白雪姫は世界で一番

睡密堂古書店

物語改変 if 白雪姫のお話〜軽いお話です


『ーー昔々、真冬の頃、鳥の羽のような雪が空から降っていた時、一人の女王様が黒檀の窓枠に腰かけて、縫い物をしていました。
女王様は窓から雪を見た拍子に針で指を刺してしまい、三滴の血が雪の上に落ちました。赤い血は白い雪の上でとても綺麗に見えたので、女王様は思いました。
「雪のように白く、唇は血のように赤く、黒檀の木のように黒い髪をした娘が欲しい」それから間もなく女の子が生まれました。』

「……普通ね」

女王様は生まれた我が子を胸に懐き、しみじみとおっしゃいました。

「まあ、そんなものよね」
「お母様!」

この国ではありふれた茶色の髪の娘は、特別赤くもない唇を三日月の形にして微笑みました。
薄くそばかすが見えてきた肌を陽に晒し、一目散に駆けてくる娘。

「白雪姫」

黒檀の窓枠にもたれながら、青白い顔をして女王様は我が胸に飛び込んできた娘を抱きとめました。

「姫様!王妃様はお身体の具合が優れないのですからそのように勢いよく飛びついてはなりません!」
「ごめんなさい……お母様」
「いいのよ、いつもの事だから」

跳ね回る白雪姫を慌てて追いかけていた従者が、息せき切ってやって来ました。
毎日の事なので女王様は慣れたものですが、従者は少々哀れだと、心の優しい女王様は思いました。

「白雪姫を……よろしくお願い……しま……す」
「王妃!」
「お母様!」

ある夏の日、女王様は呆気なく亡くなりました。
もともと身体の弱かった女王様は、名前だけは望み通りつけさせて貰った一人遺される姫を、夫である王様に託して逝きました。
それが当たり前の時代、王様は間もなく新しい王妃様を迎えました。

「白……雪姫?」
「はい、お母様?」
「いえ、なんでもありませんわ」

美しい金の髪、白い肌、赤い唇。
新しい王妃様は、女王様に似ていました。
最も、その辺の姫君や隣国の王妃達、貴族の娘達にも似ていました。

「……普通ね」

新しい女王様は、前の女王様と同じ眼差しで白雪姫をこっそりと見つめ、同じ口調でひっそりと呟きました。
白雪姫は、父である王様が治める自分の生まれたこの国の娘達によく似ていました。

「鏡よ鏡……世界で一番美しいのはだあれ?」
「それは女王様でございます」

幾度の冬の日を重ね、春の日を越え、夏の日、秋の日が過ぎていった春の日のうららかな午後。
柔らかな風の中聴こえてくのは白雪姫の笑い声。
……そして追いかける従者の慌てる声。

「いつもの事ね」

独り言には返事をくれない鏡に映る自分の姿は、嫁いで来た時と対して変わりありません。

「鏡よ鏡……世界で一番美しいのはだあれ?」
「それは女王様でございます」

紅を塗らねばあせて見えてきた唇から、ほっと安堵の溜め息を漏らす女王様。
そろそろ年頃になった白雪姫は、嫁ぎ先の国を決める頃合いになっていました。

「どこの国がいいかしら」

相変わらず独り言には返事をくれない鏡を背に、女王様はぼんやりと考えました。
できれば幸せにーーと継母の身ながら考える程には、季節を共にしてきた義理の娘です。

「……綺麗ね」

結った茶色の髪に、紅をさした唇、白粉をはたいた顔はそばかすが隠れ、いつもより綺麗に見えます。

「鏡よ鏡……世界で一番美しいのはだあれ?」
「それは本日の白雪姫でございます」
「なんですって!?」

日課の魔法の鏡への問いかけに、いつもと違う答えを返された事に女王様は激しく動揺しました。

「はい」
「それは本当なの?」
「はい。本日の白雪姫でございます」
「え……ん、本日の?」
「本日の白雪姫でございます」
「本日の……」

それは確かに、そうかもしれない。
女王様は薄暗い部屋でドレスの胸元をぎゅっと握り締めました。
ーー確かに今日の姫は、美しかった。
思わず息をのむほどに。
ーーこの鏡が名を呼ぶほどに。
王命により目一杯着飾らせられた白雪姫は、隣国の王子とその従者達に連れられ、美しい花嫁として本日めでたく嫁いで行ったのでした。

「鏡よ鏡……世界で一番美しいのは……だあれ?」

眠れぬまま朝を迎えた女王様は、薄っすらと目元に隈の浮き出たまま、魔法の鏡に問いかけます。
唾を飲む暇もなく、鏡は答えました。

「それは女王様でございます」
「もう戻ったの!?」

思いがけない返答に、女王様は訳のわからぬまま秘密の部屋の扉を開け放ち、王様の元へと全力で走りました。

「陛下!白雪姫は……」
「王妃?姫なら昨日嫁いで行ったではないか」
「……です……よ……ね……」

肩で息をする卒倒寸前の女王様を、従者達が慌てて支え飲み物を捧げ持ち、ゆったりとした椅子へと運びました。

「お化粧……していないの……?」

こぼれた疑問は喧騒によって誰も気づかぬままかき消されてゆきました。

「鏡よ鏡……世界で一番美しいのは……だあれ?」
「それは女王様でございます」

白いものの交じるようになった髪を飾りで丁寧に纏め上げ、紅を濃くさした女王様は、溜め息まじりに言いました。

「……普通ね」

いつも返される返事に、最早興味も無くなりつつある女王様はそっと踵を返し部屋を後にしました。

「……普通が一番幸せですから」

誰も居なくなった部屋、鏡の独り言は誰も聞くことはありませんでしたとさ。

めでたしめでたし。

白雪姫は世界で一番

白雪姫のアイデンティティが崩壊していますが、それもまたひとつの物語として楽しんで頂ければ幸いです。

白雪姫は世界で一番

白雪姫が白雪姫でなかった場合。 美しいものは時に不幸である。 そんなお話です。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted