ぶどう農家民話・こんにちはカラスとぶどう農家
カラスは悩んでいました。
カラスの大好きなピオーネを作ってくれるぶどう農家さんにお礼を言いたいのに、どういうわけか農家はカラスの顔を見るといきり立って話にならないのです。
「カー(ぶどう農家さん、今日も美味しいピオーネを有難う)」
と鳴けども、石を投げられる始末。一体どうしたらいいのでしょう。
仲間のカラスに相談しても、ニヤニヤ笑って受け流されるばかり。
カラスは真剣に、悩んでいました。
ある日、保育園の電柱に止まっていたカラスに、天啓が舞い降りました。
保育園の庭で、園児たちが挨拶の練習をしていたのです。
「こんにちは-」
「こんにちは-」
“大きな声で”と先生が促します。何故なら、
“大きい声で挨拶すると、された人は気持ちよくなるからです”
「コレだ!」とカラスは直感しました。
カラスの特訓が始まりました。
なにせ、カラスです。「カー」としか鳴けないのです。
それを、なんとか人声に聞き取れるよう、『コンニチハ』と鳴かなければなりません。
仲間のカラスは腫れ物に触れぬよう、遠巻きに見守っていました。
幾多もの特訓の日々を越え、ようやく念願かなって、カラスは『コンニチハ』と発声できるようになりました。
いよいよ、運命の日です。
羽根繕いも入念に、気を引き締めてカラスは圃場でぶどう農家を待ちました。
仲間のカラスもわらわらと見物に集まって来ます。
待つ間、カラスは保育園の先生のアドバイスを復唱していました。
“大きな声で”“はっきりと”“思いを込めて・・・”
とうとう、ぶどう農家がやって来ました。
真向いの電柱の上に止まっていたカラスは、苦しかった練習の成果を発揮せんと、くちばしを開きました。
「コンニチハ!」
農家は立ち止まりました。
「コンニチハ!」
カラスは嬉しくてたまりません。農家は分からないのか、周囲を見渡しています。
「コンニチハ!」
ようやく、向かいのカラスに気付きました。しかし、反応がありません。
カラスはふと不安になりました。自分のあいさつに、何かが足りないのでは・・・?
ふと、保育園の先生の言葉を、もう一つ思い出しました。
“挨拶は、笑顔で言いましょう”
そこで、カラスはぐにゃりとくちばしを歪めて、人間の笑顔の唇をイメージした、けれど曲がったフライパンにしか見えない形にして見せました。
「コンニチハ!」
この世の物とは思えないカラスの形相と人間離れした声に、農家は一目散に、大声で叫びながら飛んで逃げていってしまいました。
完全に、失敗です。
後には、打ちひしがれたカラスだけが取り残されたのです。
けれども、見守っていたカラス達には大盛況で、大喜び。
それからしばらくの間、美作のカラスの間で“コンニチハくちばし”が大流行し、近隣の農家をめっぽう怖がらせたそうです。
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