仲伊さんとお誕生日会

正月も過ぎ新年から2ヶ月ほど経った頃。此処からが本番と言わんばかりに気温は下がり、町中にはしんしんと雪が降り積もっていた。あちこちでまだ吹雪いていると言うのにシャベルを片手に雪掻きに励む人がちらほらと見え、せっせと雪を退かしている。



所変わって鬱蒼とした森の奥深く、木々が雪化粧する中、同じ様に雪を被りながらもひっそりと佇む古めかしい館がそこにあった。


「...ひま」

「......。」

パチパチと暖炉の薪が弾ける音を聞きながら銀色の髪に金色の瞳を持つ少年は、窓際に頬杖をつき呟く。未だ雪が降る外の世界を窓越しに眺める様は酷く退屈そうで、頭の天辺で小刻みに動く犬のような耳と垂れ下がった尻尾が、少年の退屈さを強調している風にも見えた。

少年の言葉に同意する様に頷いたのは薄茶色の髪に新緑を思わせる瞳を持った人形のように可愛らしい少女だ。


彼らはつい先程まで、折り紙やお弾きと言った二人で遊べるものを中心に、自分達が飽きないようにと工夫を凝らし遊んでいた...のだが、やはり子供と言うべきか、いくら工夫すれども飽きとはやがて来るもので、とうとうこの閉鎖された空間に飽きが来てしまったのである。外は近年稀に見る大吹雪、去年の今頃は既に吹雪がおさまり辺り一面銀世界へと変化した庭に駆け出していた頃だろう。そう考えると二人は退屈で退屈で仕方がなかった。


「まだ朝だってのに、今年の雪はマジでひでえな。こりゃ停電になりそうだわ」

この館の持ち主であり二人の保護者的な存在の青年は、雑誌から顔を上げると整った眉を潜め軽く舌打ちを洩らし、つけっぱなしのテレビを睨む。どのチャンネルに回してもニュースしか流れていないソレは、少年たちの暇つぶしには適さず最早BGMと化している。

「大屋さん。雪、明日もずっとふってるのかな...?お外で遊びたいよ...」

「ムリだろー...つってもかれこれ3日缶詰めだし飽きもするよなぁ。どうすっか」

少年の悲痛な声に青年はカレンダーを眺めぶつくさと顎を擦りながら考え込む。

「お菓子作り...は、昨日やったしなぁ。バレンタインだったか」

「んー...うん?ねぇねぇ、大屋さんの誕生日っていつ?」

「おん?急にどうしたよ」

「...?」

垂れ下がっていた尻尾をパタパタと忙しなく動かし、少年は青年へと問い掛けた。突然の話に青年は目をしばたたかせ、少女は首を傾げる。

「僕たち、一緒にくらしはじめて一年くらいでしょ?冷佐ちゃんのお誕生日も、僕のお誕生日もやったのに、大屋さんはしてないなって」

窓際から離れ青年のいるソファーに歩み寄れば、少年は不思議そうに見上げた。後から駆け足でついてきた少女も、少年と肩を並べ同じくじっと見詰める。二人の視線を受け居心地が悪そうに身動ぐ青年は、観念したように渋々口を開く。

「ぁー...と、今日、だ」

「...え?」

「バレンタインの翌日なんだわ、俺の誕生日」

「えっ、ええぇ...?! なんでいってくれなかったの?!」

「...!!!...?!」

「いやぁ、大人になると自分の年齢なぞどうでもよくなってなー」

二人の不満げな表情に ははは、と笑って誤魔化す彼は気まずそうに頬を引っ掻き顔を逸らす。暫くじっとりと青年を睨み付けていた少年は、隣にいた少女へと視線を移し、その新緑の瞳とかち合い揃って頷いた。そして金色の瞳を細め名案だとばかりに声を張り上げる。

「今からでも遅くないし、大屋さんのお誕生会やろう!」

「...や、ろう...」

滅多に声を出さない少女までもがやる気満々に声を上げるものだから「やらなくてイイ」とも言えず、青年はいつも通りのニヤリとした悪どい笑みを浮かべ少年少女の頭をくしゃりと撫でながら言った。

「たまには祝われるのもイイかもな、んじゃ宜しく頼むぞ。日央、冷佐」


"日央"と呼ばれた少年は金色の瞳を輝かせ、"冷佐"と呼ばれた少女はしきりに頷き、また少年と同じく瞳を輝かせた。


「まかせて...!!大屋さんは部屋にいっててね!といれ以外は外に出ちゃだめだよ。あ、あときっちんつかっていい?」

「...でる、だめ」

「わーかった分かった、出ねえよ。キッチン?あー...火だの刃物使うなら気を付けてな。材料も好きに使ってくれ」

「はーい!」

二人はぐいぐいと青年の背中を押し彼の自室へと追いやると、またしてもお互いに顔を見合わせにっこりと笑った。


かくして幕を開けた"大屋さんの誕生会"は無事に成功するのやら、それはこれからのお楽しみ。



一旦リビングへ戻ってきた二人...日央と冷佐は大きなテーブルの上に筆記用具を並べ自由帳とにらめっこした。誕生会と行ってもやることは大体としか決まっておらず、その大体の中身すらも曖昧なのだから、急いで決めなければ日が暮れてしまう。必要な材料が館の中に無ければ、代用品も探さなければならずやることは山ほどあった。

「まずはごはんだよね?大屋さんの好きな食べ物ってちーずはんばーがー、くらいしか知らないし...」

「...あまいの、にが、て...」

「うん、甘いのは苦手だったよね。誕生日けーきは...ちーずけーきにしよっか。主食をどうするかだよね、はんばーがー作ろうにも、上のぱんがないとはさめないもん......」

自由帳にスラスラと必要な材料を書き出していた日央の手が止まり、困ったように眉を下げる。日央の記憶が正しければキッチンにはハンバーガーに使われる所謂"バンズ"と呼ばれる物はなく、一般的な食パンとロールパンしか無かったはずだ。「食ぱんでさはんだら、ハンバーガーじゃなくさんどいっちになっちゃう」と軽くショックを受け、意味もなく天井を仰ぎ見た。

「...ひお、もど、る。...ロールパン、はさ、も...?」

「......あ、食ぱんは厚さ足りないけど、ろーるぱんならいけそうだもんね!」

そんな少年の肩を揺さぶり正気に戻した冷佐が首を傾げ1つ提案すれば、何とも単純なもので日央の瞳は瞬く間に輝きを取り戻す。

「ほかにはちーずばーがーに合わせて、おにおんりんぐとさらだだね。たしかおにお...オニオンリングは...うん、そうだよね、冷凍食品があったはずだしそれを使おう。さらだは簡単だし作っちゃおうかな」

「...!」


「あとは飾りとぷれぜんと、だね。本当は買いに行きたいけど...大雪だし手作りのものにしよう。なにがいいかな?」

「...ん...ん......、花?きれい」


「きれいだけど、この時期花はさいてないし。作れないよ?」


「...ん...!」

キョトン、と首を捻る日央の目の前に突き出されたのは「超絶簡単!女の子にモテる折り紙の折り方」 「これで貴方の人生も薔薇色?恋人に贈る失敗しない花選びと花言葉」 と書かれた二冊の本だった。

「.........これ、大屋さんの本棚にあったでしょ?ぜったい」

いつ持ってきたの。と、何処か呆れの含んだ声色に、ソレを持ち出した少女は怯むでもなく首を縦に振り肯定する。

「プレゼント、しよ...?」

「せっかく持ってきたんだし、そうしよっか。まずはどんな花を折れるか見ないと」

突き出されたままの本を受け取るとお互いが見えるようテーブルの上に置き頁を捲る。目次を見れば折り鶴、やっこさん、騙し舟やチューリップなどの定番な物がずらりと並び所々に「亀甲縛り」など、子供には理解できないやや大人向けの折り方がちらほらと見えた。これの何処が"女の子にモテる"のだろうと疑問に思う二人だったが、敢えて口には出さず黙々と頁を捲っては良さそうな花を見付け、花言葉を調べるもイマイチしっくり来ず他のものを探す作業を繰り返した。


冷佐がちらりと壁に掛かった時計に視線を動かせば、時計の短い針はお昼過ぎの午後1時を指しており支度の時間を考えるとそろそろどの花をプレゼントするか決めなければいけない時間である。

「...?」

「うぅーん...良さそうなのって少ないね。王道になっちゃうけど、これにしよう」

同じく時計に視線向けた日央がぴっと指差した"花"に冷佐はこくこくと頷く。

「それじゃあ、料理作るほうと、かざりつけとぷれぜんと作るほうにわけよう。冷佐ちゃんはどっちやりたい?僕はどっちでもへいきだよ」

「...ん、と...りょ...うり...したい」

「わかった。リビングのテーブルで作るから手伝うことあったら言ってね」

思いの外、子供の割に確りとしている性格からか話し合いは順調に進み冷佐はキッチンへと向かい料理の支度を、日央はリビングの食卓テーブルとはまた別の小さなテーブルに折り紙や飾り付けに使うその他諸々を広げ作業を始めたのであった。



一方その頃、自室で独りベッドに腰掛け悶々と悩む青年の姿がそこにはあった。落ち着きがなく腰かけたかと思えば立ち上り部屋を彷徨く様は、まるで動物園の熊のようにも見える随分と滑稽な姿だ。


「はぁ、アイツらに限ってケガはしないだろうが心配だわ...外に出せねえしうまい具合に暇潰しになりゃイイんだがな」

木製の扉を親の敵とばかりに睨み付けため息を吐き出すと足踏みをする熊...もとい青年は、祝われたいと言うよりも子供達の暇潰しになると考えていたらしく、そんな台詞を口にしまたもやベッドに腰掛けた。呼ばれるまで部屋から出ないと覚悟を決めたのか、今度は直ぐに立ち上がる事もなく"はぁぁあぁあ..." と本日2度目の長ったらしいため息を吐き出し目蓋を閉じる。



飾り付けを作る合間に日央は冷佐の手伝いをし食器を並べたり、冷佐はハンバーガーに使う
肉を焦がさないようにフライ返しでひっくり返しつつもサラダの盛り付けをしたりと忙しなく動き回ったお陰か普段夕食を食べる時間までには間に合い、出来上がった料理をテーブルの上に二人がかりで運び支度に使った道具を全て片付ければ、冷佐は飾り付けされた部屋をぐるりと見渡す。

「...ふふ」

「ん、よし!飾りつけも料理も完成したね!ぷれぜんとも用意できたから...さっそく大屋さん、むかえに行く?」

「ん...いく...」

思わずと溢れる彼女の小さな笑み。日央は満足そうに全体を見渡すと冷佐の服の袖を引っ張り問い掛ける。そうすれば冷佐は首を縦に振り、料理が冷める前に、なんて日央と手を繋ぎ青年の自室へと急ぎ足で向かった。


自室の前に到着すると、日央が扉をノックする。


「おーおーやーさーん。準備終わったからでてきても良いよ!」


すると扉の向こうから、何か重たいものが落下する音と続いて此方に向かいドスドスと近付いてくる音が聞こえ、ドアノブが下がり扉が開いた。今まで眠っていたのだろう、所々寝癖で跳ねる髪を指で撫で付けながら眠たげな瞳で二人を見下ろす青年がいた。

「おー...速かったな。夕飯の時間に間に合うか心配だったが、流石俺の天使たち。手際がイイわー」

「じょうだんは良いからはやくはやく...!ご飯覚めちゃう!」

「...はやく、」

垂れた目尻を更に下げ、でれっでれとだらしない表情で其々の頭を撫で回す手から抜け出し、撫でていた手を二人係で引っ張ってはリビングへ引きずるようにして歩く。青年は苦笑いを浮かべ大人しく引きずられて行った。



そしてリビングに着けば二人は手を離し、代わりに椅子に置いてあったプレゼントを持つと、にっこりと笑い青年へ黄色の折り紙と真っ赤な折り紙で折った、歪ながらも綺麗な薔薇の花束を差し出した。そして二つの声が"いっせーのせ"と重なれば、


「「まりさん お誕生日おめでとうございます...!」」

「おいしいご飯、いつも作ってくれてありがとう。」

「......お、...とうさん...だいすき」

まり、と呼ばれた青年は差し出された花束と二つの顔を見下ろしたままポカンと口を開く。


「おま...お前ら飯だけじゃなくてこんな洒落たモンも作ったのか。うまい飯作るのは保護者として当たり前だし、しかも冷佐がお父さんって...」

ひねくれた性格故か、はたまた異常なまでの女好きが災いしてか人からの嫌悪に慣れてはいれど、優しくされる事には慣れていないひび割れた青年の心に彼らの言葉が深く染み渡る。

「あとね、大屋さんなら知ってると思うけど、ばらを五本おくる意味は、"あなたに出会えて良かった"なんだって!でも五本じゃあじけないから、回りに黄色のばらも入れて花束にしたんだ」


─ねぇ、知ってる?神様。五本のバラは"貴方に出会えたことへの喜び"なんですって、西洋の花言葉は面白いの───


呆然としながらも花束を抱えさせられた青年の目尻からほろりと涙がこぼれ落ちる。一瞬だけ彼の脳裏を掠めたのは、恥ずかしげに顔を真っ赤に紅潮させ五本の薔薇を差し出す、何処と無く大人びた雰囲気の少女の姿だった。一度こぼれてしまった涙は、せきを切ったように次々と頬を伝い腕に抱えられた薔薇を濡らす。

「...まり、さん...?」

「......お、大屋さん?どうしたの、ぷれぜんといやだった?」


夜空を思わせる深い青が溢れる涙で反射しきらきらと輝き、青年の特徴とも言える瞳の中の"星"が忙しなく動く様子に暫くと見惚れていた日央と冷佐だが、いくら経っても泣き止まない良い年をした大人に流石に焦りを感じたのか日央は左腕を引っ張り、冷佐は右腕を掴み揺さぶる。

「ぁ...イヤ、昔お前らと同じようなコト言ったガキがいてな。このバラも、料理も必死になって作ってくれたんだろ?嬉しいやら懐かしいやらうちの子がカワイイやら...マジでうちの子達天使だわ。うん」

我に返った青年...麻里は仄かに紅く染まった頬を誤魔化すように両腕に掴まる子供達を見下ろすと、花束をテーブルに置き子供と言えどそこそこ体重があるであろう二人を軽々と同時に抱えてしまった。突然の事に驚き首にしがみつく姿にクツリと喉を鳴らす。

「ありがとな、最高の誕生日会だわ。さてと、プレゼントももらったコトだし飯にするかー。ハンバーガーとか久々だわ」

「はーい」

「...ん」


子供たちの柔らかな頬に頬擦りをし、通常のちゃらんぽらんで子供嫌いの麻里を知るものが見たら、腰を抜かすであろう穏やかな笑顔を浮かべ二人を食事が乗るテーブルの其々の席に座らせた。麻里が自分の席に座る頃には仄かに色づいた赤みも消え去り元の飄々とした顔に戻っており、料理を目の前に両手を合わせる。

「よーし、んじゃいただきます」

「めしあがれ~!」

「......ん、」

大口を開けてハンバーガーにかぶり付く麻里を見届けてから二人も後に続きかぶりついた。口の中にある物を咀嚼をして呑み込むと驚いたのか目を見開き麻里は口を開く。

「めっちゃウマイんだけど...んとに二人ともガンバってくれたんだな」

「...ちーずけーき、...でさーと、ある...」

「冷佐ちゃんが特に頑張ってつくったやつだもんねー」

「マジか...チーズケーキなら俺でも食えるわ。うちの子たちはどこまで保護者思いなんだよ...」

しみじみと呟いては二口、三口と食べ進める麻里に冷佐は照れているのか珍しくも頬を赤くさせ微笑した。それを隣で見ている日央も幸せそうにニッコリと笑う。



こうして、突然始まった青年の誕生日会は無事に幕を閉じたのでした。めでたしめでたし

仲伊さんとお誕生日会

5日も遅れてしまった麻里くんのお誕生日小説。改めて麻里くんハッピーバースデー...!!

仲伊さんとお誕生日会

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-02-20

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