幼馴染と高校で再会して偶然同じクラスで席が近くなったら……これはもう恋に発展するでしょ? 三話
美少女と水泳大会
「3組の小林亜里沙が一ノ瀬君に何か渡したみたいよ」
昼休みが終わって教室に駆け込んできた成美が、私の机に両手をついて肩で大きく息をしながら言った。
「なになに?」
「何渡したの?」
「小林亜里沙って、あの小林亜里沙!?」
女子数人が私たちの周りに集まってきた。「あの」小林亜里沙? と聞いてきたのには訳がある。
彼女は、彼女いない歴を、自分の年齢とともに重ねている男子たちの間で行われているランキングの常に上位にいるという噂。そしてモデルやアイドルにスカウトされたという噂がある。
要するに『美少女』だ。
そんな彼女が昼休み、屋上への階段の踊り場で聡に何か渡していたらしい。
あくまで「何か」をだ。
「ふーん」
私は特に気にしなかった。
だけど──
ぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎいいいいいいい。
私の中で何かが捻じ曲がる音がする。
なぜだろう。なんかあいつに負けた気がする。
教室では男子も騒いでいた。それは解る。相手が美少女の小林亜里沙なのだから。よりによってなぜあの小林亜里沙なのか。彼女ならもっと『上』を目指せるだろうに……。
クラスがざわめく中、聡が教室に戻ってきて、一瞬、し……んとなる。
気のせいか聡の耳たぶが赤くなっている。クラス中のみんながそれとなく聡を見ている。聡は視線を感じているのか、気づいていないのか、ぎこちなく席についた。不自然に姿勢を正し、黒板を見つめて座っていた。
わかりやすい奴。
小林亜里沙が聡に気があったのは本当のことだったらしい。
それからも『調理実習の後、小林亜里沙は一ノ瀬君に赤のチェックのランチクロスに包まれた「何か」を渡していた』とか、『部活の帰り、小林亜里沙が一ノ瀬君をまちぶせして一緒に帰った』とか。『でも小林亜里沙と一ノ瀬君は付き合ってはいないらしい』と。
ご丁寧に成美はその都度私に教えてくれる。
成美の話によれば、聡は女子の間で『上』に入るらしい。聡が注目されるようになったのは水泳大会からだと言う。
水泳大会……。ね。
9月の初めに開かれたクラス対抗の水泳大会。
水泳部の聡は選手として出場することはできない。朝から聡の姿はなかった。一年生の水泳部員は裏方を任されている。
そんな彼らは、模範演技として休憩時間に泳ぎを披露していた。
「あっ、次、一ノ瀬君じゃない? ほら」
成美が指さす先。6コースの飛び込み台に聡が立っていた。その姿に一瞬、息をのんだ。
次の瞬間。スタートの合図が鳴った。並んだ足が一斉に飛び込み台を蹴り上げたと思うと、揃って水を散らすことなくプールの中に吸い込まれるように飛び込んでいく。
無駄な水しぶきも無駄な音もしない。しなやかに伸びた腕が、切先のようにひとつにそろった指から水に滑り込む。頭から足の先まで真っすぐに伸びた体が力強いひとかきで進んでいく。真上から照りつける真夏の太陽とプールサイドからの光を反射して、飛び散る水しぶきがまぶしい。ターンをする聡の身体に泡がまとわりつく。壁を蹴ってその泡から抜け出すと、まるで海の生き物のように滑らかに加速していく。
綺麗。
プールサイドを囲む全校生徒の声援も、隣で何か話している成美の声も私の耳には入ってこなかった。
静寂の中を泳ぐ聡。その姿に目を奪われた。そのとき、私の意識の中には聡しかいなかった。
ゴールタッチをした聡がゴーグルを外す。とたんに私の耳に音が入ってきた。私の目に景色が戻った。
「凄いね。一ノ瀬君! 上級生を抜いて1位だったんじゃない?」
成美が興奮して飛び跳ねるようにして私の腕に手を絡めてきた。
私は聡だけを見ていたから順位がわからなかった。順位など関係なかった。私はただ聡がプールから上がるのを目で追っていた。
体から滴り落ちる水と汗。スイミングキャップをとり、塩素と日焼けで変色した聡の琥珀色の髪についた水滴がガラスを散らしたように光る。顔にまとわりついた水を払う腕に浮き上がった筋肉の筋。
大きく呼吸をするたびに上下する胸と、割れた腹筋。滑らかな曲線を描く、筋肉の隆起したふくらはぎと対照的に引き締まった細い足首。
私より小さかった聡。
いつの間に……。
幼馴染と高校で再会して偶然同じクラスで席が近くなったら……これはもう恋に発展するでしょ? 三話