すくらんぶる交差点(5)

五 決定的瞬間の観察者

 職はトイレから戻って来た。決定的写真はあきらめた。自分はそれほど暇じゃないからだ。最初は、他人のドジを笑うだけであったが、そのうちに、七人が大波小波のように行ったり来たりたりしながらも、最終的に交差点の真ん中戻ってくるのを不思議に思った。
 なんだら、あいつら、本当にドジだよ。さっさと抜けちゃえばいいのに。よりによって、通勤・通学客に逆らって動くなんて。あれ、可笑しいぞ、あいつら。折角、交差点から抜け切ったのに、また、戻ってくるなんて。押し流されているのか。まさか。海水浴や川遊びじゃあるまい。あっ、信号が変わった。あの七人、また、交差点の真ん中だ。あと、何かいるぞ。犬か。犬が一匹だ。そういえば、この駅の近くに銅像があったぞ。犬の銅像だ。まさか、その犬がまぎれこんだのかな。そんな馬鹿な。あんまり再就職先が決まらないので、朝から寝ぼけているのかな。いや、朝だから寝ぼけているんだ。おっ、クラクションが鳴り響いている。そりゃあ、そうだよなあ。交差点の真ん中に人がいたんじゃ、車の方も危なくて仕方がない。でも、あいつらだって好きで交差点の真ん中にいるんじゃないんだろ?少しは、車の方も相手の立場になって考えてやれよ。
 それにしても警察官はどこだ。この駅の広場には、確か交番があったはずだ。まだ、八時過ぎか。ここは、住み込みの交番じゃないから、本署からの出勤か。それじゃあ、いざ、事件・事故があったときに間に合わないぞ。警察に電話してやるか。おっ、信号が変わった。あいつら動き出したぞ。今度もダメだ。また、押し戻されている。どんくさいやつらだ。だが、可哀そうだ。うーん、このアンビバレンツな心境。また、元の黙阿弥、観阿弥、世阿弥だ。あいつら交差点を舞台と勘違いしているんじゃないのか。だから、交差点の中を行ったり来たりして遊んでいるんだ。そうか、そうなんだ。これは路上劇なんだ。青年よ、中年よ、老年よ、街に出よ、交差点に出よ、だ。こらこら、街に出るのはいいけれど、新聞を捨てろとは言っていないぞ。
 最近の日本人は全くマナーがなっていない。困ったもんだ。俺が個人のプライバシーを覗くことがなかったら、スクランブル交差点で右往左往する人や、たばこの吸い殻を投げ捨てる人、見出しだけ読んだ新聞を捨てる人を見つけることはできなかっただろう。そうだ、新聞に交差点でゴミを捨てる人々を投書してやろう。ささやかな社会改革だ。いや、待てよ。投書された新聞社も、自分たちの新聞が読むに値しないから捨てられたんだ知っているから、俺の投書なんて受け付けないかもな。残念だ。折角、金一封、図書券、商品券の獲得チャンスだったのに。おっ、そろそろ、ハローワークの開所の時間だ。名残惜しいけれど、さて、行くか。あんまり、この店にいると、変な客かと思われて、通報されても困る。
 彼は、飲み干したコーヒーカップを片づけると店を出た。

すくらんぶる交差点(5)

すくらんぶる交差点(5)

交差点に取り残された人々が、取り残されたことを逆手に取って、独立運動を行う物語。五 決定的瞬間の観察者

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-06

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