乙女
おめでとうございます。幻想系掌編小説です。縦書きでお読みください。2019年1月3日
「子供、子どもがほしいわー」
少女の黒くて大きな瞳が輝いた。
白く細い指が赤い小さな花をつまもうとした。
彼女の心の中で「いけない、いけない」と何者かが囁いた。
「赤い花も子供を産もうとしているのだよ」
それは彼女の小さな心臓の中で木霊し、指の動きを止めた。少女は溜息をついた。ふっと赤い花の四つの花弁が揺れ、空高く舞いあがった白い花粉は赤い種を結ばせた。
彼女は細い自分のからだをながめた。すらーっとした足に、黄色と黒の斑の花アブが春の香水を撒き散らしている。
「子供が欲しいわ」
白と黄色の二匹のチョウが水色の幻想を吸い込みながら会話の自由を楽しんでいる。少女を花と間違え、長い髪の毛にとまった一匹のチョウは、あまりにも黒い髪の毛にくすぐられ「くしゅん」とくしゃみをして、また太陽の下に躍り出た。
少女は土筆にささやいた。「子供がほしんだけど」
土筆はスギナを見た。その拍子に緑色の胞子が彼女の周りに飛び散った。何かが彼女にそうーっと耳打ちをした。「これも赤ちゃんだよ」
彼女の目は大きく開いて、土筆んぼを吸い込んだ。
土の中から黒い悪魔が顔をだした。金色に輝く目、尖った耳、その耳まで切り裂かれた口、針のような尾っぽ。悪魔は眩しそうに太陽を見上げた。
「あの赤い玉のやつうるさいなあ」
悪魔の周りの草はみんなしおれてしまい、虫たちも一目散に逃げていってしまった。少女の周りの心地よいざわめきは聞こえなくなった。
悪魔は彼女にささやいた。「お嬢さん、そんなに子供が欲しいのかい」
少女は悪魔を見ても怖くなかった。
「そうよ、子供がほしいのよ」
「私がつくってあげよう」
悪魔は土を集めると、水と空気を混ぜあわせ、子供をつくりはじめた。見る見るうちにそれは子供になり泣きわめきはじめた。
悪魔は目を細くして嬉しそうに子供をみつめた。
「かわいいねー」
悪魔は針の尾っぽを揺らしてはしゃぎまわった。
「アババアババババ」
彼女はそれをみると長い髪を振り乱して叫んだ。
「わたし、泣かない子がほしいのよ」
「でも、子供は泣くんだよ」
悪魔は当惑した。
「ところで、あなたはだーれ」
彼女は悪魔の顔をまじまじと見た。
「僕は悪魔」
と言って舌を出した。
「本当は悪魔の弟子」と言い直した。
「だからね、子供好きの悪魔なんて、様にならないわよ」
悪魔は彼女の言葉使いに飛び上がった。
「悪魔の弟子さん、あなたは、どこから生れたの?」
「土」
「何を食べているの」
「美しいこと、良いこと、立派なこと、すばらしいこと、面白いこと・・・」
少女は笑いだした。
「ハハハハハ、でも子供をかわいがっているようじゃだめね、まだデシなのね」
「うん」悪魔は面白くなさそうに答えた。
「悪魔は善の固まりなんだ、だから善を食べているんだ。悪魔のからだから美や善をだしてしまうと、死んじゃうんだよ。天使は逆なんだ、悪の固まり、だから善しかできないんだ。天使のからだから悪が出ちゃうと死んじゃうんだ。悪魔も天使もかたわなんだよ、片一方しか出来ないんだから、人によるけどね、人間は天使に近いんだな、からだの中には悪がたくさんあるんだよ」
「そーお」少女はどうでもいいというように花をながめた。
「人間は一番恐ろしいものなんだよ、悪を外に出しても死なないし」
土と空気で作った子どもはまだ泣き叫んでいる。少女は耳を塞いだ。
「止めて、その子供どうにかしてよ、小鳥の声が聞こえないじゃないの」
悪魔は仕方なさそうに子供の上に雨を降らした。子供は溶けてしまった。
あーあ、少女はのびをした。「子供が欲しいわー」
悪魔は尋ねた。「どんな子供がいいの」
「泣かなくて、かわいくて、うるさくなくて、あまえったれで、私だけのもの」
「それじゃ、作ってあげましょう」
悪魔は彼女と約束をした。
悪魔は土の中に引っ込み、再び彼女の周りを虫たちがおどっている。
少女はその日が待ち遠しかった、毎日毎日。
「いったい子供はどこからくるのかしら、どんな顔をしてくるのかしら」
デンデン虫が彼女の目の前で卵を産んだ。
「卵、卵、かわいらしいわね」
卵がかえり、ちいちゃな、ちいちゃなデンデン虫が動き出した。一匹、二匹、三匹。
「かわいいー」彼女は目を細めた。
「はやく私も子どもがほしい」
虫たちは次々に、花の上、土の中に卵を産んでいく。
悪魔が様子を見に土の中から這い出てきた。
少女はぶっきらぼうにいった。
「まだできていないじゃない」
「そりゃそうですよ、簡単にはできない、何ヶ月もかかるのですよ」
彼女はびっくりした。「そんなにかかるのはだめ、今すぐ欲しいのよ」
「そう言われてもね」
悪魔のデシは困ったように自分が出てきた土の穴を見た。と、その時、底から大きな声が響いてきた。悪魔の声だ。
「デシよ、その娘の言うことがすぐできたら、二級免許をやるぞ、しっかり作ってやるがよかろう」
「本当ですか」
「本当じゃ」
悪魔のデシは喜んだ。
彼女に言った。
「それでは、すぐに子供を作ってあげましょう、でも失敗するかもしれない」
「いいわよ」少女は微笑んだ。
それから悪魔のデシは大変だった。大なる太陽に向かって叫び、杉の木に自分のからだをぶつけ、緑色の汗をだらだらと流し、喉をかきむしり、逆立ちを続け、腹ばいになり土に噛み付き、皮膚は擦りむけ、白い血が滲み出し、転がりまわり・・・・。
そんな悪魔のデシの周りを、しらん顔をしたチョウチョが二匹、鼻歌を歌い飛び回っている。
少女は面白そうに、小悪魔の苦しむ様子を眺めていた。
悪魔の弟子は、空高く三回宙返りをすると、空中に浮かんだまま、少女を指差して、大声を上げ、草叢にバタンと倒れて意識を失ってしまった。
しばらくたち、悪魔のデシは片目を開けた。
「あーあ」深いため息と欠伸をして少女を見た。まだ変化が現れていない。小悪魔は泣き出した。
「こんなに苦労したのに、うわーん」
「うるさい、泣くな」
少女は耳を塞いだ。
驚いた小悪魔は泣き止んで少女を見た。
と、少女の子宮が膨らみ始め、次第にせり出してきた。
小悪魔は、それを見て眼を輝かせた。
「わー、成功したぞ、うまくいった」
悪魔のデシは土に頬ずりをした。
少女はせり出した自分の腹を見ると、眼を横にそらし、小悪魔に叫んだ。
「いやよ、いやよ、こんなかっこうになるなんて、楽に子どもを産みたいのよ」
小悪魔は驚いた。
「そんな、無茶な、残酷な、子供をつくるのは生易しい術じゃないのに」
「いやよ、もどして」
彼女は泣き叫んだ。
小悪魔はがっかりして、涙を流すと、自分の尾っぽを口にくわえ、自分の鋭い歯でそれを噛み切ると、美や善が飛び出して、自殺してしまった。
彼女のからだはしぼんでいき、またスマートさをとりもどした。
少女は独り言をいった。
「子供が欲しいわ、子供が欲しいわ」
彼女は草の上を跳ね回った。彼女の柔らかい皮膚から赤い胞子が噴出して来た。
「子供がほしい」
赤い胞子は熟し、風に乗って飛び去り、野に山に、そして、町に舞い降りた。
町の人々は一つの白い実が赤く熟したことを知った。
乙女