想いは風に乗って

バレンタインのシーズンに書きました。
ちょっとふしぎな出会いの、ラブラブものを書きたくて。

  ほら、そんな怖い顔しないでさ
  ちょっと僕の歌でも聴いてみて
  君は全然間違ってなんかないよ?
  もっと胸張って歩いて大丈夫だよ
  元気だしてね、疲れてるんなら
  ほら、今君に、チカラをあげる

 いつもその駅の前の広場には、不良みたいな人がたくさん集っていた。
どこから来たのか、年も格好も様々で、数人ずつかたまっては、各自が好きなように気楽な音楽を奏でているみたいだった。
こっちは満員電車からやっと解き放たれて、身も心もくたくたになって帰るところだってのに、本当にお気楽なものだ。彼らのほうをチラッとみる人もいたけれど、
立ち止まって聴くほどヒマな人間は、この時間ならまずいない。けれどそんなこと彼らはおかまいなしだ。人が聴いてようと無かろうと関係ないみたいだ。
一体なんだってあそこに集ってるんだろう?私には全然関係ないことなんだけど。

 私は高校卒ですぐ就職し、速攻OLになった。
勉強とはこの際すっぱりと縁を切って、働くことに集中するんだ、と思ってたのに、入った会社ではご丁寧にも「新人教育期間」というものが設定されていた。
私は商業科を出ていたのでパスかと思っていたら、“一人だけ特別扱いはでないから”という理由で、また一から商業のノウハウやら、パソコンの早打ち練習とかを
やらされるハメになった。私以外に入った子はみんな普通科卒らしくて、難しい顔をしてシンケンに取りくんでいたが、私はといえば全くつまらなくて、やる気なしだった。

 (こんなの高一の時にやったってば!)
 (あんた上司のくせになに手間取ってんのよ、だからそこはちがうんだって……)

と、まあイライラの連続だった。むこうも私が課題をあんまりすんなりこなすものだから気にくわないのか、たまにつまらないところでミスすると、
そこだ!とばかりに大声で、

「あ~あ、また間違えていたの?しっかりしてもらわないと困るんですよねぇ。」

と、しつこいくらいのリアクションをかえしてくる。すぐとなりの普通科卒の子なんかは、私よりも百倍くらいエラ―が出まくっているというのに、対応が全然違っている。
まったく毎日時間がもったいなくて、でもたいくつで、とてもやりきれない日々が続いていた。   

  最近疲れた顔だね
  そんなにつらいの
  ゆっくり歌でも聴いて
  落ち着いてみなよ
  いくらでも歌うからさ

 できるなら私だってそうしたいって。毎朝毎夕ここの駅に来るとそう思う。
だけど世の中そんなに甘くはないのだ。時々逃げ出したくもなるけれど、たいていの場合はそうはいかない。自分からぶつかっていくしかない。

 今日は朝から微熱があって、会社を早退した。
帰るのに必ずその公園を通らなければならなかった。昼間からやはり公園は歌声や音楽に満ちている。今日は案外うるさい曲ではなかったのでなんだかほっとした。
幼児を連れた母親たちの横を通りすぎる時、なんとなく向こうの、いつもそこで歌をうたっている男の子のほうに目をやった。するとその子は私にウインクをしてみせた。

その子とは時々よく目が合うことがあって、人なつこそうで優しそうだな、と思ったけれど、いつも私は気恥ずかしくって自分から先に目をそらしてしまっていた。
でも今日は微熱のせいか、肌に感じる涼しい風が偶然その子の方向に流れていたせいか、私はいつのまにかその男の子の前に歩み寄っていた。

「あれぇ、いつもは夕方通るのに、今日はどうしたの?」
「………。」

面と向かって会うのは初めてなのに、やはり彼は人なつこく私に話しかけてきた。まるで昔からの友人に急に会ったみたいに、ちょっと小首をかしげている。

「あなたいつもここで歌ってるわね。」
「聞いてくれてたんだ?感激だなあ。」
「別に、ただいつも同じ声の人だなって思っていただけよ。」
「またまた。もっと素直になりなよ、よおしこの際バラしちゃうけど、実は僕、君にひとめぼれしちゃったんだ。
何を隠そうここにきてからずうっと、君にエールを送るつもりで歌ってたんだぜ。どう、驚いた?」
「初対面の人間によくそんな恥ずかしいセリフが言えるわね、あんたは。」
「なんでさ、君はよく僕のほうを見てくれてたろ?僕も実は毎日夕方になると目で探してたんだ、ほんとうだぜ?だから初対面なんかじゃない。」

私は微熱のせいで白昼夢をみているのだろうか。そういえば頭が少しふらついているような気がする。

「おい、大丈夫?顔色がなんだか悪いよ?少しふらついてないか?」
「なんでもないわ、放っといて……よ。」

口ではそう言えたが、その後足元が大きくグラついてしまい、目の前が真っ暗になってしまった。

 目が覚めると、白いベッドの上にいた。どうやらここは病院らしい。

「気が付いたみたいだね?良かったア。」

人なつこそうな瞳が私の顔を覗きこんでいる。この人は確か公園でいつも歌ってたあの子だ。どさくさにまぎれて(?)私の手をちゃっかり握っている。
手元へむけていた私の視線に気がついたのか、彼はぱっと手をはなして、真っ赤になって言った。

「心配したんだぜ。ここへは僕が連れてきたんだよ、覚えてる?ええっ?なんにもしてないって。背負ってきただけなんだから。ホラこの病院ちょうど近くだったから。
ホントだって……。」

トントン、トン。
その時看護婦と医者が部屋に入ってきた。

「おや気が付きましたね。よかった、よかった。大分熱がありましたからねえ。それにあなたすこし貧血気味ですよ?」
「今朝からちょっと風邪気味だったんで……。」
「そのようですね。この方がここまで運んできてくださったんですよ。お知り合いですか?」

私が返答に困っていたその隙に、

「ハイ、僕達恋人なんでーす。」
と言って私の肩に手を置いた。
「ちょっと、何言うのよ……。」

その後は続かなかった。彼が医者の見てないほうの耳元で、

「いいだろ?僕は君が好きだ。」

とすばやくささやいて、軽く耳にキスしたのだ。私が真っ赤になって彼の方を見ていると、医者が一言。

「ほう、いいですな若いと言うのは。薬を出しときますので、もうベッドを開けてもらえますか?」
「は、ハイ。」

それから看護婦が、一言。

「それとできればこのお嬢さんを送っていってくださると助かるのですが…。」

すると彼はがぜんはりきった口調で、一言。

「はいっ、まかせてください!彼女ですから。どうもお世話になりました!」

と勝手に応対し、ぺこりとおじぎしたので、医者と看護婦は頷いて行ってしまった。

「何てこと言うのよ、あたしは……。」
「僕のことキライ?」
「………。」

急に真剣な顔つきで聞いてきたので、私は返答に戸惑った。
本当に何てこというんだろう。もしかしたらからかってるんじゃないんだろうか。

「彼氏がいるの?僕愛人でも全然構わないんだけど?」
「彼氏はまだいないけど…・・・。」
「じゃ決まりだね、一応確認したいんだけど、僕のこと好きですか?」

なんだか一方的に話しが進んでいるようで、ちょっとしゃくにさわったけれど、ついうなずいてしまった。私もいつのまにか彼のことが好きになっていたのだ。
それを否定することは出来なかった。

「まだちょお~っと素直じゃないけど、とりあえずは僕は合格ってわけすな?ささっ、御手をこちらに、姫。」

 彼は大仰なことを言いながら、ベッドから降りるのを手伝ってくれた。急に立ったからか、まだすこし足元が揺れている。

「歩ける?本当に家まで送るよ。」
「あなたそうやって今まで女の子を口説いてきたんでしょ。」
「そうか、この手があったんだ!思いつかなかったなア。もしかして気になる?」
「……。」

すると彼はまたも耳元で、一言。

「中坊の時保健の先生にプロポーズしたっきりさ。」
それからはずっとこいつが彼女代わりだったんだ、と立てかけてあったギターの弦を一本ぽろん、とつまびいてみせた。ほんとうかどうかあやしいものだけど、
案外うそじゃないかもしれない。その証拠に顔が赤くなっているから。その様子がなんだか可愛いくて思わず私は吹き出してしまった。

「笑うなよ~、君だってこんなもんなんだろ?えええっ?もしかして誰かとつきあっていたの?」
「失礼ね、そういう経験ぐらいありますよ~だ。」
「ガーン、しょっく。よおしっ絶対君の元彼なんか超えてやる~!」

そこまで話し合って、二人してまたも噴き出して、大声で笑い会った。なんだかとても幸せな気分がしていた。

 ”山倉里和さん、お薬ができました。”
看護婦さんに呼ばれて薬を受け取りに行くとき、

「リワちゃん、ていうんだね。そういえば名前きいてなかったな。」
「あんたの名前も聞いてないわよ?」
「そうだっけ。僕の名前は……秘密です!!」
「なんでよー、教えなさいよ。」
「リワちゃんが帰りに手ぇつないでくれたら、教えてもいいよ☆」
「………。」

まったく彼はイジワルだ。でもなんだか憎めない。まあこの程度の愛しいイジワルなら許してやるか。

 病院を出て、公園を横切って、家に着くまで。

そういうわけで、私達は手をつないで歩いて帰った。

<おわり>

想いは風に乗って

ストックがたくさんあるので、改行を気にせず、とりあえずUPしました。
読みづらくてすいません。

想いは風に乗って

里和ちゃんと、恋人のお話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2019-01-06

CC BY-NC-ND
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