星 第一章―少女は空を見上げ想いを馳せる―

それは、12月の初めのひどく肌寒い日だった。
施設でもらった灰色のダッフルコートはお世辞にもお洒落とは言い難く、世間の流行に疎い私でも型遅れだとわかるほどの代物だったけれど、吹き付ける冷たい冬の風から私を守る役目を十分に果たしてくれていた。
剥き出しの頬に容赦なく風は吹き付ける。
頭上の灰色の雲からは今にも雪が降ってきそうで、その重たく沈んだ空の色をより一層どんよりとさせていた。
そして目線を空から自分の目の高さへとゆっくり下ろすと―――目の前には立派な日本家屋風の門構えがまるで私の侵入を拒むかのように堂々と立ちはだかっていた。

私はカサカサに渇いた唇を何度となく舐め、喉元までせり上がってきた色んな感情――不安とか、緊張とか、恐怖とすら呼べるようなもの――を、ごちゃ混ぜにしながら必死になんとか飲み下し、寒さで凍てついた頬をほぐすために口を大きく開いたり閉じたりしていた。
齢は義務教育を終えてまだ間もない程度か、大きなコートに着られるようにして突っ立っている少女が、どこか神妙な面持ちで口をぱくぱくさせている。
傍から見れば明らかに見まごうこと無き不審者である。しかし、当の本人の私からすれば今はそんなことを気にしてる余裕など微塵もない。

何度見ても立派な門構えの向こうから覗く、美しく計算され尽くした迷路のような日本家屋は1つでも目を瞠るような大きさでありながら、それらを複数有するという尋常とは思えないほど膨大な敷地面積。
それらは人里と呼べるラインをなんとかぎりぎり守ったような森の中にありながら、そこから随分離れた州の中で一番の賑やかさを誇る港街の界隈でも知らないものはいないとされる、名の知れた一族の屋敷であった。
そのようなところに女中奉公に出るということには、施設の外の世界をほとんど知らない私に、今までに感じたことの無いほどの敷居の高さと絶対的な運命の分かれ目を暗示させているような気がしてならなかった。
この場所での過ごし方、言ってしまえば今この瞬間、この門の冠木をくぐった次の瞬間から私のこの先の人生は今までと大きく隔たりを持ったものとなるような、そんな予感だ。
そしてその頃はまだ漠然とした不安の方が圧倒的に勝っていて、この先の自分の未来など、考えてみてもこれっぽっちも想像することなどできなかった。
しかし皮肉にはその予感は当たり、後に私の人生を大きく変動させることになる。
運命の歯車が本当にあるのだとすれば、それが櫛歯を震わせて静かに動き出す音があなたには聞こえていたはずだ。

星 第一章―少女は空を見上げ想いを馳せる―

星 第一章―少女は空を見上げ想いを馳せる―

「星」をテーマにして、重めの題材を取り扱った小説を書こうと思ってます。内容は、トラウマ・虐待・精神疾患・いじめ・セクシャルマイノリティ・遺伝子異常・アダルトチルドレンなど。気分を害される方もいらっしゃると思いますので、閲覧におきましては自己責任で、よろしくお願いいたします。

  • 小説
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  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-09

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