はい、句。
その1
二人して自爆装置を押す夜明け
部屋干しの衣服が香る日曜日
ついに君もどらぬままに雪がふる
さみしさを飲みこむ朝のカプチーノ
盛り場のネオンの色にそまる雪
万歳と叫び倒れた二等兵
きみを抱く乾いた街のただ中で
あの夏に君がいちずに追った蝶
ポケットにつめたきカイロのみのこる
凍空や針葉樹林をゆく列車
地球儀のごとく地球が暮れかかる
うら若き看守 国家の靴の音
校庭に人の影なし晩夏光
夏草やかつて凶器を埋めた場所
折鶴が畳に落ちて夏終わる
ここにある我の手を見るつくづく見る
アルバムを閉じて窓辺に夕迫る
落日や海女の乳房の小麦色
「武士道」のあとがきを読む残暑かな
喪失よ熱砂を歩くものがあり
珈琲の色濃き味の晩夏光
朝焼けや用途不明の我であり
七月やバジルを使う肉料理
背泳ぎでどこまでもゆく空がある
少年にリンドバーグの空があり
巻尺のからんだままの日曜日
空砲をさびしき天に三度撃つ
その2
麦笛や耳をすまして吹きにけり
夕暮れのクロール25メートル
永き夜の長き煙草の白き灰
バス停やふたたび来ないものを待つ
未知数を数えなおしている九月
十二月テールライトが遠くなる
窓辺りの鉢に小さき秋がくる
小春日や諏訪湖のみえるパーキング
停まらないエレベーターの中にゐる
円周を走り続けて年の夜
寄せ鍋や二人で生きてきた時間
山眠る次郎の小屋の薄明かり
標本の蝶がふたたび舞ふ時刻
駄菓子屋のつぶれずにまだ一葉忌
キャバクラのネオン明滅する聖夜
凍蝶のままで終わるのかもしれず
春燈や日暮れはなぜにさびしいか
永日や女優が足の爪を切る
占いや今日はさみしき日だといふ
初夏や青いシューズが砂利を踏む
実那さんの涼しき白き夏帽子
春昼やいづれの道も西へ行く
四月といふ空に真白き飛行船
七月や終着駅に立つてゐる
返信の来ない夜明けが窓に来る
乃木坂の夜を過ぎゆく散水車
教科書に蛍光ペンを引きて夏
木漏れ日の欠片がひとつ落ちにけり
まるきものもてあそぶ夜の孤独かな
その3
ファインダーの中のしあわせごっこかな
耳たぶのなんと冷たき雪女郎
だれからもメールの来ない日のテラス
十月の名もなき友の名もない忌
かなかなやかなかなかなと消えゆけり
葛飾に春めく色のアドバルーン
薄氷や削除しかけてゐた時間
赤色の花瓶が一つ多喜二の忌
啓蟄やライブハウスの開演す
立春やリハビリ室の戸を開く
赤色のパプリカに黒い穴があく
エノラゲイリトルボーイを投下します
亡命の船やイルカにみちびかれ
I love you too と手を振るターミナル
ドラえもんのいない世界の新学期
わが胸にエロスのありて花吹雪
カルピスや思慕する人のいる二月
ブランコが揺れるあなたのいない午後
母子像の見あげる空へ渡る鳥
ぱちぱちとレコードの鳴る暮秋かな
あかあかと夕陽のせまるシーサイド
七月の改札口を出て左
向日葵や過剰な愛を捨てにゆく
新宿で火刑となりし少女かな
加速する想いのありて夏真昼
頑としてゆずらぬ青きキャベツかな
開かない蜆の殻の中の闇
点滴のしずくの中の夕陽かな
その4
内側の窓の汚れや雨の朝
初恋やカボチャの馬車が走り出す
トランプのハートで浅く切るまぶた
息白き別れの朝のモノレール
セーターの値札が風にゆれる午後
かけよって君にささやく冬の朝
煉炭を囲んで自殺友の会
屠殺所に引かれる牛の生きた夏
マリモかもしれぬ前世をなつかしむ
味のないガムを噛みすて始業式
まだ君のかおりがのこる春ショール
夕焼や足の踏み場もない都会
われ独り祈るチャペルに立つマリア
さしひけばキミとボクだけのこる式
ハチミツの色となりゆく母校かな
前髪があなたのほうへ揺れる夏
東京やエサを求めてあるく猫
空を見て空の高さを知る孤独
取締り強化の街で生きてをり
この胸の高まりをしるあなたの手
そよ風に揺れるあなたは野辺の花
二丁目の角で天使をみた子供
ヤドカリの旅立つ初夏の渚かな
夕暮れや君が手をふる坂の上
二人の手そっと離れて冬になる
豊かさや負傷している人の群れ
とある日の空席ひとついつまでも
きみの手が夜明けの空に触れてをり
春風や少女が走りぬけてゆく
その5
本当はどうしたいのか梅雨に入る
パトカーのサイレンだけが響く闇
右折でも左折でもないここからは
思い出やただ笑顔のみのこる君
夕立のあがる夕日の交差点
それだけを歌いつづける痩せた歌手
神様がいない青空だとしても
赤ちゃんが笑ふ地球の一日かな
薄物を天日干しするモネの妻
荷造りを終えてあなたは部屋をでる
炎天やタトゥーのごとき愛の文字
キッチンとナイフと誰もいない部屋
アカシアの花やショーツが濡れてゆく
わが生は破綻しており赤い酒
砂炎ゆる校庭に引く白き線
また一人闇にのまれて朝となる
夕暮れや悲しきものの後を追う
ゆっくりととまる冬日のオルゴール
溶接の火花おとしてビルが建つ
託児所の子らの眠りや昼の月
秋の日の紅茶が冷めてゆく時間
放課後に水兵リーベの船に乗る
鉄棒の黒光りして卒業す
風やまぬ砂漠をあるくテロリスト
うぶごえを抱いて幼き母となる
屋上の空を見つめる執刀医
目をカッと開いた辻のさらし首
あてもなく転がる青き星に居て
空白の多き日記を生きており
その6
像の鼻ふらりふらりと森へゆく
亡骸にかける毛布は薔薇模様
描きかけの自画像残し退学す
大洋へ母と子供のクジラかな
急行の停まらぬ駅に白い花
飛び立てぬ鴨が水路に沈む夜
湾岸やさびしき波の音を聞く
東京の海にクラゲの家族かな
マネキンが見つめる先の朧かな
埋み火や2・26に雪が降る
海鳴りや激しき愛がこすれあう
早春や無口なままの転校生
阪神を俺のチームと呼ぶ店主
まだ肌に性感帯ありハナミズキ
国民をうまくだまそう委員会
殺してとささやく人といる聖夜
磔刑のステンドグラス砕け散る
ベランダに娘の赤い下着かな
早春の小さき耳にふれてみる
凍空の億光年に星一つ
シンプルな愛のかたちという図形
逃げきれるはずだと君が言った夏
はい、句。