を使わせるはずだ。
ホームズを数馬に渡してはいけない、とあらためて俺は覚悟を持った。
動物病院の先生や看護師さんにお礼をいって診察代を払おうとしたところ、丁寧な言葉で遠慮された。何も治療していませんから、と。
俺が高校生だと分って、やっとこさ金の工面をしたのがわかっていたのかもしれない。
でも、このお金はこのあともホームズのために使おう、そう決めた。
みんな、ありがとう。
帰りもホームズを毛布にくるんで猫バッグに入れ、自転車の前かごにバッグをそっと置いてゆっくりと寮を目指す。
解り易い道だったので、寮までなんとか帰ることができた。
俺の自転車のブレーキ音がしたのだろう。
続々と寮生が迎えに出てきた。
その中で、サトルが控えめに俺に尋ねた。
「どうだった、診察」
「魔法使い続けたら3か月くらいしか持たないって」
「え・・・ホントに?」
「うん、老衰に近いみたい、魔法力使い過ぎて。まだ5歳くらいらしいのに・・・」
俺は人前ではあったんだが、もう涙腺が崩壊しボロボロと涙をこぼしてしまった。
「これから猫として生きて、魔法力使わなければもう少し一緒に居られるって」
みんな、シーンと黙ったままだった。
ホームズのことを知っている先輩の方が多かったが、魔法力ゆえに死期が近いと聞き、何かしら後悔した先輩もいたようだった。皆がホームズの頭をそっと撫でてくれる。
「俺は、これからただの猫としてホームズを育てたいんです、皆さん、ご協力よろしくお願いします」
どこからともなく拍手が巻き起こり、それは寮全体に響いた。
俺はホームズの最期を看取るつもりで、看病する。皆が協力してくれれば、ホームズもきっと嬉しいと思うし。
俺はまた、目から涙をこぼしながらも、皆に一礼すると自分の部屋に戻った。
ホームズを毛布にくるんだまま、ヒーターを付けて猫ベッドを少しだけヒーターに近づけた。あまり近づけすぎると火事になる。
毛布は俺が被ってたやつだけど、それだけは明日買ってこよう。
と思っていたら、サトルが自分の部屋にあった古い毛布を譲ってくれた。逍遥も部屋に来てくれて、ホームズの猫ベッド周りの交換を手伝ってくれている。
ありがとう、サトル。ありがとう、逍遥。
明日は予選会本戦。
小さな声で「ニャニャ」と鳴くホームズに対し、俺は「頑張りすぎるな、もうこれからは猫のままでいいから」と言い含め、傍らで頷くサトルと逍遥は、ホームズの無事を見届けると部屋に戻っていった。
俺はその夜、自分のベッドから布団と毛布を下に降ろし、ホームズの隣で寝た。
しん、とした中にホームズの寝息が聞こえてくる。そしてまた「ニャニャニャ」と寝言を口にするホームズの頭を撫でて、浅い眠りに就いた。
翌日朝、6時。
俺はウトウトとした浅い眠りから目覚め、即座にホームズを見た。
良かった、寝ている。身体も温かい。
試合場となっている市立アリーナへ向かうため、数馬とは8時に寮の前で落ち合う約束にしていた。
ホームズが起きればご飯を食べさせたかったんだが、ホームズはまだぐっすりと寝ていた。猫トイレを掃除し、ご飯の用意と水を準備して、少しバランスボールに乗って体幹を正常に保ったあと、ストレッチで腕や足を伸ばし、シャワーを浴びてからまたホームズを見る。
昨日からずっと寝ているホームズ。
今まで魔法を使い過ぎてオーバーアクションとなっていたなんて、俺、ちっとも気付かなかった。
いつでもホームズに頼ってばかりで、何て不甲斐ない。
今日はホームズのためにも、集中して良い演武と良い射撃をするから。
いい報告を待っててくれ。
8時前に、ヒーターの電源を抜きホームズに温かい毛布をかけて、俺は制服に着替え、試合用胴衣と紅薔薇ユニフォームをキャリーバッグに詰め込んで外に出た。
まだ数馬の姿は見えない。
来るまで、イメージトレーニングで『デュークアーチェリー』の的に矢が当たる瞬間、また、『バルトガンショット』のクレーが飛び出し発射する瞬間、また3D画像取り込みと過去透視魔法のコラボなど3種類くらいを交互にイメージを重ねながら数馬を待つ。
数馬は10分くらい遅れて来た。俺が遅れると嫌な顔して嫌味をいうのに、大方の場合、自分が遅れてもゴメンの一言もない。
数馬、その性格、天秤にかけてでも直した方がいいと思う。
俺としては寒い中ではあったがイメージトレーニングをしていて寒さを何とかしのいでいたので然程気にはならなかったが。
とにかく、ホームズのためにも今日はいい成績を出したい。
「ホームズがどうしたって」
数馬が歩き出した俺に向かって唐突に聞いてきた。あ、読心術使われたか。
「調子が悪いんだ」
「病気か」
「まだ特定できてない」
俺は心に壁を作り、ホームズは元気がないというニュースだけを前面にインプットした。
ごめん数馬。君に本当のことは伝えられない。
「そうなんだ、お見舞いに行けるかな」
「遠慮してもらってる。人の出入りが多いとホームズが疲れてしまうらしくて。撫でられたりするのも結構負担になるみたいだから」
「病院には行ったの」
「昨日の晩に連れて行った。全部先生からの指示」
「そうか、早く元気になるといいね」
これ以降、数馬はホームズのことを話題にしようとはしなかった。俺としても、正直ほっとした。数馬の要求に答えたら、必ずホームズは命を削られてしまう。それだけは俺が許さないし、させない。
2人とも何も会話の無いまま、市立アリーナに着いた。
俺は直ぐ胴衣に着替えて、試合前の練習に入った。
何も考える暇はない。ホームズの無事を祈るだけ。
円陣の中に入って肩幅サイズまで足を広げ、右腕を約60度ほどに設定し、イメージトレーニング。実際に矢を放つ人もいたが、俺の場合は体力を温存しなければ。
実際に撃つのは5本程度。
数馬が近づいてきて、OKが出た。
俺は次に紅薔薇のユニフォームに着替えてグラウンドまで出る。
ここでも10分の練習時間のうち、5分はイメージトレーニングに費やした。
あと5分はクレーへの射撃。
調子も上向いてて、ちょうど5分で射撃を終えることができたので数馬も喜んでいた。
そうそう、世界選手権もここ、横浜で開催されるという情報がどこからか耳に届いた。
それは俺の心を数倍にも楽にさせてくれる。
試合の最中に、というわけにはいかないが、ホームズの様子を見る時間が長くなるし、夜も一緒に居られるからだ。
今度ばかりはホテル暮らしではなく自宅=寮で寝泊まりさせてもらうつもりだ。でなければ、ホームズをホテルに連れていく。でも環境が変わるとホームズには負担がかかる。だから我儘と言われようがなんだろうが、寮から試合場へ行く。
練習時間も終わり、本戦が近づいてきた。
緊張しないといえば嘘になる、といったらいいだろうか。ホントに緊張はしてるけど、心臓の鼓動は波打つほどではないし、俺にはやらねばならないことがある。余計なことに気を取られないで、今日は目の前の的だけを見ていきたい。
最初の種目は、『デュークアーチェリー』。
20人のうち、俺は最初から数えて3番目に演武を行うことになった。
逍遥やサトルのパーフェクトな演武を見ないで俺の100%を出せるから、俺の順番としては都合がいいかもしれない。
円陣の中に入り、姿勢を整えてその時を待つ。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号砲が辺り一帯に轟き渡る。
俺は力一杯腕を伸ばした。
その時ばかりは、ホームズのことも何もかも忘れて。
目の前にある的だけが、俺の脳を支配する。
結果、9分で100枚という自己ベストを叩きだし、俺は演武を終えた。
本戦ではメダルの授与は無い。
全競技が終わってから、新人戦にエントリーされるものの名が読み上げられるだけだ。
俺は『バルトガンショット』の試合が始まるまで数馬に全権委任することにして、胴衣を雑に脱ぎ捨て市立アリーナから寮までの3キロほどを、全力で走るつもりでアリーナを出た。
そこに聖人さんが立ちはだかった。
「全力で走ったら『バルトガンショット』で息切れするぞ」
「でも。自転車で来たわけでもないし」
「ほら」
5千円札を1枚俺の右手に握らせた聖人さんは、何も言わずアリーナ入口の方へと歩き出した。
「聖人さん、ありがとう」
俺は近くにいたタクシーを拾い寮まで急いでくれとお願いし、ホームズの様子を見に帰った。
寮の前でタクシーを止めお金を払い、バタバタと廊下を走る。
そして自分の部屋の前につくと、深呼吸してそっとドアを開けた。
ホームズは、毛布にくるまったままだった。
傍に行くことが少し怖くて、息をしてなかったらどうしようと半信半疑で近くによって息を確かめる。
良かった、微々たるものとはいえ、まだ息をしてる。
「ホームズ」
俺の囁きでホームズは目を覚ました。
「今日はいい出来だったな、このまま『バルトガンショット』も自己記録出してエントリーにこぎつけろ」
ホームズの声が聞こえた。ああ、失敗した。戻って来なけりゃホームズはこうして魔法使うことも無かったのに。
「ホームズ、もう魔法は使わなくていい。猫のままでいいんだ。ごめんな、俺が戻ったばっかりに」
もうホームズは何も話さず、小さな声で「ニャー」と鳴いてまた毛布にくるまった。
俺はご飯の入れ物や猫トイレを見てホームズが動いたのかを確認したら、全然動いてる様子は無かった。
一度だけ、ホームズの頭を撫でで俺はそっと部屋を出て寮を後にした。寮の近くを走っているタクシーが全然見つからなくてちょっと焦ったが、5分ほど粘ったらタクシーがやってきて、無事に市立アリーナに行くことができた。
ホームズ、何も食べないようだから、帰りにペースト状の猫ご飯を買わなくちゃ。
ホームズを喜ばせるためにも、そして俺自身のためにも、午後の『バルトガンショット』でもいい記録を出したい。
俺の試合なんて透視するまでもないぞ、ホームズ。みんなこっちから話してやるから。
だから、ゆっくりとしててくれ・・・。
タクシーに乗って10分、市立アリーナが見えてきた。
運転手さんは今日何が行われているかわかってるようで、お客さんはギャラリーかい、と聞かれた。選手です、と答えると運転手さんはとても驚いて、何で今タクシーに乗ってるのか!と怒られてしまった。
でも最後には、悔いのないような試合をしなよと応援して、俺を降ろしてくれた。
そう、悔いの残らない試合。
俺の目指すべきはそこに尽きる。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「どこに行ってた」
アリーナの廊下で、数馬が俺を睨んでる。
俺も負けじと数馬の目をじっと見つめる。
「全権委任したぞ」
「問題はそこじゃない。『バルトガンショット』の練習時間まで帰ってくるのか心配したよ」
「間に合ってよかったあ」
「海斗」
「大丈夫。自己ベスト目指していくから」
数馬は俺の目を見て本気度を図っていたようだが、俺は寮に行ってたことは心の壁にして隠してしまったし、俺が心から自己ベストを望んでるということが伝わったんだろう、それ以上のお咎めは無しということにしてくれて、説教もほとんどされなかった。
俺は早速『デュークアーチェリー』の結果を数馬に聞いた。
1位はやはり逍遥。7分で100枚。
パワー重視型の圧巻の演武だったという。ちょっとくらい姿勢が崩れても真ん中へ撃ちこむ技術は本物だと言ってた。
2位はサトル、こちらは8分で100枚。
どちらもパーフェクトなのだが、サトルの演武は非常に綺麗で見る者の心を洗うというか、清々しい気持ちになるのだそうだ。
逍遥が後手だったので、サトルを大きく突き放す演武はしなかったのだろうと数馬が持論を述べていた。それ、ほんとだから。
全日本のときも逍遥は『マジックガンショット』で1位になれるように自分の射撃時間を調整してた。今回だって、本気にさせたら何分で100枚射抜くかわかりゃしない。
願わくば、逍遥を本気にさせてみたいものだ。
で、俺の結果はというと、9分100枚。無事3位で予選会を通過した。エントリーされるための第一関門を突破したことになる。
あとは『バルトガンショット』だけ。
更衣室で紅薔薇のユニフォームに着替えた俺は、簡単にストレッチ運動を済ませるとグラウンドへ乗り込んだ。
練習に参加していたのは、逍遥、サトル。その他はあまり面識がなく顔と名前も一致しない。挨拶された場合のみ会釈で返し、自分の練習場所へと急ぐ。
グラウンドの隅で、数馬が号令をかけてくれて俺は練習を開始した。3D画像と過去透視。二つを組み合わせ強力になった俺の布陣は他を圧倒するかのように正確な射撃術を生んだ。
最初の練習で100個上限で5分ジャスト。
2回目の練習では5分を切り、4分45秒で試射を終えた。
片や逍遥も4分台前半、サトルは苦手なはずの射撃系で6分台前半という目を疑うような記録を出し、ギャラリーは大騒ぎしている。
どうやら、20名いる予選会出場者の中でも俺たち3人だけが頭一つ飛び越えていたようで、紅薔薇のユニフォームは目立っていた。
本番前の練習が終わった。
俺は一旦アリーナ脇の壁で数馬と休憩し、持ってきたドリンクで喉を潤すと数馬が立ったまま肩甲骨をマッサージしてくれた。
ああ、肩のコロコロが取れてきて気持ちいい。
今の調子を脳内3D画像に焼き付けた俺は、試合が始まる午後1時まで数馬とお昼を食べたりしてリラックスしながら過ごした。
逍遥やサトルを除いた他の連中は記録を少しでも伸ばそうと必死になって練習していたが、俺は体力を温存し本戦に臨むつもりでいたし数馬も同じ考えだったので、その練習風景を横目で見ながらイメージトレーニングを行い準備していた。
午後1時。
射撃順を決める抽選会が行われた。俺はケツから2番目の19番目。
ちょっと遅い感じもしたが、グラウンドを離れてアリーナ脇の壁に寄りかかりグラウンドを遠目に見ながらイメージトレーニングとストレッチを続けていた。
早い順番の生徒たちは、もうグラウンドで今か今かと自分の順を待っている。
同じグラウンドでは、『エリミネイトオーラ』の最終選考が始まっていた。沢渡元会長と光里会長は東日本大会に勝ち残り、この本戦へと駒を進めていた。紅薔薇のユニフォームを着た2人の後ろ姿が俺のところからもはっきり見えた。
午前中の『プレースリジット』の結果は聞きそびれたが、2人ともエントリーされるような出来でここにいると思う。
事実、午前中で競技最下位となり早々に試合を放棄しアリーナを去った生徒もいる。
俺ならどうするだろうか。
推薦された限りは力の限り壁に立ち向かうと思う。自分のせいで推薦を受けられなかった生徒の分まで精一杯競技を行うのが礼儀だと。
『エリミネイトオーラ』を眺めようかなとも思ったが、今は自分の競技に腰を据えてかかることが俺のためにもなるし、きっとホームズも喜ぶだろう。
俺は『バルトガンショット』の行われているグラウンド右側へと移動し、空いている椅子に座ると徐に目を閉じた。
競技中の射撃の音が聴こえる。
クレーを外した音、クレーに命中させた音。
リズミカルな射撃、落ち着きのない射撃。
音が一定の射撃、不協和音のような汚い音のする射撃。
目を閉じてみるとわかる。
リズミカルで音が一定の場合、ご他聞に洩れずクレーに命中していて、落ち着きのない音や不協和音のような汚い音はクレーを撃ち損じている。
ここまで聞いてみて、約半数は音がリズミカル、あとの半数は落ち着きがない。
と、リズミカルかつ物凄いスピードで正確にクレーに命中させている生徒がいるようだ。眼を開けてみると、やはり逍遥だった。
なるほどな、しかし今日は逍遥の射撃に引っ張られて自分を見失うことの無いように、再び目を閉じた。たぶん、この分だと5分を切るのは間違いないだろう。
俺はまた目を閉じて、イメージトレーニングに入る。
ひと息入れようと目を開けると、今度はサトルの射撃が目に入った。逍遥と同じように正確無比なリズムを取り、次々とクレーが破裂する。たぶん、逍遥と遜色ないタイムで終わったはずだ。
彼らは10~15番辺りの順番だった。
俺は椅子から立ち上がり、ユニフォームの上に着ていたベンチコートを脱ぐと右腕をくるくると回してもう一度ストレッチで伸ばし、肩から足にかけて筋肉が固まらないようにバンバンと叩く。太ももなどは特に冷えやすく、叩いて筋萎縮しないように心掛けた。
自分の順番が近づいてくる。
数馬は一言「リラックス」といってサポーターが集まっているサポーター席に下がった。
俺はもう一度目を閉じイメージトレーニングを済ませ、ゆっくりと目を開け一度だけ深呼吸した。
よし。でき得る限りの準備はした。
あとは、クレーを正確に打ち砕くだけ。
18番目の生徒は11分で80個という成績だった。
少しむすっと唇を尖らせ、俺の方を向いて睨む。おいおい、俺に怒ったって仕方あるまい。
俺は射撃を始める位置に立ち、一番奥を見る。
手前から出てくるクレーは皆3D記憶に蓄えてある。どこから出ても、俺の動体視力と3D構築された画像がある限り、撃ちっぱぐることは無い。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号令が鳴り、俺は遠くを見たままクレーが出てくるのを待つ。
イメージトレーニングの成果か、クレーが出てくるのが遅く感じた。
左右から飛び出してくるクレーの端部を目掛けてリズミカルに撃ち落していく。音も一定で不協和音になっていない。
よし。出だしは上々だ。
すると3D画像からすり抜けたクレーを撃ち落とせず、クレーは真ん中に近づいた。俺は過去透視を使いクレーがどこから飛び出したかあたりを付けて目を動かさないでそこを撃つ。そして無事にクレーを撃ち落とすことができた。
少し時間はかかるが、この方法で目を動かさないようにしておくと、後々出てくるクレーに惑わされなくて済む。
動体視力だけでクレーを全て撃ち落とすことは上級魔法を使えない今の俺には難しいが、過去透視を使いクレーの位置を動体視力の端に確定させたところに撃つなら大丈夫だ。
魔法競技なんだから、ただクレーを撃つのではなく、皆デバイスを工夫したりクレーに対する魔法を考えたりして競技に臨んでいるはずで。
事実、俺のデバイスも明がプログラミングしたモノだし。明は小さな頃から俺の動体視力の速さを知っている。それに合わせたデバイスを考案してくれたのだろう。ありがとう、明。
考えごとはあとに。そしてリズムを壊さないように射撃を続ける俺。
うちっぱぐったクレーは無かった。
終わりの汽笛が鳴り、俺は射撃を止めてベンチに下がった。
どのくらい時間が経ったのだろう。俺にはとても長く感じられ、自己ベストの更新は難しいのではと思えるほどで、ちょっと自己嫌悪に陥ってしまった。
「ただいまの記録・・・」
放送が鳴っている。今までも鳴ってたっけ。覚えていないということは、いつも相当の緊張感が俺を包んでいたのだろう。
「4分35秒 100個。 |八朔|《ほずみ》海斗さん 自己記録更新 自己記録更新」
俺は耳を疑った。
え、あの出来でも自己記録更新できたの?
よっしゃー。
俺は後ろのサポーター席に数馬の姿を探した。
拍手をしながら待っている数馬。
嬉しくて、数馬と握手しながら踊りだす。
あ、いや。
でも自己記録を出したからとて何位になるかはわからない。エントリーされるかもわからない。
今射撃してる人が終わってから、世界選手権と新人戦のエントリー男女各3名が発表されるはずだ。
逍遥とサトルが遠くに見えた。俺がそっちに小走りで向かうと、2人とも俺に気付いたようで、明るく笑った。
サトルがパチパチと拍手をしてくれた。
「このぶんだと、ここにいる3人がエントリーされそうだね」
逍遥もまんざらではない、といった表情でまたもや三日月目になっている。
「それにしても海斗、見事な策を弄したもんだね。過去透視魔法をコラボさせるなんて僕には思いつかなかったよ」
サトルも勢い余って俺の背中をバンバンと叩きながら同調する。
「ホントに!予選会はデバイス1個しか持てないからどこに射撃パターンを決めようか悩んでたけど、あの方法なら出たとこに1発当てればいいんだもんね!」
俺は「?」と首を傾げた。
「デバイス1個持ち?」
サトルがテンション駄々上がりで説明してくれた。
「世界選手権はデバイス2個持ちが許されてるから、たぶん新人戦も2個持ちが許されると思うよ。僕や逍遥はもう2個持って両手撃ちも可能にしてる。海斗は持ってないの?」
「ああ、俺両手撃ちしたこと無いから今からデバイスもう1個手に入れて、そっから練習になるわな」
「あのコラボ作戦にデバイス2個持ちしたらすごい記録が出そうだね」
「でも、2人とも俺より成績良いんだろ」
「どんぐりの背比べ。僕は5分だったし、逍遥は4分20秒」
逍遥が冷静に戻った。
「新人戦は凄い戦いになりそうだ。外国から来るやつらも、一筋縄じゃいかない奴等ばかりだ」
「もう出揃ってるのか?」
「いや。でも考えてみろよ、『デュークアーチェリー』のGPF優勝者のホセとか、『バルトガンショット』のGPF優勝者、ドイツのエンゲルベルトもともに1年だろ。強敵でないわけがない」
俺としては全部数馬に任せて寮に帰りたかったのだが、そうもいかないらしい。
形だけの表彰式、つか、名前呼びイベントなら早いとこ終わらせてくれ。
エントリー者の氏名が公表される頃で、大会事務局の人間がぞろぞろと大挙して出てきた。
「世界選手権日本代表男子:紅薔薇高校3年沢渡剛、同じく紅薔薇高校2年光里陽太、白薔薇高校2年白鳥優大」
沢渡元会長と光里会長は鉄板だな。
「世界選手権日本代表女子:紅薔薇高校2年三枝美優、白薔薇高校2年七尾陽菜、同じく白薔薇高校2年弥皇葵」
へー、弥皇先輩と同じ苗字なんて珍しい。
サトルが小さな声で俺たちに教えてくれた。
「弥皇先輩の妹さんだよ」
「妹?長崎と横浜に分れて魔法勉強してんのか」
「そうみたい」
「俺たちの番、次か?」
「そう、成績順らしいよ」
「続いて、世界選手権新人戦日本代表男子:紅薔薇高校1年四月一日逍遥、紅薔薇高校1年岩泉聡、紅薔薇高校1年八朔海斗」
良かったー、これでホームズにいい報告ができる。
「最後に、世界選手権新人戦日本代表女子:紅薔薇高校1年南園遥、黄薔薇高校1年惠愛、黄薔薇高校1年設楽小百合」
「以上12名が3月に行われる世界選手権及び新人戦に出場します」
アナウンスが終わった。東日本大会を勝ち抜いてこの地に立っていた瀬戸さんは、ここで破れてしまった。南園さんが困った顔をしていたので、俺が先頭に立ち慰めに行った。瀬戸さんはサトルを嫌っているから、サトルは南園さんと一緒に置いてきた。
「瀬戸さん、残念だった」
「ううん、これがあたしの実力だから」
「実に残念だったよ」
「ところで、国分くん襲われたって本当なの?」
俺は思わず前につんのめりそうになった。
「どうしてそれを?」
「自作自演とか、どっかの1年が襲ったとか、色々噂流れてるよ」
「そうなんだ」
「八朔くんが襲ったって言ってる人もいるくらい」
「あはは・・・」
「でも八朔くんは横浜の地理詳しくないから国分くんの実家周辺なんて行けっこないでしょう?」
「白薔薇の生徒会にいわせりゃアリバイは無いらしいけど」
「いずれ、紅薔薇にも捜査くるかもね」
「そんときは、証言よろしく」
誰が流したんだ、そんな噂。
自作自演とか、ますます国分くんが追いつめられるじゃないか。俺としては何もしてないし、過去透視してもらって一向に構わないけど。
それでもホームズは貸し出さない。
ホームズはこれから猫として生きるんだから。魔法なんて使わせない。
世界選手権-世界選手権新人戦 第7章
予選会は無事に通過した。
あとは、3月下旬の新人戦が俺を待ってる。
やらなきゃいけないことはたくさんある。
まず、両手撃ちをするためのショットガン。
ちくしょー、亜里沙に頼んでおけばよかった。
数馬は両手打ちを推奨していないのか、見つけてくる気配が全然ない。
透視しても離話をしても、亜里沙には全然通じなかった。
どこで何してるかもわからない。
向こうが出てくるまで待つしかない。
そしたら新人戦が終わっちまう。
そして、もうひとつ。
これも新人戦前に終わらせたい。
国分くんを襲った犯人を捕まえることだ。
逍遥が、俺とサトルを連れて低空飛行で国分くんの家の近くにある病院を目指す。
前だって空飛んだり電車で連れ回されたりして国分くんの家にいったけど、俺は方向音痴だ。まったく覚えていない。
方向音痴で何が悪い。
国分くんは、明日から自宅療養に入るとかで、毎日リハビリに時間をかけていくという。
逍遥が突然国分くんに聞き出す。
いや、逍遥。せめてお見舞いの言葉くらい言おうよ。
「襲われたとき、単独だった?複数だった?」
「複数だった、さすがに怖いと思ったよ」
「相手の顔、見た?」
「見てないんだ、急に後ろから殴られたから」
「どの辺やられたの」
「まず肩を棒のようなもので殴られて、あとは右腕。最後に後頭部」
サトルが眉を下げながら悲痛な表情を見せる。
「どうして西日本大会終わって帰って来た日に襲われたんだろうね」
「僕が白薔薇の制服着てたし、演武の成績が思ったより良かったからかもしれない」
「じゃあ、君の行動を知り尽くしててやったとも考えられるんだ」
「それは・・・わからない」
俺は努めて明るく接しようとした。
「でも、リハビリ次第ではエントリーも可能らしいじゃないか」
国分くんは下を向いて、しんみりとした声を出す。
「今回の成績、さっき電話で聞いたんだ。僕の自己ベストではとても敵わない。だから八朔くん、僕の分まで頑張って」
「わからないよ、こればかりは」
「僕は運が悪いっていうか、いつも大事な試合前に事件に巻き込まれるんだよね・・・。全日本の時だってカレーに混ざったアンフェタミン中毒で出られなかったし、今回はこの怪我だ。悪運が付いて回ってるとしかいいようがない」
俺ははっきりと言ってのけた。
「君をこんな目に遭わせたやつらは許せないし、絶対に犯人を捕まえて見せる」
「ありがとう、八朔くん」
さして重要な手がかりもなく、俺たちは国分くんが入院してる病院を出た。
その時だった。
俺の頭の中にある光景がビリビリとした感触とともに浮かんできた。
夕方の暗闇の中、誰かが国分くんに後ろから尾行している。3人、いや、4人か。そいつらの中の3人は鉄パイプを持っていた。
国分くんが不審な影に用心して立ち止まり、後ろを振り向こうとしていた時、一人が鉄パイプで右肩付近を殴打した。
そして、後の2人が右腕の上部を2回殴打し、最後に、肩を殴った1人が今度は国分くんの後頭部を殴った。
国分くんがその場に突っ伏して倒れると、4人は周囲を見回し、バラバラに散って逃げていった。
俺の心を読んでいた逍遥とサトルは、一緒に叫んだ。
「それだよ!その場面、3D画像に降ろせないか」
「いや、そういう練習してないから・・・ただ、警察に行ってこの場面をもう一度流せれば。犯人の顔はある程度見えていたよな」
サトルが小声で叫ぶ。
「そいつらって、宮城海音の取り巻きっていうか、親衛隊じゃない?」
「ホントか?でかした、サトル!」
逍遥がサトルを羽交い絞めにして腹をこちょこちょする。サトルはくすぐったいと大騒ぎしてその場に倒れ込んだ。
逍遥が真面目な顔になる。
「でも、僕は白薔薇生徒会に聞いたんだ、誰も過去透視できないと。変則魔法が使われて、まるで砂嵐のように画像が乱れて見えなくなるって」
俺は初めて聞いた言葉だ。
「変則魔法?」
「過去透視魔法を無効化する魔法なんだ。よほどの上級者しか使えない」
「まさか、宮城海音の周辺にいる人物が変則魔法を使ったとしたら?」
「聖人か、聖人の親父しか考えられない」
「そんな・・・海音本人が魔法使ったということは考えられないの」
「宮城海音には無理だ。あいつは魔法力が弱いから」
いまだ聖人さんが宮城家に関わっていたなんて信じがたいけど、父親のいうことが絶大な宮城家において、何かしら命令されるような立場に追い込まれたのかもしれない。何か新たに秘密を握られたとか。それとも、ただ単に家族の血がものをいうのだろうか。
親を捨てた俺が言える立場ではないけれど、聖人さんはあの日、直ぐに会場を後にした。そういえば、戻った気配も感じなかった。
どこで何をしてたっていうんだ。
俺たちはどうしていいかわからず、俺がもう一度さっきのビリビリ過去透視をできないか試してみたけど、今度は無理だった。
そんな俺たちの前に、予選会の後始末が終わった数馬が現れた。
「どうしたの、海斗。ホームズの世話しなくていいの?」
「聖人さんに頼んだから大丈夫」
逍遥が簡単に事の顛末を数馬に話した。
数馬はすごく興味を持ったようで、このまま警察に行こうという。
でも、俺はさっきの過去透視を二度できない。行ったって邪魔になる。
「大丈夫、僕がその魔法打破して魔法の痕跡を見つけてその画像を流せばいいんだろ?」
「それなら国分くんを襲った犯人がわかるな」
「ただし、変則魔法を使ったのが誰かまではわからない。多分二度と正体を現そうとはしないだろう。それでもよければ」
俺は、自分たちが壁にぶつかり何もできないのを悟った今、数馬に協力してもらうしかなかった。いや、別に数馬の協力が嫌なわけじゃないけど。
大会事務局日本支部と白薔薇高校生徒会を呼ぶよう求めた数馬に対し、逍遥とサトルは手分けして事を進めた。
数馬は俺の左胸目掛けて右手を翳し、俺はなんだが眠くなってきた。
数分後、どうにも起きてられなくなった俺は、ばったりとその場に崩れ落ちた。
起きると、俺の周囲には10人以上の人間が集まってて、じっと俺を覗いている。
は、恥ずかしい・・・。
「大丈夫、裸にはなってない」
数馬がまた、ヘンなフォローを入れてくる。
結局、そこにいたのは警察と大会事務局日本支部と白薔薇高校生徒会。
白薔薇高校の人は、以前見たことがある。俺に嫌疑をかけた2人だ。
数馬はもう一度、俺の左胸に右手を翳すと、過去透視した場面をスクリーンに投影した。
さっきのビリビリとした記憶が戻ってくる。あまり気分のいいもんではない。
国分くんを襲ったのは、やはり宮城海音の取り巻き連中、俗にいう親衛隊だった。もう、身柄を確保してあると警察の人が言ってるのが聴こえた。
なぜ襲ったのか。
簡単に言えば、俺に責任を押し付ける為だという。
過去透視画面が砂嵐のようになって過去透視ができなくなる変則魔法も確認されたが、皆が過去透視した際に起きたその魔法を数馬が打破し、魔法の特性とでもいうべきか、魔法師の癖による魔法の痕跡を見つけたのだという。
しかし、変則魔法を使った人間の特定はできなかった。
親衛隊のやつらは、誰が変則魔法を使ったかまでは知らされていなかったのだ。
とうとう親衛隊は逮捕された。こちらの刑法では、15歳から逮捕されるという。リアル世界では、確か15歳では逮捕されなかったと記憶してる。いや、俺の勘違いかもしれないが。
でも、こちらの世界は家裁調停などを経ず3週間ほどで一気に裁判で有罪を申し渡されることを知り、ここまで違うものかと驚いた。
裁判終了当日、紅薔薇に裁判結果の連絡が入り次第、その連中は全員退学処分となると聞いた。
何のために、誰のために高校生活送ってんだか・・・。
俺は親衛隊逮捕のニュースを得て、皆と別れ直ぐに寮へと戻った。聖人さんに面倒を見てもらってたホームズが心配だったからだ。
部屋に入ると、ホームズと床で一緒に寝ている聖人さんがいた。
本当に、あの変則魔法とやらを過去透視に対して使っていたのは誰なんだろうか。
もしや、聖人さんが俺を嫌って、国分くん殴打事件の犯人に仕立て上げるつもりだったのか?とも訝ってしまう始末だ。
そう考えると、人間て、信用できないモノなんだな。
俺が部屋に帰ったことを知ったホームズが、毛布からよろよろと起き上がる。
「ホームズ、起きなくていいよ」
ホームズはまたもや透視で試合を見ていたらしい。
「自己ベストおめでとう、海斗」
「喋んなくていいから、寝てろ」
「大丈夫だ、今日は調子がいいから」
「無理しないでくれ、長生きも大事なんだぞ」
「猫の寿命が短いのもまた真実さ」
「そんなこと言わないでくれ」
ホームズが水を飲みに立ち上がると、聖人さんも目を覚ました。
起き抜けにバッサバッサと俺の疑問に答えていく。
「俺は宮城家を出た人間だ、あんな変則魔法なんて使わないね。それより有効な魔法なんて、今どきたくさんある」
「じゃあ、今回使ったのは」
「親父だろ」
「俺を嵌めるために?」
「海音の要望だろう。あいつはずる賢いからな、そういう事件なら絶対に表に姿を現さない」
「国分くんを潰して、俺に罪擦り付けてエントリーから外しても何もあいつに得は無いのに」
「もう損得の問題じゃないくらい、お前を憎んでるのさ。俺も憎まれてるけどな。いやだねえ、男の嫉妬は」
「随分ライトに言うんだね」
「まーな」
水を飲み終えたホームズは、ニャーニャーと猫語で鳴いている。ああ、良かった。
もう普通の猫でいいんだ、ホームズ。
「そうだな、もう人の都合で未来予知なんぞしなくていいさ」
俺は少しばかり驚いた。聖人さん、知ってたのか。
「何もかも知ってたんだね」
「そりゃ、昔魔法部隊にいたことあるからな」
「脱走猫の話?」
「猫に脱走される軍隊も軍隊だよ」
そういって、あはは、と笑う。
しばらくして、俺は聖人さんに向けぽつりとつぶやいた。小さな声だったので、聞こえたかどうかは分からない。
「聖人さん、軍からオファーきてんでしょ」
「まーな」
短い返事。
「どうすんの」
「わかんねえ」
「そっか」
もう、これ以上は聞けない。あれ、この話、前にも聞いた気がする。そん時もだった、聞くなオーラが半端ない。
決めるのは聖人さん自身だし、俺には関係の無い話かもしれないけどさ、こうもあからさまにお前には関係ないムードを漂わせられると、なんか悲しいよね。
俺ってその程度の人間なんだなあって。
聖人さんは目尻を上げてプチ不機嫌な顔をすると、人間様用の毛布を畳み、自分の部屋に戻ろうとしていた。
これからホームズの様子を見てもらう時、誰にお願いすればいいのかわからなくて、俺の目には涙が浮かんだ。生徒会という手もあるけど、ホームズを移動させなくてはならない。
どうしよう、国分くんの家で飼ってもらうには、あまりに状態が悪すぎるし。
「大丈夫だ、何かあれば俺が面倒見てやるから」
ドア付近から聴こえた聖人さんの言葉に幾許かの優しさを見いだし、俺の目からは大粒の涙がポタッとこぼれおちた。
聖人さんは俺の頭をポンポン叩くと、自室に戻っていった。
この世界で生きるのは決して楽ではない。
幼馴染の亜里沙や明も、近頃はとんとご無沙汰で俺の悩みを受け止めてくれる人がいなくて。結局、仲良くしてるのは生徒会関係者だけ。ここは俺に嫉妬するどころか力を認めてくれているので俺だけが浮き上がることもない。
こっちの世界にきたばかりの頃は魔法力が上がれば皆が認めてくれるかも、と思ったこともあったが、競技大会でいい成績を出せば出すほど、嫉妬の情が俺の周りをぐるぐる回る。
どうすりゃいいんだよ、俺は。
聖人さんが畳んだ毛布をまた広げて、ホームズの猫ベッドの隣に敷き、かけ布団を上からどさっと落とす。毛布しか敷いてないのでちょっとゴツゴツするが、そこは仕方ない、誰か、マットの不用品持ってる人いないかな。生徒会にないかな。
段々図々しくなる俺がいて、俺は生徒会部屋をさらりと透視し、サトルや譲司がいるのを確認後、離話をかけた。
「サトル、学校に不用品のマットレスないか」
「体育館にしかないから、今から透視してみるよ。折り返してもいい?」
「うん、ありがとう、サトル」
「床に置くの?」
「ああ。ホームズの隣で寝るつもり」
離話の向こう口で、サトルが声を失くし哀しみにくれているのがわかる。
でも次の瞬間、サトルは努めて明るい声を出し、俺の要望に対する答えを探しに出掛けた。
1時間ほどしてから、サトルから離話があった。
「見つけた。でも少し年期モノだから、修復魔法で綺麗にしてから渡すよ」
「ありがとう、サトル」
サトルは完璧な奴だ。こういうときも完璧な物を渡さないと気が済まないようで、表裏の無いその性格は知れば知るほど魅力的に思える。
一方の逍遥は一瞬阿呆に見えるが、あれは自分を悟られないためのフェイク。何が本当の逍遥なのか、俺たちには想像もつかないところに本当の逍遥が存在するような気がしてならない。
ここまで違う二人と新人戦で争うのは、とても楽しみだ。
俺のように何段階か落ちる奴もごろごろいるだろうけど、ホセやエンゲルベルトといった種目別優勝者とどこまで渡り合えるのか、新人戦は楽しみが尽きない。
しかしどうしてか、世界選手権や世界選手権新人戦は嵐を呼ぶ大会になるのではないかと、俺の胸の鼓動は小さく波打っていた。
◇・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
予選会も無事に終わり各大会のエントリーが発表されると、今度は市立アリーナ及び県立体育館は、海外からの選手が来日するまで、日本でエントリーされた男女約20名が優先的に練習できるようシフトが組まれた。その期間、約1~2か月。
世界選手権及び世界選手権新人戦は国立競技場で行われるため、大会主催国である日本の選手とて、国立競技場での練習はできない。
予選会で出場が確定した選手たちは、そのほとんどがホテルに泊まり込み練習を始めている。
外国の選手団が来日するのは2月下旬から3月初め。
競技の3日前に公式練習が開催され本戦へと通じる予定だ。
数馬がやっと左手撃ち用のデバイスを見つけてきた。
「生徒会に左手用のデバイスが無いか確認したけどみんな冷たくて。伝手を辿ってアメリカから輸入したんだけどさ、税関で引っ掛かって3日ばかり説明する羽目になった。山桜さんたちが君用の両手デバイスを作製してくれるといいんだけど」
「残念、あいつらには離話も効かないようなんだ。全然出ない」
「僕が透視しながら離話してみる?」
お茶目系の笑顔を見せながら、数馬はそっと目を閉じた。
その間、約3分。
数馬は前よりも人懐こい笑顔を見せ俺にウインクする。
「繋がったの?」
「もちろん。君用の左手デバイス、すぐに準備してくれるそうだ」
「なんで俺の時は出ないで数馬の時は直ぐ出るんだ?」
「たまたまさ」
俺は予選会終了後も右手用デバイスのみで練習していたのだが、4分35秒の壁を打ち破れないでいた。それ自体俺の中では凄い成績で、もう2度とできない予感はしているのだが、数馬はもっと記録を縮めることが可能だと言って俺の言葉を聞かない。聞こうとしない。
左手用デバイスが増えることにより、メリットデメリットも出てくる。
最初は左手も使えることが嬉しいというか、いっぱしのハンター気取りで鼻高々にしていた俺だが、段々と心の隙間から不安が生じてきた。
俺の中では不安半分といったところだが、数馬はメリットしか考えていない。大丈夫か?
左手で発射する作業が増えれば、右手との撃ち分けが必要になる。
ピアノでも弾くように両手をバラバラに動かすことができればいいのだが、生憎と俺はそんなに器用じゃないので両手をバラバラに動かせない。もちろんピアノも弾けない。
まずこれが第1のデメリットだ。
それから、どうしても撃ち損じるクレーがある以上、左右に振り分けて3D画像を構築した場所に過去透視しなければならないのだが、左右一緒に過去透視しなければならない場合が出てくるはず。それが上手くできるかどうか。
これが第2のデメリット。
メリットはと言えば、やはりクレーを捉えるデバイスが多ければ多いほど、時間を短縮できる。時間の短縮は新人戦において強力なパワーとなるだろう。
だから、出場者はほとんどの選手が両手撃ちにシフトしてくると思われる。
勝ち抜くためには、両手撃ちの出来如何が大きく結果を左右するというわけだ。
俺、不安が胸に渦巻いて大事なことを忘れているような気がする・・・。
先に宣言したとおりホームズの世話のためホテルに行かないと言ったら、数馬から大目玉をくらった。
猫と新人戦、どっちが大切なんだと火山噴火よろしく火砕流まで起きていて、俺は数馬に近寄ることさえできずにいた。
無論、新人戦は後にも先にも1回きりしか出られない。
その大いなるチャンスを猫如きで潰すとは、というのが数馬の言い分なのだが、ホームズとの生活だって、あとどのくらい残っているかわからない。
どっちも大切であるがゆえにどちらも選べない俺を、数馬はアホ呼ばわりしている。
そんなに怒るな、これは俺だけの胸にしまっておくつもりだが、数馬、君はホームズに嫌われていて拉致できないからそう思うんだ。
俺だってホームズが元気ならホームズもホテルに連れて行って面倒を見たいと思う。でも、まずもってホテルは動物禁止。
それに、ホームズは移動の苦しみに耐えられるほどの体力がない。
自分では大丈夫だ、なんて言ってるけど全然大丈夫じゃないのはホームズが一番分かってることだと思う。
どうすればこの問題が解決するのか、俺は両手撃ちのデメリットとともに悩むことになった。
第1のデメリットは、数を熟すしかないという結論に落ち着いた。
そりゃそうだ、考え抜いて両手がバラバラに動くなら考える時間も必要だろうが、今の俺にそんな悠長な時間は残されていない。とにかく数撃ちゃ当たるの精神で、まずは挑戦してみようと思う。でも、右手の軸がずれそうで、なんとなく・・・怖い。
第2のデメリットは、両手撃ちが出来てからでないと話にならない。
だから、後回し。
本筋のホームズの世話だが、競技期間中は魔法動物を診てくれる病院に預けることにした。ペットホテルのような病院だから費用は決して安くは無かったが、生徒会が全生徒に告知してくれてみんながカンパしてくれた。
今でいうところのクラウドファンディング、クラウドソーシングというやつだ。
紅薔薇は、結構お坊ちゃまやお嬢様も多いので(南園さんのように元華族出身者もいるくらいだから)その辺は心配なかったようで、俺は一安心。
これで、競技期間中はホテル住まいで競技に集中することができる。それでも、ホテルに入るのはギリギリまで待ちたい。ホームズの様子を見ていたい。3月下旬の大会だから、3月半ばを目安にホテルに宿泊し始めようと思ってる。
1週間ほどは数馬がやっとの思いでアメリカの知り合いから手に入れたデバイスを使って、左手だけで練習してみる。
ここからが苦労の連続だった。
もう、右手一本でもいいやと思えるくらい。
なんでこんなに当たらないんだろう。
俺は毎日毎日朝から晩まで左手一本でクレーを追い続け、失敗し、膝をついて悔しがった。
どうしたらクレーに当てることができるのか。
なんで右手と左手でこうも違うのか。
右手はすぐにクレーに当たったのに。
数馬は悩み落ち込み凹んでいる俺に対し優しい言葉をかけるわけでなく、あと1秒早くクレーを追ってみたら、とか、3D画像に落とし込んでみれば何か変わるかも、とか技術的なサポートをしようと色々アドバイスしてくれるんだが、イライラしてる俺にそのアドバイスは届かず、酷い言葉を返してしまうこともザラだった。
俺は、落ちこむとすぐに練習を止めて寮に帰ることが多くなった。
ホームズの顔を見て落ち着きを取り戻し、優しい眼差しをホームズに向け、寝てばかりいるホームズから癒しをもらっていた。
隣では聖人さんが酒浸りになっている時があった。また逍遥と喧嘩か?まったく、俺のようなヘボなら喧嘩にもなるだろうが、あんなに出来のいい選手預けられて何を喧嘩の種にしてるんだ。俺のサポートしてる数馬のほうがよほど酒浸りになりたい気分じゃないか。
酒浸り、か。
明日、数馬に謝ろう。
今日はもう寝よう。
その繰り返しで2週間が過ぎた。
もう俺は試合出場を諦め国分くんにエントリーを変えてもらおうなどと自分勝手なことを考え始めていた。
国分くんのリハビリが上手くいってるのをサトルから聞いていたから。
そんなある日、紅薔薇のグラウンドで『バルトガンショット』の練習をしてたら、春一番の突風がグラウンドを包んだ。
俺は左手にショットガンを持ちクレーを目で追っていたんだが、砂が目に入り、目を開けていられなくなって思わず目を閉じた。
普段ならここでクレーが出てきて当て損ね、またふて腐れるんだが、この日はなぜか風の音とクレー発射音を聞き分けていて、目を瞑っているときにクレー発射音が聞こえた気がして、音のした方に向け1発発射した。
カシャーン。
クレーが砕けた音がする。
一旦目を開けたんだが、もしかして、という思いでもう一度目を閉じクレー発射音を待った。
カシャ。
小さな音ではあったが、間違いなくクレー発射音だ。俺はホームズ並に耳が良い。
俺は音のした方向に素早くデバイスを向け、また1発発射した。
カシャーン。
またクレーが粉砕された。
5分の時間内でずっと目を閉じたまま音だけでクレーを撃ち落としていた俺。
これだ、そう思った。
数馬も驚いたようで、風を避けながら俺の元へきて笑顔を見せる。
「何か吹っ切れたようだね、どういう方法を採ったの?」
俺はもう、左手でもクレーに触れたことが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
「音だよ数馬、音」
「音?」
「クレー発射音を聞き分けて撃ったら当たった」
「こんなに風がぴゅーぴゅー吹いてたのに、クレー発射音を聞き分けたって?」
「ああ、目で追っても速さに負けるだけだったけど、耳はその瞬間を捉えるから、音が聴こえた方向にショットガンを合わせれば当たるんだ」
「まさか」
「そのまさかなんだよ!!」
俺の採った方法を証明するために、もう一度練習時間を、今度は3分だけ取ってもらった。
カシャ、とごく僅かな音だけど、聴こえた方向にデバイスを合わせ発射する、俺の思惑通りクレーは次々と砕け散った。
「な?数馬、嘘じゃないだろ?」
「へえ。これなら右でも左でも音がした瞬間に合わせればいいから過去透視魔法も3D画像も必要ない」
「究極の方法だよね。でもさ、これ、魔法じゃないよな」
アハハと笑う俺に、数馬は首を傾げた。
「果たして両手撃ちした場合にこんなに上手くいくかな」
「やってみる。右手用のデバイス貸して」
俺は両手にデバイスを持ち、3分の練習時間を取って目を閉じた。
カシャ。
咄嗟に左手で対応したが、左右どちら側から出ているのか見当がつかない。右側から出たクレーを右手で、左側から出たクレーを左手で撃つのが理想的なんだが・・・。
結果、全て左手で処理したため個数を重ねることはできず、右手が疎かになっているのが露呈された。
どうもちぐはぐな俺の両手。
もう、どうにでもなれという気分になってきて、俺はまた凹んで土の上に座り込んだ。数馬がお疲れ様と言って、俺の肩を叩く。
「海斗、それでも耳で聴き分けるという方法を見つけて前に進んだのは事実だ。あとは、サポーターである僕がまた何らかの方法に飛躍的に前進させるから、少し時間をくれ」
そういうと、数馬は俺をグラウンドに残したまま、バタバタと校舎の方へ走っていった。
俺はちょっと凹み気味ではあったが、左手でクレーを撃つことができたので、それはそれで嬉しかった。練習を終わらせそのまま、寮に戻った。
ホームズは、ベッドの上で目を開けて起きていた。
「ホームズ―、今日はいいことあったんだ。やっと左手でクレーに当たったんだよー」
すると、ホームズは飛び起きて突然オッドアイになり俺に向け「予知」をぶつけてきた。
「これから嵐が来るぞ。中心に巻き込まれないように気を付けろ」
「ダメだよホームズ、魔法はよしてくれ」
「嵐の中心から抜けろ、何としてでも」
それだけ告げると、またホームズは猫に戻りもたげていた首をベッド脇に置いて浅い眠りに就いた。
ホームズ、頼むからオッドアイは止めてくれ。お願いだからお前の寿命を縮めないでくれ。
それにしても「嵐」、「中心に巻き込まれるな」「嵐の中心から抜けろ、何としてでも」。
なんとも穏やかな話じゃない。それどころか、また俺、何かに巻き込まれるわけ?
あーあ、練習どころじゃなくなるってか。ただでさえ練習遅れてんのに。
いったい、どんな話だってんだ。
「それは僕の過去のことじゃないかな」
急に数馬の声がして、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
振り返ると、そこには私服姿の数馬が立っていた。
瞬間移動魔法で俺の部屋に飛び込んできたらしい。
「海斗。最初から知ってたの、僕の過去を」
「い、いや、これはだな」
「その猫に教えてもらったんでしょ。だから始末しようとしたのに」
ホームズを始末するだと?
カッチーンときた俺は、怒りに肩を震わせて数馬に物申した。
「実際、俺とホームズしか知らない秘密だ。なんでホームズを拉致して消そうとまでするんだよ。お前、端から消す気だったんだろ」
「僕の秘密を知ってしまったら、これからの計画の邪魔になる」
「俺たちはお前の計画なんて興味ない。ホームズが誰にも何も話さず何もしなかったのだって、そういうことじゃないか」
「君がこいつを飼う時から、何かがあると思ってた」
「俺たちは関係ないっていってんだろ」
数馬の目には徐々に光が無くなってきて、まるで悪魔に魂を売り渡したかのような容姿に見えてくる。
「誰も僕の復讐に邪魔はさせない。邪魔立てする奴は、消す」
俺は数馬のこんな顔を見たことがない。生気の無い、それでいて蒸気が漂っててまるで悪魔の下僕。
「いいだろう、海斗。本当のことを教えてやるよ。ただし、冥途の土産にね」
くっくっくと笑う数馬に、薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
冥途の土産というからには、ホームズはおろか、俺まで始末する気なのか。
俺が部屋の真ん中に突っ立ってると、不思議なことに嵐のような突風が吹き、その勢いに負けた俺は思わず目を閉じた。風が止み俺が目を開けると、何処かわからない場所にいた。何処かのリビングルームのようだった。
数馬は俺を強制的にどこかに瞬間移動させたのだ。近くにホームズはいなかった。
ホームズの言った「嵐」って、これか?
いやいや、もっとすごいのが俺を待ち受けていそうな気がする。
それにしても、なぜ、今。
「満を持して、というやつだね。その時がきたのさ」
「その時って?」
「あいつらを始末する時」
「あいつらって・・・もしかして」
「そう、その“もしか”」
数馬はもう顔が変形しているように見えていて、餓鬼ってこういうもんなのかなと思ったり、悪魔の面構えだと思ったり。
なぜか俺はそんなに緊張も恐怖も抱いていなかったのだが。
いつも何かに守られているような気がするんだ、俺は。
それにしたって、なぜ、今。
「なんで新人戦の大会前に敵討ちやるんだよ、大会後でもいいだろ」
「僕は新人戦なんかはっきり言ってどうでもいい。学校生活なんて関係ない。宮城の家にあの2人が揃った。ただそれだけ。だから今が行動を起こすべき時なんだよ」
なんだ、海音は留学でもしてるのか?
それにしてはちょくちょく国内で顔を見た気がするんだが。
ああ、親父の方が入院したとか、そっちかも。
そういうことなら、海外に行かれる前に復讐を終わらせてしまおうという気持ちがわからないでもないが、やはり、なぜ今、という思いがぐるぐると頭の中を回る。
学校生活に興味がないなら、サポーターして頑張ってんの、おかしくない?
「なら、サポーター降りればよかったのに」
「聖人の動向が気になるから。寮で君の部屋の隣はあいつの部屋だ。サポートしてれば近づきやすい。ただそれにはあの猫が邪魔でね」
数馬はどうやら宮城の血を根絶やしにでもしたいような口ぶりだった。
俺としては、数馬がこんなつまらない学校生活など終わりにして、宮城家に復仇をとげるつもりなのは理解した。
しかし、力勝負で聖人さんに勝てる相手はほとんどいないと思っている。たぶん、色々な魔法を研究してきた数馬だとて、聖人さんをねじ伏せ組み伏せるのは無理だろう。
あとは、聖人さんがどう出るか。
今は勘当の身だから。
宮城家の面々がどれくらい魔法に長けているのかは知らないが、宮城家<数馬<聖人さん、の方程式が成り立つであろう今、数馬の復讐は無謀な行動に思えたのだ。ホームズ、全部知ってたのに黙ってやがったな。
「あの猫はもうすぐ死ぬ。君を助けるために魔法を使えば死期も早まるってものさ。時に海斗、いつ僕の秘密を知った」
「ホームズがお前を威嚇した時。数馬には、何か秘密があると確信したよ」
「僕はね、沢渡から誘われ紅薔薇に来たといった。あれは本当。でも沢渡は僕のことなど一つも知らなかった。最初は恨んだよ。誰かが沢渡の名前を無断で使ったとわかったのはつい最近のことさ」
「こないだ睨んでたじゃない」
「犯人とグルなんじゃないかと疑ってるのさ」
「犯人?」
「猫と一緒に見たんじゃないの?僕の父が殺される場面を。僕の父は交通事故で亡くなったと言ったけど、あれは嘘。魔法部隊の中で事故と言ったのも嘘。君たちの見たのが本当のこと。あれが事実だ。父はね、軍の中で上官である宮城の父と対立した。理由はどうあれ、奴は絶対に使ってはいけない消去魔法で僕の父をこの世から消した。君も知ってのとおり、母は鬱になり将来を悲観して自殺したよ」
?
時系列がはっきりしない。
「そのあと沢渡元会長から入学勧誘の手紙が届いたのか」
「そうだ。最初は中身を信じたが、接触したら無視されてね。そりゃ恨んださ。でもそのあと、もしかして僕に手紙を寄越したのは別の人間じゃないかと思うようになった。消去魔法を使った奴じゃないかとね」
数馬の目に光が戻ってきた。
良かった。悪魔に魅入られて我を忘れているのかと思っていたから。俺は話を引き伸ばしながら数馬が完全に元に戻るのを待った。
「手紙は別の人間が出したものだったのか?」
「ああ、大当たり。沢渡は僕を無視するし、もう魔法科にも入りたくなくて魔法技術科を選んだけど、授業はつまらないものだった。これが天下の紅薔薇かとがっかりしたよ」
なぜ数馬はホームズに会ったことがあるんだろう。ホームズは軍から脱走していたはずなのに。
「そのことか。つまらない学校生活を送るうちに、3年前の軍隊脱走猫の話を聞いたんだ。噂では長崎にいるということだった。見た者もいた。僕は授業そっちのけで長崎まで追いかけ、あの猫を捕まえて過去透視させた。君らが見たあの場面をね。そうして僕は父の死の真相を知った」
俺は何も言えず、言葉を選ぶのがやっとだった。
「あれは不運だったよ」
「不運?違うね、あれは最初から宮城の父親が仕組んでたことだ。だからそのあと聖人が来て魔法の痕跡を消したんだ」
「違う、あの人はそんな人じゃない」
「君は聖人に入れあげてたから見えないんだよ、あいつの正体が」
俺はちょっとカチンときたが、ここで争ってはいけない。
俺のやるべきは、ホームズを守ること。聖人さんが魔法の痕跡を消した以上、聖人さんにも罪の一端はあるから、俺が口出しすることはできない。
だから必要最小限のことだけ数馬にお願いすることにした。
「もうホームズには手を出さないでくれ」
「あんな老いぼれ、もういいよ。未来予知はもうできないようだし」
カッチーン。老いぼれとはなんだ、老いぼれとは。未来予知だってまだできる。やらせないだけだ。事実、今の状況だってホームズは予知した。
だが面倒は避けたい。
俺が冷静にならなければ。
「で、これからどうするんだ」
「もちろん、宮城家には崩壊してもらうよ」
「なんでそこまで飛躍するんだ」
「ま、2年半放浪した時の金も宮城家から出てたけど」
「そしたら半分は恩人だろ」
俺の顔を見て、数馬はケケッと笑った。また、悪魔に魅入られてきている。
大丈夫か、数馬。
大丈夫なのか、俺。
「僕はね、海斗。放浪する中で、魔法力を格段に磨き魔法を熟知し宮城父に復讐しようと決めた。だが魔法を極めるまで2年半の時間を費やすことになった」
「魔法を極めたから戻ってきたのか?」
「違う。魔法はもうほとんどマスターしてた。今回戻ったのは、日本に帰るいい口実ができたからさ。本物の沢渡からサポーターの話がきたからだよ。この話を蹴るのは勿体無い。ジャストなタイミングだったからね。当然引き受けた。で、サポートする選手が君だったというわけだ」
「どうしようもない劣等生だけどな」
「今はね」
「少しくらい否定してくれ」
「海斗、今は笑い話してる暇はないんだ」
そこで俺は気付いてしまった。
まさか・・・。
「数馬、もしかしたら君は同化魔法に身体と心を蝕まれたわけじゃなかったのか」
「もちろん。広瀬が僕を襲い同化魔法をかけたのは、真実を知ったら僕が復讐するかもしれないと震えあがった宮城の父の気持ちを汲んだものであったようだけど」
「が、実際には数馬のほうが魔法力が上だった」
「そりゃそうさ。僕は広瀬を殺すために広瀬からの同化魔法を受け入れた。同化魔法はね、ある種の浄化魔法を使うと防げるんだ、だからほとんど同化していなかった」
「破壊魔法受けて苦しんだのは数馬じゃないのか?」
「逍遥から受けた破壊魔法?広瀬には効いたみたいだけど僕自身には全然効いてなかったね」
「宮城家の崩壊が目的っていうけど、どうするつもりなの」
「宮城の家に入り込むために広瀬を利用したけど、使えなくなったからあいつはお払い箱にした」
「俺が同化されてきたからでしょ」
「それが面倒だったのもあるかな。このまま君が同化されたら僕が出ていけなくなるから。だから広瀬をくたばらせて、あとは・・・」
そのとき数馬が口ごもったので、俺は辺りを見回した。
この景色、どこかで見たことがある。どこだっけ・・・。
そこに、何やら人の話し声が聞こえてきた。
誰だ?家主か?
俺が声のする方に顔を向けると、唐突に宮城海音と宮城の父親が姿を現した。
そうか、そうだよ、前に透視した宮城の家だ。
宮城の父は、そりゃ驚いた様子だった。当たり前だよな、知らない人間が2人も家に入り込んでんだから。
「な、何だお前たちは。警察を呼ぶぞ」
数馬はかん高い声で笑い、一呼吸おいて、冷たい声で言い放った。
「どうぞ、それまであなたが生きていればですが」
「何を、この若造が。やっ・・・お前は、八朔海斗だな?」
宮城の父は、数馬とともにいる俺に気が付いたようだった。そして途端に、その口元にニヤリと狡猾な笑みを漏らした。
海音が嫌ってる俺を何とかするいいチャンスだと思ったらしい。
そう、俺を新人戦に出場させまいとする、いいチャンス。
突然宮城の父が、上衣のポケットからショットガンを取り出すと、まず俺に向けて銃口を構えた。
なんだ、これは。
俺に何をしようとしてる?
傍らで数馬がせせら笑っている。
「こんなところで破壊魔法ですか」
は、破壊魔法?
あの、一発受けたら死ぬって亜里沙が言ってた、あれか?
おいおい、いくら息子が俺を嫌ってるからって、何もできない学生に対して破壊魔法使う親がどこにいる。
とはいえ、これは夢では無くて目の前に繰り広げられている事実で、俺はどうしたらいいのか一瞬迷ってしまった。
瞬間移動魔法で逃げ切れるものなのか。それでは抜本的解決になってないような気もするんだが。
俺が考えている間にも、キレてる相手はもう、超本気モード。
その銃口は俺の左胸に当てられて、照射光が赤く俺の心臓を照らしている。
マズイ。
ショットガンの発射音と俺が宮城の父の後ろに瞬間移動したのが同時だった。しばらくの間俺は瞬間移動魔法で宮城の父の後ろに回り込み、破壊魔法から逃げていた。
しかし、これは解決法には程遠く、1時間も続くと、俺の動きにも粗が見え始めた。同時に瞬間移動できなくなってきたのだ。
数馬はその間何もせず、笑いながら俺たちを見ていた。
受けたら死ぬとも聞いた破壊魔法。
なのに今の俺は体力的に逃げ切れなくなり、肩で息をするようになっている。
今、俺が相手にかける事の出来る魔法は、ない。俺は攻撃用の魔法を何も習っていなかったから。ショットガンで何かできるのか知らないけど、寮の部屋から直接ここに飛ばされたからショットガンも準備していない。
こんなことなら、あのとき逍遥に土下座してでも破壊魔法と消去魔法を習っておくんだった。
段々と俺は動きが鈍くなり、肩や足にショットガンが炸裂し始めた。
一瞬、ショットガンが当たった場所に、これまで体験したようなことのない鋭い痛みが走る。でも今は命がかかってるから痛みを然程感じていない。
人間て、土壇場になるとそんなに痛み感じないモノなんだ。
そうこうしているうちに、宮城の父は俺の正面に回り込み、俺は真正面でショットガンを受ける格好になった。
俊敏に動けない俺がいる。
もう、身体は疲れ果てていた。
俺はもう、死を覚悟した。
嵐の中心から抜けろと言ったホームズの言葉が身に染みる。
中心て、このことだったのか。
遂に俺の心臓目掛けて発射されたショットガン。
破壊魔法。
目を閉じ、その時を受け入れようとしていた俺。
すると数馬が俺の前に出てきて全て受け止めた。
だが、数馬に破壊魔法は効かなかった。
数馬は魔法を反射させるような魔法を用いており、それにより破壊魔法は弾き返され、宮城の父の隣にいた海音の心臓を貫いた。
壁際で笑いながら俺を見ていた海音はもんどりうってその場に倒れ、意識を失った。
数馬は、鏡魔法だと俺に告げた。
宮城の父は驚いて海音に駆け寄り人工呼吸を施すなど一生懸命に息子の安否を気遣ったが、もう、遅かった。
宮城海音の命は、永遠に尽きた。
「破壊魔法真っ向から受けたら、普通に死ぬでしょ」
数馬は宮城の父の背中を見ながら冷たく一言だけ発した。
大切な者の死を宮城の父に与えた数馬は、笑いながら次のターゲットである宮城の父に対し両手を組んで2本の人さしと中指を揃えて、自分の父親がされたように消去魔法を繰りだそうとしていた。
反対側に逃げる宮城の父。
そのときだった。
「止めろ!」
聖人さんの声が響き、宮城の父の前に聖人さんが現れ、父親を庇いだてした。
ホームズが透視したのか、逍遥らが透視したのかはわからないが、なぜか聖人さんは絶妙のタイミングでここにいた。
「お願いだ数馬。止めてくれ」
数馬は冷徹な眼差しを聖人さんに向ける。
「聖人、どけ」
「君が殺人犯になるまでの相手でもない」
でも聖人さんの瞳の奥には、血の繋がった父に向ける思いが観取され、その結果として命乞いしているように見受けられた。
それは俺も、そして数馬も心のどこかで感じていたと思う。
俺と数馬、聖人さんが三つ巴になり相対している時だった。
「お前に生かされるなどこれ以上の屈辱はない。去れ」
そういって、宮城の父はショットガンを自分のこめかみに当てた。
聖人さんは「あっ」と声をあげ父親に近づこうとしたが、その手を押さえ付ける時間は無かった。
一瞬間。
宮城の父はショットガンで頭を撃ち抜き自ら死を選んだ。そして海音とは反対側の離れた位置に倒れた。ああ、数馬に狙われ反対側に逃げたんだった。
海音も死に、最後まで聖人さんを嫌い、まるで現世にはもう興味が無くなったかのような、無表情な死に顔だった。
聖人さんは茫然自失に見えたけれど、その瞳にはまだ光が宿っていた。
「数馬。お前は宮城家を崩壊させた。もうこれでいいだろう。海斗を解放しろ」
「海斗は大事な人質というお客さんだから。僕はね、あの時魔法の痕跡を消した聖人、君も同罪だと思ってるんだよ」
聖人さんは言い訳を口にすることなく、黙ってその場に立ち尽くして数馬の罰を受けようとしてるのか。少なくとも俺にはそう見えた。
しかし、違った。
数馬は、コートの内ポケットからショットガンを出した。最後のターゲットは、宮城聖人。
聖人さんもいつの間にかショットガンを手にして、臨戦態勢に入っている。戦う気なんだ。でも、どうして?何のために?
「なんだよ、少しは俺を信じろ。お前を人質から解放するためじゃないか、海斗」
聖人さんは俺に声をかけると、やがて数馬と対峙した。
2人は戦闘状態に陥り、お互いに瞬間移動魔法で逃げながら相手の心臓目掛けてショットガンを発射し続ける。
俺は部屋の端で2人の争いを見る羽目になった。もう、止めろと言っても2人の耳には届いていないだろう。
目にも留まらぬ動き、そういう形容でこの様子を上手く伝えられるだろうか、とにかく、物凄いスピードと技で2人は互いを傷つけあうつもりでいるらしい。
両者譲らず、戦いは続いていく。
一旦は落ち着きを見せたように相対した状態になったが、それもつかの間、またもや両者は魔法合戦へと突き進んだ。
数馬の魔法はそれほどでもないと思ってた俺がバカだった。途轍もない魔法力。
2人とも一歩も引かない状況で戦っている。
しかし、今はそんなことで争ってる場合じゃない。
2人ともよく考えてくれ。
3月下旬には世界選手権の新人戦があるんだよっ!!
俺はなんでか知らないけど、2人に対しすごく怒りたくなってきて、自分でも知らぬうちに身体がムズムズと動き始めた。
そして素早く拳を握った両手をクロスさせ左右の手のひらを広げて両者の間に割り込み双方に翳した。
するとキラキラと光が反射し、2人の持っていたショットガンは使用不能になった。たぶん、一時的なものだとは思うんだが。
結局、俺が放った魔法で、両者は完全に我に返った。
こんな魔法は使ったことが無かったが、2人とも一瞬動かなくなり、戦闘は回避された。
魔法の固有名称は・・・わからん。
数馬がアハハと笑い出す。
「君はどこでそれを覚えたんだ?カタルシス魔法じゃないか」
キョトン。
「俺、誰にも今の魔法教えてもらってないよ、身体が勝手に反応しただけ」
数馬は大袈裟な振りで上を向き、額から目にかけて片手で覆った。
「亜里沙さんたちが君をリアル世界から第3Gとしてこちらに連れてきた理由がわかるような気がするね」
向かい合ってる聖人さんは、まだ数馬の動きを警戒しているようではあったが、使用不能なショットガンは一応Gジャンのポケットに仕舞い込んだ。
数馬は、聖人さんを無視するように、2体も遺体があるこの状況をどうするか、合理的に話し出した。
「このままの状態なら、何らかの親子喧嘩の末に宮城の父が放った破壊魔法が海音に当たったようにみえるだろう。僕の鏡魔法の痕跡は残ってないし。疑われることもない。ほら、海斗、早く行こう」
数馬は俺の手首を掴んだ。でも最後に、俺がしなければならないことが一つある。
聖人さんの過去を数馬に伝えなければ。
「数馬。聖人さんは罪を犯したかもしれないけど、父親に認めてもらいたかっただけなんだ」
「なんだよ、それ」
俺は聖人さんの生い立ち、父親との関係、母親たちとの関係、海音の奴隷として全日本や薔薇6で俺を執拗につけ回した過去、などを全て話した。
あれは、聖人さんの出来が良すぎることから始まった父親の嫉妬だったと思う。数馬同様の天涯孤独ではなかったけれど、母親たちが亡くなって以降、聖人さんは孤独以上のモノに苛まれて生きてきたのだ。
聖人さんは俺の話を黙って聞いていた。
なまじ奴隷みたいな生活して生きていた分、辛く酷い時期もあったかもしれない。父から受けた嫉妬をどうやって流してきたのか。
父親を消された数馬にはわからない話だったかもしれないが、俺は懸命に説得した。
今はもう、自分の息子に嫉妬する宮城の父もいないし、自分の異母兄や俺を異常なまでに嫌う海音もこの世からいなくなった。
孤独には変わりないが、数馬にも聖人さんにも仲間がいるのだ。
それを忘れないでほしい。
数馬は聖人さんを睨みながらもポロッと一言漏らした。
「聖人もまた、宮城の父の犠牲者だったんだな」
「そう。それはそれで辛かったと思う」
「僕はこれからアメリカの墓に行って父と母の墓前に報告してくる。全て終わった、とね。君もすぐに聖人とともに寮へ帰るんだ。警察が来たらまずい」
ああ、もう数馬の復讐劇は終わったか。
聖人さんへの復讐心が無くなったとは言い難いが、今ここで争いを起こすことは無いだろう。
俺は安堵というか、さっき宮城の父にショットガンで撃たれた傷がとんでもない痛みに変わり、その場にへたり込んだ。
いっでーーーーーーーーーーーっ!!
おっかねがったーーーーーーーー!!
もう、まぐれっかど思ったわ。
いや、まぐれるどごの騒ぎでねーし。
さすがに、今の状態なら仙台言葉だしてもいいだろ。
なんでこう、事件が起きるたびに俺が死にそうになるかわかんない!
数馬は悪魔の顔からアイドル顔へといつもの数馬に戻ったように感じる。そして素早く姿を消した。
米国にある父母のお墓参りをすると言っていたから、瞬間移動魔法でそちらに行ったんだろう。
聖人さんが俺に肩を貸すと、そこにゆるやかな風が吹いた。
次の瞬間、俺は、寮の自分の部屋に戻っていた。
だが聖人さんの姿は隣にはなかった。
猫ベッドにホームズがぐったりとして寝ている。
恐る恐るホームズに触ってみると、まだ身体は温かかった。予知をして身体が疲れ切っているのか、猫ベッド脇の毛布には珍しく吐いた後が見受けられた。
子供用の予備毛布を一枚ホームズに掛けて、ホームズ用毛布をシャワー室でさっと洗い、寮にある洗濯機にぶち込む。
自分の部屋に戻っているのだろうが、俺は聖人さんの心の傷が気になった。
本当は、父と弟を守りに行ったのではなかったのか。もし俺が人質としてあそこにいてもいなくても、聖人さんは数馬と一戦交えたような気がする。
「それは無いね。俺はもう宮城家とは関係ないんだから」
聖人さんの声がドア付近で聞こえた。
床に目を移す俺に、どうして下を向く、と小声で囁く。
「関係ないのに怖い思いをさせたな。すまない」
「本当にあれでよかったの?」
「あれでいい、もう誰にも迷惑はかからない。もう全て終わったんだ」
聖人さんの目は泣いて腫れているようにもみえたが、俺が指摘することでもないのだろう。あのことは、俺も全て心の中に仕舞っておこう。なるべくなら、俺だって全部忘れてしまいたい。
数馬がこれからもサポートをしてくるかはわからないが、俺は明日からまた新人戦の練習をしなければ。
それにしても、数馬の怒りは尋常じゃなかった。顔は悪魔のようになるし、ホームズを老いぼれ猫などと不愉快極まりないことまで言って。
数馬はもう終わったと言ったような気もするけど、聖人さんも含めた宮城家への怒りが全て消えたとは到底、考えられない。いつかまた、聖人さんを狙うような真似をするのではないか。
しかし、復讐に身を窶しボロボロになった数馬を見るなんて、これ以上辛いことは無い。
そのときは、数馬を人間に戻す。
悪魔になんか、させない。
世界選手権-世界選手権新人戦 第8章
翌日朝。
数馬はくるかこないか。
復讐が済んだ今、数馬にとって学校生活など本当につまらないものになっているだろう。
様々な攻撃用魔法や防御魔法をも極め、今更、数馬の望むものが紅薔薇にあるとは考えにくい。
数馬は一体、何を望んでいるのか。
そして、何処へ行こうとしているのか。
俺には見当もつかなかった。
「海斗、アホなこと考えてないで。今寮の前。ジョギング行くから準備して」
アホとな。
それはなんと、数馬からの離話だった。
「あ・・・わかった。着替えてすぐ出る」
「あと、猫に謝っといて。こないだボロクソに言ったこと」
「ホームズは気にしちゃいないと思うよ」
「いや、絶対に気にしてる。昨夜僕の夢に出て来て「呪ってやる」っていわれた」
「まさか。夢でしょ」
「あの猫、夢を渡るんだよ」
「なにすや?」
非常に驚いた時に出る仙台弁。正確には仙台市というよりは宮城東北部を指すと思うのだが。
今、そんなことはどうでもいい。
俺はホームズが夢を渡るなんて聞いたこともない。本人も話さなかったし。
数馬はホームズを消すつもりだ、なんて言ってたけど、俺よりもホームズのことがよくわかるなんて、まるでストーカーみたいだ。
事実、ストーカーしてたんだけど。
俺は急ぎジャージに着替えホームズに触って様子を見る。わずかだが、定期的に息をしている。猫ご飯、トイレをチェックし「行ってくる」とホームズに声を掛けて部屋の戸を開けた。
廊下にはもう、数馬が着ていた。
外が寒いので廊下に避難してきたという。
いつもと全然変わらない数馬。
昨日の凄惨なシーンを伴う数馬の発狂ぶりは、それこそ俺の夢だったのだろうか。
俺は人が死んだとこなんて見たこと無くて。
広瀬は砂になったからそんなに死体見た気分でもなかったし。
昨日は俺、宮城の家の2人を近くから見ることすらできなかった。
「残念。夢じゃないよ」
数馬は笑っているのだが、目が不気味というか、笑っていないというか。
それでもって昨日のこともリアルだと離話で俺の脳裏に迫ってくる。
やっぱり夢じゃなかったか。
聖人さんがどうして親の犯行を消す様な真似をしたのか、数馬に語ったのは俺の想像だ。真実を数馬に知らせない限り、本当の手打ちとはいかないのかな。
どう見たってアレは聖人さんが悪いし・・・。
数馬は自転車で寮に来てて、俺の伴走をしつつもたまに俺より早くなったりゆっくり走ったりと、心ここにあらず。
まあ、俺としては特に自分のペースを守れれば伴走がどうあれ問題ないのだが。
俺の中では、昨日の事件を胸の奥底に仕舞い込み、心の壁を作って誰にも話すまいと決心していた。
無論、数馬も聖人さんもそう考えているはず。
本当は、宮城の父が俺に向けて破壊魔法を仕掛けた殺人も厭わないという事件であり、結果、その破壊魔法に対して、数馬が放った鏡魔法が海音に当たって海音は死に、数馬に殺される寸前だった宮城の父は、聖人さんによって生かされた。だが宮城の父は、それが我慢ならなくて自殺を図るに至った。
あのあと警察が宮城家に入ったようだが、宮城の父の無理心中ということで事件は片付けられたようだった。
俺たちは魔法の痕跡や自分たちがそこにいた痕跡を変則の隠匿魔法で全て消し、過去透視魔法に引っ掛からないよう変則魔法の応用や、隠匿魔法で俺たちのいた痕跡も消して瞬間移動魔法で魔法科の寮に戻ってきた。もちろん、瞬間移動魔法の痕跡を消すために聖人さんと数馬は俺を最初に魔法科寮に戻して、自分たちは隠匿魔法の応用であそこから姿を消したと数馬が言っていた。
魔法の重ね掛けというやつかもしれない。
今の俺にはちんぷんかんぷんだった。
後日、聖人さんは家族の一員として警察に呼び出されたが、夏に勘当されて以降家には寄りついていないという近隣住民や親族の証言を得て、完全にシロ扱いされ無罪放免となった。
いやあ、元々俺たち宮城の父や海音に何かしたわけじゃないし。
ただ単に、俺が殺されかけただけの話だ。
それでも、数馬と聖人さん、この2人の間に流れた溝は埋まっているとは言い難い。
数馬も聖人さんも、あれらはもう終わったこととして表面上明るく振舞っているが、いつまた火花を散らすかわからない。
でもさ、2人とも世界選手権の新人戦が終わるまでは何もトラブルを起こさないでほしい。
俺は何かがあるたびに的にされて死にそうになってんだから、こっちの気持ちも考えてくれ。
てか、早く攻撃系魔法教えて欲しい。
その前に両手撃ちマスターしないと。
ああ、面倒な。
今日は数馬にやる気が見られないので、3キロほどでジョギングを止めた。通常なら数馬は紅薔薇の制服やら紅薔薇サポーターのユニフォームやら一式揃えて持ってきて、そのまま市立アリーナに行って練習してるんだが、今日は見事に全部忘れてきたらしい。
今日はたまたま予約に空きがなく紅薔薇のグラウンドや借りてる中学校のグラウンドで『バルトガンショット』の練習を予定していた。
みんなにこんなに呆けた数馬を見せるのも忍びない。
アイドルかつ冷静沈着なのが数馬の売りだったから。
俺は1人で紅薔薇のグラウンドに行こうか迷ったが、俺には時間が残されていないのもまた事実で、早く両手撃ちをマスターしないと新人戦で勝ち抜いていくことなど無理に等しい。
そう言えば、数馬は宮城の事件前に「任せとけ」みたいなこと言ったよな?
でも、あの事件でそんな高校生のお遊びに付き合う気も失せて、何も考えていないか。その可能性はかなり、高い。
俺の場合、3D画像構築と過去透視魔法のコラボで右手は非常に軽々と動く。タイムも良い。
しかし左手は右手と同じような射撃ができない。
左手だけなら微かなクレー発射音に反応して撃てるし、目を瞑っていると余計に気が研ぎ澄まされるしタイムもそこそこに出る。
どっちかに絞って練習しなければいけないのだが、左手を右手に合わせることはこの上なく難しい。
となれば、右手を左手に合わせるしかないのか。
目を瞑りながら、タイムを稼ぐことを意識して。
大丈夫か?俺。
数馬からあとは1人で練習してくれとソフトとともに放り出され、俺は一抹の不安を心に抱えながら紅薔薇のグラウンドに出掛けた。
紅薔薇のグラウンドでは、新人戦用のソフトが開発され誰でも『バルトガンショット』の練習ができるように補佐されている。とはいっても、1年で新人戦に出場が内定している逍遥、サトル、あとは俺の3人しか使用しないのだが。
海音の親衛隊が逮捕された今は俺に友好的な態度の紅薔薇生が多く、ブーイングを浴びることもほとんどない。
俺はソフトのスイッチを押すと、その場に立ち止まり目を閉じた。
生徒たちが話す声、風の音、遠くで鳴り響く汽笛。
周囲の雑音が俺の耳を悩ます。耳で聴き分けるのはとても難しく感じられ、俺は直ぐにソフトのスイッチを2度押しして解除すると目を開けた。
目を閉じている間に聴こえる雑音はそのほとんどが聴こえなくなる。
随分違うものだなと溜息を吐きながら、スイッチオンして俺はまた目を閉じた。
微かなクレー発射音を聞き分けることは困難を極めた。
試合になればもう少し雑音は少なくなるだろうか、いや、ギャラリーが集まれば話し声でもっと雑音は多くなるだろう。
その日の紅薔薇グラウンドでは、クレー発射音を聞き分けられずに練習を終えた。
直後にグラウンドに入ってきたサトルが不思議そうな顔をする。
「海斗、調子悪いの?」
「両手撃ちに挑戦してるけど上手くいかないんだ」
サトルはスピードこそ俺に負けるが両手撃ちが得意のようで、ゆえに個数を稼いで早く上限の100個を撃ち崩すことができる。
右手で片手撃ちしてる時は全然気にしなかったことだが、両手撃ちとなると急にハードルが上がりついていけない。
やっぱり俺、新人戦に出てもろくな結果残せないでフェードアウトするかも。
そう思うと国分くんに申し訳ない。
国分くんに出場権譲ろうかな、どうしようかな。
また、俺のもぞもぞしたお悩みコーナーが始まるのだった。
寮に帰ると、猫ベッドで大人しくしているホームズに話しかけて自己完結する日が続いた。ホームズは何も返事はしてくれないけど、たまに「ニャニャ」と鳴いて俺に前足を伸ばして爪を立て猫パンチを浴びせる。ホームズなりに心配してくれてるのかな、そう思う。
自分が調子悪いのに、俺が愚痴ったらホームズは心配しちゃうよな、また魔法を使いかねない。俺は段々ホームズに話しかけるのを止め、1人でバランスボールに乗って考えることが増えた。
それから何日経っただろう。
数馬は朝こそ俺に付き合ってジョギングの伴走を行うのだが、終わると風のように消えていく日々が続いた。
俺はと言えば、紅薔薇にいてもクレー射撃できないので、色々な場所を散歩しながらソフトを起動しクレー発射の音を聞き分ける不毛な実験を続けていた。これなら、目を開けて右手だけで3D画像を展開するほうがよほど時間を稼げる。
もう、諦めムードが俺の中で大半を占め、毎日朝に会う数馬に「もうダメだ」コールをしようとするのだが、数馬は俺の心中などお構いなしに自転車で爆走しては早く走れと俺を呼ぶ。
やる気があればジョギングも辛くなかったが、ここまでやる気を失くすと走る気にもなれない。息も上がってきて、3キロも走れなくなってきた。
今日こそ数馬に言わなければ。
朝、起きてジョギング用ジャージに一応着替え、数馬が来る5分前に廊下に出る。今日は遅れて出るわけにはいかない。大事なことを伝える日だから。
数馬はいつもの時間に、いつもと同じ荷物を持って自転車を寮の前に停めた。
「おはよう、海斗」
「おはよう、数馬・・・あのさ・・・」
「今日は素晴らしい報告があるんだ、聞いて」
数馬の大きな声を前にして、俺の小さな声と言葉は掻き消された。
「君が持つデバイスをバージョンアップしたものができあがったんだ」
「え?」
「両手ともだよー」
亜里沙が来たのか?それともまた米国から仕入れた?
「今度のは僕がプログラミングして銃そのものは亜里沙さんたちから譲り受けたよ。受け取ったショットガンに魔法を注入してある」
「魔法を注入?」
「そう。やってみればわかるよ」
数馬はジョギングを止めてすぐに紅薔薇のグラウンドに足を運び、俺にも来いという仕草を何度もする。
「早く早く」
「待って、そんなに急がないでくれ」
グラウンドに入った俺たち。まだ学校のソフトが起動する時間ではないため、数馬は俺が持ってるソフトを俺から乱暴に取り返したかと思うと、スイッチをこれまた乱暴に入れてソフトを起動した。
あ、クレーの発射音が聴こえる。
それも、かなり大きく。
左右どっちから出てくるのかもわかる。
目を閉じてもそれは変わらず、俺はショットガンを使う前に手でその方向を指さす。
全てのクレーが発射されると、数馬は嬉しそうに声を上げた。
「ね?発射音が大きく聞こえるだろ?」
「なんで?今まで風の音や人の声にかき消されてたのに。今はギャラリーいないから聞こえるのか?」
「ちーがーうーよー」
「じゃ、なんで?」
「このショットガンに組み込んだんだ。クレーに特化して、発射された時の音が大きく聞こえるように」
「そんなこと可能なの?」
「これこそ発想の転換だよ。君は音を聴き分けるのに苦労してた。音さえ聴こえればその方向に向かって撃つことができる。なら、聴き分けられない音を聴こえるようにすればいい。目覚まし音のアラームがスヌーズの度に大きい音になるのを応用して、ショットガンに組み込んだ」
これなら、目を閉じて神経を集中させれば両手でクレーを撃つことができるのではないか。
数馬はもう一度ソフトを起動して、俺は受け取ったショットガンを両手で持ち、各々のトリガーに手をかけた。
音がいつも以上に大きく聞こえるし方向もわかるので、右手と左手を交互に撃ったり同時に撃つことができそうだった。
これは俺の悩みというかイライラ感を一掃してくれる優れものだった。
数馬はこれを仕上げるために毎日俺をほっぽりだし部屋に篭ってたというわけか。予選会のときもそうだったが、俺にとって、たまに悪魔のように怖いけど最高のパートナーだなと胸を張りたいと思う。
新人戦まであとひと月。
このままクレーの発射感覚を耳で感じ取っていけば、かなりの好タイムが出ると予想された。
ここからはもう、数を熟し上達させていくよりほかない。
俺は朝のジョギングを済ませるとまず紅薔薇のグラウンドで練習し、午後は市立アリーナで練習、夕方は借り切った中学校のグラウンドで練習を行うという短期決戦型のメニューを組み、『バルトガンショット』を自分のモノにしていった。
最初こそ、両手で一緒にトリガーを引いたりバラバラに引いたりすることに違和感があったが、目を瞑って音とともに聞こえた方向の手のトリガーを引くことで、目でクレーを追わない分だけ時間に余裕ができて、違和感もだいぶ和らいできた。
タイムも、最初こそ100個のクレーを撃ち抜くのに8分ほどかかっていたが段々と射撃時間は短くなり、やがて6分を切り、たまに5分を切るあたりまでできるようになった。
逍遥やサトルには練習を見せない秘密主義を採り、ほんとに調子がいいときには4分ジャストほどのタイムで練習を終わらせることができるようになっていった。
第一のデメリットはこれで克服した。第2のデメリットは、まるっきり違うスタイルで射撃をすることにより、もうデメリットの範囲ではなくなっている。
よし。
あとは『デュークアーチェリー』の練習も重ね精度を上げていかなければ。
2つの競技を並行させてタイムを上げ、成功率を上げていくことにより上位に食い込む下地を盤石なものとするのが今の俺の目標だ。
俺は、『バルトガンショット』で戦うスタイルがやっと掴めたことにより、練習に対する気持ちや寮に帰ってからの体幹をコントロールする基礎練習にも身が入っていき、身体の重心の安定を実感した。
そんな中、寝ているホームズはたまに「ニャッ」と楽しそうに寝言を言っていた。
俺が充実した時間を過ごしていることが嬉しかったのかもしれない。
でも、本当は俺、ホームズの近くでゴロゴロしていたいんだよな。
無理なんだ、ごめんな。今は休み返上で練習に励んでいるから。
休み無しの練習時は、聖人さんにホームズの世話をお願いしていた。
逍遥のサポーターであることを忘れてしまったかのように、2人はいつも別行動を取っていた。
逍遥にしてみれば、近くにいるサポーターだけがサポートをするとは限らない。近くにいなくたって最高の演武なりが出来るに違いないし、聖人さんも何だかんだ言いつつ逍遥を心の底から信じているからこそ、一緒にいなくても互いの心の安定を得ることができているのだ。
この2人だからこそ、こんな形でも出来得るんだろうな。
俺なんて自分ひとりで練習やってたらどんどん不安になるし、数馬もまた、俺に付いてないと記録が乱高下するのを知っているから近くで見ざるを得ない。
サトルと譲司は和気あいあいと練習を進めているようだ。
お互いの不可侵部分もあるんだろうが、どちらも相手を尊敬しているという意味では、俺や逍遥とさして変わらないはず。
何かこう、周囲にも不安を感じさせない関係性をサトルと譲司は保っている。
サポートする側にも色々な形があって、される側にも同様の思いが心を埋めつくしてる。
だから、紅薔薇チームは其々の個性がありつつも上手くまとまっているのだと思う。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
世界選手権のビッグタイトルがもうすぐ開催される。もう一つのビッグタイトルは2週間遅れで開催となる。
俺は『バルトガンショット』の方はまさかの練習方法で順調にタイムを短くすることに成功していた。あとは、緊張から来る本番補正で自分を見失わなければそれなりのタイムを稼ぎ出すことができるはずだ。
ただ、『デュークアーチェリー』ではどうしても予選会時の逍遥やサトルのような完璧な演武を超えられないでいた。
俺と彼らの間にある溝は、なんなのだろう。
『デュークアーチェリー』ではGPSからGPFにかけて培った戦略があったにも関わらず、GPFでも予選会でも3位に留まった俺。
ホセやアルベールにあって俺に無いものがあるはずで、そこに割り込んできたのが逍遥とサトルということになる。
今のままでは、俺は『デュークアーチェリー』で最高でも5位に沈んでしまう。
3Dイメージ記憶を効率的に使用するには、何か掛け違えている部分があるような気がしてならない。
そうだ、ここでも3Dイメージ記憶を使用しながら『バルトガンショット』のように目を瞑って的の中心を捉えることができないだろうか。
俺は早速数馬の元に駆け寄り、俺が考えた策戦の前段階を話した。
数馬は意味が分からなかったようで、目を大きく見開いていた。
『デュークアーチェリー』の場合、的はいつも同じ場所に出てくる。矢が刺さると次の的が出るまでは約1秒。目を瞑り人さし指デバイスでそれに合わせ発射できるようにすれば、一々的を見て確認する作業は減る。
今まで的の真ん中を確認していたのが、時間の無駄だったということになる。
目を瞑りつつ3Dイメージ記憶を駆使して主体的に的へ撃ちこんでいければ、タイムを縮め、的のど真ん中に当てる射的は楽になるはず。
俺はすぐさま、『デュークアーチェリー』の練習場である市立アリーナに数馬を引っ張っていき、俺の策戦を実戦形式で数馬に説明した。
目を瞑り姿勢を15分間一定に保ち、3Dイメージ記憶を使い100の的に対し次々に矢をド真ん中に命中させていった。
数馬も、ど真ん中に当たった時のドン!という音がする直前に次の矢を放つという、俺のやらんとしている方法をやっと理解したようで、競技会場が当日物凄い歓声に包まれることを危惧しながらも、方法としてはアリだろうとの結果に落ち着いた。
ショットガンを使う競技ではないため、『バルトガンショット』のように音を大きく変化させる方法が今のところみつかっていない。
本番補正が俺を包み込んだ場合、悪い方向へと俺を導く可能性も大いにあり得る。
でも、目を瞑るかどうかは別として、3Dイメージ記憶を駆使して、矢が突き刺さる前に矢を発射するば、飛躍的にタイムを縮め成功率を上げるということだけは2人とも意見の一致を見ている。
あとは、音の捉え方や発射タイミングを一定にするための方策だけが残った。
数馬はまた、練習中の俺を放り出して寮に帰り、何とか方法を探りだしたいという。
またか・・・。
でも数馬なら俺のリクエストに応えるべく、色々と方策を練っていることだろうし。
俺は市立アリーナで目を閉じてどのくらいのタイムで何枚の的に当たるか練習を試みていた。
そりゃ、俺だって今までの9分100枚という自己ベスト記録はあるものの、他の選手は皆、もっと時間を短縮してくるだろう。
ただ、現状のトレーニングでは、いくら姿勢を正し的だけを見て人さし指という身体的デバイスを用いて3D記憶を加味したとしても、自己ベストを超える成績を出すことはできず、少々俺は焦っていた。
3日後、朝8時。
数馬が久しぶりに魔法科寮に姿を現した。
「見つかった?例の件」
いそいそと手を揉み尋ねる俺に、数馬は小さくOKポーズを見せる。
「たぶん。トレーニングに組み込んでみないと何とも言えないけど」
そこから4kmほどジョギングした俺たちは、紅薔薇の体育館ではなく市立アリーナに直接向かった。数馬的には、体育館で校内の皆に見せるのが恥ずかしいのかと思ったら、他国の選手たちに情報が流れるのが嫌だという。
え、スパイ紛いのことしてる人、いるの?
「たくさんいるよ。魔法科にもいるし、普通科にだっている」
「そうなんだ、知らなかった」
「市立アリーナは普通のギャラリーが多いからね。こっちの顔すら解って無い人だって多いだろ?」
「そりゃまあ」
「で、僕の考えを歩きながら聴いてくれよ」
そういって、数馬は自転車を降りて引きながら、走っていた俺はウォーキングにシフトした。
「人さし指をデバイスにするということは、右手しか使えないということだよね」
「確かに」
「で、海斗の感じる発射の重圧も人さし指が一番感じるわけだ」
「そうだな」
数馬は自分手もちのショットガンを着ているコートの右ポケットから出すと、俺に説明して見せた。
「この先っちょが人さし指と仮定して」
ショットガンを的に当てるように真っ直ぐ構える数馬。
「ねえ、海斗。的に当たると新しく出てくる的はいつも同じ場所になる。だから、速ければ速いほど、1枚撃てる時間は短縮される計算になる。1秒未満で射的することも不可能ではなくなる」
「理論的にはそういう計算も成り立つってことだ、俺の言った通りじゃないか」
「君の理論より的が出る時間は速くなると思う。それを勘案して、時間を刻むバングルを作ってみた。大会事務局に了承はとってる」
「どうやって了承とったの」
「時計です、って」
「時計じゃなくて、それはストップウォッチでしょうが」
「なにそれ、そんなものはこちらの世界にはないよ」
「え、ないの?」
「うん、ない。それよりほら、試してごらんよ」
数馬と俺の考えが一致を見た。
でもさ。
1秒未満で1枚の的を射抜くなんて、それも100mも離れてる的に当てるんだぞ。
いくら時を刻む魔法をいれたところで早々上手くいくわけもないんだけどね。
でも隣では、フンフンと鼻歌を高らかに歌ってるサポーター殿がいる。
俺は、肩を落としてはあーっと息を吐きだすと、その時間を刻むバングルとやらを右手に嵌めた。リアル世界にあるようなお洒落なものではなく、腕時計のような、手首にしっくり来るよう金属でバンド止めしている感じで、着けていても重くはないしじゃらじゃらしないので、さほど邪魔にはならない。
数馬が数日前に俺の手首が何cmあるか計ったのはそのためだったか。
自分の腕時計を俺に見せ、今何時何分だか数馬は確認する。
数馬の時計は10時ちょうどを指していた。
そして俺に早く演武を行うようにと指示した。
とにかく、いつもどおりではなく目を瞑って的を射るよう、サポーター殿の命令通りに円陣の中に入りいつもどおり足から姿勢を正して目を瞑る。
汽笛の音と同時に、俺は第一の矢を放った。
するとすぐに右手のバングルからリン、と1回ベルが鳴る。
おっと、ここで発射か。
ベルに後押しされるように、第2の矢を放つ。遠くで的に刺さる音、手前ではバングルからのベルの音。
どちらも聞こえてきて何か紛らわしい感じもするのだが、とにかくベルに合わせて人さし指デバイスから矢を放つことに終始した。
それにしても、音だけを頼りに集中すると疲れが早く来るのは確かで、姿勢にも敏感にならざるを得ない。『バルトガンショット』はある意味スピード勝負で少しくらい姿勢が崩れても何とかなる。姿勢が良いに越したことはないけれど。
でも『デュークアーチェリー』は元々の姿勢が良くないと俺の場合、的に当たらない。逍遥のように姿勢が少しくらい悪くても的にねじこんでいくような魔法力を俺は身に着けていないから、少しでも姿勢に気を遣わないといけない。
汽笛の音が鳴って練習が終わった。
さすがに、10分以上目を瞑っているのは辛いものがある。
今までの練習よりも時間がかかっているのは確かだと思う。
俺は溜息を自分の中に溜めこんで、数馬の前に着くと一気に吐き出しながら聞いた。
「タイムは?」
ちょっと機嫌が悪くなりかけた俺の近くで、数馬がほくほく顔を見せる。
タイムは決して良くないはずなのに。
なんだ、この笑顔は。
「僕と君の理論は正しいことが証明されたね」
?
「何分かかった」
俺がぶっきらぼうに数馬の目をみると、数馬はほくほく顔を崩さないで俺に向かって答えた。
「8分」
「嘘だろ、そんなに速かった?自分では随分遅く感じたけど」
「時計は嘘を吐かないさ、ほら」
見せてもらった数馬の腕時計の針は、10時8分をさしている。
「なんでだろ、かなり遅く感じたけど」
数馬の表情は、さっきのほくほく顔からきりりと真面目な顔に変化する。
「最後の方はやっつけ仕事にみえた。姿勢も悪くなりかけたしね。モチベーションの問題かな」
俺はだらりとしたまま、壁に背中をつけて少し長くなってきた癖のある髪をむしゃくしゃとかき上げた。
「目を瞑ったまま10分もいたらしんどくて、目ぇ開けたくもなるわ。『バルトガンショット』は短期決戦型勝負だしクレー発射音がはっきり聴こえるからモチベーションも上がったけど」
数馬はふんふんと俺に感想を求めながらメモを取っている。
「そうか、バングルや音はどうだった?」
「バングル自体は邪魔には思わなかったけど、矢が的に突き刺さる音とベルの音は不協和門に感じられてさ。モチベーションが下がる切っ掛けにもなる感じがした」
俺の腕からバングルを外した数馬は、別のバングルをバッグから取り出すと俺の右手首に付けた。
「これは鍵盤の音だから、ベルよりは聴きやすいと思う」
そして俺はまた円陣に放り出され、練習が始まった。
汽笛の音が俺の耳に鳴り響き、練習開始。
今度は鍵盤の音がする。
これは、ドレミでいうところの「ファ」かな。決して高い音階ではない。高いと不協和音になる。が、低すぎると今度は聞き取れない。
モチベーションは、どうにかこうにか最後まで維持できた。やっつけ仕事はしてないつもりだ。
結果、先程よりも1分速いタイムで演武を終了した俺は、数馬じゃないけど段々とほくほく顔になっていく。
でもほんとに、このバングルで戦っていいのかな。
なんか俺だけフライングしてみんなの前を独走してるような気がするのは気のせいか。
すると横で数馬が誰に話してんだかわかんないような独り言を言ってる。
「みな禁止薬物飲んだり、禁止魔法を自分に掛けない、その代わりに、戦略には相当な力を入れてくるはずだ。それに備えるためにも、戦略を練りに練ることはとっても大事なんだ」
禁止薬物、禁止魔法。
そうだよな、一生に一回のビッグタイトルともなれば、誰に何があってもおかしくない。
タイトルホルダーになるために、みな努力し戦略を練り凌ぎを削りながら前を目指していることだろう。でも『デュークアーチェリー』は残念ながら両手撃ちは認められていない。
このビッグタイトルはまるで椅子取りゲーム。
自分が椅子に座るためには何だってあり。
GPFの時のように周囲を追い落としてまでも自分がその席に着こうとする者まで現れないとも限らない。
このバングルは大会事務局が認め、数馬は戦略としてバングルを使用しているに過ぎないのだから、俺が心配することではない。
「数馬。あと1回だけ練習するわ。ただ、同じ姿勢でほぼ動くことができずに7分間も目を閉じてるのは至難の業なんだ。何かいい方法あったら教えてよ」
「OK。海斗」
俺はもう一度円陣の中で姿勢を正し目を閉じると、ソフトのスイッチを静かに押した。
世界選手権-世界選手権新人戦 第9章
次の日の朝、数馬が用意してきたのは黒の手拭いだった。
「色々考えたけど、これが一番シンプルなんだよ。眼に魔法をかけることも考えたけどさ、万が一角逐起こして目が見えなくなったら大変だし」
角逐。数馬はその昔、角逐を起こした魔法の中で父親を失くしたと聞かされていたはず。その言葉を使うことすら身の毛がよだつ思いをするだろうに。
何事も無かったかのようにいられる精神力は誰よりも強いかもしれない。
「考え事はあと。ほら、自分で結んで」
「えー、俺不器用だからこういうの苦手なのに」
「僕が手伝ってあげたら、幼稚園児に負けるぞ、いいの?」
「いや、自分でやる。幼稚園児に負けるのだけは勘弁して」
手拭いは綺麗に4つに折られていて、アイロンがけでもされたかのようにパリッとしていて、清々しさを感じた。
しかし、だ。武器っちょな俺としては何とも心許無いのだが、まず目を隠して後頭部に手拭いを回し結ぶ。
案の定、数馬からダメ出しが入った。
「海斗、縦結びになってる」
「だから不器用って言ったっしょ」
「仕方ないなあ」
数馬が俺の後ろに回り結び目を一度解いてから、ふふふと笑いながら再度結んでくれた。なんで笑ってんだ?よほど俺の結び目がカッコ悪かったのか?
数馬の手伝いで、今度はきちんと結べた、と思う。
「ほら、できあがり」
俺は何でも縦結びにしてしまう。靴とか、袋を閉じるときとか。縄を閉じるときもそうだ。そういう風に身体が覚えてしまったんだろうな。
なんとも情けない話だ。
幼稚園児と一緒だってさ。
ああ、情けない。
一度俺は手拭いを外した。
何もかもが明かるく目の前に光る景色が現れたようだった。
日差しが眩しく感じられ、目を開けていられないほどだった。
そういえばこの手拭いの代用、飛行機で寝る時に使うアイマスクではダメなのか?
「数馬、アイマスクでは代わりにならない?」
「それも考えたんだけどね、あれは規格が統一されてて、大人用なんだ。君は特に頭周りが狭いというか小さいから途中で落っこちる可能性がある。そしたら気が散るだろう?」
「確かに」
「だから融通の利く手拭いが一番じゃないかという結論に至った」
俺は話を最後まで聞かずして諦めの境地に立つ。
「了解。夜に結ぶ練習するから」
そして円陣の中に入り的の方向を確認してからもう一度目を手拭いで覆う。今は練習だから縦結びでも俺としては構わないんだが、数馬は世界中旅してるわりにはゲンを担ぐというか、日本人らしい部分があるようで、的の方向に足を向けた俺に近づいてきて手拭いを結び直す。数馬曰く、世界中にそのようなゲンを担ぐ思想は多いらしく、何も日本ばかりではないと言う。
ただ目を閉じただけの方がいいのか、この手拭いを使うべきか俺は迷ったが、とにかく何でも試してみないと始まらない。
数馬に渡していたソフトを起動してもらう。
汽笛の音が聴こえると、まず俺は第一の矢を放った。すぐに鍵盤の音が鳴る。第二の矢、第三の矢と、テンポよく矢を放っていけた。
うん、これなら大丈夫だ。いける。
そう確信した時だった。
一本の矢が的から外れる音がして、俺の頭の中に失敗の二文字が浮かぶと、俺はパニックになり鍵盤の音が聴こえなくなってしまい、どちらにいつ撃てばいいのかわからなくなってきた。
結局そこから立て直すことができずに、100本中55本、時間は最終の15分という稀に見る惨敗状態の記録となってしまった。
最終まで時間がかかったのは初めてのことで、俺は悔しがると言うよりも、この戦法が上手く機能していないことを身を持って思い知らされた。
「なんでかな」
俺は凹み、口数も少なくなった。
数馬はしばらく今までメモしてきたノートに目を落とし、考え込んでいた。
5分くらいの沈黙が流れただろうか。
「目を閉じるのは止めよう」
数馬の口から出たのは、練習を重ねる、ではなく戦法を変える、という選択だった。
「バングルで音を感じることができるからそれに従い前を向いて矢を放つ。目を開けた状態でもう一度挑戦しよう」
俺はすぐに円陣に入り姿勢を正し、汽笛の音を待った。
第一の矢を放った。すぐに鍵盤の音が鳴る。第二の矢、第三の矢と、今度も途中まではテンポよく矢を放っていけた。
だが、中盤の50枚あたりから疲れからくるのかメンタルの問題なのか、アリーナ内が暗く見えてきて鍵盤の音も聴こえなくなってきた。テンポが崩れると身体に力が入ってしまい、鍵盤に頼り切った射撃をしていたことが仇となり射的の回数が減ってしまった。
自己ベストどころか80枚を割り込む状況となってしまい、最後にはもう涙で的が見えない状態になってしまった。
「うーん、タイミングがずれてきたね」
俺の足がカタカタと音を出して震えてきた。自分で足を抑えようにも、震えが止まらない。
「もうダメだ、試合まであと少ししかないのに」
「落ち着いて、海斗」
「もうダメだ、こんなんで落ち着いていられないよ」
と、後頭部に立て続けに3発、平手打ちが飛んできた。
「いでっ」
「落ち着けっ」
数馬の目が、悪魔に近づいてる。
俺はどーっと流れる涙を腕で抑えながら、数馬の顔を見た。
「まず、3D画像の構築からやり直そう。バングルを外してフラットな状態に戻す。最低でも5位につけるように」
それでも、俺の涙が収まるまで、数馬は何かできないか考えているようだった。
10分程たち、ようやく涙を出しきった俺はソフトを使った練習を再開した。
“基本からやり直す”
俺に告げた数馬の言葉を念頭に置き、良いイメージを考えながら円陣に入り足を肩幅に開く。サトルの姿勢を真似て背骨を真っ直ぐに伸ばし、振りかぶった右腕を徐々に下げながら、60度ほどのところで留める。
これで準備OK。
汽笛とともに、第一の矢を放ち、ドン!と的に当たった音とともに第ニの矢を放つ。その繰り返しで11分で98枚。
やり直しの第1試射としては充分だった。
ここで、3D画像を頭の中に落とし込む作業を加えていく。
まず、準備段階の姿勢。
これは大切。
俺の頭の中にはサトルの姿勢が浮かぶ。ここは真似させてもらって背筋をピンと伸ばしていこう。
次に、右腕の位置。
これは60度に固定。それより上になっても下を向いても俺の場合は的に当てられなくなってくる。
これも、3D画像化して頭に叩き込んだ。
あとは、汽笛の音とともに発射する第一の矢。少し宙を舞うかのように上向きに飛ぶが100m先の的にドンピシャリで刺さる。
以降、その繰り返し。
姿勢が崩れないように気を付けて、テンポを一定にするよう、的に当たった音が確認できてから人さし指デバイスで矢を発射する。
時間ではなく精度を上げていくことを目標にし、98枚からアップしなかった射的を3時間くらいかけて99枚まで到達することに成功した。
ただし、時間は11分かかっていて、そこから早くも遅くもならない。
焦りが頭をもたげる俺だったが、数馬は今のところは11分でいいという。
数馬の言葉を信じ、射的枚数100を目指して何度も練習を重ねる。
夕方になりアリーナ内の照明が付くころには的が見えづらくなってきたが、ようやく目指す100枚まで到達した。時間は11分のまま。こればかりは仕方がない。
右腕がパンパンになっているようで、ちょっとヒクヒク。
数馬はその場で俺の右腕を掴むと揉み解し、右肩もついでにマッサージしてもらった。
ああ、なんとか射るタイミングが復活してきた。
やはり目を瞑るなどという芸当は『デュークアーチェリー』には向かないのか。
俺としては、目を閉じ神経を集中させれば、記録更新できるような気がしてたんだが。集中の仕方が悪かったというか、集中しないまま目だけ閉じたからあんな失態晒す羽目になったのか。
とにかく、朝から晩まで走り込みと午前中2セットから3セットを『バルトガンショット』の練習にあてて、それ以後は夕方になるまで『デュークアーチェリー』の基礎練習で100枚射的できるようにしていくことが何セットもかけて続けられた。
頭の中に3D画像を叩き込んだことで、練習時も身体に力を入れることなく射的することができるようになっていった俺。
やっと気が楽になってきた。あとは、射的時間を短縮していくだけ。
でもこれが厄介で、1度タイミングがずれればまた同じことの繰り返しになるのではと恐れる俺がいた。なら、11分のままでもいいかな、なんて。
しかし、そこは鬼のサポーター数馬が許す範囲ではない。
段々と射的時間を短くしていくには、的に当たったことを確認してから次の矢を発射していては前に進めない。
数馬はまた、別のバングルを俺に持ってきた。
それは時間調整が可能なモノで、最初はドン!と音がしてから発射するまでのだいたい5秒くらいに時間を合わせ、鍵盤とかの音ではなく腕にピリッと電気が走る、まるでスタンガンのような仕組みのバングルだった。これなら周囲の音に惑わされず、的を射た音と干渉することもなく俺の右手だけに時間を知らせてくれる。
早速そのバングルを嵌めて、最初の射的をしてから5秒後に次の射的を始めることで数馬との折り合いがついた。
時間は短縮されることは無かったが、枚数は100枚。
しばらく射的時間を5秒に合わせて練習を重ね時間を調整してみる。的を見ながら第一の矢が的が当たった直後に第ニの矢を放つことになる。
少し時間的に反応が遅れることはあっても、射的枚数に変化がなければそれでいい、というアドバイスが数馬からなされていた。
俺は的を見たまま、ピリッとくる合図とともに射的を始める。
4セットほど練習したときか、時間が3分も短縮され、その後の練習では8分をキープすることができた。
あと少し、8分を切れば自己ベストを大きく更新だ。
だが、8分の壁を破るのは容易ではなかった。何度挑戦しても8分台にしか乗らない。
姿勢が悪いわけじゃない、腕の位置が悪いわけでもない。足の幅もちょうどいい。
なのになんで。
俺には8分の壁は破れないというのか。
はは・・・これが俺の実力ということか。
俺はアリーナ内の床ににペタン、と膝をついた。
躓いたまま、もう動けなくなるのではないか、そんな思いが身体全体に広がっていき、今は立つことすらままならない。実際には立てるんだろうけど、心の中はもう、ボロボロになっていた。
誰か、誰か助けて。
精神的にも肉体的にも、俺にはこれが限界だった。
でもその時、なぜかサトルの言葉を思い出した。
『海斗は昔から考え過ぎのところがあるよね、一度フラットにならないと。見えるモノも見えてこないよ』
考え過ぎることを止める。
一度フラットになる。
外野から俺自身を見つめるということか。
そうすれば、見えるモノがあると。
限界に挑戦して、もう俺の中では終わったと思っていたが、これが限界なんて誰が決めたんだろう。
そうだよな、おれはまだ中間点にいるのかもしれない。いや、まだまだ始まったばかりかもしれない。
限界を決めるのは俺の心じゃない。
俺は立ち上がって膝付近の埃を払い落した。夕暮れが迫っている。次の1回が、アリーナでのラストの練習。
もう一度、3D画像をイメージ化し、頭に叩き込んで円陣の真ん中に立つ。
そして背筋を伸ばして右腕を振りかぶる。
目指すべきは、7分台で100枚を射抜くこと。
目を瞑りすべての神経を右手に集中させ、汽笛を待つ。
汽笛と同時に目を開け矢を放ち、的に当たる寸前でバングルがピリッと鳴り、また矢を放っていくのだが、段々その感覚が掴めてきて、バングルが動くと同時に矢を放てるようになってきた。もちろん、的から外さないことが絶対条件だが。
ラストの成績を確認すると、驚いたことに若干ではあるが7分台を割っていた。
7分55秒。0.05秒でもいい。俺の限界点がまだ先にあることがわかっただけでも今日の練習には意味がある。
「明日からバングルの感覚を3秒にシフトするから」
数馬の言葉に大きく頷いた俺は、アリーナを出ると遠くに広がる夕焼け雲を見ながら帰り支度を始めた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
気を良くした俺が寮に戻ると、聖人さんが濡れたタオルを持って廊下を忙しなく歩いていた。
「どうしたの、聖人さん」
「ホームズが何回も吐いて。今日の朝晩の飯はほとんど吐いた」
「えっ!」
ドドドと廊下を走って自分の部屋のドアを開けると、暖かな空気が外に漏れた。聖人さんがガスヒーターを俺の部屋に持ち込みホームズが寒くないようにしてくれてたのがわかった。
どこから持ってきたんだ??
「宮城の家。向こう畳むことにしたから。色々な物があってな、ヒーターもそのひとつだ。だから遠慮することは無い」
「ホント?」
「ああ、他にも片付けないといけない荷物がたくさんあるんだけど、新人戦が終わってからにするわ」
「ホームズ、大丈夫かな」
「水は飲んでる。飯は袋入りのペースト状のモノなら大丈夫かもな。ついつい、缶詰めのエサ食わせちまった」
「食べたそうにしてた?」
「ああ、その辺は大丈夫」
俺は聖人さんに何回も礼を言い、タオルを受け取って部屋に入った。ホームズのベッドが汚れていて、ホームズ自身も聖人さんにシャワーで洗われタオルで拭かれたのか濡れていて、必死に自分で毛繕いしてる。
ホームズはもう綺麗にしてもらったので、俺は猫ベッドの汚れを濡れタオルで拭きながら、あと何枚かタオルを準備しないといけないな、と部屋の中を探し回った。
ない。
タオル、買ってこないと。
でも、俺の練習が終わって寮に戻る頃には、もう安売りのスーパーは店を閉めている。生憎知り合いは皆、新人戦に出場するから、聖人さんにしか頼めない。
聖人さんだって本来は逍遥のサポートに就いてるはずで、こうして面倒をみてもらっているのが申し訳ないくらいだ。
俺は自己嫌悪に陥る。
なんで聖人さんにお願いしてんだろう。
絢人あたりに面倒見てもらうことはできないだろうか。
「心配要らねーよ」
聖人さんが部屋の入口に立っていた。
「逍遥のサポートはしてる。透視と離話できりゃサポートしたも同然だろ。あいつは近くにいてガミガミ言われるのが嫌いだからな。離話はしたくなきゃ放置すればいいだけだから、あいつの性格に合ってんだよ。とにかく、大会始まったら動物病院のペットホテルに預けることも決まってるし、新人戦終わるまで安心して練習に励め。もっと記録更新しなきゃ上には行けないぞ」
聖人さん・・・。正直すぎるのも、たまに自分で自分の首絞めるときあるよ・・・。
「なんで知ってんの?」
「う・・・」
聖人さんが黙り込む。やっぱり。こりゃ、なんかある。
「実はな、たまーにホームズがお前を透視してんだ」
聖人さん、そういうときは自分が透視してた、って嘘吐くのが得策ではないのかい?もっとも、俺の怒りは、聖人さんではなくホームズに向いた。
「ホームズ!魔法使うなって言っただろ!なんで透視してんだよ!」
すると、今まで息も立てず眠っていたホームズがむくっと起き上がり、俺の方を見る。
みるみるうちに目の色が変わり、聖人さんの前だと言うのにホームズの目はオッドアイになった。
「新人戦に浮かれるな。近い未来に嵐が巻き起こる。今まで経験したこともない嵐だ。皆で協力し合わなければ、近代魔法は滅ぶ」
それだけ言うと、ホームズは目を閉じ倒れるようにベッドに崩れ落ちた。俺は慌ててホームズの身体を触る。よかった、まだ息してる。
「何言ってんだよ、ホームズ」
聖人さんが手を出して俺を制した。
「ホームズの予知だ、海斗。なんかマズイ事態が起きる」
前にも思ったけど、聖人さん、最初からホームズの力、解ってたんだ。それでも俺には言わなかったんだね、何も。
いいよ、そう決めたのなら、俺は何もかも受け入れるだけ。
「ねえ、聖人さん、“新人戦に浮かれるな、近い未来に嵐が巻き起こる”って新人戦の前後ってことかな」
「かもな。コイツの言ったことは外れたことがないと聞く」
「一緒にいたの?」
「会ったことは無い。ちょうど3年前くらいじゃないか、逃げ出したの。いや、もっと前か」
「数馬のお父さんが殺された直後に逃げ出したんでしょ」
「その辺は詳しく知らないけどな、俺もああいう出来事あって部隊の中じゃめちゃくちゃだったし」
そうだった、聖人さんは義母殺人犯として疑われた過去がある。
俺はホームズの予知が最大級の危険だと知り、震えが全身を覆った。手も足も、歯もガタガタ震えていた。
「大丈夫だ、海斗。このことは魔法部隊に知らせておく。ホームズの予知となれば、魔法部隊はガセネタだとは思わないだろう」
「そうなの?」
「海斗、このことは絶対に他の連中には話すな。心の壁を2重3重にしろ。ホームズが予知したとわかったら、日本中が大パニックになる」
聖人さんはそこで離話していて、どうやら魔法部隊に今しがたホームズがおこなった予知を報告していたようだった。一方、もじもじしながら聖人さんを引き留める俺。
「お願いがあるんだけど・・・今晩、一緒にいてくれる?」
「お前、弱カスだなあ」
「怖いものは仕方ない」
「まあ、いいさ。ホームズの世話の延長線上と言うことで特別に」
その夜、聖人さんには床のマットレスの上で寝てもらい、俺は久しぶりに自分のベッドに疲れた身体を横たえた。
数馬が言ってた。ホームズは夢を渡る、って。
まだ俺の夢に出てきたことは無い。
いつか俺の夢にも出て来てくれるんだろうか。
夢に出てきたら、いっぱい、いっぱい話そうな、ホームズ。
翌朝。
暖かい部屋で目覚めた俺はいつものように横にいるはずのホームズのベッドを見ようとして、床に転がってしまった。
「いでっ」
その声で聖人さんは目が覚めた様子だった。
眠らないまま夜を明かし、ホームズが発した予知を多岐にわたって検証しながらどんな嵐が巻き起こるのか魔法部隊との調整を進めていて、ほとんど睡眠をとっていないのだと言ってた。
やはり、魔法部隊にとって聖人さんは必要な人間なのだ。今春からの部隊復帰に向け着々と準備は進んでいるように思われた。
「ごめん、起こして」
「いいって、お前が出掛けたらまた寝るから」
「ホームズのこと、よろしくね。魔法つかわないように釘さしておいて」
「了解」
俺は数馬とのトレーニングに出掛けるため、ジャージに着替えて大会事務局から配布された中綿入りジャンパーを羽織った。
日本という国を背負って試合に臨めという暗黙のプレッシャー。
俺のメンタルがどこまでついていけるか。
その前に、記録更新するためにあの2種目を完成形に導かなければ。
ジョギングとストレッチ、そして朝のコーヒーを飲んだ後は紅薔薇のグラウンドで『バルトガンショット』の練習で汗をかく。100個のクレーを撃ち落とすのに要した時間は4分を切り、3分50秒ほど。記録は順調に更新されている。
問題は、午後から始める『デュークアーチェリー』だ。8分台はなんとか脱したが、もっと早く射的しなければ、記録を更新しなければ上位には食い込めない。
数馬が昨日言ったバングルの秒数を3秒に短縮する練習がどうでるか。
鬼が出るか蛇が出るかと言った心境で、右手が急に冷えてくる。
市立アリーナに着くと、数馬はバングルを調整して俺の右腕に装着した。
ここでも、一義的に大事なのは100枚の的を正確に射抜くこと。秒数はその後の問題だと数馬は俺の肩を叩く。
よし。心の準備はできた。
円陣の中に入ってソフトのスイッチを入れてもらう。
汽笛の音とともに、第一の矢を放つ。矢が的に届く前にピリッ、と手首に刺激が走った。そこで第二の矢、第三の矢、次々と矢を放つよう手首で催促するバングル。
約2秒違うだけで随分と速さが違うようにも感じたが、とにかく遅れてもいいから的に当たるようにと試射していく俺。
姿勢の方は3D記憶でサトルの綺麗な立ち姿を模写しているので大丈夫。
あとは、3秒ごとの試射に早く慣れることだ。
最初の試射は、3秒の速さについていけず、7分で99枚。
時間こそ短縮できたが肝心の射的枚数が1枚欠けた。
次からは正確な射的に終始しながら、3秒ごとの試射を繰り返す。
何セット行ったただろう、ゆうに10セットは練習を行ったと思うのだが、ようやく射的枚数が100枚で、所要時間が6分を切り5分40秒まで記録を更新することができた。
ほっとする俺。
数馬も同様にほっとしているようだった。
「3時のコーヒータイムが終わったら、あと5セット練習しよう」
1日に10セット以上続く『デュークアーチェリー』の射的。
このところはタイミングを崩すことなく順調に記録更新できている状態で、俺の精神面もようやく安定してきた。
下手に目を閉じたりせず、リズミカルに試射していく方向に舵を切ったことでここまで変わるものかと、俺は内心驚きを隠せないでいた。
その日の最後の試射では、5分で100枚の射的に成功し、俺はプチガッツポーズ。
数馬もその成績には満足したようだった。
「海斗、今日のは良かった。明日から2秒で試射してみよう」
どんぐり眼で数馬を見る俺。
「そんなに速く撃てるってか、的に当たらないんじゃないか」
「実験だよ、どこまで短縮できるか」
「実験行ってる場合じゃないと思うけど」
「射的枚数が減る様なら実験は止める」
翌日の午後、市立アリーナに向かった俺たちは早速バングルの調整をおこなって練習に入った。
2秒ごとに発射する矢。は、速い、速すぎる。
ちょっと射的の枚数に乱れが出たが、5セットも練習しているうちに、試射そのものはリズミカルに撃てるようになってきた。あとは、射的の枚数を100枚に近づけるだけ。
驚いたことに、俺の右手人さし指は、速ければ速いほどリズムを巧く刻んでいくらしい。いつの間にか射的の所要時間は4分を割り込み3分台後半にまで短縮されていた。
「よし。この速さでいこう」
数馬の言葉にただただ頷く俺。
こういった戦略もあるんだな、と。
新人戦が始まる3月下旬まで練習すれば、もっと射的の確率はあがるはずで、一体何分まで記録を更新できるのか俺自身も楽しみになってきた。
本番補正でいくらか記録が落ち込むことを考えたとしても、まずまずの結果を残せるような気がした。
世界選手権-世界選手権新人戦 第10章
2月下旬。
俺が『デュークアーチェリー』でへぐり初歩的な部分から練習を余儀なくされていた頃、世の中では魔法大会のビッグイベント、世界選手権が開催の運びとなり、外国からも続々と選手団が来日していた。
俺は朝から晩まで自分のことしか考えられない時期だったので詳しくは知らなかったのだが、この世界一を決める戦いには世界中から総勢100人ほどがエントリーしていたらしく、試合も予選ラウンドから始まり決勝ラウンドへ進めるのは20名ほど。
100人ものエントリーで練習場の確保が難しく、県の競技場や市立アリーナ、各大学の施設なども時折予約が取れない状態になっていた。多くの外国人が神奈川以外に練習場を求め、東京あたりでグラウンドを借り上げトレーニングに当てていると聞く。
ま、『プレースリジット』も『エリミネイトオーラ』も屋外で行われる試合形式なので、ちゃっかり俺は市立アリーナの屋内で『デュークアーチェリー』の練習を毎日させてもらっていたけど。『バルトガンショット』は紅薔薇のグラウンドを優先的に使用できたし。
それでも、午前中は紅薔薇のグラウンドで『バルトガンショット』を練習していたにもかかわらず、グラウンドにいたはずの先輩方の練習風景を見た記憶がない。自分の練習が終わるとすぐに市立アリーナへと移動していたこともあるだろう。
自分のことで手一杯だった俺は、他の人の練習を見学する余裕すら無かったんだと思う。
今も技術的に余裕があるわけじゃないけど、『プレースリジット』と『エリミネイトオーラ』に出場する先輩方の雄姿を見学しておきたいと思う。
俺自身の練習時間を削るのは数馬が許さないのだが。
でも試合当日なら「今後のための見識」と願い出ることは可能かもしれない。
現1年は、来年からは世界選手権の方にエントリーされるよう新人戦後は練習を積むわけだから。
俺は数馬の顔色を窺いながら、先輩方の予選ラウンドと決勝ラウンドどっちも見学したいなーと思っていた。だって、日本から出場するみんなが決勝ラウンドに残れるとは限らないし。
新人戦だって同じで、100人前後の精鋭がここ、横浜に集結する。
新人戦と言えば、ホームズの予知でそのころにドでかい嵐がやってくるらしい。近代魔法が滅ぶとかいってたから、まさか天候のことじゃないだろう。
どっかの誰かが争いを仕掛けてくると考えるのが常套だ。
日本に?それとも新人戦に?
また争いかよー、俺、そういうの苦手なのに。
でも、その時が来るまでは心の壁に魔法を重ね掛けして誰にも知られないようにしなくては。数馬に言わせれば、ただでさえ俺は口が軽いらしいから。
ホームズが予知した時、聖人さんと約束した。試合が終わるまでは絶対に口外しないと。魔法部隊から箝口令が敷かれたということもあり、第1級の秘密事項として魔法部隊内でも扱われているようだった。
もし、何か異変が起きたら魔法部隊が動くらしいから俺たち高校生は安全地帯に逃げ込めばそれでいいと聖人さんは言ってた。
心配な事柄ではあるが、俺一人が考えてもどうしようもないし、下手に知られて皆に不安を与えないよう気を遣っていかなければ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
今日も市立アリーナでの練習が終わり、俺は数馬と別れて寮へと急いだ。
俺たちのホテル入りは3月半ばだから、それまでの期間はホームズと一緒に居られる。
聖人さんに今日のホームズの様子を聞いたあと、風呂に入って、体幹矯正してからホームズと寝る生活が続いた。あれ以来、ホームズは魔法を使っていないという。
余程あの予知で疲れたのか、もう体力が残っていないのか、この頃は鳴く回数も減り寝てばかりいる。
ただ、少量ではあるがペースト状のご飯を食べることは食べているし吐くことも無くなったと聖人さんから聞いているので、その辺だけは安心しているのだが。
俺はホームズの頭をそっと撫でながら小さい声で呟いた。
「ホームズ、もっともっと一緒にいような」
するとホームズはそっと目を開け、小さな声で「ニャウ」と鳴く。まるで「そうだな、海斗」と言われているような気がした。
翌日も、俺のトレーニングや練習メニューは今までと変わりなく、朝は走り込みとストレッチ運動。午前は紅薔薇グラウンドで『バルトガンショット』を、午後は市立アリーナで『デュークアーチェリー』の練習を行っていた。中学校のグラウンドは主に外国から来日した選手たちに抑えられたため、夜も走り込みの時間に充てた。
今までよりも練習時間そのものは短くなったが、寮に帰ってから体幹を鍛えるためにバランスボールが不可欠要素となっているので心配は要らないと思う。
数馬からは最後の1か月間、筋力をつけるスクワットも提唱されたが、副作用ともいうべき筋肉痛は今の俺の動きにメリットがないと言うか、別にムキムキになる予定もないし、スクワットですぐに筋力をキープできる状況でもない。
それよりも筋肉の痛みは結構辛くて、思うように身体が動かないのは俺にとってのデメリットポイントになりかねないので、数馬の提唱は言葉だけ有難く頂戴することにした。
その代りに、バランスボールに乗る時間を増やすことで数馬と意見の一致を見た。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
世界選手権の予選ラウンドが2月末から始まった。
今年から新人戦を同地で組み込んでいるため時間が押してしまったのだろう、公開練習は行わないことが明らかになった。
俺にとっては公開練習見るだけでも参考になるのだが、大会運営に支障をきたすとあっては非公開練習のみでも仕方があるまい。
男子の代表は紅薔薇高校から2人、白薔薇高校から1人。女子は紅薔薇高校から1人で白薔薇高校から2人。
『プレースリジット』では男女100人のエントリー者が20人ずつ5つのチームに割り振られ、各チームごとに合計100体も出てくるファシスネーターと呼ばれるスーツを着た人造人間のレプリカも入れ総勢120人で互いにショットガン片手に30分間の撃ちあいを制していくわけだが、ショットガンは3段階の攻撃魔法「バルス」「メガ」「マージ」を撃ちこむことができ、生身の人間に対しては一番弱い攻撃魔法「バルス」を一度だけ胸に撃ちこめばOK。まず間違いなく気絶する。
ただしファシスネーターはちょっとやそっとの魔法では倒れてくれない。ゆえに魔法も「バルス」では足りず、「マージ」を撃ちこめば倒れるのだが、ここが問題で、ビル間からたまたま人間同士が顔を突き合わせてしまった時、驚いて「マージ」を生身の人間に撃ちこんでしまうと気絶だけでは済まされなくなる。よくて大怪我、最悪相手を魔法使用不可能な植物状態にすることもあり、防御魔法や透視魔法などを駆使しながら魔法の選択を誤らないようにしなければならない。
もちろん、生身の人間に対する故意のオーバーアクションは、どういった理由があろうと一切認められておらず、大会事務局による判定で故意と認められた場合、即刻退場、学校は退学、魔法師資格はく奪という厳しいルールがある。
ファシスネーターは動くカメラの役割も果たしており、事故に見せかけた故意の射撃を取り締まるためにも必要とされているのだという。
毎年大怪我をする人間が出る割に競技そのものは無くならないんだな、と俺は思っていたのだが、もしかしたらこの競技は実戦経験のない高校生が実戦モドキの射撃を行うことにより万が一の事態に備えた訓練を兼ねているのではないかと思うようになった。
そう思えば競技の開催も解るし、その功績も計り知れないものとなる。
だからこそ、スキルを兼ね備え選抜された学生だけが出場を果たすことができるのだろう。
さて、今年の予選ラウンドが始まった。
数馬は見学させてくれないだろうと思っていたら、ことのほか俺の練習態度や練習結果が良かったというご褒美で、各種目の予選ラウンドと決勝ラウンドは試合中に限り休みをもらえることになった。
俺は『プレースリジット』予選ラウンドの日、朝は通常のジョギングをこなしたが、午前9時から始まる『プレースリジット』を数馬と一緒に見学するため紅薔薇のグラウンドを出て国立競技場へと足を向けた。
予選ラウンド第1ゲームでは、沢渡元会長が20分程の時間で119人全員を振り切り気絶させ、ダントツ1位でゲームを抜け出した。
なんとも速い身のこなし。使う魔法もことごとく大当たりで次々と他の学生やファシスネーターをバッタバッタと倒していく。
数馬は沢渡元会長があまり好きではないのでしらけたような顔つきでいたが、俺はもう特大モニターを見ながらの応援で大騒ぎしていた。
予選ラウンド第2ゲームでは、光里会長が出場した。元々GPSの『プレースリジット』にエントリーしていたこともあり、見事な策戦とこれまた秀逸な動きで30分の激闘を勝ち抜き、決勝ラウンドに駒を進めた。第2ゲームで予選ラウンドを通過した学生は5名。
さすがは光里会長。
両手撃ちが冴えている。
白薔薇高校の白鳥さんは予選ラウンド第3ゲームに登場。だが、運悪くファシスネーターに見つかってしまい防御魔法をかけるも「バルス」攻撃が一瞬早く胸に当たり気絶してしまった。
?
そんなら試合開始直後に防御魔法掛ければいいのに。
俺が単純に考えそうなことだと数馬は思ったらしく、隣で笑いながら説明してくれた。
「防御魔法は、一度かけてから時間が経つと効力が薄れていくんだ。だから重ね掛けが必要なんだけど、余りに重ね掛けが過ぎると動きが遅くなる。1対1の対戦にしても、こういう対戦形式にしても、身体が重いのは得策ではないだろう?」
「それでギリギリまで防御魔法をかけないというわけか」
予選ラウンド第3ゲームは20名皆がファシスネーターの前に屈してしまい、決勝ラウンド進出者は0名だった。この中には、白薔薇の弥皇さんも入っていた。
予選ラウンド第4ゲームでは、7名の学生がファシスネーターから逃げ回り決勝ラウンドへと進出した。でも白薔薇の七尾さんは途中でファシスネーターに捕まって予選通過ならず。
予選ラウンド第5ゲームでも7名の学生が堂々とした射撃術でファシスネーター100体を全部倒し、決勝ラウンドへと進出した。女子の三枝先輩が健闘していたが、ファシスネーターの威力は物凄い。最後の最後で、ファシスネーターに見つかってしまった。残念、三枝先輩!
結果、『プレースリジット』では総勢20名の決勝ラウンド出場が決まった。
俺は第3ゲーム以降、日本人の先輩がいなくなったんで上の空で競技を観ている部分もあったんだが、数馬は1人ずつ決勝ラウンドに進出した面子の顔をモニターで確認して、ノートにメモしていた。誰か知った顔がいたのかもしれない。
そうだよね、数馬は世界中を旅して色々な人と出会ったはず。
知った顔がたくさんいただろうし、何名か決勝ラウンドに残ってもおかしくはない。
競技は午後1時に終了した。
『エリミネイトオーラ』は明日午前9時試合開始というアナウンスを受けた俺たちは、国立競技場を出て、その足で市立アリーナに移動した。
今日は『デュークアーチェリー』を重点的に練習するという数馬。
俺も毎日練習していたので、1日でも練習しないと身体が鈍るような気分になっていた。
寮にいる聖人さんに言わせれば、「海斗は練習のし過ぎ」とのことだが、どちらかと言えば『バルトガンショット』の方が得意というか、身体が慣れている俺としては、『デュークアーチェリー』の練習を怠るとまたタイミングがずれタイムが悪くなるのではないかという危機感に捉われている。
数馬はそれをお見通しで、1日の間に少しでも『デュークアーチェリー』の練習を入れるように取り計らっていてくれた。毎日市立アリーナを自由に使えるのは、GPFで3位に入った俺自身の功績も大きいところではあるのだが。
功績か・・・。
タイミングがずれた時はお先真っ暗と言った風情で魂が抜け花が散ったような顔をしていた俺だったが、ようやくタイミングを元に戻しタイムの短縮を計れる状態まで進んだことは、喜ばしいの一言だけで片づけられるもんじゃない。
世界と戦うまでに成長したと数馬がいうとおり、俺は徐々に自信を取り戻し演武に集中できるようになっていた。
今日もソフトを使いながら規則的で速いスピードに乗り矢を繰り出す。バングルのピリッという感覚は俺の中で昇華、と言っていいのかわからないけど、より純粋で高度な技を完成させるための1アイテムになっていることだけは確かだった。
特に逍遥がそうなのだが、アイテムも使わずにどうやったらあんな規則的リズムで発射できるんだろう。聞いてみたいような気もしたが、そこは専売特許というやつで新人の世界一を決める大会前に俺なんぞに教えないだろうし、聞く気もさらさらない。
俺は、俺と数馬のやりかたで世界を目指す。
その日も夕方のジョギングを済ませてから、明日朝8時半に魔法科寮の前で落ちあうことを約束して、俺は数馬と別れ寮に戻った。
部屋のドアを開けると、マットの上に聖人さんとホームズが一緒に眠っていた。ホームズがベッドから抜け出て人と一緒に眠っているのを見るのはこれが初めてだった。
俺は聖人さんとホームズを起こさないように抜き足差し足で部屋に入り、ガスヒーターで暖められた部屋の中、軋む音がしないよう自分のベッドに静かに腰かけた。バランスボールに乗ってもシャワーを浴びても何をしても起こしてしまうような気がして、ゆっくりとベッドに身体を横たえる。
起きているつもりだったんだが、さすがに毎日の練習でオーバーワーク気味になっていたんだろう。そのまま寝落ちしたようで、目が覚めた時には聖人さんは部屋から消えていて、ホームズも猫ベッドに移り丸くなって寝ていた。
俺は起き上がり「ただいま」とホームズに声をかけてからシャワーを浴び、熱い湯で頭から足の先までまんべんなく洗うと、濡れた髪をタオルで拭きながらガスヒーターの前に陣取りぷるぷると頭を振りながら髪を乾かしていた。
「お帰り」
後ろから声が聞こえる。聖人さんかと思ってベッドを見ても誰もいない。
ま、まさか・・・また怪奇現象か?
「んなわけあるか、アホ」
俺に向かって読心術で話しかけていたのはホームズだった。
だめだ、魔法だけは使わないでくれ。
お願いだ、ホームズ。
何度も言って聞かせるんだが、ホームズは頑として俺の言うことを聞こうとしない。そのまま読心術を進めるホームズ。
「あと半月もすりゃお前ホテル住まいになるだろ。それまでの間だけでも一緒に話そうじゃないか」
「命を縮めるようなことに加担はできない」
「俺は今調子を崩してるだけで、このまま死ぬわけじゃない。毎日毎日ニャーニャー鳴いてさ、フツーの猫のフリも疲れんだよ」
「それでも、俺は一日でも永くホームズに生きててほしいから」
「海斗、太く短く生きるのが猫たる俺様の運命なんだ。お前は優しいからいつまでも一緒にって言うけどよ、魔法猫である俺様の身にもなってくれ」
俺はホームズが読心術という簡単な魔法を使うことでさえいい気はしなかったが、ホームズが話したがっているのにそれを無視して猫のフリをしろとは言えなかった。
「で、なんだ?話したいことって」
「まず、あのペースト状のエサ、不味い。聖人に別なヤツ買ってくるよう言っといてくれ」
「我儘だな。でもま、そうだよな、不味い飯は誰しも食べたくないもんな、結果、痩せて病気の回復が遅れる。それって本末転倒だし」
「そうだ。それから、誰もいなくなる時でも部屋のガスヒーターはそのままにしといてくれ」
「火事のリスクが高くなるからそれは無理」
「ちぇっ、寒いの苦手なんだよなー」
「毛布大目に掛けようか?」
「仕方ねえな、それで手を打つ」
ホームズは器用に前足で自分の額をカリカリと掻いている。
久しぶりにホームズらしい仕草を見たな、と思いつつも、このままでは3月いっぱい身体が持つかどうかわからないというジレンマの中、俺はホームズに暖かな眼差しを向けていた。
「眠りたくなったら言えよ、俺も隣で寝るから」
「悪いな。でも、心配いらない」
こないだの予知のことを聴いてみたかったが、また高度な魔法を使って身体や神経を消耗させてはいけないと思い、俺は何も聞くことができなかった。
「ああ、こないだの予知のことか」
だから、読心術使うなっって。
「お前が考えるから悪いんだ。あれな、新人戦終わるまでは動きがないと思うんだけどな」
「けど?」
「終わってもここにはすぐに戻れないかもしれん。俺様の病院ホテル住まいも長くなるかも」
「襲われるのは確かだろうけど、規模とかわかんないし」
「今からでも見るか?」
俺は大きく手振りを交え、ホームズを引き留める。
「もう予知はいいから。でも、すぐに魔法部隊が来るから安心なんだろ。聖人さん言ってたよ」
「うーん、微妙」
そういうと、ホームズはスコ座りしてお腹を舐めだした。
「微妙って何さ。魔法部隊来ないの?」
「わからん、としか言えない」
「ま、なんとだってなるさ、世界選手権終わったからって皆が皆さっさと国に帰るわけじゃないだろ。もう今年度の試合は無いから新人戦見てから帰る人が多いように思うけど。少しでも外国勢が残ってればこっちの手数は相当増えるわけだし」
「魔法部隊から大会事務局に待機の命令下るかもしれない。でも外国勢がどこまで助けてくれるかは疑問の残るところだな。俺様そっちにいくことできないのが残念だ」
「なんだよ、ホームズも魔法で敵の相手するつもりでいたの?」
「お前、俺を誰だと思ってる。軍隊にいたのは予知するためだけじゃねーぞ」
「攻撃系魔法使えるのか」
「あったりめーよ、お前にも教えてやろうか?」
「いや、ホームズの命縮めてまで教えてもらおうとは思わない」
俺の本心から出た言葉に、ホームズは照れ隠しのように呟く。
「あとで後悔すんなよー」
「後悔なんてしない。ホームズはまたここに帰ってきて俺と一緒に暮らすんだ」
「・・・そうだな・・・」
また急にホームズは大人しくなった。
「俺様、もう寝る」
猫の目に涙?ホームズはそっぽを向くと、猫ベッドに走りすぐに丸くなった。
俺はその姿を見て、悟った。
今は調子が悪いだけ、なんて嘘ついて。
もう身体もいうこと利かなくなってきてんじゃないのか。
だからもう、魔法を使わないでくれ。
いいじゃないか、猫として暮したって。誰に遠慮することなく平和に暮らそう、ホームズ。
その夜は、ホームズのことが気になりしょっちゅう猫ベッドに目をやっていたから、なかな寝付けなかった。
ホームズ、お願いだからもっともっと長生きしてくれ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌朝7時。
スマホのアラームがけたたましく鳴り、俺に起きろと命令してる。
連日の特訓で疲れていたのか、はたまたホームズのことを考えていて寝不足気味になったのか、俺はすんでのところで寝過ごすところだった。
なんで目覚めたかって?
聖人さんが起こしにきたんだよ。数馬が時間にうるさいって前に泣きごといれたから。
元気が良かった時のホームズは俺を叩き起こしたもんだけど、もう、その余力さえ残っていないのかもしれない。今朝も、ホームズは浅い息をしながら猫ベッドに横たわっていた。
聖人さんに礼を言うと、俺は急いでジャージに着替えジャンパーを羽織る。
シューズクローゼットから自分の靴を取り出し、履くと慌てて外に飛び出した。
もう梅春なのに、外の空気は俺の肌をさすように吹き抜けていく。
桜が咲くころまでホームズは生きていられるんだろうか。
それを思うと、なんだか涙が目に溜まってきて、不覚にもポロっと涙の雫が頬を伝う。
それから5分ほど。数馬が自転車に乗って現れた。
どうやら寝坊したらしい。
俺は手で涙の痕をふきとって「おはよう」と笑顔で数馬に対応した。
数馬が魔法科の寮に自転車を置いていく、というもんだから空いてる場所を探して自転車にロックをかけた。
数馬、自転車にロックかけるなら国立競技場まで自転車で行っても盗まれないんじゃないの、と思うのだが、数馬は頑として聞かない。
相変わらず、頑固だなあ。
「僕は頑固者じゃなくて合理主義者なの。ほら、競技場まで走ろう」
とほほ。
今日もあそこまで走らされるのか。
「体調万全にしておきたいでしょ。走るのが一番」
「わかったよ、行くから」
「よろしい」
数馬が最初に歩道へ飛びだしていく。
俺はその後を追いかけて歩道へ走りだした。
国立競技場まで、ゆうに5キロはあるんではなかろうか。
あ、ドリンク忘れた。
「途中のコンビニで買っていけばいい」
「今、なるべく金使わないようにバームドリンク作ってんだよ」
「ホームズの看病?」
「うん、大会期間中は動物病院に預けるから金掛かるし」
「じゃ、今日は僕のおごりで」
そういうと数馬はスピードを上げて俺の前に位置しながら走っていくのだった。
今日は途中コンビニ休憩を挟んだりしたから、俺たちは30分以上かかって国立競技場に着いた。もう試合開始の直前で、競技場には人が溢れていた。
俺は肩で息をするくらい猛烈に疲れていて、グラウンド前のギャラリー席に着くころには、もう記憶が飛ぶくらいヘロヘロ。
数馬はシャンとしたもので、俺の体力がないのか数馬の体力が底なしなのか今は判断もつかないくらいで、座席を探す数馬の後を追うのが精一杯だった。
特大モニターが良く見える場所に席をとると、俺はがっくりと腰を下ろした。まだ息が苦しい。いつもこんなに苦しかったっけ。今日は数馬が飛ばしたのにくっついて走ったからこんなに疲れてんのか?
数馬。もしかしたら運動神経抜群?
イケメンで魔法力高くて運動神経抜群なんて、もう王子様キャラ確定。
たまに悪魔に魅入られるけど。
宮城家でのあの悪魔のような行いを俺は未だに忘れていなかったし、俺が宮城の父に追い掛け回されている間、ケケッと笑ったあの不気味な顔を夢に見る時すらある。
どこまでが本当でどこからが仮面なのかわからない。
だからホームズも「闇が深い」「火傷する」って言ったんだな。
でも、数馬がいなければ『バルトガンショット』も『デュークアーチェリー』も完成形には程遠い状態で新人戦を迎えていたと思う。予選会までは単純な力比べで押し切ることができたけど、新人戦本戦は俺が敵わない程の猛者が数多くいるのも確か。
彼らに勝利するために数馬は苦心してくれているし、俺も持てる力を120%出して競技に臨みたいと思ってる。俺たちのタッグは、必ず実を結ぶと信じている。
さて。
その思いは一旦おいといて。
今日の『エリミネイトオーラ』は、逍遥がGPSからGPFにかけて対戦した競技で、俺も何度か逍遥の応援に行ったから覚えてる。
追いかけっこみたいに飛行魔法で空中を自由自在に飛び回りながら相手のオーラ(本物のオーラじゃないけど)目掛けてショットガンを当てて最後まで残った1人が優勝する、といった競技だ。
予選ラウンドでは、10チームに分かれ10人ずつの学生が一緒に空を飛び回ることになる。その中で最後に残った1人だけが決勝ラウンドに勝ち抜けし、決勝ラウンドも10人で争うというわけか。
なるほど。
でも、飛行魔法を続ける体力やオーラへの正確な射撃術、後ろを取られないよう工夫する段取りなど、やはり1年がチャレンジするには相当難しい競技だと思う。
逍遥だからこそ2,3年の上級生を打ち破り勝ち抜くことができたんだよな。
思えばこの競技も、ある種戦闘状態に陥った際には攻撃魔法として使える基礎を含んでいると思う。
高度な魔法を駆使して敵と戦うにはまさにうってつけの競技。
やはり魔法部隊から大会事務局に当てて、対人戦闘スキルが試される『プレースリジット』と高度な魔法に挑む『エリミネイトオーラ』の決勝ラウンドに残った学生は、そのまま待機するよう指示されることもあり得るかもしれない。
ホームズは「皆で協力し合わなければ、近代魔法は滅ぶ」と言った。
世界の何処かの国が日本に対し争いを仕掛けてくると仮定して、ホームズの言うように関係性の薄い外国選手がその争いに身を投じるかどうかは甚だ疑問だとも思うんだが。
近代魔法という定義がわかんないからだけど、「皆で協力する」「近代魔法が滅ぶ」というフレーズが世界を巻き込むものだとすれば、ここで待機するよう指示、いや、命令されることは大いにあり得る。
誰が言ったか忘れたけど、GPSとか世界選手権といった世界最高峰の競技会に出る選手の中には、各国の魔法部隊や魔法軍隊に所属している人間だって多いというじゃないか。
もしそうだとすれば、もう学年とかの括りじゃなくなってくる。
俺、こっちに来て時間がなかったからだけど『プレースリジット』や『エリミネイトオーラ』の練習、しておきたかったな。
みんなの陰でただ隠れているだけのお荷物にはなりたくない。
ホームズが予知したことは外れないって聖人さんが言ってたからには、争いは必然的なモノとみて間違いなさそうだし。
今の俺に何ができるんだろう。
俺は、何もできない。
「大丈夫、戦闘が始まったとしても、君にもできることがある」
数馬の口からでた言葉に俺は心臓が飛び出るくらい驚いて、ばくばくという鼓動が数馬まで聴こえるんじゃないかと思ったほどだった。
だって、俺の心読んだっていうことは、ホームズの予知の内容まで解ってしまった、ってことだろ?
こないだの予知は俺と聖人さんしか知らないこと。
あの場面に出くわしたのは俺たちだけだったはず。
どうして数馬が。
いや、数馬は今俺の心を読んではいるが、ある程度のストーリーはおぼろげにも組み立てられるだろう。
俺と聖人さんしか知らないあのことは、数馬は知りようもないはずだ。
「ホームズは『皆で協力し合わなければ、近代魔法は滅ぶ』と言ったんでしょ」
「え?」
俺の心の壁が剥がれ落ちたのか?じゃあ、みんなに俺の心が知られてしまったということか?
「いや、君の心の壁は十分にその機能を果たしてる。実を言うと僕の破壊魔法はね、心の障壁さえもぶっ飛ばせるんだ」
信じられないような、数馬からの爆弾発言だった。
「じゃあ、今までのこともホームズの予知も、全部知っていたと?」
「んー、まあ、そんなところかな」
「なんでお父さんのことで『いつ知った』なんて脅してきたんだよ」
「あの時は気が立っていたからね。宮城家の崩壊を目の前にしてたし」
「破壊魔法っていつ掛けたんだよ」
「さっき」
「嘘つけ。ショットガンだって持ち出してないじゃないか」
「そんなもの使わなくても僕は破壊魔法を発動できるから」
「数馬―。そんならそうと言ってくれればよかったのに」
「こっちの手の内晒したら何が起こるかわからなかったし。僕は障壁は壊せるけど予知はできないんでね」
「数馬が心の壁壊したらあの予知はみんなの知る所になっちゃうだろーが。勝手に壊さないでくれよ」
「大丈夫、魔法の重ね掛けでまた塞いでおいた」
え。そうなの?
「数馬、君の魔法力には脱帽だよ。とても敵いやしない」
「お褒めに預かり光栄です」
俺は深く深く溜息を何回も吐いて、ようやく心が落ち着いてきた。
数馬は顔だけは前を向いて、俺に小声で話した。
「海斗。ここからは心の壁作って読心術で話そう。誰が聞いてないとも限らない」
「今の会話がショックでどうやるか忘れた」
「僕が作ってあげるから」
数馬は自分の右掌を広げ俺の左胸に翳した。ただそれだけ。チカチカと光が舞うでもなく、魔法を受けた気がしない。
「こんだけで壁作れんの?」
「僕の場合、こうやって胸の中で「フォース」と念じるだけだけど、普通の人間には無理だと思うよ」
「俺やったらできるかな」
「君の魔法吸収力は目を見張るものがあるからね、少し特訓すればできるかもしれない。僕に対して魔法をかけてみるといい」
俺は数馬がやったように、数馬に向けて右掌を翳して心の中で「フォース」と念じた。
「まだ。もう一回」
それを5回ほど繰り返した時、数馬がにこっと爽やかな笑顔を見せた。
「OK。できたね」
「よしっ」
俺はガッツポーズで応じた。
その時、周辺地域にも聞こえるのではないかと思うくらい大きな音で号笛が鳴った。
『エリミネイトオーラ』の予選ラウンドが始まった。グラウンドから空に向かい一斉に飛び出していく第1グループの選手たち10名。
俺は数馬との読心術会話を一時中断し、誰か知ってる顔がいないか目を凝らした。
あまりに俊敏すぎる動きで、人の顔さえも見えない。
だが、10人のうち一人だけ、明らかに動きが違う選手がいた。
特大モニターの映像を頼りにその人物の顔を確認する。
いたっ、沢渡元会長だ。
沢渡元会長は自在なポジショニングをとって縦に横にと高速で飛び回り、次々と周辺選手のオーラを撃ち抜き、10分もしないうちに勝負は決した。
こうライトな語り口だとなかなか情景を捉えてもらうことが難しいんだが、ワシや鷹が獲物を捕らえる際に一直線で急降下するだろ?
あれだよ。
上空からあんな風に追ってこられたら、普通は一撃でお陀仏となってしまう。
1分に1人の割合で他選手を捉えていくあたり、やはり只者ではない。
数馬は沢渡元会長のことを嫌っているが、正直なところ、魔法力は周囲に比べ格段に上だし、決勝ラウンドに行っても誰も敵わない程だと褒めていた。
第2グループの選手たちの中には紅薔薇女子の三枝先輩が出場していた
第1グループが10分ほどで終わるとは思っていなかったらしく、慌ててベンチコートを着たままグラウンドに走っていく選手もいて、ギャラリーから「焦るなよ!」と声が飛んでいる。
んー。外国の方々に日本語で焦るないうても、伝わらないんじゃないかな。
第2グループは30分ギリギリのところで勝敗が分れた。三枝先輩は直ぐにオーラを撃たれ姿を消していた。
第3グループには白薔薇の七尾さんが、第4グループには白薔薇の弥皇さん(3年の弥皇先輩の妹ね)が出場していたが、第2グループ同様に30分の時間がかかっていた。もう選手たちは最後は飛行魔法を操れなくなっていて、最後の最後で後ろを取って勝負を決めた、という感じ。
七尾さんも弥皇さんも特に目立った動きはなかったのだが、それが仇となったようで集中的にターゲットにされ背中を取られて予選ラウンド通過はならなかった。
第1グループの戦術があまりに鮮烈だったので、ギャラリーとしても飽きがきていたように思われる。
第5グループでは光里会長が出場した。
沢渡元会長ほどではないにせよ、光里会長もシャープな切り口で戦術を組んでいて、上から倒す沢渡元会長とは違い、少し距離を取って後ろに回り込みオーラを撃った後すぐに選手のいない上空に飛び上がる、というものだった。
結果、20分ほどで勝ち抜けし決勝ラウンドへと駒を進めた。
20分も高速で飛び回る体力が半端ない。
それだけでもこのゲームは十分に見ごたえがあった。
あと日本人では白薔薇の白鳥選手が第6グループに出場したが、運悪くすぐに後ろを取られてオーラを攻撃され、予選ラウンド敗退に沈んだ。
俺と数馬は第6グループのゲーム終盤辺りから読心術で会話を始めた。
「やっぱり世界選手権ってすごいな。逍遥は別格としても、みんな策戦に違いがあるのがよくわかるよ」
「海斗は飛行魔法得意?」
「ほどほどに」
「なら、すぐに慣れるさ。このゲームは飛行魔法で飛びまわる体力と正確な射撃術が勝敗の分かれ目だから」
「でも俺、『プレースリジット』の方が得意になると思う」
「どうしてそう思う?」
「右手翳しただけで建物の向こうにいる人がクリアに浮きあがって見えるんだ」
「ほう、そりゃすごい。君の前では隠れたことにならないんだ」
「うん。あとはそこにいるのがファシスネーターか生身の人間か区別できれば魔法も早く選べるし。区別は容易につくと思う」
「海斗はどこでそんな魔法手に入れたんだ?」
「全日本のラナウェイ」
「魔法始めたばかりの頃じゃないか、透視魔法は君の特性なんだろうな」
「そうかな」
「人それぞれ特性は違うからね。僕の場合は防御魔法。鏡魔法とかね」
「数馬の使ったあれって攻撃魔法じゃないの?」
「僕の十八番は鏡魔法、別名反射魔法とも呼ばれてるけど。反射させることで身を守る防御魔法なんだよ、あれは。あとは浄化魔法かな。どんな魔法を受けてもクリアに消すことができる」
「そうなんだ、攻撃魔法だって得意だろ、破壊魔法だって難なくこなすし」
「破壊魔法は得意な方ではあるよ、消去魔法もね」
「数馬。攻撃魔法教えて」
「どうして今攻撃魔法を知りたがる」
「ホームズの予知どおりなら、俺たちは争いに巻き込まれることになる。俺は誰かの背中に隠れて何もしないのが嫌なんだ」
「さっきも言ったろ、君にはやれることがある、って」
「数馬、あれ、どういう意味だったの」
「それこそ君の特性魔法でクリア透視すればいいじゃないか。あとは読心術で周りにそれを知らせるだけで戦況はかなり違ってくると思うけど」
「それでも破壊魔法や消去魔法を使えるようになってないと。消去魔法はやり方解ってるけど、破壊魔法がわからない。ただショットガン向けるんじゃ空砲になるだけだし」
数馬はあまりいい顔をしなかった。今教えるべきではないと言いたげな表情。
でも、俺の気迫に押されたのか、今の俺でも戦力になると思ったのか、渋々話し出した。
「破壊魔法か。ショットガン相手に向けて、心の中で「クローズ」と念じるだけでいい」
「数馬はショットガン無くてもできるんだよね?」
「僕の場合は、右手翳せばそれで。聖人あたりもそうじゃないか?こないだの宮城家ではショットガンで相対したけど、コイツは破壊魔法使ってないとすぐわかった。事実、僕も破壊魔法は使ってなかったし」
「そうなの?あれ、すごく怖かったんだけど」
「聖人が父親に好かれるためにやったこととはいえ、あれが無ければ宮城父の犯罪は立証できたはずなんだ。僕にはそれが悔しくてならなかった」
「聖人さん、小さな頃から父親に疎まれてたんだよ、きっと」
「僕のように幸せな家庭に育たなかったのは可哀想とは思うけどね」
ふと特大モニターに目をやると、そろそろ第10グループの試合が始まろうとしていた。特に目新しい選手はいないだろうと思ってたら、光里会長をも凌ぐのではないかと思わせるような東アジア系の選手が目に飛び込んできた。
思わず口に出す俺。
「あれ、誰だろう、どこの国の選手かな」
数馬も特大モニターに目を移す。
そしてまた読心術に戻った数馬。
「あれは北京共和国のキム・ボーファン。北京共和国からこの大会に学生が派遣されるなんて思っても見なかった」
数馬のやや否定的な言行に、俺も迂闊に口に出すことを止め読心術を再開した。
「GPSにも出て無かったと思うんだけど、北京共和国の選手は」
「仰る通り。なんか嫌な風を感じる」
「嫌な風?」
「たぶん、要注意人物となるよ、彼は。この競技でもそうだし、何企んでるかわかんない顔してるだろ」
「それって目が細いからじゃないの。数馬はパッチリお目目してるから目が細い男子の気持ちなんてわかんないだろうけど」
「そういう問題じゃなくて。腹黒い顔してるだろ、キムは」
「まあ、言われて見れば」
「あの顔、しっかりと頭に焼き付けておきな、得意の3D画像で」
「そんなに要注意人物なの」
「たぶんね」
俺たちが会話している間に、第10グループの勝者は決定していた。
北京共和国のキム・ボーファン。
数馬はむっつりと目を細めて、グラウンドからギャラリーに手を振るキムを見つめていた。
俺が数馬の肩を突っつくと、気が付いたように横にいる俺を見た。
もうここには用がない、といった表情だ。
「どれ、予選ラウンドはお終いか。決勝ラウンドは沢渡と光里、あとはキムの優勝争いだね。光里が一歩劣るかな」
「沢渡元会長もすごかったけど、今のゲームも15分しないうちに終わったんじゃない?」
「そうだね、やつは強敵だよ」
吐き捨てるように言うと、数馬はすぐさま席を立った。俺も遅れて席を立つ。数馬はその後何も話さないまま心の壁を閉じて歩き出した。
いったい数馬は何を考えているんだろう。俺にはさっぱりわからない。
『デュークアーチェリー』の練習のため、俺たちはすぐに国立競技場を後にし、市立アリーナへと向かった。
また数馬が全力ダッシュするので俺はもう付いていけず、市立アリーナで落ち合おうと提案したが、数馬は首を縦に振らない。仕方なく重い足を引きずりながら俺もオールダッシュするのだが、その差は瞬く間に広がっていくばかりだった。
世界選手権-世界選手権新人戦 第11章
数馬に遅れること10分。
ようやく俺は市立アリーナの入り口に立っていた。
息ができない程自分の力を使い果たしてダッシュしてきたので、もう立っていられない。
床にペタンと腰を下ろした俺は、数馬を見上げて10分休憩させてくれと申し出た。
数馬の目は鬼の教官よろしく吊り上っていたが、俺の様子を見て練習しても結果を残せないと踏んだのか、10分間の休憩を許してくれた。
あ、足が・・・足がパンパン・・・。
数馬は何やら真剣な顔をしてじっと前を見ている。何を考えているかは読み取れなかった。心の壁を高くしている。誰にも知られたくないことを考えているようだ。
俺はふらふらしつつも、それだけは理解した。
持ち合わせていたドリンクを飲み干してもまだ喉が渇く。もう一本ドリンクが欲しい。
だが俺は今日財布を持ち合わせていなかったんで数馬に金を借りるしかない。そろそろと数馬に近づき下から数馬の目を覗き込んだ。
最初俺に気付かなかった数馬は、口元をへの字に歪め目を細めて何か考え込んでいる。
キムの顔を見てからだと思う、数馬の表情が変わったのは。
旅先で因縁の対決でもあったのか?
おいそれと声をかけることすらできず、俺はまだ喉の渇きを癒しきれずにもぞもぞしていた。
「海斗、なんでそんなにもぞもぞしてんの」
おお、神よ。やっと数馬が俺に気付いてくれた。
「喉が渇いて。お金、貸してくれないかな。ドリンクが欲しいんだ。それ飲んだら練習始めるから」
「OK。いいよ、今日は僕のおごり。何でもいいから2本買ってきて」
「ありがとう、恩に着るよ」
そう言いながら俺は数馬に背を向けてドリンクの自販機が置いてある廊下のつきあたりをゆっくりと歩きながら目指す。ちょうど自販機の前に着いたら、後ろから大声が聴こえた。
「炭酸は禁止!」
はいはい。わかってます。
とはいえ、実は俺、炭酸飲料大好き。
エナジードリンク系の炭酸バージョン、たまんなく好き。これが数馬でなかったら約束反故にするとこだけど、金出してもらってそういう態度はいただけないなと。
数馬の言うとおり炭酸系は避け、さして甘くもない色の付いた水飲料を2本買って数馬に投げた。
「よろしい」
俺はもう、ぐびぐびと一気にその水を飲み喉を潤してから練習場へと入っていく。
さ、練習開始。
大きく息を吸い心臓の鼓動を鎮めながら、バングルを手に嵌める。
足をちょうどいい幅に開き姿勢を正して右腕を上げる。
ソフトの号令とともに、シュツ、シュツ、シュツ、と音を立て2秒単位の均一な時間を正確に刻んで、的に矢を放っていく。
的の中央に矢が辺りすぐにまた的が現れる、その繰り返し。
100本の矢を放ったところでバングルからの信号は出なくなり、的も消えた。
今日の成績は・・・すげっ、3分50秒で100枚。
体力的にきつかったのにこの数字を出せたのは進歩だ。
本番では体力を温存した上で矢を放つから今日よりもタイムが良くなるはずで、俺は思わず「よっしゃ―」と叫んでガッツポーズしていた。
「海斗、お見事」
「今日のは嬉しいわ、4分切ったし」
「でも、本番でガッツポーズはよしてくれよ」
「なんで」
「自分の力を鼓舞するため」
「鼓舞するからガッツポーズが出るんだろ」
「違うね、ガッツポーズは出したことがない記録が出ると嬉しくてついやりがちだけど、自分の力はまだまだこんなもんじゃない、っていう風に見せないと」
「相手になめられないように?」
「そう。君、逍遥がガッツポーズしてんの見たこと無いだろ」
「ない」
「そういうこと」
なるほど、一理あるわな。
ここでガッツポーズしてんのは良いけど、実際の試合では自分を大きく見せるための方策が必要ってことか。
でもなー。
策士策に溺れるじゃないけど、あんまり考え過ぎるのもどうかなとは思う。
ま、ギャラリーが唸るような射的をすれば、おのずと成績も付いてくるってことだよ。
その時は遠慮なくガッツポーズさせてもらうから。
その日はそれが最高で、あとは4分台から5分台の演武しかできなかった。
走りすぎて身体がガタガタになってたんだと思う。
さすがに数馬もそこは反省したようで、これからは俺のペースで走っていいと言われた。
市立アリーナから寮への帰り道は、速めのウォーキングで家路を急ぐことにした。
数馬は走りたがっていたけど、俺にもう体力は残っていない。
明日は世界選手権の試合がないので丸1日練習できるし、俺としては体力をこれ以上使いたくない。明日に残しておきたい。いや、残す体力すら今はない。
広めの歩道を俺と数馬は並んで歩きながら、また読心術で会話していた。
「数馬―。ホームズの予知のことだけど」
「ああ」
「何かしらの理由があって争いになるわけだよな」
「そうだろうね」
「その理由ってなんだろう、でもって、相手は誰なんだろう。協力しあえってホームズが予知するくらいだから、大人数での争いに発展するんだよね」
「そうだろうね」
「数馬、何か俺に隠してない?」
「何が?」
「予選ラウンドの最後のゲーム見てから途端に口数少なくなってるよ」
「そうかな」
「顔も渋いし」
「たまにそんなこともあるさ」
「何か怪しい。ところで、北京共和国ってリアル世界には無いんだけど、こっちではどういう国なの」
「大陸を飲みこみ強大になってる国、とでもいうべきかな」
「戦争で?」
「そうだね、朝鮮国も飲みこまれたし、今はロシアや西の方に向けて国土を拡大しようとしてるらしい」
「そういう国から世界選手権に選手派遣してくるんだ」
「僕の疑問はそこにあるんだ。あそこは今まで一切魔法大会に人を派遣したことがない」
「そうなの?何で今年は派遣したんだろ」
「キムが今回の世界選手権に出たのが不思議でね、ずっと考えてたんだけど」
「けど?」
「答えが出ない」
数馬は珍しく、長い溜息を吐いた。
「ただし、小耳にいれたことがあるんだ。北京共和国では強力な魔法師訓練を行っているって」
「そうなの?」
「ああ、それが本当なら、こんな世界選手権どころじゃない魔法師がゴロゴロしてるはず」
「高校生のクラスでも?」
「そうだろうね、魔法軍隊においてはかなり強力だと聞いたから」
「数馬は色々旅して歩いたんだろ、北京共和国に行ったこと無いの?」
「入れなかったんだ。で、香港民主国に行き先を変更した」
「キム選手のことはどこで聞いたの」
「香港民主国にいるとき、噂を聞いた。北京共和国の未来のホープだ、って」
「それは魔法、という意味で?」
「そう」
また数馬は顔を歪めた。噂を聞いたというより、一戦交えて勝敗決着しませんでした、みたいな顔をしている。
「数馬、もしかしてキム選手と・・・」
「ん?まあ、そうだね」
「数馬とやって勝敗つかないの?じゃあすごい手練れだよ!」
「手練れというか何というか・・・。顔覚えてる?」
「記憶の箱に仕舞い込んだ。いつでも思い出せる。今は疲れて忘れたけど」
「おいおい、頼りないな。あいつの顔は絶対忘れるな」
「了解。腹減った」
数馬が目を剥いて怒りだす。怒った顔もイケメンだけど、数馬は怖い。
「ホントにわかってんのか?あいつは危険人物なんだぞ」
「数馬と勝負付かない段階で敵となれば相当な危険人物だってわかるよ」
「ならいい。決勝ラウンドが終わってもこっちにいるようなら、何かしらあるとみるべきかと思ってるよ、僕は」
「数馬、お願いがあるんだ」
「何?」
「ホームズには一切黙っててほしいんだ。ホームズ、キムのこと知ったらまた遠隔透視とか予知とか魔法使いそうで。このままだと、桜観ずに逝ってしまうかもしれない」
「そんなに弱ったのか」
「うん。自分では大丈夫だっていうんだけど、全然」
「俺が追い掛け回した功罪は決して小さくなかったか」
「別にホームズは気にしちゃいないと思う。魔法は使ってナンボだ、って言ってるから」
「わかった。もし会うことがあっても、魔法を使わせたりはしない。約束するよ」
「ありがとう、数馬」
そんな会話をしているうちに、魔法科寮が見えてきた。
数馬が自転車を駐輪させていたので一緒に駐輪場に行き、自転車のロックを外してから公道へと自転車を引きながら歩く。
最後まで緊張感を隠さない数馬にこれ以上の心配をかけないようにと、俺はガッツポーズで数馬を見送った。
北京共和国。
夢に出てきた、あの国。
夢の中では日本近海のレア・アースを横取りしようとして、日本と戦闘状態に入ったと記憶してる。
日本海周辺に俺たちがバラバラに配置されていたのが鮮明に思い出される。
いずれ、理由がなんであれ、北京共和国は俺たちの平和に影を齎す存在になるのかもしれない。
キム・ボーファン。
侮ってはいけない相手だ。
決勝ラウンドが終わってからも日本に滞在し続けるというなら、何かしら危険信号だと数馬は思ってる。
俺も段々と気になってきたし顔も思い出した。あの細く長い目。何を考えているか飄々としていてわからない口元。
全てが怪しいと言えば怪しく思えてくる。
決勝ラウンドでの戦い方を見れば、またキムに対するイメージが固まってくるかもしれない、そう思った。
魔法科寮に戻ると、俺はシューズクローゼットに靴を乱雑に押し込み、足早に部屋へと戻った。
聖人さんが、猫ベッドに丸くなっているホームズの横でマットレスに毛布だけ掛けて寝ていた。
また抜き足差し足でそこを通りすぎようとしたら、誰かが俺の左足首をむぎゅ、と掴んだ。
だ、誰―。止めて―。
「俺に決まってんじゃん」
聖人さんが毛布を退けて起き上がった。
「お帰り、海斗」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「いや、お前の帰り待ってたんだ」
「そうなの?ホームズ、今日はどうだった?」
「寝てばかりでペースト状の飯もほとんど食ってねえ」
「大丈夫かな、病院連れて行った方がいいかな」
「こないだも治療できない、って言われたんだろ。飯食わないことには体力だって消耗するし」
「ホームズ・・・」
するとホームズがベッドからヨタヨタと起き上がり、小さな声で「ニャニャ」と鳴いた。
俺は新しく買ったペースト状のご飯を皿に移し、ベッド脇の食器置き場に据えた。水と一緒に。
ホームズは最初匂いをクンクン嗅いでいたが、食べようとはしなかった。
不味いのかな。でも、一口でも食べてもらわないと。俺は自分の机に置いてあるスプーンでご飯をすくい、ホームズの口元まで持っていった。
ホームズはなおも匂いを嗅いでいたが、コクンと頷くとスプーンからご飯を食べ始めた。
もう、俺はそれだけで涙が出てきてスプーンが空になるとまたご飯をいれ、ホームズの口元に運ぶ。それを何回か繰り返し、1本のペースト状ご飯をほとんど食べ終わった。
ご機嫌な声を出すホームズ。
聖人さんも、明日からその方式で最低朝晩はご飯を食べさせると約束してくれた。
水をがぶがぶ飲み、口の周りを自分で器用に拭うと、ホームズはまた専用猫ベッドに丸くなった。
聖人さんが後ろから俺の背中に文字を書く。うひゃひゃ。こそばゆくて身体を捩って笑ってると、後ろから囁かれた。
「俺の部屋に来い。ヒーターは火力弱めればそのままでいい」
「大丈夫かな、火事とか」
「心配ないって、近くに何も置かなきゃ大丈夫だ」
俺は聖人さんに急き立てられるように立ち上がった。ホームズの寝顔をもう一度チェックしてから自分の部屋を出て、隣の部屋のドアを叩く。
「おう、入れ」
聖人さん、すごく顔色が悪い。真っ青と言っても過言では無いくらい。
「どうしたの、ホームズのこと?」
俺の目下の心配事はホームズの病状だけだ。
「いや、違う」
「じゃ、何かあったの」
「魔法部隊から情報を得た」
聖人さんは、小声になって俺に顔を前に出せと言う。
言われた通りに身体ごと前に出し、顔を近づけた。
「北京共和国だ」
「え」
「あの国に怪しい動きがあるそうだ」
「聖人さん、今日の予選ラウンド透視した?」
「いや」
「キム・ボーファンて選手が出てて。光里会長以上の魔法力で決勝ラウンドへ進んだんだ。数馬は、やつは危険人物だ、って」
「俺も魔法部隊にいるとき噂は聞いたことがあるな。神童、キム・ボーファン。北京共和国の未来のホープ、ってな」
「数馬、こうも言ってた。決勝ラウンド終わっても帰らないようなら何かある、って」
聖人さんは一旦俺から離れて立ち上がった。何か考えているように見えたがもしかしたら魔法部隊に現状を報告しているのかもしれない。
新しい報告事項があるとすれば、キム・ボーファンの来日。
しばらく後ろを向いたままで俺にはその表情を窺い知ることはできなかったが、また俺の方に向き直った聖人さんは、いくらか顔に色が戻っていた。
「みんなに知れるのも時間の問題とは思うけど。お前の口や心から流出することだけは避けてくれ」
そういって、数馬が俺にしたように右掌を広げ俺の左胸に翳した。ホント、何も変わりがないから魔法を受けた気がしない。「フォース」って念じてるんだろうな。
「俺が何やってっか聞かないんだな」
「数馬が国立競技場で俺にしたのと同じだから。「フォース」でしょー」
「そうか、聞いたのか。じゃあ話を進める。北京共和国はどうやら日本政府に対してちょっかい出してるらしい。何かと引き換えに、魔法力の高い魔法師を寄越せと言ってきたんだそうだ。政府ではもちろん断ったようだがな」
「S級魔法師いなくなったらすぐにどっかの国に併合されるよね」
「そうだ。そういった施策を政府は採る気もない。ところが、だ。反対に魔法力の高い魔法師を全滅させればどうなる?」
「やっぱりどっかの国に併合される」
「狙いはそこなんだよ。日本を併合する気でいるのさ」
「えっ??」
「日本という国そのものを欲しているんだ、北京共和国は。日本は気候もいいし勤勉な国民が大多数だ。そのために、力のある若手と魔法部隊を潰すだろう、やつらは」
俺は絶句したまま言葉が出てこなかった。
国を併合?
20世紀の戦争を繰り返す気か。
いや、朝鮮国も併合されたと聞く。今は西方の国々やロシアに手を出しているとか。やはり、そう考えれば本気で潰しにかかってくることも十分に予想される。
聖人さんがもう一度俺にくぎを刺す。
「いいか、お前の口からは誰にもいうな。お前は只でさえ目立つ存在なんだから」
「う、うん。了解」
自分の部屋に戻った俺は、まずホームズに近づいた。
「ニャー」と小さな声の寝言が聴こえる。
また夢見てんだな。今日は誰の夢に渡ってるんだろう。
猫が夢渡るなんて信じられないけど、もし本当なら、体力は大丈夫なんだろうか。
「長生きしろよ、ホームズ」
翌日はいつもどおりの練習メニューを熟し、夕方寮に戻った。
聖人さんは出掛けているのか、俺の部屋にはホームズだけがいた。一応ガスヒーターを消して、その代り毛布を2重にかけてホームズを温めていってくれたらしい。
俺は直ぐにガスヒーターのスイッチを入れた。一気に部屋が暖かくなる。
ホームズは俺が帰っても起きようとはしなかった。
ご飯を食べた様子もない。
もし目を覚ましたら、またスプーンでご飯を食べさせよう。
そう考えていた矢先のことだった。
「海斗、聴こえる?」
数馬からの離話だった。
「どうしたの、数馬」
「香港経由で情報が入った。多分聖人からも情報入ってると思うけど、北京共和国は日本を併合するつもりでいる」
俺は誰にも話すなという聖人さんとの約束があったので一瞬躊躇したんだが、数馬に嘘は効かない。
「昨夜聞いた」
「そこで僕は仮説を立てた。キムは世界選手権の決勝ラウンド以降も何食わぬ顔でこちらに残るだろう。自国の魔法軍隊を手引きする役目さ」
「でも、日本のこと詳しくないと手引きできないんじゃないの」
「そう。手引きできるほどあいつは日本に詳しくない。となれば」
「となれば?」
「海斗、前にスパイの話はしたことあったよね」
「聞いた」
「僕の得た情報では、紅薔薇にもスパイがいるらしい」
「えっ!!」
驚いたなんて言う生半可な感情ではない。併合の危機にある日本に対する逆賊じゃないか。それがなんと、紅薔薇にもいる?本当なのか?
「数馬、名前判るの、スパイの」
「いや、情報源でもそれはわからないらしい」
「情報源?」
「色々あるんだよ、世界を股にかけて旅して歩いたのは伊達じゃない」
それ以上、数馬は語ろうとしなかった。
数馬からの情報は引き出せそうにないし、俺としては聖人さんとの約束も破りたくない。
「俺、関わるとろくなこと無さそうだから新人戦終わるまで静観してていい?」
「君は殺されかけることが多かったからなあ、まずは新人戦優勝を目標に頑張れ」
「頑張れ、って、数馬は練習にこないの?」
「時間の許す限り行くよ」
「げっ、じゃあ時間無かったら来ないんだ」
「国の危機とあってはねえ」
「了解、ただ、朝の走り込みだけは付き合ってくれよ」
「わかった。じゃ、明日の朝。7時に迎えに行くから」
わーっと1人で話すだけ話して、数馬からの離話は途絶えた。
俺としては、数馬に言ったとおりこの件に関しては新人戦が終わるまで関わりたくないのが本音だった。
なんでか知らないけど、俺が標的になりやすいのは周知の事実だ。
魔法力もそんなにないまま首突っこんだら、恰好のエサになるのは目に見えてる。そしたら皆に迷惑がかかるのはわかりきったことだ。
だから、知りたいけど知りたくない。
関わりたいけど関わりたくない。
魔法力つけるまでは、我慢我慢。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
数馬とはそれ以来、朝のジョギングでしか顔を合わせていない。
もちろん、日本併合の野望を持つ北京共和国のことも一切聞いていないし、向こうも殊更話そうとはしなかった。
数馬はジョギングが終わるとどこかに姿を消してしまい、俺はまた一人で練習する羽目に陥るのかと溜息が出てくる。
誰かが近くにいた方が練習の甲斐があるんだよねえ。
これもまた、俺の我儘なんだろうか。
さて、今日は3月8日。
世界選手権の決勝ラウンド第1日目。
種目は『プレースリジット』。
号砲とともに20名の選手と100体のファシスネーターが国立競技場の周辺施設を舞台に逃走追撃を始めた。
競技時間は30分。
それでも勝者が決しない場合は、15分ごとの延長戦となりまた100体のファシスネーターが出てきて逃走追撃が再開される。
選手が1名残った時点で優勝が決まるというルールだそうで、準優勝はない。かなり体力を使う試合になりそうだ。
その中でも、沢渡元会長は容赦のない追撃をかわしながら、自身も反撃の手を緩めることなく選手たちやファシスネーターを倒していく。
俺は競技場内にある特大モニターでその様子を見てたのだが、その中でキムの顔を見つけた。これまた手際の良い攻撃でファシスネーターを何体も倒している。
ただ、優勝に興味がないのか、選手たちを見つけてもさっと隠れてしまい専ら魔法攻撃の対象はファシスネーターのように見受けられた。
なぜ?
普通なら優勝目指してここにいるわけで、ファシスネーターをやり過ごして選手を狙う輩の方が断然多いのに。
目立ちたくないのか?
それにしては手際が良すぎる。
まるで、選手の顔を覚えていく準備か何かのように俺には見て取れた。
この20名だって、明後日3月10日に開催される『エリミネイトオーラ』に出られない選手はそそくさと自国に帰るかもしれないじゃないか。
いや、たぶん、キムにとっては日本人だけが重要な敵ではない、ということなんだ。
いつの日か暗殺対象にすべき相手の顔をこの『プレースリジット』で覚えること、そして強力な魔法の実戦練習とでもいうべき「マージ」の発射。それだけがキムの目的ではないのか。
そう考えれば、一切人間を倒そうとしないキムの戦術も理解できる。
俺のように考えている人はギャラリーの中にはほとんどいないのだろうが。
ん?
ギャラリーの中に数馬がいた。
また目を細めてモニターを凝視している。キムが映ると尚更目を細め口元がへの字になっている。
キムの目的を悟っているんだろう、数馬も。
ホープ、期待の星。
なるほどね、こういう戦法でくるとは思いもよらなかった。
優勝から遠ざかってもいいから「マージ」だけを発射している選手なんて1人もいない。
ある意味かなりヤバイやつだ。
と。
光里会長がキムと平行に走ってる。どちらかが気付けば撃ち合いになるかもしれない。
ところがキムはまた隠れた。
ここで「マージ」を使えば大会憲章に反したとして強制送還されるはず。そうなったら侵略戦争で手引きをする人間がいなくなる。
やはりそこは避けたいのだ。
俺はその戦法を見切ったけど、数馬はどうなんだろ。数馬だもん、気が付いてるよな。
俺は沢渡元会長や光里会長よりもキムの姿を追い続けていた。
別の角度から撮っている何種類かのモニターと特大モニターで色々な場所を映しているので、沢渡元会長や光里会長も応援することはできるのだが、やはり数馬のいうことを思い返してみると、どうしてもキムに目がいってしまう。
もう、時間は30分を経過しようとしていた。
一旦号砲が2回鳴った。
これまで残った5名の選手の皆は一旦立ち止まり、汗を拭きながら休んでいた。
ファシスネーターは消えた。
15分の延長戦がもうすぐ始まる。
残っていた選手は、沢渡元会長に光里会長、キム、ドイツのヨーゼフ、スペインのラファエル。
延長戦開始の号砲が一回鳴り、また選手たちは走り出した。ファシスネーターも競技場の入り口から選手たちを追って走り出す。
沢渡元会長は逃げる方に戦術を変えて、誰からも見つからないようビルとビルの間をうまく使って隠れている。
光里会長がビルの角から出過ぎてしまいファシスネーターに見つかった。必死に逃げる光里会長だったが、脚力はファシスネーターに敵わない。
30分走り通しの人間に比べファシスネーターは新たに配置されたもので疲れを知らない。50m5,0秒で近づくと聞いた。
あ、見つかった。「バルス」の魔法が解き放たれ、光里会長はファシスネーターの餌食になった。残念!
その後は4人の人間がファシスネーターから逃げ惑っている形式に見えたが、キムは先程と変わりない戦法で人間を撃とうとはしない。
ドイツのヨーゼフ、スペインのラファエルは続けざまに沢渡元会長と相対して「バルス」魔法の前に膝を折って気絶した。
あとは、キムだけが残っている。
キムは戦法を変えようとはしない。
沢渡元会長も、キムよりファシスネーターを倒すことにプレイバックし遠くからでも確実な一発を放ちギャラリーをどよめかせていた。
100体のファシスネーターは、いなくなった。
制限時間まで、あと2分。
また延長戦になるのかと皆が思った時だった。
キムが沢渡元会長の前に躍り出た。
「バルス」魔法を使って射撃すると皆が思っていた。
だが、キムが使ったのは「マージ」魔法だった。間違えた、という言い訳を考えてのことだったはずで、ギャラリーからは激しいブーイングも巻き起こった。
誰もが、沢渡元会長が凶弾に倒れると目を覆った時、沢渡元会長は一瞬にしてショットガンを持った左右の手で拳を作るとクロスして胸部分に当てた。
そしてカウンターアタックで「バルス」魔法をキムに当て、キムはよろよろとその場に倒れ込んだ。
その瞬間号砲が2回鳴り、ギャラリーは総立ちになった。誰もがキムの危険魔法に苛立ちを隠さなかったし、防御魔法からカウンターを仕掛けた沢渡元会長の雄姿に大きな歓声が上がった。
優勝、沢渡剛、日本。
やった!
キムの攻撃をあれだけの速さで凌ぐなんて、やはり沢渡元会長は凄い。強い。
その後国立競技場メイングラウンドに姿を現した沢渡元会長は、疲れも感じさせない足取りで表彰式に臨み、大会事務局から授与された優勝トロフィーを高々と宙に揚げた。
大会開催国の学生が優勝したこともあり、ギャラリーは割れんばかりの拍手で沢渡元会長を迎えた。
俺もキムのことは頭の片隅に押し込めて沢渡元会長の優勝を祝った。
これで沢渡元会長が明後日の『エリミネイトオーラ』で優勝すれば、総合優勝のトロフィーを手にすることができる。
誰もがそう信じていたに違いない。
ただ、俺はキムが『エリミネイトオーラ』で何をしてくるかわからないという不安な気持ちも手伝って、周囲ほど喜びに浸ることはできなかった。
まさか、本当のオーラを攻撃したりしないよな。
キムの今日の魔法を見ると、充分に有り得る話だ。相手は日本の若手。潰すには絶好の機会だ。
沢渡元会長に北京共和国の情報は入っているのだろうか。
魔法部隊がホームズの予知を耳に入れたとすれば、大会事務局から紅薔薇や白薔薇、黄薔薇の各校に現状や今後の動向が示されないとも限らないが、そこまで話が広まればパニックになる恐れだってある。
俺から沢渡元会長に話すことはできないけど、せめて亜里沙や|《とおる》から話が通っていればいいのだが。
俺はギャラリー席を立ち、競技場入り口へと向かった。
まだ興奮冷めやらぬ競技場内は熱くなっていた。
本当は使用不可の鳴り物がドンドン音を立てている。
「八朔、聴こえるか」
離話が飛んできた。誰だ?
俺を八朔、と呼ぶ人間は少ない。
離話の相手は沢渡元会長だった。
「おめでとうございます、沢渡会長」
「ありがとう」
「最後、大変でしたね」
「あの攻撃は予測していた」
「そうだったんですか」
「お前の耳にも入っているだろう、情報の一辺が。俺と光里は『エリミネイトオーラ』でも狙われるだろう」
「大丈夫なんですか」
「防御魔法や浄化魔法で乗り切るしかない。鏡魔法も使えない試合だからな」
情報の一辺、か。
やはりもう情報は筒抜けというわけか。
スパイの存在も知っているんだろうか。
「ああ、そういう情報も入っている。本来なら新人戦が始まる前に片付けておきたい案件だが、新人戦の練習のために横浜入りしている選手もいる。世界的なイベントなので成功させたいというのが大会事務局の本音なのだ」
「本音、ですか。併合とどっち大事なんですかね」
「本当にな。だが、我々しか知らない事実を広める訳にはいかない」
「あの・・・どこまで広まっているんですか」
「聖人さんと大前、俺とお前と光里だけだ」
「逍遥も知らないんですか」
「いや、山桜さんや長谷部さん、四月一日は魔法部隊経由で情報を得ているだろう」
「サトルは?」
「生徒会の者には知らせていない。スパイが誰かわからない限りは知らせることはできない」
「そうですね」
「お前も大変だろうが、新人戦に向けて魔法を学問と定義づけ研鑽を積んでくれ」
「承知しました」
沢渡元会長からの離話は切れた。
そうか、今知っているのは8人。いずれも紅薔薇最強の7人と俺。争いが起きる頃にはサトルや譲司も味方に入るだろうからもっと人数は増えるだろうが。
そんな若干名で向こうからの攻撃をかわせるのか?それに、場所はどこで?俺の夢が正しければ、迎え撃つ場所は日本海なのだが。
やはり、各国のエキスパートに残ってもらって加勢してもらうことになるんだろうか。
各国との情報連携は取れているのか?
俺も試合前の練習だというのに、今日は全然身が入らなかった。
いかん。
争いに身を投じるわけでもない俺がどうしてそこまで気にする必要がある。
今はとにかく新人戦で優勝することを目標に練習に励むだけだ。
しかし、その日の『デュークアーチェリー』の練習は、よくて5分台の成績に留まった。
切り替えて、もっと高みに上らなければ。
だが次の日丸一日の練習でも、『バルトガンショット』も『デュークアーチェリー』も5分台の壁を破ることは叶わなかった。
何か気分転換が必要だ。
このままでは、「5分台」が俺の中で固定化してしまう。
本当はやるべきではなかったのだが、俺は市立アリーナで防御魔法とカタルシス魔法を練習していた。
そして寮に帰ると逍遥のドアをノックした。
疲れたような顔をしながら逍遥が出てくる。どうしたんだ、逍遥。
「久しぶりだね、海斗」
「逍遥、鏡魔法教えて」
「反射魔法なんて新人戦に関係ないじゃない」
「どうしても今知っておきたいんだ」
「鏡魔法は、反射魔法とかクラシス魔法とも呼ばれている。心の中で「クラシス」と念じて両手をクロスさせたまま前につき出す。ショットガンを持った手でもできるからやり易い」
「カタルシス魔法は?」
「一度手を広げなくちゃいけないからショットガンを持ってるとやりにくいかも。元々争ってるとこを引き離す魔法でもあるし。浄化魔法なら、「カタルシス」と念じて両手を左右の胸に当てるだけだから、ショットガン持っててもできるしその方が早いね」
「ありがとう」
「どの魔法も、上達すると念じて左右の手を使うだけで効力が発生するよ。新人戦が終わってからトライしてみるといい」
「それじゃ間に合わないよ」
逍遥は急に真面目な顔になった。
「今の状況を知ってるなら尚更だ。外では絶対に練習しないように。ホームズの前でもだ。心配して予知しないとも限らないんだから」
「俺も魔法部隊に入れればなあ。練習場とかあるんだろ?」
「あるけど一般人は入れない。還元では入れるけど、今時季入ったら情報が漏れてるって誰かが処分されかねない」
「そうか、それはダメだな。君の部屋で練習してもいい?」
「その前にホームズの様子見ておいでよ。かなり弱ってんだろ」
「わかった・・・」
俺は自分の部屋に戻り、ホームズの顔を見ていた。
痩せて、こんなにやつれて。
それでも俺が近づくと、今日は頭を上げた。
「ニャ?」
そんなホームズを抱っこした。軽い、前よりも。
俺は不甲斐ない気持ちで一杯だった。
「ご飯食べたか?食べよう」
今日もスプーンにペースト状の猫ご飯をすくって食べさせる。
今日は袋の8分目くらいしか食べられず、水を少し飲んで食事は終わった。
動物病院併設のペットホテルではちゃんと食べさせてもらえるんだろうか。
それが心配だった。
やはりギリギリまで・・・とも思ったが、こんな寒い部屋に朝と夜だけの食事では身体も持たないだろう。
聖人さんも新人戦になればホテルに泊まり込だし。
ペットホテルにお願いして、小分けに何回か食べさせてもらえるようお願いしてみよう。お金がかかったとしてもカンパしてもらった金額で済むはずだ。
もう、魔法の練習どころじゃなくホームズの身体が心配になって、俺はその日もマットレスの上に毛布と布団をかけて、ホームズの脇で静かに眠りについた。
翌日、3月10日。
空は快晴、風もない。
少し空気が冷たく感じるけど、絶好の競技日和だ。
数馬と朝に寮の前で待ち合わせて、国立競技場まで30分かけてゆっくりと走った。
競技場に着くと、数馬は俺に手を振って走りだしみるみるうちに競技場から遠ざかっていった。
今日は『エリミネイトオーラ』決勝ラウンド。
出場選手は10名。
沢渡元会長、光里会長、キム。俺の知っている選手は3人だけだったけど、他の7名もみな予選ラウンドの各ゲームを勝ち抜いてきた猛者ばかりだ。
今日は一体どんなドラマが待ち受けているんだろう。
俺はとてもワクワクしながら特大モニターが良く見えるギャラリー席を見つけて1人、座った。
今日もギャラリー席は早くから席の取り合いとなっている。先日の『プレースリジット』の時のように数馬がどこかにいないか探したが、人が多すぎて見つからなかった。
午前9時。
バン!と号砲が辺りに響き渡る。
さ、試合が始まった。
沢渡元会長は予選ラウンド同様に、上からものすごいスピードで降りていく戦術でオーラを正確に撃ち抜き、5分も経っていないというのに、あれよあれよという間に選手は5名に減った。まだ光里会長やキムは脱落することなく空を舞っていた。
光里会長は予選ラウンドこそ沢渡元会長の戦術と違った戦い方をしていたが、今日はポテンシャルの高い選手ばかりですぐに後ろを取られるリスクを避けたのか、沢渡元会長同様に上空高く舞い上がり、MAXのスピードで急降下していく戦法を採っていた。
俺が見る限りキムは後手後手に回っている印象が否めなかったが、なぜかオーラを撃ち抜かれることなく今も残っている。
キムらしき人物をよく見ると、瞬間移動魔法を使っているような気がした。それも、微々たる距離で周囲にはわからないように。後ろを取ろうとする選手から寸でのところで逃げている。他の選手を自分から倒しに行こうとはしていないように思えた。
なぜ?
もしかしたらターゲットを絞っていて、また卑怯な方法を使うつもりでは?
俺はモニターに映るキムの顔を凝視していた。
その間にも沢渡元会長が1名、光里会長が1名のオーラを撃ち抜いて空の彼方に残ったのは、沢渡元会長、光里会長、キムの3名になった。
問題はここからだ。
もしキムが狡猾な方法で日本人のどちらか、あるいは両方を魔法使用不可能にする計画があるとしたら、ターゲットは沢渡元会長、光里会長になる可能性が非常に高い。
一昨日の『プレースリジット』で見せたように、間違えたふりをして本物のオーラを強い魔法で攻撃するつもりかもしれない。
数馬じゃないけど、俺の口元は渋くなりへの字型に曲がってきた。目を細めてグラウンドを見ずにはいられない。
残った3人は三つ巴の様相を呈して飛行魔法を自在に操り攻撃の瞬間を見極めているように見えた。
残り時間、3分。
トライアングルラインに変化が起きた。
体力があるはずの光里会長。
しかし上空から滑り落ちる際の運動量はそりゃもう半端なく身体に重圧をかけるらしく、運動量が少しずつ減ってきているのがわかった。
沢渡元会長はキムを徹底してマークしている。一昨日の一件で日本人に被害を与えようとしていることがある意味証明されたことも手伝ってなのか、光里会長には見向きもせずにキムのオーラを狙っている。
片やキムは、2人の日本人のうち力のある沢渡元会長を本気で潰しにかかってきているのではないかと疑われるような行為が目立ってきた。
そう、ショットガンの命中先が頭上のオーラではなくもっと下の本物のオーラに近づいていた。
ギャラリーから鳴り物も含めて強烈なブーイングの嵐が巻き起こる。
中には名指しで「キム、引っ込め!」「消えろ、キム!」と騒ぎ出す連中までいて、競技場内は野次と怒号につつまれた。
そんな中でも沢渡元会長は冷静だった。
キムに追いかけられても縦横無礙であるかのように飛行魔法を駆使してキムの後ろに回り込もうとしている。
キムと沢渡元会長の底力の差がラスト1分で如実に表れた。
沢渡元会長はキムの攻勢を振り切り一旦上空に飛び上がったかと思うと、下を向き間髪入れずにキムに向けてショットガンをぶっ放した。
両者の距離はかなり遠く離れていたので、誰もがショットガンでの攻撃を「撃ち損じ」と思ったことだろう。
ところが、キムの反応が一瞬遅れた。
体力の差、精神力の差、魔法力の差。
キムは未来のホープと呼ばれ自分が一番であると舞い上がっていた部分もあるのだろう。沢渡元会長が放った一撃をかわすことができずにキムのオーラは弾け飛び、キムはそのまま地上に真っ逆さまに落ちていった。
バン!ババン!
30分経過したことを知らせる号笛が競技場内を包む。
残ったのは沢渡元会長と光里会長。
休む間もなく15分間の延長戦が始まる。
だが光里会長が体力的にへばっているのは誰の目から見ても明らかだった。
光里会長は3分も経過しないうちに沢渡元会長に背中を捕られショットガンを突き付けられた。光里会長の頭上のオーラを撃つことなく、2人はゆっくりと地上に舞い降りた。
その瞬間に、また号笛が鳴り響いた。
競技場内全体が割れんばかりの拍手と喝采に沸く。
こうして『エリミネイトオーラ』の決勝ラウンドは沢渡元会長の優勝で幕を閉じ、沢渡元会長は『プレースリジット』と合わせ総合優勝を勝ち取った。
俺も最後の方は興奮して、自分でも何を言ってるかわかんない言葉で応援していた。
さすが沢渡元会長。
世界ナンバー1高校生の称号を授与されたことになる。
キムは2種目すべてで沢渡元会長に負けたことが悔しそうではあったが、それを隠すかのように口元に不気味な笑みを浮かべ、沢渡元会長に近づき握手を求めていた。
俺はその顔を見て、これから起こる戦闘をキムは念頭に入れているのだと確信した。なぜそう思ったのか、口では説明できない。この場合、第六感とでもいうべきか。
北京共和国はいつ行動を起こすのか、どこが攻撃のターゲットになるのか、俺には分らないことだらけだったが、キムの平常心を装った顔からすると攻撃まである程度のインターバルを取り戦力を整えるのではないかと思われた。
俺の勘が正しければ、北京共和国は新人戦の最中に乗り込んでくるか、または終了直後に日本の何処かを襲う。決して明日明後日というわけではないだろう。日本中が何かに浮かれ冷静な心を失っている時、やつらは来るに違いない。
タダの勘であり、憂う根拠は何もない。
何もないから他の人には言えないけど、嵐の前の静けさのようなものをひしひしと感じる俺だった。
世界選手権-世界選手権新人戦 第12章
明日から俺は新人戦のために市内のホテルに缶詰めになる。
だから今日中にホームズを動物病院内のペットホテルにホームズを預ける必要があった。
自転車で移動しなければならない距離なのだが、先輩に自転車貸してくださいとなかなか言い出せず、ちょっと困っていた俺。
そこに、珍しく数馬が顔を出した。自転車に乗りながら。
「数馬!自転車貸して!」
その言葉を遮り数馬は自転車を寮の玄関脇に止めたまま俺の部屋に上がり込み、ホームズに声を掛けた。
「ホームズ。今の今まで済まなかった。もう君を追いかけたり消そうとしたりしない。これからも海斗と一緒にいられるように、もう互いに魔法は終いにしよう。そして、何より食べることが大切だよ。栄養摂って少しでも元気になってくれ」
ホームズはむっくりと猫ベッドから起き上がり、高めの声で数馬に向かって「ニャーン」と2回鳴いた。
まるで、「許してやる」「ありがとな」といったような気がして、俺は優しくホームズの背中を撫でて数馬に礼を言った。
「ありがとう、数馬。前にも言ったけど、ホームズはもう許してると思う。猫の宿命なんだって、これも」
「宿命、か」
「でも、俺はそんなの関係ないしもっともっと一緒に居たいから。な、ホームズ。これからお前もホテル住まいだ。狭くて嫌だろうけど、新人戦終わるまで我慢してくれ」
ホームズはさっきより大きな声で「ニャーン」と鳴く。
「仕方ねえな、お前も許してやるよ」とでも思ってるに違いない。
俺は先輩から借りていた猫バッグにタオルと小さな猫用の毛布を敷き、その上にホームズを寝かせて上から別の猫用毛布をかけてあげると、バッグのファスナーを閉めた。横にあるメッシュの窓からホームズがこちらを覗く。
「ニャ、ニャニャ」
まるで「じゃあな」と数馬に別れを告げているかのようなか細い声。
俺は外に出て深呼吸した。
ホームズ、病院に着くまでしばらく我慢してくれ・
寮の食堂で待っているという数馬に感謝の意を伝えると、俺は数馬の自転車の前カゴにバッグを載せ勢いをやや抑えめにしながらペダルをこぎ始めた。
動物病院兼ペットホテルに着くと、動物の看護師さんが出てきてホームズを抱っこして最初に健康診断をしてからペットホテルに移動すると言われ、俺は健康診断の結果を聞くために病院の待合室で手持無沙汰ながらも待っていた。
「ホームズ君の飼い主の方、こちらへどうぞ」
診察室に呼ばれた俺。
室内は犬や猫に関する本と高めのテーブルが一つ。体重を計ったり注射を施すために設置されている。
ホームズは畏まった顔をしていたが、どうやら注射されるのが怖かったらしい。プルプルと小刻みに足が震え、尻尾は真ん丸に太くなっている。
「怖くないからねー、ちょっとチクッとするだけ」
先生はそういうとホームズには手も触れずに俺の方を見た。
「栄養状態が良くないようですので、これから局部麻酔をかけて点滴します。麻酔は飼い主様のご了解を得ないとできませんので・・・」
栄養状態、やっぱり悪かったんだ。
俺は自分が情けなくなった。
でも、ホームズの前で取り乱しちゃいけない。
「わかりました。これから預かっていただく間、どうぞよろしくお願いします」
ホームズがすっかり固まっているのを見た俺は少しだけ笑って、ホームズを撫でた。
「ほら、怖くないってさ。頑張れよ」
先生と看護師さんに深く頭を下げ、俺は動物病院を出た。
ホームズ、新人戦終わったらすぐに病院行くから待ってて。
数馬の自転車、早く返さなきゃ。
帰りは猛スピードで寮を目指しペダルを漕いだ。
寮に着き玄関先に自転車を置きタイヤをロックすると、俺は走って食堂に入った。
ん?数馬がいない。
どこ行ったんだ、数馬。
廊下にも、外にも数馬の陰は見当たらない。
帰ったのか?
いや、自転車置いて帰るようなやつじゃない。
寮だって自転車ドロのリスクはあるんだから。
俺が辺りを探した限りでは寮にいないように思われたが、一応透視してみることにした。数馬がいるところまで追いかけて自転車を返せばいい。
目を閉じ、数馬の顔を思い浮かべる。
10秒もしないうちに、数馬の顔がぼんやりと浮かんできた。こんなに早く見通せるのだから、やはり近くにいる。
やがて数馬の顔の輪郭がはっきりとわかるまでになった。
あ、数馬の後ろにあるのは魔法科の制服。腕の部分に紅色で花束タイプの薔薇の刺繍が施されているから間違いない。
てことは、まだ寮の中にいるんだ。
はて、誰の部屋にいるんだろう。
俺は数馬の目線を追って透視を続けた。
数馬と向かい合って話している人物がいる。顔は見えないが、後姿はサラサラの髪の人物。
聖人さんじゃん!!
2人で一体何を話してるのか。
たぶん、敵襲に関するトップシークレット。
俺は関わらないと数馬に宣言したし、今聖人さんの部屋に入っても邪魔なだけ。気にならないといえば嘘になるけど、聞くべきでもないと思った。聞けば何らかの事件に巻き込まれそうな気がするから。
この頃、こういう方面の俺の勘は案外当たってたりするんだよ。
数馬がいる場所はわかったし、このまま帰ることもないだろう。聖人さんの部屋から出たら俺のところにくるのはわかってるから、俺は1人で荷造りをしていた。
出発は明日朝9時。
今度の宿は市内国立競技場からほど近い由緒あるホテルだそうで、数多くの魔法大会のサポートをしている関係上、俺たちのような小童にも丁寧に接してくれるという噂だった。
サトルが話してくれたから間違いはないと思う。
その話をしてからはサトルとも顔を合わせていなかった。
世界選手権の応援に行ってたのかどうか、それさえもわからない。
ま、生徒会は部屋に居ながら特別モニターで試合の状況見られるし、わざわざ会場まで足を運ぶ手間をかけなくともいいはずだから会場では見かけなかったのかもしれない。
それにしても、数馬と聖人さんの会話は終わる気配がない。
スマホ時計を見ていないから断言はできないが、少なくともあれから1時間以上は経っていると思う。
それだけ緊迫してる状況なんだろう。
世界選手権決勝ラウンド、『プレースリジット』と『エリミネイトオーラ』の2試合におけるキムの行動も目に余るものだったし。
いつ攻めてくるのか、どのくらいの人数が攻めてくるのか、ターゲットとなる人や場所はどこなのか。
考えただけでも話は止まりそうにないもんな。
サトルや譲司はまだこの話を知らないようだしスパイのことも分かっていないはずだから、俺が下手にサトルたちの前に出て、読心術を使われては困る。
誰かに言いたい気持ちが心の中に渦巻いていたが俺は必死に我慢し、その夜はホームズがいなかったので久しぶりに自分のベッドで大の字になった。
翌朝は7時に目覚めた。
数馬、徹夜して聖人さんと話してたのかな。
隣の部屋を透視すると、聖人さんはベッドで静かに眠っているのが見えた。
あれ?
自転車は?
俺は素早く外出用のジャージに着替えて廊下に出て玄関まで走った。
玄関先に置いたはずの自転車・・・よかったー、まだある。
数馬、たぶん昨夜は遅くまで聖人さんと話し合っていたのだろう、瞬間移動魔法使って魔法技術科寮に帰ったのか。
それなら最初から移動魔法使えばいいのに、と思いながらも昨日は数馬が自転車できてくれたおかげでホームズを病院まで連れて行くことができたので、感謝したかった。
もしかしたら数馬は、ホームズを連れていくことがわかっていたからわざわざ自転車を俺のところに持ってきてくれたのかもしれない。
それにしても、数馬のお父さんの件で宮城家にて聖人さんと対立した時は俺が思わず心配するほど2人とも真剣そのものの戦いをしていたのに、急に仲良くなってないか?
“昔の人は良く言ったもんだ、男は喧嘩して、一戦交えて仲良くなる”
そう、父さんが言ってたのを思い出した。
俺が寮の中に入って廊下を歩いてると、ホント久しぶりにサトルの顔を見た。
心の壁は充分に機能しているはずだが、右手拳を左胸にコンコンと2回当てるとばれてしまうので、「フォース」と念じ魔法を重ね掛けしてから、壁を厚くしてサトルに挨拶した。
「おはよう、サトル。久しぶりだな」
「海斗、おはよう。ほんと、全然会って無かったね。今日は何時にこっち出るの?」
「9時」
「僕は生徒会の仕事あるから8時出発なんだ。まったく、僕は選手でもあるのに人使い荒いよね」
そういって、アハハと周囲に聴こえるような声をたてサトルは笑った。
「サトルは選手なのに、仕事外してもらえなかったの?絢人だっているだろうに」
「ん、まあ、そうなんだけど・・・」
「何、どうかしたの」
「近頃沢渡元会長が絢人に仕事を割り当てないんだ」
「どうしてまた」
「わかんない。嫌ってるようにしか見えなくて」
「沢渡元会長、好き嫌いをはっきりさせる人には見えないけどな。それに今の会長は光里先輩だろ。沢渡元会長が口出したらそれこそ越権行為じゃないか」
「光里会長は沢渡元会長に逆らわない。まるで上意下達が残ってるみたいに」
「なーんだ、やっと少し進んだ学校生活になるかなと思ったのに」
「しっ、海斗。先輩方に聞かれたら厄介なことこの上ない」
それもそうか。
絢人のことは少し心配だったけど生徒会の役員でもない俺が口を挟むことはできない。
でも、それなら生徒会役員から外せば済む話だよな。
入間川先輩や六月一日先輩がそうされたように。
なんで宙ぶらりんにしてるんだろう。
よくわかんない。
正直、あまりいい気持ちはしなかった。
サトルと別れて自分の部屋に戻ると、コンコン、と荒目にドアをノックする音が聴こえた。この荒さは逍遥しかいない。
「はーい」
といいながらドアを開けると、逍遥が「ぬっ」と顔を出した。いや、身体ごと部屋に突進したと言ってもいい。
さすがのことに驚いて、俺は一歩後ずさりして部屋の中に押し戻された。
「おはよう、逍遥。どうしたんだよ、朝から」
「今日は一緒に行こう」
「聖人さんは?一緒に行かないの?」
「聖人は自由行動するってさ。そっちのサポーター殿も同じだろ」
「数馬も・・・だな。自由行動みたいなもんだ。今日の朝もジョギングしてないし」
「今晩からは宿が一緒な分、君は楽できるんじゃない。一々魔法使わなくて済むし」
「そうとも言える」
「海斗、知ってる?魔法使い過ぎると体力消耗するよ。だからみんな瞬間移動しないで地道な移動方法採ってんだから」
え。そうなの。
俺、誰からかそんなの教えてもらってたっけ。
ホームズが魔法の使い過ぎで身体に疲労が蓄積して今の状態になったのはドクターから聞いたけど。
逍遥は下を向きながら「はあ」と大きなため息を吐く。
なんだなんだ。
どうした。
「海斗、君相変わらず間抜けてる。ホームズの話聞いた時に人間も同じだと理解しなくちゃ」
「そうなの?」
「決まってるでしょうが。君がこっちに来て飛行魔法覚えたばかりの頃国分くんの家に行ったことがあるよね」
「あった。1回目は飛行魔法使ったけど、2回目は電車で行った。瀬戸さんがいたからだとばかり思ってたけど」
「まさか。彼女が飛行魔法苦手なのもあるけど、君の身体に疲労が蓄積して魔法使えないと困るから、ってのが第一の理由だったんだ」
「そうだったんだ」
「ほんと、相変わらずアホだ、君は」
「そりゃそうだけど・・・」
いや、そりゃそうなんていう問題じゃない。
何で誰もそれを口で俺に教えない。ホームズはホームズ、猫と人間は違うと俺が思ったってそれは仕方のないことだと俺は思うぞ、逍遥。
「今更感ありありだね」
段々と言葉がボディブローのように身体に溜まっていくような気がして、俺はその話から話題を逸らした。
「昨日数馬がこっちきてたの知ってる?」
「ああ、君に自転車貸しに来たんだろ」
「うん、そのあと夜中まで聖人さんと話し込んでたみたい」
「それも知ってる。その話題はここではNG。ホテルに着いてからにしよう」
逍遥は俺の部屋の荷物を見ると、無言で行くぞという風に顎で行く方向を指し、俺の部屋から出ようとしていた。
はあ、その俺様気質さえなきゃ、頼れる良い奴だよ、君は。
俺は部屋からキャリーバッグをゴロゴロ転がし廊下を歩く。
出会う先輩方が、「頑張れよ!」と声を掛けてくれたり、たまにいじけた目で遠くの食堂からこっちを見ている同級生もいた。
魔法科は実に様々な生徒が多いなとあらためて思う。
俺はいつまで経っても第3Gのままなんだろう。
いいけどさ。
そんなこと微塵も感じてない逍遥は、自分の部屋に戻りキャリーバッグをとってくると、玄関で待っていた俺に声もかけず歩き出した。
おいおい。
待っててやったのに「ありがとう」や「ごめん」の一言もないのか。
逍遥らしすぎて涙が出るわ、まったく。
逍遥は大通りまで歩くと、俺が後ろにいるのを確認してから空車で走ってきたタクシーを停めた。
「帝国プラザホテルまで」
おーい、ここはきちんとドライバーさんに敬意を払って「お願いします」まで言えー。
何だかんだといいつつも、逍遥はツッコミどころ満載でちょっと笑える部分もある。
そう思いながら口元をムズムズさせていたが、本人にいうとまたツンデレ傾向が強まるので敢えて俺は何も言わず逍遥の言動を見ていた。
朝のラッシュに巻き込まれ、20分ほどでタクシーは帝国プラザホテルに到着した。
「ありがとうございました」
ドライバーさんに頭を下げてタクシーを降りる。その必要もないのかもしれないが、言われて嫌だと思うドライバーさんは少ないと思うわけ。
「ありがとう」という魔法の言葉に酔いしれない人はいないんだから。
ホテルに足を踏み入れ2階のフロントまでエスカレーターで上がり、フロントのお姉さんに話しかけてチェックインした俺たちは、紅薔薇専用として借り上げてある部屋のある7階までそのままエレベーターで向かった。
逍遥はもっと上階借りろよとぶつぶつ文句を言ってる。
だが、高いところが苦手な俺としては、7階でも十分だった。
えーと、今大会は男子3名女子3名に各サポーター、そして出場選手が在籍する高校の生徒会が宿泊するはずだ。
男子選手は全員紅薔薇で、女子は紅薔薇が1名、黄薔薇が2名。
黄薔薇高校から新人戦に選出された2名は少し男の子っぽい風貌の女子で、なんだかチェックインの時からファン?おっかけ?の女子がわんさとホテルに押しかけていた。
女子は5階、6階は2校の生徒会が専用で貸切っているため、南園さんの部屋は6階にもあるので被害はそうないかもしれないが。
715と716、717が俺と逍遥とサトルの部屋。
ただ、サトルは生徒会の任務も熟すため6階にも部屋がある。
試合当日こそ任務はないだろうが、あまりにもこき使い過ぎじゃないのかな。そんなんでサトルが全力を出し切れるのか、俺にはちょっと心配が残る。
「忙しいくらいの方が変な緊張せずに済むよ」
715に荷物を入れた逍遥が716の俺の部屋に遊びに来てサトルを気遣った。
「サトルは1人でポイッとされたら緊張が緊張を呼ぶタイプだから。君みたいに1人でも気にしないメンタルの強さがあればいいのに。ねえ、海斗」
「いや、俺メンタル強くないし」
「海斗は今も自分のことそう思ってるの?」
「うん。君と違って、メンタル弱いと思う」
「おやおや。でもそこが君のメンタルの強さを物語ってるんだよね」
ふふふ、と笑った逍遥が、サトルも一緒に3人で練習に行こうという。
生徒会役員室のある6階に顔を出したら仕事は一段落したようで、先輩方からもお許しがでたサトルは、いそいそウキウキの表情で俺たちについてきた。
練習場所は市立アリーナ。
帝国プラザホテルからは2キロ余り。走り込みを兼ねてジョギングでアリーナまで向かう。
逍遥は数馬並の脚力で、俺とサトルを引き離し前方にあるその姿はどんどんと小さくなっていく。体力馬鹿がここにもいた。やはり逍遥は体力だけの塊ではないかと思うほど。
俺とサトルは逍遥にペースを乱されること無く、程々の速さで足並みを揃え走っていた。
10分ほどで市立アリーナの前に着いた俺とサトルは、一番初めに逍遥の姿を探した。
グラウンドにいるのか、屋内にいるのかわからない。だが、その姿はどちらにも見えなかった。
「海斗、一緒じゃないといけない理由もないし、今日は逍遥とは別に自分なりに練習メニュー熟していいんじゃないかな」
サトルの言葉に俺も頷き、俺たちも常々行っているように別れて練習を行うことにした。俺はいつも最初にストレッチで身体を解してから『バルトガンショット』を行い、次に『デュークアーチェリー』の練習に入るので、『デュークアーチェリー』の練習から入るサトルとは別れてグラウンドに向かった。
そうだよ、午前中俺が紅薔薇のグラウンドにいるときはサトルが体育館の中にいたから会う機会がほとんどなかったんだ。
なんで会わないかなと思ってたけど、当たり前だよね、違う競技の練習してんだから。
果たして逍遥はどこにいったのか、ついに俺やサトルの練習が終わるまでアリーナには姿が無かった。
ところで、俺たち3人、なんでサポーターが周囲に居ないんだ?
数馬と聖人さんは何となくわかるとして、譲司は生徒会でこき使われ方が激しいとサトルは心配している。
それでサポートできないんじゃ、何のためのサポーターだよ!と生徒会に物申したいのは山々なんだが、俺はヘタレでもある。超ビビリでもある。
とてもじゃないが、俺は誰かが近くにいないと生徒会の中で真面な意見を言えるようなタマじゃない。
ところが練習が終わった時間帯、俺とサトルがストレッチとマッサージをお互いにしていた時、逍遥がジャージ姿でひょっこり現れた。
「どこで練習してたんだよ、まるっきりいないから心配したぞ」
俺が詰め寄ると、逍遥はあっけらかんとした態度で種明かしをしてくれた。
「魔法部隊の練習場に行ってた。練習もそれなりの環境で行えるし、情報収集もできるからね」
魔法部隊練習場。
そうか、そうだよな。逍遥は魔法部隊の隊員なのだから魔法部隊に行ってもおかしくない。色々な情報も手に入るだろう。紅薔薇のスパイ嫌疑なども情報の中に入っているかもしれない。
スパイの情報や北京共和国の日本併合に係る情報を耳に入れているのは、沢渡元会長、光里会長、聖人さん、数馬、逍遥、俺、亜里沙、明の8人だけのはず。
だから、この中にスパイはいない。
いや待て。
疑うわけではないが、併合の危機を知ってるからと言ってスパイから外れるのとはイコールにならない。
スパイの件もホームズが元気なら予知してくれたかもしれないが、今は病床にあると言っても過言ではない。もう、ホームズには頼れない。絶対に頼らない。
こうして、関わらない関わらないと言いながらも俺の中ではスパイ疑惑にスポットを当てた犯人捜しが始まろうとしていた。
ある程度、実情を知る立場にいる者の中にスパイが紛れ込んでいるというのは常套手段だ。
今回の場合、生徒会役員は他の生徒よりもいち早くその情報を受け取ることができるだろう。
あとは、新しくメンバーになった人物。例えば鷹司さんのように。
何もかも知らん顔して聞くことができるから、スパイとしてはとても動きやすいように思う。疑ったことが南園さんの耳に入ったらまたあの魔法で凍らされそうだが。
待てよ、沢渡元会長が絢人を避け始めたとサトルは言っていた。
あの人は一般的に卑怯なヤツを嫌うけど、別に絢人が卑怯な真似で生徒会の中に巣食ってるとは思えない。もし絢人の態度が悪かったら、サトルか譲司経由で俺の耳にも情報が入るはずだ。
なぜ絢人を遠ざける。
自分たちの言行を知られたくないから?
もしかしたら、疑ってるのか、絢人を。
まさか。絢人に限ってそんなことはないはず。いいやつだもん。逍遥とは反りが合わないだけで。
俺自身、八雲がスパイだと決めつけていたこともあったのだが、今、八雲は生徒会とも関わりが無いはずだし日本にいるのかどうかさえ俺にはわからない。
それよりも俺の知らない中で将来的なことを見据えて紅薔薇に遣わされた生徒がいてもおかしくない。
こうして色々と考えを巡らせてしまうのが俺の悪い癖。
俺にはかかわりのないことだと自分自身に言い聞かせ、スパイの話から遠ざかろうとしていた。
一生懸命考え込んだ俺を、サトルが心配する。逍遥はといえば、ちゃっかり姿を消していた。
「海斗、急に考え込んでどうしたの」
やべっ。サトルは何も知らないんだ。心の壁、ちゃんと仕事してるか?
「あ、いや、何でもないよ、サトル。新人戦に出る外国勢のこと考えてて」
「注目選手とか?」
「そう。『デュークアーチェリー』GPF優勝のスペインのホセとか、『バルトガンショット』GPF制覇のドイツのエンゲルベルトもそうだし」
「あと一人、北京共和国からエントリーしてるワン・チャンホ。今までどの大会にも出てないんだけど、世界選手権出場のキム・ボーファンに勝るとも劣らない実力の持ち主らしい」
「えっ?北京共和国からエントリー?」
俺は何に驚いたかって、北京共和国に優秀な1年がいると聞いて、耳を疑ったのだ。今まで俺の情報網には引っ掛かっていなかったから。俺以外の「北京共和国日本併合案件」を知ってる7人の間では情報共有されていたかもしれないけど。
サトルは屈託のない顔で続けた。
「そうだよ、今までそんなこと1回もなかったのに、今年はエースを世界選手権と新人戦に1人ずつ投入してきたって聞いた」
サトルの言葉を引き取り、さも驚いてないよとばかりに振舞おうとする俺だったが、どうやらサトルにはその部分だけはお見通しだったようだ。
「海斗、挙動不審だよ」
「そ、そうか?」
「隠してもだめ。僕がワン・チャンホの名前出したらすごく驚いたよね」
隠しようがない。もう、嘘は吐かないことにしよう。
「いやあ、サトル。キム・ボーファンの試合観たか?」
「うん、仕事しながらモニター観てたからだけど」
「あのせこい攻撃ったらなかったよな。『プレースリジット』では沢渡元会長に「マージ」撃ちこんだし、『エリミネイトオーラ』では本物のオーラ撃つつもりに見えた。競技場内でもブーイングの嵐だったんだ」
「そうだったの、って海斗、驚いた理由にはならないよ」
俺は額に汗してサトルの追及をかわそうと必死だった。
「そういう国なんだろ?北京共和国って国は。そして新人戦にもエントリーしたってことは、何かそういうズルする人間が出てくるってことだなあって思ったわけよ」
「そうだね、世界選手権と違って相対する競技じゃないことはラッキーかも。ズルしてどこまで成績伸ばすか見ものだね」
やっとサトルの興味は別な方に移ってくれたように思う。
ほっとするのもつかの間。
ワン・チャンホか。
こいつもキム・ボーファン同様、北京共和国が日本に上陸するための手引き役に違いない。
日本にいるスパイは何名なんだ?どうやって連絡を取り合っている?
あ、連絡は離話で済むか。いやいや、離話は聞かれる可能性もなくはない。
スマホとかでメールもないから、手紙、電話、うーん、そんなんじゃないな。やはり魔法だろう。
瞬間移動魔法で落ち合い必要事項の報告後、スパイ役の人間は可及的速やかに自分の本来いるべき場所に戻る。それならアリじゃないか。
あー、だめだ。
考えれば考えるほどスパイのあては無くなるし、なんで首突っこんでんだろうって思う。俺は試合に照準を合わせてタイトルを獲るためにここにいるんだから、雑多なことで自分を惑わせちゃいけない。
この考えを切り替えなくちゃ。
でも、練習をひと通り終えてホテルに戻るばかりの俺にとって、ホームズもいない長い夜の時間は余りに退屈で、考えなくてもいいことまで考えてしまうような、そんな気がするのだった。
俺はサトルに声を掛け、ホテルまでゆっくりと走ろうと提案した。
汗かいて己の置かれた立場を弁えるのが俺に課された仕事かもしれない・・・。
ホテルの夕食はバイキング形式で。
最上クラスのホテルなのに、高校生相手のお決まりのパターンを設けてくれるなんて、とても粋な計らいだと思う。
俺とサトルは逍遥を誘って夕食を食べようとしたが、部屋にも生徒会役員室にもいなかったので諦め、夕食は2人で摂った。
数馬や聖人さんも今日中にホテルにチェックインしているはずだが、どこの部屋かもわからない。とほほ。
生徒会役員に聞けばいいのだろうが、理由を聞かれたら嫌だし、もうこうなったら数馬から俺に接触してくるまで待つしかない。
明日明後日は丸1日練習に費やせる。
逍遥は魔法部隊にいくので、俺はサトルと組んで市立アリーナで練習を積んでいた。
『バルトガンショット』は数馬の準備したショットガンが途轍もないいい仕事をしてくれているし、バングルのお蔭で『デュークアーチェリー』もいい感触がある。
練習では時間を気にするよりも撃ち損じの無いように心掛け、大体両方とも4分台前半でフィニッシュできるよう調整していた。
集中すれば3分台前半に到達するのだが、数馬が練習で時間を短くすることよりも、パーフェクトな射的、パーフェクトな射撃、所謂ところのパーフェクト・パッケージを目指せと言ってたし、その方が雑に時間を使うよりも効率的だと俺も考えた。
あとは、3日後に迫った公式練習で外国勢がどんなタイムを出してくるかによる。
3分台やまさかの2分台など驚異的なタイムで競技を終える選手がいたとすれば、俺も3分台の壁を破る練習が必要になるだろう。
逍遥のいうとおり、魔法の使い過ぎは体力気力を奪う。
俺としては、魔法の余力を残し新人戦本戦に臨む覚悟で練習を続けていた。
世界選手権-世界選手権新人戦 第13章
いよいよ公式練習の日になった。
俺たち男子選手3人は、早めの朝食を摂ると送迎用のミニワゴンに乗り国立競技場に向け車は走り出した。サポーターは後から来るということで、俺たちは先発隊。
女子選手は、南園さんが心配だったが思いのほか黄薔薇高校の選手と仲良くなったらしく、鷹司さんも交え6人で別のミニワゴンに乗り込んだ。
国立競技場まで、およそ20分。朝はとにかく道路が混む。
目的地に着いた俺は他の日本選手から離れて、まずストレッチで20分ほど身体を解し、競技場の周囲を走ることから始めて、その後競技会場となるグラウンドまで移動した。移動後もう一度身体を伸ばして各々が『バルトガンショット』の練習体制に入った。
今日の公式練習は魔法W杯Gリーグ予選と同じく世界をアジアエリア、北南米エリア、欧州エリア、中東エリア、アフリカエリアの5エリアに分け、エリアごとに時間割を区分し学生たちが集まり公式練習に参加することになっていた。
新人戦にはエリアごとに20名ほどの学生が参加するらしく、総勢100名が一生に1回しか獲れないメダルを目指して頂点を競い合う。
俺は、もちろん自分の練習はきっちりと熟すつもりでいるんだが、北京共和国から出場するというワン・チャンホの動きが非常に気になっていた。
ワンは、キムと違って切れ長の目と中性的な雰囲気が非常に見目麗しい男子で、あと5~6年で大人になったら超のつく美男子となること間違いなしの顔をしていた。
逍遥曰く、民族が違うのだろうと。
元々いたリアル世界での中国は26だか50以上の民族で国家が形成されており、一番数が多いのは漢民族だと聞いたことがある。
こちらの北京共和国と香港民主国も同様の民族形成により国家を樹立していれば、漢民族が主体となるのだろうが、ワンがどの民族出身かまでは俺にはわからない。ただ、キムとは違った民族なのだろうな、ということだけはぼんやりと俺の脳裏をかすめていた。
自分の練習にだけ専念しろと逍遥は数馬と同じことを言う。
でも、俺はワンの『バルトガンショット』がどれだけのモノなのか見てみたくて、ずっとそちらを気にしていた。
自分の練習も忘れて。
すると、いきなり誰かが俺の後頭部をポカポカ連打した。
「いっでーな、誰だよ!」
別にそんなに痛いわけじゃなかったが、つい、口からついて出る言葉。
ぐるりと後方を向く俺の後ろに立っていたのは亜里沙だった。
「何、あんた他人のこと意識できるくらいの魔法力増したの?」
途端に、ヒューヒューと口笛を吹き俺は誤魔化した。
またもや前頭葉をパカッと叩く亜里沙。
「久しぶりに来て見れば、この為体だもんね。大前はどこ?」
「後から来るって」
「なら、来るまであたしが見てるから練習しなさい」
「はいはい」
「返事は1回!」
「はーい」
「伸ばさない!」
「へい」
亜里沙に『バルトガンショット』を見せるのは初めてかもしれない。
俺は2丁のショットガンを取り出すと両手でトリガーに手を掛け、号令の合図とともに目を閉じて、クレーの出現場所に狙いを定めショットガンでクレーを撃ちだした。
周囲はうるさかったが、クレーが出てくる音ははっきりと聞こえる。
よし。
いける。
数馬がプログラムを組んだショットガンは、クレー発射音に特化した魔法を注入してある。クレーが発射された瞬間に魔法で音量を上げるようになっているから方向さえ判れば簡単に粉砕できる仕組みだ。
実際の本戦では速さ競争になるだろうが、今は全てのクレーを撃ち落とすことを第一目的として練習を続けている。余力を残して本戦に臨めというのが数馬の指示だった。
全てのクレーを撃ち落とし、100個全て撃ち終えた時に出る2回の号令の音とともに俺は目を開けた。
そしてどうだと言わんばかりの表情で後ろを向き亜里沙を見る。要した時間は4分20秒。速く撃とうと思えば、もっと速く撃てるから3分台に載せることは可能だし、今は時間を気にせず撃てている。ここで焦らないのがミソだ。
「あんた、目閉じてんの?よく判るわね、飛んでくる方向とか」
「数馬が苦心して俺のために組み上げたプログラムだから」
「へえ、やるじゃない、大前」
「会ったら褒めといて」
「わかったわかった。『デュークアーチェリー』はどうなの?」
「それなりに」
「そう、じゃ心配ないわね。周りばかりに気を取られちゃダメよ、海斗。誰がどんな記録だそうとも、あんたはあんたなんだから」
「わかってる。ありがとう、亜里沙」
久しぶりに亜里沙に会った。
さすがに、公式練習には顔を出しに来たか。明も一緒なのかな。明は魔法部隊でこき使われてるイメージ先行してるからなあ。
さて、1回目の練習を終えた俺は周囲を見渡す。
サトルや逍遥は実力通りの出来で、速さも4分台前半。俺と同じくらいだ。ま、逍遥は実力隠してんのが丸わかりだけど。
ワンの練習を見たいと思っていた俺だったが、ワンはどこかに姿を消していた。しばらく待っても戻ってこないので、俺はもう一度『バルトガンショット』にトライした。今度も100個の上限全てを目を閉じたまま撃ち落とし、所要時間は4分15秒。
公式練習なら、こんなもんだろう。
1種目ひとり2回までとされる公式練習のうち、『バルトガンショット』が終わった。
俺は1人で移動しようとしたとき、南園さんの射撃が見えた。
『マジックガンショット』であれだけの動きをしたのだからこっちも大丈夫だろう、と思っていたらショットガンを新調したばかりでトリガーの位置が手に合わないらしい。
途中で射撃を止め、鷹司さんと2人、どうするか議論を重ねているようだった。
俺が輪の中に入っても何の役にも立たないし、遠くから心配することしかできないけど、ガッツだ!南園さん。
何か良い解決方法が見つかりますように。
ワンはもうここにはいない。
もしかしたら2回の練習を終え『デュークアーチェリー』の練習をするために体育館に入ったのかもしれない。
俺は足早に体育館へと向かった。
サトルや逍遥は、当の昔に2回目の『バルトガンショット』の練習を終えていたようで、俺が体育館に入ると、もう『デュークアーチェリー』の準備に入っていた。
2人とも、予選会で見せた華麗な動きと正確なショットで射的が進んでいく。速さは・・・4分台前半。
俺も発奮し1回目の練習モードに入った。
後ろで亜里沙が見ているのを知っていたが、亜里沙に贈る『デュークアーチェリー』とでもしておくか。見て驚くなよ、亜里沙。
腕に数馬が準備したバングルを嵌め、いつもどおりの動きで足を肩幅に開き腕の位置を決め、合図とともに的が出てくるのを待つ。
1枚目の的が出てきてからは、2秒ごとにバングルが時間の経過を知らせてくれるのでそれに基づき矢を撃ち込み、これまたパーフェクトな100枚ど真ん中達成。時間は4分20秒。
後ろを向くと、壁際で亜里沙が首を捻ってこちらを指さしている。なんかしたか、俺。
まあいいや。
間髪入れずに2回目の練習に入った。
今度も全てど真ん中に決まった。よし。時間は4分15秒と先程より5秒短縮された。
よし。
こっちもいいくらいの時間で進んでいる。
周囲では4分の壁を破ろうとしっちゃかめっちゃかに矢を放つ学生も見受けられたが、そういう人に限って、肝心の的に当たらないという侘しい結果が待っていた。
こちらにもワンはいなかった。
来て会場を見ただけで帰ったのか?
練習を終えたサトルに、ワンの姿を見たか確認する。
「随分ご執心だね。目立つ選手の映像は生徒会にあるから601にくると良いよ」
「ありがとう、あとでお邪魔するから」
ところで、数馬は俺が練習してる間、競技場には来なかった。
サポーターなのに大丈夫か?
俺は今のところ精神的には落ち着いていると思うし、ショットガンやバングルに何の問題もない。ゆえに数馬がいなくてもどうにかなる。と思う。
思い出すよな、薔薇6。
ショットガンにいたずらされたりしたっけ。
聖人さんは忘れて欲しい過去だろうけど、俺にしてみれば懐かしい過去になりつつある。
っと、そういう聖人さんも競技場に顔を見せていない。
2人とも、北京共和国の関係で情報を取りまとめているのかな、明がここに来ないのもそういうことが関係しているのか。
亜里沙は脳天気だからここに来たんだろう。
「誰が脳天気よ」
また、亜里沙から後頭部にポカっとメガホンが飛んできた。
「うん、上々の出来じゃない。まだ本気出さないでここまで来れば大したもんよ」
「わかる?」
「そりゃあんた、12年もの付き合いは伊達じゃないわ。本戦いつだっけ」
「3日後」
「そう。こっちはもうてんやわんやよ。ターゲットも場所も期日も不明とあっちゃ嘆きたくもなるけどね」
「だろうなあ。ただ、キムとワンは手引き役に間違いないと思う」
「しっ、大きな声出さないで」
亜里沙が口で話す代わりに、俺に離話してきた。
「この方が安全だから」
「離話だって盗聴されんじゃねーの」
「あたしのは大丈夫。スクランブルかけてあるから」
「どうやればスクランブルかけられんの。俺もやりたい」
「片方が掛けてあればそれでOK。両方とも掛けたらノイズで話せなくなるわよ」
「そんなもんなのか。ところでさ、紅薔薇にいるスパイってもう目星付いてんの」
「まだ。それがわかれば拷問して吐かせてるわよ」
「拷問ってお前、中世ヨーロッパや中国じゃないんだから」
俺たちは顔を見合わせ笑ったが、亜里沙は目が笑ってない。こいつ、本気だ。
「ああいう拷問じゃないけどね、きついのは確かかな」
「こえーな」
「魔法使えば何とでもなるのよ」
俺はそこで不意に思い出したことがあった。
生徒会内での絢人への仕打ち、というか沢渡元会長の言動。
なんかおかしいんだよな、って思ってたから、亜里沙にぶつけてみた。
「あのさ、沢渡元会長ってなんで絢人のこと遠ざけてっか知ってる?」
「知らない、報告受けてないわよ」
「あの人むやみやたらと人を嫌わないだろ、でも、絢人に仕事与えてないって聞いたんだよね」
「ふーん、何かありそうねえ。正確な情報しか上に寄越さないからね、沢渡くんは」
「ちらっと調べてみて。ああ、サトルからの情報なんだけど、ソースは内緒にしといて」
「内緒になるかどうかはわかんないけど、水向けてみる」
俺は亜里沙と別れ、体育館の中でストレッチ運動してるサトルと逍遥を見つけて近寄った。
「もう終わったんだろ。帰ろか」
逍遥が首を振る。
「もう一度競技場周囲を走り込みしてから帰ろう。あと3日しかないから、本戦まで」
「そう言われればそうだな」
俺たちは3人でまた国立競技場の周囲を1周して、その足でタクシーを捕まえた。
「帝国プラザホテルまで」
いつも逍遥はこの調子。
敬うという概念はないのか、君には。
「言葉尻を捉えて概念の話をされても困るな。僕だって敬ってるよ」
げっ、こういうときに限って読心術かよ。
「まあまあ、ふたりとも」
サトルが間に割って入り、俺たちの険悪ムードはひとまず消えたかのように思われた。
ホテルに着き、俺は部屋でシャワーを浴びて着替えてから、逍遥の部屋のインターホンを押した。
「俺、海斗。今からワンの射撃とか射的生徒会に見に行くけど、一緒に行くか?」
「遠慮しておくよ。あいつには興味ないから」
へー。
逍遥に興味がないと言わしめる北京共和国のエースは、一体どんな仕事をするんだ?
俺は興味津々で601の部屋を訪ねた。
インターホンを押すと、沢渡元会長の声が聞こえた。
げげっ、忙しいのかな、それとも皆いないのかな。
「いや、たまたまだ。岩泉が先ほど来て報告を受けた。ワン・チャンホの試合を見たいのだろう。入れ」
「はい、お忙しいところ申し訳ございません」
俺はコンコンと3回軽くドアを叩き中に入った。
沢渡元会長が腕組みしてモニターを見ている。
「実はな、奴の国際大会出場は初めてなのだ。で、映像が全くない。これがさきほど国立競技場で奴が練習した際の動きだ」
「そうだったんですか」
「身体はみたとおり中性的で細身だが、どちらかといえばパワー型の魔法師だな。各1回ずつしか練習をしていないところを見ると、よほど自信があるのだろう」
「もうご覧になりましたか?」
「いや、俺もこれからだ」
「では、ご一緒させていただきます」
俺は沢渡元会長の隣に座り、モニターを食い入るように見つめていた。
ワン・チャンホ。
射撃の腕はいかほどか。
まず、『バルトガンショット』の映像が目にはいってきた。
・・・これをエースと呼ぶのか?
察してくれ、俺の言いたいことを。
見間違いではないかと思い、今度は『デュークアーチェリー』の映像に切り替え目を凝らした。
いや、やはり間違いない。
エースとは名ばかりの動きしかしていない。
矢に向かっての構え方も独特というか、それで射的できればいいが、3分の1ほど的から外している。
あるいは、わざとやった可能性が無いでもないが、試合の3日前にへたっぴのふりをしてどうする。今日は最初で最後の試合会場での調整の場として公開練習が設けられているんだぞ。
キムは魔法で沢渡元会長を潰そうとしていたからまだ強い魔法が使えたし実際動きそのものはしっかりしていた。
なのに、なんだ、このワン・チャンホの動きは。
沢渡元会長は一言だけ呟いた。
「こいつはとんだ食わせ物だな」
?
「というと」
「基本はしっかりしている。今日はやる気を見せていないだけのようだ」
「そうなんですか?」
「八朔はいつも最大限の力を出して練習していたか?」
「そういえば、1回だけです。あとは命中率を上げる方に注力して体力を温存していました」
「そうだろう、こいつもそうだ。体力を温存している」
「となると、どういう戦術でくるまったくわかりませんね」
「まあ、こいつがどこまで伸びるかわからんが、八朔は八朔の最大限を出し尽くせ。それが結果となって現れるだけだ」
「はい、わかりました」
俺はすぐに生徒会役員部屋を出て自室のある7階に向け階段を上がっていた。
7階に上がると逍遥が俺の部屋の前に佇んでいるのが見えたので、俺は走って716の前にいる逍遥に声をかけた。
「どうしたの」
「君はワン・チャンホの動きみてきたんだろ、どうだった」
「今日は全然力出さずに体力温存してるって。相当自信があるんだな、って沢渡元会長が言ってた」
「やっぱりね」
「逍遥、知ってたの?」
「実物を見てたから」
「なら言ってくれればよかったのに」
「生徒会の連中が逸れに気付いただけでもいいかなと思ってさ」
俺はもう食事に行くばかりだったので、逍遥を誘って食事に出た。
「不穏だな」
逍遥のワンフレーズが俺を不安にさせる。
「試合中にくるかな」
「いや、ワン・チャンホを巻き込むことはしないだろうから、試合のあとだろう」
俺たちは食堂ではその話を一切せずに黙々と食べ続け、すぐに皿を空にして食堂を後にした。
「僕の部屋に行こう」
逍遥はそういうと、早足で715に向かい、俺を手招きして部屋に入れた。
直後に部屋のインターホンが鳴り、俺は不穏な空気に凄く驚いてしまい、ビクッと肩が動くほどだった。
「怖がらなくて大丈夫だ。君は僕や山桜さんが守るから」
「いや、自分でも・・・ところで、誰?インターホンの主」
「聖人と数馬」
「あの2人、すっかり意気投合したみたい」
「元々の考え方が反対だからね、無い物ねだりなんだよ、きっと」
「誰が無い物ねだりだって?」
部屋に入ってきた聖人さんが逍遥に睨みを利かせながら数馬をも招き入れる。
数馬はちょっと心配そうに俺の顔を見ていた。全然練習に顔を出していないから、そりゃ心配にもなるだろう。
「海斗、今日の公式練習はどうだった?」
「どっちも4分くらい。数馬、俺いつ頃から本気出して練習すればいいんだ?」
その話を聞いた逍遥が目を丸くした。
「おや、今日のは本気じゃなかったんだ」
「今日よりも練習では若干いい成績出せたから。やっぱりスピードも欲しいだろ」
「あれでもかなりな速さだったと思うけど」
「命中率重視だよ、今日のは」
「成長したねえ、君も。あとは魔法をどれだけ吸収できるか、それだけだ」
俺はげんなりとした顔を逍遥に向けた。
「魔法を吸収する前に中国に吸収されたらどうすんだよ」
「中国?」
「北京共和国だよ、元いたリアル世界じゃあの辺は中国っていうんだ」
聖人さんが俺たちの会話を制して間に割って入った。
「スパイの正体はわかったか、逍遥」
「だいたいはね」
え?逍遥わかってたの?
なんで今まで黙ってたんだよ。
まさか、俺をも騙してたわけ?
「いや、君を騙したわけじゃない。君が気付かなかっただけの話」
「俺が気付かなかった?」
「そう、サトルの話で君は気付くべきだったんだ」
「何を?」
「スパイの正体」
「へ?サトルには何も話してないし、何も出てきっこないじゃない」
「これだから君は・・・」
閉口した逍遥を聖人さんが揺さぶる。
「で、誰」
「八神絢人。1年魔法技術科の生徒さ」
?
??
逍遥、何言ってんだお前。
絢人がスパイ?
何を根拠に。
ありえねーだろ。
いくら気が合わないからって。
逍遥は大きく深呼吸して、俺の肩を何回も叩く。
「サトルから聞いた時、本当におかしいと思わなかったの?」
「何を?」
「沢渡元会長が絢人に仕事を与えない、って聞いたんだろ」
「うん。なんでそれがスパイに繋がんの」
「重要事項が詰まってる生徒会の中に怪しい奴がいたら、即刻辞めさせるか相手の正体見極めるだろ、普通」
「辞めさせてないじゃないか」
「正体を見極めてるんでしょうが」
「亜里沙も全然そんなこと言ってなかったよ。あいつら前に一緒に仕事したはずだけど」
「その頃はまだ純粋な紅薔薇の生徒だったんだよ」
「じゃあ、いつからスパイになったのさ」
「GPS。僕と絢人の相性がおかしくなって絢人は結局生徒会の書記になった。その時からだと思う」
「意味わかんないんだけど」
逍遥は頭を抱えて悩んでいる。どう話せば俺が納得するのか考えているらしい。
逍遥を押しのけ、今度は数馬が俺の前に座った。
「海斗、生徒会は結構重要な仕事も多いよね」
「だと思う」
「僕たちはただでいつもホテルに泊まってるように思うだろうけど、これ、全部生徒会が中心になって宿泊予約取ったり部屋番号決めたりしてるのわかるか?」
「そうか、言われて見ればそうだね、でも絢人のスパイ疑惑とそれは繋がらないんじゃない?」
「今、北京共和国では誰を狙ってると思う?」
「日本人」
「となると、このホテルはテロの現場になり得るわけだ」
「そうかも」
「八神絢人は、沢渡が情報を把握してから生徒会付にはなってるけど全部仕事を外された。これが意味するものは何だと思う?」
「わかんない」
「泳がせてるんだよ、きっと」
「泳がせてる?」
「そう、例えば、キムやワンと接触する瞬間を狙って式神で尾行してるはずだ。八神絢人は必ず接触する、北京共和国の人間と」
「なんでそんなこと断言できんの」
「あいつ、といったら失礼だけど、1回電話してるの聞いたことがあってね、綺麗な北京語を話していた。北京共和国に日本人は入れないはずなのに」
「たまたまじゃないの」
「たまたまで北京語の発音やイントネーションを完璧に話せる日本人はいないよ」
「向こうにいたとか」
「向こうにいたら捕まって死刑になってる。そういう国だから。だから僕も入国を諦めた」
「でも・・・」
「八神の八という数字は北京共和国や香港民主国では縁起がいいと言われてる。そういったところからも、彼は向こうに溶け込みやすかったんだと思う」
「八の付く名字なら魔法技術科に八雲駿皇だっているじゃない。俺だって八朔で八の字ついてる」
「君は皆に見張られてるからそういう役は無理。それはそうと、八雲?そんなやつ魔法技術科にいたっけ」
数馬が首を捻るのを受けて、脇から顔を出した逍遥がフォローする。
「僕も八雲の線は考えた。あいつのことだからより強い奴に阿る可能性は大ありだからね。だが奴は魔法W杯Gリーグ予選で無様な失態を晒した後、紅薔薇を辞めた」
今度は聖人さんが右手を上げて俺に向かって大きく振る。話させてくれとばかりに。
「その後北京共和国に関係したところに出入りしてないか足取りを追った。結果、八雲は北米に居を移しそこからアジア圏に移動してる様子もない。完全にシロだ」
「そうなの?」
「ああ、魔法部隊の情報だから精度は限りなく高いはずだ」
数馬は床に座り込んでる俺の膝に手を置いて、静かに話し出した。
「君、山桜さんの拷問の話聞いてビビってるだろ」
「ビビッてはいないけど・・・」
「あいつを泳がせてるのは山桜さんも承知してる。あとはいつ捕まえるか、キムやワンとの接触が掴めたらすぐにでも魔法部隊に引き渡すことになってるんだ」
絢人が疑われていることはなんとなく理解した。
でも、なんでそれを誰も俺に告げなかった?
「だって君、この件には関わりたくないって僕に言ったでしょうに」
あ・・・そうだった。
「だから君抜きで動く予定にしてたけど、事情が変わった」
「事情?」
「ワン・チャンホの登場さ」
「ワンが出てきて何が変わったっていうのさ」
「あいつが君を拉致る、あるいは攻撃する可能性が出てきた」
「俺の魔法力が弱いから?」
数馬は少し考えているようだったが、ふぅ、と小さく息を吐きだすと俺の目を見つめゆっくりとした口調で話し出した。
「君の潜在能力はとても高い。今回の新人戦でそれが全世界に高評されることになるだろう。絢人は最初から知ってたんだ。君の能力の高さと、魔法部隊にいる山桜さんや長谷部さんが君の後ろ盾についてることをね」
「そいえば3人は全日本で1年をサポートしたから互いに知ってても不思議じゃないけど、俺の潜在能力が高いってのは数馬の贔屓目じゃね?」
数馬はすっかり俺を無視して言いたいことを並べ立てる。
「だから。北京共和国としてはいの一番に君を確保したいんだよ。力の強いものは、捕まえるか、殺すかのどちらかなんだ」
「なんだ・・・やっぱり危ない目に巻き込まれるんだ、俺・・・」
「そういう星の下に生まれたらしいね」
聖人さんが真剣な顔で俺に迫る。
「とにかく、身の回りに十分気を付けろ。国立競技場では逍遥がSP役を担う。その他の場所では俺たち以外の人間とは絶対に接触するな」
「サトルや譲司は?」
「その時は逍遥を帯同させろ。あの2人には事情を説明できないから」
「サトルのお父さんは魔法部隊の人だよね、そっちから情報が漏れることはないのかな」
「向こう、魔法部隊のことな、向こうでもトップシークレットで知ってる隊員は少ない。サトルの父親が戦況を知ろうとも、少数精鋭部隊が鎮圧にあたることになってるから早々息子に知らせることはないだろう」
「いやあ、だからこそ息子に一大事を知らせて身を守らせると思うんだけど」
逍遥は、俺の考えに対しいとも簡単に言ってのける。
「サトルの心の中覗いてみたらわかるでしょ」
「また勝手に覗くのか」
「海斗。この中では君が一番透視力があるけど、なぜか君はサトルに気付かれやすいのもまた確かなんだよね。いいや、僕が透視してみよう」
しばらく逍遥は目を閉じ神経をかなり集中させているように見えた。30秒ほどが経過した頃、逍遥は「パスト」と消え入るような小さな声で呟いた。
どうやら過去透視を行っているらしい。サトルと父親の接点を探っているのだろう。
今度は2分ほど時間がかかっているが、その間に聖人さんが俺に説明してくれた。
「現在の魔法部隊では1個小隊約30名が守備することになっているが、敵襲の人数が多すぎて守備範囲を超えたとか想定外の事件が起こった場合は情報が下部に降りる手はずになってて、そうなると一個中隊200人程度、足りなきゃ1個大隊1000人程度が派遣されるだろう」
ちょうどその時逍遥の透視が終わった。
「ああ、疲れた」
「逍遥、過去透視そんなに疲れんの。俺が代われば良かったな」
「大丈夫。遠隔透視と過去透視を同時に行ったから。こりゃ体力消耗するわ」
遠隔透視と過去透視を同時に行えるなんて初めて知った。あとで教えてもらわなくちゃ。
無邪気だった俺は、遠隔魔法教えろ、なんてホームズに言ってしまったことがある。いくら知らなかったとはいえ、ホームズには申し訳ないことをした。
逍遥は一旦自分の部屋に戻ると自前のドリンクを持ってきて、ゴクンゴクンと飲み干し、やっと顔の汗を拭いた。すごい集中力だ。
「サトルの件、結論から行くと彼は騒動の全てを父親から説明されてる。ただ、黙っているようにとキツく言われたのもあるし、彼自身父親が苦手なことも手伝って、我々に話していないのが実情みたい。ま、戦闘になったらサトルの力を借りることになるだろうから、適切なオケージョンを待ちながらサトルに接触しよう。今はまだ早い。絢人に知られかねない」
その時聖人さんが何やら目を瞑った。10秒ほどの出来事だった。
「俺の式神が八神絢人とワン・チャンホの接触を感知した。この部屋テレビあるだろ。モニター代わりにそれに映すから」
俺は部屋の壁際にあるテレビの電源を入れた。少し慌てていたので、メインスイッチがどこにあるかわからない。あたふたと探していると、やっと脇に付いてるメインスイッチを見つけた。ポチッ、とスイッチに手をやる。
「テレビつけたよ」
「ありがとう、海斗」
そこに映し出されたのは、あの中性的な魅力を持つワン・チャンホと紅薔薇高校1年魔法技術科、八神絢人の姿だった。
最初は後姿からはじまり、徐々に式神は前方に回り込み2人の顔を映した。どちらも笑いながら北京語?で話しているらしい。口唇術は使えなかった。
ところが、ワン・チャンホが式神の存在に気付いたのか硬い表情に変わり絢人も同様に顔をヒクつかせていた。
と、ワンが式神に向けて右手を翳してくるのが見えた。
ザザーッとテレビ画面は砂嵐状態になり、2人の姿は次の瞬間モニターが付いた時には消えていた。
「確定だな」
聖人さんの一言に俺は反論する。
「でも、元々友人だって言われる可能性もあるんじゃないの」
「あそこに友人がいる奴は身柄を確保されるよ、国交樹立してない国なんだから」
「で、警察に突き出すの」
「いや、捕まえようと思ったけど、今のでバレたはずだ。もうこのホテルには帰ってこないだろう」
スパイの面が割れた。
仲間だとばかり思っていた八神絢人。
これで、北京共和国が日本上陸するための手引き役が発覚したことになる。
いつ、どこに現れる。
それが俺の部屋に集まる4人の一番知りたい事項には違いなかったが、数馬が急に立ち上がった。
「さ、僕らは試合に向けて準備していくしかない。海斗、逍遥、明日は市立アリーナに行くだろ」
「俺行く。逍遥は?魔法部隊で練習するんじゃないの」
「市立アリーナに行くよ、君のSPだもん」
数馬も頷き俺と逍遥を交互に見た。
「僕もサポーターとして君らに付いていくから。海斗は朝のジョギングサボらないように」
逍遥が立ち上がって聖人さんにちょっと懇願するような声を出した。
「聖人は?」
「引き続き情報収集に当たる。数馬、逍遥の方も見てやってくれ」
「了解」
聖人さんと数馬は、外を気にしながら廊下に出て自室に戻っていった。
逍遥が手に嵌めた時計の針はもう午後10時を指している。
「さて、僕らも寝ようか」
「ああ、俺隣に帰るわ」
「待って、海斗。君はやつらに拉致される可能性もある。僕が一緒に行くから、キャリーバッグに必要な物全部入れて僕の部屋にくると良い」
「狭いよ」
「じゃあ、生徒会にこっそり頼んでツインルームを宛がってもらおう」
俺たちはひとまず俺の部屋の荷物をすっかり片付け部屋を綺麗にしてから荷物を715の逍遥の部屋に運び込み、その足で6階の601の前まで早足で歩いた。
インターホンを押す逍遥。
中から応じたのは、やはり沢渡元会長だった。もうとっくの昔に消灯時間は過ぎていたが、沢渡元会長は優しく出迎えてくれて、直ぐに俺たちは601の応接セットに通された。
「どうした、こんな夜に」
結構もじもじくんの俺とは対照的な逍遥はズバリ核心から入っていく。
「沢渡会長、お願いがあって伺いました」
「なんだ」
「八神絢人はこちらに戻っていますか」
それを聞いた沢渡元会長は一瞬驚いてしかめっ面になったが、素直に首を左右に振った。
「八神に何かあったのか」
「いえ、緊急事態ゆえに、生徒会の方でツインルームをご準備いただけないでしょうか」
周りにいたサトルや譲司、鷹司さんも顔を上げた。
「緊急事態とは、もしかしたら八神に関係のあることか」
「申し訳ございません、そちらにつきましては即答いたしかねます」
この一言で、沢渡元会長は俺たちが話さんとしていることの内容を理解したらしい。
光里会長はいなかったが、沢渡元会長が譲司に命じ、フロントに掛け合って空いているツインルームを探してくれることになった。
空き室が見つかるまで結構時間がかかるかに思われた。
最初、空き室がないと言われたためだ。
それでも譲司は粘り、キャンセルの出た部屋をもチェックして欲しいとフロントに何回も頭を下げ、やっと一部屋、ツインルームが見つかった。
ただ、逍遥は新しく見つけた部屋に俺たちが泊まるとも何とも生徒会役員に告げていない。
7階は一括借り上げなのでキャンセルの手続きもないし、誰が入っても問題ないということになり、俺と逍遥はツインルームのある15階に移った。
世界選手権-世界選手権新人戦 第14章
翌日と翌々日の練習は、数馬と逍遥がピタリと俺に張り付いていた。
逍遥は手慣れていない市立アリーナの施設内で『バルトガンショット』や『デュークアーチェリー』をするのはあまり効果がない、ってか効果が薄れると言って練習もせずに俺の射撃や射的に対し、時折数馬と顔を寄せて言葉を交わしながらずっと見ていた。
公式練習後、市立アリーナは日本人専用練習施設となり、周りには日本人選手とサポーターしかいない。サトルも譲司と一緒に市立アリーナに来ていた。
ただ、俺とサトルはルーチンも違ったし競技の練習順も違っていたので顔を合わせて練習することはなかった。
『バルトガンショット』の方は、ギャラリーがいないのでクレー発射音がより大きく聞こえたせいもあるのか、所要時間は公式練習を大きく上回り、3分30秒まで短縮。
手応えを感じた俺は、3回ほど『バルトガンショット』の練習に費やした。所要時間は毎回3分台半ばを推移している。まずまずの出来だった。
次に、アリーナ屋内に入り『デュークアーチェリー』の練習を始めた。
数馬が調整したバングルを右手に嵌めることから始まり、足の幅、姿勢、腕の位置と確認を終えて試射の準備に入る。
1回目の的が出て来て、それをじっと見ながら余裕でど真ん中に決め、その後は2秒ごとに次々と矢を繰り出していく。テンポよく矢を出せるのでストレスもかからず姿勢も悪くならない。
結果、3分半ばくらいの時間で100枚の的を正確に射抜くことができた。
よおし。
このまま3分台半ばをキープして本戦に臨もう。
その後5セット近く『デュークアーチェリー』に時間を費やし、俺は市立アリーナを後にした。
公式練習は5エリアの選手たちがそれぞれの時間帯で練習を行ったし、特にワンが気になっていた俺は、各エリアの公式練習の見学はしなかった。
だが、ホセとかエンゲルベルトもそうだし、GPSで『デュークアーチェリー』に出場してた連中はほとんどが今回の新人戦にも参加しているだろう。
一生に1回しかない大会なんだから。
さ、今日はもう練習を切り上げて、あとはホテルに戻ろう。
ホームズ、今頃どうしてるかな。ちゃんとご飯食べてたかな。
早く試合を終えて、ホームズを迎えに行きたい。
試合よりホームズのことを考える俺も俺だが、自分の練習しないでSPやってる逍遥も逍遥なんだけど。
それは裏を返せば自分に対する絶対の信頼。自意識過剰なのではなく、自信。
逍遥は自分の力を心の底から信じている。だから1日2日練習を休んだところでその自信が喪失することなど絶対にない。
これがメンタルにも相当影響を及ぼしていて、逍遥は鋼のメンタルを持っていると皆が噂するのだ。
凄いことだよ、それも。実績に基づいた確かな練習と自身を信じて前に突き進むなんて誰にもできることじゃない。そこが逍遥たる所以だ。
俺は俺でメンタル強いとか噂されてるようだけど、周りに恵まれているだけで自分を信じる心を持てないのが今一つ哀しいところだ。
でも、明後日から始まる新人戦は絶対に上位に食い込んで見せる。
その思いは俺の中で揺るぎないものとなっていた。
翌日も、逍遥と数馬は市立アリーナまでジョギングがてら付いてきた。俺たちが屋外のグラウンドにいったとき、ちょうど南園さんが『バルトガンショット』の練習を再開しようとしていた。
「あれ、ショットガン、治ったの?」
俺の声に気付いて後ろを振り返った南園さんは、下を向いて首を振った。
ああ、新調したやつは結局お蔵入りか。でもまた買ったとしても、トリガー部分が握り易いかどうかは別問題だ。
「はい、それで、以前使っていた物に魔法をかけて同じスペックまで上げています」
「壊れやすくならないの、それ」
「明日まで持てばいいだけですから」
「そっか。自分に手に合ったデバイスが一番いいよね、ファイト、南園さん!」
俺の言葉を聞いて、南園さんはやっと笑った。
「ありがとうございます。八朔さんこそ、昨日目を閉じて試射してましたよね、びっくりしました。こういう戦術があるのか、って」
「俺の場合、最後までクレーを目で追う癖が抜けなくて。両手撃ちするのにもちょうど良かったみたいだし」
「そうでしたか、『デュークアーチェリー』も凄く素敵な演武でした。どちらも4分ほどなんて、信じられない速さですよね」
「いやあ、サポーターが魔法技術に長けたやつだから。デバイスの勝利だよ」
「そのデバイスを使いこなすには、それ相応の魔法力が必要なんです。やっぱり八朔さん凄い」
「褒めないでー。俺すぐ図に乗るからー」
南園さんは思わず仰け反って大笑いしていた。
やっと凹んでいた昨日から立ち直ったような気がする。
頑張れ!
黄薔薇高校の選手たちは並んで『バルトガンショット』の練習をしていたが、この2人も両手打ちで練習を行っていた。
演劇かバレエでも習っているのか、2丁のショットガンでクレーを真ん中周辺で撃つ仕草はとても決まっている。
クレーが粉砕されるたびに、取り巻き追っかけファン諸々の女子が、「キャーッ」と黄色い声を上げ、それはそれで明日のお客と同じくらいの音量は有りそうな気がした。
俺は一番隅の円陣に向かうと、ジャージのまま足幅を決めて姿勢を安定させ第1の的を待つ。汽笛の合図に押し出されたように的が現れた。
ドン!!
命中するたび、2秒間隔で人さし指デバイスを的のあった方に向ける。
ああ、前は気付かなかった。人さし指そのものが少しバランスを欠いただけで、この競技は終わる。そして的がそこにくるであろうことを予想して俺は撃たなくてはいけない。
やはり、短い時間で片付けないといけない競技なのだ、『デュークアーチェリー』は。
3セットの練習で、記録は3分30秒から3分40秒ほど。
数馬から明日の本戦に向け休んでおいた方がいいとアドバイスを受け、俺もちょうどゆっくりしたかったし午後は寝て過ごそうかなどと、楽することを考えていた。
3人で走りながらホテルに着き、数馬は自室へ。俺は逍遥とジャンケンして負けたので俺たちの泊まるツインルームには戻ったものの最初に逍遥にシャワーを取られてしまい、ドアから向かって左側にある自分のベッドに寝転がった。
すると、ちょっとけたたましいインターホンの音が俺の耳を劈いた。
モニターを確認しに行く俺。
黄薔薇高校の制服を着ている若者男子が2名。
「黄薔薇高校生徒会の者ですが」
「お菓子のおすそ分けに着ました」
お菓子?食べたーい。でも、俺は食い物でさえ自分で買ったものしか食べないほど食品にはうるさい。あとで数馬にでもあげようかなと、ドアを開こうとした時だった。
タオルを腰に巻いたあられもない姿の逍遥がドアまで走ってきて俺の手を押さえた。
俺を中に引きずり戻った後、モニターで話す逍遥。
「残念ですが、試合期間中は何も食べないようにドクターから指示されておりますので」
「では、どなかたにお渡し頂くだけでも」
「いえ、お気持ちだけ頂戴します」
逍遥は普段の声音よりも1オクターブくらい低い声で接遇し、ついには向こうの2人を追い返してしまった。相も変わらず冷たい奴だなあ。
すると、ジャージに着替え終えた逍遥は目を三角にして怒っている。
「海斗、相手が危ない人間だってこと気付かなかったの?」
「え。黄薔薇高校の生徒なんだろ」
「ブー。本来7階に宿泊してたはずが2人一緒にこっちに来たのを知ってるのは、紅薔薇生徒会の一部と聖人、数馬だけ」
あ、そうだ。そうだった。
「海斗、黄薔薇高校の制服に見えなくもないけど、ありゃ乱雑に縫製した模倣品だよ」
「そうか、言われて見ればおかしいことだらけだな」
「あいつらがこの部屋を知ってるとは恐れ入ったよ。いつ情報掴んだのやら。外国と違って日本のホテルはプライバシーにうるさいから、他人が宿泊してる部屋番号は絶対に教えないはずなんだけど」
「金積まれたら?」
「どうかな」
逍遥はイライラしている。よくわかる。
「そんなことより、今晩を含めてあと2泊3日。君を守り抜かないと」
俺が反省しているとまたインターホンが鳴った。
出ようとする俺を制して、逍遥が応対した。
「はい」
名乗らないの?
「俺だ、数馬だ。ほれほれ」
数馬が変顔決め込んでる。顔がなまじ良い分、笑いが取れるレベルに達するのが早い。
「今開けます」
そういって、逍遥はモニター脇にある通路を隔てた先にあるドアを開ける。
「数馬聞いてよ。海斗ったら、危ない連中部屋に入れようとしてたんだ」
数馬は最初何も言わなかったが、手を組み高速で指を動かしだした。ああ、こりゃ不機嫌になってる。お小言が始まるかもしれないと思っていたら、案の定、きた。
「海斗、あまりいいたかないけど君は鈍感が過ぎる。言っただろ、君を拉致る計画だって大いにあり得るんだから」
「反省してます」
「ならいいけど。もう少し自分の行動に責任もってくれ」
「はい・・・」
なんで北京共和国が俺なんかに興味を示すのか、それが今ひとつわからないから数馬や逍遥の心配もどこか他人事で、1人で行動したって危ないことに巻き込まれるなんてないだろうと思いつつも、いつもいつも事件に巻き込まれその度皆に迷惑をかけている過去を振り返ると、1人で行動する!とは言えないし、なんだか胸の奥にモヤモヤしたモノが広がるのは確かだった。
でもまあ、逍遥のいうとおり2泊3日で新人戦は終わる。
それまで拉致されなければ・・・たぶん、絢人の手引きで日本の何処かに北京共和国の魔法師たちが上陸するんだろう。
日北開戦のような大掛かりな物ではないにせよ、どこかの地が、それはもしかしたらこの横浜かもしれないんだけど、戦闘状態に置かれる確率は非常に高い。
キム・ボーファンの姿が見えないところを見ると、どこかに潜伏しているのか、もう北京に帰ったのか、そこは俺にまで情報が降りてないからわからないが、ワン・チャンホは間違いなく横浜に滞在していて、絢人と接触したのが聖人さんの放った式神によって確認されている。
八神絢人。
信じていたのに。
失望なんてもんじゃない。
GPSのアメリカ大会で逍遥とのパートナー関係が上手くいかなかったときだって、俺は心配したし生徒会に入れて安心もした。
これから1年魔法技術科の中心となって働いていくことを心の底から応援したかったし、生徒会の皆と上手くやって欲しいと願ってた。
なのに絢人は北京共和国に俺たちを、日本を売るような真似をしているのが現実だった。
なんだかなあ。
なんで国を売るような真似ができる?
俺が拘りすぎなんだろうか。
いや、違う。
もしかしたら、元々北京の出身だったのか。
日本人のふりをして紅薔薇に入学し、着々と日本併合計画を進めていたのではないか。
そう思えば、一連の行動にも納得できるというものだ。
とにかく俺は、明日と明後日の新人戦各競技に自分の今できる全てをかけて皆と戦い優勝を目指したい。
そのための邪魔は、いくら絢人であっても許しはしない。
俺の場合、デバイスに悪戯されることもよくあるので、デバイスは肌身離さず持ち歩くようにした。
翌朝目覚めた時もデバイスは俺の枕元に置かれていて、本当に自分の物か丹念に確認する。バングルにしてもそうだ。着け心地に重点を置いて、数馬の調整品かどうかを見極めていた。
よし、デバイスは間違いなく俺のモノだ。
逍遥を起こし、食堂へ行く準備をする。
制服に着替え俺たちは一度非常用階段で7階に降りてから、さも7階に泊まってますみたいな顔をしてエレベーターに乗って2階の大食堂まで移動する。
もう、絢人たちにはバレたようだが、知らないふりをすることによって相手を油断させる手口で包囲網を狭めようとしていたが、あいつらを捕まえるには決定打がなかった。
もし俺が拉致・誘拐されてしまえば決定打となるのだろうが、紅薔薇の生徒会はそれを良しとしなかった。如何にして俺を守るか、それを一義的に議論し今の動きに反映させた。
俺も「自分だけは大丈夫」などと甘いことを考えず、いつも誰かと行動するよう努めていた。
そんな中で始まった、魔法大会世界選手権新人戦。
1日目の種目は、『バルトガンショット』。2日目が『デュークアーチェリー』。
本来は一発勝負で決まるこの競技だが、100名近くの1年が挑戦するため、世界選手権のように予選ラウンドを開催することが急遽決まった。3回試射しての平均時間と平均射撃数等を数値化し、上位20名までが決勝ラウンドへ行ける仕組みに変わった。
決勝ラウンドでは世界選手権同様、一発勝負で優勝が決定する。
ただ、世界選手権と違うのは、午前に予選ラウンド、午後に決勝ラウンドが開催されるというあまりにもタイトなスケジュールだった。国立競技場ではその日程しか取れなかったらしく、苦肉の策ということらしい。
体力の温存と予選ラウンド決勝ラウンドとの駆け引き。
1年にはちょっと難しい駆け引きではあったが、皆サポーターがついていてその辺をどう乗り切っていくか策戦を練っているようだった。
俺と数馬、逍遥と聖人さんは策戦とは言うものの、特に今までと変更点なく進めることが唯一の策戦みたいなもので、俺の場合、予選ラウンドは4分を目安に、決勝ラウンドは自分の出し得る最高の試合をする、ということで話は纏まった。
俺的に若干の不安はあったものの、数馬は、『デュークアーチェリー』の予選ラウンドでは肩の力を抜いて100枚の試射を全部成功させることを目標に揚げて俺を励ましてくれた。
予選ラウンドの『バルトガンショット』も、100個のクレー全てを撃ち抜けば時間は4分台で構わないという。
それよりも、午後にかけて体力を温存することが大切と言われ、無駄な動きを極力出さないようにとの指示が飛んだ。
逍遥と聖人さんはそういった細かい指示などは話し合わず、目標枚数と目標時間を確認し合って、早々に別れたようだった。
競技1日目の『バルトガンショット』は、グループを5つにわけて開始された。
聞いてなかったんで驚いたが、1人の生徒が射的するのに時間がかかりすぎる場合もあり、午前中に100名まで終わらないと見込まれたため、だそうだ。
進みが遅いグループは進みが早いグループの後に移動し射的することも発表され、現場はてんやわんやになり、上を下への大騒ぎとなっていた。
冷静さが勝負を分ける、そう数馬が教えてくれた。事実、周囲をみるとその通りになっている。
今年度が初めてで色々な想定外が危惧されていたのだろうが、今日の大会事務局は何もかもが後手に回り、選手たちやギャラリーからの派手なブーイングを受けていた。
俺と黄薔薇高校の惠愛さんは第1グループ、サトルと黄薔薇高校の設楽小百合さんは第2グループ、逍遥と南園さんは最終の第5グループに振り分けられ、予選ラウンドが始まった。
同じグループにはGPF『デュークアーチェリー』3位につけたイングランドのアンドリュー、これまたGPF『デュークアーチェリー』4位に入ったドイツのアーデルベルトが出場していた。
南園さんの話によると、GPF『デュークアーチェリー』優勝のスペインのホセは第5グループに属したらしい。GPF『バルトガンショット』優勝のドイツのエンゲルベルトは第4グループだという。ワン・チャンホがどこのグループに入ったか聞きたかったが、下手に話を振ると突っ込まれそうな気がしたので止めた。
『バルトガンショット』の射撃順を決めるため、グループごとに抽選会が行われ学生たちが一列に並ぶ。俺と黄薔薇高校の惠さんは並んで一緒にくじを引いた。
俺は20人中5番。惠さんは20人中3番で、少し緊張の色が見て取れる。第2グループに属したサトルは20人中7番、設楽さんは10番。逍遥は第5グループの中で一番遅い20番、南園さんは17番だった。
現場がかなり混乱していたので、外国勢の順番は聞くことができなかった。
フランスからルイかリュカが来ていないか辺りを見回したのだが、2人の姿はグラウンドからは確認できなかった。
でも、俺がベンチ際に下がった時だった。
「タコ!タコ!」
なんだよ、タコって。
あ、もしかしたら・・・。
俺は声の聞こえたギャラリー席の方を見回した。
そこには、笑顔のルイとリュカがいた。
「タコ、グループドコ?」
「1」
俺は指をひとつ立てて第1グループであることを2人に教えた。
「OH、ラッキー。アイニキテ」
予選ラウンドが終わったらギャラリー席に来いという意味らしい。
「OK」
俺が手振りでOKサインを出したら、2人はキャッキャと喜んでいる。
よし、まずは『バルトガンショット』で練習の成果を出すぞ。
大きな号笛とともに、『バルトガンショット』の予選ラウンドが始まった。1人目のアジア圏の選手は7割方クレーは撃ったものの、時間は13分。2人目の欧米人は時間こそ10分を切ったが当たった数が5割を切っていた。
3人目で登場した惠さんは緊張の度合いが結構きつかったようで、俺も彼女のサポーターも心配していたが、11分で5割の射撃と、数字の上では結果が出ないで終わってしまった。
その後、俺の前に出てきた中東方面らしき人物も11分で約7割。
中々皆数字を稼ぐことができないでいるようだった。知らない土地での射撃は感が狂う部分もあるのかもしれない。
次は俺の番。
大きく深く深呼吸して屈伸運動して腕をぐるぐる回して身体を温める。
「カイト・ホズミ」
名前が呼ばれた。日の丸が胸に着いた全日本のユニフォームでショットガンを取り出した俺に、ギャラリーから大きな拍手が巻き起こる。
これじゃ惠さんも緊張するわけだ。
幸い、GPSからGPFというビッグイベントを経験した俺にとって、拍手や応援の声、たまに見られる怒号などは緊張するファクターになり得なかった。クレー発射音が聴こえるかはちょっと心配だったが。
所定の位置につき、号笛が鳴るのを待つ。
「On your mark.」
「Get it – Set」
バン!と一回音が鳴るとともに俺は目を閉じて両手を伸ばし、ショットガンを身体の前に突き出した。
シュッ、シュッ、とクレーが発射される音が聴こえる。ギャラリーの喧噪はあったものの、目を閉じたまま集中すると発射音が大きくなり俺の耳に届く。
音のする方向に間髪入れずに両手でショットガンを撃ち続け、続けざまにクレーが粉砕された。
何分経っただろうか、今のところ撃ち損じは無い。
数馬の言うとおり、100%のクレー粉砕を目標に俺は巧みにショットガンを操り発射音に耳を傾けた。
発射音が聴こえなくなり、号笛が2回鳴った。
射撃終了。
俺はゆっくりと目を開けた。
ちょうど日差しが俺のいる辺りを包み込み、太陽が眩しく感じられて俺は目を細めた。
結果のアナウンスを待ちながら、ギャラリー席に設けられた特大モニターに目を遣った。
「ただいまの結果 3分55秒 100個 3分55秒 100個」
場内は一瞬静まり返り、1拍おいてギャラリーの物凄い歓声に包まれる場内。
よし。出だしは上々。体力にも負荷はかかっていない。
この調子で午後もいける。
俺はグラウンドから離れて数馬を探した。
グラウンドにはいなかったので、たぶん、帰ったかギャラリー席にいるのだろう。
数馬との約束通りの結果を出せたので、俺としてはご満悦だった。
他のグラウンドでも試合は行われていて、時折特大モニターにその様子が映る。
全日本のユニフォーム姿のサトルの射撃が目に入ってきた。
姿勢の良さを全面に出し、その両手は交互に、あるいは同時に様々な場所から出てくるクレーを捉えていく。
サトルの結果は、5分30秒、100個。
他の選手が撃沈していくなか、サトルも上々の滑り出しを計っていたようだ。
しかし黄薔薇高校の設楽さんはショットガンとの相性が悪かったのか、なかなかクレーを巧く捉えることができず、14分約5割という結果に沈んだ。
予選ラウンドは、最後に決勝ラウンド出場者を発表するだけなので俺はルイたちとの約束通り、ギャラリー席へ向かった。
「タコ!ナイス!」
「ありがとう」
「カズマ、イタ」
「どこに?」
「ホラ」
そういってルイはギャラリー席の後ろの方を指さした。聖人さんと並びモニターを見ながら、2人とも大真面目な目をして口がへの字に曲がってる。
何かあったのか?
「ルイ、リュカ、他のグラウンドで何かあった?」
「ナイヨ」
特に目を見張るようなことはなかったらしいのだが・・・。
まさか、ワン・チャンホの射撃か?
どのグループに属したのかもわからなかったが、本物の力を見せつけて予選突破を狙っているのかもしれない。
ルイたちに聞いた。
「今まで一番成績がいいの、誰?」
「タコ」
「そうなの?」
「ウン、スゴカッタヨ」
「ありがとう、他に僕くらいの人、いなかった?」
「イナイ」
ワンはまだ順番がこないのか。
きもそぞろにグラウンドやモニターを交互に見ていると、モニターに第4グループが出てきた。
ドイツのエンゲルベルトの射撃が始まるところだった。
「ア、エンゲルベルトダ」
「ルイ、知ってるの」
「カオダケ、デモツヨイ」
どれ。どんな試合運びをするんだろう。
ワンもさることながら、GPF『バルトガンショット』優勝者の射撃は楽しみだ。
凄いスピードと安定した技術。
悉く真ん中に着たクレーを外さずに撃ち落としていく。
どんな魔法がかけてあるのだろう、あのショットガンには。
魔法に思いを馳せていると、場内がざわつき出した。
「ただいまの結果 3分40秒 100個 3分40秒 100個」
次に、イングランドのアンドリューが所定位置についた。
しかし、結果は思わしくなかった。11分で8割。
どちらかといえば『デュークアーチェリー』の方が得意なのだろう。ドイツのアーデルベルトも出てきたが、特筆するような結果を出すことはできなかった。
俺がグラウンドを見ていると、モニターの方から大きな歓声と拍手が聴こえてきた。
第5グループの逍遥の顔が特大モニターにアップになって映っている。
モニターに結果が出た。
「ただいまの結果 3分45秒 100個 3分45秒 100個」
うわ、何それ。本気出してないよな、逍遥。お前本気出したらどこまで行くんだよ。
南園さんの射撃を見ずに終わってしまったことを後悔したが、手堅く射撃したはずだ。元々、南園さんは射撃の腕がいい。
日本勢から何人決勝ラウンドに行くんだろう。上手くいけば紅薔薇から出場した選手は全員残れそうな気がする。地の利はあるにせよ、今年の1年は本当に強い。
結局、ワン・チャンホの射撃はみること叶わず。
場内がざわつかなかったところを見ると、4分台や3分台は出していなかったはずだ。
でも、決勝ラウンドには残っているかもしれない。
決して記録の出ない選手ではないはずだから、力を隠しながら決勝に進んだ可能性もある。
予選ラウンドが全て終了し、場内では決勝ラウンドに進む選手の名前が成績順に読み上げられていた。
南園さん、ギリギリ20位での決勝ラウンド進出だった。
何か不具合あったのか。
あ、ショットガンの不調訴えていたっけ。デバイスが記録を左右することはこの俺が一番よく知っている。
数馬があの魔法をショットガンに注入してくれなかったら、俺なんて予選ラウンドで見事に花散らしていたに違いない。
ワン・チャンホも名前が読み上げられた。成績は10位。よくもなく、悪くもなく、というところか。
やはり本当の姿を見せていないのだろう。なんたって、北京のエースなんだから。
俺はルイやリュカに挨拶すると、数馬たちがいる方向に階段を駆け上がって近づいた。
すると、「来るな」というような素振りを見せる数馬。
なんで?
理由も知らされてなかったし、急にそんな態度を取られたので俺は思わずムッとして頬を膨らました。
でも、ちょうど南園さんと鷹司さんがいたのでそちらにシフト。
「南園さん、決勝進出おめでとう」
「ありがとうございます、八朔さんもおめでとうございます。全体3位なんて凄いですね」
「たまたまだよ。でも南園さん、やっぱりデバイス合わなかったの」
「はい、新しいデバイスは左右とも握りがおかしかったので古いのに戻したんですが、魔法力がないデバイスでしたから」
「それでも決勝ラウンド行けるなんて、やっぱり才能あるよね、南園さんは」
「午後までに魔法力注入するために、早めにホテルに戻ろうと思います。では・・・」
女子二人はそそくさと出口の方に歩いて行った。
逍遥もサトルも、どこいったんだろう。
俺一人で誘拐されたらどーすんだよ。
数馬も数馬だ。SPの役割くらいサービスしてくれてもいいじゃないか。あんなに強いんだから。
俺は少しふて腐れながら人が溢れかえる場内の出口に向かってゆっくりと歩き出した。
陰から俺を見る2つの目に、俺は気が付くことが無かった。
世界選手権-世界選手権新人戦 第15章
『バルトガンショット』の決勝ラウンドは午後1時から。
ホテルに戻って軽く昼飯食べて、少しストレッチで身体伸ばしてから競技場に行くか。逍遥もいないけど、1人でも大丈夫・・・。
そう思いながらテケテケと軽くスキップしながら競技場から出ようとしたとき。
ぬっ、とデカくて黒いスーツを着たファシスネーターみたいな男性が2人、俺の前に立ちはだかった。
いや、真面目にファシスネーターだよ、これ。
俺に用があるのか?
それとも、周りの誰か?
それとも、会場の見回り?
男性たちを避けるように右側に寄る。
でも、男性たちもすぐ右の方に寄ってくる。左に避けるとまた左側に。
うーん・・・やっぱり、用があるのは俺みたい。
声かけて理由尋ねても答えてくれるかな・・・無理っぽい。
どうしようか。
あんまり体力使いたくないんだよねえ、決勝ラウンド前だから。
俺が後ろに引き返そうとすると、後ろからも同じ黒いスーツのデカイ男性が2人、近づいてくる。
おいおい、なんだってんだ、いったい。
全員ゆうに2mはありそうで、囲まれたら俺なんて姿が見えなくなる。大人と子供状態だよ。
周囲には人がほとんどいなかった。というより、囲まれてしまい周りの人が見えない。
俺は即座に瞬間移動魔法を使いたかったが、ホテルの部屋までファシスネーターモドキの男たちが付いてくる可能性もあることを考えると、魔法を使うことを躊躇していた。
この男たち、俺をどうするつもりなんだろう。
まさか・・・誘拐?
でもこの状況下、誰かが俺を試合に出したくなくてどっかに誘拐、あるいは命まで脅かされるかもしれないという推論が導き出されるわけで、いの一番に俺が考えるべきは、ここから姿を消す、というものだった。
ファシスネーターが瞬間移動魔法を使えるのかなんて知らないけど、彼らに両腕を掴まれた時、とにかくこりゃ逃げなくちゃと思い、俺は心の中で叫んだ。
「俺だけが帝国プラザホテルまで、GO!」
そこに冷たい風が吹き荒れて、俺はブルブルッと震えあがった。思わず目を閉じ左手で顔を覆う。
次の瞬間、俺は帝国プラザホテルの2階フロントにほど近い椅子の前に立っていた。
辺りを見回しても、あの黒服の男たちはいなかった。
あー、良かったー。
俺は近くに会った椅子に思わずよろよろっと座りこんだ。
誰がこんな真似をするようファシスネーターに命じたのか。
今までの出来事を総括してみれば、あれは拉致に間違いなくて、それを命令したのは北京共和国関係者、キム・ボーファン、あるいはワン・チャンホということになる、のか?
俺、また事件に巻き込まれそうになってるー。
急いで誰かに連絡しなくちゃ。
この際、体力を温存するよりも自らの身の安全の方が大切だ。
まず逍遥に離話を送ってみたが、砂嵐のような音が聴こえるだけで、一向にでやしない。もちろん透視も効かない。
それなら数馬か聖人さん。2人はまだ一緒にいるだろう。
なのに、2人とも連絡が付かない。
ダメだ。スクランブルがかかってる。スクランブル掛けてるのは、スーツ男たちか。
アンビリーバブルなこの事態、俺、いったいどうすりゃいいんだよ。
しばし放心状態で椅子に座っていると、エスカレーターの上り口にファシスネーターの黒いスーツが見えた。
まずい、やばい。
辺りをきょろきょろと見回しても、知ってる人もいなければ誰も俺のことを気にしていない。
うわー、エスカレーターに乗った、こっちに近づいてくる。
逃げなくちゃ、でも、どこに?
俺は急いで椅子を立つと、一目散に食堂を目指した。
なんとか食堂入口に辿り着き、すぐさま中に入った。そしてドアの陰に身を隠す。
心臓はバックンバックンと激しい音を立て汗が額から噴き出した。俺の居場所がばれてしまうんではないかと危惧してたので、もう必死になって身体をよじる。
食堂に入ってくる学生たちの中には俺に気付く者もいて、不思議そうな表情で俺を見る。そりゃそうだ。
こんなところでかくれんぼなんて、小学生じゃあるまいし。
今、あの黒スーツ軍団はどこにいるんだろう。あいつらも透視とかできんのかな。できるからここまで追ってきたのか。
瞬間移動魔法を使ったのかあの足の速さで走ってきたのかは知らないが、俺が何か魔法使ったら魔法の痕跡が残ってしまい、また追われる羽目になる。
その時だった。
「海斗、今どこ」
逍遥からの離話だった。
「助けてー」
「どこにいるんだよ」
「ホテルの食堂。黒スーツのファシスネーターに追われてる」
「今すぐそっちに行く。待ってて」
それから5秒と経たないうちに、逍遥は食堂入口から中に入ってきて俺の前を通り過ぎようとする。
「逍遥、ここ、ここ」
焦って俺から離話を仕掛けると、逍遥はドアの陰に隠れてる俺を見つけた。
「何してんの」
「黒スーツのファシスネーター見なかった?」
「いや、見てない」
「おかしいな、エスカレーターに乗るの見たんだけど」
逍遥が首をゆっくりと傾け俺の目をじっと見た。
「ファシスネーターは大会事務局で魔法を掛けた人造人間だから、大会事務局からの魔法連絡しか受け付けないはずだ」
「わかんねーよ。国立競技場出る時囲まれて、腕押さえられたんだぞ」
「腑に落ちないなあ。取り敢えず、数馬も聖人もホテルに戻ってるから、601に行こう」
「わかった」
ようやく心臓のバクバク音は通常の状態に戻り、汗も引いてきた。
俺は逍遥と連れ立って、601の生徒会部屋に足早に歩く。エレベーターも使いたくないので、階段を2段抜かしで上って行く。最後の方は足取りに疲れが見えたが、そんな陳腐なこと言ってられない。どっからかまた出てこないとは限らないから。
ようやく6階の廊下に出て、逍遥は俺の後ろを歩いてくれて、601に着いた。そっとインターホンを押すと、「はい」と言葉少なにサトルが出た。
生徒会の役員連中はほとんどその中にいたが、絢人の姿は見えなかった。皆、内情をご存じなのか、そのことを殊更ほじくり返す人はいない。
もう、絢人は向こう側に行ってしまったか。
それにしても、戦闘の手引きの他にも何かしら北京共和国に情報を流したんだろうけど、何を流したんだ。紅薔薇の戦力となる人物の経歴や現状?
いまひとつ、しっくりこない。
明るくていいやつだと思ってたのに、裏切られた感が半端ない。
そういえば、黒服騒ぎで昼飯を食うのを忘れてた俺。
601の部屋には弁当が何個か置かれていて、南園さんが熱めのお茶を持ってきてくれた。
「お飲みになりますか?」
普段なら自分の買ったドリンク類しか飲まないところだが、サトルも逍遥も午後の決勝ラウンドを控えているというのにグビグビ飲んでいるモノだから、少し安心しながら俺も一緒にお茶を口にした。
黒スーツ軍団から逃れて急に腹が減ってきたので、弁当も一緒に箸をつけた。あー、やっと生きた心地がする。
俺が椅子に仰け反って座り疲れを癒していると、沢渡元会長が現れた。俺は慌てて通常パターンの着席態度に戻る。
「さきほどこちらで過去透視させてもらった。大変だったな、八朔」
あー、俺の言い分を信じてくれる人がいたー。
「あれはいったい何だったんでしょうか」
「あれこそが魔法なのだ」
「魔法?」
「そうだ、ファシスネーターに魔法をかけ、自分たちの思い通りに動かす魔法」
「同化魔法みたいな魔法ですか」
「系統的には違うが、命令系統の部分で似たところはある」
数馬が音も立てず俺にさささと擦り寄ってきた。
「なんで逍遥と一緒に競技場出なかったんだよ。君のSPする、って言ったでしょうが」
「人の波が凄くて、見失ったんだ」
「なら、僕か聖人に連絡してくれれば良かったのに」
「通じなかったよ、みんなへの離話とか。スクランブル掛かってて」
「スクランブル?」
「砂嵐みたいな音で、全くダメ。透視も出来なかったし」
「なるほどね、そういうことか」
俺はもう、決勝ラウンド大丈夫かというくらい疲れ果てていた。
魔法とか体力とかそういう問題じゃない。気力を均一に保っていけるかどうか。今さっき俺の身に起こったことは俺のメンタルにとってかなりのウェイトを占めていて、すぐに『バルトガンショット』を撃てと言われても上手くクレーに当てる自信が無くなってきた。
一度立ち上がった数馬は俺の前まで来ると腰を下ろして、俺の目線まで目線を下げて話し出した。
「君は大丈夫。決勝ラウンドはきっとうまくいく。ホームズもそれを望んでいるし、君はホームズに笑って会いたいだろう?」
確かに。俺は半べそかいた顔でホームズには会いたくないし、この身が安全になったところでホームズを迎えに行きたい。
「そう。君の安全は僕らが保証する。だから君は何も考えずに決勝ラウンドに出るんだ」
なんか新手の催眠術みたいだなと思いながらも、俺は「OK」と返事をしていた。
601で弁当を食べ終わったのが11時30分。
決勝ラウンドの開始は午後1時から。
出場組は逍遥とサトル、南園さん、俺。
今度は予選ラウンドの順位が低い方からスタートするはずなので、20位の南園さんからとなる。
飯を食い終わりひと息ついた俺たち4人はタクシーをホテルまで呼ぶと、次々と乗り込んだ。
南園さんを男どもの間で狭苦しく暑苦しくさせるのも悪いので、男子3名は後ろに乗って南園さんは前の座席に座ってもらった。
数馬たちは後からくるというんだが、午前中のあの態度を見てると大方の予想としてはたぶんベンチには入らないだろうし、聖人さんと一緒に会場警備(といえるかどうかわかんないけど)するはず。
今度は北京共和国の連中、どんな手を使ってくるんだろう。
「ワン・チャンホは何位だったっけ」
サトルが予選ラウンドの順位表を見ながら教えてくれた。
「んー、10位だね」
ああ、そうだった。アナウンスを俺も聞いていた。あのあと黒服に追いかけられたからすっかり忘れていた。
今度こそ、ワンの本来の姿を見せてもらおうじゃないか。
俺は黙りこんで目を瞑った。
国立競技場にタクシーが到着し、俺たちが降りるとどうも雲行きがおかしくなってきた。
春の嵐というやつか、風が出てきて木陰の枝が激しく揺れている。
まだ雨は降ら無さそうだけど、試合は大丈夫なのかな。
20名の予選ラウンド通過者がいるから、もしかしたら少し早く試合が始まるかもしれない。南園さんと別れ、俺たちはロッカールームで日の丸日本のユニフォームに着替え、お揃いのジャンパーを羽織って各自のショットガンを手にグラウンドへ出た。
風はビル群の中であちらこちらにぶつかりながらグラウンドへ流れてくる。
とても寒いというわけでもないが、リアル世界にいたときは普段外に出るということが無かった俺にとって、少し冷たい風に感じた。
天気の状況が思わしくないからだろう、案の定、試合は15分ほど早めて行われることになり、選手へのアナウンスが場内に響く。
「出場者は、メイングラウンドに集合してください、繰り返します・・・」
俺はサトルとアイコンタクトで「頑張れ」と互いに激励しあった。逍遥は誰とも目を合わせようとしなかった。1人で集中してるんだと思う。
南園さんは後からきた鷹司さんと一緒にショットガンに新しい魔法を注入しているようで、俺の方には気付かない。集中を欠いてもいけないので、言葉はかけないことにした。
バン!バン!と勢いよく鳴る花火。
いよいよ、魔法大会世界選手権新人戦決勝ラウンドが始まった。
トップバッターは20位の南園さん。
午前中と違ってその顔は自信に満ち溢れていた。
デバイスの調整が上手くいったのだろう。
号笛を待つ間、笑顔も見られた。それに呼応するように、南園ファンのギャラリーから大きな声援が飛ぶ。
バン!
いよいよ南園さんの射撃が始まった。
元々正確なショットで速さも申し分ない南園さんの射撃は、予選ラウンドとは違い次々とリズムを刻むようにクレーは粉砕され落ちていく。
こりゃ、結構な記録が出そうだ。
いいぞ、南園さん!
最後までリズムを失わず射撃を続けた南園さんに、場内から歓声と拍手が湧きあがった。微笑みながら場内に向かって手を振る南園さん。
結果がアナウンスされた。
「ただいまの結果 4分30秒 100個。 4分30秒 100個」
凄い!
予選の悔しさを決勝で晴らした結果だ。
クレーも全て撃ち落としている、なんという鍛練。女子はこの競技が苦手な傾向にあるようだが、南園さんに限っては苦手な種目などないのかもしれない。
出だしにすごい記録が出て緊張したからなのか、それともそれが元の実力なのか、19位から先は10分程度の記録しか出ない。たまに8分台の記録が出ると場内がざわつくくらいで、ギャラリーとしても燃える記録を欲しがっているように思える。
11位の選手が終わり、結果発表を待つまでの間、グラウンドの中央に進み出たのは、ワン・チャンホだった。
さて、どんな射撃を見せてくれるんだ、ワン。
号笛とともに始まる射撃。
俺は驚いた。
これは10位の選手の技術ではない。トップレベルのそれだ。
真っ直ぐに伸ばした先に握られた2つのショットガンはクレーをひとつも逃さず粉砕していく。
待てよ、こりゃー午前中の俺たちよりいい記録出るんじゃないか?
さすが、北京のエース。
日本にちょっかいさえ出さなきゃいい友人になれそうなのに。
自分の射撃が終わると、さっさとベンチに下がったワン。どうやら、記録には興味が無いようだった。
「ただいまの結果 3分15秒 100個。 3分15秒 100個」
今日一番の記録が出て、ギャラリーは熱くなっている。当の本人は喜ぶ素振りも見せず、淡々としたものだった。
徐々に上位の選手が出てくる時間帯となった。
次の射撃は、サトル。
いつみても、美しい立ち位置。そこから生まれるスピードと正確性はサトルの真骨頂と言ってもいい。
順調にクレーを粉砕しながら、最後の100個目を撃ち落とすと、サトルは深呼吸するように大きく息を吐いてギャラリーに頭をぺこりと下げた。
そんなサトルを横目に見ながら、俺はグラウンド中央へと向かった。サトルの結果が発表されるまでクレーの発射位置を目を開いて確認したり、ショットガンを向ける方向を確認したりして時間が過ぎるのを待つ。
サトルの射撃記録が発表された。
「ただいまの結果 4分15秒 100個。 4分15秒 100個」
やった、さっきより1分も速くなっている。
おめでとう、サトル。
次の射撃は俺の番。
昼に体力気力をかなり浪費したので、内心はどうなることかと気持ちも急降下だったが、はっきり言って、誰に負けてもいいからワンには負けたくない。
「カイト・ホズミ」
俺の名前がコールされた。
所定の位置に着く際、市立アリーナで一緒に練習した人たちが来てくれていたのが目に入った。
ありがたい。
俺は、持ちうる限り全ての力を出し切るつもりだ。
みんな、応援よろしくお願いします。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号笛とともに俺は目を閉じ、クレー発射音のみを聞き分けて音のした方へと1秒の遅れもなく、ショットガンを向ける。そして間髪入れずにクレーの発射付近に撃ち込み続けた。
目を閉じて発射音を聞き続け撃ち込みを続けるうちに、段々と、それでいて緩やかに俺の全神経は研ぎ澄まされた。
そして、自分がある種の不思議な感覚に達していくのが判った。
左右から出てくる発射音がMAXに耳に届くと同時に、目を瞑っているはずなのに前方が明るくなり、クレーの発射される場所が俺の動体視力に引っ掛かりクレーが姿を現す。
なのに、目がクレーを追うことはなく俺は発射音のした場所にショットガンを向けトリガーを目一杯引いている。
これが、いわゆるところの、ゾーン。
本来なら目を瞑っているのだから動体視力も何も関係ないはずだが、俺の目にはひとつひとつのクレー発射サインが見えるようになった。それなら、そこに向けてショットガンをぶっ放すだけ。
俺の射撃は2割ほど威力を増し、射撃スピードも予選ラウンドとは全く違うことが自分でもわかる。
それなのに、まるで自分の目で確かめながら確実にクレーを捉え撃っているような、そんな感覚だった。
俺にとって、最初で最後の新人戦が終わったのはその直後のことだった。号笛が2回鳴り、やっと自分が目をずっと目を瞑っていたことが判別できた。
目をゆっくり開けると、ギャラリー席の興奮状態が伝わってくる。
誰もが、俺の記録を見るためモニターに目を向けていた。
逍遥が、俺とすれ違いにグラウンドに進む。
もちろん、こういった時は友人=ライバルにもなり得る話で、俺たちは言葉も交わさず|逍遥は所定の位置へと進み、黙ってショットガンを上衣のポケットから取り出した。
その時、モニターに記録が発表された。
「ただいまの記録、3分10秒01 100個。3分10秒01 100個」
一番驚いたのは俺自身だった。
ここまでの記録は終ぞ出たことがない。
数馬にガッツポーズは止めろと言われていたので、心の中で静かにガッツポーズする。これで、ワン・チャンホの記録は塗り替えた。
次の逍遥も、今までに見たことの無いようなスピードでガンガンとクレーを撃ち落としていく。
これが逍遥の本気の顔。
俺に触発されて、本気モードに入ったか。
今日一番の楽しみだった。
俺が逍遥に対しどれだけ肉薄することができるのか。逍遥の本気度100%は、どこまで記録が伸びるのか。
逍遥の射撃は、あっという間に終わった。
物凄いスピードで尚且つ失敗がない。
こりゃ、かなりの記録が出そうだ。
逍遥は一旦所定の位置から離れベンチに戻っていた。
でも、かなり緊張しているというか、話しかけづらいオーラを漂わせている。
グラウンドではドイツのエンゲルベルトが所定の位置に入っていた。
逍遥の記録がアナウンスされた。
「ただいまの記録、3分10秒02 100個。3分10秒02 100個」
またもや場内は歓喜の渦が湧いたが、逍遥は無表情のままベンチに下がっていた。
俺と0.01秒の僅差。
まさか、俺が逍遥の記録を上回るなんて、青天の霹靂とも言うべき出来事じゃないか。何かの間違いでは?としか俺には思えなかった。
あと一人で、『バルトガンショット』の決勝ラウンドは終わる。
最後に登場したのは、GPFの『バルトガンショット』で優勝したエンゲルベルト。
だが、俺と逍遥の記録に並ぼうと躍起になったのか、1,2度クレーを撃ち損じ、そこから調子を崩して3分30秒台に終わった。
エンゲルベルトは茫然とし、頭を抱えたままベンチに下がった。
これで全員の射撃が終了した。
なんと、1位はこの俺、八朔海斗。
2位には逍遥、3位はワン・チャンホ、4位はエンゲルベルト、5位はサトル。南園さんは20位から盛り返して6位。
俺にとっては考えられないような衝撃の結末だった。
逍遥はしばらく不機嫌そうな顔をしていたが、気をとりなおしたのか、俺の前に進み出ると右手を出して「おめでとう」と俺を祝福してくれた。
サトルや南園さんも、俺と逍遥の記録を心から喜んでいるようで、ギャラリーに顔を見せろという。俺はちょっぴり恥ずかしかったが、意を決してギャラリー席が見える場所に移動し、皆に手を振った。
ちょうど真ん前に数馬がいて、ガッツポーズを決め込んでる。
何だよ数馬、俺には止めとけって言ったのに。
場内アナウンスが流れる。『バルトガンショット』グラウンドで表彰式を行うとのことで、俺と逍遥はまたグラウンド中央に移動した。
そこで、俺は金色のメダル、逍遥には銀色のメダルが授与された。
俺にとっては、これが初のメダルとなった。一生に一度しかもらえないこのメダルは大切な大切なものとなるだろう。
場内ギャラリーからの声援を受けて、また手を振り答える。逍遥も滅多に見せない笑みを漏らして皆の声に答えていた。
明日の『デュークアーチェリー』も、この調子で結果を残したい。
その夜、俺は夢を見た。
ホームズがニッと笑って俺を見ている。俺は金メダルをホームズの首にかけてあげていた。嬉しそうに「ニャニャッ」と鳴くホームズ。
夢を渡ってきたのかもしれないな、ホームズが。
俺はなんとなくそう思った。
世界選手権-世界選手権新人戦 第16章
翌日は『デュークアーチェリー』予選ラウンドが開催される日だったが、小雨がぱらつく生憎の天気となった。
まあ、アリーナの中なので特に競技には差し支えない。
昨日の今日で疲れの溜まりがちになる俺の身体を心配し、今日の大一番まで体力を温存させたいことから、朝のジョギングはしなくていいと数馬は許してくれたし。
俺は朝7時に起きてまず熱めのシャワーを浴び制服に着替えると、隣で寝ていた逍遥を起こす。
「逍遥、一緒に食堂行かないか?」
「ごめん、もう少し寝かせて。数馬と一緒に食べてきて」
逍遥は朝に弱いのか(弱いはずはないんだが)、昨日色々あったから疲れているのかわかんないけど、俺の方が体力気力共に疲れ果てているのは確かだと思う。
だって俺、昨夜9時になる前にベッドに横になったらそのまま朝まで爆睡したもん。
でも逍遥も北京共和国のことや試合で疲れているのは間違いないし、そのまま寝せておくことにした。
俺は数馬に向け離話してみる。寝てる顔を見るのは失礼かと思い、透視はしていない。
「数馬、朝飯いかない?」
もう数馬は起きていたようで、すぐに返事が返ってきた。
「いいよ、今身体を伸ばしてたところ。着替えてそっちの部屋に行くから」
5分もしないうちにインターホンが鳴った。俺は逍遥を起こさないよう、爪先立ちでドアを開けに行った。
ドアが開くなり大声を出す数馬。
「逍遥は?」
「しっ、まだ寝てるんだ」
「起こさなくていいの?今日も9時から試合なのに」
「それはそうなんだけど」
数馬は静かに静かに逍遥に近づくと、突然「起きろ!!」と耳元で叫んだ。
飛び上がる逍遥。
「うるさーい、寝かせててよ」
こんな朝っぱらから良いのか悪いのか、数馬の説教が始まる。
「規則正しい生活をしてこそいい結果が出せるんだぞ」
「結果でなくていい」
「海斗のSPはどうなった」
ハタ、そういやそうだ。俺を守ると大見得切っといて、ほったらかしはないだろう、逍遥。
「そういやそんな約束したな」
逍遥は怖い顔をしてむっくり起き上がると、俺と目を合わせた。
「あと10分待って。シャワー浴びてくる」
いや別に、もう数馬もきたし俺一人の移動じゃないからいいよ、と言おうとしたら数馬が俺の口を塞ぐ。
数馬としては、逍遥が自分の役割を全うしてくれれば、聖人さんと一緒に北京共和国に関するデータ集めに動きやすいということなんだろう。
俺と逍遥は数馬によって部屋から追い出され、ヨタヨタ歩く逍遥を心配しながら俺たちは食堂へ向かう。
どっちがSPなんだかわからんぞ。
それでも寝起きから15分ほどが経ち食堂が近づくにつれ、やっと頭脳の方に血流が回りだしたらしく、逍遥はキリリとしたいつもの顔に変化していく。
おもしれー。
俺は寝起き悪くないからそういう顔の変化とかないし、いつでも朝からテンションMAXで行ける。
何はともあれ、食堂に着いた俺と逍遥は、軽めに洋食系のパンやスープ、サラダを食べ終えるとゆっくりと席から立ち上がり、食堂を後にした。
その時俺は絢人が視界の隅に入ってきたような気がした。
驚いて周りを見回してもその顔を見つけることができない。見間違えかな、まさかここに戻ってくるわけがない。戻れば拷問モドキが待ちうけていることくらい、生徒会役員部屋を透視すればわかることだから。
今日俺がしなくてはならないことは何だ。
そう、競技に出場し願わくば優勝することだ。願いとか何とじゃなく、力の限りを尽くし優勝を手繰り寄せることだ。
今は北京とか裏切り者のスパイとか、そんなこと忘れて9時から行われる『デュークアーチェリー』予選ラウンドの策戦というか、戦い方をもう一度おさらいし、イメージトレーニングであの流れを思い出して3D画像で頭に叩き込まなければ。
デバイスからいくら速く矢が飛び出したところで、当たらなきゃ何にもならないから。
俺も逍遥も何も話さないまま、15階にあるツインルームの方に到着した。
715と716には俺たち各々の胴衣が置いてある。
それを部屋から持ちだして、国際競技場のアリーナへと向かう予定だ。
キャリーバッグを持つまででもないので、リュックに胴衣を仕舞うため俺と逍遥は7階に降りた。
部屋の前で別れて、胴衣を探しに部屋のカードキーを差し込む。
なんでか知らないが、俺はその時嫌な予感がした。
何がどう、というわけでもない。
ただの第6感。勘繰ってみても何も出そうにない事実。
考え過ぎるな、試合の前に。
そう自分に言い聞かせ、部屋の中に入った。
げっ。
部屋が荒らされてる。
胴衣がない。
まずくない?これから試合だってのに。
俺は部屋を出て715で準備してた逍遥に告げた。
「部屋荒らされて胴衣が無くなったから生徒会に行ってくる!」
そして6階への階段を2段抜かしで飛び降りながら生徒会役員室に向かった。
やられた。
犯人はたぶん、絢人。
絢人なら生徒会で下働きしてたから俺の泊まる部屋も知っていたはず。
瞬間移動魔法使えば部屋にはすぐに入れるし、廊下にある防犯カメラにも映り込まないで済む。
このホテルが何らかのコソ泥対策を施してるかどうかはわかんない。
魔法の痕跡が残るから最後には誰が犯人かわかるけど、その時にはもうトンズラしてるという算段か。
とにかく、胴衣なしには試合に臨む気構えも違ってくるし、焦って記録に影響しないとも限らない。
そういったことを全て予想しながらの、今回の狼藉ってか。
お前、北京共和国の連中に騙されてるだけじゃないのかと思いつつも、ちょっと腹に据えかねてしまって怒りで俺の顔が歪む。
コンコンコン。
生徒会役員室のドアを叩きながらインターホンを何回も鳴らす。
「はい」
サトルが出てきた。
行かなくていいの?試合。
「今出るとこ。どうしたの、息が荒いよ」
「部屋荒らされて胴衣が見つからない」
そこに、後ろから逍遥が追いかけてきた。
「どっかに予備の胴衣ないのか」
サトルはすぐに状況を掴んだようで、自分が予備を持っている、それで大丈夫だろうと言い、7階へと走り出した。俺も逍遥も急いでサトルの後をついていく。
717のサトルの部屋は、やはり荒らされてはいなかった。
サトルは自分の分と、予備に持ってきていた胴衣を俺に渡すと、譲司に離話していた。
そして、俺の方を向いて焦らないようにと肩を叩く。
「これから3人でタクシー掴まえよう。南園さんは黄薔薇高校の選手たちと一緒に出たから」
「実は食堂で絢人を見たような気がして、それから部屋に行ったらこのありさまさ」
「海斗、犯人捜しは試合が全部終わってからにしよう」
逍遥もサトルに同意する。
「君の心のバランスを崩すのが目的かもしれない。相手の思う壺にはまっちゃいけない。ここは、試合のことだけ考えて」
俺は如何ともし難い気持ちに襲われたのも確かだったが、サトルや逍遥の言うことは正しい。
今、犯人捜しをしてみても記録には結びつかない。
ふう、と溜息を1回ついて、俺は背伸びをして身体を勢いよく伸ばした。
「わかった。試合に集中しないとね」
俺たち3人はホテルの入り口近くで客待ちをしていたタクシーの窓をそっとノックしてドライバーさんに乗りたいアピールをして、ドアが開くと勢いよく乗り込んだ。
もう、8時を過ぎていた。
「国立競技場まで急いでお願いします」
ドライバーさんは今日新人戦が行われることを知っていて、混んでる大通りではなく誰が知ってるこんな道、と思われるような小道をぐんぐん飛ばしていく。
普段なら黙って20分以上かかりそうな混み具合のルートを選択しなかったことで、8時15分前には国立競技場に着いていた。
ドライバーさんに皆で頭を下げると(逍遥にも無理矢理下げさせた)俺たち3人は走りながらアリーナに入った。
アリーナでは、100人からの選手が犇いてて、どこで受付しているのかもわからない状態だった。
サトルが目を閉じ透視しながら、受付だけは見つけることができた。
受付に行くと、現アリーナだけでは試合時間が取れないことが説明された上で、30名を1グループとして3グループに分け、市立アリーナに1グループ、県立体育館でも1グループ、残りの選手40名は国立競技場で予選ラウンドを開催するとのことだった。
受付番号を見ると、俺と逍遥は市立アリーナ、サトルは県立体育館で予選ラウンドを戦うことがわかった。女子たちの会場も見たかったのだが、混んでいてあとからあとから人が受付に押し寄せるため、確認することができなかった。
ごめん、南園さん。
それにしても、絢人が、いや、北京共和国がそういう嫌がらせをしてくるということは、まだ戦闘状態には到達しないということか。
新人戦の最中に戦闘を仕掛けてくるなら、こういう嫌がらせなど必要あるまい。
戦闘に対する北京共和国の意思決定が随分悠長だなと思ったが、そこには何か理由が隠されているのかもしれない。
諸外国の選手を危険に晒し世界大戦の火種にならないよう考えを巡らせているのかもしれないし。
それは充分にあり得る話で、実際世界選手権が終わり自国に戻った2,3年もいるはずで。観光を兼ねて日本に滞在している外国人も多数いるとは聞いたが。
そんな中で併合戦争を繰り広げたくはないのだろう。
どうやら、世界中の魔法師を敵に回す度胸は無いらしい。
だから世界選手権の開催中に戦闘は起こらなかったとみて間違いない。
と。
俺はまた余計なことばかり考えて集中することを忘れていた。予選ラウンドでへぐったら、決勝ラウンドに行けなくなる。
俺としては、そういう自堕落な成績だけは残したくない。
そこで、今まで考えてた北京共和国のことは頭の隅に追いやって、試合のイメージトレーニングを始めた。
矢が的に刺さるその瞬間を思い起こすだけでいい。
あとは、バングルが時間を教えてくれる。
今回、胴衣と一緒にしておいたはずのバングルだけは盗まれずに済んだ。
たぶん、アクセサリだと思ったのだろう。実際、端からみればデバイスに類するもののようには見えないから。
数馬の策戦がちだな、これは。
バングルだけは失くさないように、手に嵌めて移動することにした。
市立アリーナや県立体育館までは、バス会社の観光用バスを4台ほど借り上げ選手やサポーター他が乗り込み全員で2カ所へ分散、移動することになっていた。
小雨の降るじめじめした天気だったので、各自での移動にならなくて良かった―。
数馬や聖人さんの姿を探したが、2人とも国立競技場には姿を見せていない。その代りと言っては非常に失礼なんだが、亜里沙と明の顔が見えた。
亜里沙は『バルトガンショット』で俺が優勝したのがよほど嬉しかったらしく、ご満悦な顔で俺と逍遥に対しジョークを飛ばしてくる。笑えないから何もいうなというんだが、止らない。
明は俺のバングルを見て不思議そうな顔をしていたが、その使用法を教えると深く感銘を受けた模様で試合が終わったら分解させてくれという。バラバラにされたら敵わないので、数馬に相談してからな、と釘を刺しておいた。
2人とも元気そうで良かった。
魔法部隊は日本軍所属のエリート集団だそうだから、色んな意味でプレッシャーも多いだろうし、中にはパワハラもたくさんあるんじゃないのかなと思う。
そんなことを皆はねのけて淡々と魔法を磨いていくのは容易いことじゃない。魔法の切れ端しか知らない俺でもそう思うのだから、本職はめちゃめちゃ大変なんじゃないかな。
ああ。また、試合以外のことを考えて時間を無駄に使ってしまった。有効に活用するようにと亜里沙から言われたばかりなのに。逍遥は、先輩魔法師である亜里沙たちにフランクに話しかける訳にはいかないのだろう。ずっと黙ってバスに乗っていた。
もしかして、寝てる?
有り得るな、朝は眠くて食事より寝ること優先しようとしてたし。
でもま、このくらいは良いだろう。
逍遥の力なら予選ラウンドは100%間違いなく突破することができるはずだし、その魔法は俺にとっても参考になる・・・いや、前に1回みたが、あのように姿勢が崩れても魔法を繰り出し的に当てる芸当は、俺には絶対にできない。
申し訳ないが、見かけから入るならサトルの方が参考になる。
バスはすぐに市立アリーナに到着した。
俺と逍遥、亜里沙と明はバラバラにバスを降りて、俺と逍遥は試合場に向かう。亜里沙たちはギャラリー席に座るのが見えた。
何だよ、アドバイスとかそういうの無いわけ?
一応全日本ではサポーターしたやんけ。
あ、あの時は絢人に仕事任せっぱなしだったか。
気付いてなかったのかな、絢人の正体に。あとで亜里沙に聞いてみよう。
演武順を決めるためのくじ引きが行われる。
俺は目を瞑って一枚の紙を掴み、大会事務局関係者に渡した。
げっ、1番かよ!
最初の演武かー、緊張するかもー。
逍遥は18番。ほとんどの生徒が演武を終わってからの射的になる。
ある程度の演武が終わってからの方が断然有利に働くと思うんだけどなあ。
まあ、逍遥に言わせれば順番なんて全く関係なくて、“人のふり見てわがふり直せ”じゃないんだから、人の演武なんて見る必要はないそうだ。
俺も見習いたいが、どうしても見てしまう、比べてしまう、緊張してしまう。
そしたら逍遥は、比べて緊張するくらいなら絶対に見ないか、緊張しないように何か策を講じているのかと詰め寄ってくる。
全然策なんて講じてないと返答したら、間が抜けてると平気で言ってのける。
逍遥、演武前なんだからそれ以上言わないでくれ。
国立競技場から市立アリーナまでの移動時間があったので、午前9時開始予定の試合は時間が間に合わなくて、午前9時30分から試合が開催されることになり、1番の俺はほとんど練習する時間もなく、心を落ち着ける時間もなく、所定の円の中に入らされた。
深呼吸を2回、3回と繰り返しながら自分の中に息づく余計な雑念を振り払い、俺は姿勢を正し、的が出てきて、もう矢を放つばかりになっていた。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号砲が鳴り、俺は第1の矢を放つ。
ドン!と的に矢が刺さる音がする直前、バングルがピリッと振動した。
俺は躊躇することなく第2の矢を放った。
放物線を描きながら、的へと近づく矢。
2秒ごとにバングルが振動すると、次々と矢を放っていく。
テンポはそれなりに良い。
姿勢も悪くないはず。
撃ち損じた的は無い。
予選ラウンドは4分台で良いと数馬に言われていたこともあり、俺は射的成功を優先させて余裕を持って演武を行ったつもりだ。
最後、100枚目の的が出終わりど真ん中に矢を的中させ、俺の演武が終わった。
外した的は一枚も無かった。
右腕が突っ張っている。午後に向けて、身体を解さなければ。
昼休みに数馬を部屋に呼んでマッサージくらいお願いできないかな。
試合の結果より、マッサージを優先させてる俺。
ていうか、まだ20位以内に入れるかもわからないのに、午後に向けてなどと片腹痛いわ、なーんて数馬に笑われそうだ。
俺の射的結果を知らせる声がアリーナ内に響く。
「ただいまの結果、4分18秒25 100枚 4分18秒25 100枚」
よし。まずまずの結果だ。
この記録なら、たぶん、20位の中には残れるだろう。
俺が出した記録でちょっとハードルが高くなってしまったのか、次から撃つ人たちは調子を崩してしまった人が多かったようで、時間、枚数ともに伸びず10分を超えたり、7割しか的に当たらない人もいたり。
でも焦ってしまうその気持ちはよくわかる。
俺だって、毎回のように焦ってる。その焦りが周囲に伝わらないだけ。今もまだ身体が小刻みに震えてる。自身の演武は終わったというのに。
他の会場での結果も、逐一報告がなされているようで、市立アリーナのロビーに置いてあるモニター画面に結果だけが表示されていた。
国立競技場で演武を行っていたスペインのホセは、予選ラウンドとは思えない3分50秒00という記録を出していた。さすがGPFの王者だ。
南園さんや黄薔薇の設楽さんも国立競技場組だったようで、もう結果が出ていた。南園さんは5分30秒10。もしかしたら決勝ラウンドに残れるかもしれない。設楽さんは7分6秒30。5分台が決勝ラウンドに進めるボーダーラインと見られていて、もしかしたら設楽さんは脱落するかもしれない。
県立体育館に行ったサトルと黄薔薇の惠さんの結果も出ている。サトルは4分20秒50。俺とほとんど同じタイム。的はもちろん全部射抜いていた。惠さんは8分10秒30だったらしく、設楽さんよりも記録が伸びなかった。
決勝ラウンド進出はかなり難しい状況だろう。
こちら市立アリーナでは、そろそろ逍遥の演武が始まろうとしていた。
いつものごとくどんな姿勢になっても繰り出される矢は、的のど真ん中を射ぬく。俺よりも放物線はかなりシャープで、まるでショットガンの軌道のようだ。これも逍遥の魔法力の為せる技、というところか。
あれよあれよという間に終わった演武の記録は4分00秒。
俺が知る限りでは、ホセに次いで第2位の記録だったと思う。
逍遥の次に出てきた選手は、前の選手が途轍もない記録を出したのに焦ったのか、2人とも良い成績を残すことができなかった。
ところで、ワンはどうなった?
市立アリーナにはいない。
ロビーのモニターにもまだ記録は出ていない。
県立体育館もそろそろ全員の演武が終わっただろうから、残りは国立競技場しかない。
市立アリーナ組は演武が終わり、20人の選手やサポーターは、みな帰り支度を始めている。
これから国立競技場に行って、決勝ラウンド進出者の名前が読み上げられるから、早く移動する必要があるということで半ば急かされながら俺は胴衣を脱いで制服に着替える。逍遥はどこだろう。1人になるとまた誘拐されかねないから早く探さないと。
透視もしたくないので只管アリーナ内を歩いて探す。
いたいた。
アリーナの事務のお姉さんと談笑している。
おい、お前の仕事はナンパではあるまい。
「逍遥、探したぞ」
俺の声に気付いたお姉さんが駆け寄ってきた。逍遥も後ろからついてくる。
「こちらでずっと練習されてましたよね、ほら、一度素行の良くない人に絡まれて・・・」
「あ、はい。あのときはご迷惑おかけしました」
「いいえ、とんでもない。今日もいい記録でましたね、おめでとう。私たちも応援してたんですよ」
「ありがとうございます。こちらではいつも良くして頂いて。本当に感謝しています」
「お2人とも、午後も頑張ってくださいね」
激励の言葉を残し、お姉さんは仕事に戻っていった。
俺たち2人は記録からして20名の中には選出されるだろう。4分台出す生徒は数える程なんだから、当然名前を読み上げられるはずだ。
そこから昼休憩に入って、決勝ラウンドは午後1時開始予定。
「さ、バスに乗ろう」
荷物を担いだ逍遥が俺を急かす。
おーい、どさくさに紛れてお姉さんに声かけてたのは逍遥、お前だろうが。
俺たちが乗ったバスはものの10分で国立競技場に到着し、生徒は2分化しかけたが、全員外に出ないよう繰り返しアナウンスされる。
ああ、そっか。
自分が決勝ラウンドに出られないと思えば、そのまま帰りたくもなるよな。なんで他の生徒の名前が読み上げられるのを聞いてないといけないんだ、って。さっさとホテル帰って観光でもしたくなるその気持ち、よーくわかる。
俺も記録が伸びなければそう思うだろう。
何のためかは知らないが、大会事務局では、早い段階から生徒をバラバラにしたくないらしい。
全員が国立競技場メイングラウンドに集合し、決勝ラウンドに進む20名の猛者たちの名前と予選ラウンドの記録が読み上げられた。
予選1位通過はホセ、2位は逍遥、カナダのアルベールが4分15秒35で3位に食い込み、俺は4位でサトルが5位。
ワンの名前が読み上げられて、俺は耳を大きくした。予選の成績は、どうやら5分ジャストだったようだ。順位は10位。
GPFでは3位に入ったイングランドのアンドリューが11位、GPFで4位のドイツ、アーデルベルトが続けて12位で予選ラウンドをクリアした。
2人とも、なぜ日本ごとき国の選手が2位と4位、5位に入っているのか理解に苦しむといった表情で俺たちを見ている。
女子は南園さんが5分30秒10で15位に入ったほか、アメリカのサラが5分50秒15の18位で決勝ラウンドに進出することになった。
20名の決勝進出者が決まるとグラウンドでは午後からの予定がアナウンスされ、予定通り午後1時から決勝ラウンドが始まるという。今は午前11時45分だから、あと1時間と15分。
ホテルに帰って軽い食事くらいなら食べられるだろうと、サトルが俺と逍遥に声を掛けてきた。
女子は南園さんが中心となりホテルに戻るという。午後も女子とは別行動になるという。
なんでも黄薔薇高校の惠さんと設楽さんが南園さんの技にぞっこんで、師匠と仰いでいると聞き、俺は少し可笑しくなった。
国立競技場脇のタクシー乗り場で1台のタクシーをつかまえてホテルに戻った俺たち男子3人は、一旦部屋に戻った。
また逍遥にジャンケンで負けた俺は、逍遥がシャワーを浴びている間ストレッチで身体を解しながらイメージトレーニングを行っていた。
「海斗、シャワーどうぞ」
その声も聞こえないほど集中していた俺の耳を掴み上に引っ張り上げる逍遥。
「いでーっ」
「ほら、早く浴びてきて。サトルの部屋に行かなくちゃ」
「わかったわかった」
予選ラウンドで背中にじんわりと汗が流れていくのを感じ取っていたので、俺は全身を念入りに洗い、頭を振りながら洗面所を出た。
「乾かしかよ、頭。風邪ひくぞ」
そうだよな、今の季節、桜も芽吹きもはや春とはいえ時折風が冷たい日もある。
試合が終わったら早くホームズを迎えに行って、桜が満開の公園で日向ぼっこしたい。
ホームズ、あと少しで終わるから、待ってて。
食堂に降りた俺と逍遥、サトルの3人はすぐさま料理に手を伸ばし、各々の昼食をトレイに載せ一緒のテーブルに座った。少し離れて南園さんたちが座っていて、俺たち3人に向かって黄薔薇組の2人が手を振っていた。
サトルは恥ずかしがるし、逍遥は興味がないので手を振らない。
こういうときは俺の出番。
爽やかでにこやかな顔を目一杯作って、向こうのテーブルに手を振った。
キャハハ、と笑いが起こる女子のテーブル。
なんだよ、これが数馬ならもっとキャーッと黄色い声が飛ぶんだろうが、黄薔薇組は学校で黄色い歓声ばかり聞いているらしく、ホテル内は平和だと、南園さんに半ば零しているらしい。
その時俺はまた食堂内で絢人の後ろ姿をキャッチした。
「おい、あそこ、絢人じゃね?」
サトルも気が付いた。
「ほんとだ、生徒会に連絡しないと」
そういって離話を始める。
逍遥はめんどくさいと言いながら、絢人の後ろ姿に向かい右手を翳す。
ああ、歩けなくする魔法。
そして5秒もかからないうちに譲司と若林先輩、光里会長が食堂に瞬間移動してきた。
「八神はどこだ」
光里会長の問いに答えるサトル。
「出口付近で固まってます」
「そうか、でかした。良く見つけた。これから拷問して北京共和国との関係を詳らかにする。お前たちは心配しないで、午後からの競技に向かえ」
サトルの心配そうな顔を見ていた逍遥は、拷問と言っても、沢渡元会長が真実を告白させる魔法を使うだけだと諭して、俺たちは食堂を離れた。
さて、胴衣を盗まれ1枚も持ってない俺は、決勝ラウンド用の胴衣が無い。逍遥は予備を持っていなかったので、俺は午後どうしたものかと悩んでいた。
「自己修復魔法掛ければいいじゃない」
いくら俺が忘れているからといって、結構手厳しい逍遥の発言。
ま、今はそんなことどーでもいい。サトルに教わった自己修復魔法で「ホーリー」と唱え右手を上から下になぞるようにすべらせると、胴衣は元のパリッとした肌触りに変わった。
それをバッグに詰め込み、俺たちは急ぎホテルを出た。玄関先にいた1台のタクシー。客待ちをしていたような様子も見られず、俺たちを乗せてくれるという。
逍遥は少し歩くというが、そんな時間は無い!!と言って、俺は無理矢理逍遥をタクシーの中に引きずり込んだ。
「国立競技場までお願いします」
「承知しました」
一言も話さないドライバーさん。
めんどくさくなくていいやと初めは思っていたのだが、どうがんばっても、国立競技場に向かうには通らない景色が続いた。
サトルが後部座席から身を乗り出す。
「国立競技場ですけど」
ドライバーさんは無言で車を路肩に寄せ、車を降りた。
次の瞬間、ドライバーさんを押しのけてあの黒服男が運転席を占拠し、車のギアを入れた。
咄嗟に叫んだのは逍遥だった。
「海斗!サトル!国立競技場へ移動しろ!」
慌てて瞬間移動魔法で国立競技場の門前へと移動した俺とサトル。だが、逍遥の姿だけが無い。
サトルは姿の見えない逍遥を心配し、受付に行けないでいた。
「連れて行かれちゃったのかな」
「逍遥なら相手を再起不能にして戻ってくると思うけど」
「海斗は考え方はポジティブすぎる」
自慢じゃないが、俺がポジティブだったのは小学生の頃だけだ。
「サトル、俺、透視しようか」
「うん、できることなら」
とほほ。決勝ラウンド前に力使いたくないんだけど。
逍遥のためだ、致し方ない。
俺が目を瞑ったその瞬間、後ろから俺の肩を掴んだ者がいた。
「うわーーーーーっ」
驚いて大声を出す俺。
相手は無言で、もっと強い力で肩を掴む。
やばい、黒服のやつらか?
「海斗、海斗」
サトルの焦った声。
「サトル!君だけでも・・・」
次の瞬間。
「何が“うわーーーーーっ”だよ」
え?
誰?
恐る恐る後ろを振り返ると、そこに立っていたのは逍遥だった。
「無事だったの?大丈夫か?」
「あんなのショットガンでマージかければ倒れるよ。まったく、君は気が動転すると何も見えなくなるタイプのようだな」
俺はほっとするとともに、いつもの逍遥節に安堵して溜息を吐いた。
「ショットガン、持ち歩いてるんだ」
「何があるかわかんないからね。君は持ってないのか?」
「持ってる。数馬に言われて」
「だったら頭働かせて相手を再起不能にするような手立て考え付かなくちゃ」
「焦ったんだよ」
「焦りと油断は禁物」
逍遥の言うとおり、焦りと油断が今の俺に憑依してるのは確かかもしれない。
「とにかく、中に入って受付済ませないと」
サトルの言葉に導かれ、俺たち3人は競技場内の受付に走った。
受付終了時間の3分前に受付に到着した俺たち。
焦った―。
「ドライバーが買収されてたんだよ、海斗は気付かなかったろう」
「そういうこともあるのか?」
「世界選手権ではしょっちゅうあるみたいだけど」
「なんで俺たちが?」
「北京共和国の差し金でしょ」
「ああ、なるほど」
「僕は変だなと思って、あのタクシーには乗りたくなかったんだ。なのに君は気を付けないでさっさと乗るもんだから」
俺はサトルに助けを求める。
「サトルは気付いてた?」
「ん・・・まあ」
がーん。
気付かないでバタバタしてたの、俺だけだったの?
でもって別なとこに連れて行かれそうになってるし。
「逍遥、サトル、迷惑かけてごめんな」
「海斗、もういいよ。全部想定内だったから大丈夫」
サトルの言葉を受けて、俺は態度をころりと変えた。
「さ、練習しよか」
まったくもう、と言いたげな逍遥を尻目に、俺はバングルを手に嵌め更衣室で胴衣に着替えた。
更衣室ではホセやアルベールもいて、英語で何やら話している。
どうやら、ワン・チャンホのことらしい。
やはり北京共和国のエースがどういった活躍を見せるのか期待していたようだが、期待外れに終わりそうだと嘆いていた。
んー、自信の表れだよね、人のこと気にしていられるんだから。
俺だって気にはなるけど、それは別の意味で。
やつらがいつ行動を起こすのか、今頃沢渡元会長が真実を語らせる魔法を用いて絢人を取り調べている頃だ。
絢人さえこちらで捕獲、いや失礼、保護してしまえば北京共和国の併合策戦も出だしで躓くことになろう。
ホセやアルベールにさらっと会釈して更衣室をでた俺。
逍遥とサトルは、当の昔に着替えを済ませていたようで、俺が更衣室から出るのを待っていた。
逍遥が目くじら立ててる。
「遅い」
「ホセとアルベールがワン・チャンホのこと期待外れだって言ってたんだよ」
「あの人たちの目は節穴なのか?」
キツイ一言を用いる逍遥。
「あいつは俺たち以上の力を持っている可能性が高い。今回は、これから起こすコトに構えて目立たないようにしてるだけだ」
「向こうの魔法師引き入れるため日本に来たのが目的ってこと?」
「たぶんそうだろう。純粋な試合目的でないことだけは確かだ」
「絢人の口から真実が漏れてんじゃないか、今頃」
「さあ、どうだか。絢人はただのパシリ役かもしれないし」
「計画の中枢にはいないかもだけど、いつそれが起こるかくらいはわかるだろ」
逍遥は眉間に皺を寄せたまま。かなり不機嫌なのがわかる。
「うーん。僕はね、海斗。絢人の役目は些細で軽いことだと思えてきたんだ」
「というと」
逍遥は押し黙ってしまい、決勝ラウンドに向けた練習をしようと言う。
それはそうなんだが、今、重要なこと言おうとしてなかった?
逍遥がそれについて口を閉ざしてしまった中、サトルに水を向けてみるがサトルも詳細は知らないらしい。
「僕は生徒会の光里会長に絢人を見張れ、って言われただけ。詳細は一切教えられてないんだ。父からの情報も途絶えてるし」
サトルまでが知らないとなると、俺もこれ以上事件に頭を突っ込むことは止めなければならない。この2人が一番の情報通なんだから。
逍遥やサトルの2人から離れると、俺は気分転換も兼ねてストレッチで思い切り身体を伸ばした。
今は戦闘のことを考えている場合じゃない。
個人として、金か銀かどちらかのメダルが欲しい。GPFでは3位でメダルがもらえなかったから。
ストレッチが終わると近くに会った椅子に座りイメージトレーニングを重ね、的に矢が当たる場面を何度も何度もシミュレーションする。そして徐に立ち上がり、開く足の幅や腕の角度などを今一度確認してそのままイメージトレーニングに入る。
それを繰り返していると、アリーナの廊下で演武順の抽選が始まった。
あれ、『バルトガンショット』は成績順に射撃しなかったか?
今度は抽選なのか。
今度は1番を引きませんように・・・。
でも、それこそが1番を意識してる証拠なのかそうでないのか。
俺の引いた番号は、見事にというかなんというか、またしても1番だった。
試合開始まであと10分しかない。
逍遥は10番、サトルは15番。
途中南園さんが俺を見つけて走ってきた。
「1番ですか、なんとなく緊張しますね」
「ほんと、予選ラウンドも1番だったんだ」
「あら、そうでしたか」
「南園さんは何番?」
「7番です」
「それでも早い方だ」
互いに笑って別れた後、アリーナのモニターに試合順が掲載された。ワンは5番。
ホセやアルベールの試合運びはGPFで見ていたからわかるが、ワンだけはそういった場面を見ていないから想像のしようもない。
果たして、どんな射的を見せてくれるのか。
併合戦争のことはひとまず置いといて、ひとりの選手として、ワンに興味惹かれる俺がいた。
世界選手権-世界選手権新人戦 第17章
10分のインターバルしか取れない俺にとって、このバングルの刺激だけが頼りとなる。2秒の間はほとんど覚えているが、正確な時を刻むこのバングルは外せない。
世界選手権新人戦決勝ラウンドが、いよいよ始まろうとしていた。
名前がコールされ、俺は前に一歩出てギャラリーに頭を下げた。
あ、ギャラリーに数馬と聖人さん、亜里沙と明がいるのがはっきりとわかる。
緊張しながらも周囲を認識できるのはいいことだと自分に言い聞かせる。
ブザーが鳴り、俺は所定の円に入って姿勢を決め、微調整する。するすると最初の的が出てきた。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号砲が場内に鳴り響き、俺は的めがけて、軽く握った右手人さし指デバイスで第1の矢を放った。2秒おきに感じるバングルのピリッとする刺激を受け、その瞬間に第2の矢、第3の矢と撃ち、続けざまにど真ん中へと矢は突き刺さる。
何も問題はない。
序盤から、もう少し時間を短くできないかと思案していたが、バングルの刺激で2秒という時間の流れというか、間を感覚的に理解できていたので、刺激がする直前に矢を放つ方法に切り替えるかの判断に迫られた。これはかなりの冒険だった。もしテンポが少しでもずれたら、的へ当たるかどうかも含めて総崩れになる恐れだってある。
でも、今のままでは「てっぺん」はとれない。
俺は思い切ってテンポを速める策戦に出た。自分の判断を信じる、それが策戦替えの根拠。
速くすると言っても、2秒弱で撃つだけだからそんなに記録を狙えないかもしれない。でも、ズシンと右腕にかかる圧でも時間は計れる。
俺が射的するテンポは次第に速くなり、確実に2秒を切っていた。
それでも的に正確に突き刺さる矢。
よし、このまま最後まで突っ走る。
姿勢に変化はない。右腕の疲れも感じない。気力は充実している。走ることで下半身を鍛えたのが功を奏したのか、上半身のブレもない。体力的にも限界値には至っていない。
『バルトガンショット』で経験した「ゾーン」とはまた違った感覚で、時間を正確に読み取りテンポよく発射することが一番大切な気がして、俺の感覚は忠実に従った。
矢が的に当たり直ぐ別の的が出てきてまた矢が当たるというルーティンの中で、俺の心の中では只管速さと正確性に拘り、GPFの順位よりも絶対に順位を上げてメダルを取りホームズに見せるんだと言う強い意志が貫かれていた。
射的終了の号砲が鳴り響く。
思ったよりも早く演武が終わった。
これがどういうことを意味するのか、理解するまでに相当の時間を要した。
俺は大きく肩で息をしなければならない程、疲れ切っていた。射的中は疲れていないと思っていたが、なんのなんの、アドレナリンが出まくって疲れを感じなかっただけだ。
電光掲示板とアナウンスによる結果の発表まで、かなり時間を要しているように思われる。
果たして、演武そのものが無効ではないだろうな。
そんな心配も頭の中を駆け巡り、ちょっと不安になる。
俺は疲れて上がらなくなった右腕の上腕二頭筋や、立ち位置を変えずに攣りそうになった両足のふくらはぎをさすりながら結果が出るのを待ち続けた。
「ただいまの結果」
アナウンスが始まった。
0か100か。
白か黒か。
「ただいまの記録 3分5秒25 100枚 3分5秒25 100枚」
よっしゃーーーーーーっ!!!
自己新記録達成!!
思わずガッツポーズしたくなったが、数馬の言葉を思い出し踏みとどまった。
でも惜っしいなー。3分の壁を切るところまであと少しだった。ま、その5秒余りがなかなか埋まらない時間ではあるんだけど。
でも、自分では最高の演武だったと思うし、これでメダル圏外だったとしても悔いはない。ホームズに直ぐにメダルを見せたかったけど、俺がどの位置にいるのか、まだまだわからないから。
この大記録にギャラリーは総立ちになり歓声がアリーナ場内に響き、木霊する。
一度前に進み出て、手を振ってそれに答えた俺にもう一度大きな声援と拍手が送られた。
俺にとっては大満足の演武だった。
次の選手はギャラリーの興奮冷めやらない様子に調子を崩してしまったのか、6分台という平凡な記録で終わってしまった。
こう、物足りなさのする感じをギャラリーも嗅ぎ取っているのか、3番手、4番手の選手に送られる拍手の大きさが違うような気がする。どちらも5分台半ばで推移してるんだが。
さて、次は俺の目当て、5番のワンの演武が始まろうとしていた。
一度廊下に出てストレッチをしていた俺だったが、名前のコールとともに、もう一度試合場に入り空いているギャラリー席を探してやっと座った。ギャラリーの人数も相当なものだ。
ワンの演武は、俺とは違ってパワー型の戦法。どちらかと言えば逍遥のそれに近い。
どんな姿勢だろうが的に的確に当てていく技術は相当な練習量を感じさせたが、それよりも才能に通じる部分がかなりのウェイトを占めているような気がする。
次々と的に的中させていくと、ギャラリーも盛り上がってくる。野次、声援、様々なものがアリーナ中央へと寄せられる。
自分の時もそうだったのかと俺は少し驚いた。俺にはまったく聞こえていなかったのだ。やっぱり、緊張してたんだなと笑ってしまった。
瞬く間に、とでもいうべきか。
演武が終了した。
ワンは冷静沈着な男だと常々思っていたが、その際もにこりともせずガッツポーズなどするわけもなく、俺は苦笑するしかなかった。
記録がアナウンスされる。
「ただいまの記録 3分10秒00 100枚 3分10秒00 100枚」
またしてもどよめきがギャラリー席から沸き起こる。
そのどよめきは、自然と大きな拍手に変わった。
やはり、この男はただモノじゃない。
7番手として南園さんの名前がコールされた。
所定の円の中に入り準備をする南園さんに対して、ギャラリー席は演武前から大盛り上がりだった。
老若男女問わず人気があるなあ、南園さんは。
上品な佇まいの中から生まれる力強い演武に対し、あちこちから応援の声が上がる。
女子としてはかなり魔法力のある南園さんの演武は、応援の声に呼応するように鋭いものとなっていった。
演武が終了した。
記録は、4分50秒55 100枚。男子顔負けの数字にまた歓声が上がり、南園さんはギャラリー席にの四方に手を振りながら、眩しい笑顔でそれに答えた。
中3人を挟んで、逍遥の演武が始まった。
ワンと同じパワー型の魔法力。
ただし、実力では逍遥の方が勝っていると言わなければならないだろう。どんな姿勢でも的がどこにあろうとも、パンチを効かせた人さし指デバイスは逃すことなく滑らかに動いていく。
もしかしたら、俺の記録は破られるかもしれない。
でも、逍遥に破られるならそれはそれで仕方あるまい。
こんなに素晴らしい魔法力の持ち主は、早々お目にかかれない。俺にとっての目標でもあるのだから。
爆発的なテンポで的を射抜き続ける逍遥。
まったく、惚れ惚れしてしまう。
もっと長く見ていたい気もするが、3分もかからないで演武は終わってしまうかもしれない。
そう思っている間に、号砲が鳴った。
思っていた通り、逍遥の演武はさして時間もかけずして終わってしまった。
アナウンスを待つ会場では、ひそひそと話す声だけがあちらこちらで聴こえる。
あまりにも速く終了した演武に、皆が驚きを隠せないでいるらしい。
俺もその一人であることは確かだった。
女性の声でアナウンスが始まった。
「ただいまの記録 3分5秒25 100枚 3分5秒25 100枚」
なんと、俺と同じ記録が出た!
俺が早かったのか、逍遥が記録を出し損ねたのかは知らない。
でも、俺の記録が逍遥のそれと並ぶ日が来るなんて、思いもしなかった。
またもや場内はどよめきに包まれたが、すぐに歓声が上がった。俺と同じ記録であることを褒める人もいれば、ダントツで1位になって欲しかった人もいるようで、拍手と野次が入り混じったギャラリー席。
逍遥自身はそんなこと全然考えて無いようで、一度皆の前に顔を出しさっと手を振ると、すぐに引っ込み廊下へと消えていった。
場内はまだ熱狂の渦が満ちていて、11番から13番までの選手は皆5分台後半に沈んだ。
おおっ、と歓声が上がり名前がコールされたのはスペインのホセ、GPFの優勝者だ。
ホセもどちらかと言えばパワー型の魔法師。
予選ラウンドを1位で通過している強敵だ。
だが、決勝ラウンドでのホセは少し元気がなかった。午前中に飛ばし過ぎたのかもしれない。結局4分30秒00の記録で演武を終えた。
次、15番目に登場したのがサトルだ。
他人の演武はほとんどみていなかったらしく、名前がコールされると慌てて所定の位置に走っていく。
大丈夫か、少し緊張してるな、サトル。
でも、目を瞑り集中していたサトルは、号砲とともに目を開いた。
綺麗な姿勢から放たれる矢は一定の方向に進み的を射る。スピードも速い。
俺としてはサトルの演武が大好きで、サトルを真似して数馬に怒られたこともあるが、そんなの右耳から入って左耳に抜けていくほど、サトルの姿勢には憧れている。
最後まで姿勢を崩すことなく的を射抜いたサトル。
周囲が騒ぐ中、アナウンスの声を俺は待っていた。
「ただいまの記録 3分40秒15 100枚 3分40秒15 100枚」
すげえ、国際大会はこれが初めてなはずなのに、何という鍛練。
もう、蚤の心臓なんて言わせない何かがサトルを導いているように感じられた。
アメリカのサラは、いい線いってたのに途中で的を外してからガタガタになり、途中棄権という不名誉な記録が残ってしまった。
GPF2位のカナダ、アルベール。
やはり底力の持ち主であり、3分50秒40でホセを追い抜いた。
イングランドのアンドリューは4分50秒35、ドイツのアーデルベルトは4分40秒10で演武を終えた。
その後、イングランドのアンドリューとドイツのアーデルベルトが渋い顔をしながら英語で話しているのが聴こえてきた。
要約すると、日本人チームは地の利があるから3人とも3分台で演武を終えたのだと。
自分達だって、欧州で大会が開かれれば3分台を出すことが十分可能だと。
自分の演武を終えて俺の近くにきたサトルは恥ずかしそうに「そうかもしれない」なんて自信なさげに言ってるけど、逍遥は顔を歪めて苛立ちを隠さない。
「負け惜しみしか言えないやつに未来はないね」
「まあまあ、そんなこというなよ、逍遥」
「だってさ、海斗。僕たちだって欧米回ってああいう成績出したんだから、何も言われる筋合いはないじゃないか」
仰る通りで・・・。
俺は前向きな言葉を用いるようにしてサトルを慰めた。
「彼らが自分の思うような記録が出せなかったのは彼ら自身の問題で、地の利が多少あったとしても、それは順位に影響するモノではないだろ?事実、ワン・チャンホは凄い記録を出してるわけだし、君は普段通りの演武を行ってもあの記録が出ていた。決してまぐれなんかじゃないんだよ」
少し顔色に赤みが戻ってきたサトル。さっきまでは顔色が真っ青と言うか、土気色に変化していたから。
「ありがとう、海斗」
「来年は世界選手権のチームに選ばれて、自分の力を見せつけると良いよ」
そこには、どこか他人事な俺がいた。
試合が全て終わりを迎え、小雨がぱらつく外ではなく、アリーナの中でメダル授与式が行われた。
俺と逍遥はメダリストだったので壇上にあがる。
両名同時金メダルということで、周囲には3位のワン・チャンホ、4位のサトル、5位のアルベール、6位のホセ、7位の南園さんまでが入賞者として記念品を授与されることになった。
世界選手権-世界選手権新人戦 第18章
その夜は、世界選手権と世界選手権新人戦に出場した学生とサポーター400名が一堂に会し、夕方6時から立食パーティーが行われることになっていた。
もちろん世界選手権が終わり直帰で国に帰った学生もいたので、実質300名程度がパーティーに参加していたと思われるが、それでも会場の中は熱気に包まれ、そこかしこで挨拶代わりにグラスを傾ける音が聴こえてくる。
俺としてはホームズを迎えに行って一緒に寮に戻りたかったんだが、新人戦優勝という立場がそれを許さないという雰囲気の中、畏まってパーティーが終わるのを待っていた。
色々な人が俺の近くにやってきて、おめでとうと一言声を掛けてくれた。
俺は『バルトガンショット』でも優勝したので総合1位の座も勝ち取っていて、皆が2つのメダルを見せて欲しいと頼み込んでくる。
メダルを2つ手渡すと、丁寧に扱う人がほとんどだったが、中には嫌味交じりに落とすような真似をする不届き者もいたのは確かだ。
でも、気にしない。
ホームズにこのメダルを見せられれば、それでいい。
ホームズに会いたい俺としては、もう試合が終わったという、そして総合優勝できたという満足感でいっぱいで早くこのパーティーが終わらないかなと揉み手しながらいつものように壁の方に近づいた。
壁際から皆を見渡す。
日本勢の女子は皆一緒に集まっていたようだが、サラなどはあちこち移動して自分をPRしている。
日本とアメリカの風土の違いか。海外の女子選手はフランクだ。
いや、決して日本の女子が悪いとは言ってない。そういう環境が全く違うだけだ。
沢渡元会長を初めとした日本男子も、どちらかといえば皆で固まっていたが、光里会長は海外の知り合いも多いらしく、流暢な英語を駆使して海外選手との親交を深めていた。
サトルは英語話せるはずなのに、あまりにもシャイだから話しかけられたときにしか英語で返さない。もっと堂々とみんなの輪の中に入っていけばいいのに。
でも乾杯後、譲司がサトルに何か囁き、サトルは意を決して海外の選手にも話しかけているのが見える。
あれ、逍遥の姿が見当たらない。どこを探してもいない。
もしかして、魔法部隊に行ったか。十分に有り得る話だ。
ワン・チャンホの姿はどこにもなかった。キム・ボーファンの姿も。そう言えば乾杯の前から影も形もなかった。
俺の第六感が、危険モードを察知していた。
北京共和国のやつらは、そう遠くない未来に併合戦争を仕掛けてくる。
その前にホームズを安全な場所に移動させなくては。でも、安全な場所ってどこだ?
魔法部隊の本拠地ですら敵の攻撃対象になり得る今、ホームズをどうしたらいいんだろうと考える。今いるペットホテルが最上かもしれない。寮に戻っても俺たちは最悪全員が招集される恐れだってある。
ホームズを1人にはしておけない。
あ、国分くんの家がどうだろう。
お母さんは専業主婦だったはずだし。
でも、調子を崩した猫を預かったところで負担は増すばかりでメリットなんかない。
やっぱりペットホテルが一番か。
このパーティーも2時間ほどでお開きになるはずだ。
それまで待つか、それとも一度抜け出してペットホテルに様子を見に行くか。
しかし、危険モードを察知した俺にとって、戦闘状態に突入することは最早避けられない情勢のモノになりつつあった。未来予知とまではいかないが、たぶん、外国選手が出国した後2,3日中に北京共和国は動いてくるはずだ。
もしこのまま併合戦争に巻き込まれたらホームズの顔を見るのがいつになってしまうかもわからない。
悩む俺のところにサトルと譲司がやってきた。
「海斗、おめでとう」
「ありがとう、サトル」
「その割には表情が暗いけど、どうしたの」
「ああ、俺の第六感があと少しで戦闘が始まる、って危険モードを察知したのさ。もちろん、ほんとに来るかどうかはわかんないけど」
「いや、くる」
サトルが頷くと同時に譲司も話し出した。
「実は沢渡元会長が絢人に魔法をかけて取り調べて真実を話させたんだ。北京魔法軍を引きいれる場所は口を割らせたんだが、日程は教えてもらえなかったらしい」
「どこにくるんだ?」
「横浜港の埠頭だと聞いてるそうだよ。魔法軍では瞬間移動する者がほとんどだろうが、陸軍も来るとなれば船を接岸しないといけないだろ」
「へえ、札幌や新潟じゃなかったんだ」
サトルが不思議そうな顔をする。
「どうしてそう思ったの」
頭を掻きながら俺はサトルの問いに答えた。
「夢で見たことあるからさ。夢の中では、札幌や石川県、新潟の海沿いに船接岸して争いが始まったんだ」
「なるほど。絢人には嘘を伝えて、実際にはそちら、という線も考えられなくはない」
うーん。たぶん、俺の見た夢の中のストーリーは違うと思う。
「ワンやキムがまだこの辺にいるとすれば横浜で間違いないと思うけど、どう思う?」
「そうだね、国に帰った形跡はないし、まだこの辺にいるのは確かだ」
サトルは遠隔透視をして、俺の問いに対する答えを導き出していた。
「やっぱりそうか」
俺がそう呟いた時だった。
地震のような激しい揺れに、ホテル大広間の電気が一斉に消え、女子の叫び声やそれを鎮めようと叫ぶ男子の声、ドアの方に逃げようとする足音、押し倒されて痛みを覚える声などが部屋中に巻き起こった。300人もの学生が恐怖に陥ったのだから無理もない。
俺は足がすくんでしまって、壁際から一歩も動くことができなかった。
「静まれ!!」
その一言で会場内は静寂になり、声の主を皆が振り返った。
「紅薔薇高校生徒会元会長の沢渡だ。今照明をつける、静まれ」
沢渡元会長は天井に向けて右手を翳し、ぼんやりと薄暗い照明が付いた。
そこに、光里会長が右手を翳し、明るさがいくらか増していく。
サトルや譲司、そして外国勢の2,3年が一緒に右手を翳す。
大広間は、照明が消える前の明るさに戻った。
「栗花落、若林と一緒に停電の原因を調べろ」
沢渡元会長の言葉を聞きつけ若林先輩が俺たちのほうに走ってきた。
「栗花落、行くぞ」
「はい!」
電源設備を管理する電気室には配電設備や通信設備が格納されているらしい。
若林先輩はそっち方面に詳しいようで、この地震と停電がホテル全体のものなのか、それとも大広間だけが何者かの仕業によって停電したのか調べるために、譲司を引き連れ地下にあるであろう電気室に向かうため瞬間移動で姿を消した。
サトルと俺はそのまま壁際にいたのだが、俺は何か嫌な予感がして数馬に離話を飛ばした。
数馬は離話に出たはずなのだが、ノイズが酷く、また透視もできず言葉を交わすことはできなかった。逍遥や聖人さんにも離話してみるが、まるでこの大広間だけがスクランブルをかけられ魔法を遮断されているような感覚に、外部との連絡方法を断たれた俺は焦りを禁じ得ないというのが正直なところだった。
「ダメだ、サトル。どこにも通じない」
サトルも知り合いや父親に離話してみるが、通じなかったという。
「何が起こってるんだろう、海斗。停電もただの停電じゃないような気がする」
「しっ、聞えたら周りがまたパニックになるかも」
俺が予想した通り、外部に向かって離話を始めようとした学生は多かったらしく、スクランブルをかけられて繋がらない状況に気付いたようで、ひそひそ話から段々と声は大きくなってきて、沢渡元会長に面と向かって騒ぎ出す学生が現れた。
「静まれっ!!」
沢渡元会長はその学生に向かって右手を翳し、その学生は気を失ってよろよろとその場に崩れ落ち、周囲の友人らしき学生に支えられて俺たちがいるところとは反対側の壁際に運ばれた。
それを見た他の生徒は、大声こそ出さなかったものの沢渡元会長に背を向け悪口を言っているように見受けられた。
いや、悪口言ったところでこのヤバイ状況を抜けきることはできないって。
若林先輩と譲司が大広間に戻ってきた。
すぐに沢渡元会長の元に走り、何か報告している。口唇術で動きを読むと、どうやら電気室の機器を見ても、どこも停電している階はないという内容だった。
であれば、誰かが魔法で強制的にこの大広間を揺らし停電させたというのだろうか。
俺は強制的な魔法を良く知らないけど、たぶん、あるのかもしれない。
それも、時間差で掛けたとしか思えない。
会場の中で掛ければ、魔法の痕跡が残って誰がやったか解ってしまう。
だから、ここにいない人物によって時間差強制魔法を部屋全体に掛けたのだろう。
「まずいな、これは北京共和国の仕業に違いない」
沢渡元会長の表情がキツくなってきた。
「この連中を外に出すべきか、迷っている」
光里会長は、国ごとに並ばせ廊下に出すべきだというが、廊下でも何らかの魔法攻撃を受けることだろう。
世界選手権及び新人戦開催国の日本としては、魔法攻撃による怪我人や最悪死者を出したら相当なバッシングを浴びるのは必至だ。それを避けるために、沢渡元会長や光里会長は腕組みしながら今後の方針を考えていたようだった。
全員がこの魔法を使えるのかわからなかったが、俺は生徒会の連中が集ってるところに行って、瞬間移動魔法でどこか安全なところに皆を誘導することを提案した。
ただ、300人ほどの人間がゆったりと立っていられるホテルを探すのは一苦労であり気温からして夜を明かすには無謀な策戦でもあることは確かで、柔らかな物腰と口調ではあったが沢渡元会長は俺の提案を却下した。
どこかに移るか、このまま大広間にいるか、その2択。
沢渡元会長は目を瞑って考えに耽っていたが、10秒ほどで目を見開いた。
「一旦はここに留まるが、移る場所が見つかり次第、順番に移動魔法を使い移動する。皆、防御魔法を自分に重ね掛けするように」
そういうと、自分自身に防御魔法を掛けた沢渡元会長は、大広間全体に魔法をかけた。
他者修復魔法の亜種といった感じで、なんだか安心感に包まれるような、そんな気分になる。俺の他にもそう感じた学生は多いようで、悪口やひそひそ話は減り、各国で連隊を組み自国の選手同士で、あるいは5つのエリアで区切って選手を集めているところもあった。最終的にはGリーグで分けられている5エリアで選手が集まることになり、選手たちは使用可能な魔法を選んでまさかの事態に備えていた。
俺はアジアエリアの集合体に属したんだが、もちろん、ワンもキムもいない。
この停電はやつらの置き土産か?
紅薔薇生徒会は大会事務局に全面協力する形で、なんでか俺まで駆り出された。
中途半端な技しか覚えてないし、戦力になるのか。この俺が。
そう言えば、ライブをするような大きな会場とかないのかな。ほら、野球場とかで屋根が付いてたりする場所。あれなら何万人と人が入るはずで、300人などすっぽり入る計算だ。
俺は早速サトルを呼んでライブ会場に打診するよう働きかけてみた。
サトルが言うには、横浜には何万もの人を収容できるライブ会場はなかったが、地元の野球場とサッカー場が各2つある。そのうちひとつの野球場は可動式の屋根が付いていて、今日は運よく空いているという情報が流れてきた。
大会事務局では沢渡元会長たちに相談することなく、野球場に学生300人を移動させることを決めた。
エリアごとにおよそ50~70人の学生たちを集合させ、移動魔法を使って野球場に移動していく。移動魔法が使えないサポーター(ほとんどいなかったが)等は、魔法を使える学生がボールを包み込むような形で移動させた。前に数馬が日本から海外までバランスボールを移動させたように。
だが、俺たち紅薔薇高校生徒会はホテルに留まるか否かで意見が割れた。
沢渡元会長や若林先輩は、大会事務局と最後まで一緒に行動すべきと諭したが、光里会長以下2年の選手やサポーターは、野球場に万が一敵が現れた際の行動について疑問を呈しており、紅薔薇の学生を2つの組織に割り振ってホテルと野球場に各々派遣すべきと訴えた。
結局、折れたのは沢渡元会長と若林先輩だった。
沢渡元会長と逍遥、俺、サトルの4名は1組になってホテルに残り大会事務局の連中と行動を共にし、敵からの攻撃に備えるシフトを採った。
光里会長をリーダーとするもう1組は、外国人選手たちが無事に母国に瞬間移動できるように取り計らうことを第一の目的として野球場に飛んだ。
ホテルの中では、まだスクランブルが掛かっていて外部との連絡は取れなかった。
沢渡元会長は、紅薔薇高校に移動し講堂を本拠地として動くことを大会事務局に助言した。
だが、大会事務局では海外の選手たちを無事に母国に戻すことを理由に、自分たちが野球場へ移動することを申し出た。
なんでそうややこしいことするかな。だったら最初から自分たちが野球場に行くって言えばよかったのに。
俺はその話を聞いて、少しどころじゃない、大いに呆れ憤慨した。
高校生だからって舐めてないか?俺たちを。
それでも沢渡元会長は即座に同意し、光里会長以下野球場に向かった学生を紅薔薇高校の講堂に呼び戻したのだった。若林先輩だけは、野球場の方がどのように動いているか報告するため、野球場に1人残ることになった。
「光里、ご苦労。向こうにいる学生はどうだ、パニックを起こしていなかったか」
沢渡元会長の懸念は、ほぼほぼ当たっていたと見える。
「いやあ、エリアごとに分れるはずがまたバラバラになったりで大変でした。大会事務局であれを交通整理するのは大変だと思いますよ」
「そうか。帰国が長引くようなら我々が行って手伝うほかあるまい」
「そうですね」
俺は数馬に離話を送っていた。
よし。
今度は繋がった。
「数馬、俺、海斗。どこいんの?」
「紅薔薇の体育館」
「じゃ講堂にくれば。こっちもみんな揃ってるし」
「んー、わかった。こっちにいる全員、講堂に移るから」
それから5秒もしないうちに、数馬と聖人さん、亜里沙と明が講堂に現れた。
「みんな一緒だったんだ」
「魔法部隊からの命令待ちだったのよ」
亜里沙が澄ました顔で言う。
「ホテルの停電騒ぎ、知ってたのか?」
「海斗、あたしらを見くびってもらっちゃ困るわ。あんたたちでどうしようもない時は行こうって決めてたけど、沢渡くんが働いてくれたからね」
その“沢渡くん”って、いつ聞いても慣れない。
当の沢渡元会長は恐縮した態度で亜里沙を見ている。
「とんでもないことです、山桜さん」
「ところで沢渡くん、野球場の方は今どうなってるの」
沢渡元会長は若林先輩に離話を送って現在の状況を亜里沙に報告した。
「5エリアのうち4つまでは瞬間移動が終わったとのことでした。ただ・・・」
「ただ?」
「戦闘になったら参加するといっている学生がいるようで、エリアの集合体から抜け出ているそうです」
「名前を聞いてちょうだい、各国の魔法軍に所属しているかもしれないから」
「承知しました」
沢渡元会長は若林先輩と密に連絡を取り合いながら、大会事務局とも連携して残った学生が誰なのか割り出しを進めていた。
それを横目に、何かあった場合の選択魔法を話し合っていた俺たち1年組。
「海斗、君ショットガン持ってきた?」
「持ってるよ」
「君はたまに間が抜けてるからねえ、忘れたらホテルに逆戻りだったよ。ホテルじゃ今頃北京共和国の連中が僕らのキャリーバッグ漁ってるはずさ」
「余計なこと言わないでくれ、逍遥。キャリー漁ってるって誰が?」
「向こうの雑魚キャラ。ワンやキムは今回の戦闘について指導的立場にいるとみていいから」
「あの2人はそんなに偉いのか」
「たぶんね、見ただろう、ワンの『デュークアーチェリー』」
「凄い記録だった」
「そこが問題なんじゃない。あの競技は殺傷能力を高めることができる、ということなんだ」
「『プレースリジット』や『エリミネイトオーラ』のように?」
「そう。ワンは『バルトガンショット』には然程興味が無かったみたいだけど、あれだってマージを使えば殺傷能力は格段に上がるだろう?」
言われて見れば逍遥の言う通りかもしれない。
矢を撃ち込める、あるいはクレーを粉砕するということは、何かしらの攻撃で相手を攻撃できるということ。それも高速で。相手が動いてることを加味しても、クレー粉砕を考えれば、魔法を使用する側の能力が高いほど殺傷力が格段に上がるのは目に見えている。
GPSやGPFでの『デュークアーチェリー』は、30分で50枚から80枚程度の的を射るというお遊びのようなものだったが、新人戦においては十分にその能力を発揮する可能性すらある競技だった。
なんでどちらの競技も急に記録が一桁になったのか俺にはわからなかったが、1年でも殺傷能力を高める競技にするために各国の威信にかけた魔法を盛り込んであそこまで記録が伸びたという内々の実情があったのかもしれない。
何のことはない、数馬や聖人さんは初めからすべて知っていた。こうなることまでお見通しだったというわけだ。
なら、少しくらい話してくれても良かったのに・・・。
数馬が真面目な顔で俺を指さす。
「君が余計なところでお喋りしないように隠してたんだ。それでなくても読心術に引っ掛かり易いんだから」
・・・とほほ。
ええ、そうですとも。
俺はお喋りな上に読心術に引っ掛かり易い人間ですよ。それが何か?
「開き直ってもダメ。ただ、君の演武は最高だったし、万が一敵と遭っても敵を倒していける。でも、ショットガンでは冷や冷やするから人さし指デバイスを使ってくれ」
「なんで」
「君に“目を瞑ってクレーを撃つ”と言われた時の僕の心配がわかるかい?目を瞑った瞬間に敵がどこにいるか判らなくなるじゃないか」
「そうだな、クレーのように何か発射されればまだしも」
「ショットガンで遠隔透視しながらマージを使えば君でも敵は倒せるから大丈夫だとは思うけど」
「使ったこと無い」
「唱えて撃つだけで効力が発揮されるから安心して」
「じゃ、それと一緒に破壊魔法とか消去魔法使っても構わない?」
「やり方知ってるなら、いざという時は使って構わない」
聖人さんも数馬に同調する。
「お前さんは本当の戦闘を経験してないからなあ、ビビるなよ」
「いや、十分にあり得るし」
「ビビった時は後方支援に回れ」
「いいの?」
「身体張って余計な魔法受けるよりよっぽどいいだろ」
亜里沙は俺を心配しているようで、戦闘には参加しなくていいと言って聞かない。
何のために俺ここにいるんだよ。そんなら海外組と一緒に野球場に行った方がよかったってか?
亜里沙の心配はわかるが、皆が盾になり併合戦争を防ごうとしている中で、俺だけが安穏と胡坐をかいているわけにはいかないじゃないか。
その時だった。
ヒョイ、と人影が見えて、俺たちは一瞬で全員がショットガンを持ち戦闘態勢に入った。
「オー、チガウチガウ、ボクダヨ、タコー」
それはルイとリュカだった。
「ボクタチカエロウトシタケド、タスケテモラッタ、ダカラタタカウ」
俺は2人の近くに寄って行く。
「危ないよ、国に帰った方がいい」
「ダイジョブ、マージトクイ」
「ショットガン持ってるの?」
「モッテルヨ」
「でも、危なすぎる」
「タコ、ボクラ、グンタイショゾク。キミヨリツヨイ」
「え?2人ともフランスの軍隊所属なの?ならなんでクロードにやられてんのさ」
「カクシテルカラ」
そこに数馬がしゃしゃり出てくる。
「逍遥や山桜さん、長谷部さんと同じさ。軍隊所属を隠して学校に通う例は多いって言わなかったっけ」
「聞いたっけ、そんなこと」
「さて、言ったような気もするけど、まあいい。援護部隊が増えたのは嬉しい限りじゃないか」
「ほんとに大丈夫?ルイ、リュカ」
「マカセテー」
亜里沙が横に入ってきた。
「いつ敵が襲ってくるかもしれないって時にあんたってば脳天気ね」
「言い過ぎだ」
「この2人なら大丈夫。あたしも会ったことあるもの」
「オー、アリサ!ヒサシブリ!」
「相変わらず変な日本語話してるのね。ルイ、リュカ」
「ヒドイヨ、アリサ、クチワルイ」
「さて、あとはどこで敵を迎え撃つのか、そこね」
俺は突然、ホームズのことを思い出した。一時も早く会いたい。俺は近くにいた亜里沙の腕を掴む。
「ホームズを迎えに行っちゃダメか?」
亜里沙が上目づかいで俺のことを睨んでいる。
「あんた馬鹿?ホームズがここに着たら魔法使うに決まってんでしょ。早死にさせたいの?」
「あ・・・そうか」
「冷静になりなさい、海斗。ここで敵をこてんぱんにしてしまえば日本は救われる。そうすればホームズと平和に暮らせる。OK?」
「わかったよ、今は戦闘のことだけに集中する」
若林先輩から沢渡元会長に報告が着たようだ。
5エリア全ての学生を母国に移動させる作業は滞りなく終わった。
大会事務局の人間が俺たちと一緒に行動することはないらしい。事務局本部のあるイタリアのミラノに帰るそうだ。
元々大会事務局の手を借りようなどとは思っていないと沢渡元会長が呟いたと同時に、若林先輩や外国勢で戦闘要員として残った学生たちが講堂に集まってきた。
ほとんどは2,3年。
人数を数えてみると、50名ほどいただろうか。
俺は顔も名前も知らない学生ばかりだったが、沢渡元会長や光里会長は顔見知りらしく、親しげに言葉を交わしていた。
ここからは、亜里沙が指揮をとって紅薔薇高校の生徒たちと各国の学生たちを纏め、戦闘準備に入るという。
え??亜里沙で大丈夫なのか?
「海斗、あんた失礼なやつね。これでも魔法部隊ではそれなりの活躍してんのよ、あたしは」
あはは。俺の心はまるまる聞こえている。
ごめん、亜里沙。
講堂の中に移動してきた外国勢の学生の中に、サラがいたので俺は驚いた。サラはアメリカ軍の関係者だったのか。
スペインのホセとカナダのアルベールも姿を見せている。2人も軍の関係者に違いないと思う。
みんな、今年から各高校に通い始めたというわけか。
ホセとアルベールは、ワンの『デュークアーチェリー』を見てすっかり考えを改めたそうだ。
そりゃまあ、あそこまでの魔法力を見せつけられたらワンの力を認めないわけにはいかない。
でもなあ、『バルトガンショット』では全然目立った活躍をしなかったのに、どうして『デュークアーチェリー』では3位につけるように演武したんだろう。それだけの力量があるのだから、最初から飛ばしても良かったはずだ。
キムも同じ。全然本来の力を出していなかったと思われる。キムの場合、沢渡元会長を潰すことだけに注力したから仕方ないのかも。
逍遥がちょっと呆れた顔をして俺を見ている。
「最初は大人しくして日本人の成績を見たかったんだろう。言ったよね、僕」
「聞いたっけ、俺」
「海斗、君かなり忘れっぽい性格だねえ。でもね、少し考えればあの動きも解析できるというものさ」
逍遥の言葉を半ば無視して、絢人のことを考えていた俺。
「なあ、絢人って今どこにいるの」
俺が唐突に尋ねたので、口ごもってしまった逍遥。
「光里会長に聞けばわかるんじゃない?」
そうか、取り調べたのは生徒会で、言葉を引き出させたのは沢渡元会長だ。
俺は早足で光里会長の隣に立つと、またもや突然話を振る。
「八神絢人は、今どこにいるんですか」
「魔法部隊に引き渡してある。向こうではもっと厳しい取調べが行われているはずだ」
「話すの拒否っているんでしょうか」
「俺たちにさえも黙秘し続けたからな、最終的には沢渡元会長の魔法であらかたのことは聞けたが」
「嘘はない、と」
「沢渡元会長の魔法を受けて嘘を語れる人間は、まずいないだろう」
「そうですか・・・」
「心配なのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
「横浜港の埠頭に船が着岸すると同時に、魔法師は瞬間移動魔法で日本に来て、ここ横浜を壊滅させる気らしい」
「それはまた、綱渡りの計画ですね」
「いつこちらにくるのかがわからない。だから内心冷や冷やしてるさ。でも埠頭にはこちらの警察や魔法師が常駐して見張っている」
「でも、魔法師はいつどこに現れるか皆目見当がつかない・・・」
光里会長は口持ちをキュッと結び直し、姿勢を正した。
「これから俺たちは何人かで一組のグループになって飛行魔法で市内を巡回しながら魔法師の到着を阻止することになるだろうな」
俺の脳裏に突然閃いたものがあった。敵の魔法師が映り込み、朝日に照らされ魔法師たちは陽の陰になり戦闘になる様子さえもが、くっきりと浮かび上がった。
場所は分からない。
でも、屋内ではない。辺り一面が白に覆われている。雪か?その場所は市内が一望でき、地平線の彼方に日の出が見えた。
「朝、そう、夜明けです。敵が来るのは夜明けじゃないでしょうか。場所は、地平線から日の出が見えるところかと。そして、辺りは真っ白な雪のようなものに覆われてました」
俺の言葉を聞いた光里会長は、沢渡元会長の元に駆け寄ると、何やら2人で話し始めた。
沢渡元会長が壇上にあがり大声で皆を呼ぶ。
「皆、話を聞いてくれ」
講堂のそこかしこでグループを作り戦闘態勢に入っていた紅薔薇高校の皆や外国人勢は、壇上にあがった沢渡元会長の声に耳を傾けた。
「未来予知の力がある複数の者から敵の襲来に関して情報があった。敵の船や魔法師たちがこちらに着くのは夜明け。船の着岸は横浜港だが、魔法師は札幌大倉山のジャンプ場及びその付近に現れるらしい。陸軍の上陸だが、横浜の埠頭には現在警察と魔法部隊の魔法師たちが張り付いているから心配は要らない。これから全員に紅薔薇のジャンパーを配る。半分に分れて、埠頭と札幌に行ってくれ」
譲司やサトルがバタバタと動き出す。走って講堂を出た2人は、大きな段ボール箱を2つ、台車に載せ瞬間移動で戻ってきた。
ものの5分もしないうちにダンボール箱が空になり、譲司もサトルもまた台車とともに瞬間移動で消えた。
そこに、瞬間移動で来たのだろう、南園さんが顔を出した。
「私もお手伝いします」
それだけ言うと、講堂から瞬間移動してどこかに行った。
2,3分してから、新しいダンボールとともに3人が一緒に現れ、まだジャンパーの行き渡らない学生に配りだす。
10分後、全員がジャンパーを着て講堂に立っていた。
ベンチコートの方がよほど温かいよなあ、と思っていたら、知らぬ間に隣に来てた逍遥が釘を刺す。
「ベンチコートじゃ思うように動けない。これが最善の策なんだ」
「札幌、寒いと思うんだけど」
「アドレナリンが出るから寒くは感じないさ。寒く感じるとしたら、そりゃ君、サボってる証拠だろう」
「手厳しいな。そこまではわかったけど、なんでみんな同じ服装するんだ?」
「味方と敵の区別をつけるためだと思うよ。まさか敵がこんな紅色のジャンパー着てると思うかい?」
「なるほど。向こうがチャイナ色の紅服を着ていないことを祈るよ」
沢渡元会長からの指示はまだ出なかった。
横浜ランドマークタワー付近の情景を見た外国勢がいたからだ。
「相手は二手に分かれるつもりなのか。八神絢人はフェイクニュースを日本側に流す役割だったわけだ」
光里会長が眉を顰め沢渡元会長に耳打ちしている。
「沢渡会長、3カ所に分かれますか?」
「ああ。俺は横浜ランドマークタワーに行く。光里、天候的に厳しいがお前は札幌に飛んでくれ。埠頭には主に外国勢を。あそこは魔法部隊がいるからな。それから、ここ紅薔薇にも情報管理役がいるだろう。三枝、南園と黄薔薇の惠と設楽を生徒会に残すので全体の調整を行うように」
「承知しました」
俺は沢渡元会長と光里会長との会話を読んでしまった。
キムとワンたちが3カ所に分れてくることは間違いなさそうだ。
誰が札幌に飛ぶんだろう。
日本勢では、光里会長、数馬、蘇芳先輩が1チーム、聖人さん、サトル、逍遥が1チーム。俺と亜里沙と明が1チーム、沢渡元会長、若林先輩、譲司、が1チームを組むことになり、光里会長のチームと俺のチームが札幌に向かうことになった。
外国勢では、国ごとにチームを組んでもらうのが一番適しているだろうという話になり、3人で1チーム、計4チームが横浜港埠頭と横浜ランドマークタワー、そして札幌に分れて飛ぶことになりそうだ。
気候的なモノもあるのだろうが、アルベールが札幌行きにいち早く手をあげ、フランスとスペインの学生は横浜に残ることになった。
札幌に向かうチームの総指揮は光里会長が取ることになり、札幌大倉山ジャンプ場を目指し、俺たちや数馬たち、カナダ勢は次々と瞬間移動魔法を使い、講堂を後にした。
数馬が英語もフランス語も話せるから助かる―。
観光旅行じゃないのは知ってるよ、ただ全然言葉が通じなかったら連携が取れないじゃないか。
横浜組はサトルと若林先輩が語学に強いらしく、聖人さんもフランス語が話せる。ルイやリュカと話したくらいだから。
若林先輩はスペイン語やポルトガル語が堪能で、両国の文化にも造詣が深いという。
スペインの本場フラメンコは、一度見たら虜になってしまうらしく、道端で踊る小学生くらいの男の子を見てフラメンコのファンになり、以来若林先輩はスペイン語やフラメンコを猛勉強して度々スペインに足を運んでいると蘇芳先輩から聞いた。
札幌に着き、初めに横浜組と連絡がつくかどうかテストする。
亜里沙と聖人さん、アルベールとルイが遠隔透視と離話を試みた。
透視した相手の顔も見えるし、周囲の景色も見える。話もスクランブルをかけられることなく通常モード。亜里沙とアルベールは笑って連絡を終えた。
よし。
でも、俺には札幌はやはり寒い。
仙台は雪国と思われがちだけど、そんなに寒くないんだよね。
雪も少ないし。
ま、俺のことはどうでもいい。
こっちに敵が来るのはいつなんだ。
数馬が俺を呼んでいる。何か用があるらしい。
「海斗、君に鏡魔法教えたっけ、浄化魔法も」
はて。
「忘れた」
「何とも頼りにならないな。ま、いい。これから教えるから聞いてくれ」
数馬は俺の横に立って、「クラシス」と念じて両手をクロスさせてそのまま前につき出すんだとわざわざ説明する。
「これが鏡魔法。反射魔法ともいう、とにかく魔法を跳ね返せるものだから忘れないで」
「了解」
返事をしつつ、俺の脳内はあの夢が交錯して、数馬の話を話半分で聞いていた。
今度は「カタルシス」と念じて両手を左胸に当てるのだと力説する数馬。
「海斗、これが浄化魔法だ。万が一相手の魔法が当たってしまったら使うと良い」
海外勢も先程から俺たちの周りに寄ってきて、鏡魔法と浄化魔法の使用方法を聞きながら真似している。
10人ほど人で防ぎきれるくらいの魔法師が来るのか、もし多勢に無勢となったとき、俺たちはどう行動すればいいのか。
そんなことばかり俺は考えている。
その俺の後頭部を思いっきり平手打ちした人物がいた。
「いでーーーーーーーーーーーっ、誰だよ、急に」
明だった。
「海斗、お前数馬の話聞いてなかっただろ」
「え、まあ、うん」
「それで自分を防ぎきれるか?防御魔法で通用する相手じゃないぞ」
「・・・ごめん」
「もう一度教えてあげるから」
俺は明にもう一度鏡魔法と浄化魔法、防御魔法を教わり、前線に立った。
なるべく外国勢の学生たちを守りながら敵を攻撃しなくてはならない。
札幌の夜は芯から冷えて、もう、寒いなんてもんじゃない。
でも、夜明けには必ず敵がここにやってくる。
予知とは違うかもしれないけど、俺の第六感は冴えていたように思う。
人はこれを予知と呼ぶのかもしれない。
札幌の大倉山ジャンプ場とスキー場はナイターも行っていたのでまだ灯りが煌々と灯されていた。ナイターは9時までだったが、亜里沙が経営筋に掛け合い一晩中灯りを点けてもらえることになった。
あとは、俺の予知が当たっていれば明け方に敵が襲来する。
それまでの間にチームごとにつかの間の休養が与えられた。ジャンプ場の近くに2階建ての建物があるのだが、昔オリンピックで使用した選手宿舎を改造し、今はレストランになっているという。食事を摂り2階で仮眠するのにはうってつけの場所だった。
今は午後9時前。
ジャンプ場及びスキー場が閉まるのが午後9時。施設の人には申し訳ないことをしたが、食事だけ作ってもらい、あとは光里会長が俺たちに細かい指示を飛ばしてチームごとの動きを把握していた。
スキー場には世界各地から人が来ているんだろうな、と思ったんだが、施設の人曰く北京共和国や香港民主国の人が多いのだという。札幌界隈は交通の便も良いし、何よりパウダースノーで雪質がいいらしい。
へえ、向こうからねえ。
俺のアンテナがピピピ、と動く。
まさか、この中に入り込んで客のふりをしていないだろうな。
咄嗟に俺はいつも先輩たちがやってるように、スキー客目掛けて右手を翳した。
「数馬!見て!」
その中には複数、紅くチカチカと光る人間が見えたのだった。
数馬は俺の口を塞ぐように右手を顔に近づける。
「たぶんあいつらはそうだろう。ただ、向こうが何もしない限り僕たちから手を出すわけにはいかない」
「捕まえられないってこと?」
「ああ。あいつらはたぶん魔法軍の軍人だ。魔法軍も軍隊の一部だから治外法権を盾に逃げられるだろう」
「ここまでわかってて捕まえられないなんて・・・」
「あいつらは絶対夜明けに動き出す、そこを撃破すればいい」
俺は納得がいかない、という表情をしていたらしい。亜里沙が寄ってきて俺の肩を叩く。
「あんたも少し仮眠取りなさい、海斗」
「寝てる場合じゃないような気がして眠れねー」
「明日のために力を蓄えなさい。あんたの取柄は体力だけなんだから」
「そうはっきりいうなよ」
「あんたが大人しく仮眠取ってくれればここまで言わない。あんた、猪突猛進型だからね」
亜里沙の言い分はわからないでもないが、すぐそこに敵と思しき奴らを見たのに、捕まえられないというジレンマが俺を眠りに誘わないのは当たり前のことで、ベッドに入っても中々俺は寝付けなかった。
とはいえ、仮眠は仮眠。
夜中の2時過ぎになると俺は数馬に起こされた。
「海斗、海斗。起きられるか。一旦交代だ」
「ああ、数馬か。わかった、今起きる」
幸いにも雪は降っていなかった。吹雪に邪魔されたら相手の立ち位置が見えなくて、俺のようなペーペー魔法師は魔法を相手に当てることができない。
当てるといえば、『デュークアーチェリー』でのワンの演武は本当に持てる力を最大限引き出したものだったのか。逍遥にもそれは当てはまるのだが。
『バルトガンショット』だって俺は出来る限りの力を出したけど、あの2人が本気で試合に臨んだかどうかなんて誰にもわからない。
金メダルに拘らなかったとすれば、自分の力を全て見せないための逆パフォーマンス、大いにあり得るじゃないか。
俺は寒い中で白い息を吐きながら身体を動かして寒さ対策を行っていた。
それでも、凍てつく空気はすぐに水分を凍らせてしまう。身体から出た汗さえも凍るような気がして、俺は汗をかかないようなストレッチに切り替えて身体を動かし続けた。
俺たちを縛り付けていた夜の帳は段々とその色を変え、いくらか空が白んできた。仮眠を取っていた人たちが次々と起きてきて「Hello」と互いに挨拶している。
光里会長が皆を集めて大声で叫ぶ。
「相手が危ない魔法を使う際には、破壊魔法や消去魔法も致し方ないとの結論に至っている。皆、自分の命だけは絶対に守るように」
俺たちはジャンプ場の上空で飛行魔法と隠匿魔法を使って身を隠しながら、いつ敵が姿を現しても平常心で戦えるよう魔法の訓練を行う。さすがに破壊魔法と消去魔法は無理だったが。
世界選手権-世界選手権新人戦 第19章
明け方、4時くらいだっただろうか。
不規則なテンポで電灯が消えたり灯ったりを繰り返し、ただでさえ明け方の太陽のお出ましで眩しい市内を一望できる展望台の周囲が赤くチカチカと光っている。
数馬と亜里沙が同時に叫んだ。
「来たわ!」
「展望台!」
3つのチームに分かれていた俺たちの中で、亜里沙と明が先んじて相手の上空に飛行魔法で位置すると、10人ほどの敵に亜里沙が素早くショットガンで手足を目掛けてマージ魔法を繰り出した。
相手は全然気が付かなかったのだろう、反撃のチャンスさえ与えられず倒れていく。
亜里沙や明の繰り出す魔法は逍遥や沢渡元会長のそれを凌駕すると言うか、遥かに超越していて、俺は目を疑ったほどだった。
同じようにカナダチームが隠匿魔法を使ったまま展望台に近づきデュークアチェリーを用いた魔法で敵を蹴散らす。
展望台にいた4~5人の敵は足と手に魔法の矢を受け、ことごとく足が動かなくなり、手も損傷して魔法が使えない状態になっている。
そこに、敵の応援部隊が到着した。
ざっとみても30人は下らない。
外国勢が飛行魔法で立ち向かっていくが、先程の弱っちい相手と違い、こちらのチームに対し猛攻撃を仕掛けてきた。
アルベールが鏡魔法で相手の攻撃を反射させようとするが、瞬間移動で背中側に回り込みアルベールののオーラに向けショットガンを発射した。それはたぶん、マージ魔法だったと思う。
アルベール、危ない!
声に出そうとするが、俺の叫びは空を切り粉々に朝陽の向こうへと消えていく。
俺が目を瞑ってしまったその瞬間。
相手は鏡魔法に倒れ自分のオーラを撃ち抜き、地上に落ちていった。
アルベールを助けたのは、数馬だった。
ああ、数馬の十八番だった、鏡魔法と浄化魔法。
そして、飛行魔法での乱舞戦が始まった。
俺はショットガンで相手にロックオンしても寸でのところで逃げられていた。『バルトガンショット』に撃ち方のタイミングを変えていたため、すぐには『マジックガンショット』のタイミングに切り替えられず、相手が消える。
背中を取られそうになること何十回。その度に亜里沙や明、数馬が助けてくれた。
俺、何のためにここにいるんだろう。みんなに迷惑かけて。ここにいること自体間違ってるんじゃないのか?
ほんと、泣きそうになってしまう。
もう、どうしたらいいのかわからなくなって怖気づいてしまった俺に、数馬が叫ぶ。
「俺たちがここを突破させたらこの世界は終わるんだぞ!」
その言葉でやっと俺は理性を取り戻した。
「あんたは『デュークアーチェリー』でいきなさい!!」
亜里沙から大声が飛ぶ。
その言葉にハッとした。
そうか、そうだな、今は泣いてる時じゃない。
1人でも2人でもいいから敵を倒すことを考えないと。
俺は敵の動きを的になぞり、敵が動くであろう位置を予測して人さし指を向けた。バングルは数馬に言われ最初からつけていたし、自分で大凡の時間を計ることができたので相手の動きを動体視力で見極めて矢を放つ。
矢は、敵の足に当たり敵は飛行魔法を続けられずに地上へ落ちていった。
そうして攻撃を続けているうちに違和感が俺を襲う。
最初はそれが何か見当さえつけられなかったのだが、自分が恐怖を克服して真っ向勝負を挑んだ時に、それが何なのかわかった。
こいつらは北京共和国の魔法師なんだろうが、第一戦で活躍しているやつらじゃない。今ここにいる敵の中に、Sクラスの魔法師はいない。
誰が指揮しているのかもわからないし、何より、ワンやキムのどちらもいない。
Sクラスの魔法師は・・・横浜にいる。
光里会長を探したが、どうやら隠匿魔法をかけているらしい。このままじゃどこにいるか探せないし、仕方ないので大声で叫べるだけ叫んだ。日本語だから中華圏の人間には通じないだろ。
「この敵はBクラス!Sクラスは横浜!!」
すると光里会長が隠匿魔法を解いて姿を現した。
「さっきから変だとは思ってた。ちょっとこいつら魔法力足りないって」
「ワンやキムもいません」
「ちゃっちゃと倒して横浜行くか」
「はい!」
光里会長は離話で同時に皆に話しかけた。数馬が翻訳してカナダチームに伝える。
「ここを早く終わらせて、横浜ランドタワー付近に集合のこと。繰り返す、ここを早く終わらせて横浜ランドタワー付近に集合のこと」
俄然、我らのチームは攻撃に力が入り、最高で30人近くいた敵も痛手を追い瞬間移動魔法でどこかに消えたので、残りは4,5人になっていた。
光里会長と蘇芳先輩が流れ作業のごとくショットガンで足と腕を撃ち抜いて、相手は落ちていく。
残りは0になった。
光里会長から全員に離話が届いた。
「横浜に戻るぞ!!」
ひとり、またひとりと消えていく。外国勢は素早く姿を消した。さすが軍人は鍛え方が違うな。
札幌での残りは俺と数馬、亜里沙、明の4人になった。
「さ、あたしたちも行きましょうか」
亜里沙がそう告げた時のことだった。
新たな敵が10人ほど空中に現れた。
なんだ、こいつらどこから来たんだ?
俺の中でさっきの違和感が倍増した。
こいつらただ者じゃない。
俺たちの人数を減らすためにわざわざ最初にBクラスを寄越したのか。
「亜里沙!こいつら・・・」
「そのようね、さっきよりも強いオーラを感じる。ここは二人一組になって背中合わせで戦いましょう」
俺と数馬が、亜里沙と明が背中合わせとなり敵の魔法を受け続ける。
数馬と明が鏡魔法を使い魔法を跳ね返しながら、俺と亜里沙が敵を攻撃するスタイルを採り、攻撃と守備を組み合わせた。
しかし相手も一筋縄でいくやつらではない。
数馬が鏡魔法を発動するのが一瞬遅れたすきに、俺と数馬は相手の攻撃を受け数馬は左手を、俺は右脚をショットガンで撃ち抜かれた。
飛行していられないような物凄い痛み。
俺は一瞬、地獄まで落ちていくんじゃないかという錯覚に捉われた。
数馬はクラシス、と言葉に出し鏡魔法を全方位に発動し俺に向かって叫んだ。
「海斗!カタルシス!」
数馬は素早く両手を左胸に当てた。
浄化魔法。でも、数馬はもう2人分の浄化魔法を発動できるほど力が残っていないように見受けられた。
「カタルシス」
俺は静かにそう唱えると自分の両手を左胸に当て、ついでに数馬の左胸にも当てた。
俺たちが受けた傷はシューッと音を立て、静かに消えていく。
よし。これで大丈夫。
だが数馬はもう魔法を使い続ける余力が残っていないはずだ。
「数馬、紅薔薇へ!」
思いもしないところではあったが、俺は数馬に向かって右手を翳し、そう叫んだ。
すると一瞬にして数馬は姿を消した。
数馬が自らランドマークタワーに行ったとは思えない。
俺の呪文により、紅薔薇高校のどこかへ着いたはずだ。
数馬の弱点がスタミナだとは。
ジョギングのあの走りからして体力馬鹿だとばかり思ってたのに。
宮城家でも聖人さんと本気で1時間以上戦っていたから、スタミナの有無なんて気付かなかった。
直後、紅薔薇生徒会室で待機しているはずの南園さんから離話が入った。
「今、大前さんがこちらに戻りました。大丈夫です。八朔さんもお気をつけて」
「ありがと、南園さん」
さて、敵の残りは・・・現れた時の半分以下にはなっていたが、相変わらずしぶとい。
そして、また敵が1人現れた。
それは、ワン・チャンホだった。
「やあ、八朔海斗くん」
俺の真ん前に浮かびながら流暢な日本語で話すワン。
それに対し、すぐにでも戦闘態勢に入れる俺。
「キム・ボーファンはいないのか」
「彼は君らの考えた通り横浜にいるよ」
空中に浮かんだまま、俺とワンは対峙している。
亜里沙が、“雑魚は任せて”と離話を寄越した。その言葉を信じ、周囲には目もくれず俺はワンを注視した。
「お前らの目的は何だ」
「ここは元々北京共和国の土地だった。それを奪ったのは日本政府なんだよ。だから奪い返す、それだけのことさ」
「そんなん嘘じゃないか。俺の習った世界史では違ってる」
「歴史の勉強?そんなものアテにならないね」
「中国4千年の歴史はどうなったんだよ」
「だから、その中にはこの日本が含まれてるということなんだ」
「胡散臭すぎるな。併合戦争の第1幕にしては」
俺は宙に浮かぶ相手を凝望するとともに、第1矢を撃つ準備をする。
「まあ、そう急がないで」
ワンはまるごしだとでもいうように両手を耳の高さまで上げた。
「キムと違って、僕は戦争を好まない。徳川慶喜のように無血開城するのが一番だと君も思わないか」
「とすると横浜では・・・」
「さて、どうなっているんだろう」
それなら俺たちは是非ともここから出て、横浜に向かわなければならない。そんな俺の心など見透かしたようにワンは続ける。
「ランドマークタワーも横浜港も、今頃敵味方わからない状態で戦ってる。君らが駆け付けたところで、状況が一変するわけもない」
「そんなの行ってみないとわかんだろ」
亜里沙から“自分たちが横浜に行く代わりに聖人さんと逍遥をこっちに寄越すから、しばらくの間辛抱して。負けるなよ”と長い離話が入った。
そして、雑魚どもを皆倒した亜里沙と明はスッと姿が見えなくなった。
俺はなぜかこの重要な場面でうすら笑いを浮かべたらしい。
「何を笑う」
「いや、こっちの話だ」
ワンの目が気味悪くランランと光り出した。
「僕は君が持っている金メダルが欲しくてね。君がくれない限り、君を倒して奪うしかないんだ」
「それは併合戦争に関わりないだろう」
「別に、僕は併合戦争に従軍するために来たわけじゃない。世界で1位になるために日本にきたから」
「俺を倒すといったけど、無血開城させるんじゃないのか」
「時と場合によりけりさ」
ワン・チャンホ。
こいつ、どうやら金メダルに固執してるらしい。
「で、今回の大会で世界に通用しない自分がいたとでも?」
「黙れ、それ以上いうと灰にするぞ」
やべ。
こりゃー消去魔法使ってくる気だ。
こういう輩は、何が何でも自分の思いを遂げようとする、そう、相手が死んだとしても。
宮城海音と同じ思考の持ち主ってわけか。
めんどくせえ。
あー、やだやだ。
俺、こういうねちっこい性質のやつ、大っ嫌いなんだよねー。
でも、いつの間にか巻き込まれてんだよ。
ワンの希望を叶えてやる気は毛頭ない。となれば、俺はどうやってこの場から消えるか、それだけを考えればいいことになる。
だがしかし、移動魔法で消去魔法から逃げたとしても、どこに消えたのか魔法の痕跡は残る。そしたら追いかけてこられるだけだし。
あー、どうすっかな。
待てよ、1対1ならショットガンから発射される魔法の音が聴こえるかな、無理か。
攻撃するなら、やはり『デュークアーチェリー』もどきの人さし指デバイスしか方法がないように思われた。あとは、でたとこ勝負の破壊魔法と消去魔法。
命を守るためには、ある程度防御魔法を重ね掛けしてから鏡魔法を使うしかあるまい。
あとは聖人さんと逍遥が来るまで逃げ続けるしかない。
ホントに助けに来るのかな。
向こうにはSクラスが何人もいるんだからそれらの敵を倒すだけで手いっぱいかも。
普通に考えれば、そうだよなあ。
この空間にいるのが俺とワンだけってのが、結構辛いもんがある。
俺はこういう性質のやつとは一言も話したくない。ワンだって同じだろう。互いにそれほどまでに嫌い合うのがなんでだか自分でも忘れてたんだが、中学の時にそっくりなやつがいたんだよ。
俺、運動神経はマイナスだったけどテストと呼ばれる類いのモノは2ケタに落ちたことがない。全国模試ですら一ケタに収まったほど悪運が強い。
でさ、よくいるじゃん。嫉妬して虐めるやつ。
中学の時はいつもそいつが俺の運動神経をバカにして、俺はそいつあんまり頭良くなかったから内心「バーカ」とか思ってて。でも近くに亜里沙と明がいてくれてそいつを遥か彼方へぶっ飛ばしてたから、虐めもエスカレートしないで済んだんだけどさ。
ワンは、そいつにそっくりな性格をしてる。
こういうのなんていうんだっけ。
デジャヴ?いや、違うな。
あー、気色悪いこと思い出してしまった。
亜里沙や明、知ってて横浜に逃げたわけじゃないよな。
ま、高校生になった今となっては、どういう接し方があるのか俺も考えないといけないところなんだろうけど。
とにかく、俺は命を取られ無いようにこいつと向き合わなきゃいけない。
でも、こいつは俺から金メダルを奪い取ったとしても満足するはずもなく、俺はホームズにメダルを見せたいからこいつにメダルを譲る気なんぞサラサラない。
俺とワンは、相手から視線を外すことなくジリ、ジリ、と空中で動き始めた。
相手に聞えないよう一度クロスした手を胸元に置き防御魔法を掛けた後、クラシスと唱えながら腕を伸ばす俺。これでしばらくの間はなんとかなる。
あとは、破壊魔法か消去魔法を使うだけ。
人を殺めたことの無い俺は、それがどういうことか今一つ理解していなかったように思う。広瀬が死ぬところはみたけど、あれはレアケースだし。
とにかく、ショットガンを左右の手に握りワンに向けた。
すると先程は何も持っていないと両手を上げたワンはいつの間にか消去魔法の型を俺の方に向けていた。
速く撃ち相手を殺すか、俺が消去魔法に倒れ砂になるか、もうそれしか方法は残っていないように思えた。
戦場ってこんなものなんだろうか。
人の命を奪うことが平気になるこの鈍感力と言ったらいいのか。
宮城家では俺も殺されそうになったからだけど、人を殺す時ってもう精神は異常になっているような気さえしてくる。
「どうしたの?死ぬのが怖い?なら、メダル寄越しなよ」
「悪いが・・・その気はない」
それを聞いたワンは勝ち誇ったような表情で俺に消去魔法を繰りだそうとしているが、本気なのかどうか見分けがつかない。
今ワンを殺したとして、俺自身、精神がそれに耐えられるのか。
「クローズ」
俺はショットガンの発射を止め、自分の右手をワンの両手に翳した。
「うわああああああ」
ワンは突然叫び声を上げ、真っ逆さまに地上に落ち、もがき苦しみ始めた。両手が腫れあがり、複雑骨折してバキバキに折れていた。もうワンお得意の消去魔法は使えないだろう。
「海斗、よくやった」
?誰が着た?
「俺と逍遥」
えっ、正真正銘、聖人さんの声だ。
「あ、ずっと見てたな」
「お察しのとおり」
「いつこっちに来たの」
「お前たちが2人になってすぐ。金メダルの話から聞いてた」
「助けてくれたらよかったのに。俺、消去魔法使われたら死んでたよ」
聖人さんと逍遥はようやく隠匿魔法を解いて姿を現した。
「死にそうになったら助けたさ」
「早く警察と魔法部隊呼んで捕まえようよ」
俺は一刻も早くワン・チャンホから目を逸らしたかった。
命の危険があったとはいえ、俺はこいつを殺そうとした。たまたま、相手が攻撃しなかったから両手を砕く時間を手に入れただけだ。
自分の中の殺人鬼的なものに目覚めたと言ってもいい出来事で、俺は自分の中にもそういう血が流れていることに困惑し恐怖した。
そんな俺の心の中を垣間見たのだろうか、聖人さんから説教が飛んだ。
「海斗。これから横浜に戻るが、一緒に行くか?それとも紅薔薇に戻るか?」
「一緒に行く」
「なら、これだけは言っておく。こっちは敵が弱かったから手足を傷つけて終わったようだが、横浜は激戦だ。日本側でも命こそ助かったものの重傷を負った者もいる。外国勢チームは本国から帰還命令が出て皆帰った。相手を殺さなければ、こっちが確実に死ぬ」
「うん」
「その思いが無かったら、紅薔薇に帰れ。お前が思うほど戦争は綺麗ごとじゃない」
俺の心の中枢を突いてきた聖人さん。
逍遥も頷いて、ショットガンを取り出した。
「蘇芳先輩が重傷負って、病院に運ばれた。援軍としてこれから九十九先輩や勅使河原先輩、定禅寺先輩、光流先輩、羽生先輩に来てもらうことになってる。魔法部隊が来るまでこっちは少数で戦わなくちゃいけない。敵を慮る時間は無い」
「わかった」
俺の中ではまだ、綺麗ごとにしておきたい気持ちが無いでもなかったが、横浜に行けば破壊魔法や消去魔法を使わなければならないのだろう。
腹を括って、横浜に戻らなければ。
警察が来てワン・チャンホを引き渡すと、俺たち3人は急いで横浜ランドマークタワーへと瞬間移動した。
ワン・チャンホのいうとおり、ランドマークタワーの周辺では敵味方が入り乱れて混乱状態に陥っていた。
俺が前に夢で見た光景とそっくりだった。
向こうの魔法軍も魔法師が空母に待機しており、その他にも陸軍兵士が次々と日本に上陸を試みている。そちらは警察と魔法部隊が対応しているはずだが、ランドマークタワーでは別の戦闘が行われており、別の魔法部隊が来る予定になっているという。
ランドマークタワーを占拠した北京共和国魔法軍を空母まで退却させることができたらしく、亜里沙と明は、タワーから3km以上は離れていると思われる空母に、ショットガンと人さし指デバイスで息つく間もなく、バルトガンショットのような魔法を撃ちこんでいた。夢で見た敵船の上で魔法爆発が起こり、何隻かの船は沈没した。もちろん、敵兵はこと切れたか、ボートに乗って脱出した兵士も多かった。
そこを狙ったのが俺たちだった。
「若林先輩は?」
「腕に破壊魔法を受けて病院に行った」
そういって、聖人さんは俺に2丁のショットガンを渡した。
「意味はわかるな?」
「わかってる」
そして沢渡元会長と俺と聖人さんは、ボートで空母から海に降りて上陸しようとする敵兵士を狙い、その息の根を止めていく。ショットガンを殺傷用に改良した武器で物陰から敵の位置を見ながら、マージ魔法をもっと強力にしたような魔法で、当たれば一発で人が倒れ、息を引き取っていく。これは魔法部隊で使用しているショットガンなのだそうだ。
俺には破壊魔法と区別がつかない。でも、今はそんなことを考えてる暇はない。
援軍で来た5人の先輩は、俺たちと一緒に最後の砦を守る役目を仰せつかったらしい。
皆にショットガンが行き渡り、沢渡元会長と聖人さんが見本を見せると、各自タワー周辺の物陰や草むらなどに駆け込み、ボートから上陸しようとする敵兵士を狙っていた。
俺は札幌でワン・チャンホを前にして人の命を奪うということに疑念を抱き、戦争とは、こうまで人の感情を、感覚を鈍らせるものなのかと哀しく思ったはずなのに。
確か夢でも同じように思ったはず。
だが、そんなことを思えば若林先輩や蘇芳先輩のように重傷を負う。
俺はショットガンを持ち直して、もう既に慣れてしまった自分を見つめ直す暇もなく、敵を追っていた。
日本側の攻撃に対して北京共和国も、空母上にてこちらの魔法を撃ち砕かんとして広域防空用の地対空ミサイルシステムを稼働させていた。
逍遥は横浜に戻ったかと思うと、光里会長とともにタワーを中心とした半径5km以内に迎撃魔法弾を準備し、向こうからのミサイルに対して空中で迎撃を行っている。サトルや譲司は初めは最後の砦で敵を迎え撃っていたが、俺達が行くと迎撃ミサイルを撃つ仕事に替わって逍遥や光里会長を手伝っていた。
亜里沙や明は主に空母に対する攻撃を続けていたが、そればかりではなかった。
逍遥や光里会長の迎撃魔法をバージョンアップさせ守備半径を広げていく。
そして俺や沢渡元会長が主に担っていた最後の砦でも、どんな魔法を使ったのかわからないが一瞬にして周囲の敵を葬り去るという荒業を熟している。
まさに夢のとおりに。
それは聖人さんも同じで、さすが元魔法部隊に属していただけのことはある。的確な指示で皆をまとめていく総合力は一朝一夕で出来得るものではない。
真面目な話。ほとんどが夢で見た話だった。すこーし違うところはあったけど、意味的に違う部分は全くない。
俺、未来予知できるようになったんだろうか。
札幌は騙された感満載だったけど、実際に敵は現れた。
だが、あれこそが敵の思う壺だったのだろう。引っ掛かったことが、今となっては悔しい限りだが。
いくらかでも人を札幌に引き付け、横浜から中に入る予定を立てていたのか。
俺も、夢を信じれば良かったかな。
またもやボサッとしている俺に聖人さんの怒号が響く。
「海斗!ボサッとすんな!」
ヤバいヤバイ。
ワンの面前でこんなことしてた・・・よな。俺。
いやー、ヤバかった。よく死なないでここにいるよ。
と。俺の目の前に敵の兵士が来てしまった。魔法師ではなく、普通の陸軍兵のようだ。
俺はショットガンを押さえられ、発射できなかった。
しかたない。あんまり呪文系は使いたくないんだけど。体力消耗しそうだから。
「クローズ」
敵の左胸に向かって右手を翳すと、物凄い痛みを感じ始めたらしく、コンクリートの上をのたうち回っている。
1発で死ぬものたうち回って死ぬも同じことだ。
俺は、殺人を犯している。
右手をじっと見ている俺に、沢渡元会長が気付いたようだった。
「頑張れ、もう少しで魔法部隊の本隊が到着する」
「はい、頑張ります」
それからも上陸兵への魔法を用いた射殺や破壊魔法は続き、もう、陽が傾こうとしていた。
その時、やっと魔法部隊到着と言う報告が沢渡元会長の元に齎された。
「魔法部隊のお出ましだな、頑張った、八朔」
「やっと来ましたね、沢渡会長」
「何度も言ってる、もう俺は引退した身だと」
魔法部隊からは200人ほどの陸軍部隊と航空機5機の航空部隊、3隻の空母を引き連れた海上部隊が横浜に集結し、航空部隊と海上部隊が相手の空母及び航空機を全て破壊するとともに航空機が周辺を旋回し敵の空母や航空機がいないことを確認していた。
陸上部隊は、上陸し損ねたボートの兵士たちを消去魔法で砂にする。
こうして北京共和国の残党は制圧され、稀に生き残った者は魔法部隊陸軍部隊の捕虜収容所に連行された。
この併合事件、誰が言いだしっぺなのかわかんなくていいのかな、と思ったら、亜里沙が傍にやってきた。
「言いだしっぺは国の中で温かくしてんの。死んだこいつらも捕まったあいつらも、ある意味じゃ犠牲者」
「もう少し死者に敬意払えよ」
「あんたに言われたかないわね」
「なんだよ」
「札幌でうじうじ悩んでたじゃない。あんたあのままいたら殺されてたわよ。ワン・チャンホは本気だった」
「そいや、キム・ボーファンは?」
「逃げられたわ」
「ワンがああいう形で使えない人間になっただろう、どうなるんだろ」
「使えない人間はそれなりの生活しかできないのよ、あの国は」
俺のせいかも。
ワンにしてみれば、ああして生かされるより死んだ方がマシだったかもしれない。全ては俺の独りよがりなのかもしれない。
「それは違うんじゃないか、海斗」
数馬の声だった。
「大丈夫だった?数馬」
「お蔭様で。自分の魔法力の限界を知った気分だよ」
「短期集中型なんだな、数馬は」
「君は体力もあるし、これから魔法に磨きがかかれば、もう怖いものなしだね」
「褒めなくていいって」
「ところでさっきの話だけど。僕も殺人を犯しそうになった経験から言うと、自分の業を受け入れて行くしかないんだ。その後に何が待ち受けていようとも」
「そんなもんかな」
「そういうものだよ。じゃ、僕はこれから寮に戻って休む。おやすみ」
あ、そうだよ、俺も早く帰りたーーーーーーーーーい。俺は事もあろうに沢渡元会長に帰っていいかと尋ねてみた。恐れ多い質問をぶつけるのは俺くらいのもんだろう。
「ああ、今日は疲れただろう。寮に戻って休め」
「ありがとうございます!」
でも、ランドマークタワーからペットホテルは別の方向にある。歩いて開業時間に間に合うかな・・・。
「八朔、今日くらいは車を使え」
沢渡元会長が俺に渡してくれたのは、1万円札だった。
俺は何度も礼をいい頭を下げると、その金を握りしめ街を流していたタクシーを拾いホームズがいる動物病院の名を告げ、急いでくれとドライバーさんに頼んだ。
ホームズ、これでやっと迎えに行けるよ・・・。
異世界にて、我、最強を目指す。世界選手権-世界選手権新人戦編