一方通行

一方通行

「お母さんの馬鹿」甲高い怒鳴り声をあげながら
美奈子は子供のように顔を歪めた、目の縁から頬にかけて涙が溢れている

美奈子は携帯電話を持っていない、家は決して裕福とは言えないがそれほど貧乏な訳でもない。お金の問題ではなく教育方針だと言うので、父にも母にも何度携帯を持ちたいと、必要だと催促しても「学生で持つのにはまだ早い」そう言って話にならない。
携帯に対してそんな考えであるのだから、パソコンに対しても同じで、自分専用のを持つことは許されず、リビングルームに古い年代物が一台あるだけである。そんな年代物のパソコンの為に契約しているネット回線なんてたかが知れていて、友人の家のようにスムーズにネット動画を見ることはおろかメールすら満足に使えない
つまり早い話が美奈子は友人との連絡手段が家の電話しかないのである。

学校での友人との話題は、スマホのゲームにネットの動画・写真。部活の連絡だってアプリを使う、文化祭の買い出しの待ち合わせにだってなんにしてもスマホである。友人達が楽しそうにスマホを片手に笑い、自分だけがそれについて行けない出来事が多く、何度も歯がゆい思いをすることになった。

もちろん美奈子と同じようにスマホを持っていない子もいる。だが、その子もつい最近バイトを初め、スマホを手に入れてしまったのだ。
これで美奈子の仲のいい友人でスマホを持っていない子はいなくなってしまった。だから、美奈子も同じようにバイトをしようと思い、こっそりと親に内緒でその友人と同じスーパーで面接を受けた。


面接での反応は良く、その場で採用が決まった。これで念願のスマホを持てる、その思いは美奈子の心を弾ませていた。
予想外だったのは、履歴書に書いた家の電話番号に店長から連絡が来たこと、電話に出たのは、自分ではなかったことである。

そんな事も知らず、学校が終わり家に帰り鍵の空いた玄関を開けると同時に「ただいまー」と声をあげる
待っていた「おかえりー」という返事とは違う、別の言葉、全く予期していない言葉が母から帰ってきた「スーパーの店長からあなたに電話があったわよ」ソファーに座ったままの母、目を合わせず、顔はテレビを向いている

そう言われ自分の血の気が一斉に引いていくのがわかる。「そう・・・」その一言だけを母に返す。

「バイトの話、断っておいたわ、だってあなた まだ学生でしょう?」

「お母さんの馬鹿」甲高い怒鳴り声をあげながら
美奈子は子供のように顔を歪めた、目の縁から頬にかけて涙が溢れている

いつもこうだ、私の人生はいつも親に邪魔をされる。顔を見るのも嫌で、喉も乾いたまま、私は階段を登り自分の部屋に閉じこもった。

何をする気にもなれず、ただベッドの上で横になる、階段をゆっくりと登る母の足音 コンコンと二回ノックが鳴り響く
ドアの向こう、「お母さん、今日出かけなれければならないから。夕方過ぎには戻るから」それだけ聞こえ、また階段を降る音が聞こえる

「ずっと、帰ってこなければいいのに・・・」そう小さな声で無意識に呟いてしまった自分の声に驚き、少し笑ってしまった

玄関の「ガチャッ」と閉まる音、それに続き「カチャカチャ」と鍵を締める音、その2つの音が鳴り響いた後も美奈子はぼーっと一人考えていた
違うバイトを探すか、それとも諦めるべきか、ふと我に返ったとき、部屋の電気もつけていなかったことに気づいた。そしてなんとなく南側の窓が目に入った、空の色がおかしい。

どう例えたらいいのだろう。昔の人なら悪い事が起きる前の前兆だと、そんな風に言い出しそうな色、いつもとは違う、赤紫の空、雲の形もストライプ柄みたいな変な感じ、見ていて不安になる空だった、そんなときに限ってひとりである。

喉は更に乾いていくが食欲もない、「もういい」とすべてを諦め布団に入ったものの自分の胸の鼓動が大きく寝れそうにない
かと言って、なにをする気にもなれず、階段を降りてリビングでテレビを見たり、母の代わりに夕飯の用意をしたりなんて気にもなれなかった。

さて、どうしたものかと考えたところ、美奈子に名案が浮かんだ。先日、誕生日プレゼントとして友人にもらったお酒である。お酒と言ってもシャンパンやワインのような立派なものでなく、コンビニで売っているようなただの缶チューハイであるが、ストイックに生きざるを得ない美奈子を案じた友人からのささやかなプレゼントであった。
缶にはマジックで「辛い時に飲んで」なんてメッセージとハートマークまで書いてある。

親に見つかったらと思い、もらったまま机の引き出しに隠していたが、一人でいる不安よりも、飲んだことがバレたほうがマシだとやぶれかぶれにプルタブを開いた。

恐る恐るちびちびとすすり口の中を潤す、粘膜をアルコールが刺激する。それほどぬるくも冷たくもない。そして音を立てずに喉から胃に流し込む、初めて口にするアルコール、チューハイだからジュースのように飲めた。二口、三口と同じように続け、なんだ、自分はアルコール強いのかも、なんてそう思い始めた直後、美奈子は床に吸い込まれるように叩き落ちていった。
意識が少しづつ消えていくのと同時に、ゆっくりとチューハイの缶が右手をすり抜けて、床に向かって落下していく自分を客観的にただ傍観していた。

熱を奪われていく頬に寒気を感じ美奈子は静かに目を冷ました。アルコールと吐瀉物の混じった匂い、それと同時におばあちゃんの家で嗅いだことのあるような匂いを感じた。古い畳や土壁、そしてそれにカビが混じったような独特の匂い、ここは見慣れた自分の部屋に見えたが違和感がありどこか違うようだった。倒れたまま身体はどこも動かない、腕も指が動かない、ただ五感だけが研ぎ澄まされ、匂いや音といった感覚に敏感になっていた。

自分の頭上に誰かいる。聞き覚えのない声、誰なのかわからない、ただ自分の家族でないのは確かだった。
顔は動かせないが目は一点だけを見ることができた。視線は窓の向こう、空の色は先程よりも更に恐ろしく、今度は色が無かった。
何も見えず真っ暗、夜遅くで真っ暗という訳ではない、本当に何も、何一つ見えなかった。

頭上で誰か知らな人達が聞き取れないくらい小さな声で早口で会話を続けている。私は無視をしていた。返事をしたら二度と元の場所に戻れない気がしたから。返事をせずただ一点を見つめた。だが 真っ黒な窓を見るのも怖くなって目を閉じた

解決策など無かった、ただ考えていることは一つだった。母が帰ってきてくれれば助かる、母が帰ってくる夕方過ぎまで待てば

頭上の声を無視し続け目を閉じ続けた。それでも時間は変わらなかった。体感時間では数時間は経っていた。

夕方過ぎに帰ってくると言った母、夕方なんてとうに過ぎている。やっぱり母は私の人生をいつも邪魔する。

待ちきれず目を薄っすらと開くと、眼の前に それはいた。恐怖を感じ再び目を閉じる。眼の前にいるそれは私に「・・・・・がいいな?」と聞いた、生暖かい息、得体の知れない生臭さ

私は何も答えなかった。しばらくしてそれは再度、今度はハッキリとした声で「いいな?」と聞いた。「はい」と私は涙を流して言った。何を聞かれたのかはわからない、ただ、なんとなく「元の場所に戻る為にはお前の大切な人を奪うのが条件だ」、そう言われたような気がした。「はい」と答えたのと同時に金縛りは解け自分の部屋に戻っていた。部屋の電気はついている、窓からはいつもより綺麗な夕焼けが見える。

安堵をしていると、玄関からカチャカチャと音がして、階段を登る音。私の部屋にノックの音と母の声が鳴り響く。母は携帯ショップに行っていた、私の為にスマホを契約してきてくれたらしい。変な夢のせいで、一瞬でも もし母の命が奪われてしまったら・・・と考えてしまった自分がバカバカしい、私が望んでいる機種ではなかったが、そんなことはもうどうでもよかった。

母はリビングでチラシの裏に手書きでスマホを使う条件なんてものを書き初めた「勉強をしなかったら取り上げるから」なんて少し嬉しそうに言っている

そしていま、私は母からプレゼントされたスマホで、はじめてのメッセージを父に送り 今か今かと返事を待っている。

一方通行

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  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-10

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