君の声は僕の声 第二部 ─序章─
序章
深い闇と沈黙。
硬く敷き詰められた石畳を小さな灯りが照らし出す。閉ざされていた空間に乱れた足音が冷たく響く。
軽やかな足音。ひとりではない。
複数の足音は、荒々しい息とともに徐々に大きくなった。
「あっ」
誰かがつまづいて転ぶ。
「大丈夫か」
ひとりが立ち止まって振り返った。
「急げ!」
前を走る者が怒鳴った。その声は床ばかりでなく、壁や天井にまで敷き詰められた石に反響する。急いで立ち上がると、人ひとりが通れるほどの狭い通路を再び走り出した。
ひとりが走りながら、腰に巻き付けていた皮袋を手にし、結わえた紐を解く。砂がこぼれ落ちた。走りながら砂を少しずつ落としていく。足音の消えた闇に、天の川のような緩やかな帯が残された。
ひとりの足音が止まると、続けて他の足音も止まった。
乱れた息が飛び交う。ひんやりと冷たい空気が一気に肺に入り込み、誰かが咳込んだ。
「おまえたちはここから逃げろ」
行き止まりの部屋の中、ひと息でそういうと、また肩を大きく動かしながら呼吸を繰り返す。
「でも……」
自信のなさそうな声が返ってきた。
「僕たちがここを封鎖する。おまえたちは逃げて……そして、行くんだ」
苦しい息でそこまで言うと、また大きく呼吸をする。
「いいか、上手く隠せ。絶対に人の目に触れてはいけない場所にだ」
息を吸い込み、ごくりと唾を呑みこむと、息を吐ききって声を落とす。
「いいな」
暗闇に獣のように光る琥珀色の瞳に見つめられて、少年はこくりとうなずいた。
「早く!」
「足もとに気をつけろ」
少年たちは、小さな灯りを頼りに、足のつま先で確認しながら真っ暗な階段を降りて行った。
「よし、これを戻すぞ」
手をかけようとしたそのとき、遠くから大勢の足音が、この小さな空間に届いた。
「ちっ!」
舌打ちをしながら声のする方を振り返り、少年は立ち上がった。空の布袋を投げ捨て、先ほど走ってきた通路を少しだけ戻り、自分の撒いてきた砂を睨みつける。
ポケットからふたつの石を取り出してその場にしゃがみ込むと、砂の上で石を打った。小さな火花が飛び散る。
手が震えて上手くいかない。
「落ち着け。落ち着くんだ」
自分に言い聞かせるようにつぶやきながら石を打った。
足音はすぐ近まで迫る。
手の震えは止まらない。
「落ち着け! 音は反響しているだけだ……」
震える手で何度も石を打つ。
足音とともに唸り声がすぐそこに迫ってくる。
大きな火花が散った。
砂が燃える。
砂を伝って、炎は徐々に大きくなっていく。 あっという間に炎は天井にまで燃え広がり、少年たちの走ってきた通路を、まるで巨大な蛇が荒れ狂うように這っていった。
少年は立ち上がって、燃え上がる炎を見つめた。
熱い風が少年の頬に吹きつける。
炎を見つめる琥珀色の瞳が
──赤く光った。
君の声は僕の声 第二部 ─序章─