除夜の鐘
三題話
お題
「鐘の音」
「多忙」
「来年は」
大晦日の夜、私は彼の帰宅を待ちわびていた。新年は二人で迎えようと、彼からの提案であったのだが。
先週から急な仕事入ってそれが長引いているようで、ここ数日は日付が変わる頃まで仕事をしている。
とはいえ仕事がない日でもいつも忙しそうにしている彼のことだから、帰宅が遅くなるのは日常だ。
そして今日も、夜になっても連絡すら来ない。
私はゆっくりと立ち上がり窓際へ歩いていく。
分厚いカーテンを開けて窓を開き、ぼんやりと外を眺める。
空は一面雲に覆われ、月も星も隠されている。
暗い世界で、街灯がある路だけ照らし出されている。
それはまるでスポットライトが当たる舞台のようでいて、何か不吉な事が起こりそうだと、私は頭に思い浮かべていた。
ぼーん……ぼーん……。
遠くから鐘の音が聴こえる。
これが開演の合図だ。
◇
ぼーん……ぼーん……。
鐘の音が聴こえる。
駅からの道のり、自転車のペダルを強く踏み込み冷たい空気を切り裂きながら進む。おかげで唯一露出している顔が冷えてしまって、すでに感覚がない。
今年も残り一時間を切った。
新年は二人で迎えようという、彼女とした約束を守るべく帰り道を急ぐ。
ぼーん……ぼーん……。
来年は、二人で除夜の鐘を叩きに行こうか。
やはり大晦日の夜はゆっくりと二人で過ごしたい。来年は絶対に休みにしようと、静かに心に誓う。
信号待ちの間に、呼吸を整える。
空には月も星も見えない。
だから真っ暗なのかというと、街灯があるからそんなことはない。
鐘の音がよく聴こえる。
通りのお店はシャッターを下ろしていて、辺りは静まり返っている。
正面の信号が青に変わった瞬間、再度ペダルを強く踏み込む。
さあ、その角を曲がればもうすぐそこだ。
明るい十字路を右へ。
その先は目が眩むほどの光が待ち受けていた。
◇
鐘ではない、けたたましい音が辺りに響き渡った。
甲高い音と、その後の大きな爆発音。
すぐ近くだった。
私は家を飛び出して、その現場へ向かった。
走って一分もかからないその場所は、明るく照らし出された十字の舞台。
電信柱にぶつかった車はボンネットが潰れて煙をあげていて、近くには歪んだ自転車。
近所の人が集まってきてその惨状を見つめている。
その自転車にはなんとなく見覚えがあって。
どうしてだろう、呼吸がしづらくて胸が痛い。
悪い予感というものは、悪い現実を引き寄せるもので。
私はその場に立ち尽くしたまま心も体も機能を停止させていた。
…
いつの間にか鐘の音はなくなり、代わりに遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
除夜の鐘