サテライト~あなたの灯り
2014年作品
サテライト~あなたの灯
銀は今、湾岸沿いの埠頭の上に立っている。
茫漠とした空間から風が流れてきて、自分の薄い色の髪を散らしているのを感じる。
ここから先は、海。夜の海。見えないのだが銀にはわかる。
潮騒の音、停泊する船舶の汽笛の音・・・・音。
見えなくてもわかるのだ、そのさまざまな音の音色は暗黒の海に浮かぶサテライトだ。
いつも情報のやりとりをしている観測霊たちとは違う。
――それは、私にとっての黒のようなもの・・・。
銀はそう思う。黒の顔は銀には見えない。いつか、「怖い?」と私に尋ねてきた、その白い仮面・・・。
私にはどちらも同じなのに。同じ黒なのに、気にするのだ。
つまり黒は戦っている時の自分と、そうでない時の自分と、どちらが銀にとって親しみやすいかと聞きたかったのだろう。
銀はそう解釈した。そして少し混乱した。
戦っている時の黒は、銀にとっては自分を守っている時の姿。
そして戦っていない時の黒は、自分にとって限りなくやさしい。
どちらも自分には大切だ。だから・・・・「わからない」と答えた。
でも黒には伝わらなかった。それが銀には悲しい。
どうして自分は選び間違えるのだろう、あの北欧で起きた自動車事故の時のように。
あの時も母と先生の姿を見て、おびえて逃げ出さなければよかったのだ。
そうすれば、母は死ぬことはなかった。
黄は私をドールとして迎えた時、その過去話を少し売人から聞いていて、
私に同情してくれたらしい。選べなくていいんだよ、人間なんてそんなもんだからな。
銀は「うん」としか答えられなかったが、黄が理解してくれたことはわかり、内心うれしかったのだ。
黒ともそんな風になりたいと願っているのだが・・・それは悲しいくらいに切に願っているのだが。
でも、黒は昔のことがあるから・・・・。
いつか、黒ともわかりあえるといいのに・・・・。
銀はそう思うのだった。
だから私はもう、死なない。黒がいるから死なない。
この突堤から先には落ちない。
でも黒が私から離れたらどうだろう?
南米で会ったあの人・・・・黒に何かを教えていた人らしい。
あの人は黒に親しかった。そういう人がまたできたならどうするだろう、黒に。
私は目が見えない。黒の足手まといにしかならない。
観測霊がわからなければ、私には何の価値もなくなってしまう。
そう考えた時に、不意に足元にぬくもりを感じた。
「マオ」
マオが銀の足元にじゃれついていた。
「銀、ここは危険だ。帰った方がいい。」
マオが人間の声でしゃべった。銀は遠くの夜の海を見ながら答えた。
「うん・・・・そうする。」
マオが尋ねた。
「何を考えていたんだ?銀?」
「マオは、見えるのね。黒の顔が。」
「う、うんそりゃまあな?」
「黒は仮面をかぶっている時があるんでしょ。」
「あ、まあそれは・・・。やつも仕事だからな。」
「黒は、どんな、顔?」
マオの声が裏返った。
「え・・・・そりゃまあ、イッ、イケメンかなぁ?!」
「イケ、メン・・・。」
「あ、お面がイケメンっていう名称じゃないからっ。古い言い方だと、ハ、ハンサムってことだ。銀とはお似合いだよ。」
「そうなの・・・・。」
「おまえにもいつか見えるといいな。」
「いつか・・・。」
「そんな日が来ると思うよオレは。銀の目が見えないのは、対価じゃないかなとオレは思うんだよね。」
「対価・・・・。」
銀はつぶやいた。対価じゃなくて、罰。母を殺した罰・・・きっとそう・・・。
しかし銀はそのことは仲間の誰にも言ったことはなかった。銀は言った。
「もし・・・もしね、マオ。私の目が見えるようになったら・・・。」
「うん?」
「黒は・・・あの灯りみたいにならなくなるのかな・・・。もし私が能力を失ったら・・・・。」
「灯り?」
「少し明るさはまぶたの裏に感じるの。この前は海でしょ。そこに遠くの建物の灯りが見える・・・・黒は、私にとってはそんな風なの・・・。」
マオは言葉に詰まった。マオは本当は猫ではなく、それ相応に年も食った男なのである。今は故あって猫の身なのだ。こういう時うまい言葉が見つからない。
「そ、そうか・・・早く黒にそれがわかるといいんだが・・・。」
マオは自分が黒でないことを呪った。こんな言葉を聞くべき者はオレじゃないんだ。黒は今一体どこにいるんだ?
と、その時黒がマオのそばに忍び歩いてきた。
「銀、ここは風が寒い。風邪をひく。」
「うん・・・。」
銀は素直に突堤から飛び降りた。黒が少し驚いたように言う。
「大丈夫だったか?」
「平気。黒がいるから・・・。」
「もどろう。」
マオは黒の様子にカチンときた。この朴念仁は、銀の気持ちをちゃんとわかっているのか?マオは叫んだ。
「あのなあ、黒よ、銀ちゃんはなあ・・・。」
「?」
「おまえのことを、街灯のように思っているんだからなっ。」
「ああ外套?外套ね。この上着みたいにだろう。」
黒は自分の上着を脱いで、銀に着せかけた。
マオは本当はわかってないと思って、もう何も言わなかった。
そういうしぐさは完璧なんだがな・・・・。
まったく犬も食わないなんとやらだ。もう少し意思疎通のままおいておくか。
いやいや言葉にしないところで、つながりあっているんだこいつらは。
ちょっとした齟齬で相手に伝わっていないとか、ああオレも若いころはそういう煩悶の時期があったよなぁ。
ただまあ、これだけは言っておくかとマオはひらりと黒の肩に乗り。
「銀をもっと大事にしろよっ。」
とだけ言うと、猫のフリをしてにゃあと逃げた。黒は言った。
「なんだあいつ?」
銀は指先で微笑んで黒に答えた。
「マオはわかっているの。私たちのことが。」
黒は少しとまどったが、銀の言葉がうれしくて、思わず反芻してしまった。
「わたしたち、か・・・・。」
銀は黒とふたりきりになると、マオに言いつのったような感情には蓋をしてしまう。
それが銀なのだ。
黒は知らない、銀の黒への不安な気持ちは・・・。
でもそれは銀の切なる願いなのだ。それは黒に伝えたくないのだ。
マオがそれ以上何も言わなかったのは、銀にとっては幸いだったのだ。
黒は銀の手を静かにとった。エスコートするように、優雅に、やさしく。
それは黒の銀への想い・・・・。黒もまた、銀には不安なことを伝えたくない・・・・。
互いの不安な身を寄せ合うような二人だった。
後年訪れる二人の悲劇は、この頃から始まっていたのかも知れない、おそらくは・・・・。
そうしてお互いを確認すると、二人の長い黒い幸せそうな手をつないだ影は、だんだんと夜の町並みの中へと消えていった。
遠くの海の上に、対岸のサテライトの光が、白くぼんやりと輝いていた。
サテライト~あなたの灯り
これを書いた時は「サテライト」の意味が「衛星」だとはっきりわかっていなくて、灯りのことと混同していたと思います。でもいまさら書き直せないので、このまま置いておきます。猫たしかしゃべったですよね?DTB最近ほんと見返していないんです。二期であの虫が出てきたので、二期のDVDは封印して見ていないんです。それなんで一期もなかなか見返しておりません。