計算中・・・・・・
「うちの会社いつになったらパソコンになるんだろうね」
「・・・・・・」
「今どき手書きで書類なんてないよね」
「・・・・・・」
「ねえ聞いてる、広辻くん?」
成瀨はわざわざ身を乗り出して広辻をのぞきこむ。電卓から手を離した広辻は顔をあげた。
「聞こえているよ」
「聞こえている、じゃなくて聞いてるでしょ。もう、いっつもそう」
二人しかいない事務室で成瀬は腕組みをする。壁にかかる時計を広辻は見た。
「で、どうなの?広辻くんは夢中になって電卓たたいてるけど、パソコン使いたくないの?」
「・・・・・・」
「だいたい社長が今どき、パソコンなんかでつくる書類には気持ちがない、なんて超昭和なこと言うんだから、ね」
「・・・・・・」
「あっ、昭和でもパソコンあったか。って話し聞けー」
手の甲を使って昭和なツッコミの仕草をする成瀬だった。電卓のたたく手を止めた広辻が再び時計を見た。つられて成瀬も時計を見る。
「もうこんな時間。社長が戻ってくるね」
「だから今日の売上集計やってるんだよ」
「それなら急がないと。必ず社長って当日の売上確認するから」
「・・・・・・」
「私も何か手伝おうか」
「・・・・・・」
「ずっと電卓たたいてるけど、さっから全然進んでいないじゃん。終わんないよ」
電卓をたたく広辻の机に両手をつく成瀬だった。電卓をたたくリズムが遅くなり、広辻はやがてたたくのを止めた。
「ねえってば、聞いてる?」
「・・・・・・」
「だから、ねえ、どうなの?」
「・・・・・・」
広辻は成瀬を見上げて口を開きかけたときだった。ご苦労さん、と社長が事務室に入ってきた。
「今日も1日頑張ったな。お、広辻くん、売上の集計確認しようか」
ほぐすように肩だけ回しながら社長は椅子に腰を下ろした。
「社長、もう少し待ってください。まだ集計中なんで」
電卓をたたき始めた広辻の指には力が入っているようだった。そんな様子を眺めながら社長は大きく背伸びをすると言った。
「君にしては珍しいね。この時間まで集計が終わらないなんて」
「・・・・・・」
「さては今日の売上が多くて集計大変なのかな」
「やった!今度のボーナス上乗せしちゃってください、社長」
「・・・・・・」
無邪気に跳び跳ねる成瀬を見て豪快に笑い出す社長。広辻は電卓をたたきながら思っていた。
──電卓で集計中に話しかけないで、と──
また、電卓を打ち間違ってしまった。
手を止めた広辻は考えた。二人に少し黙ってもらおうと。でも柔らかく言う言葉を。
そして、閃いた。
「社長、成瀬さん、九九で2×2は?」
「しー」と答えたときに広辻も人差し指を口に当てるつもりでいた。
一瞬間があって、二人はノリよく、せーの、とかけ声をあげてから答えた。
『5!』
「しーっだろ!四つの『し』。お前らバカか!」
この日、広辻はいろいろな意味で帰宅が遅くなったのは言うまでもない。
計算中・・・・・・