君の声は僕の声 第四章 3 ─星空─
星空
「なぜ僕たちのことを隠したんです?」
秀蓮は話題を変えた。リュウジは一瞬不快な顔を見せたが、秀蓮の問いに即座に返答した。
「君たちはまだ子供だ。ご覧の通り……そうだろう? 会社の重要な書類を子供に盗まれたとあっては、立つ瀬がないのでね」
ふん、と秀蓮は笑った。
「貴方はさっき、次男だから会社は継げないと言った。カンパニーの意見と貴方の意見は分かれているのかな?」
リュウジが嫌そうな顔で秀蓮を睨むように見た。何も応えない。隣でシノが何か言いたげにリュウジの様子を伺っている。
「あの警備員の行動を、貴方は『カンパニーの意図するところではない』と言った。貴方の国でも、ここでも、銃を所持できるのは巡警……警察と軍の人間だけだ」
リュウジは黙ったまま、更に口を固く閉じた。何も言わないリュウジに、秀蓮は深いため息をついた。
「──僕たちがこれ以上話をする必要はないようですね。聡、失礼しよう」
秀蓮が立ち上がる。
シノがおろおろと秀蓮とリュウジを交互に見るが、ふたりとも黙ったままお互いを見ようとしない。秀蓮がシノの視線に気づき「怪我の手当してくれたことには、お礼を言います」と言って足早に行ってしまった。聡が慌ててふたりに礼をした。リュウジは黙りこくったまま目を伏せている。シノは困った顔で聡に笑いかけた。聡はシノに遠慮がちに微笑み返して、秀蓮の後を追った。
レストランから外に出ると、明るい街灯が工場へと続く大通りを照らしていた。通りに並んだ店内は昼間のように明るい。行き交う車は灯りをつけて走り、人々は買い物や食事を楽しんでいる。
秀蓮はずっと黙ったまま何かを考えていた。リュウジが単純に嫌な奴だったら彼に怒りをぶつけられる。だが、リュウジは聡が想像していた人物とは少し違った。おそらく秀蓮もそう感じているのだろう。
聡はただ、秀蓮の横に並んでついて歩くしかできなかった。
寮を取り囲む森は、先ほどの明かりに照らされた街が嘘のように静かな闇に包まれている。湖が見えてきて森が開け、視界が広がった。そこには、銀の砂をまき散らした中に宝石が零れているような星空と、手が届きそうな宇宙が湖面に広がっていた。
「イシカ」
秀蓮の口がそう動いたように聡には思えた。
広大な星空を、ひっくり返りそうになりながら首を上げていた聡は、秀蓮の横に立った。肩が付きそうなほどに寄り添う。秀蓮が不思議そうな顔を聡に向けた。
家の天窓から見る星空は安心して見ていることができたのに、闇の中で見つめる星空はなんて怖いのだろう。足もとには地面があり、すぐそばに秀蓮が立っている。それなのに、暗い宇宙の中に放り出されたような孤独感。秀蓮の体温を感じて聡はほっとした。
「なんか、綺麗すぎる星空って怖い」
「うん」
秀蓮は聡から星空へ視線を移しながらちょっとだけ笑って返事をした。
──船で海を渡った世界より、宇宙は遥かに広い。そして遠い。それでも、この星の裏側の国よりももっと遠くにある星を、人はこの目で見ることができる。海を渡った隣の国と交わるよりもずっと昔から、人々はこの星の動きを読みながら生きてきたのだ。聡は、宇宙への畏怖とリュウジの話した世界への憧れを、太古の人々が見つめていたのと同じ星空を眺めながら想った。
しばらくふたりはくっついたまま、時おり光が流線を描いてこぼれ落ちる星空を眺めていた。
※ ※ ※
「あっ。帰ってきた」
灯りのついた談話室の窓から流芳の声が落ちてきた。聡が寮の扉を開けると、流芳たちが勢いよく階段を駆け下りてくる。
「良かったぁ。遅いから心配しちゃったよ」
「カンパニーに捕まったのかと思った」
「傷は? 大丈夫か?」
「ごめん。心配かけて。大丈夫だよ」
みんなにもみくちゃにされた秀蓮が照れくさそうに笑う。
「話はあとで聞くから、今日はもう部屋に戻ってゆっくり休めよ」
櫂がそう言って「ほら、部屋に戻った、戻った」とみんなを手で蹴散らし、自分も階段を上って行った。部屋では杏樹がベッドに横になり本を読んでいた。「お帰り」とひとこと言って、また本を読みはじめた。本に隠れて表情は見えない。誰なのかはわからなかった。着替えをすませると、ドアがノックされ、櫂が顔をのぞかせた。
「聡、これ」そう言って、寝袋を聡に投げる。「俺、ひとりでベッドに寝るわ。お前がこれで寝ろ。悪ぃな」それだけ言うと、さっさと行ってしまった。
その夜、聡は街で見た光景やリュウジの話に、頭の興奮がおさまらず、なかなか寝付けなかった。秀蓮も何度も寝返りをうっていて、同じく眠れないようだった。それでも、久しぶりに歩いて疲れたためか、しばらくすると秀蓮のベッドからは寝息が聞こえてきた。秀蓮の寝息を聞きながら、聡も眠りについた。
翌日、寮の少年たちの仕事は休みだった。
初夏の風が森の緑を揺らす。少年たちが釣竿を持って楽しそうに笑いながら寮を出て行くのを、聡は眉間にしわを寄せた難しい顔で談話室の窓から見下ろしていた。別に彼らを睨みつけているわけではない。秀蓮を中心にして話を聞いた聡たちは、腕を組む者、肘をつく者、頭を抱える者、みんなが『考える人』になっていた。
秀蓮の話は、ふたりがカンパニーの金庫から盗んできた書類には特に不審な点はなかったこと。国の調査団の報告内容と相違はなく、企業秘密である開発にも、特に怪しい点は見つけられなかったこと。秀蓮を助けた男は、カンパニーの創立者の孫で、彼の話からも、成長できない原因をKMCと結びつける材料は今のところない。ということだった。
みんなが黙り込む中で、櫂が「くそっ」と、書類をテーブルに投げつけて立ち上がった。流芳と麻柊が不安そうな目つきで櫂を見上げた。
「せっかくおまえらが、危険を冒してまで盗んできたっていうのに」
櫂が悔しそうに言いながら、壁際に置かれていたチェストの足を蹴った。大きな音が談話室に響き、外出せずに残った少年たちが振り返った。櫂のすこぶる機嫌の悪そうな様子に少年たちは肩をすぼめ、何も見なかったようにゲームや話に戻っていった。
「まだ、KMCに原因がないと決まったわけじゃない」
そう言った秀蓮に少年たちの視線が集まった。秀蓮の言い方には余裕が感じられた。みんな秀蓮が何を言いだすのか期待して言葉を待った。
「ここで同じ調査をしているだけでは、同じ結果しか出てこない」
「どういう事だ?」
秀蓮の言葉に透馬が顔を上げて訊ねた。
「昨日、リュウジも言っていただろう?」
秀蓮が聡をちらりと見た。それから指を組んで透馬に向かって答える。櫂は椅子に深く腰掛けると腕を組んで秀蓮を見つめた。
「僕たちのような『成長しない子供』が生まれるようになったのは、KMCの開発が始まった頃だ」秀蓮はひとりひとりの目を見つめながら、ゆっくりと続けた。「それ以前は生まれていない。──ただ、それが何百何千年前ともなれば、そんな昔のことなど記録にはない」
みんなは秀蓮をじっと見つめ、そのあとに続く言葉を待っている。
「二千年前に王朝を滅ぼした小人。それがただの神話でなく。僕たちと同じような子供だったのではないかと、僕は考えている。小人伝説は他にも沢山あるからね。小人は実在した──」
「よくわからないよ。それならやっぱりKMCには原因がないってこと?」
首をかしげた麻柊が腕を組みながら秀蓮の言葉を遮った。みんなも麻柊と同じように顔をしかめている。麻柊と同感らしい。
君の声は僕の声 第四章 3 ─星空─