縄文茸

草片文庫(くさびらぶんこ)

縄文茸

茸不思議小説です。縦書きでお読みください


 大学時代、歴史探索のサークルにはいっていた。同期にはいろいろな学部の学生がいて、それぞれの立場から歴史に興味をもっていた。特に仲のよかった二人は教育学部の社会学にいた坂本史郎と理学部の地学の佐々木糊人である。私は文学部の哲学科であり、三人の共通の興味は縄文時代であった。史郎は社会学的な立場からその時代の男と女の関係に興味をもっていた。糊人は古代の生物に関心をもっており、どちらかというと、進化を研究していた。縄文に関しては日本人の原点としての興味だと言っていた。私は哲学科ではあるが、美学を専攻しており、古代人類の表現を研究しようとしていて、縄文人の器の形をつくる感性には驚かされていた。
 我々三人は、大学卒業後も自分の好きな道に進んだ。皆大学院を出て、史郎は都内の大学の心理社会学科で教えており、糊人は国立の研究所で遺伝子解析を行っている。私は神奈川の大学で美術史を教えながら、表現について研究を進めている。
 ときどき、彼らとは飲むが、やはり縄文時代の話になってしまう。
 そのとき、史郎が「縄文のビーナスは見ただろう」と我々二人に聞いたが、糊人はうなずき、私は首を横に振った。
 縄文のビーナスとは長野の茅野からほぼ完璧な形で発掘された土偶で、国宝に指定されており、あまりにも有名だった。教科書にもでるほどになったものであり、知らないわけはないが、茅野に行く機会をもたなかったのである。私は、どちらかというと、西洋のもっと古い時代の壁画などのほうの専門家になっていた。
 「文也は美学専門だろ、縄文のビーナスは見なきゃだめだよ、ヨーロッパばかりじゃなくて、もっと日本のことを勉強しろよ」と史郎は怒ったように言ったものである。私は水谷文也という。
 「うん、そのうち見に行くよ」
 その時はそういったが、それから見に行くまで、五年ほど経っただろう。
 行く気になったのは、私の研究室で、卒業研究のテーマを土偶にしたいといっている学生がおり、私も見ておく必要があると思って、春休みに出かけたのである。
 茅野の縄文考古学博物館には縄文の女神、またはビーナスと呼ばれる土偶と仮面土偶と呼ばれる二体の国宝がある。住んでいる横浜から新宿にでて、中央線のあずさにのると、茅野まで一時間四十分ほどでついた。
 駅の前にあるバス券売り場で、行き方を聞き、バス乗った。バスに乗っている時間はたった二十分だが、バスの本数は信じられないほど少ない。十二時二十分のバスに乗ったのだが、帰りは十六時十五分しかない。
 田舎の町の道を行くと、停留所についた。降りるとすぐのところに博物館はあった。とてもしゃれた建物である。
 券を求めて、中にはいると、子供を連れたお母さんがかなりいる。エントランスに、子供たちがつくった、素焼きの土偶が飾られている。土偶を作る教室が行われているようだ。
 このあたりで掘り出された縄文土器がたくさん展示されているが、なかなか見事なものである。目的の土偶に行き着くまでにずいぶんたくさんの縄文土器と、小さい土偶を見ることができた。
 国宝に指定された土偶にたどり着いた。縄文のビーナスである。土偶は顔もだが、腰や尻の張り方がすごい、その出っ張り方、安定感は、やはり強い子供を産む女性の代表である。ビーナス、女神、いや人類の代表である。もう一つの三角の仮面をかぶった土偶の雰囲気はまた違った気持ちになる。
 土偶以外にも祭りに使ったといわれる棒石など、縄文人の生活を想像させる、埋蔵物もたくさんあった。
 
 次の日、久しぶりに、史郎の研究室に電話をかけてみた。時間のある時に研究室にこいというので、それから一週間後の土曜日の午後に彼の大学に顔を出すことにした。彼の研究室にいくのは二度目である。彼は心理社会学より、考古学者のように、日本のいろいろなところの土偶の発掘をしているようだ。
 たずねていくと、彼は日本の様々なところから掘り出された本物の土偶や、模造品に埋もれるようにして、土器のかけらを真剣に眺めていた。彼は私がドアを開けると顔を上げた。
 「やあ久しぶり、縄文のビーナスはどうだった」
 「いい形してるね」
 「そうだろ、西洋のものと比べてどうだった」
 「あのお尻の出方、乳の飛び出し方、まさに母親であり、アフリカの女性の形だ、女性の原点だ。人類の始まりはアフリカの一女性であることがミトコンドリアの遺伝子解析で言われているじゃないか」
 「僕もそう思うよ、君の感じたとおりだよ、縄文人の女性に対する美はアフリカ系のわけだろうね、しかし、変わるものだね、江戸時代は柳腰だからね」
 「弥生人はどんな女性が好きだったのかね」
 日本人は後から大陸からきた弥生人と縄文人の混血だといわれている。
 「どうだろう、もしかすると、柳腰かもしれないね」
 私は気になっていることがあった。
 「縄文のビーナスの顔、遮光器こそつけていないが、遮光器土器の顔に近いね」
 「青森、岩手、仙台あたりから出る縄文時代の土偶だね」
 「確かに、どれも、腰は張っているし、顔はひしゃげた丸顔だしね、似ているね」
 「昔、遮光土器を、ゴーグルをかけた宇宙人と書いていた雑誌があったね」
 「宇宙人が降りてきたことを信じている連中だね、いくらでも想像できるよ、想像は自由だしね」
 「どう思うの」
 「縄文人は顔の造作が大きかったと思われるから、女性顔の象徴、表現として不思議はないね、やっぱり一般女性だろう」
 「茅野の土偶はもう一つは仮面をしているね、どうしてなのだろう」
 「顔を隠しているのは儀式だね」
 「ビーナスのほうは顔を隠していない」
 「顔を隠していない土偶が多いから、何かの儀式などで女性が顔を隠す必要があったのだろうね、かぶっていたりつけていたりするものを調べるのは面白いね、そこに彼らの表現があるよね、そこは文也君の専門だ、ヨーロッパのものなどと比べるといいいんじゃないの」
 私はうなずいた。
 彼は部屋に入った時に見ていたものを取り上げて私に見せた。
 「最近面白いいものをみつけたんだ、これなんだよ」
 親指の太さほどのものである。
 「おそらく、土偶のかけらの一つだ」
 「どんな土偶だったんだい」
 「わからない、だけど、これは、おそらく、ペニスだ」
 「といことは、男の土偶かい」
 「そうなんだ、その可能性があるので、僕はとても嬉しいんだ」
 史郎は、安産の土偶はたくさんあるが、なぜ男の方のものがないのか不思議に思っていると言っていたことがある。言い分は男がいなければ子供はできない。土偶は家族安泰、子孫繁栄などに関わるなら、なぜ男の土偶がないんだ。
 「女は子供を産むからな、しょうがないんじゃないの、外国でもそうだよ」」
 「本当に、縄文人はそれだけだったんだろうか、もっと大きな宇宙感、人間感を持っていたと思わないかい」
 「うん、おおらかであっただろうけど、その辺はわからないな」
 陽物信仰はいろいろな国にある。韓国では子供ができないと、木彫りの陽物に祈願する。日本にも地方にはそのような風習がある。
 「眠れるハルマフロディトスのように、両性具有の土偶でもおもしろいな」
 ヨーロッパに足の軸がある私はそんなことを言った。
 眠れるハルマフロディトスは、ローマ時代に作られたようで、乳房があり、ペニスがある両性具有の女神である。西洋では、両方の性具があることが、一つの美であり、願望であった時代がある。インドでは両性の神がたくさんいる。しかし、日本ではそういった崇拝や美意識は持っていなかったようである。
 「このかけらが、両性具有か、それならなお面白い」
 彼は、ちょっと興味を持ったようだ。
 「体の部分はでていないのかい」
 「まだでていない、今発掘を進めているところだ」
 「茸に似ているね、茸型土製品ではないんだね」
 茸型土製品といって、茸の型をした土を焼いたものが色々なところから出ている。祭りに使うものだといわれている。
 「うん、だがね、あれは一つの完結品だが、こいつは明らかに何かの一部だ。最も、だいたいが茸とペニスは似ているね、ほかの研究者もそういうだろうな」
 彼は笑顔だったが、気持ちの上では男の土偶であってほしかったのだろう。
 「これが付いていたからだでてこないと、茸と言われても否定できないね」
 「どこででてきたんだい」
 「長野だよ、ただ、茅野じゃない、近くなんだが、隣の富士見町だ。畑の中からでてきたんだ、細かな土器のかけらが一緒だが、うまく組み合わさらない。茸なら、もっとたくさんでてきてもよいような気がするんだ、今も調査は継続しているけどね」
 「謎が多いのは楽しみじゃないか、でも陽物を形どった石はでているね」
 「棒石だろう、祭りに使われたものと考えられている、祭りは男なんだな」
 「どちらも子孫を残すのだろう、土に埋めるのは女で、祭りには男を使うのはどうしてだい」
 「昔からの性の役割分担が人の頭の中にはあったのかもしれないね、ただ、僕は、そうじゃないと思っているんだ。どのような場合にも、男と女のいとなみと、子孫の存続が要だから、男の土偶ももっとあっても良いと思うのだけどね、なかなか証拠は出てこない。このペニスの焼き物がでたときは期待したのだけど、やっぱり違うかもしれないね」
 彼も自身がなさそうであった。
 彼とそんな話をして、一月になる頃、彼から電話があった。彼がペニスの焼き物だと思っていたものは、検討した結果、ペニスでも茸でもないという結論に達したようだ。土偶の足の一本で、しかも先の方だけだろうといいことになったらしい、もっと小さいが、あまり壊れていない土偶の足がそうなっているものがあるということであった。

 彼はそれでもあきらめたのではないようで、一年経って、とても面白い結果を知らせてきた。
 やはり富士見町で新たな土偶が見つかり、土偶についていた土を解析した結果、茸の胞子の断片が見つかった。その遺伝子解析を糊人に頼んだそうである。その結果は、今の茸より進化的に古い茸の胞子ということがわかったそうである。
 彼は土偶のみつかった地域を一メートル四方に区切り、その中の茸の胞子を調べたところ、すべてのところに、現存する茸の遺伝子が含まれていたが、土偶に付着していた胞子の遺伝子はなかった。見つかった周りのみに古い時代の茸の遺伝子が含まれていたのである。ということは、土偶の周りに茸が一緒に埋められていた可能性がある。しかも、たくさんの茸が一緒に埋められていたのではないかと考えられた。
 彼はこれにはかなり喜んだ。状況証拠でしかないが、女である土偶を埋めるときに一緒に茸も埋めたとすれば、男の土偶は作らなかったが、類似物の茸をそのかわりに埋めたのだろうと結論づけた。全く、彼の執着心はすごい。
 彼は糊人の紹介で茸学者と手を組んだ。
 完璧な胞子が見つからないか、調べてもらったのである。土のなかには完全な胞子がたくさん見かけられるが、今の茸のもので、過去の茸の胞子だと断定することができない。
 茸学者はすべての胞子を培養してみることにした。多くの培養瓶に土偶の周りの胞子を入れ、条件を変えて調べた結果、生きているものがあり、菌糸は延びてきた。その菌糸のDNA解析をおこない、やっと、一つの瓶に生えた菌糸のDNAが古代のものであることが示された。
 その菌糸は引き続き培養され、とうとう茸が生えてきたという。
 その年の暮れに三人で新宿で会った。
 史郎はビールを飲みながら語った。
 「生えてきた茸は、一種類なのだけど、傘にいろいろな模様がついているんだ」
 「何色の茸だった」
 そう聞くと「茶色、いやベージュだ」
 「食べられそうかい」
 「うん、美味い茸だ、当然縄文人はその茸を食べていたと考えられるね」
 糊人が補足した。
 「今の編傘茸や卵茸のように、おいしいアミノ酸を含んでいてね、きっと縄文人のお気に入りだったと思うよ、きっと珍重していたに違いないよ」
 「それじゃ、今でも食用茸になるね」
 「うん、それは知り合いの茸学者が計画している、茸の名前も縄文茸と名付けてね、茅野市と共同で開発する予定だよ」
 「それはすごい」
 「それだけじゃないよ」
 史郎が鞄から写真を撮りだし、見せてくれた。
 大きくなった茸は、傘に人の顔のような模様があった。
 「この茸には人の顔の形がでるんだよ、少しずつ違うんだよ、面白いね」
 「ほんとだ」
 「でも、糊人もすごいね、ともかく古代の茸を特定したんだから」
 「今やっている遺伝子を調べる進化の仕事も面白いけど、結構、史郎の仕事が面白くなっちまってね、世界の古代の茸の遺伝子を調べてみようかとも思ってるよ」
 そのときは、そんな話をして、二次会まで行って分かれた。

 年が明け、新学期が始まろうとする春休みの終わりのある日、史郎から研究室に来ないかと電話があった。
 彼の大学に行くと、彼はいつものように研究室の机の縄文のビーナスや仮面土偶、それに名前は付いていないが、たくさんの土偶のレプリカを目の前にして、研究室の大きなテーブルの前で、何枚かの写真を見ていた。
 「やー、よく来てくれた」
 「久しぶり」
 どうしたのだろう、やけに嬉しそうである。私の髪の毛はほとんどなくなったのに、彼の髪は白いがふさふさしている。まず、そのことが目に入り、次に彼の表情だった。本当ににこにこしている。
 「いいことがあったようだな」
 「あれからいろいろな発見があった。土偶について最後に一つ説を出そうと思う」
 彼は、古代の茸の胞子を培養して生やした茸の写真を見せてくれた。茸の傘の模様を見て、えっと声を出しそうになるほど私も驚いた。前に三人で集まったときに見せられた茸の写真とは違って、非常にはっきりとした顔が現れている。
 「おどろいただろう、結構、この写真の顔の茸がでるんだよ」
 目のあたりした写真には縄文のビーナスにそっくりなもの、仮面の女神に似ているもの、彼の机の上にある土偶の顔にそっくりな写真ばかりであった。
 「それだけじゃないんだよ、茸の模様には目の大きな遮光したものもあり、いろいろな形の仮面のようなものがあるんだ、それで、そういった茸の模様に似た土偶が最近見つかったんだ」
 「君の結論はわかるよ」
 「そう、縄文人が作った土偶は、顔は茸を意味したのだよ」
 「食用としてではないのかい」
 「違うと思う、そうだったら、ほかの穀物や木の実のものもあってもいいだろう」
 たしかにそうである。
 「僕はね、土偶の体は確かに子供を産む女の形だが、顔は茸からとったんだ、これは、茸を男に見立てたのだと思う。私の推測であるのだが、両性具有とまではいかないが、頭は男の生殖器、からだは女の生殖器をあらわして、子孫繁栄の象徴としたのだよ」
 「おもしろい理論展開かもしれないね」
 「それに、後数年で、あの茸の栽培が確立されそうだよ」
 「あの茸は売れるだろうね」
 「ああ、研究費が潤沢になる」
 「うらやましい」
 「文也にもお願いしたいことがあるんだ、もちろん、縄文茸の栽培会社の経営陣にもなってもらうけど」
 「僕はなにもできないよ」
 「お願いは、古代泰西で、そのように植物や昆虫の模様を何かの象徴として用いられていないか調べてほしいんだ。それを僕は引用したい」
 確かに、蛇の絵を描けば、毒であったり、怖さだったりをあらわす。その蛇の頭の模様だけでもそのように用いられるかもしれない。それは美術史家としても興味のあるテーマだ。
 「やってみよう、面白そうだ」
 こうして、縄文時代の土偶が、男と女を合体させたものである可能性が出てきたのである。
 その推測が正しいかどうかはこれから証拠固めをしなければならないだろう。どこか無理があるのではないかとは思いながら、大学時代の情熱を持ち続けて、持論を展開していく史郎のエネルギーこそが、人間の脳に秘められた、人を結びつけるメカニズムなのだろうと、彼の研究の一翼をになうことに嬉しさを感じているのである。

 

縄文茸

縄文茸

子孫繁栄を願う土偶は女をかたちどったものが多い。男のものがない理由を探る考古学者。縄文の地層から見つかった胞子から生えた茸がそれを解決する。

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