長編歴史小説  女武将 板額 (はんがく)

島 政大

  1. 第一章 越後の春
  2. 第二章 母の教育方針
  3. 第三章 兄の帰還
  4. 第四章 僧兵の寺
  5. 第五章 鳥坂城
  6. 第六章 もつれ合い
  7. 第七章 別れ
  8. 第八章 横田河原の戦い
  9. 第九章 死線の上
  10. 第十章 戦の代償
  11. 第十一章 食わねばならぬ
  12. 第十二章 新しい道
  13. 第十三章 山人の郷
  14. 第十四章 お家再興の機会
  15. 第十五章 騎馬合戦
  16. 第十六章 みちのくの光の中で
  17. 第十七章 奥山荘の陽だまり
  18. 第十八章 討幕の密議
  19. 第十九章 清見関に散る
  20. 第二十章 悲壮な覚悟
  21. 第二十一章 建仁の乱
  22. 第二十二章 孤塁
  23. 第二十三章 闇の行方
  24. 第二十四章 死ぬる者と生くる者
  25. 第二十五章 山上の姫君
  26. 第二十六章 囚人
  27. 終章 栃の実

登場人物

〈城一族〉
板額     越後城氏、城資国の娘。
城資国    城氏五代目棟梁。板額の父。
伊那     板額の母。後三年の役で斬首された清原武
       衡の孫。
城資永    城氏六代目棟梁。板額の長兄。
城長茂    城氏七代目棟梁。板額の次兄。
宮禅師    資国の弟。乙寺住職。板額の叔父。
乗丹坊妙渓  資国の弟。会津慧日寺衆徒頭。僧兵。板額
       の叔父。
嘉乃     資永の妻。小太郎の母。兄が金津資義。弟
       が新津有資。
城資盛    幼名、小太郎。資永と嘉乃の子。

〈家臣〉
奥山綱時   城家庶流奥山家の子息。板額の近習。
豊田師光   城家庶流豊田家の子息。板額の近習。
平新大夫   乗丹坊妙渓の養子。板額の義理の弟。
熊彦     羽州秋田の山人。板額に臣従する。
金津資義   資永の側近。嘉乃と新津有資の兄。
新津有資   長茂の側近。金津資義と嘉乃の弟。
山ノ太郎   奥山太郎経元。御親類衆筆頭の宿老。
伴藤別当   譜代衆。資永の側近。

〈その他〉
三善為則   越後国府の在庁官人。官位は越後権介。
笠原頼直   信濃の平氏。資永の知人。
井上光盛   信濃の源氏。木曽義仲の家臣。
巴御前    木曽義仲の愛妾。 
根井行親   義仲の家臣。越後国府の守りにつく。 
梶原景時   頼朝の側近。長茂の理解者。
源頼朝    鎌倉幕府の創始者。二位殿。
穂多     熊彦の妹。板額と姉妹の契りを交わす。
万三郎    山人の郷の長。熊彦、穂多の父。
浅利与一   遠矢の名手。甲斐源氏。
武田有義   甲斐源氏棟梁。
藤原高衡   奥州藤原氏の唯一の生き残り。梶原の側近
       になる。
和田義盛   鎌倉の有力御家人。梶原の政敵。
源頼家    頼朝の子。十八歳にして二代目将軍となる。
小山朝政   鎌倉の御家人。和田の政友。
和田宗実   和田義盛の弟。越後地頭。
佐々木西念  越後討伐軍大将。源氏。
藤沢清親   討伐軍の勇将。弓の名手。

第一章 越後の春

「姫は、座って小便をする」
 豊田次郎はいかにも不思議そうに首をかしげた。烏帽子(えぼし)を戴かず、頭髪を後ろで結っているところをみると、まだ十代半ばである。
「あたりまえだ。女が突っ立って小便などするものか」
 奥山藤五郎は、次郎が何を言い出したものか、むしろそちらの方に驚いている。口調は大人びているが、彼も同じ年頃である。
 街道の脇に広がる原っぱの、もうもうと茂った雑草の向こうに姫の頭がひょっこり見えている。つむじのあたりが日差しを受けて白く輝いていた。
 小便をしている最中(さなか)なのである。
「女が立小便をしないことぐらい、そんなことは知っておるわい。わしが不思議に思うのは、姫が女だということじゃ」
 次郎が何を言いたいのか、藤五郎にはわかりかねた。
「はっきり言って姫は、われらより武芸の腕がたつ。だからわしは心のどこかで、姫はほんとうは男なのではないかと思うてきた。そうでないとくやしいじゃろう」
 藤五郎はやっと、次郎の言いたいことを理解できた。
 確かに姫は、驚くほど武芸の達者だった。太刀も薙刀も体の一部のように自在に振り回すし、なにより弓矢の腕前は、的の中心をはずすことがない。姫は物心ついたときから厳しく武芸を仕込まれている。近習の藤五郎も次郎も共に稽古に励んできた。しかし、姫の武術に対する勘の良さ、無駄のない動作の感覚は、常人を遥かにしのぐ天賦のものにちがいないと藤五郎もつくづく感じている。
「姫の股にも、わしらと同じものがついているはずじゃ。藤五郎、おまえだってそう思っているのであろう」
「次郎、分をわきまえよ、失礼ではないか」と諫めてみたものの、藤五郎もこらえきれなくなってげらげら笑いだした。
 道端の雑草を食んでいた栗毛の馬が頭を上げて、鼻を鳴らした。葦の角を踏み越えながら、姫がこちらに向かって歩いてくる。
「すまぬ、待たせた」
 尿意から解放されて清々したようであり、大きな口の口角をそり上げて、照れ笑いともつかない笑顔であった。切れ長の大きな瞳に、治承四年(一一八〇年)の春の陽光が照り映えている。
「乙宝寺に着くまで、とてもがまんできそうになかったのじゃ」薄い桃色の水干を着た姫は、(はかま)についた砂埃を手で払いながら言った。
「そなたら、わたくしが野っ原で小便をしたことを、宮の叔父上に告げ口してはならぬぞ。さすがに、はしたないと叱られる」 
「姫がそこらで小便したって、誰も怒りゃしませんよ。意外でもなんでもない」
 次郎の率直な意見に藤五郎も同意したようにうなずいてみせた。
「次郎、前から申しておるじゃろう。もう姫と呼ぶのはやめてくれ」
「そうでしたな。板額(はんがく)、さま。これでよいですか」
「よろしい」
 板額は(あぶみ)に片足をかけると、ひらりと馬の鞍にまたがった。
(近ごろ胸のあたりが痛いな。乳がふくらみはじめている。)
 数え年で十六才になったばかりの板額は、桃色の装束を好んで着るほど、いっぱしの少女らしくおしゃれ心もある。すでに口紅も塗っているし、普段は後ろで結っているだけの髪も、朝晩はしっかりとかしていた。だが、武芸をたしなむ者として、必要以上に女として扱われたくもなかった。姫と呼ばれたり、衣や単を重ねた動きづらい(うちき)を着たいとも思わない。それなのに、あたかもそれが女の宿命であるといわんばかりに、このごろ両乳がふくらみはじめている。
(うっとうしいことじゃ。)
 馬のたてがみと首筋を優しく撫でると、板額は軽く鐙を蹴って馬を歩かせた。藤五郎と次郎も、それぞれの馬に跨った。
 奥山荘(おくやまのしょう)の城館から乙宝寺までは、そう遠くない。以前は徒歩で通ったが、いまでは三人揃って馬上の人だ。
 藤五郎も次郎も元服を間近に控えており、あと数か月もすればそれぞれ、
 奥山藤五郎綱時
 豊田次郎師光(もろみつ)
 と、名乗ることになる。 
 三人の血筋を少し遡れば先祖は同じである。桓武平氏維茂流、越後を支配する城氏の一族であった。
 板額は宗家の末娘。藤五郎と次郎は庶家であるが、両家は御親族衆筆頭の家柄だ。「奥山」「豊田」の姓は城氏保有の荘園の名称に由来する。
 三人は親戚であり、兄弟同然に育った。しかし、藤五郎も次郎も弓矢の家の子供らしく、すでに主従関係というものを理屈抜きで理解している。さきほど野原で大らかに小便をしていた少女こそが、自らが命をかけて守るべき存在であると知っていた。

 乙宝寺は最近再興されたばかりの、まだ新築の木材の匂いが残る寺院だった。
 住職の宮禅師(みやのぜんし)は、板額の父、城資国(すけくに)の弟である。禅師は姪の板額と、近習の藤五郎と次郎に学問の手ほどきをしている。博学な禅師の教導は、手習いや文芸の講釈にとどまらず、たとえば自分たちが生きている時代の政治情勢までも熱く語り聞かせてくれるのだった。中央貴族の権力争いのような大人びた話題に触れるたびに、板額たちは興奮して聞き入る。
 宮禅師は奇特な人だった。武家の出でありながら武芸にはまったく興味を示さず、古今東西の書物を買いあさってひたすら学問に没頭してきた人なのである。禅師がまだ若かったころの城氏は勃興期であり、経済的にも右肩上がりだったから、一族の中から一人ぐらい家業に無関心な高等遊民が出てきてもおかしくなかっただろう。禅師の出家の理由は、早々に遁世して学問に没頭したかったからであった。
 ところが、今から四年前、そんな宮禅師が、日本国中をあっと驚かす大発見をする。
 禅師はとある古書の記述から、越後の地に「仏舎利(ぶっしゃり)」が存在すると確信するようになる。仏舎利とはお釈迦様の遺骨や灰燼、遺髪のことであり、細かく分散されて世界中の然るべき仏教寺院に収められている。その価値と有難さは仏教徒の至宝といってもいいものだ。そんな仏舎利が越後にもある。宮禅師は、そう熱弁を振って兄の資国に詰め寄った。
「仏舎利を探索するための資金がほしいのです」
 根拠はあったのだ。記録によれば天平年間、桓武天皇の勅命により高僧行基と婆羅門僧が越後に寺を建てたとある。婆羅門僧とは遣唐使船に乗ってはるばる海外から来た僧のこと。おそらく天竺から仏舎利を請来したのだろう。天皇の勅命、婆羅門僧、行基と並べてみればたたごとではない。おそらく、当時まだ辺境の地であった越後に、朝廷の権威を示すために寺院が建立され、その権威を保証するものとして、希少な仏舎利が収められたにちがいない。鼻息も荒く熱弁をふるう禅師の真顔に圧倒された資国は、弟の説に心を動かされ、探索に少なからぬ資金を提供した。
 宮禅師は昔の国府跡地に荒廃した乙寺(きのとでら)という古社があることを突き止め、人足を雇い、自らも現地に住み着いて発掘を始めた。すると、大木の根方を掘り起こした地中深くから、大きな石の唐櫃が出てきたのである。禅師が自ら蓋を開けてみると、釈尊の左目の一部であるという書付とともに、一粒の仏舎利が出てきたのだ。
「わしにはわかっていたのだよ。宋の国に甲寺という寺院があって、そこには右目の仏舎利が納められているという。ならば乙と銘打たれたこの寺には、左目の仏舎利があるはずだと。果たしてそれは、ここにあった」
 宮禅師はこの話をするたびに、いまだ興奮の冷めやらぬ様子で深くうなずいてみせる。
 仏舎利発見という大事件は、越後中を熱狂させた。国府の在庁官人は、すぐさまこの吉事を朝廷に報告した。
 反響は予想を遥かに超えていた。
 後白河上皇御自らが、禅師を都へ招来したのである。
 越後城氏の誉れであった。資国は華麗な法衣を宮禅師に贈り、従者を複数同行させて京師に送り出した。このときの情景は板額も昨日のことのように覚えている。馬上の禅師の誇らしげな顔が、何度も後ろを振り返りながら板額たちに手を振っていた。

 都には、板額の長兄資永(すけなが)がいる。
 時はあたかも平氏全盛期。武士として初めて太政大臣に任じられた平清盛は、娘徳子を高倉天皇に嫁がせ朝廷を牛耳るとともに、宋との貿易で巨万の富を築き、一門が保有する荘園は全国に及んでいた。「平家にあらずんば人にあらず」と言わしめた時代であった。
 平清盛と、源義朝という武家の両巨頭が雌雄を決した平治の乱で、板額の父資国は真っ先に清盛方へ加勢した。この戦いを制した清盛は都を掌握し、資国は父祖伝来の地、越後の勢力拡大に乗り出すことになる。清盛には元服したばかりの長兄資永を仕えさせた。
 資永は、顔立ちも気色も女性のように美しかった。しかし、平知盛や重衡など、後に天下の勇将となる少年たちと共に成長していささかも遜色なく、若年にして検非違使左衛門尉(今ふうに言えば警視庁長官)になった。この早すぎる栄達は、当然、父資国が清盛を支持したことに対する恩恵だったともいえるが、資永自身が清盛にその利発さを見出されたからでもある。清盛が統べる伊勢平氏と越後城氏はともに桓武平氏の血統であり、同族の絆は盤石であった。

 後白河上皇との謁見には、資永も同伴した。
 上皇は、宮禅師の持参した仏舎利を御簾内に運び込ませると、押し頂いて感嘆のため息を漏らされ
「これが釈尊の舎利であるか。なんともありがたい。早急に豪華絢爛たる寺院を都に建立し、これを奉納して、わが国の恒久の繁栄を祈願したいと思う。そなた、異存はないな」とおっしゃられた。
 平伏していた宮禅師は「えっ」と冷や汗をかいた。上皇はこちらの意向を伺うこともなく、仏舎利を自分のものにしてしまったらしい。
 異存などあり得るはずもなく、丁重にお断りできるわけもなく、体がわなわなと震え出した宮禅師を横目で見ていた資永は、
「恐れながら申し上げます」と言って、少し身を起こした。
「上皇様、お手元にあるのは釈尊の御身の一部でござります。つまり釈尊そのものにござります。ですから、そのお取り扱いには少しの間違いもあってはなりませぬ。あれば仏罰があたりましょう」
「ほう」
 何を言うものかと、上皇は御簾越しに見えている若い公達をじっと見つめた。
「釈尊は、すべてのものは縁によって生まれ、縁によって滅びると説かれております。今回、この件に関しまする縁は、仏舎利が越後の地に請来され、それをわが叔父が掘り出したというところにあると存じ奉ります。ですから、仏舎利を京師に留め置くというお考えは、その大御心にいささかの不純なきことは明々白々にござりますれども、上皇様の欲と受け取られかねませぬ。欲こそは釈尊のもっとも嫌うところのものにござりますれば、仏舎利はやはり、元あった場所へ御戻しになり、わが叔父の手で供養させたほうがよろしいかと存じ奉ります」
 しばらく沈黙が続いた。宮禅師は口の中がからからになり、脇の下から汗が流れた。資永ときたら、なんと大それた正論を述べたことか。正論がときとして仇となることもあろうに。
 が、後白河上皇は
「そなた、よくぞ申した。そなたの進言、いちいちもっともである。危うく思い違いをするところであった。
 しかるに、朕が仏舎利を手にとり拝見したのも縁であれば、これを安置する金堂を禅師に寄進しよう。よって、乙寺は勅願寺とする。仏舎利はわが国の宝ゆえ、これよりは乙寺を改め、乙宝寺としたらどうか。よくよく国家鎮護、皇室繁栄を祈願致すように」
 宮禅師は平伏したまま、さらに額を床に押し付けた。
「あのときの資永の堂々たる態度、わしは一生忘れられそうにない」
 この話をするたびに、宮禅師は決まって涙ぐみ、しばし遠い目をするのだった。

 上皇の寄進によって乙宝寺の境内に建立された三重塔は、壁面のすべてが金箔で覆われている。
「あの塔に夕日が当たると、えもいわれぬ美しい光で輝くのだ。まさに慈光を仰ぎ見る心地になる。ようやく雪も解けて春爛漫の日和じゃから、おまえたちも夕刻の塔を眺めてゆかぬか。それまで菓子でも食べながら、ゆるりと過ごしてゆくがよい」
 今日は時間に余裕があるとみた板額は、本堂の広縁を歩く宮禅師の背に向かって、前から聞きたかったことをたずねてみた。
「仏舎利を見つける前、叔父上の夢の中に偉いお坊様が現れて、大樹の下に仏舎利が埋まっている、人を集めて掘り起こすがよい、とお告げがあったそうですが、あのお話は本当なのですか」
「おお、板額、その話か」
 宮禅師は振り向くと、神妙な顔つきで三人を見回して
「嘘じゃ」
 と、事もなげに答えた。
 藤五郎は「えっ、嘘なんですか」と身を乗り出しが、次郎の方は、これは面白いとばかりに大笑いした。
 板額は眉をしかめた。
「巷間では、禅師様のありがたいお話としてすっかり流布しておりますよ」
「そこなのじゃよ。それでは本日は、そのあたりのことを語ってしんぜよう」
 仏間に敷かれた藺草の円座に腰を下ろすと、宮禅師が棚から盆を取り出して
「御本家からいただいた唐菓子(揚げ菓子)じゃ」と三人に差し出した。
 こんな時、高杯に盛られた菓子を懐紙に取り分けたり、木椀に白湯をついだりしてかいがいしく立ち振る舞うのは、いつも藤五郎だった。次郎はあぐらをかいて菓子の匂いを楽しんでいる。童顔で色白の次郎のほうが、どちらかといえば気が利きそうにみえるのだが、細面で鋭い目つきをした藤五郎の方が分をわきまえている。
「さて、先ほどわしが嘘を付いた話じゃが、当然理由がある。
 わしが仏舎利を掘り起こしたのは、事前調査に基づいておる。しかし、そこはあえて、霊夢のお告げとした方が有難味が増すであろう」
「それはそうですが、お坊様が嘘をついたら罰があたりませぬか?」
 板額は再び眉をしかめた。
「板額や、少々難しい話になるが、城氏の出であるわしが仏舎利を発見し、後白河上皇様から寄進を受けたことで、われわれは越後国の祭祀権を掌握したも同然なのだ。分かりやすく言えば、越後の民にとって、わが城氏こそが精神的な支柱となった。だから仏舎利の件は、神秘的であればあるほど、有難味が増せば増すほどよい。城氏には神仏の加護があると、民がそれを信じれば信じるほど、越後の政事は安定するのだ」
 禅師は、ここからが本題と言わんばかりに白湯をぐっと飲みほした。
「われらの家は、天下に越後城氏と呼ばれておるが、そなたらは城氏の勢力が及んでいる範囲がどこまでか、正確に知っておるだろうか」
 そう言われてみればそんなこと考えたこともなかったので、板額たちは首を傾げつつ、互いの顔を見やった。
「一口に越後といっても広い。城氏が領土としているのは北部だけなのだ。南部には国府があって、われらの進出を阻止し続けている。近年、南進策を一端保留にして東の会津へと進攻したが、そのために奥州の藤原氏と国境をめぐって一触即発の状態にある。西側は海水の交じった湿地帯ゆえ、耕作地としては不向きだ。ようするに、われらは越後の一部を掌握しているに過ぎぬのじゃ」
「一部、ですか」
 板額はここまで聞いて心細い気持ちになってきた。
「だからもうすぐ、資永が帰ってくる。都で検非違使左衛門尉を務め、摂関家とも清盛殿とも強い繋がりをもった資永ならば、国府の在庁官人らを抑え込めるだろうと期待されてな」
「兄上が戻って来られたら、父上はご隠居なされるおつもりなのでしょうか」
「まあ、隠居といっても、資永の補佐にまわるだけのこと。ともかく今は城氏の正念場なのだ」
 藤五郎は腕を組んで「うーん」とうなった。
「よくわかりませぬ。越後の国は城氏のものでござりましょう。なぜ国府の連中が邪魔をしてくるのです?」
「そこのところを説明するためには、わが一族の歴史を遡る必要がある」
 板額は菓子に落としていた眼差しを急に上げた。
「そうだ、叔父上。前から聞きたいことがあったのです。城という姓を最初に名乗ったのは、余五将軍維茂様からなのですか?」
「いいや、あのお方の姓は平じゃ。平維茂公じゃ」
「なんだ。わたくしは維茂公をすごく尊敬しているのです」
「誰だって尊敬していますよ」師光がからかうように言った。
 余五将軍こと平維茂は、平安時代中期の武将であり、父貞盛の十五番目の養子であったため〈余五〉と通称された。東国の荒武者藤原諸任と戦って勝利し、その勇敢さを『今昔物語』に取り上げられた伝説の武将である。「並びなき兵」と称えられた維茂の名を、弓矢の家で知らぬ者はない。武士の道を歩まなかった禅師でさえも、余五将軍と聞けば胸の奥に少なからず高鳴りを覚えるほどなのだ。
「諸任との戦に勝って、北越に最初の地盤を得たのは維茂公であらせられるが、城の姓を正式に名乗ったのは、次の代の繁成公からじゃ」
「繁成様! 秋田城介!」板額は嬉々として言った。
 越後城氏の建国の父たちは、板額にとって古事記の神々にも劣らない英雄なのである。
 宮禅師は唐菓子を噛んだ。揚げ菓子が硬く感じるのは老いのせいだろうかなどと思いながら、ゆっくりと白湯をすすった。板額は身を乗り出して話の続きを待っている。
「余五将軍の子、繁成公が、出羽国に勢力を拡大し、秋田城介という官職を朝廷より賜って以来、わが一族は城という姓を名乗るようになった。秋田城とは羽州一帯を治めた軍事機関のことであり、城介はそこの副官を意味する。長官は貴族のお飾り的な役職だったから、実質的には一番偉かったといっても言い過ぎではあるまいよ。その自恃が、繁成公をして城と名乗らせた所以じゃろう」
「すごいな。わが一族は」菓子を頬張りながら、師光がもそもそとつぶやいた。
「が、繁成公は、当時東日本で最大勢力を誇った安倍頼良との戦に敗れ、出羽国での勢力を急速に失ってしまった。わが一族は押し出されるように越後へ南下し、ここ、奥山荘に根を下ろしたというわけじゃ。繁成公を城氏の初代とするなら、続く太郎貞成、二郎永基、足太郎永家、そして、板額の父、九郎資国へと至る。
 われら城氏は、まだたった五代目なのじゃよ。歴史的にみれば、ほんの少し前に越後に住み着いたに過ぎぬ。だから、それよりずっと以前から越後を治めてきた朝廷の出先機関、国府と対立しておるのだ」
 宮禅師のここまでの説明に、板額は合点がいかずに首を傾げた。
「でも、実際に土地を開墾したり、お百姓さんを養っているのは城氏ですよね。もう国府なんて必要ないと思うのですが」
「話はそう簡単には済まされぬのだ。今日の越後の政治的状況は、今の日本の縮図ともいえる。
 公地公民という言葉を聞いたことがあろう。そもそも土地と民は国のものなのじゃ。しかしわれわれ武門の家は、住み着いた土地に新たな開墾地を開き、そこから得られたものを私物化するようになった。一時は法令によって私有が認められたこともあったが、朝廷はほどなくして私有地からも輸祖という税を取り立てるようになる。為政者というものは、いつもそうじゃな。どこからでも税を吸い上げようとする。しかし、われわれ武家は、自分たちのものは自分たちのものと開き直って国府を無視してきたのじゃ。私有地に税がかかるなら、中央の有力貴族や寺社に開墾地を寄進して、その代わりに現地の支配権を保証してもらえばいい。たとえばここ奥山荘の本来の所有者は摂関家、豊田荘の所有者は東大寺なのじゃ。そんなこと、そなたらは知らなかったであろう」
「それが、いわゆる、荘園と呼ばれるものなのですね」と綱時が納得したようにうなずいた。
「ようするにわれわれは、有力者の権威を利用して、実際のところ私有地を保有しておるのじゃよ。城氏と国府の対立は、一つの土地をめぐる、私有地の地主と、国有地の管理人による争いなのじゃ」
 宮禅師は藤五郎に椀を差し出した。しゃべり過ぎて喉が渇いたのだった。
 藤五郎は白湯をつぎながら
「いま、日本中でそのようなもめ事が起こっているのですか」と神妙な面持ちでたずねた。
「うむ。時代は変わろうとしている。このような時期は、大きな争乱が起こるやもしれぬ。だからわしは、まだ若いそなたらに政事の話をするのだ。
 先ほどわしは、霊夢は嘘だったと白状したな。驚いたかもしれぬが、これが政事というものなのじゃ。仏舎利の発見後、ただちに兄の資国は、越後にある寺社仏閣の整備や復興を大々的に行った。あのような事業は、民心を掴むためにやらねばならぬことなのだ。城氏が民の信頼を得ることができれば、国府は自ずから没落してゆくじゃろうて」
 ここまで語って、宮禅師が庭の方に目を向けると、太陽はすっかり西に傾いていた。
 金の三重塔は夕日の光を直に浴びて、深みのある橙色の輝きを周囲に放っている。直視するにはまぶしすぎる輝きだった。
 宮禅師はしばらく塔を眺めながら何か物思いにふけっている様子だったが、ふいに板額たちの方を見て
「そなたら、武芸の稽古もしっかりやらねばならぬぞ」と言った。
 藤五郎は居住まいを正した。「学問と同じぐらい、武芸にも励んでおります」
 次郎は奥歯に菓子の食べかすでもつまっているのか、口の中でもごもご舌を動かしながら「わしは武芸の方が好きだから」と言った。
 板額はすぐに言葉が出て来なかった。
 宮禅師は、近い将来、戦が起こると予感しているのかもしれない。武芸の稽古に励めなど、禅師の口から初めて聞いた。板額は急に、戦というものを身近に感じた。
「弓で的を狙うのと、戦場(いくさば)で人を射るのとは全然別物やもしれませぬ。ですが、いざ合戦となれば、ご先祖様の名に恥じぬよう、敵に背をみせぬ覚悟です」
「うむ」禅師は立ち上がると、板額たちを連れて庭園に出た。
 宮禅師の法衣は、ところどころが擦り切れている。金色の塔がそびえる勅願時の住職となっても、質素な暮らしを続けているのだろう。
「わしは仏舎利の存在を政事に利用した。それはなぜかと言えば、越後の平和を望んでのことだ。わしは出家をしたのだから、本来なら俗世のことにかかわってはならぬ。だが、父祖の地を血で汚してもならぬ。
 地中から出て来た唐櫃の蓋を開けたとき、わしはお釈迦様の存在を肌で感じて、わけもなく涙が流れたものよ。あのとき誓ったのじゃ。不肖宮禅師、越後の平和のために力を尽くしまする、とな。そして、上皇様に申し付けられたように、国家鎮護と皇室の繁栄を朝晩祈願しておる」
 夕日が日本海に沈む直前、陽光はいっそう輝きを増すようである。金色の三重塔は、板額や藤五郎や次郎の横顔をまばゆく照らし、元服間近の子らの面構えを凛々しく際立たせた。宮禅師は西の空をうやうやしく拝し、振り返って三人と向き合った。
「ここにはお釈迦様の目があるのだぞ。だからそなたらは、心して生きるがよい。そなたらがこれからどのように生きるか、お釈迦様はすべて見ておるでな」

第二章 母の教育方針

 奥山荘(おくやまのしょう)を流れる胎内川の川岸に、褌姿のたくましい男が二人立っている。その二人に挟まれるようにして、鎧直垂(ひたたれ)姿の板額(はんがく)が立っていた。
「何を情けない顔をしておるのじゃ」
 板額の手を取り、籠手の紐を結んでいた傍らの男が笑い出した。次兄の長茂(ながもち)である。
「情けない顔をしておりますか?」
 板額は軽く首を振って、大きく息を吐いた。
 屈んで脛当ての紐を結んでいる新津(にいつ)四郎有資(ありすけ)が、板額の顔を見上げて笑ってみせた。
「板額さま、憶することはございませぬ。溺れそうになったら、わしらがすぐに助けますから」
 板額は目を閉じて、深呼吸を続けていた。
 鎧の具足をすべて身に着けると、総重量は七貫目(三十キロ弱)ほどにもなる。この重さに慣れるため、武家の子弟は日頃から大鎧(おおよろい)を着用して稽古に励んでいる。しかし、これを身に着けて水の中へ入るとなると話は別だ。
 長茂は板額の顔を覗き込んだ。
「よいか板額。大鎧を着たまま川や海に転落した場合、沈まぬように泳がねばならぬ。合戦の場となる平野には大抵川が流れており、湖沼も少なくないから、これはあり得ぬ話ではないのだ。心して鍛錬せよ」そう語気を強めて諭した。
 厳しい面持ちの長茂とは違い、有資は子供に話しかけるような柔らかい口調で
「甲冑泳ぎにはコツがあります。水中では両足を開いて、足を回すように動かします。このとき、肩の力は抜いてください。決して力んではなりませんよ」と言って、鎧を固定する受緒が肩に食い込んでいないかどうか入念に確認していた。
 奥山藤五郎綱時と豊田次郎師光(もろみつ)が先に川へ入っていた。彼らもまた褌一丁になって立ち泳ぎをしている。万が一板額の体が水中に沈んでしまったら、男が四人がかりで引き上げる段取りになっているのだった。このものものしさが、われながら歯がゆいほど板額を緊張させた。
 綱時と師光は折烏帽子(えぼし)をかぶったまま泳いでいる。当時の男子は、どんなときでも冠をとらない。
 二人はつい先日、元服の儀を済ませたばかりだった。垂髪を切って髷を結う理髪の儀も、冠を頭頂にかぶせる加冠の儀も、すべて棟梁資国(すけくに)の手で執り行われた。当然、烏帽子親は資国である。儀式の間中、二人は感激のあまり泣きそうになるのを必死でこらえた。
 成人した男子はこの後、いついかなる時も冠を戴き、決して頭頂部を人に見せないという作法を守ってゆくことになる。

 川の水に足をひたすと、毛皮の貫に水がしみ込んだ。雪解け水の冷たさが指先から伝わってきて、板額は鳥肌が立った。
「板額さま、早く参られませ」
 師光がはやし立てるように声を上げた。手まで振っている。
「なんだか楽しそうじゃな」綱時が声をかけると、
「板額様のあんな弱気な顔、わし、初めて見た。ああ見えてもやはり女子なのじゃな」などと独り言ちて、師光はゆうゆうと手で水をかいた。
 川辺で育った男らは水に慣れているが、さすがに板額は水遊びなどしてこなかったので、いきなり甲冑泳ぎなどといわれても、まったく未知の領域なのである。
「さあ板額、まいろうか」
 長茂と有資に腕を取られながら、ゆっくりと川の流れに全身をひたした。
 川底に足がつかない辺りまで来ると、板額は慌てて長茂と有資の腕を掴んだ。それでも体が水に沈む。
「だめ!だめ!」
 板額は激しく両足を動かした。なぜだか、もがけばもがくほど大鎧の重さに引きずられるように体が水底に沈んでゆく。板額は取り乱した。
「兄上、無理です、無理!」
「板額! そんな情けない声を出したら母上に叱られるぞ!」
 長茂と有資は、板額の両脇を持ち上げるように立ち泳ぎを続けた。
 
 長茂が板額に厳しく武芸を仕込んでいるのは、母、伊那の方針に則っている。
 板額が産声をあげたとき、伊那はまず、赤子の名前をどうするかで悩んだ。女である以上、男のような名前にするわけにはいかないが、いかにも女のような名前にもしたくなかった。そこで思いついたのが、産屋の所在する「飯角」という地名を音読みすることだった。「はんがく」という響きなら、女子のような印象はないし、凛々しくもあろう。「はんがく」に「板額」という漢字を宛ててみれば、これはなかなかよくできた命名だとわれながら気に入った。
 伊那は、女は強くなければならないと考えている。なぜなら、当時は女の身でも男と同等に財産を相続する風潮があったからである。財産とは土地のことであり、全国各地で頻発している紛争は、すべて土地をめぐる争いなのだ。女も当然、武力衝突に巻き込まれる可能性がある。これからの女は、自ら弓を引いて戦える技術を持たねば生き残れぬと伊那は思いつめていたのだった。
 しかし、理由はそれだけではない。
 伊那の心情を理解するためには、九十年ほど時をさかのぼる必要がある。

 永承六年(一〇五一年)から寛治元年(一〇八七年)にかけて、東北地方を激震させた二つの大乱があった。
 古来、東北地方は蝦夷と呼ばれ、独立国の様相を呈しており、天孫の時代から朝廷に服属することを頑なに拒んできた。史上名高い坂上田村麻呂と阿弖流為の戦いを筆頭に、朝廷が派遣した追討軍と、蝦夷の反乱軍とが幾度となく合戦や紛争をくりかえしてきたのである。
 なかでも太平洋側の奥六群を支配した安倍氏の勢力は強大であった。この、安倍氏追討の勅命を受けたのが清和源氏の嫡流源頼義である。後にこの血統から鎌倉幕府を立ち上げた頼朝が出てくるのだが、まだ先のことである。
 頼義は子の義家を従えて安倍軍との決戦に及んだが、慣れない土地の戦で苦戦を強いられ、あげくに北国の厳しい冬に進軍を阻まれ、ついには全滅寸前まで追い込まれてしまう。この窮地を救ったのが、日本海側の出羽三郡を支配していた豪族の清原氏だった。劣勢の頼義に助勢を懇願されて追討軍に加勢し、結果、ほとんど清原氏の独力で安倍氏を滅ぼしたのである。これが世に言う「前九年の役」だ。
 この戦の恩賞は、清原氏の二人の継嗣、清衡と家衡の兄弟に分配されることになる。しかし分配の仕方に不公平があるとして、弟の家衡が兵を挙げた。これが「後三年の役」と呼ばれる争乱である。
 兄の清衡が恩賞として得た土地は、南寄りで肥沃だった。北へ行けば行くほど作物の実りが悪い土地柄であれば、北方へ追いやられた家衡の怒りは当然のことといえた。しかも、兄清衡は養子であり、清原氏の正統な血統ではなかった。家衡は自分こそが一族の嫡流であると自負していたのである。かくして清原氏のお家騒動が勃発し、この鎮定に乗り出したのが頼義の子、源義家だった。
 清原氏の存在が第二の安倍氏となることを危惧した義家は、嫡流でない清衡に肩入れして家衡を攻撃した。しかし戦は、地勢に明るい家衡軍が優勢だった。
 家衡には優秀な参謀がいたのである。叔父、清原武衡。戦の駆け引きは、ほとんど武衡の主導で行われた。この人物こそ、板額の母、伊那の祖父にあたる。
 出羽国の山城に立て籠った家衡軍は、そこで冬の到来を待った。雪が降れば、また前九年の役の時のように寒さと飢えが義家・清衡連合軍の士気を奪い去るはずだからである。
 焦った義家は、家衡の山城を兵糧攻めにする。この当時、まだ兵糧攻めという戦略はめずらしかった。いや、戦略として認知されていたかどうかも疑わしい。水の手を切り、食料の輸送路を完全に遮断したのである。備蓄が底をつきかけた家衡軍は、婦女子(ふじょし)の命だでも救おうと城門を開いて投降させた。しかし義家はそれを押し戻したのである。籠城する人間が一人でも多いほど蓄えを食いつぶし、落城が早まるからであった。
 城内は飢餓状態に陥った。この惨状を見て、家衡の守役であった藤原千任はたまりかねて激昂し、矢倉門へ駆け上がると、「義家はどこじゃ! 出て来い義家ぇ!」と、あらん限りの声を上げて呼ばわった。
 義家は宿老らと城柵の手前まで馬を進めた。
 千任は矢倉から半身を乗り出し、口角泡を飛ばして叫んだ。
「かつて、おまえの親父は、安倍氏にさんざん打ちのめされ、ほうほうの体でわが一門に泣きつき、辛くも前九年の役に勝利したのではなかったか! その恩義を忘れ、このような下劣な戦略で女子供にまで犠牲を強いるとは何事ぞ! これが武士の戦い方か、坂東武者のやり方か、おまえのような卑怯者は、必ずや天から鉄槌を下されようぞ!」
 大勢の部下がいる前で、自分と亡父のことを愚弄された義家は、憤怒のあまり手綱を握る手がわなわなと震えた。が、城の陥落は時間の問題と自らを諭し、辛抱強く今後の成り行きを見守ることにした。
 数日後、ついに食料も水も枯渇した家衡軍は降伏を申し入れてきた。しかし、義家は拒絶する。
 万策尽きた家衡は城に火をかけて逃亡し、城内の者らはことごとく義家軍に殺され、女たちは気の高ぶった兵卒らに強姦された。
 参謀の清原武衡は、沼地に潜伏していたところを発見され、義家の面前に連行されてきた。この時代の武士は、後世の武士のように死に急がず、自ら腹を切るような慣習がなかったのである。
 床几に腰を下ろした義家の表情は冷ややかであり、居並ぶ諸将たちさえいたたまれなくなるほど重たい空気を醸し出していた。
 武衡は、当然助かるまいと覚悟こそしていたが、恥も外聞も捨てて「どうか一日だけ延命を賜りたいと存じ奉ります」と伏して懇願した。
 身重で実家に帰している妻に、一筆別れの手紙をしたためたかったのである。このうえは、お腹の子は父無し子になる。だからせめて、その子にも何か言葉を残しておきたい。ただその一心で地に額をこすり付けた。
 この情景を見ていた義家の弟、新羅三郎義光は
「兄上、降伏した者に慈悲をかけるは武士の習い。願いを聞き届けてやりましょうぞ」と、自らも片膝を付いて頭を下げた。
 しかし義家は、冷ややかに武衡を見下しながら、首を縦に振らない。
「降人とは、自首してきた者のことであり、こやつは逃亡者である。よって、その罪によって、今ここで斬首する」
 武衡は観念したように身を起こすと、静かに合掌し、口の中で小さく経文を誦した。妻と、これから生まれてくるわが子に幸多きことを。どうか、神仏のご加護を。
 頭上で一瞬閃いた太刀が振り降ろされるのと同時に、武衡の首が打ち落とされた。
 続いて、捕縛された藤原千任が連行されてきた。
 義家は腰を上げると、縄にかけられた千任の前で仁王立ちになった。
「面を上げよ」と、低い声で言った。
 千任は義家に威圧されて顔を上げられない。
「千任よ、先日矢倉の上からわしに申したこと、もう一度ここで、申してみよ」
 千任の体がわなわなと震え出した。
「もう一度、申してみよ!」
 義家の怒声が陣中に響き渡った。
 千任は縮み上がり、一言もことばが出ない。
「こやつの、舌を切れ」
 配下の者らが千任を取り囲み、髷を掴んだ。千任は激しく首を振り、後ずさりするように足を動かしながら、あらん限りの力を込めて歯を噛み締め続けた。業を煮やした郎従が、金箸を千任の口に打ち付けて前歯をことごとく砕き、舌を挟んで引きちぎった。
 千任は悲鳴とも悶絶ともつかない声をあげ、大量の鮮血を地面に垂れ流した。歴戦の宿将さえ何人かは目をそむけた。
 さらに義家は、千任の首を縛りあげて木に吊るし、足元に斬首したばかりの武衡の首を置いた。
 千任が苦しさのあまり足を下ろすと、武衡の首を踏みつけてしまう。足を上げると自分の首が締まる。千任も武士であれば、主筋の首級を無下に踏みつけることなどできるはずもなく、必死に膝を曲げるのだが、やがて苦しさのあまり足を下ろしてしまう。また上げる。涙を流しながらこれを繰り返し、とうとう力尽きた。千任の足は武衡の首を踏みつけたまま動かなくなった。
 義家は、この一部始終を、笑みを浮かべながら眺めていたという。
 敗軍の将となった清原家衡は、下人に変装して逃亡を続けていたが、追捕の兵に発見され、弓で射殺された。
 家衡と争った兄の清衡は、この後旧姓の「藤原」に改名し、奥州藤原氏の初代となるのである。

「戦とは、むごいものよ」
 これが伊那の口癖である。
 伊那は、祖母の実家、出羽の立川氏のもとで育った。
 清衡武衡の妻であった祖母は早くに世を去った。武衡の最後の有様については人づてに耳に入っていたようであり、後三年の役から数年後、精神を病んで死んだ。伊那の母は立川氏の遠縁にあたる家に嫁いだが、生来病弱であったため、伊那を産んでほどなくして亡くなった。武衡の最期の祈りもむなしく、幸の薄い母子であった。
 伊那もまた、敗者の血統であるため身を隠すようにして育ったが、出羽で勃興した城氏に見出され、資国の妻となったのである。
 物心ついたときから、祖父や藤原千任の最期を、炉辺の昔語りのように聞かされて育った伊那は、戦のむごたらしさを強烈に自覚するとともに、俗世において戦というものが避けられない運命であるなら、絶対に負けてはならぬ、勝たねばならぬ、武士は強くあらねばならぬと思い詰めて生きて来た。この決意に基づいて子供たちを育てた。
 たとえ女の身であろうとも、男の戦に巻き込まれて強姦されるだけの女になってはならぬ。伊那は娘の時分から、自ら進んで弓の稽古に励んできた。しかしそれは、あくまでも手習い裁縫の余暇を使ってのことだった。だから娘の板額には、自分の轍は踏ませまいと、武芸一筋に育ててきたのである。
 伊那は、〈戦〉という悪魔におびえていた。おそらく伊那の母もそうだったにちがいない。戦はふいにやってきて、すべてのものを奪ってゆく。どこからやって来るのか、どこに潜んでいるのかもわからない。しかしひとたび現れようものなら、祖父や千任のようなむごい仕打ちを受けるのだ。そんな不安がいつも心のどこかにあり、眠れなくなることもあった。伊那の母が病に伏せがちだったのも、このような脅迫観念に苛まれ続けた結果ではなかったか。
 伊那は、わが子を深く愛している。溢れるばかりの母性と愛情は、子供たちが強くなることしか望んでいない。戦という悪魔に、決して負けてはならないからであった。

「ほら、板額ッ、がんばれ」
 どんなに長茂に励まされても、板額の体は浮き上がらない。水を吸った鼻の奥が痛く、目も沁みて痛い。
「がんばれ、がんばれ」ひたすら繰り返す長茂をよそに、片方の腕を支えている有資が耳元で言った。
「板額様、体の力をぬいて、優雅に足を動かしてごらんなさい」
 すでに体力のつきかけている板額は、有資に言われるまま、ゆらゆらと足を動かしてみた。すると、水の中で次第に体が安定し始めた。
 有資は、それを見て取ると、「次は、水を踏みつけるように動かしてみなされ」と指示した。
 あれっと板額は思った。体が軽く感じられてきたのだった。
「泳げてます、たぶん!」板額が声をあげた。
「よし、綱時、板額の手を取ってやれ」
「板額様、わしの手につかまって」
「有資、ゆっくりと手を離すぞ」
 ここまでしっかりと板額の両腕を支えてきた長茂と有資の手が離れた。
 いざとなれば板額の体を抱えて浅瀬まで泳ぐつもりの師光が背後に控えている。
 いくらか水を飲み込みながらも、板額の顔は水面から出ていた。
 最初は綱時の手を力いっぱい握りしめていた板額の手から、徐々に力みがとれてくる。
「板額様、離してみましょうか」綱時が手の力をゆるめると、板額の手がすべるように離れた。
 沈まない! 板額は驚いたように皆の顔を見まわした。その様子を見た綱時は高らかに笑った。「おみごと!」
 師光はがっかりしたように顔をしかめた。なんだ、もう泳げるのか。結局、なんでも上手にできてしまうんだよなぁ、この姫君は。
 板額は手で水をかいて師光の方へ体を向け、どうだ、と言わんばかりの表情をしてみせた。
 長茂の手が、有資の肩をつかんだ。
「見よ、さすがはわしの妹じゃろう」
 有資はうなずいて、長茂の手に自分の手を重ねた。
 両手で軽く水をかきながら、板額は姿勢を保ち続けた。
 いつもは川岸から眺めているだけの水流に身を浸し、いまは流れの中から岸を見ている。視界いっぱいにきらめく波光と、雲一つない空を板額は見渡した。すでに大鎧の重さなど忘れており、綱時と師光の顔に水をかけていた。
 川からあがると、大鎧の重さがいつもの倍以上に感じられてへたり込んでしまったが、そんなことまで楽しく感じられ、板額はなんだか笑いが止まらない。
 鎧を脱ぎ、濡れた小袖を乾かすために、板額は川辺の草の上に腰を下ろした。長茂もやって来て、横にどかりと座った。
 川ではまだ綱時と師光が泳いでおり、有資は浅瀬に立って二人に何か声をかけて笑っている。板額と長茂は遠巻きにそれを眺めた。
「板額、わしはそろそろ白川館に戻るとする」
「もうお帰りですか。ずいぶんあわただしいですね」
「白川館は、われらの支配地域と国府領との境界にある。あの場所は一触即発だからな。あまり留守もしておられぬ」
 長茂は、城氏にとって重要な戦略拠点に位置する白川の地に赴任したばかりだった。まだ二十代であるが、少年の頃から強弓を引き、大太刀を振るい、剛の者として将来を嘱望されているのである。
 本名は資職といった。しかし余五将軍維茂の武勇にあやかりたいと茂の一字をいただき、武運長久の長をつけて長茂と名乗っているうちに、それが通称になってしまった。
「なあ板額、わしらはもっともっと武芸を磨いて強くならなければなるまいぞ。天下の豪傑となって、資永(すけなが)の兄を支えてゆかなければならぬ」
 もちろんですと言って板額はうなずいた。
「おまえは武芸の筋もよく、度胸もあるほうじゃ。しかし、太刀での戦いや、組み打ちとなったら、さすがに男には勝てぬだろう」
 長茂がそう決めつけるのには理由がある。
 この時代、まだ技法的な剣術は確立されておらず、太刀ならば力任せに長大剣を振るう者が圧倒的に強く、組み打ちとなれば相撲と同じ理屈で体の大きい方が有利だった。小よく大を制す的な剣術や柔術が確立されるのは、ずっと後の、室町時代末期なのである。
「だから板額、おまえは弓の腕をもっともっと上げるのじゃ。射芸は性別を問わぬ。弓なら男と互角に渡り合える。いや、むしろ、おまえの方が勝るだろう。わしはお世辞など言わぬぞ。おまえが強いのは、わしがおまえを育てたからじゃ」
 そう言って、長茂は板額の頭を軽く揺さぶった。本人は撫でているつもりなのだが。
「今日の甲冑泳ぎで、わしとの稽古は終わりじゃ。これでもう、すべて教えつくした。これからは独力で鍛錬してゆくのじゃぞ」
「兄上、終わりなどと言わないでくださりませ。わたくしはまだまだ兄上と稽古がしたいです」
「可愛いことを言うものよ。しかし、わしも白川館を任せられている以上、職務に精勤せねばならぬ。おまえはもう大丈夫じゃ」
 長茂は立ち上がり、有資に声をかけた。そろそろ帰ろうか。そう言って歩き出したとたん、河原の丸石を踏み損ねてひっくり返った。
「痛ぁ」
 すぐさま有資が駆け寄って来た。
「足をくじいたかもしれぬ」長茂が情けない声を出すと
「困った人ですね。さあ、わしの肩につかまって」
 有資は長茂の腕を首にまわして立ち上がらせた。
 二人は同世代である。有資は幼少の頃から長茂の近習を務めている。
「館に戻ったら、薬草をぬってさしあげます。馬に乗れますか」
 (あぶみ)に足をかけた長茂の尻を、有資がふんっと気合を入れて一押しした。
 二人のやり取りを見ながら板額は、ほんとうに仲良しな二人だなと思った。仲良しを通り越して、なんだか夫婦のようにも見えた。
「じゃあ板額。次に会うのは、資永の兄が帰って来たときだな。それまで、たっしゃでな」
 長茂と有資を乗せた馬が、二つの尾毛を並べながら遠退いていった。
 川から上がった綱時と師光の肌は、少し日に焼けたようである。

 奥山荘城館の(くりや)から炊煙が立ち昇り、中門廊の方まで夕餉の匂いが漂っていた。
 縁端に腰かけた板額は、桶水に足を浸しながら、今日は川で泳いだからそれほど汚れてはいないのじゃと侍女に話しかけていた。
 広縁の奥から伊那が衣摺れの音を立てながらやってきた。
「おかえり、板額。そろそろ夕餉の支度が整ったようですよ。おや、少し日焼けしたようですね」と言って板額の顔を覗き込んだ。
「今日は甲冑泳ぎをしました。最初は生きた心地がしませんでしたが、なんとかわたくし、泳げるようになったのですよ」
「それはそれは、立派なこと」
 伊那は板額の成長が率直に嬉しい。
「でも、母上。兄上との稽古は、今日で終わりなんですって」
「そうですか。あの子はよくやってくれましたからね、もう充分でしょう。これからは板額、綱時や師光とともに、いっそう武芸に励むのですよ。そして、もっと強くおなりなさい」
 侍女に足を拭かれながら「はい」と答えた板額だったが、内心では、母の着ている桜萌黄の狩衣(かりぎぬ)に見とれていた。
 女房装束を着たいとは思わないのだが、美しい色彩を見ると、その色で自分の体を包んでみたい衝動に駆られるのだった。子供の頃からその衝動は変わらない。
 夕食を食べ終えると、さすがに睡魔が襲ってきた。しかし板額には、もう一つやっておきたいことがあった。
 硯箱を取り、文机の前に座ると、板額は手の中であくびをしながら墨をすった。墨汁に筆の先をつけるとにわかに真剣な面持ちになり、自分なりに精一杯美しい字を書くことに努めた。


  資永 兄様

 越後の里も暖かくなってまいりました。兄上様におかれましては、ご公務がお忙しいとのこと、それで御帰郷が遅れているようだと知り、皆とともに心配致しております。一日も早く兄上のお顔を拝したいと首を長くして待っております。
 わたくしは今日、水練を致しました。大鎧を着て水に入ったのです。わたくしは水に慣れておりませんでしたが、どうなったと思われますか。長茂の兄も近習たちも、わたくしが溺れるのではないかと冷や冷やしながら見守っておりましたが、わたくし、泳げたんですよ。しかも、たぶん、初めてにしては上手に泳げたほうだと思います。
 毎日母上に励まされながら、武芸の稽古に励んでいます。長茂の兄が、天下の豪傑となって兄上を支えていこうと申しますので、わたくしはこれからも倦まず弛まず精進してゆく心意気です。
 さて、こんなわたくしでも、少しは女らしい願い事もあったりするのです。
 わたくしは普段、男子が着るような水干を着ているのですが、多少体つきが男子とは違ってまいりましたので、何か別の服装がないものかと考えるようになりました。
 そこで、兄上にお頼みしたいことがございます。
 兄上が居られる京の都は、華やかなところだと聞き及んでおります。そのようなところには、華やかな着物などもたくさんあるのではないかと思ったのです。わたくしは、いかにも女が着るような着物が苦手です。これまでも着てこなかったし、これからも着ることはないでしょう。衣や単を重ねるような着物ではなくて、もっと軽装で、動きやすく、しかも、ここのところが肝心かなめなのですけれど、見栄えの良い着物が欲しいのです。そんな着物、お心当たりございませんか。
 もし、これぞという着物がございましたら、どうか都で買い求めていただきたいのです。
 わたくしは男並みに武芸の稽古に励んでおりますから、普通の女にくらべたら、恥ずかしながら恰幅がいいかもしれませぬ。また、兄上には正直に申しますが、乳がどんどん大きくなってきているのです。このような体形のこともお心に留めておいていただき、わたくしに似合いそうな着物を探していただきたく、心からお願い申し上げます。
 兄上の御帰郷を、いまかいまかと心待ちにしております。
 どうかそれまで、お体ご自愛くださいませ。 かしこ
                        板額より

第三章 兄の帰還

 都から越後に行くためには北陸道を通っていくしかない。日本海側の海岸線に沿って、いくつもの峠や難路を越えて行く。
 帰郷する資永(すけなが)の一行には奥方の侍女も多数いるため、板輿が数台加わっており、道中の歩行は慎重を期した。通常の行程よりも長い時間をかけながら、馬も従者もゆるゆると行進している。
 板輿の物見から顔を出して外を眺めているのは、まだ五歳になったばかりの資永の嫡子、小太郎である。その一台後ろの輿に揺られているのが、資永の妻、嘉乃であった。
 幸い天候にはめぐまれていた。荒れ模様の日本海沿岸を進むのは土地の者でも難儀するほどだったから、その点は資永も安堵していたが、今年は雨季に入っても一向に雨が降らず、そのことが気がかりだった。
 資永の頭の中は、いつも政事のことでいっぱいなのである。京師で打ち続く不穏な情勢も気にかかっている。
 平清盛が天下に及ぼす影響力が増幅するにつれ、後白河上皇との軋轢が深刻なまでに深まって行き、昨年、清盛はついに、武力を誇示して朝廷から上皇および側近を追放した。これに反感を抱いた上皇の第三皇子以仁王は、全国の源氏に〈平氏追討の令旨〉を下し、自らも摂津源氏の源三位頼政と共に挙兵して鎮圧されたばかりである。資永が憂慮しているのは、〈平氏追討の令旨〉が独り歩きすることだった。太政大臣清盛の存在によって一応政権は安定している。しかし、源氏勢力が一斉に反旗を翻したら、大規模な内乱が起こることは必定だろう。足元の火がどこまで広がるか、旅の間中、資永は考え続けているのだった。
 先頭を行く髭面の男が、「おお」と感慨深い声をあげて馬を止めた。
「殿、ようやく弥彦山が見えてきましたぞ」
 男が指さす方向に、海岸線に沿って連なる山容が望めた。
「あの山の向こうは下越。あと一息ですな」
 髭面の男の名は、金津(かなつ)小二郎資義(すけよし)という。嘉乃の兄であり、長茂(ながもち)の近習、新津(にいつ)有資(ありすけ)の兄でもある。名前に「資」という城氏嫡流の通字が使われているところからも、この一族と城氏との繋がりの深さをうかがうことができる。
 金津資義の先祖は、後三年の役平定後、越後に残留した源氏の一流である。資義の父、平賀二郎有義は、越後北部に安定的な支配権を確立した城資国(すけくに)の政治的手腕と人柄に惚れ込んで、自ら臣下に加わったのである。
 城氏五代目棟梁資国は、開墾地を積極的に摂関家に寄進して領地を拡大し、朝廷との結び付きを着実に深め、在地勢力や国府と戦って負けたことがなかった。この力量にかねてから感服していた平賀有義は、政治的駆け引きの下手な源氏一門には早々に見切りをつけ、一身を捧げて資国に仕えたのである。しかも有義の祖父は、後三年の役のとき清原武衡の命乞いに同情した新羅三郎義光であったから、伊那の信頼も厚かった。
 惜しくも先年、有義は亡くなったが、長男の資義は金津荘、弟は新津荘という肥沃な土地を与えられ、その待遇は先代以上であり、ほとんど御親類衆の一員といっても過言ではない破格の扱いを受けている。資永が嘉乃を嫁に迎えたのも、深い信頼関係で結ばれた一族の娘であったことと無関係ではなかっただろう。
 資永は手綱を操って金津資義の傍らに馬を寄せると、故郷の匂いを確かめるように深く息を吸い込んで、弥彦山に目を凝らした。
「長い道のりじゃったのう。ようやく越後に戻って来たわ」
 一台の輿がガタガタと激しく揺れた。
「ちちうえ、着いたの? この中はたいくつじゃ」
 ぱっと簾をはねのけて、童水干姿の小太郎が外へ飛び出した。
奥山荘(おくやまのしょう)まで、あと一息じゃ。小太郎、父の馬に乗るか」
「殿、それにはおよばず」と言って、資義が馬を降りた。
「さあ、若君。資義の馬にお乗りくだされ」
 ひょいと小太郎を持ち上げると、飾り物を置くように、そっと鞍の上に座らせた。小太郎は足をばたつかせてはしゃいだ。
 板輿の簾を七分通り巻き上げてその様子を見ていた嘉乃が
「兄上、申し訳ござりませぬ」と声をかけた。
 薄紫の壷装束に身を包んだ嘉乃は、眉毛を落とし、丸い置き眉を額に描いてる。簾に手を添えて外を眺める仕草にも、長い都暮らしで身に付いた品の良さが感じられ、まるで宮廷の女官のようだった。
 資義は髭面をほころばせて、馬の口を取った。
「さあ、日の暮れぬうちに、まいりましょう」
 後列に向かって資義が手を上げると、一行はまたゆっくりと街道を歩み始めた。

 奥山荘の城館は大わらわの忙しさだった。資永の一行を迎えるために、朝から煮炊きの煙が立ち昇り、酒樽が土間に運び込まれていた。
 板額(はんがく)も気がせいて館の中をうろうろしていたが、家事などしたこともなかったから、何を手伝えばいいのかわからず、忙しく立ち回る使用人たちの邪魔にならないように、ただうろうろと歩き回っていた。
 ふと父の部屋を覘くと、資国が一振りの佩刀を押し頂いて神妙な顔つきをしている。板額の視線に気付いた資国は「おお、板額。そこで何をしておるのじゃ」と声をかけて、太刀を膝の上に下ろした。
野狐剣(やこのつるぎ)ですね」
「いかにも。おまえも手にしてみるか」
 板額は躊躇した。棟梁以外、普段はめったに見ることのできない一族の家宝なのだ。
 野狐剣。またの名を慕狐丸。城家が代々伝えてきた伝説の太刀である。
 伝聞によれば、余五将軍平維茂が、翁に化けた狐から授かった太刀であるという。真意のほどは定かではなかったが、この太刀の伝説は城氏の隆盛とともに全国に知れ渡り、およそ武門の人間でその佩刀の名を知らぬものはなかった。
「わたくしが持ってもよいのですか」
「当たり前ではないか。そなたは宗家の娘ぞ」
 初めて手にする野狐剣は、ずっしりと重かった。
 板額は目を丸くして宝刀を端から端まで眺めた。
 白い鮫皮の柄、所々に金銀細工の施された朱色の鞘。反りのない平造りの直刀で、ずいぶん古いものにちがいない。野狐剣には霊力が宿っていると伝わっており、剣の持ち主に逆らうものは祟りにあうという。
「この剣を、資永に相伝するつもりじゃ」
 資国の声には、どこか清々したような明るさがあった。
「やはり父上は、ご隠居なされるのですか」
「ああ。一線を退いて、ゆっくり過ごしたいと思うておる。
 先年、三好為則という男が越後権介になって以来、国府の締め付けがいっそう厳しくなった。もう、国府とのいさかいにも疲れたわ」 
 折烏帽子(えぼし)を冠った資国の頭髪は、すでに白髪のほうが目立っている。
「都の平氏政権も、少なからず動揺をきたしておるという。平氏打倒の動きもあるとか。時代はまた、激しく動揺するであろう。幸いにも資永が、良く出来た跡取りに育ってくれたから、時代がどうなろうとも、わしは安心して隠居できる。あの子にまかせておけば、きっと難局を乗り切ってくれるじゃろう」
 資国は膝を撫でながら、自ら納得したように深くうなずいた。
「板額、その太刀を相続した者は城氏の棟梁になる。一族の者は誰も野狐剣の持ち主には逆らえぬ。これは絶対の掟ぞ。よく覚えておきなさい。
 この剣の伝説が嘘であろうと、誠であろうと、このようなものを相伝して来た城氏は賢明であったといえる。万が一、一族が分裂の危機に陥ったとしても、この剣を高く掲げて号令すれば、何人たりとも逆らうことはできず、意志は一つにまとまるのじゃ。その意味で、確かにこれは家宝なのじゃよ」
「この太刀が、永遠に相伝されてゆくとよいですね」
「その通りじゃ。弓矢の家の使命は、ただそれだけであると言ってもよい。そのために戦い、そのために死す。実に、わかりやすいものじゃな」
 資国は野狐剣に向けていた眼差しを上げて、屈託のない笑顔を板額にみせた。

 城館の矢倉門から街道に目を凝らしていた郎従が、大きく半身を乗り出した。
「資永様の御一行じゃ。ご到着なされるぞ!」
 陽が西に傾く頃、ようやく資永を乗せた馬が館前の板橋を渡った。
 中門廊の縁端に立って、資国が一行を出迎えた。
「長旅で疲れたであろう。息災であったか」
「はい」と答えて馬から降りた資永は、両の目を細めて父の顔を眺めた。「お変わりありませぬか」
 資国がうなずいてみせると、横に立っている伊那に向かって「ただいま戻りましてござります」と深く頭を下げた。
 主屋の縁側から庭に飛び出した長茂が、「兄上!」と声を上げて駆けて来た。「すっかり殿上人の貫禄じゃ」
「長茂、そなたのほうこそ豪傑の貫禄が出てきたようじゃな」
 二人は顔を見合わせて、ひしと抱き合った。
 金津資義の手で小太郎が馬鞍から降ろされると、待ちかねたように伊那が小太郎を抱き寄せた。
  新津有資が膝をつき、板輿から出てきた嘉乃の手を取った。嘉乃はなつかしそうに、館の周囲を見回した。
 郎従たちが荷を廊屋に運び入れ、厩に馬を引いていった。
 館の男たちは皆地味な直垂(ひたたれ)を着ているが、資永は長烏帽子を被り、貴族と同じ狩衣(かりぎぬ)姿だった。家族とは思えない風格に引け目を感じて、板額はなかなか兄のそばに行けない。
 資永は一通り身内や家人と挨拶を交わすと、目を凝らして辺りを見回した。郎従たちが取り巻く背後に、少女らしき頭が見えている。資永は引き寄せられるように歩き出した。
「板額」
 名前を呼ばれただけで、板額の鼓動は高鳴った。顔も覚えていない兄上。物心ついた頃には、もうここにはいなかったから。手紙のやり取りでしか兄を知らないのである。
「板額か」
 すぐそばで名前を呼ばれた板額は、「はい」と小さく応えて、恐る恐る顔を上げた。
 狩衣姿の資永を間近に見た板額は、とたんに顔が上気した。兄の美しい顔立ちが、源氏物語の光源氏を彷彿とさせた。
「大きゅうなって」資永の両手が板額の肩を強くつかんだ。
 資永の胸に、越後を離れていた遥かな歳月が、大きな感慨となってこみ上げてきた。まだよちよち歩きだった板額が、年頃の美しい娘に育っている。思わず目頭が熱くなった。
「小太郎、ここへまいれ」感傷的な涙を妹に見せまいと、資永は小太郎を呼んだ。
「小太郎、そなたの叔母の板額じゃ」
 嘉乃に着物の肩口をつかまれながら近寄って来た小太郎は、眉をしかめて板額の顔を覗き込んだ。
「なんだ。これがはんがくか。ただのおんなじゃ」
「これ、小太郎!」嘉乃が慌てていさめた。
「板額どの、申し訳ござりませぬ。板額どののことを、武芸の達者といつも話して聞かせておりましたから、とんでもない大男の姿でも想像しておったのでしょう」
 それを聞いて板額は吹き出した。
「すまぬな、小太郎。この通り板額は、ただの女じゃ」
 小太郎はがっかりしたような顔をして、そっぽを向いてしまった。

  棟梁の御座の間に、祝いの膳が運び込まれた。
 上座の上畳に資国が座すのも、そろそろ最後になるだろう。今宵は城館に寄宿する家人や郎従にも酒とご馳走が振る舞われ、(くりや)や納屋までもがにぎやかだった。
 大人たちの祝宴気分を察した小太郎が、広間の中を走り回っていた。
「坊、こちらに来て婆様とご飯をいただきましょう」
 伊那が手招くと、小太郎は着物の袖をひらひらさせながら歩いてきて、照れ臭そうに伊那のかたわらに座った。
 資国が手ずから瓶子を傾けて、資永の盃に酒をそそいだ。板額は塩魚の身を箸でほぐしながら、あんなに嬉しそうな父の顔を見るのはひさしぶりだと思った。家族そろっての団らんは、板額にとって初めてのことだった。
 宗家と同席して緊張した様子の金津資義と新津有資も、無礼講の雑談に興じているうちに、ほどよく酔いがまわってきたようであり、すっかりくつろいだ感じになってきた。
 軒先の燈籠はすべて灯され、広間にはいつもの倍の燈台が置かれており、夜も更けてきたとは思われない明るさの中で、皆が酒を酌み交わしている。小太郎は何やらひっきりなしに伊那と嘉乃に向かって話しかけていたが、二人は聞くふりをしながら自分たちのおしゃべりを楽しんでいる。
 資永がふいに顔を上げて、盃を膳に置いた。
「そうじゃ、板額。そなたに頼まれていたものを持ってまいったぞ。あいにくわしは女人の好みが皆目わからぬゆえ、嘉乃が探してくれたのじゃ」
 板額は「あっ」と思い出して、「もしや着物ですか」と目を輝かせた。
 嘉乃が侍女に声をかけると、大きな行李が運び込まれた。
「板額どの、あなたに似合いそうな着物を探してまいりました。なれど、初めに断っておきますが、これは普通の着物ではないのです。白拍子(しらびょうし)という舞や唱歌を生業とする遊女の衣装なのです。遊女といっても、貴族や身分の高いお武家の前で芸能を披露する方たちの衣装ですから、これがなかなか素敵なのですよ」と言って、行李のふたを開けた。
 板額は思わず「わあ」とため息をもらした。赤い単と白紗の水干、真っ赤な緋の長(はかま)だった。首元の懸緒や袖の紐も赤であり、胸元と袖の上には、紫色の小さな丸いふさ飾りが付いている。板額は心の中で(これよ、これ!)と手を叩いた。
「さっそく、お披露目してくれぬか」
 資永にうながされて、板額は侍女と共に屏風の裏へまわった。
 しばらくして照れ臭そうに顔を出した板額を見て、一同は大いに感嘆の声をもらした。
 嘉乃は得意げにうんうんとうなずくと、居住まいを正して説明を施した。
「本物の白拍子の衣装は袖と袴のすそが長いので、板額どのの体に合うように、だいぶ短く詰めました。実際の白拍子は立烏帽子を冠ります。板額どのは髪を頭の上で結っているから、これからは麻紐ではなく、もっと目立つ白布などを結い紐にすれば映えるでしょうね。
 白拍子の装束は、ちょっとした男装なのです。下は袴ゆえ太刀を履くこともできます。実際白拍子は、太刀を腰に付けて舞うのですよ。わたくしがこの装束を選んだ一番の理由は、これです」
 板額は、嘉乃の心遣いに驚いた。見栄えだけでなく、太刀のことまで考えてくれたのだ。
 伊那も板額の姿を眺めて、感心したようにうなずいた。
「遊女の衣装というから、どんなものかと思いましたが、実にこの装束は板額に似合いますね。この子は赤がよく似合う。鎧の威色目も赤が一等似合うもの」
 
 余談になるが、『吾妻鏡』という鎌倉幕府の公式記録が、板額の容姿について、〈顔色に於いては、ほとほと陵園妾に配すべし〉と記している。陵園妾とは白楽天の詩のことで、その一節に
〈顔色花のごとし〉とある。
 つまり、板額の顔立ちが、花のように美しかったと強調しているのである。吾妻鏡が、板額からみて敵方の、源氏の編纂した記録であることを思えば、敵をも魅了するほどの美しさだったことは史実としても間違いない。

 板額は体を左右にくねりながら、白い水干の袖と、赤い袴の裾をひらひらさせた。普段はめったにみせない仕草である。
 伊那の体に寄りかかっていた小太郎がそれを見て
「やっぱりはんがくは、ただのおんなじゃ」とふてくされたように言った。どっと湧き起こった大人たちの笑い声をよそに、小太郎はそのまま眠ってしまった。長旅で疲れたのだろう。

 明けの刻、主屋の草葺屋根の上で雀の群が鳴いている。
 板額は的場に立ち、朝食前の弓の稽古をしていた。昨晩寝所に入ったのはずいぶん遅かったが、鍛錬を怠るなど思いもよらない。ひんやりとした朝靄が板額の頬をなでた。
 きりきりと弓弦(ゆづる)を引き絞り、放った矢が的を射る音を聞きとどけると、板額は弓杖をついて目を凝らした。矢竹は真ん中に突き立っている。
「おみごと」
 それは資永の声だった。板額は驚いて振り返った。
「兄上、ずっとそこにおられたのですか」
「的の音が聞こえてな。そなただと思うた」
 板額が持っている滋藤の弓を手に取ると、資永は張りを確かめるように弓弦を指で引いた。
「いま一度、射てみよ」
 差し出された弓を手にした板額は、少し緊張した面持ちで矢をつがえた。しかし引き成まで弓弦を引き絞ると、雑念が失せたように涼しげな眼差しになった。
 矢が的を射る音が響いた。その音を味わうように、資永は深くうなずいた。
「見事じゃ板額。そなたの弓箭の腕前、かねがね聞き及んでおったが、まさかこれほどまでとは思わなんだ」
 正確な射技ばかりでなく、飛距離、弓勢も含めて、資永は率直に驚いている。板額は、嬉しくて笑顔を隠せなかった。
「板額、その弓の腕前で、わしをこれから支えてくれ」
 板額は気負ったように「はい!」と応えた。

 資永の帰還から半月を経た吉日、奥山荘の城館で、御代替わりの儀が催された。北越や出羽の各地から、一族の者たちがぞくぞくと館に参集した。長茂と新津有資は新調したお揃いの直垂を着て白川館からやって来た。いつもは法衣に無頓着な宮禅師(みやのぜんし)も、おろしたての素絹姿で現れた。久しぶりに顔を合わせた親族たちが中門廊から広間までを埋め尽くし、談笑する声が騒がしいほどであったが、それでもはっきりと聞き取れるほどの大きな声が、館の門前で響いた。
「やあやあ、わしのお出ましである」
 その濁声を聞いて、板額はくくっと笑った。「にゅーどーが来た」
 縁端まで出迎えると、坊主頭の巨漢を先頭にして、五条の袈裟で頭部を包み、薙刀を林立させた僧兵の集団が矢倉門をくぐってきた。
「おお、板額」
 にゅーどーは縁側に上がると、両手を広げて板額を抱きしめた。いくら身内とはいえ、年頃の娘を抱きしめて愛情を表現する年長者などなかなかいるものではなく、それがこの男の良さであり、型破りなところでもあるらしい。しかし板額は、子供の頃からこの叔父が好きだった。
 叔父の名は乗丹坊妙渓(みょうけい)。資国と宮禅師の弟で、僧侶である。
 宮禅師は進んで出家した人であるが、この妙渓は毛色がちがう。資国が越後領七十五ヶ村を会津の慧日寺(えにちじ)に寄進することで同寺の衆徒頭の地位を得て、弟を乗り込ませたのだった。狙いは東方領土の拡張であり、奥州藤原氏の勢力圏へ進攻するための布石であった。妙渓は慧日寺に村落共同体からあぶれた浮浪民などを集めて武装化させ、数千人の僧兵を育成した。慧日寺に属する末寺は三千八百を数え、会津四郡を実質的に支配するに至る。
 乗丹坊の乗は、城の音韻であり、剃髪しても城氏の一武将であるという心意気を示している。黒染めの裳付衣、白い括袴、足駄を履いた姿は僧兵そのものであるが、根が生真面目なのか、僧侶の分を守って妻帯はしていない。だから資国の子供たちをわが子のように愛しており、末娘の板額が可愛くて仕方ない。板額も幼い頃から妙渓のことを「にゅーどー(入道)」と呼んで親しんできたのだった。
「板額、ますます美しゅうなったのう」
 妙渓は板額の顔を両手で挟んだ。
 宮禅師が資国と共に出迎えにやって来た。
「乗丹坊、息災であったか」
「宮の兄、久方ぶりじゃのう」妙渓は板額の肩に腕をまわした。
「おぬし、少しは仏法を悟ったかいな」
「おう、悟ったとも。ホトケ、ほっとけ、とな」
 わっはっは。館の遣戸が震えそうなほど大きな笑い声を上げた。
 
 一転して静寂に包まれた棟梁の御座の間に、一族の主だった者たちが勢ぞろいした。奥山、豊田、加地、浜、橋田などの姓を名乗る者は、皆先祖を同じくしている。
 資国は、うやうやしく野狐剣を押し頂くと、振り返って資永の面前に立った。平伏した資永が身を起こして両手を差し出すと、野狐剣が相伝された。資国は上座から退き、宗家が居並ぶ床座に腰を下ろした。それと入れ替わるようにして、資永が上座の上畳に著座した。伊那、長茂、嘉乃、板額らは、最前列に座っている。
 板額は嘉乃に言われた通り白布で髪を結い上げていた。白拍子の装束は人目を引いた。妙渓以外は露骨に口にしないが、誰もが板額のことを実に美しい姫君だと思った。
 資永は佩刀を傍らに置き、上座から一同を眺め渡した。
 「わしは、まだ若輩者にして、先代の才覚には到底足元にもおよばぬ。なれど、いまをときめく平清盛公に祇候し、長らく中央の政事にたずさわってまいった。この経験は決して浅からず、越後の舵取りに大いに役立つものと信ずる。
 昨今は貴族の治世から、武家が実質的な為政者となり替わりつつある。このような時、天下は動揺し、乱れるものである。現に先頃、源三位頼政が後白河上皇の皇子をかどわかし、大規模な反乱に及んだ。われら平氏一門が速やかに平定したものの、これが乱世の始まりやも知れぬ」
 資国はふと、平清盛と共闘した平治の乱を思い出した。あのとき敵の大将源義朝は、三人の息子を従えていた。上の二人は敗れて死んだが、あの戦が初陣だった三男坊、確か名を右兵衛佐頼朝という十三歳の少年だけは捕虜となり、死罪を免れて伊豆に流されたはずだった。今後もし源氏が反乱を起こすとしたら、総大将はあの少年なのだろうか。線の細い、頭の大きな子供だったと記憶している。健在ならば三十路になる頃だろう。光陰はまさしく矢のように速い。資国はしみじみとそんなことを思いながら、資永のことばに耳を傾けた。
「いまよりは、この資永を、皆で支えてもらいたい」一族の一人一人をみつめるように、資永はことばを続けた。
「われらは先祖を同じゅうする。血の繋がりは水よりも濃い。争いの絶えぬ俗世において、身内の結束ほど信用に足るものは他にないとわしは信ずる。互いの手を取り合い、共に進むは、今、この時ぞ!
 意見あらば遠慮なく進言せよ。わしに傲慢な振る舞いあらば諫めよ。わしもまた誠意を持って皆々と向き合い、戦場(いくさば)においては共に死する覚悟じゃ。城一族は一蓮托生である」
 資永は野狐剣を握って立ち上がり、頭上にそれを高く掲げた。
「わが父祖の地の、末永い繁栄を築くのはわれらである。先代資国の善政を引き継ぎ、上は宸襟(しんきん)を寧んじ奉り、下は民心を安んじて、共に栄えある越後を造ってまいろう。
 野狐剣も御照覧あれ!」
「野狐剣も御照覧あれ!」一同上座を仰ぎ見て、声高く唱和した。
 六代目棟梁の所信表明に感じ入り、涙を流す者もいた。長茂は武者震いがとまらず、にゅーどーの荒い鼻息も聞こえてくる。
 堂々たる資永の顔を見つめて、板額も胸が高鳴った。

第四章 僧兵の寺

 館の馬場に馬を引いて来ると、綱時と師光(もろみつ)は腰に鹿皮を付けて鞍に跨った。まずは綱時が馬場本に出て、馬の鼻を走路の方向へ引き向ける。(あぶみ)をあわせて一気に馬を走らせらると、素早く弓を引き絞り、直径一尺八寸(約五十五センチ)の笠崖の的に鏑矢(かぶらや)を命中させた。あっぱれと言うべき腕前だが、三人にとっては当然のことなのか、まったくはしゃぐ様子もない。次に師光の馬が馬場本から飛び出して、なんなく的に命中させた。
 板額(はんがく)は鹿皮の他に射籠手も付けていた。左腕を包む籠手は胸部を覆うように右側で結ぶ。これを装着することで、目立ち始めた乳房のふくらみを固定できるのだった。
 馬首を返して戻ってくる師光を眺めながら、板額は(えびら)を腰にかけた。馬鞍の前輪をつかんだとき、主屋の広縁から板額を呼ぶ声がした。にゅーどーだった。
「なにごとだろう。ちょっと行ってまいる」板額は鐙にかけた足を降ろした。
「すまぬな。稽古の邪魔をして」
 妙渓(みょうけい)は縁端にあぐらをかいて座った。「ちと、相談がある」
 板額も縁に腰をかけた。
「唐突じゃが、わしは養子をとったのじゃ」
「養子?」
「うむ。養子じゃ。つまりそなたの従弟になる」
 自分に新しい従弟ができるなど、まったく予想もしていなかった板額は、「いとこ、ですか」と言ったまま、目を丸くした。
「年のころはそなたと同じくらいかの。
 もともと孤児でな、小さいときに慧日寺(えにちじ)にやって来て、他の孤児たちと一緒に育てていたのじゃが、成長するにつれ、これが、武芸の腕が際立って来てなあ。どうも将来、豪傑になりそうな予感がするから、跡取りも必要なことであるし、養子にした」
 板額はともかくうなずいてみせた。
「御代替わりの儀に相伴ってまいるつもりじゃったが、きゃつめ、方違えの方角ゆえ遠慮いたすなどとわけのわからぬことを申して、結局ついて来なかった。
 のう、板額。そなた会津に遊びに来ぬか。きゃつに会ってやってほしい」
 とたんに板額の心が舞い上がった。
 生まれてからこの方、越後の地を離れたことがなかったからである。奥山荘(おくやまのしょう)からいつも眺めている山脈の向こうに何があるのか、板額は知らなかった。荷馬を引いてやって来る諸国の商人から話しを聞くこともあったが、板額は前々から、山の向こうを自分の目で見てみたいと思っていたのだ。
「質実剛健たるわが寺にまいれば、そなたの良い刺激にもなろう。綱時も師光も連れてまいれ。僧兵相手の出稽古も良いものぞ」
 板額は縁側から飛び降りると、馬場に向かって一散に駆け出した。
 縁から立ち上がった妙渓の立派な福耳に、三人の歓声が聞こえてきた。

 板額が会津へ出かけると知って、少しばかり寂しそうな顔をしたのは資永(すけなが)だった。当主となったばかりで多忙とはいえ、板額が弓を引く姿を眺めたり、共に食膳を囲む時間が資永の楽しみとなっていたからだ。わが子の小太郎も可愛い盛りであるが、齢の離れた妹の存在が、こんなにも愛おしいとは自分でも驚くほどだった。
「そなたは、いつでも笑っておるな」そう言って資永は板額をからかう。
 板額は恥ずかしかった。確かに、兄といるときは、いつだって心がはずんでいるような気がする。
「いつも、笑っておりますか?」
 板額は頬を赤らめて聞き返す。そんなときの妹の表情が、資永は好きだった。弓を引いているときの澄んだ眼差し、夕餉を食べ終えて白湯を飲んでいるときのくつろいだ笑顔。くるくると変化する妹の豊かな表情は、資永がこれまで生きて来た政事の世界にはないものだった。政治家は表情を偽り、心底を悟られまいとする。それに比べて妹の表情には、隠し事も作為も一切ない。資永が妹と一緒にいて安らぐのは、どうやらその辺りに理由があるのかもしれなかった。
「女の子とは、いいものじゃな」
 資永は、寝しなにそんなことを嘉乃にもらしたことがある。
「それでは、次は、女の子を授かりましょう」
 からかうように嘉乃は応えた。

 会津までの道のりは二日とかからないが、奥羽山脈を越える道は険しかった。馬を乗り継ぎ、峠は徒歩で越えて行く。駒脇には妙渓麾下の僧兵が同伴していた。板額は馬鞍から時おり身を乗り出して、渓谷を飛び交う山の鳥や、白波をたてる渓流を飽くことなく眺めていたが、師光はすぐに山間の景色にも飽きたようであった。
「化け物でも出て来てくれないかなあ」
「わしは何度もこの道を行き来しているが、いまだ化け物と出会ったことはないのう」
「むかし源頼光は、酒呑童子とか土蜘蛛のような化け物を退治して名を上げたものです。われらも化け物を退治すれば、手っ取り早く天下にその名をとどろかせることができましょうに」などと、勇ましい師光であったが、最大の難所である犬吠峠(現在の諏訪峠)を越えるころには、さすがに息を切らせていた。山歩きなどしたこともなかったからである。
「師光、さっさと歩かんと土蜘蛛に追い付かれるぞ」滴る汗を袖でぬぐいながら、綱時が振り返って声をかけた。
 犬吠峠を登りつめると、遠くに雄大な山容が望めた。三峰からなる円錐形の火山である。古来、天へと伸びる磐の梯と称えられたその山は、磐梯山と呼ばれている。空には一片の雲もなく、まばゆいばかりの快晴だったが、峠の風は冷たかった。火照った頬に心地良い。
「どうじゃ板額。あの山の麓が会津じゃ。美しい眺めであろう」
「山の向こうにも、こんなに広々としたところがあったのですね」
 板額は大きく息を吸い込んだ。
「ねえ、にゅーどー。会津にも美味しい食べ物、たくさんあるの?」
「そりゃあ、あるさ。わしは、にしんの山椒漬けが好物じゃ」
「え、会津でもにしんが獲れるのですか」
「海がないから獲れないさ。越後のにしんが会津に運ばれて山椒漬けになるんじゃ」
 こんな話題になるのも、腹がすいてきたからだろう。
 持参した強飯の握りをその場でたいらげると、一行は日が暮れるまでに山道を下り、温泉の湯気が立ち昇る集落で馬を止めた。そこには妙渓が常宿にしている農家があった。事前に来訪を知らされていたようであり、一行が到着したときにはすでに人数分の膳が並べられていた。煮立ったばかりの山菜汁、川魚の塩焼き、そして、にしんの山椒漬けと酒も用意されていた。
 妙渓の従者たちは、薙刀を土壁に立てかけ、頭巾をはずした。目だけをのぞかせているときの僧兵は不気味なほどのすごみがあるが、素顔をさらせばどこにでもいる男たちだった。
 集落中の男たちが、手土産を持って続々と挨拶にやって来る。「入れ、入れ」妙渓は気さくに招き入れた。
 酒をつぎあい、雑談に興じるうちに、誰からともなく唄が披露され、賑やかな手拍子になる。綱時と師光の膳にも盃が置かれていた。
 師光は一口すすって顔をしかめたが、綱時はすっと飲み干して深いため息をつくと、「これは旨い」としきりに感心した。
 里の男たちよりも、むしろ僧兵のほうが酒量が多い。大声で下世話な冗談を飛ばすのも僧兵のほうだった。
 板額は、以前から疑問に感じていたことを、今日こそは叔父に聞いてみようと思った。
「ねえ、にゅーどー」
 雑談と歌声が騒がしく、妙渓は気付かない。手を叩きながら大笑いしている。
「にゅうどう!」
 ようやく妙渓は顔を向け、かたわらの板額に耳を寄せてきた。
「聞きたいことがあるのです」
「おう、なんじゃい」
「にゅーどーと、宮の叔父上とでは、なんだか、こう、全然違う感じがするのです。にゅーどーは本当にお坊様なのですか」
 妙渓はしばしあっけにとられ、わっはっはと笑い出した。
「わしは僧兵の頭じゃからな。宮の兄上とは毛色が違う」
「でも、僧兵も、御仏に仕える身なのでしょう。お坊様は、お酒を飲まないし、殺生もしないはずですが」
「まあ、正論を申せばその通りじゃな。しかしな、寺社というところはぁ、ちと、特殊なところなのよ。
 寺社には朝廷の権威さえもおよばないのだ。たとえ朝廷であろうと、国府であろうと、寺社のやることには決して口を出せない。なぜなら神聖なる仏法は俗世を超越しているからで、これに手を出したら罰が当たること必定だからじゃ。
 寺社勢力は政事や権力に対して、徹頭徹尾、自由なのだ。だから、村落共同体からあぶれたような無頼漢たちが集まって来る場ともなる。いつの時代にも、世の習いに従えない連中という者は必ずおるわけじゃが、そんな連中を収容し、養ってゆける唯一の場所が寺社なのだ。仏様は、どのような衆生もお見捨てにならないからの。故郷でつまはじきにされた乱暴者も、僧兵となれば、寺社という聖域を守護する立派な仏弟子となる。
 僧兵は、今を時めいておるぞ。延暦寺や興福寺の僧兵はめっぽう強いと世に聞こえておる。かの白河法皇様が、自分の意のままにならないものはサイコロの目と比叡山の僧兵だとおっしゃられたほどだからな」
「僧兵って、お経を唱えたり、法事をしたりはしないのですか」
「寺の僧がすべて僧兵なわけではない。きちんとした学侶もたくさんおる。その学侶を守るために武装している僧もまた、たくさんおるわけで。役割に違いはあれど、皆篤い信仰心は持っている。それすらない者は、さすがに仲間には加えぬ。
 僧兵の強みは、やはり、信仰にあろう。信じるものがある者は、死をも恐れぬ。だから僧兵は強いのじゃな」
 妙渓は、自ら納得したようにうなずいた。
 里の男たちと、僧兵たちが入り混じって豊作踊りを始めた。真っ赤な顔をした綱時が、いつのまにか諸肌を脱いで一緒に踊っている。師光は舐めただけの酒に酔いつぶれたのか、仰向けになっていびきをかいていた。
「板額、そなたも今日は疲れたじゃろう。一足先に温泉につかってくるとよい」
 妙渓は土間へ向かって、「婆さんや、この子を風呂へ案内してやってくれい」と声をかけた。
 
 農家の婆様に連れられて、板額は露天風呂へ向かった。
 湯が、岩の隙からこんこんと湧出しており、指先で触れると丁度いい熱さである。
 婆様は、松の根に火をつけて、湯場の傍らに小さな光炎を灯してくれた。
「さあ、ゆっくり浸がって、旅の疲れをおとりなさるどいい」
 白い手ぬぐいと畳んだ夜着を岩の上に置いていった。
 板額は(はかま)の帯をほどき、立ち昇る湯気をながめながら懸緒をほどいた。温泉に浸かるのは初めてだったから、少し遠慮がちに、足先からそっと入浴した。お湯の暖かさが全身にしみ込んでくると、思わず「はあ」とため息がもれる。知らない土地でくつろぐのもいいものだなと思った。
 湯の中で手を揺らしながら、板額は自分の四肢をしげしげと眺めた。
(わたくしの腕や足って、普通の女の人に比べたら、太くないかな)
 普段、家族であっても、女の体を直に見るということはない。だから比較しようにもできないが、女の身で弓を引き、重たい大鎧(おおよろい)を着て馬を駆る。そんな毎日を送っている女など、世間的にみても他に知らない。月のものとなれば布に綿毛を挟んで当てているのだが、この時期が合戦と重なった場合はどうすればいいのだろう。そんなことは誰も教えてくれないのだ。伊那も武芸をたしなんではいるが、板額のように生粋の武者となるべくして育てられたわけではない。
 板額は急に立ち上がると、体をひねって背部を覗き込んだ。毎日馬の鞍にこすれている尻が、アザのように黒ずんでいるのではないかと心配になったのだ。小さな焚火の明かりではよくわからないが、濡れて光沢を帯びた肌は、どこもかしこも白いように見えた。
 再び湯に浸かり、板額は足をのびのびと延ばした。男たちの宴もたけなわのようであり、にぎやかな歌声が遠くから聞こえてくる。露天風呂一面から音もなく湯気が立ち昇り、頭上の漆黒は満天の星空である。板額はあくびをしながら、ぼんやりと空を眺めていた。

 翌日の太陽が中天にさしかかる頃、会津平をゆるゆると進んできた妙渓の一行は、ようやく慧日寺の参道へ出た。両脇に商家が立ち並び、威勢の良いかけ声もにぎやかな、活気にあふれた門前町である。往来の人々は馬上の妙渓を仰ぎ見ると、深く瞑目して合掌した。
「妙渓様、お帰りなさいませ」いたるところで声がかかる。妙渓は手綱を操りながら、そのたびに「おう、戻ってまいったぞ」と親しげに応えるのだった。
 妙渓を拝礼した人々は、後ろに続く若い娘にくぎ付けになった。黒髪を結い上げた面立ちのりりしさは、まちがいなく城家の姫君、うわさに聞こえた板額様じゃと誰もが心付いて合掌する。困った様子で左右に会釈などをしている板額を見て、綱時と師光はくっくと笑った。
 僧兵の寺というものは、黒い甍をのせた、飾り気のないたたずまいなのだろうと板額は想像していた。しかし実際の慧日寺の屋根はとち葺きで、白壁と朱丹塗りの柱で彩られており、その華やかな外観は、唐の寺院を思わせるものだった。かつて最澄と法論を繰り広げた、法相宗の僧侶徳一によって開かれた古刹である。
 ここは、寺院であると同時に、城氏にとっては領土東端の前線基地でもあった。奥州藤原氏と国境を接しており、慢性的に一触即発の地域なのである。妙渓を迎えに出た僧兵たちは揃って薙刀を手にしており、紛争地帯の緊張感がにわかに伝わってくる。頭部を覆う白麻の袈裟からからのぞく目は、一様に殺気立っているように感じられた。
 僧兵の中から、素顔をさらした長身の若者が進み出た。陽に焼けた浅黒い肌に、鋭い目つきをして、白柄の薙刀を小脇に挟んでいる。
「板額、そなたの従弟じゃ」
 妙渓はそう言うと、鐙にかけた足を降ろした。「名を平大夫と申す。親しくしてやってくれ」
 それを聞いて師光の表情がにわかにけわしくなった。
「わしの父の名じゃ」
「そうじゃ師光。豊田平大夫師成と同じ名じゃ。綱時の先祖にも奥山平大夫貞兼殿がおられるな。この名を名乗る者はいずれも剛の者ゆえ、それにあやかりたいと思うて名付けたのじゃ」
「名付けた? ならば元の名は何なのです」
「こやつは孤児じゃ。名などない」
「孤児?」師光はあきれたように平大夫の顔を見た。
 平大夫は露骨にため息をついて目をそらした。板額があいさつをしても顔を向けず、押し黙ったままだった。

 その夜、板額たちは食堂で僧兵たちと共に夕食をとった。年配の僧兵たちは親しく板額たちに話しかけてきたが、平大夫を始め若い僧兵たちはむっつりと黙ったまま、目を合わせようともせず、強飯を掻き込んでいるばかりだった。
 綱時と師光は、学侶が寝起きする講堂を宿所にした。板額は金堂の須弥壇のかたわらに寝所をしつらえてもらった。妙渓もここで寝起きしている。
 慧日寺の金堂に安置された薬師如来坐像は全体が金箔で覆われており、光背の前にたたずむあでやかな御姿は、衆生救済の慈悲を体現しているようである。しかし板額は、浮かない顔で妙渓と向き合っていた。
「にゅうどう。わたくしたちは、平大夫どのに嫌われているようです」
 妙渓は困ったように禿頭をなでた。
「それよ。わしもようやく平大夫の心中を察したところじゃ。きゃつが越後に来るのを渋ったのは、そなたたちに会いとうなかったからなのじゃろう」
「なにゆえでしょうか」
「ここにおる若い僧兵らは、ほとんどが孤児じゃ。それゆえ、血統の良い弓矢の家の者に、劣等感を抱いておるのではあるまいか。
 のう、板額。そなたらがここにいる間、あやつと仲良くしてやってくれい。悪い子ではないのじゃ。後々、きっと城家にとって心強い武者となろうから」
 そう言って妙渓は、軽く頭を垂れた。

 夜も明けきらぬ時刻、師光は肩口を蹴とばされて目を覚ました。
「おう、城の御曹司、わしらが稽古をつけてやろう」
 綱時も蹴とばされた。
 平大夫と若い僧兵たちが、二人を囲むように立っていた。
 師光はカッと目を開けると、枕もとの太刀を引っ掴んで立ち上がった。
「無礼者が! 表へ出よ!」
 綱時は目をしばたたせながら、「いったい何の騒ぎじゃ」かすれた声でつぶやいて、太刀を杖にして立ち上がった。
 西の空にはまだ、下弦の月が見えている。講堂を出た僧兵が十人ばかり、師光と綱時を取り囲むように寺の広庭に向かった。
 庭の中ほどで平大夫は立ち止まると、二人をにらみ据えて薙刀を構えた。「手合わせ願おうか」
 師光がふふんと鼻で笑った。
「手合わせとな。ならば武士の作法を教えてやろう。よく聞いておれ」さらりと太刀を引き抜いた。
「やあやあ、われこそは、豊田二郎家成を家祖として、平大夫師成が次男、次郎師光なり! 噂にも聞いておろう。御覧あれ。わが戴く君は城氏六代の正統資永が妹君、城ノ板額。おのれは師光が首打つほどの者か、名乗れ聞かん!」師光は太刀の切っ先を平大夫の面前に突きつけた。
 平大夫は黙ったまま師光をにらみつけている。
「どうした。名乗らぬか。
 おお、そうじゃったな。おぬしらは、どこの馬の骨とも知れぬ身分の者。卑賎ごときがぬけぬけと平大夫なぞ名乗るな! 胸糞悪うてかなわぬ!」
 綱時が師光の肩に手をかけて、首を振った。
「師光、止めよ、そこまでじゃ」
 平大夫は開き直ったように薙刀を杖にして、ふんぞり返って大笑いした。
「いいとこ出の坊ちゃんは、時代遅れよのう。もはや弓矢の家の者どもだけが、武を芸とする時代ではないわ。都の検非違使でさえも、僧兵に勝てぬではないか。しかもうぬらは、しょせん女の近習に過ぎぬ。白粉でも顔に塗って、野花でも摘んでおれ!」
 平大夫の軽口に、たちまち顔色を変えたのは綱時の方だった。全身をわなわなと振るわせて、力いっぱい太刀の鞘を払った。

 連子窓の外から漏れ聞こえてくる騒々しさで、板額は目を覚ました。屏風をはさんで横で寝ていた妙渓も身を起こしたようだった。
「にゅうどう。何の騒ぎでしょう」
「まさか、奥州勢が攻めてまいったか」
 それを聞いた板額は夜具を払うと、弓矢を手にして板唐戸を押し開けた。鋼の打ち合う音が聞こえてくる。板額は音のする方へ駆け出した。
 払暁の庭を見た板額は、あっけに取られた。綱時と師光と若い僧兵たちが入り乱れ、抜身を振るって斬り合っている。
 板額は空穂から鏑矢を取り出した。鏑矢とは、矢竹の先に笛のような鳴器を付けたものであり、射ると風を切って音がなる。合戦の合図などに用いられたものだ。
 板額は鏑矢をつがえた弓をめいっぱい引き絞ると、僧兵たちの頭上めがけて放った。
 びゅーっと矢うなりが響いた。その音を聞いた瞬間、その場にいた誰もが金縛りにでもかかったように、武器を振るう手を止めた。
 この時代の正規の武士は、人馬一体となって「騎」という単位で数えられた。大鎧の裾が前後左右四つしかないのも、馬上において大腿部を箱状に覆って防御するためであり、鎧の皆具は騎馬戦を想定して作られていた。騎馬による戦闘で最も殺傷力を発揮した武器は弓矢である。だから、騎兵の中に名の知られた弓の手練れがいたりすると、それだけで敵が戦意を喪失したり、戦わずして撤退することさえあったのだ。家名のある正統な血筋の武家が〈弓矢の家〉と呼ばれたのはこのためである。弓の達人は弓箭の眉目と称えられ、最強の兵と恐れられた。
 武芸に携わる者であれば、鏑矢のたてる音を聞けば射手の実力がすぐにわかる。その場にいた僧兵の誰もが、これまで聞いたこともない弓勢の音に度肝を抜かれ、皆、言葉を失ったのだった。
 板額はつかつかと歩み寄ると、弓杖をついて、綱時と師光をかばうように平大夫の前に立ちふさがった。
「平大夫どの、たった二人を相手に、この人数は何事じゃ! 卑怯ではありませぬか! わたくしにとって兄弟も同然の二人を、よもや本気で殺めるつもりか! そうだと申すなら、わたくしが相手になるぞ!」
 板額のすさまじい剣幕に、その場にいた誰もが縮み上がった。師光が慌てて板額と平大夫の間に割って入った。
「板額さま、わしが悪かったのです。わしが平大夫を侮辱したのです」
「どういうことです」
「こやつに、氏文読みをやってみせよと迫りました」
「平大夫どのに、身寄りがないことを知ってのうえか」
「はい」
「愚か者! そなたそれでも武士か、恥を知れ!」
 今度は平大夫が板額と師光の間に割って入った。
「悪いのはわしの方です。喧嘩を吹っ掛けたのはわしの方なのです」
「いいや!」と、綱時が声を上げた。
「わしが止めるべきじゃった! 最初に太刀を抜いたのは、このわしです!」
 板額は顔を上気させて、じっと三人の顔を見まわした。
 その様子を背後から見ていた妙渓が、
「なにをしておるか。朝飯の支度が始まるぞ。はようまいれ」と何事もなかったかのように声をかけた。

 この一件以来、若い僧兵たちと板額たちは、もめ事もなく、稽古を共にするようになった。師光と平大夫は親しくことばを交わすことはなかったが、木剣を打ち合いながら互いの太刀筋を学び合っているようだった。

 朱丹塗りの柱にとまった油蝉が、羽根を振るわせて激しく鳴いている。
 いつものように稽古に励んでいる板額たちのところへ、高足駄の音をせわしなく響かせて妙渓がやって来た。汗を拭って沓踏石にどかりと腰を下ろすと、神妙な顔をして、その場に居合わせた者たちをぐるりと見回した。
「伊豆で、頼朝が挙兵した」
 僧兵たちの間に、ざわめきが起こった。
「なに、案ずることはない。惨敗して行方をくらましたそうじゃ。
 しかし、事態を軽くみることもできぬじゃろう。頼朝は源氏の棟梁ゆえ、これを機に全国の源氏が沸き立つやもしれぬ。板額、そなたらはすぐに越後へ戻るがよい。今後どのような事態が起こるかわからぬでな」
 すぐさま板額たちは荷物をまとめた。
 平大夫も黙って荷造りの手伝いをしていた。
 ふいに師光が平大夫に声をかけた。
「平大夫、近い将来、われらは源氏と一戦交えるやもしれぬ。そのときそなたは、戦場(いくさば)で名乗るべき姓を持っておらぬ。いっそのこと、平を名乗ったらどうじゃ。たいらの大夫とな」
 何を言いだしたものかと平大夫は驚き、衣類をたたむ手を止めた。
「平なんぞ恐れ多くて名乗れるものか。わしは一介の僧兵じゃ」
「遠慮するな。名乗るぐらいただじゃ。平氏の猛者を気どるのも悪くなかろう」と事も無げに言って、師光は愉快そうに笑った。
「ならば、これはどうじゃ」綱時も話に乗ってきた。
「たいらの新大夫。わが一族に新たな武将が加わったという意味を込めてみた」
 このやり取りを聞いていた板額は大きくうなずくと、平大夫に向かってきっぱりと言った。
「わたくしも賛成です。そなたの名はこれより、平新大夫(たいらのしんだゆう)じゃ」
「まいったな」とつぶやいて、新大夫はまた衣類をたたみ始めた。

 馬の背に荷を括り終えると、板額たちは揃って馬鞍に跨った。帰りは三人だけで、もと来た街道を戻ってゆく。
 寺中の僧兵と学侶たちが、門前に見送りに出た。
 妙渓は腕組みをして、三人に向かって声をかけた。
「次にわれらが相まみえるは、源氏相手の戦場やもしれぬぞ。それまで、ゆめゆめ稽古を怠るなかれ」
 三人は鐙を軽く蹴って馬を歩かせた。若い僧兵たちが口々に「おたっしゃで」と声をかけながら手を振った。板額たちも手を振り返した。
 人並みの中から、カッカッと高足駄の音をたてて新大夫が進み出た。
「姉上、おたっしゃで!」
 新大夫が初めて板額のことを「姉上」と呼んだ。どちらが年上なのかわからないが、新大夫は確信をもって姉上と呼び、それは末っ子の板額にとって、なんだか照れ臭い響きだった。
「たっしゃでな、新大夫」
 新大夫は、薙刀の尖先を綱時と師光の方へ向けた。
「また、手合わせ願う!」
 二人は、こぶしを挙げてそれに応えた。
 新大夫の目のふちに、光るものがにじんだ。それに気づいたのは、かたわらにいた妙渓だけだった。

第五章 鳥坂城

 越後権介、三善為則が、武装した護衛を引き連れて国府を出立した。
 頸城郡に政庁を構える越後国府は、上越一帯を国衙領とし、荘園の開発を阻止し続けている。城氏と国府は阿賀野川をはさんで一世紀半も対峙し続けており、領土を二分していた。しかし、為則にとっては疑いもなく越後全土が国府領なのであり、それは公地公民を遵守する官人にとっては当然のことといえた。
 為則は、内陸部の奥山荘(おくやまのしょう)へ行こうとしている。が、遠回りをするように海沿いの道を進んだ。越後の沿岸部には低湿地が広がり、田畑などはほとんどなく、人家もまばらである。しかし阿賀野川の河口が近づくにつれて、葦に覆われた湖沼や川の支流に小舟が行き交い、港湾人足たちの威勢のいい声が聞こえてくる。沖には大型の帆船、大陸から渡海した宋船が錨泊していた。
 この沼垂湊は、城氏が開発し経営している船泊りだった。平清盛の日宋貿易に習って宋朝や高麗の船を引き入れているのである。しかし越後には既存の蒲原津という官営の港があったから、為則にすれば沼垂湊の経営は城氏によるあからさまな私貿易であり、貿易統制違犯なのだった。
 為則は、城氏の港に堂々と馬を乗り入れると、荷揚げされたばかりの輸入品を眺め渡し、唐櫃の蓋なども勝手に開けて、舶来の陶磁器や香料を手に取って物色した。港の人足はいずれも屈強な男ばかりであるが、為則のあからさまな横暴をただ傍観しているだけなのは、いまだ官人の権威を恐れているからにちがいない。為則の方も、それを知ってのうえで振る舞っている。
 沼垂湊を巡察して、ようやく為則は奥山荘へ向かった。
 城家の番兵が為則の馬の口を取ると、まるで自分の部下に下知するように「水と乾草を与えておけ」と命じた。
 門前には、家人の伴藤別当定房が迎えに出ていた。丁重に頭を下げる別当を無視して為則は館へ上がると、ずかずかと広間を通って上座の上畳に足をのせた。板敷きに平伏している資永(すけなが)を見下ろしながら、どかりと腰を下ろし、脇息に肘をもたせかけた。
 資永の背後には、御親類衆の長老、山ノ太郎こと奥山太郎経元と、譜代衆筆頭、金津(かなつ)資義(すけよし)、伴藤別当が控えている。いずれも棟梁付きの宿老である。
 為則は一言の挨拶も交わさず、口髭の尖端を指でねじりながら
「城家の密貿易、ますますもって盛んのようじゃのう」などと、含みのあることばを資永に投げかけた。
 それを受けて、資永はゆっくりと顔を上げた。
「密貿易とは、権介殿も口がお悪い」
「唐渡りの宝物なぞを輸入して、さぞ利益を上げておるのじゃろう。ところで、この越後には、蒲原津という官営の港があったはずじゃが」
 為則のもったいぶった言い方を、資永は聞き流すように軽い笑みを浮かべた。
「蒲原津は、貢納物を都へ輸送するだけの港ゆえ、われらは独自に交易路を開拓したまでにござります」
「うむ。百歩ゆずって、それは良しとしよう。しかるに、越後の地にもたらされた利益は、運上として国府に収めるのが筋ではないのか?」
「何故にござりましょう」
 資永の開き直った態度に、為則はたちまち不快感をあらわにした。
「何故もなにも、それが国の決まり事だからじゃ」
 資永はかぶりを振った。
「権介殿、運上が欲しいなら、ご自身で商売をなされたらいかがか。わが一族は、民の暮らしを豊かならしめんと、荒れ地を開墾し、新たな海路を開き、あらゆる努力を尽くしております。しかるに官人は、自らは汗を流さず、われらの努力から税を吸い上げるばかりではござりませぬか。しかも、搾り取った税を貴族の贅沢に貢ぐばかり。いったい、われらと国府と、どちらが民の暮らしに寄り添っておりましょうや」
「だまれ下郎の分際で!」為則は顔を真っ赤にして身を乗り出したが、さすがにことばが過ぎたと思ったのか、ぐっと口を結んで、あらためて肘を脇息にもたせかけた。
「本日ここへまいったのは、運上の話をするためではない」
「ならば、いかなるご用件にござりましょう」
「そなたの濫行を朝廷に訴えるつもりじゃ」
 きっぱりと、為則は言った。
「濫行とは、おだやかならぬ物言いにござりますな。して、その罪状とは、如何なものにござりましょうや」資永は眉ひとつ動かさず、落ち着き払って聞き返した。
「そなたは若輩者ゆえ忘れているのやもしれぬが、三面川は古来より国領であり、あの川で獲れる鮭は貢納物である。なぜ勝手に漁をしておるのか」
 そのことか。資永は社交辞令の笑みを絶やさずに答えた。
「当方で獲った鮭は、直接都に献上するつもりです。権介どのは時勢に疎いのやもしれませぬが、先年即位なされた幼帝は、入道相国(平清盛)の甥であらせられる。今や朝廷と平氏は同体なれば、同族のわれらが貢納物を直接収めて何の問題がござりましょう。なにゆえわざわざ国府を経由せねばならぬのか、むしろこちらが聞きたいぐらいじゃ」
 為則はあからさまに資永を睨みつけ、口角をぶるぶると震わせながら声を荒げた。
「わしが帝の出自を知らぬとでも申すか! そもそも三面川の鮭は、延喜式が調、庸と定めた税であろう。それを勝手に獲るは盗賊の行いであり、国府に収めなければ脱税である。不当な漁をやめなければ朝廷に訴え罪科に処す!」
「ですから、その朝廷が、今や平氏と同体なのです。もはや権介殿の出る幕などないのじゃ。時勢を覚られよ」
 為則は憤慨して立ち上がった。
「城家の横暴、腹に据えかねるものがある。国府がこのまま引き下がると思うな! いかに天下の秩序が乱れようとも、王朝国家の礎としてわれらは断じて不正をゆるさぬ」
 噛みつかんばかりの目で資永を睨みつけたが、資永は涼しい顔をしているばかりである。為則は板敷きを踏み破るような音を立てて広間から出て行った。粗相があっては一大事と、慌てて伴藤別当が後を追いかけた。
 二人の足音が遠ざかると、山ノ太郎と金津資義が、こらえきれなくなったように噴き出し、膝を打って笑い出した。資永も笑いながら立ち上がり、上座の上畳に腰を下ろした。
 金津資義は、あきれたように首を振りながら顎髭をなでた。
「ずいぶんな怒りようでござりましたな」
「いやはや、頭の固い男じゃ」山ノ太郎経元も、棟梁の御前に円座を敷き直して座った。
 資永は脇息にもたれかかりながら、手にしていた扇子の折りを一つ開き、ぱちんと音を立てて閉じた。
「時機を見計らって、国府を打ち滅ぼさねばならぬ」
 蔀戸にとまっている雀がちゅんちゅんと鳴いた。庭先の百合が風にそよぎ、かすかな芳香をただよわせている。
 伴藤別当が広間に戻って来て、おどけたように首を傾げた。
「ものすごい剣幕で出て行ってしまいましたよ」
 別当も円座を敷き直して座った。
「ところで」と、山ノ太郎が御座に体を向けた。
「挙兵した頼朝のことじゃが、どうやら海を渡って安房の国へ逃れたらしい」
「安房か」資永は扇子をぱちん、ぱちん、と鳴らした。
「殿、東国は源氏の勢力が根強いゆえ、これはゆゆしきことやもしれませぬぞ」
 資永は、扇子を膝に突き立てると、にわかに鋭い目つきになった。
「平氏政権下で冷や飯を食わされてきた源氏の一党が、陸続と頼朝の元へ参集するであろうな。もはや戦は避けられぬ」
 広間に一陣の風が吹き込んだ。しばしの間、沈黙が続いた。
 腕を組み、しばし目を閉じていた山ノ太郎が、沈黙を破るように金津資義に語りかけた。
「のう、資義。そなたの家は源氏の血筋じゃ。頼朝が挙兵したと聞いて、心中おだやかならぬものがあるのではないか?」
 資義は驚いたように両目を見開いた。すかさず資義の顔色をうかがった伴藤別当の胸中にも、山ノ太郎と同じ懸念があったのかもしれない。
 みるみると資義の顔が紅潮した。
「山ノ太郎ほどの者が、世迷い言なぞのたまうなかれ! わが家は親の代から赤心を尽くして宗家にご奉公してまいった。いまさら源氏に情などござらぬ!」
「そのことば、信じてよいのじゃな」
「それがしは、疑いもなく城家の郎党をもって任じておる。先祖の血統などどうでもよく、源氏なんぞ、まったく赤の他人。よもやそれがしの忠誠をお疑いなら、今ここでで起請文でもしたためましょうや!」
 伴藤別当は資義のことばに共感したようにうなずいてみせながら、「そなたの立場を明確にするためにも、誓紙は必要やもしれぬ」と言った。
「別当、そなたまで」失望したように資義がつぶやいた。
 資永は、ふっと笑って扇子をぱちんと鳴らした。「そこまでじゃ」
「資義、そなたは郎党でなく家子ぞ。わが家族ぞ。これまでも、これからも、ずっと頼みにしておる」
 これを聞いて資義は、天井を仰ぎ見て、少し涙ぐんだようであった。
 資永は、脇息から離れ、居住まいを正して三人の宿老を見回した。
「南に国府、東に奥州藤原、このうえ源氏までもが不穏な動きをみせつつある。まさしく今は焦眉の急。いつ奥山荘が戦火を被るか、予断をゆるさぬ状況じゃ。急ぎ有事の要害をば取り立てねばならぬ」と言って、資義の顔を見据えた。
「資義、雪が降る前に山城を完成させられるか」
 資義は、新たに構築する山城の普請奉行を仰せつかったばかりだった。
「縄張は完了してござります。さらに作業を急がせましょう」
 ふさいだ気持ちを振り払うように、資義は足早に広間から出て行った。
 資永は、山ノ太郎と伴藤別当に向かって、「金津資義は忠義の士ぞ」と念を押すように言った。
 
 数日後、鎧に身を固めた初老の武将が、配下の者を百騎ほど引き連れて、奥山荘城館の前に馬を止めた。ひどくくたびれた様子で、矢倉門をくぐるなり水を一杯所望した。
「それがしは、信濃の住人、笠原平五と申す。急ぎ資永殿にお目通り願いたし」
 知らせを受けた資永は、白鳥山の麓で築城工事の指揮を執っていたが、すぐさま馬を駆って城館に戻ってきた。
「笠原殿か、久方ぶりでござる。いかがなされたのじゃ」
「いやはや、お恥ずかしいかぎり。戦に敗れて落ちのびてまいった」
 笠原は鎧を身に着けたまま円座に腰を下ろしていた。
 笠原平五頼直は、先年まで御所を守衛する大番を勤めていた。すでに白髪の目立つ齢であったが、以仁王と源三位頼政が起こした反乱の鎮定に功があり、その名を天下に轟かせたばかりである。
「再起を図りたい。しばらくここでやっかいになってもかまわぬか」
「それは一向にかまいませぬ。しかし、笠原頼直ほどの猛者を負かすとは、いかなる敵と戦ったのでございましょうや」
「木曽の義仲じゃ」
 笠原はこぶしで膝を打ち、いまいましいヤツと言わんばかりに顔をしかめた。
「源氏の一門ですか」
「左様。棟梁頼朝の従弟じゃ」
 木曽義仲。この名が歴史に登場するのは、この笠原頼直との一戦においてである。
 資永は少し前まで検非違使左衛門少尉を勤めていたから、源氏嫡流の遺児たち、すなわち頼朝、義経、範頼ら流人の消息は危険人物として把握していたが、木曽義仲の名は初めて聞いた。それもそのはずで、義仲の父義賢は、源氏の内紛で誅殺され、その遺児駒王丸(後の義仲)は、源氏の目を逃れて育ったのである。頼朝らと違って、源平の権力闘争の埒外にいたのだ。
 しかし、そんな義仲の元にも、以仁王の令旨は届いた。
 何やら木曽の山中で、源氏に不穏な動きありと察知した笠原頼直は、義仲が挙兵する前に、火種を消しておこうとした。
「先制攻撃をしかけたのじゃ」と笠原は言った。
「わしは信濃の住人ゆえ、以前から義仲の存在は知っておった。木曽の住人、中原兼遠が源氏の遺児が匿っておるとな。だからと申して何の害があるわけでもなかったが、以仁王の令旨が下されたとあらば、もはや放置しておくことも出来まい」
 笠原は三百の兵を率いて木曽へ侵攻した。この動きを察知して迎え撃ったのは源氏の村上義直、栗田寺別当ら五百余勢。両者は信濃国市原の地で衝突した。双方(とき)の声を上げ、あまたの矢が飛び交い、人馬入り乱れ、合戦は日没までもつれ込んだが、ついに源氏方の矢種が尽きた。
「そのときじゃ、義仲が現れたのは」
 白髪交じりの髭を撫でながら、笠原は深いため息をついた。
「いやはや、義仲の軍勢の強いこと強いこと。木曽産の馬はよく動き、疲れを知らぬ。めまぐるしく駆け回る騎兵どもに、さんざん矢を射かけられて、われらは総崩れとなった。
 再起を期して笠原荘の館に戻ったものの、あやつら姑息にも、先に手勢を遣わして、館に火をかけておったわ」
 後方を手薄にしたのは失敗だったと笠原は率直に認めた。
「笠原どの、鎧をお脱ぎになられて少し休まれるがよい。今宵は旨い酒でもてなしましょうぞ」
 資永は、笠原の気を挫かぬよう努めて明るく振る舞った。
 広間から別室に案内される笠原頼直と、伊那が廊下ですれ違った。笠原は一礼して通り過ぎたが、伊那は立ち止まり、しばらくそこに立ち尽くしていた。笠原の大鎧(おおよろい)を見て鳥肌が立ったのである。ついにわが家に戦の火の粉が降りかかったと察したからであった。
 
 資永は、馬上からじっと白鳥山を見上げている。山頂近辺の樹が伐られ、主郭の柱や柵が構築されつつあった。
 白鳥山は奥山荘の裏手に位置する山で、日本一小さな櫛形(くしがた)山脈の北端、標高四三八メートルの鳥坂山の支峰である。資永は、空堀の位置や館の配置に落ち度がないか、見落としがないか、連日思案していた。
 金津資義も大汗をかきながら、木工や人足らに指示を出している。木を挽く音や、削る音、木槌の音や、人々の掛け声が飛び交い、資永は自分の方へ近ずきつつある馬蹄の音に気づかなかった。
「兄上」と、聞き覚えのある声がした。
 振り返ると、いつもの白い水干に赤い(はかま)姿の板額(はんがく)が、手綱を控えて微笑んでいた。
「おお、板額、戻ってまいったか」
「はい。ただいま会津より戻りましてござります」そう応えると、板額はたわむれに一言添えてみた。「さみしかったですか?」
 資永は声を上げて笑った。「さみしかったとも」
「館に戻ったら、兄上はここだと聞いて。城を建てているのですか」
 額に手をかざして、板額は山頂を見上げた。
「そうじゃ。堅牢な山城をな」
 金津資義が首筋の汗を拭きながら、二人の方へ歩いて来た。
「板額さま、お帰りなさりませ。
 まだ竣工前ですが、殿と山頂を見てまいったらいかがです。上は涼しいですぞ。今日は暑くてたまらぬ」と、手ぬぐいで顔をあおいだ。
「そうじゃな。どうだ板額、疲れていないか」
「ちっとも」
 板額は袴の両側をつまみ上げると、帯に挟み込んだ。こうすると裾が上がり、くるぶしが露出して歩きやすい。
  白鳥山の北側と西側は断崖絶壁で、東側は主峰鳥坂山に連なり、東北部は渓谷になっている。唯一傾斜のゆるい南側が城の大手であり、一帯の山林はすべて伐採されていた。樹木を残しておけば敵の掩蔽物になってしまうからである。枯葉と木片が散らばった山肌に、まだ生々しい切り株が点々とみえている。
「この山は天然の要害なのじゃ」
 南斜面の山道を登りながら資永が言った。
「もし敵が攻めて来ても、城郭へ至る道はこれしかない。ここに矢を射かければ、敵の侵入をはばめる」
 資永は立ち止まって汗をぬぐった。決して楽な勾配ではない。
「でも兄上、こんなところに城など作ったら不便ではありませぬか」
 さすがに板額も、息を切らせて立ち止まった。
「ここは有事に備えた後詰の城じゃ。奥山荘一帯が敵に制圧された場合、最後に立て籠る場所として、ここが必要になってくる」
「ああ。負け戦を想定しているのですね。なんだか縁起でもない城だなぁ」
 しかし、山頂へ向かって歩くうちに、この城はかなりの防御力があると板額は思った。
 敵の侵入を防ぐための空堀が何条も掘られており、さらに土塁も築かれている。しかも、城郭の入り口に、たった一本の山道をふさぐように大きな矢倉門が建っていた。山の尾根は階段状に削平され、その段々の一つ一つが木柵で囲まれている。見通しの良い場所にのろし台が設けられ、井戸も完備されており、建設途中の館も堂々たる構えだった。
「この城を攻めるのは難儀ですね」
「わかるか」資永の声は自信に満ちている。
「だって、ここから石を落とすだけで、敵に大きな打撃を与えられます。攻めるに難く、守るに易い」
「その通りじゃ」
 二人は城郭の最高所にある曲輪(くるわ)へ上がった。資永は扇子をあおぎながら、積まれた木材に腰をかけた。周囲の樹はすっかり伐採されているので、広々とした眺望が開けていた。眼下に越後平野が広がり、海まで続く胎内川の川筋も望める。板額は木柵から身を乗り出して、辺り一帯を見渡した。山頂の風は涼しく、心地よかった。
「兄上、源氏の棟梁が兵を上げたと聞きました」
「そのようじゃな。しかも、つい目と鼻の先の信濃でも、源氏の一党と笠原頼直殿の間で合戦があったばかりじゃ」
 板額は資永のほうに体を向けて、木柵に寄りかかった。
「大きな戦になりますか」
「なる。近いうちにわしも、軍勢を率いて合戦に及ぶこととなろう」
 山頂の風が、板額の前髪を揺らした。「合戦」ということばの響きが、地肌に触れるように現実味を帯びて感じられた。
 資永は、竹水筒を傾けて汗ばんだ喉仏を動かした。軽く振って中身を確かめると、それを板額に差し出した。水はまだ冷たかった。風の音に交じって雉の鳴き声も聞こえた。
 板額は兄の横に腰を降ろしてしばらく空を見上げていたが、まるで磁石にでも引き寄せられるように、資永の肩に頭を乗せた。
 不思議な感じだ、と板額は思った。
 兄上は、いい匂いがする。これは汗の匂いなのか、男の人の匂いなのか。それともやっぱり、兄上の匂いなのだろうか。
 こうして身を寄せても、よそよそしさをまったく感じない。ただわけもなく安心する。ずっとこうしていたいような、このまま眠ってしまいたいような、ふしぎなまどろみの中に、板額はいた。
 資永も、板額の頭に頭を寄せて、二人はしばらくそうしていた。涼しい風がときおり吹いた。

「そうじゃ板額、見せたい場所がある」
 資永の声で板額は目を覚ました。少し眠っていたのかもしれない。
 板額は資永に連れられて最上段の曲輪を下りると、五番曲輪と呼ばれる下段へと歩いて行った。
 そこは、軽装鎧を着た兵たちが厳重に警備している物々しい場所だった。褌を締めた人足たちが汗で肌をぎらつかせながら、もっこに盛られた土を運び出している。
「ここに、抜け穴を掘っておる」
 山の傾斜面にあった自然洞窟を、さらに掘り進めているのだと資永は言った。
「この山城には一つだけ欠点がある。それは、南斜面以外は急峻過ぎるという点じゃ。もし、この城が陥落した場合、われわれの逃走路も、南側の山道しかない。そうなれば袋の鼠じゃ。したがって、城外へ落ち延びるための抜け穴が、どうしても必要になってくる」
 板額は洞窟の手前まで行き、目を凝らして中を覗き込んだ。燭火が闇の奥まで点々と灯り、人足たちがもっこを担いで出たり入ったりしている。
「兄上、何ゆえそんなに慎重になるのです。なんだか最悪の事態ばかり考えているようですけれど」
「戦というものは、何が起こるか予想もできぬものじゃ。そなたも母上からさんざん聞かされてまいっただろう。母上の祖父は籠城戦に敗れ、悲惨な最期を遂げられた。一族郎党皆殺しにされた。わしは、自分の家族や家臣たちを、絶対にそんな目にあわせたくない。何がなんでも守りたいのじゃ」
 資永の思いを理解した板額は、今さらながら深くうなずいた。
「この洞窟は、入り口付近を石室にして、普段は食糧庫として使うつもりじゃ。抜け穴は、奥壁の石積みで塞いでおく。よいな板額、覚えておくのじゃぞ」板額の頭を、資永はぽんぽんと叩いた。
「ところで兄上。この城は何という名前なのですか」
鳥坂城(とっさかじょう)じゃ」
 主峰鳥坂山の名を冠したのである。
「難攻不落の山城となろう」
 山腹のあちこちから、樹を打つ斧の音が響いていた。

この頃、源頼朝は房総半島を北上していた。近辺の源氏勢力を糾合し、わずかの間にその勢力は四万騎に膨れ上がっていた。挙兵当初は三百騎程度の手勢しか持たなかった頼朝が、今や平氏を震え上がらせる存在になろうとしている。
 時を同じくして、甲斐源氏、武田信義も挙兵。またたくまに駿河国を占拠した。
 源頼朝、武田信義、そして、木曽義仲。反平氏勢力の旗頭が出揃ったのである。やがて頼朝の元に、弟の義経も範頼もはせ参じるだろう。

 夕餉の席に、客人として、笠原頼直もいる。
 普段は礼儀正しく寡黙な男だったが、酒が入ると陽気になる。源三位頼政の追討に参戦したときの有様などを、身振り手振りを交えて語り出すのである。
 資国(すけくに)も資永も板額も、嘉乃でさえも笠原の話しに聞き入り、時には「おぉ」と歓声まで上げたが、伊那だけは聞き苦しい様子で顔をしかめることが多かった。
 伊那はつねづね「戦とは惨いものよ」と口癖のように言っていたが、それは「戦嫌い」というよりも、「戦恐怖症」とでもいった方が言い得ているかもしれない。戦に対する恐怖と拒絶の裏返しが、武家の子供は強くならなければならないという強迫観念をもたらし、女の身である板額に対してさえも、無敵の猛者となることを要求し続けたに違いない。
 いまや城氏の敵は、かつて祖父の一族を滅ぼした源義家の後裔である。再び残虐な合戦絵巻が描かれるかもしれず、伊那は心を痛め、不眠の夜が多くなった。
 伊那の心痛を察した資国は、夜ごと伊那の枕辺で「源氏は内輪の争いが多く、結束し難い連中じゃから、一蓮托生の平氏一門を負かすことなど絶対にあり得ぬ」と言い聞かせた。

 しかし、この年の十一月、頼朝・武田信義の連合軍と、平清盛の孫、桜梅少将惟茂を総大将とする討伐軍が、駿河国富士川を挟んで対陣したが、平氏勢は、水鳥の大群が一斉に飛び立つ音を敵襲と誤認して大混乱に陥り、あえなく撤退してしまった。ついに平氏が敗北を喫したのである。
 この一報に接した資永は、しばし呆然とした。
 平氏が。無敵と思われた、あの平氏が。
 資永は館の広庭に出て、ぼんやりと辺りを眺めた。深く色づいた木々の葉が、ひと風ごとに散ってゆく。そろそろ雪が降るだろう。
 薄暮の空を見上げれば、櫛形山脈の稜線が悠々と波のように広がり、その一角には、完成したばかりの鳥坂城が見えていた。

第六章 もつれ合い

 御座についたのは、朝廷からの使者である。下座の広敷に平伏する資永(すけなが)に向かって院宣を読み上げていた。木曽義仲を追討せよとの御命であった。
 都の貴族らしい流暢な、朗々たる声色を聞きながら、ついに合戦ののろしがわが一族へ向けて掲げられたのだと、資永は身の引き締まる思いだった。この難局を乗り切れるだけの力が自分にあるだろうか、何度そう自問してきたことだろう。少なくとも、追い風になるような出来事など何一つなかったからだ。
 年明け早々、平氏は動揺している。
 昨年の暮、南都の僧兵の度重なる強訴に手を焼いた清盛は、ついに堪忍袋の緒が切れたものか、息子の重衡に命じて寺院を焼き討ちした。興福寺は全焼し、東大寺の廬舎那仏も兵火に焼かれて溶けてしまった。この暴挙は、朝廷や民衆の心を離反させたに違いない。仏罰に触れたものか、清盛は病に倒れ、今もこの時、重篤の身を横たえているという。跡目は嫡子宗盛に引き継がれたが、新体制はまだまだ脆弱なものだろう。しかも、一昨年は日照りが続き、西日本一帯が深刻な凶作に見舞われ、越後もまた、例年と比べて格段に不作だった。凶事の連鎖に歯止めがかからず、平氏一門の行く末に暗雲がかかろうとしていた。
 資永は、この状況を理解し、受け止めている。
 それゆえに、一門の気力を挫かぬよう、堂々たる態度を崩さなかった。
 「宗盛どのにお伝えいただきたい」
 資永は、不敵な笑みさえ浮かべている。
「信濃の反乱については、宗家の援軍を恃まず、わが城氏の兵馬のみにて平定致す所存。
 御心配にはおよびませぬ」
 都の使者はそれを聞いて、満足そうに首肯した。

「事態は急を要する」
 資永は、金津(かなつ)資義(すけよし)を召し出して言った。
「院宣を奉じて、近隣の武士団を糾合せぬばならぬ。越後領内のみならず、出羽や会津方面からも兵を集めたい。われらは官軍であり、義仲は反乱軍であることを、よくよく喧伝する必要があろう。軍勢催促に応じない家は、金輪際、城氏の敵とみなす。この旨を廻文にしたため、急ぎ回覧させよ」
 城家の家令を総動員し、廻文を諸方へ発給させた資義は、自らも出陣の準備を整えるため一旦金津荘の館へ戻った。まだ方々に雪が残る道へ馬を歩ませながら、資義は時おり体を震わせた。この震えが寒さによるものなのか、武者震いなのか、よくわからなかった。本格的な大戦は、これが初めての経験なのである。戦を目前にして、平常心を保てていないのが心外だった。いざ生死の境にわが身を置いてみれば、平時の心構えなど実に頼りないものだと資義は自嘲した。 
 武器庫を開いて矢数などを点検している資義の元へ、見知らぬ客人が来訪したのは、日も暮れかかる時分だった。
 先に座敷へ通されていたその男は、やや猫背ぎみにうつむき、長く伸ばした顎髭を片手で撫でていた。資義の足音を聞いて振り向いたその顔は、頬骨が浮き上がり、相手を睨みつけるような威圧的な眼差しをしている。年の頃は四十前後であろうか。
「お待たせ致した。金津資義にござる」
 資義は頭も下げずに座り込み、不審な来客をいぶかる様子を隠さなかった。
「して、そなたは何者ぞ」
「信濃の住人、井上九郎光盛と申す。初めに断っておくが、わしはそこもとの敵じゃ」
 それを聞いて資義は、反射的に太刀の柄に手を掛けた。
「まあまあ、わしも危険を承知でここへ参ったのじゃ。今日のところはひとつ、この気概に免じて、わしの話しを聞いてくれぬか」
 資義は井上を睨みつけたまま、ひとまず太刀から手を離した。
「わしは、木曽義仲の麾下の者。したがってそなたとは後日、戦場(いくさば)にて相まみえることとなろう。しかし今は、敵としてではなくして、同じ源氏の血縁として、話をしたいと思うておる」
 日の没した薄暗い空でカラスの群れが鳴いていた。
 金津家の使用人が、広間の燭台に火を灯した。
「酒でも、飲まれるか」資義は嫌な胸騒ぎがして、この場の空気を少し和らげたいと思った。
「金津殿、そこもとはまだ知らぬやもしれぬが」と言って、井上は長い顎髭をもてあそびながら、もったいぶったように間を置いた。
「清盛が死んだ」
「なんと!」資義は身を乗り出した。
「そこもとは、どう考えるか。あの隆盛を誇った平氏が、富士川で水鳥の羽音に狼狽して、全軍総崩れになったとな。しかも平氏は愚かにも、王朝文化の香り高き南都に火を掛けおった。世も末だとは思わぬか。
 清盛は熱病にうなされながら死んだという。噂によれば、頼朝の首を墓前に供えよと言い残したそうじゃ。なんとまあ、哀れなことよ。
 東国で頼朝公が一大勢力を形成し、続いてわが大将軍、木曽冠者義仲公が反旗を掲げた。甲斐では武田信義公が、四国では河野氏が、九州では菊池氏が、近江でも摂津でも源氏が蜂起しておる。平氏はもう四面楚歌じゃ。清盛無き後の平氏が、この劣勢を挽回できるとは、わしは到底思わぬ」
 狼狽を隠せぬ様子の資義だったが、慌てて首を振った。
「まだ城氏がある。資永様が居られる」
「わしとて城氏をあなどる気持ちなど毛頭ない。しかし金津殿、事ここに至っては、大局を見やる必要が生じたのではあるまいか」
 井上の迫るような語気と眼光に威圧され、資義はうっと言葉を詰まらせた。
 井上の言っていることは、資義も内心では考えていたことなのである。資永に従って長らく都に滞在していた資義は、わが世を謳歌する平氏一門の隆盛を間近で見てきただけに、このところ続く不祥事にとまどいを覚え、先行きに不安を感じていなかったといえば嘘になる。平氏は繁栄に酔いしれて、足元をすくわれたのではないか。そもそも平清盛という巨大な指導者を抜きにして、長く保てる繁栄なのだろうか。
 無言のまま、二人は酒を酌み交わした。
「越後の酒は旨いと聞いておったが、いやはや、実に旨いのう」
 そんな井上のつぶやきに受け応える余裕もなく、資義は盃の底をじっと見つめていた。
「本題に入らせていただこう」
 井上は盃を置くと、また長い顎髭を撫で始めた。
「金津殿の家系は、新羅三郎義光公の一流じゃ。甲斐の武田信義殿とは親戚筋。それほどの家柄が、平氏の没落と共に滅ぶことを、義仲様は憂いておられる」
「まことか」
「左様。そこもとはおのれの毛筋の良さを、よもや忘れていたのではあるまいな」
 そんなふうに言われて資義も悪い気はしないが、先代が自ら仕えた城家を離れるつもりなど毛頭ない。が、井上は、そんなことは百も承知で話しているのだろう。
「金津殿には弟が居られるな。確か、新津(にいつ)有資(ありすけ)と申したはず。
 どうじゃろう。どちらか一方が源氏に参じ、もう一方が城氏に残っては。こうすれば勝敗の如何に関わらず、そなたの家系は生き残る」
「そなたの言、まったくもって受け入れ難し。わしは資永様の近臣、有資は長茂(ながもち)様の近習じゃ。われらの御恩は城家にある」
「では、家はどうなる。家長の責任とは、まず何を置いても家を存続させることであろう。おめおめと家を潰して、それで父君や御先祖の御霊に顔向けできるのか」
 殺し文句である。武士は家の存続という話題にめっぽう弱い。こう言われると二の句が継げないのだ。さすがに資義も、ムムと言葉を詰まらせた。
「どちらか一方が源氏に付くなら、われらは手放しで歓迎致す。本日はその旨、伝えにまいった。よくよくご考慮なされよ。
 われら源氏は、平氏が安逸をむさぼっておる間、武芸の鍛錬を怠らず、自ら土地を耕し、この機の到来を待ち続けてきた。頼朝公は鎌倉に新府を定め、坂東武者の結束はいよいよ堅い。われら信濃衆は時をおかず都に攻め上るであろう。よいか金津殿、くれぐれも時勢を見誤ってはならぬ」
 さて。と井上は腰を上げた。
「要件はこれで終いじゃ。旨い酒、馳走になった。見送りは無用」
 遣戸を引いて、薄暗い縁側に出ると、井上は振り返りもせず歩み去った。
 座敷に一人取り残された資義は、手ずから酒をつぎ、夜も更けるまでそこから動かなかった。

 清盛逝去の報は、またたく間に越後にも知れ渡ったが、城氏の号令に応じた兵員は四万人に及んだ。越後一帯の武士団にとって、城氏の強勢はなお揺るぎないものだったのだ。加勢に応じる諸家からの書状が連日資永の元へ届いていた。信濃在住の親平氏派から寄せられる情報によれば、木曽義仲の軍勢は三千ほど。すでに勝敗は、この時点で決しているといっても過言ではなかった。
 だが、金津資義の心は晴れなかった。いつも心のどこかで井上の言葉がぶり返される。それは源氏の血脈という本能のうずきなのかもしれなかった。資義にとっては厄介な本能なのであり、いちいち払拭していかなければならない面倒な雑念だった。この雑念がもたらす心労にたまりかねた資義は、ある日、弟の新津有資の館へと馬を歩ませていた。
 家を二分して敵と味方の双方へ付く。そんな井上の提案を受け入れたのではない。単に井上の密計を弟と共有したかったのだ。そうすることで、重たいもやもやとした感情の半分を肩から降ろせる気がした。弟に話すことで、むしろ一笑に付してもらいたかったのかもしれない。
 新津館の矢倉門をくぐったとき、日は西に没していた。
 所従に来訪を告げると、城長茂様も居られるという。これはまずいときに来てしまった、一応挨拶だけはして、今日のところは早々に退散しようと資義は思った。しかし、主屋の広縁に上がり広間を見渡したが誰も居ない。はて、いつもならここに居るはずなのに。資義は再び庭へ回り、辺りを探して歩いた。
 庭内の片隅にある持仏堂を横切ったとき、中からうめき声のようなものが漏れ聞こえた。「はて」と、扉の隙間から中を覗き込むと、一糸まとわぬ長茂と有資が、汗ばんだ肉体を重ね、互いの唇を激しくむさぼりあっている最中(さなか)であった。資義は飛び退き、慌てて厩へ引き返したが、(あぶみ)に足をかけそこねてよろめき、鞍にしがみついてようやく馬上へ這い上がる有様だった。
(あの二人、あんなことになっていたのか)
 めまいすら覚え、そもそも何をしにここへ来たのかも分からなくなり、なぜだかうなだれるような気持ちで資義は退散した。
 房事を覗かれたとは、つゆとも知らぬ二人は、絞り出すような声を徐々に高め、腰部をびくんと震わせると、硬く体を絡み合わせたまま、ぐったりと虚脱した。荒い呼吸はしばらく治まらなかった。
「いつにも増して激しいですね」有資は長茂の顔を覗き込んだ。
「戦を間近に控えて、血が、高ぶっておるようじゃ」有資の顎の辺りに指を這わせながら、長茂は微笑した。
「それは残念。殿の感情を高ぶらせたのは戦でございましたか」
「何を申す。分かっておるくせに」
 有資の顔を引き寄せると、二人はまた唇を重ねた。

 毎晩遅くまで、資永の居室に明かりが灯っている。
 板敷きに広げた大きな絵図を、資永はじっと凝視していた。
 紙上に描かれている場所は信濃である。くねるように墨で引かれた二本の線は、犀川と千曲川。両川に挟まれた平坦地を地元の民は横田河原と呼んでいた。来るべき決戦の舞台は、ここだ。木曽勢は北陸道を抑えるために、必ずここへ兵を進めてくる。それを迎え撃つのに適した場所は、横田河原をおいて他にない。余談ながらこの場所は、これより三百八十年を経て、武田信玄と上杉謙信が死闘を繰り広げることとなる川中島である。
 資永の膝元に、木片の駒が散らばっている。一つの駒を一人の侍大将に見立てているのである。墨で描かれた川筋を眺めながら、資永は慎重に駒を配置してゆく。城氏が誇る強者(つわもの)、城長茂、浜小兵太、橋田太郎、加地六郎。御親類衆の山ノ太郎、豊田師成、綱時の父奥山石見守、伊那の従弟立川将軍三郎等。譜代は金津資義、新津有資、伴藤別当、渋谷三郎、久志太郎等。信濃衆は笠原頼直の一党。この他にも、慧日寺(えにちじ)の乗丹坊、先方の国人衆、津波田宗親、小沢俊景等。いずれも精鋭の騎兵と郎従を率いている。どの駒をどこへ配置するか、どこへ置いたら最大限の力を発揮できるか、駒と駒との連携、詰め方。絵図の上に、資永は合戦の展開を思い描いている。
 まだ京師で検非違使を勤めていた頃、資永は御所付近で暴動を起こした僧兵を掃討するために出陣した経験がある。絵図に視線を落としていると、その記憶がまざまざと思い出されるのだった。雨あられのごとく飛び交う矢、天地を震わす矢叫び、火花を散らす太刀。逸り切った馬のいななき。敵と味方が馬上で組み合い、打重なって転げまわる。掻かれた首から噴き出す血しぶき、鉄のような臭いの返り血。あの臭いは、洗っても洗っても消えない。心の中から消え去らない。
 資永の手の中に、一つの駒が残っていた。その駒を絵図の上に置こうとしたが、どうしても置けなかった。資永は深いため息をもらし、掌に乗せた駒を、じっと見つめていた。
 
 よく晴れた空の下で、師光(もろみつ)が太刀を振り回している。太刀風を起こす勢いで、右を斬り、左を払い、正面を突く。実戦を意識しているのである。武具の点検と手入れをしている板額(はんがく)と綱時をよそに、一人で見えない敵と闘い続けていた。
「やあやあ我こそは、豊田悪次郎師光なり!」
 勇ましい名乗りが館の馬場に響いた。
「悪次郎ってなんだ」綱時と板額は声をたてて笑った。
「悪ってのは、悪いって意味じゃないぞ。この悪は、強いとか、剛の者という意味なんじゃ。平治の乱のとき活躍した義朝の長男が、悪源太義平と名乗っておったろう」
「義平は源氏ぞ。敵方をお手本にするな」弓の張り具合を確認しながら、綱時はまじめな顔をして言った。
「別にお手本なんぞにしておらぬ。戦場で勇ましく氏文を読んで、家の名を上げたいんじゃ」
「それにしても」と、綱時は弓幹をつくづくと眺めながら言った。
「いよいよわれらも初陣ですね。板額さま、われらは先陣を賜れるでしょうか」
 板額は、うーんと首を傾げた。「兄上しだいじゃな」
 気負わないように努めていたが、板額は内心、先陣を賜れるのではないかと予感している。資永に期待されていると実感しているからだ。
 (くりや)の方から、地を蹴る高足駄の音が聞こえてきた。
 三人が振り返ると、白柄の薙刀を小脇に挟み、白い袈裟で顔を被った僧兵がこちらへ向かって歩いて来た。
 板額の前で片膝をつくと、地に片手をついて、深く頭を下げた。
「姉上、お久しゅうござります。平新大夫(たいらのしんだゆう)にござります」
「新大夫か。よくぞまいった」
 夏以来の再会だった。
「おやじ殿に従い、われら僧兵も参陣致したしだい」
 それを聞いた綱時は、たちまち不安げな表情になった。
「新大夫。そなたら、慧日寺を留守にして良いのか。留守中、奥州勢が会津へ攻めてきたらどうするのじゃ」
「このたびは院宣を賜っての戦ゆえ、われらは天下の官軍。奥州も手出しはできぬ」
「なるほど」
 二人の会話に割り込むように、師光がだしぬけに太刀を突き付けてきた。
「ちょうど稽古の相手がほしかったところじゃ。新大夫、手合わせ致せ」
「おう。望むところじゃ」
 高足駄を蹴るように脱ぎ捨てた新大夫は、白柄を左右へ振り回し、鋼のきらめく穂先を、ぐっと突き出して身構えた。

 夕餉の膳が下げられた頃合いを見計らい、資永は、資国(すけくに)妙渓(みょうけい)、板額をその場にとどまらせ、人払いを命じた。
「近日中に、木曽を打つべく出陣致します。これは宣旨賜る戦なれば、わが一族の名誉のためにも、決して負けられませぬ」
 いよいよだ、と板額は思った。胸が激しく高鳴る。
 信濃の絵図を板敷きに広げた資永は、来るべき合戦の概要を述べた。
「関山の国境を越えて信濃に進軍し、まずは横田城に布陣します。そうすれば、われらを迎え撃つべく義仲の軍勢は北上し、ここ、横田河原での決戦となりましょう」絵図の上に資永の人差し指が、とんっ、と置かれた。
「まずは、小沢俊景を先発隊として出陣させた後、われら本軍が横田城へ向けて進軍。これとは別に、浜小平太、橋田太郎の別動隊を更級郡鳥坂越えに置き、高台から攻撃の機会を窺わせます。また、敵の後方を攪乱すべく津波田宗親の一隊を上田へ派遣する手筈です」
 資永が絵図の上で動かす指先を、板額は目を凝らして追っている。
「先鋒は、叔父上と、笠原頼直殿。笠原殿は雪辱を晴らすべしと意気込んでおるゆえ、先陣争いは熾烈なものとなりましょうぞ」
「望むところじゃ」妙渓は満足したようにうなずいた。
 ここまで話した資永は、居住まいを正すと、資国の方へ体を向け、深々と頭を下げた。
「父上に出陣をご要請するのは誠に恐縮なのでござりますが、総勢四万の大軍を纏めるには、いまだわし一人の力では心許なく、どうしても父上のご教示とご威光が必要です。どうかわしを助けると思うて、今回の戦、ご同行くださりませぬか」
「遠慮することはない。協力を惜しまぬ」
 むしろ微笑みさえ浮かべて資国はうなずいた。
 続いて資永は、板額の方へ顔を向けた。
「板額、そなたもよく知っておるように、市原合戦の折、敵は笠原殿の館を襲って火をかけた。これはややもすれば、敵の常套手段やもしれぬ。よって、そなたには館の留守居を頼みたい。そなたが館の守備に付いておれば、われらは後顧の憂いなく出陣できる」
 板額は半ば口を開いたまま、まばたきもせず資永の目を見つめた。
 資国も妙渓も、内心では驚きを隠せなかった。資永の言っていることはもっともである。しかし、板額を戦場へ連れて行かないのか。初陣を飾らせてやらないのか。そんな思いが喉元まで出かかったが、二人とも寸でのところで自制した。当主の考えに異議を唱えるべきではない。今は波風を立ててはならない大切な時期なのだから。
「この戦を制して、天下に城氏の名をとどろかせましょう」
 話は終わった。資国と妙渓は立ち上がり、板額の様子を気にかけながら広間を出たが、板額はうつむいたまま、そこから動こうとしなかった。
 資永は押し黙ったまま、飲みかけの盃に口をつけた。
「あの」板額の声が小さく震えていた。
「先ほど兄上が申されたことは、よくわかります。でも、その、留守居は他の者にまかせてもよろしいのではありませぬか」
「何を申す。留守居は身内の者でなければならぬ。家族の命をあずけるのじゃから」
「それは、そうですが」
 板額は膝の上に置いた両手を握り締め、また、うつむいてしまった。
 しばらく沈黙が続いた。
「わたくしが、女だからでしょうか」
「ちがう。それは関係ない」
「そうでしょうか。わたくしが女でなくても、留守居をお命じになられましたか」
「板額、ばかなことを」
「ばかなことでしょうか。わたくしが女でなかったら、兄上はわたくしを戦場へ連れて行ったはずです」
「板額、棟梁の命に従えぬか」
「従います! でも兄上は、わたくしのことを、しょせん女だと思うておられたのですか? 戦場に連れて行っても足手まといになるばかりだと」
 板額の大きな瞳がうるんだ。
「わたくしは、ずっと武芸に励んでまいりました。わたくしはどんな男にも負けませぬ。負けませぬ」ぽろぽろ涙を流した。
「板額、もう一度言う。棟梁の言うことが聞けないか」
「聞きます!」板額は声を上げて立ち上がった。
「兄上なんて大嫌いじゃ」
 広間を飛び出した板額は、寝所の夜具に顔を被いて、声を上げて泣いた。

 資永の寝所に、家人が酒を運び込んだ。
「めずらしいですね。ここでお飲みになられるのですか」
 すでに横になっていた嘉乃が体を起こした。
「すまぬ。起こしてしまったな」
「どうされたのです。なんだかけわしいお顔」
「板額を、怒らせてしまってな」
「あら、めずらしい。そんなこともあるのですね」
「戦を控えて気が立っておるのじゃろう。
 さあ、かまわぬ、もう休みなさい」
 灯火に照らされた資永の顔を嘉乃はじっと見つめた。
「今度の戦、必ず勝つと約束できますか」
「当然じゃ。負ける要因を探す方が難しいくらいじゃ」
 それを聞いて安心したのか、嘉乃は静かな寝息をたてた。
 泣いていた板額の大きな瞳が、資永の頭から離れなかった。何度盃を口に運んでも、板額の顔が浮かんでくる。
 瓶子が空になるまで資永は飲み続けた。
 酔って足元がふらついたが、立ち上がり、寝所を出た。
 右へ左へとふらつきながら、資永は板額がいる離れ家の遣戸をそっと開けた。そして静かに枕辺に座り込み、前髪が乱れたまま眠っている板額の顔を覗き込んだ。可哀想に、泣き疲れたか。鼻の上にかかっている一房の髪を退け、四指の背で頬を撫でた。
 資永はそうしながら、母上はどうして、この子を武将などに育てたのだろうと思わずにはいられない。もし戦場で、板額の体に一本の矢でも刺さろうものなら、自分は総大将であるにもかかわらず、動揺して平常心を失い、予期せぬ展開が連続する急迫した状況の中で、冷静な判断を下すことができなくなってしまうだろう。資永にはそれがわかっていた。城氏の棟梁として、四万人の命を預かるものとして、そのような事態は絶対に避けねばならないのだった。
 板額の静かな寝息を聞いているうちに、けわしかった資永の表情に、少しずつ穏やかさが戻ってきた。丸まった木綿の夜具を板額の足先にかけ直すと、資永は忍び足で、そっと寝所から出て行った。

第七章 別れ

 木曽義仲追討軍の出陣を間近に控えた越後全土に、奇妙な風評が瞬く間に広がった。
 夜半から大風が吹き荒れ、激しい雨と雷鳴の響いた翌朝、薄曇りの空の彼方から、ひどく不気味な、得体の知れないしわがれ声が聞こえてきたというのである。越後の民はそれを、物の怪の声に違いないと噂しあって、ひどくおびえた。
「平氏の味方の城太郎」と、その声は三度呼ばわったという。太郎とは、資永(すけなが)のことである。
「日本第一の大伽藍、金銅十六丈の廬舎那仏を焼き亡ぼした清盛入道に味方をするものは、一々に召し捕ってくれよう」
 それはまるで、閻魔大王の怒声かと思われるほど、身の毛もよだつような恐ろしい響きだったと、民は口々にはささやく。
 噂の出どころはわからない。しかし、先年の日照りによる不作と、不安定な政治情勢の渦中にいる庶民にとって、物の怪のうわさは集団心理を投影してまことしやかに語られていた。いまだ呪いとか怨霊というものが身近にあった時代の人々には、あり得ぬ現象ではなかったからである。
 白川の城館を出立した長茂(ながもち)は、そんな風評にいら立っていた。道行く人々を呼び止めては、「おぬし、物の怪の声なるものを、実際にその耳で聞いたか」と声を上げて問うた。誰もが恐縮した様子で「いいえ、聞いておりませぬ」そう答えて首を振るばかりである。
「それみたことか。こんな馬鹿げた噂の出どころは、大方国府あたりじゃろう」そう新津(にいつ)有資(ありすけ)に語り、奥山荘(おくやまのしょう)に着いてからもそのように報じた。
 しかし、城軍に参集した諸将や郎党の中には、風評に動揺を隠せない者も少なからずいて、全体の士気に影響しているのは確かだった。実際、南都に火を放った平氏に罰が当たらない方がおかしいと、誰もが口に出さずとも思っていたし、それは資永でさえもそうだったのだ。これが長茂の言う通り国府の連中が流した風評だったとしたら、城氏を陥れる戦略としては、まず成功だったといえる。
 資永は、諸将を集めて酒を酌み交わしながら
「弓矢を取る身が、物の怪などを恐れていかがいたすか」と並び居る者たちを悠々と見廻して、呵々大笑した。
 物の怪から名指しされた張本人だからこそ、一抹の不安を衆人の面前で払拭せねばならなかったのである。資永の堂々たる態度に接した諸将らは、「確かに」と深く首肯し、かえって武者としての自恃を取り戻したようであった。

 資永が昼間から酒宴を催していた頃、板額(はんがく)は厩の中にしゃがみ込んでいた。
「綱時の家族も、師光(もろみつ)の家族も、みんな出陣するのじゃろう。わたくしにかまわず、そなたらも出陣して良いのだぞ」
 膝を抱えた板額は、先ほどからずっと、足元に散らばった乾草をぼんやりと眺めている。
 綱時は、心外とばかりに首を振った。
「なにを仰せですか。板額さまが留守居なら、われらもよろこんで留守居を務めるまで。ご案じ遊ばされるな」
 師光の方は無念そうに押し黙ったままである。
「すまぬ。巻き添えじゃな」板額は膝頭に顔を埋めてしまった。
「板額さまらしくもないのう」
 困り果てた様子で、綱時は板額の傍らに腰を降ろした。
 そこへ、カッカッと砂を蹴って新大夫がやって来た。
「姉上、殿や将軍たちが昼間から酒宴を開いております。がぜん士気も上がっておるようじゃ」
 綱時は新大夫をにらみつけると、空気を読めと言いたげに、板額の方へ視線を向けてみせた。
「あいや、姉上。今度の戦など物見遊山でござるよ。木曽なぞ小勢に過ぎぬから、初めっから勝敗は決しておるも同然。そんなものは戦と呼べませぬ。活躍の場は、これからまだまだあり申す。初戦が留守居だからとて、そう気落ちされまするな」
「おお、そうじゃ。新大夫の申す通りじゃ。おまえなかなか良いことを言うな」
 かたじけない、と言わんばかりに、綱時は新大夫に目くばせした。
「新大夫、油断は禁物ぞ」
 ようやく顔を上げた板額の、声にはいつもの覇気がなかった。
「城氏の名に恥じぬよう戦ってまいります。手土産に敵将の首をば十ばかり、塩漬けにして献上致す所存」
「いらないよ、そんな怖いもの」やっと板額が笑顔をみせた。
「ところで新大夫」ようやく師光が口をきいた。
「例の物の怪のうわさ、殿や諸将はどう受け止めておる」
「気にしていないようじゃ。殿なぞ平然と笑っておったそうな」

 出陣を控えた館の中は慌ただしく、資永は家族と食事をとることさえできないほど戦支度に忙殺されていた。板額と資永は、落ち着いて話をする機会を得られないまま、すれ違いを続けている。

 信濃方面から馬を馳せて来た物見が、首筋の汗を拭う間もなく資永の御前に現れたのは、そろそろ夜も更けかけた頃だった。
「申し上げます、
 木曽の先発隊、依田城に入りましてござります」
「ついに出て来たか」
 資永は扇子の折りをぱちんと鳴らした。
資義(すけよし)、陣触れじゃ。早暁、信濃へ御旗を進める」
「はッ」金津(かなつ)資義のけたたましい足音が、館の廊下に響き渡った。
 この瞬間、資永の脳裏に浮かんだのは、在りし日の平清盛の姿だった。そしてまた、宗盛や知盛、重衡など、幼い頃から同じ釜の飯を食った一門の面々であった。自分を家族同然に扱ってくれた平家の御恩を、よもや忘れたこととてなく、そのかたじけなさに涙の出る思いなのである。なにがなんでも木曽の反乱を平定し、返す刀で鎌倉を討伐し、義仲や頼朝の首級を清盛公の墓前に供えてみせる。資永の決意は地鳴りのごとく高まっていた。

「万に一つも、負けることのない戦じゃ」
 慎重な資永にしてはめずらしく、そう言い切った。夜具の上で居住まいを正した資永は、嘉乃と向き合って座っていた。
「わたくしは何も心配致してはおりませぬ。館は板額どのが守ってくださいますからね」
 嘉乃の口調は、少しだけ皮肉めいている。
「そのことか」
 困ったようにうつむいて、資永は苦笑した。
「可哀想に、日がな一日厩に籠り切りで、すっかりいじけておられると綱時が嘆いておりましたよ」
「うむ」
「なぜ板額どのを討伐軍に加えてあげなかったのですか」
「嘉乃、女子は戦の事に口を出さずともよい」
「もしやそんなふうに、板額どのをあつかったのではないでしょうね」
 資永は、膝の上に重ねられた嘉乃の手を、ぐっと握りしめた。
「もしも、そなたが男勝りの武者であっても、わしはそなたを戦場(いくさば)へはつれてゆかぬ」
 嘉乃はようやく、得心してうなずいた。
「留守中、小太郎のこと、頼んだぞ」
 二人の傍らで寝息を立てている小太郎の顔をのぞき込み、資永は目を細めた。

 まだ日の出前の、薄く紫がかった空いっぱいに出陣の法螺が吹き鳴らされた。城館の広庭には色とりどりの縅鎧を身に着けた諸将ら集い、館外一帯には郎党や旗差しが雲霞のごとく集結していた。どこもかしこも熱気を帯びた喧騒に満ちている。
 髷を解き、乱髪にした資永は、落ち着いた様子で立烏帽子(えぼし)を冠った。白糸褄取縅の大鎧(おおよろい)は、かつて清盛から賜ったものである。
 金津資義は自ら(くりや)に立ち、御神酒の支度をしていた。使女たちが折敷に、打ちあわび、勝栗、昆布を盛りつけている。三献の儀が始まるのだ。三つの肴は、「敵に打ち勝ちよろこぶ」という縁起を担いでいる。三品を口に含み、三枚の土器に三度酒をついで飲む。三献目を飲み干したとき、盃を地面に叩きつけて割る。宮中に伝わる由緒正しい出陣の儀式である。
 資義は、資永の盃に酒をつぐ長柄所役を務めることになっている。銚子の準備をしている資義の眼差しは、戦を間近に控えているからか、どこか殺気立っているように見えなくもない。陪膳役の伴藤別当は、いぶかるように資義の様子を見つめていた。
「資義殿、たっての願いを聞いてくれぬか」
 突然声をかけられて、資義はぎょっとした。
「別当か、脅かすな」
「わしに長柄所役をゆずってはくれまいか」
 資義は眉をしかめた。
「なにゆえか。長柄所役は、殿から直接わしが仰せつかった。ゆずる道理がない」
「われらは共に譜代のもの。忠心において序列などもあるまい。酒をつぐ役と、膳を運ぶ役が代わったところで、なんの問題があろうか」
 資義は、坂東別当の顔をにらみ据えた。「もしや、そなた、わしが殿の盃に毒を盛るとでも?」
「まさか、そんなわけあるまい。わしはただ、名誉ある長柄所役がうらやましいだけじゃ」と慌ててかぶりを振った。
「わしの血筋が源氏であるというだけで、そなたはわしを信用できぬのか。これ以上愚弄致さば、ただでは済まさぬ」
 資義の気迫に気圧された別当は、膳を持ってそそくさと厨から出て行った。

 資永は上座にしつらえた床几に腰を降ろすと、金津資義につがせた三杯目の酒を、一気に飲み干した。腕を振り上げて盃を叩きつけると、広げた軍扇を頭上へ掲げて立ち上がった。
「えいッ、えいッ」
「おお!」
 諸将が一斉に(とき)の声を上げた。
「皆の者、出陣じゃ!」資永の一声が、館中に響き渡った。
 
「母上、嘉乃、小太郎、行ってまいる」
 御座の間から出ていく資永の姿を、伊那は涙を拭きながら見送った。
「母上、ご心配めさるな」
 資永の見せた笑顔が、わが子ながらなんと凛々しいことかと伊那は思った。どうか神仏よ、勝たしめ給え。
 鎧金具の音をたてながら中門廊を出た資永の後に、資国(すけくに)妙渓(みょうけい)、長茂が続いた。
 板額は遠くから、黒鹿毛(かげ)の馬にまたがった資永を見つめていた。
「もっとそばへ行って、声でもかけてきたらいかがです」
 綱時がせっついたが、板額は静かに首を振った。
「兄上が無事にお戻りになられたら、仲直りするから」
 そう言っている間も、板額はずっと資永の姿を見つめていた。
 平氏の旗色である赤い流れ旗が幾流も空に掲げられ、出陣の法螺がいっそう激しく吹きならされた。資永の軍馬を先頭に、御親類衆、譜代衆が続き、城氏の旗印、花輪菱の染められた一流をなびかせて本隊が出陣した。各所に野営していた国人衆がぞくぞくと合流し、先発させた別動隊の一万余騎を差し引いても、総勢三万余騎の大軍団であった。
 この大規模な行軍を一目見ようと、街道には人だかりができていた。平氏の世が危ういと噂に聞いていた越後の民は、なんと頼もしい城氏の威勢よ! 誇らしげにそう思った。
 しかしこの時、もしも人々が耳をすましていたら、あのおぞましい物の怪の声を聞くことができたかもしれない。

 平氏の味方の城太郎。
 清盛入道に味方をするものは、一々に召し捕ってくれよう。

 馬上の資永は、先刻から手足に違和感を覚えていた。
 しびれている。しかも視界がぼやけてきたような気がする。
 こめかみの辺りが、締め付けられるように痛い。
 しびれと痛みが全身に広がっていった。地平が左右に揺れているように見えるのは、自分の体が揺れているからだろうか。
 鼻の下が濡れている。手を当ててみると、べったりと血がついた。したたるほど鼻血が出ていた。
 鞍の上で前のめりになった資永は、激しく嘔吐した。
 わしは、どうしたのだ。なぜ、意識がかすんでゆくのか。視界が白い靄に包まれてゆく、すべてが・・・。
 立烏帽子が大きく揺れて、資永は馬から滑り落ちた。全身を激しく痙攣させていた。

 砂埃を巻き上げながら馬を馳せてきた急使が、鞍から飛び降り、館に駆け込んだ。
「一大事にござる! 一大事にござる!」
 座敷に居た伊那と嘉乃の前に慌ただしく手をつかえると
「殿が、倒れましてござります。いま、こちらに引き返してまいります」
 その声は動揺を抑えきれず、震えていた。
 何が起こったのか、まったくわからない。伊那と嘉乃は手を握り合い、唇を震わせながら資永が戻ってくるのを待っていた。
 やがて矢倉門の辺りが騒がしくなり、楯板の上に横たえられた資永が館に運び込まれて来た。
「薬師を呼べ! 薬師を呼んでまいれ!」長茂が叫んだ。
「あなた、これはいったい、どういうことです」
 取り乱した伊那の体を資国が抱きかかえた。
「わからぬ。突然馬から落ちた。意識がない」
「殿! 殿!」
 嘉乃は泣きながら資永の体に取り付いた。
 
 厩で藁を掻いていた板額の元へ、新大夫が転がり込んだ。
「姉上、一大事にござる!」
 報告を聞いた板額は、手から鍬を落とすと、厩から飛び出した。

 寝具に横たわった資永を家族が取り囲んでいた。
 薬湯を飲ませようとしても、喉を通らず、口の端から流れ出てしまう。それを拭き取りながら薬師は、もう手の施しようがないというように首を振った。
「何があったのです」
 板額は、呆然と資永の枕頭に立ち尽くした。
「国府のやつらが呪詛したのじゃ、そうに決まっている!」
 拳で膝を打つと、長茂は声を押し殺して泣いた。新津有資が長茂の肩を抱き寄せた。
「呪詛などに負ける殿ではない」無骨な顔をこわばらせた金津資義は
「きっと快復します」何度もそう言い続けた。
「呪詛ならば、このいまいましい魔物をわしが成敗してくれるわ。新大夫、付いてまいれ!」
 いたたまれなくなった妙渓は持仏堂に籠り、声を張り上げて経を唱えた。
 薄く開いている資永のまぶたの奥で、眼球が揺れていた。微かなうめき声を漏らしながら、うなされている。時おり口から泡のようなものを吹き出し、大量の汗をかいた。嘉乃は資永の顔を覗き込みながら、手ぬぐいで額の汗を拭き取った。
 知らせを受けて駆け付けた宮禅師(みやのぜんし)が到着したとき、伊那は資国にもたれかかってようやく座っているような状態で、長茂はうなだれ、板額は嘉乃の傍らでじっと資永の顔を見つめていた。
 宮禅師は資永の首筋に手を当てて、その脈動や顔色の感じから、これはもう助からないと察した。僧侶の直感のようなものが、資永の顔に死相を見たのだ。
「小太郎をここへ連れてまいれ」
 新津有資に手を取られて小太郎が連れて来られると、部屋の重苦しい空気からただならぬものを察したかのように「ちちうえ、ちちうえ」と資永の体を揺すった。
 うっすらと、資永のまぶたが開いた。
 館に運び込まれてから、六時間ほど経っていた。その昏睡状態の間に、資永は自らの死を悟ったのであろうか。小太郎の顔を見つめると、目に涙を溜めた。眉間に、無念と言いたげな皺を寄せて。
 嘉乃は資永の手を取り、小太郎の手を握らせた。資永の手には握り返す力さえも残っておらず、嘉乃が上から手を重ねて、握らせた。
 それから一人ずつ、資永の手を握った。妙渓も持仏堂から呼び戻された。
 板額は、兄上が死ぬはずはないと思っていた。死ぬはずのないものが、臨終を迎えているのが恐ろしかった。今、この瞬間の状況を受け止めることが出来ず、どうしても自分から、資永の手を取りに行くことができずにいる。
「さあ、板額」
 宮禅師に促されて、板額は枕頭へ寄った。
 資永の視線は、すでに虚空をさまよっていたが、板額が手を握り締めると、かすかに意識を取り戻したようであり、妹の方を見た。
「兄上、これはなんの戯れ事です? これから源氏を打ちにゆくのでござりましょう? 兄上がゆかなかったら、誰が反乱を平定するのですか。いったいどうしたのです、兄上ほど強いお人が」
 込み上げてくる感情を抑えきれなくなり、板額は涙を流した。
「起きてください、兄上。わたくしが背負ってでも、兄上を戦場へお連れ致します」
 このとき、資永の指先が、わずかに板額の手を握り返した。ごく弱い力だったが、板額は確かにそれを感じた。
 資永の口元が、かすかに、微笑んだ。
 そして、海の潮が引いてゆくように、資永の指から力がぬけた。まぶたを閉じることなく、両の目に涙をたたえたまま。
「兄上!」板額は声を励まして呼び掛けた。
 嘉乃が資永の体に打ち伏し、叫ぶような声を上げて泣き崩れた。

 追討軍、三万の将兵は、奥山荘一帯で待機していた。
 諸将はひとまず鎧を脱ぎ、ある者は神仏の加護を祈り、ある者は黙って馬の毛並みを整えながら、今後の成り行きを見守っていた。
 ついに資永急逝の報が伝えられると、立派な口髭を生やしたいかつい武者たちが、こぞってむせび泣き、あるいは天を仰いで慟哭した。人々は城館へ向かって手を合わせ、やがてそれぞれの居所へ兵を引いた。

 資永の葬儀は、越後の民が思っていたほど盛大なものではなく、むしろしめやかに執り行われた。人々に、あの物の怪の声を思い出させたくなかったのかもしれない。
 薬師は資永の突然死を〈脳卒中〉と診断した。それでどれほどの者が納得したのかわからないが、少なくとも、物の怪の祟りなどではないと思いたかった。
 宮禅師と妙渓の読経が、主を失くした館の方々へ、太く、低く、悲しげに響いた。たとえ涙が流れても、身内の者は誰一人、うつむいたり、うなだれた様子を見せなかった。それが武家というものなのだろう。
 弔問客と挨拶を交わしながら、気丈にも微笑みさえ浮かべたていた。
 しかしこの時、長茂は、かたわらに立つ資国の耳に届くほどの声で、きっぱりと言った。
「わしに野狐剣(やこのつるぎ)を相伝してください。兄上の無念は、この長茂がはらしてごらんにいれます」
 長茂の顔は、弔問客への手前、感情をひた隠しにしている。しかしその眼は、怒りと激情をたたえて少しも笑っていない。
「資永の弔い合戦、そなたにまかせた」
 資国の眼も、少しも笑っていなかった。

 金津資義のふくよかだった頬は、この数日ですっかり削げ落ち、目は落ちくぼみ、痛々しいほど憔悴していた。出陣前、一瞬資義の衷心を疑った伴藤別当でさえ、あれは自分の考え過ぎだったと後悔したほどである。資永の葬儀が済むと、資義は弟の新津有資に体を支えられながら、嘉乃の居室へ連れていかれた。
「兄弟が顔をそろえるなんて、久方ぶりですね」
 嘉乃は兄を気遣い、努めて明るく振る舞った。
「ちゃんと睡眠はとれているのですか」
 うなだれたまま、資義は首を振った。
「兄上、少し横になられたらいかがです」そう有資がささやきかけると、資義は激しくかぶりを振った。
「殿が身まかられたのじゃ! わしは、わしは、殿の菩提を弔って、出家致す」
 天井を仰ぎ、鼻汁で濡れた髭を震わせ、倒れ込むように床にうっぷすと、資義は肩を揺すって泣き続けた。

 資永の亡骸は荼毘に付され、白鳥山の山頂に葬られた。
 板額は、梅の花を一枝手折り、資永の墓前に供えた。
「兄上、ここからの眺めは、ほんとうに気持ちが良いですね」
 資永と二人で築城の様子を見に来た日のことが、昨日のことのように思い出される。
「ここから、わたくしたちのことを、ずっとずっと、見守っていてくださりませ」
 青く冴えた空のどこかで、ピーヒョロロ、ピーヒョロロ、鳶の鳴き声が聞こえていた。
 ふと、気が付くと、そばに宮禅師が立っていた。
「ここは要害じゃのう。登って来るのに難儀したわ」
「このお城は、兄上が家族を守るために造ったのです。だからこのお城は、兄上の遺品なの」
 板額は立ち上がり、山頂一帯を見回した。
「資永が逝って、さみしくなる」
 白鳥山からの眺望を見渡した宮禅師は、頭上を仰ぎ見ると、板額もよく知っている業平朝臣の歌を口ずさんだ。

 ついにゆく道とはかねてききしかど
 きのうけふとは思はざりしを

 それを聞いた板額は、宮禅師にしがみついた。子供のように体を震わせて、声を上げて泣いた。禅師も板額を抱きしめて、こらえていた涙を流した。
 鳶は羽根を広げ、大空を悠々と旋回し、地上の出来事など何も知らない様子で、ピーヒョロロ、ピーヒョロロ、細い声で鳴き続けていた。

第八章 横田河原の戦い

 資永(すけなが)の急逝に伴い、再び資国(すけくに)の手から、野狐剣(やこのつるぎ)が相伝される。
 七代目棟梁となる長茂(ながもち)の表情は険しく、何か硬い決意を秘めているに違いないことは、御代替わりの儀に列座した誰の目にも明らかっだった。
 剣を拝領した長茂は、家子郎党の一人一人を見据えるように、御座の間の隅々まで見渡した。
「われらがいつまでも意気消沈しておれば、先代の御霊は報われぬ。今、われらの成すべきことは、信濃で暴れておる、山猿どもを退治することである。先代のご意志を継ぎ、越後に安寧をもたらすため、これを妨害するものは、すべて、容赦なく叩き潰す。
 国府しかり、源氏の虫けらども、しかりじゃ。
 弓矢の家の者として、戦は望むところぞ! 平氏が日ノ本全土を完全に治めるその日まで、われらは先兵として、つねに最前線に当家の御旗を掲げ続けねばならぬ。それが亡兄の願いでもあった」
 野狐剣を押し頂いた長茂は、右手で柄を握り、ゆっくりと鞘を払った。
 これまで、宗家の者以外で刀身を実見した者はいなかったから、誰もが「あっ」と息を飲み、まばたきすることさえ忘れた。
 現れた刀身の、磨き抜かれた玉鋼のまばゆさは、まるで武神の加護が長茂にあると告げているかのように見える。
「再び討伐軍を結集し、われらは信濃へ進軍する。皆の者、後れを取るな!」
 列座した人々は興奮して立ち上がり、叫ぶような(とき)の声を上げた。
 沈みかけていた城軍の士気を、長茂は見事に鼓舞し、取り戻したようであった。

 討伐軍の遠征計画は、すべて資永の戦略が踏襲された。しかし長茂は
板額(はんがく)、おまえも遠征に加われ。館に残らずともよい」
 と、この点にはこだわりがなかった。
 だが板額は首を振った。
「いいえ、わたくしは留守居を勤めます」
「何を申すか。留守居なぞ必要ではない。われらは宣旨を下された官軍ぞ。国府も、奥州藤原も、われらには決して手を出せない。出せばやつらは朝廷に背く賊軍となるのじゃ。心配は無用」
 それでも板額は首を振った。
「先代は、戦というものは、何が起こるかわからないといつも危惧されておられました。それなのにわたくしは、留守居など嫌だといって、兄上を困らせた。ですから、このたびは、自分への戒めとして、心して留守居を勤めたいと存じます」
「なんとまぁ、生真面目な子よ」
 長茂は半ば感心し、半ば呆れた顔で笑った。

 再び諸将へ発給された廻し文には、討伐軍の集合場所は奥山荘(おくやまのしょう)ではなく、「国府」と記されていた。
 なにゆえ国府なのか。誰もがその意図を察し、好意的に受け止めた。例の、物の怪の声の出どころと噂されている国府をけん制するためであり、本隊三万の軍勢を見せつける威嚇行為なのである。
「なかなかやるではないか、七代目は」
 城氏累代の諸将たちは胸のすく思いだった。

 高まる好戦気分の中で、浮かない顔をしているのは新津(にいつ)有資(ありすけ)である。
「殿、申し訳ございません。わが兄ときたら、出家すると言って館に引き籠ったまま出てきませぬ。こんな大事なときに、皆の士気を挫くようなことをするなと厳しく叱責したのですが、どうしてもいうことを聞きませぬ。されど、見るからに憔悴しきっておりますし、先代の名をつぶやいては涙を流しているような有様ですから、従軍させてもきっと足手まといとなるばかり、もう放っておいてもよろしいでしょうか」
「かまわぬ。主を亡くした資義(すけよし)どのの心中は如何ばかりか。そっとしておいてやろうぞ」
 長茂は人目をはばかりながら有資を抱きしめると、いつもの不敵さとは打って変わって、不安げに表情を曇らせた。
「まさか、このわしが棟梁になろうとは、少し前までは想像もしておらなんだ。このような大任、わしに務まるじゃろうか」
「殿なら立派に務められます。それだけの器量をお持ちにござります。およばずながらこのわしも、全力でお支え致す所存」
 そう励まされた長茂は、血気にかられたように鼻息を荒げると、有資の唇を激しくむさぼった。
 
 城軍本隊三万余騎の大軍勢は、国府を取り囲むように参集した。
 越後権介三善為則は、守衛を引き連れて門前へ飛び出ると「なんの騒ぎじゃ! これはいったい、なんのつもりじゃ!」
 周囲を睨みつけて大声を上げた。
 大鎧(おおよろい)に身を固めた武者たちの中から、悠々と長茂が進み出た。
「昨年は不作であったゆえ、兵糧米が心もとない。よって、不足分を国府より徴収させてもらう」
 スッと片手を上げると、郎従らが大挙して国衙域へ乱入した。
「やめい、やめい! 正倉の稲穀は正税官物である。おまえらなどには一粒たりとも渡さぬ!」
 わめき散らす三善の顔に、長茂はぬっと顔を寄せて言った。
「われらは、官軍、である。おぬしは引っ込んでおれ」
 三善を押しのけると、長茂は貫を履いたまま、ずかずかと国庁へ押し入った。
 この一部始終をかたわらで見ていた資国は、軽く顔をしかめた。
「これは少々やり過ぎではあるまいか」
 妙渓(みょうけい)は、わっはっはと高笑いをして「われわれはこれまで、国府の顔色をうかがい過ぎた。これで良いではありませぬか。新たな世代、恐るべしじゃ。新大夫、おぬしも米を担いでまいれ」
 在庁官人らの狼狽ぶりを眺めながら、妙渓は再び高笑いをした。

 そのころ板額は、大鎧一式を部屋に広げて、弓掛(ゆがけ)や足袋にほつれがないかを確認していた。鍬形を打った兜を手に取って眺めると、頭にそっとかぶってみた。
 傍らで自分の物具の手入れをしていた綱時が、その様子を眺めながら苦笑した。「久しぶりにかぶると、重たく感じませぬか」
「重たいね。こんなに重たかったっけ」
 師光(もろみつ)が舌を打った。
「そんな呑気なことを申しておるから、われらは後れを取ったのです」
 板額は兜を床へ置くと、率直に「すまぬ」と頭を下げた。
「わしは心配なのじゃ」と師光は言った。
「武士は先陣を争うもの。手柄を奪い合うものじゃ。ときには大将の下知に逆らってでも、功名のために動かなければならぬ。そのような気概を失くしたら、一生手柄など上げられぬ」
 綱時は師光のことばに一応うなずいたうえで「なれど、留守居も立派なお役目ぞ」と、控えめに諫めた。
 しかし、誰の目から見ても、板額が戦意を失っているのは明らかだった。資永が亡くなってからというもの、稽古もまったくしておらず、自らすすんで留守居をしているのである。
 資永の亡骸が荼毘に付され、白い骨片になったのを見届けて以来、人と人とが殺しあう戦場(いくさば)に身を置きたくないという思いが、板額の心に芽生えつつあった。まだ遅くないから、普通の女のように生きてゆきたい。心のどこかに、そう願い始めている自分がいた。

 国府を出立した城軍は、越後を南下し、国境を越えて信濃へ入り、横田河原に三万の兵を布陣した。
 これを受けて木曽義仲の軍勢も、依田城を出て、横田河原対岸、雨宮の渡しに陣を敷いた。
 ついに両軍が千曲川を挟んで対峙した。
 将座に腰を降ろした長茂は、
「さあ来い。かかって来い。木曽の山猿どもの顔を早く見たいものだ」そう豪語して居並ぶ諸将を笑わせた。
 笠原頼直が進み出ると、片膝を付き、地に片手をつかえた。
「恐れながら、先陣は、この頼直にお申し付けくだされ。
 先年、所領を蹂躙されて以来、歯噛みしつつこの日を待ち続けた。なんとしても雪辱を晴らしたい。どうか先陣を!」
 長茂は、傍らに座した妙渓の顔色をうかがった。
 妙渓は笠原の心情をくみ取り、「笠原どのに、花を持たせてしんぜよう」と先陣を譲った。

 笠原頼直は、選りすぐりの精兵八十五騎を引き連れて千曲川を渡った。法螺貝が吹かれ、攻鼓が打ち鳴らされた。
 対する木曽勢からは、那和太郎、物井五郎、小角六郎、西七郎など、上野(こうずけ)国の武将三百余騎が、くつわを並べて進み出た。
 笠原はさらに数歩、敵前へ馬を進めた。
「やあやあ我こそは、笠原平五頼直なり。信濃の者、あるいはその縁者で、わが名を知らぬものは、よもやおられまい。上野の殿ばらも、人づてに聞いておろう。われは当年五十三。合戦すること二十六度。いまだ不覚の名を取ってはおらぬ。
 笠原平五は、良き敵ぞ。討ち取って手柄とするがよい。われこそはと名乗り出る者あらば、来たれ! いで組もう!」
 笠原の放った矢が木曽勢の一人を射倒すと、双方から次々と矢が放たれた。騎兵が横腹のあおりを蹴って馬を駆り、両軍近接して入り乱れると、方々で太刀が火花を散らし、鋭い金属音をたてた。
 両軍の後詰は歓声を上げて勝敗の行方を見守った。
 上野の騎兵は、敵を一騎も打ち漏らすまいと笠原勢を取り囲んだが、笠原方の駿馬は攻囲の隙間をするりと抜け、逆に攻めてかかる。刃のきらめきと、飛び散る鮮血、組み合っては転げまわる将兵。そう時間の経たないうちに、上野の三百騎は散々に討たれ、生きて本陣へ引き返せたのは九十三騎。笠原の八十五騎は四十二騎になっていた。
 圧勝である。
陣地に戻って来た笠原勢を、城軍は歓呼の声で迎えた。
 笠原は、兜を抱えて本営の陣幕へ入ると
「老体にはこたえる」と、おどけてみせた。
 長茂は膝を打ち
「笠原平五の高名は今に始まったことではないが、まさしく一騎当千の強者(つわもの)。大義であった」と絶賛した。
 初戦から戦勝気分に沸き立った。いつもは冷静な資国でさえ
「いますぐ祝宴を上げたいところじゃが」などと言って、周囲を笑わせた。
 その後、木曽勢の動きはまったくなかった。多勢に無勢。圧倒的な兵力の差を前に、攻めあぐねているに違いない。
 河原に展開した城軍の陣地では、川で馬を洗う者、兜を脱いで水浴びをする者もいた。おそらく本格的な合戦は、明日に持ち込まれるだろう。そして、二三日もすれば、故郷へ凱旋できるだろう。

 その時、千曲川の河畔を、平氏の赤い流れ旗を掲げた一隊が、ゆっくりとこちらへ向かって行軍して来るのが見えた。
「あれに見ゆるは、誰ぞ」
 長茂は目を凝らした。
 身を乗り出すように遠方を凝視した新津有資が、「あっ」と歓喜した。
「兄上じゃ。金津(かなつ)の軍勢です。やっぱり来てくれたか」
 戦勝気分に加えてのさらなる加勢に、陣地はいやがうえにも沸き立った。
 金津資義を先頭にした軍勢は、百騎ほどだろうか。城軍の陣地の間際まで来ると、資義は馬を止め、すっと片手を上げた。全軍の足並みがぴたりと止まった。
 それを合図に、旗持ちが旗竿を地に伏せると、一斉に赤旗がむしり取られ、慌ただしく白旗が結び付けられた。白は源氏の旗色である。兵たちも腕に巻いた赤符を白に変えた。あっという間の出来事だった。再び旗が掲げられたとき、金津の軍勢は、白旗が林立する源氏へと変わっていた。
「あいや、なんたることか」
 有資は愕然とした。
 金津軍の鬨の声に、城軍の誰もが、とっさに何をすればいいのかわからず、立ち尽くしていた。
 兵馬が川の水を蹴散らして突進して来た。騎兵の射かける矢が陣中に降り注ぐと、城軍の将兵は四分五裂して逃げまどい、一瞬にして大混乱に陥った。
 前線にいた山ノ太郎が四方に向かって声を張り上げ、逃げ惑う郎従たちを押しとどめた。
「ここなるは山ノ太郎が固めぞ! 一歩も退くな、討ち果たせ!」(えびら)から矢を抜き取ると、力いっぱい弓弦(ゆづる)を引き絞った。
「おのれ資義! われらをたばかりおったか」
 が、射かけるよりも一瞬早く、資義の放った矢が山ノ太郎の内兜にぶすりと突き刺さり、もんどり打って馬から落ちた。それを見た郎従たちは色を失い、なだれを打って逃げ出した。
 矢叫びをあげた資義の顔は、鬼の形相であった。理性を捨てた者から覗く狂気の眼差しでさえある。
 あの日、資永が出陣する間際に飲んだ御神酒に、毒を盛ったのは資義である。その毒を、資義に渡したのは井上光盛だった。
 井上は言った。
「これを、資永殿に飲ませれば、すべてが丸く収まる」
「本当に、死なないのじゃな」
「ごく弱い毒じゃ。死に至らしめるほどのものではない、約束しよう。体がしびれて、数日動けなくなる程度のものよ。その間にわしが越後国府を掌握して城軍の南下を食い止め、木曽殿は都へ攻め上る。上皇から平氏追討の下し文を賜れば、形勢は一気に逆転しよう。手柄はそこもとのものじゃ。どうどうと源氏に帰参できようぞ」
 城氏の譜代であることに誇りを抱き、赤心持って偽りなしと自負していた資義は、源氏の血筋というだけで山ノ太郎や伴藤別当に不審の目を向けられたことに深く傷ついていた。平氏が形勢を挽回しても、自分の居場所は城氏にはないのかもしれない。資義は、誰かに相談したかった。しかし父親は早くに他界しており、妹の嘉乃は資永の内室、唯一腹を割って話せるはずの弟は、長茂と恋仲である。家長としての進退に煩悶し、憔悴しきっていた資義は、弟にも裏切られたような気がした。
 井上は資義の血統を高く買っており、親身になってくれてもいる。源平の対立が再燃した今、家のためにも本来の血族に戻ったほうが良いのかもしれないと資義は思い始めていた。自分が源氏に寝返っても、弟は城氏に残るだろう。たとえ源氏が負けても、血筋は存続するのだ。だが、その道を選ぶなら、父の代から仕えた城氏に、自分なりのやり方で恩を返さねばならぬ。
「取引させてくれまいか」資義は井上に詰め寄った。
「もし源氏の天下となったら、資永様を越後守に叙任して、城氏を存続させてほしい。それがかなうなら、わしは喜んでそなたの謀に従う」
 井上は快諾した。城氏を生かすことで北陸の安定が得られるだろうとまで言ってくれたのである。
 しかし、資永は死んだ。そもそも初めから、殺すつもりだったのか。
 怒り狂った資義は、井上の陣所に乗り込んだ。つかみかからんばかりに詰め寄り、約束が違う、だましたか、口角泡を飛ばして怒鳴り散らし、太刀の柄に手をかけた。しかし井上は、ひるむ様子もなく、かえって怒鳴り返してきた。
「死のうが、死ぬまいが、そこもとは主に毒を盛ったのよ! もはや明々白々、そこもとは裏切り者じゃ。資義どの、腹をくくられよ、もう後戻りはできぬぞ」
 資義はがっくりと膝を落とし、うなだれて泣いた。
「わしは、殿が死なぬと思うたから、そなたの片棒をかついだ。後日殿へは、わしの胸中を状にしたため、謝罪しようと思うておった。わしは、わしは、あのお優しい殿を殺してしもうた。わしは今、心底悔いておる。このうえは、出家するより他にない」
「資義殿、よう聞かれよ。歴史というものは、勝者の手によって書かれるもの。不都合な事実は無かったことにできる。だからそこもとは、後世裏切り者のそしりを受けたくなかったら、なんとしても源氏の勝利に貢献せよ。一族の名を汚したくなければ」
 井上の言う通りだった。裏切り者という、末代までの不名誉を残すぐらいなら、主を犠牲にしてまで源氏に帰参した意味がなくなる。
 井上光盛は、恐ろしい男である。物の怪の声の噂を広めたのもこの男であり、資義を調略し、さらにこれから、次の一手を打とうとしている。木曽義仲は、この男を抜きにしては、歴史にその名を残せなかったに相違ない。

 資義は絶叫しながら城軍陣地に突っ込み、赤符を付けた兵士を斬り払った。
 金津資義の裏切りに呼応するように、木曽勢が方々で鬨の声を上げた。木曽義仲は手勢を七手に分散させて攻めて来た。城軍はこれを、大軍勢と誤認した。完全に陣地は混乱をきたした。
 早馬が次々と本営に駆け込んでくる。
「山ノ太郎経元殿、討死」
「奥山石見守殿、討死」
「豊田師成殿、討死」
「稲津新介殿、斎藤太殿が一党、戦線を離脱」
 その後も浜小兵太、橋田太郎など、大将級の武将が立て続けに討ち取られた。左翼の立川将軍三郎と、右翼の伴藤別当も討死した。城軍はもはや木曽勢の猛攻を支え切れずにいる。
 資国は素早く兜の緒を締めると、馬鞍に打ち跨り、手綱を操りながら叫んだ。
「長茂、おまえはここを動いてはならぬ。おまえが動いたら全軍総崩れとなろう。大手の敵はわしが食い止める!」
 妙渓も馬に飛び乗った。
「兄どの、わしも参る。新大夫、おまえはここに留まり、殿をお守りせよ!」
 二人は正面の敵を目がけて馬を駆った。
 しかしこの時、井上光盛の率いる一隊が、側方の妻女山を迂回して、城軍の背後に迫りつつあることに、まだ誰も気づいていない。
 資国は混乱した前線に躍り出ると、馬首をめぐらし、太刀を掲げながら周囲に向かって声を上げた。
「やあやあわれこそは、城九朗資国なり! 腕に覚えの者どもよ、かかってまいれ!」
 妙渓も、風を起こして薙刀を振るった。
「われこそは、会津慧日寺(えにちじ)が衆徒頭、乗丹坊妙渓なり! 木曽のやつばら、押し並べて組みもうさん!」
 良き敵とみた木曽勢は、群がるように攻めかかった。

 本営の陣幕の中で、長茂は落ち着きなく歩き回っている。新津有資は床几に座ってうなだれている。新大夫は前線を凝視しながら、祈るような思いで城軍の形勢を見守っていた。
 有資は地面を見つめたまま、独り言のようにつぶやいた。
「資永様に手をかけたのも、兄に違いない。城家の御恩を忘れて、弓引くとは」
 腕をぶるぶると振るわせ、立ち上がった。
「金津資義、金輪際、兄弟の縁を切る。このわしが、裏切り者を殺す」
 この時、本陣のすぐ近くで、鬨の声が上がった。その声は、しかし、前方からではなかった。
 物見の郎従が血相を変えて駆け込んできた。
「申し上げます! 背後から敵襲!」
 陣幕を巻くった新大夫は、「あっ」と息を飲んだ。無防備な搦手に白旗が林立し、砂利を蹴散らす蹄の音がすでに間際に迫っていた。
「もはやこれまでじゃ・・・」
 新大夫は一瞬、茫然自失となった。が、すぐわれに返り、振り返って叫んだ。
「殿、お逃げください、早く! 早く!」
 この場に踏みとどまるのは無謀と判断した有資も大声を上げた。
「殿の馬を引け!」
 騎乗した長茂は、搦手の敵へ馬の鼻を引き向けた。
「弓を持て」
 この一言で、後詰の諸将は、撤退ではなく応戦するのだと察した。確かに、前も後ろも敵に取り囲まれて、いったい、どこへ逃げるというのだ。撤退するにしても、攻囲の一角を切り崩し、そこを突破して血路を開く他はない。
 ひゅんっ、ひゅんっと、長茂の耳元を矢がかすめた。
「皆の者、命を惜しむな、あるだけの矢を射れ!」
 壮絶な矢合わせとなり、双方おびただしい将兵がばたばたと倒れた。

 前線の資国と妙渓は、馬首をめぐらし、群がる敵を斬り伏せていたが、すでに鎧には無数の矢が突き刺さっていた。何本かの矢じりは胴を貫通して体に達している。さしもの九朗資国も、乗丹坊も、肩で息をしながら、もはや気力のみで太刀を振るっている有様だ。
 その時、至近距離から放たれた矢が、資国の胸部を貫いた。
 資国は、突き立った矢を見つめ、それから天を仰ぐと、鞍から転げ落ちた。
 射止めた敵将が馬から飛び降り、資国の体に打ち跨った。
「御首級、頂戴致す!」腰刀を首に押し付けると、力いっぱい横に掻いた。頸動脈から噴き出た鮮血が、河原の石を濡らした。
「城資国を討ち取ったり!」
 この雄叫びを聞いた城軍の将兵は、たちまち戦意を喪失し、戦線を離脱する者が続出した。誰もがあの「清盛入道に味方をするものは、一々に召し捕ってくれよう」という物の怪の声を思い出し、自分たちに勝算はないと悟ったのである。城軍の陣地は総崩れとなった。
 妙渓は馬首を返すと、本陣へ兵を退いた。ひとまず撤退して、軍勢を立て直さなければ形勢を逆転できそうにない。一刻も早くと引き返した本陣の有様を見て、妙渓は愕然とした。
 総大将の長茂が、自ら太刀を振るって応戦している事態である。妙渓は率直に「終わった」と思った。
「長茂、もはやこれまでじゃ、撤退せよ!」
「馬鹿を申すな叔父上、おめおめと敵に背を向けられるものか」
「九郎資国が討ち死に致した!」
 これを聞いた長茂、有資、笠原頼直らの顔から血の気が失せた。
 妙渓はあらんかぎりの声を張り上げた。「早よう撤退せよ!」
 笠原頼直は、かぶりを振って笑い出した。「この大軍で負けるとは、運も尽きたものよ。わしは城氏を過信しておったようじゃ」
 そして、長茂を顧みて怒鳴った。
「資永殿の、いい面汚しじゃ!」
 笠原は手勢を取りまとめると、攻囲を突破して、いづこへともなく落ちていった。
「長茂、ここはわしに任せて、奥山荘へ引き返せ」
「ここで退いたら腰抜けじゃ。退けるものか!」
「いいから退け。退け。お前が死んだら城家は終いじゃ」
「くそおッ!」泣きながら長茂は馬を走らせた。
 有資ら近習もそれに続いたが、新大夫は手綱を控えたまま、その場から動けずにいる。
「なにをのらりくらりしておる、とっとと駆けて殿をお守りせよ、行け! 行け!」
「親父どの」新大夫はぽろぽろ涙を流しながら手綱を操っていた。
「早よう行け、行けと言っているのが聞こえぬか、この馬鹿者!」
 新大夫はようやく馬首を返し、長茂の後を追った。
「さらばじゃ、わしの息子」
 妙渓と僧兵の一団は、本陣に踏みとどまり、城氏の意地を見せ付けんとばかりに、薙刀を振るってさんざんに暴れまくった。
 薙刀に太刀で手向かうのは不利とみた井上光盛は、一旦退き、矢を補充して反撃に出た。巻き網漁のように、馬を馳せながら僧兵たちを取り囲み、箙の矢が尽きるまで、さんざんに騎射し続ける。
 僧兵たちがばたばたと倒れた。
 四方八方から射られた妙渓の足元に、大きな血溜まりができていた。薙刀を杖にして、ふらつく体を支えた妙渓は、背中を反らせて天を見上げた。
「色即是空! 神も、仏も、おらぬとな」
 わっはっはと高らかに笑うと、口から血を吐き出し、どっと仰向けに倒れた。

第九章 死線の上

 追撃を振り切り、関山の国境を越えたとき、長茂(ながもち)の手勢は三百騎ほどになっていた。総勢三万の軍勢は、さんざんに討ち取られ、逃げては射倒され、河原一面を血で濡らし、千曲川の流れを赤く染めた。木曽勢が斬り落とした城軍諸将の首級は千余人。別動隊の一万余騎も方々へ離散し、落ち武者狩りの餌食にされた。
 長茂も、新津(にいつ)有資(ありすけ)も、正気を失ったように放心している。将兵も馬も疲れ切り、戦傷者が次々と力尽きてゆく。
 新大夫は時おり声を上げて、行軍を励ました。
「阿賀野川を渡れば城氏の所領、それまでの辛抱でござる!」
 しかし、奥山荘(おくやまのしょう)へたどり着くためには、国府領を通過しなければならないのである。新大夫も内心では、ただでは済まぬだろうと思っている。

 国府の三善為則は眉をしかめた。
「こんなに早く、城軍が戻って来たというのか?」
「はい。しかも三百騎たらずです。どう見ても、凱旋という様子ではござりません」
「馬鹿な。長茂は三万の軍勢を率いて出立したのだぞ。敗れるわけがあるまい。もう一度よく見てまいれ」
 国府軍の物見は、再び馬を走らせた。
 しかし、続報の内容も同じであり、さらなる事実も加えられた。
「城軍は鎧も傷つき、途中で動けなくなる馬もいるほどです。まさに満身創痍の体。しかも、三百余騎には後続の兵もなく、城資国(すけくに)、乗丹坊、山ノ太郎がごとき名だたる大将の姿も見当たりませぬ」
「これは・・・」
 為則は、しばし思案に暮れたが、やがてにんまりと口髭を反り上げた。
「すぐに木曽殿に伝えよ。城氏は朝意を軽んじる賊徒なれば、国府は貴軍に加勢致すと」
 そして、すぐさま国府軍の将兵を正殿前に招集し、檄を飛ばした。
「どうやら城軍は、木曽勢に敗退したようである。これまで国府をないがしろにしてきた天罰と言えよう。今こそ、城氏を殲滅する好機が到来した。皆の者、長茂ら一党を討ち取ってまいれ!」
 国庁の広場に、(とき)の声が上がった。

 国府方面を警戒していた新大夫の目に、恐れていたものの姿がかすかに見えてきた。
「国府軍がこちらに向かってきます!」
 それを聞いて長茂は顔を上げ、遠い目をした。もう、戦う気力をすっかり失っている様子であった。
 新津有資は意を決したように言った。
「ここで斬り死に致しましょう。もはや、勝てる見込みは万に一つもござらぬ」
「ダメじゃ!」新大夫がどなった。
「殿、ここはひとまず会津へ向かいましょう。国府軍との間には、まだ距離がある。追いつかれる前に山間部へ入ってしまえば、敵の追撃をかわせます」
「わしが越後を離れたら、奥山荘の家族はどうなる」長茂の目に涙がにじんだ。
板額(はんがく)さまが居られます」新大夫は言い切った。
「あの方が居れば、大丈夫です。綱時も、師光(もろみつ)も居ります」
「いくら板額でも、この状況ではどうにもならぬだろう」
「あの御方なら絶対に切り抜けます。殿、板額さまを信じて、われらはひとまず会津へ逃れ、再起を図りましょう」
 新大夫の説得を聞いていた有資は、平手で打たれたように、正気を取り戻した。
「新大夫の言う通りじゃ。ここで死んだら犬死じゃ」
 もはや長茂の同意を待たず、有資は全軍に号令した。
「これより会津へ向かう、皆の者、死ぬ気で駆けてまいれ!」
 三百余騎の後尾に付いた新大夫は、
(姉上、どうかご武運を)
心の中で祈り続けた。

 そのころ板額は、縁側に腰を掛けて、髪をとかしていた。後になって思い返せば嘘のように、今ごろ兄上は、反乱軍の大将を討ち取ったかしら、などと疑いもなく思いながら。
 長茂追撃に失敗した国府軍の矛先が、奥山荘へ向けられていた。
 長茂の放った早馬が、国府軍の目をかいくぐって疾走していた。
 板額は、長い髪を結い上げると、縁側に下げた足を揺らした。
 綱時と師光は、なにやら大きな笑い声をたてながら、厩の乾草を掻いている。子供の声も聞こえるから、たぶん小太郎もそこにいる。
 伊那と嘉乃は向き合って、着物を繕っていた。
 板額は、このときの光景が忘れられない。あれが、自分が少女として過ごした最後の日だったのかもしれないと思うからだ。
 そろそろ日差しが、西に傾き始めていた。
 何事もなければ、炊煙の匂いがしてくるころだった。
 そんなひと時が、終わろうとしている。

 長茂の伝令は、門前で下馬せず、主屋の広庭へ馬を乗り入れた。こんなことは初めてのことだったから、馬のいななきを聞いた城館の誰もが異常事態を察して、騒然となった。
 伝令は、馬から降りるとそのまま地面に崩れ落ち、両腕を踏ん張ってようやく顔を上げた。その顔面は血と砂にまみれ、片方の大袖(おおそで)は引き千切られており、中程で折れた矢が鎧の背部に突き立っている。
「申し上げます! わが軍は横田河原にて総崩れとなり、資国様、乗丹坊様は討ち死。殿は残兵をまとめて戦線を脱し、追撃をかわして国境を越えましたが、そこを国府軍に急襲され、会津への撤退を余儀なくされました」
 そこまで言うと伝令は息を切らし、次の言葉を詰まらせた。
 立ち眩みのように揺れた伊那の体を、嘉乃が支えた。
 伝令は再び顔を上げると、板額の方を見て、ほとんど泣き出さんばかりに顔をゆがめて声を上げた。
「皆様、一刻も早くお逃げください! 国府軍がこちらへ向かって進軍しています! すごい数です、このままでは皆殺しにされます!」
 板額は即座に号令をかけた。
「皆の者、今すぐ鳥坂城(とっさかじょう)へ避難せよ!」
 板額は、館に残っていた郎従たちを集め、一族郎党の家族に避難を呼びかけるよう命じた。彼らはすぐさま陣鐘を打ち鳴らし、方々へ馬を走らせた。
 綱時と師光を連れて広間へ入った板額は、すぐに(はかま)の紐をほどいた。鎧櫃から赤糸縅の鎧を取り出した二人が振り返ると、板額は素っ裸になって小袖をはおっていた。いつのまにか大人の体になっていた板額を見て二人は一瞬驚いたが、板額は両腕を開いたまま、じっと前を見据えて何かを考えている様子だった。綱時が左手を取って籠手をさし、師光が右の横腹に脇楯(わいだて)を結び付けた。脛巾、髄当、胴先の緒をしめて、二人は手際よく板額の体を大鎧(おおよろい)で固めた。その間もずっと、板額は前を見据えたままだった。
「板額さま、兜はかぶられますか」
烏帽子(えぼし)でかまわぬ」さっと髪をほどき、長烏帽子に鉢巻を結んだ板額は、太刀を佩き、矢を詰めた(えびら)を右腰に負った。
「綱時、領内にはどれぐらいの武者が残っておりますか」
「ほとんど残っておらぬでしょう。老人と、元服前の子らばかりかと」
 師光は自分の鎧を手早く装着しながら
「弓矢の家の者なら、老人だろうと子供だろうと、危急存亡の秋は戦うのみ」と言い切った。
 大鎧を装着し終えた三人は、互いの顔を見やった。
「綱時、師光」
 滋藤の弓を握りしめた板額は、弓杖をついた。
「奥山荘一帯は、水田と湿地に囲まれておる。いかに敵が多勢であろうと、人馬は道を通る他なく、縦列態勢で攻めて来よう。されば、道を塞ぐように胸壁を築けば、少数の人数で進撃を食い止められるはず。
 なれど、攻防が長引けば、きっと敵の一部は湿地を迂回して、直接館を襲って来るにちがいない。
 わたくしが正面からの敵を食い止める。師光、そなたは館に残り、敵の奇襲を待て。綱時は、女子供を鳥坂城へ避難させた後、武器庫の矢をありったけ持って、わたくしか、師光、危うい方の陣地へ加勢してくれ」
 兜に打たれた金色の鍬形をきらめかせて、綱時と師光は納得したようにうなずいた。
「ここを死に場と心得よ」きっぱりと板額は言った。「なれど、無駄死にだけはしないぞ」
 当然、とばかりに二人は笑顔を見せた。

 三人が屋敷の広縁に出ると、婦女子(ふじょし)と老人が参集していた。女は赤子を背負い、幼子の手を取り、老人の多くは腹巻と呼ばれる軽装鎧で身を固めている。
 板額は声を上げた。
「女と子供は直ちに鳥坂城へ入れ。奥山綱時が先導致す。十二歳以上の男子は、わたくしか、豊田師光の指揮下に入れ」
 老兵の一人が、太刀を振り上げ、大音声に呼ばわった。
「君恩に報ずるは、この時なるぞ!」
 女も子供も一緒になって鬨の声を上げた。

(母上のお姿が見えない)
 板額がそのことに気づいたとき、奥の部屋から嘉乃の甲高い声が聞こえて来た。
「母上様、わたくしと一緒に避難してくだされ」
 嘉乃の声は、いまにも泣き出さんばかりである。
 駆け付けた板額も、思わず「母上!」と声を上げた。
 伊那は大鎧に身を固め、烏帽子を冠り、鉢巻きをして、床几に腰かけていた。片手は弓杖をつき、嘉乃にすがられてもまったく動じる様子がない。
「母上、今すぐに館を出て、鳥坂城へ非難してください」板額も厳しい口調にならざるを得ない。
 しかし伊那は動かなかった。
「わたくしは、館に残る。この家を守る」
 あれほどおそれていた戦が、ついに、目と鼻の先に迫っている。伊那の心は恐怖心に打ち負かされそうだった。しかし、この恐怖を乗り越えるためには、戦に立ち向かうしかないのだ。背を向けて逃げれば、野良犬に追いかけられる子供のように、恐怖は増幅するばかりである。しかと正面を見据えれば、野良犬が虎ではなく、狼でもなく、ただの犬だとわかるだろう。伊那は覚悟を決めたかった。資国の妻として、棟梁長茂の母親として、絶対に見苦しい態度を周囲に見せるわけにはいかないのだから。
「母上、留守居はわたくしの勤めです。ここはわたくしに任せて、一刻も早く避難してくださりませ」
「板額、わたくしにかまうな。母も、一人でも多くの敵を射倒して、そなたの援護を致す」
 こうとなったらテコでも動かない母の性格を知っている板額は、もうそれ以上何も言わなかった。
「師光、すまぬ。母上のことはまかせた」
 一礼して立ち去ろうとする板額に、伊那は声をかけた。
「われらの力で、棟梁の留守を守りぬこうぞ」
 その顔は微笑んでいた。
 板額も笑顔で「はい」と応えた。
 栗毛の愛馬に打ちまたがると、板額は矢倉門へ馬首を引き向け、横腹のあおりを蹴って館を飛び出した。

 街道から奥山荘へ続く一本の大道に、郎従たちが楯を横一列に並べ立て、胸壁を構築している。板額は馬上から
「皆の者、この掻楯(かいだて)の線を死守せよ!」と声をかけた。
 すでに国府の軍勢が、目視できるところまで迫っていた。
 大軍である。砂を蹴る馬蹄の響きが、怒涛のごとく迫って来る。恐らく国府軍は、このまま突進して掻楯を蹴散らすつもりだろう。
 板額は、馬の鼻を引き向けて、「はっ」と声をかけると、敵に向かって全力疾走した。
 単騎で駆けて来る武者を見て、国府軍の先鋒が全軍に停止の合図を出した。その数、およそ一千余騎。
 矢合わせの距離まで迫った板額は、手綱を強く引き、後ろ脚で立ち上がった馬を制御した。
 進軍の怒涛が止み、あたりが急に静まり返った。
 一対一千。
 板額は、さらに数歩進み出ると、手綱を控えて、呼ばわった。
「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 
 われこそは余五将軍維茂が後胤、九郎資国が娘、太郎資永(すけなが)、ならびに棟梁長茂が妹、城ノ板額!
 ここから先へは一歩も通さぬ!」
 国府軍がそれに応えて、割れんばかりの鬨の声をつくった。
 板額がこの位置に馬を止めたのには理由がある。
 板額は、自分の放つ矢が八段(八十メートル以上)先まで届くことを知っている。これほどの飛距離を騎射できる武者は滅多にいない。だから、敵がこちらに射かけてきても、その矢じりが届くころには初速の威力が落ちており、当たっても致命傷に至らないのだ。
 国府軍はくつわを並べてさんざんに射かけてきたが、板額はその矢を目視して弓で払うことができた。逆に板額の放った矢は、国府の武者の鎧を射通した。
 板額が、めいいっぱい引き絞った弓弦(ゆづる)を離すと、次の瞬間には国府軍の誰かが突き飛ばされるように馬上から転がり落ちた。
 板額は手を止めない。鋭い弦音をたてて速射する。そのたびに馬上の武者がもんどり打って転がり落ち、周りの騎兵はたじろいだ。
 板額麾下の郎従が、絶え間なく矢を補充した。こうなると戦いは、元込め式の火縄銃対機関銃である。国府軍の諸将は、まるで摩利支天とでも戦っているような心持となり、たちまち動揺を来し始めた。凄まじい勢いで進軍して来たはずの国府軍が、まもなく道に楯を並べ、防御陣地の背後に籠って動かなくなった。
 一千余騎の軍勢を、板額が単身、圧倒したのである。

 業を煮やした国府軍の一部は、湿地に馬を乗りいれ、城館の攻撃に向かった。
 そろそろ日が沈みかけ、辺りが宵闇に包まれようとしている。
 師光は外を見やりながら、郎従たちに声をかけた。
「弓を張っておれ。そろそろ敵が攻めて来ようぞ」
 伊那は床几に腰をかけて瞑目していたが、ぼんやりとまぶたを開くと、師光の方を仰ぎ見た。
「外が静かですね。板額は、敵の進軍を止めたようじゃな」
「弓の腕が勝敗を決しますからね。さすがは板額さまじゃ」
「あの子の武技は一騎当千。敵も恐れをなしたでしょう」
「先代が亡くなられてから、すっかり気おくれした様子でしたが、本来の板額さまに戻ったようじゃ」
「師光、覚えていますか。あの子は子供のころ、泣き虫でした」
 そう言われれば、そうだったかもしれない。師光はすっかり忘れていた。
「初めて太刀を抜かせたときも、泣きました。刃物が怖いと言って。
 本当はね、強くないのですよ、あの子は。だから師光、これからも綱時と共に、あの子を支えてあげておくれ」
 師光が返事をしようとした、その時、夕闇の中から一斉に矢が飛んできた。
「敵襲!」
 師光が弓を構えると同時に、伊那も立ち上がった。
 敵の放つ矢はやがて、火矢に代わった。
「射返せ!」師光が叫んだ。

 板額は敵前に立ちふさがり、手綱をかい操っている。城館で戦闘が始まったことを早馬が知らせに来たが、板額はここを動けない。しかも、国府軍に友軍が来援したようであり、にわかに軍勢が色めき立っている。白旗を幾流も風に流しているあたり、どうやら木曽の一隊らしい。
 国府軍の掻楯の隙間から、単騎、白葦毛の馬にまたがった武者が猛然と突進してきた。板額が放った矢を寸でのところでかわしながら、薙刀を振り上げ疾風のごとく駆けて来る。次の矢を箙から引き抜く間もなく、薙刀の刃先が板額の大袖をかすった。
(なんだ、この武者は!)
 敵は馬首を返して正面を向いた。
「そなたは何者ぞ」問うた板額は、ハッとした。
(女だ。この武者!)
 立烏帽子の下のその顔は、細面の、これまで板額が見たこともないほど美しい目鼻立ちをした女だった。
「われは、木曽冠者義仲が側室、巴なり。一千騎を、ただの一人で食い止めている女子がおると聞いて見物に参った。そなたの弓、なかなかのものじゃ」
 巴はあたかも、戦を楽しんでいるかのようである。「して、そなたの名は」
「板額じゃ」
 二人はすでに組討ちの距離にいる。板額は弓を手放すと、巴から目をそらさず太刀を引き抜いた。

 満月を覆い隠したのは雲ではない。城館の燃える煙りだった。
次々と放たれた火矢が、紅蓮の炎となって荒れ狂うまでに、そう時間はかからなかった。
 板額に足止めされた国府勢の後方部隊が、湿地に馬脚をとられながらも、続々と城館の攻め手に加わってきた。劣勢を察した師光は、わが気概を敵勢に伝えんとばかりに声を張り上げた。
「やあやあ我こそは、越後の国の」カチンッ。兜の鍬形に敵の矢が当たった。
 「チッ」と舌を打ち、師光は再び矢をつがえて応戦した。敵勢が雲霞のごとく館を囲みつつある。
 火の手は屋根まで上がった。それでも師光の一団は退却をせず、踏み止まっている。
 伊那は間断なく矢を放ち、ほとんど敵を外さなかった。この姿を見て師光たちは奮い立っているのである。
 しかし、革手袋がほころぶほど引き続けた伊那の弓弦が、突然、ぶつんと切れた。
「弓を持て!」振り向いたその瞬間、伊那の鎖骨の下に、ブスッと矢が突き刺さった。伊那は仰向けに倒れた。
 伊那様が射られたという郎従の叫び声を聞きつけて、師光が駆けて来た。
「師光、すまぬ。やられた」
 師光は、刺さった矢をじっと見つめた。
「伊那様、いまからこれを抜きます。とても痛いと思いますが、辛抱できますか」
 伊那はうなずいた。
「ご無礼をおゆるしください」
 師光は、伊那の胸元を足で踏み、両手を使って矢を引き抜いた。
「ああっ!」悲痛な声が響いた。
 すぐに師光は、傷口に布を押し当てた。
「撤退じゃ! 皆の者、ただちに撤退せよ!」
 伊那の体を抱きかかえるようにして、師光は立ち上がった。
 紅蓮の炎が渦を巻き、炎光が館一帯を明るく照らしている。若い郎従たちが師光を手伝い、伊那の体を抱えて走った。

 城館を燃やす炎の光は、山上からもよく見えた。
 武器庫の矢を束ね終えた綱時は、小太郎の足元に跪いた。
「小太郎様、それがしはこれから、伯母上と、豊田師光のところへ加勢に向かいます。それがしが戻るまでの間、鳥坂城の守備をお願い致しまする。できますか」
 小太郎は、子供ながら精一杯気丈に振る舞った様子で「あい、わかった」と、うなずいた。
 綱時は嘉乃に目くばせをして、にっこりと笑った。
 避難の誘導に従事した郎従の一団は、綱時の馬を先頭にして、一気に山を駆け降りた。
 すでに館は燃えている。間に合うだろうか。まだ皆は生きておるだろうか。
 途中で師光の一団と出会った。
「伊那様がやられた」
「早く城へお連れ致せ。水も薬もある。山下の首尾はどうじゃ」
「館はもう手がつけられぬ。板額さまの方はわからない」
「承知した」
 綱時は馬腹を蹴った。

 風を起こして薙刀が迫って来る。板額はそれを太刀で受け、体を反ってかわし、負けじと斬りつけ、払い、突いた。双方睨み合い、手綱を操りながら、互いの隙をうかがっている。板額は、流れる汗が目に染みて、視界がぼやけていた。息も上がっている。それは馬も同じことだった。
 しかし巴には、疲れた様子がない。馬も疲れをみせない。この木曽の女武将は何者なのだ。さすがの板額もあせり始めている。
 後世、巴御前の名で親しまれているこの勇婦の奮闘ぶりは、板額の手にあまるものだった。しかも、斬り合いの最中(さなか)に垣間見える巴の顔は、実に涼やかで、優雅であり、まるで宙に舞う羽衣のようであった。板額は極度の疲労の中で、いじわるな天女に弄ばれているような錯覚を覚えていた。
(このままでは、斬られるな)
 心のどこかに、あきらめかけている自分がいる。

 白鳥山を下りきった綱時は、一瞬間思案すると、戦場(いくさば)へ向かって直進せず、山裾に沿って手勢を引率した。あせる気持ちを必死で抑制しながら、迂回路をとったのである。そして戦場の側方へ回り込むと、鬨の声を上げて一気に馬を走らせた。敵の横腹を突くかたちだ。
「奥山藤五郎綱時、見参!」
 この急襲に、国府軍は総崩れとなった。綱時ら一団は、さんざん矢を射かけ、散開して太刀を振るい、老いも若きも奮闘し、かたっぱしから敵勢を蹴散らした。
 異変に気付いた巴は、薙刀を小脇に挟んだ。
「板額、そなたと戦うことができて光栄であった。またどこかの戦場で相まみえたいものじゃ。
 板額よ、そなたは若い。まだまだ強うなれるぞ。弱い女は凌辱されるのみ。女武将は、男の倍の覚悟で戦わなければならぬ。そのこと、ゆめゆめ忘れるなかれ」
 このとき見せた巴の微笑を、板額は忘れられない。一人の女性として凛々しく、とても大きく見えた。
 馬首を返して駆け去る姿を、板額はぼんやりと見つめていた。
「板額さま!」
 綱時の声で、板額はわれに返った。
「さあ、鳥坂城へ参りましょうぞ」
 板額はうなずくと、最後の力を振り絞って、味方に撤収を呼びかけた。

第十章 戦の代償

 越後街道を落ちてゆく三百余騎は、葬列のように消沈している。総大将の長茂(ながもち)も、かたわらの新津(にいつ)有資(ありすけ)も、ほとんど何もしゃべらない。最後尾についた新大夫も、ずっと板額(はんがく)の安否ばかりを案じていた。
 街道が会津盆地へ入ると、のどかな田園の風景が、敗残兵の心を少しだけ癒した。
 ここが、乗丹坊妙渓(みょうけい)が治めていた土地。そう思うだけで、越後人なら誰しもが、不思議な安心感を抱くことができる。
 長茂も、ようやくうなだれていた顔を上げて
慧日寺(えにちじ)に着いたら、ひとまず休息し、それから再起を計ろうぞ」と有資に向かって言った。
 それを聞いた有資は、片手で顔を覆い、うっうっと肩を揺すって泣き出した。
「兄の裏切りによって、一敗地にまみれ、こんなことになってしまいました。わしは、どうお詫びしたらよいかわかりませぬ」
「詫びるもなにも、そなたのせいではあるまい。しかし資義(すけよし)は、どのような了見でわれらに反旗を翻したのだろうか」
「血統にこだわったのではありますまいか。そんなもの、どうでもよいのに」
 有資は空を見上げて
「こんなところで、終わってたまるか」と声を震わせた。
 二人のそばへ、新大夫が馬を寄せた。
「もうすぐ慧日寺が見えてきます」そう言って、指差した方角へ顔を向けたが、なにやら不思議そうに目を凝らし、眉をひそめた。
「あんなに、人がいるわけない」
 寺院の周辺に、兵馬が群れている。
 慧日寺の僧兵たちは、乗丹坊に率いられて出払ったはずなのだ。しかも、そのほとんどは横田河原で散った。寺には学侶と留守居の僧兵しかいないはずなのである。門前町の商家は板戸を固く閉ざしており、路上に人の気配もない。
「どうします。引き返しますか」有資は怪訝な顔をした。
 全軍に再び緊張が走った。
「このまま参ろう。敵ならば、背を向けられぬ」
 長茂の顔に、総大将としての自恃が戻ったようにみえた。

 寺院を取り囲む兵卒たちに、歓迎の色はなかった。敵対する勢力の郎従であることは間違いない。長茂は手綱を控えたまま、声を上げた。
「越後城氏が棟梁、長茂である。乗丹坊が寺に、勝手に居座っておるのは、どこの誰ぞ」
 慧日寺の門から、大鎧(おおよろい)に身を固めた大男がのっそりと現れた。
「ここは空き家かと思うておったわ。用心が悪いのう」
「何者か」
「藤原秀衡が嫡男、西木戸太郎国衡じゃ。そこにおわすは、一夜にして平氏一流の名家を潰した、大うつけ将軍長茂殿とお見受け致す」と呼ばわって呵々大笑した。
「噂はすでに聞いておる。乗丹坊の爺もくたばったとか。会津四郡を横領した天罰かのう。ここは本来、奥州藤原氏の地所。回れ右をして、とっとと立ち去れい」野良犬でも追い払うような手つきをしてみせた。
 長茂は、こぶしを震わせて手綱を握り締めた。これを見た有資は、なだめるようにささやいた。
「殿、われらはもう矢種が尽きております。兵も疲れ切っている。ここはこらえて、このまま引き返しましょう」
 長茂は大きく深呼吸をした。国衡を一瞥すると、手綱を引いて馬首を返した。郎従もそれに従った。
「おお、逃げるか」
 国衡は、大げさな調子で驚いてみせた。
「坂東武者は親討たれ子討たるるとも顧みず、死に重なって戦うとぞ聞く。しかるに、越後の武者はこうもたやすく敵に背を見せるか。敗軍の将の、なんと哀れな御姿よ。城家没落の、この無様な有様を、われらは末代まで語り継ごうぞ」
 長茂を乗せた馬が止まった。
「殿、どうかご辛抱くだされ」
「ここで逃げたら、わが累代の祖霊に顔向けできぬ」
 再び馬首を返すと、長茂は太刀を抜き、「よくしゃべるその首を討ち取ってくれるわ!」おめき叫んで敵勢へ突っ込んで行った。

 空だけを眺めていれば、何事もなかったように思える。
 昨夜、国府の軍勢は、奥山荘(おくやまのしょう)一帯に火をかけて撤退した。炎は未明まで燃え続け、すべてを焼き付くし、いまは薄い煙が立ち昇るばかりである。黒々とした焼け跡が至る所に点在し、大地にやけどのような傷痕を残している。鳥坂城(とっさかじょう)曲輪(くるわ)から、それらが一望できた。
「乙宝寺はどうなったでしょう。宮の叔父上は、ご無事であろうか」
「心配無用でしょう」綱時は言い切った。
「あの寺は勅願寺ですから、敵も手出しはできませぬ。ただ、越後全体が国府軍と木曽勢に掌握されてしまった今、宮禅師(みやのぜんし)も寺の外へは容易に出られますまい」
 板額は、気持ちの整理をしたいと思った。短い間に、あまりにもいろいろなことが起こり過ぎた。父と妙渓が死んだことも、家子郎党の多くが討死にしたことも、まだ現実の事として受け止めることができずにいる。このうえ母が重症を負ったなんて。
 師光(もろみつ)は、昨夜から一睡もせずに、伊那の傍らに座している。
 板額がやって来ると、ゆっくりと振り返り、小声で容体を説明した。
「今朝がた三度目の、血留め薬を飲んでいただきました。今は眠っておられます。傷口に灸をし、ウコギの葉の膏薬をつけました。これで多少とも、痛みがやわらいでくれるとよいのですが」
「ありがとう、師光」
「わしが付いていながら、こんなことになってしまって」そうささやいて、ことばを詰まらせた。
 板額は、師光の頭を引き寄せて、自分の肩にもたせかけた。
「師光のせいではない。自分を責めてはなりませぬ」
「もうしわけ、ござりませぬ」
 板額の肩に額を押し付けて、師光は声を抑えて嗚咽した。

 綱時は食糧庫から米俵を担ぎ出し、炊き出しの準備に忙しい。
「籠城は長引くやもしれぬ。今ある食糧で、一日でも長く食いつなぎたい」と、婦人たちに頭を下げた。
 鳥坂城に避難したのは、老人と子供、そして女性ばかりだった。
 綱時は山上にひしめく人々を見渡して、これからどうすればいいのだろうと思案に暮れた。
 その時、矢倉門から少年たちの呼ぶ声が聞こえた。
「綱時さまぁ、綱時さまぁ、変な男がこちらにやって来ます」
 矢倉に駆け上がった綱時は、身を乗り出した。
「新大夫ではないか!」
 黒の裳付衣はびりびりに破れ、白い(はかま)には血と土がこびり付き、薙刀を杖にしながら、よろよろと山道を登って来る。
 矢倉門を飛び出した綱時は新大夫に駆け寄って、よろめく体を両手で支えた。
「無事であったか!」
「無事なもんか。このざまを見ろ」
 二人は力いっぱい抱き合った。
「殿は、生きておられるか」
「ああ、なんとか」
「とにかく中へ入れ。くわしい話を聞かせてくれ」

 御座の間へ腰を下ろした新大夫は、喉ぼとけを動かしながら、木椀につがれた井戸水を一気に飲み干した。
 ふう、と深いため息をつくと
「もう一杯もらえるか」と椀を突き出した。
 再び喉ぼとけを動かして、ごくりごくりと飲み干すと、深いため息をつき、沈黙が続いた。
「もう一杯」
「ええい、じれったい」綱時が膝を揺すった。
 板額は、その様子を見て微笑んだ。さきほど綱時に支えられながら現れた新大夫は、板額の姿を一目見るなり地べたにひれ伏し「よくぞご無事で!」と叫んで泣き崩れ、ようやく落ち着きを取り戻したばかりなのである。
「ひどい戦じゃった」
 三杯目の水を飲み干した新大夫は、椀を置き、横田河原の惨敗から撤退までのあらましを、くわしく語り出した。
「殿は、藤原国衡の挑発に乗ってしもうた。そしてさんざんに蹴散らかされ、三百余騎いた生き残りが、三十騎ほどになってしもうた」
「三十騎?」綱時は驚愕して身を乗り出した。
「ということは、城氏の正規兵は、もはやそれだけしかいないということか!」
「そうなる」
「ほぼ全滅ではないか」綱時はその場にへたり込んだ。
「兄上は、いまどうしておられますか」
「赤谷城に入られ、休息しておられます」
 赤谷城とは、越後街道沿いにある砦程度の支城であり、鳥坂城の南方にある。
「国衡の追撃から逃げ延びたわれらは、途中で甲冑を脱ぎ捨て、弓を捨て、命からがら赤谷の城へ入りました。殿も数か所手傷を負われています」
「終いじゃ」放心したように綱時がつぶやいた。

 鳥坂城に備蓄されている物資は不足している。一族郎党の家族が取るものも取りあえず大挙して入城するような事態が、一夜にして起こるなど、さすがの資永(すけなが)も想定していなかったのだ。
 食料も、燃料も、可能な限り節約しているため、鳥坂城の夜は暗い。
 師光は、密かに綱時を呼び寄せた。
「わしはこれから赤谷城へ行く」
「なにゆえじゃ。まだ城外へ出るのは危険ぞ」
「それゆえ夜を待ったのじゃ。伊那様の容体が思わしくない。最悪のことを考えれば、一刻も早く殿をこちらにお連れ致したほうが良いと思うのじゃ」そう言って、師光は夜陰に紛れて城を出た。

 伊那が横臥している寝所だけは、燈台が灯されている。
「姉上様、変わりましょう」
 板額が横に座ると、嘉乃は声をひそめて言った。
「板額どの、先程はありがとう。弟の無事を知って、少し安心しました。長茂殿も生きておられる。それならば、きっと挽回できますよね」
「ええ。必ず」
 とは言ったものの、嘉乃が横田河原の敗因を知ったら、どれほど打ちのめされるだろう、板額はそれを思うと、胸が痛かった。が、近いうちに、すべてを知ることになるだろう。
「さあ、姉上様も、少し休んでください」
 板額に促された嘉乃は立ち上がり、かすかに衣擦れの音をたてて寝所から出て行った。
 様々な思いが、板額の胸中で錯綜している。
 金津(かなつ)資義の裏切り。
 城軍の壊滅。
 父と叔父の死。
 そして、重傷を負った母が回復の兆しをみせないこと。
 板額はじっと伊那を見つめた。すると、その眼差しを感じ取ったのか、伊那はゆっくりとまぶたを開いた。
「母上」
 伊那はしばらく瞳を揺らし、やがて板額の顔を見つめた。
「夢を見ていました」と伊那は細い声で言った。
「そなたが産まれた日の夢じゃ。父上が喜んでおられた。初めての女の子じゃったからなぁ」
 伊那の目は、遠くを見ているようだった。
「ほんに可愛いややだったのよ、そなたは。資永は子供の頃から美丈夫で、長茂ときたら、手がつけられないぐらい腕白でしたっけ」
「母上、兄上はご無事です。いま、赤谷城に居られます」
「それは、まことか」
 伊那は大きなため息をもらすと、眼のふちを濡らした。
「母上、ご案じ遊ばされますな。兄上がご健在である限り、城家はすぐに勢力を盛り返しますから」
 しかし伊那は、かすかに首を振った。
「家名もいらぬ。領地もいらぬ。ただ皆が生きておればよい。
 それだけのことなのじゃ、ほんに。なにゆえ、戦などする必要があるのであろう。
 戦で泣くのは女と子供。わたくしは、そんな思いをそなたにさせたくなかった。泣くだけの女子にしたくなかった。だから母は、そなたを、このように育てました。
 板額、そなたは立派になりましたね。そなたは母の誇りぞ。
 でも、でもね、板額。母は、家名もいらぬ、領地もいらぬ、ただ命のみ、繋いでゆける、そんな普通の幸せを願います。そなたの武芸が、そのために役立つことを、母は心から望んでいます。
 板額や」
 伊那は板額の頬に手を当てた。
「ほんに可愛いややだったのよ」
 涙を一筋流すと、微笑んで、まぶたを閉じた。
 再び眠りについたのかと板額は思った。それぐらいおだやかな顔をしていた。
 眠っているだけだよね、板額は母の手をずっと握り締めていた。

 夜も白む頃、長茂が静かに遣戸を開いて現れた。額や手に包帯を巻いて、片足を引きずりながら、板額のかたわらに立った。
「板額、母上のご様子は、どうじゃ」
「お亡くなりになられました」
「そんな・・・」
 しばし呆然と伊那を見つめ、長茂は体を震わせた。伊那の髪を撫で付けると、冷たくなった体をかき抱いて、吠えるような声を上げて泣いた。
「申し訳ございませぬ、申し訳ございませぬ、全部わしのせいじゃ、わしのせいじゃ!」
 板額も体を震わせながら、長茂の肩にしがみついた。
「兄上のせいではござりませぬ。勝敗は時の運、どうかそんなにご自分を責めないでください」
 伊那の体に覆いかぶさり、板額の手を握り締めたまま、長茂は声をかぎりに泣き続けた。
 遣戸の外から二人を見つめていた師光は、袖口を目頭に押し当て、がくんと膝を落とした。

 伊那の死を知り、鳥坂城の誰もが、涙を流した。天を仰いで泣く者もいれば、地に伏して慟哭する者もいた。
 新津有資は、伊那の枕頭でうなだれている嘉乃に声をかけ、そっと別室へ連れ出した。
 嘉乃は、とまらない涙を拭い続けている。
「姉上、こんなときに、どう言ったら良いか、わからないのですが」有資は唇を震わせた。
「今度の負け戦、原因は、兄なのです」
 嘉乃は顔を上げた。
「兄が裏切り、そのせいで総崩れになりました」
「な、なにを、馬鹿げたことを」
「ほんとうです。すべて、兄のせいなのです」
 嘉乃は柱に手を付き、そのまま床にへたり込んだ。
 落ち着きなく視線を動かすと、放心したようにまた立ち上がったが、体をふらつかせ、そのまま気を失って有資の腕の中へ倒れ込んだ。

 伊那の遺体は荼毘に付され、資永のかたわらに葬られた。
「父上と、叔父上の遺体は、もはや埋葬もできぬ」新しく盛られた土を見つめながら長茂がつぶやいた。
「遺体は、どうなったのでしょう」
「首は、晒されたであろう。体は、打ち捨てられたであろう」
 板額は小さくうなずいた。
「板額、わしは赤谷城へ戻る。ここも食料はわずかであろう。わしらが来ても皆に迷惑がかかるばかり。赤谷の方にもいくらか備蓄があるでな」
 長茂は板額の肩を軽く叩くと、厩の方へ歩き出した。
「兄上」板額が呼び止めた。「だいじょうぶですか」
「心配ない。わしは城家の男子ぞ。心配ない。
 赤谷の城と、ここは、加治川を伝って連絡が取り合える。連携を取ってゆこうぞ。鳥坂城は、おまえにまかせた」
 そう言って前を行く長茂が、再び振り返って言った。
「申し遅れた、板額。よくぞ、家臣の家族を守ってくれた。さすがわしの妹ぞ」
 長茂は曲輪に集まった人々の手を取り、励ましの声をかけながら馬に跨った。有資も務めて明るく振る舞いながら同伴した。
 帰り際、有資は唇を震わせながら「姉上をよろしくお願い致します」と言って、板額の前に跪き、金津資義の裏切りを詫びたのだった。
 板額は、きっぱりと告げた。「嘉乃様は、家族です。有資どのも」
 有資は肩を震わせながら、袖口で顔を覆った。

 これまで成り行きを傍観していた越中、加賀、能登などの武士団が、源氏優勢と見て取るや、大挙して木曽義仲の陣営に加わった。越後国府も共闘路線を敷いたままである。
 赤谷城に籠った長茂は、しかし、この劣勢を挽回できると信じている。起死回生の打開策があったからである。
 横田河原の敗戦を平氏宗家に報告するに当たって、その敗因は城氏の過失にあらず、平家が南都を焼き討ちしたことによる祟りのせいである、としたのである。越後の民を騒然とさせた、例の「物の怪の声」が何よりの証拠であり、このために資永が横死し、四万の軍勢が敗れたのだ。あるいは長茂は、本気でそう思っているふしもある。横田河原の代償があまりにも大きかったため、物理的な敗因の他にも、人智の及ばない原因があったと想像することで、自分の苦悩をやわらげたかったのかもしれない。しかも、そのように考えなければ、金津資義と血を分けた、弟の有資にまで怒りの矛先を向けてしまいかねないからだ。
 続けて長茂は要求する。この上は、われに官職を与えたまえ。願わくば、越後守を! 
 これは突拍子もない要求だった。五位相当の位階を持つ武士でも、国守に任命された前例はまだなかった。しかし長茂は、起死回生の鍵は、これしかないと確信している。国守にさえなれば、もはや軍事力など問題にならないからである。国府の在庁官人は自分に逆らえないし、木曽軍に領国からの撤退を命じることもできるのだ。
 祈るような気持ちで書状をしたため、都へ送った。長茂は一日千秋の思いで、朝廷(すなわち平氏政権)からの返答を待ち続けた。

 長茂の奏請を受けた朝廷は腰を抜かさんばかりに驚いた。衛府にも、兵衛佐にも任ぜられたことのない地方豪族を、いきなり国守に任命するなど前代未聞のことだったからである。このような要求をすんなり飲んでしまったら、朝廷の権威は失墜するだろう。もろ手を挙げて武士の台頭をゆるすことになってしまう。公卿は揃って猛烈に反発したが、平氏の優勢を取り戻したい棟梁の宗盛は、内裏の周辺に兵馬を配し、脅迫じみたやり方で公卿僉議をごり押しした。いつ都へ攻めて来るかもしれない木曽軍を背後から牽制するためには、城氏の復活がどうしても望まれたからである。
 公卿らは開闢以来の恥辱であると涙まで流したが、結局長茂を従五位下に叙任し、越後守に任命した。これと同時に、奥州の藤原秀衡も出羽守に任じられた。鎌倉の頼朝を牽制するためであった。

 果たして、長茂の賭けは吉と出たのである。
 長茂は勇躍、国府へ向かった。有資と、板額らを同伴して、ゆうゆうと領内を通り、国府の門をくぐった。
 しかし、三善為則の対応は、そっけなかった。
「越後守? それはそれは。大層な肩書を得て、喜ばしいかぎりでござりまするなぁ。
 それで?」
「国庁の正殿へ案内せよ」
「お断り致す」
「わしは越後守であるぞ」
「平氏の世迷い言なぞ、わしはまともに取り合わぬ」為則は失笑した。
「ふざけるなっ」有資が太刀を引き抜いた。
「無礼者! 国府に向かって太刀を抜くか。望むところじゃ。根井殿をこれへ」
 しばらくすると、武装した木曽勢が、ぞろぞろと出て来て長茂らを取り囲んだ。
 馬上の武者が長茂に近づいて来た。
「木曽義仲が家臣、根井小弥太行親にござる。信濃へ進軍された殿に代わり、わしが越後の鎮撫を承っておる。手荒な真似はやめられよ。また血を見ることになりますぞ」
 有資は唇を嚙みしめて、太刀を鞘へ収めた。
「本来なら、城氏にとどめを刺すところ、巴様のご命により、攻撃を控えたのじゃ。ありがたく思いなされ」
 巴殿が? 板額は意外に思った。あのお方がわたくしたちに情けをかけてくれたのか。天女のように優雅で、鬼神のように強かった女武将。巴の雄姿を板額は鮮やかに思い浮かべた。
 三善為則が、何かを思い出したように、突如掌を打った。
「おお、そうじゃ。長茂殿よ、そなたが出陣の折、正倉から略奪した稲穀、あれをそっくり返納していただこう」
 うッと長茂は言葉を詰まらせた。
「近日中に、そなたらの居城へ兵を遣わすゆえ、押領した貢納米を回収させてもらう。もし抵抗あらば、一戦交えるのみじゃ」
 呵々と笑って、為則は正殿へ引き返した。
 根井行親が手綱を操りながら、長茂の馬へ馬を寄せた。
「われら木曽勢は、近々都へ攻め上る。もはや平氏の天下は終いじゃ。そなたの越後守叙任など、絵に描かれた餅に過ぎぬ。さあ、お引き取りなされよ」

 長茂は馬に揺られながら、空を見上げて悔し涙を流した。
「越後守が、このザマかっ」
 有資が青ざめた面持ちで板額にささやきかけた。
「兵糧米など、もはやどこにもありませぬ。身一つで横田河原から撤退しましたから」
 鳥坂城の備蓄米が徴収されるのはまちがいない。城内には幼い子供もたくさんいる。板額は手綱を操りながら、これから先、何を食べてゆけばよいのだろうと考え続けた。が、何も思い浮かばない。
 翌朝、国府の軍勢が大挙して鳥坂城と赤谷城に押し寄せ、食糧庫にある米を、すっかり持ち去って行った。
 城氏には、もはや、抵抗するだけの余力もなかった。

第十一章 食わねばならぬ

 しかし、わずかな米だけは隠し通したのである。本当なら全部隠したいところだったが、それだと逆にあやしまれてしまう。籠城者の数に対して、ほんの一握り程度の米俵を、夜を徹して第五曲輪(くるわ)にある抜け穴に隠した。
 赤谷城の方は、規模の小さな城郭であるため、城域をくまなく探索され、何も隠し通せなかった。板額(はんがく)は、手持ちの米の一部を割いて赤谷城へも分配せざるを得ず、さらに食料が目減りした。
 早急に手を打たなければ冬を越せない。このままでは餓死者が出るのはまちがいなかった。
「ようするにこれは、兵糧攻めじゃな」師光(もろみつ)は空腹をこらえて壁にもたれかかっている。
「近辺の農村から食い物を徴発したらどうじゃろう。だめか?」新大夫も力なく壁にもたれかかっている。
「ダメに決まっておろう」 眉を吊り上げて綱時が否定した。
「今年も引き続き雨が降らぬ。里の民は飢饉になることを恐れておる。こんなときに人々の糧を奪ったら、われらは完全に信用を失う」
 このやりとりを聞きいていた板額は、深く頭を下げた。
「ほんとうに、すまぬ。こんな苦労をかけることになってしまって」
 そんな板額の姿を見て新大夫は、いたたまれない気持ちになった。何か手立てがないものかと頭を抱え込み、意外と早く「あっ」と思いついた。
「食い物は山にあるはずじゃ」
 名案とばかりに新大夫は膝を打った。
慧日寺(えにちじ)に居たころ、何度か凶作を見て来たが、そんなとき里の民は、山に入って食料を得ていたものじゃ」
 師光が身を乗り出した。「山にはそんなに食うものがあるのか」
「あるある。食い物の宝庫じゃ」
 さっそく新大夫と師光、板額の三人が、山の食物を調査しに出た。
 白鳥山を下り、近辺の深山へ足を踏み入れる。
 師光は、ぐうぐう鳴る腹を押さえて山中を見回した。
「新大夫、どこに食い物があるのじゃ」
「どこって、ほら、そこいら辺の、草とか」
「どの草が食べられるのじゃ」
「どのって」
 足元に生えている雑草をむしり取ると、新大夫はそれを口に入れた。
「まっず!」ぺっぺと吐き出した。
「食える物など、ないではないか」
「そう慌てるな師光。結論を急ぐな」
 そのとき、新大夫の足元で、小さなカエルが跳ねた。
「そうじゃ。カエル、カエルを食えば良い」
「カエルだあ? おまえ、わしらの食い物はカエルか。板額さまにもカエルを食べさせるつもりか」
「仕方ないじゃろ、食い物がねえのだから。カエルでもなんでも食う他あるまい」
「ふざけるな、何が山は食い物の宝庫じゃ!」
 二人が言い争っている間、板額は山腹の方々へ目を凝らしていた。柴木や笹のような下草が繁り、どこも見通しが悪い。
 近くで何かが動いたような気がした。下草を踏みつける動物の足音が、はっきりと聞こえてくる。
「何かいます」
 師光と新大夫も、板額が見つめている方へ顔を向けた。
 下草を押し分けて、大きな黒いものが、こちらへ向かって歩いてくる。
「熊じゃ!」新大夫の声が裏返った。
 どんどんこちらへ向かって来る。
 師光が小太刀の鞘を払った。切っ先を熊の方へ向けたものの、それ以上何をしたらいいのかわからない。板額と新大夫は、ほとんど反射的に師光の背後に隠れた。小太刀の切っ先が、ぶるぶる震えた。
 突然、熊は悲痛な鳴き声を上げると、どっと下草の中に倒れ込んだ。
 しばらくすると、柴木をかき分けて、見慣れない風体の男が現れた。
「おめらこごで、何どごしてらんだ」
 獣の皮羽織を着て、藁沓を履いている。小柄で丸顔、歳の頃は板額たちと変わらないぐらいだろうか。 
 師光は、男が手にしている弓を見た。
 枝木を曲げて藤蔓を張っただけの、素朴な弓である。こんなもので熊を仕留めるとは、この男、いったい何者じゃ。
 板額は安堵して泣き出さんばかりだった。
「危ういところを助けていただき、ほんに感謝のことばもありませぬ。あなた様はどこのお方ですか」
「羽州秋田の狩人、熊彦だ」
 腰元から、さっと刃渡り七寸ほどの小刀を引き抜くと、「失礼、肉悪ぐならぬうぢに」と熊の傍らに屈みこみ、獲物を仰向けにひっくり返した。
「申し訳ねぁが、熊の手足どご押さえでおいでぐれますか」
 板額たちも屈みこみ、言われた通りにした。
 熊の顎の下に刃物を当てると、一気に胸のあたりまで切り裂いた。前足、後足にも切込みを入れて、今度は腹を裂く。驚くほど手際よく熊の毛皮を剥がし始めた。熊彦はもくもくと手を動かしながら、誰とも目を合わせずに話しかけてきた。
「見だどごろ、あだがだは武士だべ。なんでこんた山奥さ入ってぎだのだ」
 生皮を剥がされた熊から目をそらしつつ、板額は事情を説明した。兵糧攻めに合っていること。このままでは冬を越せそうにない状況に陥っていること。
 熊彦は熊の四肢を切り落とし、頭をはずし、肉をそいだ。
「なるほどな。確がに山は食い物の宝庫だ。よがったらこの熊の肉、差し上げますよ」
「ほんとうですか!」
 喜んだ板額の掌に、熊彦は血濡れた熊の胆のうをのせた。「これは胃の薬になる。高値で売れる部分だ」
 引き裂いた腹の中から小腸を引きずり出すと、熊彦はそれを近くの渓流へ持って行った。呼ばれたわけでもないのに、三人もついて行った。
「熊でいうものは、腹の中の糞以外、なげるどごろがねぁんだよ。どの部位も食えるし、骨も皮も役さ立づ。無駄がねぁんだなぁ」
 裏返した腸を川の水で丁寧に洗った。
「川には、イワナやヤマベ、沢蟹などがじっぱりいます。慣れれば手掴みでも獲れます」
 糞を洗い出した腸の中に、熊の血を注ぎ込んだ。これを煮ると腸詰めができるのだと言う。小さな木挽きの椀に余った血を注ぐと、熊彦はそれを板額に差し出した。
「さあ、飲んで。体温まります」
 さすがに板額はためらった。しかし熊彦はふふんと笑って
「生ぎ延びだいなら、これがらは、何でも口さ入れねぁど。選好みなんてしてはだみだ」少し厳しい口調で言った。
 板額はきつく目をつむって、熊の血を飲み干した。師光も、新大夫も、続けて飲んだ。
「この時期だば、いだる所にワラビ、ゼンマイ、タラッポ、ミズ、竹の子などが生えでら」
 熊彦は食べられる植物を指差した。思っていた以上に、食料はいたるところにあったのである。新大夫は勝ち誇ったように胸を張った。
 解体した肉と内臓を、剥がしたばかりの毛皮で包むと、あらためて熊彦は三人を見回して、無精髭に覆われた口元から白い歯をのぞかせた。
「熊の肉は鍋にするど、しったげんめぇよ」

 鳥坂城(とっさかじょう)(くりや)に運び込まれた熊の肉を見て、綱時は目の覚める思いがした。そうだ、弓箭の腕を活かして狩りをすれば良かったのだ。
 板額から熊彦を紹介された綱時は、深く一礼した。
「わが一門の始祖は秋田城介。こうして秋田の民にご助力いただけたのも、ご先祖様の導きやもしれませぬ。われらは今や無一物なれば、何の謝礼も差し上げられませぬが、どうかわれらがこの冬を越せるよう、ご教示願いませぬか」
 師光も頭を下げた。「わしらの師となってくだされ」
 板額も、新大夫も、深々と頭を下げた。
「あ、いや・・・」熊彦はすっかり当惑していた。
「あのさ、おめがだ、どうがしてらよ。おいは、山人だ。山人なんてもんは、里の者だぢから、卑しい身分ど蔑まされでら。なのにあだがだお武家さんが頭を下げるなんて、おいには理解でぎねえよ」
 むしろ理解できないのはこちらの方だと言わんばかりに師光が首をかしげた。
「熊彦どのよ。おぬしは偉人ぞ。だって食うことの達人じゃもの。わしらなんぞ戦ぐらいしかできぬ」
「師光の言う通りです。熊彦どの、ご迷惑でなければ、わたくしたちを助けてくださりませぬか」
 板額に詰め寄られた熊彦は、慌てて頭を下げた。
「おいなんかがお役さ立でるだば、よろごんでお手伝いします」
 この一言で、たちまち厨に明るい笑い声が響いた。
 しかし熊彦は、大任を請け負ったからには、厳しいことも包み隠さず言うつもりでいる。
 後日、熊彦は、きっぱり言った。
「思ってだ以上さ、籠城してら人が多い。この大所帯どご一冬食わせでいぐのは、なみなみならぬごどがもしれねぁ。はっきり申し上げで、しったげ厳しい状況だ」
 板額にとっては不本意な決断だったが、熊彦の助言に従い、三百人あまりの籠城者の中から、越後領外に頼れる親類縁者のいる者は退去させた。それでもまだ、百五十人ばかりの婦女子(ふじょし)と老人が残った。

 この年、突如朝廷は元号を治承から養和へ改元している。平清盛の死、資永(すけなが)の横死、横田河原の大敗北、旱魃など、立て続けに続く災難を不吉としたからであった。
 赤谷城の長茂(ながもち)は館に引き籠ったきり、ひたすら妙見菩薩に手を合わせていた。一族を族滅の瀬戸際に追いやり、越後守に叙任されたにもかかわらず三善為則に愚弄され、精神が疲弊してしまったのかもしれなかった。政務はそっちのけで、何かに憑りつかれたかのように毎日経文を唱え、源氏を呪詛する儀式を頻繁に行った。もはや食料の調達など、板額にまかせきりだった。

 全国の寺院がやっきになって雨乞いの祈祷をしていたが、雨は一向に降らなかった。間違いなくこのままでは、飢饉になるだろう。
 熊彦は女たちを指揮して、備蓄している米を砕き、すり潰して粉にした。これにさまざまな物を混ぜ、粥にしたり、餅にしたりして糧を増量させるのである。たとえば、海から取って来た昆布を刻み、これを米粉と混ぜて粥にする。あるいは、松の皮を練りこんで餅を作る。大抵の植物は、繰り返し水に晒し、アクを取り除けば、急場をしのぐ食料となり得るのだった。が、熊彦が想定していたよりもずっと早く、城内の人々は衰弱していった。厨に立つ婦人たちから話を聞いて、熊彦はその原因を理解した。
 武士は平時、日に二回食事をとる。しかし戦時には、それが五回に増える。七貫目の鎧を着て戦う武士にはそれだけの栄養が必要だったのであり、現代風にいえば三千キロカロリー程度なら余裕で摂取できるだけの胃袋を持っていた。それがいきなり一椀の粥しか食えなくなれば、栄養失調も衰弱も当然の結果といえた。

 越後平野を取り囲む山々の木の葉が、紅く染まり始めた。
 全国的に米の収穫は壊滅的だった。この凶作は、史上「養和の大飢饉」と呼ばれる。都市部では死人の肉まで食べたと記録に残るほど深刻な飢餓状態に陥った。幸いなことといえば、この天災によって、源平の双方が兵糧を調達できなくなり、しぜんと休戦状態になったことだろう。あちこちで火の手が上がるように勃発した戦乱が、嘘のように鎮静化したのである。

 里の民も、食料を求めて続々と山へ入って来た。
 栗、山ぶどう、小桑、キノコなど、味の良いものは、チリを吐き出したように山腹から消えた。
「おいがだは、栃の実を集めるべ」
 熊彦の指示を受けて、城内の人々が方々の山へ踏み入り、栃の実を拾い集めた。来る日も来る日も拾い続けた。雪が降る前に、穀物の代用となる木の実を一粒でも多く集めておく必要があったからである。
 飢えた民でさえも拾わない栃の実は、煮ても蒸しても渋味が強い。これを食べるためには厚い皮をむき、細かく刻み、木灰で煮て、一晩中水に晒す。そんな作業を二三度繰り返してアクを抜かなければならない。しかし、どんなに手間がかかろうとも、これを使って栃餅を作ることができた。腹の足しにはなるのである。

 城氏の生き残りが、日がな一日山中をうろつき回り、栃の実を拾い集めているという噂が国府にもたらされた。これを聞いた三善為則は膝を打って大笑いした。
「栃の実なぞ、獣の食うものぞ。ついに乞食にまで成り下がったか。横田河原の落ち武者どもが、栃武者になったとな」
 側近の官人らも笏を口に当てて笑った。
「今こそ鳥坂城を落とすべきかと」
 根井行親が進言したが、三善は愉快そうにかぶりを振ってみせた。
「もうすぐ冬になる。放っておいても飢え死にするまでよ」
 配膳係を呼びつけた三善は、酒宴の支度せよと上機嫌で命じた。

 板額は、嘉乃の体が心配でならない。
 一口も、食べないのである。
「わたくしの分は、小太郎にあげてください」そう言い張って、絶対に口を付けようとしない。
「わたくしに、食べる資格などありませぬ」
「姉上様、何を申されます。食べてもらわねば困ります。体が持ちませぬから」
「兄の乱心のせいで、板額どのや、ここに居られる方々の家族が死んだのです。食べられるはずがない。本来ならば、ここに居ることさえはばかれるのに」
 日に日に嘉乃の目は落ち窪み、痩せていった。
 お粥や重湯を口へ流し込もうとしても、体がそれを拒否するのか、すぐに吐き出してしまう。日増しに衰弱し、重篤な容体に陥った。
 小太郎は嘉乃のそばを離れなかった。一日中母親に添い寝していた。
 嘉乃は骨の浮き出た手で小太郎の頬を撫でると、細い、消え入るような声で、歌をうたって聞かせた。ひところ都で流行った今様だった。

 仏は常にいませども
 現ならぬぞあわれなる
 人の音せぬ暁に
 ほのかに夢に見え給ふ

 この夜、嘉乃は板額の手を握りしめて「小太郎のこと、どうか、お願いします」声をしぼり出したきり、昏睡した。
 うわごとで「御簾をあげてくだされ、美しや、桜」と、ささやいた。都に居た頃のことを思い出しているのだろうか。目尻から涙が流れた。
 「資永どの」ということばを最後に、嘉乃は返らぬ人になった。
 
 亡くなったのは、嘉乃だけではなかった。
 城に居る老人たちも、食物を口にしなくなり、次々と死んでいった。板額がどんなに説得しても、彼らは食べなかった。せめて水だけでも口に含ませようと、布で唇を濡らした。
 板額の憔悴ぶりは、誰の目にも明らかだった。
「年寄りていうものは、こんた状況になれば、皆、死を選びます。おいの村んだども、食い物不足したら、年寄りたぢは食わねぐなる。食いぶぢを子供らへ残すためにの。これは武家であるべど、農民であるべど、どごも同じだ」
 熊彦はそう言い切ると、声を励まして言った。
「気をしっかりたがいでぐださい。板額さま、強ぐならねど!」
 生き残っている者たちは、毎日、毎日、栃の実を拾いに行った。

 「はは上はどこ?」
 小太郎に、そう聞かれるたびに、板額は胸が締め付けられ、まぶたの奥から涙がにじんでくるのだった。
 嘉乃が亡くなった日から、板額は小太郎と一緒に寝ている。
「おば上、はは上に会いたい。ちち上に会いたい。はは上とちち上は、いまどこにおられるのですか」
「母上は、父上のもとへ行かれました。父上は、空の上で、神仏に仕えておられます。とても大切なお役目だから、館を留守にしています。だから小太郎は、辛抱しなければいけないよ。おば上が一緒にいますからね」
 そう言い聞かせて寝かしつけるのだった。

 雪が、はらはらと降り始めた。みるみる大地が白一色に覆われ、山上も、館の屋根も、やがて重たい豪雪を背負うことになるだろう。越後の冬は厳しい。
 熊彦は、春までの期間を念頭に置き、食料を緻密に管理した。しかし綱時は、納屋を見渡して表情を曇らせた。
「心もとない。これで持つじゃろうか」
 熊彦は館の外を眺めながら「だいじょうぶ」と力強く答えて、笑顔を見せた。
「冬ごそ、狩りじゃ。雉やウサギを獲っで食い繋ぐ」
 大きな獲物を仕留めれば、数日分の食料になるのである。

 山林の向こうに、鹿がいる。
 板額は弓を引きしぼった。
 しかし途中で手を緩めると、下を向いて首を振った。
「だめじゃ。わたくしは、狩りに向いておらぬ」
「獣が、可哀想だが」
「あの目がこちらを向くと、どうしても矢を放てなくなってしまう。
 おかしいと思うでしょう。戦場(いくさば)では人を殺しているのに」
 われながら情けないといったふうに、板額はかすかに笑った。
「おがしくねえですよ」熊彦が言った。
「獣の目は、澄んでで、しったげ美しい。んだども、おいがだは、獣を殺し、それを食わねば生ぎられねえ。んだんて狩りをする。だっども、おいがだのような狩人でも、平気で獣を殺してるわげでねえ。むごいごどしてるといづも思う。そんだがらおいがだは、必要以上の殺生は絶対にしねえ。必要なぶんだげ。そいだげ、山の神様にお願いして、与えでいだだぐ」
「山にも、神様がおられるのですか」
「おりますよ。山の神様は、女なんだ。んだんて山の神様は、美人大嫌いなんだよ。嫉妬するんじゃで。板額さまは、山さ入っちゃあいげねぇなあ」そう言って熊彦は笑ってみせた。

「さあ、そろそろ味見してみっか」
 熊彦は、樽に入った金色の液体を柄杓で掬い上げた。
「そいだば、待ぢに待った、綱時どのから」
 綱時は柄杓を鼻に近づけ、しみじみと匂いを嗅いでから、ごくり、ごくり、と喉ぼとけを動かした。
「おお、これは確かに酒じゃ」
「栃の実ど酒粕を混ぜで、むしろをかぶせで数日おぐど、酒になる。まあ、米の酒にぐらべだら、しったげ味落ぢるで思いますけど」
「いやいや、これは立派な酒じゃ。ありがたい。実にありがたい」
 板額も勧められるがまま、ひさしぶりに酒を飲んだ。
「板額さま。国府の連中が、わしらを何と呼んでおるか、知っておりますか?」ほのかに頬を赤くして、綱時が苦笑した。
「いいえ、存じませぬ」
「栃武者。われらが栃の実ばかりを拾い集めているから、栃武者だと」
「それはいい」新大夫が膝を打って笑い出すと、皆もつられて笑い出した。
「言わせておけ。なんでもない」師光も舐めるように酒を飲んだ。
 小太郎が肩にもたれかかってうとうとし始めたので、板額は一足先に座を立った。
 夜具に横たわり、寝息をたてた小太郎の髪を撫でた。まだ幼いのに、すっかり頬がこけている。
「兄上、嘉乃さま、助けてくださりませ」
 そんなことばが、口をついて出た。小太郎の寝顔を眺めながら、板額は水洟をすすり上げた。
 
 鳥坂城で得た食料は、赤谷城へも分配する。納屋の備蓄が底をつきかけており、狩りの収穫にも限度があった。
「最後の手だ」熊彦はそう言って、厩の敷き藁を運び込んだ。
「半日がげでアクをぬぎ、煎って粉にする。これさ米粉ど混ぜで餅にします」
「藁が、食えるのか」綱時が心配そうに熊彦の顔をのぞき込んだ。
「はっきり言って、しったげ食えだものでねえ。だども、飢えで死ぬよがましじゃろう」
 夕餉に藁餅がくばられた。
 皆、一口食べて妙な顔をしたが、何も言わずに飲み込んだ。
 もくもくと食べ続けた。
 小太郎は一口食べて「うえっ」と吐き出し、癇癪を起して藁餅を床に投げつけた。
「もういやじゃ、もういやじゃ」わあわあと泣き出した。
「かわいそうに。城家の若様がこんたものばかり食いさせられで、泣ぎだぐなるのも当然だ」
「小太郎!」板額が声を上げた。
 立ち上がって小太郎の面前に詰め寄ると、その頬を、パシッ、と打った。
「そなたはこれを食べられぬと申すか! まずくて食えぬと申すか! そなたは武士の子ぞ、ここは戦場なるぞ、われらは敵に一矢報いるまで、どんなことをしても生き延びる、生きるのじゃ! 拾いなさい、小太郎、食べるのじゃ!」
 板額の剣幕に驚いた小太郎は、床を這って藁餅を拾い上げると、しゃくりあげながら口に入れた。吐き出しそうになるのを懸命にこらえながら、口を動かし、涙をぽろぽろこぼしながら、飲み込んだ。
 その姿を見た綱時たちは、袖口を目頭に押し当てた。
 板額も下を向き、口元をきつく押さえて肩を震わせた。

 何日も吹雪が続いた。
 館には人数に見合うだけの夜具がなく、皆、体を寄せ合って寒さにたえていた。
 熊彦は、城内の人々を厩に連れて行った。
「厩さ敷がれだ藁でいうものは発熱します。んだてみなさん、ここで馬ど一緒さ眠るべ」
 城内の子供たちが、積み上げられた藁に飛び込んだ。大人たちも藁を掻き分けて中にもぐり込んだ。敷き藁の発酵熱は、ほどよく暖かい。馬の糞尿の臭いがしたが、不平を抱く者など誰もいなかった。
 板額は小太郎の頭に藁をかけると、抱きしめて横になった。
「みんなと一緒だから、さみしくないね」
 小太郎は、じっと板額の顔を見つめると、体にきつくしがみついた。もう、家族の誰も離すまいというように。
 寝息が聞こえてくるまで、板額は、小太郎のつむじに唇を押し当てていた。子供の体って、なんて温かいのだろうと思った。

 戸外で荒れ狂っていた吹雪はしだいにやわらぎ、やがて音もなく、さらさらと降り積む雪へ変わった。

第十二章 新しい道

 上赤谷の山峡は、豪雪に埋もれて人の行き来が途絶する。赤谷城が一冬を無事に越せたのは、熊彦が雪道の往来に慣れていたからだ。大変な労力をかけて、鳥坂城(とっさかじょう)から食料が供給され続けた。
 いま、ようやく雪が解け始めた山道を、宮禅師(みやのぜんし)が歩いている。
 赤谷城の矢倉門をくぐると、ズカズカと館に踏み入って、広間の遣戸を引き開けた。
 称名念仏の声が響いていた。
 妙見菩薩を見上げるように座した長茂(ながもち)の背後に、横田河原を生き延びた三十余人の武将たちが、何かに取り憑かれたように揃って合掌している。
 禅師は彼らを足で押しわけるように座の中央を進むと、長茂の襟首を掴んで引き倒した。
「そなたは何をしておるのじゃ!」
 はっとわれに返った長茂は、食ってかかるように叫んだ。
「念仏を、一万遍唱えておるのじゃ、われらを呪う邪鬼を追い払わねばならぬ、叔父上、邪魔しないでくだされ!」
 その顔はやせ細り、髭が伸び放題だった。
「この馬鹿者が!」
 禅師は長茂の顔を思い切り殴りつけた。
「そなたの祈りなど、妙見菩薩は聞き届けぬ! そなたはこの冬、何をしておった。鳥坂城の食料に頼りきり、板額(はんがく)らに死ぬような苦労をさせて、そなたはただここで、祈っていたと申すか。目を覚ませ、この大うつけが! 祈っていても食えぬ、祈っているだけで家は復興できぬ、いい加減に目を覚ませ、長茂!」
 宮禅師は腕を振り上げて、長茂の頭を、背を、こっぴどく打ち続けた。長茂は打ち据えられるがまま、頭を抱え込んで慟哭した。

 養和の大飢饉によって、さすがに越後国府も城氏とのいさかいを中断している。全国的にみても、源平の争乱は暗黙のうちに停戦状態になっていたので、宮禅師は辛抱強く雪解けを待ち、ようやく乙宝寺を出て、鳥坂城へ赴くことができた。
 城内の婦人と子供たちに迎えられた禅師は「よくぞ、生き延びた」そう言った切り言葉が続かず、ぽろぽろと涙をながした。
 板額も、小太郎も、身なりはひどく汚れていたが、禅師に駆け寄るだけの体力を残していた。
「この冬を、まさか越せようとは、思っておらなんだ」
 禅師は小太郎をきつく抱きしめた。
 越冬の内実を一通り聞き終えた禅師は、熊彦の手を握りしめ、深く頭を下げた。そして、長茂の引き籠る赤谷城へ、憤慨して乗り込んだというわけである。

 宮禅師は長茂と従卒を赤谷城から連れ出し、焼け落ちた奥山荘(おくやまのしょう)の城館へ向かった。一足先に板額たちも来ていた。横田河原の戦死者と、籠城の犠牲者を供養する法事を営むためだった。
 城氏の親類と譜代のほとんどが死んでしまった。残された家族も離散した。こんな悲劇を誰が想像しただろう。焼け跡に立った宮禅師は、数珠をつまぐりながら、しばし無言で立ち尽くした。館跡地には往時をしのぶものなど何一つ残っておらず、黒々と炭になった柱の欠片が散らばっているだけだった。禅師は手を合わせると、鎮魂の情を声にのせるように、低く、力強く、経を誦した。
 供養が終わっても、皆その場に立ち尽くし、在りし日の、隆盛を誇った城一族の栄光に思いをはせていた。
 足元に、白い陶器のお椀が落ちていた。それを拾い上げた板額は、家族と共に過ごした日々の尊さを、あらためて感じずにはいられなかった。
「割れずに残っていたのですね」綱時が感心したようにつぶやいた。
「まだ他にもあるやもしれませぬ」板額は辺りを見回した。
「お城の物資は不足しております。使えそうなものは拾ってゆきましょう」
 板額の呼びかけで、焼け跡から日用品を拾い集めることになった。
 少し土を掘ると、意外と多くの食器類などが出て来た。儀式で用いる漆塗りの高級品もあった。皆、宝探しでもしているように和気あいあいと、思い出話に花を咲かせながら方々の土を手で掘った。
「なんかある」突然、師光(もろみつ)が声を上げた。「櫃の、蓋みたいじゃ」
 その場所は、館の広間があったところで、記憶に誤りがなければ、棟梁の御座の辺りである。
「この櫃、かなり大きいぞ」
 皆、師光の周りに集まり、一緒になって土を掻いた。
「なにやら仏舎利(ぶっしゃり)を掘り起こしたときのことを思い出すわい」宮禅師が楽し気に言った。小太郎も大人たちに交じって土を掻いた。
「開けるぞ」
 師光の声に合わせて、数人がかりで蓋がこじ開けられた。
 その瞬間、その場に居合わせた誰もが言葉を失い、櫃の中身に見入った。
「宋銭じゃ・・」綱時の声が震えていた。
 大きな櫃いっぱいに美しい銅製の渡来銭がぎっしりつまっていた。
「宋銭じゃあ!」その声は歓喜に変った。
 宋王朝で鋳造された銭貨は国際通貨であり、すでに国内でも活発に流通している。
 宮禅師は感涙にむせび、櫃に向かって手を合わせた。これはきっと、沼垂湊の貿易で得たものにちがいない。資国(すけくに)資永(すけなが)が二代に渡って蓄え、非常時に備えて隠していたのだろう。これだけの宋銭があれば、どれほどの物品を得られようか! 
 両手いっぱいに銭貨をすくい上げた板額の目に、涙があふれた。
 長茂の傍らに立った宮禅師は、水洟をすすりあげながら語りかけた。
「よいか長茂、これを見よ。これが棟梁の仕事ぞ。死してなお、一族を救った」
 深く頭を垂れた長茂は、涙を落として瞑目した。

 宋銭の運用は、新津(にいつ)有資(ありすけ)と綱時にまかされた。しかし、商売というものを知らない二人は、熊彦を相談役にした。獣肉や毛皮を売り歩いて生計を立てて来た熊彦は、手元の宋銭から最大の利益を引き出すスベを心得ている。宋海商から珠玉、宝器、装束、料物など、唐物の宝物を大量に仕入れ、それを日本の商人に高値で転売した。当時、輸入品の多くは九州や瀬戸内海沿岸に集積されており、地方に流通することはまれだったため、北陸や東北の地方豪族に販売すれば飛ぶように売れた。
 しかし、熊彦の仕事はそれだけにとどまらなかった。利益の一部を割いて穀物を買い付け、いまだ飢饉の後遺症に苦しむ民のために大規模な炊き出しを行った。
 国府の官人たちは、自分たちが飢えることを恐れ、領民の救済をしぶっていた。救いを求めて集まって来る窮民に対して、食料を出し惜しんでいたのである。城氏の救済措置を聞きつけた人々は、下越からも、中越からも、国府支配下の上越からも、陸続と白鳥山を目指してやってきた。ここに至って越後の民は、自分たちの領主が誰であったのかを悟った。
「夏麦に不作なしていいます」
 熊彦はさらに、次の飢饉に備えて、人々に麦の種まで分配した。異常気象にも強い穀物の栽培を奨励したのである。

 武家の者には及びもつかないような施策をほどこした熊彦は、しかし、再び藁沓を履いて鳥坂城から旅立ってしまった。
「おいのような山人んだども、お役さ立でで嬉しかっただ。みなさんのご恩は一生忘れねぁ。楽しかっただ」
 家中が総出で引き留めたが、熊彦の心は変わらなかった。
「これがらもっと山の奥さ入って、岩茸どご採って稼ぐべ。あれは高ぐ売れるんだよ」
 藤蔓で編んだ袋を肩にかけ、大きく手を振って行ってしまった。旅費の足しにと渡した金子も、部屋に残されたままだった。

 激流のごとく、時が流れた。

 一一八三年、再び動き出した木曽義仲の軍勢は、越中倶利伽羅峠で平氏の追討軍を打ち破り、都師を制圧。平氏は都を捨て、大挙して摂津福原へ西奔。これにより、長茂は越後守を罷免された。
 一一八四年、都の義仲と、鎌倉の頼朝が主導権をめぐって対立。京近郊の宇治川で合戦に及び、義仲勢壊滅。
 同年、讃岐屋島にて、源義経の奇襲を受けた平氏軍が敗退。
 最終決戦に及んだ平氏は、長門壇之浦にて滅亡。
 平氏追討の行賞をめぐって、義経と頼朝が対立し、義経は奥州へ逃亡する。
 鎌倉の頼朝は、逃亡した義経の捜査と追捕が目的と称して、全国に守護・地頭を設置した。守護は警察権と軍事権を持ち、地頭は田領の徴税権、および兵糧米の徴発権を与えられた。この体制を朝廷が聴許したことにより、頼朝はついに、日本国史上初の武家政権を誕生させたのである。

「むなしいものだとは、思われませぬか」
 鳥坂城から越後平野を眺めていた綱時は目を細めた。上品な口髭を生やしている。
「あれほどわれらと対立した国府の連中も、今ではどこかへ追いやられ、代わって源氏の者どもが、この地を支配している」
 越後は関東六分国の一つとなり、甲斐源氏安田義資が守護となっていた。奥山荘も、鎌倉の有力御家人和田義盛の弟、和田宗実が地頭となって治めている。
 しかし、鎌倉の進駐軍は、鳥坂城にも赤谷城にも攻撃を仕掛けて来なかった。越後の民がいまだ城氏を崇敬し、圧倒的に支持していたからである。民は年貢の一部を無断で城氏に納めていたが、それさえも黙認されていた。
 平氏系地方政権として、城氏は唯一生き延びていた。
「おば上、綱時」
 小太郎が弓を片手に駆け寄って来た。
 見違えるほど背が高くなり、顔もだいぶ大人びてきたようである。女性的な目鼻立ちは資永によく似ており、笑った顔は板額に似ている。
「これから騎射の稽古に行ってまいります。はあ、しんどいなあ。師光が厳しくてかなわぬ」
「騎射ができてこそ立派な武士ですよ。弱音を吐いちゃだめ」
「若様、しっかり。射芸こそ、城家のお家芸ですぞ」
 小太郎は「心得ました」と苦笑すると、弓弦(ゆづる)をはじきながら厩の方へ歩いて行った。
 師光と新大夫が、一族の子弟に武芸の稽古をつけており、同時に城の守衛をまかされていた。綱時は板額と共に政務全般に携わり、小太郎の守役も兼ねている。

「殿、ご決断の時かと」
 新津有資が、長茂の目を見据えて言った。
 長茂は、一通の書状を手にしている。差出人は梶原景時。源頼朝の側近からである。
「いま鎌倉に投降すれば、御家人として厚遇すると、確かに明記してある。しかしこれを、ほんとうに、信じて良いのだろうか」
「信じるもなにも、他に道はござらぬと存ずる」
「鎌倉に行けば、殺されるやもしれぬぞ」
「そうなれば、坂東武者と刺し違えて死するのみ」
「おいおい、そう簡単に言ってくれるな」長茂は笑いながら書状をたたんだ。
 しかし有資は、長茂を見据えたままである。
「殿、このままでおれば、われらはいずれ鎌倉勢に滅ぼされましょう。無条件で服属できるというのなら、この機会を逃す手はありますまい」
 長茂は深いため息をつき、額に手を当てた。
「城家が、まさか源氏の御家人になろうとは。草葉の影で、父上も、兄上も、泣いておられよう」
「そうは思いませぬ。賢明な決断であると、むしろ褒めてくださりましょう。今さら平氏だの源氏だのと、こだわることはござりませぬ。当家が生き残ること、それだけが肝要かと存じます」
 長茂はため息をつき、そしてうなずいた。
「有資、そなたも鎌倉へ同行してくれるか」
「もちろんです。わしは殿のそばを絶対に離れませぬ」
 それを聞いた長茂は、有資の袖を引き寄せた。
 辺りをはばかりながら、二人は唇を重ねた。

 紫末濃の大鎧(おおよろい)を着用した小太郎が広間に現れ、上座の床几に腰を掛けると、皆がうやうやしく平伏した。
 板額は小太郎の垂髪を解き、白い元結でまとめた。続いて長茂が小太郎の頭に冠をかぶせると、はみ出た頭髪を鋏で切り取った。
 有資が二つ折りの紙を開いて、皆に示した。そこには
〈資盛〉
 と墨書きされていた。
 鳥坂城の人々にとって、久方ぶりの祝宴である。小太郎の加冠元服の儀は、白梅のほころぶ吉日に、しめやかに執り行われたのである。
 長茂の顔も、いつになく晴れ晴れとしていた。
「小太郎、今日よりそなたの名は、資盛である。城家を盛り立ててくれるように、という願いを込めた。父資永に引けを取らぬよう、これからも心して努めてまいれ」
 冠を戴いた資盛の、大人びた横顔を見つめた板額は、この姿を一目、資永と嘉乃に見せたかったと思い、目頭が熱くなった。
 膳に並べられたこの日の料理は、マグロの焼き物、鴨と蕪のあつもの、車エビ、煮豆、里芋の煮つけ、かぶの漬物、そして姫飯(白米)。誰もがしばしの間、箸を付けられずに見とれたほどである。栃の実を拾った過日を思えば、竜宮城の宴に招かれたような心持ちだった。
 米の酒をぐいっと飲み干した綱時が、誇らしげに言った。
「これほどのご馳走を、城内の者にもくまなく振る舞うことができたとは、城家もかつての威勢を取り戻しつつあるのう」
 師光は、箸を持つ手が止まらない。
「うまい、うま過ぎる。満腹になりたくないぞ。食べ続けたい」
 広間にどっと笑いが起こった。
 そんな酒宴を眺めながら、長茂は傍らの板額に語りかけた。
「ここまで当家が立ち直ったのも、すべてそなたのおかげじゃ。感謝しておる」
「なにを申されます、兄上。皆でがんばって来た成果でしょう」
 うむ、と悲し気にうなずいて、長茂は盃を置いた。
「鎌倉に、投降しようと思う」
 板額は箸を止めた。
「鎌倉に行けば、殺されるやもしれぬ。しかしこれは、当主としての責務だと思うておる。もし、頼朝の御家人となれたら、われらは堂々と、この越後の地で、末永く暮らしてゆくことができるじゃろう」
 長茂は、上座でほがらかに談笑している資盛を見つめた。
「小太郎を元服させて、わしはほっとしておる。これで、わしにもしものことがあっても、城家はやってゆけるじゃろう。板額よ、そなたも居るでな」
 皆に乞われた新津有資が、一座の真ん中へ引き出され、祝宴にふさわしい唄を披露した。

 あな尊 今日の尊さや
 いにしえも はれ いにしえも かくやありけむ
 今日の尊さ あはれ そこよしや 今日の尊さ
 
 良く通る声だった。誰もが箸を持つ手を休めて、しみじみと聴き入った。
 板額も目を閉じた。そして、長茂だけに聞こえるほどの声でささやいた。
「兄上。ご武運を」
 長茂は盃を傾けると、膝の上で重ねられた板額の手に、自分の片手を重ねた。

 奥山荘地頭、和田宗実邸に出頭した長茂は、腰の太刀を差し出し、深く一礼した。
「鎌倉殿に、降伏致す」
 和田は丁寧にお辞儀を返した。
「よくぞご決断なされた。鎌倉へは、わしも同行致します。不都合なことがあれば、何なりとお申しくだされ」
 この瞬間、源氏と平氏の戦いに終止符が打たれたのである。
 和田の一行に引率され、長茂と有資は馬を歩ませた。板額たちは街道脇にくつわを並べて出立を見送った。長茂は何度か振り返り、最後に柔らかな笑顔を見せて手を振った。

 新府、鎌倉は、活気に満ちている。
 三方を山に囲まれ、南方には波光のまぶしい駿河湾の水平線が望める。南北に三本、東西に三本の大路が造設されており、それを基幹として碁盤の目のように道路が伸びていた。新築や建設中の館が多く、人足や武家の人々で賑わい、辻には市も出ていた。
 北陸から出たことのなかった長茂と有資にとって、館や政庁の密集する都市の風景はめずらしく、しばし降伏の悲壮感を忘れることができた。しかし、武家の都であれば事情通も多く、長茂の耳に届くほどの声で
「あれが横田河原の敗将か」
 とか
「四万の軍勢で三千に敗れた男」
 などと、往来の人々が噂し合っていた。
 一敗地に塗れて以来、城氏棟梁としての自信を失い、ひたすら妙見菩薩に救いを請うてきた長茂であったが、敵地で嘲笑されるという屈辱を受ければ、さすがに自尊心が頭をもたげてくる。長茂の唇が震え出した。
 それを察した有資が「殿、聞き流してください。お家のために」とささやくと、長茂はふうっと大きく息を吐き、馬上で胸を反らせた。
 和田の一行は、侍所に馬を止めた。
 通された広間の上座に、すでに梶原景時が座していた。いわくつきの男である。
 かつて軍奉行だった梶原が、九郎義経に濫行ありと頼朝に讒言したことで、兄弟の不和と対立を招くこととなり、義経は奥州へ逃亡したのである。権力欲が強く、人を見下す癖があると、もっぱら噂される人物であった。
 しかし、意外にも、梶原は相好を崩していた。
「よくぞ、参られた」そう言って着座を勧め、長旅の労をねぎらった。
 眉間に深い皺が刻まれ、浅黒い面貌をしていた。
「平氏の武者は、ことごとく壇ノ浦で滅んだ。良い意味で潔く、悪い意味では短絡的に過ぎたであろう。長茂殿は騒乱平定後も生き抜き、時勢を冷静に見、こうして臣下の礼をとりに参られた。誠あっぱれと言わざるを得ぬ。
 武士には単純な輩が多い。多過ぎるぐらいじゃ。大局を見通せず、感情的で、粗暴で、すぐに刃傷沙汰に及ぶ。そんな連中の寄り合いで、王朝貴族に取って代わる政事ができようか。わしの憂いはただそれのみであり、私情を政治に差し挟むつもりは毛頭ない。
 わしが長茂殿に投降を勧めたのは、いまだ越後に城氏の威光は籠り満ちておるがゆえ、出羽方面の安寧に御尽力いただきたかったからじゃ。もはや幕府に服属しておらぬのは、奥州藤原氏のみ。これを牽制するためにも、ぜひ、力をお貸しいただきたい」と、深く頭を下げた。
 長茂は意外の感に打たれた。敗者だから服従せよといった態度が、梶原には微塵もない。幕府のために助力を請うという理由の他に、やましい含みなど少しもなかった。横田河原以来、初めて一軍の将として扱われたような心待ちとなった長茂は、「ありがたき幸せ!」はからずも、そんな一声が口をついて出た。長茂も有資も、額をこすりつけるように平伏した。
「二位殿(頼朝)との謁見は、明日を予定しております。それまで、どうぞごゆるりとお過ごしくだされ」
 丁重に頭を下げると、梶原は退出した。その際「政務に追われて休む暇もござらぬ」と、おどけたように笑って見せた。

 和田宗実邸に止宿した長茂は、鮮魚と酒でもてなされ、ひさしぶりに心が安らいでいた。鎌倉という土地は、館の中にまで海の香りがする。越後の冷たい潮風とは違い、当地の風は、しっとりしていると長茂は思った。
 酒宴もそろそろお開きかという頃、宗実の兄、和田義盛が姿を現した。義盛は侍所別当であり、梶原景時と並ぶ有力御家人である。
「そなたが城ノ長茂であるか。資永のことはよく聞いておったわ」
 義盛は太刀をはずして座り込むと、盃を長茂に突き付けた。酌をさせようというのである。
「資永の急逝は、化け物の祟りだったという噂は誠なのか」
 長茂は軽く首をかしげて、義盛の盃に酒をついだ。
「そなたは、平三(梶原景時)の奴めにそそのかされて、ここへ参ったと聞く。あの男のことじゃ。何か裏があろうぞ」
「それがしは、そのようには思いませなんだ」きっぱりと長茂は否定した。
「それがしは、あの方を、信用に足る人物とお見受け致しました」
 この一言で、義盛の機嫌がとたんに悪くなった。
「信用に足る? そなたの目は節穴か。それだから義仲に大敗したのじゃ」
「兄上、言葉が過ぎまする」慌てて宗実がさえぎった。
「いいや、過ぎぬ。この男は甘すぎる。平三の腹黒さを見破れずして、この鎌倉で生き残れるわけがない。平三は義経殿を失脚させた張本人ぞ。あやつが有りもせぬ罪をでっちあげて、二位殿と義経殿の仲を裂いた。これは周知の事実じゃ」
 そう断言する義盛の顔を一瞥して、宗実はかぶりを振った。
「わしはそうは思わぬぞ、兄上。判官殿(義経)の傲慢な態度には、われらも辟易しておったのだ。梶原殿は、われら将兵の不満を代弁されたに過ぎぬ。その証拠に、頼朝公に反旗を翻した判官殿に、誰一人味方しなかったではないか」
「おまえも平三にたぶらかされておるのか! あんな男を信用するから、まるで小間使いのように、敗将の世話などをさせられておるのじゃ」
 和田兄弟の口論はしばらく続いた。その間も、義盛は盃を長茂に突き出してくる。有資が酌を代ろうとすると、
「おまえは引っ込んでおれ。わしは敗将の酌で飲みたいのじゃ」と怒鳴った。
「敗将」という言葉が、長茂の耳から離れなかった。
 泥酔した義盛が引き上げた後も。
「兄は、酒癖が悪うてかなわぬ。長茂殿、どうかご無礼をお許しくだされ」と、宗実に平謝りされた後も。
 どうしても、その言葉が耳から離れなかった。

 長茂は、じっと目を閉じている。夜具に座して黙したまま、時おり下顎の辺りを動かした。奥歯を噛み締めているらしい。心配した有資が抱き寄せようとしても、「いまは、そのような気分になれぬ」とつぶやいて、再び目を閉じた。
 翌朝長茂は、白い水干に立烏帽子(えぼし)を著けて、鎌倉御所へ案内された。
 広間には源氏古参の御家人が二列になって著座している。一方の列の上座に梶原景時の姿があり、反対列の中ほどに和田義盛もいた。正面の簾中に見えているのが、二位殿、頼朝だろう。
(あれが、頼朝か)
 それほど大きな体躯でもなく、むしろ小柄に過ぎて貫禄もない。どこにでもいる田舎武者のように見えた。
(あんな男に、われら平氏は滅ぼされたのか)
 先達てまで憎み続けた源氏の棟梁を眼前にして、沸々と湧き上がってくる殺意を押し殺すのに必死だった。
 長茂は、列座の真ん中を進んだ。その後ろに有資が従った。
 簾の御前まで来た長茂は、ふいに、振り返り、著座した諸将をねめるように見回した。
「殿っ」有資は顔色を失った。
 そうして、あろうことか、頼朝に背を向けて、どかりと腰を降ろしたのである。
 さすがの梶原もあっけにとられたが、すかさず
「かしこは将軍の御座の間である」と声を上げた。
 長茂は憮然としたまま、
「それがしは、存じなかった」
 そう言い捨てて立ち上がり、再び列座の中央を通って退出してしまったのである。

 有資は死を覚悟した。これほどの無礼をして、ただで済むはずがない。御所を出て、若宮大路をつかつかと歩く長茂の背中を見やりながら、二人の死骸は一つの墓所に埋葬してほしいとさえ考えていた。
 和田邸に戻っても、長茂は口をきかず、押し黙っていた。
 しばらくして、梶原景時が現れた。
「先ほどの振る舞いは、何ぞ」
 長茂は下を向いたまま答えない。
「二位殿の御前であのような無礼を働けば、へたをすれば死罪もあり得ようぞ。おぬし、それを承知の上でのことか」
「はい。承知の上」
「いったい、どのような了見なのじゃ」
 長茂は顔を上げて、梶原を見据えた。
「昨夜、和田義盛殿より、敗将と呼ばわれ、酒の酌をさせられ申した。それがし個人のことであれば、なるほどわしは敗軍の将に相違なく、敗者として扱われることにいささかの不服もあり申さぬ。されど、それがしは、城氏の棟梁としてここへ参ったのです。それがしの受けた辱めは、先祖や父や兄、越後に残してきた一族に対する辱めでもある。したがって、それがしは、鎌倉殿に服従しなかった。できなかった! 死罪を、承る所存」
 深く頭を下げた長茂を見つめて、梶原はため息をついた。
「そなたも愚かな武者の一人か。あたら命を無駄にしたがる。恥とか外聞とか、そんなものは捨ててしまうが良い。ここで死んでも犬死に過ぎぬぞ。何の美徳でもなく、手柄でもない。ほんにただの犬死に過ぎぬ。それこそ先祖に顔向けできぬではないか。
 のう、長茂殿。そなた、ここで死罪を賜ると申すなら、その命、しばらくわしに預けてくれぬか。内々の話、近々奥州と一合戦ある。その戦に、一度ここで捨てた命を使ってはくれまいか」
 顔を上げた長茂の目から、涙がこぼれた。
「それがし、梶原殿に一命を捧げ申す」
 梶原はしゃがみ込むと、長茂の両肩に手を乗せた。
「先ほどの失態で、御家人の儀は間違いなくお流れじゃ。そもそも、先達てまで敵であったそなたのことを、誰も快く思っておらぬしな。
 じゃが、奥州との戦で手柄を上げれば、大手を振って御家人の列に加わることもできよう。それまでわしが、そなたを囚人(めしうど)として預かる。不服はないな」
「ははッ」長茂は板敷に額を押し付けた。
 有資も涙を流して平伏した。
 
 鎌倉の風は、しっとりしている。
 再び戦が始まろうとしていた。

第十三章 山人の郷

「ようやく手がかりを得ました」
 広間に入ってくるなり綱時が言った。「山人の郷は、羽州秋田の北、阿仁というところにあるようです」
「それはまことですか」板額(はんがく)は身を乗り出した。
 これまでも懸命に探し続けてきたが、熊彦の足取りはようとして知れなかった。行商人や杣((きこり))から情報を集めたが、誰も熊彦の故郷を知るものはなかった。さすがに板額もあきらめかけていたのである。
 熊彦をもう一度越後へ呼び戻すことは、城家をあげての願いだった。
 横田河原の合戦から鎌倉幕府成立へ至るまでの激動の時代を、城家は二十歳そこそこの若者たちだけで切り抜けてきた。宿老と呼ぶべき存在はすべて横田河原で失い、長茂(ながもち)新津(にいつ)有資(ありすけ)は鎌倉へ赴き、人材の不足がいよいよ深刻だったのである。
「なんとしても連れ戻したい」師光(もろみつ)が力を込めて言った。
「いま当家に必要な人材は、民草の暮らしにまで目の行き届く、優秀な奉行じゃ」
「わたくしが直接山人の郷へ赴き、熊彦にお願いしてみます」
「ならばわしがお供致す」新大夫が勇ましく名乗り出たが、綱時が制した。
「争乱は収束したものの、いまだわれらは鎌倉勢に取り囲まれておる。殿が正式に御家人として取り立てられるまで、臨戦態勢を緩めることはできぬ。新大夫と師光はここに残って若様をお守りしてくれ。わしが板額さまと共に参る」
 熊彦の故郷を知っているという行商人と連れだって、板額と綱時は羽州へ旅立った。

「険しい道が続きますから、しっかりわしについてきてくだせえよ」
 行商人の背を追いながら、板額と綱時は杖をついて歩いた。
 いくつもの峠を越え、崩れそうな橋を渡り、山林の中の細道をどんどん進んで行った。幾抱えもある老木や、谷川の深い淵を眺めながら、時おり山中の村里で足を休めたり、切り立った崖の下を歩いたり、濃い靄の中を進んで行った。巨樹が枝を重ねて日を遮り、日中でも夜のように薄暗い道を歩き続けたりもした。そして、数日の行程を経てようやく
「ここが山人の郷です」
 行商人が指し示す山人の郷を見下ろした。
 山間に開けた狭い平地に、茅屋がぽつんぽつんと建っていた。
「そいでは、わしは商いに行って来ます。この郷の女たちが作った木地椀や杓子を買い取って、下の里で売るのです」
 行商人はそう言って、板額たちと別れた。

 熊彦の実家は、山郷の村長の家だった。ここでは村長のことを「シカリ」と呼び、熊狩りの指揮を採ったり、祭事を取り仕切ったりしているらしい。
 ブナの原生林に囲まれた郷には、女と子供しかいなかった。
 縄で編んだ「網きぬ」という羽織を着ており、子供たちは手足がまる出しの粗末な着物を、これもまた粗末な帯で結んでいる。突然の来訪者をいぶかる様子はなかったが、誰もが無口だった。男たちは山仕事に出ているという。
 シカリの家といっても、他の家と変わらない小さな茅屋だった。
 綱時が、筵で覆われた戸口に向かって声をかけると、「はーい」と返す声がして、中から少女が出て来た。
 雪のように肌が白く、熊彦に似て大きな目をしていた。大人の女たちと同様の網きぬを羽織り、ほつれた帯を前で結んでいた。髪は肩の上で切り詰めて、かむろ(おかっぱ)にしている。年のころは資盛と同じぐらいだろう。
「あだがだは誰だが?」
「われらは越後城氏の者。棟梁妹君の板額様と、奥山綱時と申す」
「えれえお方なのだが? なんでそんた方がこんたどごろに来だの?」
「熊彦どのに会いに来た」
「ああ」と少女は納得したようにうなずいた。
「そういえば、お武家様のどごろでしばらぐ厄介になってだっつってだっけ。すまねぁんだども、兄っちゃは留守だ」
 困ったように眉根を下げて綱時が振り返った。
「お嬢ちゃん、お名前は」板額が顔をのぞき込むと、少女は白い頬をたちまち朱色に染めた。
「穂多だ」
「穂多ちゃん、熊彦どのは、すぐに戻られますか」
「たぶん、そんたにとぎぐへは行っていねぁで思います。父っちゃなら夕方さ帰ってぎます」
「それまで、ここで休ませてもらってもいいでしょうか」
「えよ」穂多は嬉しそうだった。板額は思わず穂多の髪の毛に触れた。
「可愛らしい御髪ですね」
「とんでもねぁ。おいの髪さ触らねぁほうがえ。シラミいるがもしれねぁがら」
 穂多は体を縮こませた。
 
 萱をかき付けた掘立小屋の中へ入ると、土の上に干し草が敷かれ、さらにその上に筵が敷かれていた。
 穂多が囲炉裏に薪をくべた。
「お腹すいでいませんか。今朝採れだマイタケあるがら、よがったらこれがら汁を作ります」
「おお、ありがたい。すっかり腹がぺこぺこじゃ」筵に座った綱時は足を伸ばした。
 山人の郷は静かだった。これが集落かと思うほど、周囲はしんと静まり返り、時おり鳥の鳴き声が聞こえてくるばかりである。穂多が自在鉤に鍋をかけた。
「穂多ちゃん、母上は居られないのですか」
「母っちゃは、おいどご産んですぐに死んでしまった。父っちゃとおい、とぎどぎ兄っちゃも帰って来で、三人家族だ」
 マイタケが煮え立つと、穂多は少し緊張した様子で、ところどころ欠けたところがある椀に汁をついだ。

 西日が山の端にかかるころ、筵をまくり上げて穂多の父が帰ってきた。
 イノシシの毛皮を羽織り、小柄だが堂々たる体躯である。獣の爪で掻かれた傷が片目を潰していた。
「なんと、城氏の御方が?」来客を見て驚いた。
「阿仁で山郷の長どご務める万三郎ど申します。うわさはがねがね、熊彦がら聞いでおった。なんで、こんたどごろまで参られだ」
 居住まいを正した板額と綱時は、熊彦に仕官を乞いに来た旨を説明した。万三郎は熱心に、フム、フム、とうなずいた。
「親のおいがごう言うのもなんだども、息子は確がに頭がえ。将来はシカリどご継がせだいで思ってだが、わざわざ城様さ乞われだどあれば、いろいろ考えねばねぁだな」
 綱時が膝をにじらせた。「熊彦は、いまどこにおられますか」
「山の中には、山人しか知らねぁ道があって、その道どご伝って行ぐど、全国のどごへでも行げるんだ。熊彦のやづ、去年は吉野あだりまで行ったらそうだよ。いまは沢伝いに魚どご獲って歩いでらがら、そうどぎぐへは行ってねぁだべ。数日かがるがもしれねぁが、わしが呼び戻してぎます」
「ここで待っていても体がなまるので、わしも一緒に連れて行ってくだされ」
 万三郎は快く同意した。
「山神様は美女どご忌み嫌うがら、板額様は、こごでゆっくりお過ごしください。穂多がお世話どごいだします」
 すでに山の中にいるのだから、今さら山神様に遠慮したところで手遅れなような気もしたが、そこは山人の信仰を尊重しなければいけない。板額は残ることにした。とたんに穂多がはしゃぎだした。
「板額さま、明日は川で水浴びしねぁが。長旅で汗じっぱりかいだべ」
「それは嬉しいですね。連れて行ってくれる?」
「しったげえ滝壺がるがら、案内しますね」
 万三郎が、とがめるように口をはさんだ。
「穂多、美しいお方があんまり出歩ぐど山の神様がごしゃぐがら」
 穂多は強くかぶりを振った。
「わがってねぁな、父っちゃは。女でいうものはね、まずは身だしなみなの」
「わがった、わがった。行っておいで。板額さま、申し訳ねぁ。娘にづぎあわせでしまって」
「とんでもありません。穂多ちゃんの気配りに感謝しています」
 穂多は顔を赤くして、えへへと笑った。

翌朝、根菜の煮える匂いで板額は目を覚ました。
「おはよう、板額さま、よぐ眠れだが」
 穂多は鍋の中を掻きまわしながら、大きな目を板額に向けた。
「ぐっすり眠れました。こんなに深く眠ったのはひさしぶり」
 すでに綱時は起床していた。獣の皮を羽織り、藁沓を履いていた。
「似合いますね」と板額が声をかけると、照れ臭そうに笑った。
 毛皮の羽織は野宿をする際の夜具としても利用され、藁沓は落ち枝を踏み抜かないように履くのだという。
 万三郎は巻物を一巻おしいただいた。
「それは何です?」綱時がたずねた。
「これは、おいが人生どごかげで得だものなのだ」
 巻物には、〈山達根本之巻〉と達筆な字で書かれている。狩りに出るときは、必ずこれを携帯していくのだという。
「こさは、われら山人、天智天皇より十七代の子孫であるど書がれでら。末代まで日本全国の山で狩りどごしてもえでいう、朝廷からの認可状なのだ」
「あいや、山人は人皇の末裔なのですか」綱時は仰天した。
「いやいや、天皇うんぬんは、作り話だよ。おいは、何年もがげで都の貴族どご相手さ、熊丹や毛皮や岩茸どご貢いで、ようやぐこの御朱印どご得だのだ。これさえあれば、おいがだは全国の山で狩りがでぎる。この郷の狩人は皆、この巻物の写しどごたがいで山さ入ります」
 さすがは山人の頭目であり、熊彦の父だと綱時は思った。
 後世、ここ阿仁の山人たちが、「マタギ」の名で知られる狩猟集団を形成してゆくのである。
 万三郎と綱時は連れだって、熊彦を迎えにブナの山林へと分け入って行った。板額と穂多も家を出た。
 
 集落を出てしばらく山中の細道を進むと、水の砕ける音が聞こえて来た。音の方へ向かって行くと視界が開け、明るい日差しに包まれた岩場へ出る。水は白い波状となって岩壁を滑り落ち、深い藍色をたたえた滝壺が飛沫をあげている。そこに小さな虹も見える。
 板額は「わあ」とため息をついたまま、しばらく水場の景観に見とれた。
 大きな岩の上の、平たいところに二人は立った。
「こごがら、水の中さ飛び込むど、気持ぢえんだよ。そういえば、板額さま、泳げますか」
「鎧を着たままなら泳いだことあるのだけれど」
「鎧着だまま? そんたごどしたら死んでしまいますよ。お武家さんって不思議なごどするんだね」
「鎧を着てなくても泳げるかな」
 板額が眼下の水面をのぞき込んでいると、穂多は上着を脱ぎ、帯をほどいて、ぱっと裸になった。
「穂多ちゃん、だいたん」
「だって着物脱がねぁど水さ入れねぁだべ」
 これが山の暮らしなんだと板額は思った。大らかで、とても清潔だ。身に着けている着物さえにわかに重たく感じられるほど、ここは開放的な場所なのだ。板額も(はかま)の紐を解き、白い水干を脱いだ。
 板額の裸を見た穂多は、しばらくぽかんとしていた。
「あれ、どうしたの穂多ちゃん」
「おいは、こんた綺麗な体、初めで見だ」
「ほんとう? 太いとか、いかついとか、思わない?」
「とんでもねぁ。天女みだいだ」
 かなりの高低差がある岩場から、ひょいと穂多は滝壺へ飛び込んだ。大きな音と水しぶきがあがった。
 水の中で手をかきながら水面に顔を出した穂多は、上を見上げて大きく手を振った。
 足下を直視できなくなった板額は、目をつむって、岩を蹴った。
 すうっと体が滝壺へ引き込まれ、どほんっと大きな音が耳に響くと、全身が冴え冴えとした水と泡に包まれた。
 手をかいて水面から顔を出したとき、鮮烈な日光とまたたく波光がぱっと目に飛び込んできた。なぜだか訳もなく、笑いが止まらなかった。
 穂多がカエルのように泳ぐのを見て、板額も真似た。時おり深く潜っては、水面に浮かび上がり、大きく息を吸い込んだ。
 なんて気持ちがいいんだろう。ずっとここで遊んでいたい。
 穂多が口に水を含んで、ぴゅーっと噴き出した。板額もそれを真似た。二人で訳もなく笑い続けていた。
 山の中には政事も戦もない。こんな世界もあるのだと知ってみれば、死んでいった人たちのことが可愛そうでならなかった。あの世というところが、この水場のように美しいものであってほしいと板額は思った。
 岩場へ上がった穂多は、滝壺から少し下流の方へ歩いて行った。板額も付いてゆくと、穂多は静かに淵に入り、ゆっくりと岩の下に手を入れた。
「いだ」
 体を起こすと、その手に岩魚が握られていた。
「すごい、手掴みだ」
「何尾が獲って、お昼に食うべ」
 小さなお尻をこちらに向けて、穂多はまた岩の下に手を入れた。
川から上がった二人は、日光の下でしばらく体を乾かして着物を着た後、樹皮や枯れ枝を拾い集めた。穂多は石を打ち合わせて火花を散らせた。かがんで息を吹きかけると、すぐに火がついた。腸を洗い流した魚に木の枝を刺し、持参した塩をかけて焼いた。その手際の良さに、板額は感心してしまった。
「穂多ちゃんは、一人で何でも出来るんだね」
「郷のふとたぢも、みんなそうだよ」
 焼きあがった魚は、塩加減が良く、美味しかった。
 渓流の響き、小鳥と雉の鳴き声、焚き木のはぜる音しか聞こえない。時おり風が吹くと、それに合わせて木の葉がさざ波のような音をたてた。
「もう、帰りたくなくなっちゃうな」
「越後へだが」
「今の生活、かな」
「お姫様でねだが」
「そんな大した身分じゃないの。背負うものが大きいだけでね」
「こごも、冬になるど大変なんだ。屋根の雪かがねばねぁし、水も凍ってしまう。うんざりしますよ」穂多は顔をしかめた。
 それを見て板額は、なんだか可笑しかった。そう、どこで生きるのも大変なんだ。甘えたこと、言っちゃったな。
「板額さまは胸大ぎいね。重だぐねぁんだが」
「えー、考えたこともなかったなぁ」
「おいも、ふくよがな体になりだい。痩せっぽぢすぎるがら」
「そんなことないよ。穂多ちゃん、細くて綺麗だよ。それに、その御髪が本当に可愛いよ」
「しょしいなぁ。んだども、しったげ嬉しいなぁ」
「しょしいって、なあに」
「顔赤ぐなるってごどだ」
 焚き火に手をかざしながら、二人は肩を寄せ合って笑った。

 山里の夜は駆け足でやって来る。
 山林の向こうへ日が没したとたん、引き潮のように日差しがなくなり、漆黒の闇が辺り一面を覆い隠してしまう。穂多が口元を押さえてあくびをした。
 囲炉裏の中の小さな炎がゆらゆらと揺れた。
 戸外で、今まで聞いたこともないような音が山林に響き渡った。鳥の鳴き声のようだった。
「あの鳴き声は何?」
「あれはヒョンヒョン鳥の鳴ぎ声だ。よぐ聞いでみでぐださい。ヒョンヒョンど鳴いでらだべ」
 耳をすますと、確かにそんな響きである。
「鳴ぎ声はしょっちゅう聞ごえるのだんだども、あの鳥の姿を見だものはいねぁの」
「そうなの?」
「たぶん梟の仲間だで思うんだげど。夜の鳥は姿見えねぁがら」
 板額の驚いた顔を見て、穂多が身を乗り出した。
「他にもね、オット鳥どが、ヨイショ鳥どが、鳴ぎ声はみんな知ってでも、誰もその姿を見だごどのねぁ鳥って、けっこういるんだよ」
「穂多ちゃんでも、見たことないんだ」
「おいがだでも知らねぁごどが、山にはじっぱりあるよ。真夜中さ木どご伐る音聞ごえだりするごどもあるんだよ。狸のしわざなんだ」
 そんな話をしているうちに、穂多が寝息を立て始めた。板額はしばらく囲炉裏の炎を見つめていた。そして、山の不思議な生き物たちの姿を想像しているうちに、心地よいまどろみに落ちていった。

 板額と穂多は、山腹の焼き畑を耕したり、郷の女たちと川で洗濯をしたり、乳飲み子をあやしたりした。男たちが獣を獲って戻ってくると、収穫は各戸に平等に分配された。誰が仕留めた獲物でも、きっかり均等に分けあう。その様を見て板額は、領地や権益を奪い合っている平地人の暮らしが、いかに不自然なものかと思うようになった。
 
 日がな一日、板額は穂多と並んで座り、イラ草を石で擦った。皮部から採取する繊維は、織物や網索の原料になる。郷の女の大切な仕事の一つなのだ。
 シュッシュッと擦り続けていると無心になる。ふとわれに返ると、鳥のさえずりと葉擦れの音が聞こえて来る。戸外の土の上に、黄昏の木漏れ日が揺れ動いている。
「板額さま、疲れだが。手伝ってぐれで、ほんとうにどうも」
「はあ、なんだか困っちゃったな。ずっとここに居たいよ」
「居でぐださい、ずっと。おいと一緒にこごで暮らすべ」
 本気で心が動きそうだった。
 しかし、鳥坂城(とっさかじょう)に残している資盛や、師光、新大夫の顔を思い浮かべた。家臣や、その家族たちの顔も。鎌倉に行っている兄のことも。
「ねえ、穂多ちゃん。わたくしは穂多ちゃんと姉妹になりたい」
「おいと、だが」
「そうすれば、離れていても寂しくないから」
「板額さまが、おいの姉っちゃ?」
 穂多は目を丸くして、それから「きゃっ」と叫んで板額にしがみついた。板額も、はしゃいだように笑って穂多を抱きしめた。

 その夜、熊彦が戻って来た。
 板額の前に手をつき、深く頭を下げた。
「こんたどごろまで、わざわざ来でくださって、ほんとうに恐縮しております」
「熊彦、わたくしたちには、そなたが必要なのです。どうか力を貸してくだされ」
「そのことなのですが」と言ったのは綱時だった。「熊彦は、まだ迷っております」
 両手をついたまま、熊彦は厳しい表情をしていた。
「おいがお武家様のお手伝いどごしたのは、あのどぎは城家のみなさまが餓死しかげでだがらだ。みなさんが生ぎ延びられるように、お役さ立ぢだがった。んだども、それ以外の理由で、武門どががわりだいどは思わねぁのだ」
 万三郎がじれったそうに声を上げた。
「熊彦、こんた山の奥まで、城家の姫様がわざわざおめどご探しに来でくださったのだぞ。わしらごどぎ山人さ、今までどこの誰がそんた敬意どご払ってくださった。こんた名誉なごどは、もはや二度どあらね。キンタマぶら下げで生れでぎだがらには、城家の恩さ応えよ」
 それでも熊彦は、迷い切った様子でうつむいていた。
「もしそなたがお嫌なら、それはそれで一向にかまいませぬ。ゆっくり考えてみてください」
「申し訳ねぁ」熊彦は深く頭を下げた。

 夜半になって雨が降った。
 穂多は板額の胸元に寝息をかけながら眠っている。疲れたものか綱時がめずらしくいびきをかいており、万三郎のいびきはもっと豪快だった。雨が茅に落ちる音が静かに響いていた。
「雨漏り、してねぁか」熊彦は起きていた。
「いいえ、だいじょうぶですよ」板額も寝付かれずにいた。
 正直なところ板額は、熊彦が喜んで仕官してくれると思っていた。熊彦は城家のことが好きなのだと勝手に思い込んでいた。二つ返事をもらえなかったことが、とても悲しかった。
 雨が木々のこずえを鳴らしていた。囲炉裏にくべた枯れ木のはぜる音と、万三郎のいびきが響いている。
「板額さま、おいがだ山の者は、雨のごど、山の神の血洗いでいうのだ。狩りで流されだ獣の血どご、神様涙で洗い流してぐれでらのだ。んだんて、雨の音どご聞いでらど、なんだがやすらがな気持ぢになります」とつぶやいて、それきり熊彦は黙ってしまった。
 山の神の血洗い。人が生きて行くために最低限流される血でさえも、神様は悲しむという。それならば、神様がどんなに泣いたって、戦で流された血を洗い流すには足りないだろう。板額は、穂多と過ごした時間を振り返っていた。わたくしがあのくらいのとき、わたくしはあんなに純粋だっただろうか。弓を引き、太刀を振り、ご先祖様の武勇伝に心を躍らせていた。先の合戦で、わたくしは何人の人を殺めたことだろう。武家とは、山人から見れば、無用の血を流す愚かな存在なのかもしれない。
 穂多が寝ぼけたように板額の胸に頬を押し当ててきた。楽しい夢でも見ているような寝顔だった。

 翌朝、熊彦は、巻物を万三郎に差し出した。
「父っちゃの言う通りだ。おいは城家の恩さ応えます」
「おお、そうが。おめみだいな者んだども、城様の役さ立でるでいうだば、精一杯ご奉公してごい。巻物は、はなむげにぐれでける。いづが役立づどぎもあるがもしれねぁがらな。そうど決まったら、さっそぐ出立しろ。もう何日も足止めさせでしまったのんだんてな」
 それを聞いた穂多は、たちまちふさぎ込んでしまった。朝食の間も、うつむいて何もしゃべらなかった。

「万三郎様、ご子息をお借りいたします」板額が頭を下げると、万三郎は声を上げて笑った。
「くれでける。こいづがいなぐでも、郷にはまだまだ腕のえ狩人はじっぱりおりますから」
 そして熊彦をかえりみて
「けっぱってごい!」と、一言だけいった。

 郷境を出て山路に入っても、穂多は板額のそばを離れなかった。板額の手を握り、無言で歩いている。
 しかし、渓谷の丸太橋のところまで来ると、熊彦が振り返り、きつく言った。
「穂多、こごらでもう家へお帰り」
 穂多はうつむいたままだった。
「帰らねばだめ? おいも一緒さ行ってはだめ?」
 もう少し一緒に過ごしたいと、板額は喉元まで出かかった。しかし熊彦は言い切った。
「おめは山人だ。山人は山で暮らすのがいぢばん幸せなんだ。しっかり家の留守を守って、父っちゃの面倒みでやってぐれ。わがったな」
 穂多は、こくんとうなずいた。
 板額がかがんで抱きしめると、穂多も強く抱き返し、水鼻をすすりあげた。
 三人は、ブナの丸太橋を渡った。
 振り返ると、すでに穂多の姿が遠くに見えた。
「さあ、参るべ」
 熊彦に促されて歩き出すと、穂多が大きく手を振りながら声を上げた。
「姉っちゃあ! 姉っちゃあ!」
 その声を聞いて板額は、どっと涙が溢れた。
 駆け戻りたい衝動を寸でのところで抑えた。穂多を、武家とかかわらせてはだめ。
 板額はきつく目を閉じて歩き出した。
 穂多の呼ぶ声が、しばらく聞こえていた。しかしその声も、やがて山林の葉擦れの音にかき消され、鳥の鳴き声と、渓流の水音だけになってしまった。

第十四章 お家再興の機会

  少し前まで小太郎だった少年も、資盛という諱を名乗り、上座に着けば貫禄らしいものを感じさせるようになるものだ。資永(すけなが)に似て平氏の公達らしい整った目鼻立ちは、いつも少しだけ微笑んでいるかのように見えるのだが、それがかえって、新津(にいつ)有資(ありすけ)の心を恐縮させた。
 昨夜、有資は、単身鎌倉から戻って来たのだった。
「誠に、申し上げにくいことなのですが」と言って、困ったように首を傾けた。そして、資盛の左右にはべる板額(はんがく)たちの顔を見回して、泣き笑いのような苦渋の表情になった。
「殿の、御家人の儀、お流れになり申した」
 皆、目を丸くした。
「殿は、鎌倉殿の御前に、背を向けて座ったのです。本来なら死罪も免れぬところ、梶原殿のとりなしで、なんとか事なきを得ました。わしが着いておりながら、この失態、なんとお詫びしたらよいものかと」
 それを聞いて師光(もろみつ)が膝を打った。
「さすがはわが殿じゃ! 良い気概を持っておられる」
「馬鹿を申すな」きっぱりと、綱時が否定した。
 有資は、事ここに至った経緯、長茂(ながもち)が和田義盛に愚弄された件をくわしく話した。さすがに綱時もそれを聞くと、うーんと腕組みをして目を閉じてしまった。
「して、兄上は今、どうされておるのですか」
「身柄は梶原殿に預けられています。表向きは囚人(めしうど)です。されど、梶原殿は、客人として殿を扱ってくださっております」
「意外と・・・」とつぶやいて、新大夫は人差し指を鼻の下に軽く当てた。「噂とは違って、梶原殿は人間が出来ておるな」
「それよ」と有資がうなずいた。
「わしも意外であった。しかし梶原殿は、間違いなく殿の味方です。不思議なことじゃが、梶原殿は、どうやら、鎌倉の武士を嫌っておられるようじゃ」
 それを聞いて資盛は、再び目を丸くした。「なにゆえ幕府の功臣が、同胞を嫌う?」
「わしが思うに」と言って、有資は上座に顔を向けた。
「幕府はいまだ、足並みが揃っていないようなのです。坂東武者は自尊心が強く、独立心が旺盛で、かっての平氏のように一枚岩とは成り難い。そのことにいら立っておられるようなのです」
 さもありなんと綱時が首肯した。
「それともう一つ、報告がございます」有資は背筋をぴんと張った。
「鎌倉殿は、近々、奥州藤原氏の征伐に乗り出すようです」
「それは誠ですか」新大夫が身を乗り出した。「藤原の奴ばら、目に物を見せてくれるわ」
「なんぞ鎌倉殿は、奥州を征伐するのだろう。出兵の大義名分は何ぞ」資盛は怪訝な顔をした。
「棟梁藤原秀衡は、鎌倉殿と対立した源義経を匿っておるのです。さいさん引き渡しを要求しても、理由を付けて応じませぬ。幕府の意向に従わず、対決の姿勢を明らかにしております」
「判官義経を差し出さないから、藤原を攻めるとな」
「いえ、本意は別にあるようなのです。
 鎌倉殿は、全国の武家に奥州征伐の軍勢催促を致します。これに応じない者、兵馬を出し惜しむ者、戦場(いくさば)で目立った功を上げなかった者を、厳しく処罰される御意向があるとか。これは梶原殿からの直話です」
「そうか。鎌倉殿は奥州征伐を通じて、諸家の忠誠をためしたいのじゃな」
「ご明察にござりまする。この戦を機に、上下の分を正すおつもりなのでしょう。そのようなわけでわが城家にも、近々軍勢催促が下されます。ここで将軍に忠誠を示すことが出来れば、再び御家人の儀に与れるはずだと、梶原殿は申されております」
「名誉挽回の機会かぁ。どうです、おば上」
 資盛に問われた板額は、はっとわれに返った。
 資盛と有資のやり取りをじっと聞いていた板額は、資盛の成長ぶりに感心していたのである。聡明な少年に育ったものだとつくづく思う。乱世に生を得て、まともに学問さえ教えてやれなかったのに。さすがは兄上の子だと思えば、いっそう誇らしかった。資永の面影を思い浮かべ、心があらぬ方へ漂っていた板額は、急に話を振られてわれに返ったのだった。
「え。はい、どうでしょう。皆はどう思う」と、板額は慌てたようにまばたきをした。
 有資は、板額の方へ体を向けた。
「鎌倉殿は、流鏑馬を頻繁に催されます。かのお方は、騎射に長けた武将をこよなく愛でるのです。ですから長茂様は、今度の軍勢催促で、できるだけ多くの騎兵を集めたいと切望されております。板額さま、いかがなものでしょうか」
「そうは申しても、当家には今、精鋭と呼べるほどの騎兵はほとんどおりませぬ。そもそも、馬さえも、それほどおらぬ」
 周知の通りであった。兵馬のほとんどが、横田河原に散ったのだから。
「出羽方面に募兵をかけてみましょう」綱時が請け合った。「奥州との合戦で名を上げれば、今度こそわれらは、本領を安堵され、父祖の地で生きてゆくことが許される。この機会を逃す手はござらん。奮励致しましょうぞ」
 資盛も深くうなずき、熊彦に声をかけた。
「熊彦、従軍に必要な戦費はどうじゃろう」
「これどご千載一遇の好機どお考えなら、当家は散財すべぎだべ。馬足りねぁなら、駿馬どご買い求め、具足も馬具も豪華にする。城氏の威勢なお盛んであるど鎌倉殿さ示せば、活躍の機会さ恵まれるがもしれず、結果どしてお家の再興へど繋がるべ」
 それを聞いた資盛は、まなじりを決して、「よし」とうなずいた。
「戦の準備を整えよう、派手に!」

 鎌倉の梶原邸には、訪問客が絶えない。
 頼朝に次ぐ権力者と目されていた梶原景時の元へ、諸方から様々な者たちが、ご機嫌伺いに来るのである。しかし梶原は、大抵は事務的に面談をするばかり、ほとんどあしらっているようにしか見えない。そんな梶原の態度を見て、さすがに長茂も心配になってきた。
「梶原殿、そんな応対をしておれば、いたずらに敵を作るだけではありますまいか」
 そう指摘された梶原は、客人にはほとんど見せることのない、くつろいだような表情になった。
「おぬしに言われたくないのう。将軍に尻を向けた男に」そうからかって笑った。長茂もつられて笑い出した。
「わしはな、長茂殿。権力に媚びるような連中を信用しておらぬ。あの者たちは、風次第で、どちらへでもなびくからの」
「わしも、鎌倉殿へなびきましたが」
「じゃが、二位殿へ尻を向けた。そして今は、無報酬でわしの仕事を手伝ってくれておる。わしが信用するのは、そのような人物なのじゃ」

 奥州からの早馬が鎌倉の大路を駆け抜けた。地べたは梅雨の雨に濡れ、蹄が泥を飛び散らせた。
 御所の頼朝にもたらされた書状には、藤原秀衡が逝去したと記されていた。かつて源義経は、この秀衡の庇護を受けて育った。そして今、頼朝と対立して出奔した義経を匿っているのも、この秀衡である。
「さて、跡取りの泰衡は、どう出るか」
 頼朝と梶原の関心は、そこにある。
 秀衡の後継者である藤原泰衡が、義経引き渡しの要求にどう応えるか。
 だが、答えはすぐに出た。
 泰衡は、義経と一党を強襲し、その首級を鎌倉に送って来たのである。これで、奥州が幕府と対立する意志のないことがはっきりした。当然、奥州征伐も立ち消えになる。はずだった。
 ところが。
 頼朝は奥州征伐を断行したのである。東北に独立国のような勢力が存在していること自体、幕府にとって看過できない問題だったのであり、義経の引き渡し云々は口実に過ぎなかったのだということが、ようやく周知の事実となったのだ。
 頼朝にとって奥州征伐は、一世一代の実験だった。武家の最高位に君臨した自分に、全国の武士がどれほどの忠誠を示すか。誰が忠臣で、誰が足並みを揃えないか。この結果を見て主従関係を更新する。過去の軍功、敵対関係なども一度無にして、新しい人事評価に基づいた幕府を作ろうとしていたのである。
「いよいよ時が来たぞ、長茂殿」
 頼朝の意向を知り尽くしている梶原は、長茂に発破をかけた。
「この機を逃すなかれ」
 幕府から城家に、正式な軍勢催促が下された。

 城氏の総勢は、騎兵四十余騎。郎従は百五十人たらずである。往時を思えば兵力の弱体化は否めなかったが、それでも盛り返した方である。しかし、もう少し、騎兵の数が欲しかった。
 騎兵というものを、現代の航空戦力に例えるとわかりやすい。
 よく訓練された騎兵と言うものは、最新鋭の戦闘機のようなものなのである。その数が多ければ多いほど戦闘力が増すように、鎌倉時代の武家も、すぐれた騎兵をどれだけ保有しているかが軍事力の要だった。すぐれた騎兵とは、正確な騎射の技術を持ち、馬の操作に熟練している武者のことであり、これは一朝一夜で育成できるものではない。しかし、どの武家も、源平の争乱期に多くの騎兵を損失していたから、最新鋭の戦闘機に比するような優秀な騎馬武者が決定的に不足していた。一方で、奥州藤原氏は源平合戦に関わっていなかったため、騎兵の数に不足がなかったのである。
 鎌倉軍に必要なもの、それは騎兵であった。

「城長茂」の名で、奥山荘(おくやまのしょう)近隣の諸家へ軍勢催促の廻文が発給された。
 これを起草した綱時は、城氏の先祖、特に余五将軍平維茂の名を前面に打ち出して血統の正当性を強調した。越後の盟主は城氏である。臆することなく、そう主張した。守護や地頭として赴任している源氏は進駐軍にすぎないのだから。もとより地元諸家の忠誠心は、城氏に向けられていたのである。長らく、それを表明するのが憚られていただけで。
 横田河原の大敗北の影響はいまだ根深く、どこの武士団も兵馬の不足は否めなかったが、それでも健在な将兵は陸続と奥山荘を目指した。

 新津有資は、鎌倉の長茂と密に連絡を取り合っている。早馬が鳥坂城(とっさかじょう)の矢倉門をくぐり抜けた。
「鎌倉軍が進発致したそうです。われらは白河郡の新渡戸駅で、鎌倉殿や殿と合流します」
 今度の征旅には、一家総出で参加する。鎌倉軍に加勢するのだから、鳥坂城の周辺に敵対勢力はなく、留守居の必要がなかったからである。
 長茂のために、龍頭付の兜や、金覆輪の鞍を用意した。駿馬も何頭か買い足した。侍大将から兵卒に至るまで、細部にわたって具足を補修し、見栄えを整えた。
 源氏の白旗を風に流し、長烏帽子(えぼし)を被った資盛が、紫裾濃の鎧に身を固めて軍勢を率いた。父親譲りの凛々しい若武者ぶりである。赤糸縅の板額は長い髪を結い上げ、唇に引かれた紅も艶やかにはえる女振り。綱時と師光は磨き抜かれた鍬形をきらめかせ、新大夫はおろしたての白袈裟ですっぽり顔を覆っている。熊彦も腹巻具足を身に着けて、きつく鉢巻を結んでいた。まるで近衛府の御随身かと思われるあでやかな城軍のいで立ちは、街道の人々を感嘆させた。城氏にゆかりある輩が、われもわれもと加勢に駆け付け、その数はたちまち二百余騎、郎従は六百人ほどにふくらんだ。
 
 長茂の元へ馳せ参じた城軍の兵馬を眺めた頼朝は、手にした扇子でもう片方の掌を強く打った。
「敗軍の将が、よくぞこれだけ集めたものじゃ」
 それを顧みた梶原が、すかさず言った。
「長茂が、二位殿の御供として従軍すると聞いて、彼らは参集したのです。この辺りは、城家本国の近隣でありますから」
 頼朝は満足気にうなずいた。

 長茂は、待ちかねたように、城軍の中へ馬を乗りいれた。
「よくぞ参った。わしは嬉しい。誇らしいぞ」
 兵馬が長茂を囲むように参集した。
 こんなに意気の揚がった城軍を見たのはひさしぶりだと板額は思った。父や、資永がいた頃のことを思い出す。
 長茂は、諸将に長征の労をねぎらうと、すぐに馬首を返して本陣へ戻った。そして頼朝の御前に膝を付き、深く頭を垂れて言上した。
「それがしは只今囚人の身でありますから、当家の旗を掲げるのは差し控えたいと思うております。ですから、どうか、わが軍に源氏の御旗を賜りたく、伏してお願い申し上げます」
 頼朝は、厚い唇の端を持ち上げた。
「長茂、遠慮はいらぬ。堂々と城氏の旗を掲げるがよい」
 頼朝の顔を見上げた長茂は、感涙を飲み込んで、地べたに額を擦り付けるように平伏した。
 奥州の大地に、城家の家紋、花輪菱を染め抜いた御旗が絢爛とひるがえった。

 鎌倉軍来たる。迎え撃つ奥州軍の備えもぬかりがない。
 頼朝が率いる大手軍が東山道を北上してくるのを見込んで、伊達と苅田(現在の宮城県白石市)両郡の境にある阿津賀志山に城砦を築き、全長三・二キロに渡る二重の掘と三重の土塁で街道を遮断した。
 ここ、阿津賀志山防塁を指揮するのは、棟梁泰衡の異母兄、西木戸太郎国衡であった。会津慧日寺(えにちじ)で長茂を蹴散らかした、あの猛将である。
 奥州軍の士気は極めて高かい。
 そもそも、この戦いの動機が、頼朝に吹っ掛けられた因縁であると奥州軍は受け止めている。差し出せと迫られて義経の首を差し出したにもかかわらず、「日ごろ義経を隠容する科すでに反逆にすぐるなり」などと開き直って攻めて来たのだ。これは明らかに詭弁であり、単なる侵略戦争の口実に過ぎぬではないか。われらはわれらの領土を死守せねばならぬ。上下の別なく、奥州諸兵の思いは一致していた。
 その士気の高さは、鎌倉軍の本営地、藤田宿からもうかがえた。
 阿津賀志山防塁の前面に、数千騎の武者がくつわを並べ、迎撃の態勢をとっている。その陣頭に見えているのは、音に聞こえた奥州の猛者、金剛別当秀綱であった。
 秀綱は馬を右に引き向け、左に引き向け、居並ぶ諸将をねめ回しながら、なにやら雄たけびを上げている。そのたびに地を震わせるような(とき)の声が上がった。
 これは相当な激戦になると、鎌倉軍の諸将は一目で察した。
「ともかく」と、頼朝は落ち着いた様子で遠方を凝視した。
「あの空堀をどうにかしなければ、勝算はあるまい」
 これを聞いて進み出たのは、鎌倉軍の猛将、畠山重忠である。
「おそらく堀の幅は、口五丈(十五メートル)程度でしょう。わしが手勢を引き連れ、夜陰に紛れて堀を埋めてまいります」
「重忠、よくぞ申した」
 確かに、それしか手立てはなさそうであった。が、堀を埋め立てるなら、まずは防塁の前に展開する騎馬軍を追い払わなければならない。
 頼朝は、配下の諸将を見回した。
「城長茂、武田有義よ、これへ」
 はっと応えて、二人の武将が床几から腰を上げた。
「金剛別当の軍勢を蹴散らしてまいれ」頼朝が命じた。
 これを聞いた梶原景時は、頼朝の思惑を察し、眉をひそめた。
 血気盛んにいきり立つ敵との初戦が、もっとも犠牲を強いる激戦となることは間違いない。屍を累々と築いて戦端を開かねばならないからだ。この場面にぶつける武将を、頼朝はあえて、長茂と武田有義にしたのだろう。
 長茂はもともと平氏の残党に過ぎず、有義は甲斐源氏の一党である。甲斐源氏は頼朝にもっとも近い同族であり、源氏の棟梁となる嫡宗権を有する家格でもあった。いわばライバルであるこの血統は、頼朝にとってめざわりな存在だったのだ。長茂にしても、有義にしても、捨て石として使うには、もってこいの存在だった。
(冷酷なお方よ)
 梶原は、頼朝の冷ややかな眼差しを一瞥し、異議を唱えた。
「わが大手軍の先陣を賜っておるのは、畠山殿でござりましょう。打って出るなら、まずは畠山殿からではありますまいか」
 梶原のこの指摘に、畠山重忠は不快感をあらわにした。平三のヤツめ、わしを殺したいのか。
 源平の頃から猛将として名高い重忠に、先陣をしぶるような小心はいささかもない。しかし、梶原に先陣云々などと出過ぎたことを言われる筋合いもなかった。
 頼朝は、重忠を顧みた。
「確かに先陣は、重忠じゃ。しかし重忠には、まずは堀の埋め立てを成功させてもらわなければならぬ」
 しかし、梶原は食い下がった。
「畠山殿、おぬしはそれでよいのか。先陣の功を逃してよいのか」
 重忠は高らかに笑った。
「先陣を賜っている以上、戦場の功績はすべて自分のものである。せっかく二位殿が城と武田に先駆けの名誉を与えたのに、それに不服を申すなど、武略の本意ではあるまい」そう答えて、梶原をあしらった。
「この件は、これまでじゃ」頼朝が話を遮った。
「一刻も早く防塁を突破し、国衡の本営を落とさねばならぬ。重忠の軍勢はそれまで温存しておく。皆の者、この地を制すれば、奥州への討ち入りは勝ったも同然。梟賊を征伐して参れ!」
 諸将が一斉に、頼朝へ頭を下げた。
 陣幕から出立する長茂と有義を、梶原が追い駆けた。
「長茂殿、武田殿、どうか警戒なされよ。ただではすまぬ激戦となろうぞ」
 二人は厳しい表情を湛えたまま、口元に笑みを浮かべた。
「若いそなたらは、こんなところでみすみす死んではならぬ。幕府の行く末は、そなたらのような若い世代の肩にかかっておるのだから」
 立ち去って行く二人の背中を見つめて、梶原は深いため息をついた。

  鎌倉軍の本営から進み出た長茂の軍勢は、奥州軍の面前、硯石山に陣地を構築した。武田軍も近くに胸壁を築いた。
 奥州軍はいきり立ち、無数の鏑矢(かぶらや)を頭上に射かけ、法螺を吹き鳴らし、怒声を上げている。
 長茂は、騎乗する諸将を一堂に集めた。
「見ての通り、かなり厳しい状況じゃ。しかしわれらは、城氏の意地にかけてでも、この戦場で功を上げ、天下にその名を知らしめよう。皆の者、命を惜しむな。まずはわしが先陣を切る」
「お待ちくだされ」綱時が制止した。
「万が一、殿が倒れようものなら士気を損ないます。危険な先陣はお控えください」
「ならば、わしが参る」すかさず資盛が言った。初陣の興奮を抑えきれず、顔が薄っすら紅潮していた。
「とんでもない!」長茂が首を振った。
「おまえは城家の跡取りぞ。こんな危険な戦場に、いきなり出せるものか」
 先陣をめぐって、しばらく口論が続いた。
 楯越しに敵方を見つめていた板額が振り返った。
「はばかりながら、わたくしにお命じくださりませ」
 一瞬、城軍陣地に沈黙が走った。
「わたくしは棟梁でもないし、跡取りでもない。いちばん身軽な立場です。ここはわたくしが先陣を切って戦端を開きますから、皆はそれに続いてください」
「馬鹿な、板額。おまえ死ぬる気か」
「死なぬ自信があるから、申しております」
 落ち着き払った板額の笑顔を見て、諸将はしばし呆然とした。己の高ぶった感情が、急に落ち着きを取り戻してゆくのを感じた。
 新津有資が、皆を見回して支持を下した。
「それでは、板額様には師光と新大夫がつけ。先陣は百騎じゃ。二陣は殿とそれがしが五十騎。三陣は資盛様に綱時がついて同じく五十騎」
 長茂は、大きく息を吸い込み、諸将の一人一人を見つめた。
「奥州勢は、先の源平争乱に従軍しておらず、実戦の経験がない。したがって、勝機はわが方にあろう。皆の者、武士の名に恥じぬよう、存分に戦え」

 騎乗しようとする板額を、綱時が呼び止めた。
「板額さま、お嫌いなのは承知していますが」と言って、板額の頭に長鍬形の打たれた兜をかぶせた。
「兜は・・・」と板額が言いかけると、
「重たくて嫌なのですよね」とたたみかけて、綱時は取り合わなかった。
「重たいだけでなく、弓を引くとき吹返しが邪魔なのじゃ」
「この戦場はあまりに危険です。どうか我慢して、兜をかぶっておいてくだされ」
 板額の顎の下で、綱時は兜の赤い緒を結んだ。女武将であると敵に知られたら、狙い撃ちにされると内心危惧しているのである。
 板額は眉を八の字にして、不平を言った。
「新大夫は兜をかぶらぬぞ。わたくしもかぶりとうない」
 白麻五条の袈裟で顔を覆った新大夫が、自分のうわさをしているのかと振り返った。それを指さして師光が笑った。
「白頭巾は僧兵の命。あの格好で頭を射られたって、新大夫は本望なのですよ。なあ、新大夫」
「その通りじゃ。僧兵は格好が命なんじゃ」
「板額さまは、あんなウツケではないでしょう」苦笑しながら綱時がささやいた。
 板額が騎乗すると、金色の鍬形が陽光を受けて反射した。先陣の百騎が、馬の口を敵陣地の方へ引き向けた。
 奥州勢は、絶え間なく鏑矢を射込んで威嚇を続けており、馬も興奮していななき、落ち着きなく地面を蹴っている。
 板額は目を閉じて、静かに深呼吸をした。
 師光は手綱を握ったり緩めたりしていた。
 新大夫は悠々とよそ見をして、やがて正面を見据えた。
 板額のまぶたがゆっくりと開き、弓を持つ手が振り上がる。
「阿津賀志山の先陣ぞや、続け!」
 防御の盾が素早く動き、掻盾に隙間を開けた。
 板額は「はッ」と一声、馬腹を蹴って全力疾走した。
 続く百騎も鬨の声を上げると、次々に陣地から飛び出していった。
 奥州勢もそれを見るや、雪崩のごとく打って出る。
 側方に控えていた武田の騎兵も、砂を蹴立てて駆け出した。

 両軍の雄叫びと馬蹄の響きは、後方にある頼朝の本営にも聞こえた。
「始まったか」身を乗り出すように頼朝が立ち上がった。
 攻鼓が激しく打ち鳴らされ、鏑矢の音が空に響き、心なしか、地面が振動しているように思われた。

第十五章 騎馬合戦

 中世の馬は、今日よく知られるサラブレッド種ではない。日本地生えの在来種であり、後世の馬種と比べれば体力も速力も劣っている。
 当時の馬が全力疾走できる時間は十分程度だった。それを越えるとみるみる速力が落ちてくる。そのため頻繁に陣地へ引き返し、馬を休める必要があった。
 (えびら)一腰に収まる矢数は、二十四本。
 これらの制約の中で、いかに多くの敵を射倒すか。これが騎馬武者に課せられた使命である。
 陣地から飛び出した板額(はんがく)は、突進して来る敵騎の隙間を巧みにすり抜けて、手綱をグッと引き寄せた。素早く馬首を返し、敵の背後に回り込む。「はッ」と声をかけると、今度は敵を追いかけるかたちで再び馬を走らせた。
 弓を持つ手は左である。したがって、弓弦(ゆづる)を引く右手側が騎兵の死角となる。この位置を「妻手側」という。板額は、狙い定めた敵騎の妻手側へ馬を馳せた。ひとたびこの位置に付かれた騎兵は、全速力で逃げ切るか、射られる他ない。
 敵は上半身をよじって振り返り、板額の追跡を振り切ろうと全力疾走した。馬蹄が砂煙をあげる。しかし板額は、すでに敵騎を視界の照準内に捉えていた。
(得たり!)
 弓弦につがえた矢を放つと、次の瞬間には矢尻が標的を射通し、敵将の体が鞍から転げ落ちた。
 まだ馬に体力が残っている。そう判断した板額は馬首を返し、別の敵騎めがけて馬を馳せた。
 敵騎もまた、板額の妻手側(右)へ付こうとする。この追跡を振り切りながら、弓手側(左)に捉えた敵騎を射る。この駆け引きは、戦場(いくさば)が混戦しているほど複雑になり、状況判断がつかなくなればたちまち標的にされる。いわゆるこの「馳組み戦」ほど高度な武芸を要求されるものはない。
 敵将を二人射倒した頃、板額の馬が大きく首を振り始めた。体力に限界が来たのである。敵騎の追撃をかわしながら、陣地へくつわを引き向けた。その時、前方から敵騎が突進して来た。全力疾走である。板額の姿を照準内に捉えているのだ。矢尻が真っ直ぐこちらへ向けられている。
 板額は視線を動かさず、箙から矢を抜き取った。その早さたるや、次の瞬間には弓を引き絞り、敵将の眉間を狙っていた。大鎧(おおよろい)で全身を防御している武将にとって、そこは唯一むき出しの弱点である。
 板額の矢が敵将の眉間を射通した瞬間、敵の騎射した矢も板額の顔をかすめた。すれ違いざま、敵将は馬から転げ落ちた。
 さすがに板額も、ふうっと息を吐いた。

 板額が陣地に引き返すと、師光(もろみつ)や新大夫らも戻って来た。
 師光が悔し気に怒鳴った。
「くそうっ、一騎も倒せなかった!」
「わしもじゃ」新大夫もいきり立っていた。
 二人とも、箙の矢が尽きていた。
 板額は振り返って言った。
「騎馬の数が多すぎる。こんな状況、わたくしも初めてじゃ」
 長茂(ながもち)の馬が掻楯(かいだて)の背後へ進み出た。
「二陣の者ども、いざ参らん。続けや、続け!」
 棟梁率いる五十騎の武者が次々と馳せて行った。
 
 熊彦が駆けて来て、板額の馬の口を取った。
「板額さま、お怪我されでいねぁか」
「なんとか無事じゃ。馬に水を与えておくれ」
 鞍から降りた板額は、掻楯の隙間から戦場を眺めた。
 敵と味方の騎兵が入り乱れて、戦況が判然としない。
 おや? と板額は目を凝らした。
 砂を蹴って動き回る騎馬の中に、じっと動かずにいる武将がいる。
 しかも、その武将が弓弦につがえた矢の長いこと! 弓も九尺(三メートル弱)はあるだろうか。
 板額がこれまで見たこともない長弓は、矢を放った瞬間、二人の敵将を落馬させた。ということは、一人目の敵将は、矢が体を貫通したということか!
「あれは、誰ぞ」
 板額は振り返って綱時にたずねた。
 綱時も目を凝らして、しばらく考え込んだ。
「ああ。あれは甲斐源氏の、浅利与一殿でしょう」
「名の知れたお方なのか」
「それはもう。浅利与一義遠といえば、那須与一、佐奈田与一とともに、三与一と謳われる弓の名手です。
 壇ノ浦の合戦のとき、四町(四四0メートル)先の敵を射倒した話は、いまや伝説になっています。おそらく、日の本一の遠矢の名手でしょう」
 板額は、再び掻楯の隙間から戦場を眺めた。
「あれでは、だめじゃ。弓が長過ぎる」
「え?」
「ああして馬を動かさないで騎射するなら、長弓もあり得よう。されど、ひとたび馳組みとなったら、あれでは弓も矢も長過ぎて不利になる。馳組みの場合、弓箭の寸尺は短い方が有利なのだから」
「なるほど」
 確かにそうだと思い当たった綱時は、深くうなずいた。
「あの武者、可哀想だけれど、この戦場で命を落とすやもしれぬな」

 長茂たちが引き返して来た。
 郎従たちが駆け寄って馬の口を取った。
「酷い戦場じゃな!」
 辟易したように長茂が言った。
「資盛、気を引き締めてゆけ! 油断したら殺られるぞ」
 資盛を乗せた鹿毛(かげ)の馬は、耳を後ろに伏せて、目を吊り上げている。戦場の殺気を感じて興奮しているのだ。
 資盛もまた、肩で大きく息をして、鎮められない血気を持て余し、武者震いしていた。
 綱時が手綱を操りながら、資盛のかたわらに馬を寄せた。
「若、敵の妻手側に回り込むのですよ」
「わかっておる。見ててくれ」
 鹿毛の馬がいなないて前脚を上げた。資盛は手綱を操って姿勢を制御すると、「はっ」と一声、掻楯の隙から飛び出して行った。
 綱時たちもそれに続いた。
 右から、左から、あらゆる方向から、うなりを上げて無数の矢が飛んで来る。死ぬも生きるもこの時とばかりに、資盛は馬を馳せた。
 が、すぐに綱時の切迫した声が聞こえた。
「若! 後ろ!」
 資盛は体をねじった。右後尾に、ぴたりと敵騎が追跡している。
(しまった)
 敵将は矢をつがえていた。
 資盛は全力疾走した。振り切らなければ殺られる!
 風を押し分けて疾走した資盛が、もう一度振り返ると、敵騎は七間(十三メートル)ほどまで迫っている。この距離から騎射されれば確実に殺られるだろう。資盛はがむしゃらに馬を走らせた。
 どさッ、という音が、背後で聞こえた気がした。
 振り返ると、追跡していた敵将が、地に転がり落ちていた。
 綱時の放った矢が、背中に突き立っていた。
「若、ご無事でござるか!」
 駆け寄って来た綱時と言葉を交わす隙もないほど、辺り一帯兵馬が入り乱れ、風を切る音を立てて矢が飛び交っている。
 資盛は箙から矢を抜こうとしたが、指が思うように動かず、手が震えて弓弦に矢をつがえることが出来なかった。頭の中が真っ白になっていた。
 綱時は、資盛が混乱状態に陥っているのを見て取り、大声を上げた。
「若、今すぐ陣地へ引き返されよ!」
 しかし資盛の耳には綱時の声が届いておらず、自分の指先を食い入るように見つめながら、矢筈(やはず)を弓弦にかけようとしている。
 腕を伸ばして資盛の馬の口を掴んだ綱時は、本陣の方向へ馬首を引き向け、弓を振って馬の尻を叩いた。
 馬は声高くいななき、本陣へ向かって一散に駆け出した。

 今にも振り落とされそうに体を揺らしながら、資盛の騎馬が戻って来た。それを見た熊彦は掻楯から飛び出し、馬の口を取って誘導した。
 本陣に戻った資盛は放心しており、馬から降りようとして、そのまま地面に崩れ落ちた。
 資盛の体を引き起こした長茂は、兜の緒をほどき、桶にくまれた水を思い切り顔にかけた。
「資盛、もう大丈夫じゃ。気をしっかり持て」
 はっと我に返った資盛は、戦場でとった一連の不覚が呼び起され、地面にこぶしを打ち付けて悔し涙を流した。
 板額は、両手で資盛の顔を挟み込んだ。
「最初は誰だってこんなものです。資盛、落ち着いて」
 微笑んだ板額の顔を見て、資盛は徐々に動悸がおさまってくるのを感じた。
「まだ戦えますか」
「戦います!」
 ここで億したら、武士として生きてゆけなくなる。心が折れる前に、もう一度戦場へ出なければならぬ!
 長茂と新津(にいつ)有資(ありすけ)に抱えられながら、資盛は立ち上がった。
 再び資盛の頭に兜をかぶせると、板額が緒を結んだ。
「わたくしが援護します。心配ない」
 陣地に戻った綱時が駆けて来た。それを見た資盛は、落ち着きを取り戻したように微笑んでみせた。
「すまなかった、綱時。もう大丈夫じゃ」
 熊彦が手際よく郎従に指示を出し、馬に水を与え、馬装を整え直し、出陣の準備を万端にしている。
 一足先に師光と新大夫が数十騎を引き連れて掻楯から飛び出した。
 そのまま全力疾走するかと思いきや、師光は手綱を引き、いったん馬を停止させた。
「やあやあ我こそは、越後の国が住人、豊田悪次郎師光なり!」
 すると、先に馳せた新大夫が馬首を返して向き直り、師光に向かって弓を引いた。
「え?」
 新大夫の放った矢が、師光の顔をかすめた。
 師光の背後に迫って来た敵騎を射倒したのである。
「馬鹿! 名乗っている場合か!」
 今度は、眉間に皺を寄せた師光が、新大夫へ向かって矢を放った。
「え?」
 新大夫の背後に迫って来た敵騎を射倒したのである。

 騎乗した資盛は、大きく深呼吸した。
 速歩(はやあし)で掻楯の隙間まで馬を進めると、「はッ」と声をかけて、すぐに駈歩(かけあし)へ移行させた。資盛を乗せた馬は跳躍しながら、全力疾走で飛び出した。
 板額も後に続いた。
 敵騎の中には馬ごと体当たりを試みる武者もいる。資盛の馬をめがけて猪突猛進してくる敵騎を、板額が背後から射倒して援護した。
 資盛は標的を定めて、素早く妻手側へ付いた。おば上が見守ってくれている、その安心感が、資盛を冷静にさせた。
 しっかりと敵騎を照準内に捉えると、素早く弓をひきしぼった。
(いける)
 矢が視界の中心を飛んだ。次の瞬間、敵騎の武将がのけぞって落馬した。
「やった!」
 資盛の顔に、ようやく笑顔が戻った。
「見事ぞ、資盛。さあ、陣地へ戻りましょう」
 声をかけて馬首を返したその時、板額の視界に、妻手側に付かれた味方の騎馬が飛び込んできた。
 けた外れの長弓を持つその武者は、浅利与一に違いなかった。
 再び馬首をめぐらせた板額の姿を見て、資盛が声を上げた。
「おば上、どうなされた」
「味方が危うい。援護に参る」
「馬の息つがせませ、戻られよ、おば上!」
 が、すでに板額は馬を走らせていた。
(頼む、あと少しがんばって)
 全力疾走させたばかりの馬に、もう一走りする体力が残っているかどうか。
 しかし板額を乗せた馬は、栗毛のたてがみをなびかせ尻尾を流し、濛々と砂塵を巻き上げて走った。
 与一の騎馬は、完全に妻手側を取られていた。馳射を逃れるように馬を蛇行させていたが、追跡する敵騎も蛇行して離れない。蹄が砂を蹴り、その距離はぐんぐんと狭まってゆく。
(間に合ってくれ)
 板額は馬をせかした。
 が、徐々に馬の頭が立てに揺れ始める。そろそろ限界か。
 しかし板額の思いが伝わっているのか、馬は力走し続けた。
 確実に敵騎との距離を詰めてゆく。
 蛇行している敵騎は、直線的に疾走する板額に追い付かれつつあった。
(つけた!)
 敵騎の武者が体をねじらせて振り返った。形勢逆転。
 板額は弓を引き絞った。敵騎を視界の真ん中に捉えている。その中心へ向かって矢が放たれた。
 一瞬で敵将が馬から転げ落ちた。馬は無人の鞍を乗せたまま走り去っていった。
「浅利殿、ご無事か」
 与一は馬を停止させて、振り返った。
 与一にとってこれは、戦場でとった初めての不覚だった。いったい、自分を救ってくれた武者は、何者なのか。
 与一は目を凝らした。
 女? なんと、女か! しかも、妙齢の、娘。
「浅利殿、おこがましいやも知れませぬが、馳組みにその弓は長過ぎにござります」
 与一は手綱を操りながら、あっけにとられていた。
 板額は馬首を返して、陣地に戻って行った。

 陣地に帰還する騎馬の数を、熊彦が数えている。
 三分の一ほどの武者が戻って来ない。
 しかし、確実に、敵騎の数も減っている。ようやく戦況がつかめてきた。わが方は敵を押し返しつつある。
 熊彦の報告を聞いた長茂は、陣地にいる将兵を見回した。兵も馬も、まだ気力を十分に残しているようだ。
「熊彦」
「はっ」
「一斉攻撃に出たいと思う。そなた、甲斐の陣地へ行き、その段取りをつけてまいれ」
 ひらりと鞍にまたがった熊彦は、甲斐源氏の本陣へ馬を馳せた。
 両陣営の意思を疎通させ、鏑矢(かぶらや)が頭上で音を立てるのを合図に、一斉攻撃に打って出る。
 長茂が声を上げた。
「小物の敵は無視せよ。われらが狙うは金剛別当秀綱のみ。あやつを打てば敵は崩れる。皆、わしについてまいれ!」
 青空へ向かって鏑矢が射られた。中空高く、笛のような音が響き渡った。
「続け!」
 長茂の一声と共に、城軍陣地から大挙して騎馬が打って出た。
 時を同じく、甲斐軍の陣地からも一斉に騎馬が突撃した。
 これまで陣地に控えていた郎従たちも、薙刀を振るって突進する。
 蹄が砂を蹴る音と、武者どもの掛け声が、阿津賀志山の大地を震わせた。
 長茂は雄叫びを上げて馬を馳せた。
 前方をふさぐ敵騎を蹴散らし、砂を蹴立てて全力疾走した。
 長茂を先頭に、板額、有資、資盛、綱時が続く。すでに敵勢深く攻め入っていた師光、新大夫の率いる騎兵が振り返り、弓を振り上げて歓声を上げた。
 長茂は前方をにらみつけて疾駆する。
 今こそ、横田河原の恥をそそいでみせる。城氏の名誉を取り戻す!
 遠方に、青毛の馬にまたがった金剛別当秀綱の姿を捉えた。
 しかし秀綱の周りには、護衛の騎馬が群れを成し、それが胸壁となっている。
 板額たちは騎上からさんざん矢を射かけた。
 たちまち護衛の一角が崩れた。金剛別当は、動揺して暴れ出した馬を必死に制御していた。
 長茂は(あぶみ)にかけた両足を踏ん張って身を乗り上げ、渾身の力で弓をひきしぼった。南無妙見菩薩、射損じたらば自害致す。金剛別当、一矢まいらせん!
 びゅんっと視界の中心へ、矢羽が勢いよく吸い込まれていった。
 秀綱の肩口に矢が突き立った。
 秀綱は馬首を返すと、後方へ引き退いた。これを見た奥州軍の将兵もわれ先にと踵を返した。
 防塁の溝に架けられた数本の簡易橋に兵馬が殺到し、押し出されてばらばらと落ちた。その橋も、秀綱が渡り終えると取り外された。

 城軍と甲斐軍が防塁の前面を制圧した。
 甲斐の棟梁、武田有義は、馬の鼻を味方の方へ引き向け、「勝どきを上げようぞ」と上機嫌に言った。
 しかし、浅利与一は首を振った。
「勝どきは城軍に譲りましょう」
「叔父上、何を申すか」
「わしは、あやうく命を落とすところじゃった。城軍の将に救われたのです」
 与一は、自分が持ち替えた短い弓を見やりながら、首を傾げて苦笑した。
「叔父上が? まさか」
「生涯、ただ一度の不覚じゃ。殿、どうか勝どきは長茂殿にお譲りくだされ」
 武田有資は馬を動かし、長茂に向かって声をかけた。
「長茂殿、われらは勝った。勝どきを、お頼み申す!」
「そのような名誉を、受けて良いのでござるか」
「受けてよい。わしがゆるそう!」
 有義は大どかに笑った。

 すでに西日が傾いていた。
 長茂は振り返り、馬上の将兵を見回した。
 ついに、わしは勝ったのだ。父上、母上、兄上、ご照覧あれ。そう心の中で叫ぶと、熱い涙が流れた。
 板額と、有資が、馬をそばに寄せて微笑んだ。長茂は二人に向かってうなずくと、ゆっくりと太刀を抜き、切っ先を天にかざした。
「えい、えい、おー!」
 えい、えい、おー!
 城軍、甲斐軍の勝どきが、割れんばかりに響き渡った。

 その音声は、藤田宿本営の頼朝の耳にも届いた。
「相変わらず、甲斐源氏はしぶといのう。それにしても長茂のこわっぱ、やるではないか」
 梶原はうなづいてみせた。
「越後城氏の棟梁ですぞ。あれが本来の力です。頼もしいではありませぬか。二位殿、長茂を御家人に推挙してもかまいませぬか」
「好きにせよ」
 頼朝は、まんざらでもなさそうに答えた。

 日没を待って、畠山重忠の率いる工兵が、一晩かけて溝の一部を埋め立てた。これにより、全長三キロに渡る防御陣地の一角が無実化された。その一方で、頼朝配下の小山朝光の軍勢が、側方の鳥取越えから山中を迂回し、奥州軍本営の後陣に迫っていた。
 これにより、挟み撃ちにされた奥州軍は大混乱に陥り、金剛別当秀綱、その子息下須坊秀方らが揃って討死。大将西木戸太郎国衡も敗走の途中、深田に馬脚を取られて身動きがとれなくなっていたところを討ち取られた。
 奥州藤原氏棟梁泰衡は、敗色を悟るや、拠点の平泉を捨てて羽州まで逃亡したが、家臣の河田次郎に裏切られて殺された。こうして、奥の一七万騎と恐れられた奥州軍は、あっけなく壊滅した。
 この戦の手柄は、畠山重忠や、小山朝光など、坂東武者のものとされた。しかし、捨て石とされながらも、初戦の突破口を開いた長茂と城軍の評価も決して低くなかった。
 長茂は御家人に取り立てられ、晴れて頼朝に臣従した。そして、二位殿の寵臣、梶原景時の側近となる。

 かくして奥州合戦は終結した。
 しかし鎌倉軍は、早々に兵を引かず、しばらくかの地にとどまった。
 奥州という土地は、源氏にとって縁の深い土地なのである。かつて前九年の役、後三年の役で戦った源頼義や義家は、頼朝の先祖である。
 頼朝は平泉の僧侶を集めて盛大な法要を営み、同時に戦死者の供養をした。
 梶原景時や長茂は、さっそく戦後処理に追われたが、大抵の諸将は戦勝気分に浸れるだけの余暇を得て、しばし行軍の疲れを癒した。
 
 板額は、鏡をのぞいてため息をついた。
 兜の緒が擦れて、頬から顎にかけて肌が赤く腫れあがっている。色が白いだけに、目立った。
「綱時のせいじゃ。無理に兜をかぶせるから」今にも泣き出しそうな顔をしてみせた板額は、冗談めかして言った。
 それを聞いた新大夫が、得意満面に言い放った。
「やっぱり、僧兵の頭巾が一番じゃな。兜なんぞ、重たくてかなわぬわい」
「いいや、兜は武士の象徴ぞ」
 師光がきっぱり否定した。
 板額は鏡をしげしげと眺めながら、
(頭巾がいいかも)と思った。

第十六章 みちのくの光の中で

 その男には、敗者の悲壮感が微塵もなかった。
 藤原本吉四郎高衡。藤原秀衡の四男である。
 奥州軍の敗色が濃くなると、高衡は従者と荷駄を引き連れて、鎌倉軍の本営に現れた。
 荷駄に積まれていたものは、山なす砂金と延金だった。これを惜しみなく頼朝の御前に献上すると、自らの額を軽く叩いて、おどけたように笑ってみせた。
「鎌倉殿、わしは敗北を認めます。泰衡や国衡のごとき愚兄では、あなた様に勝てるはずもなかった。奥州は金の産地なれば、降伏のしるしとして、いくらか持参した次第です」
 さすがの頼朝も、これほど大量の金を眼前に見るのは初めてだった。
 高衡の名は、頼朝も、梶原景時も、以前から知っている。
 頼朝の御厩にいる秘蔵の名馬の何頭かは、「陸奥国三戸立の馬」であり、征討以前に藤原氏から贈られたものなのである。贈り主は「秀衡が子の元能冠者」、すなわち本吉四郎高衡だったのだ。
 高衡はまだ二十代の若さだったが、卓越した才覚の持ち主であり、父の片腕として、金山や港湾の経営から外交に至るまで、国の中枢的役割を任されていた。奥州の基本政策であった中立外交を推進するため、黄金を献上して朝廷との関係強化をはかり、源氏には上馬を進上して友好関係を構築しようと努めてきたのである。梶原は早くから、高衡の政治的手腕に注目していた。
「これより後は、この高衡、鎌倉殿に忠誠を誓いまする」
 奥州の覇者であった一族の誇りを、どこへ捨てて来たものやら、高衡は仰々しく平伏した。
 高衡の頭を見下ろした頼朝は、満足そうに笑みを浮かべたが、梶原は内心、食えぬ奴じゃと思った。
 頼朝が退出すると、高衡はとたんに気安い口調になった。
「梶原殿、奥州の戦後処理はどうなされる。みちのくの民は反抗心が強いですぞ。田領を治めるのとは違って、金山の鉱夫だの、漁民だの、一筋縄ではいかぬ連中が、まことこの地には多い。手を焼くようであったら、わしに声をかけてくだされ。お力になり申す」
 梶原はそれを聞いて、くだけた様子で笑った。
「高衡殿、おぬしのねらいはわかっておる。おぬしは、鎌倉幕府が奥州を統治できぬと見込んでおるのじゃろう。実際、その通りじゃ。神代の時代から中央に服属しなかった民が、たやすくわれらに従うわけもない。そなたの助力が必要であると率直に認めよう」
「ならば、わしのことを、奥州藤原氏の正当な後継者と認めてほしい。今度の戦は、鎌倉殿の個人的な宿意に過ぎなかった。そんなもののために、このまま一族を滅ぼすわけにはいかぬ」
「わかった。配慮しよう」
「棟梁泰衡は小心者に過ぎず、国衡は短慮であった。しかるにこれからは、この高衡が奥州を取りまとめてゆく。それがひいては国の安寧へと繫がるでろう」
 たいした自信だった。しかし、その通りに違いないと梶原は思っている。
 話に区切りがついたところで、梶原は、別室に控えていた長茂(ながもち)を呼び寄せた。
「高衡殿、これなるは越後城氏が棟梁、長茂殿じゃ。そなたも耳にしておろう」
「よく存じておる。奥州と越後は、因縁の宿敵なれば」
 穏やかならぬ物言いを受けて、長茂は高衡をにらみつけた。
「かつてわしは、そなたの兄、西木戸太郎国衡に殺されかけたものじゃ。あやつをこの手で討てなかったのが残念じゃ」
 高衡は、肩をひそめて、薄ら笑いを浮かべた。
「国衡など、一介の武弁に過ぎぬ。すでに屍をさらした男なれば、わしとは何の関係もない」
 涼しい顔をしている高衡を見て、長茂は不思議の感に打たれた。
「そなたは、身内の死が悲しくないのか」
「悲しいなどと言っておられる時代か。負けたから死んだのだ。頭が悪いから負けたのだ」
 高衡は、そう言い切って、はばからなかった。

 鎌倉軍は、方々の寺社仏閣に止宿して、戦の疲れを癒している。
 治承四年(一一八0年)の以仁王の挙兵から始まり、九年の歳月を経て、ようやく源氏が全国を席巻したのである。諸将は一時の安堵感にひたっていた。あと数日もすれば鎌倉へ凱旋し、新しい国作りを始めねばならぬ。それまでの小休止と心得て、誰もがのんびりと余暇を過ごしている。
「巴御前が来ているそうだ」
 そんなうわさが陣中に流れた。
 宇治川の合戦で木曽義仲の軍勢が壊滅したとき、最後に残った五騎の中に巴はいた。しかし、義仲に説得されて戦線を離脱した後、鎌倉軍の捕虜となる。身柄は和田義盛がもらい受けた。
 和田は巴を寵愛し、片時もそばから離さず、今度の合戦にも巴を同伴してきたのだ。
 そんなうわさを耳にした板額(はんがく)は、居ても立っても居られなくなった。かつて刃を交わした敵将であるという以上に、巴は憧れの人でもあった。唯一の、お手本とすべき同性の武将だったから。
 和田軍の止宿する古寺へ、板額は出向いた。しかし和田の番兵は、巴御前の強い意向である旨を述べて、面会を拒んだ。
「わたくしの名は、越後の板額。そう申してくだされ」
 いったん奥へ下がった番兵が、侍女を連れて再び門前に現れると、今度は丁重に「お通し致します」と言った。
 寺の中は静まり返り、板敷のきしむ音が響いた。
 侍女が遣戸を開けると、戦地には似つかわしくない、女らしい香の匂いがする。
 板額の目にまず飛び込んで来たのは、巴を包み込む、あでやかな衣(はかま)だった。重ねの色目も美しく、まるで宮中の女官のようである。しかし、そのなつかしい面立ちは、確かに戦場(いくさば)で相まみえた巴に違いなかった。
「巴さま!」板額は少し興奮ぎみに声を上げた。
「よくぞ参られた」巴もまた、高揚する感情を抑えようとはしなかった。

 対座した二人は、しばし互いの顔を見やった。
「城家はあれから、ずいぶんと勢力を盛り返したようじゃな」
「はい、おかげさまで。巴さまがわれらにとどめを刺さず、見逃してくれたおかげです」
「いえいえ、とどめなど、刺したくても刺せなかったのですよ」
「なぜですか」
「そなたが血気盛んだったからじゃ」
 巴はからかうようにそう言うと、袖を口元にあてて笑った。
 板額は内心、巴がひどくやつれたことに驚いていた。木曽義仲の愛妾であった巴が、有無も言わさず和田義盛に嫁がされたことは、板額も人伝いに知っている。その悔しさと悲しみの深さはいかばかりか。それが気がかりでならなかった。
「巴さま、お元気でしたか」
 巴は、板額の懸念を察して苦笑した。
「板額よ。わたくしの姿を、よく目に焼き付けておくがよい。これが負けるということじゃ。女武将の敗北とは、これじゃ」
 今を時めく和田義盛の妻である。しかし巴は、勝者の戦利品に過ぎないのだった。たとえ和田が巴のことを溺愛していたにせよ、巴の方から捧げる情愛などそこにはなく、死別した夫の面影を追いながら、夜ごと慰み者とされているに過ぎないのだった。
「板額、決して負けてはならぬぞ。武者であり続けるかぎり、一度たりとも負けてはならぬ」
 巴の眼差しの奥に、自らが身をもって味わった、女としての屈辱が湛えられていた。
 板額はうつむき、そして顔を上げた。
「巴さまとお会いすることができたら、どうしてもお聞きしたいことがあったのです」
 巴は首を傾げた。
「あなたは、なにゆえに戦ったのでしょうか。なにがあなたを戦場へかりたてたのですか」
 巴は、少し驚いたように板額の目を見つめ返した。
「巴さま、わたくしたち女子は、男たちのように、名誉も土地も求めてはおりませぬ。それでも戦う理由は、なんなのでしょう」
 巴はしばらくうつむいた。そして、口元に笑みを含んだ。
「わたくしと義仲殿は兄妹同然の仲でした。物心ついたときから共に育ち、早くに契りも交わした。なれどわたくしは素腹で、義仲殿のお子を産めなかった。跡取りをもうけることができず、正室とはなれなかったわたくしが、いつも義仲殿のおそばに侍るためには、一人の武将となって戦場へお供する他なかったのです。幸い、わたくしは、幼い時分から武芸をたしなんできましたから」
 それを聞いて板額は、率直に驚いた。好いた男と一緒にいたかった。理由はそれだけだったのだ。
「板額、そなたが戦う理由はなんなのです」
「家を、守るためでしょうか」
「家族が大切なのじゃな」巴は軽くうなずいてみせた。
「お互い、大切なもののために戦った。女が戦場に出る動機など、それぐらいのものやもしれぬな」

 巴の侍女が、椿の葉で包んだ餅を運んできた。生地に甘葛を混ぜたものだと巴が説明してくれた。口に含むと、ほどよく甘かった。
「美味しい」
「たくさん食べてゆくがよい」
 明障子に透ける日差しが暖かく、のどかな午後である。巴は湯飲みに桜の花の塩漬けを落とすと、白湯を注いで板額に差し出した。
「巴さま、あなた様はもう、戦場には出られぬのですか」
「出ないでしょうね。木曽の故郷も奪われ、義仲殿も亡くなりましたから」
 巴はぼんやりと障子の方を見つめた。
「いまの巴さまも、とてもお綺麗です」
 巴は目を丸くして板額の方へ向き直った。
「戦場の巴さまは、神々しくて、凛々しかった。でも、衣袴姿の巴さまも、艶やかで、とっても綺麗です」
 顔を赤らめて、巴が笑った。
 帰り際、門前まで板額を見送りに出た巴は、ふいに板額の顔をのぞき込んだ。
「板額、そなたには、好いた殿方は居らぬのですか?」
 今度は板額が顔を赤くした。
「居りませぬ。殿方など、縁もありませぬ」
「恋をしなされ。また一つ、世界が広がりますよ」
 巴はそう言うと、いたずらっぽく笑ってみせた。板額は慌てたように袖で顔を覆ってしまった。

 東北地方は東山道の奥にある。そこから、道の奥、「みちのく」と呼ばれるようになった。京師から見れば東の果ての未開地かもしれなかったが、奥州藤原氏が百年に渡って栄華を極めた結果、畿内にも見劣らない仏教文化が花開いている。平泉には金箔のまばゆい中尊寺金色堂があり、浄土庭園を誇る毛越寺があり、八十以上ものお堂や塔が建てられていた。
 甲斐の武田軍は大所帯だったので、いくつかの寺に分宿している。寺の縁側で、浅利与一が片膝を立てて、ぼんやりしていた。
「浅利殿、お呼びにござりまするか」
「おお、蔵人、すまぬな、呼び立てて」
 与一の傍らに立った青年は、金津(かなつ)蔵人資直。金津資義(すけよし)の嫡男である。
「そなたの父は、城氏に仕えておったと聞いておる」
「はい。仕えておりました。なれど父はそのことを語りたがらず、われらにも口外するなと厳しく申し付けております」
 横田河原の合戦の後、資義は隠居し、まだ元服したばかりの資直に家督を譲っていた。
「板額、という女子のことじゃが、そなたあの娘を知っておるか」
「もちろんにござります。わしは幼き頃、あのお方のそばで育ちましたから」
「どのような女子なのじゃ」
「弓の手練れにござりました。物心ついたときから厳しく武芸を仕込まれておったようです。うわさによれば、国府軍一千騎の襲来を、ただの一人で押し返したとか」
「まことか、それは」
「あくまでも、うわさに過ぎませぬ。とうの昔に国府軍も解散しておりますし、木曽軍も壊滅しましたから、記録なども残っておらぬでしょう」
 資直が知っていることといったらそれだけだった。
 与一は資直を下がらせた後も、独り縁側にたたずみ、青い空を見上げながら、かつて見た戦場の情景を思い出していた。
 壇ノ浦ー。
 滅びゆく平氏の女御たちは、船端に立ち、涙で袖を濡らしつつ、次々と水しぶきを立てて海に飛び込んでいった。御歳六歳の安徳帝も、清盛の内室にかき抱かれて御座船から入水した。か弱い彼女たちに、それ以外の何ができただろう。だが、武家の女の中には、巴御前や板額のように、武器を手にして戦う者もいる。考えてもみれば、なんという勇気であろうか。
 与一が天下にその名をはせたのも壇ノ浦だった。遠矢の腕を誇る和田義盛が、十三束三伏の矢を敵に放ち、その矢を射返してみよと挑発したのがきっかけである。通常の矢の長さは十二束三伏。一束は握りこぶし一個分、一伏は指一本を伏せた幅。平氏の武将仁井紀四郎親清が、和田の矢を拾って射返してきた。その矢は和田の飛距離を軽々と超えた。続けて十四束三伏もある矢を三町(三二七メートル)も先へ射渡し、「われの矢を射返してみよ」と、今度は源氏を挑発する。総大将の九郎義経が「この矢を射返せる者はおらぬか」と問えば、走る鹿も射損じたことがないと謳われた、通称走鹿与一こと浅利与一の名が推挙された。与一は親清の矢を爪より、「この矢は矢柄が弱く、矢束も少し短い」と断じて、九尺(二・七メートル)の自前の弓に、十五束(一・五メートル)の矢をつがえて空高く放った。その矢は四町先の船上にいた親清を一矢で射止めた。両軍、その驚異的な飛距離と狙いの正確さに度肝を抜かれ、味方の陣地に喝采が上がった。
 この一件で浅利与一の名は全国に知れ渡り、天下一の弓の手練れ、日の本一の遠矢の名手と称えられたのである。
(わしは少々、おごっておったようじゃ)
 与一は九尺の弓を手に取ると、じっと弓幹を眺めた。

 天下落居。頼朝は、そう判断した。
 藤原高衡を幕僚に加えたことで、奥州征伐の戦後処理はつつがなく進んだ。もはや天下の形勢は、頼朝を頂点とする武家社会と成りつつある。あからさまに武家の台頭を嫌った朝廷でさえも、しぶしぶ従属しつつあった。
 奥州の地に結集した全国の武士団は、本領を安堵され、それぞれの地所へ帰って行く。
 板額たちも荷物をまとめ、ついに城家の領地として返還された奥山荘(おくやまのしょう)へ帰還するべく、馬上の人となった。
 城軍は、新渡戸駅で二手に別れる。長茂の一行は頼朝に随伴して鎌倉へ。資盛と板額の一行は越後へ。皆が晴れ晴れとした気持ちで、それぞれの帰路へ着こうとしている。
 諸将は鎧を櫃へ納め、身軽な直垂(ひたたれ)姿で馬にまたがった。
 空はよく晴れており、みちのくの風が心地良い。
 
「おーい、おおーい、待たれよ」
 城軍を追うように、一人の武者が馬を駆り立ててきた。
「あれは」
 長茂は目を凝らした。「甲斐の、浅利与一どのではないか」
 与一は手綱を引き、長茂のそばへ馬を寄せた。
「ご無礼致す。どうしても板額どのに、渡したいものがあって参った」
 それを聞いた板額は驚いた。
「板額どの」
 与一は首の鼻を引き向けて、板額と向き合った。日に焼けた顔に、顎の無精髭が目立っている。板額とは親と子ほども齢の離れた男だが、その面立ちは少年のように明朗で、さわやかな野の匂いを漂わせていた。
「これをもらってくだされ」
 突き出された与一の手に、長弓が握られていた。
「わしはそなたに、命を救われた。
 思うに、わしは、過去の栄光に酔いしれておったようじゃ。
 板額どの、そなたの申した通り、あれほどの接近戦に長弓は不利であった。しかしわしは、長弓の名手と称えられ、すっかり弓箭の達者を気どっておったようじゃ。その報いが、あの失態よ。恥ずかしく思うておる。
 わしの命を救ってくれたそなたに、この弓をもらっていただきたい。
 この弓は、わしが壇ノ浦で使ったもの。五人張りじゃ。そなたには少々長すぎるやもしれぬが、もらってくださらぬか」
 板額は当惑して首を振った。
「浅利殿。その弓は、浅利家にとって重代の兵具となりましょう。そのような大切なものを、わたくしごとき者が、もったいなくていただけませぬ」
「いや、ぜひともそなたにもらっていただきたい」
「その弓は、浅利殿の魂にござりましょう」
「そうじゃ。それゆえに、そなたに差し上げたい」
 二人のやり取りを眺めていた長茂は、与一に加勢した。
「板額よ、ありがたくいただくと良い。これほどの名誉はなかなかないぞ」
 長茂の言葉に促された板額は、恐縮しきった様子で与一の弓を受け取った。指で弦の張りを確かめてみると、びくともしない。
「このような強い張りの弓、いったいどのように引いたらよいのでござりましょう」
 困惑しきった様子で板額がたずねると、与一は目を細めて微笑んだ。
「弓幹は蒼穹、弦は大地、射手たるわれは天の御柱。そんな悠々とした心待ちで引けばよいのでござるよ」
 与一は手綱を操りながら、長茂を顧みた。
「それでは長茂殿、わしは失敬致す。共に戦えて嬉しゅうござりましたぞ」
「わしもじゃ、与一殿。甲斐源氏と共に先陣を争えたこと、何にも代えがたい栄誉であった。有義殿にも、よろしくお伝えくだされ!」
 与一はにっこり微笑み、馬首を返した。
「与一殿!」
 与一の背に向かって、板額が声をかけた。
「ありがとうございます」
 与一は軽くうなずいてみせると、「この先も、武神の加護のあらんことを」
 (あぶみ)を蹴って馬を駆った。
 板額は弓を握りしめたまま、遠ざかる与一の背中を見つめていた。
  
 城軍の一行が再び歩み始めると、馬上の師光(もろみつ)が、深々とため息をついた。
「浅利与一。かっこいいなあ」
「おまえもそう思ったか」新大夫も興奮していた。
 だが綱時だけは、ふふんと含み笑いをした。
「板額さまの顔、ちょっと女になってなかったか」
「まことか!」新大夫は上ずった声を出すと、不服そうに首を傾げた。「あんな年上の男に恋とかするか?」
「恋さ年齢は関係ねぁだべ。板額さまも、そろそろ恋してもえ年頃だしな」
「ならばわしらも」とつぶやいて、師光が皆の顔を見回した。「そろそろ嫁でももらってよい頃じゃろう」
「いらぬ、いらぬ」新大夫が強くかぶりを振った。
「わしらは姉上にお仕えする身じゃ。嫁などいらぬ」
「ていうか、お前はそもそも坊主じゃろ。嫁などもらわぬのが道理なのじゃ、初めっから」
 四人はくつわを並べて馬を歩ませながら、互いの顔を見やってげらげら笑った。
 
 馬を寄せて来きた資盛が、板額の顔をのぞき込んだ。
「おば上、大変な名誉ですね。あのお方、壇ノ浦の戦いの英雄なのでしょう? 五人張りの弓だなんて、化け物じゃ」
 五人張りとは、大人の男が五人がかりで弦を張った弓のことである。
「おば上、その弓、引いてみせてくだされ」
「とてもとても、いまのわたくしでは、この弓は引けぬ」
「そう言わずに、一度だけ」
 板額の返答を持たずに、資盛は郎従に声をかけた。
鏑矢(かぶらや)を一本もて」
 むりやり資盛から差し出された矢を、板額は手に取った。
 弓幹の握り皮に、くっきりと与一の手の跡が染みついていた。弓把から下は短寸であり、長弓とはいえ板額の背丈でも扱えそうだった。
 握り節についた与一の手形に、板額は掌を重ねた。
 矢をつがえ、弓弦(ゆづる)を引き絞る。まだ引き切らないうちに、板額の手がぶるぶると震えた。これまで経験したこともない強い張りだ。
 矢じりをゆっくりと空へ向ける。板額の手を離れた矢は、一瞬で空の彼方へ消えた。大きな矢うなりが響き渡った。
 城軍の誰もが、その音を聞いて空を見上げた。のどかな雲の流れる青空に、鏑矢の音が吸い込まれていった。
 矢の軌跡に目を凝らしていた板額は、ふうっと深いため息をつき、やがて口元に笑みを浮かべた。

第十七章 奥山荘の陽だまり

 長茂(ながもち)が鎌倉幕府の御家人となったことで、ようやく板額(はんがく)たちは鳥坂城(とっさかじょう)を出て、白鳥山の麓に居館を構えることができた。戦火で焼失した館を再建し、小規模ながらも奧山荘の一角に地頭の地位を得たのである。資国(すけくに)資永(すけなが)の時代に比べれば、館の規模も小さく、支配地域も大幅に縮小したとはいえ、かつて平氏の一翼として源氏と真っ向から対決した一族が、こうして命脈を保ったことは、稀有な例といえる。

 新しい城館の馬場に、的場が作られた。その的を見つめる板額の眼差しは涼やかで、厳しくもあった。
 板額の左手に握られているのは、浅利与一から贈られた弓である。
〈四人にておしたわめ、一人弦をかくる〉五人張りの強弓。これまで板額が愛用していた滋藤の弓でさえも三人張りだった。五人張りともなると引き重量は百キログラムにもなる。もしこれを使いこなす条件が腕力だけだったら、与一は板額にこの弓を贈らなかっただろう。ある域に達すれば女でも引けると確信していたからこそ譲ったにちがいないのだ。
 板額自身も確信している。物心ついたときから弓を引き、実戦の経験も積んできた。もし腕力だけに頼っていたら、一分間に十本以上の発射速度で矢を射ることなど到底不可能なはずだった。しかし板額は、それをやってきたのである。
 呼吸を整えて、心を静める。よろずの思いを忘れ、体の力みを解く。すると、腹筋の収縮とはちがった種類の力が臍の下に籠る。この状態で弓を引くと、ほとんど腕に力を入れずとも引き成の形になる。
 五人張りの弓を毎日引いているうちに、徐々にその感覚に近づいてきた。つがえた矢が、あたかも機が熟したように指先から抜けた。弦が澄んだ音をたてて、弓が裏返る。
 矢は一瞬にして的を砕いてしまった。
 五人張りの弓を引くことに確かな手ごたえを感じた板額は、射技の深奥に触れた気がした。これほどの強弓であっても、力で引くものではないのだ。この感覚を一言い表すとしたら「心で引く」といった感じだろうか。武器のあつかいでさえも、その奥義を極めようとすれば、心の領域にまで踏み込まなければならない。板額はそれを実感して嬉しかった。人を殺める道具にすぎないと思い始めていた弓と矢に、まだ探究すべき続きがあったのだ。
 騒乱の時代が終わり、もはや弓を引く事態もしばらくは起こるまいと天下の誰もが思っていたこの時期に、板額は再び射技に打ち込んだ。そして、五人張りの弓を手にするたびに、贈り主である浅利与一のことを思い出すのは、自然の成り行きかもしれなかった。
 
 板塀の隙間から、誰かが館の敷地をのぞき込んでいる。つぶらな瞳がくりくりと動いた。
 網きぬを羽織り、藤蔓で編んだ荷袋を背負った少女が城館の矢倉門の前で立ち止まり、番兵に恐る恐る近づいて来た。
「あの、おい、こぢらでお世話になってら熊彦の妹だ。兄っちゃか板額さまは居られるべが」
 薙刀を小脇に挟んだ若い番兵は
「え、熊彦様の妹子であらせられますか」と驚いた様子で
「どうぞどうぞ、中へお入りください。すぐにお呼びしてまいります」と駆けて行った。
「熊彦様だなんて。兄っちゃ、すごいな」とつぶやきながら、穂多は荷袋を下ろすと、厩の縁に腰を掛けた。
 ほどなくして、主屋から飛び出て来たのは板額だった。
「穂多ッ」
「姉っちゃあ」
 穂多は駆け出して、板額の胸の中へ飛び込んだ。
「よく来たね。一人で来たのかえ」
 穂多は目をうるませて、こくんとうなずいた。板額は穂多の顔を両手で挟んで、自分も目をうるませた。
 その様子を、後から出て来た熊彦が、あっけにとられたように眺めていた。
「穂多、なんでこごへ来だ!」
 叱るような勢いで、熊彦が声を上げた。
 板額の腕の中で、穂多はすくみあがった。
「家はどうしたのだ。父っちゃはどうしたのだ」
「父っちゃが、こごへ行ってえっつったがら、んだんておい、こごへ来だの」
「どんたごどだ。ちゃんと説明してみろ!」
 熊彦の責めるような口調に動揺した穂多は、わっと泣き出した。
「城様にお願いして、雑仕女にしてもらえって。里で暮らせば米食えるし、もっとえ生活がでぎるがらって。里で男みづげで嫁にしてもらって、それで幸せになれって父っちゃが言ったの」
 しゃくりあげながらそう言うと、穂多は板額の胸に顔を埋めて泣いた。
「おめがこごへ行ぎだいど、だだこねだのだべ。そうでなげれば、父っちゃはそんたごど言わねぁ」
 穂多は顔を伏せたまま否定しなかった。図星なのかもしれない。
「おい、姉っちゃに会いだがったの。姉っちゃが行ってしまってがら、ずっとさびしかったの」水洟をすすりながら言った。
「ともかく中へ入りましょう熊彦、そんなに怖い顔しないで」

 穂多を湯屋へ連れて行った。板額は(はかま)の裾をたくし上げると、穂多の着物の帯をほどいた。
「お湯さ入るなんて、初めでだ」
「気持ち良いですよ。疲れもとれるしね」
「こうしてらど、滝壺で泳いだごど、思い出すね」
 肩まで湯につかった穂多の頬と耳が、桃のように紅潮した。
 資盛がまだ小太郎だった頃に着ていた水干と袴を、穂多に着せてみた。山育ちの穂多に、いきなり女人の着物を着せたら窮屈だろうと思ったのである。穂多は麻布の肌触りがひどく気に入ったようだった。
 髪に櫛を入れ、唇に少しだけ紅もさしてみた。穂多に鏡を見せると、自分でもびっくりしたように、しばらく鏡の中に見入り、板額の顔を見上げて照れ臭そうに笑った。穂多の見違えるような可愛らしさを、板額は誇らしく思った。
 
 日も暮れる頃、領内の田畑を検分してきた資盛たちが、くつわを並べて城館へ戻って来た。
 馬から降りた綱時は、主屋に顔を向けて、目を丸くした。
「穂多ではないか」
 板額と熊彦に挟まれるように立っている穂多が、ぺこりと頭を下げた。
「若、この子が穂多です。熊彦の妹の」
「ああ」と資盛はうなずいた。穂多のことは、板額や綱時からよく聞かされていたのである。が、ぼさぼさ頭の野生児のような姿を想像していたので、さらさらしたかむろ頭と大きな目をした穂多の容姿が意外だった。しかるべき家柄の娘にも見劣らないほど、美しい女の子だったから。
「ほら、穂多。当家の若様だ。ご挨拶申し上げよ」熊彦が恐縮したように、小声で言った。
「あ、おい、穂多ど申します。」
 資盛も照れ臭そうに、軽く頭を下げた。
 穂多の方も、うわさに聞いていた資盛のことを、もっといかつい少年だと想像していた。それなのに、女性と見まがうほどに美しい。考えてみれば、姉っちゃの甥なのだから、美しくて当然なんだ。穂多はそう思いながら、資盛の顔をちらりと見て、目を伏せた。

 夕餉の席で、穂多は板額の横に座った。
 お椀に盛られた白米を見た穂多は、宝物でも見つけたような表情になった。
「白米なんて、初めで見だ」
「いつもは玄米ですけれど、今夜は穂多のために支度させました」
 武家とても、普段は精米した米はめったに食べない。玄米を蒸した「強飯」を主食にしているのである。
 食にうるさい師光(もろみつ)は、白米を初めて見たという穂多のことばに驚きを隠せなかった。
「穂多よ、山の人たちは、普段はどんなものを食べておるのじゃ?」
「どんぐりどが、栃の実どご食ってら。とぎどぎ、粟どが、稗どが」
「山では穀物どご得るのが難しいんだ」と熊彦が苦笑した。「そのがわり、魚や肉は手さ入るがら、それら鍋で煮で食うんだ。むしろ、そっちの方主食なんだよ」
 板額は箸を手に取ると、穂多に顔を寄せた。
「さ、穂多、冷めないうちにお食べ」
 膳には、干し鰯、昆布とごぼうの煮物、大根汁、そして、この時代の武士が発明した梅干しも添えられている。
 穂多は、梅干しの味を知らず、一粒をまるごと口に入れて顔をしかめた。「これ、しょっぺえね」
「穂多、梅干しはちびちび食べるもんだ」と熊彦が教えた。
 ついでにいえば、二つに割れた箸が普及したもこの時代からであり、それ以前の日本人は、一本の細い竹を折り曲げた「竹折箸」を使っていた。板額たちは二本棒の箸を使うことに慣れていたが、穂多は竹折箸さえ使ったことがなかったから、米をうまくつかめない。箸を口に運ぶたびに、ぽろぽろと米粒を落とした。板額は穂多が着衣に落とした米粒をつまんで口に入れた。
「匙を持ってきましょうか」と板額がたずねると
「んでねぁ。こごで暮らしていぐがらには、この二本の棒さ慣れます」
 穂多は慣れない手つきで箸を持ち続けた。

 穂多と資盛が就寝した後も、板額たちは広間に残った。
「皆様、ほんとうに申し訳ねぁ」熊彦が深く頭を下げた。
 ぐいっと盃を傾けた新大夫が、とがめるように言った。
「じゃから熊彦、何度も申しておるじゃろう。そんなにへりくだってくれるな。そなたは当家の奉行ぞ。もっと偉そうに振る舞ってくれい。綱時と師光、そしておぬし、かく申すわしも含めて、われらは板額御前の四天王なのじゃからな」
「四天王とな。たのもしい」板額も盃を手にして笑った。
「妹のごどなのんだども、突然やって来で、身分もわぎまえずにこごで暮らすなどで言ってらが、早々さ郷さ帰らせますから、ご無礼どごおゆるしください」
「おいおい」と師光がまったをかけた。「たった一人でここまで参ったのじゃろう。帰すなんぞ可哀想じゃ。なあ綱時も、おぬしもそう思うじゃろう」
 しかし綱時は、眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
 板額も同じである。山人の暮らしを実際に見てきただけに、あの郷で生まれ育った女の子を、果たして武家に迎え入れていいものなのか。明らかに熊彦はそれに否定的だし、その気持ちはよくわかる。武家とは、世間のしがらみそのものなのだから。憎しみや利害のぶつかり合うところなのである。山郷の平和はここにはない。
「なあ、熊彦」綱時は、つむっていた目を開いた。
「この件は、板額さまにお任せしたらどうじゃ。主の意に従うということで」
 それならば異論なしと言わんばかりに、熊彦はうなずいた。「すべでお任せします」
 板額はその役目を引き受けたものの、深いため息をついた。

 翌日、板額は穂多を連れて鳥坂城へ登った。
 越後平野を見渡せる曲輪(くるわ)には、いくつもの墓石が並んでいる。一基の墓の前に板額が屈み込むと、穂多も傍らに屈んだ。
「これは、わたくしの兄の墓です」
「姉っちゃの兄っちゃなら、きっと素敵なふとだったんだべね」
「それはもう。優しくて、見目麗しい兄でした。戦に向かう途中、突然馬から落ちて亡くなってしまったの。始めは卒中といわれておりましたが、ほんとうの死因は毒殺だったようです」
「それから」と言って、板額は傍らの墓石に目を向けた。
「これはわたくしの母上のお墓。戦の傷がもとで亡くなりました。その横のお墓は資盛の母上のお墓。籠城中に餓死されました。ここにあるたくさんのお墓は、戦死したり餓死した者たちのものです」
 穂多は黙って一帯の墓石を見つめた。
「穂多、これが武家というものです。これがわたくしの生きて来た世界。こんなところで暮らしたいと思いますか」
 穂多は思いつめたようにうつむいてしまったが、やがて向き直り、板額の顔をのぞき込んだ。
「おいは、姉っちゃのそばに居だい」
「もしまた、われらが戦に巻き込まれたら、わたくしは穂多に自害せよと命ずることもあるやもしれませぬ。それでもよいのですか」
「えよ」
「穂多、ほんとうにわかってる?」
「姉っちゃ、おいのこど、子供あづがいし過ぎだ。山郷の暮らしにだって、危険なごどはじっぱりあった。雪崩だって地すべりだってあった。熊さ襲われそうになったごどもある。おいだって命がげで生ぎでぎだよ。どこの世界だって、命がげだよ」
 板額は、目の覚めるような思いがした。穂多の言う通りだ。ほんとうにその通りだと板額は思った。
「なら、後悔しないね」
「しねぁ」
 板額は穂多の髪を指櫛で撫で付けると、ひしと体をかき抱いた。

 夕餉の席で板額は、皆に、穂多を家族に迎えると伝えた。熊彦は手をついて、深く頭を下げた。
「酒を持て」綱時が(くりや)に声をかけた。
 穂多は小鉢の長芋を取ろうと懸命に箸を使っていた。
 ほどよく酔いのまわった新大夫が立ち上がり、坐の真ん中へ進み出ると、片手を縦ざまに振って扇子を開き、気持ち良さそうに今様を歌い出した。
 
 遊びをせんとや生まれけむ
 戯れせんとや生まれけむ

 適当な振りで踊る姿を見て、皆が大笑いした。
 新大夫は穂多の前に立った。
「わしは孤児じゃったが、慧日寺(えにちじ)での暮らしは楽しかった。にぎやかなのは良いものじゃ。穂多よ、今日からわしらがそなたの家族じゃ」
「みんな、おいの兄っちゃだが?」
「おうよ、天下の豪傑が、そなたの兄っちゃよ」
 扇子をはらはらさせて、また踊り出した。
 
 よく晴れた朝、穂多は厩の前に立ち、馬の顔を見つめていた。
 板額は愛馬の栗毛を撫でながら振り返った。「穂多、馬に乗ったことある?」
「駄馬だば見だごどあるんだんだども、乗ったごどはねぁんだ」
 馬の口を取った資盛が奥から出て来た。
「資盛、穂多を一緒に乗せてあげて」
 まず資盛が騎乗して、穂多に手を差し出した。穂多が手を握ると、ひょいと馬上へ引き上げられた。その力の強さに、穂多は驚いてしまった。
 資盛は、穂多の体を包むように腕をまわして手綱を取った。
「おば上、それでは、行ってまいります」軽く(あぶみ)を蹴って、馬を歩ませた。
「穂多、しっかりな」
 熊彦が声を励ますと、穂多は楽しげにうなずいてみせた。
 資盛と穂多は、今日から乙宝寺へ通う。かつて板額たちが学んだように、宮禅師(みやのぜんし)から学問の手ほどきを受けるのである。
 馬上の二人を見送る板額の感慨はひとしおだった。
「わしらもああして通いましたなあ」綱時は腕を組み、目を細めた。
 戦乱が続いたことで、資盛は乙宝寺へ通うことができなかった。一日も早く禅師の薫陶を受けさせることが板額の悲願だったのである。しかも、穂多も一緒に通うのだ。穂多は自ら進んで、読み書きができるようになりたいと言い出したのである。
「穂多まで通わせでもらって、ほんとうに、なんとお礼どご言ったらえものが」
「叔父上の講釈は、すごく面白いんですよ。きっと穂多も楽しんで学べると思います」
「新しい世代じゃな」
 資盛と穂多を乗せた馬を遠目に見て、師光が誇らしげな顔をした。

 馬の蹄が街道の土を踏む音だけが、静かな朝に響いた。
「穂多、尻痛くないか」
「痛ぐねぁ。思ってだより、乗りごごぢがえ」
「穂多って、めずらしい名前じゃな。稲穂がたくさん実るようにって意味なのか?」
「山には田んぼがほどんどねぁがら、粟穂や稗がじっぱり実るようにって意味だで思うんだげど」
「良い名じゃな」
 穂多は急に顔が熱くなった。そして、心臓がどきどきした。
 でも、なんだか安らかな気持ちでもあった。
 
 乙宝寺の本堂へ入ると、古びた墨染めの法衣を着た宮禅師が嬉々として現れた。相変わらず禅師は、質素な暮らしを心がけているようである。
「資盛、ようやくそなたに学問を授けるときがやってきたの」
 寺院に籠る線香の匂いを、穂多ははじめて嗅いだ。
「そなたが穂多か。これはまた、めんこい姫子じゃの」
 さあさあお上がりと禅師は先を歩き、円座を敷いた。
「不肖宮禅師、今日よりそなたらの、学問の師匠を務めさせていただく」
 資盛が手をついて頭を下げると、それを真似て穂多も頭を下げた。
「わしはこれまで、先代の資永、長茂、新津(にいつ)有資(ありすけ)、板額、綱時、師光に学問の手ほどきをした。思えばまるで、昨日のことのようじゃ。今ではあの子らも、一軍の将として戦い、この地を治めておる。当家存亡の危機を見事に乗り越えてな。
 知と行は表裏を相なすものであれば、幼き日に学んだことは、きっと、その後の人生に生かされるであろう。資盛、穂多、先輩たちを見習って、心して励みなさい。
 人学ばざせれば智無し、智無きを愚人となす」
 難しい言い回しに触れて、資盛も穂多も、なんだか興奮してきた。これから自分たちは、なにか高尚なものに触れるのだという予感がして、一段上の高みに上ったような気がした。
 しかし禅師は、途端に相好を崩して
「さて。わしもわからないことばかりじゃ」そう言って笑い出した。
「朝廷にかわって武家が天下の政事を司ることになろうなど、ひと昔前までは考えられぬことであった。武士は貴族の家来だったのじゃ。わが城氏が、ここ越後の地でどんなに勢力を誇ろうとも、国府の官人を出し抜くことなど決してできなかった。それぐらい、朝廷の権威は強かった。いったい、今日の情勢を、誰が予測できたであろう。われらは今、激動の時代を生きておる。おそらく、未曾有の事態の只中におるのじゃ」
 宮禅師の言わんとしていることが、資盛にはよく理解できた。自分も時代の激流に翻弄されてきたからだ。しかし穂多は、静かな山間の郷で暮らして来たから、世の中がそんなことになっていると聞いてすっかり驚いた。
「穂多、そなたは世の中がそんなことになっているとは、知らなかったか」
「全然知らねがっただ」
「驚いたか」
「驚いだ」
「素晴らしい。穂多、素晴らしいことぞ。その驚きが学問の根幹であると心得よ。そなたは今日、一歩前進した。そうやって見識を深めてゆくのじゃ。女子でも、学ばねばならぬぞ。板額もここで学んだのじゃ」
 穂多にとって「姉っちゃ」は、憧れの人なのだ。学問をすれば姉っちゃのようになれるのだったら、こんなに嬉しいことはない。
「おい、けっぱります。けっぱって姉っちゃのようになります」
「ほほ」思わず禅師は感嘆の笑みをこぼした。
「頼もしい子だこと。ご褒美に、菓子をご馳走しよう」と言って、禅師は立ち上がり、本堂から出て行った。
「穂多、すごいな。禅師に褒められて」
「学問って、おもしぇんだね」
「一緒に、がんばろうな」
「はい」
 二人は互いの目を見て、うなずき合った。

 高坏に杏の干菓子をのせて、禅師が戻って来た。
 穂多が白湯をつぎ、資盛が菓子を取り分けた。
 その姿を満足そうに眺めながら、禅師の得意げな話が始まった。
「この寺には、仏舎利(ぶっしゃり)がある」
 例の、仏舎利の発見から、朝廷の勅願寺になるまでの物語だ。
 しかし禅師は、話の途中で涙ぐんでしまった。
 この物語の、もう一人の主役は、今は亡き資永なのだから。資盛もまた、若き日の父の姿を思い描いて込み上げてくるものがあった。
 宮禅師は袖で涙をぬぐいながら、穂多の顔をのぞき込んだ。
「ところで穂多、山の郷にも、お寺はあるのか」
「おいの郷には、お寺はねぁ」
「山郷の者は、何を信仰しておるのか」
「山の神様さ手どご合わせます。山の神様は、おいがだに、日々の食い物くださるのだ」
「そうか。穂多にも守ってくれる存在があるのじゃな」
 禅師は後ろを見やり、本堂の大日如来、脇仏の阿弥陀如来と薬師如来を眺めた。
「山に御座す神様も、このような御姿なのであろうか」
「山の神様は女なんだ。しかもすごい醜女んだんて、美人どご嫌うそうなんだよ」
 それを聞いて禅師は大どかに笑った。
「楽しいの、山郷の信仰は。そうとも、信仰は明るいものでなければならぬ。穂多、そなたは明るい子じゃな。その気立てを、いつまでも大切になさい。その気立てが、そなた自身を、そしてまわりの人たちを救うじゃろう」
 禅師は資盛の方に顔を向けた。
「資盛、そなたは幼き頃より、苦労の絶えない子じゃった。しかしわしは、そなたを不憫とは思わぬぞ。それがそなたに与えられた試練だと思うておる。実際そなたは、良き若者になった」
 禅師は白湯を一口飲むと、資盛と穂多をそれぞれ見つめた。
「おそらく、そなたたち二人が、わしの最後の教え子であろう。楽しんで学んでゆこうぞ。
 この寺には、お釈迦様の目がある。そして、越後の大地を取り囲む山々には、山の神様がおられる。だからそなたたちは、心して生きるがよい。そなたらがこれからどのように生きるか、お釈迦様と山神様が、すべて見ておるでな」
 二人は菓子を食べる手を止めて、深くうなずいた。
 禅師はふと、これと同じようなことを、かつて板額たちにも語ったような気がした。

第十八章 討幕の密議

 奥州討伐軍の撤収後、藤原氏の残党が最後の抵抗を試みて決起した。
 領袖は大河兼任という藤原氏の郎従である。七千騎を率いて鎌倉に攻め上がらんとした。
 しかし、この反乱軍は、冬場の凍り付いた湖の上を進軍中、氷が割れて五千人余りが溺死してしまった。一蓮托生の仲間たちの大半をここで失った大河は、しかしそれでも進軍を止めず、各地で兵を募り、一時は一万余騎まで勢力を挽回したものの、寄せ集めに過ぎない軍勢の士気は低く、紀律にも欠け、鎌倉の駐留軍に完膚なきまでに叩き潰された。兼任は敗走中、地元の(きこり)に殺害された。
 まさに、時勢というべきか。五千人の犠牲者を出した水難事故からして、天は奥州を見捨てたもうた。時代の波が、発足したばかりの鎌倉幕府を後押しするように流れている。
 兼任は挙兵にあたって、「主君の仇討ちに赴く」と宣言した。先の戦は不当な侵略戦争に相違なく、その犠牲となった藤原氏の雪辱を晴らすための戦いだったのだ。
 しかし、藤原氏の血統で唯一の生存者である藤原高衡は、大河の反乱を「大馬鹿者の所業」と決めつけた。時期早々だったというのである。鎌倉軍の士気が、いまだ冷めやらぬ時期に反乱などを起こしても勝てる見込みなど初めからない。大河は、後日を期して温存しておくべき貴重な兵力を、あたら壊滅させてしまった。
「これで、奥州の牙は、完全に抜かれてしもうた」高衡はひどく落胆した。
「いつかは反乱を起こして、鎌倉を滅ぼしてやろうと考えておったのに、大河の軽挙のせいで台無しになった。反乱に合力する気骨を持った武者どもが、これですっかりいなくなってしもうたわい」
 侍所の一室には、他に長茂(ながもち)しかいないとはいえ、声に出して言うべきことではないだろう。
「慎め」と、長茂が諫めた。
「のう、長茂よ。後日、もし鎌倉に反旗を翻すなら、もはや越後の軍勢だけが頼りじゃ」
「もうやめよ高衡。こんな話を誰かに聞かれたら、わしら即刻殺されるぞ」
「殺されるものか。われらは梶原景時殿の側近ぞ。今日び梶原殿に逆らえる者など、どこにもおらぬわ。こうなれば梶原殿の虎の威を借りて、幕府内で権力を握ろうぞ」
 高衡は不敵な笑みを浮かべた。

 確かに、高衡の言う通り、幕府内における梶原の力は絶大だった。
 侍所の所司として、すべての御家人を監督下に置き、頼朝の中央集権主義に不服を示す家臣たちを容赦なく罰していた。
 梶原は、頼朝が志向している政体を理解しているし、深く共鳴してもいる。鎌倉殿を頂点にして、すべての御家人が絶対服従する構図。これこそが武家政権の理想的な姿なのだと。
 これまで日本を統べてきた貴族たちは、天皇の神威によって体制を保証されてきた。ならば、誕生したての武家政権にとって、この神威に取って代わるものは何なのか。権力なのだ。臣下に絶対服従を強制する権力なのである。
 これは何も、頼朝や梶原の権力好きなどという類の話ではなかった。その後の歴史が証明しているように、武家政権とは畢竟、武力に裏付けられた強大な権力構造なのだから。
 が、幕府草創期の武者たちは、そのことをまだ理解できずにいる。そのいい例が、下総の御家人、千葉常胤であったかもしれない。
 常胤は最古参の宿老である。頼朝は年長者の常胤のことを「師父」と慕い、毎年正月は千葉氏の館で新年を祝ったほど親密な関係だった。しかし常胤は、幕府から発給された地頭の任命書に、頼朝の名前と花押が記されていないことに苦言を呈したという。「前右近衛大将家政所」と記された文言が、頼朝の署名に等しいのだと周りに諭されても、頑として納得しなかった。自分は頼朝様にお仕えしているのであって、政所に仕えているのではないと嘆いて涙さえ流した。
 かつて頼朝は一介の流人に過ぎなかった。その頼朝を全力で支援した坂東武者の有志連合軍が、いつの間にか頼朝を頂点とする政治組織へと変容しつつあった。戦場(いくさば)で同じ釜の飯を食っていた頼朝が、突如事務次官となり、苦楽を共にした戦友を官僚組織に押し込めてしまったようなものだ。少なくとも常胤はそのような印象を抱いた。恩賞の通達は頼朝自らが筆を取ってやるべきこと、政所の家令が事務的にすべきことなどでは絶対にない。それが臣下に対する礼儀であり、愛情ではないのか。常胤はそう言いたかったに違いない。他の武将たちの本音も、多かれ少なかれ同じだった。
 常胤の苦言は頼朝の耳にも達していたが、不問に付した。それは常胤が頼朝の「師父」だったからであり、あくまでも例外に過ぎない。頼朝の地位と権威に対して、少しでも不平や不満を態度に表す者がいれば、頼朝に代わって梶原景時が容赦なく罰した。そうまでしなければ、武家政権など確立できるはずもないのだ。
 歴戦の勇士の中にも、梶原に罰せられた者は少なくない。時をさかのぼれば源義経もそうであったし、源範頼、上総広常、安田義定・義資父子、武辺一本槍の畠山重忠でさえも咎を受けたことがある。頼朝の意向に全面的に従えない者は、いかに名高き功労者であっても、出る杭として容赦なく打たれた。もっとも、重忠にかぎっては七日間も断食して己の潔白をゆずらなかったから、頼朝の方が折れて、何事もなかったかのように不問に付している。このとき頼朝は、
「平三(梶原)は、ちとやり過ぎじゃな」などと言って、重忠のご機嫌を取った。
 頼朝は寛大な棟梁を演じており、汚れ役はあくまでも梶原なのである。しかしこの役回りは、梶原の望むところでもあった。武家の棟梁たる源頼朝は、誰からも慕われ信頼される存在でなければならない。家臣の引き締めは汚れ役が一手に引き受けて、組織を万全のものに作り上げていかなければならないと梶原は心得ている。
「平三の虎口の讒言」
 同僚たちは陰口を叩いた。梶原に睨まれたら身代を潰す。そんな恐れが人々の怒りとなって底流しつつあることを、梶原ほど抜け目のない男が知らぬはずもない。このまま汚れ役に徹すれば、いつかは恨みをかって殺されるかもしれない。しかし梶原は、ただ一心に、鎌倉幕府の土台作りに一命を捧げていた。

 当然のことといえるが、幕府の中で梶原は孤立している。
 かつての戦友たちは、総意のごとく梶原を嫌厭していたし、梶原もまた、乱世の気風を捨てきれない坂東武者を信用していなかった。
 そんな梶原にとって信用できる存在は、息子の景季(かげすえ)や、長茂や高衡のような、源氏連合の埒外にいる者たちだった。

 高衡は、梶原の側近であることを楽しんでいる。
 侍所に告発される連中は、すべてかつての敵だったから、館に押し入って容赦なく連行するたびに、胸のすく思いがした。
 長茂にも、高衡と同じような気持ちがなかったといえば嘘になる。しかし長茂は、梶原の信頼を得れば得るほど、鎌倉幕府の中で孤立していかざるを得ないという現実を恐れていた。もはや失うものなど何もない高衡とは違って、自分には、守るべき家子郎党がいるからだ。
「このままで良いのだろうか」
 長茂の憂いは深かった。そんなとき、いつもそばに居て抱きしめてくれる新津(にいつ)有資(ありすけ)の存在は大きかった。有資は、なだめるように言った。
「良いも、悪いも、このまま突き進むしかないでしょう」
「もし、梶原殿が足元をすくわれたら、わしらも共倒れになるぞ」
「そうなったら、越後の軍勢を率いて、鎌倉と一戦交えましょう」
「有資、そなた、本気でそれを言っておるのか」
「覚悟ですよ。それぐらいの覚悟を持っておかねば、梶原殿のおそばに仕えることはできますまい」
 この先、城氏の末永い繁栄を望むなら、幕府内で出世して行くより他に道はない。けれども、敗軍の将を取り立ててくれるのは梶原だけなのだから、もはや選択の余地などないと有資は諭すのである。その通りだと、長茂は自分を納得させた。

 鎌倉で、もっとも不穏な場所は「侍所」である。この、全国の武士を取りまとめる機関には、二人の長がいる。別当の和田義盛と、所司の梶原景時である。和田は坂東武者の鏡のような男であり、齢を重ねてなお、血気盛んな荒ぶる武者であった。侍所の象徴としては適任であったが、実務能力はない。結局のところ、実質的に組織を運営しているのは梶原であり、和田の存在は目の上のこぶでしかなかった。
 二人は事あるごとに対立していたが、梶原は粘り強く頼朝に働きかけ、ついに和田を別当から罷免し、自らがその地位を得たのである。これで侍所は梶原の独擅場となり、改革を進めやすくなったのは確かであるが、こめかみの血管が浮き出るほど和田を怒らせた。この人事を引き金に、和田家と梶原家が合戦に及ばなかったのは、頼朝の威光が大きな抑止力となったからである。その威光を創出した張本人が梶原だったことを思えば、すべて彼の思惑通りだったと言えなくもない。

 一一九二年、ついに頼朝は、念願の「征夷大将軍」に任ぜられた。
 将軍を頂点とする武家政権が、ついに日本を実質的に支配するに至ったのである。
 だが、頼朝の輝かしい人生は、突如終わりを迎える。
 相模川で催された橋供養からの帰途、馬から落ちて死んだ。
 死因は、落馬による脳損傷か。真相はついに解明されなかった。
 享年五十一。早過ぎる最期である。
 この凶事は、頼朝の中央集権主義を認めない、反動勢力が台頭しつつある兆候かもしれなかった。

 晩年の頼朝はかねがね
「頼家のことを、よろしくたのむ」と、梶原に言っていた。
 源頼家。頼朝の後継者であり、このときまだ、十八歳。
 二代目にありがちな、軽率な若者である。幼い頃から家臣や侍女にかしずかれ、将軍の地位がいまだ盤石なものでないことを理解できずにいる。
 父の跡目を継いだ早々、お気に入りの側近をはべらかせ、誰の助言にも耳をかさない。さすがの梶原も手を焼いた。
 だが、梶原にとって頼家は、どうしても手放せない存在なのだった。将軍の後ろ盾がなければ、組織をまとめていくことができなかったからである。
 十八歳の若者に振り回されて苦慮する梶原に、高衡がきっぱりと言った。
「梶原殿、あなたが新しい幕府を作ればよい」
 梶原はそれを聞いて、内心、身をすくませた。いったい何を言い出すのか、この男は。
 しかし、それも可能性の一つとして、心にとどめておく必要があるのかもしれない。幕府の内部で反動勢力が蠢動しつつあることを、梶原は目ざとく察していたからだ。

 二代目の頼家が、政務に腰を入れず、権力という玩具の魅力に我を忘れていた頃、ついに反動勢力が表立った動きを示した。
 発端は、頼家の悪ふざけである。
 将軍の元に持ち込まれた領地争いの案件に対して、あろうことかこの若者は、絵図の真ん中に一本の線を引き、
「これが境界線じゃ。文句など言わせぬぞ」などと事もなげに言って、同世代の近習らを見回しながら、げらげら笑い転げた。
 所領は武士にとって命にも勝る。一所懸命と表現される通り、そのために生き、そのために死ぬることも辞さないほどなのである。これを茶化したとあれば、すべての武士を敵に回したも等しい。頼家は即刻裁決権を取り上げられ、今後一切の訴訟は、幕府の宿老十三人による「合議制」によって取り仕切るということになってしまった。
 これは梶原にとって、とんでもない事態だった。
 今は亡き頼朝公が構築しつつあった幕府の形を、一夜にして白紙に戻すつもりなのか。それでなくても自己主張の強い坂東の武者たちが、話し合いなどで政務を運営できるはずもない。
 梶原もこの時点では十三人の一人に数えられていたが、憤慨して立ち上がると、
「そなたらは、何もわかっておらぬ!」声を荒げて退出してしまった。

 後日、頼家に呼び出された梶原は、太い巻紙の書状を無造作に差し出された。
 梶原は黙って一読した。

 〈先代の寵愛を誇って政治を牛耳り、専横のかぎりをつくし、これまでに梶原の讒言によって命を落とした者は数知れず。鶏を飼うものは、共に狸は飼わず。梶原景時を即刻幕府から追放せよ。〉
 激烈な梶原批判の文面に続き、和田義盛、千葉常胤、畠山重忠など、これに賛同する者らの姓名が書き連ねてある。
 
「御家人六十六人が署名した弾劾状である」
 そう説明したのは頼家ではなく、政所別当、大江広元であった。頼家はただ、上座で憮然としているだけである。
 大江は、元々朝廷の下級貴族だった学者であり、頼朝と縁あって側近となった人物である。坂東武者とは肌色の違う存在で、梶原が推し進める政治路線の数少ない理解者でもあった。当然、弾劾状に署名はしていなかったが、将軍の側近官僚として、この嫌な役回りをやらされている。
「梶原殿、六十六人じゃ。ほとんどこれは、幕府中枢の総意と言っても言い過ぎではなかろう。皆が、梶原殿を鎌倉から追い出せと息まいておる。事態が血生臭い方向へ拡大する前に、そなたは後日を期して、一端ここを離れた方が良いであろう」
 大江の表情が、苦し気にゆがんでいた。頼家は、どうでもいいというような顔をしている。
 梶原は弾劾状を一通り眺めると、紙を巻き直して頼家に差し戻した。
「この件はすべて、将軍の御判断にゆだねます」
 頼家も大江も拍子抜けした。梶原が激怒すると思っていたのである。しかし梶原は、むしろ清々した様子で、将軍の御座の間から立ち去ってしまった。

 夜半、梶原邸に呼び出された長茂は、不吉な予感を禁じ得なかった。何かあったに違いない。座敷にはすでに高衡も著坐していた。
 梶原は目を閉じたまま、上座にたたずんでいる。
 長茂が居住まいを正して腰を下ろすと、梶原は目を開けて、小さく揺れる燭の炎をしばらく見つめていた。
「失脚した」
 そうつぶやいて、軽く鼻で笑った。
 それに続き、六十六人連判の弾劾状のことを語り終えると、口を結んで襟足のあたりを掻いた。梶原は、意外にも、吹っ切れたような面持ちである。
「鎌倉も、これで終いじゃな。十三人の合議制など、猜疑心と同士討ちしかもたらさぬ。覇権をめぐって御家人同士が争うこととなろう。この事態をこそ、故殿は恐れていたのじゃ。故殿とわしが企図したものを、ついにあの連中は理解しなかった」
 梶原の失意をよそに、高衡はむしろほくそ笑んだ。
「梶原殿。潰しましょうぞ、幕府を。梶原殿が、新しい幕府を作るときじゃ」
 梶原は高衡の極論を諫めなかった。
 武士政権の確立に身命を捧げてきた梶原は、そのためなら嫌われ者になることも辞さず、汚れ役に徹してもきた。何故そこまでしてきたのかといえば、仲間のためだったのである。梶原を弾劾している六十六人を含む、すべての武士の生命と、その生活を保証するためであり、彼らが子々孫々平和に暮らしてゆける社会を作るための努力だったのだ。
 これが梶原の本音であった。それゆえ、愛想が尽きた。
 頼朝も、いまはこの世にいない。頼家は、取るに足りない。
「討幕」
 という選択肢が、梶原の聡明な脳裡をよぎったとき、地下水がほとばしるように策略が湧き出した。
 それを察したかのように、高衡が詰め寄った。
「院宣を得れば、事足ります」
「その通りじゃ」
 わが意を得たり。梶原は微笑とともにうなずいてみせた。
「高衡、そなた朝廷を動かせるか」
「動かせますとも。亡父秀衡の存命中、どれほどの金と財宝を朝廷に貢いできたことか。有力なツテならいくらでもあります」
「討幕の院宣を賜ることは、可能だと思うか」
「後鳥羽上皇などは、大の鎌倉嫌いですからね。それを潰すとなれば、喜んでお味方してくださるでしょう」
「武士が統べる世は、ちと早過ぎたのやもしれぬ」梶原は顎髭をなでながら、眉間に深い皺を寄せた。
「朝廷より皇子をいただき、宮将軍を立てたらどうかと思う。帝の威光を借りて、諸家に忠誠を誓わせる」
「で、梶原殿が副将軍になられると」
「いや、わしは政所の別当あたりでよい。侍所の別当は、甲斐の武田有義殿が適任であろう」
 梶原と高衡の話があまりにも急速に展開してゆくため、長茂はうろたえていた。ほんとうに討幕など可能なのだろうか。
「有義殿が、合力してくれましょうや」
「合力すると、わしは見ておる。武田家は、宗家と同じ清和源氏、嫡宗権を有する家柄であるにもかかわらず、将軍の風下に置かれておるからな」
 高衡が興奮気味に身を乗り出した。「して、やるならどのように戦いまするか」
 梶原の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。長らく能吏のような役割を演じてきた梶原であったが、源平争乱の頃は、つねにその名を最前線にとどろかせてきた武者なのだ。戦略の話となれば、しぜんと顔色も上気してくる。
 梶原は、長茂の顔を見据えた。
「まず、そなたが先陣じゃ」
 梶原の描いた筋書きが、よどみなく語られる。

 第一段階。梶原が一族を率いて上洛。高衡と縁の深い朝廷官人を通じて、後鳥羽上皇より〈討幕の院宣〉を得る。
 第二段階。長茂が鳥坂城(とっさかじょう)に立て籠り、越後で挙兵。
 第三段階。越後鎮圧のために鎌倉勢が出払った隙に、甲斐の武田有義が鎌倉を占拠。
 第四段階。討幕の院宣を掲げて、西国の武士団を糾合する。宮将軍を奉り、鎌倉追討軍を編成して東進。

「西国は、もともと平氏の勢力圏だったゆえ、坂東の一律支配に不服を抱く者も少なからず、同調する武士団も多かろう」と言って、梶原は話を締めくくった。
「素晴らしい。勝ったも同然じゃ」高衡が膝を打った。
「高衡、そなたは口のたつ男ゆえ、時来たらば、武田を説いて同心させ、西国の者どもを語らって追討軍を編成してくれまいか」
「おうよ。鎌倉を滅ぼせるなら、この命、梶原殿に捧げ申す」
「長茂はどうじゃ」
 梶原に迫られた長茂は、自分でも意外なほど、うろたえていた。かつて一族を滅ぼしかけたことがあるだけに、軽挙は絶対に避けたかった。しかし、天下の梶原景時が、本気で幕府を潰して新たな国造りをするとなれば、これが仇花となることはないような気もする。
「この戦いに勝ったら、越後全土を賜れるでしょうか」
 そうでなければ、乾坤一擲の賭けに出る価値はない。すべては城氏のため、それしか判断の基準はなかった。
「当然じゃ。越後のみならず、出羽から信濃に至るまで、そなたが守護となって治めよ」
 きっぱりと、梶原が言った。生一本な梶原のことであれば、この口約束が、確約に等しいと思って間違いないだろう。長茂の体が震え出した。
(これで資盛に、輝かしい未来を約束できる)
「不肖、城ノ長茂! 神明に誓って、梶原殿と進退を共に致しまする」
 まさかこんな日が来ようとは、夢にも思っていなかった。平伏した長茂は、顔が上気し、興奮のあまり涙ぐんでしまった。
「わしにも奥州を!」
 高衡も膝をにじらせて梶原に詰め寄った。
 梶原は笑って、二三度深くうなずいてみせた。
 それからしばらく、梶原は沈黙した。
 燭の炎を遠目に見ていた。
「とは申せ」とつぶやき、二人に顔を向けた。
「ちと、先走り過ぎておるやも知れぬな。わしはまだ、将軍の御裁可を仰いでおらぬ。将軍がわしを切り捨てるか、あるいは生かすのか。討幕に踏み切るか否かの判断は、それを見届けてからとなろう」
 梶原は内心、頼家が自分を排斥すれば、幕府の運営は成り立たなくなるだろうと予測している。創業の功臣らは一介の武弁に過ぎず、政事には疎かったからである。
「ひとまずわしは、所領の一ノ宮へ下り、謹慎するつもりじゃ」

 鎌倉から退去する梶原の一行を、人々は不思議な心持で見送った。幕府第一の功臣が、一言も弁明せず、抵抗もせず、黙したまま去ろうとしているからだ。何か腹に一物あるのだろうか。それとも覇気を失くしてしまったのか。かつて都の殿上人たちから「一ノ郎党」「鎌倉の本体の武士」とまで称された梶原が、いったいぜんたいどうしたものか。むしろ不気味な印象さえ周囲に抱かせた。
 長茂も高衡も、この一行に加わって鎌倉を後にする。梶原のいない幕府の中に、占める地位などなかったからだ。
 梶原の長子、景季も連座した。
 景季も、若年より幕府創設に骨身を砕いてきた功臣の一人である。源平争乱の最盛期、世に名高い宇治川の先陣争いで武名をあげた猛将であり、一騎当千の強者(つわもの)である。この景季が、父に着せられた不当な汚名に怒りをたぎらせていた。もし父が討幕の兵を起こすなら、躊躇なく鎌倉を敵にまわすだろう。
 馬上の高衡は、群衆を見下すように眺めていた。
「時は来る。必ずや、わしらの時代が来る」
 くつわを並べた長茂に聞こえるほどの声でつぶやいた。
 長茂は押し黙ったまま、ゆっくりと空を見上げた。
 天はわれらを、どこへ導くだろうか。梶原殿が無事政界へ復帰して、このまま何も起こらないことを望んでもいるし、再び乱世となって、城氏の名を天下にとどろかせたいとも思う。本当はどちらを望んでいるのか、いまだ感情は漠然としている。
 長茂は深く息を吐いた。
 運を天にまかせるだけだ。

第十九章 清見関に散る

 梶原が予測した通り、合議制はうまく機能していない。いまだ建設の途上にある幕府にとって、迅速な対応を迫られる案件が山とあるにもかかわらず、衆議がまとまらないのである。議長に相当するようなまとめ役を欠き、将軍も蚊帳の外であったから、政務は四分五裂している。梶原を追い出した者たちが、その穴を埋めることができずにいる様は、文字通り墓穴を掘ったようなものである。
 合議の衆は、誰が言い出したわけでもなく、北条政子の助言を仰ぐようになった。
 政子は頼朝の未亡人であり、頼家の母である。不足のない立ち位置に彼女はいる。どのような案件でも、最終的に政子の同意を得たとなれば、それが太鼓判になった。御家人たちはまだ気付いていなかったが、このような暗黙の了解を作ってしまったことで、やがて政子の実家である北条氏が台頭してくることになる。鎌倉時代を一貫して支配することとなる北条執権政治の萌芽であった。
 政子は聡明な女性であったから、頼朝が志向した政治の骨子を理解している。それはすなわち、梶原景時の存在価値を知っているということでもあった。まだ失脚させるには早過ぎる。二代目の体制が整うまで、今少し、あの男の働きが必要だろう。
 政子は頼家を動かして、梶原の政界復帰を後押しした。

 相模国一ノ宮で謹慎している梶原の元へ、鎌倉からの使者が遣わされた。梶原は、こうなるとわかっていた。と同時に、鎌倉へ帰参すれば、今度こそ和田義盛と一戦を交える事態は避けられまいとも思っている。先行きは混沌としていた。
 鎌倉帰参に先立って、梶原は藤原高衡を呼び寄せた。
「そなた、これより甲斐の武田氏の元へ参り、くだんの討幕の件、打診してまいれ」
 もはや鎌倉は敵だらけである。和田らに妨害されて幕府再建のめどが立たなくなった場合、梶原は即刻討幕の兵を挙げる心積もりだった。
「もし好感触であったら、その足で上洛し、上皇および側近にも根回しせよ」
 高衡は片方の口角をそり上げると、武者震いしそうな自分に喝を入れるように「はッ」と頭を下げた。
 討幕の密議をしたあの一夜以来、梶原は一言もその話題に触れなかった。高衡は内心、出鼻をくじかれたような気がしていたのだ。
 梶原の脳裡にはいつも、若輩者の頼家と、乱世の武弁にすぎない和田義盛のごとき武闘派の顔が浮かんでいる。あの連中が幕府の中枢にいる限り、屋台骨はぐらつき、やがて自壊するのは時間の問題だろう。結局のところ、混乱は避けられないのだとすれば、出来るだけ緻密に、迅速に、新たな政権を打ち立てる他あるまい。梶原はもはや、そんな思いを払拭できずにいる。
 謹慎後の梶原にとって、鎌倉に戻るのは政界に復帰するためではなかったのかもしれない。自分の目で幕府の末期的様相を確認し、挙兵する覚悟を固めたかったのかもしれなかった。

 梶原が鎌倉へ帰参すると知った和田義盛は激怒した。
「またもあやつの尻に敷かれるのか! われらでは頼家様をお支えできぬとでも申すつもりか!」と衆議の場で怒鳴り散らした。
「和田殿の申す通りじゃ」
 すかさず小山朝政が同調した。
 小山も古参の坂東武者である。弟の朝光が梶原に糾弾されたことがあり、それ以来梶原を信用していなかった。
「追放などでは手ぬるかったのじゃ。和田殿、今度こそわれらの怒りの丈を、あの男にしかと見せつけてやりましょうぞ」
 この衆議で、和田を梶原追放奉行とすることが決まった。いつもはまとまらない話し合いも、今回ばかりはあっさりと意見がまとまった。
 
 梶原が再び鎌倉の地を望んだとき、彼の屋敷は和田の郎党によって取り壊されている最中(さなか)だった。もはやおまえの居場所はここにない。あからさまな示威行為である。
 梶原の長子景季(かげすえ)は、その有様を見て唇を震わせ、くやし涙を流した。
「幕府創設の功労者である父上に、このような仕打ちをするとは。わしはもうがまんならぬ」
 手綱を控えた梶原は、何も語らず、打ち壊される館を遠巻きに眺めている。
 風がやけに冷たく感じられた。明朝からちらついた小雨はいつしか雪にかわり、馬の吐く息が白く流れた。
長茂(ながもち)
「はッ」手綱を操り、長茂が馬を寄せた。
「われらはこれより都へ向かう。そなたは越後へ戻り、戦の準備を整えよ」
 その声は冷静だった。ついに、梶原の心が決まったのである。長茂の手が震え出したのは、寒さのせいばかりではない。
 梶原は、新津(にいつ)有資(ありすけ)にも声をかけた。
「四郎(有資)、長茂をしっかりと補佐せよ。越後に義軍の旗を掲げ、天下のために奮闘せよ」
「ははッ」有資も心臓が激しく高鳴り、手綱を握る手が震えた。
「次に会う時は」と言って、ようやく梶原は笑顔を見せた。
「われらの天下となっていようぞ」
 西へ向かって動き出した梶原の一党は、精鋭三十三騎。いずれも実戦経験を豊富に積んだ猛者ぞろいである。
 梶原は振り返らなかった。景季は長茂に向かって、片手を高く突き上げた。長茂も、それに応えてこぶしを突き上げた。
「のう、有資」
 落ち着きを取り戻した長茂は、梶原一党を見送りながらつぶやいた。
「この戦いに勝ったら、われらは隠居して、残りの人生を穏やかに過ごそうぞ。越後のどこかに庵を結んで、仲睦まじくな」
 これを聞いて有資は、一瞬驚いたように長茂の横顔を見たが、「はい」と深くうなずいて涙を浮かべた。
「鎌倉は過ごしやすい土地じゃが、冬となればやはり寒い。同じ寒いなら、一日も早く越後へ帰ろう」
 いよいよ降りしきる雪の中で、長茂の一党は、馬首を北へ向けた。

 侍所に馬を止めた小山朝政は、駆け込むように和田が執務をとる座敷へ入った。和田は梶原失脚後、侍所別当に返り咲いていた。
「梶原の一党が、西へ向かっております」
「西? まさか上洛する気か」
「使者を差し向けて詰問したところ、梶原はいたって冷静に、われら一門は都の武士となって朝廷にお仕え致す所存、と答えたとのこと」
「平三め、何を目論んでおるのやら」
「朝廷と結託して、何やら事を起こすつもりではありますまいか」
「まさか。いくら狡猾なあやつでも、そこまで大それたことは仕出かすまい」
「そう言い切れましょうや。相手はあの梶原景時ですぞ」
 ムム、と和田は言葉を詰まらせた。
「討手を差し向けるが賢明かの」
 小山はかぶりを振った。
「もし、梶原がすでに朝廷と結託しておったら、それにより朝幕関係がこじれましょう。わしに策があり申す。この件、一任してくださらぬか」
 にんまりと、小山の口髭が動いた。

 このころすでに、藤原高衡は入京していた。
 甲斐では武田有義の参加を取り付け、次は殿上人を動かす段階である。高衡がまっさきに向かったのは、唐橋大路にある非参議藤原範季(のりすえ)の館であった。
 この、範季という人物、朝廷の名物貴族として知らぬ者とていない。
 かつて平時の乱で源氏が平氏に敗北した折は、棟梁源義朝の遺児範頼を匿って養育し、後には頼朝と対立した義経を匿い逃亡の手助けをしている。そのことで先年、頼朝に官位を剥奪された。時の権力者を忌み嫌うこと甚だしく、敗者に肩入れしたがる反骨精神の持ち主なのである。一時陸奥守として陸奥国へ下向したこともあり、その縁で奥州藤原氏の先代、秀衡と深い親交があった。当然高衡とも旧知の仲であり、討幕を語らうならまずこの人物を置いて他にないと、高衡は目星を付けていた。
 すでに壮年の域にある範季であったが、気色よろしく、少しも若さを失っていない様子である。高衡は範季を見込んで、単刀直入に切り出した。
「鎌倉幕府を打倒したい」
 その一声を聞いて、範季は杓子を口に当てて笑った。
「討幕どすか。そらまた物騒なこっとすなぁ」などと言いつつも、明らかに興味をそそられたようであり、目を輝かせた。
 高衡は、首謀者が梶原景時であることを明かし、計画の全容を大まかに説明した。
「梶原殿も、よう決意されたな。さすがに肝据わってはる。梶原殿が本気でやるちゅうのなら、よもや絵空事とはならへんどっしゃろな」
 範季の目つきも、徐々に鋭くなってくる。
「で、甲斐の武田有義も同心致すと確約されたんどすか」
 にんまりと笑みを浮かべて、高衡はうなずいてみせた。

 武田有義は、頼朝と共闘して平氏を滅ぼした武田信義の子息である。
 武田家は、最大級の戦功を誇る一族であるにもかかわらず、嫡宗権を持つ同族であるために頼朝から過剰に警戒され、疎んじられてきた。しかも信義亡き後は一族の結束を欠き、有義と弟の信光が棟梁の座をめぐって長らく対立している。
 高衡が討幕の話を持ち掛けると、これぞ起死回生の好機とばかりに、有義は同調したのだった。
「頼朝にはさんざん煮え湯を飲まされてきたわ。一門更に優劣なし。わしが鎌倉討伐の先兵となろう」
 有義としては、東国で共同戦線を張る同志が、城長茂であることも心を大きくさせた。奥州合戦の折、共に阿津賀志山で戦った戦友だからである。

「武田殿は、武者震いしておりましたよ」
 そう高衡が言うと、範季は満足そうにうなずいた。
「長茂といえば、確か検非違使左衛門尉であった資永(すけなが)の弟。頼もしい限りであらしゃいますなあ」
「長茂が籠る鳥坂城(とっさかじょう)は、天然の要害と聞こえております。ここに鎌倉勢を引き付けておけば、事は成りましょう」
「この企て。勝ったも同然かもしれまへんなあ」
 二人は声を潜ませて笑った。
 
 すぐさま範季は宮中に働きかけ、梶原の計画が天聴に達すべく奔走した。後鳥羽上皇はこの企てをたいへん喜ばれ、梶原が無事に上洛できるよう、密かに五壇の御修法(みしほ)を始められたほどだった。朝廷があげて梶原を支持していることを、外部のものはまだ知らない。

 越後はすでに銀世界である。
 馬場の雪を掻いて、板額(はんがく)は弓の稽古に打ち込んでいた。弓弦(ゆづる)をはじく音と、矢尻が的を射る音が鋭く冴え渡り、しんとした雪面に響いた。
 遊戯のように射芸を楽しんでいた頃とは打って変わって、今では瞑目した僧侶のように、静かに的と向き合っている。板額の目は一段と切れ長になり、凛とした面立ちを際立たせていた。
 時おり館の方から笑い声が聞こえてくる。資盛と穂多である。板額は二人の笑い声を耳にすると、わが子の成長を楽しむ母親にも似た穏やかな気持ちに包まれるのだった。
 
「おい、この和歌好ぎだわあ」
 資盛と文机を並べた穂多が、書物に落としていた視線をふいに上げた。
「誰の歌じゃ?」
「式子内親王っていうふと」
「どれ」

 山ふかみ春ともしらぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水

「ああ。有名な歌じゃの。わしも知ってる」
「この歌みで、山の暮らしどご思い出した。春近づいでぐるど、雪解げの滴がしったげきれいなんだ」
「穂多、山の暮らしが恋しいか」
「資盛さまど勉強してらほうがずっとえ」
 穂多の成長ぶりは著しかった。すでに文字も読めるようになり、たどたどしい手つきではあるが、文字も書けるようになりつつある。冬の間は、日がな一日読書にふけって飽きることがない。
 資盛も学問に精を出していた。穂多と学び始めてからというもの、文机に向かうのが退屈でなくなった。

 日も暮れかかり、夕餉の匂いが(くりや)から漂ってきた頃、若い郎従の声が館の中に響いた。
「殿が戻られました! 殿のお帰りです!」
 それを聞いて資盛が立ち上がった。
「穂多、殿が帰参したとな!」飛び上がらんばかりに部屋から飛び出した資盛を追って、穂多も中門廊を駆けた。
 雪深いこの時季に、鎌倉に居るはずの長茂が帰ってくるなど誰も考えていなかったから、意表を突かれた驚きと同時に、降ってわいたような喜びもひとしおだった。
 編み笠の紐をほどいた長茂は、蓑の雪をはらった。
「冬の峠を越えるのは難儀じゃった」
「寒さで気が遠くなりましたよ」有資が笑いながら藁沓を脱いだ。
 二十人ばかりの長茂の郎従たちも、ようやく奥山荘(おくやまのしょう)に到着して安堵している様子だった。
「兄上、どういう風の吹き回しですか」
 板額は、嬉しさの半面、あまりに唐突な長茂の帰省にとまどっていた。
「後でゆっくり説明致す」笑顔を向けた長茂であったが、その表情の奥に、何かただならぬ思いが秘められていると板額は感じた。妹だけにわかる勘のようなものかもしれない。

 新しい狩衣(かりぎぬ)に着替えた長茂は、広間の上座に腰を下ろした。食膳が運び込まれるまでの間、穂多を傍らに招き寄せた。
「そなたが板額に見初められた娘子か。どうじゃ、もう館の暮らしには慣れたか」
「はい。皆さんによぐしてもらって、ほんとうに毎日がおもしぇだ」
「資盛と学問に励んでおるそうじゃな。板額が手紙に書いておったから、会うのを楽しみにしておったぞ。
 そなたが板額の妹になったのなら、わしにとっても妹じゃ。も一人妹ができようとは想像もしておらなんだ。嬉しい限りじゃ」
「お殿様、おいの兄っちゃなのだが?」
「そうとも。そなたはわしの妹じゃ」
 膳が並べられても、長茂は皆と雑談に興じていた。板額は胸騒ぎがして落ち着かなかったが、長茂の穏やかな様子を見ているうちに、わたくしの考え過ぎだったかしら、と思い始めた。
 しかし、食事を終えると、急に長茂の面立ちが鋭くなり、ぐいっと一献飲み干すと、広間の全員を見回して居住まいを正した。
「これからわしの申すことは、もはや反論の余地のないものである」
 そう断言した。
「われら城氏は、討幕の企てに加担する」
 綱時と新大夫は、思わず盃の酒を吹き出しそうになった。
 板額も大きな目を開いたまま、しばらくまばたきするのを忘れた。
 長茂は、事ここに至った経緯と、討幕の計画をくわしく語り出した。静まり返った広間には長茂の声だけが響き、燭の炎が背後の影を落ち着きなく揺らすばかりである。
 長茂が一通り語り終えたとみるや、板額は身を乗り出し
「そんな話、あり得ませぬ!」声を上げたが、すかさず長茂は
「板額、言うな! もはや反論の余地はないと先に申したであろう」語気を強めて制した。
 討幕なんて、とんでもない。板額は唇を震わせた。
 やっと戦の世が終わり、家族と共に平和な時間を歩み始めたばかりなのに。
 しかし、師光(もろみつ)と新大夫は、板額の思いに反して
「ああ、時来たれり!」小躍りせんばかりに狂気した。「おごる源氏を討ち取ってくれよう!」
 その様子を見た資盛も、ぱっと花が開いたような笑顔になった。長茂の考えに賛同したのだろう。
 綱時と熊彦は、眉間に皺を寄せて押し黙っていた。
「板額、賢いおまえなら、これ以上説明せずともわかるであろう。城家は梶原殿の引き立てによって御家人となり、奥山荘地頭の地位も得た。梶原殿がいなくなれば、元のもくあみとなることは必定なのじゃ」
 先だってまで鎌倉幕府の中枢にいた長茂の言を、さすがに板額も否定できない。討幕を決意した梶原景時も、それに同調した長茂も、一族郎党の命を賭ける以上、熟考の末の決意に違いないのだから。浅慮などとは決めつけられない。
 板額の傍らで、穂多が不安そうに皆の顔を見回していた。穂多には討幕という事態の深刻さがわからない。武士の仕事は戦なのだから、仕事の話をしているだけにしか見えない。けれども、資盛は嬉しそうなのに、板額や熊彦は沈痛な顔つきをしている。いったい何がどうなっているのか、それがわからなくて不安だった。
 板額は穂多の肩に腕をまわし、かき抱くように引き寄せた。
「雪解けを待ち、鳥坂城にて挙兵する」
 まなじりを決した長茂の語気には、もはや何人にも阻止できない、頑としてゆずらぬ決意が現れていた。
 だが、この時、梶原景時はすでにこの世にいなかったのである。

 梶原の一行が鎌倉を退いてからわずか一日、駿河国清見関の付近で、事件は起こった。西へ向かう梶原の一行と、正月の弓競べの帰途にあった地元の武士団が往き合い、どちらが道を譲るかで口論となった。梶原が先頭のもめ事に気付いて馬を馳せたときは、すでに双方が太刀を抜かんばかりにいきり立っていた。
「鎌倉のお偉いさんだかなんだか知らねえが、ここは天下の大道ぞ。よそ者のおまえらが道を譲るのが礼儀じゃろうが」
 地侍の大将とおぼしき男が息巻いた。
 梶原は丁重に詫びを入れ、後方へ向かって道を開けるよう指示を出したが、勢いづいた地元の武士団は暴言を止めず、すれ違いざま唾棄する者までいた。カッとなった梶原の郎従の一人が太刀を抜いた瞬間、双方の将兵が一斉に鞘を払い、またたくまに乱闘となった。
 梶原は左右へ馬の鼻を引き向け、大声を上げて郎従を叱り飛ばし、なだめんとしたが、その梶原にも地侍らは容赦なく斬りつけてくる。ついに梶原も応戦せざるを得なくなり、弓を射った。
 息子の景季が大音声で呼ばわった。
「梶原一族に弓引いて、ただで済むと思うな! われこそは源太景季なり! 愚か者ども、組めや、組め!」
 長大剣を振り回したが、見知らぬ土地でのことであり、地勢を知らぬ梶原の一党はしだいに混乱をきたし、次々と射られ、斬られてゆく。
「退け!」
 梶原は振り返り、奮戦する景季に声をかけた。
 馬鞍を降り、近くの小高い丘へ這い上った。景季も残った手勢をまとめて後を追った。地侍らは追撃をやめず、いきり立って矢をあびせかけてくる。梶原の郎従は、梶原父子を逃がすため、丘の斜面に踏みとどまって防戦した。
 雪が降っている。一昨日、長茂の一党と別れた時から降り始めた雪である。梶原は丘の頂上にどかりと腰を下ろした。
「これは、偶発的な乱闘などではないな」
 景季も、息を切らせて膝をついた。
「わしもそう思います。鎌倉の謀略でしょう」
 地侍らのおめきと矢叫びが次第に迫って来る。
「事、終われり」
 梶原は静かにつぶやいた。
 頼朝の死から、わずか一年。武士による、武士のための政府を打ち立てんとした源頼朝の志が、もろくもついえようとしている。少なくとも、梶原にはそう思えた。討幕に打って出て、今一度幕府の礎を作り直そうとした試みも、こんな路傍で砕け散ることとなろうとは。梶原はもう、どうでもいいと思った。ただ、この企てに賛同した長茂や高衡にまで害が及ぶことを危惧してやまない。自分の訃報に接した二人が、やけを起こして軽挙に出ないことを祈る他なかった。
「景季。わしを斬れ」
 景季は激しく首を振った。
「父上、ここはわしが防ぎまするがゆえ、どうか身一つで逃げ延びて、都へ参られてくだされ。父上がおられれば、討幕は成就されます」
 梶原は口元に笑みを浮かべると、ゆっくりと首を横に振った。
「一族郎党を見捨てて、わし一人が逃れたとあっては武士の名折れじゃ。末代まで卑怯者とののしられよう。わしは、もう、汚名も汚れ役も返上したい。最後は坂東武者らしく、短絡的な死を選びたい」
 梶原は、降り積もる雪を眺めた。
 景季は立ち上がり、静かに太刀を振り上げた。
 雪の一面が真っ赤に染まると、景季も自ら喉を突いた。
 地侍の一党が丘の上にたどり着いたとき、梶原父子の体には、すでに薄っすらと雪が降り積んでいた。
 梶原景時一党三十三の首級は、道端に梟首された。
 竿に懸けられた梶原の首は、心なしかうつむいたように傾き、その死に顔のあわれさは、道行く人々の涙を誘った。

第二十章 悲壮な覚悟

 越後という土地は、季節風の影響で、冬場の降水量が多い。大気の状態も不安定になり、豪雪の大地に雷が鳴る。
 日中の日差しはぶ厚い雲にさえぎられ、寒風が吹きすさび、重たい雷鳴が大地を震わせる。人々は一冬の間、家に籠って春の到来を待ちわびている。
 薄暗い館の一室で、熊彦は帳簿をつけていた。挙兵にそなえて戦費をやり繰りしているのである。そこへひょっこり、穂多がやって来た。
「兄っちゃ、聞いでもえ?」
「兄っちゃは忙しいんだ。手短にな」
 このところ、熊彦はいつも浮かない顔をしている。
「その顔。姉っちゃもそんた顔どごしてら。いったい何があったの? これがら何があるの?」
 熊彦は帳簿を閉じて、穂多の顔をじっと見つめた。
「なあ、穂多。おめ、山さ帰ったほうがえ」
 穂多は驚き、すぐさま首を横に振った。
「なんでそんたごど言うの! おいはもうここの家族になったんだ。どんたごどがあっても、おい、こごがら離れねぁがら」
 めずらしく声を荒げた穂多は、ぷいと背を向けて、どこかへ行ってしまった。
 遠くで雷鳴が聞こえている。熊彦は再び帳簿を開き、深いため息をついた。

 降りしきる雪の中を、膝まで雪に埋もれながら、一人の山伏が歩いて来る。
 向かっている先は、どうやら奥山荘(おくやまのしょう)城館である。錫杖を突きながら、あえぐように雪を掻き分けている様は、山伏にしては軟弱そうな、おぼつかない足取りであった。
 館の矢倉門は、人の往来が少ないこの時節にもかかわらず厳重に警備されていた。何やらあやしげな山伏がこちらに向かって来ると気付いた番兵は、小脇に挟んだ薙刀を構え直し、門前に立ちふさがった。
「そなたは何者ぞ」
「わしか。聞いて腰を抜かすなよ。本吉冠者、藤原四郎高衡である」
 が、誰一人驚く様子をみせなかったから、高衡は舌を打ち、怒鳴りぎみに言い放った。
長茂(ながもち)殿に目通りしたい。すぐに通せ!」

 高衡来訪の知らせを受けた長茂は、自分の耳を疑った。
 あり得ぬ! 高衡は討幕の手筈を整えに上洛したはずではないか。
 有資(ありすけ)も同じことを思い、長茂と目を合わせた。
 すぐさま高衡を広間へ通すと、あいさつを交わすことも忘れたように、長茂は高衡に詰め寄った。
「高衡、その恰好は何じゃ、なにゆえそなたがここへ参った」
「世も末よ」高衡は吐き捨てるように言った。
「梶原殿が死んだ」
 駿河の清見関で地元の武士団に殺された。上洛の途に付いた三十三騎、全員が殺された。
「そんな・・」
 長茂はがっくりと肩を落とした。
「梶原殿の所領は、小山朝政が賜ったと聞く。おそらく和田義盛と小山の差し金であろう」
 長茂は言葉を失い、板敷きに崩れるようにへたり込んだ。あの日、小雪降る鎌倉の郊外で、「次に会う時は、われらの天下となっていようぞ」そう言った梶原の勇姿が、まさか最後の姿になろうとは。受け入れがたい結末だった。
 すべては水泡に帰したのである。梶原景時を欠いて、どうして討幕の実を上げられようか。
「終わったな」
「そう結論を急ぐな」
 高衡は開き直ったように長茂の目を見据えた。
「まだ終わっておらぬ。計画を続行しよう」きっぱりと、高衡は言った。
 長茂も、有資も、半ば放心したような眼差しを高衡に向けた。
「よいか長茂、考えてみよ。われらはまだ、梶原殿を失ったに過ぎぬ。梶原殿の役割を、そなたが引き継げばよいではないか。それだけのことであろう」
 長茂はあっけにとられた。
「わしが上洛などしたら、鳥坂城(とっさかじょう)はどうなる。ここに鎌倉勢を引き付けておく手筈であろう」
「そなたには、跡取りがおるな」
「資盛のことか」
「そうじゃ。鳥坂城の挙兵は、資盛殿にまかせればよかろう。して、そなたが梶原殿に代わって上洛するのじゃ。さすれば計画通り、事は運ぶ」
「ばかな」
「ばかなものか。このまま何もしなければ、わしらは確実に、坂東の者らに潰されるぞ。座して滅びるのを待つつもりか」
 確かに、このまま何もしなければ、幕府は何かしら難くせをつけてきて、自分たちを排斥するに違いない。梶原一族が滅ぼされた上は、その側近が連座を免れるはずもない。
 長茂は二の句が継げなくなり、押し黙った。
 高衡が山伏に変装してここへ来たのも、すでに身の安全を保障できなくなっているからなのだ。事態の深刻さを、ようやく長茂は理解し始めていた。
 高衡は頭襟を外し、鈴懸を脱いだ。
「幕府は、梶原殿と朝廷の間に、何らかの密謀がなかったか疑っておるらしい。それでわしは、本格的な捜索が始まる前に都を逃れた。長茂よ、すまぬがここで、しばらくやっかいになるぞ」
 板敷きの上で大の字になった高衡は、「疲れた」と一言つぶやくと、そのままいびきをかいて眠ってしまった。

 城家の食客となった高衡は、いつも声高に討幕を話題にした。深雪にとざされた館内のこととはいえ、他言無用の物騒な話題にちがいない。しかし高衡は、師光(もろみつ)や新大夫をつかまえては、幕府に代わって天下を獲るのは城氏であると吹聴してやまない。特に、資盛を相手にしたときは、いつにも増して熱弁をふるう。
「坂東武者どもは、開闢以来の大恩を忘れしめ、皇国を辱め、一部の権臣が政事を欲しいままにしておる。聖恩臣たる梶原景時殿を誅し、私権自慾をむさぼり、己が一族の利害に眩惑するのみ。罪科重大、嘆かわしきこと甚だしく、まさに堕落の一途をたどっておるのじゃ。これに鉄槌を下さんがため、朝廷より討幕の宣旨を賜り、西国の有志と呼応し、甲斐武田、越後城氏を魁となし、義を重んずるの挙動に打って出るは、天下万民の望むところ。将軍頼家と、その奸臣どもを誅戮せん。今こそ義挙を遂ぐべきの秋なり!」
 などと、こぶしを振り上げながら檄を飛ばしていた。
 高衡の抜け目なさは、自重派とおぼしき綱時や熊彦を避け、どちらかといえば主戦派の人々、師光や新大夫、血気盛んな資盛を選んで弁舌を振るっている点だった。一冬中これをやられたら、城家を包む空気は好戦一色となってしまうだろう。
 板額(はんがく)は自室に高衡を呼び、二人きりで対座した。
「高衡どの、わが家で討幕の話をするのはやめてもらえませぬか」
「ほう」高衡は大げさに驚いてみせた。「何故ですか」
「城家を戦に巻き込まないでいただきたいのです。資盛などはまだ若いですから、あなた様の過激な言説に惑わされてしまいます」
 高衡は膝を軽く打って、呵々大笑した。
「巻き込むとな。板額どの、そなたは何もわかっておらぬ。すでに城家は風前の灯火なのですよ。梶原殿亡き今、もはや誰も当家を擁護してくれる者はおらぬ。討滅されるは時間の問題。それがそなたにはわからぬのか」
「わかっております。けれども、つつがなく奥山荘の地頭を勤めておれば、幕府も難くせのつけようがないではありませぬか」
「女じゃな」あきれた顔で高衡がつぶやいた。
「わたくしを愚弄しますか」
「そなたは政事の何たるかを知らぬ。そんな綺麗ごとがまかり通ると、そなた、本気で思っておるのか。政治というものが、聖人君子の手で執り行われているとでも? 幕府の中身など魑魅魍魎じゃ。どいつもこいつも他氏排斥に躍起となり、日夜権謀術数を繰り広げておるに過ぎぬ。将軍は採決権を奪われ、梶原殿は有無も言わさず滅ぼされたではないか。源氏にゆかりもない城氏が、今後もつつがなく存続できるというのなら、その根拠を具体的に申してくださらぬか」
 板額は何も言えなかった。言いたいことは山ほどあるのだが、自分の思いは、高衡の意見とは論点がずれているにちがいない。感情論と言われればそれまでだった。
「板額どのよ、そなたも弓矢の家の者なれば、それらしく振る舞うがよい。当世において、女の意見など、まったくの無用じゃ。そんなものは糞の役にも立たぬし、むしろ家を滅ぼす災いとなろう」
 高衡は立ち上がり、遣戸を引き開けて出て行った。

 大地を覆ったベタ雪が溶け始めた頃、ようやく越後の御家人たちの間で、梶原景時の横死がささやかれ始めた。彼らの関心は、城家の今後の動向に向けられた。
「長茂が鎌倉を出て戻って来ているらしいぞ」
「反乱を企てるのではないか」
「いやいや軽挙には及ぶまい」
 さまざまな憶測を呼んだ。
 渦中の長茂は、黙したままである。鳥坂城にある母や資永(すけなが)の墓前に花を手向けたり、日がな一日縁側に腰かけてぼんやりしていた。
「急ぎ戦の準備をせよ!」高衡がせかし続けたが、黙ってうなずくばかりだった。
 いつも有資がそばに居た。有資も討幕の話題に触れなかった。二人は並んで腰を下ろし、ときどきたわいもないおしゃべりをしていた。
「有資。わしは、自分がそなたを好いておると気付いたとき、この気持ちをどう伝えたらよいか、ひどく悩んだものじゃった」
「それはわしも同じです。自分の気持ちを知られたら、嫌われてしまうのではないかと、それはそれは悩みましたよ」
「初めて口づけをしたのは、あれはいつのことじゃったかの」
「ずいぶん前になりますなぁ。川遊びをしていたときでしたな」
「なつかしいことじゃ」
 目を閉じると、今でもあの日の胎内川が見えてくる。水流のせせらぎと、またたく波光、冷たい水のしぶき。踏みしめた小石の感触。振り返ってこちらを見ている垂髪の有資。まだ声変わりする前の、二人の甲高い笑い声。どちらからともなく互いの体を引き寄せ、初めて触れ合った唇。あの、夏の一日。
「戻りたいのう、あの頃に」
 長茂はゆっくりと目を開けて、有資の肩を抱き寄せた。
「横田河原の敗北以来、気の休まるときがなかった」
そうつぶやいたとき、館の静寂を破る郎従の声が響いた。
「鎌倉から書状が届きましてござります!」

 上座に着いた長茂は、押し黙って巻紙を解いた。
〈城四郎長茂、尋問の筋あり〉
 以下、至急鎌倉へ出頭せよと続く。
 長茂から差し渡された書状を高衡は奪うように掴み、せわしく目を上下させて一読すると、ふっと鼻で笑った。
「ついに来よったか。長茂よ、鎌倉へ行けば殺されるぞ」
 長茂は、黙ってうなずいた。
「もたもたしておられぬ。一日も早く上洛の途につこうぞ」
 しかし長茂は、それに答えず、無言のまま座を立ち退いた。
「おい長茂、しっかりせい!」
 いきり立つ高衡の肩に、有資が手を乗せた。
「そっとしておいてあげてくだされ」
 高衡は舌打ちすると、じれったいと言わんばかりに首を振った。

 長茂は、あてもなく館の広縁を歩いた。日は暮れかかり、まだ肌寒い風が、時おり頬をなでた。
 板額と穂多の声が聞こえていた。部屋をのぞくと、二人は文机の前に座り、肩を並べて書物を読んでいる。
「あ、お殿さま」
 長茂の視線に気づいた穂多が顔を上げた。板額も、書物に落としていた眼差しを上げた。
「穂多、お殿さまなどと呼ばなくてよいのだ。兄っちゃでよいと申しておろう」
「んだども」穂多は困ったように首を傾げた。
「兄っちゃがね、お殿さまのごど兄っちゃって呼ぶど、しったげごしゃぐの。身分わぎまえよって」
「熊彦は厳しいな」
 長茂は、穂多の傍らに屈みこんだ。
「のう、穂多。そなたはここが好きか。ずっとここで暮らしたいか」
「もぢろんだよ。みんなどずっと一緒さ居だいだ」
 長茂はうなずくと、穂多の頭をそっとなでた。何か思いつめて居る様子だったが、それを吹っ切るように板額に向かって言った。
「話がある。資盛と、綱時らを、わしの自室へ連れてまいれ」

 長茂を囲むように、板額、資盛、綱時、新大夫、熊彦、師光が揃った。長茂は鎌倉からの書状を回覧させた。
「梶原殿が上洛の途についたとき、朝廷は、梶原殿が首尾よく入洛できることを祈願して、宮中で五壇の御修法(みしほ)を行われた。そのことが幕府の知るところとなったらしい。梶原殿と、朝廷との間に、何かよからぬ陰謀がなかったか、それをわしに問いたいと申してきておる」
 一通り回覧し終えると、張り詰めた空気が一座を満たした。
「鎌倉に赴けば、わしは拷問されるであろう。白状しても殺されるし、白状しなくても殺されるのは目に見えている。城家は討滅されよう」
 低く、声をひそめて長茂は言った。
「もはや、どうにもならぬ。この上は、挙兵するより他にない」
 長茂の沈痛な面持ちを前にして、誰も何も言えなかった。
「わしが上洛し、討幕の院宣を上皇より賜る。資盛、そなたは板額らと共に鳥坂城に立て籠り、鎌倉を牽制せよ。追討軍の進発を見計らって、甲斐の武田勢が鎌倉に攻め上る手筈じゃ」
 資盛は、顔色を上気させた。
「そのような大役、若輩者のわしにできましょうや」
 ようやく、長茂は笑顔をみせた。
「ここに強者(つわもの)どもが揃っておるじゃろう」そう答えて、板額たちを見回した。
「問題は、どのように上洛するかじゃ。街道を通れば、梶原殿の二の舞になる。そこで、熊彦」
「はっ」
「そなたは諸国を縦横に通行できる巻物を持っておるときく。どうじゃ、山中を通って、わしと従卒を内々に都まで引率できるか」
 熊彦は、しばし考え込んだが、納得したようにうなずいてみせた。
「兵馬の移動どなれば、難儀するがもしれねぁが、でぎねぁごどはねぁ」
「よし。決まりじゃ。これは城氏の存亡を賭けた戦いになる。皆、わしと運命を共にしてくれ」
 悲壮な覚悟をたたえた長茂の面持ちは、しかし晴れ晴れとしていた。ようやく決心が付き、迷いを払拭したようだった。
 師光は震えんばかりに高揚し、
「天下を相手の大戦じゃ、これぞ武士の本望じゃ!」涙を流して歓喜した。
「泣くな師光、わしまで泣けてくる」禿頭を撫でながら、新大夫も涙を流し、寄りかかるように綱時の肩に腕を回した。
 誰よりも慎重な綱時も、腹をくくったようであり、かすかな笑みをこぼした。
 板額は、膝の上で手を揃えたまま、じっと目を閉じていた。

 奥山荘一帯の、篠竹の竹林が伐採された。これで矢を作るのである。戦の準備であることは明白であり、周辺の地頭らは、城氏に逆心ありと察した。
「一向にかまわぬ」そう高衡は言い切る。幕府の警戒心を奥山荘へ向けさせれば、その分だけ都で事を起こしやすい。奴らの裏をかいて院宣を得るのだ。
 長茂は、病と称して鎌倉に出頭していない。幕閣は繰り返し催促してきたが、完全に無視した。
 穏やかならぬ空気が、越後を緊迫させている。

 乙宝寺には、穂多だけが通っていた。城館の誰もが忙しそうだったが、穂多だけは通常の生活をしているのである。宮禅師(みやのぜんし)は眉をひそめた。
「穂多、いったい館で何が起こっておる」
「おいにもわがらねぁんだ。みんな、とうばく、とうばくで言って、しったげ忙しそうで」
「討幕? まこと討幕と申しておるのか」
「んだ。禅師さま、とうばくってなんなのだが?」
「馬鹿の所業じゃ!」
 禅師はとたんに顔色を失った。
「急ぎ館へ参る」
 すぐさま立ち上がった禅師は、穂多の馬に同乗し、鞭を振った。

「長茂、これはどういう騒ぎじゃ、説明せい!」
 怒鳴り込んで来た禅師の顔を見て、長茂は深々と一礼した。その表情は穏やかですらあり、殺気立ったところが微塵もない。
「どうしたというのだ、長茂」
 禅師は事態を飲み込めず、あっけにとられた。
 御座の間に通された禅師は、事の成り行きを一通り聞き終えると、黙したまま庭を眺めた。
「そうであったか。そなたも辛かったの」
「わしもいろいろ考えました。けれども、もはやこれしか手立てはないと思うております」
 武家社会の恐ろしさを、禅師はよく理解している。衰弱した草食動物が肉食獣の餌食となるように、後ろ盾を失った城氏が滅ぼされんとするのは、世の常といってもいい。
「棟梁のそなたが決めたことじゃ、異論をさしはさむ余地はない。なれど」と禅師は長茂を見据えた。「急いては事を仕損じる。くれぐれも自重せよ」
「はい」長茂は素直にうなずくと、微笑むように遠い目をした。
「叔父上、わしは穂多を見ておると、幼き頃の板額を思い出します」
「わしもじゃ」
「可愛かったですなぁ、あの子は。いつもわしの後ろを付いて歩いておったものです。わしは・・」と言いかけて、長茂は目をうるませた。
「わしは、城氏を守りたい。家族を守りたいのです。資盛や穂多が幸せに暮らしてゆけるように。長生きできるように」
 溜め込んでいた感情が堰を切ったように溢れ、長茂は顔を覆って泣いた。その肩を、禅師はしっかりと掴み、共に泣いた。

 高衡がどんなにせかしても、長茂は慎重に事を進めている。
 来るべき籠城戦に備え、最低でも半年は持ちこたえられるだけの武器と食料を鳥坂城に集め、攻城軍へ投げ落とす大石なども大量に運び上げられた。その一方で、越後から都までの山路を熊彦に踏査させ、難路に耐えられるだけの体力を持った兵馬を整えた。
 長茂が率いる上洛軍は、騎馬武者五十余騎、郎従百余人。騎兵の多くは、横田河原の敗走から奥州合戦に至るまで長茂と行動を共にしてきた、いわば御親兵のごとき強者揃いである。郎従も、足腰の強い者たちが選抜された。
 軍奉行は藤原高衡、新津(にいつ)有資。
 熊彦は小荷駄奉行となり、山中行軍を指揮することになった。
 食料は現地調達、各自武具だけを持って行く。運搬の負担を軽くして、迅速に山中を踏破するためである。
 長茂は戦の準備に半年以上の時間をかけた。どうしても負けられない一世一代の賭けだからである。この賭けに敗れたなら、一族郎党は討滅される。すでに幕府は、奥山荘近隣の御家人から、城氏に不穏の動きありとの報告を受けているはずであった。もはや引き返せないところまで来たのである。
「事、ここに至るか」
 宮禅師は天を仰ぎ、深く瞑目した。
 日は西に没し、烏の群れが騒がしく鳴いていた。
 今宵、上洛軍は夜陰に紛れて出立する。
 腹巻具足を着けた熊彦が館から出て来ると、穂多は怯えたような顔になった。
「兄っちゃ、あぶねぁどごろへ行ぐの?」
「心配するな、穂多。すぐ帰るがら」屈託のない笑顔をみせた。
 熊彦の肩に、師光が手をのせた。
「熊彦、もし都で名乗りを上げるようなことがあったら、堂々とこう名乗れ。やあやあ我こそは、板額御前が宿老、城ノ熊彦なり、ってな」
 それに同調するように、新大夫もうなずいた。「天下にその名をとどろかせてこい!」

 館の広縁に立った長茂の身ごしらえを見て、誰もが一瞬、息を飲んだ。鎧直垂(ひたたれ)姿の長茂は、野狐剣(やこのつるぎ)を身に帯びていた。重代の宝刀を、武器として腰につけているのだ。まさしくこの戦いが、一族の命運を賭けた壮挙であることを、それは物語っている。
 郎党に向かって、長茂は声をかけた。
「われらはこれより、都へ向けて出立する。山中の行軍なれば、ひと月以上の行程となろう。時機を見計らい、鳥坂城も狼煙を上げよ。東西呼応して討幕の義兵を挙げん」
 長茂は資盛の両肩をはっしと掴んだ。
「そなたもたくましい武者に育った。まかせたぞ」
「殿、後顧の憂いなく、上洛なされませ」
 長茂は深くうなずくと、次に宮禅師の手を握りしめた。
「この戦いが終わるまで、叔父上は乙宝寺を出ませぬように。城氏の天下となった暁に、わしが迎えに行きますから」
「長茂、武運長久を祈っておる」
 ずっと黙したままでいる板額の方へ、長茂は顔を向けた。そばへ歩み寄り、板額の体を両腕に包み込むと、力いっぱい抱きしめた。
「すまぬ。苦労をかけて」
 板額の目が、涙でうるんだ。
「兄上、これしかないのですか。わたくしたちが生き延びるすべは、ほんとうにこれしかないのですか」
 そのとき、長茂がみせた笑顔は、切ないほど優しかった。いとおしむように板額の頭をなでながら、きっぱりと、答えた。
「ない」

 長茂が馬に跨ると、有資、高衡、熊彦もそれに続いた。隠密裏の出立であれば、(とき)の声もあげない。静かに、しゅくしゅくと馬を歩ませ、矢倉門を出てゆく。
 しかし、穂多だけは大らかに声を上げた。
「兄っちゃ、けっぱってね!」
 熊彦は振り返り、こぶしを頭上に挙げた。
「兄っちゃに言ったんでねぁ。お殿様さ言ったの!」
 沈黙した隊列に、どっと笑いが起こった。

 月のない夜である。
 上洛軍の姿は、すぐに闇に紛れて見えなくなってしまった。
 板額は穂多の肩を抱き寄せて、いつまでも門前に立ち尽くしていた。

第二十一章 建仁の乱

 東山の山頂に出た長茂(ながもち)の一党は、眼下に京の都を一望して感嘆した。
 碁盤の目のように整った都大路と、そこに立ち並ぶ広壮な邸宅の数々、甍の色彩も鮮やかで、地方の都市にはない景観である。名高き鴨川は滔々と流れ、三条四条の商人町は質素な板葺であったが、それさえも平安楽土と謳われた都の一角に溶け込んでいる様は、帝都の歴史の深さゆえであろうか。寺院や堂塔の多さは天竺かと思われるほどであり、遠目にも、帝の居られる大内裏の建築は、ひときわ美麗豪著であった。
 時は師走、梶原景時の横死から一年、再び雪のちらつく時節の山中を、誰にも見つかることなく、一人の怪我人も出さず、ここまで踏破できたのは、ひとえに熊彦の才覚といえた。長茂はしばし、万感の思いで都を眺望した。

 さっそく二三の郎従を引き連れ、新津(にいつ)有資(ありすけ)が洛中の探索に出た。ここまで来れば目的の半分を達成したも同然。長茂は安堵していたし、郎党の誰もがそう思っていた。
 しかし。
 血相を変えて戻って来た有資は、信じられないといった様子で長茂の前に膝をついた。
「小山朝政が、入京しております!」
 想定外の事態が、いきなり突き付けられた。
小山朝政が、長茂よりも一足早く上洛していたのである。先年、梶原景時の騒動の際、梶原と朝廷との間によからぬ陰謀があったと疑念した幕府は、小山を京都大番役に任命し、洛中の警固に当たらせていたのだ。しかも、警固というのは名目に過ぎず、内実は朝廷への示威行為であった。多勢の幕府軍が、内裏を威圧するように駐屯していたのである。
 この一報に接した高衡は、長茂をにらみすえて怒鳴りあげた。
「それみたことか! そなたが出兵の準備にいらぬ時間を費やしている間に、先手を取られてしまったではないか!」
 歯噛みする高衡に、長茂も怒鳴り返した。
「いらぬ時間とは何ぞ! わしはこの企てに一族の命運を賭けたのじゃ、当然ではないか!」
 有資が二人の間に割って入った。
「今は揉めているときではござりませぬ」双方を諫めると、努めて冷静に言葉を継いだ。「対策をこうじるべきかと」
 高衡は捲くし立てるように言った。
「日没を待って、小山の館に夜襲をかける。小山を屠らねば、内裏を掌握できぬ」
 だが、めずらしく熊彦が異議を唱えた。
「お味方は、昼夜分がだず山中どご行軍してぎだのだ。少し休ませねばだみだ。しかも、われらは都の地さ不慣れんだんて、こごは急がず、今少し情勢どご見極めでがら出陣したほうがええかと」
「城家の者は、なぜにそう流暢なことばかり申すのだ! もはや一刻の猶予もない。わからぬか!」
 ただならぬ高衡の剣幕に、さすがに長茂も気圧された。
「ただちに物具をつけよ」
 急襲の策を受け入れた長茂は、旗下に命じた。誰も何も言わなかったが、鞍具足を準備する郎従らの面持ちに疲労の色が見え隠れしている。
 山麓の向こうに日が没するや否や、高衡は馬に打ち跨り「参るぞ、長茂!」高らかに声を上げた。
 長茂はせかされるがままに片手を振り上げると、小山邸の方角へ向かって、その手を素早く振り下げた。百五十余の兵馬が一斉に山腹を駆け下りた。
 時は建仁元年正月二十三日。
 完全武装した軍団が、忽然と洛中に現れ、都大路を駆け抜けた。砂を蹴立てる人馬の音は怒涛のごとく、三条大路南、東洞院大路東に所在する小山朝政の邸宅をめがけて突進する。往来の人々は、ひゃあと悲鳴を上げて道端へ飛び退いた。
 途中、高衡と熊彦の率いる別動隊が本隊を離れ、唐橋小路の藤原範季(のりすえ)邸へと向かう。

 小山の館を取り囲んだ長茂軍は、松明を掲げ、どっと(とき)の声を作る。門前に進み出た長茂は弓杖をついて叫んだ。
「やあやあ我こそは、越後城氏が棟梁長茂なり!
 小山朝政出て参れ、梶原殿の敵討つべし!」
 小山邸の櫓門から、あまたの防ぎ矢が射られた。
 長茂側も雨あられのごとく射返すうちに、突如門が打ち開き、小山の郎党も松明を掲げ、おめき叫んで打って出た。
 長茂は手綱を操りながら、入り乱れる騎兵に目を凝らした。
「小山朝政は候わぬか! 朝政、寄り合えや!」
 しかし、小山朝政を名乗る武者はいつまで経っても現れない。
「小山が居らぬ」
 有資も、さきほどから左右を見回している。
「殿、小山ほどの武者が逃げ隠れているとも思われませぬ。ここには居らぬのでしょう」
 小山の郎党は、日頃から危急の事態に備えていたものか、手強く防戦し、果敢に攻めかかって来る。
 長茂は自軍に向かって声を張り上げた。
「皆の者、ここは退け! われらはこれより御所へ向かう!」

 この日、小山朝政は、土御門天皇の朝勤行幸に供奉し、仙洞御所に詰めていた。
 御所には後鳥羽上皇が居られる。この上皇こそ、鎌倉討伐の院宣を下せる唯一のお方である。長茂の軍勢は、全速力で御所へ向かった。
 藤原範季を連れて一足先に御所へ到着していた高衡は、廷臣や女官を誘導し、殿上人以下の者たちを門外へ立ち退かせた。範季卿は後鳥羽上皇の待読を勤めたこともあり、娘重子は上皇の寵愛を受けていたから、朝廷を牛耳ることたやすく、御所を占拠することなどわけもなかった。
 退去させられた者たちの中に、小山朝政がいた。参内のため狩衣(かりぎぬ)姿であった小山は、廷臣たちに紛れて正体が露見しなかった。小山は高衡の姿に気付いたが、高衡の方はまったく気付いていない様子である。これは由々しき事なりと状況をうかがっている小山の傍らを、長茂らの兵馬が走り抜け、御所の御門をくぐって行った。
(なぜ、長茂がここに!)
 小山は腰を抜かさんばかりに驚いたが、ここで生け捕られては一大事と、夜陰に紛れて逃走した。
 長茂は御所の四方の門を封鎖した。
 殿中は騒然とし、諸卿はすっかり狼狽している。これでは公卿詮議もなかろうと言って、範季は長茂らを引き連れて正殿に向かった。直に上皇と謁見するのだ。異例のことであったが、これはまさしくクーデターなのであり、前例も慣例もなかった。
 正殿の御簾中におわす御方こそ、これより十年後、承久の乱を起こして幕府と対決し、隠岐に流されることになる後鳥羽上皇である。文弱の諸卿と比べれば、格段に肝が据わっている。そして、したたかでもあった。
 長茂は平伏し、奏上した。
「鎌倉の悪辣専横は天下の知るところ、何とぞ幕府討伐の院宣をわれらに下賜くださりませ」
 上皇は簾中に範季を招き入れ、何やらひそひそと言葉を交えている様子である。
 範季が出てきて言った。
「長茂よ、上皇様からの御下門であらしゃります。大番役の小山朝政を討ち果たした上で、ここへ参られたのか」
「いえ、小山は不在でありました」
 範季はうなずくと、再び簾中をくぐった。
 ややあって長茂の前に現れた範季の顔は、蒼白していた。
「上皇様におかれましては、この件には、一切かかわりを持たな申されておりまする」
 長茂は飛び上がらんばかりに驚き、顔を振り上げた。
「何故にござりますか。このたびの政変は、稀代の智者、梶原景時殿が筋立てたはかりごと。よもや失敗などありませぬ。院宣をわれらに下しおかれませ」
「長茂はん、上皇様は、こう申されてあらしゃります。小山朝政一人の首もあげられんで、どうして幕府を倒せようか、と」
「それは・・」すがるように長茂は御簾を見つめた。
「われらは本日上洛したばかりゆえ、小山の所在を知らなかったのです」
「ずさん、ではないか」
 簾中からお言葉が発せられた。長茂は恐れおののき平伏した。
「そなたたちに、同調したい気持ちはやまやまである。なれど、このたびの事、あまりに軽挙であると言わざるを得ぬ。朝廷に類がおよんでは、はなはだ迷惑であるよって、早急にここから兵を引くように」
 長茂は体が震えた。頭が真っ白になった。
 上皇はしずしずと退室されてしまわれた。
 遠ざかる足音を聞いていた有資は、「あいやしばらく!」発作のような勢いで顔を上げた。
「われらこれより、小山の一党と一戦交えて参ります。小山の首をば、必ずや上皇様の見参に入れん。その暁には、院宣を賜りたし!」
 立ち上がった有資は、消沈した長茂の背を押すように御所から出た。
「小山を誅伐せよ!」有資は声を励まして旗下を鼓舞した。
 熊彦が人馬の間を駆け回り、手際よく手勢をまとめた。
 長茂はまだ、呆けたように、放心したままである。
 この様子を遠巻きに見ていた高衡は、力なく首を振り、傍らの範季に耳打ちした。
「冥加も尽きたようじゃ。範季殿、わしを匿ってくださらぬか」
「せやったら、急いでここを去らな」
 二人は人目をはばかりつつ、御所の裏門から出て行った。

 長茂の軍勢が都大路に躍り出ると、態勢を整えた小山朝政の手勢が、源氏の白旗をなびかせて、どっと押し寄せて来た。
 小山は目を凝らして長茂の姿を確認すると、弓手を頭上へ掲げて叫んだ。
「あれ逃すな、洛中の逆徒をば一掃せよ!」
 それを押し返すように有資が名乗りを上げた。
「われこそは平賀二郎有義が子、城氏棟梁長茂が宿老、新津四郎有資なり! 源氏の奴ばら駆け出でよ、見参せん!」
 弓を構えると、矢風をたてる勢いで射かけた。
 双方、潮鳴りのごとく鬨を作り、おめき叫んで入り乱れる。
 (えびら)一腰の矢種が尽きた後は、太刀を抜いて斬り合い、くんずほぐれつ火花を散らして死闘に及ぶこと半刻あまり、長茂の手勢は山中行軍の疲労がここに至って災いしたか、気息奄々、巻き藁を斬り払うように、次々と打ち倒されていった。
 大将たる長茂がすでに戦意を喪失しており、味方を励ます声に覇気もない。それは配下の士気に伝染し、もはや寄せ手を押し返す勢いなどなかった。この状況を如何ともしがたしとみた有資は、声を限りに「退け! 退け!」四方へ叫んだ。
 しかし追撃の手はゆるまず、このままでは全滅を免れない。長茂子飼いの郎従らは、有資や熊彦の方をかえりみて、口々に叫んだ。
「殿をお頼み申す! いずこへなりと落ち延びて、再起を図りませ!」
 騎兵は馬の鼻を敵前へ引き向け、徒歩の者は向き直り、もはや一歩も退かずに迎撃の態勢を固めた。ここを死に場と決したのである。
 長茂は涙を呑んで馬を馳せ、有資と熊彦がそれに続いた。

全速力で洛中を駆けた馬が、首を縦に振ってあえぎだした。逃走することに必死で、一度も息をつがせていなかったのだ。三人は下馬し、鎧も脱ぎ捨てて直垂(ひたたれ)姿になった。
 長茂は道端にへたり込み、何も語らない。有資は四方へ目を凝らした。
「熊彦、これよりどこへ落ち延びようか」
「幕府勢は、われらの退路どご断づべがら、近江どご通過して越後さ戻るごどは難しいべ。こごはひとまず、伊賀路より大和国の方さ向がうべが」
「そういえば、高衡殿の姿が見えぬな」
 不思議そうにあたりを見回す有資の顔を、長茂が見上げてくっくと失笑した。
「御所を出たときから、すでに姿などなかったわ。早々にわしらを見限って、逃げたのじゃろう」
「あやつめッ、なんと卑怯な」
 鞍の前輪に手をかけて、ひらりと騎乗した有資は、馬の鼻を来し方へ引き向けた。
「連れ戻して参ります」
「よせ。あんな男など、もういらぬ」
「まだいるのです。われらは西国の同志を語らって、再起を図る。ですからあの男の弁舌の才がまだ必要なのです。
 熊彦、すまぬが殿をお連れして、先に伊賀路へ向かってくれ。すぐ追い付く」
 
 馬を馳せた有資は、今宵の事変を一目見ようと往来へ出ている野次馬に声をかけた。
「唐橋小路はどこぞ、藤原範季邸はどこぞ」
 彼らの指さす方角へ、馬は砂を蹴立てて疾駆した。
 範季邸の門前で手綱を強く引き、のけ反った馬から飛び降りた有義は、声を張り上げて家人を呼び出した。
「主人の命で誰も中へ通せまへん」ひたすら頭を下げる家人らに太刀の切先を突き付けて脅し、有資は邸内にずかずかと立ち入った。
 すでに帰邸していた範季卿が血相を変えて現れ
「新津はん、手荒なまねはやめなはれ」
 しかるような口吻で廊下に立ちふさがったが、突き飛ばして進んだ。
 奥の間の几帳をめくり上げると、そこに高衡が座り込んでいた。
「卑怯者! われらと共に参れ!」
「有資、もう終わりじゃ、終わったのじゃ、わしにかまわず、どこへでも落ち行け」
「終わってなどおらぬ!」
 高衡の襟首を掴んだ有資は、引きずり出して邸外へ向かった。
「誰ぞ、高衡殿の馬を引け!」
「有資、この愚か者めが。もう終わったのじゃ、わからぬか、もう終いじゃ!」泣き出さんばかりに顔をゆがめて、高衡は何度も同じことを言い続けた。
(終わってたまるか。殿を死なせてたまるか。)
 有資の必死の形相と、抜き身の太刀に恐れをなした高衡は、命じられるままに馬鞍を跨ぎ、共に洛外へ馳せた。

 この時、小山朝政は具足を着けたまま御所に参内し、半ば脅迫にちかい勢いで上皇へ詰め寄って、〈城長茂追討の院宣〉を得た。上皇は事変に連座することを恐れ、しぶしぶながら下賜されたのだった。
 これにより、越後にいる資盛や板額(はんがく)も朝敵となり、天下の逆賊とされたことになる。

 長茂と熊彦に追い付いた有資は、馬を乗り捨て、落ち武者狩りを逃れるべく、山中へ分け入った。雪がちらちらと降ってきた。
「で、これからどこへ逃れるというのじゃ」憮然とした顔で高衡が聞いた。
「吉野の辺りまでなら、見当がづぎます」
「吉野へ行って、それからどうする」
「決まっておろう」有資が声を荒げた。
「海を渡って九州へ赴き、かの地の同士を糾合し、再起するのみ」
「馬鹿を申すな。兵馬もなく、この体たらくで、誰がわれらに味方しようか。冷静になれ。いい加減に目を覚ませ!」
「西国がだめでも、まだ甲斐の武田殿がおられよう。越後と甲斐が呼応して挙兵すれば、勝算はある。終わりではない!」
「甲斐の加勢は、討幕の院宣あってのものじゃ。まだわからぬかっ、われらの手に院宣はない!」
「高衡殿、さきほどからのそなたの言、すっかり腰が砕けて情けないかぎりじゃ。奥州藤原氏の名折れであろう!」
「言い争ってら場合ではねぁ!」熊彦が割って入った。
 この様子を見ていた長茂は、大樹にもたれかかり、がっくりと腰を落として号泣した。
「わしは、わしは、今度こそほんとうに、城氏を滅ぼしてしもうた。資盛も、妹も、みんな殺されてしまう。一族郎党、根絶やしにされてしまう。先祖にどう詫びればいいのじゃ、わしはどうすればいいのじゃ」
 ここまで気を張っていた有資も、泣き崩れる長茂を見て、膝を落とした。
 高衡は、何か思いついたように口角を反り上げた。
「長茂、そなた今、詫びると申したな。そうじゃ、詫びれば良いのじゃ。急ぎ吉野へ赴き、出家せよ」
「出家すれば、ゆるされるものなのだが?」
「剃髪した者に、手は出せまい。僧兵が放任されているのと同じ理屈じゃ」
 高衡のこの提案は、暗闇にわずかな光をもたらした。
 小雪のかかる山中を歩き通した四人は、吉野に足を踏み入れて、最初に目にした僧坊の門を叩いた。
 中から出て来た老僧へ、高衡が唐突に言い放った。「出家得度を受けたい」
 事情を一通り聞き終えた老僧は、「了見神妙なり」とうなずいて、すぐに剃髪の支度を整えてくれた。
 長茂が髪を下ろしている間、有資と熊彦は傍らで瞑目していたが、高衡は僧坊の若い衆をつかまえて、なにやらひそひそと話している様子であった。

 その晩、数珠をつまぐりながら、長茂は燭の灯芯をじっと見つめていた。外では雪が小やみなく降り、時おり夜風が板戸をかたかたと揺らした。
「わしが出家したことで、事態を収拾できるであろうか」独り言のように、長茂がつぶやいた。
 長茂の心痛を気遣った有資が、ご心配には及びませぬと言いかけたとき、僧坊の周辺がにわかに明るくなった。
 人の足音がする。しかも大勢の。
 戸を少し開いて覗き見ると、おびただしい数の兵馬が松明を掲げて群集していた。
「殿、討手に取り囲まれております」有資が振り返り、声をひそませて言った。
 静寂を打ち破るように、山間に音声が響いた。
「京都大番役を仰せつかる、小山小四郎左衛門尉朝政じゃ。城ノ長茂、そこに居るか!」
「まさか、こんなに早く、居場所を知られようとは・・」長茂は観念したように目を閉じた。
「心配するな」高衡は、なぜか落ち着き払っている。
「そなたは出家したのじゃ。やつらは手出しできぬ。ひとまずわしが交渉して参ろう」
 僧坊の扉を押し開くと、高衡はもろ手を挙げて外へ出た。
「朝政殿、朝敵長茂は、間違いなくここに居るぞ。そなたに所在を通報したるは、この高衡なり。わしは反乱軍に脅迫され、拉致された者なれば、貴殿の保護を賜りたい」
「たばかられた!」有資は拳を壁に打ち付けた。
 高衡は、ゆっくりと小山の面前に進み出る。
「わしは、あの者らとは無関係じゃ。脅されて、利用されたに過ぎぬ」
 親し気な態度を振りまきながら歩み寄ったが、小山は素早く腰刀を払い、刀身をずぶりと高衡の腹部に突き刺した。
「うっ」
 すがるように小山の具足に手を置いた高衡は、ずるずると崩れるように膝を落とし、どっとうつ伏せに倒れた。
「こやつの、首を掻き切れ」地べたに伏した高衡を一瞥することもなく、小山は配下に命じた。
「長茂よ、観念せよ。そなたはすでに朝敵である。寺社仏閣も、王命には逆らえぬぞ。出て参れ!」
 長茂は、毅然として立ち上がると、僧坊の縁に進み出た。
「ようわかった。じゃが、小山殿、そなたに武士の情けあらば、今少し待たれよ。僧籍に入った上は、最期に経を誦してから縄にかけられたいと存ずる。かまわぬか」
 小山はしぶしぶうなずいた。武士の情けと言われては、無下に断りようがない。
 長茂は、内から扉を閉めた。
「熊彦、これへ」
 呼ばれた熊彦は、神妙な面持ちで平伏すると、さっと顔を振り上げて微笑した。
「おいは武家の出ではねぁが、久しく城家さ仕えさせでいだだぎ、多少は武士の心得どご身さ着げるごどがでぎだように思っております。こごで死ぬだば、おいも喜んでお供致します」
「なにを申す、熊彦。早合点すな」長茂は、ひさしぶりに笑顔をみせた。
 越後を出立した時から、肌身離さず腰に佩いた野狐剣(やこのつるぎ)を、長茂は熊彦に差し出した。
「これを、板額に渡してほしい」
 熊彦は両手を差し上げて、うやうやしく太刀を受け取った。
「熊彦、最後までわしと行動を共にしてくれたこと、ほんに感謝しておる。その太刀を持って、今すぐここを立ち去れ。そなた一人ならば、山中を駆けて越後までたどり着くこともできよう」
 長茂と有資が僧堂の板敷きを外した。
 熊彦は、野狐剣を押し頂き、涙を流して床下に身を潜らせた。もはや感傷に浸っている時間など微塵もなかった。
 板敷きを伏せると、長茂は小太刀の鞘を払った。
「天よ、どうか一族をお守りください。どうか資盛を、穂多を、あの子らをお守りください。ああ、父上、母上、兄上、どうか、どうか、城家を救ってくださりませ。
板額!」
 板敷きにうっぷして、長茂は肩を揺すって泣いた。
 有資も小太刀の鞘を払った。
「殿、刺し違えましょう」
「有資、わしは至らぬ棟梁であった。そなたに、どれほど苦労をかけたであろう。ほんに、ありがとうな。最期の時までこうして共に居られたことを、わしは嬉しく思うぞ」
 有資はにっこり笑って、長茂を抱きしめた。
「あの世にてもお仕え致す。来世にてもお慕い申す」
 涙を流して唇を重ねた。
 二人は互いの襟元を掴み、小太刀の切先を胸元に突き立てて、同時にぐっと引き寄せるように体を重ねた。

 業を煮やした小山が、僧坊の扉を乱暴に開いた。
 そこに見たものは、抱き合うように横たわる二人の亡骸と、板敷き一面の血の海であった。
 長茂、有資、高衡の首は、反乱の首謀者として京の六条河原にさらされた。城軍の戦傷者と捕虜も皆殺しにされた。
 幕末維新まで続く武家政権の歴史の中で、初の討幕の試みは、こうしてあっけなくついえた。後世人は、この事変のことを「建仁の乱」、または「城長茂の乱」と呼ぶ。
 だが、事変は、これで終わったわけではない。
 朝敵長茂の一族が、まだ越後にいる。

第二十二章 孤塁

 熊彦は、いっさんに山中を駆け抜けた。萱や笹をかき分け、渓流の岩場を飛び越え、鹿のように身軽に、猪のように素早く移動した。しかし熊彦は、走りながら思案に暮れている。握りしめた野狐剣(やこのつるぎ)の重さをその手に感じるたびに、切羽詰まった思いが、ますます深まってゆく。いつしか熊彦の足取りは、越後ではなく、甲斐へ向かっていた。
 山を抜けて甲府盆地に入ると、武田有義の所在を調べた。
 熊彦の直垂(ひたたれ)は、汗と雪とで濡れそぼち、所々が破れてひどい身なりだった。武田館の番兵は、突如現れた不審者をいぶかったが、熊彦は手にした剣を突き出して叫んだ。
「おいは、越後城氏が奉行、城ノ熊彦だ。おいが手にしてらのは当家重代の兵具、野狐剣。おいはあやしい者でね。危急の要件があって参上した。今すぐ御当主有義様にお目通り致したい」
 熊彦は、有義の御座の間へ通された。
 ずかずかと慌ただしい足音をたてて現れた有義は、熊彦のなりを見て、すぐに事態を察した。
「院宣は下されなかったのか!」
「はい。残念ながら主は、小山朝政の手にががり、散華されだ。わが軍は全滅致した」
 有義は深いため息をつき、上座に腰を下ろした。
「で、城家はこれから、どう致すつもりか」
「われらは越後で、公然ど挙兵の準備どご整えでぎだがら、もはや後へは引げねぁ。おいも急ぎ居城さ戻り、鎌倉どご相手さ一戦交える事ど相成るべ」
「無謀であろう」
「確がに、無謀だ。んだども、武田殿が鎌倉どご攻めでぐだされば、無謀どごろが、天下の形勢どご逆転でぎます」
 有義は、あからさまに難色を示した。
「それはあまりに危険な賭けじゃ。すまぬが、同意しかねる」
「それでえのだが?」熊彦は身を乗り出した。
「かぐなる上は、城家は家の存亡どご賭げで、死さ物狂いで戦います。しかも、わが方の拠点は、難攻不落の山城なれば、鎌倉勢が苦戦どご強いられるは必定。その隙さ鎌倉さ攻め込めば、ならねぐ幕府はあだ様のものどなるべ!」
 有義は、うなるように考え込んだ。
 しかし熊彦は、たたみかけるようにきっぱりと言った。
「武田殿が、将軍になればえ」
 熊彦は武士というものの性質を理解していた。武士は、己の野心に命を懸ける。大きな権力を欲しがる。この抗いがたい欲求を刺激すれば、勝算など度外視して大博打に打って出ることもあり得る。
 果たして有義は、まんざらでもない表情をみせた。
 武田家は、長らく将軍頼朝の目の敵にされてきたし、はたまた棟梁の座をめぐって弟の信光と泥仕合を続けているのである。鬱勃とした有義の心中に、起死回生の兆しが見えたのかもしれなかった。
「よし。越後が挙兵致すなら、われらは鎌倉へ討ち入ろう」
「心強いかぎりだ!」熊彦は平伏した。
 これで城家を救えるかもしれない。一縷の望みを武田氏に託したのである。

 長茂(ながもち)が自決したあの夜、板額(はんがく)は夢をみた。
 まだ少年だった頃の長茂が、柿の木に登っている。実をかじりながら、甘柿を探しているのだった。物心ついたばかりの板額が、それを見上げている。板額の心に残る、もっとも遠い日の記憶である。
 長茂は、「ほら」と声をかけて、板額の手に甘柿を落とした。板額は取り損ねて、柿が頭にごつんとあたった。途端に板額は、わあわあ泣いた。長茂は慌てて木から降りてきて、頭をさすってくれた。痛かったろう、すまなかった。泣きやまない板額を抱き寄せて、いつまでも背中をさすってくれた。
 やさしい兄だった。目を覚ましたとき、板額は涙を流していた。
 その夜以来、胸騒ぎがして、なかなか寝付けない。

 館の庭一面に、小やみなく雪が降っている。明け方近く、寝所の戸を叩く音がした。浅い眠りの中にいた板額は、すぐに目を覚ました。
「熊彦にござります」
 遣戸を開けた板額は、板敷きに置かれた野狐剣と、たった一人で床に手をつかえている熊彦を見て、事の次第を察した。唇が震えた。
「板額さま、討幕の院宣は、下賜されねぁでした。殿ど有資(ありすけ)どのは、吉野にで自害されだ」
 立ち尽くした板額の目に、涙がにじんだ。
「上洛軍で生ぎ残ったのは、おい一人だ」
「熊彦、無事でなによりです」
 膝をついた板額は、熊彦の手を取ると、両手で包み込むように握りしめた。
「殿は、最後の最後まで、家の事、案じでおられだ。野狐剣どご板額さまに渡してぐれど仰せづがった」
 板額は、驚いたように両目を見開いた。
「兄上が、野狐剣を、わたくしに? まこと、わたくしにと申したのか?」
「まぢがいねぁ」
 板額は指先で涙をぬぐうと、床に置かれた剣を手に取った。そして、何かを考えているようだった。
「熊彦、この剣のこと、しばらく内密にしておいてくれますか」
「と申されますと?」
戦場(いくさば)で紛失したことにしておいてください」
「それは、かまわねぁが」
「お願いします」
 薄明に浮かび上がった板額の表情が、にわかに厳しくなった。

 資盛の御座の間に、皆が集められた。
 熊彦が事変の経過を一通り語り終えると、資盛はとめどなく涙を流し、膝に置かれたこぶしを握り締めた。
「われら、武田殿と呼応して、幕府と一戦交える!」
「弔い合戦じゃ!」師光(もろみつ)が叫んだ。
 新大夫は涙を一拭きすると「熊彦、よくぞ武田と渡りを付けてくれた。甲斐源氏と共に戦えば、勝算はあろう」先行きを確信したように言い切った。
 綱時はしばらく黙っていたが、やがてうなずくと、資盛の御前に顔を向けた。
「朝廷は、形勢の有利な方へ味方します。われらが優勢となれば、向こうから討幕の院宣を差し出して参りましょう」
 資盛はうなずき、板額の方を見た。
「おば上、もはや引き返すことはかないませぬ。鳥坂城(とっさかじょう)にて挙兵します」
 板額は目を閉じたまま、何も答えなかった。
 綱時が「あっ」と声を上げた。
「熊彦、そういえば、野狐剣はどこにあるのじゃ」
「すまねぁが、おいはあの太刀の所在どご知らねぁんだ。戦場の混乱の中で、失われだのがもしれねぁ」
「そんな・・」資盛の紅潮した面持ちが、みるみる青ざめた。
「あれを相伝してもらわねば、棟梁になれぬ」
 しかし、師光は平然と言い放った。
「若、ご念には及びませぬ。あの太刀は価値あるものゆえ、きっと敵が保持しておりましょう。戦に勝てば、必ずや取り戻せます」

 白鳥山の山上に、平氏の赤旗と、城氏一流の御旗が掲げられた。辺り一帯に響けとばかりに、法螺が激しく吹き鳴らされた。
 公然と、反乱の意志を明らかにしたのである。
 時来たれり。城氏に連なる一統は、物具に身を固め、家族を引き連れ、陸続と鳥坂城へ入城した。

 にわかに慌ただしくなった館の中を、穂多が不思議そうに眺めている。
 男たちは鎧を着けて走り回っているし、女たちは櫃に荷物を詰め込んでいる。これから何が始まるのか、少なくとも、楽しいことではなさそうだった。穂多は急ぎ足で熊彦のところへ向かった。
 いつにも増して熊彦は、忙しそうにしていた。都から帰ったばかりなのに、息をつく暇もなく、倉を開いて兵糧の検分をしている。
「兄っちゃ、これは何の騒ぎなの?」
 熊彦は顔を上げると、神妙な面持ちになった。
「穂多、殿が亡ぐなられだ。新津(にいつ)どのも、兄っちゃと一緒さ都さ行ったふとたぢも、みんな死んだ」
「うそ。そんたごど、あり得ねぁ」
 穂多の目に、みるみる涙があふれた。
「えが、穂多。これが戦でいうものだ。そして、これがらわれらも戦どごする。山さ帰るだば、今しかねぁぞ。帰らねぁなら、穂多、よほどの覚悟どご決めれ。戦どは、死ぬが生ぎるがの駆げ引ぎなのだ」
 熊彦の厳しい顔付を見て、穂多はうろたえた。武家というものが、そんな怖いものとは知らなかった。姉っちゃも資盛さまも武家の人だけれど、みんな優しいじゃないか。
「兄っちゃ、みんな戦うの? 姉っちゃも資盛さまも戦うの?」
「当だり前だ。それがあの方だぢの使命なんだ」
「なら、おい、山へは帰らねぁ。こさ残る」
「おめは、ほんとに馬鹿だな。おれどそっくりだ。なら穂多、おめも皆様の手伝いどごしてごい。館の荷物どごまどめでごい。急げ」
「わがった」
 穂多は慌てて駆け出した。

 事変後の詳細が、徐々に越後にも伝わって来る。長茂と有資の首級が都大路を引き廻され、六条河原に晒されたと知った資盛たちは、ますますいきり立った。
 鳥坂城から越後の大地を見下ろして、来るべき大戦を想定し、戦略を検討した。
 綱時が扇子を持った手を眼下に伸ばして、資盛に進言する。
「この櫛形(くしがた)山脈と、塩津潟の湿地に挟まれた隘路へ敵を引き込めば、少ない手勢で討っ手を迎撃できましょう」
「その時は、この師光が先陣を賜りたい」
「いいや、わしに先陣を」
 新大夫と師光は、すでに先陣争いを始めている。
 しかし、残雪に覆われた越後は、まだ初春の静寂に包まれており、追討軍が鎌倉を進発したとの報もなかった。近隣の御家人たちも、まったく攻めて来る様子がない。
 越後の地頭たちは、もとは坂東からの進駐軍であり、数年来の隣人である城氏に敵意など抱いていなかった。これからも代々所領を統治していく上で、地元民から親しまれている名族を敵に回したくなかったのである。

 甲斐の武田有義も、鎌倉へ攻め込むべく、着々と準備を整えている。
 かつて、有義の父信義は、平氏打倒の先兵となって駿河国を占拠し、頼朝と共闘して富士川の合戦を勝利へ導いた。いわば幕府創設の立役者であり、最大級の功労者であったにもかかわらず、嫡宗権をもつ同族であるがゆえに迫害され続けてきた。つねに頼朝から忠誠心を疑われ〈子々孫々まで宗家に弓引くこと有るまじ〉などと起請文まで書かされた父の屈辱を、有義は一日たりとも忘れたことがない。
 有義自身も、頼朝の在世中、鶴岡八幡宮でおこなわれた大般若経供養の式典の場で、頼朝に面罵されたことがある。御剣役を務めていた有義の態度が不遜であり、気に入らぬと、居並ぶ御家人たちの面前でどやしつけられた。有義はすっかり面目を潰し、この件以来、一族の中での求心力も失われた。弟信光がにわかに台頭し、棟梁の座をめぐって紛糾しているのはこのためだった。
 有義は、奥州の阿津賀志山で共に戦った城氏を信用している。城氏もまた、幕府政権下で苦渋を舐めて来た一族だからである。幕府打倒の信念においても、軌を一にしている。同志として不足はない。
 兵馬を整えつつある有義の動向を知って、驚いたのは弟の信光であった。いよいよわしを討つつもりか。そう疑ってもおかしくない不穏な情勢が続いていたから、信光は慌てて叔父の館へ逃げ込んだ。
「叔父上、兄が攻めて来る」
 一族の長老として、有義と信光の確執を根気よく調停して来たのは、叔父の浅利与一である。一族の有力者たちが次々と幕府の調略にかかって自滅してゆく中で、与一だけは生き延びてきた。武の誉れ高く、弓箭の達者と称えられる与一のことを、将軍頼家さえも尊敬していたからであろう。
「叔父上、わしに味方してくだされ!」
 すがりついて来た信光を、与一はひとまずなだめた。
「有義殿が本気で戦を始めるつもりなのか、わしがこれから確かめて参る」
 与一は馬に打ち跨ると、砂を蹴立てて有義の館へ向かった。

 山と積まれた武具と、武装した郎従でごった返す中門廊をずかずかと進み、与一は有義の御前にどかりと腰を下ろした。
「有義殿、これはなんのまねか。わかるように説明せよ」
「叔父上、止めても無駄じゃ。わしはやると決めた」
「お家騒動なぞ起こしたら、今度こそわれらは、幕府に潰されてしまうぞ」
「その幕府を潰すのじゃ」
 有義の目に、ただならぬ殺気が籠っていた。
「わしは叔父上を信用しておる。ゆえに、隠し事はせぬ」と言って、ここに至った経緯を、洗いざらい打ち明けた。
 与一は腕を組み、瞑目して耳を傾けていたが、一通りの話を聞き終えると、カッと目を見開き、有義の顔を見据えた。
「事情は、しかと理解した。じゃが、わしは反対じゃ」
「何故じゃ」有義はうろたえた。百戦錬磨の叔父ならば、きっともろ手を挙げて賛同してくれるにちがいないと思っていたのだ。
「有義殿、そなたは何もわかっておらぬ。鎌倉の幕府が、一朝一夜にしてできたとでも思うておるのか。頼朝公は平氏を打ち負かし、奥州を平定なされた。その実力を背景にして、征夷大将軍となられたのじゃ。そなたが越後追討の隙を突いて鎌倉を占拠し、にわかに将軍を名乗ったところで、火事場泥棒の所業に過ぎぬではないか。誰がそのような者の臣下に下ろうか」
 有義は、反論しようと身構えて、しばし言葉を詰まらせた。
「なれど、叔父上、越後は起つのですぞ。阿津賀志山で共に戦った弓馬の友を、叔父上は見殺しにするつもりか!」
 そう言い返されたとき、与一の脳裡をよぎったのは、板額のことであった。
 あの凛とした娘の面影を、与一は今でも思い出す。血生臭い戦場の記憶ばかりが積もってゆく人生の中で、唯一見つけた花だったかもしれない。もはや二度と会うことはなからうと思いながらも、息災であれと祈り続けてきたのだった。
「城氏を見捨てるつもりか!」有義は再び詰め寄った。
「仕方なかろう」
 与一は、低い声で答えた。
「当家は、他家のことまでかまってはおられぬ。わが一族を守り、存続させることのみに心を砕く他なし。それが、武家というものじゃ」
 そう言いながらも与一は、板額の面影を追っていた。武田が離反すれば、城家はまちがいなく討滅される。根絶やしにされる。板額は自害するか、殺されるか、凌辱されることになるだろう。それでも与一は、一族の長老として、有義の暴挙を阻止しなければならなかった。こみ上げてくるやるせない思いが、喉に詰まり、吐きそうなほど胸を締め付けてくる。
 有義が憤然と立ち上がった。
「浅利与一、この臆病者め! わしは一人でも鎌倉へ攻め込む!」
「ならばわしと一戦交えてから参れ!」与一も立ち上がり、行く手をさえぎる勢いで怒鳴り上げた。
 弓箭の眉目とうたわれた叔父の猛反対を前にして、事かなわぬと察した有義は、力なくその場に崩れ落ち、号泣した。

 有義の挙兵未遂を、与一は内密にしようと努めた。
 しかし、事態の詳細を知った信光は、「愚兄は何をやらかすか知れたものではない」と不信感を募らせ、一切を幕府に通報した。
 これを知った有義は、一族に類が及ぶことを恐れ、どこへともなく身をくらませてしまった。
 兄を排して棟梁となった信光は、幕府と良好な関係を築くことに生涯を費やし、これより十四代を経て、戦国時代の雄、武田信玄を登場させることになる。

 越後の御家人たちは、いつまでたっても動かない。幕閣はさすがに業を煮やした。
 なかでも、和田義盛のいらだたしさは尋常でなかった。弟の宗実が越後の地頭を勤めていたからである。
「あの馬鹿め、なにをもたもたしておるのじゃ!」
 何度も急使を遣わして、出兵を催促しているのである。それに答えて鎌倉に届けられた宗実の書状には、偽らざる越後地頭衆の本音が滔々と述べられていた。
〈城氏を敵に回したらば、今後の統治能わず〉
「一理あろう」
 大江広元も、北条政子の兄時政も、宗実の意見に一応の理解を示した。
「ならば誰が、越後を攻めるのじゃ!」わしが参らんとばかりに和田は息巻いたが、都と甲斐で討幕未遂事件が起こった矢先であれば、坂東から兵馬を動員し、鎌倉を留守にするわけにはいかない。
上野(こうずけ)の、佐々木西念に白羽の矢を立てるか」
 大江の提案が衆議をまとめた。
 佐々木西念。元の名は盛綱。
 先代頼朝の、最古参の宿老である。源平争乱期には、藤戸の海峡を馬で押し渡り、平氏一党を散々に蹴散らした伝説の猛将である。
 頼朝の死後、出家して西念と名乗った。
 何かにつけて頼朝を引き合いに出す西念は、将軍頼家に忌み嫌われ、上野に左遷されていたのである。
「西念ならば、上野や信濃の御家人をまとめて追討軍を編成し、越後を平定することなどたやすいだろう」
 さっそく幕閣は、上野国へ向けて急使を走らせた。

 いよいよ越後が、戦場になろうとしている。
 和田宗実が、周囲の地頭を代表して使者に立った。城氏を信用している宗実は、馬の口取り一人を供に連れて、鳥坂城へ出向いた。
 すぐに将座の御前へと通された。
 上座に資盛、板額たちは左右に列座している。
「資盛殿、久方ぶりにござりまするな。息災でしたか」
 できるだけ友好の意志を示したい宗実は、戦の使者とは思えないほどの笑顔と、いんぎんな物腰である。
 が、ひとたび居住まいを正すと、事態の核心を、ずばりと突いてきた。
「貴家は、甲斐の武田氏と、気脈を通じていたのではあるまいか」
 広間の空気が張り詰めた。
「図星ならば、速やかに矛を収められよ。甲斐では密謀が露見し、武田有義殿は逐電した」
 青ざめた資盛の、喉ぼとけが大きく動いた。
「都での事変、甲斐での騒動、そして、鳥坂城の挙兵。これらにもし関連があるのなら、企てはすでに失敗したと言わざるを得ぬ。いかにここが堅牢な山城であっても、もはや孤塁と成り果てた」
 宗実は、左右を見回した。
「それでも反乱の意志を曲げぬなら、城氏は族滅の憂き目にあおう。
 資盛殿、如何なされるか」
 詰め寄られた資盛は、まなじりを決し、十代の青年とは思えぬほどの強い意志の力で、内心の動揺を自制している。
「当家の棟梁は、宸襟(しんきん)を休め奉らんと兵を挙げたにもかかわらず、賊軍の汚名を着せられ、挙句の果てに首級まで晒された。このうえわれらが幕府に一矢も報いず、詫びなど乞えば、わが一族の名は、後の世まで笑いものとなろう」
 資盛の目が充血し、うるんだ。それでも毅然と前を見据えている。宗実は、もはや交渉の余地なしと察した。
「資盛殿、近々鎌倉の追討軍が、鳥坂城へ攻めて来ましょう。なれど、われら越後の御家人衆は、決して城氏に敵意など抱いておりませぬ。本日は、久しくよしみを結んだ隣人として、それを伝えに参った」
 宗実は立ち上がると、深く一礼した。
「皆様、ご武運を」
 目のふちに涙を光らせて、宗実は去って行った。

 沈黙が続いた。
 板額は肩で大きく息をすると、綱時に向かってたずねた。
「戦を避ける手立ては、もうないのですか」
「いまさら、振り上げたこぶしを下げられないでしょう」
「ならば、もう、引き返せないのですね」
「この戦、城氏が滅ぶまで終わりませぬ」
 突如、師光が豪快な笑い声をあげた。
「もはや、これまでじゃ。しかし、望むところじゃ。われら、、最後の一兵となるまで戦い抜き、華々しく滅ぶべし」
「おおそうじゃ師光」新大夫も笑い出した。
「天下にわれらの大立ち回りを見せてやろうぞ。城氏の誇りと武勇を、存分に見せつけてやるのじゃ。それが亡き殿の供養ともなろう」
 資盛は二人を代わる代わる眺めて、深くうなずいた。
「この資盛、越後城氏の嫡々なれば、一族の誇りを貫いて死するは本望じゃ。屍を山野にさらそうとも苦しからず」
 板額は、この悲痛な熱狂の一隅に身を置きながら、遠い目をしている。
 やがて皆立ち上がり、臨戦態勢を整えた山城の、それぞれの持ち場へ去って行った。

 板額はそっと熊彦を呼び止めた。
「熊彦、ついて来ておくれ」
 板額が向かった先は、鳥坂城の第五曲輪(くるわ)だった。
 そこには、かつて国府の目をはばかり、食料を隠した抜け穴がある。資永(すけなが)が築城の際に掘り進めていた、あの抜け穴である。
 山腹に作られた石室の奥にあり、普段は積み石で塞がれている。
「この抜け穴がどこまで続いているのか、わたくしと一緒に中へ入ってくれませぬか」
 板額の思惑を、熊彦は即座に理解した。
 二人がかりで壁面の石を引き抜き抜くと、松脂をたっぷり滲み込ませた松明を燃やし、真っ暗な抜け穴の奥を照らした。

第二十三章 闇の行方

 抜け穴は、人が身をかがめずに通れるほどの広さがあった。急な斜道となっており、山下へ向かって続いている。
「しったげ深えね」
 松明をかざして、熊彦が先を歩いた。
「どこまで続いているのでしょう。出口、あるのかな」
 真っ暗な傾斜が延々と続き、さすがに板額(はんがく)も心細くなってきた。
 冷んやりと湿った穴の中を、半刻ほど下り続けると、ようやく闇のむこうに、かすかな光が見えて来た。
「出口だ」熊彦が安堵したように振り返った。
 大きな岩と岩の隙間から、日差しが一筋差し込んでいる。二人は身をよじらせて外へ抜け出ると、ひとまず大きく息を吸い込んだ。
「ここはどこですか?」
 熊彦は辺りを見回した。そこは山と山とに挟まれた、ごく狭い平地だった。
「山の、東側の麓みだいだ」
「ほんとうに? 北側でなくて?」
 再び熊彦は、注意深く周辺を見回した。
「まぢがいねぁ。こごは、城の東側だ」
 意外だった。城内から脱出するための抜け穴であるなら、出口は山の北側にあるはずだった。城氏が大挙して身を隠せる場所といえば、北方の出羽方面しか考えられなかったからである。
 城氏の祖先は秋田城介であり、出羽はかつての領地なのである。未だ縁故も多くあるから、匿ってもらうこともできよう。しかも北側の麓には、置賜郡(米沢盆地)へ通じる道もある。板額が想像していた逃走経路は、疑いもなく北へ向かっているはずだった。
資永(すけなが)様でいうお方は、思慮深えお方だったのだべ。何が思惑があったにぢがいねぁ」
 熊彦の言う通りである。資永は、物事の裏の裏まで考える人だった。抜け穴の方角にも、必ず意味があるはずであり、板額に何かを伝えようとしているにちがいない。
「おそらぐ」とつぶやいて、熊彦が北の方角へ目を凝らした。
「資永様は、安易な逃走どご、避げだがったのでねだべが」
 熊彦のこの一言で、板額は、亡き兄が意図したことを理解できたような気がした。
 かつての仇敵、源頼朝は、十三歳で平氏の捕虜となり、伊豆へ流された。清盛は頼朝を殺すつもりだったが、継母の池禅尼がこれに猛反対したという。頼朝の顔立ちが、亡くなったわが子の面影と似ていたため、情けをかけたといわれている。結果としてこの判断が、後に平氏を滅ぼしたのである。
 この皮肉な現実を、最大の教訓にしたのは、むしろ源氏の方ではなかったか。後難を恐れるなら、敵の血筋は、たとえ幼い子供であっても一粒も残してはならない。草の根を分けても探し出し、根絶やしにしなければならない。頼朝に従った坂東武者たちは、自分たちの勝利の端緒が何であったのか、痛いほど理解していたはずだからである。
 もし、城氏が城を捨てて逃亡すれば、討伐軍は血眼になって落ち武者狩りをするだろう。そのとき彼らは、板額と同じことを考えるはずだった。城氏の落ち行く先は、先祖伝来の地、出羽方面にちがいない、と。
「兄上は、敵の裏をかこうと考えたのでしょう。
 でも、東側へ逃れたとして、それからどうすればいいのかな」
「山ひだ深ぐ分げ入って、世間がら隔絶されだどごがに、隠れ里どご作るしかねぁのでは」
 そうだ。兄上も、きっと同じ事を考えていたにちがいない。兄上はいつも、家族を守りたいと言っていた。一族の誇りとか、武士の名誉などというものをかなぐり捨ててでも、あの兄なら、生き延びる道を選んだにちがいない。板額はそう思った。
 二人は山の麓を散策した。途中、熊彦は何度も立ち止まり、腕組みをして唸った。
「あの抜げ穴には、なしても避げられねぁ欠陥一づあります。いや、抜げ穴の欠陥でねぁんだ。この山脈自体問題なんだ」
 熊彦は忌々しそうに山上を見上げた。
 鳥坂城(とっさかじょう)は、櫛形(くしがた)山脈の北端にある。
 ここは日本一小さな山脈であり、尾根伝いに周辺の山脈と繫がっていなかった。つまり、山のどこかへ落ちのびて行くにしても、どうしても一端、山麓の平地へ降りなければならないのである。
「平地どいっても、すぐそさ隣の山脈迫ってらがら、大した距離でね。んだども、こごどご通ってらどぎに、敵兵さ遭遇してしまう可能性があります」
 ごく狭い平地なのだが、ここが最大の難所なのだった。
「しかも、大勢で落ぢのびるどしたら、夜移動するのは無理だ。武家の方だぢは、山さ慣れでいねぁがら」
 だが、板額は、すでに決意を固めていた。
「ともかく、危険は承知の上で、山のどこかへ落ちのびるという可能性に、わたくしは賭けてみたい。熊彦、武家の者が山の奥に里を築くのは、やはりなみなみならぬことでしょうか」
「もぢろん大変だよ。里どご築ぐ前さ、飢え死にしてしまうがもしれねぁ。んだども城家の皆さんは、かづで栃の実どご食いづねぁで生ぎ延びだ経験があるがら、なんとがなるがもしれねぁ」
「熊彦、やりましょう。隠れ里を作りましょう」
「それには、おい一人の力では無理だ。これがら、ひとっ走り秋田さ戻って、仲間どご集めで来ます」
「お願いします。もう時間があまりないから」
「板額さま、どうされますか、山の上まで送るべが?」
「いいえ、心配しなくていいですよ。あの穴に一人で入るのは怖いから、麓を歩いて帰ります」
「抜げ穴くぐるのがおっかねえのだが? 意外だな、無敵の板額さまが」笑いを抑えながら、熊彦がからかった。
「無敵じゃないですよ。わたくし、そんなに強くないのだから」
 熊彦は深くうなずいてみせると、羽州秋田を目指して駆けて行った。

 板額は、熊彦を見送りながら、じっとその場にたたずんでいた。
 大きく息を吸い込み、天を仰いだ。ゆっくりと目を閉じて、しばらく虚脱したように立ち尽くした。
 板額の心に、差し迫った声が、繰り返し響いている。今も、その声が聞こえている。
「この戦、城氏が滅びるまで終わりませぬ」
 越後も春めいてきた。まだ残雪は溶け切らないが、風はいくぶん暖かくなってきた。まぶたを透く日差しが痛いほどまぶしい。その明るさの中を、鮮やかな記憶の映像が浮かんでは消えた。
 父上。
 母上。
 にゅーどー。
 嘉乃さま。
 資永の兄。
 長茂(ながもち)の兄。
 有資(ありすけ)どの。
 名門城氏である前に、どこにでもある、普通の家族だったにちがいない。
 なぜ、これほど多くの身内が、次々と死んでゆかなければならなかったのか。この先も、死なねばならないのか。
 乱世とは、いったい何なのだろう。それは、天災ともちがう。人間がもたらす、抗い難い災い。手のひらに収まるほどの小さな幸せでさえも、容赦なく飲み込んでしまう怪物。
 けれども、こうして目を閉じていると、不思議と心が澄んでくる。これが、熊彦や穂多の言う、山の神の存在なのだろうか。越後の美しい山並みが、自分を包み込んでくれているような気がした。春の暖かな日差しは、まるで、人肌のぬくもりのようだった。
 板額は、ゆっくりとまぶたを開いた。大きな二つの瞳に、何かただならぬ、決然とした意志が宿っていた。

 上野(こうずけ)の山々の稜線を、朝日が明るく縁取っている。それを、館の門前に突っ立って、いまいましそうに眺めている男がいる。
 頭をまるめた僧形でなければ、白髪の目立つ齢だろうか。この男が上げた数々の武功も、世間ではそろそろ昔話になろうとしている。
 佐々木西念ほどの者が何故に不遇をかこっておるのか、と、この男はいつも自分に問いかけている。だから往々として楽しまない。
 将軍頼家に疎まれ、上野国に隠居させられて以来、猛獣のような鬱積を、歯噛みしつつなだめる日々なのである。
 もう一度、戦場(いくさば)へ出たい。源氏の旗を押し立てて、華々しく太刀風を起こしたい。武士の本懐とは、たったそれだけのことなのだ。
 確かに、この男の隠居は早過ぎた。誰もがそう思っていたから、白羽の矢が、期せずして上野へ放たれたのである。
 いつものように憮然としながら、房楊枝に塩をつけて、朝日を眺めながら歯を磨いていた西念の元へ、一騎の早馬が駆けつけて来た。
「鎌倉から至急のお達しにござります」
 西念は、使者の差し出した御教書をひったくると、楊枝を口にくわえたまま、書面に落とした目をせわしなく上下させた。みるみる顔が上気した。
 読み終えるや否や、夜着のまま馬鞍に打ち跨り、一鞭くれて館を飛び出してしまった。
 慌てたのは佐々木家の郎党である。どこへともなく突っ走って行った主人に追い付こうと、誰もが転げるように後を追った。
 馬上の西念は、腹の底から湧き上がる興奮を抑えきれず、鞭を振るって高らかな笑い声を上げた。
「見ておれ、城の奴ばら!」
 上野国の磯部郷を発った西念は、馬を乗り継ぎながら、三日の後に中越に達した。この驚異的な素早さは、一日平均七十三キロを走り通した計算になる。城氏追討にかける西念の意気込みのすさまじさを物語っているだろう。
 越後に到着した西念は、すかさず諸方へ軍勢催促の使者を派遣した。
中越、上越にとどまらず、信濃から佐渡の兵馬まで搔き集めた。
 源氏の白旗を林立させ、陣触れの法螺を吹き鳴らし、またたくまに編成した大軍団を引き連れて、阿賀野川を押し渡った。
 西念が動員した軍勢は、山城一つを攻略するには有り余る数である。城氏を皆殺しにするどころか、山すら崩しかねない勢いだった。

 いよいよ城氏の勢力圏内へ進行して来た討伐軍の威勢は、白鳥山からもよく見えた。城内の人々は、曲輪(くるわ)の木柵にひしめくように集まり、固唾をのんで眼下に目を凝らした。
 源氏の白旗は、資盛が予想していたよりもはるかに多い。城氏を完膚なきまでに叩き潰そうという鎌倉側の意向が、風にたなびく流れ旗の数で知れた。
「あのふとたぢは、何どごしに来だの?」
 資盛の傍らで、穂多がたずねた。
「戦をしに来たのじゃ」資盛は、まばたきもせず、眼下を睨み据えている。
「戦しに来で、これがら何するの?」
 はっとして、資盛は穂多の顔をのぞき込んだ。
「穂多は、戦を知らぬか」
「死ぬが生ぎるがの駆げ引ぎだって、兄っちゃが言ってだ。んだども、けっぱれば生ぎられるんだべ?」
 資盛は、どう答えたらいいかわからず、視線を眼下へそらした。
「穂多は、死ぬのが、怖いか?」
「もぢろん、おっかねえよ」
 資盛は、何も言わず穂多の手を取り、強く握りしめた。穂多の手に触れたとき、自分の手のひらが汗で湿っていることに気が付いた。
 夜になると、白鳥山の周辺が狐火に包まれたように明るくなった。追討軍の篝火と、焚き火の光炎である。城内の誰もが、この戦いの結末を、残酷なほど露骨に突き付けられている。
「城内の者を、主郭に集めてください」
 板額に下知された師光(もろみつ)は、心底、心強いことだと思った。城内を覆っているどん底の士気を、鼓舞し高めることができるのは、板額さましかいない。集合を呼びかける師光の声に、失いかけていた生気がみなぎった。
 主郭に人々が集まると、板額は館の広縁に進み出た。
 誰もが、板額の言葉を待っていた。励ましてくれるのを待っていた。心強い言葉をかけてもらえれば、主従共々、勇ましく戦い、死んでゆけるから。
 初春の山上は冷え込み、吐く息もまだ白い。板額は黒い羽袖を外套のように身にまとっていた。篝火の鋭くはぜる音だけが、曲輪のあちこちで響いている。
 広縁から人々を見回しながら、板額は優しく微笑みかけた。
「すっかり、囲まれてしまいました」
 この一言だけで、人々は押し殺してきた感情がふいに緩み、すすり泣く者もいた。
「この戦の結末を、そなたらは知っていますね。そう、わたくしたちは、それを嫌と言うほど知っているのです」
 一人一人を見つめるように、板額は語りかける。
「平氏も、奥州藤原氏も、梶原景時殿の一族も、容赦なく根絶やしにされました。女も、子供も、老人も。彼らは何を思って死んでいったのでしょう。一族の誇り? それとも、武士の名誉?
 もし、黄泉の国と話ができるなら、わたくしは死んだ者たちに問うてみたい。あなたたちは、それでよかったのか。本当にそれを望んでいたのか、と。
 わたくしたちはかつて、この山城で、食べられるものは何でも食べて、生き延びました。よもや、あの栃の実の味を忘れてはおらぬでしょう」
 板額が笑顔を見せると、人々も互いの顔を見合わせて微笑んだ。
「あのとき、わたくしたちは、なりふり構わず、生きようとしました。国府の者たちは、そんなわたくしたちのことを、栃武者とそしったものです。
 わたくしは、今でも、あのとき生き延びてほんとうに良かったと思うております。人生には続きがあった、楽しいことも苦しいことも、まだまだこんなにあったんだ、そんなふうに思うたびに、生きておって良かったと思えるのです。
 わたくしは問いたい。そなたらは、一族の面子のために、死にたいと思うておりますか? 特に、女たちに聞きたい。一族の誇りのために、わが子を手にかけて、それでもかまわぬと思えますか」
 しばらく沈黙が続いた。
「ですが、われらはここまで追い込まれてしまった。かくなる上は、この戦、城氏が滅びるまで終わりませぬ。ですから、わたくしたちは、ここで、一度滅びなければなりませぬ」
 固唾を飲んで聞き入る資盛の袖口を、穂多が強く握りしめた。
「皆々、よく聞いてください。城内に居る者を、二つの組に分けます。
 一組は、ここに踏み留まり、最後まで討伐軍に抵抗して玉砕する。この組を率いるのは、わたくしと、豊田師光、平新大夫(たいらのしんだゆう)です。
 もう一組は、戦闘の混乱に乗じて城外へ脱出し、山中深く分け入り、世間から隔絶されたどこか遠くの山間に、われらが根を下ろせる山里を作ります。この組を率いるのは、小太郎資盛、奥山綱時、熊彦です」
 騒然とした。特に、資盛と、綱時は、両目を見開き、唇をぶるぶると震わせた。
「女子供は、すべて脱出組です。そして、家族の中の男子一人が、玉砕組としてここに残ってください。残酷な選択を迫っていることは、重々承知の上です。どうか、家族で話し合って決めてください」
「承服しかねる!」資盛が怒鳴った。
「城家嫡々たるこのわしが、城を捨てておめおめと逃げることなどできましょうや! あり得ませぬ! わしに城を捨てろなどと命ずる資格、おば上にはありませぬ!」
 板額は、ゆっくりと羽袖をめくった。
 板額の手に握られていたのは、白い鮫皮の柄、金銀細工の施された赤い鞘。
 それを、突き出すように人々の面前にかざした。
「見よ! これは野狐剣(やこのつるぎ)である。この剣を、わたくしは先代長茂より相伝された。
 何人たりとも、わたくしの命に逆らうことはできませぬ!」
 誰もが息を呑み、言葉を失った。資盛は、まばたきすることも忘れたように、呆然と剣を見つめた。
「資盛、綱時、中へ参れ」
 板額の姿が館の中へ消えた。篝火のはぜる音だけが、山上のところどころで響いていた。
 よろめくように歩き出した資盛の顔は、生気を失ったように青白かった。穂多は袖口から手を放し、おびえたように資盛の背中を見送った。師光と新大夫が歩み寄り、穂多の肩にそっと手をかけた。

 部屋の隅の薄明るい燭が、三人の影を揺らしている。
 資盛はうなだれて顔を上げられず、綱時は膝の上でこぶしをきつく握り締め、なんとか平常心を保とうとしていた。
「今、熊彦が、助勢を乞いに羽州秋田へ向かっています」
 資盛は、口惜し気に板額をにらんだ。
「野狐剣のこと、われらに黙っていたのですね。ひど過ぎます」
「すまないと思うております。なれど、長茂の兄が、剣をわたくしに相伝したのは、ほんとうじゃ」
「おば上は、わしのことを、末代までの恥さらしにするおつもりですか」
「そうかもしれませぬ」
 板額は、視線を床へ落とした。
「そうかもしれぬ? そうに決まっておるでしょう! おば上は、わしに生き恥をさらせと申されるのですか。身内を残し、家臣を置き去りにして、自分だけ城から逃げよと? わしは城氏の嫡男なのです。そのような見苦しいことをすれば、一生の汚名を背負うことになる。後の世まであざ笑われるようなことをわしにさせて、ひどい仕打ちだとは思われませぬか!」
「思います」
「ならば、撤回していただきたい! 城にはわしが残りますから、どうかおば上が落ちのびてくだされ」
「それはならぬ」
「何故ですか」
「資盛、そなたは先ほどから、城家の嫡男だと申していますね。それならば、嫡流として、一族を守って行くのが勤めではありませぬか」
「そうかもしれませぬ。しかし、わしは武士です。臆病者とそしられるのが一番辛い、死ぬより辛い! 山奥などへ逃げて、おめおめと生きてゆけませぬ。ですから、おば上、どうかここで、死なせてくだされ」
 資盛は涙を流しながら、膝をにじらせた。
「なりませぬ」
「お願いです、死なせてくだされ!」
「資盛、これは棟梁からの厳命なのです。聞けませぬか」
「残酷です! ひどすぎる!」
 憤然と資盛は立ち上がり、踵を返して出て行ってしまった。

 後には板額と、綱時だけが残った。
「綱時も、資盛と同じ気持ちなのでしょう」
「もちろんです。板額さまや、義兄弟を残して、敵前から逃亡するなど、死ぬより辛い」
「資盛が生きのびてくれれば、城氏は滅びません。これが、わたくしたちに残された、最後の道です。綱時、そなたなら、わたくしの言いたい事、わかってくれますね」
「わかります。でも、なぜ、わしなのですか」
「城を出てからが、ほんとうの闘いだからです。人里離れた山奥に、新たな郷を作るのですから。いかに熊彦が優秀でも、これは手に余ります。
 綱時は、資盛の守役でもあり、実務能力にも長けていますから、そなたになら、安心して、後事を託せます。危急のときは、抵抗できるだけの武勇もある」
「こんな状況でなければ、嬉しいお言葉ですが」
「ねえ、綱時」板額は、ようやく厳しい表情をゆるめた。
「資盛は、幼き頃より両親を亡くし、わたくしが育てたも同然。わが子同然なのですよ」
「よく、わかります」
「難しい理屈などないのです。わたくしはあの子を生かしたい。
これまで、ずっとわたくしを支えてくれた、一族郎党の家族を守りたい。それだけなのです」
「わしは、子供の頃から、ずっと板額さまのおそばに仕えてきましたから、板額さまのお気持ちは、よく理解できます」
「辛い役回りなのは、百も承知しています。でも、お願い。わたくしを安心して死なせておくれ」
綱時は涙をすすり上げると、居住まいを正して、いたわるような笑顔をみせた。
「板額さまは、こうと決めたら、てこでも動かないでしょう。わかり申した。この綱時、全力で資盛さまをお守り致します」
 板額は、堪えていた感情がゆるんだように、両目に涙をためて、綱時をきつく抱きしめた。

 曲輪の木柵に、師光、穂多、新大夫がよりかかって星空を眺めている。三人とも、ぼんやりと、頭上を見上げていた。
「師光ど新大夫の兄っちゃ、玉砕って、なんのごど?」
「みんな、死ぬってことじゃ」師光がつぶやいた。
「じゃあ、資盛さまは死なねぁのだべ? なのに、なんであんた悲しそうな顔どごしてだんだべ」
「そりゃあ、お辛いだろうよ」新大夫は深いため息をついた。
「なんで、辛えの? 死ぬほうが、ずっと辛えべ」
「武士にはな」と言って、師光は穂多の顔をのぞき込んだ。
「誇りというものがあるのじゃ。それを失うぐらいなら、死んだ方が良いと思えるほど、強い誇りがな」
「誇りって、そんたに大事なものなの? 食い物よりも?」
「おお、そうじゃ。食い物よりも大事なものじゃ」
「そいだば、家族よりも?」
 うっと、師光は言葉を詰まらせた。
「どうじゃろう、新大夫、武士の誇りは、家族よりも大事か?」
「わしに聞くな。そんなこと、考えたこともなかったわ」
「家族よりも大事なものでながったら、そんたもの、大したものでねぁよね。武士って、変なもの大事にしてらんだね」
 穂多は数歩前に出て、振り返った。
「師光の兄っちゃも、新大夫の兄っちゃも、死ぬの?」
 師光は、誇らしげに笑って見せた。
「おう。わしらは玉砕組に選ばれた。名誉なことじゃ」
「姉っちゃも、死ぬの? 姉っちゃもそんたふうに、喜んでらのがな?」
 新大夫は、だんだん頭がこんがらがってきた。
「喜んでおるのかな。喜んでは、おられないだろうなぁ」
「おいね、今こごで起ごってらごとが、よぐわがらねぁんだ。なにがどうなってらのだが、よぐわがらねぁんだ」
「穂多、わからなくていい。わからないほうがいい」師光も前に歩み出て、穂多の肩に両手をのせた。
「あ、流れ星」
 再び三人は、満天の星空を見上げた。

 頭上に横たわる雄大な天の川と、追討軍の無数の篝火が、天地をほの明るく染めている。

第二十四章 死ぬる者と生くる者

 兵馬を奥山荘(おくやまのしょう)へ踏み込ませた佐々木西念は、付近の寺院に宿営した。
 禿頭に焙烙頭巾を被った西念は、腕を組み、白鳥山の山容を凝視している。朝からずっと、そうしているのである。境内の砂利をつついていた雀が、一斉に飛び立った。
「すまぬ、遅参した」
 背後に感じた人の気配が、親し気に声をかけてきた。なつかしい声である。
「おお、清親、やっと参ったか」
「おぬし、ほんとうに出家したのだな。この罰当たりめ。佐々木盛綱が極楽浄土へ行けるはずもなかろうて」
 同世代らしい戯言を交わしながら、二人は互いの肩を力強く掴んだ。
「盛綱、いや、今は西念か。わしなどを駆り出さねばならぬほど、今度の戦、幕僚が不足しておるのか?」
「そうではない。しかし、百戦錬磨の幕僚が不足しているといえば、確かにそうじゃ」
「のう、西念、考えてもみてくれ。わしは保元平治の乱からずっと戦って参ったのじゃぞ。あのとき頼朝公は、確か、まだ十三歳だったな。わしはもう爺じゃ。さすがに引退しても良いころじゃろう」
「いいや、おぬしを引退させることは、まだできぬ」
 西念が、この戦友にこだわるのには、もっともな理由がある。
 武家の世界で、藤沢清親の名を知らぬ者はいない。弓の名手であり、幕府の弓矢始めの行事では、いまだ射手に選ばれるほどの腕前なのである。しかもその実力は、源平争乱の最初期から、実戦で磨かれたものだった。戦場(いくさば)の駆け引きを知り抜いているという点では、自尊心の強い西念でさえも、一目置かざるを得ない武将なのである。
「清親、あれを見よ。城氏の居城は、一筋縄ではゆかぬ」
 西念は、白鳥山を指し示した。
「あの山城は、三方が断崖じゃ。正面攻撃を仕掛けられるのは南側のみ。激戦は避けられぬじゃろう。さしものわしも、これは手こずるとみた。そなたの助力を乞いたい」
「そなた、出家して素直になったな」
「この歳になって、自分の武名に傷をつけとうないだけじゃ。この戦、絶対に負けられぬ。圧勝で終わらせたい」
 白鳥山の山腹には、平氏の赤旗が幾流もたなびいている。
「あの旗を、再び見ることになろうとはの」
 感慨深げに、清親は山上を見上げた。

 鳥坂城(とっさかじょう)内の動向は、まだ敵に知られていない。
 夜も白む頃、密かに入城した山郷の男たちが、主郭の広間に参集していた。
「穂多もおいで」
 板額(はんがく)が穂多を連れて広間に現れると、万三郎以下、屈強の男たちが三十人ばかり、一斉に平伏した。
「父っちゃ!」
 穂多が駆け寄ると、万三郎は太い腕を穂多の腰にまわした。
「まさか、万三郎様が来てくださるなんて」
「話は熊彦がら聞いだ。城様のお役さ立でるだば、いぐづ山どご越えででもはせ参じます」
 傍らで苦笑している熊彦にしてみても、まさか万三郎が直々に乗り出して来るとは思っていなかったのだろう。
「いずれも、山のごど知り尽ぐした者だぢばかりだ」万三郎は胸を張って見せた。
 顔を上げた男たちは、頬まで髭をたくわえ、熊や鹿や猪の毛皮を羽織っている。いずれも隆々とした体躯であった。
「んだども」と、万三郎の表情が険しくなった。
「この山脈の周囲は、しったげ危険だ。山さ入ってしまえばどうにがなるが、それ以前さ敵に見づがってしまうがもしれねぁ」
「わたくしも、それを危惧しております」
「城がら出るのは、何人ぐらいだが」
「女子供を含めて、五百人は下らないでしょう」
 山の男たちの表情が、たちまち険しくなった。
 そんな不安を打ち消すように、板額は務めて明るく微笑みかけた。
「わたくしに、考えがあります」
 凛とした板額の横顔を、穂多が不安そうに見上げた。
「脱出する日、わたくしが、第一曲輪(くるわ)にある矢倉に立ちます。おそらく敵は、女武将を仕留めんと、こぞって城の大手に殺到して来るでしょう。その隙に、城内の者を非難させてください」
「ああ、そいだば」なんとかなるかもしれない。男たちは顔を見合わせて、うなずき合った。
「で、最後さ板額様の逃亡どご、お助げすればえんだね」
 板額は微笑したまま、何も答えなかった。それがどういうことか、万三郎はすぐに察した。
 穂多は、眉根を寄せて、すがりつくように板額の横顔を見つめた。
「姉っちゃは、一緒さ、逃げねぁの?」
「ほたッ」声を抑えて熊彦がたしなめた。
「姉っちゃは、おいがだど一緒さ行がねぁの?」
 板額は、穂多の顔をのぞき込むと、できる限りの笑顔を作ってみせた。
「ごめんね、穂多。姉っちゃは、みんなと一緒に行けないんだよ」
「死ぬがら?」
 万三郎が、唸るような声を上げた。「穂多、そごまでだ。やめれ!」
「死ぬんだべ? なのに、なんでそんた笑顔なの? お武家さまって、なんかおがしいよ」
「いらぬ口どご叩ぐな!」
 穂多は口を結んで立ち上がると、一人で広間から出て行ってしまった。
「申し訳ねぁ」慌てて万三郎と熊彦が頭を下げたが、板額は首を振った。
「穂多の申しておることが、正しいのです」そうささやいて、館の外へ目をそらした。

 こけら葺きの寺院のずっと上の方から、鳶の泣き声が聞こえてくる。
 追討軍の本営に、各地から参集した陣将が集結した。西念は、ねめるように面々を見回し、「加地荘地頭、和田宗実」
 相手の顔も見ずに声をかけた。
「あの山城には、誰が居る。資盛の他に、名だたる武将は居るか」
「城氏の名だたる武将は、すでに死に尽くしております。生き残っておる武将といえば、奥山綱時、豊田師光(もろみつ)平新大夫(たいらのしんだゆう)ぐらいです。
 それと」と言いかけて、宗実は西念を見据えた。
「板額御前が居ります」
「御前とな? 女か」
「はい。城氏宗家の姫君です」
「なんと・・」西念はあきれたような顔をした。
「越後にも、巴御前がおるのか。これはなかなかおもしろい」
「西念殿、あの姫君を甘くみてはなりませぬぞ。この辺りでは、よほど名の知られた勇女です」
「宗実よ、越後の御家人があの山を攻めないのは、その女子一人を恐れてのことか」あざけるような調子で、西念は笑った。
「ちがいます、そんな理由ではござらぬ!」
「まあ、良い。反乱軍の鎮圧に関して、越後の衆が役立たずなのは承知しておる。宗実以下、越後の者どもは、足手まといゆえ、戦闘に加わらなくてよい。山の周囲の見回りでもしておれ」
 西念は、宗実の面前で、手をはらうような仕草をしてみせた。宗実ら越後の御家人は、顔を紅潮させ、歯噛みしつつ、本営の陣幕を払いのけて、憤然と出て行ってしまった。
 この不穏な空気を一掃するかのように、清親が話題を変えた。
「西念、あの山を正面から攻撃すれば犠牲も多かろう。万が一に備えて、城の内情にくわしい者を呼び出しておいた方がよいのではないか」
「それは、誰のことじゃ」
「ほれ、居ったであろう。かつて城氏の宿老だった男が」
「ああ」西念は大きくうなずいた。

 嵐の前の静けさを楽しんでいるかのように、二羽の山鳩が鳴き交わしていた。綿のようなすじ雲は、山上にそよぐ風と同じ方向に流れている。
 縁端に膝を立てて、ぼんやりと空を眺めていた資盛の傍らに、穂多が黙ってしゃがみ込んだ。足を縁の外に垂らして、つま先をゆらゆらさせた。
 資盛は穂多を一瞥すると、またぼんやりと空を見上げた。
「資盛さま、元気ねぁね」
 資盛はそれに答えず、空を眺め続けている。
「資盛さまは、死なねでえのだべ? なしてそんたに元気がねぁの?」
 うつむいた資盛は、肩で大きくため息をついた。
「なあ、穂多、一人にしてくれないか」
「なんで、そんたごしゃいだような顔するの?」
「いいから、一人にしておいてくれ」
 噛みしめた穂多の唇が、小さく震えた。
「資盛さまは、生ぎだぐねぁの? 死にだいのだが?」
「うるさい! わしの気持ちが、穂多にわかるものか!」
「わがらねぁよ!」
 両目にいっぱい涙をためて、穂多が立ち上がった。
「死なねでえ資盛さまが悲しそうで、これがら死ぬ姉っちゃが笑顔で、おい、もう、なにがなんだが全然わがらねぁよ!」
 板敷きを激しく踏みつけるように穂多は縁端から立ち去り、寝所の夜具に飛び込んで、わあわあと声を上げて泣いた。
立ち去って行く穂多を見つめていた資盛は、頭を垂れ、きつくこぶしを握りしめた。

 その夜、穂多は寝所に籠ったまま、夕餉の時間になっても出て来なかった。
「寝込んでしまっただ」
熊彦が困ったようにため息をついた。
遣戸の隙間から、夜具にくるまった穂多を眺めて、板額は深いため息をもらした。
「無理もありません。あの子には、あんまり酷な状況です」
「こんた時さ、心配どごおがげして、申し訳ねぁ」
 板額は首を振った。
「わたくしが悪かったのです。穂多を、武家にかかわらせてはいけなかった。わたくしがあの子を、巻き込んでしまったのです」
「とんでもねぁ。こごへは、あいづが勝手さ来だのんだんて」
「わたくし、穂多に、山へ帰りなさいとは言えなかったのです。あの子のことが、可愛くて」
 目のふちににじんだ涙を、袖で拭った。

 皆が寝静まった館の廊下に、点々と燭が灯っている。
 穂多の寝所の前に立った資盛は、引き戸にかけた手を、一旦は引っ込めた。そしてまた考え直したように手を伸ばすと、そっと戸を開き、寝所の中をのぞき込んだ。
「穂多、眠っておるか」
 穂多は夜具の中から資盛の姿をうかがうと、そっぽを向いてしまった。
 資盛は板敷きに腰を下ろした。
「昼間のこと、あやまりに来た」
 夜具の中にもぐり込んだまま、穂多は黙っている。
「まだ怒っているのだな。ゆるしてくれないと、死ななくてよいわしが、死にたくなるぞ」
 資盛がささやきかけると、穂多は向き直り、泣きはらした顔をそっとのぞかせた。
「穂多、ほんとうに、すまなかった」
 資盛が深く頭を下げると、穂多の目に、また涙がにじんだ。
「わしも、混乱しておるのじゃ」
 うなだれて、少しやつれた資盛の顔を、穂多はじっと見つめた。
「資盛さま。武士の誇りって、食い物よりも大事なんだよね」
「誰がそんなこと申した」穂多の顔をのぞき込みながら、資盛は苦笑した。
「武士の誇りって、しったげ大事なごどなんだよね。んだども、資盛さま、武士の誇りって、家族よりも大事なものなの?」
 資盛はまぶたを閉じ、唇を結んで、しばらく考え続けた。
 あふれてきた涙が、頬をつたった。
「わからぬ。わからぬけれど、わかったやもしれぬ。家族は、武士の誇りよりも大事なのやもしれぬ。武士の誇りよりも、穂多、そなたのことが大事なのやもしれぬ」
 資盛は、穂多の頬に手を当てた。
 その手の上に、穂多が手を重ねた。
「すまなかった」
 資盛は身をこごめて、穂多の体をきつく抱きしめた。

 寝付かれず、天井を見つめていた板額の寝所の戸を、小さく叩く音がした。
「誰じゃ」板額は身を起こした。
「資盛です。中に入ってもかまいませぬか」
「資盛か。かまいませぬ」板額は前髪を指櫛で撫で付け、夜着の襟元を正した。
 二人は、野狐剣(やこのつるぎ)の件以来、言葉を交わしていない。
「このような夜分に、いかがしたのじゃ」板額は声をひそめてたずねた。
 資盛は静かに膝をつくと、苦し気な眼差しを、板額に向けた。
「おば上、教えてくれませぬか」
 板額は、小さく首をかしげた。
「殿は、なぜ、わしに野狐剣を相伝してくれなかったのでしょうか。わしが弱いからですか。棟梁の器がないと思ったからでしょうか」
 それを聞いて、板額は驚いた。大きくまばたきをすると、資盛の言葉を一笑するように、強くかぶりを振った。
「資盛、それはちがいます。殿がそなたに剣を相伝しなかったのは、そなたが強いからです。そなたがもし棟梁となれば、そなたは源氏を相手に一歩も退かず、最後の一兵となるまで戦い抜くとわかっていたからです。殿がわたくしに剣を託したのは、わたくしが弱いと知っていたからでしょう。わたくしは弱いから、きっと逃げ道を探す。殿はそれを期待したにちがいありません。資盛、殿はそなたのことを、死なせたくなかったのですよ」
 資盛は口元を押さえた。きつく閉じた目から、涙がぽろぽろこぼれた。板額が肩に触れると、資盛は崩れるように板額の膝に顔を伏せて、子供のように体を震わせて泣いた。

 城氏が越後に根を下ろして以来、阿賀野川以北にこれほどの大軍団が押し寄せたのは初めてのことだろう。乙宝寺の広庭に立った宮禅師(みやのぜんし)は鳥肌の立つ思いがした。白鳥山にたなびく赤旗の数と比べて、平地に林立する白旗の幾流たるや、数えるのも嫌になるほどである。
 まさしく四面楚歌の山城に、今まさに資盛や穂多が籠っているのだと思うと、禅師はいてもたってもいられなくなる。だが、一歩寺の外へ踏み出せば、城氏の身内として、たちまち縄にかけられて、人質にされてしまう恐れがある。今さら老いさらばえた命を惜しむ気持ちなどさらさらなかったが、人質となれば、籠城している板額たちにとって不利な材料とされかねない。結局はなすすべもなく、いつものように勅願寺の権威の影に隠れて、遠くから事態を傍観しているしかない自分の無力さが悲しかった。
 思えば・・と、宮禅師は物思いに沈む。
 城氏隆盛の時代を、板額はほとんど知らずに過ごした。その三十年あまりの人生は、戦乱と没落の時代と重なっていた。綱時や、師光もそうだった。望んだわけでもないのに、これでもかと重荷を背負わされた世代なのである。時代に翻弄され続けた板額たちの青春を思うとき、不憫でもあり、けなげでもある。宮禅師の涙腺が、このところすっかりゆるんでしまったのは、齢のせいばかりではなかった。
 今ごろ板額は、何を考えておるのだろう。どのように戦うつもりなのだろう。追討軍と同じ地平に立って白鳥山を見つめている禅師の目には、籠城側に有利な要素を一つも見いだせない。自分にできることといえば、御仏にすがることだけだった。

 もし、宮禅師が城内を見ることができたら、きっと驚いたに違いない。板額の顔にも、資盛の顔にも、すでに悲壮感はなかった。それぞれの役割と、運命を受け入れた時、人は、子供のように無邪気な心を取り戻すことができるのかもしれない。最後の軍議の場は、春の陽気に似つかわしく、なごやかだった。
 まず、初戦から数日間は、攻城軍に対して徹底抗戦する。亡き長茂(ながもち)が半年分と見積もって用意した武器を、この数日に惜しみなく投入する。
 攻城軍の損耗がおびただしくなった時機を見計らい、城の南側大手の矢倉門に板額が立ち、敵勢を引き付ける。その隙に、脱出組が抜け穴に入り、城外へ逃走する。
 もちろん、敵はあやしむだろう。落城した鳥坂城内に女子供が一人も居ないのだから。が、それを見越して、食料や日常品などは、すべて城内へ残していく。組織的な脱走を疑われないための演出である。これならば敵は、女子供や残兵が、取る物も取り敢えず、散り散りに城外へ逃走したと思うはずだ。当然、落ち武者狩りの範囲は広がらざるを得ず、一塊となって移動する脱出組を見つけ出すことは難しいだろう。
 板額が手順を説明をし終えると、誇らしげに師光が膝を打った。
「完璧な筋書きじゃ」
 板額にしてはめずらしく、いたずらっぽい眼差しを見せた。
「誰か、資盛の使者となり、源氏の大将を挑発してきてくれませぬか」
 敵をいきり立たせることで、初戦から打撃を与えたいのである。
 師光が綱時にたずねた。
「敵の大将って、どんな奴なのじゃ」
「佐々木三郎盛綱という男らしい。頼朝の片腕だった猛将じゃ。今は出家して西念と名乗っておるとか」
「それならば!」と言って新大夫が身を乗り出した。
「わしに使者をやらせてくれい。敵も坊主なら、わしも坊主。腰に太刀を佩いた坊主など、罰当たりと相場は決まっておろう。城氏の罰当たりが、源氏の罰当たりの面を拝んでまいる」
「それはおもしろい」
 皆、膝を打って大笑いした。
「資盛、脱出の日まで、そなたが陣頭に立っておくれ」
「まことですか」
「心残りのなきよう、存分に戦いなさい」
「ありがたき幸せ!」
「酒宴の支度せよ」板額が声を上げた。
 食料は豊富にある。この日は昼間から、城内に酒とご馳走が振る舞われた。
 資盛は、乾杯の盃を飲み干すと、すぐに座を立った。
「穂多に、これから白米の粥を作ってやります」
「若、妹のごどお気遣いいだだぎ、ほんとうにどうも」
 資盛は首を振ってみせた。
「穂多は、わしの家族じゃ」にっこり笑って、(くりや)へ向かった。

 なみなみとつがれた盃をぐいっと飲み干すと、新大夫は左右を見回して言った。「姉上と、われら四天王の、最後の宴じゃ」
 ごぼうの煮付けを頬張ったまま、師光が声を上げた。
「綱時、われらの菩提を篤く弔え」
「何をぬかすか。うぬらなんぞ、あの世に逝っても好き勝手やるのじゃろう」
「おうよ、地獄の閻魔と一戦交える」
「わたくしは、極楽浄土を見てみたいなあ」
「師光、うぬは一人で地獄へ行け。わしは姉上と極楽へゆく」
 新大夫がうっとりと目を細めた。
「まともに経を唱えることもできぬ坊主が、極楽へ行けるものか。ところで綱時、そなたこれから、どんなふうに生きるのじゃ。わしらや板額さまがいなくなってさみしいじゃろう」
 盃に口をつけたまま、ふんっと綱時は鼻で笑った。
「どこか美しい山奥に、熊彦と桃源郷を作るのじゃ。そこで一生、飲んだくれて暮らす。最高じゃ!」
「山の中では、栃酒ぐらいしかねぁんだども、それでもえが」
「ええとも。朝は日の出とともに飲み、昼は一息ついて飲み、夜は夜とて飲む」
「そっちのほうが極楽じゃなあ」新大夫が大どかに笑った。
 めずらしく深酔いした板額が、ふらふらと立ち上がった。
 目を閉じて、ふふんと微笑み、ぱさっと両袖を開いた。
「綱時、おいで」
 何の戯れかと、綱時もふらつきながら立ち上がった。
 板額は綱時を抱きしめると、顔をぐっと寄せてきた。
「ちょっと、ちょっと」慌てて綱時は首を引っ込めた。
 板額は酔いのまわった赤ら顔を、これ見よがしにしかめてみせた。
「わたくしの接吻をいただけぬか」綱時の唇に唇を重ねると、そっと耳元でささやいた。
 今まで、ほんとうに、ありがとう。
「師光、おいで!」ひしと抱きしめて、接吻した。
 あの世でも世話になるぞ。
「新大夫、ほら、おいで!」
 そなたは自慢の弟じゃ。
「熊彦、おいで!」
 後のことは、まかせました。
 一通り接吻すると、板額はけらけら笑い出した。そして座り込み、うーんとうなって横になってしまった。
 立ち尽くした四人は、あきれたように鼻で笑って、涙をぬぐった。

 建仁元年五月初頭。討伐軍本営に、城軍の使者が来た。
「城氏一流、乗丹坊が二世、平新大夫である」
 重衣の袖を払って、新大夫は床几に腰をかけた。
 西念は、扇子の折りをぱちんぱちんと鳴らして、新大夫をにらみ据える。
「おぬしも、坊主か」
「いかにも。鎌倉の御大将と同じく、仏を知らぬ坊主よ」
「こわっぱ、ぬかしおるな。その禿げた首級を晒す日も近いであろうに」
「地獄への案内人として、わしが使者として参った次第」
「で、矢合わせの時期は」
「爺さんよ、わが主、資盛様の御言葉を伝える。速やかに、鳥坂城へ旗を進めて参れ。相手となろう」
「こわっぱ、そちの主に伝えておけ。長茂と共に朝憲を謀り奉らんと欲し、この上なお幕府に弓引くとは許しがたき所業。女子供とて容赦なく、われら城氏を族滅せん」
 新大夫は数珠をじゃらじゃらと揉み鳴らし、合掌した。
「この数珠、爺さんにやるよ。まじめに仏事に励むがよい」
 地べたに数珠を放り投げると、からからと笑った。左右の陣将がこぞって太刀に手をかけたが、新大夫は涼しい顔で面々を見回して、
「そんじゃ、戦場で」
 高足駄を踏み鳴らし、悠々と出て行った。

 討伐軍の陣鐘が激しく打ち鳴らされた。
 山城一帯を見渡せる第二曲輪に立ったのは、資永(すけなが)の遺品たる白糸褄取縅の鎧に身を固めた資盛である。兜に打たれた鍬形が、日差しを受けて輝いている。
「やあやあわれこそは、桓武天皇六代の後胤、余五将軍維茂が末葉、九郎資国(すけくに)が孫にして、検非違使左衛門尉資永が嫡子、城ノ小太郎資盛なり!
 われら、武門の家に生まれ、一族の存亡に立ち会うは、何たる誉れぞ。
 聞きたる源氏の奴ばらよ、腕前しかと拝見しよう!」
 資盛の鏑矢(かぶらや)が空高く放たれた。
 天と地を震わせて、男たちの(とき)の声が一斉に響いた。

 板額は、城北の曲輪に、子供たちを集めた。
 お手本を見せるように、ぽんと鞠を蹴り上げる。高く舞い上がった鞠を地面に落とさないように、男の子たちが足を振り上げて蹴り返した。それを穂多が足ではじくと、他の女の子たちも負けじと鞠を追いかけた。
 みんな、おおはしゃぎで、鞠を見つめ、足を振り上げた。
 戦場の音声は聞こえている。しかしそれよりも大きな笑い声を上げて、板額と子供たちは、鞠を空へ蹴り上げた。

第二十五章 山上の姫君

 鳥坂城(とっさかじょう)の南側斜面に殺到した攻城軍は、われ先にと坂路を駆けあがったが、曲輪(くるわ)からは大石が投げ落とされ、つぶてと矢が降りそそぎ、初戦からおびただしい犠牲者を出した。城の大手一帯は、見通しを確保するために山林が伐採されており、攻め手が身を隠せる掩蔽物がない。幾重にも帯曲輪がめぐらされ、木柵、逆茂木のような障害物も多い。
 西念の息子、小三郎兵衛尉盛季と、信濃の御家人海野幸氏が先陣を争ったが、一矢を山上に射かければ、雨あられのごとく射返される。数歩の前進さえままならず、ただ歯噛みするばかりであった。
 源氏の白旗は、山の麓にたなびくばかりで、一向に山上へ登って行かない。西念の本営には、負傷者が続々と運び込まれて来る。
「予想以上に、敵の士気は盛んじゃな」
 藤沢清親が、山上を凝視しながら言った。「玉砕するつもりなのじゃろう」
 西念は、皺深い顔をしかめて、唸るようなため息をついた。

 開戦から二日経っても、籠城軍が圧倒的に優位だった。しかし、大石も投げ尽くし、矢種も半分ほどまでに減っている。
「明朝、決行しましょう」
 日が西に落ちかかる頃、綱時が言った。
「脱出組は夜明け前に第五曲輪に集合せよ。荷物は一切持たず、身一つで出立するように」
 下知を受けた城内の人々は、家族で固まり、身を寄せ合って、最後の夜を過ごした。
 誰が城に残り、誰が脱出するのか、最後までもめた家族も多かった。長男が残ると決めた家もあれば、公平に籤を引いたところもある。大抵の男は脱出を嫌がり、喧嘩になった家族も少なくなかったが、今宵は仲睦まじく、炊き出しの夕餉を囲んでいる。はたから見れば奇妙なほど、城内は和やかだった。
 明日は早い。夕食を終えた人々は、すぐに横になった。城内は早々に静まり返り、篝火のはぜる音だけが響いている。女や子供のすすり泣く声もかすかに聞こえた。
 板額(はんがく)は、穂多に添い寝した。
「ぐっすり眠りなさいね。明日は大変だよ」
「おいは山道になれでらがら心配ねぁよ。姉っちゃの方ごそ、しっかり休まねば」
「ありがとう、穂多」板額は穂多を抱き寄せた。
「穂多と出会えて、ほんとうに楽しかった」
 穂多はゆっくりとまばたきをしながら、板額の目を、じっとのぞき込んだ。
「姉っちゃのごど、大好ぎだ」
 こみ上げた涙が両の目にあふれると、穂多は板額の胸に顔をうずめてしまった。
 星が冴え冴えとまたたいている。今宵は篝火の番をする夜警もなく、炎は燃え尽きるにまかせた。薪のはぜる音が、少しずつ小さくなってゆく。
 板額は夢を見た。
 秋の夕日に包まれた越後の大地である。穂波が金色に輝き、塩津潟と胎内川の波光がまたたいている。音のない世界はどこまでもまぶしくて、尾花の綿毛が風に舞っていた。
 この風景は、戦乱に巻き込まれる前の越後だろうか。それとも、戦乱の過ぎ去った越後だろうか。一族を育んだ父祖の地、家族の墳墓の地、生まれ育った故郷。この大地に生まれ、この土に帰るのである。
 浅い眠りの中で見た故郷は、鮮やかで、来世のように静かだった。

 近付いて来る足音で、板額はすぐに目を覚ました。
「板額さま、そろそろ」
 綱時の声で起き上がると、穂多も目を開けていた。
 第五曲輪に集まった人々は、身を寄せ合って地べたに腰を下ろした。男物の着物を着た女も多かった。山の男たちが立ち回り、人数を数えたり、山行に必要な縄や山刀を準備していた。
 資盛は、床几に腰を掛けて、じっと目を閉じている。
 傍に人の気配を感じると、ゆっくりとまぶたを開いた。
 目の前に、板額が立っていた。金の房紐が付いた御刀袋を突き出していた。
「資盛、これをそなたに相伝します」
 野狐剣(やこのつるぎ)である。
 資盛は驚いて膝を付いた。
「そなたが、これから、一族を守ってゆくのです」
 資盛の目に涙がにじんだ。両手を差し出すと、剣の重さがずっしりと両手にかかった。
 資盛は水洟をすすりながら、いたずらっぽく笑ってみせた。
「おば上、良いのですか? この剣を手にした途端、わしが徹底抗戦すると言い出しても、おば上はもう、逆らえないのですよ?」
「わたくしは、そなたを信じております」
 そう微笑んで、板額は資盛を抱きしめた。
 資盛も、きつく板額の体を抱き返した。
「今まで、育ててくださり、ほんとうにありがとうございました」
「辛い役目を背負わせてしまったこと、心から、すまないと思うております」
 資盛は口をきつく結んで首を振った。
「この抜け穴は、そなたの父上が用意したものです。きっとそなたを導いてくれます」
 板額は、傍らの穂多の手を取った。
「資盛のこと、頼みましたよ」
 泣かないように唇を噛み締めながら、穂多はこくんとうなずいた。
 板額は立ち上がると、人々をゆっくりと見回した。
「皆さん、どうかご無事で!」
 板額は背を向けて、主郭へ去って行った。
「たっしゃでな」
 師光(もろみつ)と新大夫も手を振り挙げた。
 玉砕組が、続々と板額の後へ続いた。

 板額は身舎へ入ると、鏡の前に座った。
 紅花の顔料を小皿の上で溶き、筆と小指を使って唇に濃く紅を引いた。眉墨を柳の葉のように細く長く塗る。もともと色白の板額は白粉は使わない。髪を梳き、頭の上で束ねる。今日一日は、女であることをことさら主張しなければならないのだ。
 最期の瞬間まで弓を引き続ける気概の板額にとって、物具は少ない方が良かった。重たい大鎧(おおよろい)は用いず、軽装鎧を身に着けた。いかにも女性らしい赤色の腹巻である。きつく結んだ鉢巻も、平氏の旗色である赤だった。
 皮手袋を装着すると、浅利与一から譲られた五人張りの弓を握り締めた。部屋の戸を開けると、師光、新大夫、凛々しい面構えをした玉砕組の男たちが待っていた。

 新たな戦いを宣言するかのように、山上から法螺が吹き鳴らされた。
 何事かと飛び起きた攻城軍は、鳥坂城の南斜面を争って見上げた。
 うっすらと山の稜線が明るみ始めている。空気は澄み、風もなく、大地がしんと静まり返っていた。
 大手の矢倉門の上に、誰か居る。陽光を背にして判然としないが、あれは大将資盛か、それとも別の武将か。見上げる兵たちの間にざわめきが起こった。
 板額は、目を凝らして山裾を見下ろした。源氏の白旗が幾流も風に流れている。攻城軍の将兵たちが、続々と眼下に参集しつつある。
 弓杖をつき、板額は大きく息を吸い込んだ。
「ござんなれ源氏の殿方!
 われこそは、女武将、板額! 
 腕に覚えの強者(つわもの)あらば、われを倒して手柄とせよ!」
 叫びが山間にこだました。
 声の主が女であると知った攻城軍は、にわかに色めき立った。女まで駆り出したとなれば、籠城側の損耗も深刻なのだろう。これで決着をつけられる。城を落とせるにちがいない!
「わしが一番乗りを果たしてくれるわ!」
 武者震いした海野幸氏が、弓をむんずと掴んで駆け上がって行った。それを追いかけるように、幸氏の郎党がどっと(とき)の声を上げて斜面を駆け上がる。
「卑怯な、抜け駆けか」
 慌てて佐々木盛季の一党も鬨の声を作って打って出た。

 板額はゆっくりと矢をつがえ、弓を引きしぼった。きりきりと弓弦(ゆづる)が音をたてる。
 妻手を離すと、猪突猛進してきた海野幸氏の動きが止まり、背後の兵が転がり落ちた。幸氏は何が起きたのかわからず、生暖かくなったような気がする腹の辺りを触ってみた。板額の放った矢は、幸氏の鎧を貫通して、後ろの兵まで射倒していた。血糊に濡れた掌を見た幸氏は、信じられないという顔をして、斜面から転がり落ちていった。
「海野幸氏が打たれた! 打たれた!」方々から悲鳴のような声が上がった。
 攻城軍は、楯を前面に押し出した。むやみに突撃すれば、とんでもない強弓の餌食にされる。山上の女、ただ者ではない!
 鳥坂城の各曲輪からも、一斉に矢が射られた。盾以外に掩蔽物のない攻め手は、斜面に伏せ、這いつくばりながら反撃の隙を伺った。業を煮やして立ち上がる者がいれば、一瞬で板額の標的にされた。それでもあちこちで、掻盾から身を乗り出してくる武者がいる。板額は矢を放ち、弓返りする間もなく、次の敵に弓手を向けて射かける。つけ入る隙もない板額の速射に次々と射倒され、攻城軍の将兵がごろごろと斜面を転がり落ちていった。
 鎌倉幕府の公式記録『吾妻鑑』は記している。

〈資盛が姨母有り。今これを板額御前と号く。女性の身たりと雖も、百発百中の芸殆ど父兄に越ゆるなり。人挙って奇特と謂う。この合戦の日殊に兵略を施し、童形の如くに髪を上げしめ、腹巻きを着し矢倉の上に居て、襲致の輩を射るに、中たる者死なずと云うこと莫し。西念が郎従また多く以てこれが為に誅せらる。〉

 板額の矢前に晒された攻城軍は震え上がった。
 佐々木盛季も楯の影に隠れて身動きが取れなかった。板額の放つ矢うなりを聞きながら、これは撤退するしかないと思い始めていた。しかし、女一人を相手に攻めあぐねているなどと、どうして父に言えよう。腰抜けとののしられるに決まっている。生きるか死ぬかの葛藤にもだえているうちに、ええい、ままよ! 逆上して楯から飛び出した。郎従が慌てて引き止めたため、すんでのところで矢が急所を外れた。しかし盛季は、自力では動けないほどの重傷を負った。

「まだ大手を抜けぬのか!」
 西念は扇子をへし折った。
 いつまで待っても源氏の白旗が大手に迫らない。前線の応援要請にどれほど応えても、送った人員だけ負傷者が運び込まれて来る始末である。
 海野幸氏も半死半生の体で運び込まれ、ついに息子盛季も楯に横臥した状態で担ぎ込まれて来た。
「盛季、いったい敵の将は誰じゃ!」
「面目ない、父上。女です。恐ろしいほどの強弓を引く、女です」息も絶え絶えに言った。
「女じゃと」
 西念の脳裡に、和田宗実の言葉が浮かんだ。
(城氏宗家の姫君です。
 あの姫君を甘くみてはなりませぬぞ)
 意外の感に打たれた西念は、眉間に深い縦皺を刻んで振り返り、赤旗のはためく山上を見上げた。

 手詰まり感に満ちた本営に、藤沢清親が戻って来た。見覚えのある男を同伴している。
「西念、待たせた。金津(かなつ)資義(すけよし)殿を連れて参った」
 資義は、なぜ自分がここに連れて来られたのか理解している。沈痛な面持ちで西念に一礼した。
「金津よ、さっそくじゃが、あの山城へ通じる間道あらば、教えてくれまいか」
「それがしは、知りませぬ」きっぱりと答えた。
「知らぬ? そんなわけあるまい。そなたは元、城氏の宿老であっただろう」
「ほんとうに、知らぬのです」
「嘘をつけ! 宿老が間道の場所を知らぬはずがあるまい。なにゆえ教えぬ、そなた源氏の一統であろう。隠し立てすな」
「もしも」と言って、資義は西念を見つめた。
「知っていたとしても、わしは、言わぬ」
 資義は内心、自分でも驚いた。なぜ、こんな余計なことを言ってしまったのだろう。
 西念はいきり立ち、怒鳴り上げた。
「この男を拷問せよ! 間道の所在を自白させよ!」
「西念、金津殿は同胞ぞ。拷問とは、ちとやり過ぎじゃろう」
「かまわぬ。かまってなどいられぬ」
 資義は縄にかけられ、西念の郎党に連れ去られた。

 攻城軍諸将に通達があった。
「矢倉の女を仕留めた者には望むがままの恩賞を与える」
 海野幸氏と佐々木盛季を射倒したという女武将を一目見たいという好奇心も相まって、白鳥山を囲む将兵たちが、こぞって南側大手に集まって来た。
 最高所の第二曲輪に立ち、山下の動きに目を凝らしていた新大夫は、北端の第五曲輪に向けて、小旗を振った。
 行け!
 熊彦ら山の男たちは、一斉に松明に火をつけた。万三郎が声を上げた。
「さあ、皆さま、出発だ。なるべぐ迅速さ、んだども落ぢ着いで行動してぐれ」
 熊彦が先頭に立ち、抜け穴に入った。資盛と穂多は、目を細めて山城一帯を見回すと、山の男たちにせかされるように石室の中へ入って行った。

 後方に仮設された薄暗い陣幕の中で、金津資義は西念の郎党が振り上げる割竹に、さんざん打ちすえられていた。直垂(ひたたれ)の生地が裂け、額から血が噴き出た。
「申せ! 間道の場所を申せ!」
 寄ってたかって打ちすえたが、それでも資義は歯を食いしばったまま何も言わない。
 資義はすでに、嫡子に家督を譲っている。先年亡くなった弟の新津(にいつ)家は、次子の信資に継がせた。いずれも城氏の通字を付けた子供らである。もう、心残りはなかった。自分は一族の家長として、やるべきことはやった。そのために手を汚したことを、悔いなかった日は一日もない。もし、資永(すけなが)様が生きておられたら、城氏の運命はよほど違っていただろう。嘉乃が死ぬことも、有資(ありすけ)が梟首されることも、鳥坂城が攻撃されることもなかったかもしれない。資義は自分を罰したかったのかもしれなかった。そう、自らに裁きを下したかったのだ。もっと打て、さあ、殺せ!
 さんざんに打ちすえられ、衣はずたずたに破れた。地肌がべったりと血に染まってゆく。薄れていく意識の中で、資義は、聞き覚えのある声を耳にした。
「確か、北側の斜面に、人が一人やっと通れるほどの間道があったと記憶する」
 この声は、三善為則か。
「わしが越後権介だったとき、略奪された稲穀を取り立てに城へ入ったことがある。そのとき、城内の様子をざっと調べたゆえ、間違いない」
 三善は、国府没落後、鎌倉幕府の御家人となっていた。あれほど武家を嫌悪し、城氏に敵意をむき出しにしていた男が、である。
 笑止じゃな。資義は思った。
 三善の言う間道とは、伝令を出羽方面に派遣する際に使う細道のことだろう。抜け穴のことは、自分以外知らない。
 間道の存在を知った郎党らは、「三善殿、大手柄じゃ」にわかに色めき立ち、すぐさま本営に向かった。血まみれになって倒れている資義には一瞥もくれず、三善も高笑いを上げて、それに続いた。
 資義は両腕を踏ん張り、身を起こした。誰もいなくなった陣幕の中で、赤旗のたなびく白鳥山を見上げた。
 どうか、逃げ切ってくれ。小太郎様、板額様、どうか無事に落ち延びてくだされ。額からとめどなく滴る血と、涙が交じった。資義は山上へ向かって深く手を合わせた。 
 板額たちは脱出組が少しでも遠くへ落ち延びて行けるように、激しい抵抗を続けている。

 西念の本営で、新たな部隊が編制された。城北の間道を突破して搦手を強襲するのである。
「清親、そなたが指揮を執れ」
「わしに搦手を攻めよとな? おのれ誰に向かって言いよる」
「聞く耳持たぬ、わしの命に従え」
 西念は焦っていた。たった三日の間に、攻め手が大損害を被っているのだ。死者負傷者の数知れず、もはやなりふり構っている場合ではなかった。
「清親、あの女を背後から射倒し、手捕りにせよ」
「佐々木盛綱ほどの男が何をぬかすか。そのような卑怯な振る舞いを、このわしにやれと本気で申しておるのか」
「そうじゃ、そう申しておる! 老いて耳が遠くなったか!」
 清親は歯噛みして西念を睨みつけた。
「清親、そなたは義経殿の、一の谷の逆落としを忘れたか。戦に卑怯も正々堂々もない! ぐずっておる暇などないわ! はよ参れ!」
「西念、愚かなり」
 吐き捨てるように言うと、清親は郎党を引き連れて本営を出た。

 辺りの様子を伺い、熊彦が抜け穴から体を出した。急ぎ平坦地を抜けて、隣接する山脈に分け入らなければならない。手を差し上げて、後続に前進の合図を出した。資盛も穂多もそれに続いた。
 乳色の靄が、低くたれこめている。人々が小枝を踏み折るかすかな足音だけが山間に響いた。
 急に熊彦が、止まれの合図を出した。靄の向こうを凝視した熊彦は、静かに山刀へ手をかけた。薄っすらと人影が見える。しかも、複数である。
 その人影は、まぎれもなく、腹巻を着けた敵の郎党であった。
「落人の一党あり!」敵方が声を上げた。
 資盛は穂多の前に立ちふさがり、野狐剣に手をかけた。
 双方太刀に手をかけて、しばらく無言でにらみ合った。その場の誰もが、己の荒い呼吸を聞くばかりだった。
「何事じゃ」
 突如一人の武将が現れ、静寂を破った。大鎧姿の将である。内兜の中はよく見えない。
 斬りかからんと太刀を抜きかけたその時、資盛は敵将の顔を認めた。
「和田宗実・・」
 和田も、資盛と熊彦の存在に気付き、しばし呆然とした。
「見なかった!」和田は突然大声を上げた。
「見ておらぬ、わしは何も見ておらぬ!」
 手を振り上げて撤収の指示を出すと、和田は踵を返して立ち去ってしまった。
 脱出組の誰もが、へたり込むようなため息をついた。
 資盛は振り返り、穂多に手を差し出した。
「穂多、わしの手をしっかりと握っておれ。決して離すな」
 穂多は笑顔で資盛を見上げた。
「山道はおいの方が慣れでらよ。資盛さまの方ごそ、おいの手どご離さねぁで」
 二人はきつく手をつなぐと、熊彦の後に続き、靄に包まれた山林の奥へ駆けて行った。

 抜け穴は一列とならなければ通れない。最後尾はまだ第五曲輪に残っている。
 周囲の様子に目を凝らしていた新大夫は、北側の急崖に敵の姿を見た。間道を伝って第五曲輪に迫りつつある敵影である。
「しまった」
 すぐさま新大夫は振り返り、足下の師光に声をかけた。
「師光、敵が背後に迫りつつある。持ち場を代われ!」
 見上げた師光も声を上げた。
「心得た!」
 師光は傍らに立つ板額に目配せした。
 板額もちらと師光を見てうなずいた。手を止める隙もないほど、大手にも続々と敵が迫っている。
 新大夫が曲輪を駆け下りるのと入れ違いに、師光が斜面を駆け上がった。
 脱出組の最後尾を守る綱時も、背後に敵が迫り来るのを察した。立ち上がりざま弓を引き絞ると、木柵をよじ登って来る敵に向かって矢を射かけた。すぐさま新大夫も加勢した。
「綱時、ここはわしに任せておれ」
 次々と敵が木柵に取り付いてくる。
「多勢に無勢じゃ、まかりとどまる」
「駄目じゃ、行け! おまえがいなければ、資盛さまたちはどうなる。ここはわしに任せて、はよ行け!」
 新大夫は薙刀を振り上げた。太刀風を起こし、縦さま横さま縦横無尽に振り回し、木柵を乗り越えて来る敵を斬り伏せた。
 ようやく最後尾が抜け穴に入ったのを見届けた綱時は、唇を噛み締めて、しばし新大夫の背中を見つめた。そして意を決したように、自らも入口をくぐった。玉砕組の男たちが、穴を石で塞いだ。
「天下の悪僧、平新大夫(たいらのしんだゆう)なり。わしの首をば討ち取ってみよ! いざ!」
 曲輪一帯に敵が殺到した。しかし新大夫の薙刀は、嵐のように敵をなぎ倒す。敵は後ろへ退き、死角に迫り、じわじわと新大夫を取り囲む。新大夫の全身に次々と矢が突き刺さった。それでも新大夫は、敵の兜の真っ甲を打ち砕き、薙ぎ払い、蹴倒す。血と汗を飛び散らせて立ち回る新大夫の眼球がゆっくりと白目を向き、血濡れた穂先が空を斬った。微かな笑みを口元に浮かべると、新大夫は膝を落とし、前のめりに倒れ込んだ。
 第二曲輪の斜面に押し寄せて来る敵に向かって、師光は矢を射かけた。玉砕組の矢叫びと寄せ手のおめき叫ぶ声が錯綜する。もはや弓矢では防ぎきれず、わらわらと敵が木柵を乗り越えて来る。師光は太刀の鞘を払った。
「やあやあ、われこそは、豊田次郎師光なり! 幼き頃より板額御前にお仕え致し、幾たびかの合戦に一度も不覚を取らず」
 雨あられのごとく矢が射かけられた。そのうちの数本が、師光の鎧を射抜いた。
 師光は急所に近い矢を力いっぱい引き抜き、両足を踏ん張ると、太刀を振るって立ち回り、群がる敵を散々に蹴散らしながら、なおも叫んだ。
「弓矢取る身に生まれ、主と苦楽を共にせしこと、わが一代の誇りなり。今生に思い残すことなし。かかって参れ!」
 師光の兜ががくんと揺れた。眉間に、矢が突き立った。
 両目を見開いたまま、しばらく師光は立ち尽くし、どうと仰向けに倒れた。
「さあ、参るぞ」
 藤沢清親は弓を下ろすと、師光の屍をよけて、曲輪の南側へ歩き出した。

 板額の手元にある矢が、そろそろ尽きようとしている。
 手袋は破れ、指先が血に染まっている。
 板額は、尽き果てつつある矢数と、自らの命を重ねた。
 今なお勇敢に戦っている味方の矢叫びと、雲霞のごとく押し寄せてくる敵のおめき声が、少しずつ遠退いてゆく。疲労で薄れてゆく意識の中で、板額は弓を引き続けた。資盛、穂多、一族郎党のみんな、少しでも遠くへ、遠くへ逃げてたもれ。

 清親は、第二曲輪に立って足下を見下ろした。赤色の具足をはっきりと捉えた。あれが城氏の姫君か。清親は、畏敬の念を禁じることができなかった。女の身で、よくぞここまで戦ったものじゃ。確かに、殺すには惜しい。あっぱれな女武将よ。
 (えびら)から矢を抜き取ると、清親は弓手を板額の妻手側へ向けた。息を殺し、きりきりと弓を引き絞る。南無八幡大菩薩! 清親の指先から、まっすぐに矢が放たれた。
 鋭い痛みと衝撃が、板額の両足を貫いた。清親の矢は、板額の右大腿部を貫通し、左足まで達した。
 両足の支えを失った板額は、どっとその場に崩れ落ちた。
 板額はすかさず腰刀に手をかけ、鞘を払った。切先で喉を突こうとした瞬間、清親の郎党にきつく手首を押さえられた。疲れ切った体に、もはや力など残っておらず、腰刀が払い落とされた。縄にかけられながら、板額の意識は薄れていった。
 味方はなおも、果敢に敵に立ち向かい、四方の曲輪に踏みとどまって戦い続けている。だが、指揮官を失い、矢種の尽きた城軍が玉砕をとげるまでに、それほど時間はかからなかった。

第二十六章 囚人

 木桶の水を乱暴にかけられた板額(はんがく)は、ぼんやりと目を開いた。後ろ手を縛られ、猿ぐつわを噛まされていた。太ももが熱をもって痛み、横臥したまま身動きがとれない。目の前に脛あてと貫が見える。視線を少し上げると、床几に腰かけた、敵の大将とおぼしき男が見下ろしていた。
 板額は、自分が敵の本営にいると察した。さらに視線を動かすと、大将の脇にもう一人の武将が腰かけており、その背後に見える台の上に、あれは、確かに、師光(もろみつ)と新大夫の首級だ。
 西念はじっと板額の顔を見据えていた。
「猿ぐつわをはずしたならば、この女、舌を嚙み切るじゃろうな」
 清親は、黙ってうなずいた。
「わしをさんざん手こずらせた女子であれば、野獣のごとき面貌かと思うておったが、いかにも美しい。弓馬の眉目とまで称えられたこのわしが、まさかこのようなうら若き女に翻弄されようとは。口惜しきことよ」
 西念は、板額を見下ろしながら立ち上がった。
「板額。そなたは女子の身ながら、男にも勝る弓箭の達者。敵将の面前で舌を嚙み切るような女々しき真似はすな。最後まで、弓矢の家の者らしく振る舞え」と言って、猿ぐつわほどき、縄目をといた。
「さて」西念は再び床几に腰を下ろした。
「城兵の屍は、百にも満たず。いかにもこれは少なすぎる。大将資盛、宿老奥山綱時の姿も見当たらぬ。女子供に至っては、その影さえもない。いったいどこへ逃がした」
 板額は、じっと西念をにらみ据えたまま、何も答えなかった。
 その眼差しを見て西念は苦笑した。こやつ、死んでも口を割らないな。数々の戦場(いくさば)を見てきた西念は、気力の萎えた者と、最後まで意地を張り通す者の区別など、目を見ればすぐにわかる。
「まあ、良い。この戦の戦利品として、そなたの身柄は鎌倉へ送る。黙秘するなり、噛みつくなり、将軍の御前で、好きにやれ」
 板額は西念を睨みつけたままである。
「将軍御自らの沙汰が下されるまで、決して自害すな。よいな」
「ならば」ようやく板額が口を開いた。
「自害致しませぬゆえ、わたくしの願いも聞いてくだされ」
「申してみよ」
「そこに置かれた豊田師光と平新大夫(たいらのしんだゆう)の首、すみやかに供養していただきたい。鳥坂城(とっさかじょう)に捨て置かれたわが郎党らの屍も、手厚く葬ってくだされ」
「それはならぬ。城氏は朝憲を謀り、幕府に弓引いた逆賊である。宿老の首級は首検めのため、酒漬けにして鎌倉へ送る。郎党の屍を埋葬するなど、もってのほか」
「ならば、この場で舌を噛み切るのみ」
「待て」苦り切った様子で西念が制した。
「そなたが自害せず、おとなしく鎌倉へ参ると申すなら、致仕方ない、望みは叶えよう。なれど、内密のことにするゆえ、墓石などは一基も建てぬぞ」
「かまいませぬ。越後の土に埋めてくだされば。わが英霊たちの回向は、乙宝寺の宮禅師(みやのぜんし)に御申しつけくださりませ」
「承知した」
 ようやく西念は、長らくたたえていた厳しい表情を崩した。
「清親、そなたが板額を鎌倉へ連れて参れ」
「何を申す。わしはこの女子を後ろから射倒した。そんなもの、手柄でもなんでもない。むしろ恥辱じゃ。断る」
「まあ、そう申すな。わしは頼家様に嫌われておる。わしとて御所の簾前にひれ伏す気もない。わしが参ったところで、いらぬ確執を深めるばかりじゃ。ここは押して頼もう、名代となってくれ」
 清親はいまいましそうに膝を揺すった。
「名うての女武将を、御所の見参に入れて参れ。褒美はすべてそなたにくれてやる」
「いらぬわ、そんなもの」
「まあ良いではないか。ありがたく褒美を賜り、家の名を上げてまいれ。子孫のためじゃ」
「西念、そなたは褒美にあずからぬ気か」
「わしは山の麓で怒鳴っていただけじゃ。褒美にあたるような手柄なぞ、今度ばかりは何一つないわ。またいつの日か弓取る機会あらば、次こそは佐々木盛綱の名に恥なき手柄を立ててみせよう」
 西念はこの四年後にも、幕府内紛の鎮定に出陣している。戦を愛し、戦場に生きるしかない老年の武者であった。
 二人が言葉を交わしている間、板額はずっと、師光と新大夫の首級を見つめていた。

 まだ傷の癒えない板額は、縄目のまま小輿に乗せられた。物具に身を固めた清親の郎党が輿を舁いた。
 滅びゆく越後の雄、城一族の姫君を人目見送らんと、一帯の住民が街道を埋め尽くした。
 その人垣に埋もれて宮禅師が立っている。老い先短い自分が一族の滅亡を見届けることにならうとは、悲しくないといえば嘘になる。しかし不思議と、誇らしい気持ちで満たされてもいた。
 占拠された城の中に、女子供は一人も居なかったという。資盛が捉えられたという噂も聞かない。板額は見事に、一族をどこかへ逃がしたに違いなかった。そのため自らが犠牲となり、鎌倉へ連行されてゆく。あの子らしい、と禅師は胸を詰まらせた。
 藤沢清親の率いる一団が、街道を横切って行く。輿に揺られた板額は、鎧直垂(ひたたれ)姿に縄をかけられている。少し髪が乱れていたが、唇に薄く紅が残り、その横顔は相も変わらず美しかった。
 わしは誇りに思うぞ。宮禅師は心の中で叫んだ。板額よ、そなたの生き様、乙宝寺の仏舎利(ぶっしゃり)はずっと見ていたぞ。山の神も見ていたぞ。なにより、このわしが見ていた。父も母も、兄たちも、ずっとそなたを見ていたであろう。立派ぞ。わしの愛しい姪っ子よ。
 宮禅師の視線を感じたのか、輿の上から板額が顔を向けた。禅師は数珠を握りしめたこぶしを、ぐっと板額へ向けた。板額はゆっくりと首を傾けて、ほほ笑み返した。
 涙を流していたのは禅師ばかりではなかった。城氏と共に時代に翻弄され続けた、越後の民も泣いていた。
 板額は、禅師の姿が人垣に紛れて見えなくなるまで視線を送り続けた。やがて静かに向き直ると、櫛形(くしがた)山脈の山容や、苗代の水面、日本海の明るい水平線を、目を細めて眺めた。さようなら。去りゆく越後に別れを告げた板額が、再びこの地へ戻って来ることは、ついになかった。

「越州の囚女」を一目見みんと、鎌倉の大路は野次馬で賑わっていた。
 建仁の乱、武田有義の討幕未遂、鎌倉を震撼させた一連の反乱の首魁が、まさか女だったとは。最後に捕らえられた女武将こそ、鎌倉に弓引いた張本人であると人々は思っている。しかし、輿が街道を進んで来ると、誰もがあっけにとられ、声にならない感嘆をもらした。
 あな美しや。反乱軍の首魁が、なんと見目麗しきこと!
 野次馬は庶民だけにとどまらなかった。『吾妻鑑』にいわく

 〈御家人等群参し市を成す。〉

 どこもかしこも人だらけであり、善男善女がこぞって板額の美貌に息を飲んだ。
 板額を乗せた輿が、鎌倉御所の門前に降ろされた。清親に先導された板額は、誰の支えにも頼らず、自らの足で、御座の間へ進み出た。簾中に二代将軍頼家が居る。

 〈その座の中央を通り、廉下に進み居る。この間聊かも諂う気無し。凡そ勇力の丈夫に比すると雖も、敢えて対揚を恥ずべからずの粧いなり。〉
 
 板額が両足を負傷していることは、すでに周知のことであった。しかし板額は、痛みをおくびにも見せず、板敷きに正座し、まっすぐに簾中へ顔を向けた。
(痛かろうに)
 誰もが内心、そう思った。簾下の両側には、幕府の中核をなす宿老の面々が列坐している。和田義盛、小山朝政なども居た。浅利与一が居ることにも、板額は気付いていた。
「そちが板額なる女か」
 侮蔑した調子が声色に現れる頼家の問いかけに、板額は答えようとしない。
 代わって清親が言上した。
「この者、合戦の当日、明けの刻から宵の口まで弓を引き続け、われら討伐軍を散々に手こずらせ候。なれどその間、あだ矢は一本もなく、まことあっぱれな戦いぶりにござりました。わが方、なすすべもなく、背後より射倒し縄打ちたるものなれば、坂東武者の面目として、われらの勝利とは、よもや言い難し。この者の処遇、願わくば、格別の温情をば乞い奉りまする」
 清親は簾中に眼差しを向け、平伏した。
「藤沢二郎清親、大義であった」
「それがし、いかに味方の勝利のためとは申せ、女子相手の卑怯なる振る舞い、弓矢取る身の恥じなれば、本日をもって隠居致しまする」
 突如座を立ち上がった。
「板額殿、そなたと戦えたこと、末代までの自慢としよう」
 板額も少し振り返り、会釈した。
 清親は清々したように退出した。褒美の目録を持った使者が、慌てて後を追いかけた。
「さて、城の女」
 坂東武者の面目などどうでも良いといった様子で、頼家は板額に声をかけた。
「城資盛の行方はようとして知れず。さらに、余五将軍平維茂が野狐から授かったとされる宝刀も見当たらぬ。いったいどこぞへ隠した」
「知りませぬ」
「女子供も居らなかったと聞く。わかるように説明せよ」
「存じませぬ」
「さても、人を食った女よ。このわしを誰と心得居る」
「頼朝公のお子にござりましょう」
「どういう意味じゃ」
「頼朝公のお子だから、そこに居られるのでしょう」
 一番言われたくないことを言われ、頼家は頬を引きつらせた。
「おのれ、越後の囚女めが。わしを愚弄して、ただで済むと思うな。いかに逆賊とは申せ、しょせんは女子の身なれば、尼寺に籠居させる程度でゆるしてやろうかと思うておったが、もはやならぬ」
 これを聞いて、浅利与一はこぶしをきつく握り締めた。今度の一件、責任は自分にあると与一は思っている。越後の挙兵は、甲斐の加勢を頼みにした結果に相違なかった。それを阻止したのは、まさしく己であり、板額が縄打たれたのも、元をただせば自分のせいなのだ。
 頼家はいきり立っていた。普段から幕閣にも侮られている鬱積が、女のくせに無礼千万な囚人(めしうど)へ向けられた。
「囚女よ、もはや何も申さなくて良いぞ。資盛も女子供も、大方城氏にゆかりある出羽の辺りへ逃げたのじゃろう。草の根分けても探し出し、一人残らず誅罰してくれるわ。さて、不埒なおのれをいかに罰してやろうか。獄門に懸けるか。一生入牢申し付けようか。それともその細い首を、鈍刀で鋸引きにしてくれようか」
 板額は、真っ直ぐに簾中へ顔を向けたままである。
「前非を悔いるのであれば、遠流の罪で収めてやっても良いのだぞ。慈悲を乞え」
「乞いませぬ」
「ええいッ」頼家は扇子を膝に打ち付けた。
「ならばおのれを素っ裸にして、馬に跨らせ、市中を引き回してくれるわ! どうじゃ!」
「それが鎌倉殿のやり方なら、好きになされよ」
「ここまでじゃ」
 聞くに堪えなくなった和田義盛が立ち上がり、「処罰は追って沙汰する」濁みた声で吐き捨てるように言った。

 その夜、頼家の居室を訪なう者があった。
 浅利与一である。
 女官に通された与一は、神妙な面持ちで、頼家の御前に手をつかえた。
「謹んで、お頼みしたいことがござります」
「なんじゃ」
 頼家の愛想の無い態度に、与一は慣れている。
 頼家は、頼朝の跡を継いでから一貫して、幕閣の支持を得られず、近頃はたびたび体調不良に悩まされている。母親の政子に毒を盛られているという噂さえまことしやかにささやかれていた。幕府内で孤立を深める一方の頼家を、与一は心から不憫に思い、あたかも政治の趨勢に逆らうかのように、頼家に忠勤を尽くしてきたのである。
「まこと、言いにくいことではござりますが」
 与一にしてはめずらしく、はにかむように首のあたりを掻いたりした。
「なんじゃ」
そんな与一の挙動を見て、頼家は興味をそそられた。
「越後の囚女のことなのですが」
「うむ」
「あの者を、わしの嫁にくだされ」
「はあ?」
 頼家は、しばし絶句し、やがて膝を叩いて笑い出した。
「与一、そなた本気で申しておるのか」
 恐縮しきった様子で、与一は頭を下げた。
「与一よ、あの女は逆賊ぞ。しかも、そなたも見ておっただろう。あの気の強さときたら、見目こそ美しいやもしれぬが、気立ては男よりも猛々しい。なんでまた、あんな女を欲しがる」
「特別な意味はござりませぬ。ただ、あの女をもらって強靭な男子を産ませ、末はその子に朝廷を守らせ、武門繁栄の一助にしたいと思いましてござります」
 頼家はなおも愉快そうに笑い続けた。
「確かに。あの女が子を産めば、きっと坂田金時のごとき豪傑になろうぞ。しかし、だ。それにしても、あれは男勝りの強弓を引き、幕府に反乱まで企てた女ぞ。あんな者を、誰がやさしく愛せようか」
「いえ。別段愛すとか、そういったことではなく。恐れながら御所様は、あの女を死罪とはせず、流罪に処するだろうと、わしは思うたのです。わしにはわかります。御所様は女を殺したりせぬ」
「まあ、そうじゃな」
「あの者の預かり先を決めるなら、あえてわしが預かりたいと思うたまでにござります」
「そうは申しても、与一。さきほどから必死になって囚女を引き取りたがっておるところをみると、そなたやはり、あの女を好いておるのじゃろう? 与一よ、そなた変な趣味じゃなあ。あんな女子が欲しいとは。いやはや悪い趣味じゃ」
 腹を抱えて頼家は笑った。笑いすぎて涙まで流した。
「与一、かまわぬぞ。あの女をくれてやる。好きにするがよい」
 与一は頬をゆるませ、板敷きに額をこすり付けんばかりに平伏した。
 頼家は、なおも笑いが止まらなかった。こんなに楽しそうに笑う御所様を見たのは、ほんとうに久しぶりだと与一は思った。
 この三年後、左衛門督頼家は、母親の実家である北条氏の手によって殺害された。細紐で首を締め上げられ、刺し殺されたという。黒幕は実母政子であった。

 板額が幽閉されている土牢の格子から、払暁の靄が流れ込んでくる。守衛が中をのぞき込むと、がたがたとかんぬき錠を引き抜き、羨門の扉を開いた。
 いまだ矢傷が熱を持ち、板額の意識は朦朧としている。その傍らに、無言で腰を下ろす者があった。板額は、目だけを動かして相手を見た。
「板額殿、甲斐の浅利与一じゃ」
 板額の意識は、なお朦朧としている。
「そなたはわしの、妻となった。もう、ここから出て良いのだ」
 板額はきつくまぶたを閉じた。太もも全体が、脈打つように痛む。ひどく喉も渇いている。
「浅利殿」
 板額は、かすれた声をしぼり出した。
「腰の物を、お貸しくださらぬか」
「何故じゃ」
「鎌倉殿よりの沙汰、しかと聞いた。わたくしは自害致しまする」
「それはならぬ。絶対に」
「浅利殿。もしもあなた様が、奥州で出会った、あの高潔な武者であれば、弓馬の友として、わたくしに腰の物をお貸しくださるはず」
「板額殿、何が言いたい」
 明けかかる格子の外へ、板額は視線を向けた。
「わたくしは、物ではない。勝手に嫁などにされてたまるか。愚弄すな」
 与一はふっと鼻で笑って、板額の顔をのぞき込んだ。
「わしとそなたとでは、親と子ほども齢がちがう。隠居も近いこのわしが、今さら嫁なぞ、欲しがると思うか」叱るような調子で言うと、与一は振り返り、守衛に水を所望した。
 板額の肩に手を添えて体を支えると、守衛が井戸からくんできた椀を差し出した。
 板額は目をつむり、勢いよく喉を動かした。
「板額殿、わしには隠し立てせぬとも良い。そなた、資盛殿や城兵の家族を逃がしたのであろう」
 板額は、与一に目をくれず、押し黙っていた。
「戦に敗れた家が、無傷で暮らしてゆける場所などどこにもない。大方、深山幽谷のどこかへ落ちたのであろう」
 格子の外へ目を向けたまま、板額は何も答えなかった。雀のにぎやかなさえずりが聞こえる。
「山へ入った者たちにとって、これからがほんとうの戦いなのではあるまいか」
 板額の瞳が、与一の方へ向いた。
「そなたは、見とどけなくて良いのか。山に入ったそなたの家族が、これから戦ってゆく様を、そなたは見とどけなくて良いのか」
 視線をそらした板額の目のふちに、薄っすらと涙がにじんだ。動揺した気持ちを振り払うように、きつくまぶたを閉じた。
「わたくしは、鳥坂城で玉砕した者たちに、共に死ぬると約束したのです。あの者たちは、主従揃って彼岸へ渡ると信じて、従容として死に就いた。わたくし一人がおめおめと生き延びるなぞ、どうしてできましょうや」
「そうじゃろうか」
 与一はじっと板額の目を見据えた。
「生きるということは、死ぬことよりも辛いやもしれぬ。そのことを、いちばんよく知っているのは、死んでいった者たちであろう」
 板額の目に、師光と新大夫の顔が浮かんだ。わが兄弟のように過ごした二人の姿が。最後の最後まで、屈託のない笑顔で生きた二人の姿が。
 そして、資盛の顔が浮かんだ。とたんに熱いかたまりが胸から込み上げ、喉のあたりを苦しくする。
 あれほど逃亡することを拒み、死にたがっていた資盛に、わたくしは野狐剣(やこのつるぎ)を突き付けて、生きることを強要した。あの子は、どんなに辛かったことだろう。生きることを強要されたあげく、人も通わぬ山奥へ落ちて行ったのだ。そんな過酷な運命をあの子に押し付けておきながら、わたくしはここでのうのうと死ぬのか。後のことはまかせたと割り切って、ここで死ぬのか。
「板額殿、生きて見とどけなされ」
 板額は、地べたに倒れ込むように顔を伏せると、肩を震わせ、やがて声を上げて泣いた。

 鎌倉の浅利屋敷に、人々の好奇の眼差しが向けられた。
 浅利のヤツめ、上手くやったものじゃ。頼家に直訴すれば、あれほどの美女を手に入れられるなら、わしらもあの馬鹿将軍に直訴すればよかったわい、などと、御家人の多くが声をひそめてささやき合った。
 噂が市中一帯に広まった頃、薙刀を振りかざした女が単身、浅利屋敷の中廊門に土足のまま乗り込んで来た。
「浅利与一義遠、出合え!」
 渡殿からその姿を見た与一は、思わず口をぽかんと開けた。
「巴御前か」
「そうじゃ、この恥知らずめ」
 さっと一閃、薙刀の切先を与一の首元に突き付けた。
「そなたも所詮、男か。女は物ではないぞ。くれてやるとか、貰うとか、そんな男の戯言に、板額を巻き込むな」
「ちがう。巴殿、ちがうのじゃ」
「ええい、なんたる不潔な男ぞ。その首をば、掻っ切ってくれよう」
 殺気立った薙刀の柄を、与一は強く押さえた。
「ちがうのじゃ巴殿、わしの話を聞いてくれ」
「冥途の土産に、申し開きしてみよ」
「わしは、板額殿を助けたかった」
「何故じゃ」
 ようやく巴は眉間の皺を開き、力いっぱい振りかざした腕の力を少しゆるめた。
「越後の一件、すべてはわしのせいなのじゃ。わしが有義の挙兵を阻んだから、城氏は孤立し、こんな結果になってしもうた」
 事情を聴いた巴は、拍子抜けした様子である。
「別に、そなたのせいばかりとも思わぬが」
「いや、わしは、心苦しい。ずっと苦しかったのじゃ。自分の一族を守るために、他の一族を平然と見捨てたことが」
「平然と見捨てたわけではなかろう。だからそなたは、板額を守ったのであろう」
「そう思ってくださるか」
「ならば、約束せよ。板額を絶対に傷つけないと」
「もちろんじゃ。板額殿の身は、わしが生涯をかけてお守り致す」
 いきり立った肩を下ろした巴は、薙刀を与一に預けると、その足で板額を見舞った。
「巴様!」
 花弁が開いたような笑顔をみせた板額は、慌てて体を起こした。
「そのままで良い。休んでおれ」
 すっかりやつれた板額の頬を、巴は両手でしかっりと挟み込んだ。

 矢傷の回復を待って、与一と板額は甲斐の地へ旅立つ。
 出立の日、巴は大きな長櫃を持参し、従者に駄賃を付けて「これも運んでおくれ」と頼み込んだ。
「巴様、それは何ですか」
「美しい着物じゃ。わたくしのお古で申し訳ないが、そなたに似合いそうなものを詰め込んできた」
 櫃の蓋を開けてみせると、赤や萌黄色や山吹色、色とりどりの着物が重ねられていた。
「わたくし、これまで、こんなに美しい着物を着たことがありませぬ。巴様、頂いてもよろしいのですか」
「気に入るかどうか、わからぬが。板額、そなたもこれからは、衣擦れの優雅な音でも立てて、幸せに暮らしなされ。お洒落も悪くないものぞ」
 板額が涙ぐむと、巴がきつく抱きしめてきた。
「決して卑屈になるなかれ。板額や、わたくしはそなたのことを、妹のように思うておる」静かに耳元でささやいた。
 与一が騎乗すると、板額を乗せた輿も持ち上げられた。
 巴が与一に声をかけた。
「板額を泣かせようものなら、この巴、いつでも甲斐へ攻め込むぞ」
 与一は深くうなずき、軽くこぶしを挙げた。
 与一の一行が見えなくなるまで、巴は大きく手を振り続けた。
 巴を囲っていた和田義盛は、この十二年後、政敵北条氏と合戦に及び、打ち滅ぼされた。一方で弟の宗実は、越後奥山荘(おくやまのしょう)の地頭を務め上げ、その子孫は長く栄えた。和田宗家滅亡後、巴は出家し、九十一歳でその生涯を終えたという。木曽義仲の墓石の傍らに立つ小さな塚が、巴の墓と伝わっている。

終章 栃の実

 甲斐路を上って籠坂峠に出た板額(はんがく)は、生まれて初めて間近に富士山を見た。山頂に雪をいただく優雅な稜線は、これまで見て来たどの山とも違う雄大さである。四周一帯、見知らぬ景観を前にして、自分が遠いところへ来たのだと板額は思った。
「甲斐には海がない」と与一が言った。
「海のない土地で暮らすのは初めてじゃろう。ここは盆地で、夏は暑く、冬の寒さは厳しい。板額殿にとって暮らし良い土地ではないやも知れぬが、どうかこの地を、流国などと思わず、新たな故郷と思うてくれたら嬉しい」
 馬から降りた与一は、まだ若々しく見える。だが、齢五十三である。板額も三十路になっていた。峠のそよ吹く風に、しばしの涼をとる二人の姿には、これまで幾たびかの戦雲をくぐり抜け、猛々しく名乗りを上げた面影は見られない。かつて平氏を相手に強弓を引いた与一の目尻には、薄っすらと柔和な皺が刻まれている。ようやく矢傷の癒えた板額は、巴に贈られた淡紅の壷装束を上手に着こなしていた。与一の郎党が薙刀を持たず、腹巻を着けていなかったら、平和な旅の一行のように見えたことだろう。

 豊富村浅利の七倉というところに、与一の館があった。眼下に浅利川を望む丘陵地帯である。戦闘を想定した要害であった。けれども板額にとって、そこは見晴らしの良い、のどかな棲家という印象しかなかった。
 与一の先妻はすでに亡くなり、息子が成人している。
 板額が初めて浅利屋敷の門をくぐった日、与一の息子は深く頭を下げ、与一によく似た面貌をゆっくりと上げた。
「あなた様が、板額様であらせられますか。お噂はかねがね聞き及んでおります」そんなふうに丁重に話し始めたが、途端に感極まり、「天下の板額御前じゃ! このようなすごいお方が、わしの母親になるなんて!」すっかり舞い上がってしまった。
 この頃すでに、板額の名は全国に知れ渡っていたのである。
 鳥坂城(とっさかじょう)攻防戦の有り様は、早くも巷間の噂の中で誇張され、板額の存在は鎌倉追討軍をたった一人で翻弄した怪女のように語られていた。身長が六尺二寸(一八八センチ)もあるとか、戦闘中に大岩を蹴落として川に橋をかけたなど、容姿や怪力にまつわる風説が、まことしやかに流布していた。
 後の世のことになるが、水戸光圀が編纂した『大日本史』に記された板額の姿は、絶世の醜女である。これは、板額の容姿について『吾妻鑑』が記した〈但於顔色殆可醜陵薗〉という一節に「醜」の文字が含まれていたことによる誤解であったが、強い女は醜いという前時代的女性観を含む曲解だったともいえなくない。近世を通じて板額の名は、醜女の代名詞とされた。同時代の巴御前が絶世の美女と称えられたのに比べれば、軽率な曲筆の影響は大きかった。ついでながら「巴板額」といえば、女傑の代名詞である。
 与一の息子も、初めは驚いたことだろう。越後の怪力女が、実際は切れ長の大きな瞳を持つ、宮廷の女御のごとき美しさをたたえていたのだから。
 が、まだ若くて血気盛んな浅利太郎知義は、板額の美しさよりも、どうしても合戦の武勇伝の方に興味をそそられてしまう。
 鳥坂城の奮闘ぶりに興味津々の知義に対して、板額は首を傾げたり、笑ったりしながら、内実については言葉を濁らせ、知義の興をそがない程度に話をとどめていた。

「板額、そなたも辛いであろう」
 ある日与一は、板額に酌をしてもらいながら、しみじみとつぶやいた。
「わしは辛いのだ。この齢になって、ときどき戦場(いくさば)の夢にうなされる。これまでにわしは、あまりにも多くの者を殺めてきた。わしは武士であり、それは致し方のない運命であったと言わざるを得ぬが、それにしても、わしが殺めた者たちや、その家族のことを思うと、いたたまれなくなる」
「わたくしも、同じでござります」
「いかに弓矢の家の者とはいえ、血の臭いが染み付いたわが手を眺めて、罪悪感を抱かずにおられる者など、よもやおるまい。それが人間というものであろう」
 板額はうなずいた。弓箭の眉目と称えられた往年の荒武者が、わたくしには弱い姿を見せてくれる。板額は少しずつ、与一に心を開き始めていた。

 甲斐の棟梁武田信光は、領国の経営に心血を注いでいる。兄の有義を追放して以来、人が変わったように領民の生活に気を配り、幕府の安定的な運営に貢献すべく忠勤を尽くしていた。
 甲斐という土地は、盆地や山間部に豪族が割拠し、領地の境界線をめぐって争いの起こりやすい地勢である。それゆえに、豪族間の融和が平和の要であり、安定した連合の形成が死活の問題だった。甲斐を統治するためには、何よりも人と人との繋がりを尊重しなければならない。強権や武力の発動によらない、真の意味での政事が求められていたのである。
 信光は、二度と身内を追放するような過ちはおかさないと決心している。そんな信光に従う若き近習たちも、一族の末永き繁栄と、平和の構築こそが第一の課題と心得ていた。浅利太郎知義も、そんな空気の中で生きている。
 戦の記憶を語りたがらない板額の心中を、知義はすぐに察した。だから板額と会うときはいつも、領民の暮らしぶりや、作物の様子や、治水事業の進捗など、身近な話題を語った。そしていつからか板額のことを「母上」と呼ぶようになった。
 生まれて初めて「母上」と呼ばれた板額は、侍女たちの輪に交じって裁縫を習ったり、(くりや)に立って味噌のさじ加減を教わったりした。浅利父子の食膳に出した最初の料理は、板額にとっては渾身の大根汁だった。味が薄いような気がしたが、二人は美味い美味いと言って食べてくれた。
 板額は毎朝、館の広庭に出て、周囲の山々を見回す。資盛や穂多が、どこかで幸せに暮らしていることを願って、深く手を合わせた。
 そんなふうに、二年の歳月が過ぎて行った。

 油蝉が青葉を震わせて鳴く頃、浅利屋敷の門前に、変った風体の男が足を止めた。うだるような暑さの中、毛皮を羽織り、藁沓を履いている。
「熊の胆はいががだが。腹どご下したどぎに、良ぐ効ぐ薬だよ」
 見慣れぬ行商の者であれば、守衛は一応主人に報告しに行った。
「ここらでは見かけぬ山人が、物売りに来ております。通しますか」
 与一はふと、何か思い当ったような顔をすると
「その者を、板額の部屋へお通しせよ」と命じた。

 板額は目を凝らして、着物の裾を縫っている。料理はずいぶん上達したが、裁縫の方は一向に身に付かない。「痛っ」今もまた指に針が刺さって飛び上がった。
「板額さま」
 その声を聞いた板額は、はっと両目を見開き、顔を上げた。
「熊彦!」
 板額は膝の上の着物と裁縫道具を払って身を乗り出した。
「板額さま、よぐぞご無事で」
 熊彦の体に飛びついた板額は、「ああ」と溢れる声を上げて、はらはらと涙を流した。
「まさが今世で、再会叶うどは」
 熊彦も顔をくしゃくしゃにして、水洟で髭を濡らした。
 指先で涙をぬぐった板額は、息せき切ったように熊彦にたずねた。
「資盛は、穂多は、綱時は、みんなは、生きておるのですか」
「ええ、生ぎでおりますとも。みんな元気にしております」
 それを聞いた板額は、袖で顔を覆って嗚咽した。
「板額さまが生げ捕られ、甲斐の浅利殿の元さ居られるど、山人の仲間がら聞ぎ及び、居でも経ってもいられず、こごへ来でしまった」
「熊彦、聞かせてください。みんな、どうしているのですか」
 熊彦は涙をぬぐい、水洟をすすりあげて語り出した。
「われらは今、信濃ど越後の国境あだりの、山奥さ居ます。中津川どごさがのぼり、川上の谷の奥さ逃れだのだ」
「ここから、それほど遠くないところに、みんな居たのですね」
 板額はなお、涙がとまらなかった。
「資盛さまはその場所どご、秋山郷ど名付げだ。秋田の山人さ習って、住みよい郷どご作るでいう意味込めだのだ」
「秋山郷」
 なんて良い名であろうと板額は思った。
 最初の年は難儀したと熊彦は語った。身一つで落ち延びた山奥で冬を越すのは、いかに山人の惜しみない助勢があっても、さすがに無謀だったのである。男も女も子供らも、総出で竪穴式の住居を作り、そこで身を寄せ合って豪雪と飢えに耐えたのだという。
「資盛さまは、ほんとうにご立派でした。自ら率先して丸太どご担ぎ、土どご掘り、猟にも出で、一冬の間中ずっと、皆さんどご励まし続げでくださった」
「穂多は、どうしていますか」
「兄のおいが、こう言うのもなんだども、あの子も実によぐけっぱってぐれでら。刺草製して着物作るやり方どご女だぢに教え、食料の調達がら、調理まで、ほんとうによぐ働いでら」
 嘘のようだった。武家の男らと婦女子(ふじょし)が、山の奥で一人の餓死者も出さずに暮らしを立てているというのだ。
「綱時なんて、もういっぱしの猟師だよ」
 ようやく二人は、互いの顔を見やって笑った。
「熊彦、わたくし、みんなに手紙を書きたい」
 しかし熊彦は、強くかぶりを振った。
「板額さま、お気持ぢはよぐわがります。んだども、その手紙どご渡されだおいが、もしも山中で不慮の死どごとげるようなごどでもあれば、証拠どして残ってしまいます。文字のやり取りは一切でぎねぁ。辛抱してぐださい」
 熊彦の言う通りだった。秋山郷の所在を伺わせるものは、何一つ存在してはならないのだ。秋山郷は、隠れ里であり続けなければならないのである。
「おいが時々こごへ来ます。板額さまどみなさんの架げ橋になります。んだんて、もう一人ではねぁよ。心どご強ぐたがいで生ぎでぐださい」
「熊彦」
 板額はまた、袖を目頭に当てた。
「生き恥をさらしても、皆の無事を知ることができて、うれしい」
「生ぎでおればごそだ」
 手の甲で涙をぬぐいながら、熊彦は白い歯をのぞかせた。

 以来、行商人を装った熊彦が、時おり浅利屋敷を訪れるようになった。しかし板額は、熊彦の素性を与一にさえも明かさなかったし、与一も決して詮索しなかった。
 秋山郷は、信濃川の支流、中津川の上流域に位置している。東に鳥甲山、西は苗場山に囲まれた渓谷であり、河岸段丘が織り成す複雑な地形が、人の往来を阻んでいた。まさに深山幽谷の地といってよく、陸の孤島である。落人が暮らすには理想の地であった。
 資盛たちはこの渓谷に、茅葺の家を建てていった。
 水は豊富にあるが、平地が少ないため、水田はほとんど作れない。山の斜面を開いた焼畑から、粟、稗、大根、蕪などを収穫した。木の実や獣の肉には事欠かない。
 平地の社会とは一切の流通を断っているため、日用品もすべて手作りである。木材を削って匙や椀を作り、籠やザルのような曲げ物も自分たちで編んだ。
 つい先頃まで武士だった一族が、今や太刀の刃を研ぐ暇もないほど、日々土を耕し、手内職に励んでいる。
 板額は熊彦の話を聞きながら、徐々に生活の基盤を整えていく秋山郷と、一族の暮らしぶりを想像するのだった。
 秋山郷の紅葉は、それは見事なものだと熊彦が言った。ブナやクヌギやミズナラが、赤や黄に色濃く変色し、全山を染めてゆく。この時季ばかりは資盛も穂多も仕事を休んで、紅葉狩りに出かけることもあるそうだ。秋山郷の四季折々を、板額は想像の中で描き出す。そんな時の板額は、いつも少しだけ微笑んでいる。
 熊彦は熊胆ばかりでなく、蜂の子や、岩茸など、里ではなかなか手に入らない貴重な物産も売りに来るため、浅利屋敷の人々は喜んだ。誰もが熊彦のことを、商売熱心な行商人としか思っていない。あるとき熊彦が一人の男を同伴してきたときも、館の人々は同業の山人なのだろうとしか思わなかった。
 その男は浅黒く日焼けして、長い顎髭をたくわえていた。まるで唐絵の仙人のような相貌だったが、板額はすぐに、それが綱時だとわかった。
「ああ、板額さま」
 綱時は震える手で板額の手を強く握りしめると、瞳がにじんで揺れるほど大粒の涙を流した。
 二人は固く抱き合ったまま、その場にしゃがみ込み、汲めども尽きない涙を、流れるにまかせた。
「わしは、資盛様の命で、ここへ参りました」
 頬を涙で濡らしながら、少しだけ平静を取り戻した綱時が話し始めた。
「身の周りに城氏の者が一人もいないのでは、おば上がさみしかろうと資盛様が申されて。わしに板額さまの元へ行き、生涯お仕え致せとお命じになられたのです」
 板額は袖で涙をぬぐい続けた。
「資盛は、そなたがいなくて大丈夫なのでしょうか」
「ええ。もう何の心配もござらぬ。若はほんとうにご立派になられました。手に持つ武具を農具に変えて、皆をたくましく率いております。資盛様は焼畑を眺めながら、いつも口癖のように、こう申されています。ここがわれらの戦場であると」
 乾きかけた涙が、再び板額の袖を濡らした。
 熊彦がせかすように、「ほれ、綱時」と何やら促した。途端に綱時の表情が緩んだ。
「板額さま、お知らせしたいことがござります。吉報です。
 穂多が、あの幼かった穂多が、資盛様のお子を身ごもりましてござります!」
 驚きとも歓声ともつかない声を板額は上げた。またも両目に涙をあふれさせ、天を仰いで微笑んだ。「穂多、ああ、穂多!」

 その夜、板額は与一の御前に手をついた。
 奥山綱時が館に居ること。そして、秋山郷のこと。資盛のこと。穂多の懐妊。すべてを、与一に話した。
 一通り話を聞き終えると、与一は立ち上がり、身をこごめて板額の手を取った。
「初めて、一族の近況を話してくれたな。わしは嬉しい。これで、ようやっと、そなたと家族になれた気がする」
 涙を流して、板額を抱きしめた。
 与一の腕に抱かれた板額は、兄資永(すけなが)のことを思い出した。兄上と同じ匂いがする。腕の中の暖かさが、板額の心を落ち着かせた。それはなつかしいやすらぎだった。戦乱に巻き込まれる以前の、遠い記憶に残っている、家族に守られているという安心感だった。
 板額はこの後、与一の子を産んだと伝えられている。確かな記録が残っているわけではないが、板額が安産を祈願したと伝わる瀬立不動尊は今も現存し、板額が腹帯を直すために腰かけたという「帯岩」もある。甲斐に残る伝承には、かつての女武将の面影は見られない。それを物語るように、この地では板額のことを、「板額姫」と呼ぶ。
 板額の産んだ子は、「キク」という名の女の子だったらしい。親元で健やかに成長したようであり、武田一族の石橋信継に嫁いだという。与一は七十二歳の長寿を全うし、板額と二十年以上に渡る歳月を共に過ごした。しかし、これはまだ先の話である。

 与一は、御座の間に綱時を招いた。板額に伴われて現れた綱時は、熊の毛皮を羽織り、帯刀もしておらず、もはや武士の風体ではなかった。しかし、はしばしに見られる所作には、高貴な武家の身のこなしが抜け難く染み付いている。
「奥山綱時殿。そなたの武勇は、かねがね噂に聞いておった。いかがであろう。当家に仕官してくださらぬか」
 与一は丁重に頭を下げた。綱時も深く平伏し、目を細めて御前を見上げた。
「浅利様のご厚意、誠にありがたく存じます。なれど、われら城氏は、戦に敗れ、弓馬の道を離れたのです。もはや弓矢を取る気持ちは少しもござりませぬ」
「さようか」
 寂し気にうなずくと、与一はしばし考え込んだ。
「ここから少し離れたところに、加茂神社と春日神社が並んで鎮座しておる。この二社の由緒は古く、長らくわが一族が崇敬して参った。ここの一社の宮司が不在であるから、綱時殿、どうじゃ。宮司を勤めてくださらぬか」
 綱時は板額に目を向けた。板額は軽くうなずいてみせた。
「ありがたきお言葉、謹んでお受け致しまする。これよりは神に仕える身となり、ここ甲斐の国と、秋山郷の一族の安寧と繁栄を祈りたいと存じます」
 武家社会から遁世したにも等しい今の綱時の心境にとって、神職は受け入れやすい第二の人生だった。綱時は、与一の厚意をありがたく受けた。
 加茂社と春日社は、これよりずっと後、一社に合祀され、甲斐二十社の一つに数えられる「加茂春日神社」となる。ここの宮司の姓は、今もなお「奥山」である。

 身重の穂多が、何か不自由していないか、物資的な援助は必要かと落ち着かない板額の憂いを、熊彦はきっぱりと諫めた。
「お心遣いは大変ありがでえのんだども、援助はうげられねぁ」
 これは資盛の意向なのであった。
「山での暮らしは、すべで自給自足んだんて、援助さ頼るようになるわげにいがねぁ。これが資盛様のお考えなのだ」
 資盛の言う通りだろう。
 それでも板額は、せめて産着だけは自分に作らせて欲しいと懇願した。
 苦手な裁縫に打ち込み、ときどき針で指を刺しながら、板額は産着を何着も仕立てた。針の先を見つめながら、少しずつ大きくなっていく穂多のお腹を想像しながら。

 十カ月が経つ頃、甲斐を囲む山々の冠雪は未だ白く残っていたが、大地には木の芽が芽吹きつつあった。夜明け前の静寂に包まれた浅利屋敷に、息せき切った熊彦が現れた。いつもは控えめな熊彦が、中門廊の板敷きをけたたましく踏みつけて、板額の寝所の戸を叩いた。
 それを聞いて板額は飛び起きた。いつ穂多が出産してもおかしくない時期なのだ。
「板額さま、産まれだ! 板額さまによぐ似だ、めごい女の子だ!」
「ああ! 熊彦、ああ、穂多、よくやりました!」
 板額は熊彦にしがみつき、体を激しくさすった。
 まだ夜は明けきらず、部屋の中は暗かった。板額は燭を灯し、熊彦と向き合った。感無量であり、肩の荷が降りたような気がする。
「赤ちゃんは、無事ですか」
「はい。しったげ元気な産声どご上げだ。資盛様も、穂多も、赤ん坊の顔どご見るなり、板額さまに似でらで言って笑った」
 板額はまぶたのふちに袖を当てた。
「今日は特別さ、これどごたがいでぎだ」
 熊彦が懐から、二つに折られた和紙を出した。
「資盛様書いだものだ」
「良いのですか。文字は・・」
「今日ばがりは、かまわねぁ」
 板額はゆっくりと、折り目を開いた。
 そこには
〈栃子〉
 と墨書きされていた。
 資盛の、しっかりした筆跡だった。
 板額はじっと紙面を見つめた。
「産まれだ子の名前だ」
 紙の上に、ぽたん、ぽたん、と涙の粒が落ちた。
 かつて城氏は、横田河原で一族のほとんどを失い、鳥坂城に籠って冬を越した。あの時、城氏を救ったのは、山から集めた栃の実だった。栃の実を食べて、命を繋いだのだった。
 越後という土地に、城という名の一族が居たことを、人々はやがて忘れるだろう。乱世に巻き込まれ、死んでいった者たちのことも。誰もが精一杯に生きたということも。しかし、確かに命は繋がれてゆくのだ。人も通わぬ山の奥に、今、確かに平氏の落人が根を下ろし、これからも、連綿と命が繋がってゆく。
 栃子と書かれた紙の上に、ぽたん、ぽたん、と涙が落ちた。
「この戦・・」そうつぶやくと、板額はゆっくり顔を上げた。
「われらの勝ちじゃ」

 加茂春日神社には、板額が奉納したと伝わる、弓、薙刀、小刀が今も残っている。
 天から授かった武技を、天に返したのかもしれない。

                                           〈完〉

長編歴史小説  女武将 板額 (はんがく)

長編歴史小説  女武将 板額 (はんがく)

男勝りの強弓を引き、鎌倉幕府の公式記録に〈女性の身たりといえども、百発百中の芸ほとんど父兄に越ゆるなり。〉と賞賛された女武将がいた。 越後の国、城一族の娘、板額。いま、800年の時を越えてよみがえる。

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • アクション
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-12-29

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