瓦礫の管

 僕の生れたドーム状の生活空間には、20歳になるまでの人間が通う“輝かしき人類の過去と資本主義をほめたたえる教室”と、特権階級の“生活者”他には労働者の労働のための空間のみがあった。誰も過去を疑わず、ドームの外とドーム内の理想を切り分けて生きている。労働者は特権階級のために労働し、特権階級は、裕福な生活を楽しむ。誰もがそれに踏ん切りをつけている。ドームの外については、禁句だ、それは大惨事、最後の対戦が地球でおきたからなのだ。しかし、それも随分昔、それからもう何百年とたち、地表は普通の輝きを取り戻しているかに思えた、しかし誰もドームの外に出ない、真実を確かめない、ここに住む子供たちも、そのことにやきもきしているが、しかし大人たちは諦めのムードを漂わせている、過去を見る事が怖い、振り返る時間を失っているのだ。大人たちの暗い表情、過去を見るという事の苦痛、それはただ単に、そこにある危険が恐ろしいからだ。

 ドームの中にはいろいろある、それは人類の残した、文明と文化の英知の結晶たる、それ単体で人間の完全で整った、便利な生活空間を持続しうる、究極の空間だ。ドームとはいえど、ひとつの国と言えるほどの人口と広大な面積を誇っている。 
 僕は昔、南の区域、35番B区に住んでいた。僕には、そこで5人の仲間がいた、僕を信頼する幼馴染の少女、そして、僕の親友、僕と仲の悪い親友の弟、親友の力のつよい女友達、僕らの関心は、ひとつにしぼられていた。5人が5人ともやんちゃで、地元の自警団からは、“いずれ管をつたって外の世界に放りだすべき人物たち”とさげすまれていた、しかし、私たちの両親、家族は皆、むなしい、みすぼらしい、貧乏な人々であるにもかかわらず、比較的僕らの生活と態度を自由にしてみせた、それに甘えたわけでもないが、僕と、僕らはそこで、少年少女時代のあらゆる罪をむさぼり食ったような気がしている。
 管、というのは、地域の担当する外壁にひとつ大きな穴が合って、そこは大昔に空気の正常化に使われていた配管のようだった、配管について、詳しく知る人間はいない、なにより住んでいた地域は外壁が丸見えの、もっとも“外側”に近い場所、特権階級いわく、そんな場所で生活するにふさわしい、貧乏な人間ばかりが住んでいるのだ、そのため、管の向うに何があるか、僕ら自身、興味はあったがそんな事ばかり話し合って、子供時代、そして教室に通う時期の青春時代を終えてしまった。

 ある時、僕らは喧嘩をした、といってもほとんど僕と、親友、そして僕の側についた親友の弟、そして僕の幼馴染で本当の喧嘩をしたのだ、完全に大人になるまでに、中央へと不法に立ち入って、新しい労働環境を求めるか、あるいは世界の外側をみるかどうか、僕らは真剣に話し合った、僕の持論としてあったものは、僕の地域ですら、労働者と、生活者という二つの階級があって、明確な血筋、階級による差別があるのに、壁の内側にいい環境があるとも思えない、という事だった。親友の言い分とは、それとは逆に、進歩した文明と文化を、壁の内側、中央にいくにつれて、信用するべきだし、発展は信用をもとにしてしかなしえないという。頑固だった、ひたすらに中央の環境を信じていた。どんな出身でも、出自でも、やり直せる空間が、中央に行けば行くほど、確かに存在しうるというのだ。それは、彼の信念だから、親友といえど、そこには口をだせまい。もとはといえば、彼はそんな伝説じみた、空想じみた言い伝えを信じるタイプだったと思う。
 結局僕らはふたつの道にわかれて、お互いがお互いに、その後の事を知りえない運命に陥った。僕は長い、長い道を歩いて、これまで見たことのない光景をみたんだ。

 きっと親友は知らないだろう。あの瓦礫積み重なって、おおわれた、今は使われていない管。あの管の向うには、過去を振り返る事ができる未来があったのだ。
僕はあの配管の向うから過去を見る。僕は先駆者になった、先駆者とは危険を恐れないもの、危険と戦い続けるもの、そして体に危険のすべてを感じ、
挑み続けるもの。
 なぜ僕は、そんな危険な事をするのか、それは一重に僕の過去が、それを選ばなくては浄化されないものであったから、あるいはそれを選ばなければ、過去を信仰するのみで、もっと素晴らしい未来、予測できない出来事を知る事ができないものだと思ったから。
 管を超えれば、“危険が待っている”、しかし、管の向うに未来があって、過去を何度でも失う事ができる、失う事は、今と切り分けること、なにもなくなるわけではない、僕は初めから管の向うをしっていた。打ち捨てられた自然の広がる荒れた地球だと、ただ、人間は過去を振り返ることをやめ、栄光の歴史の中に引きこもっているのだと、けれどほかの人々は、それを知っていて、あの管の外に出る事を恐れた、それは過去を知る事で、過去の過ちを知る事、けれど過去が素晴らしいと思い続けるものは、未来を語らず、きっと前に進む事を拒んでしまう、だから僕は、それをしない、あの管を抜けた後も、これまでもこれからも、ずっと、ずっと長い事それをしない覚悟でいる。

瓦礫の管

瓦礫の管

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted