ART伊勢志摩殺人事件

風光明媚の国立公園伊勢志摩を舞台にした推理小説です

      アート伊勢志摩殺人事   
        
「えっ!売り切れ?」
イズミは
名古屋駅近鉄特急切符売り場の窓口で 困惑の声をあげた
名古屋発賢島行き00時00分の特急電車「しまかぜ」が全席売り切れというのだ
「しまかぜは一ヶ月前から予約販売日してます 現在一席も空きはありません」と駅員に告げられた

「困ったなあー それに乗らないと午後一時からの仕事に間に合わないわ、
仕方ない 次の特急志摩行きを待つしかない
(次は「しまかぜ」でなく一般の特急だから一席くらい空きがあるかも?)
そう独り言を言って 窓口で次の一般特急券と乗車券を買い求めた
「この電車で行っても40分の遅刻かぁ」

イズミは名古屋にある小さなモデル事務所に所属している。
中学の同級生だった小南竜(こみなみ りゅう)がその事務所の社長で
2,3年前の同窓会で竜と遭遇したときに
うちの事務所で働かないかと声をかけられたのだ
イズミは容姿がとりえという 羨ましい女性だ
同級生の小南からのモデル推薦はイズミの特別な美貌の良さをかってのことだった。

モデル事務所と言っても美術系専門で 美術大学や予備校そして絵画教室などのデッサンの時のモデルで 
普通の衣服や民族衣装をまとう着衣モデルと
衣服のないヌードモデルがある
イズミは素人ゆえに「ヌードモデル」というのには抵抗があって
おもにイズミの専門は着衣モデルである
今日の仕事は伊勢志摩の賢島にあるホテル近くの集会場で海女の洋装をして 
地元の絵画教室主催のデッサン会のモデルをつとめるという
絵描きさんはシニア年齢の30名ほどの参加と聞いている
賢島と言えば二年前に伊勢志摩サミットが行われた観光地で
その賢島ホテルの近くでの会場と聞いて興味がわいた

竜からのこの件の仕事以来の電話では 
「始まりが午後一時、4時には終わる。 
志摩行きの電車で丁度いい時間というと『しまかぜ』があるからソレに乗ったらいい
モデル料は、会場の入り口に受付があるから
会が始まる前にそこで頂いてもらう」
と教えられ 電車の発車時間の30分前には駅に着いたが
くしくも全席売り切れと言うわけだった

「アイツ(小南) しまかぜがこんなに人気があるなんて知らなかったんだろうまったく呑気なんだから」
しかし専業主婦だったイズミに同級生のよしみの同情心か
仕事を斡旋してくれてたんだから直接文句なんて言ってはいけないなあ

イズミは事務所に電話を入れ 40分遅刻することを告げた
電話の相手は竜でなく他の事務員さんだった
事務所から絵画教室のデッサン会の主催者に遅刻の謝罪の電話が行く
(30名の方を待たせちゃうなあ)気持ちはあせりつつも電車の中ではどうしようもなく
ポーズの組み方など考えた
海女さんなんて普段どうやって座ってるんだろう?
今回は海女らしくするのか 単に海女着を着た描きやすいモデルとしてふるまうのか?
それはいつも絵描きさんたちと話して意見を聞きながらやってゆく
いろんな欲求をさまざま述べてもらい 描きやすいポーズ 描きたいポーズをつくる

名古屋から2時間少しで電車は賢島駅に着いた。デッサン会の主催者は改札まで迎えに来てくれていて 年配の女性で、 
「たいへんでしたね 主催者の城島と申します。こちらへどうぞ 歩いてすぐの所です」
と案内された
駅の改札を出て左側の階段を下りてゆくと船着場に向かう道がある
その通りの土産物販売店の二階がデッサン会場だと教えられた
駅の裏出口から歩いて二,三分の近い場所だったが
真珠貝を透明な液体にはめ込んだ見たことないおしゃれなマンホールなどが目に留まった

「申し訳ありません 長くお待たせいたしました」
会場に入りイズミはそう詫びると
「大丈夫よ モデルさんが到着するまでに 会員が代わる代わるモデルになって
絵を描くことは出来たから御心配無用ョ」
と皆さんにこやかに迎えてくれた。
会場内に用意された部屋の隅の簡易の着替え場で海女着に着替えて
磯オケを構えて座った
海女着のモデルは初めてでないので少しは要領を得ていて
そんなに手間がかからなかった
現在の現役の海女さんは黒いウエットスーツが海女着になってるが
以前は 白い布製の上下を着ていた
かつてのその海女着の方が絵にはあきらかに適してるのでそう装った
言われたように最初は岩場に座った風に 足を斜めに伸ばした
一回目のデッサンは10分 
会員たちは集中して描き出す。真剣な空気の中では
カリカリと鉛筆やコンテを動かす音しか聞こえない
10分間の終わりをタイマーが知らせて 5分の休憩に入る
また別のポーズで10分描いて 5分休む
それを数回繰り返し 長い時間の固定ポーズになる
休憩タイムの時に 参加者の人から話しかけられた

「わたし横山ちゅうもんやけどね、モデルさん、『君の名は』の主人公に似てる
 なつかしい感じがするわ」
70歳はゆうに超えてると思われる いかにも潮風の町の志摩の人と思われる
女性の方だった
肌色は褐色で高齢の身体にはにつかわしくない筋肉質のにの腕が
木綿のシャツから出てる
この人こそ 昔は海女さんをしていたんじゃないか?
それと 「君の名は」と言っても
2016年に公開された新海誠監督によるアニメーション映画のことでなく
何十年も前に岸恵子さんや   とういう映画だったことは後から知る((笑))

「わたしなあ 君の名はのときの撮影のエキストラやったことがあってなあ・・」と話しだした
「わたしらは海女さん役で 監督の言う通り 海で潜ったり
水面に顔を出したりする役やったけど 潜った時
監督がなかなか水面に出ろ!と言わんもんやから
顔出したら怒られると思ってアップアップ 溺れそうになったわ」
と笑いながら懐かしそうに話した
その時の大女優の岸恵子さんにわたしが似てるという
どんな絵に描いてくれるのだろう
絵描きさんたちの後ろ側に回り 大きな興味で彼女のキャンパスを何気にのぞき込む
( えっ!こ、これは!? )キャンパスに描かれたもの
イズミは唖然となった
どす黒い海底のようなところでゾンビのような風貌の人間らしきものが一人
苦しそうにもがいてる。その目は悲しみと怒りに満ちて
まるで見る人(見た人を)呪ってるような。
いけないものを見たバツの悪さで動揺しそうなイズミだが
しかし、大勢の人の前で驚愕の表情をみせるわけにはいかない
平静を装って 絵は見なかったように視線をぐるりと
会場を見まわした 会員さんは各々の動作に夢中でイズミの様子には気が付いてないようだ
「 時間です! 」
係りの人がデッサンの再開を告げる声に救われた
一同はまた静寂にもどって集中して描き出すが
内心動揺はおさまらなかった
横山さんも平然とした顔で描き続けてる
イズミが絵をのぞき見したことに気が付いていないのか?
しかし今度はイズミの目を見ないで描いている
そして長く感じた時間は過ぎてデッサン会は終了になった
「ありがとうございました」それぞれ口々に言葉を交わし
ザワザワと後片付けが始まった
近くにいた方々にお礼を述べていた時
すみやかに横山さんはイズミに近づいて
「 ほら! モデルさん!? えらいべっぴんさんに描けたよ」
と彼女が差し出した絵を見て 再びイズミは驚いた
先ほど見たものではなくて 普通のデッサン画だった

それも2,3時間で描いたようには見えない細やかな描写で
こんな天真爛漫な様子の人物画描いたようには見えなかった
あえて彼女は自分にある繊細な一面を見せたかったようにも感じた
「 とても奇麗に仕上げて下さってありがとうございます 」
「 なにしろモデルさんは特別べっぴんやしなあー 
 ホントに往年のあの女優みたいや 」と言うなりチラリと冷たい目が光った
デッサン会は横山さんの不気味な絵のとのことがなければ
他はすべて順調に進んで終わった
会場を出たのは午後四時が過ぎたころ、賢島の巡行船乗り場の海には
傾いた午後の薄い黄色い光が波を光らせ始めていた
帰りの電車にはまだ間があり
海に見とれてたたずんでいたいたイズミの後ろから
あのデッサン会の主催者の城島さんの声がした
「4時台の電車で帰られるんですね?御接待出来ればよかったけど・・・
これから日没が始まり それはそれは見事な夕焼けが見られます
今日は天気が良いし、空気は冷たいから空は赤く燃えるでしょう?
絵の具でキャンパスに表せないほどの赤い夕陽です
今度はお仕事でなくゆっくり観光にいらして下さい」
そう城島さんに言われ 再度訪れたい気持ちになった

船着き場から少し歩き、ほど近い駅に上るエスカレータに乗って改札まで行き
帰りの名古屋行き切符を買った
賢島駅は近鉄電車志摩線の最終駅なので すでに名古屋行き電車や他の電車も折り返しホームで待機していた

改札から電車まで階段やエレベータは無い、乗りやすいホームだった
発車時間前に電車に乗り込もうとした時、またもやビックリなことが起こった
横山さんによく似た女性が隣の車両に乗り込んで行ったのだ
(なんで同じ電車に? 今日の方々はみなさん自家用車で来られたと聞いた)
そしてそれから名古屋に帰ったイズミに数奇な出来事が続けて起こることになった

帰りの近鉄特急の車中、携帯電話の呼び出し音が鳴った 相手は小南からだった
「 よぉー! 志摩での仕事どうだった? 遅刻のことゴメンな? 」軽快な口調で話し出すが
イズミの返答は重たい
「 おかげさまで仕事は上手くいったわ だけど・・・・」
と言いかけてあの時、会場で観た奇妙な絵のことと
同じ電車に乗り込んだ横山さんのことを言うのは辞めた
まだ頭の中が整理できていない 気を取り直し
「 いい仕事くれてありがとう! せっかくだから志摩観光したかったけど
急いで帰ってきちゃった!」
と明るく返事した
運悪く途中の駅に電車が停車して乗客が乗り込んできたので電話を切った
あのデッサン会場で見た絵、まるでムンクの叫びのような表情で人間の頭部だけが
いくつも漂っていて、
青黒い海中に真っ赤な液体がマーブル状に混ざり
グロテスクな色合で苦しそうな顔が何かを訴えてるようだ。
( わたしを見ながら描いていたのかしら?
  もしくは別の所で描いたものをあたかも会場で描いたように見せたのか?)
そして何事もなかったように普通のデッサン画を最後にわざわざ見せに来た訳は?
画はまぎれもなくイズミの顔と姿だった
(自分が遅刻したから)2時間半くらいの決められた時間内であのように細かく描けるものなのかしら?
そしてイズミと同じ名古屋行き特急に画材も持たずにちいさな手提げカバン一つで乗り込んだこと
もいぶかしく感じる
その後は同じ電車に乗ってるはずとはいえ 車両が違うのでそのあと横山さんを見かけることはなかった
電車は2時間少しで名古屋駅に着いた
イズミは疲れたのか、いろんなことを考えるのをやめて家路を急いだ
夫の俊介が帰って来るまでに夕食の支度を済ませたかったのだ
家に着いてマンションのドアを開けたと同時に携帯電話のベルが鳴り
あわてて電話に出ようとしたので相手か誰なのか確認せず
(きっと俊介だろう?)と思ったが
「もしもし」と言ったけれど相手からは反応がなかった
数秒で電話は切れて 携帯電話の画面を見ると相手は非通知になっていた
(なんだろうな?)
部屋に入り手荷物を置いて ソファに腰かけながら
(もしかしたらあの不思議な存在の横山さんと関係あるのかな?)
愛想よく話しかけてくれるのに 
視線が外れたときには冷たい表情を見せる、人が傷つくような眼をする
なにがし不思議な雰囲気の人だった
・・・「さあさ! 考え事はあとで! 主婦の仕事! 俊介に美味しい料理をつくりゃなきゃ」
勢いよくソファーから立ち上がり キッチンに立った
しばらくしてピンポーンとチャイムが鳴って 俊介が帰ってきた
「ただいまー イズミ、伊勢志摩はどうだった?」
と、部屋に入るなり難しい顔をしてすぐさま問いかけてきた
「・・べつに・・どうしたの?怖い顔して・・」
「何も知らないのか?何もなければそれでいい」
「何もなければって?」
イズミを不安がらせて済ませるわけにはいかない
「実はなぁ・・・」と俊介は言いかけた
イズミの事務所の社長の小南から 今朝 小南の事務所に脅迫めいた電話があって
「今日の予定のモデルさんを(つまり、イズミ)をしまかぜに乗せるな!」というのだ
電話をとった事務員は動揺したが すぐさまイズミからしまかぜに乗れなかったという連絡があり
一応 安堵した。
事務員から小南に連絡が行き 小南はイズミの夫の俊介に連絡した
俊介はすぐさまイズミに連絡したが イズミの携帯電話は連絡不能だったという
イズミは思った(おかしいな? マナーモードにはしてるけど俊介からの着歴はなかった 
そして、そういう内容ならば 一番に知らせるのはわたしではないか?
連絡がつかなければ 何度もコールするけど?)
イズミの不審をよそに俊介は夕食を早く食べたいと言い
イズミから逃れるように夕食後はすぐさまシャワーを浴びに行った
そしてまた イズミの携帯電話に非通知のコールが鳴って来た
                               

イズミの携帯電話に非通知の電話が鳴った いぶかしいが
仕事柄 無視するわけにはいかないので対応すると
「もしもし吉川イズミさんの携帯でよろしかったでしょうか?」
相手は年配そうな聞き覚えのある声の女性だった
「はい吉川ですが」
「今日はどうもありがとうございました。デッサン会でお世話になりました
会長の城島です」
「あら こちらこそありがとうございました どうなされました?」
「実は吉川さん? 会場に忘れ物されなかったでしょうか? カメラなんですが。。
「えっ カメラ?チョット待っててください バックの中みてみますね」

イズミはバックを調べたがカメラは入っていなかった
「ルミックスでしょうか? ならばわたしかもしれません」
「そうですか、お預かりしています。事務所に電話したんですが
 誰も出られなかったので ご本人の携帯に電話させていただきました」
「それはありがとうございます 非通知なのでどなたかと思いましたわ」
「あら?非通知でしたか?家の電話からだと時々そう言われます 
どうやら記録してない相手にかけると非通知になるみたいです」
(そうか!非通知はそういうことだったのね)
「ところでわたしの番号 よくわかりましたね?」
「ええ、会が始まる前に遅れて会場に来られるというから 念のために事務所の方にお聞きしました
仕事の用の電話もお持ちとかで教えてくれました
カメラは事務所の方に郵送させていただきますね」
「お手数ですがよろしくお願いします」
そんなやり取りを交わして電話を切った

俊介がシャワールームから出てドライヤーをかけ終わるのを待って
イズミは質問した
「何だろうね?事務所にかかった電話、モデルをしまかぜに乗せるなって!?」
「よくわからないが・・ 結果的には満員で乗れなかったと、
イズミは次の電車で行ったから安心しろと小南は言ってた」
俊介も小南もイズミも同じ高校の同級生で、特別親しくはないが、仕事関係もあり
俊介と小南は連絡を取り合うこともある。
カメラを会場に忘れたことを話してその日は二人とも就寝した

次の朝目覚めると俊介はもう出勤したのか居なかった

ひとりで居るリビングでイズミは昨日の流れを繰り返し反芻してみた
なぜ、モデルがしまかぜに乗ったらマズイのかな?
仮に乗ってしまったらどんな展開になるのだろうか?
モデル(イズミ)が乗るとか乗らないとか 電話の主はどうやって知るのだろう?

とにかく事務所に行って、頂いたモデル料を納めて交通費とか清算しないといけない
イズミは事務所に向かった。
                  つづく・・・

ART伊勢志摩殺人事件

ART伊勢志摩殺人事件

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-03

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