月中散歩

夜の散歩はお好きですか?

千穂は夜の散歩が好きだ。この時世に少し物騒な気もするけれど、そのへんもまたスリルがあって面白いというものだ。

なんとなくソワソワして眠れなくなる夜があって、そういう時はジーンズに履き替え、夜の闇に溶けて行きそうなお気に入りの紺色パーカーを羽織って、外に出る。
きまってそういう夜は月明かりが美しい。
       
 マンションを出て、道端で鳴く虫の声なんかを聞きながらしばらく歩いて、角のお屋敷の垣根下にいつも居る黒猫の、蛍光黄緑の瞳と無言で挨拶を交わして。
公園のほうに向かう坂を登る。頂上のあたりで深呼吸をひとつ。吹いてくる夜風がとても気持ちいい。

見下ろすと、自分が出てきたマンションの方向の、窓の灯りや街灯の光が闇の中でポツポツ、てんてん、とまるでお星様の群れみたいに見えてとても綺麗だ。
そこから緩やかになる坂を下って公園に入り、月光の乱反射をうけて虹の飛沫を散らす噴水の横を通りすぎたら。
見えてきた見えてきた、不思議なおじいさんのいる、いつものあのお店が。

 「やぁ、千穂ちゃんまた来たんだねぇ、おはいり……」

 昔船長さんをしていたという、白髪のおじいさんの骨董品店が、いつも私の、夜のお散歩の最終地点だ。
天井からぶら下がった古そうないくつかのランプが、いつも真っ暗な店内をほの明るく照らしている。

ここにはおじいさんが今までの生涯をかけて集めてきた、たくさんの貴重品が、ところせましといろいろ並べられている。
おじいさんは、まだ若くてずっと元気だった頃、世界中の港町を行き来する貿易船に乗っていたそうだ。

だからここにあるものはすべて、おじいさんにとっては思い出の品々らしかった。

おじいさんは私が此処に来るたびに、いろいろな珍しいものを見せてくれて、お互いにミルクティーを片手にまるで祖父と孫のようにして、
和やかに遅くまで語らい合うのだ。

 「今夜は月が綺麗だねぇ。どれ、千穂ちゃんにいいもの見せてあげよう」
 「いいものってなぁに?」
 「そうら、これをご覧……」

それは素焼きのコーヒーカップのようだった。上のほうは薄い茶色でざらざらした感触、底のほうは柔らかい白色で、つるつるした陶器の感触だった。
真ん中あたりは茶色と白が混ざり合ってマーブル模様になっている。小皿のほうはまわりが茶色で、小皿を浮かすと、やっぱり白。

 「あら、いい感じね……」
 「ほっほっ、このカップはちょいと仕掛けがあるんじゃよ」
 「え、どんな?」
 「どれ、見せてあげようかの。少し待ってておくれ」
 
そういうとおじいさんはよっこいしょ、と席を立った。しばらくすると、奥の台所から特製の『花紅茶』のいい香りが漂って来る。

「今夜は寒いからのう……」
 
おじいさんはポットの『花紅茶』を静かに目の前の素焼きのカップに注ぎはじめた。

「何にもおきないわ」
「ふぉ、ふぉ、これからじゃよ」

おじいさんは自分の後ろの閉めてあったカーテンを、さぁっと開けた。
月の光がさぁっと、おじいさんに、私に、コーヒーカップに、降りてくる。 

「あ……!!」

 コーヒーカップの持ち手のとこから飲み口のところにかけて、フワリと小さな虹が現われた。
月の光に反射して、小さな小さな虹のアーチが、白い湯気のあいだで、ユラユラと揺れているのだ。


あっけにとられた私の顔に、おじいさんはとても満足といった様子で、にこっとしてみせた。

「なかなかのもんじゃろう?」
「素敵!!」
「ふぉふぉふぉ、お気に召したようでよかったわい」

 それからおじいさんと私はその不思議なコーヒーカップについて、『花紅茶』のミルクティーとビスケットをいただきながら、長々と語らい合った。


まるで夢の中にいるみたいな、ゆっくりした夜の時間が、流れていく、流れていく。
                      


<終わり☆>

月中散歩

今のご時世では無理かもですね。
みなさん、マネはしないでね。
あと、改行慣れなくてすみません。(慣れろ自分)

月中散歩

千穂ちゃんが夜に散歩するお話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2019-01-06

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND