一握と掌の物語

一握と掌の物語

短編をたくさんという意味でそれ以上の意味はないです。

夢現夜

ある男の話であった。
確か丑三つ時のころであった。
時計の針の位置をぼんやりとした目でみた記憶がある。
目が覚めるとのどが渇いていたので、寝床から起き上がり、電灯もつけないで、起きあがった。

 月明かりが差し込む廊下を歩いていた。
家族は全員が寝ている。家中がしんと静まり返っていた。まだまだ冬の寒さが残っていたので、自然と早走りとなる。
足が真っ先に冷たくなる。息は白く、呼吸するたびに冷たい空気を吸うので、身体の中からじっくりと冷やされるのを感じた。
階段を降りると、来客用の和室から気配があった。
 男はそぅと戸を引いた。
引いてみると銀杏の木でできたテーブルがずっしりと横たわっていた。特に変わったことがなかった。
あえて変わったことがあるのなら、先日きた客を出迎えた際に生けた椿がそのまま放置されていたことくらいであった。
いつもだったらもう片づけられているが、今晩まで放置されていたということになる。

 視界をぐるりとかえた。
 庭が見えた。
 椿も咲いている。
しかし、その瞬間にがさりと落ちた。
変だと思うが、目の認識よりも耳の音が早くきたのだ。
最初は何事かわからなかったが、ようやく雪の重みで椿の花が落ちたことを頭で把握した。
 醜いという人もいれば、潔いという人もいる、とにかく椿の花は花の形のまま落ちる。
男はぽつりと思うのである。
「今日はあの人の命日か」
落ちた雪椿は芳しい香りを放つこともなく、月光によく映え、その月はまあるく空に浮かんでいた。

流れゆく星

ある女の話だ。彼女は昔から表現するのが好きだった。それは時として舞台で演技したり、人前でうたを歌ったりする。作曲家のまねごとや脚本みたいなものも書いた。行き着いた先は同人で小説家を書くもの、マンガを書くもの、絵をかくものと歌や曲をかくものと交流することが多くなった。それは趣味にしては創造的で、特に10名ほど烏合の集団とよく一緒にいた。
その多くのものは普段は別の定職についていた。社会的に地位をもっているという人間は少ないが、仕事を帰ってきた後にほそぼそと作り、休日に発表お披露目をしていた。
そんななかで彼女は一人の男性に会った。
「おまえらのやっているのは所詮お遊びなんだよ。」
彼はとんでもない人間だった。大学に卒業したもの在籍可能期間ぎりぎりで卒業した。その理由はひたすらマンガを描いていたのだという。マンガを描くには多くの知識や思想がなくては描けない。だから自分はマンガのネタを考えるために入ったと言い切っていた。それだけならいいのだが、些細なことでも喧嘩ごしでまるでチンピラのようでもあったし、しかしその凶暴な一面はマンガにたいしての情熱が空回りしている光景でもあった。そんなものだから定職につかず、バイトで食い扶持を稼いでいた。こんな人間に出会って、なんて最低だろうと思うだろうが、そういったものの情熱や才能には感心を抱いてはいた。
しかし、つきあってくれといわれたときは驚いたし、もちろん丁寧に断った。しかし、何度も何度もいうものだから、こっちが折れてしまった。
 不安は大いにあった。といえば男は誰もがする浮気がまとわりつく。私が認識しているのは二ないし三。たぶんもっといるだろう。彼はよくもてたようにみえていた。
私は彼と違いしっかり定職につき、情報サイトを運営する会社につとめていた。仕事中をかまわず、ときおりかかってくる電話にはお金を貸してほしいだった。いつも私がでも、その後で知ったがそれでも足りなくなり、電気はもちろんのこと、水道や部屋の鍵も変えられて入れなくなったこともあったという。怪しげなところでもお金を借りたとも言っていた。
どうしようもない人間だった。普段は虚勢を張っていきてきたのだろう。ときおり見せる女々しい人格もあった。
それは決まってアルコールが入るとなることがあった。
陽気に酔うのはいい。しかしそれを越えて一瞬にして顔が豹変する。
よくこんな話をした。
「貧乏神って知ってるか?俺は見たことがあるんだ」
「へぇ〜どんな感じなの?」
こっちはこっちで酔っているので真剣になって訊く。
「あいつはいっつも仲良くしてるやつがいるんだ。これでいいのか〜、これでいいのかぁっていう自分の分身ドッペルゲンガー。でも見たら死んじまう。いつも貧乏神があいつ連れてくるって言ってるんだが、こっちは頼むから呼ばないでくれって訴えている。」
「それって死神じゃないの?」
女は陽気に答えてると、彼はああそうか、死神かとげらげら
と笑うのである。
「死神って俺にそっくりなのかぁ」
そんなことをぼそりというのである。
 あとで問いただす覚えていないと言われる。それは真実なのかわからない。

死に神の話はさておきも、このままでいいわけがないのが一番、本人がわかっている。でもこれでしか生きられないこともやはり本人が一番わかっていた。そして夢をあきらめ、さて就労活動が本格的になっり、といってもどこの採用は通らない日が続いた。
そんなある日であった。仕事帰り夜の道、女は家賃を考えたせいで辺鄙なところに住んでいた。その辺鄙な場所は外灯が少なく、すこし怖かった。でもまだそういった変質者に出くわしたことがないので日本はなんて安全なんだろうと思っていた。
 空には星がちらりとみえていた。月らしいものはどこにいるのかわからない。もう沈んだのか、はたまた今から昇るのかそれすらもわからない。
 空の現象に興味があまりないせいではあったが。
 そしてそういうものに興味がない私に見せても仕方がないようなものを空は見せた。空を横切る光があった。
「あっ?あ!」
流れ星だ。
ずいぶんあとに聞いた話だと、いわゆる流星群はある程度決まった時期にたくさんみるのであって、流れ星自体は毎日流れるという。
といっても全天を見回し、一時間にひとつ流れればいいという確率らしいが・・・。
そのときはなんにも思わなかったが、ほどなくして電話が鳴った。
 ときどき繋がらなくなる電話番号からで、向こうからかけてくるのは珍しいことだった。内容だってどうせ、お金の話だ。
「もしもし、潤?」
「・・・。」
向こうからの返事が来ない。言いずらいことをいう雰囲気という感じではない。
こっちは不安になってきた。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
すすり泣く声が聞こえてきて、どうにか声を出したという声で彼は言った。
「大手の編集者から連載もたないかって・・・」
そのとき頬から流れ星みたいに涙が出た。しかし、彼女は思う。
 これからが大変なのだ。
 いやこれからも大変なのだ。頭の中でこの言葉を反芻していた。
「もしもし豊子?聞いてるか?」
幾度となく夢をかなえる大義のもと、成功と失敗を繰り返していた潤のことを豊子は口でも態度でも積極的に支えていなかったが、彼の生き方を否定しなかった時点である一定の理解を示していたのであった。
なにより心の底ではしっかり応援をしていた自分にようやく気づいた瞬間でもあった。
 星に願う暇もなければどうすればいいのか迷い、自分を見失いかけ、願い事の内容も忘れて生きていた自分たちにどうして願いが届いたのか・・・。
 ただただその場で豊子はぼろぼろ泣いているだけだった。

忘れたもの

ある男の話だ。その男の元に手紙が届いた。しかし、宛先をみて、そして小さな同窓会の出席確認の手紙であるとわかったらぽいっと放り投げた。
 今のこの時代に、携帯電話もなければパソコンもない生活は陸の孤島にいるようなものだと思っていたのに、手紙だけは届いた。そしてその手紙をどこかへ放り投げたあと、ぼんやりと考える隙も与えず「先生」という声がした。

 「今なにをやってるの?」
なんて知り合いや同級生にいわれたらと考えると恐ろしいことこの上ない。自分はとある知り合いに頼まれて、「神」をやっているなんて口が裂けてもいえなかった。簡単にいえば宗教家ってやつだ。会員は100名を越えていた。その教義規則というのにのっとり、電波の出る携帯電話やネットの繋がったパソコンは持っていない。最初は不便だなと思ったが、今はなんの不自由を感じない。ただ交流関係がおろそかになったくらいだった。
しかし、其れ以外といったら特になかった。とにかくお金は入った。怖いくらいだった。人間慣れるのは恐ろしい。
 お金はなにに使ったか。
たぶん人間ならやれる贅沢はたぶんしたといってもいい。ほんのすこしの気持ちの裁量でしなかっただけで、やっていないことはあっただろうが、とにかくこれくらい金も使う時間もあった。
 また手紙が来た。
 今度はタナカからだ。タナカは自分の数少ない親友であった。中学高校と一緒で部活も一緒、
ともに遊ぶことが多かった人間だった。
手紙をまた放り投げようと思った。投げようと思った瞬間、結局テーブルに置いた。しかし、いつのまにか消えていた。昔からものを無くす癖は変わらない。
 また手紙が来た。後輩のテヅカからだ。後輩というのは部活のである。自分はサッカー部だった。どうやら知り合いに住所がばれているようだ。
というならなおのこと彼らの前に出たくない。しかし、封を切るだけ切って試しによんで見ようとと思った。
「カッターで切ろう・・・。」
しゃりしゃりと音が鳴る。
「先生、生徒です」
その声で封だけ切った手紙を置き去りにして、その場から去った。
 また手紙が来た。今度はキモトから来た。サッカー部の先輩であった。やはりいろいろなところから自分の情報が漏れていると思った。この場から離れ、違うとこに住もうと考えた。しかしその前に手紙だけ読んでおこうと思った。苦々しくカッターを取り出し、しゃりしゃりと音を立てて、中の手紙を取り出した。手紙はとてもシンプルなものだった。

 前略、山崎元気だろうか?部活の同窓会の返事はまだか?できればきてほしい。みちるはもう最後になりそうだから。
         木元総太

「最後?ミチル?」
ミチルは高校部活のマネジャーだった女子生徒だった。
この文脈からはよくわからない。しかし、心臓に冷たい血流を感じた。なにか胸騒ぎがした。
その胸騒ぎのもと、もうどこかにいってしまった、手紙の群を探し始めた。

 良治、なにやっているかだいたいわかっているが、連絡をほしいんだよ。あんま言いたくないけど、東海林みちるをおぼえてないか?同窓会の出席カード届いていないことはないと思うんだ。みちるはおまえに会いたいんだ。
       田中 洋司

 前略、山崎先輩。先日、東海林先輩のお見舞いに行きました。私が会ったときは元気そうでした。そしたら、あなたの話題になりました。まだ同窓会の返事を頂いていないということでした。もしこれを読んだあとでもいいので返事をだしてくれませんか?お願いします。
         手塚 賢


部屋をひっくり返してしまうくらい、捜し物をしたのは初めてかもしれない。どこかであきらめて、代用をつくる。それがいつものパターンだった。しかし、これには代用がなかった。この世にたった一通しかない手紙を自分は、山崎良治はくまなく探した。
どこで見つけたかと言えば、机の引き出しの奥。一番最初にみるべきその手紙を見つけた。同窓会の出席カードと一緒に東海林みちるの手紙が入っていた。女の子らしいかわいらしい字なのは相変わらずで、懐かしいにおいがした。
 
 元気ですか?今回の同窓会の主催は私です。絶対きてね。あんまりしんみりした話はしたくないけど、でもそんなこといってられない。実は私は同窓会終わったあとでとても大きな手術をしなければなりません。手紙を書いている手も震えています。できれば会いたいのです。そしていろいろな話をしたいのです。返事待ってます。
      東海林みちる
 
 山崎良治は出席カードにまるをつけ、そのままにぎりしめた。
 最低限の持ち物をもち、ドアをけやぶるように開け放ち、走りはじめた。
こんなに思い切りは知るのは何年ぶりかわからない。すぐに息が切れて、体からの悲鳴が聞こえた。特に心臓の音が自分の体内から外へ聞こえてしまうくらいではないかと高く鳴っていた。
肺は懸命に息を吸い込み、何度もせき込んだ。
それでも走るのを止めなかった。いや止めたくなかった。
いままで止めていた時間を取り戻すのは無理だとしても、まだ間に合うと信じて走るしかなかった。
信号機が赤になる。
そのときになってと説教をするときの東南アジア系の薄手の服の服を着ていることに、気づいてしまった。もつべきもってきていたが着替えるのを忘れてしまっていた。
町には異様に映えるに違いなかったが、きにはならなかった。そのまま行くしかないと思い、青になった瞬間また走り出した。
 なぜか不思議とサッカーの試合をしているような気持ちになっていた。まるであの日の空の下のように、ボールを追いかけグランドを駆けて巡るような暑い鼓動を感じた。
 そして今日のこの日は痛いほど外の太陽はまぶしかった。

雨と運命

とある女の話だ。
いつも通りの艶やかなワンピースを着る。ただ今日はあいにく小雨模様で、すこし肌寒い。
傘を準備しなくてならない。彼女は散歩するのが毎日の日課であった。そのときは必ずおめかしをする。しかしその姿は異様であった。
彼女の左側は包帯に覆われているのである。結び目は蝶々結び。
彼女は昔、やけどを負った。命は取り留めたものの、何度手術しても顔の整形がいまいちうまくいかなかった。そうこうしているうちに左目に視力と呼べる物はなかった。
そのやけどを負ってからというものの、薄気味悪い顔立ちで自然と人と輪から遠のくようになった。。それと同時に同情の目は突き刺さるものがあった。
自分から離れていったのか、周りから離れていったのか。
わからない。
 社会から孤立した人間となった。
肉親はもう死んでしまった。
残ったのは一人で住むには大きな家と、広い庭だった。
「すこし痛いかな」
天気が変わると皮膚が不気味に鈍く痛む。顔だけでなく、体中になるものだからつらいといえばつらい。
でも日課をやめるつもりはない。それは唯一社会と接点を繋ぐことで、それは大切なことだと信じているからであった。
家を出るときは野良猫に挨拶する。いつもいる。
名前はとくにつけていないが、白黒のキジトラであった。
玄関をあけて、門をくぐると外の世界があった。曇天の空の下、湿度でなんとなく地面濡らす。
田舎の住宅地
でのどかな道であった。
近くに川が流れているいて、それに沿って植えてある桜並木を歩く。今日は車も人の通りはめっきり少ない。
いつもどおりに川辺の公園のベンチに座った。
自分はあと何回このベンチに座るのかと考えると途方もないことであった。
絵描きがいた。
美大があるから当然といえば当然。鉛筆でなにかを描いている。
絵は好きだった。話しかけようか迷った。
「あなたは幽霊ですか?」
絵描きがそういった。彼女は驚いた。向こうから話しかけてきたのは何年ぶりだろうか。
「こちらを見てないのによくわかりましたね」
「そういう感は昔からよくてね」
「でも、幽霊っていうのはひどいお話でなくって?」
「言葉の文です。どうも人も幽霊もどちらも見るもんですから、こんな曇天の日は向こうからやってくる」
絵描きは缶の飲み物を出して、飲み始めた。
とここではじめて彼女のほうを向いた。意外なことばを発した。
「・・・人にしては綺麗ですね」
「変わった人ですね。」
「変わり者はお互い様だ、こんな日に外に居る自体でね」

絵描きはまた黙って絵を書き始めた。そのまま彼女は存在していた。
川の流れと鉛筆が紙をすべる音を訊いていた。
「ひさしぶりに人と会話したわ。ありがとう」
彼女はその場から立ち去ろうとした。すると雨がいよいよ本格的に降り始めてきてしまった。
「あなた、傘はないの?」
彼女は傘を指した。
「春雨にも似た雨なら、濡れていこうじゃないか。その方が風情がある」
夏も終わり彼岸花が咲いていた季節であった。雲は切れることなく、流れているのがはっきりと見える。
「運命ってどんなものかご存じ?」
彼女はゆっくり傘を閉じた。
そうこうしているうちにじっくりと服も長い髪も濡れていく・・・。
「この幾千もの無数の雨粒のの中で私に当たるのが雨粒の運命・・・」
つぶやくように言った。
「ひがんじゃならない、神様ってやつはそんなに卑屈じゃない」
「あなたは優しい方ですね」
「優しくなんかない、優しくないから生きてけるんです」
女は絵描きにほほえみながら、天使のような声で言った。
「いいえ、あなたは優しい方です。だから神様が生きることを許してくれたのよ」
空からは彼らにも向かって雨が落ちてくる。町が雨の音に包まれていくのを体全体で感じた。

狂い咲き

今宵は月が見えぬ。
見えねども、天一が輝く星が見えるのであれば私(わたくし)はまっすぐ歩いてゆけます。
東北は鬼門と呼ばれる鬼が住まう場所に通じる門があるという。
この世に鬼がいるのであろうかと修行僧は常日頃おもっていたのであります・¥。

しかしまさに今、出会うとは思わなんだ。
その姿は京の女のどんな娘よりも美しいと。
さればこそなのである。
もし、あの噂が真(まこと)であるなら
私(わたくし)はあの鬼を心の底から憎めるだろうか・・・。

黄昏も近くなり、いよいよ野宿を覚悟せねばならなくなった。
あややと言ってるまにまに一番星が見えてきた。
すると小屋が見えている

一握と掌の物語

一握と掌の物語

人の数だけ物語がある。それぞれの生き方を短編ですこしずつ見える物語。 題名は川端康成の「掌の小説」から

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-06

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 夢現夜
  2. 流れゆく星
  3. 忘れたもの
  4. 雨と運命
  5. 狂い咲き