シロヒメのぷりゅめきスクールデイズなんだしっ✎

Ⅰ

　その日、森羅（しんら）学園中等部一年の教室に衝撃が走った。
「はじめまして」
　ぺこり。
　教壇に立って頭を下げたのは、
「花房白姫（はなぶさ・しろひめ）です。かわいい子です」
　アリス・クリーヴランドはあぜんとなった。
「じ、自分で『かわいい子』って」
　確かにかわいい子ではあると思うが――
　というかそれ以前に、はるかに大きな〝問題〟があった。
　馬だった。
　全身真っ白な――いわゆる白馬。
　転校生として紹介され、黒板に『花房白姫』と名前を書かれたのは、なんと白馬の女の子だった。
「シロヒメ、三歳だけど、人間の歳ならみんなと同じくらいなんだし」
（そ、そうなんですか……）
　いや、だからそんなことよりもっと大きな問題が――
「ぷりゅしくお願いします」
　あらためて。頭を下げる。
「う……」
　ざわざわざわ。
　驚いたのは当然のようにアリスだけではなく、クラス全体に動揺の波が広がっていく。
「ぷりゅ……」
　つらそうに目が伏せられ、
「シロヒメ、あんまり歓迎されてないみたいなんだし」
　――！
　いままでと違う衝撃にクラスがゆれる。
「みんなと仲良くできたらって思ってたけど……」
　その瞳が悲しそうにふるえ、
「馬は……やっぱり学校に来ちゃだめなの？」
　その瞬間、
「みんな、白姫ちゃんがかわいそうだよ！」
「柚子！？」
　隣の席の友人・五十嵐柚子（いがらし・ゆこ）が不意に立ち上がり、アリスは目を見張る。
「白姫ちゃんは友だちだよ！　ねっ、みんな！」
「ゆ、柚子……」
　戸惑いを隠せないながら、さすがに「そうではない」とは言えない。
　言えるはずがない。
　いや、友だちでないとはっきり思っているわけではないが、だからと言っていきなり受け入れられるかというのも――
（まあ……柚子らしくはあるんですけど）
　柚子は、とても優しい子だ。
　アリスも転校生なのだが、最初から親切にしてくれた。聞けば、お姉さんが高等部にいて、クラス委員長として周りの面倒をよく見ているとのこと。そんな姉の影響だと言うが、彼女自身の心の優しさも十分に大きいと思っている。
　だからこそ涙する人、でなく馬を見て黙っていられないのはわかるのだが――
「そうだよ！」
「五十嵐さんの言う通りだよ！」
「ええっ！？」
　他の者たちまで次々と立ち上がり、再び驚かされる。
　そして一斉に、
「白姫ちゃん！」
「白姫ちゃーん！」
「えええっ！？」
　先を争うように教壇に群がっていく姿に、あぜんと声を失う。
「いや、こんな急に……」
　と、はっとなる。
　クラス中の生徒に囲まれている白馬の口もとに――
　ほんの一瞬、あきらかな〝たくらみ〟を感じさせる笑みが浮かんだ。
　まるで狙い通りだというように。
「！」
　こちらを見る目と、アリスの目が合った。
「はわわっ」
　とっさに顔を伏せるも、
「う……」
　それからずっと――こちらを見つめる視線を感じ続けていた。

Ⅱ

「白姫ちゃん、かわいー」
「白姫ちゃーん」
　休み時間になっても、相変わらず白馬の白姫はクラスのみんなに囲まれていた。さらに噂を聞いた他のクラスの生徒も押し寄せ、教室は人であふれ返っていた。
　そんな騒ぎから距離をあけ、
「………………」
　アリスは一人、先ほど見たものの意味を考えていた。
（どういうつもりなんでしょう……）
　転校生が馬。
　それだけで十分な異常事態ではある。
　しかし、あまりにもみんなあっさりそれを受け入れてしまい、そしてそれが狙い通りとでもいうようなあの笑みは――
「ぷりゅ」
「きゃっ！」
　いつの間にか目の前に白姫の顔があり、思わず悲鳴をあげて跳び上がる。
「ほら、アリスちゃん」
　そばにいた柚子が、
「アリスちゃんとも友だちになりたいんだって」
「ぷりゅ」
　うなずく。
「えっ、あの、自分は」
　彼女の見せたたくらみありげな笑みが頭から離れず、
「し、失礼します！」
　あたふたと席を立ち、逃げるように教室の外へ飛び出した。

「ふぅー」
　屋上へ続く階段に座り、アリスはため息をついた。
「……どうしましょう」
　きっとみんな不審に思ったことだろう。自分でもはっきりとは説明できない。ただどうしてもあの笑いが気になって――
「こんなところにいたし」
「！」
　すぐそばに。
　またも真っ白な馬――白姫が。
「あ、あの……」
　動揺して立ち上がる。
　そんなアリスに向かって白姫はゆっくりと近づいてきた。
「み、みんなは」
「いないし」
「えっ」
「シロヒメ、ぷりゅり足が得意なんだし」
「ぷりゅり足？　忍び足のことですか」
　にやり。再び口もとにあの悪そうな笑みを見せ、
「いまここには他に誰もいないんだし」
「……！」
「ぷりゅー」
　じりじりと。威圧するように迫ってくる。
「な、なんですか……」
　後ろに下がろうとするがそこは階段だ。その先の屋上への扉には鍵がかかっている。
　逃げ場が――ない。
「ぷりゅー」
　厳しい目をこちらに向け、
「なんでだし」
「えっ」
「なんでだって聞いてんだし」
　ドスを利かせ始める。
「ほら。さっさと答えるし」
「答えるって……」
「とぼけんじゃねーし！」
「きゃあっ」
　激しい勢いで迫られ、たまらず悲鳴をあげる。これでは、まるっきり不良におどされている一般生徒の構図だ。
「や、やめてください、悪いことは！」
「悪いことしてんのはそっちだし」
「ええっ！？」
「なんで……」
　憤懣をこめて。言う。
「なんでシロヒメのことをかわいがらないし！」
「……え？」
「シロヒメはかわいいし。だから当然みんなからかわいがられるし。なのに」
　ぎろっ。こちらをにらみ、
「一人だけシロヒメをかわいがろうとしない子がいたんだし。ムカつくし」
「そ、そんな」
　あたふたとなり、
「そんなつもりはなくて……えーと」
「どんなつもりだし？」
「どんなつもりもなくて」
　次の瞬間、
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「きゃあっ」
　突然蹴り飛ばされたアリスは、大きくのけぞり階段の上に倒れこんだ。
「ぐ……ぐふっ」
　ぴくぴくと痙攣する。
　そんなアリスを罪悪感のかけらもない目で見下ろし、
「まったく。とんでもない子だし」
「とっ……！」
　たまらず起き上がり、
「とんでもないのはそっちですよ！」
　大きな声を張り上げる。
「なんてことをするんですか！　死んじゃったらどうするんですか！」
「シロヒメをかわいがらないからだし」
「だからってひどすぎます！」
「シロヒメをかわいがらないほうがずっとひどいし！」
「えぇぇ～……」
　あくまで自分の言うことを曲げない白姫にアリスは絶句する。
　そして思い知る。
　白姫は……この白馬の女の子は――
　とんでもなくわがままなのだ！
「なんだし、その目は」
「い、いえ」
　あわてて視線をそらすも、追求は止まらず、
「シロヒメのこと嫌いなんだし？」
「き、嫌いというわけでは」
「だったら」
　またも唐突に、
「友だちになるし」
「ええぇっ！？」
　思わず驚きの声を上げてしまう。と、またも不機嫌な顔になり、
「イヤなんだし？」
「イヤというわけではなく、その、いきなりすぎて」
「だったら、いいんだし？」
「えーと……」
「イヤなんだし？」
「や、やめてください、ヒヅメを素振りするのは！」
「素蹴りだし」
「とにかくやめてください！」
「わがままだしー」
「わがままはそっちです！」
　なかばヤケになり、
「わかりましたから！　友だちになりますから！」
「当然だし」
　胸を張ってそう言ったあと白姫は――
　にこっと笑った。

Ⅲ

「はーくーばー、はーくば～♪　のーやーまーもーさーとーもー、みーわーたーすーかーぎーり～♪」
「なんですか『見渡す限り白馬』って……」
　音楽の時間。
　気持ちよさそうに歌う白姫のその歌詞にアリスは脱力する。
「きゃー、白姫ちゃん、歌上手ー」
「ホント上手だよねー」
「う……」
　周りの反応にいっそう肩が落ちる。
　あれから一週間。
　学校のみんなが相変わらず白姫を大好きな一方で、アリスはその白姫に毎日ひどい扱いばかり受けていた。
『えー、別にいいんだしー。友だちだからー』
　それが彼女の言い分だった。
「なんで自分ばかりひどくされるんでしょう……」
　正直、泣きたくなってしまう。
　白姫が他の者にきつく接している様子はない。もしそんなことがあったらすぐに噂になっているはずだ。
（けど、まさか……）
　自分にしているのと同じく、周りに気づかれないよういじめていたりするのだろうか？
　いや、さすがにそこまで悪い子ではないと思いたいのだが――
「ぷりゅ」
「きゃっ」
　不意にまた白姫の顔が前にあり、物思いにふけっていたアリスは驚きの声をあげる。
「ぷりゅー」
　目つきが険しくなり、
「なんかシロヒメの悪いこと考えてたし？」
「ぎくっ……」
　さすが白馬というべきか、彼女には人間以上にするどいところがあった。
　加えて、アリスは嘘がつけない性格だ。
「あの、悪いことというか、その」
　白姫は、
「ちょっと、こっち来るし」
「あ、あの……」
　どこかへつれていかれそうになり、あたふたとなる。物思いにふけっている間にすでに音楽の授業は終わっていた。
　助けを求めるように柚子のほうを見るが、
「仲いいねー、アリスちゃんと白姫ちゃん」
「ええぇ～？」
「そうだよねー」
「いつも一緒にいるもんねー」
　クラスメイトたちもうなずく。
「いえ、いたくているわけではなくて」
「ぷりゅ」
「し、白姫ぇ～」
　制服の襟元をくわえられたアリスは、そのままずるずると引きずられていき、
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「きゃあっ」
　クラスメイトや他の生徒たちにまったく気づかれない通路の奥まった場所に、ヒヅメの音と悲鳴が響き渡るのだった。

Ⅳ

「こーこーろー、ぷーりゅり～♪　ららら、はーくーばーのこ～♪」
「なんですか『心ぷりゅり』って……」
　廊下を歩きながらごきげんで歌う白姫に、ぐったりした顔のアリスがつぶやく。
「シロヒメ、ぷりゅ万（まん）馬力なんだし」
「ぷりゅ万馬力……」
　もうツッコむ気力さえ起きない。
「あっ、白姫ちゃんだー」
「白姫ちゃーん」
「ぷりゅー❤」
　廊下をすれ違う生徒たちに愛想よくしっぽをふる。クラスメイトはもちろん、学校中ですでに彼女は人気者だった。
　と、不意にこちらをにらみ、
「なにそんな顔してんだし」
「えっ」
「もっと明るい顔するし。まるでシロヒメがいじめてるみたいだし。イメージ悪いし」
「い、いじめてるじゃないですか、実際」
「ぷりゅーっ！」
「きゃあっ」
　すると、
「白姫……ちゃん？」
「！」
　はっとなった彼女はすぐに、
「ぷりゅ～❤」
　先ほど以上の愛想の良さを見せる。
　あぜんとなっていた生徒たちも笑顔を取り戻し、
「びっくりしたー。だって白姫ちゃん……」
「うん。アリスちゃんに襲いかかろうとしてたみたいな……」
「ぷりゅぷりゅぷりゅ」
　首を横にふる。そんなことはないと言うように。
（そんなことありますよ……）
　心の中でつぶやくも口には出せない。そんなことをしたら、またあとで何をされるか――
（って、完全にいじめの構図じゃないですか！）
　がく然となる。
「まったく」
　周りに誰もいなくなったのを見計らい、
「危ないとこだったし。アリスのせいでシロヒメの人気が下がりでもしたらどうすんだし」
「だったら、いい子にしてください……」
　届かないと知りつつ、つぶやかずにはいられなかった。

「ぷりゅーわけで、今日もみんなに馬のことを正しく知ってもらうしー」
　教室――
　白姫が転校してきた理由の一つに『馬と人との相互理解を深める』というものがあった。
　いわば〝種族間交流〟ということになる。
（国際交流みたいなものですか……）
　そういう意味では、アリスも日本の学校に通っていることで国際交流にはなっている。
　もっとも白姫ほど珍しくは絶対にないのだが。
「馬と人間は昔からずーっと仲良くしてきたし」
　教壇に立った白姫が語る。
（だったら、自分とも仲良くしてください……）
　こちらの心の声を知ってか知らずか、
「けど、人間は馬から離れてしまったんだし。いま人間のそばに馬はあんまりいないんだし。馬はとっても悲しいんだし」
「そうだよね」
　隣の席の柚子がうなずく。
「白姫ちゃんの言いたいこと、なんとなくわかる。わたしたち、馬のことを昔みたいにもっと大事にしないとだめだよ」
「はあ……」
　その馬の白姫に、いま自分が一番大事にされていないのだが。
「ぷりゅーわけで」
　器用に黒板に何かを貼り付ける。
「な、なんですか、これは……」
　あぜんとなる。貼り出されたそれは、
『ぷりゅ』
『ぷりゅぷりゅ』
『ぷりゅりゅ』
　といった言葉がずらりと書かれた何かの表のようなものだった。
「これから馬語講座を始めるし」
「馬語講座！？」
　今日もまた驚きの声をあげてしまう。
　と、すかさずにらまれ、
「なんだし？　やりたくないんだし」
「やりたくないわけではなくて……馬語？」
「そうだし」
　ぷりゅ。うなずき、
「馬語。もしくは、ぷりゅ言語というし」
「ぷりゅ言語……」
「コミュニケーションの第一歩として言葉はとても大切なんだし」
「大切ですけど……」
「だったら、つべこべ言わずやるんだし」
　ぎろり。またもこちらをにらむが、すぐ愛想のいい顔に戻って教室を見渡し、
「さー、シロヒメのあとに続いて一緒に言うんだしー」
「みんな、白姫ちゃんが自分の言うことを一緒に言ってもらいたいみたい」
「ゆ、柚子……」
　あまりになんのためらいもない彼女に戸惑うしかない。
　と、クラスにも同じような空気が広がっていき、
「さー、シロヒメに続いてー」
　号令の後、
「ぷりゅぷりゅー」
「「「ぷりゅぷりゅー」」」
「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
「「「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」」」
「ぷりゅぷりゅりゅ。ぷりゅりゅ」
「「「ぷりゅぷりゅりゅ。ぷりゅりゅ」」」
　アリスは、
「な……なんなんですか、これは」
　とても普通の中学校でくり広げられるべき光景とは思えなかった。
「そこ、なに黙ってるしーっ！」
　ブォンッ！
「きゃあっ」
　うなりをあげて飛んできた蹄鉄に悲鳴をあげてのけぞる。
「なんてものを飛ばしてるんですか！」
「あれだし。チョーク飛ばすのと同じだし」
「やめてください！　危ないですよ！」
「シロヒメ、授業は厳しくいくし。いつもは優しいけど」
「いつもも優しくないです！」
　抗議の声を張り上げるが、何事もなかったようにそれからも馬語の授業は続けられるのだった。

「はい、今日はここまでー」
　チャイムと共に白姫がそう言い、アリスはぐったりと机の上に突っ伏した。
「楽しかったね、アリスちゃん」
「はあ……」
　確かに、柚子を始め、クラスのみんなは楽しそうに『馬語』を話していた。しかし、いろいろな疑問が晴れないまま、それでも白姫の怒りが怖くて周りに合わせていたアリスは、精神的にかなり疲労させられていた。
　一方でクラスのみんなと同じくごきげんな白姫は、
「最後にワンポイントレッスン。シロヒメは『ぷりゅ』って言ってるけど大人の馬たちは『ぷる』って言うんだし。大人っぽいんだし」
（大人っぽい……？）
「次回は馬と日本語について考えるし。だいたい馬の字を使う日本のことわざにはひどいものが多いんだし。『馬耳東風』とか『馬の耳に念仏』とか。とんでもない誤解なんだし。馬は耳がよくて、それに賢いんだし。賢さと言えば、あれひどいんだし！　『馬鹿』って！　馬も鹿もとっても賢いんだし！」
（それはそうかもしれませんけど……）
「人間はもっと馬権（ばけん）をそんちょーするんだし！　馬にだって権利はあるんだし！　シロヒメ、それをわかってもらうために全力で……」
「あ、あの、もう十分、白姫の意気ごみは伝わりましたから」
　延々続きそうな気配にあわてて立ち上がり、
「もう休み時間ですし、それくらいで」
「ぷりゅー」
　不服そうに鼻を鳴らすも、
「まあ、いいし。明日も明後日もずーっと学校はあるんだし。シロヒメ、ずっと学校のみんなと一緒だし」
　そして――
「学校に来れてよかったし」
　にこっ。心からの笑顔を見せた。

Ⅴ

　そんな非日常な日常が続いた――ある日のこと、
「ぷりゅ！」
「どうしました、白姫？」
　昇降口で驚きの声をあげた白姫に、アリスが問いかける。
「……って……」
　アリスはいまさらながらという顔で、
「なんで、白姫にもシューズボックスがあるんでしょう……」
「当たり前だし」
「当たり前なんですか？」
「土足で学校の中に入れるわけないんだし。ちゃんと上蹄鉄（うわていてつ）に履き替えてるんだし」
「ウワテイテツ！？　上履きのようなものですか？」
「そんなことより……」
　白姫の表情が険しくなり、
「とんでもないことになったんだし」
「とんでもないこと？」
「いつかはこの日が来ると思ってたけど……」
　いつにない深刻な空気にアリスも息をのむ。
「い、いったい何が……」
「………………」
「白姫……」
　彼女は――言った。
「来てしまったんだし」
「来た？　はい『この日』が来たって……」
「そうじゃないんだし！」
　そして白姫は、
「これだし！」
　アリスに掲げてみせたのは、
「ええっ！？」
　それは――
「ひょっとして……」
「そうなんだしー」
　とたんに白姫の表情がとろける。
「靴箱に手紙と言ったらあれしかないんだしー。ラブレターだしー」
「でも、ずいぶん古風な……」
「きっと伝統を重んじる大人なイケメンなんだし。シロヒメにふさわしいんだし」
「そ、そうですかね……」
　白姫の決めつけに疑問を持ちつつ、
「でも、どうするんですか」
「ぷりゅ？」
「だから、その、手紙へのお返事は……」
「ぷりゅー、アリスわかってないしー」
　白姫はやれやれというように肩をすくめ、
「こういうのは『放課後に校舎裏で会いたい』って決まってるし」
「そこまで古風ですか？」
「そうなんだし。きっとそうだし」
　読む前からまたも決めつけてしまう白姫。
　そして、うれし恥ずかしそうにわくわくし始め、
「放課後が待ち遠しいんだしー。どんなイケメンが来るんだしー」
　アリスは、
「………………」
　浮かれる白姫を前に何も言うことができなかった。
　馬にラブレター？　あり得ないと思いつつ、相手も馬ならあり得る可能性が――
（い……いやいやっ！　だいたい馬は字を書きませんから！　白姫だけですから！）
　白姫によって自分の中の常識が侵されていることにがく然としつつ、アリスは早くも放課後が不安で仕方なかった。

　そして、
「ぷりゅ！」
　放課後。校舎裏で白姫を待ち受けていたのは、
「こ、こっちパターンだったし……」
「う……」
　白姫に続いてアリスも絶句する。
　彼女たちの前にいたのは、目立つ髪型に加えて制服を着崩したいかにも『ワル』という見た目の生徒たちだった。
「まー、こういう日が来ることも予想してたし」
「ええっ！？」
「シロヒメ、人気者なんだし。人気とかわいさと賢さでできてるのがシロヒメなんだし」
「そ、そうなんですか……」
「そんなシロヒメの人気をねたむ子が出てくるのは当然なんだし。蹄鉄に画びょう入れられたりとかするんだし」
「それは難しいと思いますけど……」
「実際、アリスとかやりかねないしー。シロヒメのかわいさに嫉妬してるからー」
「嫉妬してないです」
　そこははっきり否定する。
「とにかく」
　白姫は目の前にいる不良たちに視線を戻し、
「シロヒメ、ピンチなんだし」
「ど、どうしましょう……」
「どうもしないんだし」
「えっ？」
「当たり前なんだし」
　白姫は落ち着き払った顔で、
「シロヒメ、このままピンチでいるんだし」
「えっ、ちょっ……」
　あぜんとなり、そしてすぐあわてて、
「な、何を言ってるんですか！　ピンチなんですよ！」
「そうだし」
「『そうだし』じゃなくて……いやそうなんですけど」
「そうだし」
「だからぁ～……」
　なぜか落ち着いている白姫を前に、アリスのほうがあたふたしてしまう。
　――と、
「！」
　不良たちが動いた。
「ま、待ってください！」
　アリスはとっさに白姫をかばうように両手を広げた。
「やめてください！　確かに、その、白姫は悪い子なところもありますけど、だからってこんなことは……」
「ぷりゅーっ！」
　パカーーーン！
「きゃあっ」
「邪魔してんじゃねーし」
「え？　え？」
「あと、シロヒメが悪い子ってどういうことだし」
「それはこんなことをするから！　……って」
　アリスは驚きあわてて、
「じ、邪魔するなってどういうことですか！？」
「そのまんまの意味だし」
「そのまんま！？」
「そうだし」
　やはり落ち着き払って白姫はうなずき、
「ちゃんと助けに来てくれるし」
「えっ」
「シロヒメみたいな美少女がピンチのときには、カッコいい男子が助けに来てくれるのがお約束なんだし～❤」
「ええぇ～……？」
　少女漫画のような展開を本気の目で語る白姫にアリスはがく然となる。
　と、そこへ、
「どきな！」
「きゃっ」
　不意をつかれて突き飛ばされるアリス。
「白姫！」
　不良たちが白姫に手を――
「白姫ちゃ～ん❤」
「えっ？」
「ぷりゅ？」
「やっぱり、かわいー」
「おい、こっちにも頭なでなでさせろよ」
「白姫ちゃ～ん」
　白姫は、
「ぷ、ぷりゅ……」
　とろけきった顔の不良たちに囲まれ、戸惑いの息をもらした。
　アリスも同じようにあぜんとなる。
　――と、
「あっ」
　アリスの記憶に目の前の光景と重なるものがあった。
　普段の白姫だ。
　いつも学校中の生徒たちに囲まれている人気者の白姫。
　ひょっとして――
　不良に見える目の前の生徒たちも、そんな輪に加わりたかったのかもしれない。しかし、周りの視線を気にして、素直にそれができなかったのだろう。
　だから、こうして人目のつかないところに呼び出したりしたのだ。
「よかった……」
　ひとまず危険がないとわかり、ほっとするアリス。
　と、次の瞬間、
「ぷりゅーーーっ！」
　パカーーン！　パカーーン！
「白姫！？」
　不良たちを蹴り飛ばした白姫に、アリスは目を見開く。
「な、何をしているんですか！　その人たちに白姫をいじめるつもりはないんですよ！」
「だからだし」
「ええっ！？」
「ぷりゅー」
　白姫は不満いっぱいというように鼻を鳴らし、
「まったく不良のくせに気合入ってねえんだしー」
「えええっ！？」
「ちゃんとシロヒメを襲ってくれないとイケメンが助けに来てくれないんだし。せっかくのおいしい展開が台無しなんだし」
「そ、そんな……」
　あまりに自分勝手なことを言う白姫にアリスは絶句する。
「鍛えなおすんだし」
「えっ！？」
「当然だし」
　白姫は威圧感たっぷりに不良たちをねめつけ、
「本当のワルの道を叩きこむんだし。ちゃんとシロヒメを襲えるように」
「あの……えーと……」
　いろいろ矛盾に満ちた言葉になんと言っていいかわからなくなるアリス。
　そんなアリスを尻目に、
「おまえら、行くしーっ！」
「う……」
「う、うすっ！」
　勢いに引きずられるように不良たちは白姫の後について駆け出していった。
　一人残されたアリスは、
「えっ、ちょっ……そういうことでいいんですか？　あの、みなさん！？」
　不良たちを引きつれた白姫は、
「ちっちゃなころからぷりゅぷりゅでー、じゅうごではくばとよばれたよ～♪」
「なんですか『ちっちゃなころからぷりゅぷりゅ』って！　あと、白姫は生まれたときから白馬ですし、そもそも三歳ですからーーーっ！」

Ⅵ

「おっス、番長！」
「失礼します、番長！」
　深々と頭を下げる不良生徒たちに、
「ぷりゅ」
　重々しいうなずきを返してみせる。
　あれから一週間。
　白姫は学園の不良のトップとして恐れられる〝番長〟になってしまっていた。
「どうしてこんなことに……」
　そこへ、
「アリスちゃん」
「柚子」
　つらそうに目を伏せた彼女は、
「白姫ちゃん……どうしてああなっちゃったんだろう」
「それは……」
　なんと説明すればいいのだろう。
　と、柚子は涙を浮かべ、
「わたしたちが何か良くなかったから、それで悪い子になっちゃったのかな」
「そんな……」
　そんなことはない！　とっさに言おうとするもその言葉が出ない。じゃあどういうことだと聞かれれば、やはり何も説明できないのだ。
「わたし、聞いたよ！」
　さらにとんでもないことを柚子が言う。
「白姫ちゃんが深夜の街中を暴走してるって！」
「暴走！？」
　バイクに乗って疾走している白姫が思い浮かぶ。
「そんな……いや、白姫ならやれちゃいそうですけど」
「やっぱり……」
　あらためて柚子が涙を見せる。
　アリスはあわてて、
「柚子」
　落ち着かせるように肩に手を置く。
「何も悪くありません。それだけは間違いありませんから」
「アリスちゃん……」
　と、その目がはっと見開かれる。
「そっか……」
「柚子？」
「そうなんだね！　そういうことなんだね、白姫ちゃんは！」
「え……え？」
「だって、いまアリスちゃん、言ったよ！　何も悪くないって！」
「いや、その、それは柚子たちに何も責任がないという意味で……」
「白姫ちゃんは悪い子じゃないんだ！　正義の番長なんだ！」
「正義の番長！？」
「馬だから『馬（ば）ん長』なんだ！」
「馬ん長！？」
「だって、ほら！」
　白姫に向かっておじぎしている不良たちを見て、
「みんな、すごく礼儀正しくしてるよ。きっと白姫ちゃんが指導してるんだね」
「指導は……してるみたいですけど」
「ほら、そうやって学校の平和を陰から守ってるんだよ。そういう正義の番長なんだよ」
「えー……と」
　何をどう訂正すればいいのかわからない。
　正義？　でないのはほぼ間違いないのだが、それをここで言っても――
「だけど……」
　柚子の表情が再び沈む。
「本当の白姫ちゃんをわかってくれない人もきっといるよね」
「は、はあ」
　まず柚子自身がそういう感じなのだが。
「白姫ちゃんのことを誤解して、本当に不良になったって思ってるかも。先生の中にもそういう人がいるみたいだから」
「えっ！」
　驚かされる。
「先生の中にも……」
　最悪の展開が頭に浮かぶ。
　白姫が不良たちのリーダーになったと誤解（？）した先生たちが――
　彼女を……退学に――
「そ、そんなのだめですよ！」
「えっ」
　突然の大きな声に柚子がきょとんとなる。しかし、アリスは自分の思いついたことに完全に気を取られていた。
「そんな……確かにいろいろ悪いこともしますけど、でも、学校に来ることをよろこんでいるのは本当なんです。なのに退学なんて」
「退学……？」
「そんなの絶対だめですからーーっ！」
「ア、アリスちゃん！？」
　柚子があぜんとする中、アリスは猛烈な勢いで走り去っていた。

「ここですね……」
　声にふるえが混じる。
　いまは閉店した古いゲームセンター。ここが、白姫の率いる不良たちの集まる場所だという情報をアリスは得ていた。
　緊張感を伴いつつ、店内へ続く階段を下りていく。
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「！」
　鳴き声とそれに続くヒヅメの音を聞き、足を速める。
「白姫！」
　そこでは、
「ぷりゅっ！　ぷりゅっ！　ぷりゅぷりゅぷりゅぷりゅ……」
「ああっ！」
　ショックで息を飲む。
「なんてことをしているんですか！」
　悲鳴まじりに飛び出した。
「ぷりゅー？」
　なんだ？　というようにこちらを見る白姫。その足元では――
「な、なんてことを」
　声をつまらせる。
　白姫は平然と、
「ちょっとヤキ入れてたんだし」
「！」
　絶句する。
「シロヒメ、学園をきょーふで支配してるんだし。君臨してるんだし」
「白姫……」
　涙が浮かぶ。
「自分、信じてたのに」
「ぷりゅ？」
「白姫は本当はそこまで悪い子じゃないって……信じてたのに！」
　大声と共に涙が飛び散る。
「もう許せません！　自分、白姫を止めてみせます！」
「ぷりゅー？」
　不機嫌そうに目を細め、
「なに言ってんだし。アリスのくせに」
「そんなこと関係ないです！」
　本気で激高し、
「白姫！　自分と勝負してください！」
「ぷりゅぅー？」
　あっさりと、
「イヤだし」
「えっ……！？」
　気合いっぱいの宣言をすかされ、思わずよろめく。
「なんで、シロヒメがアリスと勝負しなきゃなんないし。アリスなんかと」
「やめてください、『なんか』なんて言い方！」
「だって『なんか』だしー」
　そう言ったあと、近くにいた不良の一人に、
「アレを呼ぶし」
「うす！」
「『アレ』……？」
　嫌な予感を覚える。
「先生！　お願いします！」
「先生！？」
　なぜこんなところに教師が？　と思ったのもつかの間、それが違う意味での『先生』だということに気づかされる。
　時代劇で見た。こういうときに先生と呼ばれるのは――
「う」
「ユイフォンじゃないですか！」
　店の奥から現れたのは、アリスと同じように外国からの転校生で、剣術の達人であるという少女・何玉鳳（ホー・ユイフォン）だった。
「用心棒に雇ったんだし。シロヒメ一家の」
「雇わないでください！　一家も立ち上げないでください！」
　大声で訴えてしまう。
「雇われたってことは……お金で」
「なんてことを言うし」
　頬をふくらませ、
「学校の子をお金で雇ったりするわけないし。金銭のやり取りなんて発生してないし」
「じゃあ……」
「なんか用心棒ぽいってシロヒメが言ったらのこのこついてきたんだし。ユイフォン、アホなんだし」
「なんてことを言ってるんですか、白姫こそ！」
　たまらず抗議する。
「うるせーし！　いいから、ユイフォン、やっちまえだし！」
「う」
　前に出てきた彼女にあわてて、
「や、やめてください！」
「なんで？」
「なんでって……」
「ユイフォン、用心棒に雇われてる」
「だめですよ、そんな悪いこと！」
「う？」
　首をひねり、そして白姫に、
「だめなの？」
「ちょっとくらいやっちゃっても問題ないし。どうせアリスだから」
「どうせアリスだから」
「やめてください、ユイフォンまでそんなことを言うのは！」
　やはり大声を張り上げてしまう。
　と、あらたな涙がにじみ、
「ユイフォンはわからないんですか！？　白姫は悪いことをしてるんですよ！」
「悪いこと？」
「そうです！　仲良くしてる人にまで暴力を……」
　そのとき、
「あっ」
　先ほど〝ヤキを入れられて〟いた不良生徒がよろめきながら立ち上がる。
「だ、大丈夫ですか！？」
　あわてて支えようとしたその瞬間、
「ありがとうございました！」
「えっ……？」
　支える前にお礼を言われ、きょとんとなる。
　と、それはこちらに向かってでなく、
「ありがとうございました、番長！」
「なんのなんのだし」
「って、なんで白姫がお礼を言われてるんですか！」
「とーぜんだし」
　ぷりゅ。鼻を鳴らし、
「シロヒメ、気合を入れてたんだし。とーこんちゅーにゅーなんだし」
「闘魂注入！？」
「そうだし」
　するとさらに、
「番長！　自分にもお願いします！」
「自分にも！」
「え……ええぇ～？」
　次々と不良たちが群がる光景にがく然となる。
「い、いじめじゃなかったんですね」
「当たり前だし」
　うなずき、
「というわけで、シロヒメ、忙しくてアリスの相手してる暇ないんだし。ユイフォンがてきとーに相手するし」
「う」
　あらためて前に出る。
　しかし、
「………………」
「ぷりゅ？」
「うー」
　困ったようにふり返り、
「適当って……どうやって？」
「もー、ユイフォン、アホだしー」
「ア、アホじゃない」
「まー、とりあえず斬っとくし」
「う」
「斬らないでください、とりあえずで！」
「じゃあ、真剣に」
「真剣にもやめてください！」
　どうすればいいか途方に暮れてしまうが、白姫を更生させなければいけないことには変わりがない。
（でも、どうやって）
　と、思いがけないアイデアがひらめく。
「白姫！」
「なんだしー」
　うるさそうに顔をしかめ、
「アリスなんかの相手してる暇ないしー。アリスなんかのー」
「う……」
　とっさに『なんかなんて言わないで』と訴えたくなるも、ぐっとそれをこらえ、
「……さい」
「ぷりゅ？」
「自分も……白姫の……」
　ためらうも、覚悟を決めてアリスは言った。
「白姫の仲間にしてください！」

Ⅶ

「ぷりゅーーっす！」
「ぷ……」
「ぷりゅーっす」
「おまえら、気合入ってないしーっ！」
　パカーン！　パカーン！
「きゃあっ」
「あうっ」
　容赦ない蹴りが放たれ、アリスはユイフォンと共に吹き飛んだ。
「や、やめてください、暴力は！」
「アリスたちが気合入ってないからだし」
　白姫は平然と、
「イヤだったらやめるし？　シロヒメはそれでも構わないしー」
「ううう……」
　やめたい。
　それが正直な気持ちだったが、やめるわけにはいかない。
　これはすべて彼女を更生させるためなのだ。
「でも……」
　自分の服装に目を落とす。
　いかにも往年の不良や応援団と言うべき学ラン姿。その背中には白い糸で大きく『白』と刺繍がしてあった。
　隣に立つユイフォンも同じ格好をさせられている。
（黒い服に『白』って……）
「なんか文句あるし？」
「ええっ！」
「そういう顔してたし。シロヒメ、わかるんだし。賢いから」
「う……」
　いまここで離れるわけにはいかない。懸命に自分の気持ちを押し隠す。
　一方、
「ユイフォン、やめたい……」
「ぷりゅぅー？」
　白姫が『なにぃ』と言いたそうににらむ。
「なんか言ったし？」
「う……」
　その迫力にひるむも、
「や、やめたい……」
　直後、
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「あうっ」
「だからやめてください、暴力は！」
　あわててユイフォンをかばう。
　白姫はしれっと、
「だって、ユイフォンが悪いし、シロヒメの優しさをわかってないし」
「どこが優しいんですか！　真逆ですよ！」
「優しいし。ユイフォンが用心棒としてだめな代わりに、ちゃんとこうして鍛えてあげてるんだし」
「そんな……」
「ぷりゅ！」
　びしっ！　とヒヅメを突きつけ、、
「ユイフォン、用心棒、失格なんだし！」
「う……！」
「だって、そうだし。ユイフォン、ぜんぜんすごみがないんだし。そんなんじゃ、用心棒として役に立たないんだし」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、あやまることないですから」
「だからだし！　シロヒメ、ユイフォンのことを思ってあえてこうして厳しくしてるんだし」
「白姫……」
　ユイフォンが目をうるませ、
「ありがとう」
「ぷりゅいたしまして」
「お礼言うことないですからーっ！」
　またも声を張り上げてしまう。
　白姫を更生させようと思い、こうして『仲間』になったアリス。
　しかし、それは思っていた以上に過酷だった。
「じゃあ、今夜も行くし」
「行く？」
「そうだし」
　うなずいて、
「深夜のハイウェイを爆走するんだし。風になるんだし」
「ええぇっ！？」
　驚きの声をあげる。と同時に思い出す。
　柚子が言っていた――白姫が深夜の街中を暴走しているらしいと。
「や、やめてください！」
「ぷりゅぅー？」
　気に入らなさそうに目を細め、
「シロヒメに命令すんだし？」
「そういうことではないですけど、でも迷惑になるようなことは」
「世間を気にしてたら自分らしく生きられないんだし」
　そう言うと、きらめく瞳で、
「シロヒメ、自分らしく馬らしくありたいんだし」
「ぜんぜん馬らしくないですよ、シロヒメのやっていることは……」
「いいから行くしーっ！」
「あ、ちょ……待ってください、白姫―――っ！」

　パカラッ、パカラッ、パカラッ――
「ハァ……ハァ……」
　確かに、爆〝走〟ではある。
「ま、待ってください……」
「ううう……」
　懸命に走るアリスとユイフォン。しかし白姫ははるか遠くに行ってしまっている。
　当然だ。
　人が足の速さで馬に勝てるわけがない。
　白姫の『爆走』とは、当たり前の話ではあるが車やバイクではなく自分の足で走ることだった。
　不良のイメージに引きずられていた自分の早とちりに赤面する思いだ。
　しかし――
　まさかこうして一緒に〝爆走〟させられるとは。
「ハァ……ハァ……」
「ううう……」
　体力の限界でそろって道の端にしゃがみこんでしまう。
「タラタラしてんじゃねーしっ！」
「きゃあっ」
「あうっ」
　Ｕターンしてきた白姫にどなられ、二人は飛び上がる。
「で、でも、無理ですよ。自分たちが乗り物もなしで白姫についていくなんて」
「何が『乗り物』だし。アリスはぜんぜんわかってねーし」
「えっ」
「アホなんだし」
「う、アホ」
「やめてください」
　わかってない――とは？
「昔は乗り物なんてなかったんだし」
「はあ……」
「乗り物の代わりにちゃんと馬がいたんだし！」
　じれったそうに言う。
「人間は馬のことを忘れて車やバイクにばっかり乗るようになったんだし。馬のほうがかわいいし賢いのに」
「は、はあ……」
「だからだし」
「えっ」
　唐突な『だから』に目を見開く。
「シロヒメがこうして街中を疾走することで、どれだけ馬がいいかということをあらためて人間のみんなにわかってもらうんだし」
「えぇーっ！」
　そんな目的で走っていたのか！？
「い……いやいやいやっ」
　あわてて頭をふる。
「わかってもらえませんよ、これじゃ！」
「なんでだし」
　心外だというように、
「子どもはよく暴走してるバイクを見て不良にあこがれるんだし。同じようにシロヒメもカッコよく走れば……」
「それはあくまで一部の子どもですから！　普通の人たちには迷惑なだけですから！」
「ぷりゅー？」
　まだ不満そうながら、考えるそぶりを見せ始める。
「う……」
　あらためて思う。
　何が良いことで何が悪いことか、白姫に早く気づかせなければと。

　それから――
「ほら、そんな怖い顔をしてたらだめですよ」
「でも……」
「なめられるっつーか……」
「そんなことありません。きちんとしている人を馬鹿にする人なんていません。もしいたらその人はその人自身を恥じるべきです」
　おお……！　話を聞いていた不良たちが軽くどよめく。
　直接白姫をどうにかするのは難しいと考えたアリスは、こうして周りにいる不良生徒たちを正しく導くことに意識を傾けていた。
「自分からすすんで掃除をすると気持ちいいでしょう？」
「ちゃんと『ありがとう』って言えると気分が晴れやかですよね？」
「募金はすくなくてもいいんですよ。お金を持っている人の十円より、持ってない人の十円のほうが価値があるんです」
　等々。
　口で言うだけでなく実践も含め、すこしずつ彼らを変えていった。
　そして――
　その日は来た。

「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「きゃあっ」
　呼び出されるなり蹴り飛ばされ、アリスはあお向けに倒れこんだ。
「な、何をするんですかっ！」
「こっちのセリフだし」
　ぎろり。白姫がこちらをにらみ、
「どーゆーつもりだし」
「えっ」
「そんなに人気がほしいんだし！？　アリスのくせに！」
　ぷりゅぷんと鼻息荒く、
「最近、みんながアリスになつき過ぎなんだし！　なにアリスのくせにみんなに囲まれてよろこんでるし！　アリスのくせに！」
「そんな……よろこんでるつもりは」
「いやがってるんだし？」
「そうでもないですけど……」
「ほら、やっぱり！」
　さらなる怒りに目をつりあげ、
「最初からこれが目的だったんだし！　シロヒメから人気を奪おうとしてたんだし！」
「ええっ！？」
「仲間になりたいなんて言って入りこんで！　ものすごくずる賢いアリスだし！」
「そ、そんな」
　うろたえるばかりだ。目当てがないと言えば嘘になってしまうが、言われていることはまったくの誤解で――
「ぷりゅっ」
　カーーーン！
「きゃあっ」
　また蹴られた――と思ったがその衝撃は微妙に違うものだった。
「痛たた……」
　涙目のアリスの足元に落ちていたのは、
「て……蹄鉄？」
「そうだし」
　うなずいて、
「昔の貴族は手袋を投げて決闘を申しこんだんだし。馬は同じように蹄鉄を投げるんだし」
「そ、そうだったんですか、馬は？」
「アリス！」
　ヒヅメがつきつけられ、
「勝負だし！　シロヒメと決闘だし！」

Ⅷ

　夕日に染まる丘の上。
　大勢の不良たちに囲まれて、白姫とアリスは向かい合っていた。
「夕焼けの丘での殴り合いは男たる者のお約束なんだし」
「自分も白姫も女の子ですけど……」
「シロヒメの場合は殴るんじゃなく『蹴る』んだし」
「蹴り合いも殴り合いもするつもりは……」
「アリス！」
　強引にこちらの言葉をさえぎり、
「二つの意味でケリつけるし！　みんなの前で！」
　瞳に炎が燃え上がる。
「どっちが人気者かはっきりさせるし！」
「い、いや……」
　人気者であることをはっきりさせるなら決闘をする必要はないのでは――
　と言いかけた瞬間、あることに気づく。
（これは……チャンスかも）
　思えば、白姫を更生させようと先に勝負を挑んだのはこっちのほうだった。あのときはあっさり断られたが、いまは立場が逆になっている。
「……わかりました」
　表情を引き締め、
「その勝負、お受けします！」
「いい度胸だし」
　パカッ、パカッ。
　指を『ポキッポキッ』と鳴らすように器用にヒヅメを打ち合わせる。
　アリスは緊張する自分を感じながらも、
「ただし条件があります」
「ぷりゅー？」
「自分がこの勝負に勝ったら……」
　びしっ！　負けじと白姫に指を突きつけ、
「番長をやめてください！」
「――！」
　かすかに表情をこわばらせるも、にやりと笑い、
「別に構わないし。どうせシロヒメが負けるなんてあり得ないから」
　よし！　心の中で拳を握る。
「約束しましたからね」
「しつこいし。いいから、さっさと始めるし」
　余裕たっぷりの態度にひるみそうになる。
　しかし、彼女を救えるのは自分だけだと気合を入れ直し、
「……行きますよ」
「来るし」
　勝負は始まった。
「たーーーーーーーっ！」
　白姫に向かって走るアリス。
　体勢を低くする。そのまま組みつこうと――
「ぷりゅ」
「はわわっ！」
　あっさり足を上げてかわされ、そのまま情けなく地面に突っこむ。
「ぷっりゅっりゅっりゅっりゅっ……」
　馬鹿にしたような笑い声が響く。
「……！」
　とんでもない事実に気づく。
　白姫は馬だ。
　アリスの得意なレスリングは、体勢を低くして組みつくことを基本とする。しかし、それでは身体が高い位置にある馬にはかわされてしまうのだ。
「アホなんだしー」
「ア、アホじゃないです！」
　そう言いつつ、あたふたと距離をあける。
「う……」
　どう攻めていいかわからない。
　レスリングの要領で倒して降参させようと思っていたが、このままの状況ではそれは不可能だ。白姫の身体の位置に合わせて突っこんでいったら、どうしても自分の上体が持ち上がることになる。カウンターを受けたら、こちらがひっくり返されてしまう。だからこそ、レスリングは低い体勢からの組みつきを基本とするのだ。
「！」
　戸惑っている間に白姫が目の前に迫る。
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「きゃあっ」
　白姫得意の身体をひねっての高速の後ろ蹴り。避けることができずにまともにくらってしまう。
「ぐ……ぐふっ」
「シロヒメの勝ちだし」
「ま、まだまだ……」
　こんなあっさり負けてしまうわけにはいかない。せっかく一対一の勝負にまでもちこめたのだ。
　彼女を更生させるチャンスはいまこのときしかない。
「ぷりゅー」
　そんな悲壮な決意をあざ笑うように、
「どっちが上なのかわかんないんだしー？　やっぱりアリスはアホなんだしー」
「アホじゃ……ないです……」
　ぐっと唇を噛み、
「勝負はこれからです！　たーーーっ！」
　気合の声と共に再び向かっていく。
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「ぷりゅぷりゅぷりゅーーっ」
　パカパカパカーーーーーーーン！
「……ぐふっ」
　決意もむなしく蹴り飛ばされ続け、膝をついたアリスはそのまま前のめりに倒れこんだ。
「これで終わりだし」
「う……うう……」
　倒れ伏したまま動けない。
「みんなもわかったし？　シロヒメに逆らうとこうなるんだし」
「……！」
　周りに向かって言い放ったその言葉に、アリスの顔がこわばる。
（だめです……）
　白姫だけではない。このままでは周りのみんなの未来まで大変なことになってしまう。
（勝てなくても……負けちゃだめなんです……）
　ふるえる四肢に力がこもる。
「ぷりゅ！？」
　こちらが立ち上がったのを見て、驚きのいななきがあがる。
「しぶといアリスなんだしー」
「ハァ……ハァ……」
「けど立ってるだけでやっとってカンジなんだし。さっさと負けを認めるし」
「認めません」
　呼吸を荒くしつつも正面からにらみ返し、
「負けを認めるのは……白姫です」
「ぷりゅぅ！？」
「それまで自分は参ったとは言いません」
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
　わなわなとふるえる。
「生意気なアリスなんだし。ムカつくんだし」
　猛々しくいななく。
「身のほどを知るしーーーっ！」
　パカーン！　パカーン！　パカーン！
「ぐふっ！」
　連続の蹴りが次々と決まる。
「アリス！」
　不良たちと共に勝負を見守っていたユイフォンが身を乗り出す。
「っ」
　動きが止まる――アリスの目を見て。
（白姫との決着は自分がつけます）
　そうだ。
　彼女をこうしてしまったのは自分のせいでもあるのだ。
　もっと早い段階でわがままを止められていれば、ここまで事が大きくなることもなかったはずなのだ。
「ごめんなさい……白姫」
「意味わかんねーし！」
　パカーーーン！
「！」
　ユイフォンと不良たちが息をのむ。
　ひときわ強烈な蹴りによって、身体が高々と宙に舞い上がった。
「アリス！」
　どさっ。
　力なく地面に落ち、そしてまったく動かなくなる。
「ア、アリス……」
　周りの者たちも最悪の予感に声をなくす。
「！」
　ぴくり。指がかすかに動く。
「負け……ません……」
「……！」
　白姫の目が見開かれる。
「なんでだし……」
　ゆれる。
「なんでなんだし！　なんてそこまでするし！」
「白姫のためです」
「！」
　ふるえる。
「な、なに言ってんだし……」
「本気です」
「……！」
「自分……本気で……」
ぐっ。膝に力がこもり再び立ち上がる。
「本気で白姫を更生させます！」
「わけわかんねーし！」
　パカーン！　蹴りが顔面を直撃した。
「ぷりゅ！？」
　倒れなかった。ヒヅメをまともに受けながら、なおアリスは全身に力をこめてその場に立ち続けた。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
　信じられないといういななきがこぼれる。
　不良生徒たちから歓声があがり、ユイフォンも驚きの声をもらす。
「アリス……すごい」
　しかし、
「ハァ……ッ……ハ……ア……」
　限界はとっくに超えていた。
　まばたきすらできない。
　本当にただ立っているだけにすべての力を費やさなければならなかった。
　とても反撃などできない。
　それでも、
（負けま……せんっ……）
　立ち続けた。
　それしかできなかった。
　なら自分は――立ち続ける。
　まっすぐに！
「ぷりゅりゅぅー……」
　いら立ち混じりの鳴き声の直後、
「ぷりゅぅーーーっ！」
　これまで以上の渾身の力をこめた蹴りが放たれる。
「だめっ！」
　ユイフォンが悲痛な声をあげる。
　彼女にはわかった。
　ぼろぼろになりながらも立ち続けているアリス。
　そこにさらなる一撃を受けたら――
　本当に――
「だめ！」
　アリスは引かなかった。引けなかった。
「っ……！」
　――――――――
「………………」
　衝撃が――
「……？」
　いつまで経っても来ないことに気づき、いつの間にか閉じていた目をおそるおそる開く。
「！」
　あった。
　すぐ目の前に。
　顔面を蹴り砕かんと迫り来ていた黒鋼の蹄鉄が。
「……う……」
　どっと。冷や汗が噴き出す。
　へたりこみそうになるところを最後の気力でかろうじてこらえる。
「っ」
　ヒヅメがゆっくりと下ろされた。
「白姫……」
「………………」
「どう……して……」
　背を向けたまま、
「負けだし」
「えっ」
「シロヒメの……負けだし」
　たんたんと。言った。
「………………」
　言葉をなくす。
　自分ではそう宣言したが、まさか本当に負けを認めるとは。
「ぷりゅー」
　と――神妙な態度が一転、
「シロヒメ、またはめられるところだったんだし」
「えっ」
「アリスはやっぱりずる賢いんだし！」
　ぷりゅ！　と鼻息を荒くし、
「アリス、そうやって同情を買おうとしてるんだし！」
「ど……同情？」
「そうだし！」
　鼻息がいっそう荒くなり、
「このまま続けたらみんなアリスに同情してしまうんだし！　弱っちーアリスに！」
「弱っちいって……」
「だから、シロヒメ、あえて負けておくんだし。負けるが勝ちなんだし」
「は、はあ」
「ここは自分から負けを認めたほうが絶対にカッコいいんだし。あえて負けを認めるのがポイントなんだし。実力はこっちが上だってことははっきりさせて、それでも勝ちにこだわらないという余裕を見せることで、いっそうシロヒメがすごいということをみんなにわからせるという作戦なんだし。完璧なんだし」
　その〝作戦〟を口に出してしまっては台無しなのではないかと思いつつ、
「それじゃ……負けを認めるということでいいんですね」
「いいし」
「だったら」
　ぼろぼろの身体に力をこめ、
「約束のこと！　忘れてませんよね！」
「ぷりゅ！」
　白姫の耳がぴんと立つ。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
　動揺のいななきがこぼれる。
　しかし、こちらは『忘れていた』で済ませるつもりはなかった。
「白姫」
「ぷ……ぷぷ……」
「約束ですよ。番長をやめるって」
「ぷ……ぷぅぅぅ……」
　そして、
「……わかったし」
「！」
　やった！　心の中で快哉を叫ぶ。
「シロヒメ……番長をやめるし」
　うなだれた彼女を見て不良生徒たちがどよめく。
「番長！」
「本当に番長をやめる気ですか！」
「そんな……番長！」
「止めんじゃねーし！」
　びしっと言い放つ。
「みんながシロヒメを止める気持ちはわかるし。シロヒメ、かわいいから。かわいくて賢くて人気者だから。だから……」
　背を向ける。
「シロヒメをカッコ悪くさせんじゃねーし」
　そう言って静かな足取りで歩き始めた。
「番長……！」
「番長！」
　止めようとするもそれ以上動けない不良たち。彼らを寄せつけないオーラのようなものを確かに白姫は放っていた。
（これで……よかったんですよね）
　すこし悪い気はしたものの、やはり更生はしてもらわなければならない。
　そして、白姫を手本にして不良のみんなも正しい道に戻ってくれれば、それは結果として彼ら自身のためになるのだ。
「白姫！」
　正しい決断をしてくれた彼女にあらためて感謝の想いをこめ、
「ありがとうございます！　いい子に戻ってくれて！」
「ぷりゅー？」
　ふり返る。
「なに言ってんだし」
「なにって……えっ？」
　思わぬ反応に戸惑い、
「だって、その、白姫は番長をやめていい子に……」
「番長はやめるし」
　ぷりゅ。うなずく。
「じゃあ……」
「シロヒメ、これからは」
　その目がキラーンと光り、
「白馬一匹ガキ大将になるんだし！」
「えーーーーーっ！？」
　とんでもない発言に驚愕の声をあげる。
「な、なんですか、それは！」
「シロヒメ、いままではみんなの上に立つ番長だったんだし。だけど、これからは一匹白馬として生きるんだし」
「一匹白馬！　一匹狼みたいなものですか！？」
「そうだし。大人や社会に頼らず生きる漢気あふれる不良なんだし」
「って、不良のままじゃなんの意味もないですよ！」
　たまらず絶叫してしまう。すると、
「番長、自分も！」
「あたしらも一緒に！」
「番長じゃないし。ガキ大将だし」
「うっす！」
「って、これじゃなんにも変わらないですよ！　一匹白馬でもないですよーーっ！」
　あらためて〝チーム〟が結成される中、アリスの悲痛な叫びが夕暮れの丘にむなしくこだまするのだった。

Ⅸ

　そして――
　さらに月日は流れ、
「そつぎょーしーきでー、なかないーと～♪　つめたいうまーといーわーれーそーお～♪」
「言わないですし、聞いたことがないですよ『冷たい馬』って」
「ちなみに『鳴く』ほうではないし」
「わかってますよ……」
　こんなやりとりも終わりなのだと思うと、アリスの胸がくっとうずく。
　白姫が歌っていた通り、今日は卒業式だった。
　長いようであっという間だった。不良騒ぎのあとも白姫にはふり回され続けたが、いまとなっては懐かしい気持ちさえこみあげてくる。
　そう――これで終わりだと思うと。
「白姫ちゃん！」
「白姫ちゃーーん！」
　クラスメイトが次々と白姫に群がる。それを受け止める彼女の目にもかすかな涙が浮かんでいた。
「う……」
　思わずもらい泣きしそうになり、顔を上げる。
　かすかににじんで見えた空はまぶしすぎるほどの快晴だった。
「アリス」
　はっと横を向く。
　みんなに囲まれていた白姫がいまは彼女だけでそこに立っていた。
「ぷりゅ」
　ぺこり。日ごろの彼女らしくない殊勝さで頭を下げ、
「今日まで仲良くしてくれて、ぷりゅがとうございました」
「っ……！」
　先ほど以上の波が胸に押し寄せ、どうしようもなく顔を押さえる。
「ず、ずるいですよ……」
「ぷりゅ？」
「あっ、その、ずる賢いというような意味ではなくて、こんなところでそんなふうに……そんな……ふうに……」
　あとはもう言葉にならなかった。
「ぷりゅぷりゅ」
　嗚咽するのをなだめるように、鼻先を軽くこすりつけられる。
「おっ……教えて……くだ……さいっ……」
「ぷぅ？」
「どうして……」
　鼻をすすり、なんとかしゃくりあげるのをこらえ、
「どうして自分だったんですか」
「ぷりゅ？」
「どうして自分のことを……友だちに」
　わずかな沈黙の後、
「アリスだったんだし」
「えっ」
「シロヒメの言いたいことを学校で一番最初にわかってくれたのはアリスだったんだし」
　はっとなる。
「あ……」
　そうだ。
　いまさら考えるまでもなく白姫は馬だ。
　その伝えたいことが、普通の人間であるアリスにわかることはあり得ない。
　事実、柚子たちクラスメイトは、白姫の言いたいことを表情や態度などで〝なんとなく〟察していた。
　長く接することで徐々に普通のコミュニケーションが取れるようにはなっていたが。
「どうして……」
「そんなの、シロヒメにもわかんないし」
　ぷりゅ、と鼻を鳴らし、
「でも、シロヒメの言いたいことをわかるアリスがいてくれて……うれしかったんだし」
「う……」
　だめだ。もうどうしようもなく熱いものがこみあげてきて、
「白姫―――っ！」
　あふれる涙のまま彼女に向かって――
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「きゃあっ」
　抱きつこうとしたところをカウンターで蹴られ、受け身を取ることもできずに吹き飛ぶ。
「なな、何をするんですか！」
「こっちのセリフだし。アリスがひょーへんしてシロヒメを襲おうとするからだし」
「襲おうとしてません！」
　大声で抗議する。
「なんでですか！　これで最後なんですよ！？　なのにこんなひどいことを……」
「ぷりゅ？」
　首をひねり、そして言う。
「最後じゃないし」
「えっ」
　思わぬ言葉にあたふたと、
「で、でも、だって今日は卒業式で」
「そうだし」
　うなずいて、
「中学を卒業したら高校に行くに決まってるし」
「えーーーーーっ！」
　驚愕の声をほとばしらせる。
「き、決まってるんですか！？」
「決まってるし。シロヒメ、とーぜん進学なんだし。アリスも込みで」
「込みって、そんなオプションみたいな扱い……」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーし！」
　パカーーーーン！
「きゃあっ」
「いいから黙ってシロヒメについてくるし」
「つ、ついていきたくありませんよ、こんなひどいことをする白姫に！」
「いいから行くしーっ！」
「きゃあーーっ」

「――こうして」
　あぜんとしているアリスの前で、
「シロヒメは高校に行ってもダメなアリスの面倒を見る優しいシロヒメなのでした。めでたしめでたし」
「い……いやいや」
　口もとを引きつらせつつ、
「ぜ、ぜんぜん優しくないですよ」
「ぷりゅー？」
「というか」
　あぜんとしたまま、
「いまのって……全部白姫の夢の話なんですか？」
「そうだし」
「………………」
　言葉を失ってしまう。
「な、長い夢ですね……」
「そうだし。それを全部おぼえてるシロヒメってやっぱり賢いんだしー」
　あらためて言葉をなくす。
　なんて自分勝手な夢というか、自由すぎる夢というか。
　白姫に話があると呼び出されたアリスは、いままで長い夢の話を延々と聞かされ続けていたのだ。
「きっと正夢なんだしー」
「ええっ！」
　目を輝かせながら言われ、悲鳴混じりの驚き声をあげてしまう。
「なんだしー？　シロヒメがクラスメイトになったらイヤなんだし？」
「それは……その」
　正直、夢と同じような目にあってはたまらない。しかし、現実でもふり回されていることはあまり変わらないのだが。
「ぷりゅ……」
　悲しげに目を伏せる。
「アリス、シロヒメのこと嫌いなんだし？」
「あの、いえ、そういうことでは」
「そうなんだし。だから、シロヒメが学校に来てほしくないんだし」
「そ、そんなこと思ってませんよ！」
　あわてて声を強める。
「だったら、こーしょーするし」
「え？」
「アリスが学校側と話し合うんだし。シロヒメが生徒になれるように」
「いや、あの」
　とんでもないことを言われ、
「む、無理ですから」
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「きゃあっ」
「なにが無理だって言うんだし！　こんなにかわいいシロヒメが『えー、無理ー』とか！　とんでもないブジョクなんだし！」
「そういう意味合いで言ってませんよ！」
「じゃあ、どういう意味だし」
「だから、その、普通に無理で」
「大丈夫だし。シロヒメ、普通じゃないから。普通じゃなくかわいいから」
「えーと……」
　もうどう言っていいかわからない。
「あっ、もちろん、シロヒメ、進学希望なんだし。高校のあとは大学も」
「大学も！？」
「そうだし。ぷりゅぷりゅ大志望だし」
「ないですよ、そんな大学！」
　どうしようもなく声を張り上げてしまう。
　白姫はすました顔で、
「とにかく大学進学は決定だからー」
「白姫が決定しても、学校のほうが」
「だから、アリスが説得するしーっ！」
　パカーーーーン！
「きゃあっ！　夢以上に現実の白姫のほうがひどいですーーーーっ！」
　アリスの悲痛な叫びが今日もむなしくこだまするのだった。

Ⅹ

　――と、
「どうしたのだ」
　そこに現れたのは、
「ま、真緒ちゃん……」
　白姫に蹴られたアリスは彼女――共に暮らす屋敷の主でありながらまだ六歳の少女である鬼堂院真緒（きどういん・まきお）にこれまでのことを話した。
「白姫が夢を……」
「ぷりゅ」
　うなずく。すると、
「不思議なこともあるものだな」
「ぷりゅ？」
「私もな、夢を見たのだ」
「真緒ちゃんも？」
「そうだ」
　笑みを浮かべ、
「それはな……こんな夢だった」

「はーくーばーのがっこうは～♪　しーまーのーなか～♪」
「おお……！」
　目を見開く真緒。そこは見渡す限り、
「ぷりゅー」
「ぷりゅぷりゅ」
　馬だった。
『白馬の学校』と歌っていたが、真緒のみる限り、様々な色の馬たちが仲良さそうに教室の中にいた。
「はい、ちゅーもーく！」
　教壇に立ったのは、白姫だ。
「今日はシロヒメ先生から、みんなにとーってもいいお知らせがあるんだし」
「ぷりゅ？」
「ぷりゅりゅ？」
『何？』と言いたそうに教壇を見る馬たち。
「こっち来るしー」
　真緒を手招き――ではなくヒヅメ招きし、
「今日からみんなと一緒に勉強するマキオだし。仲良くするんだし」
「よろしくお願いします」
　ぺこり。礼儀正しくおじぎをする。
「ぷりゅー」
「ぷりゅぷりゅー」
　歓迎するように馬たちに鳴かれ、緊張していた真緒に笑顔が浮かぶ。
「さー、あそこ座るし」
　うながされるまま、自分の席につく。
　そして授業が始まった。
「はい、ちゅーもく！　馬という字はー、馬と馬とが支え合ってできてるんだし」
　黒板に大きく『馬』という字が書かれる。
「この馬の字のように、みんなも支え合って仲良く生きるんだし」
「ぷりゅー」
「ぷりゅー」
『はーい』と言うように馬たちがいななく。
　そこに、
「馬だけだろうか……」
「ぷりゅ？」
「人とも仲良くしては……くれないのだろうか」
　思わず真緒がそうつぶやいた瞬間、
「ぷりゅっ」
「わっ」
　不意に鼻をすり寄せられ驚く真緒。
　さらに、他の馬たちも次々とそばに寄ってくる。
「ぷりゅー」
「ぷりゅりゅー」
「あははっ、くすぐったいな」
　真緒に笑顔が戻る。
　白姫もにこにこ笑顔で、
「馬も人もみーんな友だちなんだし。仲良く『馬』の字なんだし」
「そうだな！　みんな仲良しだ！」
「ぷりゅー」
「ぷりゅー」
　真緒の笑い声、そして馬たちのいななきが教室に明るくこだましていった。

「――という楽しい夢だったのだ」
　話を聞き終えたアリスは、かすかに口もとを引きつらせ、
「馬の学校に人間……白姫の夢とは逆なんですね」
「うむ」
「『馬』という字は馬と馬とが支え合っている……というのは違うような気がしますけど。まあ白姫が言いそうなことではありますが」
「本当に楽しい夢だった……」
　真緒は目を輝かせ、
「また馬の学校に行けたらいいな」
　心からうれしそうに言う彼女を見て、
「……行けますよ」
　戸惑っていたアリスの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「また行けますよ、きっと」
「そうか！」
「はい」
　笑顔でうなずく。
「きっと歓迎してくれます。みんな、優しい馬たちですから」
　そう言ったあと、ちらりと脇を見て、
「だから、白姫も真緒ちゃんの夢みたいに……」
「わかったし」
「えっ」
　思いがけずあっさりうなずいてもらい、驚きつつもうれしそうに、
「わ、わかってくれたのならよかったです。白姫も優しく……」
「教師なんだし！」
「え……？」
「生徒もいいけど教師もいいんだし！　シロヒメ、馬語教師として学校に赴任するんだし！」
「えっ、いや……な、ないですから、馬語の授業！」
「あったし。夢の中では」
「あくまで『夢の中』ですから！」
「だったら、アリスがこーしょーするし！　馬語教育を現場に導入させるし！」
「また交渉ですか！？　無理ですから！」
　懸命に訴えるも、白姫はうっとりと、
「いいしー、馬語教師。本場の馬語教師って、なんかカッコよくてモテそうな気がするし」
「なんですか『本場』って！　外国語教師のイメージとかぶってますよ！」
「馬語に外国とか国境とかないし。万国共通だし」
「そ、そうなんですか？」
「そうだし。馬のほうが優れてるんだし」
「優れてるとか、そういう問題では」
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「きゃあっ」
「馬は優れてないって言うし？」
「言ってませんよ、そんなこと！」
「悪口は許さないし。馬は優しいから国とか関係なく仲良しなんだし」
「白姫はぜんぜん優しくないですからーっ！」
　結局――
　真緒の話がさらに白姫を熱くしてしまい、アリスはいっそうふり回されることになるのだった。