三分小説 黒禁止法
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〈黒禁止法〉が成立した当時は反対する人間も多く、道路を真っ黒なペンキで塗りつぶしながら練り歩く『クロデモ』や、都内の看板という看板にイカスミをぶちまける『クロテロ』なんかも流行った。
だが半世紀も経ってしまうと人々は慣れて、日常世界から『黒』という色はほとんど見なくなった。光が消えた時は『闇』であり『黒』でない。日本人に多い髪の毛の色は『髪色』であり『黒』ではない。小説の印字は『インク』であり『黒』でない。つまり〈黒禁止法〉のやり口は実にシンプルで、名前を奪ったのだ。すると存在の認識が変わっていき、この時代の人間はその罠にまんまと落ちている。
そんなある日。一人の老いぼれた画家が研究所を訪れていた。その画家は〈黒禁止法〉に激しく反対しており、今でもその熱は冷めていない。
彼は言う。「黒は全ての色の終点であり原点だ。それを禁止するなど言語道断である。色は全て揃っているから一つの美しさを持つのだ。一つでも欠けたら今ある秩序は消えるだろう」
研究所に彼を呼んだのは、開発部の長である友人だ。幼なじみで、彼の〈黒禁止法反対運動〉にずっと参加している。今回彼を呼んだのも、その活動の一部であった。
「君の熱心な活動には私も励まされる。そこで今回、あるプロジェクトのエージェントを担って欲しいのだ」
「エージェントか。こんな老いぼれにできるのなら」
「できるさ。いいか、これを見てくれ」
そう言って友人は、ジャンボ機がすっぽり入りそうなほど巨大な倉庫へ、画家を案内した。そこには、画家の身長くらいの大きさを持つ、丸い機械が這うような重低音を立てて待ち構えていた。
「この、卵みたいな機械は何だ」
「卵か。我々は『ハト』と呼んでいる。タイムマシンだ」
タイムマシン、と画家は真剣な表情をした。彼は自分がこれから何をすべきか察した。
「政府に見つかるのも時間の問題だろうから、すぐに行ってきて欲しい」
分かった、と画家は頷く。そして躊躇いなく『ハト』のハッチを開けた。
「行き先の時間は?」と友人。
画家が答える。「……〈黒禁止法〉は私の産まれる何年も前に成立した。しかし、それよりもっと前に戻りたい。コトが大きくなる前に、原因となる人間を説得するか、最悪消そうと思う」
消すという単語に、友人の顔が曇る。しかし何も言わなかったのは彼の信頼であった。『ハト』のコックピットに画家が座ると、空気の抜けていく音と雲のような煙が周囲に広がった。そしてハッチが静かに閉まった。
巨大な倉庫に一つの卵がある。その姿にジジジとノイズが走り、歪んだように見えた一秒後、そこには何も無かった。
過去に到着した画家は、まず〈禁止法反対運動〉の団体に接触した。
「アナタも禁止法に反対している人か」団体のリーダーである中年の男が言った。
「あぁそうだ。この老いぼれでも力になれるかね」
「もちろんだ。最近はすっかり諦めていく者ばかりだからね、大歓迎さ!」
そして、その男は手を広げて叫んだ。
「共に〈白禁止法〉をなくそう!」
画家は少しだけじっと動かず、そして言った。
「……しろ、って何だ」
三分小説 黒禁止法
お題:白と黒 で書きました。
「最近の若いもんは」って毎年聞きますよね。
お読みいただきありがとうございました。