おとなだからって。

 朝にね、雨に濡れるとすぐ風邪をひく先生のことを考えていたのは、きのう、とつぜん、雨が降ったからで、もし先生が、きのうのとつぜんの雨に傘を持っておらず、びしょびしょに濡れて家に帰ったとしたら、きょうの先生はきっと風邪をひいているだろうなあと想像していたんだよね。案の定、校門の前で生徒指導をしていた先生は、白いマスクをしていた。登校してくる生徒にあいさつをしながら、ときどき、ごほごほと咳をした。
 まったく先生ってばもう。
 ぼくは先生に、おはようございます、とあいさつをしたあと、先生だいじょうぶですか、とたずねた。風邪、つらくないですか?
「おはよう。だいじょうぶだよ、熱はないから」
 あたりまえじゃないですか。熱があったら休まなきゃだめですよ。
「そうだよね」
と、先生は微笑んだ。マスクをしていても、微笑んだのがわかった。目が少し赤いような気がするし、潤んでいるようにも見える。そっとつかんだ先生の右手は、あたたかいし、先生は、やや困惑しているようだけれど、ぼくの手を振り払おうとはしないし、だれかが「おはよう」と言えば、だれかが「おはようございます」と返しているし、熱はないからって、たぶん嘘だな、と思いながら、ぼくは、先生の右手をはなした。
 先生がぼくのなまえを呼ぶが無視して、玄関に向かう。
 すぐに風邪をひくんだから、置き傘ぐらい、置いておけ。
 そう思いながら、きのうの雨に濡れてまだ乾いていないアスファルトの上を、ずんずん歩く。
 スニーカーの先端を見つめながら、どんどん歩く。
 背中に先生の視線を感じるけれど、振り向かない。

(だいじょうぶって、ぜんぜんだいじょうぶじゃないくせに、だいじょうぶって言われるのが、いちばん、むかつく)

 おとなだからって。
 先生だからって。

おとなだからって。

おとなだからって。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-02-07

CC BY-NC-ND
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