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新しい世界に飛び立ちたかったあの頃(遠い目)

1stline:

 彼女は始め、もちろん自分が鳥人類であることなど知らなかった。

背中にある邪魔ものは、子供の時分にはまだそんなに目立つものではなかったから。
そして、このひなびた農村に住む人々には、そんなものはついていなかったから。
彼女を育ててきた親代わりの樵(きこり)の男バノンは、それをなにか生まれつきのこぶのようなものだろうとしか考えていなかった。
しかし村の人々は異端を嫌うから、いつも衣服の中に隠すようにと優しく言うだけだった。

それに彼女は、別段それ以外はなにも変わったところのない、元気で愛らしい娘にちがいなかったのだから。


         
 村から外れた深い深い森の中で、泣きじゃくっている彼女を見つけた時、彼は当然驚いた。
木立の隣立する中で、ひとり倒れた切り株にちょこんと座って、彼女は声を張り上げて泣いていたのだ。

「お前さん、こんなところで何しとる?」

話し掛けても返事がない。まだ口がきけない幼子らしかった。
このあたりの地方では、貧困のあまりに森や岩肌に子供や年寄りを捨て去る者がいたけれども、それはここよりもっと村に近い別な場所のはずだったので、
彼はその幼子をはじめ少し警戒した。これは森の奥に住むという、人を喰う魔物の見せる幻なのかもしれないと。

しかし、しばらく様子を見ていても何も起こらなかったので、彼は泣くばかりの幼子を抱き上げて家に連れ帰った。そのままあそこに放っておけば、
きっと獣か魔物に喰われてしまっていただろうから。

それから、時は十年と少し過ぎた。

その幼子は、切り株の上にいた時から持ち合わせていた不思議な印象を保ちつつも、元気で笑顔の美しい、可愛らしい娘に育った。

村にいる者はみな、彼女が樵のバノンが森から拾ってきた子供だとわかっていたが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。

だから彼女が村の者とは違う、空色の瞳をしていても、とくべつ気にしてはいないようだった。
バノンの無口だが信頼のおける性格と、彼女自身の明るくて人を楽しませるような気質が、異端の壁を取り払ってしまっていた。確かにそうだったはずなのに。

 ます異変は彼女の髪色が変わるところから始まった。瞳の色は昔から違っていたものの、髪色は村の同い年の子らと同じで、黒い色をしていたのに、
ある時分から急に色が抜け始めたのだ、黒から茶色に、そして灰色に、そうして、艶やかな銀を帯びた白色に。

これには彼女自身も驚いた。ちなみに彼女は自分が拾い子だとは気付いていなかった。
バノンは自分から話さなかったし、村の衆も気遣って彼女の前ではそんな話はしなかったから。
しかし、髪の毛は日が経つにつれ、どんどん白い艶と輝きを増していった。

それと同時に、長年背中にあった邪魔ものが、少しずつ大きくなってきていた。
なにかの疫病かと村人たちはみな恐れたが、幸いにも彼女の他には誰もそのような症状の出てくる人間はいなかったので、彼女を哀れんでやっていたが、
次第に美しく輝いてくる白銀の髪にそのうち畏怖を覚えるようになったのか、だんだんと彼女を避けるような態度をとるようになってきた。

バノンだけが、変わらずに彼女を暖かく見守ってやっていた。               
                  

「お父さん、私は病気なの?」
「お前はどこか具合が悪いのか」
「いいえ、どこも悪くはないけれど。だって髪の毛が変な色になってきたわ、背中のこぶも。それに、村のみんなが前みたいに私と一緒に遊んでくれなくなったの。」
「なにも皆に愛想をまかんでもええ。お前は何も悪いことはしていねぇはずだ、堂々としていれば、それでええ事だ」
「そうね、でも時々少し、淋しくなるわ」
「話し相手はなにも人間ばっかりでなくても、森にいけば、ようさんおる」
「森……私、行ってみるわ」


                  
 それから、彼女はしょっちゅう森へでかけるようになった。
動物たちは彼女に素直になついてきたし、木々はまるで彼女を誘うように、深い深いところまで自然に道を譲ってくれた。動物の中でも、特に小鳥たちは
彼女に興味を抱いているらしく、彼女が森に入って来ると、必ずその肩へとまりに来た。歌うと、言葉がわかるのか、群れをなして合いの手をいれてくれた。

 歌いながら、森の中を歩いたり、時には駆けたりするのはとても楽しかった。
澄んだ森の大気は気持ちが良く、吹く風も爽やかで、彼女はその中で、とても自由だった。

2ndline:
 
 それはとても不意におこった偶然だった。

いつものように彼女は森を駆け抜けて、その先にある小高い丘までやって来ていた。 
最近、彼女はその丘の高みから、ちょっと下までジャンプして降りる遊びがとても気に入っていた。
下の地面は野草がたくさん茂っていて安全だったし、なによりも耳をよぎる風の音と一瞬の浮遊感が楽しくて。

 今日は飛び降りる前に、背中のこぶのあたりがなにかうずうずしていたところだった。
 彼女は空中で急にバランスを失ってしまった。

ビュン、となにかが横を過ぎていき、地面に落ちる前にどさっ、と彼女を受け止めた。
                   
「大丈夫か」
「…………!」

 彼女はあまりに驚いて、声も出せなかった。自分を受け止めてくれたものが、人間ではなかったからだ。
その生き物は、身体は人間のかたちをしていたが、頭が鷹のそれで、背には大きな翼があった。しかも、その鋭いくちばしの先からは、人間の言葉を発したのだ。

ばさり、と翼をたたむと、彼は地面に軽々と着地した。足首から下も、やはり逞しい鷹のそれだった。
彼女は驚きを隠せないものの、助けてくれた意をどうして伝えようかと戸惑った。

「あの……、ありがとう御座いました、助かりました」
「怪我はないか」
「はい」
 
見つめる瞳は彼女と同じ、澄んだ空色だった。
地面に着地してからしばらく経つと、その生き物の顔はだんだんと人間の顔へと、足も同じく変化していき、気付いた時には普通の村の若者と大差なくなった。
しかし瞳の色だけは変わらなかった。

「空中では風の向きがよく変わる、夜露で草も濡れている。同族の者よ、気をつけるのが当然だ」
「あなたは……?」
「翼の一族の、ベルガだ。わたしはお前を迎えにきた」
「私を?どうして……」
「お前は我等、翼持つ鳥人の一族の者なのだ。」
「そんな、ちがうわ、私は村の樵、バノンの娘だわ!」
「麓の村ではお前と見た目の同じ者はいなかっただろう?その瞳、白銀の髪、そうして背中の翼に聞いてみるがいい」

背中の翼?彼女は自分の背にあるやっかいものに手を伸ばして触れて見た。なにかいつもとちがう、ふわりとした不思議な感触があった。
近くの水たまりに映った自分を見て、はっとした。今や彼女の背中には、真っ白で大きな、翼があったのだ。

「なに、私……、そんな……」
「お前は我等一族の中でも特別な亜種だった故に、人間の世界に預け、成長するまで、ずっと様子を見ていたのだ。」
「……。」
「その姿ではもはや麓の村には帰れまい。私と共に来い。」
「私がいなくなったら、バノンがきっと困るわ」
「人間は時の流れには逆らえない。お前との別れの時がくることも、あの悟しい者なら覚悟している事だろう。お前があの村で異端の子としてつらい日々をすごすよりも、我等と同じ空の世界で暮らすほうが、お前も幸せになれるし、あの者もきっとそちらを望むだろう。」

 
彼女はしばらく考えた。空の世界はどんなところなのだろう。

バノンは、私が急にいなくなってきっと悲しい思いをするだろう。しかし、こんな姿で村に戻っても、ますます村での彼の立場は悪くなるに違いない。

空の世界なら私は幸せに暮らせるのか?
空の世界、バノン……、村の皆、空、バノン、村、空、空、空……。

 翼持つ男はもう一度囁いた。

「私と共に来い。空の世界で、お前を幸せにしてやろう」
「はい」


 
3rdline:

 「飛べた!!」

その瞬間、彼女の足は地を蹴った。
背中の翼が、当然そうして動くべく、無意識に羽ばたいた。
ヒュン、と強風が彼女の耳の横をするどく駆け抜けていった。
そして力強く握り返す、手もあった。



 彼女はまさしくそうあるように、空中を舞っていた。

遥か雲の峰をつき抜けた、その向こう側に

まさしく空の、世界が見えた。



<END?>

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改行、慣れなくて…(もういいよ)
とりあえずUPです。ごめんなさい。

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背中に翼をもつ少女のお話。 周囲とは違う自分。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2019-01-06

CC BY-NC-ND
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