パソコン茸

パソコン茸

茸不思議小説です。縦書きでお読みください。

 一月前からパソコンがいうことをきいてくれない。
 立ち上がりが非常に遅く、オンにしてから三分待っても画面が現れない。五分ほど経つとようやく動く。これでは仕事にならない。購入して数年経つが、その当時、最先端の新しい高級機種であったし、スペックは高く、中古品でも値が下がっていないものである。
 ウイルスにやられたのか回路の不調だろう。そう思い購入したところに持っていって、みてもらったが、回路は正常で悪いものも見つからなかった。だいたい、このパソコンはインターネットに接続していない。インターネットに接続しているのはもう一台のほうのパソコンで、机上のこのパソコンは安全を考えてつないでいない。USBメモリー経由のウイルスの可能性もあるが、いつも使っている移動用USBメモリーも問題がなかった。
 しかたがないので、直接パソコンの会社に送り、調べてもらったがそれでも問題がなく、機械そのものは正常に作動しているということで戻ってきてしまった。会社では立ち上がりは数秒で問題ないということである。ということは、この部屋の問題ということである。何か変な電波でもきているのだろうか。しかしインターネットにつないでいるパソコンの立ち上がりは問題がない。
 そんな中で、今日、おかしなことが起きた。
 パソコンを開いたところ、ご他聞にもれず、画面がでてくるまでに五分かかった。しかも、ゆっくりと現れた画面は、いつもの画面ではない。
 真っ赤な茸が画面に現れてきた。茸の名前は知らないが、毒々しい赤い、ずんぐりとした奴である。山などで出会ったら、けっとばして、潰したくなる面構えだ。
 そう思ったとたん、画面の中の茸が、びょんびょん飛び始め、パソコンがどたんばたんと揺れ始めた。壊れそうだ。手で押さえつけても跳ねている。
 赤いずんぐり茸がひょっと姿を変えて、スマートな茸になった。卵茸に似ている。
 おや、きれいな茸だ、と思ったとたん、パソコンは静かになり、画面はいつものものになった。
 やっぱりおかしい。新手のウイルスなのだろうか。
 ともあれ、コンピューターは落ち着いているので、しなければならない作業に入った。インターネットで送られてきた猫の絵をUSBメモリーから取り込み、それにキャッチコピーを入れる仕事だ。
 送られてきた子猫のイラストをもとにして、加工ソフトで字を加える。
 文章は自分で考え、文字は手書きの場合もあるが、いろいろな種類のフォントから選んで配置する。多くは、小さな会社のパンフレットだったりするが、たまに出版社から、本のカバーデザインも頼まれる。
 今回のものは、この秋、銀座に小さいながら店をだす子供向けのブティックで、パンフの表紙は、さまざまなかわいらしい洋服を着た猫が、ポーズをとっている。それらを配置し、店名や、ちょっとした言葉を入れるわけである。
 八匹の猫をどのように配置するか。A5版を細くした数ページのパンフレットの表紙の図案である。パンフレットの中身は、いろいろな子供服の写真が載っている。お子様用と言っても、我々が着る服よりかなり値が張る。そのようなパンフレットの表紙であるから、子供用と言うより、大人が見てしゃれている物にしなければならないだろう。
 八匹のスカートをはいたり、半ズボンをはいている猫をどのように配置するか。猫の顔の絵は、本当の猫のようであり、かつ、なかなか個性的である。若い作家のようだがよい絵を描いている。それを引き立てるようにするのがコピーライター兼グラフィックデザイナーの私の仕事になる。
 子猫に負けずにおしゃれをしよう。
 と言うキャッチコピーにした。猫たちに躍動感を持たせるために、一見宙に浮いた八匹の猫という感じにして、目の中心になると思われる位置に、濃い赤の別珍のスカートをはいた猫をおいた。さっぱり系の洋服である。お人形さんのようなふわっとした洋服を着た猫もいたが、それは右隅にした。結構このような服を好む親もいるが、やっぱり、シックに押さえた物を真ん中にする方が、高級感がでる。文字も抑えた紫色にした。
 地は薄いクリームにして、プリントアウトしてみた。悪くはない。
 こうして、細かな部分を修正した案をUSBにいれ、インターネットに接続してあるパソコンに移した。それを子供ブティックのオーナーに送り、修正要請がなければ、この仕事は終了ということになる。
 二日後、修正なしという連絡が入り、印刷所に送った。
 ところが、不思議なことなのだが、オーナーのメイルに「紫色の茸が配置されており、とてもしゃれた物になりました、ありがとうございます」とあった。なんのことだかわからなかったが、できあがったパンフレットが送られてきて驚いた。紫色の茸が三つ、違ったポーズで、猫たちの中に配置されていたのである。
 誰かが描き入れたのだろうか。著者の許可なく行うはずはないが、と思いながら、ブディックのオーナーに電話を入れてみた。彼は電話をとるやいなや、
 「あの茸はよかったですね、考えもしませんでした。さすがは、現代グラフィックデザイナーの一人者ですね」とまくし立てるように言った。これで、誰が書き入れたか聞くことはできなくなった。
 「パンフレットが届いたのでお礼と思って電話しました。気に入っていただけてなによりです」
 彼は、言いたいこととは違うことを言って、次もお願いしますと、電話を切った。
 考えられるのは印刷所だが、そこで描き加えるようなことはまずない。
 なんだか奇妙なことである。
 それからいくつかの仕事が舞い込んで、それに熱中した。パソコンのほうは立ち上げたとき相変わらず、茸がでてきて、踊ったり、撥ねたりしている。それを我慢すれば、動作は問題ないようなのでそのまま使っている。
 今の仕事は本のカバーを一つと、市販薬のパッケージデザインである。本の内容は若い女性の短編小説集で、観念的な物で、私には理解が必ずしもできていると思えないが、そういうときには、色のきれいな抽象画をもってくるといいのだろう。市販薬は新しい水虫の薬である。こちらは、ちょっとマンガチックに、分かりやすくするのがポイントだろう。
 小説集には、私の知り合いの日本画家の個展パンフレットにのっているものの中から選んで使うことにした。使用許可などは出版社の方でやってくれる。淡い色彩だが、たくさんの色が使われている抽象画である。
 絵をカバー全体に配置して、黒のタイトルと作者名を直接のせても目立つだろう。薬の方は私が水虫のマンガを描いた。それに蓋の開いた薬瓶から薬が水滴となっておちると、水虫が水となって、蒸発する様子を描く。
 ということで、それらの仕事を終え、会社に送った。
 そこでまた、奇妙なことが起きた。校正の段階では、私が描いた通りだったのだが、できあがると、本のカバーの抽象画の中に薄い色の赤系、黄色系、青系、白系の茸が、描き込まれている。出版社からの連絡では、画家には改変することの了解をとってあるということであった。たしかに、その方が面白味はでている。小説の中には茸はでてこないが、それぞれの短編の主人公が、どこにでもいそうだけれども、ちょっと変わっているところが、茸の存在のような感じである。
 さらに、薬の箱も同様である。水虫が茸に止まっている絵になっている。それに薬がかかるとずれ落ちて、水となって蒸発する。これなどは、製薬会社のコマーシャル担当の者から、動画にして、テレビのCMにも使わせてほしいと依頼があり、動画も作ることになった。
 なぜ茸が描かれてしまうのだろうか。
 パソコンを立ち上げたときに画面で踊っている茸たちが関係しているのだろうか。
 パソコンのスイッチを押した。
 やはり、いろいろな色の茸が現れて、踊りだした。それぞれが独特の動きをしている。中の一匹が跳ね始めた。すると、パソコンががたがたと揺れる。壊れないか心配だが、しばらくするとおさまって、最初の画面になる。
 パソコンの中をのぞくこともできないので、ワードを開くと、「茸の諸君、君たちはいったいどこからきたのです」と打ち入れてみた。独り言のようなものだ。そうでもしないと、気が治まらなかったからである。
 すると、ワードの画面の中に、茸たちが現れて、整列すると、私の方を見た。といっても、目があるわけじゃないのだが。そうして、傘を一斉に前に下げた。お辞儀をしたように見える。そこに文字が現れた。
 「こんちわ、我々はあんたのコンピューターが作り出した茸なんだ」
 わたしは、「どうして、コンピューターが茸を作ることができたのだ」と訳の分からない質問を打ちいれた。
 すると、一つの紫色の茸が前にでてきて、「あなたがいつも使っているうちに、コンピューターに創造性の回路が生まれたのです」
 そんなことがあるはずが無い。
 「だけど、なぜ茸なのだ」と私が打つと、黄色い茸が、「あなたが、一度、茸をたくさん描いたことがあるでしょう」
 そういえば二年ほど前に、茸の小説集の造本を頼まれたことがある。物好きな作家もいるもので、茸ばかりの小説を書いた。そのカバーには大小それこそ色とりどりの茸を折り重ねて一面に描いた。イラストレーターで作ったのである。意外と奇麗に仕上がった。
 「その茸を、コンピューターが動かす回路を作り出し、あなたの作品に組み込んで、印刷の段階で見えるようになるような操作をしているのです」
 ということは、私がこのコンピューターを使うと必ず、作ったものに茸が加わるということである。
 「なかなかうまく絵の中に茸をいれ込んでいるが、どこで覚えたのかな」と書き入れた。
 コンピューターがそのような回路を作り出すのも不思議だが、グラフィックの能力を持つなど不思議としか言いようがない。
 青い茸が前に進み出た。
 「あんたさんだよ」と文字がでてきた。さらに「あんたさんが、イラストレーターで絵を作ったじゃないか、このコンピューターをもう何年使っている。コンピュータだって使い手の能力を受け継ぐことができるのさ。だから、ある意味では、あんたさんが、描いたことになるのかな」
 なるほど、コンピューターもそうやって自分で考えることができるようになったわけか。しかし、スーパーコンピューターでも自分で成長するのはまだまだ難しいのに、パソコン如きにそれが出来るとは思えない。
 「どのコンピューターもそうなのか」と書くと画面の中の茸たちが首を横に振った。
 「いいや、コンピューターもそれぞれの知能指数があり、得意不得意があるのだよ、たまたま、あんたさんは、あんたさんにぴったりのコンピューターに当たったということさ、逆を言えば、このコンピューターは自分にあった使い手に使われるようになったということさ」
 なるほど、どのような機能なのか分からないが、自分を理解してくれるコンピューターの方がいいにきまっている。
 「それで、コンピューターは、こういうことをしていて楽しいのかい」
 そう書くと、茸たちが飛び跳ね始め、「楽しくてたまらないんだ」
 と画面に字を書いた。
 「はじめから自分一人で作ってみたくならないのか」と続けた。
 茸たちはまた整列すると、「このパソコンは自分で作り出した我々茸を世に出したくてしょうがないのだよ、だから、あんたさんが作ったものに、茸を加えるのではなく、はじめから作ってみたいと思っているよ」と書いた。
 それで、コピーライトにしろ、イラストにしろ、まず、パソコンにはじめから作らせてみることにした。
 すべてに茸が入ってしまう嫌いはあるが、絵なども自分で考え出し、なかなか見事なものをつくりだす。
 先日依頼を受けた小さな企業のパンフレットを作ってもらったのだが、その会社の製品が上手に描けており、しかもコピーはなかなか受けるものであった。それをそのまま会社に送ってみたところ、大変喜ばれた。
 私は注文を受けるだけで、後はパソコンが作りだすのを寝て待てばよいということである。自分がだめになるのではないかと思い、パソコンに「やっぱり自分でつくるよ、自分が進歩できなくなってしまう」と打ちいれたのだが、パソコンの中の茸から「いや、あんたさんの頭の中から情報をもらっているので、この作品はあんたさんのものだよ、安心しな、頭を使わせてもらっている、だから後退するようなことは無いよ」と返事があった。実感が湧かないが、自分の頭が使われているのなら問題ないだろう。
 パソコンを立ち上げると、茸が踊りだし、整列すると、ぴょこんとお辞儀をする。
 「ごきげんよう、なにをしましょう」とワードが立ち上がって文章が現れる、そこに頼まれた依頼文をUSBメモリーから移すと、それを読みとって、私が何もいわなくても、作品ができてしまい、それをUSBメモリー経由でインターネットにつないであるパソコンから依頼主に送るという作業をするだけで、食べていけるようになってしまった。
 そんなある日、立ち上げた画面から、一つの大きな真っ赤な茸が現れて、こういう文章を書いた。
 「ご主人様、このパソコンをインターネットにつないでくだされば、すべて、私どもが、処理をして差し上げます」
 確かにそうだ。依頼文をUSBで移す必要はなくなる。ただ、ウイルスが怖い。
 そう思ったとき、茸が書いた。
 「ご心配なく、ウイルスは我々がすべてくい止めます、それに出来たものを送るとき、ご主人様のサインを必ず入れます」
 このようなことができるパソコンだから、確かにそうなのだろう。それに、サインを入れるということなのでいいだろう。
 私は、電源を切り、パソコンをインターネットの線のあるところに持っていった。
 もう一つのパソコンからリードをはずして、そのパソコンにつなぎ、電源を入れた。
 ぱっと、画面が現れると、茸が整列をしていた。
 「かしこまりました、すべて処理を行います、今一つ本のカバー制作が来ています、処理をします」
 その二時間後、立派なきれいな装丁が画面に現れた。
 出版社からはお礼のメイルが入った。
 もう本当になにもしなくてよくなった。

 ところが明くる日、私は逮捕された。
 理由はこうである。
 世界中のすべてのコンピューターの画面に茸が現れ踊りだし、たくさんのコンピューターが跳ねて壊れた。スーパーコンピュータも茸に占領され、機能がダウンした。
 その数はわからないほどである。
 新聞には、「日本人、有名グラフィックデザイナーが茸ウイルスを制作、世界中のパソコンを破壊する」と一面に書かれている。
 パソコンが勝手に作り出したものだ、と主張したのだが、誰も信用しなかった。もちろん私のパソコンも調べられたが、茸ウイルスのソフトに私のサインが入っていたので、悪いほうの証拠になってしまった。私の頭が作り出した、と茸は言っていた。私は利用されたのである。いくら言ってもそのようなことは誰も信用しない。当たり前といえば当たり前である。
 それで、今、私は刑務所に入れられている。懲役十年だそうである。求刑は五十年と長いものであったが、私の言っていることは全く信用されなかったのも事実だが、否定することも証明できず、十年に落ち着いたようである。しかし、茸ウイルスは猛威を振るっている。
 一年たったとき、私のパソコンが刑務所にいる私のところに届けられた。
 茸ウイルスを退治するソフトを作れという命令が下ったのである。
 久しぶりに、自分のパソコンを立ち上げた。
 やっぱり、あの茸たちが踊りだし、パソコンが揺れ動き、やがて整列をした。なつかしい茸たちである。
 「ご主人様、お仕事でしょうか」と文章が現れた。
 「茸ウイルスバスターをつくってくれ」
 そう打ち込むと「はい、ご主人様」と返事があり、その五分後、文章だけ、「できました」と画面に表示された。
 看守を呼び、出来たのでインターネットにつなぎたい、と申し出ると、一時間後、なんだか偉そうな人が刑務所にやってきた。文部科学省の大臣であった。
 彼の許可の下、私のパソコンがインターネットに接続された、その瞬間、世界中のパソコンから、茸が消失した。
 こうして、私の名前は、また新聞の一面を飾ることになった。
 今、刑期が終えるまで、刑務所の中で仕事をしている。茸ウイルスを退治したことから、ご褒美に仕事をしても良いことになった。ただ、インターネットに接続することは禁止されているので、出来上がったものはUSBを介して、刑務所内の私の担当者が、依頼者に送っている。収入の半分は刑務所に取られるのだが、刑務所はそれでずい分潤っている。
 引きもきらず、仕事が舞い込んでくる。忙しい毎日である。
 昨日、パソコンを開くと、五分たってやっと立ち上がり、あのなつかしい茸たちが踊りだした。
 「もう、絶対インターネットにつなげないからな」
 とワードで書き込むと、
 「はい、ご主人様、また、お仕事のお手伝いをします」
 そういう返事がかえって来た。
 ということで、また、茸が仕事をこなしている。おかげで、何もすることがなくなり、体重が二十キロも増えてしまったので、運動場で毎日走っている。
 刑期を終えるまで、あと八年である。
 

パソコン茸

パソコン茸

パソコンに勝手に現れた茸が、仕事の受注から何から何までやってくれるようになったがーーー

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-25

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