君の声は僕の声 第五章 1 ─冒険の始まり─
冒険の始まり
「何これ? 美味しそう」
都から帰った聡と秀蓮は、さっそく寮を訪ねた。瑛仁が持たせてくれたお土産の焼きお菓子を談話室のテーブルに広げ、冷たいお茶を飲みながら流芳が目を輝かせた。
「美味い!」
喜ぶ流芳に、秀蓮が「僕はいいから」と言って自分の分を差し出した。それを見ていた麻柊が必死に自分を指さす。「俺にも」と言っているらしい。本気でじゃんけんをするふたりを横目に櫂が口を開いた。
「で、どうだったんだ?」
「うん。遺跡に関する書物に地図。それから陵墓の鍵をもらってきたよ」
書物と地図をテーブルに広げた秀蓮に、透馬が眉をひそめた。
「秀蓮、君はそれらを誰からもらってきたんだ。陵墓には見張りがいるんだろう? 子供だけで入れるのかい? 危険はないのか?」
お菓子を奪い合っていた流芳と麻柊も、きっぱりと問いかけた透馬の言葉に顔を見合わせた。そっと秀蓮の顔色をうかがう。
「君が知っている事すべて話してもらえるかな」
透馬が遠慮のない目を秀蓮へと向けた。流芳と麻柊の表情に緊張が走る。
秀蓮に疑問をぶつけたかったのは透馬だけではない。流芳と麻柊もふたりが都へ行っている間、櫂に幾度となく問い詰めたことがある。だが、櫂の返事はいつもこうだった。
「秀蓮に聞け」
三人は秀蓮がここへ来ることを待っていた。だが、実際本人を目の前にして疑問を口にするのは何故かはばかられた。が、透馬ははっきりと訊ねた。
張りつめた緊張を解くように、秀蓮は穏やかに三人に笑いかける。
そして語り始めた。
櫂は腕を組んでソファに身を沈め、俯くようにして秀蓮の話に耳を傾けた。
秀蓮は、自分が侍医の父親について城へ出入りしていたこと。その時に城に保管されている歴史書を読んだこと。帝が『成長がしない』こと。幼馴染の皇太后から帝のことを頼まれたこと。それから、KMCと玖那政府との関係、それに伴って予想される国の情勢。それらを全て話した。
「見張りについては大丈夫だ。皇太后からこれをもらっている」
そう言って印章が付された皇太后直筆の手紙を見せた。
琉芳たちは口を半開きにしたまま青くなっている。
秀蓮の話は理解できる。だが、話が大きすぎて実感が伴わない。流芳と麻柊は、半分ずつにしたお菓子を手にしたまま、崩れかけて手のひらから零れそうになっているのも気づかずに、呆けた顔のまま手紙に釘付けになっていた。透馬はずっと厳しい顔つきのまま、やはり手紙を見つめている。
そんな少年たちの様子に秀蓮が頬をゆるめた。
「もともとは僕がひとりでやろうとしたことだ。KMCに忍び込んで企業秘密を盗み、それを皇太后に渡す。ただそれだけのはずだった。だから皇太后も僕に頼んだんだ。それが聡を巻き込み、櫂を巻き込み、みんなを巻き込もうとしている。玖那政府まで絡んでくるなんて、僕も、皇太后も予想していなかったことだ……」
秀蓮は軽く首を横に振ると、握った拳を噛みしめた唇に押し当てて考え込んだ。
「玖那政府は何が目的なの? この国の資源? それとも……この国?」
麻柊の問いに秀蓮が顔を上げた。
「もちろんそれもあるだろうな。だけど、それだけじゃない。他にもこの国の資源を狙っている国がある。載秦国は今のところ何ともないが、近隣の小さな国は、その資源を求めてやってきた奴らに、次々と植民地にされている──」
「それって、この国もそうなっちゃうってこと?」
不安気に流芳が口にした。
「今すぐにどうこうなることはないだろう。──でも、帝のことが知られたら、帝を『国を滅ぼす悪魔』に仕立て上げて、この国にクーデターを仕掛け、国が割れている隙に乗っ取っとることは考えられる。──それと」
言いにくそうな秀蓮に代わり、腕を組んでソファに深くもたれていた櫂が、かったるそうに言った。
「玖那の目的はおまえだろう」
少年たちの視線が櫂に集中した。先ほどから黙って聞いていた聡は、その視線をゆっくり秀蓮に移した。秀蓮は涼しい目で櫂を見つめながらきまり悪そうに笑った。
「秀蓮は皇太后と幼馴染なんだ」
櫂の言葉に透馬の顔が険しくなった。麻柊と流芳は、櫂の言った意味がわからずに、首をかしげている。
「皇太后は帝の曾ばあさんだ」
櫂が背もたれから体を起こして静かにそう言うと、みんなはっとして息を呑んだ。帝の曾祖母と幼馴染ということは、秀蓮もそれ相応の歳ということだ。麻柊と流芳はここへ来て約一年。透馬は聡の兄の慎と同い年だから五年くらいである。秀蓮がそんなに長い時間同じ姿でいたと知り、だれもが言葉を失った。
三人の反応に、櫂が皮肉な笑みを浮かべて声を落とす。
「KMCが俺たちの体を『健康診断』と称して執拗に調べている。働きに見合わない多額の手当と贅沢な環境は、俺たちや家族を大人しくさせて手元に置いておくため……だけど、俺たちよりもあいつらが欲しいのは、秀蓮の『不老の血』だ……。『不老不死』を手に入れたものはどうなる? じいさんばあさんになりたくない奴らがいっせいにそれを欲しがるだろうな。この国に埋もれている資源なんかより、よっぽど魅力的だ」
「はっ!」と、鼻であしらうように笑うと、櫂はソファに背を投げた。
一同はしんと静まり返ってしまった。
玖那政府が秀蓮の『血』を欲しがっている……。
「でも」
重い空気の中、ずっと黙っていた聡が口を開いた。
「陵墓へ行くだけなら大丈夫だ。あそこはこの国の人間だって入れないんだ。玖那人が入ることはできない。いくらなんでも、よその国の聖地を侵すほど馬鹿じゃないだろう?」
聡は睨みつけるように櫂を見た。
「たとえ軍に追われたって僕は行くよ」
聡を見つめていた秀蓮の口もとが緩む。
櫂は聡の今まで見せたことのない威圧的な態度にニヤリと笑い「まあ、陵墓には軍はやってこないだろうけどな……俺は行く」とみんなを見渡した。
「僕も」透馬が続いた。
「僕だって行くよ」流芳が立ち上がって言った。みんなの視線が自然と麻柊に向いた。
「な、なんだよ。先に言えば言いってもんでもないだろう。行くに決まってるじゃないか。玖那政府がなんだ。KMCなんて怖くないさ」
麻柊がむきになる。
「陵墓の中はKMCより怖いぞ?」
櫂の言葉の意味がわからずに麻柊が眉を寄せた。
櫂と流芳がニヤニヤと笑い始めた。聡と透馬は苦笑いしている。
「麻柊が怖いのは、お・ば・け!」
流芳が言い、みんなはどっと笑った。赤くなった麻柊は何も言い返すことができず、口をへの字に曲げ、もの言いたげに流芳を睨みつけた。
「あいつに話したのか?」
仏頂面の麻柊が聡に頭をなでられているのを見つめながら、秀蓮の耳もとで櫂がささやいた。
「あいつ、変わったな」
「──ああ」
麻柊の横で笑っている聡に目を細めて、秀蓮が小さく答えた。
※ ※ ※
寮を後にした聡と秀蓮の目に、門に寄りかかる人影が映った。顔を出したのは杏樹だ。おずおず出てくると、「もう帰っちゃうの? また来てくれる?」と下を向いたまま恥ずかしそうに口にした。
「心……?」
聡が名前を口にすると、心は心細げなつまらなそうな目で聡を見つめた。そんな心に秀蓮が近づき、「僕たちと一緒に来るかい?」と誘った。
心がはじかれるように顔を上げた。「いいの?」と嬉しそうに聞くと、秀蓮は笑って頷いた。
「だ、大丈夫なの?」
秀蓮の突然の誘いに、聡はぽかんとなる。
「先に行ってて。櫂に話してくる」
秀蓮はそう言って寮に引き返して行った。
聡は秀蓮の後ろ姿からそっと心へと視線を移した。
──寮のほうは『外泊』にしておけばいいとして、玲たちは今のこの状況を見ているのだろうか? 『心』は僕たちについてきたいのかもしれないが、ずっと心でいるわけではないだろう。杏樹の中には陽大もマリアも、あの玲もいるのだ。自分の知らない間に勝手なことをされたら、玲は当然面白くないに決まっている。面倒なことにならなければいいが……
聡の戸惑いを感じとって、心はうつむいてもじもじしている。
──この子は『心』なんだ。玲でも杏樹でもない。
「行こう」
聡は微笑んで手を差し出した。心はにっこり笑って駆けてくると、嬉しそうに聡の手をぎゅっと握りしめた。
君の声は僕の声 第五章 1 ─冒険の始まり─