狭い地下通路、しばらく歩くと四本の通路が交わる八角形の空間にでた。薄暗いそこでどの通路に進むか考えていると、遠くからお囃子のような音が聴こえてくる。その方向から姿はまだ見えないものの大勢のなにかがこちらへ向かってくる気配を感じた。
高い金属の音と低い太鼓の音が拍子を刻み、その上を笛の旋律が流れる。来た道を引き返そうかと、後ろを振り向けばその道からも同じ音、そしてこちらへと向かってくる質量を感じた。気が付けば四つすべての通路からこちらへと何かが向かってくる。
八角形の空間でただ狼狽えていると、笛の音に紛れてなにか硬い音が聴こえてきた。地面と何かがぶつかるような、私の鼓動よりも少しばかり遅い拍を刻むその音は、こちらへと向かってくる何かの存在を確かなものにした。その音はほんの僅かにずれていた。太鼓の音に合わせて刻まれるその音はいくつもの微妙にずれた足音だったのだ。
いよいよ冷たい汗が背中に伝い始めた。耳から入り込んだ恐怖はすでに全身に回り、震えとなってその存在を私に再認識させる。逃げることもできないまま、ただ一つの通路を見つめていると、遠くにぼんやりと何かが見えた。目を凝らす。それは、美しく揃えられた無数の手だった。
天を指したそれはやがて美しく曲線を描き、左右を入れかえて同じ動作を繰り返す。そしてその手の奥、暗闇から現れたのは口より上を笠で覆った女性の顔だった。横から見れば半月型であろうその笠に覆われた顔は、みな同じように口に紅を引き、ほんのりと笑んでいた。
桃色、水色、黄色、通路に隙間なく列となって踊りながらこちらへ向かってくるその人たちの口元は誰一人として開かれていないのに、どこからか掛け声が聴こえてくる。確かに聴こえてくるのに、聞き取ることはできない。息遣いも衣擦れの音も聴こえない。
ただ止まることのないお囃子と迫りくる圧迫感。お囃子はどんどん大きくなって、まるで頭の中から鳴っているようだった。耳をふさいでも、目を閉じても、迫りくるそれらを消すことはできない。もうすぐ列の先頭が八角形の空間に入ってくる。私は八角形の中心に座り目をつぶった。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-02-11

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