レモンタルトとおわりのない国
レモンタルトを作る、きみが、呼吸に色を添えて薄紫色の花、咲く。
おわりのない国にいるひとたちのことを、ときどき想います。永遠に続く生、果てることのない命を得たひとびとの、精神状態が正常であることを願っていたのはわたしのおじいちゃんです。わたしのおじいちゃんは、おわりのない国には行きませんでした。わたしも、おじいちゃんが行かなかったので行きませんでした。わたしのお父さんや、お母さんは行きましたが。
そして、きみもまた、おわりを選んだひとでしたね。
わたしときみの生活は、おわります。いずれ、おわるのです。おわると思うと、きみのことが、ますます愛しく思えました。おわらないでほしいとも思うし、きみにはおわりのない国で生きてほしい、とも思いました。
(いいえ)
ほんとうはわたしと一緒におわってほしい、おわってからもわたしのそばにいてほしい、そうとも思いました。
海の水が光っています。
十六時に海の水が光るとき、おわりのない国への扉が開きます。わたしたちはたまに、それを眺めます。海の上に浮かんだ扉の先へ進むと、わたしの家族がいます。きみの家族も。
「あそこに、みんないるんだね」
「そうだね」
「げんきかな」
「そりゃ、げんきでしょ」
「死なないからね」
「そう、死への恐怖がないから」
「怯える夜もない」
わたしときみは、海が見える小さな丘の上で、きみが作ったレモンタルトを食べながら、そんな会話をしていました。いつも、おなじようなことを話していたような気がします。十六時の、おわりのない国への扉を眺めているときの、わたしときみは、まるでセリフをインプットされたロボットのように。
おわりを迎えたおじいちゃんの眠っているところには、薄紫色の花が咲いています。
きみの作ったレモンタルトをはじめて食べたとき、こんな美味しいものは生まれてはじめてだと、感動しながらパクパク食べていたことを思い出します。
「あそこに行きたいと思うこと、ある?」
きみは、ききました。
ときどき、おずおずと、不安そうに、わたしにたずねました。
「わたしは、きみがいるところにしか行きたくない」
そう答えて、わたしはきみの手を、握るのでした。
微かにレモンの香りがする、手を。
レモンタルトとおわりのない国