銀盤に舞うなんて鬼むずいことはVRゲームなら出来ると思ってやってみた件
[登場人物]
盤能 舞帷…………………まるよし まい。主人公。中学二年生。料理以外は苦手で、自信が持てない女の子
盤能 芽衣…………………まるよし めい。高校一年生。舞衣の姉。楽天家
盤能 牧男…………………まるよし まきお。舞衣と芽衣の父親。VRゲーム開発会社経営
アルセーヌ・ロペ…………ゲーム内の舞帷のコーチ。ウサギの頭を持つ
1.2種類のVRゲーム
晩秋の夕刻。住宅街のとある一軒家の前で、ハンドベルを鳴らす魚屋のワゴン車が停まっていたが、今日も買い物客が現れず、排気音を大きく鳴らして去っていった。
その家の台所の窓越しにハンドベルの音と排気音を耳にしていた舞帷は、セーラー服の上からエプロンを着けて、後ろの紐の蝶結びを気にしつつ、二階へ駆け上がる。そして、夕飯を作るのを手伝ってもらうため、姉である芽衣の部屋の前に立ち、ドアを優しくノックした。
しかし、何度ノックしても返事がない。胸騒ぎを覚えた彼女は、ドアノブを慌てて回して、ドアを勢いよく開けた。しかし、部屋に一歩踏み込んだところで、不安を抱いた自分が馬鹿だったと呆れて、抑揚に乏しい話し方で問いかけた。
「お姉ちゃん……何してんの、それ」
無理もない。部屋の真ん中では、漆黒のHead Mounted Display――いわゆるHMD――とピンク色の密閉型ヘッドフォンを装着した姉が、セーラー服を着たまま、回転式の黒いデスクチェアに座ってクルクルと回転していたからだ。
回転速度が落ちた姉が、右足で床を横にキックして回転速度を復活させると、椅子の五つ足が床に踏ん張りきれずに少し動いて、銀色に輝く軸がキイイイイイッと金属音の悲鳴を上げる。
この回転中に忍び笑いをする姉が「フフッ」「フフフッ」「フフフフッ」と声を徐々に大きくしていくので、ついに姉は行っちゃったのかと背筋に冷たい物が走る舞帷だったが、『そんなはずはない』と気を取り直し、再度声をかける。
「お姉ちゃん。何してん――」
しかし、彼女は、回転が止まって鼻歌でクラシックのメロディーを歌いだした姉に言葉を遮られた。姉は右手の人差し指を肩の高さまで上げて拍子を取り、完全に自分の世界に入っていることを体で表現する。上半身が時々揺れて椅子が少し回るので、椅子の軸が動物の鳴き声のようにキーキーと音を出す。
「おーい、戻ってこーい」
そう呼びかける舞帷だったが、一方で、この程度の声かけでは、ヘッドフォンの性能上、気づかないだろうと悟った。彼女は短めのため息をつくと、わざとドスドスと階下のリビングにも響くような足音を立てて姉に近づく。そして、ヘッドフォンに塞がった耳の穴に届くよう「お姉ちゃん!」と大声を出し、姉の左肩をつかんで二三度揺する。
「んー!?」
姉は、ヘッドフォンの音量に負けないように大きな返事を鼻から出し、ゴーグルを妹の方へ向ける。しかし、「あっ、これじゃ見えんか」と言って後頭部に手を回して、HMDを面倒くさそうに外した。
部屋の明かりが眩しいのか、別世界からいきなり帰還して戸惑っているのか、どっちとも取れる目つきで妹を見る姉に、舞帷は20秒前の言葉を再生する。
「お姉ちゃん……何してんの、それ」
この抑揚のない問いかけに、唖然とする妹の心情を察した芽衣は、恥ずかしさを隠すためにパッと花が咲いたような笑顔で取り繕う。
「あっ、これ? 父さんのVRゲーム」
「VRゲームなのはわかる。うちら、無給のデバッガーだから。で、何それ、今度のは」
「フィギュアスケート。新作の。あっ、企業秘密――」
「秘密なんて、言われなくてもわかる。この家、秘密だらけだし」
そう言いながら舞帷は、姉の頭のてっぺんからデスクチェアの5つ足までゆっくりと視線でなめ回す。こんなのでフィギュアスケートが出来るのかと思っているであろう妹の視線が痛い芽衣は、椅子から立って中腰のまま部屋の隅に移動し、大型の液晶画面の電源をオンにした。
真っ暗な画面が、一瞬にしてスケートリンクの光景を映し出す。どうやら、視点はスケートリンクの中、手すり付近に立った位置にあるようだ。
「これ、HMDとWi-Fiでつながっているの。見ててごらん。スピンするとどういう景色が見えるのか、HMDの映像がこのテレビ画面に映るから」
彼女はそう言いながら、器用に後ろ歩きして椅子に腰掛け、HMDを装着し始めた。舞帷は半眼になって、姉の後頭部にあるバンド付近に口を近づけた。
「目え回るだけじゃん」
「近い近い。もっと下がって」
頭に息が吹きかかって妹の接近を察知した芽衣は、右手を後ろへシッシッと振り、腰をちょっと浮かせて椅子に深く座り直す。
「アバター出すよ」
彼女がどういう操作をしたのかわからないが、テレビ画面の右半分が氷上に立つ彼女――もちろん、アバター――を映し出した。この直立するアバターが滑らかに回転し始めたが、周りの景色も回転するので、カメラがぐるりと回っている設定なのだろう。
顔も体型も、写真を撮って3D加工されたものらしく、実物と比較してよく似ている。短めの襟の付いた長袖のコスチュームは水色、シングルフレアスカートはピンク色、スケートシューズは白だ。髪の毛はぴったり頭部に張り付くほどまとまっていて、後ろで結わいた部分にはシュシュが付いている。コスチュームの背中にジッパーまで描写されている。
「可愛いでしょ?」
「まんまじゃん」
「どういう意味!?」
「まんまの意味」
「スパンコールがあると、きらびやかだったのに」
「描画が死ぬよ」
「ちゃんとインナー履いてるから」
「そんな情報いらない。早く滑ってみて」
「行くよ」
芽衣が少し前のめりになると、アバターを写していたカメラが引いて、アバターが滑り始めた。同時に、画面左の景色が頭の動きに合わせて軽く上下に揺れ、どんどんリンクの反対側の壁が近づいてくる。軽快なBGMも流れてくる。これがヘッドフォンから聞こえていたのだろう。
アバターがリンクの真ん中辺りに達したとき、彼女が椅子に座ったまま回転を始めた。予想通り、左の画面の景色が回転した。
一方で、右の画面のアバターは、上半身がリンクと平行になって右足をまっすぐ伸ばし、体全体がTの文字になった状態で回転し始めた。
「これが、キャメルスピン」
「キャラメル?」
「キャメル。ラクダよ」
「楽だよ?」
「動物の」
「ああ。……でも、コブないじゃん」
「でも、簡単でしょう?」
「簡単ねぇ……」
「何種類かスピンが出来るよ。他のも見る?」
「それより、目、回らないの?」
「回る」
「駄目じゃん。これ、VR酔いするよ」
「父さんに改善してもらおう」
「てか、根本から考え直した方がいいかも」
「それよりさ、これ、4回転ジャンプもできるよ。見る?」
「それよりさ、手伝ってくれない? 下」
「おおおおおっ。そんな時間か」
「父さん、今日早いって。だから、早く来て」
芽衣がHMDを外して立ち上がる。と、その時、二人のポケットの中でブルブルと鳴るものがあった。彼女たちはポケットからスマホを取り出して、メールをチェックする。
噂をすれば影がさす、ならぬ、メールが飛ぶ。彼女たちの父親のメールには、こう書かれていた。
『フルダイブのフィギュアスケートのVRゲームやりたい人、手を上げて』
スマホの画面を覗き込んでいた二人は、同時にゆっくりと頭を上げて、互いに顔を見合わせた。
2.駄目出し
舞帷と芽衣は、セーラー服にエプロン姿で仲良く台所に立つ。二人の後ろ姿を見ていると、妹は150センチメートル、姉は170センチメートルという身長差が親子を連想させる。しかし、どちらも同じ制服を着ている――中高一貫校でリボンの色だけ中学は紅、高校は水色と違う――ので、一瞬親子に見えた空想は霧散する。
姉妹とも痩身で、肩に掛かるくらいの髪の毛の長さは若干姉の勝ちで、肩幅から足の肉の付き具合までほぼ同じ。極端なことを言うと相似形である。時折後ろを振り返ってこちらを向ける顔は丸顔で、童顔な所まで似ているも、目以外は似ていない。
笑みを絶やさない芽衣と、笑わない舞帷。楽天家の姉と慎重派の妹という雰囲気が漂う。
料理も大雑把で手際の悪い姉、時間はかかるが丁寧な作業の妹。テーブルに置かれていく一品を見れば、配膳する人物の顔を見なくても姉妹のどちらが作ったかはすぐにわかる。
父親の牧男が帰宅した。とあるVRゲーム開発会社を経営しているが、身長160センチメートル強の痩せ型で、風貌は普通のサラリーマン。プログラマーからマネージャーまで現場を長く経験し、前社長が年齢を理由に引退する際に、少人数の会社ゆえ彼しかなり手がおらず、役員経験が短いのにいきなり社長にさせられた。
自分の今までいたポストは、妻である加奈子の昇格で埋めたが、これも前社長の意向。夫婦は人望が厚く、会社の環境改善に腐心したおかげで離職率が少なく、優秀な人材が転職などで集まってくる。ヒット作もいくつか持っているので会社の経営は順風満帆。唯一の不安材料は、今開発を着手しているフィギュアスケートのゲームがどこまで受け入れられるか、であった。
牧男が笑顔でダイニングのテーブルの椅子を引き「これは美味そうだ」と娘たちが心を込めて作った和食中心の夕飯を褒めながら着席する。二人も遅れて着席する。
「おい、前も言ったが、制服が汚れるぞ」
「大丈夫。今度はエプロンしているから」とは、ニヤニヤする芽衣。
「その発想はおかしい。着替えなさい」
「寝間着が汚れる」とは、ため息をついた舞帷。
「お前たちも面倒くさがり屋だなぁ」
呆れる牧男だが、納得はしていないものの、これ以上のツッコミを封印して話題を進める。
「メールの件だが――」
彼の切り出した言葉は、「早く、いただきますしようよ」と言って体を揺する芽衣に遮られた。三人が顔の前で手を合わせる。
「「「いただきます」」」
漬物に箸を伸ばす彼は、真っ先にメールの返事がもらえることを期待していたのに娘が話題に触れないため、上目遣いに二人を見る。
「で、どうなの?」
「そういやさあ、お母さんが出張から帰ってくる予定日、また延びたんだって? そっちはどうなの?」
人の話を聞かずにマイペースで質問してくる芽衣はいつものことなので、彼は苦笑して「スケート選手の取材が延びているんだよ」と即答する。
「役員なのにさあ、なんで取材に同行するの?」
扱うゲーム数の増大に人手不足な彼の会社の弱点をグサッと突かれた気がして、娘相手にちょっとムッとした彼ではあったが、すぐに元の表情に戻る。
「忙しいからさ」
「人雇えばいいじゃん」
早くメールの返事が欲しい彼は、スケートつながりで話題を自分の所へ引き戻そうとする。
「VRは技術者が少なくて、どこも大変なんだけど、どう? フルダイブ型やってみる?」
無心に箸を進めていた舞帷が、ようやく口を開いた。
「だから、また今回も、うちらがデバッガーなんだ」
この言葉に期待を持った牧男は、彼女に向かって「やってみる?」と短く問う。
「あのHMDの方なら、ダサいし、いいよ」
この「いいよ」がどちらかわからなくなった牧男が何か言おうとしたが、眉をひそめる芽衣は妹を一瞥し、すぐに父親の方へ向き直る。
「HMDはダサくないよ。ビールマンスピンとかさ、Y字スピンとかさ、4回転ルッツとかさ、何でも出来ちゃうから、へー、こうやってるんだぁって実感できて面白いよ」
彼女は豆を箸でつかむのに難儀しながら、どっちのことで笑っているのかわからない顔をする。
「そうか」
娘のHMD版の批評を喜んで受け入れる牧男だが、「でもさあ」と言葉を追加した娘に、頬の緩みがなくなる。
「あの回転椅子、何とかならない?」「そうよ」
舞帷まで加勢するので、これは分が悪いと思った彼は、頭の中で言い訳を巡らす。まず、時間稼ぎのため、言葉から推測できた娘の指摘点から、わざと話をそらしてみる。
「あの椅子のこと?」
「じゃなくって、椅子でアバター動かすこと」
「いや、実際に足で立って回転したら、めまいがして倒れるだろ?」
言い訳した彼だが、その後の展開が読めてしまって、味噌汁の椀を持つ手が止まる。
「回転しなくてもいいんじゃない?」
「回転しなくても動かせるモード、あったろ? 芽衣は試してないのか?」
おもむろに味噌汁をすすりだした父親が自分のせいにするので、芽衣はようやくつかまえた豆を頬張りながら反論する。
「聞いてないよ。てか、そういうの、知らない状態からプレイしてわかるようにして欲しい。マニュアル見ながらHMD被ってプレイするわけないし」
「急いで作ったからな」
「言い訳しない。どんなに急いで作ろうが、修羅場をくぐろうが、ゲームを手にした人には伝わらない。むしろ、伝えなくていい」
なんて反論しようかと考えた牧男だが、舞帷が器用に魚の身を箸で切りながら「中身に関係ないから」と言い渡すので、引き下がる。
「ゲームセンターに置くとしたら、どうだろうかね」
話を引き戻すつもりが、娘たちに流されていく自分に気づいた時は遅かった。二人の食いつきは早い。
「「駄目」」
娘たちにハモって総括されたので、ぐうの音も出ない。まあ、元々期待はしていなくて、駄目なことを身内にも確認したかっただけなので、ダメージも少ないが。
この時、舞帷がつまんだ里芋を器に戻して言った。
「お姉ちゃん。今度、回転しないでスピンやってみて。どうやって出来るのか見たい」
味噌汁を喉に通した芽衣が一呼吸置いてこれに答える。
「やってもいいけど、なんか、単にビデオを観ているだけのような気がする」
「観ているだけって?」
「私そっくりのアバターが銀盤を滑っているのをボーッと眺めているってこと」
「自分の視点で周りの風景がどう見えるのか、わかるだけでも違うじゃん。テレビ中継では絶対に出来ないよ」
「いや、目え回るだけだって」
「でも、面白いって、さっき言ってたじゃん」
「それは……」
牧男の顔がパーッと明るくなる。
「スケートってさ、私、いつも手袋で手すりの掃除しかしてないけど……滑ってみたい」
「まあ、自分に出来ないことが出来るから、面白いけど……」
いったんは批判してしまったので、芽衣は次の言葉を探して黙り込む。
風向きがこちらに変わったと思った牧男は、ご飯茶碗を持ったまま身を乗り出した。
「やっぱり、面白いよな? な!?」
すると、舞帷が父親の方を見て「ねえ、父さん」と無表情で言う。
「何?」
父親に見つめられて夕飯の品々に目を落とした舞帷が、ゆっくりと顔を上げた。
「フルダイブ型。私、やってもいいよ」
料理以外は何事も苦手で、引っ込み思案な娘が珍しく申し出る。こんな稀にみる機会を逃すものかと牧男は一段声を上げた。
「じゃあ、明日、プロトタイプを持ってくるから!」
「わかった」
それから、白米がこんなにおいしいのかと箸が進んだ彼は、ご飯をおかわりした。
3.動物のコーチ
翌日の夜、2階の舞帷の部屋で、彼女は父親から銀色のヘルメットにゴーグルを付けたようなHMDと密着型ヘッドフォンを渡された。姉から「アメフトか」と笑われて機嫌が悪かったが、ゴーグル部分が小さいので「そっちは特大の水中眼鏡よね」と言い返す。
「長くやるならベッドに寝転がればいいし、すぐ終わるなら椅子に座っていいよ。もちろん、椅子は回転させなくていいから」
そう言いながら牧男が舞帷から芽衣の方へ視線を移すと、芽衣は頬を膨らませた。
「これ、新型?」
「F型の改良版」
「ケーブル、ないの?」
「これは改良版の中でもワイヤレスタイプのやつ」
舞帷は、フーンと頷くと勉強机の椅子に座り、慣れた手つきで装着した。このタイプのフルダイブ型用HMDは各社が独自に製造しており、装着方法まで異なるものが多数あるが、彼女も姉も一通りの装置でゲームをプレイしているので、迷うことはない。
「ちょっと――後頭部が当たる」
「内側着装体のヘッドバンド、調整して」
そうは言いながらも、牧男はつい手が出てしまい、娘からHMDを取り上げてヘッドバンドを少し緩めて娘に手渡す。
「今度は大丈夫」
「勘でやったけど、ぴったりだったか。じゃあ、ヘッドフォンを装着して」
彼女は両手でヘッドフォンを装着し、耳の位置を調整する。それが終わると、HMDの電源をオンにして机に肘を突いた。
「じゃあ、こっちはテレビの前で観戦だ」
牧男は、少し離れたところにある大型液晶テレビの電源を入れ、かぶりつきで陣取った。芽衣は、自分の部屋からデスクチェアをエッサエッサと持ってきて、背もたれを前に回して座り、テレビ画面を見ながらその背もたれの上で腕組みをする。
「舞帷が見たり聞いたりしている情報が、このテレビでチェックできるのさ」
「改良版で、ここ、前と変わったとこあるの?」
「ない」
「だったら、おんなじこと何回も言わなくていい。初めて観るお客さんじゃないし」
つい、顧客向けのデモのように解説を始めてしまう父親を、彼女はたしなめる。
オープニング映像から始まり、ユーザ登録、アバター選択が始まった。
「あれ? 舞帷のアバターがいつの間に? いつ写真を登録したの?」
「今朝」
「ほら、舞帷だって驚いているよ」
「どこが?」
舞帷は、机に突いていた肘を離してため息をついていた。そして、頭を掻こうとしたが、ヘルメットなので諦めていた。
「いいじゃないか。手間が省けて」
「勝手に写真持ち出されると、怒られるよー」
芽衣は背もたれを体で押して身を乗り出し、父親の頭に向かって「知らないよー」と追加の声をかけた。
◇◇◆◆◇◆◆◇◇
舞帷は、アバター加工用の自分の写真データをアップした犯人の目星をすぐに付けたが、HMDをここで外すのは面倒くさいので、アバターの衣装決めのステップに進む。
コスチュームは姉と被らないようにしたいが、じゃあどの色にするのかというと決め手もない。なので服もスカートもスケート靴までも、すべて白を選択した。こういう選手がいたような気もしたが、気にせず先に進めると、難易度選択画面に移った。
ここで試しに「未経験者」を選んでみた。すると、ゲームが開始された。
自分は、今、スケートリンクの外にいる。リンクでは誰も滑っていない。リンクの外にも人影はない。
前に足を踏み出そうとすると、足が若干不安定に感じる。足の裏が左右にわずかにグラグラするのだ。これは、2本のエッジで立っているからだろう。
ゲームだからここでこけることはないだろうと思って歩いてみると、なんとか歩けた。
壁が一部切り取られたような隙間から、氷の面が見える。その表面を撫でる風があるわけでもないのに、冷気が迫る。
急に足がガクガクしてきた。彼女は、小学五年生の時にスケート場に行ったときの記憶が蘇ってきたのだ。
スイスイ滑る同級生は少なく、危なっかしい格好で滑る同級生が多かった。体をカチンコチンにして後ろから押してもらって滑ったことにしている子もいた。その多くが後ろ向きに転倒する。
――それが怖いのだ。
まともに滑らない子は、手すりにつかまって滑る真似をする。舞帷の場合、それすら怖い――後ろから誰かに追突される――という恐怖心が拭えず、リンクの外のベンチにいた。
そんな彼女を半ば強引に担任の先生がリンクに連れ出した。彼女は腰が震え、屈んだ姿勢のまま動こうとしない。すると、先生に怒られたので、背筋を伸ばした途端、後ろ向きに派手に転んだ。
――これが、トラウマとなった。
舞帷が、そんな情景を頭に浮かべながらボーッと突っ立っていると、後ろから「やぁ」と声がかかったので仰天して振り返った。
すると、そこにはトレーナーを着たウサギ頭の人物がいた。体つきから考えて、頭だけかぶり物という感じだ。
なぜここに着ぐるみがいるのだろうと彼女が首を傾げると、その人物が名乗った。
「僕はアルセーヌ・ロペ。君の専属コーチだよ。困ったことがあれば、何でも聞いてね」
「はあ……」
舞帷が気のない返事をすると、ロペがやってきて彼女の手を優しく取る。
「行こうか? 銀盤の世界へ」
ちょうど、トラウマになっている出来事を思い出していた彼女は、ロペの手を振り払う。
「自分で歩けるかい?」
優しく声をかけてくれるが、小馬鹿にされたようで気分が悪い。しかも、ロペはスケート靴を履いて平然と歩いているのだ。
「歩けます」
ムッとした彼女は、ゆっくり歩み始めた。でも、土踏まずは別にして、足の裏がしっかりと平らなところに付いていないと不安になる。どちらの足も鋼鉄のロープを踏んで渡っているような場面を想像すると、怖くなる。
だが、これって、自分で自分を怖がらせているだけではないかと思えてきた。
気にしないで歩いてみようと彼女は決心する。すると、重心がかかるところに違和感があるが、歩けないことはない。こうして、リンクの端まで来ると、「そうそう。その調子」とロペが褒めてくれる。
でも、舞帷は、氷上に足を踏み出せない。熱湯風呂に足を入れるか入れまいか、迷っているかのように足をぷらぷらさせていると、彼女は背中に気配を感じた。
振り向くと間近にロペがいる。まさか、ここで彼が後ろから押さないだろうかと震えていると、彼は「怖くないから、踏み出してごらん」と優しく言った。
手すりにつかまって、ソッと両足を氷の上に乗せる。
(そうだ。思い出した……)
派手に転んだ恥ずかしさと悔しさから、唇を噛みしめ、最後の最後まで手すりにつかまって氷の上をすり足のようにして移動した。
もう二度と、あんな思いをしたくない。
――だったら、思い切って手すりから離れるしかない。
舞帷は、緊張のあまり、足に力が入る。だが、勇気を出して手すりから離れた。ちょっとは前に進んだが、カチコチの体はすぐに停止した。
「オッケー。氷の上に立てたね。じゃあ、ちょっと滑ってみようか」
背後からシューッと音がして、彼女の前にロペが立った。彼はフサフサの毛に覆われた両手を差し伸べて「握って」と言う。彼女が彼の手を握ると、自分より温かく感じられた。
「さあ、行くよ」
彼は、後ろ向きに滑り出した。彼女は引っ張られるままだったが、確実に滑っていく。
「ほら、滑るって怖くないでしょう? じゃあ、次は、片足ずつ交互に滑ってみよう」
舞帷は、今の状態で片足だけを上げるとどんなことが起きるか想像が付いた。なので、自然と体も移動させ、片足を上げてみた。
「そうそう。出来ているよ。うまいね。僕と同じリズムで動かしてごらん」
真似をしてみると、なんとなく出来た。舞帷は、思わず口元がほころぶ。
リンクは永遠に直線ではないので、どうしてもカーブする必要がある。その曲がり方のコツもロペから教わった彼女は、だんだん滑るのが楽しくなってきた。
でも、そこからが大変だった。
「じゃあ、一人で滑ってみようか」
ロペの補助がなくなった舞帷は、いきなり転倒し、それまでの自信を失いかけた。
だが、小学五年生だった頃の彼女とは違う。やれば出来るのではないかと思えてきたのだ。
彼女は立ち上がる。少し進んでは転ぶ。でも、立ち上がる。転んでも立ち上がる。
こうなると、転ぶことの恐怖心が薄れていく。姿勢や、体重の移動を間違えなければ、滑る距離が伸びるはずだと思えてくる。
「そうそう。出来てるよ。うまいね」
ロペの台詞はどこかワンパターンだと思えて、ちょっと笑いそうになる。途端に転倒する。気を引き締めて、再度滑り出す。
このおかげで、スケートリンクの端から端までの一直線を転ばすに滑ることが出来た。
「はい。合格ぅ!」
ロペが拍手をすると、ファンファーレが鳴って、「レベル2になりました。初級クラスに進めます」という文字が目の前に表示された。
続いて「Continue? YES/NO」の選択画面が出たので、彼女はNOを選択する。
◇◇◆◆◇◆◆◇◇
HMDとヘッドフォンを外した舞帷は、父親と姉に拍手で迎えられる。
「全部見てたの?」
「テレビで観てた」
「はずい」
「最後までクリアしたじゃない。やるね。うりうり」
姉に肘で軽く小突かれる彼女は、嬉しさを隠せない。しかし、たちまち、冷静なデバッガーと化した。
「いくつか、おかしな動きがある」
「私も画面で気づいた」
「それに、本当にこうやって未経験者に教えるの?」
これには父親は「シナリオの都合上、こうなっているところもあるが」と弁解する。
「なら、これは実際のトレーニングとは異なる部分がありますってクレジット入れた方がいい」
「入っているけど、目立つようにする」
舞帷はHMDを姉に差し出した。
「お姉ちゃん。やってみる?」
「やめとく。あっちの方でいい」
「なら、私、全部クリアするけど、いい?」
「おおおおおっ! その勇姿、しかと見届けよう!」
芽衣は、妹の肩をポンポンと叩いた。
4.初級編で得たこと
翌日から、舞帷のゲームへの挑戦は、食事、宿題、予習と復習、風呂まで終わった後の1時間以内と決められた。彼女が装着するHMDに映し出される画像とヘッドフォンから聞こえる音声は、大型液晶テレビの画面とスピーカーを通じて中継されるだけではなく、動画としてHDDに録画された。これを後で父親が再生して内容をチェックするのである。
約束通りに色々やるべきことを済ませてからゲームの世界に入った彼女は、昨日のおさらいをするつもりで、すぐにリンクに入って自主的に滑った。
もちろん、まっすぐに進んで反対側の壁に達するだけという単純な動きであったのだが、慎重になったせいか、動きがのろくて納得がいかない。
体重の移動の仕方や、腕の振り方、足の運び方を繰り返し練習する。アバターを自在に操れるようにならないと、これから上位を目指す場合に苦労することが容易に想像できたからだ。
(コツさえつかめればいい。滑るコツさえ……)
ところが、やってみると、同じ動きをしているはずでも、ちょっとした気の緩みで違った動きになる。そこで、その違いを注意深く調べていくうちに、やっとコツがつかめるようになった。それはゲームのコツなのかも知れないが、リアルな世界でのスケートのコツにも思えてくる。
彼女は、知らず知らず、やっていることが基礎の繰り返しであることに気づいた。料理以外は不得意で、うまくいかないと投げ出してしまう彼女が、自分でも不思議なくらい基礎に熱を入れている。
(あれ? 私、いつもなら逃げ出すのに、逃げていない。なんか、不思議なほど前向き)
この原動力はどこから来るのだろうかと彼女は考える。できれば、他の分野にも応用したいとも考える。すると、おぼろげながらも、それが見えてきた。
(出来ないと思ったことが出来るから面白くなっているんだ。そう。きっと、そう)
成功体験が原動力になっているんだと、彼女は結論づけた。失敗すれば、悔しいから再挑戦する。この何度も続く失敗の後に、成功が待っている。ここで成功すれば、達成感に満たされ、もっとうまくなろうとする。そう。高みに登っていくのだ。
実際に自分の体の筋肉を動かすわけではなく、イメージを持つことでアバターを動かしているのだから、原理は根本的に異なる。でも、このゲームをクリアできたら、本当に自分の力で実際の氷を相手に滑れるのではないかと思えてきた。
急にやる気が出てきた頃に、アルセーヌ・ロペが現れた。登場が遅かったのは、いきなりリンクで自主練を始めたせいかもしれないと思いつつ、彼女はロペに挨拶をする。ロペは挨拶を返さず、こう言った。
「初級のコースを始めましょう」
ゲームでは、カーブを曲がれるようになることから始まった。単なる直線の往復ではなく、リンクの楕円形に沿った滑りを行うのだ。
コツは、カーブを曲がるときの足の運び。ロペがスイスイ滑るので舞帷は悔しいが、相手をいくら悔しがっても呪っても、自分が上達するわけではない。
まずは、真似をすること。これに尽きる。
彼女は、よく足がもつれたりぶつかったりして転倒した。しかし、転倒は慣れているので、そこから恐怖で体が萎縮することはない。また転んじゃった、ハハハッというほどの余裕である。
次は、後ろ向きに滑る。これは後ろにひっくり返るんじゃないかと思うので恐怖心を抱くが、いざ滑り出すとそうでもない。
後は、リンクの中央に立った状態からの滑り出し。足の力だけで動かすこともできる。
「じゃあ、バニーホップジャンプをやってみよう」
ロペの言葉から「ウサギ跳び」を連想したが、初心者向けのジャンプであった。前向きに滑りながら跳び上がって、ひねりも回転もなくそのまま降りるジャンプだ。言うだけならなんてことはないジャンプだが、これはさすがの彼女も怖かった。
滑る氷の上で跳び上がり、氷に着地してすぐ滑る。この着地で硬い氷の衝撃が来る。しかし、これが跳べないと、他のジャンプは出来るはずがない。
恐怖に勝った彼女は、なんとかジャンプが形になった。結局、出来なかったのは、自分で自分の首を絞めていたようなものだと気づいた。
もう少しやりたかったが、時間が来たので彼女はセーブしてゲームを切り上げた。
HMDとヘッドフォンを外した彼女は、録画を停止させ、もう一度頭から再生してみた。どうすればうまくいったのかを振り返るのだ。もちろん、デバッガーの視点でおかしな動きをしている箇所をチェックすることも忘れない。
うまくいかないとすぐに逃げていた自分が、失敗を恐れず、成功するまで頑張っている。それがとても嬉しい。ビデオを観る彼女は、いつしか笑顔になっていた。
5.中級編から上級編へ
翌日の夜、ゲームの続きをやりたくてうずうずする気持ちを抑えつつ、舞帷は浴槽に浸かっていた。伸ばした右腕にお湯をかけ、交代で左腕もかけてみる。右足をお湯から出して伸ばしてみる。
(こんな細い足でも、ちゃんとあの硬い氷の上で体を支えることが出来るんだなぁ)
そう感心する彼女は、もちろん、アバターであることはわかっているが、現実でも頑張れば出来るような気がしてきた。
(でも、ゲームと違うから、きっとそのギャップに幻滅するかも知れない……)
そう思うと、熱めのお湯の中でも、心臓の辺りにスーッと冷たい物が走る。それが四肢に伝わり、指先まで冷たく感じる。ブルッとなった彼女は、肩までお湯に浸かり、まだ寒いので口の高さまで沈み込む。
唇の隙間から息をわずかに吐いて、水面にプクプクと泡を立てながらボーッと思いを巡らす。
(何も、いきなりゲームと同じレベルで滑れなくてもいいじゃない)
踏ん切りが付いた彼女は、顎の高さまで浮き上がる。
(スケートに興味が湧いて、用語も技も覚えて、まずは一歩踏み出す。ゲームがそのきっかけになるだけでも、きっと価値がある)
血管が収縮して冷たくなっていた体が、元に戻ってジワッと熱くなってきた。彼女は、入浴剤のいい香りのする湯気を吸い込み、深呼吸をする。
(ゲームを一通りやったら、あのスケート場へ滑りに行こう)
彼女は浴槽から上がり、熱めのシャワーを浴びる。トラウマとなった出来事が起こったスケート場は、彼女にとって忌まわしい場所だったが、そんな苦い思い出がこのシャワーのお湯に溶けて流れていったような気がした。
◇◇◆◆◇◆◆◇◇
舞帷は、スリーターンやモホークターンなど初心者向けのターンも出来るようになり、バニーホップジャンプも完璧に出来るようになった頃、レベル3に上がった。ゲームでは、動きが滑らかになると「習得」と判断され、ここで学ぶことが全て習得済みになると、レベルアップになるようだ。
気持ちの迷いがあると、動きがぎこちなくなる。それをどうやってゲームの中で採点しているのかはわからないが、「とにかく自分が納得するまでやってみよう。結果は後から付いてくる」と思うようになってから、彼女の心の中で次々と浮かんでくる迷いが減ってきた。どうやら、採点のことばかり気にしていたらしい。
ロペが「中級のコースを始めましょう」と言った。これが盛りだくさんの内容だった。
今まで習っていないターンがありステップがありジャンプがある。覚えることがいっぱい。ゲームを始めた頃よりは滑りが慣れているので、何が来てもうまく出来るという妙な自信が付いていたが、さすがに難しい。
ロペが模範演技を見せてくれる。不思議なことに、スロー再生のようにゆっくり動いてみせることも操作で可能だ。「こうやって……こうやって……こうやる」なんて具合に教えてくれる。
さすがの彼女も、そこまでやってもらえれば頭で理解する。でも、「さあ、やってみよう」と言われると、急に頭がいっぱいになった気分に襲われ、思うように動けない。迷いが彼女の体をぎこちなく動かし、きまって転倒する。
心が何度も折れそうになる。でも、深呼吸をして立ち直る。
そのうち、理屈で考えてしまうが、自分がどんな動きをしているかイメージすればいいことがわかってきた。ダンスと一緒である。
(なーんだ。ターンもステップも、ダンスみたいに考えればいいんだ)
彼女がそう割り切るようになって、リズムで動きを覚えるようにした。ここでエッジを変えて、ここで足を変えて、体を回して、向きを変える。
(うん、いけるいける♪)
混乱も恐怖も頭の中から消えていく。
一度成功すれば、自信が付く。ロペも「オッケー、その調子!」と褒めてくれるから、体がウキウキして軽くなる。こうして、ターンもステップも一つずつ――遅いのは仕方ないが――クリアしていった。
そして、スピンとジャンプ。フィギュアスケートの華だが、やる側からすればその難しさは半端ない。
姉がやっていたキャメルスピンを試したが、体がダランとなってしまい、すぐこける。トウループをやってみたが、まともに着地が出来ない。氷の上に足を投げ出して、上半身を起こし肩で息をする。
(ここは我慢!)
彼女は、銀盤の上にすっくと立ち上がった。
1日1時間とノルマのようにゲームをこなす舞帷だったが、さすがに、中級編をクリアするのに7日かかった。一度出来ても、体が自然に動くまで何度でもやってみたくなるので、余計に時間がかかったのだが、早く上級編に雪崩れ込んで、出鼻をくじかれるよりはまし、と思ったからだ。
◇◇◆◆◇◆◆◇◇
「今までよく頑張ったね。さあ、上級のコースを始めましょう」
レベルも4に上がり、ワンパターンのロペの言葉が少し変わったが、初級から中級へ行くのとは訳が違う階段差だった。
レベルアップすると足腰も強化されるらしく、疲れはほとんどないのだが、舞帷の目の前でロペが見せる上級のターン、ステップ、スピン、ジャンプの模範演技は難易度がめちゃくちゃ高くて、見ているだけで自信を失いそうになる。
(でも、どんなに難しそうに見えても、一つ一つの動きは単純な動きの組み合わせ。ダンスとおんなじ)
彼女は、テレビの歌謡番組で一糸乱れぬダンスを披露するグループを思い出す。キレッキレの動きも、分解すれば頭、肩、腕、腰、足の派手な動き。それが決まるから、オーッとなる。
ロペが軽々とサルコウ、フリップ、ルッツ、アクセルのジャンプを回転数をどんどん上げて決めるが、クルクル回っているところだけを見ても仕方ない。加速してどうやって踏み切っているかがポイントだ。アクセルは前向きに踏みきるが、他はみんな後ろ向きに踏み切っている。冷静になれば、それが見えてくる。
彼女は、注意深くロペの動きを観察して解説を頭に入れてから、自分がイメージしたとおりに体を動かす。もちろん、最初は駄目駄目。あえなく転倒。そんな結果はわかっている。いきなり出来て「私って天才」なんて夢みたいなことをイメージするから、その落差に絶望する。だから、地道に取り組んでいくのだ。
毎日1時間。日課のようにゲームをこなす舞帷は、上級編を12日でクリアした。もちろん、一度出来ても、体が自然に動くまで繰り返すので時間がかかったのだが。
ロペが「おめでとう!」と万歳三唱で喜んでくれた。彼女は、何事にも逃げていた自分が、ここまでやり通す自信を持てたことに一番嬉しかった。
テレビで観ていた姉も、ビデオを再生して食い入るように観た父親も喜んでくれた。この家族の祝福が、また嬉しい。
クリアした日の翌日、舞帷は姉と仲良く夕飯を作り、早く帰宅した父親を喜ばせた。
「ねえ、父さん」
「ん?」
サラダに箸を伸ばす牧男が、舞帷の問いかけに、にこやかな顔を向ける。
「続き、ないの?」
「ああ、続き? あるよ」
「どんなの?」
「一連の動きをつなげたもの。いわゆる、ショートプログラムだよ」
「へー」
「凄いぞー」
「何が?」
「それをVRMMOにして、演技者として参加できるし、ギャラリーとしても参加できるようにする。そして、得点を競う全国大会を開催するのさ」
夢を語る父親に耳を傾ける舞帷だったが、話がループし始めたので、父親から視線を切り、姉に向ける。
「ねえ、お姉ちゃん」
「何?」
唐揚げを頬張る芽衣は、そろそろ父親の話が飽きてきたので、いい機会と嬉しそうに妹の方を向く。
「今度さぁ……」
「うん」
「あのスケート場に行ってみない?」
「おおおおおっ! ついに舞帷は目覚めたか!」
「もちろん、ゲームみたいに3回転半――トリプルアクセルなんて出来ないことはわかってる」
「予防線張ったな?」
「でも、一からやってみたい」
「手すりの掃除、卒業というわけだ」
「うん」
「いいよ。付き合うよ。私だって、回転椅子から卒業したいし」
まだあれをこそこそとやっていたんだと思って、舞帷は苦笑する。
「今度の日曜、どう」
「オッケー」
舞帷は、姉のその言葉がロペにそっくりだったので、嬉しそうに笑った。
銀盤に舞うなんて鬼むずいことはVRゲームなら出来ると思ってやってみた件