先生に咲く花
午前九時、先生から電話。
「うっかり太陽の光を浴びてしまったので、助けてください」
日曜日に、なにやってるんですか、先生。
ぼくはそう思いながらも、今から行きますとだけ告げて、電話を切る。
外に出ると、世界が眩しく光っている。家の白い壁も、ポストも、自動販売機も、停めてある車も。
午前九時三十分、一度しか行ったことのない先生の住んでいるアパートに、迷わずたどり着く。
先生は、真っ暗な部屋のすみっこに、へたりと座りこんでいた。
「来ましたよ、先生」
「ああ、ごめんなさい。お休みのところ呼び出してしまい。昨晩うっかりカーテンを閉めるのを忘れてしまって、朝、起きたら、ほら、もう、」
と言い連ねる先生に近づくと、右の口元から、こめかみにかけて、薄青い色の小さな花が咲いている。
たくさん、咲いている。
午前九時四十五分、先生の顔、右半分に咲いた薄青い色の小さな花を、どんどん摘んでゆく。
曰く、ぼくに摘まれると、先生のからだに咲く花は、摘まれて息絶える運命ながら、喜ぶそうである。
「ぼくがきみのこと、好きだからですかね」
「そういうことはっきり言うの、どうかと思いますよ。先生なんですから」
そうですよねぇとくすくす笑いながらも、先生はかたく目を閉じている。花を摘むたびに、ぷち、ぷち、という音がする。それが苦手で、然して興味もない番組ばかりだけれど、テレビを点けておいてもらう。
先生の部屋は、本がたくさんあって、ほこりっぽい。
午前十時、すべての花を摘み取り、ゴミ箱に捨てる。
ほんとうは土に埋めてやりたいらしいが、ざんねんながら、このあたりはアスファルトばかりである。野原もなければ、公園すらもない。
先生が淹れたココアは、くそがつくほど甘い。閉めきられたカーテン。間接照明だけでは頼りなく、テレビの光が強い。壁をびっしりと埋める本の圧迫感により、やや息苦しい。
花をなくした先生の顔は、楽しそうである。ぼくを見つめて、楽しそうなのが、困る。なんとなくだけれど、熱い、なにかを孕んだ視線に、恥ずかしさを覚える。
「見ないでくださいよ」
「ああ、ごめんね」
けれど、先生は、ぼくを見つめることをやめず、やっぱり楽しそうである。
先生に咲く花