デート・ア・ライブ 琴里ウェディング
去年の10月頃、twitter上で琴里がドレスを纏っている写真を見かけた事から発想を得て執筆した作品です。あれは中国のapple storeで配信されているデート・ア・ライブのゲームに出てくる琴里だと思います。
1、準備
暑さがますます勢いづく八月中旬のある日。
自室で雑誌を読んでいた琴里は、気になる記事を見つけた。
「ん、なんだろうこれ」
それは、“結婚特集”と題して結婚に関するあれこれをまとめたものだ。
結婚式を挙げるならどんな場所が良いか、その際気をつけるべきことなどが事細かく書かれている。その中でも琴里が注目したのは――。
「このウェディングドレス、とても綺麗だぞー……。」
目を奪われたのは、掲載されているウェディングドレスの写真であった。
教会と思われる場所で、モデルの女性がカメラの方を向いて微笑んでいる。その女性が纏っているドレスが、琴里の琴線に触れたようである。
「こういうの着て、結婚式を挙げられたら素敵だろうなぁ……」
琴里は机に肘をつき、窓の向こうをおだやかに流れる雲を見つめて思いを馳せた。純粋で根っからの明るい性格からか、異性との幸せな妄想をするのが好きなのだ。
余談だが、琴里の理想の夫婦像は、ずばり“(結婚しても)いつまでも恋人みたいな夫婦”なのだそうな。
ふと、琴里は思い立ったように椅子から腰を上げると、部屋を出た。
リビングで、“精霊の皆とこれからどうしていくか”を考えていた士道は、なかなか考えが纏まらずに苦悩していた。
士道にとって“精霊の子達との接し方”とは悩むような事ではないかもしれない。だけど、士道は何となくそれを考えていた。
人間とは、往々に “果たして、これで合っているのだろうか”と自問自答する生き物であるからして、士道が悩むのも自然な話であった。
そうしてリビングでひとしきり悩んでいた時、リビングの扉が開いて、琴里が、何故かやや緊張した面持ちでやって来た。そして士道の横に座る。
「ねえおにーちゃん……」
「ん、なんだ、琴里」
士道が至って優しく声を掛けると、琴里はもじもじと指を動かしてみたり、毛先をいじってみたりしたあと、
「……実はね、一緒に行ってほしいところがあるんだ」
「ああ、いいぞ。それで、どこなんだ?」
「――結婚式場」
「え……?」
琴里の斜め四十五度の提案に、士道は呆気に取られた。まさか、年頃の妹の口から“結婚”という二文字が出てくるとは思っていなかったから。
士道は、琴里の真意をつかみかねるといった感じで尋ねる。
「えっと、それって……」
「あ、別に変な意味じゃなくてさ!」
琴里は何か重大な勘違いをしている兄を前に慌てて手を振り、その“可能性”を否定した。その上で、今回の提案の意図を士道に説明する。
「――ウェディングドレスを着てみたい?」
士道に聞かれた琴里は、ほんのり染まった頬が見えないように、そっと頷いた。
「分かった。琴里がしたいって言うなら、おにーちゃんは賛成だ」
「……‼ ありがとう、おにーちゃん!」
そう言って、琴里は士道に抱きついた。琴里の体を優しく受け止めて、士道は妹の頭をそっと撫でた。
翌日、ウェディングドレスの試着のために結婚式場を訪れた二人を待っていたのは、意外な結末であった。
「“事前予約制”?」
彼女の胸のうちに落胆と少々の絶望が広がって行く。心なしか、琴里のツインテールがしおれているように見える。
落ち込む妹を励ましながら士道は琴里と共に帰宅した。
家に帰って、二人一緒にパソコンで試着の予約サイトを開く。しかし、そこに書かれていた事実は、二人の期待を裏切るものであった。
「おにーちゃん、予約、半年以上先まで埋まってる……」
「本当か?」
士道がパソコンの画面を覗きこむと、確かに、予約が取れないことを示す×印が、半年以上先のカレンダーにまでびっしりと記されている。
パソコンを閉じ俯く琴里。彼女の長い髪にで顔が隠されており、どんな表情をしているかうかがい知ることは出来なかった。
だけど、士道には分かるのだ。琴里はすごく落ち込んでいる。
琴里は小さく、蚊の鳴くような声で言った。
「……部屋に戻ってるね」
琴里はそれだけを残してリビングを出ていった。扉の閉まる音が、士道にはとても寂しく聞こえた。
しかし、昔から、琴里は落ち込んだときに深追いすると、どんどんふさぎ込んでしまう性格であることを、士道は知っている。
琴里自身が気持ちの折り合いをつけられるまでそっとしておこう……そう士道は考えた。
一週間後。士道はフラクシナスを訪れた。
艦橋に入ると、ラタトスクのクルーが平時と変わらず業務を行っていた。
すると、艦長席に座っていた神無月が、階段を下りて士道の方へ近づいてきた。
「やあ士道くん」
「神無月さん、琴里の席に座って何していたんですか?」
「え? 司令の席に座って何をしていたか、ですか?」
士道の質問に対して、士道への質問でもって返した神無月は、唐突に恍惚とした表情を浮かべて、こう言った。
「そりゃあ、最近顔を見せてくれない司令のことがさびしくて、先ほどのようにして思いを馳せていたんです」
「……とりあえず帰っていいですか」
「な! 勘違いしないでください士道くん、私は決してやましい気持ちがある訳では……」
艦橋を出て行こうとする士道を追う神無月。艦橋のスライドドアが開くと、その向こうには一人の人物が立っていた。
「……神無月、今の話は全て聞かせてもらったよ。後で、その件について、じっくり話をしようじゃないか」
「れ、令音さん……」
神無月は一歩、また一歩、後ずさりした。それをちらっとみやると、令音は士道に顔を向けてほんのわずかの笑みを浮かべて言った。
「……何も心配することは無いよ、シン」
「は、はあ。俺は別に大丈夫ですけど」
士道の返事に、令音はおもむろに彼の頭を撫でて「いい子、いい子」と呟いた。
頭をひとしきり撫でたあと、令音はもう一回士道に話しかけた。
「……シンは私に相談したいことがあるようだね」
「え、ええ。折り入ってご相談したいことが」
「分かった……ここでは何だから、会議室へ行くとしよう」
令音はふらふらした足取りで艦橋を出ていく。それを追うように士道も続く。
一方の神無月はというと、先ほどのショックなどどこへ吹き飛んだのか、再び琴里の艦長席に座って、さびしさに思いを馳せていた。
それを見ていたラタトスククルーの顔は“やれやれ”一色に染まっていた。
案内されたのは会議室である。と言っても、一対一で話し合えるようにソファが向かい合わせに設置されているだけの小さな部屋で、それ以外には資料を収めるための棚が置かれているくらいである。
令音は他のクルーが入って来られないよう鍵を掛け、士道の真向かいに腰を下ろした。
「……それで、話というのは何かね」
「はい。実は、琴里にウェディングドレスを着せてあげたいんです」
令音は表情を崩さない。無表情な瞳に見つめられた士道は、令音に真意を読み取られているようで、どこか落ち着かない様子である。
しばらくして口を開いたのは令音であった。
「それで、シンはどうやって琴里の要望に応えるつもりだい?」
「え?」
士道は令音の自然な質問に戸惑いを隠せなった。何故なら……。
「俺、てっきり、令音さんならもう少し反論するかなと思っていたんですが……」
「私とて、そんな野暮な事はしないよ……」
それに、と続けて、令音は何か遠い過去を懐かしむような口調で言った。
「――他ならないシンからの相談であれば、断れるはずはない」
「はあ……」
士道は何が何だか分からないといった気持ちで、そう返事した。士道の反応を見てどう思ったかは分からなかったが、令音はさらに言葉を続けた。
「話を戻すが……シンはどういう風に考えているんだい?」
「まずですね――」
令音と士道はかれこれ四時間に渡り意見を交わした。
時刻は午後五時半すぎ。もう少しで五河家の夕食の時間である。士道はソファから腰を上げてから、言った。
「今日はありがとうございました、令音さん。これなら、琴里へ良い贈り物が出来ると思います」
「ああ。私としても、琴里にはいつまでも元気でいてもらいたいからね」
令音はそう言って、わずかに表情を緩める。しかし、出口に向かっていた士道にそれが見えることは無かった。
転送装置でフラクシナスから自室に戻ってきた士道は、最初に琴里の部屋に向かった。
ここ数日中学校やフラクシナスに行く以外、ずっと家にこもりがちな琴里の様子を見るためだった。
ノックをしてから琴里の部屋に入ると、琴里は何やら机に向かって書きものをしていた。
士道が近寄ると、慌てて書いていた『何か』を引き出しにしまった。
「お、おにーちゃん。急に入ってこないでよー」
琴里のふくれっ面に、士道は半眼で応える。
「ちゃんとノックしたからな?」
「え、そうなの?」
「それで、どうだ、調子は?」
「……まあ、大分落ち着いてきてるぞー」
それに、と続ける。
「ウェディングドレスが着られなかっただけで、おにーちゃんは大げさだぞー」
くすくすと笑って、琴里は表情をほころばせた。
「いや。あの時の琴里、何だか落ち込んでたからさ」
「あれは、ただ単に期待と落胆とのギャップが大きすぎただけだから」
「そっか」
「うん」
士道がドアノブに手を掛けたとき、琴里が言葉を掛けた。
「おにーちゃん、心配してくれてありがとうね」
唐突な感謝の言葉に、刹那、驚きの表情を浮かべる士道。だが、すぐに、
「当り前だろ。琴里のお兄ちゃんなんだから」
そう言って、少し照れくさくなった士道は琴里の部屋を出た。
2、予行演習
一か月後。士道と琴里の姿はフラクシナスのとある一室にあった。集まった二人を見て令音は静かな口調で言った。
「……二人とも揃ったようだし、別室に案内しよう」
令音がふらふらとした足取りで部屋を出ていく。
「どこへ向かうの、士道」
「それは着いてからのお楽しみだ」
司令官モードの琴里に尋ねられた士道は、いたずらっぽく笑う。
琴里は、士道が何かを隠しているらしいことが面白くなかったのか、どんどん歩みを進めていく。
士道も部屋を二人の後を追って部屋を出た。
別室に移動した二人。
扉が開いた先に見えたのは、ベッドの頭――その頭上に何やら不思議な機械が備えられている光景だった。
琴里が眉根を寄せて、令音に尋ねた。
「……これは何なの、令音」
「これは、琴里の願いを叶えるためのものさ」
「私の願い?」
琴里は見当がつかないようで、はてな、と首を傾げた。しかし、すぐに“それ”の可能性に思い当たったのか、急いで部屋を出ていったかと思えば、一分も立たずに戻ってきた。
戻ってきた琴里は、明らかに様子が違っていた。それは、髪を括っているリボンが黒から白に変わっている点である。
「それで、どういうことなのだー?」
説明を求められた令音は、視線で士道に合図を送る。
「俺から説明するよ、琴里。これはな……あらゆる場面を、自分の身で体験できる機械なんだ。それで今回、琴里がウェディングドレスを着てみたいってことで、これを使うことにしたんだ」
「いわゆる“仮想現実”というやつだ」
令音が補足すると、琴里がぽん、と手を打った。
「それ小説とかで読んだことある! 主人公がゲームの世界とかに入り込んでいくやつだよね」
「そうだ――百聞は一見に如かず、実際に体験したほうが良いだろう」
令音に案内されて、士道と琴里はそれぞれのベッドにあおむけになった。
続いて、令音が二人の頭の上に先ほどの機械をセットする。すると、二人の元を離れて、令音は別室に移動する。
しばらくして二人のいる部屋に令音の声が響いた。
『二人とも、聞こえているかね』
「ええ、聞こえてます」
「聞こえてるぞー!」
『これから、二人にはデモンストレーションとして、ある場面を体験してもらう』
「その場面って何なのだ、令音?」
『まあ、それはお楽しみだ』
令音の含んだ言い方に、琴里は心の中で首を傾げた。
『それで、起動する時に、二人にはある合言葉を言ってもらいたい』
その時、琴里が声を上げた。
「もしかして、“さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう”とか?」
『その通りだ、琴里』
「準備は良いか、琴里?」
「うん! ばっちしだぞー、おにーちゃん!」
二人はすぅ……と息を吸ったのち、そのフレーズをコールした。
「「さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう/よう!」」
次に目を開けた時、琴里は五河家の自室、ベッドの上にいた。正確に表現するならば、寝ていた。
むくりと体を起こす。すると、わずかな違和感を感じた。
その正体を確かめるべく、琴里は一階に下りて洗面所に向かう。
そして鏡の前に立った。そこに映っていたのは……。
「ええええええええええええ!?」
琴里は鏡の中の自分に思わず悲鳴を上げた。それを聞きつけて士道が洗面所に駆け込んでくる。
「どうしたんだ琴里!?」
「おにーちゃん!」
そう言って琴里がそちらを振り返る。琴里の目に映ったものとは……。
「どうして、おにーちゃんが“小学生の姿”になっているのだー……?」
「幼い頃の私たち!?」
程なくして外の世界にいる令音によりもたらされた情報に、我が耳を疑う琴里。
令音の説明によれば、現在、琴里と士道は“六年前”の姿になっているらしい。これは、琴里が幼稚園の年長、士道が小学五年生の頃を意味する。
「それにしても、さっきまで着ていた服とかはびろんびろんになってないようだけど、これはどうしてなの?」
「ああ……端的に言うと、あらゆる状態が仮想現実世界にいる琴里たちに最適化されているんだ。だから、服も自然な形に収まっている」
「な、なるほど……」
琴里は分かっているような分かっていないような声を漏らした。
「せっかくシンと二人っきりになれたんだ。何かしてみたらどうだい?」
「いきなり、おにーちゃんとしたいことって言ってもなー……」
「まあ、仮想現実世界がどんなものか分かれば、デモンストレーションとしては十分だと思いますけど」
士道が綺麗に締めくくろうとした矢先、琴里が声を上げて士道のほうを向いた。
「おにーちゃん、お風呂に入ろう!」
「却下」
「ええ、どうしてなのだー! いいじゃん、今の私たち、小さい頃の見た目なんだし」
「だとしてもだよ! いくら見た目は小さいとはいえ、琴里は十四歳なんだぞ?」
「別に大丈夫だぞー。おにーちゃんのこと大好きだもん。それに、今年の誕生日の夜、一緒にお風呂入ったじゃん」
「そうは言ってもなー……」
士道は困ったようにぽりぽりと頬をかく。彼は心中で密かに両親への後ろめたさを抱えていた。父さんと母さんに事後報告するべきことなのではないだろうか、と。
そんな時、令音の声が聞こえてきた。
「心配するな。神無月が入って来られないように、私のほうで対処しておく」
令音のやけに説得力のある言葉。それを受けて、琴里がもう一度士道に問い掛けた。
「おにーちゃん……一緒にお風呂入ろ?」
「――分かった。特別だぞ」
「わーい! 愛してるぞ、おにーちゃん!」
そう言って、琴里は士道に駆け寄って抱き着いた。
「昔は、こうやって琴里の髪を洗ってあげたよな」
「だねー」
琴里の髪にシャンプーをしながら、士道はそんな言葉を口にした。
静かなお風呂場に、しゃかしゃかという髪をこする音と、楽し気な琴里の鼻歌が響く。
しばらくの静けさのあと、琴里が口を開いた。
「ねえ、おにーちゃん」
「ん、なんだ?」
そう言って琴里は、士道のほうを振り向いた。その拍子に琴里の柔肌が見えそうになり、士道は慌てて視線を逸らした。
「……おにーちゃんがおにーちゃんで、私、本当に良かったと思ってるぞー」
「なんだよそれ」
士道は照れ交じりに返答した。「嘘じゃないぞー」と琴里は頬っぺたを膨らませたあと、大切なものをそっと包み込むような優しい笑顔で言った。
「小さいころから私といっぱい遊んでくれたし、私が泣いた時はいつも頭を撫でてくれたし、それに一緒に寝てくれたし……何よりも一番に私のことを考えてくれる人がおにーちゃんで、本当に良かった。だから――」
琴里は俯いていた顔を上げた。その表情は、まるで一世一代の告白をするかのように、鮮やかな紅葉色に染まっていた。
「愛してるぞ、おにーちゃん」
それから二人は一緒にテレビを見たり、夕食を食べたり、またテレビを見たり、二人っきりの時間を過ごした。
ちなみに、仮想現実世界の中で食事をしても現実世界にいる自分たちには全く影響がないのは、すでに令音から聞かされた話である。
そうして夜が更けていき、普段就寝する時間を過ぎていた。
さすがに眠気に襲われ始めていた二人は、揃って自室へと戻っていく。
部屋に入る前、琴里が声を掛けた。
「おにーちゃん、おやすみなさいだぞー」
「ああ、おやすみ、琴里」
そのまま部屋に入っていくかに思われたが、どうしてか琴里はその場に立ったままだ。
そんな琴里の様子を不思議に思っていると士道のもとに琴里が歩み寄り、頬にそっと唇を触れさせて、そのまま部屋へと戻っていった。
士道は、ただ茫然と琴里の後ろ姿を見送る。
自分の妹のことでも、心の機微までは読めないと痛感する士道であった。
3、純白
翌朝、目を覚ました琴里は昨日と同様に違和感を覚えた。その正体を確かめるべく、洗面所へ向かう。鏡を恐る恐る見た。
そこに映っていたのは――
「え、これ、誰……?」
鏡の中にいたのは、明らかに“高校生くらいに成長した”琴里であった。
「今度は、私の姿は高校生の頃⁈」
(仮想現実世界の中で)朝食を摂った後、外の世界にいる令音から状況説明を受けた琴里はシャウトした。
そんな琴里の悲鳴を聞いてか聞かずか、令音はマイペースに続けた。
「……まあ落ち着きたまえ琴里。これは君の願いを叶えるためでもあるんだ」
「私の願い?」
琴里ははてなと首を傾げると、隣にいる士道を見て、はっとひらめいた。
「“ウェディングドレスを着てみたい”、か……」
「その通り――先ほどまでのシチュエーションは、シンと琴里に仮想現実世界に慣れてもらうための事前準備……」
それで、と続けて、
「これから二人には移動してもらう」
「どうやって行くのだ―?」
琴里が至極まっとうな疑問をぶつける。令音は至って平静な声音で、
「なあに。二人のいる座標を移動させるだけさ」
「なるほどー!」
外の世界にいる令音が座標転移の準備を行っている間、士道と琴里は他愛もない話で盛り上がった。
「これから移動するところって、もしかして教会とかチャペルとかかな」
「ああ、そうだと思うぞ」
士道の答えに、琴里はうきうきとした様子だ。そんな彼女を見て士道は表情を緩めた。
そんな兄の表情の変化には気づくこと無く、琴里はさらに続けた。
「どんなドレス着られるのかな。とっても楽しみ!」
「おにーちゃんも楽しみだ。琴里のウェディングドレス姿」
「えへへ……おにーちゃんに見られるって、ちょっと恥ずかしいな」
琴里が上目遣いに士道を見た。いくら妹とはいえ、いつもとは違う自分を近しい人に見せるというのは勇気が要ることなのかも知れない。
そんな感情を垣間見て、士道は苦笑を浮かべるしか無かった。
「シン、琴里。転移の準備が出来た」
しばらくやり取りをしたあと、
「では二人を転送する。楽しんできてくれたまえ」
令音の優しい声が聞こえた瞬間、二人の周りが光に覆われ、やがて視界が暗転した。
――次に目を開けた時、琴里の瞳には目を見張るような光景が飛び込んできた。
「うわぁ、すごいぞー……」
そう言って琴里が胸の前で手を組む。琴里が心を奪われるのも無理はなかった。
そこに広がっていたのは、涼しい森の中の開けた空間の中に佇むチャペルなのだから。扉の前にはいわゆるバージンロードが設けられている。
琴里は士道とバージンロードを歩く。両側から多くの人に祝福されている光景を想像して、気分が高揚していくのを感じた。
しばらく妄想に耽っていたせいか、士道が不思議そうに琴里の顔を覗き込んできた。
「どうしたんだ琴里?」
「何でもないぞー! とりあえず中に入ろうよ」
慌てて取り繕って一人で歩き出す琴里。そんな妹を微笑ましく見守りながら、士道も後に続いた。
琴里がチャペルの扉を開ける。
中は外の静けさとは異なる雰囲気に包まれていた。それは、いわば“厳か”という意味での静けさであろうか。余計な物音さえ立てることが許されないような錯覚に陥る。
チャペルベンチに挟まれた通路を、琴里がゆっくりと進んでいく。
祭壇の前にたどり着き、琴里は士道を振り返った。一瞬、士道には琴里がウェディングドレスを纏っているように見えて心臓がどくんと脈打った。
琴里が優しく微笑んだその時――――。
「チャペルの雰囲気はどうだね?」
不意に声を掛けられ、士道は後方を振り返る。
チャペルの入り口に令音が立っていてこちらを見つめていた。令音の問いに対して琴里は声を弾ませて答えた。
「すっごく良いぞー! まさに私のイメージぴったりなチャペルだと思う!」
「そうか、それは良かった」
そう言って柔らかく微笑むと、令音は、
「早速だが琴里、君にはウェディングドレスに着替えてもらうよ」
「おっけー、分かった」
「令音さんが権限を使って琴里を着替えさせるわけにはいかないんですか?」
士道がそう尋ねると、令音は彼の元に歩いてきて、人差し指をその唇にそっとあてた。
「それは野暮というものだよ、シン」
「すみません……」
「良いんだよ……ただ、私がこの手で琴里にウェディングドレスを着せてあげたいだけさ」
琴里は祭壇を下りて小走りで士道と令音の元にやって来た。
「じゃあおにーちゃん、私着替えてくるから待っててねー」
「ああ、行ってらっしゃい」
令音と連れ立って歩き出す琴里。何度も士道の方を振り返っては大きく手を振っていた。それに対して彼も控えめに応える。
二人の姿が完全に見えなくなったあと、辺りは再び厳かな雰囲気を取り戻した。
手持ち無沙汰な士道は、ひとまずベンチに腰を下ろした。そして正面を見上げる。
鮮やかな装飾の施されたステンドクラスからは日光が燦々と差し込んでおり、幻想的な雰囲気を演出している。
耳を澄ますと、ちゅんちゅんという小鳥の鳴き声が聞こえてくる。また、風に揺れる木々の優しい音も士道の耳に届く。
いつしか士道の意識は夢の世界へと誘われていた――。
どれくらいの時間が経過しただろうか。
「――――ん?」
士道は辺りを見回して驚きを覚えた。
ステンドグラス越しに見えるのは完全な暗闇で、チャペル内には煌々とろうそくが灯っている。
体感では二時間ほど寝ていたはずだが、どうやらこの世界の時間の進みは、現実世界と比べてやや早めなようである。ちなみに、士道はタキシードにいつの間にか着替えていた。
あくびを一つして、大きく伸びをしたその時、士道は後ろに気配を感じた。
振り返ると――そこには、純白のドレスを身に纏いお化粧を施した琴里がいた。
士道は、ただその姿に魅入られた。そして釘付けにされた。
「おにーちゃん、お待たせ……」
自分の手でベールを持ち上げて、士道の方に顔を向けて声を掛ける琴里。
士道にとって、彼女の一挙手一投足が心を揺さぶってならなかった。
「――とても、綺麗だよ」
ようやく士道は琴里に言葉を掛ける事が出来た。琴里は、そっと微笑んだ。
ドレスの裾を持って、後ろから一部始終を見守っていた令音が声を掛ける。
「……では、始めるとしよう。シンは祭壇の前で待っていてくれ」
「分かりました」
士道が祭壇の前に移動するのと同時に、入り口のドアが閉まり、チャペルの中には士道一人だけとなった。
そして、再び扉が開いた。その向こうから、ゆっくり、一歩、また一歩と琴里が歩いてくる。
時間を掛けて、やがて琴里は士道の隣にやって来た。
士道が横を向く。ベールに覆われており琴里の表情をうかがう事はできない。だが、呼吸に合わせて琴里の白い肌が上下しているのが分かる。
「本来であれば結婚式らしい手順を踏むが、今日はそれらを省くよ」
そして、静かに令音が告げる。
「新郎は、新婦のベールを取ってくれたまえ」
二人が向かい合う。士道が琴里の頭を覆っているベールを、そっとよける。
琴里が静かに士道を見上げた。
彼女の瞳の中ではろうそくの火がゆらゆらと揺れていた。
指輪を交換して、二人は見つめ合う――――。
仮想現実世界での結婚式から数日後。
琴里の机の上では、あの時交わした指輪が陽の光を浴びて綺麗に輝いていた。
デート・ア・ライブ 琴里ウェディング
とても久しぶりの二次創作で、私自身最初は手探りしながらの執筆でした。しかし、お話を書き進めていくうちに「ああ、琴里って(自分の中で)こういう性格の女の子だな」というのを思い出す事が出来ました。やっぱり、デート・ア・ライブに二次創作は良いですね。また、別のお話で会えることを楽しみにしております。