子龍現界記

1.白の世界樹

「竹さん、世界樹の葉っぱを貰いました」
 リウセイは白くてそれはそれは大きい、天狗の大団扇ほどもある葉っぱを持ち帰りました。二枚持てば空も飛べます。子龍のリウセイならば一枚でもやすやすと空に舞い上がれます。八十竹は毎度のことながらひっくり返って強面から目玉をポロリと落とします。
「ええっ。誰から」
「旅人さんから」
「どの旅人だよ。この街は旅人が多いんだよ」
「もう行ってしまわれたよ……」
 リウセイの拾い物、貰い物はいつも奇天烈です。同じ道を歩いていたってこの世のものならぬ物を拾うので、八十竹は気を落ち着ける暇がありません。
「知らないひとから知らない物を貰ってはいけません! どんな呪詛がかかっているかわからないでしょう」
「うん、ほら、こうして三箇所に穴を開けるとお面になるのさ!」
「ああっ。本物であれば超貴重な世界樹の葉っぱに豪快な穴が」
「大丈夫だよ、呪詛は祓ったから」
「分かっているならよろしいのですけれども、やっぱり危ない物は受け取ってはいけないよ」
 八十竹が忠告を繰り返すと、リウセイがアレッと声を上げました。
「ほらいわんこっちゃない」
「世界が透明で粒々に見えるよ」
 世界樹のお面越しに覗いた世界は、原初の輝きに溢れていました。全てはみなまっさらで、砂粒のようにさらさらと流れ、形作られてはまた崩れ、ゆるやかな崩落の音はこだまする鳥の囀りとなります。
 世界樹は、世界を支える大きな木で、世界のおしまいを見守る役目を持ちます。円かなる時代から続く、淵源の眷族に含まれます。幻よりも遥かに遠く触れ難い時代の聖物が、無垢なる子龍の手によってお面にされています。
 リウセイが手を伸ばして八十竹にも見せてやると、しみじみと見入って大人しくなりました。
「おや懐かしい宇宙が広がっているねえ」
 呟いてからフムフムと頷いて、
「返して来なさい」
と、いつもの強面を作りました。
「食べちゃった」
「ええ」
 お腹こわしても知らないよと言いたかった八十竹ですが、リウセイが腹痛を訴えたことなど数えるほどしか無かったため、ならば仕方ない、と言う他にありませんでした。

2.離界の黒犬

 黒犬は溶けかけていた。何の縁があって連れ帰られたのか。リウセイの後をズルズルとついて回る。呪詛混じりの塵滓がぽたぽたと落ちて床を汚すので、八十竹は雑巾を片手に説明を求めた。
「相棒さ」
 なるほど、仲が良いのはけっこうなことだ。離界の幻体にも分け隔てない興味と龍なりの愛情をふりまくお前は龍族の鑑だ。褒め称える。ただ、ちょっと住む世界が違うものだからえらく床が汚れる。
「聖堂に寄って、浄鈴も借りて来たんだ」
「聖堂のひとたちの悲鳴が聞こえた気がする。鈴を返しに行くときは声をかけてくれ」
「はいよ!」
 返事といい段取りといいパーフェクトだ。街のシステムを理解し馴染んだ子龍の好奇心は、今のところ誰にも止められない。妙な縁ばかり結ぶが、街の者にも子龍は受け入れられている。種の境を越えて黒犬も懐く。
「お前の肌は冷たいねえ」
 離界の犬に被毛は無い。犬を真似た何者かは、呪いの溜まりを作る他には犬そのものだ。四つ足で踊ってみたり、キュンキュンと歌ってみせたりする。子龍も合わせて踊る。
 旅人たちが訪れる街には、各地の良いもの、悪いものが持ち込まれる。子龍も、黒犬も、流れの男もすんなりと受け入れられてここにいる。八十竹も住み着いて長い。訪問者と噂の出入りが多い街だ。黒犬が何を触媒にどこで発生したものかは分からないが、在ることに不思議は無い。何が居てもおかしくない。怨念だとかが凝り固まって出来た黒犬は、愉快そうに遊んでいる。本当は溶けてしまいたかったのだろうに、子龍に呼び止められて、執着が芽吹いたのだろう。影に溶けて、離界に流れ落ちるまでは、もう暫くかかりそうだ。
「でも、店に置くのはなあ」
「籠目大工に聞いてみます」
「客足が遠のかなければいいなあ」
「離界のものも取り扱えるようになるよ!」
「いやだよう。ますます変な物が集まって来ちまう。俺はそこそこの仕事をして、そこそこに暮らしたいだけなんだが」
「竹さんには無理でしょう」
 旅物屋に置かれた品は、留まらない。去る頃をみな知っている。

子龍現界記

子龍現界記

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-04

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  1. 1.白の世界樹
  2. 2.離界の黒犬