短歌を、少々。

その1

このような自己表現もありえるか人身事故が電車をとめる

水槽の中でわたしの退屈が長い尾びれをゆらしつづける

あかね雲ぼくは天地を逆にして空をはだしで歩いてみたい

iPhoneの待ち受け画面にした海はマイルをためていつか行く場所

あたたかな青い空にも風がありひこうき雲がすこしくずれる

校庭に咲いた黄色いチューリップ今日も欠席してる子がいる

意味もなく外出をして意味もなく帰宅してみる何を探しに

面接で「君は今日まで何してた?」ぼくは答える「わからないです」

新宿の駅のホームに捨ててきた中身などない青い水筒

君もまたこの月の夜に独りいてメールの末尾「おやすみなさい。」

歩道のない車道のすみをただ独り歩く日暮れのあてどない今

夕焼けがビルの谷間を赤く染め人は心の歩みをとめる

砂浜に壊れた船がうずもれる二度と海へはもどらない船

もし時が逆にまわればぼくはまた子供にかえり明日へ駆け出す

今日もまたカラの郵便ポストの中でぼくの心がぼんやりしていた

その2

冬の朝消毒済みの空に浮くガーゼのような雲のきれはし

砂浜の黄色い花のかたわらに今日の足あと深く残して

くちびるにあなたのキスをうけとめて耳まで赤くそまる初恋

口ずさむ歌をいくつか用意して冷たい人の群れに交じろう

音声が壊れたテレビをみるように社会という名の劇をみている

剥製の獣のようにいつまでも土にかえれず生きてもおらず

手のうえの手相の意味を知らぬまま両手を見てる夕日の街で

キッチンの淡い光を反射する午前零時の果物ナイフ

前略 あなたのことを心から信じていました さよなら 早々

ピンセット鉗子(かんし)とメスとステンレスプレートに置く真っ赤な臓器

歩道橋その階段を駆けのぼれわけもわからぬ勢いのまま

鐘が鳴る空と鼓膜の奥にまでチャペルの上の白い十字架

山上にかかる薄雲消え去らずゆるいらせんをえがき飛ぶ鳶

青色の蝶がよこぎる街中のどこかに花は咲いているはず

その3

ブランコにゆられていよう夜明けまで空に背をむけ空とむきあい

冬の日の壊れた古い海の家朽ちた窓辺にのこる夏の日

カモメどりおまえは風に流されず羽根をひろげて宙にとどまる

この風がぼくの心の声なのだ両目を閉じて海と向き合う

単色の扉をあけて外へ出る居場所を探す旅を始める

先端が空と交わる木のうえで少し未来をみている小鳥

純粋な形のままでそこにある木箱のうえに置いてきたもの

一枚の金貨のような宝物去りゆく君へそっと手わたす

ふいに来る孤独を見ないふりをしてシフォンケーキを切り分けている

目に映るすべてが悲しくみえる日の並木の道に雨がそぼ降る

パソコンの電源を切る午前二時世界は虚無に包まれている

光芒(こうぼう)が雲の切れ間を引き破り昇る朝日のせまるがごとく

磔刑(たっけい)のイエスが最期にみた空はいまもちぎれた雲を浮かべて

まだ熱い原始の海に溶けていた人の心にやがてなるもの

その4

楽団のうしろのほうでシンバルを心をこめてたたく一生

木星に消えない嵐があるのだと語るあなたの白い耳たぶ

もういちど「ありがとう」って言うだろう。いつか桜の花咲く庭で

悲しみの尽きぬ世界の中にいて神はそのときどこにいたのか

脈動を感じる肌にふれる肌いまこの瞬間(とき)を打刻している

破れ目の奥のほうから見つめてる少女はたぶんなにも言わない

薄青い夜明けの空へ飛んでゆく飢えたカラスの声だけがする

ぼくたちが今日も埋もれるオフィスには墓場へ続く地下道がある

矢印のほうへ歩いてゆけばいい実人生とはそういうものだ

「今」というBGMのボリュームを下げないままの湾岸道路

火葬場の煙が空にとけてゆき骨片だけが残るのである

手ざわりを確かめている春の日に愛とはちがうものをみつけた

短歌を、少々。

短歌を、少々。

短歌は自分の原点です。

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-02-10

Copyrighted
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  1. その1
  2. その2
  3. その3
  4. その4