ちいさなハナナと夜の金平糖
星のふる夜
それは夏のはじめの、よく晴れた日のことでした。生きものたちの暮らす町には、どこか楽しげな空気が流れていて、いつにも増してにぎやかです。
丸い広場を取り囲む市場にいる、さまざまなひとたちは、みな思いおもいに買い物をしたり、世間話に花をさかせていたりしていました。いつもと変わらない町でしたが、このとき、なかでもみんなが盛り上がっていたのは、数日後にひかえている、お祭りについての話でした。
それは一年のうちで、いちばん星が明るく見えると言われている日に行われる、星祭りと呼ばれるものでした。他の祭りに比べると小さなものでしたが、もよおしものが好きな町のひとびとにとっては、それは楽しみなものであったので、みんなうき足だっているのでした。
市場の真ん中にある広場にも、生きものたちの姿がありました。昼下がりの陽があかるく降りそそぐ、広場の真ん中にある泉の上には、大きなはんてんぼくの木が、葉をあおあおとしげらせて立っています。あかるい木かげの下では、子どもたちが円を囲んで、真ん中にいるひとりの話を、じっと聞いていました。
「一年のうちに何回か、夜空に流星、つまり流れ星がたくさん見られるときがあります。これは流星群といって、ちょうど今がその時期なんですよ。どうしてこういうことが起こるのかは、私たち学者のなかでも、まだ分かっていないのです。」
子どもたちの真ん中に座って、そう話すスカンクの青年は、みんなからタイム先生と呼ばれているひとでした。子ども達は、落ち着いた声で語る彼をじっと見つめて、その話に聞き入っています。
タイム先生の話は続きます。
「今年は、流星群が終わるころが、ちょうど星祭りの時期になりそうなんです。今夜あたり、橋の向こうにある丘の上にのぼれば、きっとよく見えます。私も行きますが、暗くて危ないですから、おとなのひとといっしょに来るんですよ。」
さて、今日はここまでです、とタイム先生が言ったとたん、子ども達はわっとにぎやかになりました。みんな思い思いに、たがいに話をしたり、タイム先生に質問をしたり、家へと帰っていったりします。
さて、その流星群の話をいちばん前で、目をかがやかせて聞いていたのは、小さなヤマネの女の子、ハナナでした。彼女はリスに似た長いしっぽを、ふわふわと左右にゆらしながら、考えました。
(とっても面白そうだわ。絶対に見にいかなくちゃ!)
ハナナはぼうしをきゅっとかぶりなおすと、全速力で市場のはずれにある家へと走りました。
「おかえりなさい。」
ハナナが家の戸を開けると、彼女より少し背の高いヤマネが、おくから顔を出して、彼女にほほえみました。ハナナは元気よく答えました。
「ただいま、ナタネ姉さん!」
ハナナは、年のはなれた姉さんのナタネと、おし花やドライフラワーを作る仕事をしながら、いっしょに暮らしておりました。彼女は姉さんに比べると、まだ子どもでしたから、姉さんの仕事のお手伝いをするのが主なことでした。
ハナナはぼうしをぬいで置くと、ちょうど昼食の準備をしていた姉さんのもとへかけ寄って、一気にまくしたてました。
「ねえ。今夜、流星群といって、夜にたくさんの流れ星が見えるんですって! 西の丘へのぼればよく見えるって、タイム先生言ってたわ。そんなに遠くないでしょう、いっしょに見に行きましょうよ、姉さん。」
ナタネは、いったん手を止めて、それからやさしく言いました。
「ええ、いいわよ。それじゃ、今日の分のお仕事が早く終わったら、すぐに行きましょうか。」
ハナナはうれしくなって、元気良く返事をしました。
その日ハナナは、姉さんの仕事をとてもよく手伝いました。仕事はいつも、ふたりが住む家のとなりにある、大きなはなれの作業場でしています。なにしろヤマネは小さいですが、売り物はもっと大きな生きものに合わせて作るので、彼女達にとって十分な広さがあっても、仕事をするにはせますぎたからなのです。
彼女はそこで、自分の背たけより大きな花をいくつも運び、ナタネの仕事を助け、一生けんめい広い部屋のそうじをしました。
そうしてふたりは、ふだんよりずっと早く、それもまだ空の色が変わらないうちに全部の仕事を終わらせることができました。ナタネは上きげんで言いました。
「ありがとう、ハナナ。とても助かったわ。それじゃあ約束どおり、丘へ行きましょう。この時間なら、きっと一番乗りよ。」
ハナナはほこらしげに、大きくうなずきました。それからふたりは急いで、丘へ行く準備をはじめました。
ハナナは自分の部屋へ行くと、かべにかかったたくさんのぼうしの中から、つばの広い白いぼうしをかぶりました。リボンを結ぶと、鏡の前ですましてみせます。
(やっぱり素敵ね、かわいいわ!)
彼女はいつものようにそう思って、満足そうににっこりと笑いました。
ハナナは、外ではいつでもぼうしをかぶっているのが好きでした。自分で作った型に、ナタネの花かざりをつけた、特別なものです。ハナナはおしゃれが大好きで、いつかは姉さんの仕事のとなりで、ぼうし屋さんを開くのが夢でした。
それからふたりは早めの夕ごはんをすませ、家を出ました。ナタネは、首に緑色のストールを巻いていました。
ハナナたちの住む町リンネは、海にかけられた橋で東西に分かれていました。ふたりの住む家は、橋のすぐ東側。丘は橋の西側の、少し歩いたところにありました。
ハナナとナタネが歩いて丘へとやって来ると、その上には、ふたりぶんのかげが見えました。
「なんだ、一番乗りじゃなかったわ。」
ハナナがほおをふくらませてそう言うと、ナタネはふふっと笑いました。
丘のてっぺんに近づくと、一番乗りのひとがだれだか分かってきました。タイム先生と、その助手のクマの女の子です。そのほかには、まだだれもいませんでした。
タイム先生はふたりに気がついたようで、遠くから軽く頭を下げました。ふたりも返事代わりに頭を下げました。
ハナナはそのとなりにいる、めったにしゃべらない、タイム先生の倍ほどもあるクマの子の名前を知りませんでした。それで少しだけ居心地が悪くて、姉さんの後ろにかくれました。クマの子はずっとうつむいて、ハナナ達のほうは少しも見ませんでした。
ナタネは言いました。
「タイム先生、こんばんは。お早いんですのね。」
「ナタネさんにハナナさん、こんばんは。ええ、雲の流れがどうか、見ていたんです。この様子だと、星はよく見えそうですよ。」
「それはよかった。」
タイム先生とナタネの会話に、ハナナも安心しました。
やがて空は、あわい朱色に変わってゆき、丘には色々な生きものが集まってきました。東の空から深い青色が流れてくると、もうすっかり暗くなっていて、西の空に一番星が見えていました。
そうしてあるとき、
「流れ星だ。」
と、だれかが言いました。みながいっせいに空を見上げます。ハナナもナタネも、タイム先生もそうでした。
夜空を見上げると、はじめは明るい星しか見えませんでしたが、次第に目が慣れてくると、暗い星まで見えてきます。夏の夜空は、まるで花畑みたいにいっぱいに、たくさんの星がかがやいていました。
ひとつ、星が流れて消えました。まるで雨つぶが落ちるみたいに、あっという間のことでした。
ふたつ、みっつと、続くように星が流れます。ほんのいっしゅんの美しいできごとが、次から次へと現れて、それはまるで、夢の中の景色のようでした。
星の雨は、川の中のきれいな石みたいに、紺色の夜空のなかを、きらきらとかざっておりました。
そこにいるみんなが、夜空を見上げて、静かに話しています。その空間が、ハナナにはなんだかとても不思議なものに思えました。
その時です。とつぜん空の上でぴかっと、明るい光がまたたきました。
流れ星とはちがう、星よりもずっとまぶしい光です。ハナナは目がくらみそうになりました。
目がもとの暗さに慣れてきて、もう一度空を見上げると、さっき光った辺りの空に、大きく――それも月くらいの大きさに、丸い光がうかんで見えました。その明かりは大きいけれど、月よりもずっと暗くて、近いところにあるようで、また少しぼんやりして見えました。
みんな、何が起きたのか分からずに、同じ方を見上げて立っているばかりでした。ひそひそ、ざわざわと話す声が、そこらじゅうから聞こえます。
ナタネはハナナの手をぎゅっとにぎりましたが、ハナナは、その不思議な光をこわいとは思いませんでした。
その弱々しい明かりは、気がつくとしだいにこちらへ近づいていました。それはゆっくりと大きくなったように見えたかと思うと、目で追えるほどのスピードで、丘のふもとのほうへ落ちていきました。
その光は、地面につくと同時に、またぱっと激しい光を放って、それからろうそくの火が消える時のように、いっしゅんで消えてしまいました。
丘の上にいた生きものたちは、あれは何だろうと、しばらくざわざわしていました。ハナナも姉さんと顔を見合わせていましたが、タイム先生が手を鳴らすと、周りはしんと静まりました。
「あれが何なのか、私が見に行ってきますから、みなさんはここで、続けて見ていてください。また何か落ちてきたりしたら危ないですから、絶対に、ひとりで行動してはだめですよ。何かあったらすぐに教えてください。」
そう言ってタイム先生は、助手のクマの女の子といっしょに何か話しながら、かけ足で丘を下ってゆきました。
みんなやはり、そちらのほうが気になっているようで、おたがいに話していたり、見に行こうかと言っているようでしたが、やがてさっきと同じように、空を見上げはじめました。流星群は変わらず、美しく夜空を流れておりました。
けれども、ハナナは別でした。彼女は丘のふもとがどうしても気になって、落ちてきたものが見たくて見たくて、仕方がありませんでした。それでこっそりとナタネのそばをはなれ、タイム先生のあとをつけました。
丘には、木やしげみなんかの、かくれるものがありませんでしたから、ハナナはそのままふたりのあとを追って、丘を下ってゆきました。やがて立ち止まっていたふたりの方に近づいて、後ろからこっそりとのぞきこんだハナナは、それを見ておどろきました。
そこへ落ちていたのは、いくつもの白っぽい欠片と、ひとりのうさぎでした。うさぎは青いチョッキだけ着て、この辺りではめずらしいことに全身が、それも耳の先まで、真っ白な毛をしていました。彼は気絶しているのか、目を閉じていて、ねむっているようにも見えました。周りの白っぽいかけらは、くだけたろう石のように、まばらな大きさで辺りに散らばっていました。
なんと、光りながら落ちてきた星は、うさぎだったのです。
うさぎが空から落ちてくる話なんて、ハナナは生まれてから一度だって、聞いたことがありませんでした。胸はどきどきと高鳴って、手はひどくふるえていました。地面がどこにあるか分からないような、へんな感覚がします。
「少し遠いが、私の仕事場の空き部屋へ……。」
タイム先生がそう言ったのを聞いて、あわててハナナは出て行きました。
「あの! その子、うちに置いておくのはどうかしら!」
ハナナは言ってから、しまったかも、と思いました。目の前がぐるぐるします。タイム先生はおどろいた顔をして、それからハナナに優しく言いました。
「危ないですから、ナタネさんといっしょに丘の上にいてくださいね。」
「タイム先生のとこじゃなくて、うちであずかるわ。私がその子を、助けなきゃいけないの。」
ハナナはくり返しそう言いました。そのとき、ハナナがいないのに気づいたナタネが、丘の上から走ってきて、大あわてで言いました。
「こら、ハナナ! ごめんなさいタイム先生、勝手に……。」
「姉さん。あの子、あのうさぎの子、うちでめんどうをみられないかしら。私、なんでか分からないけど、どうしても、どうしても……。」
ハナナは、今にも泣き出しそうな顔で、ナタネにそううったえました。ナタネが理由を聞いても、さとそうとしても、首をふるのを止めません。ただ、助けなきゃ、と言うばかりでした。
いつものハナナならすぐに聞き分けることでしょう。ナタネには、ハナナの考えは分かりませんでしたが、彼女の様子を見て、それを大事にしてやろうという思いがありました。
ナタネは、タイム先生に深く頭を下げて、言いました。
「仕事用のはなれなら、うさぎなら過ごせるくらいに大きいし、空いた部屋にベッドもあります。塔より近いですし、ひとまず様子を見るだけでも……。」
タイム先生は、ナタネに顔を上げさせました。それからちょっとの間、助手とひそひそ話をして、それからハナナたちのほうを向いて、きわめてまじめに言いました。
「ええ、わかりました。今は、彼の状態が重要ですから。」
それからタイム先生は、てきぱきと指示を出しました。それから丘の上の様子も見てくると言って、そこで別れました。
ハナナたちはぼうしやきれの中に、そこらじゅうに落ちている、何かの欠片をぜんぶ拾って集め、急いで家へと向かいました。助手のクマは、うさぎをひょいとかかえ、ハナナたちの後について歩き出します。
ハナナがこの時、どうしてうさぎを引き取りたいと言ったのか、それはハナナ自身にも、本当のところは分かっていませんでした。
ただ、それは決して軽い気持ちなどではなくて、自分が助けなければいけないと、彼を見たときからそう強く感じていたのでした。
うさぎの記憶
――気がつくと、体が動きませんでした。
体が、いつもよりひどく重いのです。
全身が地面にくくりつけられているようで、いつものように、自由がききません。
手足をどうにか動かして、何かやわらかなものに包まれている、ということが分かります。その心地よい重たさが、不安やこわさを打ち消しているのだと気付きました。何も分からなくても、それだけで、安心できました。
ですが、まぶたが開きません。外はひどくまぶしいようで、そのうえねむくて仕方がないのです。
どうにか少しだけ目を開けてみます。茶色いかべに囲まれた部屋にいるようで、辺りを見回してみると、小さな丸い生きものが、すぐ横にいました。
そのからだは綿のしっぽのように丸くて、目は真っ黒で――目が合ったしゅんかん、ひときわ丸くなりました。
何かを考える間も無く、丸い生きものは、あっという間にどこかへ行ってしまいました。
まぶたはもう、開けていられませんでした。
「うさぎが起きたわ。」
ハナナは急いで、となりの部屋で仕事をしていたナタネにそう伝えました。ナタネは
「分かった。すぐもどるわ。」
とだけ言って、走って外へ出て行きます。作業場の中は、知らないうさぎとハナナ、ふたりだけになりました。
ハナナはドアをうるさくしないように、うさぎをねかせている空き部屋にそっと入りました。低いベッドのわきにあるイスへ登って、うさぎの顔をのぞいてみると、彼はまた目を閉じて、ねむってしまっているようでした。
うさぎを引きとってから、一日が経っていました。
ハナナは大きなため息をつきました。
ここがもともと、あなうさぎのための家だったからよかったものの、もしそうでなかったら、きっとこのうさぎは今ごろ、タイム先生のもとに預かられていたでしょう。
ハナナは今になって、自分のしたことが良かったのか、悪かったのか、わからなくなってしまいました。けれども、目の前でねむるうさぎの横顔を見ていると、これでよかったのだ、という気にもなってくるのでした。
しばらくして、部屋にナタネがもどってきました。
「タイム先生に伝えてきたわ。ここへ来るのは、もう少しかかるようだけれど。うさぎの彼の様子は、どう?」
「またねむっちゃったみたい。何もなかったわ。」
ナタネは、そう、と言って、ハナナのとなりに座りました。ふたりは窓の外の、昼下がりの景色を、ただだまってながめていました。
うさぎがもう一度目を覚ましたのは、そのほんの少し後でした。
うさぎはさっきとちがって、目を覚ましたとたん、がばっと上半身を起こしました。いきなりのことだったので、ハナナ達ふたりはおどろいて、ちょっとの間固まってしまいました。うさぎの、ハナナ達のほうを向いた目はぼんやりして、ひどくとまどっている様子にも見えます。
「あなた、名前はなんていうの?」
ハナナは、どうにかそれだけ聞きました。うさぎは、なまえ、とくり返して、ぼうっとハナナのことを見つめるばかりでした。
うさぎが何にも言わないので、困ったハナナも、だまってしまいました。そこで今度はナタネが、ひとつせきばらいをして、やさしくこう言いました。
「私の名前はナタネ、この子はハナナ。みんなわたしのことを、ナタネと呼ぶわ。みんなはあなたのことを、何て呼んでいたの?」
けれどもうさぎは、まただまったままでした。ふたりから目をそらして、どこかぼんやりと遠くのほうを見ながら、しばらく何も言わないので、ハナナはナタネのほうを見ました。ナタネは、急かさないでいいのよ、とでも言うようにほほえんで、小さく首をふりました。
うさぎは小さな声で言いました。
「わからない。でも、あった気がする。」
ハナナはそれを聞いて、名前が思い出せないなんて、そんなことってあるのかしらん、と思いました。ハナナが口を開きかけたところで、ナタネは言いました。
「そうなのね。じゃあ、いつか思い出すまで、あなたを別の名前で呼ぶのは、構わないかしら。」
うさぎは口のはじをきゅっとむすんで、きんちょうしているような、照れているような不思議な顔をして、小さくうなずきました。それじゃあ、とナタネが言いかけたところで、
「アスターがいいわ。」
ハナナは思わず、そう口に出していました。ナタネはいっしゅんおどろいた顔をしてから、ゆっくりほほえみ、うさぎに
「あなたはどう?」
と聞きました。それまでうつむいていたうさぎは、ハナナの顔を見て、それから確かにうなずきました。ハナナは、その時彼と目があったのは、ほんのいっしゅんのことでしたが、それをとても長い時間のように感じていました。うさぎの目は、どんぐりみたいに深い赤茶色をしていて、ハナナの胸は、勝手にどきどきしてしまいました。
ハナナはナタネの声で、はっと我にかえりました。
「それじゃあ、しばらくの間、あなたはアスターね。よろしく、アスター。」
ハナナも、よろしくね、と言いました。アスターのほうはそう言われても、まだぼんやりとした様子で、ナタネとハナナの顔を見るばかりでした。その時、部屋の戸を、だれかがノックする音が聞こえました。
とびらの外にいたのは、タイム先生でした。アスターの様子を見るために、来たそうです。
タイム先生は、彼の名前についてのことをナタネから聞いた後、アスターと話をしたいので部屋の外で待っていて欲しいと、ハナナ達にそう言いました。それでふたりは、となりの仕事部屋で待つことにしました。待つといっても、ふたりとも何もせずに落ち着いていられませんでしたので、わざといそがしく仕事をしていましたけれど。
しばらくして、アスターのいる部屋の戸が開いて、タイム先生が出てきました。ハナナには、ふたりがどのくらいの間話をしていたのか、分かりませんでした。タイム先生は言いました。
「ショックのためか、思い出せないことが多いようです。あまり負担をかけずに、ひとまずはここで慣れてもらうのが良いでしょう。もし、彼が歩けるようだったら、散歩などしてみても、いいかもしれません。」
それからナタネ達に、いくつかアドバイスや注意をして、タイム先生は帰りました。ハナナがナタネに
「大丈夫かしら。」
とたずねると、ナタネは大丈夫よ、と言って頭をそっとなでました。
ふたりは、アスターのもとへ行きました。アスターはさっきと変わらず、ぼんやりとしているようでした。ナタネはやさしく言いました。
「何か聞きたいことがあれば、すぐに聞いてね。ずっとねているのもつまらないでしょうから、もし歩けるのなら、少し散歩してきても大丈夫よ。ハナナ、アスターについていてあげてね。」
ハナナははいと返事をして、アスターのほうを見ました。彼はまたうつむいて、何も言いませんでした。
ナタネは部屋を出るとき、言いました。
「ひとまずどうしたらいいか、だれかに聞いてみたらどうかしら。ほら、東のうらない師の、アキレアさんとかどうかしら。」
アキレアというのは、ナタネの友達でもありました。それでハナナは、アスターを連れて、少し出かけることに決めました。
「ひとまず何か食べなきゃね。アスターはうちに入れないだろうから、私のぶんといっしょに持ってくるわ。」
そうしてハナナがひとかかえ持ってきたパンと木の実を、アスターはだまって、まじまじとながめていました。ハナナがそれに気付いて、こうやって食べるものよ、と言って食べて見せると、首をかしげつつ、パンをほんの少し食べました。
ハナナは、きょとんとするアスターに、にっこりと笑いかけました。
アスターは、何もかもが分からないといった様子で、何かをしたり、見たりするたびに、しきりに首をかしげていました。ベッドから立つだけでもひと苦労で、体はどこも痛くないらしいのですが、立って歩くということが、とても不思議なことのように思えるようなのです。
中でも彼がおどろいたように見えたのが、外の景色を見たときです。ふらふらと歩くアスターを手助けしながら、ハナナが外へのドアを開けたしゅんかん、変な声をあげてしりもちをついてしまったほどでした。
家の前には小さな林がありましたが、アスターはその中の木を、上から下までまじまじとながめたり、地面を見つめたりしていました。
「かたい地面って、すごく、へんな感じだ。」
「どういうこと?」
アスターのつぶやいたことに、すかさずハナナがそう聞きかえすと、アスターはハナナをちらっと見てから、また口のはじを結んでだまってしまいました。ハナナはちょっとびっくりして、それから困りました。
ハナナはアスターに聞きたいことがたくさんありました。空からやってきたうさぎなんて聞いたことがありませんでしたし、名前を忘れるなんていうのもおかしな話で、まだふに落ちません。いっしょに散らばっていた欠片も、少しだけぼうしに入れて持ってきましたが、何なのかさっぱり分からないのです。ハナナは、いずれ全部、アスターに聞くつもりでいました。
けれどもハナナが聞いたことは、アスターを困らせてしまったようなのです。
ハナナはようく考えました。きっと今ハナナに分からないことが、アスターにも分からないのです。彼の様子は、ひどくおくびょうなひとのように見えました。
ハナナは、彼をいやな気持ちにさせることが、今は一番いやでした。それでまた、ようく考えてから、これだけ聞きました。
「アスターは、空の上へ帰りたいの?」
アスターは、小さくうなずきました。それから
「でも、星がなくなってしまった。」
と、ようやく聞きとれるくらいの小さな声で、言いました。ハナナは、今度は迷わず言いました。
「大丈夫よ。私が、手伝ってあげるから。」
それを聞いて、アスターは
「ありがとう。」
と小さく言いました。
アスターの青いチョッキは、明るいところで見るととてもきれいでした。光が当たると、見る方向によって、むらさきや紺にも見えるのです。真っ白な毛並みに、よく似合っていました。ハナナがそれを伝えると、彼はだまってしまいました。
アスターはあまり笑うことがありませんでした。代わりに、口をきゅっと結んできんちょうするような顔をすることがよくありました。けれどもその時は、これまでとちがって、どこか照れているようにも見えました。
ハナナはアスターを連れて、ナタネの言っていた店へ行きました。うらない師アキレアは、ナタネの友達でしたが、彼女の店にハナナだけで行ったことはありませんでした。
アキレアのうらない屋は、黒っぽい木のかべでできた、どこかみょうなふんいきの、小さな建物でした。
ベルを鳴らしてから、アスターがどうにか出入りできるくらいの、小さな玄関をくぐります。その中は、昼過ぎだというのにとても暗くて、ふたりは度々、つまづきそうになりました。背の高い生きものが来たら、どうするつもりなんだろう、とハナナはここへ来るたび思っていましたが、たずねようとは思いませんでした。
通路のいちばんおくにある部屋には、アキレアがひとり座っていました。部屋の中には、木でできたいくつかのイスがあって、アキレアの前には丸い一本足の机、その上にはりんごくらいの大きさの、石でできたなべが乗っかっています。
アキレアは、アスターよりも少し小さいくらいの、イイズナという生きものでした。彼女にじっと見つめられると、ハナナは、今すぐにでもこの店を出たくなりました。一方アスターは、店の中が面白いらしく、きょろきょろとそこらじゅうを見回しています。ハナナは、
(うらなってもらったら、アスターにはすぐに、別の場所を案内しよう!)
と思いました。
アキレアは、そのするどい目つきに似合わない、高い声で言いました。
「お久しぶりね。姉さんのほうは来てないのね。何かあったのかしら。」
「この子……アスターが、家に帰る方法を知りたいの。」
ハナナがそう言うと、アキレアは今気づいたかのように、アスターのほうを見ました。アスターを耳の先からつま先まで、じっくりとながめまわすと、
「あなたの姉さんのよしみで、安くしておくわ。」
と言いました。
アキレアははじめに、アスターにいくつか質問をしました。好きな天気、兄弟の数、誕生日などです。アスターはそのどれにも答えることができませんでした。ハナナがとなりではらはらとしていると、アキレアは質問するのをやめました。
それから彼女は、何かよく分からない言葉をつぶやきながら、火にかけた石のなべに、いろいろなものを入れて混ぜていきました。暗くてよく見えませんが、木の皮や木の実、きらきら光る砂なんかを入れているようです。やがて鼻のおくがつんとするような、草のようなへんなにおいがたちこめました。
その時、アスターがひとつなみだをこぼしたように見えましたが、暗い中でハナナにはよく分かりませんでした。
アキレアは言いました。
「甘い香り……高い場所……。月の光を待たれよ。」
「それだけ? 他にはないの?」
ハナナが聞くと、アキレアはみけんにしわを寄せ、
「これをあげよう。あとは時間が決めてくれることね。」
とだけ言って、なべに入ったもののうわずみを、びんに入れてハナナに手わたしました。中身は、暗くてよく見えませんでした。
「わかったわ、ありがとう。」
ハナナはお礼に上等のどんぐりをいくつかわたすと、そそくさと店から出てゆきました。
店の中が暗かったので、外へ出たとたん、辺りがまぶしくなりました。目が慣れてくるとハナナは、さっきもらったびんの中身をながめてみました。こい青むらさき色をした、けれどもさらさらとしてすき通った液体のようです。
アスターはその横で、
「甘い香り、高い……月の光……あとは、時間。」
と、アキレアに教えてもらった言葉を、くり返しつぶやいていました。ハナナはアスターに言いました。
「あのひとが教えてくれたのはうらないだから、正解じゃないと思うわよ。でも、ヒントにはなるかもね。」
アスターは、よく分からない、という顔をしていました。それからこうつぶやきました。
「帰りたいんだ。星に乗って。」
「星に乗れば帰れるの?」
ハナナはおどろきました。どういうことかは、よく分かりませんでした。アスターはうなずきます。
「昔からいっしょにいたんだ、ぼくの星……。」
そう言ったきりしょんぼりしてしまったアスターを元気づけるように、ハナナは言いました。
「何か、甘いおかしを買ってゆきましょう。姉さんのおみやげにもなるわ。」
そうして次にハナナが案内したその場所は、アキレアの店から少し歩いたところにありました。広場の近くにある、少し大きなお店です。看板にはかざり文字で、あすなろや、と書かれていましたが、アスターには読めなかったので、そう書いてあるのだと、ハナナに教えてもらいました。
空色にぬられたドアを開けると、からんという明るいベルの音とともに、ふわ、と甘いにおいがただよいました。
「いらっしゃい。」
と、おくから声がしましたが、だれの姿も見えません。
店の中は、かべも家具も白くぬられていて、とても明るく見えました。そこらじゅうの机やカウンターに置かれている、茶色いバスケットの中には、色とりどりのおかしが入っていました。白に茶色、ピンク、黄色、青やむらさきまで……。アスターはたくさんのおかしをながめながら、口をぽっかりと開けていました。
「アスナロさん! お久しぶりね。」
とハナナの声がして、アスターはぱっとそちらを向きました。机の上に登ったハナナは、アスターを手まねきし、そのすぐそばの、カウンターの下からのぞいたひとをしょうかいしました。
「アスター、こちら、キツネザルのアスナロさんよ。おかしづくりがとっても上手で、すてきなひと。姉さんの作ったお花も、いくつかはこのお店で売ってもらっているのよ。」
そのひとは、アスターと同じくらいの背たけの、白と黒の生きものでした。首もとにはふさふさとした、白いえりまきの毛があって、黒い顔やしっぽによく映えています。胸から下には、目と同じ色をした、だいだい色のエプロンをつけていました。
「初めまして。あなたがうわさのアスターね。」
アスナロはカウンターから出てきて、アスターににっこり笑いかけました。アスターはちょっととまどってから、小さくおじぎをしました。
「おぎょうぎのいい子だねえ。」
アスナロはそう言うとアスターの手をとって、ぶんぶんと上下にふりました。とつ然のことでアスターはびっくりしましたが、なんだかいやな気はしませんでした。
ふたりの様子を見ていたハナナは、思いついたように言いました。
「アスターに何か買ってあげたいの。おすすめのおかしはあるかしら?」
アスナロは少し考えて、ちょっと待ってて、と言って、おくの部屋へ行きました。
アスターは、机の上に乗っているハナナのかたを小さくつついて、こう耳打ちしました。
「おかしって、ぼく分からない。」
「おかし、食べたことないの?」
アスターはうなずきました。ハナナはふり返って言いました。
「甘くて、とてもおいしいのよ。ここの店のは、とびきり素敵な味がして、見た目もかわいいの! 例えばねえ……。」
そう言ってふり向くと、すぐ後ろにアスナロがいたので、ハナナはおどろいて、すってんと後ろに転んでしまいました。
「アスナロさん! あっちに行ったのかと思ったわ。」
そう言うと、アスナロは大きく笑って、それから言いました。
「気に入ってくれてありがとねえ、ハナナ。それからアスター、話を聞いてたけど、おかしを食べたことないって言うんなら、どれでもいいさ、少し味見していきなよ。」
「いいの? ありがとう、アスナロさん!」
ハナナがそう言ってはしゃぐので、アスナロはまた笑い、言いました。
「どうかなアスター、気になるのはあるかい。」
アスターはしばらく辺りをきょろきょろ見回して迷ってから、ひとつのビンを指差しました。アスナロは言います。
「あら、それは金平糖ね。」
アスナロは、アスターが興味深そうに、その中身をながめているのに気がつきました。丸っこくて不思議な形をした、色とりどりの小さなつぶが、色ごとに分けられて、びんにつめられています。
「それ、少し食べてみるかい。」
アスターは、小さくうなずきました。
アスナロは店のおくから、金平糖を十数個ほど包んで持ってきました。包みの中は、白や青、もも色や黄色、さまざまな色のものがありました。
ハナナ達に見つめられながら、アスターはそれをひとつ、口の中へ入れました。アスターは口の中でそのつぶを転がして、小さくかんで、それから言いました。
「おいしい。」
ハナナとアスナロは、手を鳴らしてよろこびました。
「金平糖は私も好きだけど、どうやって作るのか知らないわ。」
おかしをすっかり気に入ってしまったアスターの横で、ハナナがそう言うと、アスナロは言いました。
「ちいさなたねに、糖みつを少しづつかけて作るのよ。時間はかかるけど、作り方はシンプルね。」
「たねって、何かのお花のたね?」
ハナナは聞きました。アスナロはふふっと笑い、答えました。
「ううん、固まるときに中心になるもののことよ。例えばざらめなんかの、小さなつぶね。」
小さなつぶに糖みつをかけることで、こんなにすてきな形になるのが、ハナナにはとても不思議に思えました。アスターも、口をぽかんと開けて感心しているようでした。
ハナナは、ひとつ思いついたように、とつぜん言いました。
「アスナロさん! これもたねになるかしら?」
そう言ってぼうしから取り出したのは、アスターの周りに落ちていた、不思議なかけらが入った包みでした。
「今日はなんだか甘いにおいがするなと、ずっと思っていたのだけれど、これのにおいだったのよ。砂糖の甘いにおいとはなんだか少しちがうけれど……。アスナロさん、この中のをいくつか、金平糖のたねにしてくれないかしら。」
アスナロは、ハナナの包みをほどいて見てみました。その中には、大きいものだとアスターの手のひらくらいのものから、ほとんど粉のようなものまで、いろいろな大きさの欠片が入っていました。それから少しつまんでみたり、かいでみたりして、少し考えてから言いました。
「やってみるわ。大きさがちがうやつごとに、いくつか預かってもいいかしら。それから、作るのに何日かかかってしまうけれど、待ってもらうわね。」
ハナナとアスターは、アスナロにお礼を言いました。
それからナタネへのお土産に、木の実の乗ったクッキーを買って、店を後にしました。店の外はすっかり、夕焼け色にそまっていました。
帰り道、ハナナはとつぜん、はっとして言いました。
「ごめんなさい。私、あの欠片を勝手に金平糖にしちゃったわ。アスターにとって大事なものだったら、どうしよう。」
本当に心配した様子のハナナにおどろいて、アスターは、少し考えてから言いました。
「大事なものではあった気がする。けど、たぶん、まちがってない。」
「まちがってない、かしら?」
そう聞くハナナに、アスターはほんの少しほほえんで、確かにうなずきました。
塔の学者の言うことには
次の日、ハナナはアスターを連れて、タイム先生のもとへ行くことにしました。
タイム先生がいるのは町の西側のはずれ、丘より少し南に歩いたところにある、高い塔でした。
この塔は町のなかでもふしぎなうわさがたくさんありました。というのも、あまりひとの住まない場所にそびえるその建物は、夜になるとてっぺんが光る、おかしな建物だったからです。実際には、塔の中には昔からたくさんの本があって、いろんな学者がいろんなことを調べたり、研究したりしている場所なのでした。
タイム先生も、広場で先生をしている時や家にいる時のほかは、そこにいるらしいのです。
ナタネはふたりに昼食を持たせて、言いました。
「南に行きすぎて、森のほうに入ってはだめよ。」
「姉さん、私もう赤ちゃんじゃないわ。塔に行ったこともあるし、大丈夫よ。」
ナタネはごめんなさい、と笑って、ふたりを見送りました。
アスターには、初めてのちょっとした遠出でした。彼は歩くのにはすっかり慣れたようですが、まだ分からないことは多いようで、たびたび何かが気になって立ち止まっては、それをハナナが教えるのでした。
塔に着いたとき、アスターは目をまん丸にしました。
塔は、その全体が、白い岩のようなものでできていました。かべに不思議とつぎ目はなく、どこもすべすべとしています。遠くから見るとそう大きくも見えないのですが、ふれられるほど近くへ寄ると、めまいがしそうな高さです。ふたりは円筒型のかべの周りを一度ぐるりと回ってから入り口を見つけて、入って行きました。
塔の中は、らせん階段で上に登れるようになっていました。塔の内側をぐるぐると巻くように登る、階段の外側には窓があって、外からの光が取りこめるようになっています。部屋があるのは塔の中心で、らせん階段の内側にあるとびらから、円筒の形をした部屋に入れるようになっているのです。
部屋のとびらには、それぞれ学者の名前や、部屋の名前が書いてありました。タイム先生の部屋は、前もって教えられていたのですが、ずいぶん上の方にあるようでした。
ふたりは、せっせと階段をのぼり始めました。
ですが、ハナナ達が塔へ来たのには、タイム先生に様子を伝えることのほかに、もう一つ目的があったのです。ここにはたくさんの学者がいるので、ヒントになりそうな、いろいろな話が聞けるだろうということでした。
それでハナナ達は、気になる部屋のドアをたたいては、いろんな学者に話を聞いてみることにしたのです。
結果からいえば、それは失敗に終わりました。どうやら運が悪かったのか、学者の中には留守にしているひとが多いようでした。それに部屋にいる学者も、気難しいひとばかりで、さっぱり相手にされなかったのです。
アリクイの学者には、
「わしは、海の向こうにいるクジラを調べるのに、いそがしいんだ。」
と言って相手にされず、またカモシカの学者には
「うさぎは私の専門はんい外ですからね、お答えしかねます。」
と追い返されました。
塔にいた他のおとなたちも、だれもちゃんとアスターたちの話を聞いたり、はっきりと答えたりしてはくれませんでした。
それで、タイム先生の部屋に着くころには、ふたりはへとへとになってしまっていました。タイム先生がふたりの様子におどろいたので、ハナナはあったことを話しました。
「星祭りも近いですし、みんな、他のことにいそがしいんです。ごめんなさい。」
タイム先生は、そうひかえめに笑いながら、申し訳なさそうに言いました。くまの助手が出してくれたお茶はいい香りがして、ハナナはとてもほっとしました。
ふたりが息をととのえたところで、タイム先生はしゃんと背筋を正して、アスターに言いました。
「アスターさん、お久しぶりです。ナタネさんからいろいろと様子をきいていましたが、私も君がもとの場所へ帰るのに、協力したいと思っています。」
アスターも、真面目な顔をしてうなずきました。
タイム先生はアスターにまず、ここでの暮らしはどうか、何か分からないことはあるか、といった質問をしました。分からないこと、については、アスターは分からないことが多すぎて答えられない、といったふうでした。
ただ、ものを食べるということを、ここに来て初めてした、と言ったのにハナナはひどくおどろきました。前にいた場所では、ものを食べる必要がなかったというのです。けれどもアスターが、ものを食べるのは好きだ、と言ってくれたので、ハナナは安心しました。
タイム先生はまた、アスターが前にいた場所のことをどれほど覚えているか、といった質問もしました。
アスターはゆっくりと、言葉を探すように話していました。その中には、話しながら思い出したのか、ハナナが初めて聞いた話もまじっていました。
アスターの住んでいた場所は、空の上であることは確かなようです。話を聞く限り、雲と同じか、それより高いくらいの場所でしょうとタイム先生は言いました。
小さいころから「星」といっしょに飛んでいたけれど、それはハナナ達がいつも見ている空の星とは別物のようでした。アスターのいた場所でも、ハナナ達と同じような星は見えていたらしいのです。
空から落ちる直前には「星」が光らなくなってしまったことだけ、覚えていると言いました。
アスターの話が終わると、タイム先生はありがとうございます、と言ってからこう話しはじめました。
「どこかの本で、今の君に似た話を読んだ覚えがあるような、気がするんです。」
アスターは目を丸くして、タイム先生を見つめました。
「けれども本といっても、塔の中だけでたくさんありますから、どの本だったか……。アスターさんがやってきた日からも、ヒントになりそうな本を片っぱしから探しているのですが、まだ力になれそうにありません。見つかったらすぐに連らくしますから。」
ハナナとアスターは、タイム先生に心からお礼を言って、塔を後にしました。
帰り道のアスターは、うれしいような残念なような、複雑な気分のようでした。
ふたりが塔へ行った日から、五日ほど経ちました。
ふたりは毎日いっしょにいて、ハナナはアスターにいろいろなことを教えました。この町のことや、町に住むいろいろなひとのこと、時には、ナタネが仕事に使うための花をつみに行ったり、仕事のやり方を教えたりもしました。
ハナナはあるとき、アスターのためにぼうしをつくってあげようと考えました。けれども、自分よりずっと大きな生きもののぼうしを作ったことがないので、たくさん時間がかかりそうだと思いました。ですが、アスターの頭の大きさをはかって、アスターに似合う形を考えるのは、これまでのぼうし作りのなかで、いちばん楽しいことでした。
アスターは塔に行った日から、少しずつ話すことが増え、また笑うようにもなりました。ハナナには、それがとてもうれしく思えました。
町の生きものたちは、アスターにとてもよくしてくれました。アスターのほうも、自分にできることはないかと、いろいろと気にするようになりました。
アスナロにたのんだ金平糖を見に行くと、まだ作っている最中のようでした。周りにかけられた白い糖みつは、甘いすてきな甘いにおいを出していました。アスターは、できたら外側は、黄色い糖みつにしてほしい、とアスナロにお願いしました。
タイム先生からの連らくは、まだありません。いちど塔まで足を運びましたが、タイム先生は忙しいからと、会うのを断られてしまったのです。これまでにあったことを助手に伝えることはできましたが、しょんぼりして帰ってきたふたりに、ナタネはこう言いました。
「今できることを、試してみるほかないわ。あせらずにね。」
その夜、ハナナは夢を見ました。
となりにはアスターがいて、周りはとてもきれいな星空でした。遠くには雲があって、上には明るい月がうかんでいます。
アスターは小さくほほえんで、ハナナを見つめます。彼のチョッキは深い夜色にかがやいて、真っ白な毛も、これまでよりいっそうきれいに見えました。
ハナナは、周りをきょろきょろと見回してみて、足元を見たところで、空にういていることに気がつきました。
わたし、空を飛んでるわ!
そう思い、うれしくなってアスターのほうを見ると、彼は笑ってはいませんでした。
あの赤茶色のひとみで、ハナナのほうを見つめたまま、彼はいまにも泣きそうな顔をしていました。
「ハナナ!」
ハナナは、あわてたナタネの声で目を覚ましました。起きてみると、ばたばたとあわてた様子です。あのナタネがここまで落ち着いていない様子を見るに、何かよほどのことがあったのでしょう。
「アスターが部屋にいないわ。」
ナタネの言葉に、ハナナはおどろきました。ナタネはおろおろと言いました。
「とりあえず近所のひとたちに声をかけて、それからタイム先生にも連らくするわ。だからハナナ、あなたは……。」
「私がさがすわ!」
ハナナは思わず声を張りあげました。ナタネはおどろいた顔で、彼女を見つめます。
「大丈夫よ、姉さん。アスターがどこにいるか、私知っているの。」
ハナナはそう言って、家を飛び出しました。
顔も洗っていないし、ぼうしもかぶっていませんが、そんなことは気になりませんでした。頭の中は、アスターのことでいっぱいでした。
ハナナは、アスターがどこにいるのか、本当は知りませんでした。けれどもそのときの彼女には、不思議なことに、きっとあの場所にいるという、確信が持てていたのです。その自信は、どんどんと速く鳴る胸の音と、少しの不安を、かき消すようでもありました。
ハナナは橋をこえ、その足は迷わず、丘の上へと向かっていました。
丘の上には、白い見慣れた姿がありました。
「アスター。」
ハナナがほっとして声をかけると、彼はふり向きました。
「ハナナ。」
「朝起きたらいないからって、姉さんがひどく心配していたわよ。」
ハナナがそう言うと、アスターはうつむいて、
「ごめんなさい。」
と言いました。ハナナは、ええ、とだけ言ってアスターの横に座りました。
ふたりとも、しばらく何も言いませんでした。
「なんだか、はずかしくって。」
アスターがとつぜんそう言ったので、ハナナは彼の顔を見上げました。アスターはただ、小さく笑っていました。ハナナには、彼の言った意味がよく分かりませんでした。どうして、と聞くとアスターは、少し迷うように目を泳がせて、それから言いました。
「ぼくは、もともと暮らしてた所じゃあ、これでもけっこう物知りなほうだったんだ。ほかのみんなに、それこそタイムさんみたいに、ものを教えたりもしてた。だけどこの町のみんなは、ぼくよりもずっと、いろんなものを知っているだろう? ぼくの知らないこともたくさん知ってる……。」
ハナナは、アスターがこんなにたくさん話すのを、初めて聞きました。そして、きっとこれがほんとうのアスターに近いんだわ、とも思いましたが、何も言いませんでした。アスターは言葉を探しながら、ゆっくりと続けました。
「だけどもぼくは、ここでみんなが知ってる事どころか、空のことについても十分に話せないんだ。それでなんだか……。情けなくなってしまった。」
ハナナは、何も言えませんでした。アスターにかけるべき言葉を探しても、うまく見つかりませんでした。
「心配をかけて、ごめん。ふたりが起きるまでには、帰るつもりだったんだ。」
アスターは、泣きそうな顔であやまりました。夢に見たのとそっくりなその顔を見て、ハナナは思わず口を開いていました。
「きっと、みんなも同じじゃないかしら。」
アスターがおどろいたような目でこっちを見たので、ハナナはあわてて、次の言葉をつなげました。
「ええと、あのね、タイム先生も姉さんも、やっぱりきっと子どものころは、知らなかったことがたくさんあったと思うの。それに、たくさんお話ししてくれて、私よりもいろんなことを知ってるけれど……そう! きっとおとなも知らない事なんてまだまだあるわ!」
ハナナは立ち上がって、両手を広げて言いました。
「それに私たちは、空にこんなすてきなお友達が住んでるなんて、今までだれも知らなかったもの!」
アスターは目をまん丸くして、おどろいた顔をしてから、ふっとほほえんで言いました。
「ありがとう、ハナナ。」
アスターの笑顔は、ほんとうにうれしそうで、ハナナも思いっきりにっこりと笑いました。それから、自分の胸が今になってどきどき鳴っているのに気づきましたが、気づかないふりをするのでせいいっぱいでした。
帰りぎわ、アスターは言いました。
「アルクトゥルス。ぼくの名前だ。」
ハナナはまん丸の目で、となりにいるその友達をじっと見つめました。それから、アルクトゥルス、と、その名前をゆっくりくり返しました。
「なんだか難しいのね。」
アスターは何も言わずに、あのきんちょうするような顔をして、地面を見つめていました。
「でも、素敵だわ。アルクトゥルス。」
「ありがとう。」
ハナナの言葉に、アスターはくすぐったいような笑みをうかべました。
「ハナナ、いつか帰るときまで、ぼくのことはアスターと呼んでほしいんだ。」
「分かったわ。アスターがそうしてほしいなら。」
ハナナはにっこりと笑いました。アスターはその目を見て、ほっとしたようにほおをゆるませました。
「これまでぼうしであまり見えなかったけれど、ハナナの笑った顔は素敵だね。」
ハナナはその言葉に、顔がぼうっと熱くなるのを感じました。その感じは、はずかしいのによく似ていて、顔をぼうしでかくせないのがもどかしく、ハナナはぷいとそっぽを向いてしまいました。
アスターはそれでも、ハナナの後ろでにこにこと笑っていました。
昔話といつかのはなし
星祭りの日がやってきました。
昼間から、町の真ん中にあるはんてんぼくの広場には、大きな竹の枝が立てられます。みんなはその枝の、思い思いの場所にかざりつけをして、お願い事をするのです。そうして夜になると、この竹を海へ流すのが、毎年の風習でした。
日がかたむき始めたころ、ハナナたちは出かける準備をしていました。仕事場にあるアスターの部屋では、アスターとハナナが話していました。
「星祭りは楽しいから、アスターも楽しむといいわ。いつもとちがう、いろんなものも食べられるのよ。」
そのとき、玄関のほうから、チャイムが鳴ったのが聞こえました。家じゃなくって作業場に来るなんてだれかしらん、と思ってハナナが出てみると、タイム先生でした。息を切らして、とても急いで来た様子です。大きな本を一冊かかえていました。タイム先生は言いました。
「アスターさんは、いますか。」
ハナナは大あわてで、タイム先生を部屋に上げ、家のほうにいたナタネを呼び、お茶をいれました。
いくらか息が落ち着いてから、タイム先生は話し始めました。
「前に言っていた、アスターさんに似た話が書かれている本を、見つけたんです。どうにか今日中に、お伝えしなければと思って、持ってきました。」
タイム先生の持っていた分厚い本が、その話がのっているもののようでした。
長いのでかいつまんで、重要なところだけお話しします、とことわってから、タイム先生は話し始めました。
「ここには、空から来たアスターさんのようなひとが、ホシウサギ、と書かれているのです。星と共に生きるものだ、と。」
それを聞いたアスターは、とたんに体をこわばらせ、耳をぴんと立てました。タイム先生は、アスターをちらと見ながら続けました。
「これを書いたのは、古い物書きであり、学者なので、もしかしたらアスターさんには、いやな書き方があるかもしれません。けれども……。」
「大丈夫です。」
アスターは、これまでになくはっきりと、そう言いました。そこにいたみんなが、静かに驚きました。
「大丈夫です、教えてください。」
アスターのしんけんな言葉に、タイム先生もうなずきました。
タイム先生の言うには、それは次のような話でした。
あるとき、空からうさぎが落ちてきた。
われわれは彼のような生きものを知らないので、都合の上、ホシウサギと名付けることとした。彼はしばしば、われわれの知らないような領域の話をした。
とうてい信じられるような話ではなかったが、とつぜん現れたその男の毛色がひどくめずらしい白色であったことと、見たこともないような色で織られた服を着ていたことから、単なるほら話でないことは判断できた。
彼は読み書きができなかったが、とても物覚えがよかった。彼は自分の名前をコル・カロリといった。
タイム先生はここで、アスターのほうをちらと見ました。アスターは、それが知らない名前だったようで、首を横にふり、それを見てタイム先生は話を続けました。
彼の話によれば、雲の上には、星とともに生きるものが他にもいるという。
彼らホシウサギがともに生きるというその星を、ここでは星のかけらと呼ぶ。
星のかけらは、われわれの島から見えるいく千もの星とは、一切ちがうものである。また、彼らにとって、われわれの島から見えるいく千の星や月や太陽は、われわれにとってのものと同じようである。
彼らは生まれたときから、辺りに散らばり飛んでいる星のかけらとともに生きることを選ぶ。星のかけらは、生きているというのである。
ホシウサギは星のかけらから養分を得、星のかけらはホシウサギとともにいることで、割れることなく空を泳ぐことができる。そうしてこれらはたがいに、助け合って生きているというのだ。
なぜわれわれがこれまでに、星のかけらや、彼らのことを観測できなかったのか。それは未だ分からずにいる。そのため、コル・カロリの話が真実であるのか否か、私には判別することができない。
コル・カロリはその年の星祭りの晩、姿を消した。
空へ飛んで帰ったのか、それとも町からただ去ったのか。彼がどこへ消えたか定かではない。
ただあれから一度も、彼の姿を見たものはない。
いつの間にか日は落ちて、窓の外はおだやかな朱色から、こい青色に変わりはじめていました。
しばらくの間、だれも何も言いませんでした。アスターはただだまって、自分の足元を見つめていました。ハナナには、それがどういった気持ちのものであるか分かりませんでしたが、何か大事なものだ、ということは分かりました。
だんまりのあと、タイム先生が口を開きました。
「ここに書かれているコル・カロリというホシウサギが、どうなったのか、はっきりとは書かれていません。けれどもこれは、今晩がいちばんのチャンスだということだと、私は考えました。」
そのとき、玄関の戸をたたく音がしました。ハナナが出てみると、そこへいたのはアスナロさんでした。アスナロさんは片手に包みを持って、言いました。
「アスターの欠片の金平糖、いくつか光りだしたんだ!」
アスターは長い耳をぴくりと動かし、どたばたと玄関へ走って行きました。
「どれですか。」
息が乱れたアスターに、アスナロは包みの中の金平糖を見せました。色んな大きさの混ざった黄色い金平糖は、丸っこい形をしていて、光ってはいませんでした。アスターが確かめるように顔をじっと見るので、アスナロは言いました。
「本当よ。外にいる時、いちばん強く光ってたんだ。ほら。」
そう言って、アスナロがそのまま一歩外へ出てみると、包みの中の金平糖に変化が出ました。十こほどある中の半分が、本当に明るい光を放っているのです。
その中でひときわ大きい金平糖を、アスターはつまみ上げました。金平糖はアスターにふれられたとたん、ぶるぶると小刻みにふるえだしました。
「ぼくの星。」
アスターは、ふるえる声でそう言うと、そのつぶをぎゅっと胸にだきしめました。それから小さな声で
「甘い香り、高い場所、月の光……。」
とつぶやいたように聞こえました。ハナナも、あの時のうらないを思い出しました。高い場所、月の光……。
「丘の上!」
ハナナとアスターは、そう同時に口に出しました。アスナロと、玄関まで来たナタネ達は、その声におどろいてしまいました。タイム先生は少しとまどいながら、たずねました。
「何か、分かったのですか。」
「丘の上に行けば、何かある気がするの。」
ハナナはそれだけ言いました。アスターはずっと落ち着かない様子で、
「ハナナ、うらないのときのびん、あるかい。」
というので、ハナナは急いで、部屋にあるびんを取りにゆきました。青むらさき色の液体の中には、もらった時にはなかった、ちかちかと金色に光るつぶがういていました。
ハナナが走ってびんを持ってきたとき、アスターは、ハナナをひょいっと軽く投げ――気がつくと、ハナナはアスターの背中に乗せられていました。
アスターは、流れ星のようにかけていました。おとなたちのおどろく声は、もうとっくに後ろに置いていかれていました。
四つ足と全身を使って、真っ白な毛はうつくしく、速く、地面をすべるように走ります。
ハナナはふり落とされないよう、アスターのチョッキにつかまりながら、四つ足で走るのはこんなに早いものかとおどろくのと同時に、彼はやはりなんて素敵なんだろうと、胸がどきどきするのでした。ハナナの重さなんて少しもないように、彼は走ります。空を飛ぶってこんなふうかしら、とハナナは頭のどこかで思いました。
アスターは迷うことなく橋をこえ、丘へ登ってゆきました。
丘の上には、だれもいませんでした。町のひとは広場や海辺にいるのでしょう。それがかえってよかったように、ハナナは感じました。
アスターは、金平糖のひとつぶを、ずっと口にくわえていたようでした。光はさっきと比べても、どんどん強くなっているように見えます。彼がそれを手に持ち空にかざすと、星は変わらずふるえていて、光はいっそう強くなりました。
空を見ると、月は満月になる手前くらいの大きさでした。月の光としては十分だろうと、ハナナはなんとなく感じました。
「ハナナ、あのびんを開けてくれ。」
ハナナは言われた通りにし、びんをアスターに近づけました。うらないのときにしたものと同じ、つんとする草のようなにおいが強くしました。そのにおいをかいだとたん、アスターはぼろぼろと泣き出しました。ハナナがあわてていると、アスターは言いました。
「ぼくの、ふるさとの香りだ。ああ、もう、帰れるんだ。」
最後のところは、もうひとりごとのようになって、消えそうな声でした。ハナナは、ああ、本当にアスターは帰れるんだわ、と、ただそう思うことしかできませんでした。
アスターは星をかかえ、びんの中身をほんのちょっとなめました。とたん、星からぱあっと光がこぼれました。ハナナはまぶしくて、目を細めましたが、アスターはまん丸の目で、星をじっと見つめているようでした。
気がつくと、アスターの手の中で金平糖だったものは、ずいぶん見た目が変わっていました。ハナナの倍ほどの大きさになって、その形も丸っこい形から、その出っ張ったところだけいきなり大きくなったような、とげとげした形に変わっていました。けれども、とげの先は丸くて、金平糖に似たところも残っていました。
明るく光をはなつそれは、まるでずっと前から、そこにそうやってあったかのように、アスターの手になじんでいました。
ハナナは聞きました。
「それが、アスターの星?」
アスターは、星を大事そうにかかえて、何も言わずにうなずきました。
おとなたちはようやくふたりに追いつき、丘にやってきたようでした。タイム先生もアスナロもナタネも、少しはなれたところへ立ち止まると、何も言わずふたりの様子を見ていました。
星はひとりでにうごくことができるようで、アスターが手をはなしても、そこへじっとうかんでいました。アスターは言いました。
「うん、分かった。そろそろ行くんだね。」
彼がそう話す相手はその星なのだと、ハナナには分かりました。
けれども、そこにいるアルクトゥルスというひとは、ハナナの知るアスターとはちがうような気がして、ハナナはとたんにこわくなりました。ハナナは、アスター
にだきついて泣きました。
「行ってはだめよ、アスター。」
彼はハナナを見て、はっとした顔をしました。その顔は、いつものアスターと同じでした。彼はハナナをだきしめて、言いました。
「ぼく、ここで友達になったのがハナナで、よかったと思っているよ。帰っても、きっと忘れない。町のみんなにもよろしくね。」
やさしいその声はふるえていて、彼も泣きそうになっているのが分かりました。けれどもハナナは、あふれつづけるなみだも、アスターへの初めてのわがままも、止めることができませんでした。
「まだ話し足りないし、ぼうしだって出来てないわ。だから、だから……お別れはいやよ、アスター。」
アスターはちょっとの間を開けて、言いました。
「それじゃあ、ひとつ約束をしよう。」
約束、とハナナが彼を見上げると、彼はうるんだ目でにっこり笑い、うなずきました。
「また会うっていう約束だ。ぼくはあちらに帰ったら、みんなにここでの話をする。そうして、どうしたらまたここへ来れるのか、一生けんめい調べてみるよ。きっと、方法を見つけてみせる。それまで、待っていてくれるかい。」
アスターの目は、それは決して、うそつきのなぐさめなんかではないと言っていました。ハナナはアスターからはなれて、なみだをぬぐうと、せいいっぱいの笑顔をして言いました。
「わたしも、いつかきっと、アスターの町へ行くわ。そのためにたくさんがんばって――だれも知らないことを、見つけてみせるわ!」
アスターは今にも泣きそうな顔で、思い切り笑って、
「ぼくもだ。」
と言いました。そのしゅんかん、アスターの星は目がくらみそうなほどまぶしくなって、ハナナは思わず目をつぶりました。その時アスターとハナナの鼻の先どうしが、小さくふれました。
「ハナナ、ぼくの大好きなともだち。」
アスターがハナナの耳元で、小さく、そう言ったような気がしました。
ぱっと気がつくと、もう彼の姿はありませんでした。
空の上には、ひときわ大きく光る星が見えました。星はしだいに小さくなって、ついには他の星にまぎれて、見えなくなってしまいました。そこにいたみんなだまって、空の上を見つめていました。
辺りはしんとして、夜空にはやわらかな風が流れています。
ハナナのひとみのなかで、小さな星がひとつ、またたいたように見えました。
ちいさなハナナと夜の金平糖