きっと君がいた
きっと君がいた。季節はもう変わり始めていた。びゅうう、と吹いたひときわ強い風は、外れかけの換気口をがたがたと揺らした。
あの日々の思い出はずっと遠くにあったはずなのに、確かな冷たさが今、胸に痛い。
季節が巡って、また春が来て。繰り返しを望んでしまう日々に終わりがほしかった。
切なさは罪だという。どこかで聞いた言葉だ。今この胸に空いた穴を確かに埋めたくて、それでもどうしようもなく切なく、寂しくて。零れそうな思いを抱いて息をする。
ほんとうの言葉を知らない私だった。作り物の世界。絵に描いた餅。捕らぬ狸の皮算用。適当な言葉が浮かばない。空想と想像で描いた未来と過去の数々。この場所にはどうしようもなくひとりがあるだけだった。小さく灯っていた、ランプの灯を吹き消した。
重い鉄の扉を開ける。体重をかけると、ぎし、と軋む音がして、外の光がぼんやりと漏れる。降り続いていた雪はいつからか雨に変わっていた。ながく、つらい冬が終わって、春が来る。
春が来たらどこへ行こう。
ずっと、ずっと向こうまで。どこか遠くへ。
「遠くへ行けばさ、誰かに愛されるかな」
あの日のままの君の声で、今思いついただけの本当にくだらない言葉が再生された。それでもその響きがどこか懐かしくって、目線を下げた。
水たまりに揺れる真昼の月。波紋がふわりと広がった。
こんな日々の隙間に、あの雨の隙間に。あの日のままの君が見えたような気がしてしまった。
瞬きの隙間に、確かに君がいたような。そんな気がしてしまったのだ。
きっと君がいた