さようなら魔法少女RX改~ずっと貴方が好きだった~

以前書いた作品の中で普段書かないコメディ作品なので掲載してみようと思い投稿しました(´・ω・`)少しでも楽しんで頂ければさいわいです。

【ちなみに魔法は使えない、念のため】

けして会えない人なんだって思っていた。

「さようなら…」

写真にそう呟いて何度も諦めかけた。


ずっとあなたが好きだった。

本当に、本当に、大好きだったの…あなたの周りにいる強くて怖い人たち。

全部倒せば振り向いてくれるかしら?

【喧嘩上等】って確かそう言う意味よね。

彼女の唇が魔法の杖に呪文を囁く。それはロッド型の違法改造テ-ザ銃であった。

高圧ガスによって射出されるワイヤーの先には針が備えつけられており一度スイッチを押せば高圧電流を際限なく放出した。

ワイヤーを切り離しての連射も可能である。まして電圧が80万ボルトを越えるのであれば耐熱・絶縁性のあるライダースーツも分厚い皮ジャンも無力だ。

魔女の鞭に絡め取られた敵は身体機能の停止を余儀なくされ次々に闇に呑み込まれた。

流線形の黒と銀の金属の鉄馬の群れが首都高の車線を埋め尽くし、ひた走る。

「現れやがった!」

レストアされた改造バイクの隙間を嘲笑うかのようにピンク色にカラーリングされた1098R改がすり抜けて行く。

どぎつい乙女チックなカウルと、これでもかと盛られたルビーやサファイアのデコが猛者共の神経を逆撫でした。

「冒涜だ…ドゥカティに何しやがる!!」

「こんなやつ1人に俺たちの仲間は狩られたっていうのか!?」

「浮かばれねえ…浮かばれねえぜ!!田代!!!宮下!!!!岩清水ゥゥゥ!!!!!」

隣に陣取る副総長八代の声は猛るマシンのエクゾ-ストと風の音に浚われ闇に消えた。

総員200名を数える関東随一の暴走族『刃流覇羅』の頭である桐谷英一は呟いた。

「しかし、腕は確かだ。こいつ半端ねえぞ」

目の前を風のように通り過ぎた流線型。駆るのは縦ロ-ルのピンク髪の少女だった。

「しかも、ふりふりのフリンジつきと来てやがる」

先頭集団を苦もなく追い越した騎手は前方10M地点でエンジンブレーキを引き絞り車体を強引に反転させた。

右足のピンヒ-ルの踵が折れて道に転がる。

半月の黒いタイヤ痕の笑みをアスファルトに残したまま再びエクゾ-ストが路面に叩きつけられる。

「な!?こっちに向かって来やがる」

「あの女!?完全にイカれてやがる」

「総長のバイクが危ねえ!」

「てめえら前に出て総長を守れ!!」

合図と共に数台のバイクが前に出て防壁を作る。

「女だろうと容赦するな、地面に叩き落とせ」

宝石を散りばめた夜空と夢のように美しく浮かび上がる新宿副都心の高層ビルの夜景。

似つかわしくないチェーンや鉄パイプが闇に閃く。アスファルトを削り火花を散らす。

フルスロットルで此方に向かってくるバイクの女はシ-トの上に立つと軽やかにステップを踏むように得物を鼻先でかわした。

右足の蹴りで幅寄せして来るバイクの男達を迎撃。前に出ようとする者には容赦ない鞭が浴びせられた。弾かれ宙に浮いた男たちが地面を転がる。

左手から提げたヘルメットは、煌めく冠のように見えた。猛々しく開いた眼の奥で収縮する瞳孔の先に目指す獲物を見据える。したなめずり。

「待ってろ、私の嫁…いや婿様よ」

バイクを乗り捨て豹のような敏捷さで前方のバイクの男の肩に飛び移る。

ピンヒ-ルの先が肩に食い込み鎖骨を砕く。男が悲鳴を上げる間もなく 女は夜空を飛んだ。

既に総長の桐谷は後方のバイクに止まるように指示を出していた。

「あ…」

副総長の八代は上空を魔装ドレスの女が飛び越えるのを見て吠えた。

「アンスコじゃねえええぇぇぇぇェ!?」

「総長の首、確かに獲った!!!」

桐谷英一の背後に降りた女は静かに言った。

背後から頸動脈に突き付けられた魔法のステッキ。

桐谷は両手を上げて天を仰いだ。

「いつか俺を負かすやつが現れるかと思う日もあったが、まさか、こんなだとは思わなかったぜ。降参だ、お嬢さん。煮るなと焼くなと好きに…」

「ずっと好きだったの」

「え…」

「ずっと、本当に本当に大好きだったの…貴方は知らないでしょうけど」

「この俺を一体どこで…」

「月刊ヤンチャン(ヤンキーチャンピオン)よ」

「そういやあ、そんな雑誌に取り上げられた事もあったな」

「私が勝ったんだから私に従ってもらうわ貴方は私のゲ・ボ・ク・ゲボカ-、ゲボケストよ」

「なんでもテッペンてのは良いもんだ、悪かねえ」

「総長お幸せに!!」

「野郎共今夜は朝まで走るぜ!!」

「峠に俺たちで愛のキャンドルを点そうぜ!!」

「ウオ!!」


こうして2人は出会い…。


私は生まれた。



この話は些か教訓じみたテ-ゼを含んでいる…と私は思うのだ。

父、英一のように少年時代から喧嘩無敵、天下無双。本職の方々でさえ道を開けるような男であって。

「英一さん公道ならレ-サ-でも余裕でぶっちぎれますよ!!本当マジ無敵のチキチキマシンッス」

等と言われる、ある意味神童であっても。

ある日突然魔法少女がヒ-ロ-に転職したようなバイクに、軽くぶっちぎられた挙げ句。空からヘンメルが降って来て一生の下僕を宣告される。

そんな日がふいに訪れる。

人はそれを愛と呼ぶ。…かどうかは疑問だが。いずれにせよ、それは誰の身にも起き得るものだと。その時の私はまだ知らずにいた。



「あ…髪赤い」

朝いつものように目を覚ました私は洗面台の姿見に映る赤い髪の少女を見て思わず呟いた。

私のスエットを着て私の歯ブラシを持って立っている寝惚け眼の間抜け顔は確かに私、桐谷夏菜花(16)に他ならない。

春の桜の花弁の色よりも赤い私の髪。まるで鏡の中で燃えているように見えた。

「苺みたいに赤い髪、まあ、これはこれで」

鏡の前で一回りしてみる。ついでにスマイル。

まあ、どう贔屓目に見ても。

「金だせ!持ってんだろ?!ああ?!飛べ!跳ねてみせろや!」

笑顔でカツアゲするヤンキーだ。
まあ、これが春休み中とかなら洒落で済む話だが。

今日は私が通う高校の入学式当日だった。

「やると思った、思ってたけど、うっかり寝てしまった、不覚だ」

私は母に文句を言うために二階の階段をかけ降りた。

「魔魅藺、私の髪超真っ赤なんですけどお!?」

うちでは母の事は魔魅藺と呼ぶのがしきたりだ。マミ-じゃなくて魔魅藺。ちゃんと発音しないと怒られる。

メイド服のエプロンに差したは魔法のステッキで、色んな意味で超怖い。

「あら、おはよう夏菜花。今日はお寝坊さんね~」

今朝の母のメイド服は鮮やかなサ-モンピンクだ。

「初日から遅刻すんなよ。最初が肝心だぜ、何事もよ!」

「高校3日しか行かなかった元ヤンがよく言うぜ」

「なんだよ!姉ちゃんだって中退だろ!」

年子の姉と兄のいつものやり取りを聞きながら私は朝食の席に着く。

仕事用のツナギを着た兄はいつものように鼻歌を口ずさみながらリ-ゼントに櫛を入れるのに余念がない。

「飯ん時にそれ止めろってんだろうが、非常識なやつだな!」

「姉ちゃんに言われたかねえよ」

確かに。今朝の姉はハリウッド映画が思いっきり勘違いしまくったような花魁風の盛り髪に豪華客船が突き刺さっている。

ご丁寧に舳先に2体のフィギュアまで。

「うるせえ!こっちは仕事でやってんだよ!!」

「魔魅藺、俺コ-ヒ-お代わりくれる?」

「魔魅藺この髪の豪華客船、落っこちないけど、やっぱ最初のケ-キとかのが可愛いと思うの!」

御丁寧に船の舳先に二体のフィギュアまでついて居留守。

「こんくらい古いアイテムだとレトロモダンになるかな~と思って」

レトロモダンが氷山に激突して坐礁してるのだが。

「魔魅藺、私のお皿…目玉焼きじゃなくて、青いカラコンなんだけど…」

「はいはい!いっぺんに言わないの私体は1つしかないのよ!」

メイド服とか魔装服なら数10着は持ってるくせに。

母は兄のカップにコ-ヒーを注ぎながら姉の髪を見て言った。

「もう、ちょっと煮詰めないとダメね」

「私の目玉焼き…」

「前に私が提案した戦国武将の盛り髪は!?考えてくれた!?」

「ああいうのはコスに流れると思うし、やり尽くされてると思うのよねえ。髪に飾るにしても【愛】ぐらいじゃない?使えるの」

「そっか…」

「流行は追いかけたらダメよ。自分で考えないと」

姉は母が経営するヘアサロン【魔魅藺】でインターンとして働いている。

「私のお皿カラコン」

「それは、魔改造用なの」

答えになってねえし。

「炎髪碧眼炎!炎のマレキフィウムか~なついね~♪」

姉が上機嫌でテ-ブルを叩く。

「まったく、うちの女たちは、いい年して魔法使いだのメイドさんだの、無邪気でいいねえ」

「あ?英二てめえ、なんか文句あんのか!」?

「魔法少女は女の子にとって、永遠の憧れなのよ」

母はそう言って柔らかな微笑みを浮かべた。確かに母の経営する店はト-タルコディネ―トもしてくれる。ブティックが併設されたヘアサロンはメルヘン少女の発進基地だ。

これまで雑誌に何回か取り上げられ都内はおろか地方から、この海辺の田舎町を訪ねる女の子は多いと聞く。

「私、この格好痛いかしら?いい年してメイド服なんて、やっぱ痛いおばさんよね」

母は哀しげに俯く。痛くもないし恐ろしいくらい似合ってるから、たちが悪いのだ。

「いや…!そんな事ないって!母さ…いや魔魅藺のメイド服は世界1…それに比べたらメイド喫茶の女どもなんて全部パチもん!パチもんだって…」

顔を赤くして兄は俯いた。兄は見ての通りのくそマザコンだけど、それを言ったら私たち家族は全員そうだ。

魔装やメイド服を解除してくれないとお買い物やお出掛けは、ちょっと恥ずかしいけどね。

可愛いくて家事も仕事もバリバリこなす、私たちの自慢の母だ。

「ピンクのメイド服って言うのは今まで見た事がねえし、やっぱメイド服って言ったら黒か紺…俺は英国スタイルの長丈の袖とスカートのやつも好きなんだけどね」

中に入れたコ-ヒ-がぷくぷく泡立つくらいカップに深く口をつけた兄が言った。

「あら、英ちゃんすごい、よく知ってるわね」

母は兄の頭を優しく撫でた。

「まあな…止めろよ~セットが乱れるだろ」

「バカが」

姉が私の横で舌打ちする。

「黒や紺のメイド服って言うのは本来はフォーマルドレスで午後に着る物と決まっているのよ。英ちゃんの好きな英国スタイルでは特にね。午前中は仕事の用途に別れて色んな色があるものよ、メイド服ってね」

「あ、そうなんだ」

母が兄の耳元で囁いた。

「この、にわかチェリーが」

見ていて面白いぐらい大量の汗が兄の額や顔から吹き出したのであった。

「巷に溢れてる服だからって、メイドなめると火傷するんだぜ。衣装ってのは女の特攻服だからよ」

戦闘服だろ。姉が出したのは助け舟なのか泥舟なのか分からない。

「でも、英ちゃん、私のメイド服誉めてくれてありがとなの」

「へへ」

兄は母に頭を撫でられてご満悦だが、姉と妹の視線は気にならないらしい。

「…て事は午後はいつも黒のメイド服?」

わ-もう蒸し返すなバカ。

「勿論、そうよ」

「たった1人で?」

そら宅急便の兄ちゃんもびっくりだ。

「オフコ-ス」

道を外れる方のな。

「にしてもナナの髪!なかなかのヤンキーレッドよのう」

「確かに、いい赤だ」

姉と兄がうっとりした目で私の髪を見て言った。

「…でも赤い髪は魔魅藺の趣味じゃないよね?」

「ふふふ、それは、これよ」

母が私と姉の前にブリーチの紙箱を1つ置いた。私と同じ髪色のモデルさんの写真がプリントされている。

「ヴァンピール・レッドのブリーチか…聞いた事ねえな」

「人呼んで【失われし赤色】染めてから一週間くらいで色落ちしてしまう事から、すぐ製造中止になった商品よ」

「綺麗な赤だけど色落ち早いならダメじゃん!」

「話は最後まで聞くものよ、マギ-。ヴァンピール・レッドはすぐ色落ちする欠陥品だけど色落ちしたとたんに鮮やかなピンク色の髪に変わるのよ」

ヤンキー→ヘンメル仕様→絶望。話を最後まで聞いての深い落胆の沼に落ちる。

「ピンク!素敵…魔法少女の王道!まさにヒロインだけが許された色ね!」

おかげで高校生活は灰色だがね。

「色落ちまで計算するなんて、さすが魔魅藺!」

「えっへん、本当はもっと前にやりたかったけど、夏菜花ちゃんシ-ルド超固くって苦労しちゃった」

きゃあきゃあ、はしゃぐ二人を見て私は思った。

これは昨夜飯に一服盛られた可能性がある。

家族とはいえ、もう訴訟を起こしてもいいレベルじゃないかと…私はほどよく焼かれたト-ストをかじりながら悶々と対応を考える。

「お早う、おっ!?何だ夏菜花その髪は、今日からヤンキーデビューか!?」

新聞を片手に父か起きて来た。

「ねえ、パパ聞いてよ!魔魅藺とお姉ちゃん入学式だって言うのに私の髪、こんなに…」

ひゅう。父は口笛を吹いた。

「いいじゃん、その色」

口笛の音と共に私の希望は消えた。

だめだ、この家族。

「い-な-私も夏菜花みたいにセカンド・シ-ズンでチェンジしてみたいなあ、ふわふわのピンクとか憧れルウ」

姉ちゃん、セカンド・シ-ズンじゃなくて高校の入学式なんだけどね。


「無理無理!アネキは生まれついてのライバル顔だからな」

目の前でひらひら手を振る兄に姉は口を尖らせる。

「んだよ、英二。そんなの試してみなきゃ分かんねえだろ!?それとも私じゃふわふわ髪の魔法少女になれねえってのか!?」

姉は黙っていればク-ルビューティーで通る容姿の持ち主なのに、属性が残念過ぎだ。

「魔魅蔚…どうして私の名前は夏菜花じゃなくて真義華なの!?全然可愛くないし、これって元々ネギじゃない!?私ネギはイヤなの正統派のヒロインが良かったのに…」

「あら?今は真義華だって正統よ」

姉よ、せめて日本語喋ってくれないか…小説なら、そろそろ脚注が必要なレベルだ。

母は目を細めて姉の髪を撫でた。

「哀しまないでマギ-。世の中は“適材適所”なのよ…我が家にミスキャストは許されないの、分かるわね」

いや、全然分かんないんですけど。

「貴女が生まれた時はパパ似で、すごく美人さん初めて見た時から「黒のコスにプラチナブロンドを想像出来たわ『これは、いいライバルキャラになる』って確信したの…『次も絶対女の子にしよう』って魔魅蔚思ったの…生まれたのは英ちゃんで男の子だったけど」」

「なんか、すいませんね~」

「気を落とすな英二!お前は俺から一文字取って英二と…」

「手抜き感半端ねえな!」

「私は英二じゃなくてサミ-に・・・」

「あっぶね-」

「フルネ-ムでプリティ…」

「父ちゃん!俺、父ちゃんから一文字貰えて本当に良かったよ!最近は『15のヘンメルだった女の子にちょっかい出した挙げ句、嫁になってまで未だにこんな格好させてる変態の最低ロリ親父』だと思ってたけど」

「てめえ…パンじゃなくて釘打ちしたバット食わせるぞ」

「朝から流血はダメよ」

魔魅蔚が2人の間にステッキを翳すと、たちまち2人は神妙に大人しくなる。

今ではキャンプに行った時に川でお魚を感電させる位にしか使われない魔法の杖。母と付き合い始めた時父には、まだ他に女が何人かいた。

それが母にばれて…実際にくらった事がある父の話だと。

「見た目はヒ-トロッドを連想させるが…実際の威力はラフレシアのテンタクラ-なみ」なのだそうだ。

父はしばらく杖を見ただけでPSDの症状に悩まされたらしい。

今はバッテリーも充電されておらず…単なる母のアクセになっているが、抑止力には充分だ。

「そう言えばマギ-の名前を決める時も二人とも揉めたわね-。パパは『日本人だから漢字に拘るべきだろう』ってヤンキー仕様の可愛くない漢字の名前ばっかりで毎日ケンカ毎日流血よ」

それで…真義華。

「父ちゃんの好きな漢字を当ててみた」

「魔魅蔚の憧れの名前だわ出来れば真じゃなく魔にしたかったけど」

過程も結果も全て間違い。

「一生懸命考えてくれたんだね!パパ、魔魅蔚ありがとう!」

姉は感激してるようだ。得てして家族とはこういうなし崩しとかんちがいで日常が続いて行くものなのか。

「そこらのゴスロリポ-クじゃ様にならねえんだよ、姉きの名前はさ。姉きじゃねえと乗りこなせねえ。魔魅蔚のバイクと同じでさ」

母の昔乗っていたバイク、通称【レイジング・フェイト】は今は主役の座をお買い物用のママチャリに奪われ、ひっそりとガレージで眠っている。

父と兄はいつも整備を欠かさずピカピカだけどね。

父が経営するオ-ダメイド専門のレストアやチュ-ニングを請け負う整備工場で昨年の春から高校を中退した兄も働き始めていた。

小学校高学年まで母に女装を強要されて、自我の目覚めと共にソッコ―ぐれていた兄も立ち直り今は父の工場でオイルにまみれて働く日々だ。

「おう!英二、この間お得意さんの坊っちゃんから注文あった痛いやつの図面俺に見せろや」

のはずだが。

「俺の作品は痛いけど痛くねえんだよ。心配すんな親父、発注通りアニメ7割原作3割のテイストで…表情は第13話「届かなかったジングルベル」のラストカットの笑顔…じゃなくて開始7分のややぎこちない笑顔。衣装は指定通り原作にもないやつだ」

「まあ、そこはお前の腕を信用しちゃいるがなあ」

「へへ」

父と兄はなに職人で普段どんな仕事をしているのだろう。


「英二さんきゅ」

「気にすんなよ。アネキ…大体夏菜花の名前だって正統派魔法少女じゃなくて、元ネタはエロゲだべ?」

「元ネタエロゲ言うな!」

静まり帰る我が家の食卓。それは、どうやらタブ-みたいたぜ兄貴。

「英二さあ、お前自分だけ硬派なヤンキーぶってエロゲとか…インストしまくりな訳?」

お姉ちゃんのエアマウスを弄る手つきは放送18禁レベルだ。先ほどまで慈愛に満ちていた弟を見る目が今や糸楊枝並に細い。

「な…何言ってくれちゃってるわけ!?この俺様がエロゲなんかで遊ぶ訳ねえだろうが!!単なる予備知識だよ予・備・知・識!」

「英二よ。てめえの頭に予備知識が収まるようなキャパはねえ!お前の知識は全て本知識だ」

「な…親父!」

「何故ならば..お前は俺の息子だからだ」

「若い頃の英ちゃんに、本当にそっくりなんだから」

「ははあ」

兄は力なく項垂れた。

「学園を飛びだした先に待ち受けるラブとバイトの日々…大人で美人の店長から外国からの留学生…制服は可愛いメイド風で良いのよねえ」

母は胸のところで三角のマ-クを作る。

「棚卸しや接客、調理で好感度を上げろや!」

「でも、さあ…確かに名作扱いされてっけど、イベント重視キャラ重視でシナリオが薄いんだよねえ。まあ私に言わせれば初心者向けの…」

もう、止めて上げて。これは家族ぐるみの精神的レイプよ。

「な…何でアネキがそんなの知ってるんだよう」

「さあね、パパが貸してくれたから」

「親父が!」

「大切な事はすべて息子の部屋が教えてくれる」

息子の部屋からエロゲ拝借かよ。

「こ…この家にはプライバシーってもんがねえのかよ!?」

「お前が脛かじりのニ-トだった頃の話だ」

「みんな、あの頃の英ちゃんがとても心配だったのよ」

「大体親が入ったらダメなんて言う子供部屋なんて世界中に一つも存在しねえ!と俺は思う。まあ、お前も人様の親になってみれば分かるさ」

ぐう正論だが。

「でも今の英ちゃんは大丈夫」


「魔魅蔚?」

「今の英ちゃんは毎日毎日一生懸命働いてパパを助けて、お家にお金も入れてくれる。自慢の息子」

「おう、一人前の男の部屋に誰も断りなく入ったりしねえよ!安心してフラグとナニを立てるがいいぜ」

「あ…ありがとう…父ちゃん…魔魅蔚…そしてアネキ」

どこか虚ろな瞳で兄が周囲を見渡す。

弱き者…は何処だ?

自分より立場が、ぐっと下の弱き者は?

尊厳や誇りを傷つけられ、散々世間から小突きまわされた卑しき弱者が最後に行う行為とは?

ゆらりと兄の英二が私の前に立ちはだかる。

「夏菜花ァ…」

来た!上に虐げられた真ん中の、末っ子イジメが。

これは世の中のイジメの構造そのままではないか。

これは、断ち切らないと行けないものだ。

「おう!ちぃとばかし立って見せろや夏菜花」

チンピラみたいな声で兄が私に促す。

私は兄に言われるまま席を立った。

「夏菜花、お前真面目だからよォ。兄ちゃん時々心配になるのさ。そんな髪で学校行ったら、たちまち校内に巣くうワルどもに目えつけられて、しめられっからよ」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

私の通う学校は進学校だから。お兄ちゃんやお姉ちゃんみたいな輩はいないんだよ。

真面目…実はヤンキーの人がよく使う言葉だ。

ヤンキーの人は大概自分の事は【普通】という認識を持っている。

自分たちはごくごく普通の生活を送る、真っ当な人間であり、それ以外の人々は【真面目】なのである。

例えば今ここにいる人達、私の家族はその典型だ。

「やれんか?あ?優等生の夏菜花ちゃんに、本当にやれんのか?!」

そう言って兄は私の頬を摘まんでから、ぺちぺち叩いた。

「ここは一つ経験豊富なこの兄ちゃんがレクチャ-してやんよ」

そう言って兄は口元に凶悪な笑を浮かべた。いつも兄は小さい頃から私から「ヤンキーごっこ」と称して小銭を巻き上げた。思えば昔から変わらない屑野郎。

同じ金額のおこづかいを貰っても兄はすぐ使ってしまうのだ。

可哀想だから…つき合って来たけど、このままでは多額の借金をこさえた挙げ句家庭を持った私のスイ-トホ-ムにもこの風体で押し掛ける事だろう。

兄妹の間柄とは言え悪習は経たないと。

「ん?どうした、優等生。怖くて声が出ねぇってか?お前唇震えてんじゃねえの。新入生が調子くれた髪しやがってよ。許して欲しけりゃ金…」

私はため息を1つ、ついてから言った。

「お前さあ…高校卒業出来なかったんだから、せめて童貞ぐらいさっさと卒業しろや!この、エロゲ兄貴が!」

「バカが」

姉が舌打ちした。

「ピンクは…我が家でピンクを受け継ぐ者は特別な存在…それも分からねえで仕掛けるとは…所詮は成り損ない…哀れだぜ。寝た子をわざわざ起こしやがって!」

「悦ちゃ…いや魔魅蔚、今のは…」

「毒を塗った楔に抜けない反しが1.2.3…ハイエンドカラー初起動にしてはまずまずね」

「は…が…」

「お兄ちゃん」

「まだ行くのか!?」

「お兄ちゃん、ごめんね。ナナ…少し言い過ぎたよ…でも、もしかしたらナナに意地悪されて、ちょっとキュンとしたでしょ?」

「お兄ちゃん!ナナの中学の時の体操着が行方不明なの」

「ナナの体操着変な事に使ったらダメなんだからね!…は!もしかして、そのツナギの下に着てたりして…」

「もう!それ、お気に入りのブラなんだから、延びちゃうから早く脱いでよお!」

「さ…さっき体操着って」

「回避不可なフルコンに加えて妹キャラ・フルバ-ストで間合い潰し+さり気無い貧乳アピールかよ、妹ながら末恐ろしい女だぜ、ナナ!」

「パパ…そろそろ」

魔魅蔚が首をかき切る仕草をすると楽しいファミリー劇場の終了だ。もっとも私はこの手のおふざけには普段参加しない。

「ナナちゃんのポテンシャルも見せてもらった事だし」

「おう!ナナ…ダウンだ!立ってるように見えるがそいつはもうとっくにコアが壊れてる」

父が私と兄の間に割り込む。なんだ、もう終わりか!つまらない。

「北米版以外は追い討ちは禁止だぜ…知ってるよな!」

元ヤンのくせに随分と杓子定規だ。
父は私の右腕を掴むと高々と差し上げた。

そして長男である兄には厳しい父親の顔を見せる。

「栄二よ…お前がいけてねえのは性癖や嗜好じゃなくて魂だ!エロゲとか妹萌えだからじゃねえぞ。それを妹に突かれた時お前は一瞬でも怯み恥じた…テメエの信じる物や愛するものに背中を向けた…だからお前は負けたんだ。男なら、しれっと固有結界の1つも張って全世界を巻き込みやがれ!」

この人もうヤンキーの残骸すら残ってないらしい。嗜好や性癖じゃなく魂が。

「さっすがナナちゃん!フルスクラッチされたドイツ系ハ-フの美少女…普段は可愛いメイドさん、事件が起きたらさらに可愛い魔法少女にフォームチェンジね」

いや、両方着ないから。

「ははは親の欲目ってやつかい?色々盛り込み過ぎててパパもう分かんない」

ハ-フって…あんた父親の設定から外されてるよ。

「父ちゃん、俺ちょっと海岸線バイクで流して来るわ」

兄は、ふらふらと夢遊病患者のように歩き始める。

「おう!仕事遅れんなよ」

兄は私の顔を見て言った。

「ナナ…体操服や下着は本当に兄ちゃん知らないんだ…エロゲ好きの高校中退のチェリーな兄貴だけど…それは本当に知らないんだ」

「お兄ちゃん」

「本当にナナは可愛いな…俺妹萌えでも構わんぜ」

私と兄のやり取りを見て父はきまり悪そうに言った。

「すまん…!栄二体操服借りたのは俺と魔魅蔚だ」

「そうなの、いつもメイド服とかだと刺激が…パパったらもう!」

「わ私もたまに借りるぞ…お-まだまだ私もいけんじゃんみたいなノリでさ」

「どうして世界は、こんな俺にも優しいんだろう」

兄は天井を見上げて呟いた。

「家族はみんなで助け合うものだからよ」

近くに洗濯物が干してあったなら…怒りで瞬時に乾いていたに違いない。

「ザ…ム」

『ザム?』

「Zum T ten freigegeben…Macht sie nieder!!」

「ま…まさか!」

「あれでまだ覚醒前だってのか!?わ-夏菜花、こっちくんな!!」

「Macht sie nieder!(敵全員殲滅せよ)」

「大変!ナナちゃんがS&Dモ-ドのまま暴走中よ」

「Feuer "offnen !( 撃て!)」

「Feuer! (撃て!)」

「Weiter Feuer, M"anner! (さらに撃て!撃ち続けろ、貴様ら!)」

「Auf die Fenster feuern!(窓に向けて撃つんだ!)」

「Los! (撃て!行け!)」

「Los jetzt! (今だ、撃て!今だ、行け!)」

「Angriff! (攻撃!)」

「Rauchgranate! (発炎筒)!」

「Granate!( 榴弾!)」

「In Deckung! (伏せろ!)」

「In Deckung gehen!( 隠れろ!)」


「Bunker!( 防空壕!」」

「Flugzeug(飛行機!)」


「Panzer!(戦車!)」

「Strassenbahn! 路面電車!」

「LKW !(大型トラック!)」

...meine Familie(私の家族)

Macht sie nieder!(殲滅せよ)...


なんてね。

ヤンキーは横文字で話す外人が苦手らしい。

家族全員壁に張りついたまま怯えた視線を私に向ける。やはり私はこの家では異分子らしい。

「な、何だよナナ…この間まで中学生してたと思ったら英語とかペラペラじゃん…すげえな」

「ドイツ語だよ、お姉ちゃん。夏菜花、将来はお医者になりたいからNHKのドイツ語講座とか見てるんだ」

壁を背にして、へたりこんだ姉に私は言った。もっとも今は電子カルテや英語を使うのが主流だと後で知ったが一般教養だ。

「ドイツ語かあ。私ドイツ語はわかんねえな-、クール オブ ビューティー4のドイツ兵のガヤガヤ声しか聞いた事ないからなあ」

スペルが2文字違ってるけど。

「今のC.O.Dのドイツ兵のガヤ声そのまま連呼しただけ」

それは姉の大好きなゲームのタイトルだ。

「そんなのも分かんないなんて、好きなわりに、やり込みが足りないんだよ真義華姉ちゃんは」

「く…!」

姉は一瞬唇の端を歪めたが、さすが年長者だけあって妹のつまらない挑発には乗らない。

「ふっ」と肩を竦めて。

「..ったく!夏菜花には敵わないよ」

優しく笑った。

「私も勝手にお姉のゲーム借りたからあいこだね」

私はそう言って姉に手を差しのべた。

「戦場に芽生える友情もある」

「地獄のようなアウシュビッにさえ天使は舞い降りたのね」

ここは家なんだけどね。

姉は私が差しのべた手を握ると言った。

「本当言うとな…あんたのブラ黙って借りたのには訳があるんだ」

「訳?」

「ほらだってあんた末っ子だから昔からみんなに「可愛い可愛いって」あんたが生まれる前まで私がわが家のお姫様だった訳じゃん?私それが悔しくってさあ。こっそりあんたのブラを拝借して「何だ、まだ全然お子ちゃまじゃない。全然サイズが小さくて入んな-い」って一人で悦にいってたの、こんなお姉ちゃん許して」

姉は私にぺろりと舌を出した。

Scheisse!(どちくしょうが!)

姉妹の他愛ない貸し借りに、こんなどす黒い秘密が隠されていたなんて。

「お姉ちゃん、私わかんない事が1つあるんだけど聞いていいかな?」

私は姉の手を強く握り締めた。

「将来お医者様を目指すような賢い夏菜花ちゃんが私に質問て何かなあ」

姉も力任せに右手を握り返して来る。

「この間お姉ちゃん、お仕事から帰って来て、疲れてたんだね…ソファで寝ちゃって、むにゃむにゃ寝言言ってたんだけど」

「そら寝言くらい言うでしょ」

私は頷いた。

「ウィーン少年合唱団、特盛汁だくでお願いします」

「え…」

「『ウィーン少年合唱団を特盛汁だくで、おかわりお願いします』…って言ってたよ。お姉ちゃん、あれどういう意味?」

姉の手が緩み今は私の手の中温もりが冷たい汗に変わる。

「ああ満足満足!もうお腹いっぱい…」

「や…めて」

「美しく青きドナウ川に育まれた天使達、風に揺れる金色の髪、薔薇色に染まる頬…あの天使の歌声は一度部屋の明かりを落とした中でいったいどんな調べを…へっへへ」

「やめて!私そんな事言ってない!」

「夢に見るくらいお姉ちゃんの部屋にはそんなものばかりが…」

「それが、どうかした?」

低い声で姉が呟いた。

姉は射抜くように曇りひとつない瞳で真っ直ぐに私を見返した。

「それが、どうかした?」

もう一度私に問い返す。

「私は自分で稼いだお金で好きな事をしているの。なんら恥じ入る事もない。少なくとも脛かじりのあんたに言われる筋合いはない…そうでしょ?」

-結界か。

「今ここで私の原風景を具現化したら…何人たりとも正気を保てまい。浴びてみるか?私の妄を」

出るのか、合唱団が。


まずい。姉と兄と母と父。ここでの私は完全にアウエ-だ。しかし、父が咳払いを1つして言った。


「真義華、父親として言わせてもらうが…正直どうかと思うぞ!」

「魔魅蔚、ちょっと、ひいちゃった」

「しかも3次元だし…アネキィ、がっかりだよ」

「ええ!?」

思わぬ追い風。しかし私は首を振って姉を庇う。

「お姉ちゃんは悪くない!」

いつの間にか姉の頭に飾られた豪華客船タイタニックは床に落ちていて座礁したように見えた。

海辺をバイクで流しに行くと言っていた兄もその場を動けず立ちつくしていた。

「お姉ちゃんもお兄ちゃんも本当は全然悪くない!!」

私は叫んだ。もう我慢も限界だ。

後から後から沸き上がって来る感情を押さえる事が出来ない。

「夏菜花」

「ナナ…」

「ナナちゃん」

「みんなみんな、この家の環境が悪いの…私ずっとそう思ってた。夏菜花がお医者さんになってみんなを治療してあげる」

「いや私たちは別に心の病って訳じゃ」

「おう、コラ!英二、ちょっと嬉しそうな顔すんじゃねえ!」

「夏菜夏ちゃん偉いわ、昼間は優秀な女医さん。事件が起きたら」

「魔魅蔚…ちょっとそこから離れようか」

「女医さんて時点で魔法少女じゃないよ魔魅蔚」

これらが病でなくて一体何だと言うのだ。

私のお姉ちゃん真義華は普段ちょっと意地悪なとこもある。でも面倒見がよくて、さばさばした性格で情が厚い妹の私から見ても憧れるカッコいいお姉ちゃんだ。

兄の英二は子供の頃は優しくて綺麗な絵を沢山書いて私に見せてくれた。本当は家族の中で一番心が優しい人だ。

「お兄ちゃんだって、男なのに毎日女装させられたりしなけれゃ不良になんてならず今頃高校に通って…」

「それは英ちゃんに懇願されたから」

「懇願って、強制とかじゃなくて!?」

「『英二は魔魅蔚の武勇伝に憧れて自分で私たちの洋服を持ち出して自分で化粧してヤンキーや族を狩り始めたんだ…そのうちに血の味を覚えやがって」

私の中で兄の生善説はあっさり崩壊した。目が合うと兄は直ぐ様私から目を反らした。

まさか本当は私の体操服や下着は兄が。
いや、この場合『兄も』とするのが正しい。

「英ちゃんはスタイルだけで愛がないのよ。別にまだ何も悪さしてない子たちを殴るなんて…そのうちホ-ムレス狩でも始めるんじゃないかと魔魅蔚もパパも心配で」

「2人で待ち伏せしてぼこぼこにした」

「そしていじけて拗ねて部屋にひきこもり」

「妹からまき上げた小銭を集めてAmazonで格安の中古エロゲを買い漁る事を覚え…そこで愛を知った」

そっこ-で人生から削除したくなる来歴だよなあ。

「と…とにかく夏菜花はお医者さんになって家族みんなを治療して、その後は世界に出るの!」

「世界…」

「ナナ1人暮らしすんのか?」

「そりゃ将来お医者になる事と何か関係あるのか?」

僻地医療。それが私が将来携わりたい仕事の1つだ。

「カンボジアとかアフガニスタンとかアフリカのお医者にかかりたくてもかかれない、教育はおろか食べる物も満足に食べられず死んで行く…そんな子供たちの助けになる仕事がしたいと思ってるの」

私は自分の夢を家族に語って聞かせた。

「そんな立派な事を俺の娘が言うなんてなあ」

「えらいわ夏菜花ちゃん」

父も母も涙ぐみながら聞いてくれた。

「パパと魔魅蔚がこの家で私たちの事を一生懸命育ててくれたから…私そう思うようになったのかも。夏菜花、高校行っても一生懸命勉強するね」

「卒業するのだって天竺に行く位至難の技だってのに」

「私10日しか行ってない」

「俺は入学式だけ…」

「そして、私は断ち切るの。いえ断ち切れる人になってみせるわ」

「断ち切るって、何を断ち切るんだ?」

「決まってるじゃない【不の連鎖】よ」

【不の連鎖】

劣悪な環境で生まれ育った人間は劣悪な環境の中でも平気で子供を生む。

劣悪な環境を子供のために改善する術さえ知らず。

その中で育てられた子供はさらに劣悪な社会の一員となる…。

「壊れた人間と壊れた人間同士が出会い、無秩序に子供を生み、さらに壊れた社会が形成されて…」

その時の私はかなり調子にのっていた。読み漁った本やテレビで集めた知識を家族の前で披露して得意げだった。家族がどんな顔をしているのか見てもいなかった。

いつの間にか母の顔が目の前にあった。いつもと変わらない母の姿。

優しくて、ふわふわしてて背中を見たらいつも、ぎゅって抱きつきたくなる。

私より身長が2センチ低い、母。母は私の目を覗きこんで言った。

「いけすかない女」


始まりであろうと最後であろうと家では母がラスボス。なぜなら勝っても負けても罪悪感や後悔はつきまとうからだ。

「夏菜花ちゃんは、ちょっとお勉強ばっかしてて可哀想。そのまんまだと、いけすかない嫌な女の人になっちゃうよ。せっかく高校入ったんだから恋とか、お友達とか沢山作ればいいのに」

ぷく-っと頬をふくらませる。
普段通り変わらない母。でも心の中で思っているはずだ。

「私の大切な家族をバカにしたら絶対許さないからね」

母はいつも家族の事を第一に考えている。今日の私の髪だって母なりの…母なりの…それは姉や兄の過去の入学式の様子を見れば分かる。

母やうちの家族には、これが至って普通の事なのだ。しかし…

「私こんな髪、好きじゃない!昔から私に着せようとした洋服も、魔法少女もメイドさんも…みんなみんな私の趣味じゃない!!」

「あら、そう」

母はケロリとした顔で言った。

「だったら、ちゃんと魔魅蔚に言わないと…良かれと思って魔魅蔚はどんどん貴女をもっちゃうから」

母は私に微笑んだ。

「だって、それが魔魅蔚の生き甲斐ですもの」

勿論母に悪気はない。ついでに常識の欠片もない。なんか私が悪いみたいじゃない。悲しくて無性に腹が立つ。

「自分が正しいと思う事でも、それが他の人にそのまま当てはまるとは限らないのよ、夏菜花。いくら正しいからって遠くを見すぎて足元にある花を踏んでいたら…」

冗談じゃない。自分の趣味を押しつけてるのはどっち!?私は全然悪くないじゃない。なのに、なんで!?

「じゃ、これでお仕舞い」

いつも私たちは悪い事をすると母に魔法のステッキで頭を軽くこつんとやられる。

本当はそれが好きで、わざと悪戯したりしたものだ。

私は、そのステッキを掴んだ。

「こんなもの!さっさと捨てなさいよ!あんた一体歳いくつだと思ってんの!?」

「離しなさい、夏菜花!魔魅蔚本気で怒るわよ」

魔魅蔚じゃなくて、お母さんだろ。

「お母さんなんだから、ちゃんとしてよ」

「魔魅蔚のどこが、ちゃんとしてないっていうの!?」

「頭のてっぺんから足の爪先まで全部だ―!!」

ラスボス改め、母は悪い魔女なんだと思う。私が、私たちが、けして母を嫌いになれない、憎む事が出来ない事を、きっと母は知っている。

「こんな髪じゃ、まともな友達なんて出来ないし学校だって行けない!!お母さんだなんて恥ずかしくて言えない!!」

じわりと、母の瞳が少しだけ潤んだ気がした。

私は正しい…よね。母の手が揺るんで私は杖をひったくる格好になった。

「それは…パパと貴女たちとの思い出の…」

手元で空気が押し出されるような籠った音がした。掌に軽い震動が伝わる。

私はロッドのボタンの1つに触れてしまっていた。

放電するワイヤーがロッドから飛び出した。

「そんな…ガスも充電も空にしてあるのに」

私は驚きと恐怖でテ-ブルにロッドを投げ出そうとした。青い電流を帯びたワイヤーがうねりながらキッチンを凪ぎ払う。

「危ない!みんな床に臥せて」

言われるまでもなく、その場にいた全員が床にへたり込んだ。

「ごめん…俺が夕べ工場の皆に見せてびらかしたくて…」

「バカが!それで使えるようにしちまったのか!?」

「ナナちゃん、スイッチから手を離しなさい!右横のボタンが電源オフだから…スペードのボタンよ」

「スペードってこれ?」

私は間違ってダイヤのボタンを押してしまった。

「それはフルオ-ト連射…」

バベルへの裁きか神の怒りの雷か。キッチンは地獄絵図と化した。

この場に居合わせた者で最も不運だったのは。

天井を呑気に歩いていた蜘蛛だった。

ほら田舎なんかに行くとよく見かける。カニ道楽の看板みたいなでっかい蜘蛛だ。

蜘蛛は天井に突き刺さった針を巧みに素早く、かわした。

けれど何本か刺さった針にほんのわずか体が触れてしまったらしい。

高圧電流を浴びた蜘蛛はどうなるか?私は初めてそれを知った。

細くて脆弱な蜘蛛の足。元々関節も弱いのだろう。

電流を浴びた瞬間に蜘蛛はポンと弾けた。タイマー付きのパズルの玩具みたいに。

胴体から全ての足が綺麗にふき飛んだ。

ちょうど蜘蛛がいた場所の真下には姉の真義華がいた。

「お姉ちゃん!上、蜘蛛!」

あまり言葉足らずな私の叫び。

「はん?」

上を向いた姉の顔に蜘蛛だったものが全て落ちて来た。

蜘蛛は雌でお腹に綿菓子みたいな卵を抱えていた。

それは孵化する寸前だったようで…姉の額の上に、ぽとりと落ちた後一斉に中から小さな蜘蛛の子が…ここから先はあまりに凄惨でおぞましい光景なので、私の口からはとても言えない。

刹那響きわたる。姉の人間とも獣ともつかない悲鳴を私は生涯忘れないだろう。

「誰か取ってよお!!」

姉は半泣きで半狂乱であったが普通の女性なら失神していたかも知れない。その意味において私は姉を尊敬する。

でも、もっと大変だったのは父だ。

「すんません…悦子さん…自分悦子さんと出逢う前の女と別れてなくて、いや別れてくんなくてテメエでケジメつけるために今から詰め腹切る覚悟で悦子さんに詫びいれを…」

ロッドの電流の火花を見た直後から父はPSDの発作が再発しフラッシュバック現象を引き起こした。

「親父!しっかりしてくれ!今日は納期の車3台もあって俺らだけじゃとても…夏菜花!魔魅蔚!急いで救急車…」

「英ちゃん、大丈夫。大丈夫よ」

母が父を背中から抱きしめた。

「大丈夫…大丈夫だから。私のせいで、ごめんなさい。本当に本当に、バカなお嫁さんでごめんなさい」

「悦子さん…俺は嫉妬で怒り狂った悦子さんの本気も本気の350万ボルトの電流くらって本当に、嬉しかったんだ。だから、ありがとう。だから……「ごめんなさい」なんて、そんな悲しいことは言わないでくれ。お願いだから」

「ありがとう」

「魔魅蔚~」

「蜘蛛、払ってあげるからいらっしゃい、真義華」

「母さん…俺…ごめん」

「いいのよ。英二も座って」

まるで大切な宝物を抱え込むように。

母と目が合った。

「ごめんなさい」

私は呟いた。

「膝が空いてるわよ」

母は私に目配せした。私は首を横に降って。

「学校行って来る」

母に告げた。


父が「もういいよ」と母に告げて立ち上がる。まだ少し動悸が収まらないのか胸に手を当てたままだ。

「親父、もう大丈夫なのか?」

兄は心配そうに父の顔を覗き込むが。

「これ以上だと仕事行く気がなくなるからな、夏菜花」

「なに?」

「後で2人で入学式顔出すからよ」

「いいよ。2人揃って寝込まれると大変だから」

私の父と母は学校が大変嫌いだ。学校という場所に足を踏み入れた途端に過呼吸や動悸、高熱、蕁麻疹が吹き出して落ち着きを失う。

まるで吸血鬼に教会に来いと言ってるようなものだ。信じ難い話かも知れないが、それが私の両親。

母はあの恐ろしい仕込み杖を「大切な思い出の品」と語っていたが、どんな思い出なのか実は私はよく知らない。

ただ、後で父は私に話してくれた。母はあの杖を昔から「幸せを呼ぶ魔法の杖」と呼んで大切にしていた。

姉が生まれた時も兄の時も私の時もベビーベッドで眠る私たちに。

「幸せになあれ。丈夫でスクスク育ちますように」

一日一回必ずオマジナイをかけていた、そうだ。

「俺も母さんも、お前が言うみたいに不完全でどっか壊れた人間かもしれねえな…多分きっとそうなんだろ。それでも3人も、いい子供達に恵まれた。少なくとも俺自身の人生は上々で幸せだと思う。お前や母さんたちもそうであってくれたらなと俺は思うよ」

「行って来ます」

私はキッチンに居る私の家族にそう告げた。

「後で魔魅蔚が学校に髪の事上手く電話してあげる」

ややこしくなりそうだから止めて…という言葉を私は呑み込んだ。

「私ね」

キッチンにいる私の家族に声をかける。

「お姉ちゃんもお兄ちゃんも…みんなの事大好きだよ」

玄関の扉を開けて外に出る。

4月の風は何処かの家の庭で咲いている桜の香りを運んで来る。

ガレージに置いてある母の愛機レイジング・フェイトは父と母の歴史を知っている。

バイクは何か伝えたくて私に訴えかけている気がした。

「わ・私は別にあんたになんか乗りたくないんだからね!」

「バイクとは口で話すもんじゃないよ」

玄関から母が私にキ-を投げてよこした。私は死際に蜘蛛が吐き出した糸を髪から払い除けて歩き出した。

【魔法少女と呼ばれてRX改】




【ずっと、あなたが好きだった】


水冷デスモクワトロの弾けるような連続音と震動が心地良い。総重量165K、極限までした軽量化された車体に186馬力のエンジン。ドゥカテイの基本性能。

華奢で優雅な貴婦人のような外観にスパルタンな心臓。


後方排気レアウトのマフラーと太腿付近にエキパイがあるせいで着座位置は走行中常に高熱を発生する。

場合によっては火傷を負う恐れがある。余程のバイク乗りでなければ、この車体を欠陥品と呼ぶだろう。

よく母はスカートで乗り回していたものだ。

「お洒落するのも大変なのよ」

そんな母の声が聞こえて来そうだ。

しかもレイジング・フェイトは母仕様のえげつないチュ-ニングが施され乗り手を拒絶する暴れ馬だ。

サスの沈み具合、コ-ナ-での立ち上がりを確認しつつ私は少しずつ彼女の癖や言葉を理解して行く。

まだ背中に辛うじて乗せてもらっている段階。

まだまだ彼女のスペックは底を見せてはくれない。

小さい頃からバイク乗りの両親の影響で私たちはポケバイに親しんだ。

カ-トにも乗ったし楽しかったな。でも3人の中で一番バイクに執着があったのは私だった。

私の大好きな初恋の人はバイクに乗っていたから。

子供の時家族で行った映画館で彼を初めて見た。

「まあた、このパターンかよ。レジェンド出すのはいいけどさ…いつもワンパターンのダブルキックってのもそろそろなあ」

「ナナちゃん、もう帰るわよ」

「もう一回見るの!」

「ねえ、パパ。あの人の名前はレジェンドさん?」

「ああ…あれはな」

自宅でも。

「またナナちゃんパパのDVD勝手に持ち出して」

「いいっていいって、そんなに毎日見るくらいだから、よっぽど好きなんだろう」

「ナナちゃん魔法少女…の時間よ。お姉ちゃんも魔魅蔚も見たいんだけど」

「ナナ、新シリーズ始まるぞ一緒に…」

「これ、見てから」

世界中に溢れている強いヒ-ロ-や可愛いくてカッコいいヒロイン達。

どうして私は彼を好きになったんだろう。彼を演じていた役者さんではなく彼自身の姿に私は恋焦がれた。

人の数だけ世界中に溢れている言葉たち。その中で私の心に留まり続ける不動の言葉がある。

【不の連鎖】

彼は悪の組織に捕らえられ肉体を改造されてしまった改造人間である。

しかし心は改造されなかった。

次々に彼を襲う自分と同じ改造された非人間達。

倒しても倒しても生まれて来る自分と同じ改造人間。

不の連鎖は止まらない。

彼は大した武器もなく己の肉体とバイクだけで立ち向かった。

人気の絶えた海岸通りのヘアピンに差し掛かる。

私は手前の直線で減速する。ふいに蜃気楼のように目の前に車体を倒した黒いバイクの機影が現れる。

バイクを駆るのは禍々しくも美しい飛蝗。

深紅のマフラーが風に靡いている。

私は彼の姿を追って。彼には届かないと知りながら。それでも、あなたに少しでも近づきたくて。あなたのように生きてみたくて。

私の声は潮風に浚われて届かない。

私はスロットルを限界まで引き絞る。

輝く円環。その輪の中からはぐれた孤独な魂が叫び声を上げる。

音も時間も光も越えて私は目の前を走る孤独な影と1つに重なる夢を見る。

私は、あなたが好きだった。
ずっと、あなたが好きだった。本当に、本当に、大好きだったの。

【ずっと、あなたが好きだった】

さようなら魔法少女RX改~ずっと貴方が好きだった~

全然面白くない!なんじゃこりゃ!?なめてんのか!?と言った感想でも読んで頂いた方に感謝m(_ _)mこんな話でありました(滝汗)

さようなら魔法少女RX改~ずっと貴方が好きだった~

二次創作ではありませんがメタなコメディを目指しました(〃^ー^〃)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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