【夜になれば、都市伝説王とダンス1+2】

六葉翼と申します(´・ω・`)/ヨ以前掲載した【夜になれば 都市伝説王とダンス】前編大幅加筆+新作中編を新たに追加しました。都市伝説や怪談に興味あるかたない方もぜひにとお願い致しますm(_ _)m駅を題材にして「人にとって駅とは何か?」というテーマで話を始めた私ですが各作品特に関連はありません(〃^ー^〃)一行からでも読んで頂ければ幸いです(〃^ー^〃)

【前編~西八王子駅スーサイドメモリーズ~】



「御主人様・・」

儚く、か細く、宙を舞う言葉。綿毛のように耳朶を擽る。御主人様ではなく「御愁傷様」と言ったようにも聞こえた。

どこかで誰かが見てるアニメの音声が漏れたのか、それとも駅前でチラシを配るメイドでもいるのか・・でも、ここは秋葉原ではない。

御主人様なんてこの国ではもはや耳慣れた言葉だ。耳慣れた言葉だけど実際はコスプレしたり制服だったりのニセ物こそが本物の付喪神が跋扈する国なのだ。

いずれにしても自分は誰かに御主人様呼ばわりされる人間じゃない。現在にも未来にも乗り遅れた哀れな男だ。軽く首をふって逃げるように改札に向かう階段を駆け降りる。


西八王子駅の改札を出た宮沢の胸に街のの風とは別のふわりとした思いが去来した。

都会で田舎呼ばわりされる街や駅に降り立つと地方出身者の宮沢は思うのだ。

「これのどこが田舎なんだ」

八王子にしてもここ西八王子駅にしても印象は同じで、ここは田舎ではなく都心から離れた郊外であって、けしてひなびているのでも寂れているのでもなく、整然としてはいても乗降客は数は多い。

ただ都心部より閑静なだけなのだ。

賑わいの多い西口前は到着する列車の車窓からも見える。

バスタ―ミナルのど真中に建てられた都内で有名な歯科医院の、悪趣味で胡散臭い赤文字の看板が街の景観を著しく損ねているのを目にすることになる。

およそ病院とは思えないような看板と狸のオブジェはここ以外でもよく見かけるが原宿や歌舞伎町や渋谷の雑沓のそれよりさらに異様に思えた。

街並みにあっては露悪的で醜悪な人工物に自然の森の中で出会したような気分にさせられた。

それ以外は路上に軒を連ねる店舗は都心で見慣れた看板ばかりで安心する。

特別な買い物や用事でもない限り充分にこの街で自分のような人間は不自由なく暮らしていけるではないか。

もっとも都心部に住む人間からすれば平素どうしても八王子に来なければという理由もないので田舎扱いされるのも仕方ない話だ。西八王子ならなおのこと。

高尾山を目指して登山が目的で通過するなら話は別だが。まあ標高599メートルの山がある都会なんてないのだから。

それでも東口の改札を出た宮沢は、自分が生まれ育った市の簡素な駅舎や寂れた街並と、都会の駅との差を思わずにはいられなかった。

宮沢自身は別に八王子や西八王子をバカにしているわけではなく寧ろこの地をリスペクトしていた。

八王子は古から民間伝承や伝説の宝庫として知られている。なにしろ名前があのスサノオノミコトの八人の子供に由来するのだ。

スサノオは日本神話屈指の荒ぶる神として怖れられたばかりか、生まれた八王子はそろいもそろって祟り神だというのだから素敵過ぎる。

よくそんな縁起でもない名前を街の名前にしたものだ。

人間で言えば「悪魔君」とか。八王子を外国人に英語で説明したら「ネクロノポリス」とかになるのだろうか。

他にも道子堂跡、旧小峰トンネル、八王子城と滝山の城跡、真の道、上柚木公園・・枚挙にいとまなしとはこのことだ。まさに八王子は怪異のアミューズメントパークと呼んでも過言ではない。

心霊スポットマニアの大学の先輩はそうした理由から「いつかは八王子に住みたい」と公言していたくらいだ。

有名な高尾山は今でも天狗の棲らしい。

「深えな八王子」

宮沢はそんなことをつらつら考えながら東口の駅を出た。どこまでも続く線路の交差と年期を感じさせる貨車や高圧線やパンタグラフ、どこかで見たような駅裏の風景が目の前に広がる。

日本中どこの駅も街も似たりよったりの印象だ。しかし宮沢のそれは既視感と呼べる類いのものではなかった。

宮沢は以前この街を訪れていた。確かにこの街の駅で降りこの道を歩いた。

風景はその時のままだ。宮沢はそれから自分だけだけが変わってしまったのだという思いにかられた。

死のうと思っていた。

「そうだ西八王子駅で死のう」

今の宮沢はあの頃とは違い死にとり憑かれれた自殺志願者であった。

この西八王子駅のホームから飛び込み自殺を試みようと思い立ち、新宿から中央快速に乗り塒のある駅を通り過ぎてここまでやって来た。


自殺する人間の動機は人それぞれだ。自殺者たちの多くが生と死の境界線を越える決定的な理由は結局誰にもわからない。死にたくなるような理由はあっても実際死ぬとなると話は別だ。

宮沢自身も日常の様々な不運が多重債務を引き起こした結果、それでも他者から見れば『死ぬには値しないだろう』と思う日々を送るうち、いつか生きる心が機能不全を起こしていた。

線路と車道を跨いで山の稜線のように見えて来る高校の校舎の輪郭。この通りが学園通りと呼ばれる由縁だ。

生徒たちが通学に利用する道ということも配慮されてなのか、このての場所で必ず見かける自殺防止を呼びかける看板の類は一つも見かけない。

たとえそれらを目にしたとしても今の自分の虚ろな心にはけして響かないのだろうと宮沢は思った。

宮沢は大学を卒業して僅か一年という若さにも関わらず、すっかり生きることに疲れ果ててしまっていた。

もはや押し返す力は今の自分には残っていないような気がしていた。

西八王子は宮沢には懐かしい思い出のある場所だった。大学時代仲間とこの付近を散策した。

宮沢は大学時代【都市伝説研究会】というサークルに在籍していた。

名前通りに都内で不穏で不可解な都市伝説を一つ一つ訪れては検証するというオカルト趣味なサークルであった。

「民俗学や昔から伝わる民間伝承もその時代に生まれたいわば都市伝説である」

それが都市伝説サークルの掲げる理念であり。

「つまり現代社会に派生した現代の都市伝説の中にも時を経て語り次がれ、百年先には民間伝承となるものが必ずあるはずだ。これらを精査し検証するは未来の民俗学と呼ばれる学門足り得る崇高なフィールドワークなのである!」

それは上級生の打ち上げでよく聞く口上だった。しかし実態は飲む口実に皆で集り怪しげな噂のある街のスポットをたずね歩き、それを肴に飲む、というが主な活動内容だった。

宮沢も同期の仲間もそんなサクールの理念と伝統を正しく受け継ぎ大いに出かけては飲んだ。

宮沢はそこで人生の中で大切だと思う恋人も友人たちにも出会うことが出来きた。大学生活は実りあるものだった。

今思えば輝いていた。そんな時代はすぐ手の届く目と鼻の先にあるようで、それらはすべて二度と戻らない過去のガラクタになっていた。

一方で宮沢は小説家になりたいという夢を中学時代から描いていた。

もともと読書好きではあったが純文学志向の固い文学青年ではなかった。昔から面白い小説、エンターテイメント性のある作家や小説を好んで読んだ。

一般常識や受験のために教科書に載るような文豪の作品も読むには読んだが自分にはしっくり来なかった。

小説は楽しむためのもので、自分がもし小説家になるとしたら、偉人のように崇められる作家よりも、出来ればライトノベルの作家になりたいと思っていた。

宮沢の在籍した大学には純文学や作家を志す者が集まる同人やサークルも存在した。数多くの作家を輩出した歴史があり、現在活躍する人気作家の何人かもそのOBであることも勿論知っていた。

そうした場所に身を置くことを宮沢はあえて意図的に避けた。同じ大学出身の先輩作家の作品には共感出来ず「自分ならもっともっと面白い作品が書けるはずだ」そんな年相応の根拠のないプライドや自負が宮沢にもあった。

「どうせ入るなら後でネタに出来るような、しょーもないサークルがいいな」

そう心密かに思った。たとえ猫のヒゲ一本ほどの面白味しかなくても自分の小説脳と感性なら宝石のようなエピソードに仕立ててみせる。そんな自信がなぜか宮沢の胸には常に渦を巻いていた。

しかしそれなら堅苦しいイメージのある純文学系のサークルでもよさそうなものだ。それを友人に突っ込まれるといつも笑って答えた。

「それでも面白そうなやつがいそうな場所の方がいいじゃないか!」

都市伝説研究会という一見真面目なのか不真面目なのかわからないサークルは決して異質でも突飛でもなく、むしろ中途半端な感じがすると宮沢は思った。

「そういう微妙なところを選ぶのもセンスのうちなんだよね」

宮沢とはそういう男だった。

思いに耽るようにホームで死にそびれた男が歩く。

日はとうに暮れていた。やはりひらけているとはいえ駅前から離れると人通りもなく寂しい街だった。

目映い駅や広場の明りから遠ざかる度、歩数を一つ重ねる度に周囲の闇は濃さを増す。

遠くに高層マンションの明りが見える。狭い国道を挟んで病院のようにひっそりと佇むのは全国でも知らぬ者はいないと言われるスポーツの強豪校だった。

スポーツの強豪であるのにも関わらずこの学校にはプールがない。それがこの街の駅を降りてすぐに出会う都市伝説だ。

あまり公式には発表したくない数字だろうがここ西八王子駅は東京中の駅で年間の飛び込み件数が断トツのトップ、全国ランキングでも二位だ。

昼間は立教大に向かうバスに乗るための学生などの乗降客の数は多い。とはいえ新宿駅や東京駅とはやはり比較にならない。しかしそれら日本一の乗客がある新宿や東京や品川に毎年ダブルスコアの差をつけて夥しい自殺者数を叩き出す。

ここは自殺の名所なのだ。勿論飛び込み自殺が多い駅は都内に他にもあるが西八王子駅はその中でもずば抜けた身投げのメッカだった。

しかも不可解なのは自殺志願者がわざわざこの東京の外れにある終着駅手前駅のここのホームを選んで飛び込みをしている点だった。

この駅で死を選らんだ者の中で地元に住む人間の数は全体の五パーセント未満。それ以外のほとんどは市外それも東京以外の地方から訪れた人間が占めていた。

地方からの出張で、あるいは東京に住む友人や親族を訪ねて、帰ることなく此処で死ぬ。それらの人々は西八王子駅まで足をのばす理由がない者ばかりだった。

ふと一人になった時この駅で降りて死を選ぶ。列車に飛び込んだ自殺者の多くは家族や友人に調査しても死を選んだ明確な理由は結局わからずじまいなのだ。

結局は衝動。やっちまったかそうでないか、自殺志願者の生死を別けるのはそれだけだと宮沢は思う。どちらが結局さいわいなのかは死んでみなければわからない。

学園通りを暫く歩く。ほどなく高校前にある今は閉鎖された、そのすじではかなり有名な開かずの【元学園通り踏切り】が姿を現す。

場所柄からか他では見かけない特別太い赤白ストライプの遮断機の棒が殊更意味ありげに見えてしまう。

八王子から来る列車は手前が急カーブになっているため、ふいに飛び込む自殺者に運転士が対応出来ない。

まさに身投げにするはうってつけの場所なのだ。今は踏切りの前はフェンスで封鎖され横断出来なくなっている。

余計な詮索など必要ない。ここがどんな場所であるかはこの踏切りが如実に物語っていた。

宮沢のようにホームで飛び込むことをやめた人間はここから車輛に飛び込む。ここもまた駅に負けず劣らず自殺の名所だった。

ホームからのホーリーダイブしそこねた死にぞこないも此方の踏切りがしっかりと受け止める。

蔓延する死は何処までも女神の慈悲のような掌をのばして哀れな自殺者を抱き止めようとするのだ。

「こっちの方がたちが悪いかもな」

ポケットの中の煙草とライターを探りながら踏切り付近にある跨線橋の階段を上る。

何年前に作られた建造物かは詳しくは知らない。おそらく自殺者が多発する踏切りを封鎖せざるを得なかったお役所が道を歩行横断する市民のために建設したのだろう。

そこまでしなくてはならないほど此処は過去に陰惨な事故が起きている証でもあった。

橋には【なかよしこ線橋】という名前がつけられていた。日暮れ時のせいか仲間と訪れた昼間とは明らかに空気が違う気がした。

橋の欄干に凭れ両腕を投げ出す恰好で、宮沢は天をあおぎ、紫煙を吐き出した。なけなしの小銭を集めて買った煙草もそれで終いだった。

視界の先には風葬地帯を思わせる興岳寺があり、野晒しの墓石が一面に広がる。

跨線橋を過ぎて暫く線路と国道20号沿いに歩けば萌え寺。看板に描かれたお好みの女の子たちがお出迎えしてくれる。

さらに歩くと住民が高層ビル反対のための看板に否が応でも目に止まる。殴り書きされた文字が小学校の教室の習字のように隙間なく貼られた塀に行き着く。

【お金は一時、日陰は一生、お金は一時日陰は一生・・】

頭の中でリフレインが止まらない。電波系の文字がずらりと並び弱り萎えた脳と心にはかなり有害に思えた。

「セーブポイントはこの先にある」

三井はそう宮沢に言ったものだ。指し示すその先にあるのは八王子ラーメンの有名店の看板の文字が輝いていた。

湯気の向こうにラ―メンの映が目に浮かぶ。八王子ラーメンは地元八王子を代表するご当地ラーメンだ。

歴史は昭和36年に八王子市北野駅前にあった惣菜屋が区画整理のため子安町に移転しラーメン屋として新たに開店する際に出されたのが元祖とされている。

八王子を代表するラーメンではあるが東京を代表するラーメンとして雑誌やテレビで特集されることはあまりない。

地元の人々の認識もおそらくそんな認識だろう。東京ではファッション同様食も流行の中でうつろいやすい。

特にラーメンのような値段も安価で手軽に食べられる料理は競争も激しく五年前行列が出来ていた人気店でも、たとえ味が落ちていなくても客に飽きられ廃業する店が東京では少なくない。

八王子ラーメはそんな巷の流行に左右されず 地元で愛され根を下ろして来た。

話題になっている有名店が出来たら躊躇いなくそちらに浮気されるが自然と脳の記憶や舌の味覚はその味を覚えていてまた食べたくなる。そんなラーメンだった。

醤油ベースのタレに中太の中華麺にチャーシューやメンマがのっているのは昔ながらの中華そばと変わりはない。一見普通の中華そばに見える。

八王子ラーメンには刻んだ玉葱と謎の透明な油脂が浮いているのが特徴だ。

玉葱が入っているせいか脂との口当たりがよく食べやすい。スープはきりりとした醤油の味よりも角がなくまろやかで仄かな甘さが口に残る。

食べ飽きることがない優しい味でほっとする。地元の人には子供の時に母親が作ってくれた味噌汁や惣菜と同じ感覚で、食べたら「あ―これこれ!!」と思わず言ってしまうような、ど定番の味なのだろう。

初めて食べた時も宮沢はどこか懐かしさを感じた。ほっとする味だった。

この場所には呪詛を用いて人に詛いや仇なす仕掛けなどない。すべては人の暮らしを考えた結果のことだ。

駅にしろ踏切りにしろ学校にしろに人の善意が利便性が具現化したものだ。

しかし不幸な事故が累なるうちにここは死を誘発する忌地のように世間から噂されるエリアになった。

そこを通り抜けて腹が鳴る音でも聞いてあのラーメン屋の暖簾をくぐれるようであれば、多分人は死の影から一時は逃れられるのだろう。

「そんな単純なものですか?」

問われたらおそらく「そうだ」と宮沢は答えただろう。

人が死を思い止まる理由なんてそんな単純なことなのだ。些細なことで己の愚かさや矛盾を一度でも笑ってしまおうものならもう死ぬことなんて出来ない。

しかし宮沢はこの先を抜けてラーメンなど食う気にはならなかった。

「この先にあるラーメン屋に行ってみようぜ!!」

あの時そう言って鞄から出したガイドブックを叩いて白い歯を見せたのは親友の三井了輔だった。だから行かない。

わかっていても宮沢はそちらに足を向ける気にはならなかった。

消えかけた最後の一本を肺の奥まで深く吸い込み鉄の手すりに吸殻を押しつけた。宮沢には幽霊は見えない。

見えたら色々便利なのにと時には思ったが残年ながら霊感と呼べる類のものは自分にはまったく縁がない。

橋の向こうの学園通りに見えるのは幽霊ではなく過去の幻影だった。

踏切りの前ではしゃぐ過去たち。彼らの幻を思い描いて宮沢は今の
自分こそが幽霊のような存在に思えて来るのだった。

「さては不穏な場所を荒らし過ぎたか」

過去の自分に忠告してやりたかったが時既に遅しと自分でもわかっていた。

まさかあの時戯れに都市伝説や怪異の尻尾を追い回していた自分が間もなくそれその物になろうとしているなんて思いもしなかった。

「どこで間違えたか」

巡らす思いを絶ちきるように八王子行きの列車が通過するシグナルと踏切りの警笛が鳴り響いた。

【一年前】

「おお!ここだ!?由奈ちゃんここ、ここだ!!ここ!!!」

「三井~心霊スポットであんまりはしゃぐもんじゃないよ!?」

「由奈・・了輔はいつでもどこでもこのテンションだよ」

そう言って宮沢は少しのび過ぎて鬱陶しく思えて来た前髪を掻き上げた。


【夜が来れば 都市伝説の王【中編】西八王子駅ス―サイド パンデミック】

どこで間違えたのだろう。

思えば暗いアスファルトや机ばかり見ているような高校時代だった。

もともと宮沢は暗い性格ではなかった。学校での成績は常に上位だった。

これまで大病や怪我もなければ酷いいじめにあったり不登校になるようなこともなかった。比較的平穏で無風で時には退屈とも思えるような学生生活を送れていた。

特に中学三年の時には恩師にもクラスメ―トたちにも恵まれていた。

クラスの中で場を明るくしたり皆を笑わせるようなタイプではけしてなかった。生来の読書好きで他の生徒よりも智識が豊富な宮沢は穏やかな性格の話好きな少年でもあった。

面白いラノベ作品はすぐアニメ化されたしそれらをすべて読んでいる宮沢はすぐ話の中心になった。クラスメ―トたちとはよくその話題で盛り上がった。

そしてラノベより同級生たちが熱心に聞きたがったのは実話系の怪談話だった。それらの話を多く知る宮沢少年は一目おかれる存在だった。宮沢の仕入れた怪談はリアルですごく怖いと評判だった。

この年頃の子は自分同様に皆怪談話が好きなのだと宮沢はその時に思った。そして話をする時の注意事項も自然と学んだ。興醒めする嘘話に人は敏感だ。

辻褄が合わなかったり矛盾があるとすぐ指摘されたり突込みが入る。

だからと言って昔からあるきっちり最後にネタばらしをする話はあまり喜ばれなかった。

「怖い話は苦手」という女子も「夜トイレ行けなくなるだろうが」文句を言う男子生徒も中にはいた。話が佳境に入る時には皆が怖さで悲鳴を漏らしたり気味悪そうな表情を浮かべた。

それでも友人たちは目を輝かせ熱心に耳を傾け聞いていた。けして宮沢の席から離れようとはしなかった。

それが宮沢に恍惚に似た興奮を呼び起こした。自らが物語の語りべとなることの悦びをそこに見出だした。その経験こそが自分の原点だと宮沢は考えている。

同時に怪談や都市伝説を語る上で犯してはいけない致命的なミスがあることにも気がついた。

それは整合性や矛盾を欠くことと余計な親切心である。

怪異そのものが整合性や矛盾を欠くものであるのは間違いない。

たとえば不孝にして怪異に遭遇してそのために命を落すことになるような犠牲者当人の視点で語れば「では誰がその話を他者に話したのか?」という単純な疑問が生じる。あまりに初歩的過ぎるミスだが途中で気がついても手遅れだ。

その場合は当事者よりも第三者の視点が必要なのだ。旅館やホテルで怪異に遭遇してフロントや女将にかけあったら「実は」「誰にも言わないで下さいね」と怪異のネタをあっさり明かしてくれた。

そんな親切な展開はまず起きないし必要ない。宿泊施設で自殺や殺人が起きた部屋を客に告知する義務はない。

現場検証が済めば翌日からでも部屋に客を入れても構わない。まして不利益になる情報を客に伝えるような親切な宿泊施設などない。リアリティに欠ける。

せいぜい首をかしげたり部屋を一通り調べた後ですぐ別の部屋に替えてくれたという展開の方がリアルである。

ある日突然に予期せぬ不運に見舞われて人は死ぬ。通り魔やテロや危険な薬物中毒者が横行する現代。怪異に遭遇してわけもわからず恐ろしい体験をして理由も解らないまま終わる。

わけのわからない事件を引き起こすような人間が多くいる世の中でそいつらががやがて死んで理不尽な怪異となって現れる。そちらの方がずっとリアルだ。

きちんと答え合わせがある話よりもそちらの方がよほど現代人の共感を呼ぶことを宮沢は知っていた。クイズの答えや問題をすぐに忘れてしまうのはそこに答えがあるからだ。解けない謎はいつまでも人の心に棲みついて離れない。

宮沢はむしろそうした話が好みだった。人が死ぬ理由や発端など聞いてしまえばどれも知れたものなのだ。

今の自分がそうであるように。それが故か宮沢は一度訪れたこの地を気に入っていた。

刑場や墓地や火葬場跡地等々。怪異が起きると云われる歴史的な事実や因縁や裏づけがある土地を巡り検証して原稿に起こすことも勿論好きだ。

しかし鉄道の線路が敷かれて以来、何時から人が我先にと飛び込むようになったのか?検証不可能と思えるこのような場所にもまた、たまらない魅力を感じてしまうのだ。

そこには不可解であるが故に様々な想像の翼を広げることが出来る豊かな物語の空間や土壌が残されいたからだ。こうした活動を気心の知れた学友たちと思う存分出来た自分は実に幸せだった。

どこで間違えた。

高校時代の宮沢は暗かった。まるでオセロのように世界は反転した。中学時代ほど幸せで笑いに満ちた学生生活ではなかった。

人を笑わせたり陽気にさせる芸人のような気質では元々なかった。進学した高校にも尚更そのような人間はいなかった。入り込む余地がなかったと言うべきだろうか。

高校を受験するにあたり進学先に頭を悩ませるような事はなかった。進学に重要な校内の定期試験の結果は上々だった。

その結果自分が受験したい高校に願書を提出来る圏内に留まる事も出来ていた。しかしそれとは別の全国一斉テストの成績が異常に良かった。

たまたまその時の試験に塾でやった模擬テストや参考書に載っていた類以問題が多く出題されていたからだ。

それを解くのも実力とは言え思わぬところで実力以上の結果が出てしまった。

「たまたま運がよかっただけだ」

宮沢はそう考えていた。そのおかげで宮沢は学校や担任から県でもトッブ高の受験を進められた。全国一斉試験で上位の成績を取った宮沢には充分その資格があるという話だった。

「うちの中学から五年か十年の間に受験者が出ればいい高校だ。学校としても名誉な事だしダメもとで受験してみろ」

そう担任にも肩を叩かれた。ダメもととは随分失礼な話だとは思った。

けれど元々の志願校を滑り止めにしてというのはそう悪い気分ではなかった。

結果補欠ながらも合格することが出来た。それは端から見れば大変な快挙で幸運なことに間違いなかった。

しかしおかげで高校在学中ずっと宮沢は大きなコンプレックスに苛まれる事となった。勉強しても成績はいつも伸び悩んだ。

テストでは中学時代と変わらぬ点数は取れていた。しかしそれは宮沢の進学した高校では平均点かそれ以下だった。

テストの平均点が五十点の学校なら八十点平均を取れば成績は勿論上位だ。しかし平均点八十点の学校では僅かな点差で下位をさ迷うことになる。

宮沢はその中で三年間足掻き続けた。中々良い結果は出なかった。

元々宮沢より偏差値が高い生徒ばかりが県内外から集まった学校だったからだ。

劣等感から自然と無口で暗い表情を張りつけたまま高校時代は過ぎた。それでもなんとか希望の大学には進学出来た。

国公立への進学が多い中で宮沢の進学先は私大であったがそれでも志望した大学の一つに進学出来たことに宮沢は安堵した。

大学に進学した宮沢はそれまで低迷していた高校時代もさほど暗黒時代ではなかったと思うようになっていた。

「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」

ベ―ト―ベンだってそう言ってる。その言葉通り宮沢はそれまでの鬱憤を晴らすように大学生活を謳歌した。

端から見れば下らないと思うことでも全力でやった。結果生涯通じてつき合いたいと思う友人たちにも恵まれた。

宮沢たちが在学中サ―クルで発表したレポートもゼミの教授の目にとまり高く評価され卒業論文にすることを勧められた。全力でやったら結果もついて来た。

率直に言って最高だった。

間違っていなかったはずだ。

白色の中には黒が潜んでいる。でなければ無垢に見える白も輝かない。

どこで間違えた。


「こっちからこっちへ飛んだのよね」

水場から飛び立つ鳥のように高梨由奈の白い指先が宙を泳いだ。

閉鎖された踏切から国道を挟んで建つ高舎からの斜影を指して制止する。

そう、上位の怪異は通り魔ではなく伝播する。本格的かつ学術的な民族学の研究でも、自分たちのような怪談めいた都市伝説サ―クルでも、けして触れることが出来ない禁忌というものがある。

それは呪詛である。呪詛に纏わる古来より呪詛を生業とする家。その存在は歴史上存在は数多確認されているが戦後の研究はまったく進んでいない。

同様に呪詛にの餌食となって衰退や離散したと言われる家族や家屋敷の調査もまたオカルト研究者から民族学者の間でも実はタブ―とされている。

和紙に書かれた文や言の葉のように一度かけられた呪詛とは成就した後もけして消えることはない。上位の怪異は伝播する。

風評などの人の口や空気を通り拡散するのではない。呪詛は人から人へと人伝に伝わるものなのだ。

高梨由奈の指先を見つめながら宮沢はそんなことを頭に思い描いた。

彼女の指先は時おり頬に触れ掌はこれ以上ない優しさと慈愛こめて彼の手を包みそれ以外の部分に触れることもあった。

記憶の中にはまだ彼女のひんやりとした指の冷たさや温もりが残っていた。宮沢の背中を押してここまで来たのも彼女の見えない指先だったかもしれない。

「ここスポ―ツの超名門高なのにプ―ルがないのよね」

由奈の言葉に宮沢は軽く頷いた。

「へ~なんで!?スポ―ツの名門でしょ?水泳部とかないの?体育の授業水泳なし?女子の水着とか見れないじゃん!ん?」

同級生の三井了輔の言葉に由奈は少し苛ついたように頬をひくひくさせた。

「あのね・・今は事後確認中なんだけど!了ちゃんなんにも調べて来てないの!?私が事前に渡しておいたテキストちゃんと読んだ!?」

「この先にある八王子ラ―メンの草分け店なら調査したぞ!」

「分ける草が違う!」

「元々この学校にはプ―ルがあったし今も昔も水泳部はインターハイの常連だ」

宮沢が助け船を出すように言った。

「でもプ―ルがないのにどうやって練習するのさ?」

「近くのスボ―ツジムと契約してて体育の授業もそこでやるらしいんだ」

「私立の高校ってそんなに金あるんだ!?俺んとこ なんか都立だったから校舎とか古くてぼろぼろだったけどなあ」

「まあ名門だからね。OBとかの寄付も多いんじゃないの・・」

「ならプ―ルぐらい作れるべ」

「だから最初はあったんだって!ちゃんとリサ―チしときなさいよ」

「ちょうどそのあたりかな・・今は花梨や芝が植えてあるだろ?」

「本当だ!あそこだけ古墳の丘みたいに盛り上がってら」

「解体の途中で埋めたんだ」

「そのまま土をかけたのね」

「なんでプ―ル埋めたの?古くて危険なら直せばいいじゃん」

「飛び込んだんたよ」

「夏休みの夜とかに・・?こっそり泳いだ?女の子とか誘って」

「ばか!あんたじゃあるまいし」

「遺体の一部がだよ」

「げ」

「ネットでも結構有名な話よ」

「あくまでネットなんかに上がっている都市伝説として聞いてくれ」

そう言って宮沢は了輔に話の概要をかいつまんで話して聞かせた。それは以前この踏切がフェンスで閉鎖される前に起きた一件の人身事故だった。

一人の自殺志願者がこの踏切から列車に身を投げた。

「性別は不明だが列車に轢かれた遺体の一部が学校のフェンスを越えてそこにあったプ―ルに飛び込んだんだ」

「頭部だったと言われてるの」

「そんな飛ぶもんなのか?学校の敷地まで結構距離あると思うけど」

「ない話じゃない・・トラックと軽が衝突するような酷い自動車事故なら運転者の首が飛ぶようなこともあるし、タイヤに弾かれた小石で窓硝子が割れたなんて例もある。まして列車に正面衝突したら人間の体なんて虫みたいなもんだろ」

しかしこれは学校側にしてみればとんだとばっちりの貰い事故のようなものだった。あくまでもそれは学校の外で起きた事故で校内の生徒が溺れて亡くなった訳でもない。

事故はあくまで学校の敷地外で起きた。亡くなったのは外部の縁も縁も人間だった。

警察に報告した後現場検証が終われば速やかにプ―ルからは水が抜かれ、何らかの殺菌薬品が撒かれ、処置が済んだ後は通常通りプ―ルとして使用出来たはずだ。

「でもその後夏になってプ―ルを使用する度にそれまで起きなかった事故が多発するようになったの」

水泳の授業や水泳部の部活動中に溺れる生徒が続出した。

「溺れた生徒は皆『なにかに足を引っ張られた』と話すようになって・・教室の窓から『プ―ルの底に人がいるを見た』という生徒が騒ぎ出したり、排水溝の中に人の顔があったとか、水抜掃除の時遺体の一部が排水溝に残っていたとか、そうなるともう集団ヒステリ―とかパニック状態よね」

「学校側は生徒に『風評に惑わされないように』と注意喚起を促したがそれでも水泳の授業を欠席する生徒が多発したらしい」

「それでも学校は生徒の訴えを無視し
続けた、まあ認める訳にはいかないないだろうけどな」

部活中に溺れた女子水泳部員が部活を休部して退部届を提出するという事態にまで発展した。

その生徒は事故後も復帰して部活動を続けていたがその間水中で「何度も怖い思いをした」と語っている。

退部届を出した女子生徒はオリンピックのJr.強化選手にも選出されていた。その他にも有望な選手が部を辞めたいと次々に申し出て来た。

「幼稚園時代から水泳をやって来た私たちがそんなに簡単に溺れると思いますか?」

そんな生徒たちの訴えを学校がそのまま受け入れた訳ではない。いつの時代も学校がそんなオカルトじみた話を認めるはずがなかった。

あくまで老朽化による整備と工場という理由で学校のプ―ルは閉鎖され全体がブル―シ―トで覆われた。

「以来この学校のプ―ルは整備されるどころか、いつの間にか埋め立てられてなくなってしまったの」

「埋め立てた?」

「本当は放置している間に本当に老朽化が進んで危険なので業者に頼んで解体工事を始めたんだけど、ここでも作業員の間で事故が多発したらしく仕方なくそのまま土砂をかけて埋めてしまったというのが真相らしいわ」

「なるほど!それでこの学校にはプ―ルがなくなって水泳の授業も水泳部も廃部になってと・・これは中々の都市伝説じゃないの!?」

「・・今でも水泳部は絶賛継続中でインターハイの常連よ!水泳の授業だってちゃんとあるし、『あんたが可愛い!可愛い!』ってテレビ見て騒いでたあの水泳選手の女の子だってこの学校に出身なんだから!」

「それって」

「この学校には長年プ―ルがない。近隣のスボ―ツクラブのプ―ルを貸切にして体育の授業や部活の練習にあてているんだ。水泳部の生徒は会員費用を学校が負担して好きな時に自主練が出来るようにしているらしい」

「そんなん毎年やるの莫大な金じゃねえの!?プ―ル作った方がいいって」

「そこがこの話のきもで、信憑性というかリアリティがある部分なんだ。でなければ何処にでもある学校の怪談に過ぎないだろ?」

「実際似たような話で私の卒業した高校もプ―ルがなくて、以前はあったらしいけどプ―ルを作ったのが戦時中の防空壕の跡地で防空頭巾を被った女の子が云々・・とかでプ―ルがなくなったとかいう話」

「なるほど!学校がスボ―ツの超名門で水泳部も強豪で資金も潤沢なのにプ―ルがないというミステリ―なんだ!ようやく理解したぜ!!!」

「次からは来る前に知っておこうね!まったくあんた検証のフィ―ルドワ―クと飲み会しか顔出さないんだから」

「来るだけましだろ?にしてもよく調べてるね~さすが都市伝説王子と呼ばれるだけある!立派だ!実に立派!!」

「都市伝説王子ってあんまり嬉しくないんだけど・・それにここまでリサ―チ出来たのは由奈の手柄だよ」

「大学にもこの高校の卒業生はいるからね。そういう人たちに一人一人話を聞いて、紹介してもらった過去の水泳部のOBの人たちからも話を聞けたし」

「ほえ~俺が留守中にそんな地道な活動を!うちのサ―クル結構まともじゃん!?」

「居ろよ!」

「実際、由奈がよくやってくれてるから、うちは成り立っているんだよ」

そう言って宮沢は由奈の髪に手をのばした。

「子供あつかいしないの」

そう言って由奈は不機嫌そうに首を振る。いつもの由奈の仕種だった。

二人きりの時は宮沢に髪を撫でられるのがとても好きと言って猫みたいに目を細めていた。

その時の由奈は差しのべた宮沢の手をすり抜けてから鼻に皺を寄せて微笑んだ。そんな彼女が眩しく見えた。

サ―クルの説明会で始めて彼女に会ってから宮沢は彼女にずっと一目惚れしたままだ。あれから時は流れて彼女は大人の女性らしい所作も見せるようにもなった。それでも今もこれから先も彼女と歩みを進めていける。そう信じていた。

今もそこにいけば彼女に出会えるような気がしていた。記憶の中のかつての恋人の笑顔が今でも鮮明に宮沢の心に灼きついていた。

「この学校の話小説になりそう?」

大きな鳶色の瞳が覗き込む。

「ああ、由奈のおかげでそっちもいけそうだな」

「なら良かった!」

由奈がリサ―チしてくれたこの学校に纏わる怪談は宮沢の手で小説になり、その年の大手出版社のライトノベルの公募に佳作入選した。

大賞こそ逃したものの担当の編集者から連絡が来て好意的な評価と的確なアドバイスも貰えた。卒業前には了輔と由奈がささやかな祝いの宴の席も用意してくれた。涙が出るくらい嬉しかったことを覚えている。

どこで間違えた。

それともこの時既に始まっていたのか。

どこで俺の人生は歯車が狂った。

今一人になってこの場所に来てみたところでその答を見つける事は出来なかった。

「ここ十年間のこの駅での自殺者の統計をとってみたところで自殺者と場所の因果関係なんて立証出来ないのよね」

「死人に口無しだからな」

「死んだ人のコメントとか取れたらね」

残念ながら宮沢にも他の二人にも霊感と呼べる類いのものは皆無だった。

「こんな場所で見えたら見えたでかなり嫌だけどね」

テレビや出版社の企画なら高名な霊能者でも呼んでそれらしいコメントでも言って貰えればレポートにも箔もつくだろう。しかし残念ながら大学の貧乏サ―クルにそんな予算は望むべくもない。

「線路に鎌を持ったでかい死神が見えますとか!」

「いいぞ了輔!」

「怪異は電車に乗ってやって来る・・とかどう!?」

「ちょっと!心霊漫画や小説と混同しないで!」

「でも、ここで起きてる自殺は駅からはみ出して、踏切から高校にも伝幡してる。拡散と言うべきかな」

この学校で目撃された怪異も実は一人じゃなくて性別も年齢もばらばらという話はそういうことなのか。

「部長は上位の怪異は人伝えに障るって言ってたけど、それって私たちも例外じゃないのよね」

「相手が不可視だからいつ障られたかなんてわからないけどね」

「帰りにお払いとかしていく?」

場の雰囲気もあって少し不安気な由奈の表情を見て宮沢は頷いた。

八王子には百以上の社が存在しその中でも取り分け高名で霊験あらたかな神社の名前を宮沢は知っていた。

それでも宮沢は由奈に訊ねた。

「どこか近場でお払いみたいことしてくれる神社とかあるかな」

由奈はすぐに目を輝かせて言った。

「それなら八幡八雲神社か高尾山薬王院かな、あと子安神社も有能って話」

「さすが由奈」

彼女が名前を挙げた神社の名前に宮沢は満足して頷いた。

どれも日本各地に大小合わせれば十万社以上あるといわれる神道系の社の中でも取り分けトップクラスの祭祀施設だ。

ちょっと学生がひやかしで訪れたような心霊スポット巡りの後でお払いに行くには格式が高過ぎるような場所だ。

「もともと八幡八神神社は八幡神社と八神神社という二つの神社が合祀した神社で八神神社の祭神はあの素盞鳴尊。八幡神社の祭神は八王子創始の地主神、誉田別尊で、八王子の地名発生の神とも言われているんだ」

「なんだ、部長知ってんじゃん!」

「へぇー、なんか強力そうなコンボだな!チ―トって言うか・・ずるいな」

「お払いしてもらうのにチ―トで何が悪いの!?」

由奈は了輔の顔を見て呆れたように言った。

「ちなみに八幡神社は、開運・厄除・家内安全・交通安全・安産・縁結び・学業成就などのご神徳があります。」

「ようするに万能はわけね」

由奈は名前が挙がった神社のお払いの予約の受付、連絡方法、ここからの交通アクセスまでしっかり調査済みだった。

「そこまではさすがに俺も・・由奈がいてくれて本当に助かるよ」

「俺もラ―メンの店調べたぞ!」

「全部歴史があって見て廻りたいけど由奈、日が暮れるまでに帰れそうな場所ピックアップしてくれ。あと出来れば真の道にも足をのばしてみたい」

「ラーメン!ラーメン!」

「はいはい・・今度時間がある時二人でゆっくり廻りますか」

「今二人って言った?」

「出来れば心霊スポット以外が私はいいんだけど、お払いした後で心霊スポット行ったら意味ないと思うんだよね」

「ちなみに由奈ちゃん、お払い代って高いの?」

「今挙げた三つだと最安で三千円から一番高いのは級式にもよるけど最高値で三万くらいかな、あくまで気持ちだけどね」

「俺三千円も払えないよ」

「呪われてあれ」

「そんな殺生な」

「金がないやつは呪われてあれ!あんたこの間の飲み会の立て替えもまだ貰ってないんだけど」

「地獄のさたも金次第かよ、まったく神様も世知辛いよな、あ!地獄は仏教だから関係ないのか!助かった!」

「なんて救いのない男」

「悪いけど今は神仏分離の世の中じゃないから関係無いとは言えない」

「山薬王院なんか高尾山がミシュランに載って御祈祷料三千円は破格だと思う」

「山食えないのにミシュランとか俺もう価値観わかんないですけど」

「とりあえず薬師如来と安産祈願や水子供養は場所も遠いし今は縁がないから」

「自然と絞れたな」

「そっちは二つとも御守りとかステッカ―すごい可愛いんだよね」

「すごく可愛いお守りとか効果あんの」

「今度ゆっくり行こう」

「安産祈願とか」

「ばか!」

「早くラ―メン食いに行こうぜ!」

そんな他愛ない話をしながらその場を後にした。

「ラ―メン食って厄払いだ」

「あんたの名前は都市伝説的には不吉だから改名しないと厄払い効かないよ」

由奈は意地悪そうに笑って了輔の腰のあたりを指でつついた。

「あんたの名前についてる了輔の了って本当は子供につけちゃいけない超不吉な文字って知ってた?」

「え・・初耳なんだけど」

「了って終わりって意味でしょ?小説とかの最後につける了、校了の了」

「それぐらい知ってるぞ!男らしくて潔くていい字じゃないか!?」

「了って古来から首がない赤子を模した象形文字が由来で死んだ子供を現す不吉な文字と云われているの」

「げ!もう何してくれてるだよ~家の両親・・親父はITだから漢字とか拘りないの知ってるけど、ちゃんと調べてからつけろよ息子の漢字~」

「よ!歩く都市伝説!」

「そんなの・・一生凹むわ!」

「了」

「終わった」

「了、それこそ都市伝説なんだよ!由奈は少しからかい過ぎだぞ」

宮沢は子供に諭すように優しく説明した。

「世間一般で言われてるように子供の名前には避ける漢字は確かに存在する。けど了輔のは違う、了が不吉な文字というは民間の噂から波及した迷信の類いなんだよ」

「うう・・本当かい?」

「しかし噂はすごい力を持っている」

「由奈」

「むしろ了は人の心を了と書く。人の気持ちを慮ることが出来る人という意味で子供に名をつける。いい名前だよ了輔」

「ていう話をこの間部長に聞いたの、良かったね了ちゃん!」

「由奈・・お前知っててわざと!?ラ―メン奢れ!餃子にライスもつけろよ!!」

そう言って了輔は由奈に掴みかかる。

「了輔は名前の通りのやつだ」

宮沢はじゃれて揉み合いする二人を見て思った。普段の言動や見た目はちゃらちゃらしていて軽薄な男に見えた。

しかし了輔はいつも他人の表情や気持ちの変化には人一倍敏感で誰より気を使える人間だった。

サ―クルの活動の内容が内容だけに暗鬱な雰囲気の場所に出会す機会も稀ではない。時には場の雰囲気に呑まれて気分を悪くする女子部員もいた。

いつも了輔はふざけたりつまらない冗談を言っては場の雰囲気を明るくしてくれた。本当は頭がよくて気配りが出来る男だと宮沢は思っていた。

目的に向き合うと集中し過ぎるあまり周りのことが見えなくなる。そんな自分の欠点をこの二人はいつも助けてくれた。

二人ともかけがえのないメンバ―で親友と恋人だった。

「二人ともいいかげんにしないとラ―メン屋行く前に日が暮れちまう。俺は腹が減った」

宮沢の言葉に二人は猫のじゃれ合いのような痴話喧嘩を止めて言った。

「王子がご立腹いや、ご空腹だ・・俺も腹がへった」

「おなかすいたね」

笑顔で由奈は宮沢と了輔と二人の腕に手を回して歩き始めた。

「ごめん・・ちょっと電話来た!」

「生理来た!」

「ばあか!」

由奈は乱暴に了輔の腕を振り解くとその場を少し離れた。水槽の中の魚のように何ごとか口を動かしながらフェンスの手前まで小走りに駆けた。

遠ざかる由奈のデニム生地に包まれた小ぶりな尻が揺れていた。

宮沢は未来について思う。彼女の尻を見て未来のことを考えたわけではない。

由奈の手に携帯端末は握られていなかった。ハンズフリ―ではない。

それは衝撃的でも圧倒的でもない未来だった。今は現実の洋服を着て立つ姿。

じわりじわりと以前から予告されていて実現し、もはや絵空事ではなくなった。

今空を見上げるようにして誰かと会話している由奈。彼女の頭にも宮沢や了輔の頭蓋の中にも軽量化された携帯端末が埋め込まれていた。

中学時代から本好きで作家志望の少年だった宮沢のインデックスには古典と呼ばれるSF小説が数多くあった。

ある古典の名作SFを手にしてからそのジャンルを好んで読むようになった。

今も昔も海外のSF小説の翻訳は良質とは言えない。それでも宮沢は一時期熱心にそれらの作品を読み漁った。

そこには自分同様に生きている間には到底辿り着けない未来の世界や異星への旅に思いを馳せ描こうとした。想像の羽根を精一杯広げた作家たちの情熱や魂に触れることが出来たからだ。

そして今も昔も過去の未来視や先達が思い描いた世界は実現していない。

個人所有の車が都心の渋滞から解放されて自由に空を飛び回る未来。

車の運転は完全自動化され世の中には人と見分けがつかないAIが人間に代わって労働をこなす。

そんな未来の兆しは垣間見えても完全に実現されたわけではない。

相変わらず人は車に乗り仕事場に出向き、列車は今日も人を乗せて線路の上を走っている。

恒星間を行き来する有人ロケットは飛び立ったという話もなく。

居心地の悪いロケットに大金を叩いて乗せられた酔狂な金持ちが大気圏の外に出て月を周回して帰還したとか。今のところその程度のニュ―スが流れるのを目にするだけに留まっている。

企業や富豪が最先端の自立思考型AIを搭載した人型のロボットを購入したとか、言われたところでそれは人間に隷属するようプログラミングされたアルゴリズムの市松人形。高価な機械の玩具に過ぎなかった。

かつて科学者たちが警鐘を鳴らしたような人と同等かそれ以上の存在となり得るとはとても思えない代物だった。

人の存在を脅かす物など人の手による研究開発の段階で実用化など認可されるはずかないと今では誰もが思っていた。

急速に進む科学の進歩は常に手元にある身近な家電品のあってもなくても別に困らない機能や携帯端末に集約された。

次の進歩はICチップの軽量化まで辛抱強く待つのが約束された未来だ。

今でも人は米をといだり湯を自分の手で器に注いでいる。そんな今を宮沢は仲間や恋人と生きていた。

おそらくは自分が生きている間も昔読んだような劇的で圧倒的な未来を目にすることはないだろうと宮沢は考えた。

実際今も友人となんら科学的根拠もないような都市伝説を追いかけ回しているのだから。それでもその時そこにいた宮沢の心は充たされていた。

未来に不安など感じることはなかった。ささやかでも文明や科学の進歩とは異なる希望や未来は自分たちの中にこそ確かにある。そう信じて疑わなかった。

それから一年の歳月が流れた。

一年後の未来に宮沢はあの日と変わらぬ場所に一人で立っている。

あの日そこにいた青年は一人で胸に溢れる希望ではなく死への憧憬だけを子犬のよう大事そうに胸に抱えて立ちつくしていた。

次の上り線と下り線の列車が通りに風を運んで来るはずだった。そのどちらの車両にも自分の席はないと宮沢は知っていた。

日が落ちた線路沿いの歩道に風は吹かなかった。奇妙な風景だった。

郊外とはいえ日暮れ時でまだまだ終電の時間にはほど遠い時刻。この時間に列車の往来が途絶えることなど考えられなこい。

「何処かで事故でもあったのか」

すぐに宮沢は理解した。自分よりも先客が駅のホ―ムから身を投げた。

だから列車は駅で足止めされて動かない。自殺の名所ならばありうる話だ。

少なくとも他の駅よりもその可能性は高い。だからといって宮沢はその場に行って見る気にもならなかった。

都市伝説のマニアではあるが野次馬ではない。そんなことをしなくても何れ自分が経験することだ。わざわざ確認することもない。

ふと宮沢は視線を感じて辺りを見渡した。遠くに自転車に子供を乗せた買い物帰りの主婦や通りを歩く人影も疎らで誰もこちらを見ている者などいなかった。

ふと顔を上げた時一人の少女と視線が合った。校舎裏と宮沢の立っている歩道を分ける金網のフェンスに身を預けるようにしてこちらを見下ろしている少女。

一人ではなく数名同じ制服を着た少女たちの姿がそこにあった。宵闇に溶けて同化してしまいそうな濃紺のプレザ―にスカ―トと同じ柄の紫のチェックのスカ―ト。皆が同じように髪を染めるでもなく黒髪のショ―トカットだった。その制服には見覚えがあった。小説の参考にするためにネットで検索した。間違いなくこの学校の生徒たちの制服だった。少女たちは歩道の男よりも駅方面が気になるようで視線は遠くそちらを向いていた。宮沢と目が合った少女の一人が制服のポケットから携帯を取出し誰かと笑顔で話を始めた。

「もし」

「あんたそんな化石使ってんの?」

「買いかえなよ」

他の女の子たちの間で軽い失笑が漏れた。

「買ってくんないんだよ!部活あるしバイト出来ないし結構愛着あるし」

幽霊じゃなかった。少女たちの仕種や声を聞いて宮沢は我ながら馬鹿なことを考えたものだと気恥ずかしくなった。よく見れば制服の中に混じってジャ―ジ姿の生徒もいる。

「そう言えばここはスポ―ツの名門だったな」

街で見かける女子校生よりもスカ―トの丈も短くないし皆が大人しめで古風な学生の印象なのは運動部の生徒たちなのかもしれない。

「依理まだ駅についてないって」

携帯をポケットにしまいながら生徒の一人が言った。

「そう、よかった」

安堵する声。

「なんなんだろうね」

「あの・・すみません」

宮沢は思いきって女子生徒たちに声をかけた。

「駅の方でなにかあったんですか?」

ふいに見知らぬ男に声をかけられ女子生徒たちは暫く顔を見合わせ沈黙した後で疑わしそうな目で宮沢を見た。

「友だちと駅ではぐれてさがしているんですけど・・繋がらなくて!」

そんな嘘が口から溢れた。

「やばくない」

「やばいよね」

少女たちが口々にそう呟く。確かに宮沢はこれから自殺を試みようとしているやばいやつには違いない。しかし少女たちは宮沢のことをやばいと言ったわけではなかった。

「集団自殺」

「そこの駅のホ―ムで」

「集団自殺!?」

一人ではなく集団でホ―ムから列車に飛び込んだ。

「お友だちと連絡取れないんですかあ」

やや間延びした声に宮沢は頷いた。

「よくわからないけど一般の人に混ざってうちの学校の生徒も飛び降りたって」

「今学校大騒ぎで先生たちも混乱してて」

「もうわけわかんない!」

「私帰り駅使うんだけどどうしよう!」

「学校から集団下校の指示もあって」

「部活も中止だってさ」

「そんなの当たり前・・ってことはうちの既に生徒やってんじゃん!?」

女子生徒たちの声は徐々に熱を帯びそこにいる宮沢の存在などもはや眼中にないように思えた。まるでセイレムの魔女狩りのようにふとしたことがきっかけで誰もがアビゲイル ウイリアムズになり得るというこだ。

「この学校でプ―ルの幽霊騒動が起きた時もこんな感じで始まったのだろうな」

宮沢は目の前で嬉しげに噂の火種に枝をくべる少女たちを見て思った。

「お前たち何してる下校の放送聞かなかったのか!?」

遠くから男性教諭の一喝する声が響くと忽ち宮沢を残して少女たちは四散した。

「お友だち無事に見つかるといいね」

背中でそんな声を聞いた。西八王子駅残のホ―ムは新宿方面行きと高尾山行きの相対二車線で上りと下りのホ―ムは別れている。どちらのホ―ムで飛び込みがあったにせよ確認しなければ。列車が動くまでは帰れない。

「自分は帰ろうとしてるのか?今更帰る場所などないのに」

自嘲気味に顔に笑みを浮かべ宮沢は駅に向かって歩きだす。ついでにコ―トのポケットを探ってみたが煙草は既に空だった。

遠くでサイレンの音がする。上り線なのかそれとも下りか線なのか。

あの生徒たちの話が本当ならば集団で一斉に人が飛び降りた方のホ―ムは夥しい肉片や飛び散った人間の血液の飛沫でひどいことになっているかもしれない。

宮沢の目の前で閉じたままの開かずの踏切のシグナルが目覚めたように赤光を放ちけたたましい音をたて点滅を繰り返す。

高尾山の表示をつけた車両が宮沢のいる踏切の近くまでゆっくり車輪を軋ませ後退るのを見た。

人を轢いたのは反対側のホ―ムの車両に間違いない。これから車庫に入り職員が列車の底や輪にへばりついた人間の名残を回収するのだろう。

宮沢の立っている新宿方面行きのホ―ムは実害を逃れたようだ。

遺体の回収と警察の検証が済み次第運行は再開されるはずだ。

車両が路線を外れ車庫に移動するのを見届けることもなく宮沢は駅に向かって歩き始めた。

鳴り止まないシグナルとサイレンの音。

暗がりから現れた野次馬たちの人影が興奮した口調で宮沢を追い越していった。

「御主人様」

駅の階段を降りるときに聞いた声が耳許で囁いた。振り返るとそこにいたのはメイド服に身を包んだブロンドに碧い瞳の細身の少女だった。

「お前なのか」

目の前の少女は異邦人に違いない。19世紀に英国メイドが身につけていた衣裳にはほど遠い無惨な姿をしていた。

フレンチスタイルを安物のフリルやサテン生地と扇情の糸で縫製した所謂店でよく見る擬物のメイド服だった。

しかし悪趣味であるがゆえ彼女の美しさは一層に際立って見えた。そこにいるべきはずでないものあるべきはずでないもの。つまり怪異そのものであり勿論この世のものではないと宮沢は直感的に思った。

「お前なのか?」

宮沢は駅のホ―ムある方角を見て言った。不可視であるはずの存在が今、目の前に姿を現した。

「あれはお前がやらかしたことなのか」

それまでにも多くの人の命を呑み込んで闇へ葬ってきた。人にはけして見えざるものが今自分の前に姿を現した。

それは自分の死期が間近に迫っていることを嫌が応でも宮沢に知らせる。

彼女こそが都市伝説の根源そのものであり王であるならば抗う術を知らない。

それでも宮沢には心臓が鼓動を止めるまでに彼女に聞いてみたいことが山ほどあった。手に汗が滲み鼓動は早鐘を打つ。

しかし宮沢の顔は愉悦に似た表情が浮かんでいた。ようやく追い求めた想い人に巡り合えた。そんな男の顔だった。

「今も昔も、そして俺を此処に導いたのも、全部お前の仕業なのか」

「御主人様」

彼女の薄い唇が綻んでそう答えた。まるで幼子が玩具や菓子をねだるような甘美な舌を転がす鈴の音色。

「御愁傷」

しかし宮沢には彼女が確かにそう呟いたように思えた。ようやく会えた。


俺は間違っていなかった。


【後編 西八王子駅ス―サイド ランデブ―に続く】

【夜になれば、都市伝説王とダンス1+2】

駅とは何てえらそーな前書き書いてますが私インドアなんで普段ほとんど動きませんの(´・ω・`)書いてて八王子ラーメン本当に食べたくなった・・八王子行ったことないけど。

【夜になれば、都市伝説王とダンス1+2】

ファンタジーやホラー小説映画が好きな方とは作品どもども仲良くなれそうな気がします(〃^ー^〃)よろしくお願い致しますm(_ _)m

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更新日
登録日
2019-02-07

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