すくらんぶる交差点(8)

八 群がるマスコミ

「だいちゃん、準備いい?」
「いいよ、こーちゃん」
 こーちゃんと呼ばれた男がカメラを肩にかついで返事する。
「秀樹もOKか」
「OKです」
 カメラマンの後ろの照明用のライトを左右各一個持った若い男が頷いた。目の前をトラックや営業車などが走る。交差点では、信号待ちの通勤・通学の人々が、信号が変わるのを今か、今かと待っている。マラソン大会の出場選手のように、スタートだけに命を掛ける。少し、大げさか。信号の赤丸が暗くなり、青丸が輝きだした。
「よし、いくぞ」
 こーちゃんと呼ばれた男はマイクを持っている。桜庭宏一。記者だ。突撃記者で名高い。これまでも、数々の現場で飛び込み取材をしている。元々はアナウンサーで、ニュース番組に出演していたが、元来の強面のため、視聴者から「犯罪者が何でニュースを呼んでいるんだ」とお叱り?の苦情が多かったため(他人には、容貌や風体で人を判断するな、というくせに、失礼なやつらだ)、記者に転向した。だが、小学、中学、高校、大学とサッカーのフォワードで鍛えた、突っ込み精神で、数々のスプークを得て、今では、この放送局はもちろんこと、日本を代表とする記者(本人の弁)になった。
 全国各地で、事件が発生すれば、相棒のカメラマンのだいちゃん、こと、今川大輔と、カメラマン見習いで、照明の本村秀樹と一緒に全国を飛び回る。今川大輔は、元、バスケット選手。突撃するひろちゃんを、軽やかにステップを踏みながら、後ろから前から、横から前から、時には、這いつくばって下から上になめたり、照明の秀樹に肩車をさせ、俯瞰的に映像を撮ったりする。そのカメラワークが、より一層、現場の雰囲気を出し、視聴者からも好評である。桜庭が局内でニュースを読んでいる時は不評だったが、一旦、現場からの報告になると、その強面が功を奏してか、視聴者からは、現場に一緒にいるようで臨場感があっていいと、お誉めの言葉をいただいている。いやはや、何が吉と出るか、凶と出るかはわからない。桜庭も狭いアナウンサー室でいるよりも、大都市だけでなく、地方都市など、全国各地を飛びまわる方が性に向いている。人生、何が幸いするかわからない。

 放送局内にて。
 昨日の夕方だ。デスクの四権から呼ばれた。
「桜庭、取材だ。地方から面白いニュースが入って来たぞ」
「どこです」
「K県T市だ」
「何の取材です」
「T市の駅前のスクランブル交差点の真ん中で、何人かが立て籠もっているらしい」
「立て籠もるって、交差点の真ん中でしょう?四方八方、吹き抜けじゃないですか?まさか、銃や刀、楯でも持っているんですか?」
「いや、相手は素人だ。女子高校生から、サラリーマン、おばあさん。それに、ホームレスもいるらしい」
「そんな奴らが、交差点の真ん中で何をしているんですか?」
「わからん。わからんから取材だ。今から飛行機の最終便で飛べば、間に会う。市内のビジネスホテルに泊まって、朝、一番に取材してくれ。題名は「地方からの独立の声」。三十分の独占報道特集だ。インタビュー頼むぞ」
「「地方からの独立の声」ですか?そんなおおげさな。単なる、どんくさい奴らが、交差点を渡り切れなかったんじゃないですか?」
「事実なんて問題じゃないんだ。事実の裏側にある、真相をえぐり出すのが俺たちの仕事だ」
「事実と真相と同じじゃないんですか?」
「事実は、単に、交差点で立ち往生している、かわいそうなカナリアたち。真相は、現在の日本の政治、経済、福祉など、社会に不満を持つ庶民の市民一揆だ。その心情を俺たちマスコミが掬い取ってやるだけだ」
「と、いう、ストーリーにするんですね」
「そういうことだ」
 デスクであり、プロデューサーの四権は、にやっと笑った。
「わかりました」
「カメラマンは?」
「今川だ。いいだろう?名コンビの活躍を期待しているぞ。そして、できるだけ、盛り上げてくれよ。ストーリーに乗っ取って。はみだすのは大いに結構だ。面白きなき世を面白く、だ」
 桜庭は、デスクの声に黙って頷いた。

 T市駅前。
「できるだけ、盛り上げてくれか。素人がどこまで神輿に乗ってくれるか難しいけれど、面白可笑しく取り上げてやれ。終われば休息だ。確か、このT市はうどんが有名だったな。しかも、朝の五時からオープンしている店もあると聞いた。そんなに早くから客が来るのかなあ。この取材が終われば一杯食べるか。なあ、だいちゃん」
「いいとも、こーちゃん」
「僕もいいです。ちゃんと調べています。ほら」
 本村は、ジーンズの後ろポケットから、半分に折ったうどんマップを取り出した。
「いつの間にだ」
「昨日の晩です。ホテルのカウンターに置いてありました」
 にやっと笑う桜庭。桜庭は、本村の機転の利くところを気にいっている。日本全国を取材していると、それぞれの気候や風土、食生活などが、そこに住む人に影響を与え、独自の事件を引き起こしているんじゃないかと思う。毎日のように取材に走り回っているが、落ち着いたら、これまでの取材をまとめて、生活環境と犯罪との相関関係の本を書きたいと思っている。が、今は、パソコンの日記に、ページ数が、容量が増える一方だ。

「さあ、取材開始だ」桜庭が時計を見た。今川がカメラを桜庭に向ける。その後ろに本村が立つ。
「おはようございます。ここは、T市のJR駅前です。昨日から、交差点の真ん中で動かなくなった人たちがいます。女子高校生から、サラリーマン、高齢者の方々の七人と犬が一匹です。一見、繋がりや関係がなさそうに見える人ですが、どうして、彼ら、彼女らは、未だに交差点の真ん中にいるのでしょう。このスクランブル交差点に何があるのでしょう。今から、桜庭宏一が、単独、突激インタビューに向かいます」

「よし、OK、こーちゃん」
 今川は、桜庭の強面から足早にスクランブル交差点を渡る人々のベルトコンベアで流されているかのような画一した顔、そして、自分たちが注目されているとも知らず、まだ、眠いのか、眠気まなこの七人の顔をアップで捉える。

「さあ、行くぞ」
 信号が変わった。三人のクルーが、他の通勤・通学客とともにスクランブル交差点の中央に向かう。ただし、目的地は違う。三人は、まん中で途中下車だ。大都会での混雑ぶりに慣れているとは言え、やはり、ラッシュアワーにはいつも辟易する。一体、どこからか、こんなに大勢の人間たちが湧いてくるのか。そう、集まるというよりも、突然、沸く、湧く、涌く、という方が適切だ。そのせいで、ラッシュアワーに出くわすといつも頭が惑いて仕方がない。とにかく、流れに乗って、流れに飲み込まれないように、目的地へ着き進め。先頭の桜庭が後ろを振り返る。今川と本村が眼で頷く。

「今、私は現場に来ています。スクランブル交差点から動かなくなった七人と犬一匹は、今も、現場を占拠しています。直接話を聞いてみます。彼らの目的は一体何なのでしょうか?」

「これは、今の政治への警鐘ですか?それとも、政治体制への異議申し立てですか?」
 突然、マイクが突き出される。顔を上げる七人。交差点の真ん中で、今日も、出勤の人々を何の感慨もなく眼で追っている。
「けいしょう?」
「いぎもうしたて?」
 互いに顔を見合す七人。桜庭はマイクのスイッチをオフにする。
「あんたたちは、今、日本のヒーローなんだよ。この停滞する社会や経済、政治、福祉制度。こうした現制度に対して、国民全体を代表して、声をあげんたんだろ。だから、こうして、交差点の真ん中を占拠してんだろ?」
 再び、顔を見合す七人。年長者の瀬戸内がゆっくりと答える。
「いやあ、そんな大それたことじゃないよ。たまたま、スクランブル交差点を渡ろうとしたら、四方八方から来る人々に弾き飛ばされて、ここにいるんだよ」他の人も続いてしゃべる。
「そうよ。ほんとうは、向こうに渡りたかったのに、人が多すぎて前に進めないの」
「何回もやってみたけど、無駄だったので、ここで休んでいるだけだ。交差点の真ん中を占拠しても仕方がないだろう」
「ほんと、車の排気ガスって、ひどいわね。げほげほ」
 今度は、三人のクルーが顔を見合す。
「いやあ、そんなことはない。あんたたちは、自分ではわかっていないけど、潜在意識の中で、この日本に対して、不満があったからこそ、こうした行動に打ってでたんじゃないの?」
「こうした行動?」
「交差点の占拠だよ」
「だから、さっきも言ったように、俺たちドジだから、たまたま前に進めなかっただけだよ」
「いや、違う。たまたまで、七人もの人間が交差点の真ん中で立ち往生するわけがない。あんたたち七人は、この国の現状に憂いを抱き、国民全体の代表者として、この国を変えようと動き出したんだ」
「俺たち、何にもしていないよ」
「いやあ、これは、立派なことなんだ。あんたたちは、今、自分が置かれた立場を知らないかもしれないが、よくやってくれた。同じ国民として、同士として、賞賛するよ」
「そん、おおげさな」
「そんなにすごいことなの?」
「まさか?」
「いや、この記者さんの言うとおりかもしれんなあ」
「うーん、どうしよう?」
「それで、あたしたち、どうしたらいいの?」
 桜庭は、その言葉を待っていた。
「独立するんだよ。この国から、このK県から、このT市から」
ここにいるみんなが一緒に口を動かした。「ど、く、り、つ」と。

すくらんぶる交差点(8)

すくらんぶる交差点(8)

交差点に取り残された人々が、取り残されたことを逆手に取って、独立運動を行う物語。八 群がるマスコミ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-09

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