Alone in the Dark
2015年作品(1987年のものを改稿)
Part1
窓の外では冷たい風に、背の高いハンの木が、めっきり葉の少なくなったこずえを震わせていた。
「・・・・――――もうすぐ終わりなんだってな。」
バイマンは、窓ガラス越しにほこりくさい運動場を見詰めて、となえるようにつぶやいた。ところどころに白線がとぎれ、たくさんの置き去られたままのゴールが並んでいる。冬の陽射しが、まるで嘘のように静かだった。その静けさの中で、静かに列を乱さぬ男達のかぶった帽子だけが、不釣合いにきわどいリズムを刻んでいた。赤い制帽。
「ただの噂だろ。」
うとましげな声が、部屋の隅から響いた。
じっと見ていると不安になってくるほど蒼い瞳をしているな、といつもバイマンは思う。振り返って同じベッドの上に腰を下ろし、バイマンは先程からの終わりのない会話をまた、蒸し返し始めた。
「――――終わったら俺たちも終わりだぜ、まったく。夜の世界では英雄が、おてんとう様にさらされりゃ、今度は即戦争犯罪人だ。わりにあわねぇ話だと思わねぇか?誰も好き好んで入った軍隊でもねぇのに。」
「またすぐに始めるさ。」
「おまえは割り切っていられるからいいよな。」
キリコはバイマンの皮肉には答えずに、外の風景をじっと眺めていた。あれは何の話だっただろう、あの枝に残っている最後の一枚の葉が落ちるとき、私の命も終わる、そううわの空で夢見ていた病身の少女。結末がひどく悲しい物語だったが、彼はその話をもうほとんどといっていいほど覚えていないし、その話を読んだ時には、ずいぶんと読む者を馬鹿にしている話だと思ったものだ。
「オフが終わったらサンサだとよ、冗談じゃないぜ。あんな星、だれが行けるかってんだ。きっとおれたちが行く頃には草木一本残っちゃいねえよ。何のために行くんだ。第一、あったとしてもだな・・・・。」
思わず言葉に詰まったバイマンの方を見返りもせずに、キリコは後を継いだ。
「草木一本はやさないためさ。そいつはじいさんの考えそうなことだ。何が残ろうが枯れ木にだけは、自慢の花を咲かせたいのさ。」
「すると、俺たちは、盆栽菊の手入れってわけか。」
バイマンは噛み殺した表情で笑った。だが珍しく冗談を言ったその当人は、もうずいぶん前からその表情を崩さないままでいる。何かに耐えるような表情が、動かなくなって久しい。
「あんまり外ばっかり見ているなよ。俺は前から言おうと思ってたんだが。」
ブルーの視線がおよいで、バイマンの顔に当たってはねかえった。
「おまえのその目な、そうやって必死に目をこらしてたら、誰だって疲れちまうんだよ。この世のものをじっと見つめるのは、何も知らない赤ん坊か、何もかも知ってしまった老人くらいなもんさ。そうやってると疲れちまうだろ、おまえもさ。」
軽く嘆息して体を倒し、今度は天井をにらみつけながら、キリコは苦いものを吐き出すように言った。
「今日は疲れたい気分なんだ。」
「おまえ、最近はあの夢は見ないのか?」
「あんたのお陰で見られなくなった。」
「―――へぇ、そいつはよかった。」
すかさずその上にかがみこんで、バイマンは蒼すぎる瞳を覗き込んだ。キリコの顔の上に淡い影が落ちる。
「だけど俺は知っているんだぜ。おまえ最近は手広くやっているんだろう。」
「そんなこと、あんたには関係ないだろう。」
「こいつは失礼。だけど、ほどほどにしといた方が、利口だってことさ。じいさんの頭の白髪がますます増える。あいつ、おまえの事にはやたらと神経質だからな。」
「なら、あんたもやめろよ。」
「そいつはないだろ、ベイビー。」
そらせ気味にした首筋を唇がはっていきながら、指先は冷たい内股の奥の汗を確かめていた。窓ガラスの上に黒い影がボンヤリと動いている。真冬だというのに丸々と太った○○○○だな、とキリコは肩で息をつきながら、大方ATのマッスルシリンダー培養液の貯蔵室にいたんだろうとにらんでいた。薄暗くて生暖かいあの部屋に不用意に入ろうとして、上官のホイルロップは顔めがけて飛んできた○○○○の群れにドアを開けるなり倒れ込んできた。その滑稽な場面を思い出してニヤリとした。キリコはバイマンの上衣を裾から手を差し入れて、絡げた。
おい、目ぇつぶれよ、気分出ないだろ、頬をたたいてバイマンが言う。おまえが女を知らないってグレゴルーの奴も言ってたけどな、そりゃホントらしいなあ。女はやっぱりムードだよ、ムード。喉の奥のドロドロした固まりを吐き出したく、キリコは思う。おんなの話なんかするなよ。ズボンが無造作に床下に投げ捨てられ、バイマンはヒュウと軽く口笛を吹いた。キリコは頭蓋骨に焼け付くような痛みを覚えていたが、同時に素晴らしい下降感とともに快感が体の内奥に固まってゆくのを感じた。頭が朦朧として、その後に体中を襲う脱力感に流されていく。ますます自分はきりもみされる人形だという意識に捕えられる。
知ってるか?アダムスの奴、とうとう脳にきちまったんだと。軍医が駆け付けた時には、こんな太い針を尻に打ってもらってよ、言うことがシャレてるよな、ああ先生、オレは戦争は自分の性に合っていないらしいんです、とよ。ジープ一台ぶっ壊して暴れた後にこう言ったんだぜ。アダムスの脳に神の祝福を、だ。おまえも言うか?
バイマンの執拗な指先を逃れながら、病気だったんだろうとキリコは口の中で答えた。とたんに耳をふさぎたくなるような勢いでバイマンは笑い出した。ヤクだよ、ヤクをやってたんだよ。バッカだなあおまえ、まあおまえは麻酔も効かない体らしいから、無理もないか。そう言われてキリコは、昔の仲間といた頃、ボンドをやっていた少年の姿を思い出した。脳が溶けるからやめろ、と自分も言ったような気がする。ガタガタと断続的に震えていた肩が、小さくみすぼらしかった。
「―――俺、飼ってみようかと思うんだ。」
何だ、○○○○か?バイマンの言葉に眉をひそめてキリコは遮った。タリス星のウサギだよ。ずっとATの格納庫に住み着いていただろう。なんだか今思い出して。バイマンは膝を直して座りながら、煙草に火をつけた。
「ああ、あれか。たしか喰っちまったな。」
何だって?バカ、俺じゃないぞ。そんな目で見るなよ。肉なんか全然ついていなかったって話だけどなあ。おまえ、あいつの事嫌っていたじゃないか。臭いだってあったし。今頃情が移るのが間違ってるよな、そりゃ。
「そうか、喰ったのか。」
キリコはゆっくりと制服のボタンを留め始めた。
ペールゼンは目の前を無表情に行進する部隊を、厳しい面持ちで眺めていた。今年でもう四年目に入る。これが私の最高作で最後の作品になる。別に自負するわけでもなく、彼は最近はそう思う事が多い。この季節になると、持病のリュウマチが痛む。一度体の中で起こるとこびりついたようになって、しつこく痛み、どこにも出ていかない。それでも勝気な彼は、誰にも気取られることのないように、杖もなしに立って行進を見ているのである。背の高い並木道の上を、ジェット戦闘機が爆音で地響きをたてながら、かすめていった。
「閣下、お話があるのですが。」
突然に背中から声をかけられて一瞬足を踏みしめたが、ペールゼンは大儀そうに後ろを振り向いた。ムーザ伍長が緊張した面持ちでそこに立っていた。
「故郷の家族に送っている、扶養手当なのですが。」
「どうしたね。経理係が滞納しているとでもいうのかね。」
「そうではありません。実は家族からした手紙の中で、最近送られてくる額が、その・・・」
「はっきりと言いたまえ。」
「・・・多すぎるのではないかと。」
ペールゼンは思わず眉をそびやかせてみせた。
「君はまさか君の家族に話したのではないだろうね。」
「そのような事は絶対にありませんっ。」
「それならばいいが、不審に思われているのならば、私の方から書類を作成しよう。秘密は守りたまえ。」
「ハッ、申し訳ありません。」
「下がってよし。」
生真面目にきびすを返して立ち去ってゆくムーザ伍長を目の隅で追いながら、ペールゼンはあの生真面目さが奴の弱点であるな、と考えていた。家族持ちか、仕様のない奴だ。生涯独身を通したペールゼンにとって、隊員の持ち込む家族についての苦情は世迷言としか思えなかった。
「レッドショルダーに家族はいらん。」
つぶやくペールゼンだったが、現実には隊員の半数には家族か、そのような者がいた。ある程度のレベルを持ったボトムズ乗りを集めた結果、歴戦の勇士はそれなりの年期を積んだ者でなければならなくなったからだ。だからこそ、あの男をはじめて見つけた時に、あれほど心が躍ったのだ。ペールゼンは苦い思いで四年前の自分を振り返っていた。この苦渋に満ちた表情は誰にも見せたくない。ペールゼンは濃い色のサングラスを中指でずりあげると、運動場をあとにした。
「閣下に向かって、敬礼っ!」
ザッという靴音が、やや猫背気味になりかかっている背中に響いた。
「青磁は、ガムラン朝のものに限る。」
ひとり部屋に戻ったペールゼンは、戸棚にしまってあるたくさんの壺に向かって、そうささやいていた。壺の表面にはうっすらと霜が降りているようで、それがえもいわれぬ光沢を放っていた。美を解する軍人が彼の周りにいなかったことが、長い間悔やまれてならなかった。そう、理解されないのだ。私がこのレッドショルダー部隊を作った理由も。彼は壺をその歳月の重み故に愛する。骨董はそのたしなみのない人間には、まるで気違い沙汰であろう。全く価値のなさそうな古ぼけたガラクタに大金を積む気が知れないというのだ。しかし、彼は思うのだ。その壺なり彫金なりの物件が送った星霜の前には、人の価値などいかばかりのものであろう、しかもそれが自然ではなく人工の手になるものである事に、最も深い意味が秘められているのだ。
「私はそれを、人の間にも見つけたかったのだ。」
締め切った部屋の中で、ペールゼンの吐く息だけが白くゆらいだ。四年前。カラスの目を正確に射る少年がいる、という噂をある占領地帯で耳にしたのがことのはじまりだった。その程度の技量の者なら、彼の育てた部隊の中にいくらでもいる。問題はそれが子供であり、それを子供に教えた大人だ。その時の彼は確かにそう思った。ジープに揺られること五時間余りの辺境地帯の草原に、その少年はいるのだという。
「ナイフを使うんだそうですよ。」
ジープの運転手はそう話してくれた。閣下も物好きだ、あの一帯はスラムですよ、戦災孤児の吹き溜まりです。恐らく失望されることでしょう。黒く日焼けした顔で運転手は笑ってそう話した。
「素質のある年少者を探していてね。」
ペールゼンは目をつむって答え、自分でも半信半疑の目的を、と内心で舌打ちした。弱気になっているのだ。今度編成する部隊も月並みなものになる、そんな予感に今から既におびえているのだ。そんな焦燥感にその頃彼は捕えられていた。もうじき自分も平々凡々な寿命を終わることを思うと、たまらない気持ちだった。そんな思いが多忙な彼に少年に会いに行くことを決行させたのである。それはなかば狂気をはらんだ熱意であった。
「あれが、そうだというのかね。」
少年を目にした時、やはり気を先走らせすぎたと、彼は感じざるを得なかった。薄汚れた白いTシャツを身軽にまとったその少年からは、何の意外性も拝めそうになかった。細い腕がスラリとシャツの袖から伸び、よけいな筋肉のついていない脚首はカモの首のように締まってほっそりしていた。ただ、目つきが異様に反抗的に見えたが、それは栄養状態のよくないこういった地区の子供全般に見られるもので、いずれ大人になり平穏な暮らしになれば消えざるを得ない運命にある、ジープの振動による疲労感に押しつぶされながら、彼は一般論を心の中で繰り返した。
「やって見せてくれないか。」
少年は野原の真ん中に立っている。手にはアーミーナイフの一片が握りしめられている。遠くに続く町並みは、駐留軍がいるとは思えぬほど静まり返っていた。かすかに、遠くから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。雲ひとつない青空に、少年の青い髪が溶け込んでいた。
「・・・・くる。」
少年が何やらつぶやいたようだった。先ほどからもう十分あまりが無為に過ぎている事に、ペールゼンははじめて気づいた。おや、という思いがした。その間この少年は、全く何もしゃべらずに辺りを伺っていたのであろうか。
「ハッ!」
気合を突くと同時に、少年の手からいきなりナイフが飛んだ。素晴らしい速さで、短い丈の草を薙ぎながら、ナイフは地平線めがけて飛びすさっていく。
遠くで、獣の悲鳴があがった。
少年は予想した通りの身軽さで、草原を獲物に向かって駆け出した。野生のネコ科の動物を思わせるものが、少年の身のこなしには見られた。
「どうやら殺ったらしいですよ。行ってみましょう、閣下。」
ガイドに促されてペールゼンは少年の後を追った。雑草の長い葉で手を切りそうになりながら、ペールゼンは消えた少年の小さい姿を探した。さっか駆けて行った時には簡単に進めるように見えた草むらは、まったく厄介な代物でしかなかった。何度も足を取られそうになりながら、やっとペールゼンは少年のいる場所まで追いついた。
「こいつはすごい。」
ガイドは感嘆して叫んだ。後から来たペールゼンも目を見張った。獰猛で俊足な、メルキアタイガーが血まみれでそこに倒れていた。目から頭蓋をナイフが鋭くえぐりとっていた。恐らく一撃で、正確に急所を射抜いたのだ。少年はナイフを引き抜くと、死骸の傍らにうずくまって熱心にナイフの血糊を拭いていた。
「君は一体誰にこの技を教わったのかね?」
少年がパッと顔をあげた。侮辱されて、怒っている顔つきだった。成程、とペールゼンは思い、これは独習かもしれんなと考えていた時には、彼はもうこの少年に魅せられていた。この幼さで、遠方の獲物に向かって気配を消すことを知っているのだ。これは、使える。死骸に向かって茫洋としたまなざしを落としている少年に、ペールゼンはできるだけ穏やかに話しかけた。
「君を保護したいのだ。いや、私は君と契約を結びたい。君の腕はまったく素晴らしい。それとひきかえに、君の生活はもっと保証されて然るべきものだと私は思う。我々のところに君も来ないかね?きっと私は、君の力になってあげられるだろうと思うのだが。」
ペールゼンはしゃべっていて、思わず顔が赤らむのを覚えた。まるきり子供に話して聞かせる口調ではないか。それほど彼の目の前にいる少年は、急に大人びて見えた。
「鳥を、預かってくれるか?」
少したってから少年が口を開いた時には、そうか、こういう体つきは筋肉の動きにムダがないのだな、とペールゼンは少年の体を仔細深く点検している最中だった。ペールゼンは答えた。
「鳥、かね。」
少年はそうだと無言でうなずいた。鳥というのは、少年がスラム街のアジトで籠に入れて飼っていた、傷ついて巣から落ちた雛鳥のことだった。
それからの月日は、ペールゼンにとっては昨日の事のように思える。少年は彼の期待に応えた。三か月で少年は共通ギルガメス語と母バララント語をマスターした。ペールゼンは少年にナイフの代わりに拳銃を使うことを教えた。獲物を、目標を破壊した後でも安心せず、油断してはならないことを教えた。また、最小の攻撃力で敵を倒す方法の数々を伝授し、相手の虚を突くことを骨の髄から少年に対してたたきこんだ。少年は、未熟故の従順さで彼の教えを吸収した。少年は無口だが、何事に対してもひたむきであった。ペールゼンはしばしばそのひたむきさに、危険なものを感じていたが、それ以上に少年に彼の知っているすべての事を教える楽しみのほうが弥勝った。彼はその鍛錬の中に、長い間探し求めていたあの『美』を見出したように思った。精鋭部隊として、「レッドショルダー」の名は、後世間違いなく残るであろう。そんな少年が存在していた事は、人々の人口には介さぬだろうが、それ故に彼の人知れぬ努力は報われるだろう、あのガムラン朝の壺を作った名も知れぬ職人がそうであったように。ペールゼンはまことに教育者たらんとする自分の生きがいを、この歳になってやっと発見した思いであった。
しかし、戦局は。
キリコにとって最初の戦役は、ミヨイテ戦であった。ペールゼンはそんな膠着状態の戦役に、彼の手塩にかけた部隊を出撃させる事は、心の底では嘆いていた。生存率5%を割る、奈落に通じる暗黒の宙域。しかし、彼らは生き延びた。そうであろう、と彼はその事実を誇りに思う反面、安堵に胸をなでおろしていた。ペールゼンは本部に帰還したキリコに面会した。
・・・キリコは変わっていた。そのまなざしは、小宇宙の漆黒の闇をたっぷりと吸い込んで翳りを帯び、もはや少年のそれではなかった。
「どうだったね、初めて世に出てみた感想は。」
ペールゼンはまっすぐにキリコの顔を見つめながら尋ねた。それは、即答を要求している時に彼が使う仕草だった。気の毒に、すっかり面変わりしてやつれている。ペールゼンはそれを見抜く眼力を、この時ほど恨んだことはなかった。
「・・・・鳥が・・・・・。」
キリコは虚空にわずかばかり視点をずらしながら答えた。
「居なくなった。」
その一言をキリコがしゃべる間に、百万光年の歳月が流れ去ってしまったように、ペールゼンは感じた。彼は答えた。
「鳥か。君が飼っていた。あれは逃げたのだ。飼育係の手違いで。」
嘘であった。必要ないと思い、放逐したのだ。キリコには知らせなかった。キリコはペールゼンの顔を穴が開くほどじっと見つめた。
「仕方がなかったのだ。」
ペールゼンは半ば憮然として、幼子に言って聞かせるように答えた。キリコの目の中に、ある種の色の光が揺らめいたのを彼は素早く見逃さなかった。
「・・・・失礼します。」
やがて静かにそう言うと、型通りに礼儀正しくお辞儀をして、キリコはドアの向こうに消えた。ペールゼンはそれから小一時間ほども、テーブルに降り注ぐ真昼の陽差しが夕刻のそれに変わるまで、ソファでの姿勢を崩さなかった。
ペールゼンは冷え切った室内をゆっくりと横切ると、机の引き出しから二枚の電子写真を取り出した。鮮明とは言えない写真の画面には、青い光の中で浮かび上がって見える、裸体の少年少女が映っていた。それは、生まれたてで無菌状態の赤子が持つ、あの無垢な清潔感を感じさせるとともに、ナマの人体が持つあの独特の立体感のあるいやらしさを、剥き出しにして迫ってくるように、彼の目には感じられた。
「最初からコントロールされるべきなのだ、技術のみならず、意識の世界までも。」
ペールゼンは胸苦しい思いを吐き出すように、写真に向かって語りかけた。私の努力は君たちに対してなら、きっと報いられるだろう。ただ君たちに対してなら。あれからキリコは何も顧みなくなった。彼についての悪い噂を耳にするたびに、ペールゼンは言いようのない憤怒を覚えた。それは、育てあげた彼にだけに対する、キリコの残酷極まりない復讐であった。しかしかつての輝きがみすみす汚濁にまみれてゆくのを、彼は手をこまねいて見ているよりほかなかった。何故ならそれが彼の部隊の現実的な正体なのであり、それが・・・・
「それが、戦争というものなのだから。」
ペールゼンはつぶやいた。そして歳月が、目を覆うばかりの汚濁をも跡形もなく無慈悲に洗い去ってしまうであろう・・・・。
部屋のドアがほんの僅かばかり開いている事に、そこまできて急にペールゼンは気が付いた。確か閉めたはずだが・・・・・と見回して、灯りのない部屋の隅に息を殺して立つ人影にペールゼンは気づいた。
「キリコか。」
ペールゼンはサングラスの下の目を細めた。ギラギラと闇の中で、キリコが瞳を凝らしているのがわかった。彼の手元を凄まじい形相で見つめている。
「無礼とは思わんのか、ノックもせずに部屋に入るのは。」
キリコはペールゼンの方へ一歩を踏み出し、顔をねめつけながら口を割った。憎悪の炎が十分に含まれたそれは、床にまで響いた。
「それが、あんたの新しいプランか。」
ペールゼンは少し考えてキリコについての噂を思い出し、答えた。
「フ・・・・そうか。サンサに送られるのがいやで、また営巣入りしたいわけだ。あいにくだが私はそんなに甘くはないぞ。」
「つまり俺たちを厄介ばらいしたいだけなんだ、あんたは。」
「何を言う。生存率の低下だけは避けねばならん。貴様らが無事帰還することこそが、作戦の目的であり、任務だ。」
「それは、嘘だ。」
有無を言わさぬ鋭さであった。常々命取りになるとペールゼンがおそれていた、キリコの生来からの本性のそれであった。
「キジも鳴かずば撃たれまい、といことわざを君は知っているかね?」
相手の目に入らぬように、注意深く写真を引き出しの奥にしまいながら、ペールゼンは姿勢を少し傾けて床下にある非常ベルをつま先で探った。こいつは調教しそこなった猛獣と同じだ。いつ飛びかかってくるかわからない。
ペールゼンはそうしながら言った。
「根も葉もない噂話を、部隊内に広めてもらっては困る。それでなくとも近頃はみな殺気立っている。私は君たちを見捨てはしない。私はこの部隊を愛している。」
「嘘だ。」
「何とでも言うがいい。貴様には、このわしの思いなど一生かかってもわからん。獅子身中の虫とは、今の貴様のことだ!」
ピクリと、キリコの頬が震えた。彼はその反応を見てとると、自信を深めてさらなる追い打ちをかけた。言葉による攻撃が、彼に残されたキリコへの最後の切り札である。キリコは口下手なのだ。
「仲間とはつるんでいるようだが、結局貴様という人間には心というものがまるでないのだ。飼い犬でも三日たったら恩を忘れぬというが、貴様ときたら。私の事よりも、自分自身を顧みて考えてはどうだ?」
「問題をすり替えるな。俺が言いたいのは。」
「ええいっ、貴様の言い分など聞く耳持たぬわ!貴様など、あの時さっさと死んでくれればよかったのだ!」
「あの時とは――。」
「最初のミヨイテ戦だ。それならば私の心も安泰だったし、部隊にも少しも傷がつかずにすんだ。レッドショルダーは個にして全なのだ。貴様という予期せぬバグは、部隊から排除されるべき『個』だ!」
キリコの顔から血の気が引いた。ペールゼンは肩で息をつきながら、最後まで一気にまくしたてる必要はなかったのではないかと思う反面、とうとう言いたい事を言い渡してやったという思いを心の中で反芻していた。
と、蒼ざめた顔でキリコは一歩一歩近づいてきた。両腕がすうっと伸びてきて、これは絞殺されると思う間もなかった。ペールゼンはとうの昔から予感していたことが、たった今実行に移されることを、不思議な、手品でも見るような気持ちで眺めていた。
「・・・・あんたにはわからない・・・・。」
キリコの汗ばんだ手が、ペールゼンの頬骨にかかった。そのままじわじわと力をこめていく。
「殺すか、わしを。」
「・・・・・そうだ。」
四年前なら振り切ることも可能だったが、今やその体躯は部隊内の猛者どもと並んでも引けを取らない。ペールゼンの手が虚空をつかんだ。非常ベルはとっくに足元から逃げている。
「・・・・みんな、死んだ、ミヨイテで、バルムで、オロムで、みんな・・・・。」
「こ、ころ、す、・・か、わし、を。」
「わからないんだ、あんたには、あんた、には・・・・!」
ペールゼンは朦朧とする意識の中で、キリコの顔に光るものを認めた。それが汗なのか涙なのか、彼にはその区別がつかなかった。ただただ彼はキリコの力を恐れた。しわの深く刻まれた指で虚空を引き裂くと同時に、キリコはなぜか手を離した。ペールゼンはうめき声をあげて床の上に音を立てて崩れた。しかし、自分がまだ荒い息をついていることに、ペールゼンは気づいた。重い頭で、彼は相手もまた追い詰められた獣のように、息を殺してこちらを見おろしているのを感じた。しばらくキリコはその場に立ち尽くしていたが、やがて来た時と同じように、無音で部屋から風のように立ち去って行った。
――何故、とどめを刺さなかった。キリコ、おまえは・・・・・・。
やがて呻きながらなんとか床から起き上がると、既に月明かりの差し込む開け放たれたドアを、ペールゼンはいつまでも凝視していた。
Part2
「―――フォー・カード。わるいなあ、ムーザ。」
バイマンは義手がわからぬように、器用な手つきで左手にカードを持ち替えると、テーブルの上に一枚ずつ並べた。対戦するムーザは一瞬むっとした顔になったが、ゲーム自体は暇つぶしでしかなく、すぐに椅子にもたれた。
「夜が・・・長いな。」
バイマンは笑いかけて言った。
「かあちゃんのおっぱいが恋しくなったかい?」
「少し黙ってろ。」
バイマンとムーザは、グレゴルーが使っているアジトの工場の片隅で、キリコとグレゴルーの帰りを待っていた。話をつける、と二人は出て行ったきり、なかなか帰って来ない。理由はただひとつ、キリコがペールゼンへの仇討を渋っているせいだ。
あの野郎、トンズラする気かもなあ、まさかふたりで名残でも惜しんでいるんじゃあるまいし、とバイマンは言いながらカードをめくり、スペードのエースが出てきたので顔をしかめて闇に放った。ムーザはその様子を見て言った。
「バカヤロウ、そんな筈ないだろう、少し黙っていられねぇのかって言ってんだ。俺はなあ、急かされるのは大っ嫌いなんだ。あいつらを信用できねぇって言うのか。」
ムーザはイライラとした様子で髪の毛をかきむしると、席を立ってトイレのドアをバタンと音を立てて閉めた。用を足す水洗の音にますます顔をしかめながら、バイマンはひとりごちた。
「そんなんだから、キリコにも捨てられるんだよゥ。」
バイマンは自嘲して、半年ぶりに出会ったキリコについて考え始めた。
――あの雰囲気は女ができました、て顔つきだったな。それも未練たらたら、ってやつだ。フン、あの男らしい、お幸せなこった。しかしそう考えるのは、狭いんだよな――。
と、どうやら少しその幻影の女とやらに嫉妬しているらしい自分の気持ちを持て余して、バイマンはさっきから必要以上にムーザにからんでいる。彼がにらむところでは、グレゴルーは元より、一見かたぶつに見えるムーザも、キリコと『関係』があった者だ。というか、そういうことで彼らは集まっている。生き残っているのも偶然なのだが、それもキリコが取り持つ縁ということか。
まったくおとなしそうな顔しやがって、まるでデビルだね、よくぞ三人でとめてくれたもんだ、いやもっとかもなと思うバイマンだった。あの頃キリコは自棄になっていた。まあグレゴルーの場合は持ちかけたのかもしれんが、ムーザは堅物だから、奴の方から誘ったに決まっている。故郷に残した家族があるんだ、と言うのを押し切ったのか押し切られたのか。しかしそんなピッチャーの中の濁った水たまりを作った元凶は、のうのうと生き延びて、レッドショルダー研究から次の新しい研究施設に移っている。それが彼らは許せない。
あのじじいもまったく抜け目ないズル賢さときたもんだ。よーし待ってろよ、そのドテッ腹に風穴が開くまで。キリコ、おまえはもう帰ってこなくていい、おまえはまっとうな人生を送ってくれよ。もう道を踏み外すなよ。おまえはもうレッドショルダーじゃないんだ・・・・。
ほ、とバイマンは息をつき、空調の羽が回っている天井を見上げた。まじでホレた女にフラれたような気分だぜ・・・・。そう思った時、トイレの窓から外をうかがったらしいムーザが、騒々しい音を立ててドアを蹴破って叫んだ。
「グレゴルーが帰ってきたぞ。」
グレゴルーは無言のまま入ってきて、押し黙ったまま、椅子を引いて座った。予想どおりだな、とバイマンはポケットから爪磨きを取り出して磨き始めた。ムーザはそれでも意気込んてグレゴルーに尋ねた。
「で、どうだったい?奴の具合は?」
グレゴルーは重い口調で答えた。
「ああ・・・・フラれちまった・・・・。」
白けた空気は隠しようもなかったが、彼らは準備に取りかからねばならなかった。休憩のあと、すぐにATの整備作業を彼らははじめた。
しかしそれから一時間もたたないうちに、キリコはまた戻ってきた。
「やっぱり来てくれたか、キリコ。」
グレゴルーは喜び、キリコも早速危険な重装備のATの試運転をかって出たのだった。しかし。
―――あの、バカ。
バイマンは思った。戻ってくるなって言ったじゃねぇかと、実際には言っていないのに心の中で彼は毒づいた。相変わらずあきれた野郎だ、と。しかしこみあげてくる嬉しさを抑えられず、やはり胸が熱くなるのだった。それはムーザも同様だったようだ。
キリコは彼らの中では一番幼く、無垢であるが故に戦場では絆になっていたのだった。それはキリコが日常そのような行為をしていても、戦場では精錬さを保ち続けている奇妙な人格の持ち主だったからである。それは曇天の中で、ぽっかりと開いて見える時の青空と似ていた。またキリコが必要以上のことを言わないことも、それに拍車をかけていた。それ故バイマンは、彼の不在だった数週間の間、何かがキリコにあったことは認めていたが、それは彼らの絆にとってはたいしたものではないと思っていた。
―――やっぱり俺たち四人は、レッドショルダーなんだな。
バイマンはその時、自らの経歴を自負するのとは逆の思いだったが、誇らしげにそう思ったのである。それなので、彼は言わなくていいことをつい作業中に言ってしまった。ATの最後の保護塗装をしている最中に、バイマンは仲間たちに尋ねた。
「こいつの肩は赤く塗らないのか?」
グレゴルーが思わずうなった。これからの作戦が隠密行動であるという以前に、それはグレゴルーらには受け入れられないものだった。彼らはRS部隊に配属されたことを、心底から恨んでいるのだ。グレゴルーは叫んだ。
「貴様・・・・塗りたいのか?!」
ムーザも刺すような目つきでバイマンをねめつけた。バイマンは肩をすくめてあきれたように答えた。
「ハ、冗談だよ冗談。」
――まったく冗談のひとつも通じやしねえ。あんまり真剣だとかえって足元をすくわれんだよ。
バイマンはそう思った。しかしバイマンと残りの二人の間には、明らかに齟齬が生まれつつあった。
キリコはそれら仲間の不穏な動きには我関ぜずという感じで、補修作業を続けていた。ウドでも仲間だったバニラが、ATにRS部隊のトレードマークの塗装を塗ろうとするのを、受け入れたキリコだった。彼にはATの肩が何色だろうと、特に問題ではなかった。それが作戦行動に支障をきたさないものならば―――。
「・・・・従って彼の教育は、すべてコンピューターからマイクロ・インプットされたプログラムによって行います。プログラムは人間の基本的な四つの精神構造によって分けられております。すなわち、知性・理性・経験・感情、この四つの分野におきまして分散的に彼には適応していきます。生後一年以内で最も発達を遂げるのは知性の領域です。まず、この部分の統制をおこないます。むろん、PSの彼に幼児の知能発達をそのまま当てはめるのは間違っています。しかし、彼の脳の状態はこの場合、非常に第一期健忘症の患者のそれに近い。彼らは生まれたばかりの乳児と違って自己識別能力と判断能力はあります。ですから、この場合母親のような介添え人の協力は、非常に望ましいと考えられます・・・・。」
モニター画面に嬉々として語りかけている双子の科学者を、ペールゼンは暗澹たる気持ちで眺めていた。彼の経験から言えば、机上の戦略論が実践戦法の老獪さに勝ったためしはない。彼の創設したレッドショルダー部隊はまさしくそのような実践の戦闘集団であった。しかしその考え方からして、捨てなければなりませんぞ、閣下のおっしゃるような白兵戦の時代は終わったのです。この秘密結社に迎えられて以来、耳にタコができるほど聞かされた言葉だ。いずれはこの清潔の極みであるような、ガラスケースに入ったこの人形のような少年にも、自分は自分の経験とやらを教える日が来るのだろうが、果たしてそれはPSにとっては私個人の経験として鍛えられるだろうか。彼は自分の使い捨てられる運命をよく知っていた。知っていながらこのPS計画に加担したのである。それはアストラギウス銀河を統べる「神」とやらのためではなかった。彼はそんなものは信奉していなかった。そしてこの秘密結社はそのような信者の結束した集団であった。彼はひとり、己が居場所から浮いていた。
彼は近ごろ時として、自分の立っている場所もおぼつかなくなる。手に杖を持つことも、昔のようにためらわれなくなっていた。注意していないと、しばしば過去の幻影にとらえられてしまう為である。自分はまだ判断能力が衰えた老人ではないと思うが、ひたひたと、過ぎ去った過去への郷愁はペールゼンの足元を浸し始めていた。これが老いというものなのだなと彼は思った。
――兵士の使う銃は殺傷能力のほかに、もうひとつ重要な側面の機能がある。普段は見過ごされがちだが、星の運行によって、三角法の計測により、自らの立つ緯度の位置を知る事ができるのだ。さあやってみろ。まず、君の必要な北極星の方角をあの空の中から探し出すのだ・・・・。
ペールゼンは一瞬瞑目した。何もかも、あの男のためなのだ。私が今ここにいるのは。そして、昔の私と同じ過ちがまた繰り返されるのを、軌道修正するだけの存在なのだ―――ペールゼンは、青い光の中を漂っている少年、イプシロンが、やはりPSの少女であるプロト・ワンによって、覚醒させられる計画を、秘密結社の連中から聞き出した時、叫びだしたい気持ちだった。盲者に盲者の手を引かせるというのか、これはまたなんと愚かしい。またプロト・ワンに「神の一手」による「刷り込み」によって、あのキリコの情報がインプットされているということも聞いていたのであった。キリコはしかし、ウドで死にましたからな。と、ボローは自信たっぷりに言いきったものだが、ペールゼンはまったくそんな話は信用していなかった。彼の部隊のAT乗りは、あの程度の終局の地獄に耐えられぬはずはなかった。ましてやそれは、キリコであった。彼は考えた。
―――すべては神の用意したすごろくのようなものかもしれん。しかし、キリコとPS、どちらが勝つか。それだけは見たいものだ。私はあのキリコの死にざまを確認したいのだ。
あの私を殺そうとした男が死ぬだろうか、とペールゼンは考えていた。もとはと言えば「死なない兵士」という、途方もない話から出た駒であった。補給される兵士が死ななければ、部隊は永遠に攻撃が続けられる。それは決して財政的に破たんしない経済集団であった。そしてそれは机上の永久機関であった。その素面で聞けば一笑される思いつきのような大昔に立てられた計画から、レッドショルダー部隊は創設されたし、今彼の目の前のPS研究もすすめられているのだ。それらのコードはすべてアストラギウス銀河の「神」につながっていた。それを覆えす者は今までいなかったし、ペールゼンは自分もそうであると思っている。
だが。
あの男ならできるかも知れん。それを為すことが・・・・彼は苦々しい思いでそこに立っている。自分はそれを為すにはすでに弱く年老いており、また用済みになりつつある。そしてキリコは決して私の思いをくみ取りはしない。それどころか間違える可能性が高い。まったく何ということであろう。そのため、彼はイプシロンを生み出すことを由とした。彼の一存で現在進んでいる計画ではないが、あえて中止や妨害はしなかった。それどころか助言すらした。すべては来たるべき未来のためである。そうだ、キリコでなければ、このイプシロンが模範的な者であればなおよいのだ。ただ、そのリスクは科学者たちの説明からは、限りなく大きい。そのためには、キリコと戦って、このイプシロンに模範的兵士であることを学んでいってもらわねばならない。そしてこの負の生産ゲームを、止めてもらいたいのだ。彼はそう考えていた。つまり、不死身の兵士が一人誕生すればいいのだ。その後はその集団の絶対的強権によって、宇宙はまた再び沈黙する。ありえないことだし、そうはならないという可能性も私は知っている。しかしそれが「まったくない状態」よりははるかにましなはずなのだ。そう彼はおのれの人生の終末で考えていた。そしてそれが自分の一生でなせた最終事業であると結論づけていた。
「よく眠っているのですね。私は彼を起こしたくないわ。」
その少女はモニターの前に集まり、PSの説明に熱中している組織の軍人たちをよそに、誰に話すともなしにそっとつぶやいた。彼らから少し離れた場所にいたペールゼンだけが、少女のつぶやきを耳にすることができる位置にいた。ボローからPS誕生のいきさつは聞いている。あれは事故だったのです、面目ない。確かにそうであろう。プロト・ワンはキリコを「刷り込み」によって「はじめて見た光」、つまり「神」であり「親」と位置付けられた以上、キリコを攻撃できない。それどころか、キリコと人としての愛情をはぐくみはじめた。そのバグによって、PSとしては致命的な欠陥があると言わざるを得ないのだ。イプシロンもそうなるだろうか。
彼はすでにその「危惧」を克服するために、イプシロンにある「操作」を施している。すなわち、攻撃衝動の抑制を解き、目標を必ず駆逐するべくイプシロンには脳波などを高度な値で設定している。それが彼の行った「助言」であった。つまりは――イプシロンは、彼の理想とする不死身の兵士に向かって、より完成された試作品なのだ。しかしそれは彼はプロト・ワンには教えていない。自分と同じPSであるとしか言っていない。プロト・ワンは自分と同じ同胞の誕生に、子供のように喜んでいる。まさに子供のようにだな、とペールゼンは考えていた。このような女には、単なる手駒として働いてもらうしかあるまい。ペールゼンは言った。
「起こしたくない。そう考えるのは、キリコのことからかね。」
「いえ・・・・。」
PSの彼女は、ペールゼンに簡単に見抜かれた事に、動揺した有様だった。しかし、隠しようもなく頬が上気していた。ペールゼンはこういう態度を見せつけられると、つい年甲斐もなく逆らいたくなる自分を抑えることができなかった。この可憐なまでの美少女は、まったく戦場の悲惨さとは無縁に生きているように思えた。それが、あのキリコとと考えるだけで、彼には十分滑稽な話だった。キリコはこのような女がそばにいる限り、イプシロンに勝つことはできないだろう。しかしこのイプシロンは勝つ。そのようなあらゆる人間的なものから、彼は超絶した存在なのだ。たとえプロト・ワンによって目覚めたとしてもだ。それはイプシロンにとっては、ただのPSの覚醒としか働かないだろう。ペールゼンは言った。
「キリコはRS時代は、一番の成績を常にあげていた。たとえばその同じ一週間の間に、彼の殺した原住民の数は、他の者の二倍であったことがよくあったな。」
ペールゼンはわざと残酷な物言いをした。これもキリコを矯めるために必要な、プロト・ワンに刺す釘のひとつである。事実そうであるかどうかは、どうでもいい。ペールゼンは白い衣装が奇妙に似合う少女を横目で眺めながら、少女の知りたがっている、キリコについての話を冷酷に話した。プロト・ワンは計測値では、ウドでキリコに会って以来、人間に対する攻撃意欲が目立って低下してきている。ならば戦闘員としてではなく、キリコの精神的な足かせになるべく働いてもらう。そして、キリコはこの女を救いに来るはずだ。この研究所へ来るはずだ。それはペールゼンの読みであった。ウドで探しおおせたのだから、またそうするはずだと。
「・・・失礼します・・・。」
思ったとおり少女はかすかに顔をそむけると、礼をして静かに暗がりに下がった。その様子を彼はどこかで見たような気がした。それがどこかは、今の彼には思いだせなかった・・・・。
キリコらを乗せたトレーラーは、一路東へと奔走していた。キリコの肩から瞳に、朝の陽光がゆっくりと差し込んでくる。ブルーの瞳がターコイズカラーにゆっくりと変化していく。キリコは考えていた。
―――フィアナ、おまえに逢うためにはこれしかないらしい。あのおぞましい過去の中へ帰るしか・・・・。
キリコは最前からの仲間とのやり取りを思い返していた。トレーラーの中に同席している三人は、まぎれもなくRS部隊の生き残りだが、彼らだけに通じる思いで今その一握りの生き残りの中から集まった者たちだ。皆戦場であった傷ついた思いを抱え、ペールゼンへの復讐を誓って今ここにいる。もちろん彼らがそういう計画をキリコに打診してきたのは、ペールゼンのPS計画についてさる筋から聞きだし、彼らの復讐計画への協力者が存在したからだ。その存在についてはキリコは詳しくは知らない。だが、キリコの短いリド作戦でのいきさつの説明でその素体と呼ばれる女性がPSであるな、と彼らはすぐに見当をつけた。そしてキリコを誘ったのである。成功報酬はあるらしいが、しかし復讐計画自体はキリコには無謀なものにも見えるものだった。無計画とは言わない。あのスクラップの山から四台もの完全武装のATを再生させたのは、彼らのペールゼンへの執念の賜物と言っていいことである。ウドでもそのようなことは何度もあったな、とキリコは少し過去を振り返った。あのゴウトやバニラ、ココナたちはあの炎の中を生き延びただろうか。彼らもそんな部分は少し似ていたのだ。しかしもう会えることもない。自分はまた戦場を生きる兵士として生きていくのだ。彼らは俺にとって、ほんの少し見えた暖かい光だった。あのフィアナにとってこんな俺がそうであったように――キリコは今そう思う。フィアナの光も今はきっと閉ざされている。その研究施設にいるのならば――キリコは楽観的に物を見る男ではなかったので、すでにフィアナが素体の状態まで戻されているのではと思っているのだった。そのような人体研究があるという噂は、RS時代にすでに聞いていたことだった。まさか自分が宇宙空間で目撃するとは思わなかった。彼はだから、自分の無為に流れていく時間の中で、その素体の存在に己を賭けてみたくなったのである。それ以外には彼は何も持たざる者だった。事件への興味はキリコの中ではすでに薄れている。ただその、運命にただただ流されていく存在がまるで自分のように思え、それを取り戻したいと思ったのである。そしてあのゴウトたちがそうであったように、救って自由な場所に置いてやりたかった。それが自分にできる最善のことのように思えた。キリコは神を信じる男ではなかったが、もし神という概念があるのなら、そのような存在からフィアナがそうなれば祝福されるだろうと思った。彼の世界の「神」を名乗る存在はすでに倫理的には死んでいたので、彼はそう考えた。
グレゴルーは運転をムーザにまかせながら、膝の上に電子紙の地図を広げた。マップ上でぼんやりと、研究施設のダミー映像のホログラムが映っていた。衛星写真である。さる筋から渡されたものだ。
「この施設の赤い部分はなんなんだろうな、キリコ。」
「記録状態から見て、サーモグラフィーの反応分布だ。たぶん植物が植わっている。」
「植物?」
「何かを育てているんだ。」
キリコは口をつぐんだ。軍事関係の植物というと、いい植物ではなさそうだった。キリコが黙り込むと、グレゴルーは彼らにとって一番の気がかりの事情を口にした。
「どれぐらいだろう、残っているペールゼンについたレッドショルダーの数は?」
窓の外を見ながら、気のない返事でバイマンは答えた。
「約三十四―五機は残っているだろう。あのじじいはがめてたからな。」
「ひとりで八機を相手するのか・・・。」
ムーザが面倒だとうなったところを、バイマンが答えた。
「どうした。怖気づいたか?」
ムーザはむっとして、答えた。
「俺はなあ、何がなんでもペールゼンを殺すと誓ったんだ。そのためにはわずかでも無理はしたくねぇ。目的に邪魔なもんは、相手にはしたくねぇんだ!」
グレゴルーがあわててとりなすように割って入った。
「バイマン、奴の家族の事は話したはずだ。」
ムーザは帰郷したところ、家族たちはバララントの空爆を受けて死んでいたのだ。隊員にはよくある話であった。だがそれでムーザはペールゼンを殺すことを固く家族に誓ったのだ。
バイマンはしかし事もなげにこう言った。
「フン、だからって、こうまで思いつめた顔を見ていると、ムカムカするんだ。」
「なに!」
後ろを振り向いたムーザのハンドルを握る手が空転した。
「あぶねぇ!」
グレゴルーがあわててハンドルを横から握った。キリコはかかわらないというか、かかわり方がわからないのでこういう時は無言である。ハンドルが浮いたのでトレーラーが激しく尻をふって横に揺れた。積荷のATを縛った鎖ががちゃがちゃと後ろで大きく音を立てた。
グレゴルーは大きくため息をついて言った。
「おいおい、頼むから仲良くしてくれよ。それでなくても人数が足りねぇ。いさかいはごめんだぞ、まったく!」
キリコは自分も含め、全員の気持ちがばらばらだな、と思った。おまえも来るか、とは言われた。しかしそれは頭数が足らなかったからだ。しかしそのような状態は特にRS部隊では日常的なものだった。むしろゴウトたちとあった人間的な絆のほうが、キリコとしては非日常だった。それで何やらくすぐったい気持ちがしたのである。あのヘリコプターから金をばらまいて助けてくれた時は、こんな奴らがいるのかと本当に驚いたキリコであった。しかしまた自分はこちら側に戻ってきた。それだけだった。これからもそうだ。そして、今回のキリコの目的は彼らにとっては、ただのほんのついでの用事でしかなかった。そう、キリコはペールゼンにはもう興味はほとんどなかった。首を絞めた時、恩を忘れてと叫んだあの老人に対する復讐は、もうすでにキリコの中では終わっていた。それがペールゼンに対するキリコの「恩」だった。これ以上かかわるのもごめんだと思っているのだった。
彼らを乗せたトレーラーの走る風景は、やがて深い夕闇の色へと変わっていった。
「起きて、イプシロン。起きるのよ。さあ、起きて。」
「―――・・・・・。」
先程ペールゼンと言葉を交わしたファンタム・レディ、またはプロト・ワンと呼ばれる美女が、――先ほどは少女と表現したが、それは齢七十以上にもなろうというペールゼンにとっては、三十歳の軍幹部であろうと青二才の若造ということになるからだが、―――このどこから見ても申し分のないブルーネットのボブヘアーの美女が、清楚な白い衣装に身を包み、傍らの草むらに眠っている全裸の若者に対して優しくささやき続けていた。辺りは原生林と見紛うばかりのうっそうと茂った南洋樹の森が、静まり返って二人を取り囲んでいる。若者がまぶしい光に目を細めるようにして、ゆっくりと目を開けてこちらを見詰めた時、ファンタム・レディは思念をある瞬間に飛ばしていた。彼女はその者の存在以外にはこの世界では孤独であり、新たな同胞の誕生を心から喜んでいた。あの人――キリコは、違う。この今目の前で目覚めた同胞とは、自分にとって違う存在だ。
あれは私の「本当の名前」だった。彼女は自分を抱きしめるようにそう思う、フィアナという彼が名づけてくれた名前は。自分の名前が通常人と違って、単なる科学記号と変わらないことを、彼女は短い学習期間の間に学んだ。そして、自分にはもともとはもっと違う人間らしい名前があったようにおぼろげに思う。しかしそれは決して、「思い出せない。」ボローらは自分は「白紙のPS、つまりは素体」という言い方を彼女を無視しながら目の前で言っていたことがあった。それから類推するに、自分はおそらく記憶を消されて今ここにいる。おそらくそうだ。PSは試験管から生まれた人工生命体ではないのだと思うと、やや安堵するフィアナであったが、この目の前の若者もそうだと思うと、悲しみが胸に満ちてくるのだった。どこから来たのかわからない彼もまた、過去をまったく持たない人間だ。私は彼と、自分にはあの神にも近いキリコに願って、私達の記憶を「取り戻したい。」そして、人間に戻りたい――彼女はそれを、あのリドの漆黒の闇の中で、宇宙線に揺らいだ映像のキリコを思い返すたびに、考える。キリコならきっとわかってくれる。私の名前を「くれた」のだから――私を人間に戻す呼び名をつけてくれたのだから――彼女は今そう考える。だから、その人間に覚醒できる気の毒な身の上の「仲間」は、できれば一人でも多いほうがいい。だから彼女は、イプシロンを起こすのをためらわなかった。それが彼女に将来どのような者として、キリコと彼女に立ちはだかることになるかは、フィアナにはその時予測はできなかった。
また、PSの刷り込みについては、彼女はさほど重要だと思わなかった。自分はウドの街でキリコとATで対峙できた時もある。それはまったくの仕掛けられた取組みだったが、それでも自分はキリコに対して攻撃はある程度できたのだ。つまりそれは、普通の人間と変わらないのではないか。そう彼女は結論していた。今人間に対する攻撃欲が失せているとボローらに言われているのは、彼女自身の起こしている秘密結社への無言の「反抗」である。これは第一段階で、次はこのイプシロンとこの施設を抜け出し、キリコと再会するのが第二段階だ。自分はもうウドの街でそうであったような、「お飾りの貴族の女」を演じるような女ではない。フィアナはそう思っていた。しかしそれらの秘密の計画はまったくペールゼンらには気取られることなく、彼女は今原生林の間にいる。ここはイプシロンを、秘密結社がこれからATで出撃訓練をさせるつもりの、内乱のクメン王国の環境に似せて作られていた。PSの機能を準備万全にするためです、と双子の科学者は言ったものである。生まれた環境と同じ環境だと、PSの運動性能も格段にあがるでしょう、と。なんて愚かしいことか、フィアナはそのために莫大な軍事予算がかけられていることを、すでによく知っていた。こんなことは今すぐにやめさせないといけない、大丈夫、できるわ。フィアナはイプシロンの名前を呼びかけた――やはり記号と変わらぬその呼び名を。
「あなたの名は、イプシロン・・・・・。」
「イプ・・・シロン・・・・。」
「そうよ。あなたはたった今生まれたの。そして私の名はフィ・・・・。」
言いかけて、フィアナははっとして言い直した。これは今言ってはならない名前だ。
「プロト・ワン・・・。」
彼女の言うとおりに口の中で繰り返す若者に、フィアナは『世界』を見せてあげるわ、と付け加えた。それは彼女自身の秘密の計画を示唆するものであったが、今のイプシロンにわかるわけはなかった。ふたりは立ち上がり、森の中を歩き始めた。
イプシロンは、彼女が思っていた以上にナイーブな心の持ち主らしかった。茂みを歩き回る彼ら二人の足音に驚いて、足元から鳥が飛びだしてきた時、イプシロンは驚愕の表情で後ずさった。フィアナは彼に、彼ら生き物は彼に対して敵意がはじめからあるわけではないことを教えねばならなかった。
「イプシロン、何でもないの。あれは鳥よ。」
「と・り・・・。」
イプシロンはかすかに微笑みかけてきた。フィアナはそれを見て、彼も彼女と同じように感情があり、情緒がある人間だとわかって安心感を深めはじめた。だから、その次にイプシロンがとった行動には、彼女は恐れおののくしかなかった。
「アッ。」
木の幹で休んでその甘い蜜を吸っていた一匹のカミキリムシに、イプシロンがおぼつかない手つきで触れた時にそれは起こった。虫は、イプシロンの指先を鋭い勢いで刺したのである。それは甘美な欲望を邪魔する者への、彼ら一流の報復手段であった。
「テェッ!」
イプシロンは虫を思いっきり地面にたたきつけた。そしてその上から何度も拳を振り下ろした。固い外殻に反して柔らかな体液が詰まっているその体は、上からの圧力にいとも簡単にへしゃげた。イプシロンはしかし、そんなことにはおかまいなしに、虫らしささえも留めたくないというばかりに何度も何度も叩き続けた。フィアナは知らないうちに大声で叫んでいる自分に気付いた。
「やめなさいっ、やめて、イプシロン!」
イプシロンは急に手の動きのスピードを緩めた。心の内でブレーキがかかっているのだが、手が止まらず怯えているような表情が彼の顔には現れた。途方に暮れたようにフィアナを見上げる彼に、フィアナは必至で言うべき言葉を探した。
「・・・・ああ、どう言えばいいの、わかるでしょう、虫は・・・!あなたが嫌いだから噛んだんじゃないの。虫は・・・もう死んでしまった。ご覧なさい、虫はもう飛べない・・・・・もう二度と・・・・・。」
フィアナは途中から涙ぐんでいた。このイプシロンはなりは大人だが、感情は子供のようだ。それもまるで赤ん坊のようだ。自分もそうだったのではと思うフィアナだったが、自分の場合はもう少し覚醒後は精神が落ち着いて分別もあったように思う。その差異が、彼女を混乱させていた。
フィアナが涙を浮かべているのを見ると、イプシロンにも変化が出てきた。彼の瞳にも涙がふくらんできたのである。彼はゆっくりとフィアナの言葉を繰り返した。
「死ん、だ・・・・・。」
モニターの向こうでこれらのやり取りを観察していたボローや双子の科学者たちは、PS実験に初歩的な支障が出たことを悟った。また、フィアナがますますPSとして危険分子だということを確認した。PSがこのようなことぐらいで涙を見せるなど、あってはならないことである。双子たちはひそひそと顔を寄せ合ってささやいた。
「これはだめみたいね。彼の脳を白紙状態に戻して、情報伝達素子の入力からまたはじめたほうがいいかも。」
「仕方ない、イプシロンはまだ完全体ではないからね。ただこんな状態の彼に、余計な示唆は困るのよね。介添え員はあのプロト・ワンでは、やはり無理のだったかしら。」
「同じPS同士ということで、刷り込みはうまくいったと思うけど。」
「そうね。それはすごくいいと思う。」
イプシロンがプロト・ワン同様、使い物にならない事態だけは避けたいボローは、憤然として背後にいる組織構成員たちに振り向いて声高に叫んだ。
「何をしている。早くプロト・ワンをここに呼べ!」
ボローから長々とした叱責を受けた後、フィアナは呼ばれてペールゼンの執務室を訪れた。組織にあてがわれたペールゼンの部屋は、簡素で落ち着いたインテリアの部屋である。壁にはいくつかRS部隊の写真が飾られているが、それらはキリコ個人を認められるようなものは一枚もない。すべてATや重戦車などの機動部隊の前で整列したRS隊員たちの集合写真であり、それ以外は軍幹部の会談時に撮影された記念写真だった。それら無味乾燥な写真に囲まれて、老人は椅子に座り、形ばかりの書類の上に目を落としていた。ノックして入室したフィアナに、老人は顔を上げた。細かく皺を刻んだ顔は、極寒地に生える高い樹の年輪のようだとフィアナは思った。フィアナは言った。
「お呼びいただき、ありがとうございます。閣下にお話ししたいことがあります。」
「私も君に話があったのだ。」
「私が言いたいのはイプシロンのことです。これでいいのでしょうか?」
「どういうことだね?」
「兵器として生まれたPSにも、人間としての感情を与えるというあなたのお考えは素晴らしいと思いました。けれども今のイプシロンを見ていて感じました。兵器として生まれたのなら、そのままでいた方が幸せなのではないかと・・・・。」
フィアナは言いよどんだ。イプシロンが自分とは違うことを、さっき彼女は見てしまった。彼は普通の人間ではない。だとすれば彼と同胞として手を取って逃亡するのは困難なことだ。ペールゼンはフィアナの気持ちを見透かすかのように答えた。
「悩んでいるのか。誕生前にキリコと出会ったことを。」
フィアナはとっさにとまどった。今言いたいことはキリコのことではない。しかし彼女は答えた。
「いっそ会わなければ・・・・こんな苦しみはなかったでしょう・・・・。」
彼女は思わず目を閉じた。やはり懐かしい彼の焼きついた映像が、いつものように「そこ」にいた。
その様子を見てペールゼンは書類を机に指から落とすと、きわめて事務的に言った。
「自分に嘘をついてはいけない。君は、愛しているのだ。」
フィアナの肩がはっ、と細かくうち震えた。はっきりと他人に指摘されるのも恐れているのだ。この孤独な女はあれを心から愛しているのだなと、ペールゼンは思った。フィアナはまたその双貌を開いた。女の瞳の中で、さまざまな感情が揺れ動いているのをペールゼンはまざまざと感じた。懊悩と苦悩と。そのふたつが彼女の中でせめぎあっていた。この感情を人は乗り越えねばならない。ペールゼンは言った。
「私は知りたいのだ。感情というままならぬ機能を持ちながら、人はそれ以上の存在になれるのかどうかを。私は半生を挙げてレッドショルダーという戦闘集団を育てあげてきた。訓練によって、PSにも匹敵する、最強の人間を創造したかったのだ。しかし、完成したもっとも優秀な兵士は私の考えとは違っていた。」
「キリコ・・・ですね。」
フィアナはおそらくそうだろう、と言葉を継いだ。そのような者だから、私の目にあの時焼き付いたのだろうと。それは何か仕組まれた作戦からだと、彼女も少しはわかっている。
ペールゼンはまったく表情を変えずに続けた。
「私のシステムにとっては彼は、明らかに適性を欠いていた。すべての事に疑いを持ち、反抗的で、幼稚とさえ言える、あまりにも人間的な弱さを持ちながら、にもかかわらず彼の能力は他の者よりも抜きん出ていた。私は彼を憎んだ。終戦間近に私は彼を、用意周到な作戦で殺そうと試みたこともあった。」
ペールゼンは自分の顔が、古い怒りでこわばっていくのを感じた。その際に受けた拷問もまだ記憶に新しい。
「だが彼は生き延びた。耐え難いことだが。あのイプシロンが君によって、たとえ後天的にせよ感情の動きを克服し、冷静な判断によって戦えるようになれば、キリコ以上の超人が誕生する。」
フィアナはペールゼンの言葉の意味を頭の中で反芻した。これがやはりPS計画の全貌なのだと思った。人間を人間ではなくしてしまうという計画――当の人間のことは考えたこともない計画・・・。
フィアナは言った。心が目もくらむような怒りに打ち震えていた。
「なぜです。何のために、そんな者がいるんです?」
ペールゼンはいきなり勢いよく椅子から立ち上がった。そして無言でつかつかと歩み寄り、フィアナの前に来て言った。老人はフィアナの顔の横で、低く叱責するようにささやいた。
「・・・・・まだわからんのかね?二人を戦わせたいのだよ!そのための君なのだ!」
フィアナは瞬間瞳を震わせた。わかっていたことだ、と絶望して思った。この老人に「なぜ」という質問は存在しない。男が二人いる、その間に私はひとりいる女・・・・その獣のような戦いだけのために今私は存在しているのだ。それでは人間という扱いではない。そしてそれを拒否することは許されない。
ペールゼンは言った。
「キリコは人を超えた存在によって、葬り去らねばならない。君たちにはそれをやってもらう。」
ペールゼンはそれだけ言うと、コツコツと杖をついて部屋から出て行った。フィアナはその場に棒をのんで立ち尽くした。自分がどうすればキリコとイプシロンに最良の方法を取れるか、彼女は今必死で考えていた。キリコはイプシロンに敵意を抱くだろうか。そしてあのイプシロンは。
――どうすればいいの、キリコ・・・・・・どうか私を助けて・・・・!
彼に安易にたよってはならないと思っているフィアナだったが、どうしてもそう思わずにはいられないのだった・・・・。
キリコは目の前でパチパチとはぜる火の粉のゆらめきを見詰めていた。軍用缶詰の貧しい食事をもそもそとスプーンでつつきながら、さっきから誰一人として口を開こうとしない。忘れてしまいたい過去の傷跡が、またパックリと口を開いて闇の中のそこにあるような気配だ。それはATの開口部のハッチの暗闇と似ている。それに包まれると安息感を感じるとかつてキリコはウドで思ったことがあった。しかしそれはすべてに絶望し、生きているのも死んでいるのと同じだったからだ。今、彼らは生きたいと思っている。願わくばペールゼンを計画どおりに殺害し、生還したいというのが彼らのたっての望みである。死は今や彼らにとって、甘き誘惑ではない。それは乗り越えねばならない壁であり、目的への障害物であった。果たして自分たちにできるのだろうかという重い現状認識がある。それが今彼らの口を閉ざしている。その現実の重さから逃れるように、彼らは自然仲間の動向をうかがうようになっていた。こういう時は落ち着いていた方がいいと、グレゴルーはさすが一番年長なので黙って様子を見ている。ムーザとバイマンがさっきから小競り合いを起こしているのを、グレゴルーは困っているのだった。単なる武者震いで互いに突っかかっているのならいい。決定的なことにならなければいいのだが――彼はそう思っていた。
バイマンはキリコの様子をうかがっている。右手の手袋をした義手でスプーンを口に運びながら、彼は思った。――無理しやがって。本当は俺たちともつきあう気はなかったんだろ・・・・。
さっきからのムーザとのいさかいを逐一無言で見ていたキリコは、彼の性分からして、この集団行動に疑問を持っているはずだ。バイマンにはそれがわかっている。しかしバイマンはキリコに横にいてほしかった。単にキリコがいると戦力的にたのもしいからだけではない、それには彼の心の傷があった。
この義手は終戦間近に、キリコとは別の作戦で負った傷だ。キリコはその時リド作戦に参加していた。彼らRS隊の四人が、その前の作戦でやはりキリコの隊列行動には問題があったという話から、同じような心理傾向を持つ集団であるということで、分けられて配属することになったのである。そこでキリコは、素体を見たのだ。バイマンはATごと宇宙に吹っ飛ばされた。右腕を損傷し、彼はATで遊泳しているところを、兄弟機に助けられた。彼は宇宙で漂った際に肺機能まで障害を受け、呼吸機能が地上の空気でも長く持たないだろうと医師に言われていた。しかしキリコはそうではない。彼は、あの地獄の街ウドが壊滅したのにそこから無事生還した。それも五体満足でである。
もう一度キリコとあの頃のようにつきあうことはないとバイマンも思っている。あれから様々な時間が流れた。キリコももう成長したのだ。しかしそばに少しだけでもいてもらいたい。自分の体を心から憐れんでほしいとまでは言わない。そんな自分だが、キリコに一言無理をするなと言いたい。しかしそれがいつもうまく言えない。ましてや仲間の前では言える言葉ではない。きっと来た時のように去るんだろうな、また――バイマンにはその光景が目に浮かぶ。乗ってきたATから特にどうということもなく飛び降りると、またなという言葉もなく、彼はその場からいなくなるだろう。それがキリコだ。いたという痕跡すら、なくなるような男だ。自分が存在していることすら、あいつにとっては消したいことなのかもしれん。だからおまえはそうでないと自分は言いたい。おまえをずっと覚えているやつだって、こうしてここにいるんだぜ。しかしそれは言えないでいた。
その時だった。たき火を見詰めながら、ムーザはぼそりとつぶやいた。
「俺は、降りる。」
ムーザはもともと低い声をさらに低め、足元を見つめながらつぶやいた。考えに考えた末の様子だった。
「・・・・俺は死ぬのは怖くねぇ。だが、他人の痛みがわからねえ奴と戦うのは、お断りだ。」
バイマンは一瞬はっとなったが、ニヤリと顔を作り、ムーザに応酬した。
「俺は抜けるもんか。自分の臆病風を他人のせいにするとは、あきれた野郎だなあ。」
他人の痛みがわからない奴――ムーザにそう思われているのはバイマンにはわかっていた。というか、そう思われるようにバイマンはムーザをあおっていたのだ。ムーザがやめると言い出すまでに思い詰めていたのは知らなかったが、そうした卑怯な奴ということで、ATで作戦行動中に窮地に立たされた場合、ムーザはバイマンを確実に見捨てるだろう。おれのようないい加減な男にはそれが似合ってる―――。
「何だと!」
ムーザは立ち上がった。もう拳を握っている。ムーザは見かけと違って血気盛んな男だ。ムーザは叫んだ。
「じゃあ、この場で殺してやる!」
その場をいさめようとするグレゴルーの声を、すまねぇ曹長、と心の中で拝みつつ、バイマンは一気にムーザの挑発に躍り出た。
「面白れえ。いつも泣きっ面を見せられるよりは、ずうっといいぜ!」
いきりたったムーザのパンチがバイマンの頬に飛んだ。バイマンは痛みをこらえて、砂地で転ばぬように器用に後ずさったが、ムーザのパンチが容赦なく襲ってきたので、ついにどうと音を立てて倒れた。こいつは失態だなとバイマンは思いつつ、構えてみせて余裕で笑おうとさえした。それが、ムーザのさらなる怒りをかったらしかった。
「立ち上がれ、バイマン。どういうわけで、てめえは何で殴らねえ!」
その時だった。黙って成り行きを見ていたキリコが急に立ち上がると、燃え続けるたき火の中から薪の一本をつかみ、バイマンの前に来た。キリコは言った。
「ムーザ。奴の殴らないわけを教えてやる。」
一同がアッと思う間もなかった。キリコは手に持った薪を、いきなりバイマンの右腕の上に放り投げたのである。火はバイマンの制服の袖から、簡単に腕全体に燃え移った。
「うおっ、バイマン!」
あわてて上衣を脱いだグレゴルーは、それで鎮火に務めた。バイマンは一瞬わが身に起こったことがわからなかったが、炎が消えた後に、自らの義手が現れた時、彼は悟った。キリコは知っていたのだと。彼の秘密も、彼の虚勢も・・・。バイマンは力なくつぶやいた。
「・・・そう、か・・・・知っていたのか・・・。」
彼は腕を隠すようにした。グレゴルーは驚きを隠しきれずにバイマンに言った。
「何故隠していた?その腕じゃATの操縦は・・・・・。」
「なあに。見せびらかすようなモンじゃねぇからな・・・・。大丈夫だよ、気にしなさんな。」
「しかし。」
「いいって!」
バイマンは振りほどくように言った。グレゴルーはしかし心配そうに続けた。
「おまえ・・・・死ににいくつもりじゃないだろうな。」
「まさか。生きて帰るさ。そのつもりだよ。」
ムーザはまったく知らなかったので、黙り込んでしまった。彼は、本当に抜けたいと思っていたのだ。しかし、バイマンがこのような事情を持っていたと知り、己れの申し出を恥じるしかなかった。ムーザは言った。
「すまん。おまえが、さっきからその・・・。」
バイマンは義手でない方の腕を振って答えた。
「余計なこと言っていたのは俺のほうさ。あやまるぜ。」
「しかし・・・。」
「抜けたいのなら、抜けりゃいいんだ。なあ、グレゴルー?」
「うんむ・・・・。」
グレゴルーはうなった。この頭数でさらに人数が減るのは考えられる話ではなかった。
「そいつは困る。バイマンおまえがそんなんなら、人数には入れなかった。」
「俺は戦えるさ。おまえ何言ってんだよ。」
「でもなあ。」
その時キリコが口を開いた。
「やせ我慢はよせ。度が過ぎるのは見ていてつらい。」
バイマンは一瞬胸を突かれた。言われたくない言葉を、一番言われたくない相手から言われてしまった。しかしそれは、彼には予測もしていたことだった。バイマンはふ、と痛む右頬で笑って答えた。
「・・・・大丈夫だよ。ほうれ、ペールゼンを絞め殺すには不足はねぇ・・・・。」
そうして義手で何度も絞め殺すまねをしてみせた。グレゴルーはわかったというジェスチャーをした。それでその場はお開きになった。それ以上その話題は続けられなかった。ムーザが抜けるという話もお流れになった。
話がついたと見たバイマンは、「じゃ、寝るぜ・・・。」と言うと、テントの方に行ってしまった。
キリコはバイマンのその態度にはその時終始無言だったが、その瞳の中で何かが動いたようだった。彼もまた、バイマンに己れの秘密が知られていることを、その短い言葉から悟ったのだ。あのペールゼンを絞め殺そうとした時見ていたのか、とキリコは思った。だが、それがバイマンがこの復讐行に加わる直接的な理由ではないはずだ、とキリコは考えた。バイマンはバイマン自身の理由で、それはおそらく負傷した右腕のせいだとキリコは思った。バイマンのAT修理の際の挙動から察した彼は、それでさっき薪を拾って投げたのだった。
バイマンが考えたように、キリコはむろんバイマンの態度にはうんざりしていたのだ。キリコにはバイマンが、自分の身を憐れんでほしいからそのような横柄な態度を取り続けているように見えた。皆己れを守るのに精一杯で、それでいさかいばかり起こしているのだ――そう思い、狭いテントの中でひとり膝を抱えて眠った。
キリコのいた世界は、その頃そのような世界だった。バイマンが昔と変わらず他人行儀な態度で、人をからかうのをやめない。なんとRS部隊は殺伐としているのか――あのウドで優しかったフィアナとは何という違いだろうか。彼女とまた会えるといいのだが・・・・。キリコの願いはその時ただそれだけだった。バイマンをやムーザやグレゴルーの気持ちを思いやることもなかった。それで後になって後悔することもまだ知らなかった。
その夜は、ひっそりと更けていった。
翌朝は雨だった。酸の雨が、待機しているATの機体を鉄錆色に染めてゆく。
「夜まで待つ。レッドショルダーがいるとすれば、少しでも手を打っておく必要があるからな。」
グレゴルーは言った。キリコらは施設の地下構内への入り口付近に潜伏することにした。お互いに息を殺しながら、万がひとつのチャンスも逃さぬように、近寄ってくる危険を嗅ぎ取るのである。しかし、長く続く沈黙に耐えられず、戦場でもつい私語してしまう兵士も多い。バイマンは決して怖気づいたわけではなかったが、このまま何も言わずにATの戦闘に入るのは、何かたまらない気持ちがあった。何か一言、伝えておくべきではないか。彼はさしあたって昨日つっかかって、「降りる」と言い出したムーザに話しかけることにした。ムーザを標的にしたのは、今では反省したい彼なのであった。
「・・・ムーザ、聞こえるか。」
スピーカーの向こうから雑音のほかに、ある気配が伝わってくるのを感じ、バイマンは続けた。
「さんざんからんですまなかったな。白状すると、俺は・・・。」
「よせ。」
ムーザは言下に否定した。ムーザは昨日のバイマンの言動を、決して心底から許したわけではなかった。しかし義手になったバイマンに、これ以上怒る気にはなれなかった。
バイマンは続けた。
「俺は、本当は・・・。」
本当は、とバイマンは思った。俺は本当は、寂しかったんだ。しかしその喉元まで出かかった言葉は発せられることはなかった。俺はまだ他人に甘えたいのかとバイマンは思った。後をグレゴルーがわかったようにひきとった。
「バイマン、話したい事は今は全部胸の中にしまっておくんだ。生きて帰って来た時のためにな。」
キリコは無言で無線の会話を聞いていた。皆これから死地に赴くのだ。そのつもりで、必死で言葉をつむいでいる。俺にはこんな時にも仲間にかけるべき言葉が見つからない。彼は自分の狭量さを思った。昨晩は仲間同士のいさかいにいささか腹を立てていたキリコだったが、寝て一晩たつと、バイマンに昨晩焚き木を投げかけたことについて、彼としてはバイマンに何か言いたい気持ちはあった。しかしキリコはそれができないでいた。彼はそうした人間だった。また己れを切り詰めていくんだな、とキリコは思った。ATに乗ることで、そういった普通の人間関係を先送りし、際限なく自分を切り詰めていくのだと。そしてその予定繰り上げから自分は永遠に逃れられないのだと彼は思った。結局のところATの中から自分は出られないのだと彼は考えた。あのウドで再会したフィアナという女性に惹かれたのも、彼女がごく普通の人間ではなくてATのパイロット乗りだったからだ。その彼女をもしこのATの呪縛から解放できれば、彼女は俺の世界から次第に遠ざかっていく。それでも俺は――彼女を救ってやりたい・・・・・。
「・・・・・・・ゆくぞ。」
すでに日は暮れかかっている。爆破コードを接続させて爆破させるために、そうふっきるようにつぶやいてキリコは坑道内に潜入した。もう宵の明星が、あつい曇天をぬって頭上の中空に輝きだしている。雲間は晴れてきているが、彼らの心は晴れてはいない。ATまで駆けて戻ると、にぶい地響きを立てて爆破音が構内にとどろいた。中にいる元レッドショルダー部隊の耳にも届いたはずである。キリコが戻ると同時に、グレゴルーらは一気にATを駆り入口から中に滑り込んだ。グレゴルーが叫んだ。
「いたぞ、レッドショルダーだ。」
言うが早いか、敵のマシンガンが火を噴いた。もはや感傷になど浸っている暇はなかった。赤い鉄鬼たちは右肩を血の色に染めながら、そこかしこの暗がりに潜んでいた。もうトレーラーに乗っていた時の甘い絶望も、過去への感傷も、ギリギリの命を張った賭博の前に吹き飛ばされていった。
ATの銃弾を駆りながらムーザが叫んだ。
「ケッ、こんなもん、裸のマヌケにしか効きやしねぇ!」
装備には自信のある彼らだったが、うごめく悪鬼に己れを奮い立たせているセリフだった。
「気をつけろ、敵はどこから出てくるかわからんぞ、油断するな!」
グレゴルーが叫んだ。彼らはセンサーの雨を器用にすり抜けて構内に進んだ。と、その時だった。いち早く異変を嗅ぎ取ったグレゴルーが注意を促した。
「ムーザ、気をつけろ!そこに何かレッドショルダーでないやつがいるぞ!」
数メートル先の角を曲がったところに、その見慣れない青い機体はあった。
「へっ、そんなもん屁でもねぇ!」
ムーザはそう言うと、ローラーダッシュで前に突き進んだ。構内の通路は驚くほど無人で、AT以外の障害物が見たところまったくない。これは待ち伏せとみるほかないようだ、とキリコは思った。そして、やはりレッドショルダー以外の機体がいたようだ、と彼は思った。彼女だろうか。しかし。
と、その時だった。
その機体が驚くべきスピードで角を曲がり、ムーザの機体に向かってUターンして突進したのだ。
――この反応速度。やはり彼女か?
やはり元に戻ってしまっていたのか、とキリコが思った瞬間、悲劇は訪れた。ムーザの機体がその青いATの放ったパンチに簡単に吹き飛んだのだ。その動きはあまりにも俊敏で圧倒的だった。
「ムーザ!」
バイマンが叫んだ。こうもあっけなく、あのムーザが死ぬとは。しかしそれは、一瞬脳裏をかすめた意識で、すぐに彼らは態勢を立て直して三機続けて物陰に逃げ込んだ。グレゴルーは言った。
「あいつはレッドショルダーじゃないな!」
キリコは答えた。
「ああ。」
「あんなやつにおまえはウドで会ったっていうのか?」
「たぶんそうだろう。」
「追ってくるぞ!ひとまず逃げる。」
バイマンはその無線会話に交じってくる、笑い声を聞いた。
「なんだこいつ、笑ってやがる。」
それはかすれたような耳につく笑い声だった。ATに搭乗しているのは、むろんイプシロンだった。彼が獲物をしとめて笑っている声だったのだ。バイマンは言った。
「ぞっとするぜ。キリコ、ペールゼンの居場所は見当がつくか。」
「おそらく中心のタワーの中だ。構内を貫いている。」
「よし、こっちだキリコ。」
グレゴルーは先頭に立ってATを進めた。キリコは今の笑い声は彼女ではなさそうだ、男の声だからな、と思った。やや安堵はしたものの、その彼女と恐らく同類の男は、彼女の仲間と見て間違いないだろうと思った。どうやらすでに自分のあずかり知らぬところで、彼女を取り巻く環境は動いているらしいとキリコは思った。そうした事は戦闘場面でよくある出来事だった。同じ状況が続くことはまずないのが、戦場の定石だった。そんな彼女を救いたいなどと先だってまで考えていた自分の甘さを、キリコは苦笑いする思いで考えた。それでも俺は、俺の思っていたようにやるだけのことだ。さしあたってペールゼンのところに、彼女の同類の男がいたという事だけでも発見できたのだ。あとは、彼女からペールゼンを排除すればよい。できなくとも、少しでもその目的に近づけばいいのだ。いや、俺は必ずやり遂げてみせる。キリコはその時そう思った。
ペールゼンは不気味な振動が立っているフロアを忍び寄ってくるのを感じた。
――キリコだな。
彼は、そうに違いあるまいと考えていた。イプシロンを始動させたことで、秘密結社の組織の人間たちがフロアからすべていなくなった時、ペールゼンは我知らずモニターに映っているATに向かってささやいていた。
「・・・グレゴルーか・・・バイマン・・・・そして、キリコだな。」
彼は、それらのATの動きを識別できた。レッドショルダー部隊から彼が不適格者として終戦前に排除した数十人のリストの中に、その名前があった。彼は、モニターのキリコ機に向かって集音マイクから語りかけた。
「私にいったい何用があって来た。お前たちは、私を失望させることばかりだ。」
キリコは応じた。
「ペールゼンか。」
「そうだ。おまえたちの襲撃の目的は何だ。」
「わかっているはずだ。」
キリコのいつもの答え方だった。ペールゼンは憎悪が再びこみあげてくるのを感じた。ペールゼンは言葉を継いだ。
「お前たちを今追っているのは、私の理想そのものだ。貴様らごときでは絶対に勝てんぞ。」
「ありがたい忠告だな。だが、そんな事で、俺たちが引き下がると思うか。」
「本気で私を殺せると思っているのか?」
「でないと、一生悔いを残すからな。」
悔い、だと、とペールゼンは思った。こんな連中が悔い改めるなど、考えられる可能性として万に一つもない。すべてにおいて反抗的だったおまえが、とペールゼンは憤然となった。
「おまえがそう言うのなら、やってみせるがいい。そのイプシロンを倒すことは、おまえには絶対にできん。そしてこの私のこともな。」
ペールゼンはそう言った。キリコはその間もATを移動させていたが、次の瞬間通路の陰から現れたイプシロンのATに鋭い一撃を受けていた。キリコ機はからくも逃れたようだった。なんたる無様な、とペールゼンは顔をモニター画面からそむけると、戦いの行われているエリアへ、コツコツと杖をついて降りて行った。この目でキリコが死ぬところだけは、目撃しておきたかった。
この分ではプロトワンの出番もなく、この茶番劇には決着がつく。またそうでなくてはな、とペールゼンは思った。彼は実はこの蟻地獄の迷路を、彼の育てたレッドショルダー部隊の生き残りの最後の晴れ舞台として用意し、すべてこの地獄もろとも葬り去る予定だった。そうして彼はイプシロンとプロトワンとともに、新天地のクメン王国に降り立つ算段でいた。その呈のいい厄介払いの舞台に、キリコたちは罠とも知らずのこのこと現れたのだ。ペールゼンはそれらしいPS計画に関する情報をキリコらにあらかじめ流していたし、彼らに横流しのATが届くように手配もした。所詮はその程度の連中だった、せめてその哀れな最期を見届けてやらねばならん。ペールゼンはその時そう思った。
彼は自分でも知らず知らずにうちに、レッドショルダーの育ての親の感傷に流されていた。この時キリコらを見捨てて、さっさとクメン行きの搭乗機に乗っていれば、彼は以前の軍事法廷を生き延びたように、この場で延命できたはずだった。しかしそれもまたキリコを取り巻く神の仕組んだ、残酷な宿命だったのかも知れない・・・・・ペールゼンもまた神の走狗にすぎなかったのである。むろん彼がこの時知り得ることではなかったが。
「ウォォォォォーーーーーーッ!」
イプシロンのATの魔のついたような動きに、今またグレゴルーが犠牲になった。キリコはPSの血を求めるかのような攻撃に、心底から打ちのめされながらも、冷え切った心で考えていた。PSには幻想を見るべきではない、あれはもともとは殺人兵器なのだ、そう見ていて結論づけるしかないイプシロンの様子だった。しかしキリコはそのロボットと一体になったような人間に、ウドで自分でもわからずにフィアナと名付けた。彼女もそう名付けられて人間のように喜んでいる様子だった。このイプシロンにはそういうことはないのか、まったく可能性としてないのか。しかしイプシロンと言う以外に何か呼びかけるということすら、この戦闘状態では思いつける話ではなかった。バイマン機もさっきから攻撃を受けていて、破損して後退してから姿が見えない。確認できないところですでに大破しているかも知れない。キリコを取り巻く状況は圧倒的に不利になりつつあった。しかしたった一機でもここを突破してみせる。彼はそれで、思わずイプシロンに向かってフィアナの名を呼んでいた。
「やめろ・・・・やめるんだ、フィアナ・・・・。」
むろん、何の効果も期待できなかった。そしてその通りになった。タワー上部のバルコニーで追い詰められたキリコは最後の抵抗を試みたのだが、相手は不気味なまでの冷酷さと俊足の足で詰め寄ってきた。キリコはATであと一歩、と未練の足をあげたところを、イプシロン機に横殴りに蹴られ、宙に放り出された。大きなけががこれと言ってなかったのは幸いと言うよりほかなかった。
「ウウッ」
キリコはATの口から一度バウンドして地上に落ちて動かなくなった。ペールゼンはその様子をじっと物陰から観察していた。彼には信じられなかった。あの今の戦い方はどういう事なのだ。相手の出方をうかがって、自分から一切の攻撃をしないとは。あの男があんな戦闘をするとは、いったいどうした事だ。今のフィアナという名前も、プロトワンの記憶層に残っていた謎の単語で、どうやらキリコがプロトワンに言った名前だと言う。なぜそんなことをあの男がするのだ。自分の知っているキリコはそんな男ではなかった。
ペールゼンは手に持つ杖が震えてくるのを感じた。彼が一番見たくない無様なキリコに、彼は紛れもなく感動していた。いや、彼はそうした自分の感情の動きを押し殺したかった。またなぜそんなキリコをよくやっていると思ったのか、その理由も彼にはわからなかった。それはあるべき感情ではなかった。ただ昔育てたことのある子供が、やや人間らしいまともな行動をしたというだけの話だ。なぜそれにこの私が感動するのだ。そんな人間的な、あまりにも人間的な猥雑な事柄からは私はすでに解き放たれた者なのだ。なぜそれにいまだにとらわれる。私はそんな卑小な者ではない――ペールゼンはそう思い、イプシロンに大声で命じた。
「出よ、イプシロン。最後のとどめは自らの手で行うのだ!」
イプシロンが戦闘の緊張で蒼白になった顔で、ATから飛び降りてきた。だがATでの戦闘以外のプログラムはまだあまり教育されていないらしく、茫然とした様子でその場に立っている。おそらく殺すことの何たるかをこの少年はまだよく知らない。そうペールゼンは見てとると、気絶しているキリコを起こす事になるのも構わずに大声で叫んだ。
「殺せ、その男を殺せ!」
その時だった。暗闇の果てから白い人影が駆け寄ってきた。
「やめさせてください、閣下!」
プロトワンだった。何かを決意した面持ちで、その場に立ってペールゼンをまっすぐに見詰めた。ペールゼンはその時わかった。この少女の何が彼の意識に夾雑物として認識されたのか・・・この少女は一番最初に会った時のキリコとよく似ていた。そう、そして彼自身も忘れていた記憶があった・・・あの実験施設にいた二人の少年少女・・・・彼の消したい忌まわしい記憶・・・それを思い起こさせた・・・・。
――いや、あの施設にいた子供はみな死んだ。この女もキリコも関係ない。私は糾弾されるべき人間ではない。
ペールゼンはそう思い、プロトワンに向かってつぶやいた。
「・・・私は間違っていたのかもしれん。だが、危険すぎるキリコは・・・・あまりにも・・・・あれを生き延びていたのだとしたら・・・。」
「閣下?」
「そんな男がなぜ私の前に何度も立つ。私を試すためか?断罪するためか?私はこれまで育ててやった。なぜその恩に報おうとしない・・・。」
ペールゼンの前に火炎の炎にさらされている子供の姿があった。彼は紅蓮の炎に燃え上っていた。死んでいるはずの子供だった。亡霊だった。よみがえるはずがない悪夢だった。それがもし――このキリコだとしたら。
それは認めたくない。否定するべき事柄だ。私の終生をかけた研究を、何者かがあざ笑っているのだ。こんなキリコが「超自然的に」「偶然の産物で」不死のはずがない。それはペールゼンにとって、絶対に認められない自然現象だった。したがってペールゼンは、声の限りにその場で叫んだ。
「イプシロンッ!早くその者にとどめを刺せっ!」
ようやくイプシロンは動いたようだった。なるほど「殺す」という単語にはまだ動かんかと思ったペールゼンだった。基礎的なPSの学習では、まだインプットされていないのだろう。それもまたPSを普通の人間に簡単に反旗をひるがえす存在にしないための配慮なのだろう。このイプシロンは今はまだ木偶だが、そのうちキリコ以上の教育を受けさせなければならない、とペールゼンは思った。と、その時だった。
プロトワンがイプシロンの前に回り込んだ。イプシロンは一度はプロトワンをこづいてどかせようとした。プロトワンは必死でイプシロンの名を呼び、追いすがった。ペールゼンは嫌な予感がした。
「貴様、イプシロンには近寄るな!」
ペールゼンはポケットから小型銃を取り出した。普通の人間の女に成り下がったPSへの威嚇にはこれで十分だ。プロトワンをかすめて一発発射した。轟音があたりに響いた。しかしプロトワンは一瞥しただけで、まったく取り合う様子はなかった。フィアナは拳銃など怖いと思っていなかった。次の瞬間プロトワンの取った行動は、ペールゼンを総毛立たせるに十分な出来事だった。
「イプシロン、今教えてあげるわ、愛するってことがどんなものかを・・・・!」
プロトワンはイプシロンに身を投げかけて、その唇に柔らかなキスをしたのだ。イプシロンの動きは止まり、最初は驚いた様子だったが、すぐにプロトワンの肩におずおずと手を回した。そうしてぼんやりとプロトワンの顔の方を見詰めた。何かが彼の内部で起こったのは間違いなかった。
それは先ほどの楽園の中で昆虫を殺した時のものと同じ、とペールゼンは思うと、イプシロンに今傷がつけられたと思う思いでいっぱいになった。あの完成品にこの女は傷をつけた。よりによってこんな形で・・・・!科学者たちは、よりイプシロンにとって、上位自我としてプロトワンが位置づけられると言うかも知れないが、私は断じてそうは思わない。わなわなとペールゼンはその場で打ち震えた。それもあってはならない出来事だった。こんな柔な事象からは、絶対にイプシロンは守らねばならなかったのだ。もしこんな事があったとしても、もっと別の形で・・・・とペールゼンは絶え入るように思った。「殺す」という単語すらままならない状態のイプシロンに、よりによってこの女は。
キリコはペールゼンの放った銃弾以前から、すでに目を覚ましていた。フィアナがウドの頃と少しも変わりがない暖かな懐かしい声音をしており、またイプシロンをおそらく止めようとしてくれた、と思うと、キリコはフィアナを咎める気持ちが起きなかった。彼はじっと二人の様子を見詰めた。やはり嫉妬が少しも起きないと言うと嘘になる。しかし彼らはPSという同種の人間なのだ。彼はフィアナたちのほうに近づきたかったが、ペールゼンがすぐそばにいるのを考えると、そのまま寝たふりをすることに決めた。この老人が今の場面で何を考えたか、彼にはよくわかっていた。そのようなペールゼンに反目するために、彼はああした生活をレッドショルダー部隊では送っていたのだった。今のペールゼンは暴発寸前の銃と同じ状態だった。
が、唇を離したフィアナとキリコは偶然目が合い、彼はまずいことになったなと思った。フィアナはキリコが見ていたとわかり、飛び上がらんばかりの様子になったのである。彼女はさっと茫然としているイプシロンの手を取って暗闇に向かって走り出した。キリコはそれを見て、やや安堵した。彼のそうした思いをくみとったわけではなかったが、フィアナの機転にキリコは感謝した。イプシロンはこの場にはいない方がよい。
「プロト・ワン!」
ペールゼンはふりしぼった声で一声叫び、よろめきながら、銃の狙いをキリコにつきつけた。
「こうなれば、私の手で始末してやる・・・・・!」
願ってもない展開だった。ペールゼンが茫然自失の呈でこちらに近づいてくる。的の方から近づいてくるとは、好都合極まりない。普段のペールゼンなら取りそうもない行動だ。キリコが倒れたまま、ペールゼンよりも素早く右手を動かそうとしたその時だった。
「死ねぇぇぇぇっ!」
壁の向こうからボロボロのATが現れたのだ。バイマンの機体だ。片腕がもがれたスコープ・ドッグだった。ATはペールゼンに向かって豪火を吐き出した。ペールゼンは一声断末魔の悲鳴をあげると、体中に鉛の塊をめりこませて、床にどうと倒れた。無数の弾丸が、血の涙を流しながら、黒く濁った瞳を闇に向かって見開いていた。
「やったぜ・・・・。」
ATの主が、肩で息をつきながらそう漏らした。彼もまた、全身に血を流していた。バイマンはATの搭乗口からもんどりうって下に落ちた。キリコはあわてて駆け寄ってバイマンの体を抱きかかえた。
「バイマン・・・・・。」
「・・・・他の奴らは・・・。」
「死んだ・・・・。」
「そう、か・・・。だがレッドショルダーも・・・これで全滅だぜ・・・・。そして、ペールゼンも、この手で・・・・・。」
バイマンは虚空に口を開けて笑った。そして義手の右手を、つぼめる動作を少ししてみせた。キリコはその様子をじっと息を殺して見詰めた。このバイマンも今ここで死ぬのか。それはもう見てとれる様子だった。思うさまもなくバイマンはキリコの腕の中ですぐに息を引き取った。目を閉じた死に顔は、安心したようなかすかなやすらいだ笑顔だった。キリコはバイマンをそっと床に下ろした。亡骸はしかしここに置いていくしかなかった。他の死んだ者たちと同じく、この地獄の釜の底で炎に焼かれるのだ。
すでに施設全体に煙が充満し、炎も出始めていた。ATによる銃撃戦で、施設は壊滅状態だった。秘密結社の連中はすでに撤退し、中はもぬけの殻だった。ペールゼンが死亡したのを確認した今、ここに長居は無用だった。
――ここも、ウドと同じか・・・・。
キリコは足を踏みしめて無言で立ち上がった。戦友と呼べる同僚と死に別れるのは、今回が初めてではなかった。しかし、またひとりきりになった。そう思った。またそんな奴らと会えるだろうか、自分は・・・。ただ彼らに言えなかった、言わなかった言葉がキリコの胸に充満した。その思いに彼の心はむせた。涙は出なかった。ただただ胸苦しくつらかった。しかし何も言えず死んでいった彼らは、もっとつらかったはずだ。
なんとか施設から長いはしごづたいに脱出すると、キリコは荒野をひとり歩きだした。次の街までは徒歩でだいぶある。ヘルメットは捨てた。あの時フィアナに、ヘルメット越しに無言で見ているのではなく、素顔で声をかけてやりたかった。よく生きていてくれたと、俺を覚えていてくれたと。不器用にでも。しかしそうできなかった。それでメットを荒野に置き去りにした。また次の流れ着いた街で備品で買うことになる。何ギルダンか支払うことになる。それでもよかった。俺はあの時怒ったんじゃなかったんだ。誤解しないでくれるといいが。彼は彼の心に住むフィアナに語りかけた。しかし彼は無言でただ前に向かって歩いているだけだった。
施設の上は満天の星空だった。その星々の高く澄んだ先に、あのリドの資源衛星はあった。あの懐かしい場所の出会いは、無意味ではなかった。こんな世の中で自分にとって意味があるということ、それだけが今のキリコにとって、心のやすらぎとなることだった。たとえそれが、忘れがたい過去と隣り合わせの出来事だとしても。
ココナは暖かな寝床の中で目を覚ました。キリコがまた心で泣いている、と彼女は思った。キリコは泣かないんじゃない、泣けないんだよ・・・・・ウドでいなくなったかわいそうなキリコ、もう会えないのかしら・・・自然シーツの中でべそをかいていると、バニラが様子を見に部屋に現れた。
「なんだ、また泣いているのかココナ?」
「だってキリコがまたひとりぼっちでさ・・・うぇっ、うぇっ。」
「ほらほらココナ・・・・。」
と、ゴウトが奥からひっかけているグラスを片手に戸口に現れた。
「ここクメンはウドから南西に5万リーグ、ATの流れ者が来るにはもってこいの場所さ・・・。大丈夫やつぁここに来るよ。」
バニラは答えた。
「そうかな、とっつぁん。他にも街はたくさんあるぜ。」
「あってもなあ。あいつはきっとここに来る。俺にはわかるんだ。ほら、ココナ、だからもう安心して寝な。」
「うん・・・・。」
ココナは布団を鼻先にまで引き上げて、軽くうなずいた。バニラたちは戸を閉めて向こうに消えた。ココナは布団をかぶって小さくつぶやいた。ココナはやはり、キリコが好きなのだ。
「キリコ、また会えるといいな・・・・。」
そうして彼女は目を閉じた。
Alone in the Dark ― 完 ―
Alone in the Dark
ご愛読ありがとうございました。今回は装甲騎兵ボトムズでの懐かしい作品です。今回ボトムズの同人誌「LIMBO!」に収録していた小説を、リライトしました。1987年発行の本ですから、実に28年ぶりに書き直したことになります。PART1の部分はあまり変えていませんが、PART2については、原型をとどめていないと言っていいでしょう。それでももともとのOVA「ラスト・レッドショルダー」に即した内容であるのは、以前と同じです。今回リライトするにあたり、その後に発売されたOVAの内容を盛り込んでの話にしました。もちろん推測するしかない内容のものは、ぼかして書いてあります。元の小説にあった801要素もそのままにして、オチでそれが一応小説本筋に影響があるという風にしてしまいました。そのあたり、そういうものはない方がいいとおっしゃる方も大勢だと思います。でも18禁ではない・・・と思います。昔私が男性作家の福永武彦さんの「草の花」などで、そういうちょっと801めいた話を読んだ時に、何かロマンチックな思いがしたのを、そのままそんな風なのを目指して書いております。もちろんミリタリーの作品なので、軍隊ものっていうんですか、ちょっと下品な表現になおしてありますが。そのあたり、キリコ受けももしかしたら今なら需要があるかも?とか思って書き直しました。ただ「ラスト・レッドショルダー」自体は非常に地味な作品なので、これまでそのCPでなにがしかの創作にお目にかかったことは、私はほとんどありません。まあそのあたり、ご寛容のほどをお願いいたします。なお、ペールゼンの首を締める描写がOVA「野望のルーツ」と違っているのは、この小説の方が先に自費出版していたからで、その部分は今回も私のオリジナルということで手直ししませんでした。「野望のルーツ」との違いを比べてみられるのも一興かも知れません。
それではふつつかな拙作を読んでいただき、あとがきにまで目を通していただき、真にどうもありがとうございました。また何かの次回作で、皆さんとはお会いいたしましょう。
2015年5月1日 おだまきかこ拝