シロヒメは聖なる夜のぷりゅタクロースなんだしっ⛄
Ⅰ
「ぷっりゅべーる、ぷっりゅべーる、ぷっりゅがーなる~♪ きょーはたのしいー、ぷりゅすます~♪」
「まだ、ぷりゅスマス……クリスマスじゃないですけどね」
うきうきと歌う白馬の白姫(しろひめ)に、苦笑しながらアリス・クリーヴランドが言う。
いま、白姫とアリスは、一緒にクリスマスツリーの飾りつけをしていた。
「白姫、ほんと、クリスマスが好きですね」
「好きだし!」
目を輝かせ、
「クリスマスは街がとってもきらきらしてるんだし。心がぷりゅぷりゅするんだし」
「『心がぷりゅぷりゅ』の意味はわかりませんけど」
そう言いつつも、同感だというようにうなずく。
当日まではまだ間があったが、アリスたちの暮らす屋敷では早くもクリスマスの準備が始められていた。
「ぷーりゅぷりゅ、ぷりゅりゅー、ぷりゅりゅりゅりゅーん、ぷりゅりゅんりゅんりゅん♪」
「もーみのき、かざろー、らららららーん、ららんらんらん♪」
歌声が重なり響き合う。
と、そこに、
「白姫もアリスも歌が上手だな」
「ぷりゅー」
「真緒ちゃん」
現れたのは、六歳の少女にしてこの屋敷の主人である鬼堂院真緒(きどういん・まきお)だった。
「おお、白姫も飾りつけを手伝っているのか。偉いな、白姫は」
「ぷりゅっ」
「こういうときくらいしかお手伝いしてくれませんけど……」
思わずもらしたアリスのつぶやきもご機嫌な白姫には聞こえなかったようで、
「マキオも一緒にやるし? 楽しいし」
「白姫が一緒に飾りつけをしようと言ってますよ」
「そうなのか! うん、わかった!」
ぱっと笑顔になり、真緒もアリスたちに並んで色とりどりの飾りを手にし始めた。
「ぷっりゅべーる、ぷっりゅべーる♪」
「すずがー、なる~♪」
白姫の歌に真緒の歌声が重なる。
「みんなで歌うのは楽しいな」
「楽しいし。シロヒメ、ちっちゃいころからいつもママと歌ってたし」
「白姫、お母さんと歌ってたって……」
真緒にそう言った瞬間、アリスははっとなる。
「ぷりゅ?」
歌声が不意に途切れたことに首をひねる白姫。
アリスはあわてて、
「真緒ちゃん……お母さんが」
「ぷりゅ!」
白姫の耳がぴんと立つ。
そして、すまなそうに真緒に鼻先を寄せる。
「ごめんね、マキオ……」
「白姫」
真緒の口もとにかすかな笑みが戻る。
「優しいな、白姫は」
もう何も思ってないというように優しくなでる。
しかし、
「ぷりゅ……」
申しわけなさそうな白姫の表情は変わらないままだった。
「ぷりゅーわけで、マキオにプレゼントを贈るし!」
「えっ……!?」
唐突な白姫の宣言にアリスは目を丸くする。
「プレゼントって……」
「プレゼントはプレゼントだし」
察しが悪いと言いたそうに鼻を鳴らす。
「クリスマスといえばプレゼントだし。だから、マキオにプレゼントなんだし」
「えーと……」
戸惑いに瞳をゆらしつつ、
「いや、贈りますよ、プレゼント? クリスマスパーティーのとき、屋敷のみんなでプレゼント交換を」
「そういうんじゃないんだし!」
目をつり上げ、
「クリスマスだけのプレゼントだし! クリスマスにしかないプレゼントだし!」
「クリスマスにしかないプレゼント?」
「もー、アリスはアホなんだしー。ムカつくしー」
「アホじゃないです」
「クリスマスと言ったらあれだし!」
声を大にして言う。
「サンタクロースからいい子へのプレゼントなんだし!」
思わず息を飲む。
「なるほど……」
当たり前すぎて逆にそこへ考えが至らなかった。
「そ、そうですよね。真緒ちゃん、いい子ですもんね」
「いい子だし」
力強く。うなずく。
「初めて会ったときから、マキオは本当にいい子なんだし。ピンチのシロヒメを守ろうとしてくれたこともあったんだし。ものすごくいい子なんだし」
「はい、ものすごくいい子です」
「だからだし!」
声にいっそう力をこめ、
「マキオにはサンタからのプレゼントがないとだめだし! 絶対だめなんだし!」
「白姫……」
目頭が熱くなる。
「自分、うれしいです。白姫にそういうふうに誰かを思いやれる心があって」
「当たり前だし。シロヒメ、感受性豊かな馬なんだし」
「こっちのことはぜんぜん思いやってくれませんけど……」
「ぷりゅー?」
「あ、いえ、なんでも」
あわてて胸の前で手をふり、
「けど、ほんとに成長したと言いますか」
「成長してるんだし。馬の成長は早いんだし」
「ですね」
「それに比べてアリスはぜんぜん成長しないんだし。アホのままなんだし」
「アホじゃないです」
そこはははっきり否定して、
「とにかく、いい提案ですよ、白姫。じゃあ、ちゃんとサンタさんにお願いしましょう」
「ぷりゅぅー?」
なぜかあきれたような目になり、
「なに言ってんだしー」
「えっ」
「必要ないし」
「必要ないって……」
「だってそうだし」
当然という顔で、
「マキオはいい子なんだし」
「はあ……」
「だから必要ないんだし」
「え、えーと」
唐突すぎる結論についていけないまま、
「……なんでです?」
「アホだしー」
「アホじゃないです」
そこはかたくなに否定し、
「いい子だからこそ必要じゃないですか、プレゼントが」
「確実なんだし」
「は?」
「マキオにはプレゼントがもらえるんだし。サンタから」
「………………」
言葉をなくしてしまう。
「マキオはきっと昔からいい子なんだし。だからずーっとサンタにプレゼントもらってるんだし」
「あの……」
おそるおそる、
「それって……本物のサンタにってことですか」
「ぷりゅぅ?」
白姫は「何を言っているんだ」という顔で、
「アリスはここまでアホだったんだしー」
「だから、アホじゃないです」
くり返し否定した後、
「その……白姫は本気で」
「ぷりゅりゅ?」
ますますけげんそうに、
「『本気で』ってなんなんだし。どういう意味なんだし」
「いえ、あの」
「さっきからなに言ってんだし。シロヒメたちがお願いしなくてもちゃんとサンタは来てくれるんだし」
「は、はあ……」
ひょっとしたら、白姫が言っているのは『サンタのふりをして毎年ちゃんとプレゼントをくれる大人がいる』ということなのかとも思った。
しかし、真緒の家庭の事情はすこし複雑だ。
母親はすでになく、父親とも一緒に暮らしてはいない。
つまり周りの〝大人〟が自然にくれるということはないはずで――
「まったく、アリスはわけわかんないことばっかり言うし。あと『サンタ』って呼び捨てにしてんじゃねーし」
「いや、白姫もしてましたからね?」
「サンタはとっても偉いんだし。毎年、ちゃんと子どもたちのお願い通りのプレゼントをくれるんだし。シロヒメでしょーめー済みなんだし」
「………………」
確信する。白姫は――サンタの存在を信じているのだ。
「あの……」
そこでまた軽く混乱する。
「白姫、最初に『プレゼントを贈る』って言いましたよね? それが『サンタのプレゼント』だって」
「そーだし」
「えー……と……」
「サンタはすごいんだし。けど」
軽く目が伏せられる。
「贈ってくれないプレゼントもあるんだし」
「えっ」
思いがけない言葉に目を見開く。
「贈ってくれないって」
「シロヒメはとっても『それ』がほしかったんだし。だけど……サンタは叶えてくれなかったんだし」
「………………」
考えてしまう。サンタの叶えてくれないプレゼントとは――
「ママだし」
「!」
「シロヒメ、ママに会いたいってサンタにお願いしたんだし。けど、かなえてもらえなかったんだし」
「それは……」
返す言葉を失う。
聞いている。白姫は実の母と離されて今日に至ると。騎士の馬として甘えをなくすための、それは必然とも言える措置なのだそうだ。
「シロヒメ、とっても悲しかったけど、でもサンタはプレゼントをくれたんだし。ママじゃなかったけど、ちゃんとプレゼントをくれたんだし」
「そうですか……」
「あと、ヨウタローがとってもかわいがってくれたんだし。いつもよりうーんと甘やかしてくれたんだし」
「………………」
ヨウタロー――花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)は白姫の主人である騎士だ。彼女が生まれたときからずっと愛情を注いできて、いまでもそれはまったく変わりがない。
きっと、サンタの役目も葉太郎が担っていたのだろう。だが、白姫の母親のことだけは騎士の立場としてどうにもできなかったのだ。
「あの……」
どう言うべきかためらいは残ったまま、
「よかったですね、葉太郎様がかわいがってくれて」
「ぷりゅ」
白姫はうなずき、
「でも、やっぱり、マキオには同じ想いをしてほしくないんだし」
そして言う。
「だから、プレゼントなんだし!」
「えーと……」
そこでつながらなくなってくる。
「プレゼントって……結局何を」
「もちろんママをだし!」
「は!?」
「シロヒメ――」
驚愕の発言が飛び出す。
「サンタになってマキオにママをプレゼントするんだし!」
Ⅱ
「む、無理で……」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
問答無用に蹴り飛ばされる。
「なんてことをするんですか!」
「アリスこそ、なんてこと言ってるし!」
白姫の身体が怒りにふるえ、
「無理ってなんだし! マキオにママがいちゃだめって言ってるし!?」
「そんなことは言ってませんよ!」
「じゃあ、どんなことを言ってるし!」
「それは」
言葉につまりつつ、
「だって……真緒ちゃんのお母さんは」
「それはわかってるし」
ぷりゅ。うなずく。
「だからシロヒメがママになるし」
「は!?」
さらなる驚愕に目を見張る。
「ママのいないマキオのために、シロヒメがママになってあげるんだし」
「………………」
絶句。
「無理……で……」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「何度も何度も『無理』言ってんじゃねーし。アリスのほうがぜんぜん無理なんだし」
「ど、どういう意味ですか」
「そのままの意味だし。『えー、アリスと一緒とか無理ー』という意味での無理なんだし」
「やめてください、ひどいことを言うのは!」
「アリスのほうがはるかにひどいんだし。アリスの存在そのものが……」
「本当にやめてください、そういうことを言うのは!」
涙目で訴えてしまう。
「とにかく、白姫がママっていくらなんでも」
「『いくらなんでも』ってなんだしーっ!」
「きゃあっ」
またも蹴られそうな勢いに悲鳴をあげる。
「ま、待ってください! だから、唐突すぎるんです!」
「まー、その意見はわかるし」
分別ありそうに「ぷりゅ」とうなずいてみせる。
「けど、問題ないんだし」
「問題……ない?」
「そうだし」
誇らしげに胸をそらし、
「だって、シロヒメだから」
「………………」
アリスは、
「……えー、それで、今度のクリスマスプレゼントのことですけど」
「って、なに話をなかったことにしようとしてるしーっ!」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「まったく。とんでもないアリスだし」
「とんでもないのは白姫です!」
「とにかく、シロヒメ、マジなんだし」
「ええぇ~……」
「マジでぷりゅなんだし」
「『マジでぷりゅ』の意味はよくわからないですけど」
アリスは心もち真剣な表情になり、
「冗談はだめですよ」
「ぷりゅ?」
「真緒ちゃんの……ママだなんて」
「冗談じゃないし。マジだって言ってるし」
「でも……」
やはり当惑してしまう。
「……できませんよ」
「ぷりゅー?」
ぎろり。にらんでくる白姫にあわてて、
「だ、だって、そうじゃないですか! 白姫は……」
どう言おうか一瞬迷ったあと、
「年下じゃないですか!」
「ぷりゅ!」
軽く跳び上がる白姫。
「ぷりゅー、確かにそうだし。マキオは六歳でシロヒメは三歳なんだし。倍も違うし」
「そ、そうですよ……」
人と馬の年齢を同じように比べていいのかと思いつつ、アリスはうなずいておく。
「だからね、無理ですよ」
「何度も何度も無理って言うんじゃねーし!」
再び強気な顔に戻り、
「ユイフォンはマキオより年上だけどマキオの娘だし」
「それは……」
ユイフォン――何玉鳳(ホー・ユイフォン)は、確かにアリスと同い年でありながら七歳も年下の真緒を母と慕っている。
「ぷりゅ!」
またも耳がぴんと立ち、
「ぷりゅりゅりゅりゅ……マキオのママになるということはユイフォンが孫になるということだし? 『おばあちゃん』って呼ばれるのはイヤだし……」
「いえ、あの、そういうこと以前の問題で」
「そうだし。そういうこと以前の問題だし」
わかってくれた――と思ったのもつかの間、
「アリス、ちょっと子どもやるし」
「はい?」
「ぷりゅー」
白姫はイライラと、
「アリス、頭だけじゃなくて耳まで悪くなったし?」
「悪くなってないですよ、どっちも」
すかさず否定するも戸惑いは消えず、
「あの……どういう意味で」
「やっぱり頭が……」
「悪くなってないです」
「確かに、悪く『なる』じゃなくて、もともと……」
「そういうことでもなくて! 普通にわからないですよ『子どもやる』なんて!」
「いままでの流れから察するし」
「察するって」
考えてみるも、
「……わかりません」
「アホだしー」
「アホじゃないです」
そこはとにかく否定して、
「どういうことなんですか? 白姫がお母さんになるって話を……」
そこでようやくはっとなる。
「まさか……」
「そうだし」
白姫がうなずき、
「練習だし」
「ええっ!?」
「シロヒメが立派なママになる練習をするんだし。だからアリスが子どもやるんだし」
「じ、自分が」
「まずはちゃんとしたママになることが大事なんだし。ユイフォンのことはとりあえず後回しだし」
「あの、つまり自分は練習台ですか?」
「そうだし」
「そんなこと……」
「練習台じゃなくて死刑台がいいし?」
「ぶ、物騒なことを言わないでください!」
ふるえ声ながらも訴える。しかし、白姫は引かず、
「これはマキオのためなんだし! シロヒメ、マキオにふさわしいママになるんだし! だから練習なんだし!」
「でも……」
やはり無茶苦茶だという思いは消えない。
すると、
「マキオはとってもいい子なんだし」
「は、はい、それはよくわかって……」
「けど」
白姫の表情が沈む、
「それはあんまりよくないことなんだし」
「えっ」
「いい子だから周りのみんなに迷惑をかけないし。自分よりみんなのことを考えるし。ユイフォンのことも娘としてかわいがってるし」
「はい、そうですね……」
「でもマキオが甘えられる人は……いないんだし」
「あっ」
ようやく何を言いたいのか理解する。
「でも、屋敷には依子さんも」
「甘えられると思うし?」
「う……」
難しいかもしれない。
朱藤依子(すどう・よりこ)。屋敷の家事を一手に担い、かつ騎士である葉太郎の鍛錬も行う最強の女性。態度は基本いつも厳しく、甘えられるような雰囲気の人ではない。
「だから、シロヒメなんだし」
「でも……」
「アリス」
目を見張る。
これまでずっと傍若無人なふるまいを続けてきた白姫が――
なんと、深々と頭を下げていた。
「お願いします」
「白姫……」
真剣なのだ。その想いが伝わり、胸をふるわせる。
「……わかりました」
アリスは言った。
「確かに真緒ちゃんには甘えられる相手が必要です! 自分も協力します!」
「ぷりゅ!」
こうして――
真緒のためのクリスマスプレゼント作戦は始まったのだった。
Ⅲ
「う……」
アリスは、
「ほ、本当にこの格好でやるんですか」
「やるし」
白姫が「ぷりゅ」とうなずく。
「うう……」
黄色い帽子に、ピンクのスモック。
まるで幼稚園児のような格好をアリスはさせられていた。
「よく似合うしー」
「うれしくないです、そんなこと言われても」
「だって、実際似合うし。アリスの精神年齢とぴったりなんだし」
「どういう意味ですか!」
協力すると言ったことを早くも後悔したくなる。
「それで……何をするんですか」
「ぷりゅ?」
「だから、自分は何をすれば」
「子どもだし」
「それはわかってますよ。この格好で十分に子どもです」
「子どもらしいことするし」
「子どもらしいことって」
「あっ、ちょっとわがまま言ってみるし」
「わがまま?」
「そうだし。アリスの日ごろのわがままぶりを存分に発揮するし」
「日ごろわがままなのは白姫じゃ……」
「なんだし?」
「な、なんでもないです」
蹴られたりしてはたまらないと――
「………………」
「ぷりゅ?」
「あの……」
おそるおそる、
「わがままって……つまりどういうことを」
「ぷりゅー?」
白姫は「そんなこともわからないのか」という目で、
「そのままだし」
「だから、自分、わがままじゃないですし」
「そのままなんだし! 日ごろ自分の思ってることをがまんしないでぶちまけるんだし!」
「ぶ、ぶちまける……」
「ほら、やるし」
「えーと……」
アリスはすこし戸惑ったあと、
「し……白姫!」
「ぷりゅ?」
「あの……その……」
ためらいつつも思い切って、
「い、いじめはやめてください!」
続けて、
「いつも自分勝手すぎますよ! もうすこし周りのことを考えてください! 普通にしてください!」
「………………」
白姫は、
「よく言ったし」
アリスはほっとして、
「これでよかったですか? 日ごろ思ってることをって言われて……」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
完全に不意をつかれ、アリスは勢いよく吹き飛ばされた。
「ななっ、何をするんですか!」
「これでいいし」
「よくないです! ぶちまけろって言ったのは白姫で」
「だから、いいんだし」
「え……え?」
「ママの練習なんだし」
当然という顔で、
「わがままを言う子どもを叱りつけるのはママの仕事なんだし」
「叱ってないです! 蹴ってます!」
「本音をぶちまけたから、こっちもぶちのめしたんだし」
「いいですよ、そんなところで合わせなくて!」
懸命に抗議する。
と、白姫の目がつりあがり、
「だいたい、どういうつもりだし? ママであるシロヒメの悪口言うなんて」
「悪口を言ったつもりは」
「言ったし『自分勝手』って。いまは子ども役のアリスが自分勝手するんだし」
「自分勝手では白姫にかないませんよ……」
「また悪口言ったしーっ!」
「きゃあっ! というかイヤですよ、叱られる練習なんて!」
「ママには必要なんだし」
「白姫は真緒ちゃんに甘えてもらえるような母親になりたかったんじゃないんですか? 厳しい母親じゃなくて」
「ぷりゅ!」
耳がぴんと張る。
「そうだったし。あまりにアリスがムカつくから、ついつい厳しくしてしまったし」
「じ、自分のせいですか」
「じゃあ、あらためて甘やかす練習するし」
「お願いします……」
そして、
「………………」
「白姫?」
「………………」
「あの……」
「……ぷ……」
「『ぷ』?」
「ぷ……ぷぷっ……ぷりゅぐふっ!」
「白姫!?」
突然口もとを抑えてうずくまった彼女にあわてて、
「ど、どうしたんですか!」
「だめだし……」
「ええっ!」
「はかない馬生(ばせい)だったし……」
「なんでですか! しっかりしてください!」
白姫の身体を必死にゆさぶる。
「無理すぎるんだし……」
「何がですか!」
「アリスを……かわいがるなんて」
「ええっ!?」
「想像しただけでとんでもないダメージだし……吐血するところだったし」
「そ、そこまでですか」
あまりな言われように顔を引きつらせつつ、
「でも、自分を手伝わせたのは、そもそも白姫ですからね?」
「ここまで厳しいとは思わなかったし」
「ええぇ~……」
「シロヒメの反応が当たり前なんだし! だって、アリスにあまりにもかわいがる要素がないんだし!」
「そんなことは……」
「何一つかわいくないのにかわいがることなんてできないんだし。シロヒメ、騎士の馬なんだし。嘘はつけないんだし」
「嘘はともかくひどいことはいつも言ってますよ。……いまもそうですし」
「とにかく、アリスが練習台では問題があるんだし」
「そんな……こんな格好までさせて」
たまらず涙目になり、
「だったらどうするんですか!」
「いるし」
「えっ」
「アリスの他に、もう一人手頃な練習台がいるし」
「う?」
アリスとまったく同じ幼稚園児姿にされたユイフォンは「なんなの?」と言いたそうに首をかしげた。
「似合ってるしー」
「ユイフォン……」
あらたな『犠牲者』を前に、アリスはあらためて涙する。
「アリスもだけどユイフォンもよく似合ってんだし。やっぱりアホだから」
「ア、アホじゃない……」
アリスと同じくそこはユイフォンも否定する。
「というわけで、やるんだし」
「やる?」
「そうだし。ユイフォン、子どもやるんだし」
「ユイフォン、もう子ども。媽媽(マーマ)の子ども」
「そういうことじゃないんだし。いまはシロヒメの子どもなんだし」
「う? う?」
「あの、ユイフォン……」
当然のように理解できない彼女に事情を説明する。
「媽媽のため……!」
ユイフォンの目に火がともる。
「やる! ユイフォン、やる!」
「その意気だし!」
白姫も気合をみなぎらせる。
「じゃあ、さっそく……」
「あのー」
そこへおそるおそる、
「自分は何をすれば……」
「何もしなくていいし。アリス、どいてるし。子ども失格だし」
「だったら、どうして」
頬を赤らめ、
「自分は園児服のままなんでしょう……」
「別に問題ないし。似合ってるし」
「う、似合ってる」
「やめてください、ユイフォンまで!」
「いいから、邪魔だしーっ!」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「さっ、やるし、ユイフォン」
「う? 何を?」
「だから、子どもだし。ユイフォンがいつもやってることだし」
「うー?」
そう言われてもよくわからないというように眉根を寄せる。
「もー、ユイフォン、アホだしー」
「ア、アホじゃない」
「ほら、来るし」
飛びこんでこいというように胸をそらし、
「シロヒメに甘えるし!」
「……!」
ユイフォンは、
「う……」
「何やってるし。ほら」
「うぅ……う……」
「もう! さっさと来るし!」
「あの……」
見かねて口を開く。
「ユイフォン、いやがっているような」
「ぷりゅー?」
たちまち機嫌を悪くし、
「何がイヤだと言うんだし。シロヒメじゃ不満だし? ユイフォンのくせに」
「う……」
「イヤなのかって聞いてるんだしーっ!」
「あうっ!」
剣幕におびえたユイフォンがアリスの後ろに隠れる。
「やめてください、こわがらせるのは」
「ユイフォンが悪いし。シロヒメの練習に協力しないから」
「うう……」
ユイフォンはぽつり、
「……いじめる」
「えっ」
「白姫、いつも蹴る。いじめる」
「ユイフォン……」
その気持ちがアリスには文字通り痛いほどにわかった。
「あの、白姫がいつもいじめるからイヤだって言ってます」
「ぷりゅー? なに言ってんだし。シロヒメ、いじめなんてしたことないし」
「してるじゃないですか……」
「とにかく、いまのシロヒメはママなんだし!」
声に力がこもり、
「ユイフォン!」
「う……!?」
「ユイフォンのママは、マキオだし」
「う。媽媽」
「マキオがユイフォンを蹴ったりするんだし?」
「う! そ、そんなことしない」
「それに、これはマキオのためなんだし。ユイフォンはマキオがよろこぶ顔を見たくないんだし?」
「……見たい」
「だったら」
あらためて胸を前に突き出し、
「来るし」
「う……」
ユイフォンは、
「わ、わかった」
「いいんですか……」
心配して彼女を見るが、
「ユイフォン、やる。媽媽のため」
「よく言ったし!」
鼻息荒くうなずく。
「それじゃ……」
胸を張る。
「来るし!」
「っ……」
ユイフォンは――
「………………」
「ぷりゅ?」
「……ぅ……」
「あの、ユイフォン、やっぱり怖いって気持ちが」
「グズグズしてんじゃねーーし!」
パカーーーン!
「あうっ」
「って、結局いじめてるじゃないですか!」
「ぷりゅふんっ!」
鼻を鳴らし、
「アリスも、ユイフォンも! 本気が足りねーし!」
「本気って……」
「うう……」
「とことんやるし」
凍りつくアリスとユイフォン。白姫は一切の妥協を許さないという目で、
「やるし」
「う……」
「あう……」
そして――
「きゃーーーーーーっ!」
「あうーーーーーーっ!」
「悲鳴あげんじゃなくて甘えるしーーーっ!」
過酷な〝練習〟がこの後も延々とくり広げられたのだった。
Ⅳ
「ぷりゅー」
数時間にも及んだ〝練習〟のあと、
「やっぱり、シロヒメには向いてないかもしれないし」
「もっと早く気づいてください……」
「気づいて……」
ぼろぼろのアリスとユイフォンに言われるもまったく悪びれず、
「だって、ほらー、シロヒメは甘えるほうが得意だからー。甘え上手だからー」
「甘え上手というか……一方的に甘やかされているだけのような」
「それでいいんだし。かわいいから」
やはりすこしも悪びれない。
と、一転悩み顔になり、
「ぷりゅー。シロヒメがママになるのがだめだとすると、マキオに何をプレゼントしたらいいんだし?」
「それは……」
「うー……」
二人も考えこむ。
「普通のプレゼントはちゃんとサンタクロースが贈ってくれるんだし。だから、シロヒメはサンタが贈ってくれないママを……」
と、耳がぴんと立つ。
「ぷりゅ!」
「ま、また何か思いついたんですか」
「そうだし! サンタクロースじゃなければいいんだし!」
「は?」
「う?」
共に首をひねる。白姫はもどかしそうに、
「クリスマスにプレゼントを贈るのかサンタだけとは限らないし!」
「え、えーと……」
「う? う?」
白姫は言った。
「ぷりゅタクロースだし!」
――!?
「ぷりゅタクロース……」
「そーだし」
「な、なんですか、それは」
「ぷりゅタクロースはぷりゅタクロースだし。よい子にプレゼントを届けるんだし」
つまり――
「白姫がサンタをやるということですか?」
「サンタじゃなくて、ぷりゅタクロースだし!」
「はあ……」
「そうだし、それがいいし」
ひらめきにうっとりしたというように、
「かわいいぷりゅタクロースがやってくるんだしー。マキオだけじゃなくてどんな子どもでも大よろこびなんだしー」
「は、はあ……」
「う……」
「なんか文句あるし?」
「えっ!」
「な、ない……」
「だったら、いいけどー」
白姫はさらにうっとりとなり、
「だいたい、サンタは赤い服来た変な太目のおっさんなんだし。見た感じのかわいさに欠けるという重大な弱点があるし」
「なんてことを言うんですか」
「その点、ぷりゅタクロースはかわいいしー。問題なしなんだしー」
ユイフォンはアリスに、
「……いいの?」
「い、いいんじゃないですか」
「う……」
こうして――
一同は、聖夜当日を迎えることになった。
Ⅴ
「ぷりゅてんぼーのー、ぷりゅたくろーす♪ ぷりゅぷりゅしながーらー、やってきた♪」
「なんですか『ぷりゅてんぼう』って……」
深夜――
みんなが寝静まった屋敷の中庭で、小声で歌いながら〝準備〟を進める白姫ことぷりゅタクロース。当然のように、それをアリスとユイフォンも手伝わされていた。
「ユイフォン。マキオはちゃんと寝てるし?」
「う」
うなずく。
真緒の〝娘〟であるユイフォンはいつも彼女と同じベッドで眠っている。
「では、いよいよ、ぷりゅタクロースの出動だし!」
「う!」
「あの……」
意気上がるところへアリスはおそるおそる、
「ぷりゅタクロースは、サンタクロースですよね」
「ぷりゅタクロースはぷりゅタクロースだし」
「いやまあ、それでいいですけど……トナカイは?」
「ぷりゅ?」
「ほら、サンタにはプレゼントを運ぶトナカイが」
「そんなのいないし」
「ですよね。どちらかと言えば白姫がその役割をするほうが自然……」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「とんでもないアリスだし。なに自分がサンタやるつもりでいるし」
「そ、そんなつもりはないですよ!」
「問題ないし。ぷりゅタクロースがプレゼントを運ぶんだし」
「でも、それじゃ」
「配るのもやるし。どっちもできるんだし。ぷりゅタクロースは賢いから」
「はあ……」
あいまいにうなずくしかない。
「それじゃ、あらためて行くし!」
「う!」
「あっ、プレゼントはアリスが持ってくるし」
「自分で持っていくんじゃないんですか、ぷりゅタクロースは!?」
「まっしろおはだーのー、シロヒメちゃーんは~♪ いっつもみーんなーのー、にーんーきもーの~♪」
「白姫じゃなくて、ぷりゅタクロースですよね……」
歌に思わずツッコんでしまう。
「しーっ。ここからは静かに行くし。マキオを起こさないように」
「歌ってたのは白姫……ぷりゅタクロースですけど」
「歌うのはいいんだし。静かな声で」
「いいんですか……」
そして再び、
「ぷーりゅーなーよーるーにはー、ぷーりゅーぷーりゅーの~♪ しろひめのはーだーがー、やーくーにたつのさ~♪」
「なんですか『ぷりゅな夜』って……」
またもツッコんでしまう。
「それに『肌』が役に立つって」
元の歌の通りに『鼻』のほうが正しいはずだ。ぷりゅタクロースの鼻は、暗闇の中でにおいをかぎわけ先へ進むためにこの上なく役に立っていた。
「しっ!」
注意をうながされる。
「マキオの部屋に来たし」
「は、はい」
「う……」
緊張感が一気に高まる。悪いことをしようとしているわけではないが、姿を見られては台無しなのだ。
「アリス。扉開けるし」
「わかりました」
ぎい……っ。
「ユイフォン」
「う?」
「マキオはちゃんと寝てるし?」
「う。ちゃんと寝てる」
「よしだし」
一同は、
「ぷりゅー」
「はぅ……」
「うー」
そろそろとベッドに忍び寄る。
「ぷりゅ」
枕もとにプレゼントの包みが置かれる。
「ぷりゅ!」
「ど、どうしました?」
「しまったし……」
ぷりゅタクロースは小声で、
「プレゼントと言えば……靴下なんだし」
「あっ」
「靴下がないんだし。プレゼントを入れられないんだし」
「あの、それはもう省略しても」
「そんな手抜き、もといヒヅメ抜きはできないし。代わりに、ぷりゅタクロースの蹄鉄の中にプレゼントを」
「入らないですよ、蹄鉄の中にプレゼントは!」
思わず大声を出してしまった瞬間、
「ん……」
「あっ」
真緒が身じろぎする。
「アリス! なに大声出してるし!」
「ぷりゅタクロースも出してますよ!」
「う! どっちも出してる!」
一同があわてる中、
「ん……う……」
真緒は目をこすりながら身体を――
「!」
ばんっ!
「きゃっ」
「ぷりゅ!」
「う!?」
ベランダに通じる窓が突然開いた――そこに、
「あ……」
白い仮面――
「葉太……」
その名を言いそうになり、はっと口を閉じる。
いまの彼は、アリスの仕える騎士・花房葉太郎ではない。
ナイトランサー。
白い仮面の正義の騎士だ。
「ナイト……ランサー」
寝起きでぼうっとしていた真緒の頬が赤く染まる。ナイトランサーは彼女が望み憧れる正義のヒーローなのだ。
「ナイトランサー!」
飛びこんできた真緒を、ナイトランサーは優しく受け止めた。
「レディ」
そっとささやく。
「聖なる夜の眠りを妨げて申しわけありません」
「ううん、いい! ナイトランサーだったらいい!」
無邪気によろこぶ真緒に、ナイトランサーも仮面の下にのぞく口もとに笑みを見せる。
そんな光景に――アリスは、
「……いたんですよ」
「ぷりゅ?」
「う?」
「真緒ちゃんには……ちゃんと甘えられる人が」
はっと瞳をゆらす白姫とユイフォン。
「……そうだったし」
「う。媽媽には爸爸(パーパ)がいる」
真緒を母と呼ぶようにユイフォンにとってナイトランサーは〝父〟であった。
「行きましょう」
「ぷりゅ」
「う」
プレゼントの包みを扉の脇に置き、アリスたちはそっと部屋を後にした。
「ところで、なんだったんですか」
「ぷりゅ?」
「プレゼントですよ。真緒ちゃんへの」
「正確には、ぷりゅゼントだし」
「ぷ、ぷりゅゼント?」
「そうだし」
「あの、だから、そのプ……ぷりゅゼントの中身は」
「シロヒメだし」
「ええっ!?」
「ぷりゅゼントだから、当然だし」
「いえ、あの、でも白姫がお母さんになるのはやめたんですよね」
「それはやめたし」
「じゃあ……」
そこに、
「ぷりゅ」
「きゃっ」
不意に飛びついてきたのは、
「ミニ白姫!?」
「そうだし」
「その、ぷりゅゼントってミニ白姫……」
「――たちががんばって作ってくれたシロヒメちゃん人形だし」
「白姫ちゃん人形!?」
「抱いてよし、遊んでよし、かわいがってよしの万能人形だし。きっとみんな大よろこびなんだしー」
「いつの間にそんなものを」
「正確には、人形じゃなくて〝馬〟形だし」
「バギョウ……」
「なんか文句あるし?」
「も、文句はないですけど」
「きっとよろこぶんだし」
しみじみとそう言う。
「昔、シロヒメももらったんだし」
「えっ」
驚くアリスに、
「一番ほしかったのはママだったけど、それでもシロヒメ、うれしかったんだし」
はっとなる。
思い出す。白姫のその願いだけはサンタクロース――葉太郎が叶えられなかったということを。
「プレゼントを見せたら、ヨウタロー、言ったし。自分が遊んであげられないときもこれでさびしくないねって」
「そうなんですか……」
アリスの口元に笑みが浮かぶ。心優しい葉太郎らしい話だ。
「シロヒメ、いつも抱きしめて寝てたんだし。もちろん一緒に遊んだりもしたし。うままごととかしたし」
「うまま……おままごとですか」
「すごくうれしかったんだしー。……シロヒメ」
心からの想いがこもったまなざしで、
「あのときのうれしさをみんなにも伝えたいんだし。だからぷりゅゼントなんだし」
「……!」
またも、はっとなる。先ほどから『みんな』と言っているが、プレゼントは真緒に渡して終わりでは――
「大体おかしいんだし!」
ぷりゅぷん! 不意に頬をふくらませ、
「おもちゃ屋で馬のぬいぐるみとかぜんぜん見ないんだし! おかしいんだし!」
「そ、そうなんですか」
「そうだし。ちゃんとリサーチしたんだし」
「いつの間にそんなリサーチを」
「シロヒメ、働いてるんだし。何も考えずに毎日生きてるアリスと違って」
「何も考えてなくないです」
というか、おもちゃ屋もきっとびっくりしただろう。
「馬は……」
またも不意に白姫の肩が落ちる。
「ひょっとして愛されてないんだし?」
「えっ……そ、そんなことはないですよ」
あわてて言うアリス。
「だったら、なんで馬のぬいぐるみはないんだし」
ぷりゅぷりゅ。うるうる。
いまにも泣き出しそうな様子にますますあわて、
「騎士のみなさんは馬を愛してるじゃないですか!」
「……そうだし」
ぷりゅ。うなずきつつ涙を払い、
「アリスは従騎士だし」
「は、はい」
「いちおーは従騎士だし」
「なんですか『一応』って!」
「とにかく!」
泣きそうだったのが一転、強気な顔で、
「とりあえず騎士の中の端っこの隅っこのほうにいるんだから! 責任持って馬のかわいさを世間に広めるんだし!」
「せ、世間に?」
「そうだし」
ぷりゅ。うなずかれる。
「でも、そんな、どうやって」
「だから言ったし。みんなにもうれしさを伝えるって」
「その『みんな』っていうのは一体……」
「届けに行くし」
「え?」
「う?」
アリスだけでなくユイフォンも目を丸くする。
「ぷりゅーか、なにぼーっとしてるし、二人とも」
「いえ、あの……」
「届ける?」
「そうだし」
当然というようにうなずき、
「街のみんなに届けに行くんだし。街中の子どもたちに」
「えーーっ!」
「うーーっ!?」
驚きの声があがる。
「えっ、ちょ……『街中の』ですか!?」
「本当は世界中のみんなに届けたかったけどー。まー、それはサンタのほうにまかせるとしてー」
「いやいや……」
アリスはあわてて、
「街中の子って、どれだけですか」
「そのためにミニシロヒメたちが全員徹夜でシロヒメちゃん人形を作ってくれたし」
「それを自分たちが届けるんですか? 自分たちだけで!?」
「当たり前だし。ぷりゅタクロースが来てくれなかったら、みんなががっかりしてしまうんだし」
「いやいやいや……」
アリスが青ざめる一方、白姫は鼻息荒く、
「ほら、急いで行くし。サンタに比べれば、らくしょーだし」
「で、でも……」
「無理……」
「なにが無理だしーーっ!」
パカーーン! パカーーン!
「きゃあっ」
「あうっ」
「ほら行くし! いい子のみんなが待ってるしーっ!」
「白姫ももうすこしいい子になってくださーい!」
聖なる夜に悲痛な絶叫がこだまする。
「ぷーりゅびとー、ぷりゅーりーてー、ぷりゅー、きまーせり~♪ ぷりゅきませりー、ぷりゅきませりー、ぷりゅきませりー、ぷりゅきませり~♪ ぷーりゅー、ぷりゅー、きまーせーり~♪」
「『ぷりゅ』多すぎですからーーーっ!」
Ⅵ
「はうぅ……」
「ううぅ……」
嵐のような聖夜が過ぎ――
なんとか夜明けまでにプレゼントを配り終え、アリスとユイフォンは疲労の極みでへたりこんでいた。
「もう一歩も動けません……」
「動けない……」
「けど」
口もとに笑みが浮かぶ。
「みんな、よろこんでましたね」
「う。よろこんでた」
ユイフォンも微笑む。無茶苦茶な白姫の行動ではあったが、それでも子どもたちによろこびを届けたのは確かだった。
と、そこに、
「ぷりゅーーっ!」
「きゃあっ」
「う!?」
興奮のいななきと共に駆けてきた白姫に二人はあわてふためく。
「な、なんですか、今度は!」
「もう無理……」
白姫は、
「ぷりゅゼントだし!」
「ええっ!?」
アリスは驚き、
「な、なんでですか! それならもう……」
「もらったし!」
「えっ」
「サンタにもらったんだし!」
そう言って白姫が見せたのは、
「え……?」
「う?」
きょとんとなる。
「それって……」
「白姫ちゃん人形……」
「違うし!」
白姫が首を横にふる。
「これは……」
言った。
「ママの人形なんだし!」
「えっ!」
「確かにシロヒメのママとシロヒメはそっくりなんだし。けど、シロヒメにはちゃんとわかるんだし。これはシロヒメじゃなくてママなんだし」
「は、はあ」
どう反応していいかわからないでいると、
「ぷりゅー、サンタはすごいんだしー。遅くなったけどちゃんと願いをかなえてくれたし。ママをプレゼントしてくれたし」
「あっ」
白姫が言っていたことを思い出す。
そして、気づく。
(ひょっとして……)
葉太郎だ。
ずっと白姫のサンタをしていた葉太郎が、今年もちゃんとプレゼントを届けてくれたのだ。
もしかして、どこかでミニ白姫たちの製作作業を見たのかもしれない。
それにヒントをもらって、白姫の母親・白椿(しろつばき)の人形を作ったのだ。
以前も白馬の人形を送ったが、母親のことにまで気が回らなかった。今回のプレゼントはそのフォローのつもりなのだろう。
「あっ、アリスとユイフォンにも、サンタのプレゼントがあるし」
「えっ」
「う?」
「まー、シロヒメみたいないい子かどうかには疑問あるけどー。サンタは心が広いんだしー」
そう言って、二人に包みを渡す。
「自分に……プレゼント……」
誰から? という疑問はありつつもそれを開く。
「えっ」
その中身は――
「白姫ちゃん人形……」
そう口にしたものの、すぐ違和感に気づく。
白馬ではある。
しかし、白姫とは何かが違う。白姫の母親とも違うようだ。
「このたてがみ……なんだか見覚えが」
すると、
「ぷりゅ!」
人形を見た白姫の耳がぴんと立つ。
「いいものもらってんだしー。アリスのくせにー」
「えっ」
思わず白姫を見て、
「わかるんですか」
「ぷりゅー?」
あきれたという顔で、
「もー、わかんないんだしー? にぶいんだしー」
「だ、だって」
「この人形のモデルは実際の馬じゃないんだし」
「えっ?」
「つまり……」
白姫の目がキラーンと光り、
「擬馬化だし!」
「ギ、ギウマ化!?」
聞いたこともない単語にあぜんとなる。
「ひょっとして、擬人化みたいなものですか?」
「そうだし」
あらためて人形を見る。
「あっ」
気づく。見覚えがあるはずだ。
「このたてがみ……」
白姫とは明らかに異なるそれに触れ、
「葉太郎……様?」
すると突然、
「爸爸!」
「ええっ!?」
ずっと無言だったユイフォンが興奮を抑えきれなくなったというように、
「爸爸! この子、爸爸!」
「あ……」
ユイフォンが手にした白馬の人形。アリスのものとそっくりなたてがみのその馬は、顔に白い仮面をつけていた。
「ナイトランサー……ですね」
「う!」
興奮して何度もうなずく。
白姫はやっとわかったかというように鼻を鳴らし、
「ホントにぶいんだしー。シロヒメ、すぐにわかったし」
「けど、誰が……」
「サンタに決まってるし」
「あ、いえ、それはそうなんですけど」
あわててそう言ってからすぐに、
(あ……!)
ひらめくものがあった。
(もしかして……)
最初は葉太郎かと思ったが、彼の性格上、自分を模した人形を作るというある意味ナルシスティックなことをするとはちょっと考えられない。
そして、人形のすこしつたない作りがある人物のことを思い起こさせた。
(真緒ちゃん……)
彼女なら自分が葉太郎、そしてユイフォンがナイトランサーを贈られてよろこぶことを当然知っている。
おそらく、ミニ白姫たちが作業しているのを真緒も見たのだ。
それを手伝う中で、こうしてプレゼントするための人形を作った。きっと、自分たちだけでなく、館のみんなの分も作っているはずだ。
白姫はたぶんそのことを知らない。真緒たち子どもに贈るプレゼントを作っているのを見られたミニ白姫が秘密にするよう頼んだのだろう。
白姫は純粋にサンタのプレゼントと信じて疑っていない。
そう。真緒は自分たちよりずっと大人なのだ。
「ぷりゅー❤」
母そっくりの人形にいとおしそうに頬ずりする白姫。
そんな姿に、アリスは笑みを浮かべる。
やっぱり、白姫は誰かを甘やかすより、まだまだ甘えるほうが似合っている。
そう思った。
シロヒメは聖なる夜のぷりゅタクロースなんだしっ⛄