七羽の鳩

不波 流

七羽の鳩
  1. 第一話 川渕安奈の受難
  2. 第二話 川渕安奈の懊悩
  3. 第三話 川渕安奈の熟考
  4. 第四話 川渕安奈の跳躍
  5. 第五話 川渕安奈の試練
  6. 第六話 川渕安奈の報恩
  7. 第七話 川渕安奈の一喝
  8. 第八話 川渕安奈の提案
  9. 第九話 川渕安奈の勝負
  10. 解説・索引等

原作 ジャンバッティスタ・バジーレ『ペンタメローネ(五日物語)』より『七羽の鳩』

与うかぎりの善行をなした後、なしたことを忘れるべし ──ナポリの古い諺より

第一話 川渕安奈の受難

──チアンナ。

(誰?)
 遠くから聞き覚えのない男の野太い声が聞こえてくる。

──チアンナ──チアンナ。

(誰? わたしを呼ぶのは誰?
 どこから? なぜわたしを呼ぶの?)

──チアンナ!

「……川渕安奈(かわぶちあんな)!」

「はへ……あ、ハイ!」

 慌てて顔を上げると、わたしは何かに頭をぶつけた。ばこん、という音と、あた、というわたしの声がなかなかの音量で教室に響く。

「お前、俺の授業で寝るとは、なかなかいい根性してるじゃないか」

 周りでくすくす笑いが聞こえる。目の前には、数学の近藤先生。左手でバインダーをもてあそんでいる。げげ。
 近藤伊佐見(いさみ)、四十九歳バツイチ独身。外見上の特徴は、今どき珍しいバーコード頭と、見事に膨らんだ太鼓腹、ジャケットが似合わないからいつでもジャージに雪駄履き。天国の新撰組総長・近藤勇が見たらきっとガッカリするだろう、どこからどう見ても非の打ちどころのない完全なるオヤジ教師が、わたしをイラついた目で見下ろしてる。

「ね……寝てました、わたし?」

「イビキまでかいてな。昔ならこれだ」

 近藤先生は空いている右手を握りしめて、わたしの頭に振り下ろすマネをする。わたしは思わず目をつぶって肩をすくめた。またしても周囲に笑いが広がる。ひえー恥ずかしい!
 先生はバインダーをもてあそびながら教卓に戻っていく。

「……チアンナ、大丈夫?」

「うん、ありがと」

 前の席のちほちゃんが心配して振り向いて小声で声をかけてくれる。

(ちほちゃん~~!!)

 わたしは心の中でちほちゃんにハートマークを送った。
 ちほちゃんはかわいい。背がちっちゃくて、やわっこくて、いいにおいがする。ふへへ。
 だいたい、近藤の授業は面白くない。見た目が冴えないんだからせめて授業が面白ければまだ救いがあるけど、見事なまでに面白くない。早口でぼそぼそしゃべるからよくわかんないし。絶対教師向いてない。しかも数学。小学校の時に分数でつまづいたわたしに、因数分解とか無理数とかいわれても無理。
 あー、早く終われ、近藤の数学!


 わたしは、川渕安奈。みんなはわたしを「チアンナ」って呼ぶ。
 なんでチアンナかって?
 それには深~い訳があってね、小学校に入ったときに同じクラスにアンナという名前の子が、わたし含めて三人もいたの。で、自然ななりゆきで一番かわいくて賢い子が「アンナちゃん」て呼ばれるようになって、おっちょこちょいのわたしはなぜか苗字の最後の「ち」をくっつけて「チアンナ」って呼ばれることに。
 ふっ、しょせん世の中ってそういうものよね。
 そのうちクラスはバラバラになったけど、わたしはずっと「チアンナ」のまま。今年高校に入学して、今度こそはって思ってたけど、同中(おなちゅう)の子がチアンナって呼ぶから、またまたいつのまにか定着。チアンナめでたく十年目突入。あ~、わたしもかわいいあだ名が欲しい。
……あれ、わたし誰に説明してるんだろ?
 ま、いっか。
 幸い、わたしは愛嬌があるから(誰も言ってくれないから自分で言う)、友達が多いのが学校生活の救いかなー。


 数学の長い長い授業の最後に、今度の中間試験の範囲が発表された。それを発表するときの、近藤のにやにや笑いときたら!

 チアンナは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の近藤を除かなければならぬと決意した。チアンナには数学がわからぬ。チアンナは、ぢぇーけーである。口笛を吹き、空想と遊んで暮して来た。けれども試験範囲に対しては、人一倍に敏感であった。

「え~~~なんで~? なんで数学の試験範囲だけこんなに広いの?」

 授業が終わって近藤が教室から出ると、わたしは絶望のあまり机にぐりぐり頭をこすりつけた。

「チアンナ、いっしょに勉強するからがんばろーよ」

 ちほちゃんがなぐさめてくれる。

「おのれ近藤。なんの恨みがあってこんな仕打ちを!」

 わたしはこぶしを握りしめてぷるぷる震わせる。

「チアンナ、こわい……」

 半笑いでちほちゃんがつぶやいた。怖がらせてしまった。反省。

「ねえチアンナ、あとでマッ○行こ!」

「M○Donalds!」

「むだにいい発音!」

 ちほちゃんはわたしのつまんないボケにちゃんとツッコミくれるから大好き。


 ちほちゃんとMcD○naldsでちょっと勉強して、いっぱいしゃべって、夕方、電車通学のちほちゃんと駅で別れて、自転車通学のわたしはひとりで帰る。うちまでだいたい三〇分くらい。毎日これだけ運動してるんだからちょっとは痩せてもよさそうなもんだけど、ぜんぜん痩せない。あ、今「食べてるからじゃないかナ……」て、ちほちゃんのツッコミ聞こえた。

『……聞こえますか……』

 ん? 違う声が聞こえる。
 野太い男の声。

『……聞こえますか……今……あなたの心に……直接……語りかけています……』

 え、なにこれ、キモイ。ツイッターとかでよく見るやつ。
 わたしは自転車を降りてあたりを見回してみた。
 三〇メートル先にベビーカーを押す若いお母さん。五〇メートル後ろにヘッドフォンをつけたお兄さん。近くにそれらしき男の姿は見えない。

『……来るのです……こちらに……』

 声が続ける。
 え、なにこれなにこれ、こわいんですけど!

『……来るのです!』

 声がそう言ったと思ったら。

バサバサバサッ!

 鳩が何羽か、わたしに向かって飛んでくる。

「うひゃあ!」

 わたしは思わず自転車から手を放し、目をつぶってその場にしゃがんだ。なんか情けない声出たけど、いのちの危険が優先!

 静かになったから、恐る恐る目を開けてみる。

 最初に目に入ったのは……

 鳩!

「うひゃあ!」

 わたしはまた変な声を出して飛びのいた。

『まったく、兄さんたちを置いたままどこまで行ってたんだ、チアンナ!』

「しゃべった! 鳩が! え、待ってなにこれ、マジで?」

『待ちくたびれたぞ、チアンナ。〈時の母〉には会えたのか?』

 はい?

 ちょっと待って。落ち着くんだ川渕安奈。いくらなんでも鳩がしゃべるわけないじゃない。目を閉じて、ゆっくりと、息を吸って、吐いて。ほら、目を開いてまわりをよーく見まわして。何も変わらない、いつもの線路沿いの道──

 じゃ、なかった。

「え? どこ、ここ?」

 さんさんと降り注ぐ太陽。青い空。乾いた空気。道の両側には濃い緑の茂み、舗装もされていない土の道。確かさっきまで夕方だったよね? あれ、そういえば自転車は?

『どこって、我らがナポリ近郊の森の中に決まってるだろう、チアンナ』

 鳩が答える。
 一、二、三、四、五、六、七。
 七羽の鳩がいっせいにわたしを見る。目が虚ろでこわい。

「……あのー、ナポリってナポリタンのナポリ?」

『なんだその、なぽり、たんとやらは。知らん』

『ナポリ。おお、我らがナポリ王国!』

 ナポリ、ナポリと鳩が口々に叫ぶ。あーうるさい。

「お菓子のホームラン王?」

『そういう高校生らしくないボケはいかんな』

 えっと、状況がまったくのみこめないんだけど。

『ヴェスヴィオの火山に(いだ)かれ、美しきナポリ湾に臨む、おお、我らが故郷!』

(にっく)きフランスどもをスペインが蹴散らし、いまはスペイン領だが、我々は魂まで売り渡したわけではない!』

『おおー!』

「あのー、盛り上がってるとこ悪いんだけど、ちゃんと説明してくんない?」

 あー、暑苦しい。
 鳩〈ども〉の暑苦しい説明を要約するとこういうこと。

 ここはどうやらイタリア南部の都市、ナポリの郊外。しかも、スマホも自動車も、自転車すら発明されるずうっと前の昔。さらには、どうも史実のナポリとはビミョーに違うみたい。その証拠に、なぜか日本語が通じる。
 この鳩たちは元々人間で、七人の兄弟。
 男ばっかり七人だから、お母さんに八人目の子どもができたときに、男の子だったらペンとインク壷を、女の子だったらスプーンと糸巻き棒を窓辺に置くように頼んで、兄弟は丘の上に。生まれたこどもが男の子だったら、旅に出るつもりだったんだって。

 で、生まれたのは女の子。

 だったのに、慌てた産婆さんが間違えてペンとインク壷を置いちゃったから、兄弟は男の子が生まれたと思って旅に出ちゃった。
 兄弟は旅先で盲目の人喰い鬼に出会って、その召使になって働くことに。無理矢理働かせられたんじゃなくて、自分たちから喜んで働いたんだって。
 ところが、この人喰い鬼、大の女嫌い、ミソジニー。なんでもむかし女にひどい目にあわされたとかで、逆恨みしてたみたい。

 で、そこにひょっこりと成長した妹が訪ねてきたから、さあ大変。
 兄弟はその子をこっそりかくまってたけど、鬼にバレちゃったもんだから、目が見えないのをいいことに、だまして殺して埋めちゃった!

「犯罪じゃん!」

『違う、正当防衛だ!』

「ああ、なんてこと! 犯罪者に目をつけられるなんて!」

 とにかく、妹さんは無事助かったんだけど、そのとき通りかかった巡礼の老人がケガをしていたから、優しいその子は鬼を埋めたあたりに生えていたローズマリーで手当てをしてあげた。
 すると、殺された鬼の呪いで、七人の兄弟は全員鳩に変えられてしまった、ということらしい。

「はっきり言うけど、自業自得だよね」

『ジゴージトク? オー、ニホンゴムズカシイネ……』

「いや、バリバリ日本語話してるやん」

 ふう、鳩〈ども〉からこれだけ聞き出すのに一時間もかかった。

「で、妹さんは?」

『我らを元に戻す手立てを尋ねるために、〈時の母〉を探しに出た』

『タカに食べられたりしたらいけないから』

『外に出るなと言い置いたまま』

『待てど暮らせど帰らず』

『しからば呼んで』

『答えた娘を』

『ずずいっと引き寄せれば』

「──わたしがここに来た?」

 鳩〈ども〉がいっせいにわたしの顔を見る。

『ご明察!』

「『ご明察!』じゃない!」

 わたしが叫ぶと、鳩〈ども〉はいっせいに身震いした。

「……その、妹さんの名前って、もしかして……」

『チアンナ!』

「あー、やっぱりー」

 まじか。完っ全に人違いじゃん。こんな異世界召喚ってありか。

『チアンナ! はやく僕らを元に戻してくれ!』

「その前にわたしを元の世界に戻せ」

『知らん』

 この鳩〈ども〉!
 わたしが怒って捕まえようとすると、鳩〈ども〉は首をひょいひょいと前後に動かして逃げる。バカにされてる気がしてムカつく。ぱっと飛びつこうとすると羽ばたいて逃げられて、なかなか捕まえられない。

『何をする、チアンナ! 僕らをロースト鳩や鳩スープにする気か!』

「う~~~~」

 悔しい。

『そうだ、お前を元の世界に戻す方法も、〈時の母〉なら知っているかもしれん』

 なるほど、呪いを解く方法を知ってるなら、元の世界に戻る方法も知ってるかも。
 なんか鳩〈ども〉の言いなりになるのはシャクだけど、ほかに手立てもなさそうだし。

「わかった。しょうがないけど協力する」

 わたしはしぶしぶ答えた。
 鳩〈ども〉は翼をばたつかかせて喜んでる。

「あのさあ、せめて自己紹介ぐらいしてよ」

 わたしは腕を組んで鳩〈ども〉を見下ろした。

『よかろう。長兄、ジャングラーツィオ』

『次兄、チェケティエッロ』

『三兄、パスカーレ』

『四兄、ヌッチオ』

『五兄、ポーネ』

『六兄、ペズィッロ』

『七兄、カルヴェッキア』

『さあ、チアンナ。いざ旅立たん!』

 最後に兄弟が声を合わせて叫んだ。

「覚えれるか!」

 わたしも叫び返した。ねえ、ちほちゃん、わたしちゃんと帰れるかなあ?

第二話 川渕安奈の懊悩

「えっと、ジャングラーツィオ、チェケラッチョ……」

『違う! チェケティエッロ!』

 鳩〈ども〉に怒鳴られてわたしは肩をすくめた。

「似たようなもんじゃん」

『ダメ! もういっぺん最初から』

「ジャングラーツィオ、チェケティエッロ、パスカーレ、ヌッチオ、カルヴェッキア……」

『ポーネとペズィッロが抜けた!』『もう一回!』

 もー、なんでわたしがこんなに怒られなきゃいけないんだ。納得いかない。
 ジャングラーツィオ、チェケティエッロ、パスカーレ、ヌッチオ、ポーネ、ペズィッロ、カルヴェッキア。七人の兄弟……ていうか、七羽の鳩〈ども〉の名前。もうすぐ中間試験なのに、なんでな~んの役にも立たない名前を必死で覚えなきゃいけないんだろ。
 ああ、なんてかわいそうなわたし!
 いやでも、もっとかわいそうなのはこんなどうしようもない兄を七人も持った妹ちゃんか。小さな妹をたった一人で旅に出すなんて、ジョーシキ疑う。だいたい、人喰い鬼をだまして殺しちゃうなんて、鬼以上の大悪党じゃん!
 わたしはイライラしながら七羽の鳩〈ども〉を引き連れて森の中の道を歩きつづけた。

 森を抜けると、一面のぶどう畑。わー、ほんとにイタリアなんだ。

『目の前の丘を越えると、海が見える』

「海!」

 わたしは思わず駆け出した。海と聞いたらじっとしてられない!

『あ、こら。待てチアンナ!』

 鳩〈ども〉がなんか言ってるけど、わたしは構わず走った。両側のぶどう畑を渡る風が気持ちいい。

 丘のてっぺんまで、あと少し!

「ふわー!」

 思わずため息が出た。
 真っ青な空の下に、ゆるやかにカーブした海岸線、その内側に穏やかな海がひろがっている。海岸線の斜面に沿って石造りの建物がたくさん並んでる、あれがナポリの街かな。遠くの方に大きな山が見える!

「きれーい!」

 わたしは思わず大声で叫んだ。

『どうだ、チアンナ。素晴らしい眺めであろう!』

 飛んできて追いついた鳩〈ども〉が、鳩胸をさらに反らせて胸を張る。

「うん、すごい!」

 本当に、まるで絵みたいな風景。どこまでも透明な空、明るい陽光の下に白く輝く街並み、深い色をたたえた海。ちほちゃんにも見せたい!
 写真を撮ろうと思ってスマホを探したけど、そっか、カバンの中だ。ざんねん。

「ね、波打ち際まで行っていい?」

『あ、待てったら!』

 鳩〈ども〉の答えを聞くより先に、わたしは丘を駆け下りはじめた。
 スカートひらり(ひるがえ)し、亜麻色の髪の乙女になりきって♪ 優しい彼は待ってないけどね!

 斜面を降りきったら、そこは岩場になっていた。打ち寄せた波が岩に当たって小さく砕けてる。

「なんだー、砂浜じゃないのかー」

 がっかり。

『きれいなお嬢さん、何を探しているの?』

 大きくて低い声がしたと思ったら、目の前の海から出てきたのは、クジラ! 思い切り潮を噴き上げて、優しい眼でこっちを見てる。鳩が日本語でしゃべるぐらいだから、クジラに話しかけられたってもうびっくりしないぞ。

「クジラさん、この辺を小さな女の子が通りませんでしたか?」

『ああ、見たよ。〈時の母〉を探してるって言ってたなあ』

「その子! どっちに行きました?」

『海岸に沿ってまっすぐ行って、最初の川のところを陸側に曲がって最初に出会う誰かに教えてもらうように伝えたよ』

 クジラさんの声はゆっくりで、優しくて、穏やかな音楽みたい。鳩〈ども〉、ちょっとは見習え!

「ありがとう、クジラさん!」

 わたしはクジラさんに手を振った。クジラさんと話したって言ったら、ちほちゃんびっくりするかな。

『チアンナ! 勝手に走り出すな』

 あーあ、鳩〈ども〉が追いついた。せっかくいい気分だったのに!

『ところで、かわいいお嬢さん』

 あれ、クジラさんがまだ何か言いたいことがあるみたい。

『女の子にも頼んだんだが、もしも〈時の母〉に会ったら、どうしたら岩にぶつかったり砂浜に打ち上げられたりせずに泳ぎ回れるか、聞いてきてくれないかい』

「まかしといてー」

 わたしはまたクジラさんに手を振った。クジラさんはもう一度潮を大きく噴き上げると海の中に潜っていった。

「にへへ。クジラさん、かわいいお嬢さん、だって」

 わたしは思わずにやにやした。

美醜(びしゅう)の基準は、時代及び地域によって大きく異なる……って婆っちゃが言ってた』

 鳩〈ども〉の一羽が余計なことを言って、せっかくのいい気分に水を差す。

「誰、今の? ジャングラーツィオ?」

 わたしは低い声で訊いた。

『違う、僕ではない』

『今のはパスカーレだよ』

 そう言われても、鳩〈ども〉は七羽全部同じに見える。しかも、そろいもそろって性格が悪い。こいつら、元はどんな姿だったんだろ?
……と思って浮かんだのは、数学の近藤伊佐見(いさみ)、四十九歳バツイチ独身。うーん、さすがにそれはないか。でも、この鳩〈ども〉に比べれば、近藤先生の方が何倍もマシに思えるから不思議。
 たとえ元の姿が超絶カッコよかったとしても、この鳩〈ども〉だけは絶対好きにならない自信があるぞ、わたしは。

 クジラさんに教えてもらったとおり、海岸に沿ってまっすぐ歩いて、最初の川を曲がってしばらく行くと、色とりどりの花が咲き乱れているきれいな野原に出た。

「すごーい、緑の空にいろんな色の星がちりばめられてるみたい!」

『腹の足しにはならないけどな』

「今のは? パスカーレ?」

『違う、ペズィッロだ』

 む~~、いちいちムカつく。いや、だめだめ、落ち着きなさい川渕安奈(かわぶちあんな)。今はたった一人でさびしい旅をしてる、妹ちゃんを見つけるのが先。

『おや、鳩を七羽も連れてどこ行くの、きれいなお嬢さん?』

「わたしのこと?」

『もちろん!』

 おかしいなあ、声はするけど、どこから話しかけられてるのかわかんない。きょろきょろとまわりを見回してみたけど、誰もいないなあ。

『ここだよ、ここ! 君の足もと!』

 スカートの裾を押さえて足元を見ると、ネズミが一匹。

「わ、かわいい!」

 わたしはその場に座り込んだ。わたしが抱き上げようと手を出すと、ネズミさんは両手を上げて首を横に振る。

『おっと、僕には触らない方がいい。いろいろ雑菌だらけだから。病気になっちゃう』

 うーん、そうか。わたしは忠告に従って手を引っ込める。ずいぶん賢いネズミさんだな。

「あのさ、この辺を小さな女の子がたった一人で通らなかった?」

『あ、〈時の母〉を探してる子のこと?』

「知ってるの? どっちに行った?」

『向こうに大きな山が見えるだろ? あっちに行ったらもっと詳しくわかるよ』

 ネズミさんが指した方角を見ると、遠くに鋭い峰を空に突き立ててる高い山が見える。うへえー、ものすごく遠そうなんですけど。

『大丈夫! このデタラメな物語時空に、〈距離〉の概念はないから』

「なんかよくわかんないけど、ありがとう、ネズミさん!」

 なんて親切なんだろう。こいつらとは大違い、と思ってわたしはまわりで土をほじくり返してる鳩〈ども〉を見た。

『そうだ、ついでと言ったらなんだけど、どうしたら僕らネズミがネコの暴力から逃れることができるか、〈時の母〉に会ったら訊いてくれるかな?』

 ネズミさんはヒゲをひくひくさせながらしゃべるのがかわいい。

「合点承知! まかしといて!」

 わたしは右手でガッツポーズ。

『じゃあ気をつけてね、きれいなお嬢さん!』

 わたしはネズミさんに投げキッスを送った。えへへ、お世辞とわかっててもきれいなんて言われると嬉しいぞ。なんかいい人ばっかだなあ、七羽の鳩〈ども〉を除いて。

 野原を離れて山へ向けて出発。七羽の鳩〈ども〉もわたしのあとをついてくる。

『よく見ると、なかなかソソる腰つきしてるじゃないか、チアンナ』

「あー、重大なセクハラ発言! 許せない! 誰だ、今のは!」

 わたしが七羽の鳩〈ども〉をにらむと、鳩〈ども〉はみんな目をそらす。

「ペズィッロ!」

『違う、僕じゃないって!』

 わたしが叫ぶと一羽が慌てて片方の翼を前で横に振って否定する。

「パスカーレ!」

『ち……違うよ!』

「ジャングラーツィオ!」

『違う違う!』

「じゃあ誰!」

 みんな目を合わせようとしない。

『きっとポーネだ!』

『なるほどポーネ』『それはポーネ』

『ポーネ』『ポーネ』『マスカルポーネ』

 誰かがポーネの名を挙げると他の鳩〈ども〉も同調する。
 一羽だけ震えてるから、こいつがポーネか。このセクハラ下衆野郎(ゲスヤロー)が!

「今度こんなこと言ったら、羽根をむしって置いてくからね!」

 わたしがそう言うと、鳩〈ども〉はみんな震えあがって目をちかちかさせた。
 なんだかわたし、だんだん殺伐としてきてるような気がする……。ちゃんと戻れても、ちほちゃんと友達でいれるかなあ。不安になってきた。

第三話 川渕安奈の熟考

「はあ~、遠いなあ……」

 わたしはこれで何度目かのため息をついた。
 ネズミさんに教えてもらった山の方角に向かってずっと歩いてるけど、ぜんっぜん近づく気配がない。それに、よく考えてみるともう何時間も歩いたはずなのに、太陽はまださんさんと照っていて、夕方になる気配もない。

「ねー、せっかく異世界に召喚されたんだからさあ、魔法とかで一気にずばーっと行けないのかなあ?」

『ラノベじゃあるまいし、そんなことできるわけないだろ、チアンナ』

「だって遠すぎるもん、もうくたびれたよぉ」

 いまのはジャングラーツィオだな。長男だからっていっつも偉そうな口をきくけど、いまのわたしには言い返す元気もない。七羽の鳩〈ども〉はわたしが弱音を吐いてもなぐさめひとつ言わないんだから腹が立つ。おまえら絶対モテないだろっ。
 はー、ちほちゃん、いつになったらわたしは元の世界に戻れるんだろ。もしかしたら、もう会えないのかな。そんなの絶対ヤだな。でも、どうしたらいいかわかんないし。
 うー、泣きたくなるよぉ。

「もうダメ。ちょっと休憩」

 わたしは道端の石に座り込んだ。

『なんだ、だらしないやつめ!』

 しょっちゅう怒ってばかりのヌッチオが憎まれ口を言うけど、わたしは無視して石の上で背伸びした。
 周りは明るい林になっていて、道のずうっと先にぜんぜん近づかない山の峰が見える。お日さまは相変わらずはるか上の方にあって、雲ひとつない、いいお天気。どこかでヒバリが鳴いてるのが聞こえる。

 さすがにこれだけ一緒にいると、だんだんと鳩〈ども〉の性格がわかってきたぞ。

 長兄のジャングラーツィオは高慢ちき。
 次兄のチェケティエッロは金の亡者。
 三兄のパスカーレは嫌味ばっかり。
 四兄のヌッチオは怒りっぽい。
 五兄のポーネはエロガッパ。
 六兄のペズィッロは食いしん坊。
 そして七兄のカルヴェッキアは怠け者。

 まったく、そろいもそろってクズばっか! 〈いやがら戦隊・ハラスメンツ〉だよ、この七人……じゃないや七羽。

『おや、あんた誰だい? この辺じゃ見かけない子だね』

 また声がした。さっきのネズミさんのこともあるからわたしは注意深くまわりを見回してみた。上、でもないし……左? 違うなあ、右……には鳩〈ども〉しかいないし。残るは、下!
 アリの行列だ! まさか、アリもしゃべるの?
 行列を外れて一匹だけわたしを見上げてる。ちほちゃーん、もうなんでもありだよ、この世界。

「あの、ここを小さな女の子が通りませんでしたか? 〈時の母〉を探してひとりで旅してるはずなんですけど」

『ああ、ここを通って行ったよ! あたしらに〈時の母〉はどこにいるか聞いてきたから、ずうっと行くと山の向こうは広い平地になってるから、そこで先のことを聞いてごらん、って教えてやったのさ』

 アリさんはちゃきちゃきの姐さんって感じの声。

「わたしね、あの鳩〈ども〉に呼ばれて、違う世界から来たんですよ」

 わたしは誰かに聞いてほしかったから、アリさんにこれまでのことをぜんぶ話した。

『へえ、あんたも苦労するねえ。まったく、男なんてロクなもんじゃない!』

 あー、ここに来てからのうっぷんがすうっと晴れてく! すっきり!

「ですよねー! でも、もっとかわいそうなのは鳩〈ども〉の妹ちゃん。たった一人で旅してるんだから」

『大丈夫、きっともう少しで会えるさ。あんたは賢いみたいだし、きっとうまくやれるよ!』

「えへへ、そうですかね?」

 よく考えてみたら小さなアリに敬語を使ってる状況って不思議だけど、アリの姐さんは堂々としてるから、やっぱり変じゃないと思う。

『そうだ、〈時の母〉に会ったらさ、あたしらアリが長生きするにはどうすればいいか、聞いてきてもらえないかい?』

「お安い御用! グチを聞いてもらったお礼だもん!」

『いい子だねぇ! あんな鳩になんか、負けるんじゃないよ!』

「はい!」

 なんか一気に元気になったぞ。そうだ、あんな鳩〈ども〉に負けてたまるか! 川渕安奈(かわぶちあんな)、がんばります!
 ぱっと立ち上がってみると、体も軽い気がする。

「さあ! 行くよ、みんな!」

『えー、だりーよ。もうちょっと休んでいこうぜ』

 でたなー、怠け者カルヴェッキア。

「だったら一人でここにいれば? でも、向こうの茂みにはキツネがいるかも。あ、あっちにはタカもいるかもしれないね!」

『行く! 今行く! すぐ行く!』

 カルヴェッキアは慌てて翼をばたばたさせてる。ふふーん、チョロいチョロい♪


 あんなに遠くに思えた山だけど、なんだかあっという間に越えちゃって、アリさんの言ってたとおり、広い平地になってた。ずうっと向こうに、木が一本だけ立ってる。わー、また結構遠そうだなあ。
……そういえば、ネズミさんが「このデタラメな物語時空に〈距離〉の概念はない」って言ってたけど、あれってどういう意味なのかな?
 遠くに見えるだけで、案外近いってことなのかも。
 あれ?
 そんなことを考えてるうちにいつの間にか木のすぐそばに来てる!

『やあ、鳩を連れたかわいいお嬢さん。そんなに急いでどこに行くのかね?』

 また誰かに話しかけられた。今度はなんだろ?

『わしはカシの木じゃ。もう何百年もここに立っとる』

 わ、今度は植物か。さすがに絵本みたいに顔があるわけじゃないけど、優しそうなおじいさんの声。

「こんにちは、カシの木さん。〈時の母〉を探して旅をしてる、小さな女の子に会いませんでしたか?」

『おお、ついさっき通りがかったところじゃ。……といっても、わしの時間の感覚とおまえさんがたの感覚は違うからのう』

「いいえ。どっちに行ったかわかりますか?」

『もっと遠く向こうに、雲にてっぺんが隠れた高い山が見えるかね? 〈時の母〉はそこにおる。女の子もそこを目指しているはずじゃよ』

 えー、あんな高い山に! 妹ちゃん大丈夫かな? なんか心配になってきたよ。

『お嬢さんは優しいのう。わしはここから動くことはできぬが、長いこと生きてきたから、いろんな人間を見た。さっきの女の子も、優しい子じゃ』

「へえ、見ただけでわかるの」

『人間の本質というものはな、どれだけ隠そうとしても、必ず表に出てくるものなんじゃ。本人は取りつくろってうまくごまかしてるつもりでも、どこかにほころびが出るもんじゃよ』

「じゃあ、あの鳩も?」

 わたしは近くの地面をうろうろしてドングリをせっせとついばんでいる鳩〈ども〉を指した。

『あれは、元は人間じゃろう。しかもだいぶ根性曲がりの』

「ぷっ」

 わたしは思わず吹き出した。

「大正解! すごいなあ、カシの木さん」

『なに、長く生きてるだけじゃよ』

 カシの木さんは枝をゆすって笑う。顔はないけど、すごく優しい笑顔が心に浮かぶ。
 なんか、もっとカシの木さんと話がしたい。

「ねえカシの木さん、ずっと〈時の母〉を探してここまで来たけど、そもそも〈時の母〉ってなんなのかな?」

 カシの木さんは(こずえ)をざわざわさせて、ちょっと考えたみたいだった。

『お嬢さんは、〈時〉について考えてみたことがあるかね?』

「そういえば……よくわかんないな」

『人間の世界には、時間を測る道具があるじゃろう。あれはとんだ誤解の元じゃ。〈時〉は誰でも同じように感じるものではないからな。〈時〉には本来、〈始まり〉も〈終わり〉もない。始まりと終わりがあるのは、〈いのち〉なんじゃ』

「うーん、なんか難しいな……」

 カシの木さんはわたしが考え込んでるのを見て笑った。

『はは、難しく考えることはない。友達と楽しく遊んでいるときの時間は早く過ぎるじゃろう。逆に、いやなことをやっているときは時間がなかなか進まん』

「うん、確かに」

 わたしは、ちほちゃんの顔と数学の近藤先生の顔を思い浮かべた。

『さっき、わしの時間の感覚とおまえさんがたの感覚は違うと言ったが、それも同じことじゃよ。〈いのち〉の始まりと終わりの間の長さが違うからじゃ』

「クジラの時間、ネズミの時間、アリの時間、カシの木の時間、みんな違うってこと?」

『そのとおり。じゃが、みんなに共通していることもあるぞ』

「えー、なんだろ? わかんないなあ」

 カシの木さんは考え込んでるわたしを見て微笑してるようだった。

『──みな、いつか死を迎える』

 カシの木さんの落ち着いた声がわたしの体を貫いて、背中をひやりと冷たいものが走った。

 死──

『〈終わり〉があるから、〈始まり〉もある。わしら生き物の〈さだめ〉じゃ』

 カシの木さんはゆっくりと続けた。
 考えてもみなかった。
 わたしも、ちほちゃんも、近藤先生も、あの憎たらしい鳩〈ども〉も、みんなみんな、いつかは死ぬ──

「──じゃあ、さ。

 みんなみんないつか死んじゃうならさ。

──何のために生きてるの? 死ぬために生きてるの、わたしたち?

 そんなのバカみたい!」

 わたしは半分涙声になってた。
 だって、それじゃ生きてる意味なんてないじゃない!

『意味のないものが、なくてもよいはずのものが、今、確かにここにある──そのことは、ものすごい奇跡だ、とも言えんかね?』

 カシの木さんはゆっくりとわたしに告げた。

 はっと思って、わたしはカシの木さんの梢を見上げた。
 カシの木さんの葉っぱの間から木漏れ日が注いでいる。あたたかな太陽の光。枝を揺らして通り過ぎていく風、梢で遊んでいる小鳥たちのさえずり。どれも、なくてもよかったはずなのに、今、確かにわたしのまえにある。

『そら、この世界の秘密、そろそろ見えてきたじゃろう』

 カシの木さんは愉快そうに笑った。

『〈時の母〉の正体は、〈死〉じゃ。だが、恐れることはない。正体さえわかっておれば、あとはまっすぐに向き合えばよい。お嬢さんは賢い。〈時の母〉にも、決して負けやせんよ』

「わかった!」

 わたしはしっかりとうなずいた。
 そうか、よーし負けるもんか! だんだんとやる気がわいてきた。

『その意気じゃ。このインチキな物語時空は、お嬢さんを中心に組み立てられとるからの。お嬢さん次第でいくらでも変わる』

「え、それどういう意味?」

『わしを見つけたとき、遠くに見えたじゃろ。しかし、すぐにわしのところに着いた』

「そう!〈案外近いかも〉って思ったら、もうここに来てた!」

 さっき不思議だったこと。カシの木さんはすごく遠くに見えたのに。

『つまり、お嬢さんが見たこと、感じたことが、そのまま世界になっておるということじゃ。例えば、遠くに見えても、〈近い〉と思えばそうなる。もっと言えば、感じることさえできればほんの一歩で着くじゃろう』

「じゃあ、今から向かうあの山も……」

『ふふ、お嬢さん次第じゃな』

 カシの木さんはそう言って笑う。
 そうか、ネズミさんが言ってた〈距離〉の概念はないってそういうことなんだ。ということは、わたしの心次第で目的の場所までひとっとび!

「ありがとう、カシの木さん!」

『気をつけてな、お嬢さん』

「あ、鳩〈ども〉ここに置いて行ってもいい? ジャマばっかするんだもん、あいつら」

『ああ、構わんよ』

「じゃあ、よろしく!」

 そう言うと、わたしは目を閉じた。
 あの山へ。妹ちゃんのところへ。行くよ!

第四話 川渕安奈の跳躍

 閉じたまぶたに感じていた木漏れ日や、(こずえ)のざわめきの音がすっと遠ざかった。
 同時に、それまで確かにあった地面の感触が消えた。
 真っ暗で、何も聞こえないし、踏んばろうとしてもどこにも支えがない。わたしは思わず身を固くする。
 上も下もわからない。

 こわい。

 でも、ここで目を開けちゃダメ。
 妹ちゃんのところに着くまでは。

 まず、耳を澄まして。何が聞こえる?
 小川のせせらぎ……それに、小鳥のさえずる声も!
 よし、次は空気。高い山のふもと、平地よりもちょっとひんやりしてるみたい。
 他には?
 木々の葉っぱの匂い。あ、お花の匂いもする。
 地面は、ちょっとふかふかしてるかな?
 まぶたの裏に、さっきよりも弱々しい光が感じられる。

「天にまします我らが父よ──」

 女の子の声。

 よし、着地!
 おそるおそる目を開ける。

「どうかこの者に、とことわの安らかな眠りを授けたまえ──アーメン」

 こちらに背を向けてひざまずいた女の子は、十字を切ってから両手を組んでお祈りをした。その前には、木の枝で組んだ十字架。

 お墓だ──

 女の子は粗末な褐色のスカートの上に肩掛けを着け、大きなカバンを提げている。
 考えてみたら、この世界に来て初めて見る〈人間〉だあ!

「チアンナちゃん?」

 わたしはそっと声をかけた。
 女の子が立ち上がって振り返る。三つ編みにした赤毛のおさげ。素朴な感じの子。大きな茶色の目が不思議そうにわたしを見ている。一〇歳ぐらいかな。

「……はい」

「やったー! 大成功!」

 わたしは思わず右手を上げてジャンプ!

「あの、おねえさんは?」

「わたしは川渕安奈(かわぶちあんな)! あなたのお兄さんたちに呼ばれてここに来たんだよ!」

 チアンナちゃんは目を白黒させてる。無理もないか、制服の女子高生なんてはじめて見るんだろうし。

「それより、そのお墓は?」

「わたしが今お(とむら)いしました。巡礼のおじいさんのお墓です」

 お墓の前には、小さな花束がお供えしてある。さっきのお花の匂いは、この花束の匂いだったんだ。

「〈時の母〉に会ったらどうすればいいのか、わたしに全部教えてくれた後に、ぼろぼろに崩れて亡くなってしまいました」

 そうだったんだ……
 さっきカシの木さんと話したことがよみがえる。
〈終わり〉があるから、〈始まり〉もある。わたしたち〈いのち〉のさだめ──

「ねえ、お墓ひとりで作ったの?」

 チアンナちゃんはこくりとうなずいた。

「えらいなあ。ねえ、わたしもお祈りさせてもらっていいかな?」

「はい」

 わたしはお墓の十字架の前でひざまずいた。お祈りのしかたはよくわからないけど、両手を合わせて目を閉じ、チアンナちゃんに大事なことを教えてくれてありがとう、と心の中でお礼を言った。
 小川のせせらぎの音がずっと続いてる。こんな静かなところなら、きっと落ち着いて眠れるんじゃないかな。

「──ありがとうございます。見ず知らずの方のために、心から(いた)んでくださって」

 わたしの左側に立っていたチアンナちゃんが言った。
 その言葉に、わたしは涙があふれてきた。悲しい涙じゃない、あったかい涙。
 わたしは思わずチアンナちゃんをぎゅっと抱きしめた。

「おねえさん?」

「ねえ、ちょっとの間だけ、こうしててもいい?」

「はい」

 心の奥がきゅっとなって、全身にじんわりと小さな波が広がっていく。チアンナちゃんのあったかさが、わたしにも伝わる。
 こんな涙は、はじめて。

 チアンナちゃんとわたしは、小川の岸辺にできた陽だまりに並んで座って、それぞれの話をした。
 チアンナちゃんは、旅に出てからこれまでのこと。
 わたしは、人違いで鳩〈ども〉に召喚されてから、ここに来るまでのこと。それから、わたしの〈魔法〉のことも!
 ここで亡くなった巡礼のおじいさんは、チアンナちゃんがケガの手当てをしてあげたおじいさんだった。

「でも、そのせいで兄さんたちが鳩になるなんて、思ってもみなくて……」

「チアンナちゃんのせいじゃないよ! そもそも鬼をだまし討ちで殺しちゃったお兄さんたちの方が、鬼なんかよりもよっぽど悪党だと思うぞ、わたしは」

 わたしは腕を組んでぷんすか憤慨(ふんがい)した。

「でも、わたしにとってはやっぱり兄ですから」

 そっか、あんなんでも身内は身内だもんなあ。

 それから、巡礼のおじいさんが教えてくれた注意事項。

〈時〉の家はぼろぼろの廃墟で、〈時〉が出かけたタイミングを見計らって忍び込むこと。
〈時の母〉は老婆の姿をしていて、時計の上に座っていること。
 家に入ったら、真っ先にその時計のおもりを外すこと。
 そのうえで、〈時の母〉に望みをかなえるように頼むこと。
〈時の母〉の誓いはうっかり信じてしまわないこと。
 息子である〈時〉の翼にかけて誓った時だけ信用すること。

「ふーん、なんか偏屈そうなおばあさんだね」

「でも、〈時の母〉に会わないと、みんなのお願いごとがかなえられません」

「そうだね。わたしたちのことだけじゃないもんね」

 よし、女は度胸! 川渕安奈、跳びます!
 わたしは立ち上がった。

「よし、行こう! チアンナちゃん」

「はい!」

 チアンナちゃんも立ち上がって元気よく返事をする。
 本当にいい子! なんであんなクズばっかりの鳩〈ども〉の妹がこんなにいい子なんだろ。

「じゃあ、あの山のてっぺんに。チアンナちゃん、わたしと手をつないで」

「はい」

 チアンナちゃんがわたしの左手をぎゅっと握る。

「こわい?」

「おねえさんが一緒だからこわくないです」

 チアンナちゃんはわたしを見上げて笑った。

「ふふ。実はね、わたしはちょっとこわい」

「えー!」

「跳ぶのはまだ二回目で、二人で跳ぶのも初めてだし。でも、チアンナちゃんとなら、きっとうまくいく」

 わたしはすっと息を深く吸った。絶対に大丈夫。わたしならできる!

「さあ、目を閉じて。こわくなっても途中で目を開けちゃだめだよ」

「はい!」

 チアンナちゃんは元気よく答えて目を閉じた。わたしも目を閉じる。
 さあ、山の頂上へ。

 さっきと同じように小川のせせらぎや小鳥のさえずる声がすっと遠ざかり、足元の地面の感覚がふっと消えた。
 チアンナちゃんが手を握る力を強めた。大丈夫、すぐに着くからね。

 さあ、まずは音。耳を澄まして。
 吹き抜ける風の音。草が揺れてる。けっこう風は強いな。木は生えてないみたい。
 次は空気。山の頂上だから、空気は冷たい。風も吹いてるから、身を切るような寒さ。
 匂いは? ……んー、なんかほこりっぽいな。
 地面は固くて、ちょっとごつごつしてる。
 あ、時計の音! 来た!

 よし、着地!

 足の裏が体の重みを受け止める。
 ゆっくりと目を開けてみると、目の前には折れた円柱と、台座だけを残して崩れてしまった石の彫像。

「着いたよ、チアンナちゃん」

 わたしは優しく声をかけた。チアンナちゃんがおそるおそる目を開ける。

「ほわああ、ほんとに着いた!」

 これまで気丈にふるまってたチアンナちゃんが、初めてこどもらしい顔を見せた。ふふ、かわいいなあ。

「さ、すぐに隠れなきゃ!」

 うー、寒い! この寒さでナマ足はちょっとつらいなあ。風で制服のスカートが大きくはためく。
 幸い、風が当たらなくて門のところを見張っていられる場所をチアンナちゃんが見つけてくれたけど、それでも寒くて鳥肌だらけ!

 ちょっと待ってたら、空からものすごい速さで何かがこっちに向かってくるのが見えた。
 わたしはチアンナちゃんと顔を見合わせた。
 それは、大きな音を立てて門のところに着地! あたりのがれきが飛び散って、もうもうと砂煙が立ってる。
 長いひげを地面に垂らして、たくさんの札を下げたマントを着た老人。その背中には、背丈よりも大きな白い翼!

「──天使様?」

「違う、きっとあれが〈時〉なんだよ!」

〈時〉はせかせかと門を入ったと思ったらまたすぐに出てきて、大きな翼を広げるとものすごい速さで空の彼方に飛んでいってすぐに見えなくなった。

「さ、急がなきゃ!」

 早く時計のおもりを取り上げないと、〈時〉が戻ってきたときに食べられちゃう!

〈時〉が飛び立った時に残した砂煙がまだ残っている門を目指して、わたしたちは走った。
 建物の入り口の上には、自分の尾を噛んでいる蛇と、立派な角を生やした牡鹿、それから不死鳥の紋章が、崩れないで残っていた。チアンナちゃんが聞いてたとおり!

 中に入ると、色々なものが雑然と散らかってる。
 やすり、のこぎり、大鎌、大きなはさみ、それから灰が入った大なべがたくさん。巡礼のおじいさんの話では、この大なべの灰は大昔に滅んでしまった都市の灰なんだって。なべの一つ一つにラベルが貼ってあって、都市の名前が記されてるっていうけど、そんなの見てる場合じゃない。急がないと。
 時計!
 時計はどこ?!

「おねえさん、あれ!」

 チアンナちゃんが建物の一番奥を指さした。

「あった!」

 高さ五メートルはありそうな大きな大きな柱時計。規則正しく時を刻む音がする。
 文字盤から鎖でおもりが下がっている。全部で三つ。
 文字盤の上に、おばあさんが横になっていた。

「あれが、〈時の母〉!」

 背中は曲がり、顔はしわだらけ。巡礼のおじいさんの話によれば、まぶたも目に垂れ下がってしまっているから、目もよく見えないはず。
 時計に向かって全力ダッシュ!
 とにかく急いで時計のおもりを取り上げなきゃ!

『なんじゃ、騒々しいな。ネズミか?』

 時計の上からしゃがれ声がする。マズい、気づかれたかも!
 ええいままよ!
 わたしはまずは一番下に下がっているおもりを外しにかかった。うわ、なにこれ。けっこう重い!
 チアンナちゃんが追いついたから二つ目を任せて、わたしは一番高くに下がっていた三つ目に手を伸ばす。

『あー、誰だおまえたちは! 勝手に入ってきおって!』

〈時の母〉が金切り声を上げる。
 でも同時に、わたしは三つ目のおもりを鎖から外すことに成功!
 やった! これでもう〈時〉は動けなくなった。
 わたしはチアンナちゃんとハイタッチ。イエーイ!

『息子や、息子や、早く帰っておいで! 泥棒じゃ泥棒じゃ!』

「騒いでもムダムダ。だっておもりは全部わたしたちが取り上げちゃったからね!」

『きー! なんてことじゃ!』

〈時の母〉はぎりぎり歯ぎしりして悔しがってる。
 でも、まだこれで終わりじゃない。ここからがほんとの勝負だよ!

第五話 川渕安奈の試練

〈時の母〉は、時計の上から細い腕をにゅうっと伸ばしてきた。

『……それをよこしなさい、いい子だから。わたしの息子の道を、(はば)むでない』

 わたしとチアンナちゃんは時計のおもりを背中に回して、必死で隠した。

「これを返してほしかったら、わたしたちの質問に答えて!」

 わたしは時計の上から顔をのぞかせている〈時の母〉に向けて叫んだ。

『〈時〉を止めるなんて、そんなことは今まで生きている人間の誰ひとりとして、できたためしはないんじゃよ……そら、いい子だからそれを返しなさい』

〈時の母〉は、言葉巧みにわたしたちを言いくるめようとしてくる。

「おねえさん、こわい……」

「大丈夫、任せて!」

 チアンナちゃんがわたしの左手をぎゅっと握りしめる。

『ほら、それを返すんだよ。そうしたら神様がお前たちをお守りくださるだろう。すべてのものを(むしば)む、〈時〉の腐食力にかけて、お前たちの悪いようにはしないと約束しよう』

 神様を持ち出して来るか、この卑怯者め。チアンナちゃんがまじめな子だと知っててこんなことを言ってきたな。

「そんなこと言ってもダメ。そんなに大事なものなら、もうちょっとマシな条件出してよ!」

 わたしはチアンナちゃんの手をしっかりと握り返しながら言い返した。正直足は震えてるけど、がんばれ、川渕安奈(かわぶちあんな)! チアンナちゃんを守らなきゃ!

『ふーむ、小賢(こざか)しい小娘だねえ。……なら、これでどうだ。生きとし生けるものすべてを()むこの歯にかけて、お前たちの知りたいことを教えてやろう』

〈時の母〉はそう言うと、口を開けて歯を指さした。しわくちゃなおばあちゃんだけど、歯は一本も抜けてない。

 巡礼のおじいさんの遺言。

──息子である〈時〉の翼にかけて誓った時だけ信用すること。

 まだ、〈時の母〉は信用できない。うっかり信用するときっと食べられちゃう。
 亡くなった巡礼のおじいさんのためにも、みんなのためにも、ここで負けてたまるか!
 お願い! カシの木さん、わたしに力を貸して!

「──わたしは、あなたの本当の名前を知ってます」

『なんじゃと?』

 わたしは深く息を吸った。カシの木さんの梢から差す木漏れ日を思い浮かべる。

「あなたは〈時の母〉にして、その正体は、〈死〉」

〈時の母〉はぎくりとたじろいだ。しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、何か言おうともごもごしてるけど、言葉が出てこない。
 わたしはかまわず続けた。

「この世界は無限。始まりも終わりもない。でも、わたしたち生き物は、生まれて、そして死んでいく。始まりがあって、終わりがある。その間に〈時〉が生じる。だから、〈死〉によって〈時〉は生まれる──」

 うそ、なんだか自分の言葉じゃないみたい。
 そうか、カシの木さんだ。カシの木さんが助けてくれた!

『──おまえさん、どうしてそれを……』

「ここに来るときに、カシの木さんに教えてもらいました」

『そうか──』

〈時の母〉は、文字盤の上から伸ばしていた手を引っ込めた。

『そこまで知っているのならばしようがない。我が息子、すべてのものの上に等しく羽ばたく、あの〈時〉の翼にかけて誓おう。おまえたちの望みはすべて叶えよう。おまえたちには想像もできぬほどの喜びを与えてやる』

〈時の母〉は両手を横に広げて、声も高らかに宣言した。

「やった!」

 わたしはチアンナちゃんと顔を見合わせて笑った。

「ありがとうございます!」

 チアンナちゃんがぱっと下に降りて〈時の母〉にお礼を言った。

『さあ、尋ねたいことを言いなさい。何でも聞いてやろう』

「はい!」

 チアンナちゃんは元気よく返事をすると、〈時の母〉にひとつずつ質問をした。

 クジラが海で迷子にならずに泳ぐ方法。
 ネズミがネコに怯えないで暮らす方法。
 アリがもっと長生きするための方法。
 カシの木が枯れないでもっと枝を伸ばすための方法。

「あれ、カシの木さんわたしには何も頼まなかったよ」

「きっと信じてたんです、おねえさんがわたしと出会うことを」

 なるほど。
 それから、七羽の鳩にされた兄たちが人間の姿に戻るための方法。

「あと、わたしが元の世界に戻る方法も!」

 忘れちゃいけない、ここで聞いとかないと全部がムダになっちゃう!

『なんじゃ、それだけか。なんとも欲が無いのう』

〈時の母〉は、しわだらけの顔をくしゃくしゃにして笑った。

『答えはわたしが〈時〉に尋ねてやろう。おまえさんたちはそこの扉の陰に隠れていなさい』

〈時の母〉は細い指で傾きかけた扉を指さした。

『息子はとにかく一か所に留まっているということがないからな、戻ってきたと思っても、またすぐに出ていってしまう。じゃが、〈時〉がおる間はじっとしておきなさい。見つかったら、〈時〉に喰われてしまうぞ』

 わたしとチアンナちゃんは顔を見合わせて首をすくめた。
〈時の母〉はどっこいしょ、と言いながら柱時計の上に座り直した。
 わたしとチアンナちゃんは時計のおもりを元に戻して、扉の陰に隠れた。

 小さいときのかくれんぼの気分。見つからないように息を殺しながら、でもちょっとどきどきする。チアンナちゃんも目を輝かせてるから、きっとおんなじ気持ち。

 すぐに表でドカンという大きな音がして、あわただしく〈時〉が帰ってきた。
 わたしたちはじっと息をひそめた。

『おお、わが息子よ──』

〈時の母〉が声を掛けるのが聞こえてくる。

『母よ、皆まで言わずともよい』

 重々しいけれどもなかなかの早口で〈時〉が言う。

『クジラには、陽気にして楽しんで海ネズミと仲良くすればよいと言うてやれ。
 ネズミは、ネコに鈴をつけてネコが近づくのがわかるようにならねば安全は望めぬ。
 アリは、死ぬ間際に羽を出すのを止めればもっと長生きできよう。
 カシの木は、根元に埋まっている重いものを取り除かねば枯れる。
 鳩どもには、宝の柱の上に巣をかけるように言うてやれ。
 それから、異界から来た娘っ子だが──』

 来た! 一番かんじんなところ!

『こやつはもう戻るすべを知っておる。わしが教えてやることは何もない』

 え、それだけ?

 言い終わると、〈時〉はまたあわただしく外に出ていった。外で大きな物音がしたから、〈時〉はさっさとどこかに飛んで行っちゃったみたい。

『やれやれ、見てのとおりのせわしい息子じゃが、この世界をくまなく飛び回っておるからの。知らぬことは何もない』

〈時の母〉は腰を伸ばしながら言った。

「えー、でもわたしの質問は?」

 わたしの質問だけは答えがなかったぞ。

『言葉どおりじゃよ。おまえさんは、もう戻る方法を知っておる、ということじゃ』

 どういうことなんだろ。

「おねえさん、あの〈魔法〉じゃないかな?」

 チアンナちゃんがわたしを見上げて言った。

「あ!」

 そうか、あの〈魔法〉なら、元の世界に戻れるかも!

『さあさあ、さっさと出ていかないと、また〈時〉が戻ってくるぞ』

〈時の母〉が面倒くさそうに言う。

「うん、ありがとう! おばあさん!」

「ありがとうございました!」

 わたしとチアンナちゃんは〈時の母〉にお礼を言うと、急いで外に出た。

 うひゃあ、やっぱり寒い。
 強い風に流されて、崩れた石の柱の向こうを雲が流れていく。

「じゃあ、チアンナちゃん。跳ぶよ!」

「うん!」

 わたしはチアンナちゃんと手をつないだ。

「さ、目を閉じて」

 まずは、巡礼のおじいさんのお墓に。お礼しなきゃ。

 風を切る音が、肌を刺すような冷たい空気の感覚が、一気に遠ざかる。
 小川のせせらぎの音を探す。聞こえた!
 音を探り当てたら、他の感覚が一気に押し寄せてきた。木々の葉っぱの匂い、やわらかな地面の感触、小鳥のさえずり……そして、自分の足が大地を踏みしめる重さ。

 よし!

 目を開けると、目の前に木の十字架。お供えした花束も、まだそのまま。

「着いたよ、チアンナちゃん」

 チアンナちゃんも目を開けた。

「ふああ、やっぱりすごーい!」

 ふふ、かわいいなあ。しっかりしてるけど、やっぱりこどもなんだ。

「さ、巡礼のおじいさんにお礼をしよう」

「はい」

 チアンナちゃんとわたしは木の十字架の前でひざまずいた。
 チアンナちゃんは十字を切って両手を組んで。わたしは両手を合わせて。

 おかげで、みんなの願いをかなえることができます。ありがとうございました。

 会ったこともないけど、チアンナちゃんにとっては大事なことを教えてくれた恩人。だから、わたしにとっても大事な人。
 優しい風がまわりの木々を揺らして、ざわざわと葉ずれの音が広がった。
 なんか、巡礼さんが答えてくれたみたいな気がする。

「ちゃんと、届いたみたいですね」

 チアンナちゃんがきれいな笑顔でわたしに言った。

「そうだね」

 わたしは立ち上がってあたりを見回した。
 せせらぎの音、やわらかな木漏れ日、木々の青い匂い、小鳥のさえずり。ああ、世界はなんてきれいなんだろう!

「よし、じゃあカシの木さんのところへ行こうか。お兄さんたちもそこで待ってるよ」

「おねえさん、これを持っていきます」

 チアンナちゃんは木でできたシャベルを持っている。

「カシの木さんの根っこの重たいものをどけるのにいるでしょう?」

「そっか、でもそんなのどこにあったの?」

「巡礼さんのお墓を作るために、わたしが作りました」

 スゴイ! チアンナちゃんはたくましいなあ。

「よーし、じゃあまた跳ぶよ。もうこわくない?」

「はい、全然!」

 打てば響くように元気な返事が返ってくる。へへ、〈時の母〉の試練を一緒にくぐり抜けた、頼もしい〈戦友〉って感じだな。

「あ、そうだ」

 わたしはチアンナちゃんに言った。

「あのさ、お兄さんたちを元の姿に戻すのは、最後でもいいよね?」

 さっきから考えていたこと。
 あの鳩〈ども〉は、人間の姿に戻ってしまったらきっと好き勝手なことをして、いなくなっちゃうに違いないだろうから。

「わたしもそう思ってました。まずはみんなのお願いをかなえるのが先です!」

「さすが!」

 わたしは安心してチアンナちゃんの手を握った。
 さあ、カシの木さんの元へ!

第六話 川渕安奈の報恩

 まぶたの裏にあたたかい日差しを感じる。
 梢のそよぐ音。
 ほんの少し前のことなのに、なんだか懐かしい感じ。
 目を開けたら、ごつごつとした樹皮をまとった幹がすぐ目の前。

「カシの木さん、ただいま!」

 わたしは元気よく言った。
 その声に驚いて、鳩〈ども〉がいっせいに飛び立つ。

『おお、おかえり、お嬢さんがた』

 カシの木さんが優しい声で迎えてくれた。

「お兄さんたち!」

 チアンナちゃんが散らばった鳩〈ども〉を呼び寄せる。

『おお、チアンナ!』

『チアンナ、僕たちを元に戻す方法はわかったのか』

『はやく僕らを元に戻してくれ、チアンナ』

 ほーら、やーっぱ思ったとおり。勝手なことばっかり言って、チアンナちゃんのこと全然心配してないじゃん、こいつら。

「お兄さんたちは最後です。わたしたちは、お世話になったみなさんにご恩返しをするのが先です!」

 チアンナちゃんはきっぱりと言い切った。

「そうそう、あんたらは最後!」

『はっはっは! こりゃあ愉快だ。鳩の諸君、ここは従うしかないようじゃぞ』

 カシの木さんが枝を揺らして笑う。
 鳩〈ども〉は豆鉄砲でもくらったみたいに黙り込んじゃった。

『大丈夫かね、お嬢さんがた。疲れちゃおらんかね?』

 カシの木さんは優しく声をかけてくれる。

「ぜんぜん! むしろ元気なくらい!」

「わたしもです!」

 チアンナちゃんも元気に答える。

『ふたりでここに戻ってくることができたということは、〈時の母〉の試練も、乗り越えたということじゃな』

「もちろん! チアンナちゃんの知恵と勇気のおかげで!」

「おねえさんもです!」

 えへへ、うれしいぞ。ちほちゃんにもチアンナちゃんを紹介してあげたいなあ。

「それに、カシの木さんのおかげです。〈時の母〉の正体を教えてくれたから。こわかったけど、負けなかった。ありがとうございます!」

 わたしはカシの木さんにお礼を言った。

『なに、わしはヒントを出しただけじゃ。お嬢さんが自分でつかみ取ったものじゃよ』

 カシの木さんには顔はないけど、きっと笑顔なんだってわかる。

「さあ、カシの木さん。根っこに埋まってる重たいものをどければ枯れないですむって教えてもらったんだけど、どの辺に埋まってるのかな?」

 わたしはカシの木さんに尋ねてから地面を見回した。

『おーそうじゃな。重いものと言えば、ほれ、わしの根が地面に出ているところがあるじゃろう?』

 根が地面に出てるところ──

「カシの木さん、ここ?」

 チアンナちゃんが地面から出た根をさすっている。

『おお、そうじゃそうじゃ。何十年か前に、そのあたりに重たいものを埋められてしもうてな』

「よし、チアンナちゃん。交代で掘ってみようよ」

「うん!」

 チアンナちゃんが持ってきたシャベルがさっそく役に立つぞ。
 ふたりで交代しながら掘り進んでいくと、シャベルの先が何かかたいものに当たった。
 うーん、金属の箱のふたみたいだけど、なんだろこれ、けっこう大きそうだなあ。

「カシの木さん、何か大きな箱みたいなのが出てきた。けっこう大きいよ」

『ほうほう、そりゃあ娘さん二人じゃ掘り出すのはむずかしいな』

 どうしよう。わたしの〈魔法〉は空間を飛び越えることしかできないし。
 一瞬、鳩〈ども〉を人間に戻そうかとも考えたけど、こいつら絶対言うこと聞かないしなあ……

『それなら、先にほかのみんなの願いをかなえておあげ。わしは最後でもかまわんよ』

「でも、いいの?」

『なに、わしはここに何百年と立っとるんじゃからな、二日三日なんぞ変わりやせんよ』

 カシの木さんはゆったりと笑う。
 わたしはチアンナちゃんと顔を見合わせた。
 鳩〈ども〉はのんきにドングリをついばんだり、日向ぼっこをしたり。完っ全に他人事だ、こいつら。

「おねえさん、アリさんのところに行ってみようよ」

「うーん、それしかないか。じゃあ、カシの木さん。お言葉に甘えて、ほかのみんなのお願いをかなえて、必ず戻ってきます」

『ああ、急がんでもかまわんからな』

 そうと決まれば、善は急げ!

「じゃあ、チアンナちゃん!」

「はい!」

 わたしはチアンナちゃんの右手を握った。
 目を閉じると、アリさんのいた林の近くの風景を思い浮かべる。

『あ、チアンナたちが──』

 鳩〈ども〉の誰かがびっくりして叫ぶ声が遠ざかり、体の重さがなくなる。
 ヒバリの声。林の中の踏み固められた道。遠くには切り立った峰が見えた、あの場所。
 ふっと体の重さが戻ってくる。

 よし。

 わたしが目を開けると、思い描いた通りの場所。

「着いたよ、チアンナちゃん」

「はい」

 ふふ、だんだん跳ぶのに慣れてきたぞ。何も音がしない、体の重さもなくなる時間が短くなってきた。

「さあ、アリさんはいるかな?」

「探してみます!」

 チアンナちゃんとわたしは、しゃがみこんでアリさんを探す。
 なにしろ小さいからな、アリさんは。うっかり踏みつぶしちゃわないように、慎重に。

『おや、あんたたち!』

 あ、アリさんの声!

『ちゃんと会えたんだね! よかったよかった』

 あ、いた。向こうの茂みの手前!

「アリさん、ありがとうございました。おかげで〈時の母〉に会うことができました!」

 チアンナちゃんが地面のアリさんに向かってお礼を言う。

『お礼なんていいんだよ、照れ臭い!』

 アリさんは笑い声。でも、とってもうれしそう。

「それで、アリが長生きする方法です。死ぬ間際に羽を出すのをやめれば、もっと長生きできるって〈時〉が言ってました」

 チアンナちゃんがお願いごとの答えを伝える。

『あはは。なーんだ、そんなことか』

 アリさんが笑う。

『そんなら心配ないよ。羽を出すのはオスのアリ。あたしら働きアリは、みーんな女だからね!』

 声の最後の方は上から聞こえた。

 え?

 声の方を見ると、背の高い女の人。真っ黒な肌がつややかに光を弾いていて、大きな目が印象的。しかも、ひとりじゃない!

「──みんな!」

〈アリ〉さんが声を上げた。
 ざっと四十人ぐらいの女の人たち。それぞれ色とりどりの原色の民族衣装をまとっていて、白い歯を見せて笑ってる! みんなカッコいい!

ウオオオオ!

 みんながいっせいに声を上げた! すごい! 体の奥を揺さぶる声!
 声はそのままひとつのメロディになる。誰からともなく手拍子が始まり、足踏みが続く。言葉の意味はわからないけど、これがよろこびの歌だってすぐにわかった。
 わたしも手拍子に加わって、でたらめな言葉でメロディに乗っかる。チアンナちゃんも一緒に足踏みしながら笑顔で体を揺らしてる。

 すごい! 最高に気持ちいい!

 ひとしきり歌が終わると、〈アリ〉さんたちは互いに抱き合ったり、ハイタッチしたり。わたしたちもその渦の中でもみくちゃになった。もう笑顔が止められない!

「ありがとう、おふたりさん!」

〈アリ〉さんがチアンナちゃんとわたしに握手を求めてきた。もちろん、強く握り返す。大きな手! しっかりしてるけど、優しい手。

「あたしらはね、何十年も昔に、海を越えたずうっと南の方から、鬼に奴隷としてさらわれてきたんだ。だけど、鬼があんまりひどい扱いをするもんだから、みんなで反乱したのさ。武器なんかなんにもないから、石とか棒を持ってね。やつは魔法を使えるから、あたしらなんか簡単におさえられるって甘く見てたんだろう。あたしらの投げた石が、やつの目を潰した。そうしたらやつは怒り狂ってね。魔法を使って、あたしらをアリに変えたってわけさ」

 そうだったんだ。
 じゃあ、もしかしてチアンナちゃんのお兄さんたちが殺した鬼って……

「その盲目の鬼は、もう死にました」

 チアンナちゃんが告げると、再びみんなに歓喜のどよめきが広がった。

「自由! 自由! 自由!」

 みんなが叫ぶ。すごい!

「ああ、もうあんたたちになんてお礼を言ったらいいかわかんないよ! アリとしての生死を何百回と繰り返して、本当にもう諦めかけてたんだから!」

〈アリ〉さんは涙を流しながら両手でチアンナちゃんの手を握りしめて離さない。
 あ、そうだ。これだけたくさんの人がいれば……

「あの、みなさんにお願いしてもいいですか?」

 わたしは思いついたことをすぐに声に出した。

「〈時の母〉の試練を越えるためのアドバイスをくれたカシの木さんに、ご恩返しをしたいんです」

 わたしは、カシの木さんの根元に埋まっている重いものが取り出せないで困っていることを話した。

「なんだ、お安い御用だよ! ねえ、みんな!」

〈アリ〉さんがみんなに呼びかけると、みんな笑顔でうなずく。

「あんたたちはあたしらの恩人なんだから、あんたたちの恩人は、あたしらの恩人さ。やろう、みんな!」

「ああ!」「もちろん!」

 みんなが次々に応える。
 やったぁ! これは心強いぞ。

〈アリ〉さんたちは、林の周りで木の枝や石を集め、石を割ったり、枝にツルで縛りつけたりして、あっという間にシャベルやクワを何本もこしらえた。ツルを何本もより合わせた太い綱もある!

「さあ、準備はできたよ!」

「じゃあ、みんなで輪になって、手をつないでください」

「どうするつもりだい?」

〈アリ〉さんが不思議そうな顔で私に尋ねる。

「えへへ、〈魔法〉を使います!」

 これだけ大人数を連れて一気に跳べるかどうかわからないけど、わたしにはなんだか自信がある。
 全員が手をつないで、ひとつの大きな輪になった。
 左にチアンナちゃん。右に〈アリ〉さん。そして、ぐるっと輪になった仲間たち。

「じゃあ、みなさん目を閉じて」

 みんなが目を閉じる。

「ちょっとの間、音も光も、重さも感じなくなるから、こわいかもしれません。でも、すぐに目的地に着きますから、決して目を開けないで。いきますよ!」

 さあ、跳ぶよ!
 わたしも目を閉じる。カシの木さんのところへ。

 ヒバリのさえずりが遠ざかる。無音の暗闇から、音を探す。
 カシの木さんの梢のざわめき、七羽の鳩が鳴く声。
 あった。
 カシの木さんの樹皮の匂いもするな。よし、着地!
 あ、鳩〈ども〉がびっくりして飛び立った。
 目を開けると、カシの木さんを囲むようにみんながちゃんと着地できてる。大成功!

「着きました!」

 みんなが目を開けると、口々におどろきの声を上げている。

『いったい何が起きてるんだ!』

 ジャングラーツィオが羽をバタバタさせながらわたしに聞いてきた。

「へへーん、〈魔法〉だよ!」

 わたしは胸を張って答える。

「カシの木さん、ただいま戻りました!」

 チアンナちゃんはカシの木さんにごあいさつ。

『おお、おかえり。存外に早かったの。このご婦人がたは?』

 カシの木さんは一気に四十人もの女の人たちが出現したから、さすがにびっくりしたみたい。

「鬼の呪いで、アリに変えられていた人たちです。重いものを掘り出すのを手伝ってくれるの!」

『ほうほう、そりゃあ心強い』

〈アリ〉さんたちは、わたしたちが掘った穴の奥を確認してる。

「思ったより大きいな。みんな、早速始めようか!」

「ああ!」

〈アリ〉さんたちはすぐ作業にかかった。持ってきたシャベルやクワを使って数人ずつ交代で土を掘る。作業してる人も出番を待ってる人も大きな声で歌を歌う。待ってる人は手拍子も。わたしもチアンナちゃんも、でたらめで歌に混じる。単純なメロディで、力強いリズム。自然と体が動く。すごい、どんどん掘り進んでいく!
 木のまわりにあっという間に大きな土の山がいくつもできた。

「よーし、これで上に持ち上げられるよ! さあ、女の底力、見せてやろう!」

「おーう!」

 大きな箱の底に綱を掛けて、地上から引き上げる。木の棒をテコにして穴の中から押し出す人、地上で綱を引っぱる人。みんな汗だくだけど、気持ちのいい笑顔。わたしもチアンナちゃんと一緒になって綱を引っぱる。

「せーの!」

「よいしょーっ!」

 錆びだらけの大きな鉄の箱が、地上に引き上げられた。
 自然と歓声が上がる。

 と、思ったら!
 カシの木さんの枝が、葉っぱが、幹が、だんだんと消えていく!

 え、え、どういうこと? カシの木さんが消えちゃう!

 わたしはあわててカシの木さんの幹に駆け寄った。お願い、消えないで!
 泣きそうになりながら、消えかかったカシの木さんの幹に両腕を回す。
 だめ、消えちゃだめ!

 すると、何かがわたしを優しく受け止めた。やわらかな布の感触。わたしの背中に優しく回された手。
 顔を上げると、そこには白いひげをたくわえた、やさしそうなおじいさんの顔があった。
 隣にはチアンナちゃんもいる。チアンナちゃんもびっくりした顔でおじいさんを見上げていた。

「やれやれ、何百年ぶりに体を動かすとあちこち痛むのう」

 おじいさんが言った。

 カシの木さんの声だ!

 ああ、よかった!
 安心した途端に涙が出てくる。わたしはチアンナちゃんとふたりで、声を上げて泣いた。

「ははは、ふたりとも、泣くことはないじゃろう」

「だって……消えちゃうかと思って」

「ありがとう。お嬢さんたちのおかげで、こうして本来の姿に戻ることができたよ」

 おじいさんはそう言って、優しくわたしたちを抱きとめてくれた。

第七話 川渕安奈の一喝

 わたしたちはみんなで〈カシの木〉さんのまわりに集まって座った。

「あの鬼はな、わしの一番弟子じゃった。賢い男でな、めきめきと知識を蓄えていった」

〈カシの木〉さんは、ゆっくりと話しはじめる。
 けっこうな高齢だと思うけど、背筋はまっすぐ伸びていて、理知的な瞳、口元に豊かにたくわえられた白いひげ、そして黒いローブをゆるやかにまとっている。とっても品のある老紳士。

「だが、慢心に喰われてしまったんじゃ。わしがもっと早くそれを見抜いてやれば、やつも鬼にならずに済んだのじゃが……」

〈カシの木〉さんの声には、どこかかなしみがこもっていた。

「やつは、自分が〈賢者〉だと思い込み、それを戒めようとしたわしを、魔法でカシの木に変えてしまった。やつを止められなかったのは、師匠としてのわしの、最大の過ちじゃ。みなに迷惑を掛けてしまって申し訳ない」

「そんな、〈カシの木〉さんは悪くないです!」

 チアンナちゃんが声を上げた。

「そうそう。どう考えても鬼が一方的に悪い!」

 わたしもおんなじ考え。

「ありがとう、お嬢さんたち。だがな、人の心というものは移ろいやすい。気づかぬうちに悪に染まっていることも、世の中にはあるのだよ」

 うーん、そういうものなのかなあ。

「七羽の鳩たち、こちらにおいで」

〈カシの木〉さんは、鳩〈ども〉を呼ぶ。鳩〈ども〉は羽ばたいて〈カシの木〉さんの前に集まった。

「ジャングラーツィオ。おまえさんは少々傲慢が過ぎるようじゃな。鬼となったわしの一番弟子に、よう似ておる」

『そうでしょうか』

 ジャングラーツィオは平気で言い返した。

「そういうところじゃ。おまえはもう少し謙虚にならねばならん」

 ジャングラーツィオは首をかしげている。

「チェケティエッロ、おまえさんは金品への執着が強すぎる。執着しすぎると、いつか目的と手段を取り違えることになるじゃろう。
 パスカーレ、おまえさんは嫉妬心が強いようじゃな。皮肉ばかり言っておると本当に大事なものを逃してしまうぞ。
 ヌッチオ、おまえさんは怒りの感情に支配されやすい。何もかも破壊しつくして、何も残らぬだろう。
 それからポーネ、色欲(しきよく)に呑まれてしまうのは感心せぬ、身を滅ぼすぞ。
 ペズィッロ、大食いは悪いことではないが、ほどほどにせぬと体を壊す。
 そしてカルヴェッキア、おまえさんは何もせぬうちに生涯を終えてしまうことになるじゃろうて」

〈カシの木〉さんは七人兄弟の性格をしっかり見抜いてる! さすが!

「おまえさんがたは、罪を犯した。その罪を消すことはできぬが、これからの生涯でそれを償うことはできる」

〈カシの木〉さんはゆっくりと、かんでふくめるように話を続ける。

『それでは、僕らはこれからどうすればよいというのですか』

 ジャングラーツィオが不満そうに〈カシの木〉さんに尋ねる。こいつ、ほんっとに態度悪いな。

「ふむ。短所は実は長所でもある」

〈カシの木〉さんは何度かヒゲをなでてちょっと考えてから続けた。

「例えば、ジャングラーツィオ。おまえさんが他者への尊重の精神を身につければ、おまえさんの知識は大いに人々の役に立つじゃろう。
 チェケティエッロは、金銭を貯めこむだけでなく、適切に使えるようになれば大きな商才を発揮できる。
 パスカーレの嫉妬心は、正しい方向に向けることができれば無限の向上心となるじゃろう。
 ヌッチオの怒りは、邪悪に対して向けるなら、鋭い正義の刃となろう。
 ポーネの色欲は、ふーむ、これは難物(なんぶつ)じゃが、しかし真実の愛を知るための扉となるかもしれん。
 ペズィッロの食欲は、そうじゃな、ただ食べるばかりでなく自ら調理してふるまえば、人々を喜ばせることができるのう。
 カルヴェッキア、おまえさんは他の者とはちょっと違った価値観を持っておる。意外な視点から物事の本質をとらえることができるかもしれん」

 なーるほど、そういう風に考えることもできるんだ!〈カシの木〉さんは、やっぱりホンモノの賢者だなあ。
 鳩〈ども〉は、しきりに首をかしげている。〈カシの木〉さんの言ってることがよくわかんないのかな。

「いちばん大切なのは、〈自分のため〉ではなく、〈誰かのため〉に懸命に行動する、ということじゃ。この二人のお嬢さんのようにな」

 そう言って〈カシの木〉さんはわたしとチアンナちゃんにウインクを送った。
 わたしは、チアンナちゃんと顔を見合わせてふたりで照れ笑い。

「ところで、箱の中身なんだけどさ」

〈アリ〉さんが声を上げた。

「ここで開けてみるかい?」

 そうだ、あんな重たいもの、いったい何だろう?

『そうだ、開けてみよう』

『きっとお宝だ!』『お宝?!』

 鳩〈ども〉が騒ぎ出した。

「あーもう、うるさーい! 開けるかどうかはチアンナちゃんが決めるの!」

 鳩〈ども〉を一喝! わたしは隣のチアンナちゃんを見た。

「どうする、チアンナちゃん?」

「おねえさん、わたし、開けてみたいです」

 わたしはうなずいて、〈アリ〉さんに視線を送った。〈アリ〉さんは白い歯を見せてにっと笑う。

「じゃ、やってみよう。みんな!」

「あいよ!」

 鉄の箱は、大人ふたりでやっと抱えられるぐらいの大きさ。ちょうど小さなバスタブぐらいかな。錆びてぼろぼろになった錠前が付いている。
〈アリ〉さんが錠前を石で何度かたたくと、錠前はあっけなく壊れちゃった。

「よーし、開けるよ!」

〈アリ〉さんもなんだかワクワクした声。もちろんわたしもドキドキしてる。
 ギギギ、とちょうつがいがきしむ音がして、重いふたが開いた。

『金貨! 金貨だ!』

 金の亡者・チェケティエッロが真っ先に色めき立ってる。
 ふええ、これ全部金貨?
 箱の中は金貨がぎっしり!

「すごい……」

 チアンナちゃんも思わずため息を漏らした。

『こりゃあすごいぞ、僕ら大金持ちだ! 一生遊んで暮らせる!』

『おー、贅沢し放題!』

 チェケティエッロと、怠け者のカルヴェッキアが騒ぐ。

「このお金は──」

 チアンナちゃんが口を開いた。横顔に強い決心が見える。きっと──

「〈アリ〉さんたちが、故郷に帰るために使ってください」

 やっぱり。チアンナちゃんならきっとそうすると思ってた。

『ぎゃー、チアンナ! 何ということを!』

『おまえはバカか!』『何を考えてるんだ!』

『一生楽して暮らせるんだぞ!』

 また鳩〈ども〉が騒ぎ出した。

「えーい、黙れ鳩〈ども〉!」

 あーもう、ほんとに俗物ばっかり!

「──いいのかい、お嬢ちゃん?」

〈アリ〉さんの大きな瞳が、チアンナちゃんの瞳をじっと見つめてる。

「はい。だって、この箱を掘り出してくれたのは〈アリ〉さんたちですし」

「わたしも賛成!〈アリ〉さんたちが来てくれなかったら、わたしたちは〈カシの木〉さんを助けることもできなかったんだよ!」

 わたしも右手を上げてチアンナちゃんに賛成した。

「わしも賛成じゃな。額に汗した〈アリ〉さんたちには、これを受け取る権利がある。どうか気持ちよく受け取ってくださらんか」

〈カシの木〉さんも〈アリ〉さんにほほえんでる。

「──みんな、どう思うかい?」

「──帰ろうよ、南へ」

「海の向こうへ!」

「帰ろう!」「帰ろう!」

 みんなが口々に叫ぶ。

「──わかった。じゃあ、この金貨はありがたく使わせてもらうよ」

 みんながいっせいにどよめく。また歓喜の歌に包まれた!

 鳩〈ども〉は隅っこの方でいじけてる。ふふ、やっぱりこいつらを人に戻すのを最後にしたのは正解だったみたいだね!

第八話 川渕安奈の提案

 金貨はみんなに平等に分配された。〈アリ〉さんは、チアンナちゃんとわたし、〈カシの木〉さん、そして七羽の鳩〈ども〉も、ちゃんと一人分ずつでカウントしてくれたんだ。正当な分け前だからって。
〈アリ〉さんは、故郷に戻ったらきっと立派なリーダーになるだろうな。

 よし、次はネズミさんのところ!
 またみんなで輪になって跳ぶ。鳩〈ども〉は〈アリ〉さんたちの肩に載せて。あの緑のじゅうたん、お花が咲き乱れる野原へ!
 ふふ、はじめて跳んだ鳩〈ども〉は目をしきりにちかちかさせてる。

「ネズミさん、ネズミさん!」

 チアンナちゃんが呼びかけると、地面の穴からネズミさんがひょこっと顔を出した。

「おかげで〈時の母〉に会うことができました!」

『ほんと?! すごいね、お嬢さん!』

 ネズミさんはひげをひくひくさせてチアンナちゃんに答えてる。

「それで、ネコに鈴をつけないかぎり安全は望めないそうです」

 チアンナちゃんの答えを聞くと、ネズミさんはちょっと考えた。

『そうか、うーん……でも、ネコに鈴をつけるのは、僕らには難しいな』

 そうか、鈴をつける前にネコに襲われちゃう。
 うーん、何かいい手はないかなあ……
〈カシの木〉さんも、白いひげをなでながら考え込んでる。なかなかの難問。

 みんながすすんでネコに鈴をつけたくなる方法……

 あ、ひらめいた!

「こういうのはどうかな? 街の衛生状態をよくするために、ナポリの街でネコを飼うことを勧めてもらうの」

 わたしは思いついたアイディアをすぐに言葉にしてみる。

「でもおねえさん、それじゃあ、ネズミさんの居場所がなくなっちゃいます!」

 チアンナちゃんは不安そう。ふふ、大丈夫。ちゃんと考えてます。

「ここからが大事なとこだよ! チェケティエッロ、人間の姿に戻ったら、あんたはさっきの金貨で、鈴をたくさん買い込んで」

『鈴を?』

「そう、できるだけいろんな形や音色の鈴をたーくさん。それから、ジャングラーツィオ、あんたは大臣にお願いするの。そのときにね、ほかの街のネコと区別するために、ナポリのネコには鈴をつけることを義務付けるよう一言つけ加えるのを忘れないで!」

『そうか、こいつは一儲けのチャンスだ!』

 チェケティエッロはわたしの考えがわかったみたい。

「そうすると、ネコを飼うには鈴をつけなきゃいけないでしょ。で、パスカーレ、あんたは自分でネコを飼って、ちょっと変わった鈴をつけて自慢して回る。日替わりでいろんな鈴をつけるのもいいね」

『なるほど、ネコにちょっと変わった鈴をつけることを流行させるんだな』

 パスカーレ、わかってるじゃない!

「ヌッチオは、ネコを飼ってるのに鈴をつけてない家があったら注意して」

『違反の取り締まりか』

「ポーネとペズィッロは、お店を出したり、ネコを飼ってる家を訪問して鈴を売るの。ポーネ、かわいい女の子との出会いのチャンスがあるかもよ! ペズィッロは、出来高でご飯の量が決まればやる気になるでしょ?」

『じゃあ、僕は? 僕は何もしなくてもいいの?』

 カルヴェッキアが嬉しそうな声で尋ねてくる。そうはいくか!

「ふふ、カルヴェッキアはね、この商売にはかかわらない。そのかわり、毎日街に出て、いろんな人と仲良くなって世間話をするの。この商売はどうせ長続きしないよ。だって、みんながネコに鈴をつけたらおしまいだもん。だから、いろんな人から話を聞いて、困ってることとか、あったらいいなっていう話から、次の商売のアイディアを探すの。ある意味で一番大変な仕事!」

『なるほど……これでネズミはネコの居場所がすぐわかるようになり、それぞれ住み分けをすることができるようになる、というわけか』

 ジャングラーツィオがまとめてくれた。

「どうかな、ネズミさん?」

 わたしはふりかえってネズミさんに尋ねた。

「素晴らしい考えだと思います!」

 そこに立って拍手していたのは、長身の金髪の青年。え、か……かっこいい! (あお)い眼に、ゆるやかにウエーブのかかった髪、端正な顔立ち。〈カシの木〉さんと同じ、黒いローブを着てる。うそ! もしかして!

「ふわあ、〈ネズミ〉さんも人間だったんだあ!」

 チアンナちゃんが目を丸くしてる。

「先生、お久しぶりです」

 青年は〈カシの木〉さんの前にひざまずいて、右手を取って口づけした。

「ああ、何百年ぶりで会えてうれしいよ!」

〈カシの木〉さんがうれしそうに青年の手を取って立つように促してる。

「この青年は、わしの末弟子じゃが、わしの教えを最も深く理解しておった」

「先生がカシの木に変えられてしまった後、弟子たちは散り散りになってしまいました。僕は一人で、鬼となってしまった彼をなんとか止めようと画策したのですが、逆に罠にはめられて、ネズミに変えられてしまったのです」

〈ネズミ〉さんすごい。たった一人でも鬼に立ち向かうなんて!
 ああ、鬼って本当に罪深いな。これだけたくさんの人たちを困らせたんだから、死んで当然だったのかな。

「お嬢さん、鬼のやつもな、元々は人間だったんじゃよ」

〈カシの木〉さんは、やんわりとだけど、わたしの心を見透かしたように言う。

「人の心は変わり続けるものじゃ。よいようにも、悪いようにもな」

「だから、常に己の行いを問い続けなければならない──そうでしたね、先生」

 はああ、〈ネズミ〉さんかっこいい……

「さあ、おねえさん! あとはクジラさんです!」

 そうだった、まだこれで終わりじゃない。

「よーし、じゃあみんな、もう一回跳ぶよ!」

 海へ!


 海風が気持ちいい。潮騒の音、岩に砕けてあがるしぶき、お日さまの光がたっぷりと降り注ぐ。どこかでカモメが鳴いている。

「クジラさーん!」

 チアンナちゃんが大声でクジラさんを呼ぶ。

『おお、あのかわいいお嬢ちゃんか! 元気だったかね?』

 海の中から大きな声が返ってくる。それから海面がぶわっと盛り上がって、勢いよく潮を噴き上げながら、クジラさんが姿を現した。しぶきを浴びて、鳩〈ども〉があわてふためいてる!

『〈時の母〉には会えたかい?』

「はい、おかげさまで! それで、海で迷子にならずに泳ぐには、いつも陽気に楽しくして、海ネズミと仲良くなるといいって教えてもらいました」

『それなら簡単だ! なにしろ俺は、海の男だからなあ!』

 クジラさんはそう言うと大きな体を宙に踊らせた。ざばーっと大きなしぶきが上がって、何も見えなくなる。
 ひゃーっ、みんな海の水を浴びてびしょぬれだあ!
 それがおさまってから目を開けると、目の前の海に大きな帆船が!

「はぁっはっは! すまんなあ、だいぶ派手に水をかけちまった!」

 帆船から腕を組んだ男の人が笑ってる。日に焼けた肌、太い腕にたくましい胸板、立派な口ひげ! まさに海の男って感じ!

「〈クジラ〉さんも、魔法で姿を変えられてたんですか?」

 チアンナちゃんが尋ねると、〈クジラ〉さんも手を振って答える。

「そのとおり! 船ごとクジラにされちまった。鬼からは、手を組んで貿易の利益を独占しようと持ち掛けられたんだが、断った! 海は誰のものでもないし、ほかの船を妨害するなんて、誇り高き海の男のすることじゃないからな!」

 そう言うと〈クジラ〉さんは右手で拳を作って自分の胸をたたいた。
 おー、カッコいい! 男気にあふれてるなあ!

「ところで、行きはひとりぼっちだったのに、今はずいぶんとにぎやかじゃないか!」

「はい! みんなが助けてくれました!」

「チアンナちゃん、すっごく頑張ったんですよ!」

「おねえさんもです!」

「そいつぁ剛毅(ごうき)だ! はっはっはっ!」

〈クジラ〉さんは豪快に笑う。

「船長殿!」

〈カシの木〉さん。なんだろう?

「ひとつお願いしたいことがあるのじゃが、頼まれてはもらえぬじゃろうか?」

「ああ、いいとも! かわいいお嬢ちゃんの恩人のお願いとあれば、喜んで引き受けまさあ!」

「ありがたい。さすが、貴殿は信義を重んじる海の男じゃな! すまぬが、このご婦人がたを、海を越えた遥か南の土地──彼女たちの故郷へ、送り届けてはいただけまいか」

 そうか、〈アリ〉さんたちを故郷に!〈アリ〉さんたちがざわめく。

「ほう! そのご婦人がたは?」

「鬼に奴隷としてさらわれて、遠く離れたここまで連れてこられたの! 鬼があまりにもひどい扱いをするから、反乱して鬼の目を潰したけど、その仕返しにアリに変えられちゃってたんです!」

 わたしが説明すると、〈クジラ〉さんは〈アリ〉さんの方を見た。〈アリ〉さんは腕を組んで真剣なまなざしで〈クジラ〉さんを見つめている。
〈クジラ〉さんはちょっと考えていたけど、何度かうなずいた後に答えた。

「ご老人、船乗りの誇りにかけて約束しよう。そのご婦人がた、この俺が責任を持って故郷まで送り届けてさしあげる!」

 みんなからわっと歓声が上がった。
〈クジラ〉さんは〈アリ〉さんに向かってウインクを送る。〈アリ〉さんは白い歯を見せてにっと笑った。

「やった、よかったね〈アリ〉さん!」

 わたしは〈アリ〉さんと握手。何度も何度も手を上に下に!

「ありがとう。いろいろ世話んなったね、お嬢ちゃん」

「ううん、〈アリ〉さんがどんなに辛くても決して諦めなかったからだよ! わたしも〈アリ〉さんみたく強くならなきゃ」

「ふふ、泣かせてくれるじゃない!」

〈アリ〉さんは目尻にちょっと涙を浮かべながらそう言って、真っ白い歯を見せてにっと笑った。
 やっぱカッコいいな。わたしもこんな大人になろう!

「さあ、そうと決まれば出航の準備だ! ご婦人がたにもお手伝い願いたいが、よろしいかな?」

 船長さんが呼びかける。

「ああ、まかしときな! さあみんな、行こう!」

〈アリ〉さんが呼びかけると、みんなが思い思いに声を上げた。
 みんな別れを惜しんで、わたしたちと一人ずつ握手をしながら〈アリ〉さんと仲間たちは船に向かう。〈よろこびの歌〉〈帰ろうの歌〉がずっと続いてる。


「さあ、名残惜しいが、わしらはまだやることがあるぞ」

〈カシの木〉さんがわたしとチアンナちゃんの肩に手を置いて言った。

「お兄さんたち!」

 そうか、忘れるところだった。七羽の鳩〈ども〉を人間に戻さなきゃ。

「でも、〈時〉はなんて言ったんだっけ?」

「〈時〉は、〈宝の柱の上に巣をかけるように〉って言ってました」

「〈宝の柱〉かあ。なんのことだろ?」

 考えてみると、この答えだけは謎かけみたいでよくわかんないな。

「〈カシの木〉さんは、何か知りませんか?」

「ふむ、なんのことじゃろうのう?」

 えー、ホンモノの賢者〈カシの木〉さんも知らない〈宝の柱〉って何?!
 あれ? そういえばずっと空高くにあった太陽が、だいぶ傾いてきた。いつの間にか夕方の空気になってる。

「先生!」

「うむ。お嬢さんがた、時間が無いかもしれぬぞ」

〈ネズミ〉さんと〈カシの木〉さんがちょっと深刻な顔をしてる。〈カシの木〉さんがわたしにゆっくりと告げた。

「お嬢さんがこちらに来てから狂っていた〈時空〉が、正常に戻りつつあるようじゃ。もしかすると、お嬢さんの〈魔法〉も、使えなくなってしまうかもしれん」

「えー、そんなの困る!」

 まだ最後の問題が解決してないのに!
 どうしたらいいの?

 考えろ、考えるんだ川渕安奈(かわぶちあんな)! 必ず何か打開策はあるはず!

第九話 川渕安奈の勝負

 わたしはこれまでのことをひとつずつ思い出してみる。

──わたしが見たこと、感じたことが、そのまま世界になってるって〈カシの木〉さんは言った。それがわたしの〈魔法〉のはじまり。
 はじめて跳んだときのこと。
 あの小川のそばの、巡礼さんのお墓。
 せせらぎの音、やわらかな木漏れ日、木々の青い匂い、小鳥のさえずり──

 もしかしたら!

「──わたしがはじめて跳んだとき、チアンナちゃんの居場所なんかぜんぜんわかんなかったけど、ちゃんとチアンナちゃんのところに降りることができた」

「おねえさん?」

 チアンナちゃんが声を上げた。

「〈宝の柱〉のあるところに跳ぼうってわたしが思ったら、そこに跳べるかも」

「そうか、やってみようよ、おねえさん!」

「うむ、試してみる価値はあるじゃろう。さすがはお嬢さんじゃ!」

〈カシの木〉さんが〈ネズミ〉さんと顔を見合わせてから大きくうなずいた。

 よーし、やるぞ!

「お兄さんたち、集まって!」

 チアンナちゃんが鳩〈ども〉を呼び寄せる。
 わたしはチアンナちゃんと向かい合って、両手をつなぐ。
 鳩〈ども〉はわたしとチアンナちゃんの腕と肩に乗せた。

「あんたたち、腕の上でフンなんかしないでよね!」

『失敬な! 心配いらんから、早く跳んでくれ!』

 ジャングラーツィオが言い返す。

「よし、みんな準備はいいね! 目を閉じて!」

 鳩〈ども〉もチアンナちゃんも目を閉じた。わたしもまぶたを閉じる。
 さあ、きっと最後の大勝負。やるぞ、川渕安奈(かわぶちあんな)

 潮騒の音や暮れ始めた太陽の日差し、そして足元のごつごつした岩場の感覚が遠ざかる。
 音も光も、重さもない暗闇。
 もう何度も跳んだけど、いままでで一番こわいかも。
 チアンナちゃんが繋いでいる私の両手をぎゅっと握っているのを感じる。ただまっすぐに信じてくれてるんだ、わたしを。

 さあ、探そう。

 教えて、わたしの五感。〈宝の柱〉の場所を!
 耳を澄ます。
 何だろう、鐘の音……ちがうな、カウベルみたいな音がかすかに聞こえる。風のそよぐ音も。林……じゃない、草原みたい。
 あ、羊の鳴き声! 遠くで牛の声も聞こえる。犬の吠える声も。
 風が吹き抜けていく。けっこう広いみたいだな。
 地面は……土の上か。う、ちょっと臭うな。肥料のにおいみたい。

 よし、着地!

 自分の体の重さが戻ってくる。
 おそるおそる目を開けてみる。チアンナちゃんも目を開けた。
 そこは広い草地。遠くの方で羊の群れが牧羊犬に追われて走っている。どうやら牧場みたい。
 わたしはチアンナちゃんとうなずき合うと、ゆっくりと目線を下に移した。
 わたしたちの足元にあったもの。

『おわあ!』『なんじゃこりゃあ?』

『これは……牡牛の頭の骨だな』

『これが、〈宝の柱〉?』『失敗なんじゃないのか?』

 鳩〈ども〉が口々に叫ぶ。

 わたしたちの足元にあったもの。それはすっかり白骨化した、牡牛の頭蓋骨。けっこう大きくて、左右に大きく角が広がっている。

 あうう、力が抜けそうだよぉ。チアンナちゃんも見るからにがっかりしてて、今にも泣きそう。うう、ごめん、チアンナちゃん。

『静かに、弟たち!』

 ジャングラーツィオがほかの鳩〈ども〉を黙らせた。どうした、珍しい!

『古来より、牡牛の角は〈豊穣(ほうじょう)〉の象徴とされてきた』

『そうか、川神エーリダヌスは牡牛の角を持つ男神だし、古代に滅びたポンペイでは春の女神フローラは羊の角を持った姿だとされていたな』

 ジャングラーツィオに続けて、パスカーレが補足する。おお、あんたら意外に博学じゃん!

『ものは試しだ、やってみればいい。チアンナとチアンナは少し離れていなさい』

 ジャングラーツィオはそう言って私の肩から羽ばたいて地面に降りた。ほかの鳩たちもそれに続く。
 わたしとチアンナちゃんは牡牛の角からちょっと離れて様子を見守る。

 意を決して、ジャングラーツィオがぱっと羽ばたいて牡牛の角に飛び移った。

 次の瞬間!

「おお!」

 ジャングラーツィオの声。目の前には、ひげもじゃの青年。
 青年は自分の両手を眺めて確かめてる。
 これが、ジャングラーツィオ?

「お兄さん!」

 チアンナちゃんが叫んでジャングラーツィオに駆け寄る。
 それを見て、残った鳩たちがわれ先に牡牛の角に殺到! あっという間に七人の男たちがわたしの目の前に現れた。

「チアンナ!」「助かった!」
「ヒャッハー!」「ああ、戻れた!」
「腹減った!」「疲れた!」

 チェケティエッロはひょろっとしたのっぽ、パスカーレは背の低い三白眼、ヌッチオは筋肉質の小太り、ポーネは意外にも優男(やさおとこ)、ペズィッロは案の定ふとっちょ、そしてカルヴェッキアは青白い顔をしたやせ男。

 みんなチアンナちゃんを囲んで笑ってる。なんだ、ちゃんと笑えるんじゃん、こいつら。

「おねえさん!」

 チアンナちゃんが駆け寄ってくる。
 わたしはそのまま抱き止めてハグ!

「ありがとう、おねえさん!」

 チアンナちゃんはわたしの腕の中で泣いてる。きっと、これまではりつめてたものが一気にほどけたんだろうな。わたしはチアンナちゃんの髪をやさしくなでた。

「チアンナ、世話になったな」

 ジャングラーツィオ。

「おまえたちを見ていると、〈誰かのため〉に懸命になっているおまえたちを見ていると、いつもイライラしていた。なんと愚かなことをしているのだ、と」

「なんだよう、その言い方!」

「いいから最後まで聞け! そんな愚かなことが、多くの人を笑顔にした。驚くような知恵を引き出した。僕は、これまで考え違いをしていたようだ」

 ジャングラーツィオはそれまで寄せていた眉をふっとゆるめて笑う。

「だから、ありがとう。チアンナ」

 ジャングラーツィオはそう言ってわたしに右手を差し出してきた。

「うん」

 わたしは彼の右手を握り返す。

「さあ、みんなで先生のところへ戻ろう。きっと心配なさっているだろう」

 ジャングラーツィオが晴れやかな声で言った。



「──与うかぎりの善行をなした後、なしたことを忘れるべし、じゃな」

〈カシの木〉さんはそう言っておだやかに笑う。

「何ですか、それ?」

「ふむ、この地方の古いことわざじゃ。見返りなど何も期待しない行為が、本当の幸福を招き寄せるのじゃろう」

 わたしが尋ねると、〈カシの木〉さんは白いひげをなでながら笑顔で答えた。

 本当の幸福、か。
 これが〈本当の幸福〉かどうかはよくわかんないけど、わたしは全部やり切った充実感を感じてる。
 七人の兄弟とチアンナちゃん、〈ネズミ〉さん、〈カシの木〉さん、それにわたし。みんなで並んで、暮れゆく空を見ている。ただそれだけのことが、なんだかとっても幸せ。

 海も空も、だんだんと沈む夕日で真っ赤に染まっている。その夕景は、息をのむほどにきれい。思わずじっと見入ってしまいそう。

 でも、わたしはもう戻らなきゃ。

「じゃあ、みなさん」

 わたしはみんなに言った。

「わたしは戻ります。自分の本来いるべき場所に」

「そうじゃな。あなたは賢い。もっともっと色々なことを吸収して、きっと多くの人に幸いをもたらすじゃろう」

「えへへ、できるかどうかわかんないですけど」

 まずは〈カシの木〉さんと握手。わたしはちょっと照れ笑い。でも、ホンモノの賢者の言葉はやっぱりうれしいな。続いて〈ネズミ〉さんと握手。

「ありがとうございます、聡明なお嬢さん。ご恩は決して忘れません」

「いえあのそんな……」

〈ネズミ〉さんはきれいな顔でわたしにほほえみかけてくれる。うう、帰りたくなくなっちゃいそう……

 それから、七人兄弟と一人ずつ握手。

「僕はこれから政治の道を志そうと思うんだ。街の人たちの役に立てるように」

「そっか。ジャングラーツィオはきっと有能な政治家になれるよ。チェケティエッロ、商売うまくいくといいね」

「ああ、早速手を打つさ。商売はスピードが大事だしな!」

「僕は、先生の元で学んでみようと思う」

「パスカーレ、どうしたの!」

「もっともっと世界を知りたい。僕が知っているのは本当に限られた世界だったんだってわかったからさ」

「う、苦手だけどわたしも勉強がんばるよ。ヌッチオはどうするの?」

「僕は警吏(けいり)になろうと思う。力もあるしな」

「なるほど、たぶんそれ天職だよ。悪いやつをしっかり懲らしめてやってね! ポーネはさあ、あんまりセクハラしてると女の子に嫌われちゃうぞ」

「わかってるって! 僕は兄さんの商売をしっかり支えるよ、父さんと母さんのことも」

「親孝行かあ、わたしもしなきゃ。ペズィッロ、食べ過ぎないように気をつけなよ」

「はは、これからは食べるだけじゃなくて、作る方にも挑戦するさ。腕を上げて、いずれは食堂を持ちたいんだ」

「ふふ、繁盛するといいね! カルヴェッキアは?」

「へへ、まずは街中にくまなく情報網を作るよ。どんなちいさなヒントも見逃さないようね」

 なーんだ、みんなもうこれからのことしっかり考えてるじゃん。

 最後に、チアンナちゃん。

「おねえさん──」

 チアンナちゃんはそう言ったきり言葉が出ない。わたしも。
 だから、言葉のかわりにハグ。

「チアンナちゃん、元気でね」

「うん、おねえさんも」

 なんか、それ以上言わなくてもぜんぶ通じ合ってる気がする。

 さあ、もう夕日が海面に触れてしまいそう。帰らなきゃ。

「じゃあみんな、元気でね! さよなら!」

 わたしは目を閉じた。

「乙女に幸あれ!」「神の祝福を!」

「さよなら!」「元気でやれよ!」

「お風呂入れよ!」「歯みがけよ!」

 みんな思い思いに叫ぶ。なんか違うのも混じってる気がするけど。

「おねえさん、ありがとう! さよなら!」

 最後に、チアンナちゃんの声。

 さよなら、チアンナちゃん──

 わたしはもう一度、そっとつぶやいた。目頭が熱くなって、目尻にじわりと涙が浮かぶ。

 潮騒の音が、カモメの声が、あたたかな夕陽が、汐の香りが、ふっと遠ざかった。


 無音の暗闇に。
 重量を失った体が。
 たゆたう。


 音。
 セイタカアワダチソウの群落が揺れてる。
 匂い。
 線路沿いのフェンスの錆。
 空気。
 夕暮れの()めはじめた風。
 街の喧噪。自動車が行き交う音。人々が話す声。どこからか流れてくるおいしそうな匂い。
 なんだかとても、とても懐かしい。
 上り電車がわたしの左側を追い越していく。
 わたしの場所──


ガッシャン!


 わ、なに? 何の音?
 わたしが目を開けると、まずアスファルトの舗道が目に入る。鳩が羽ばたく音が遠ざかっていった。

 あ、自転車!
 横倒しになった自転車の車輪がカラカラと空回りしてる。

「うひゃあ!」

 思わず情けない声が出る。
 わたしはバランスを崩して、よろめいてからアスファルトの上にしりもちをついてしまった。

「あいたたた……」

「大丈夫ですか?!」

 前を歩いていたベビーカーのお母さんが音に驚いて振り向き、そのままUターンしてわたしのところに。後ろから来たヘッドフォンのお兄さんも、何事かとヘッドフォンを外してわたしを見てる。

 ひゃー、恥ずかしい!

 ヘッドフォンのお兄さんが自転車を起こしてくれ、わたしはふたりにお礼を言いながら立ち上がった。
 ちょっとおしりは痛いけど、どこもすりむいてないし、あざもないみたい。

 はあ、やれやれ。
 鳩にびっくりしてコケたなんて話したら、ちほちゃんにチアンナどんくさーいってまた笑われちゃうな。

 自転車のハンドルを握り直すと、わたしは制服のスカートの汚れを何度か払った。

 下り電車が通り過ぎる。窓の明かりの中に見えるたくさんの人たち。みんな仕事帰りだったりするのかな。
 夕暮れの風が気持ちいい。目の前をツバメが忙しそうに横切っていく。

 わたしは空を見上げた。
 いくつもの建物が重なり合った複雑な輪郭線の上に広がる空は、夕焼けの茜色から夜の藍色へと移り変わっていくさなか。

 ああ、世界はなんてきれいなんだろう!



〈おわり〉

解説・索引等

〈原作について〉
 本作『七羽の鳩』は、十七世紀初めにナポリ王国の軍人・詩人であったジャンバッティスタ・バジーレが著した説話集『ペンタメローネ(五日物語)』のうちの一篇『七羽の鳩』を原作とし、大幅な改変を行ったものである。
『ペンタメローネ』は枠物語1話と1日に10話ごとで5日分、合計51の物語からなる。ナポリ語(方言)によって著された作品であるため、日本語への全文翻訳が長らくなかったが、1995年に大修館書店から全訳が刊行され、その後2005年にちくま文庫から上下2分冊で刊行されている。

 全体を規定する枠物語は「笑わない王女」ゾーザの物語である。彼女は少年と老婆の口喧嘩を見て生まれて初めて大笑いするが、そのために老婆に呪いをかけられてしまう。呪いを解くには「眠り王子」タッデオの眠りを覚まさねばならず、そのためには墓地の前にかかった壷を3日のうちに涙で満たさなければならなかった。ゾーザは7年の旅のすえ王子の墓を見つけ出し、2日かけて壷をあと指幅ふたつ分でいっぱいになるところまで満たすが、そこで泣き疲れて眠ってしまう。ところが、そこを通りかかった女奴隷・ルチアが壷の残りを涙で一杯にしてしまい、タッデオ王子と結婚することとなる。ゾーザは花婿を横取りされたことを知り、復讐を決意する。王子の墓を探す旅の途中に妖精から授けられた木の実を一つずつ用いてルチア妃に魔法をかけ、彼女を物語中毒にさせる。そこで、タッデオ公は妃のために10人の口達者の女たちを宮廷に呼び寄せ、1日に1話ずつルチアに楽しい物語を話して聞かせるように命じる。こうして5日間にわたって様々な物語が語られる宴が始まり、同時にゾーザの復讐劇も最後の段階を迎える、というのが『ペンタメローネ』全体の物語構造である。

『七羽の鳩』はこのうちの4日目の8話目で、「かすみ目」のパオラが語った物語となっている。
 アルザーノ地方に住むヤンネテッラには男ばかり7人の子がいたが、8人目を身ごもった母に対し、兄弟は「また男の子が生まれたら家を出ようと思う」と伝える。お産の日、男の子が生まれたらインキ壷とペンを、女の子が生まれたらスプーンと糸巻き棒を窓に置くように頼んで兄弟は丘へと出かける。果たして女の子が生まれたのだが、動転していた産婆は誤ってインキ壷とペンを置いてしまい、兄弟は旅に出てしまった。兄弟は三年の旅のすえ、森の中で人食い鬼と出会い、パンを分けてもらったことから盲目の鬼の召使として働くことになる。一方、成長した妹・チアンナは、自分に兄たちがいたことを知り、彼らを探す旅に出ることを決意した。チアンナは兄たちと再会を果たすが、女嫌いの鬼に見つかると喰われてしまうので、兄弟はチアンナをこっそりとかくまうことにした。ところが、チアンナのちょっとした不注意で鬼にそのことが露見してしまい、チアンナは一室に立てこもる騒ぎとなってしまう。そこへ戻ってきた兄たちは、鬼を言葉巧みに誘い出して穴に突き落とし、上から土をかけて殺してしまう。兄たちはチアンナの不注意をきつく叱り、鬼を埋めた辺りの草は絶対に摘むなと忠告する。鬼の財産をわがものとした兄妹は冬の間鬼の屋敷で暮らすが、兄たちが出かけた間に、年老いた巡礼が怪我をして泣きわめいているのを聞いたチアンナは、鬼の墓に生えていたローズマリーで巡礼に手当てを施した。ところがそのために、兄たちは鬼の呪いにより七羽の鳩に変えられてしまった。兄はチアンナを散々に罵倒したのち、〈時の母〉ならばこの苦難を乗り切る方法を知っているだろうと告げる。そこでチアンナは兄たちに屋敷に留まるように言うと、〈時の母〉を探す旅に出た。海で鯨に、野原でネズミに、山でアリに、平地でカシの木に出会って、道を教えてもらったお礼にそれぞれのお願いごとを〈時の母〉に尋ねることを約束し、チアンナは高い山のふもとにたどり着く。そこでチアンナは怪我の手当てをした老人と再会し、〈時の母〉と出会った時の注意を授けられる。〈時〉の家に着いたチアンナは、巡礼に教えられたとおりに〈時の母〉と交渉し、遂にお願いごとを〈時〉に尋ねてもらうことに成功する。チアンナが山のふもとに着くと、妹の後を追ってきた七羽の鳩たちと出会う。疲れ果てた鳩たちがそこにあった牡牛の死骸の角に止まると次々に元の姿へ戻った。次にカシの木のところに着き、悩みの原因は根元に埋められた宝だと〈時〉の答えを教えると、カシの木はそれを掘り出してくれと兄妹に頼む。兄妹が掘り出してみると金貨の入った壷が見つかり、兄妹は運びやすいように中身を八つに分けて袋で運ぶことにした。ところが、休んでいる間に盗賊に金貨を奪われたうえ、木に縛りつけられてしまう。そこにネズミが現れたので〈時〉の答えを教えてやると、ネズミは縄を食いちぎって兄妹を助けた。次にアリに出会って〈時〉の答えを教えると、アリは盗賊の隠れ家を兄妹に教え、長兄・ジャングラーツィオが忍び込んで盗まれた金貨を取り戻す。兄妹が海辺に来ると鯨がいたので〈時〉の忠告を伝えてやると、そこに盗賊が武装して兄妹を追ってきた。鯨は兄妹を背に乗せるとナポリが見えるところまで泳ぎ、アマルフィ湾のどこかに着けようと提案するが、ジャングラーツィオはことわざを盾にそれを拒み、ポシリポの塩が岩で下ろしてもらい、漁船に拾われて無事にナポリに帰還する。兄妹は金持ちになって故国に帰り、父母を大事にして親切な行いゆえに幸せに暮らして「与うかぎりの善行をなした後、なしたことを忘れるべし」という古いことわざを証明した、と物語は結ばれる。

『ペンタメローネ』は全体に諧謔や風刺に満ちており、叙述もきわめて饒舌で、豊富な直喩表現や直截なユーモアなど、当時のナポリの人々の息遣いをいきいきと感じさせる。
 日本ではあまり馴染みのない『ペンタメローネ』だが、筆者は小学生の頃に世界童話集の一篇として収められていた『七羽の鳩』(勿論、子供向けに一部改変されていた)を読んで、強く印象に残っていた。王侯貴族ではなく一介の庶民を主人公としていること、お願いごとをひとつひとつ聞いていく旅の面白さ、擬人化された〈時の母〉との交渉という哲学的なモティーフ、そして恩に報いていくことで危機を脱するというドラマの構造。これら原作の魅力を残しつつ現代的な感覚を取り入れるために、本作では主人公を現代の女子高生に設定し、所謂〈異世界転移〉の要素を加えた上で、物語後半部に大きな改変を加えることとした。果たしてその試みがどの程度成功しているかについては、読者諸賢にご判断を委ねたい。


〈参考文献〉
ジャンバッティスタ・バジーレ『ペンタメローネ(五日物語)』杉山洋子・三宅忠明訳 大修館書店(1995)
古東哲明『ハイデガー=存在神秘の哲学』講談社現代新書(2002)


〈索引〉
参考書籍・大修館書店刊『ペンタメローネ』(杉山洋子・三宅忠明訳)から引用または改変して作中に挿入した箇所について、該当箇所のページ数及び段・行を、次の形式により明示しておく。
  ●話数 副題
  「本作の本文」自p.**下段*行~p.**上段*行迄

●第一話 川渕安奈の受難
「男ばっかり七人だから、お母さんに八人目の子どもができたときに、男の子だったらペンとインク壷を、女の子だったらスプーンと糸巻き棒を窓辺に置くように頼んで、兄弟は丘の上に。生まれたこどもが男の子だったら、旅に出るつもりだったんだって」自p.349下段21行~p.350上段2行迄
「だったのに、慌てた産婆さんが間違えてペンとインク壷を置いちゃったから、兄弟は男の子が生まれたと思って旅に出ちゃった」自p.350上段8行~11行迄
「兄弟はその子をこっそりかくまってたけど、鬼にバレちゃったもんだから、目が見えないのをいいことに、だまして殺して埋めちゃった!」自p.351下段7行~18行迄
「とにかく、妹さんは無事助かったんだけど、そのとき通りかかった巡礼の老人がケガをしていたから、優しいその子は鬼を埋めたあたりに生えていたローズマリーで手当てをしてあげた」自p.352上段14行~15行迄
「外に出るなと言い置いたまま」自p.352下段21行~p.353上段1行迄
●第二話 川渕安奈の懊悩
「ジャングラーツィオ、チェケティエッロ、パスカーレ、ヌッチオ、ポーネ、ペズィッロ、カルヴェッキア」自p.350下段4行~6行迄
「きれいなお嬢さん、何を探しているの?」自p.353上段6行~7行迄
「海岸に沿ってまっすぐ行って、最初の川のところを陸側に曲がって最初に出会う誰かに教えてもらうように伝えたよ」自p.353上段9行~11行迄
「女の子にも頼んだんだが、もしも〈時の母〉に会ったら、どうしたら岩にぶつかったり砂浜に打ち上げられたりせずに泳ぎ回れるか、聞いてきてくれないかい」自p.353上段11行~13行迄
「すごーい、緑の空にいろんな色の星がちりばめられてるみたい!」自p.353上段19行~21行迄
「おや、鳩を七羽も連れてどこ行くの、きれいなお嬢さん?」自p.353上段21行~下段1行迄
「向こうに大きな山が見えるだろ? あっちに行ったらもっと詳しくわかるよ」自p.353下段4行~7行迄
「そうだ、ついでと言ったらなんだけど、どうしたら僕らネズミがネコの暴力から逃れることができるか、〈時の母〉に会ったら訊いてくれるかな?」自p.353下段7行~10行迄
●第三話 川渕安奈の熟考
「ネズミさんに教えてもらった山の方角に向かってずっと歩いてるけど、ぜんぜん近づく気配がない」自p.353下段13行~14行迄
「わたしは道端の石に座り込んだ」自p.353下段14行~15行迄
「おや、あんた誰だい?」p.353下段17行
「あたしらに〈時の母〉はどこにいるか聞いてきたから、ずうっと行くと山の向こうは広い平地になってるから、そこで先のことを聞いてごらん、って教えてやったのさ」自p.353下段20行~p.354上段1行迄
「そうだ、〈時の母〉に会ったらさ、あたしらアリが長生きするにはどうすればいいか、聞いてきてもらえないかい?」自p.354上段1行~4行迄
「アリさんの言ってたとおり、広い平地になってた」p.354上段10行
「やあ、鳩を連れたかわいいお嬢さん。そんなに急いでどこに行くのかね?」自p.354上段16行~17行迄
「もっと遠く向こうに、雲にてっぺんが隠れた高い山が見えるかね? 〈時の母〉はそこにおる」p.354上段20行~下段1行迄
●第四話 川渕安奈の跳躍
「〈時の母〉に会ったらどうすればいいのか、わたしに全部教えてくれた後に、ぼろぼろに崩れて亡くなってしまいました」自p.355下段10行~12行迄
「〈時〉の家はぼろぼろの廃墟で、〈時〉が出かけるタイミングを見計らって忍び込むこと」自p.355上段15行~16行迄
「〈時の母〉は老婆の姿をしていて、時計の上に座っていること」自p.355上段20行~21行迄
「家に入ったら、真っ先にその時計のおもりを外すこと」自p.355下段1行~3行迄
「そのうえで、〈時の母〉に望みをかなえるように頼むこと」p.355下段3行
「〈時の母〉の誓いはうっかり信じてしまわないこと」自p.355下段7行~8行迄
「息子である〈時〉の翼にかけて誓った時だけ信用すること」自p.355下段8行~9行迄
「ゆっくりと目を開けてみると、目の前には折れた円柱と、台座だけを残して崩れてしまった石の彫像」自p.355上段7行~8行迄
「長いひげを地面に垂らして、たくさんの札を下げたマントを着た老人。その背中には、背丈よりも大きな白い翼!」自p.355下段17行~20行迄
「建物の入り口の上には、自分の尾を噛んでいる蛇と、立派な角を生やした牡鹿、それから不死鳥の紋章が、崩れないで残っていた」自p.355上段8行~10行迄
「やすり、のこぎり、大鎌、大きなはさみ、それから灰が入った大なべがたくさん。巡礼のおじいさんの話では、この大なべの灰は大昔に滅んでしまった都市の灰なんだって。なべの一つ一つにラベルが貼ってあって、都市の名前が記されてるっていうけど、そんなの見てる場合じゃない」自p.355上段10行~16行迄
「背中は曲がり、顔はしわだらけ。巡礼のおじいさんの話によれば、まぶたも目に垂れ下がってしまっているから、目もよく見えないはず」自p.355上段17行~下段1行迄
「〈時の母〉が金切り声を上げる」自p.356上段2行~3行迄
「騒いでもムダムダ。だっておもりは全部わたしたちが取り上げちゃったからね!」自p.356上段4行~6行迄
●第五話 川渕安奈の試練
「……それをよこしなさい、いい子だから。わたしの息子の道を、阻むでない」自p.356上段7行~9行迄
「〈時〉を止めるなんて、そんなことは今まで生きている人間の誰ひとりとして、できたためしはないんじゃよ……そら、いい子だからそれを返しなさい」自p.356上段9行~10行迄
「〈時の母〉は、言葉巧みにわたしたちを言いくるめようとしてくる」p.356上段7行
「そんなこと言ってもダメ。そんなに大事なものなら、もうちょっとマシな条件出してよ!」自p.356上段13行~15行迄
「……なら、これでどうだ。生きとし生けるものすべてを噛むこの歯にかけて、お前たちの知りたいことを教えてやろう」自p.356上段15行~17行迄
「そこまで知っているのならばしようがない。我が息子、すべてのものの上に等しく羽ばたく、あの〈時〉の翼にかけて誓おう。おまえたちの望みはすべて叶えよう。おまえたちには想像もできぬほどの喜びを与えてやる」自p.356上段19行~21行迄
「答えはわたしが〈時〉に尋ねてやろう。おまえさんたちはそこの扉の陰に隠れていなさい」自p.356下段3行~5行迄
「息子はとにかく一か所に留まっているということがないからな、戻ってきたと思っても、またすぐに出ていってしまう。じゃが、〈時〉がおる間はじっとしておきなさい。見つかったら、〈時〉に喰われてしまうぞ」自p.356下段5行~10行迄
「クジラには、陽気にして楽しんで海ネズミと仲良くすればよいと言うてやれ。ネズミは、ネコに鈴をつけてネコが近づくのがわかるようにならねば安全は望めぬ。アリは、死ぬ間際に羽を出すのを止めればもっと長生きできよう。カシの木は、根元に埋まっている重いものを取り除かねば枯れる。鳩どもには、宝の柱の上に巣をかけるように言うてやれ」自p.356下段18行~p.357上段5行迄
●第九話 川渕安奈の勝負
「古来より、牡牛の角は〈豊穣〉の象徴とされてきた」自p.357上段14行~15行迄
「──与うかぎりの善行をなした後、なしたことを忘れるべし、じゃな」自p.358下段17行~18行迄

七羽の鳩

七羽の鳩

いっけな~い、異世界転移!? わたし、川渕安奈! 高一! みんなはわたしのこと「チアンナ」って呼ぶよ! 不思議な声に導かれて、ある日突然、異世界に召喚されちゃった! わたしを呼んだのは七羽の鳩! まさかの人違い! 迷惑! 鳩〈ども〉は、元の世界に戻る方法なんか知らないって言うし、中間試験は近いし。 いったいわたし、これからどうなっちゃうの~~?! デタラメインチキ嘘八百の、オントロジカル・ファンタジック・コメディの傑作!(自分で言うな) 【完結済】全9話+原作の解説と索引

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